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ばあさんが会話するのはクリニック 日も出かける ハンサム医者へ じいさまがパンツ履き替えお出掛けは 内科じゃないよ耳鼻咽喉科 春日和 尿漏れパンツ干す爺 人目隠せど 花びらが舞う 桜咲き 着ぶくれ爺 冬のまま 膨れた荷物 何を捨てよか 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.31
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ひっそりと甲斐に佇む善光寺 五年の時がいつか流れし曇天に囀る声の忙しさ今日の旅路は虚ろなりけり三日後に宿(ここ)で争う名人戦 名人たちもこの湯浴びるか作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.27
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咲けぬ花もあるというのに、これみよがしにこれでもかと両手を広げ派手に咲き狂い、誰もがみんな桜の花を美しいとでも思っているのでしょうか、あたし綺麗でしょと自惚れている。強者の威張り腐った花、虚栄心の塊の花、思い上がりの花、我褒めの権化、自己愛に満ちた花、ああ、あたい桜の花が嫌い! そんな風に桜の花を見てるあたいがひねくれてるのはわかってる。高慢な桜の花も 七日もたてば零れ桜となって散り、やがて、踏みつけられて穢くなり、誰も振り向かなくなり、邪魔者にされる運命が待っている。生生流転、桜の花に恨み節をぶつけてるお馬鹿さん、散らぬ花などないのですよ。 そんなあたいなのに、世間様が花見だと燥ぐので、桜の花が咲く頃にはひとりで霊園の桜を見に出かけるのがお定まりになっている。桜の木の下には死体が埋まっているので、余計に花が奇麗なのだという人もいた。あたいの好きな朽木一空さんが、「退月」という俳号で嬉しそうでもなく桜の俳句を詠んでいました。 ~花咲けど 七日の命 花屑に ~退月 ~霊園の 枯骨(ここつ)知らぬ間 桜散る ~退月 ~これでもか 花ひろげられ 鬱になり ~退月 ~ごつごつの 醜木に咲く 孤独花 ~退月 ~生きてきて よいことあったか 桜花 ~退月 ~咲きもせず、散りもせぬ花 独り酒 ~退月 あたいの気持ちにぴったりの俳句だわ、、 作:深田みつこ下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.23
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中学三年になるとき、ぼくはこの町に引っ越してきた。ぼくの父は大手都市銀行に勤務する銀行員で、同じ支店には3年以上継続勤務できないため、3年ごとに転勤している。通勤可能な支店への転勤なら、父だけの問題で済んだのだが、遠距離転勤の場合はぼくたち家族にも影響が及び、今回のように転校せざるを得なくなるのだった。そのお陰でいままでに2回転校させられている。 そのお陰でせっかくできた友達とも別れなくてはならなかった。もちろん転校後も文通はするのだが、いつも長続きはしない。やはり毎日のように顔を合わせていなれれば、いつの間にか友情も残雪のように溶けて消えてしまうのだろうか。 それにしても今回転校してきた中学は荒れ果てている。荒れていると言っても校舎のことではなく、生徒たちのこころのことである。目付きの悪い男子生徒が多く、転校生のぼくを見かけると唾をかけたり足をかけたりと、いつも嫌がらせをかましてくるのだ。ぼくも負けん気が強く、腕に自信がないわけではないのだが、なにせ相手は多人数だし、ぼくにはまだ誰も友人・知人がいない。それに彼等の中には少年院あがりの猛者が何人もいるとの情報があったので、じっと我慢するしかなかった。 またそんな環境に恐れおののいてしまうのか、登校拒否の生徒が何人も存在していた。それでもぼくは「あと1年間だ」と、じっと辛抱しているうちに、帰り道が同方角である二人の友達ができた。それからはだんだん学校も苦ではなくなり、進学先の高校もこの二人と同じK高校を選択した。もうぼくの頭の中は、この荒れ果てた中学から抜け出してK高校に入学することで一杯だった。 こんな訳でなんとか友達を作ることは出来たのだが、女子との交流は全くなかった。前の中学では男女こだわりなく遊んでいたのだが、この中学では男女はほとんど口を利かない。女子が落とした消しゴムを拾ってあげても、はやし立てられるのだ。結局ここは「ド田舎中学」だったのだろう。 そんな中学であるが、他のクラスに変わった女子がいた。「体育の着替えを、男子と一緒にする女子がいる」のだという。一体どんな女子なのだろうか。もしかすると、女子プロレスラーのようなゴツイ女なのだろうか……。ぼくは気になって仕方がなかった。 それで友達になった松川君に尋ねると、それは中学1年のときの話で、今は女子と一緒に着替えているはずだと言う。そして廊下を歩いている彼女をそっと指差して、「鈴野恵子」という名前まで教えてくれたのだ。 鈴野恵子は身長が高く細身でスタイルが良い、そして長い黒髪とキラキラと輝くような瞳に凛とした佇まいの女子であった。女子プロレスラーどころか、モデルや女優のような雰囲気が漂っている。そしていつも二人の女子を従えるように連れていた。そしてこの掃きだめのような荒れた中学では、ただ一人光り輝くような存在であった。またなぜか不良男子どもが彼女には近寄らない。松川君の話では、ずっと少年院に入っている番長の女だという噂を聞いたことがあると言う。だがその真偽は定かではないとも言う……。 この鈴野恵子を見てから、ぼくはすっかり彼女の虜となってしまった。もちろん何の面識もないぼくが、彼女に声をかけられるはずがない。ときどき廊下で彼女とすれ違うだけで胸がどきどきしてしまうのだった。そしてチラッと彼女を見つめると、刺すような鋭いまなざしを返してくる。だからぼくはすぐに真っ赤になって、うつむいてしまうのである。そうそれは、ぼくの胸にだけ秘めた初めての恋心だったのかもしれない。 いつでも いつでも 君だけを 夢に見ている ぼくなんだ 黒い瞳に 出合うたび 胸がふるえる ぼくなんだ そんなある日、ぼくは弁当を忘れてしまったのだが、二時限目の休憩時間にトイレから戻ると、机の上に弁当箱の包みが置いてあるではないか。母が届けてくれたのかと思ったら、松川君が「さっき鈴野恵子が持ってきたらしい」と言うのである。(えっ、何で彼女が届けてくれたのだろうか、それに彼女はぼくのことは知らないはずだし……) 家に帰ってすぐに母に尋ねると、弁当を届けに中学校まで来て校舎の中をウロウロしていたら、キリッとした瞳の女子が「何かをお探しですか?」と尋ねてきたと言う。母がぼくの名前とクラス名を告げて、「息子が忘れた弁当を届けに来た」と言うと、彼女は「私が届けてあげます」と言って弁当を受け取ったと言うのだった。 このことがあってから、ぼくはますます鈴野恵子に夢中になってしまった。でも彼女と廊下ですれ違っても、弁当を届けてくれたお礼も言えないどころか、彼女の黒い瞳さえ見ることができないのだ。情けない、情けない全く情けないがどうにもならない。 そうこうしているうちに高校受験が終わり、ぼくは無事第一志望のK高校に入学することが叶った。そして入学式の当日のことである。なんと高校の廊下で、あの鈴野恵子にバッタリ出逢ったのである。知らなかったが、彼女も同じK高校を受験していたのであった。 あまりに突然のことで、ぼくはモジモジするだけで、そのまま彼女の脇を黙ってすり抜けてしまった。でもなんとなく罪悪感のようなものがぼくに襲いかかってくるので、何気にうしろを振り向くと彼女も振り向いて僕を見ているではないか。 ぼくは走り出した、そして彼女に追いつくといまさらであったが、「弁当届けてくれてありがとう」と頭を下げた。そしてゆっくりと彼女を見上げると、いつもの鋭いまなざしではなく、にっこりと微笑んでいる黒い瞳をみることができた。 作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.18
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梅の花 見上げる頬を過ぎていく春をくるんだ北風やさし沐浴を窓から見てた梅の木を大きくなった娘が見上げる作:成風下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.14
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私が関川さんと初めて逢ったのは3年前になります。当時私は18歳になったばかりで、伊豆大島で観光あんこをしていた母に連れられ、見習いあんことして観光旅館巡りをしていました。その旅館で関川さんに初めて逢ったのです。関川さんは高校三年生で、友達四人と一緒に東京から遊びに来たのでした。 ほかの四人は不愛想でしたが、関川さんだけが凄く明るく面白い冗談を連発して、緊張している私の心を和ませてくれたのです。そのとき私は関川さんに一目惚れしてしまったのです。それで私は思い切って彼に「連絡先を教えてくれますか?」と小声で囁いたら、彼は誰にも分からないように、そっと電話番号を書いたメモを渡してくれたのでした。 数日後に私は関川さんの家に電話をしました。そして図々しくも、次の休日に彼と東京で逢う約束を取り付けたのです。彼とのデートは凄く楽しくて溜まりません。私は嬉しくて嬉しくて有頂天になり、彼に全てを捧げてしまったのでした。 ところが次に逢ったとき、彼は僧侶になるために四月から京都の佛教大学に行くことになっていると言うのです。そしてしばらく逢えなくなるので、当面は文通をしようと言い出しました。 そんな話は初めて聞いたので驚きました。しばらくは関川さんの顔を見れなくなると思うと悲しくなりましたが、じっと辛抱して文通をすることに了解したのです。それからしばらく文通が続きましたが、半年経っても1年経っても関川さんはなかなか逢ってくれないのです。 そして「いまは鈴木大拙の禅の本に夢中になっていて、俗世とは距離をおきたい」などと言うようになったのでした。そのころはもうあの「やーネエチャン」の関川さんの面影は全く消失してしまいました。さらにだんだん手紙の回数も減り、私が三回書き彼は一回というスタンスから、とうとう全く返信がなくなってしまったのです。 焦った私は関川さんに逢いに京都まで行ったのですが、すでに彼は手紙に書いてあった京都の下宿先にはいませんでした。下宿先のおばちゃんに尋ねると、彼は佛教大学も中退して旅に出てしまったらしい。どこを旅しているのか、いつ戻ってくるのかはおばちゃんには全く分からないとのことでした。 私はガッカリうなだれてしまいましたが、まだ諦めずに東京にある彼の実家に電話をかけてみました。電話に出たお母さんは苦しそうな声で、「こちらでも連絡が取れなくて困っている」とのことでした。一体彼はどこに消えてしまったのでしょうか。さすがの私も最後の望みを絶たれて、諦めるより方法が見つかりませんでした。 それから2年の月日が流れ、私は伊豆大島で開催した『NHKのど自慢』の優勝がきっかけで、演歌歌手への道を歩き出したのです。ときどき関川さんのことも思い出しますが、あれから全く連絡は途絶えたままでした。そして私も地方のレコード店回りなどで忙しく、過去の悲哀をいつまでも引きずっている暇もなくなってしまったのです。そして今年になって運よく大ヒット曲に恵まれ、TVや舞台にも顔を出せるようになったのでした。 三日おくれの 便りをのせて船が行く行く 波浮港いくら好きでも あなたは遠い波の彼方に 去ったきり…… 作:湯川和泉下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.10
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春隣ですよ、ぎしっ、ぎしっ、身体の節々が痛んで悲鳴を上げている。正直な春なのに年を重ねるごとに遅くやってくる気がする。体のあちこちが故障し、修理してもなかなか元に戻らず、少しづつ壊れてやがて歯車は止まるのだろうか。 覚悟はできているつもりでも、悲しい、寂しい、悔しい、不安な黒い雲が垂れ込める。人間とは不安の坩堝に向かっていく生き物なのだろうか、犬や猫や鳥は死ぬことも知らないまま、生を全うするのだろうか?犬になりたいなどと、愚図愚図とつまらぬことに時間を無駄にしている。表に出よう、もう春がそこまできてるんだ。気分転換、散歩に出よう、、 てくてく、てくてく、よぼよぼ、、 ~悩んでも悩まなくとも同じ道 ぐるぐるまわって元の道~ 拙作 山間の散歩道を行く。 純白の綿雪が雪が積もっていた山裾に未練がましく泥をかぶった残り雪が汚れた体のまま寝そべっている。世の中にあるもの、すべては穢れ萎びて消えていく宿命なのだ。梅の花が春一番で咲き、サンシュの木には黄色い米粒のような蕾が膨らみ始めて春がすぐ近くまできていると告げている。 まだ霜の降りる寒さの中で垣根に沿って「どう、きれいでしょう?」と、言わんばかりに凛として水仙の花が咲いている。水仙の花言葉は「自己愛」「うぬぼれ」「自尊心」という。まだみんな寒さの中で眠っているのに一人だけ目立って咲いているのだから、嫉妬されてもしょうがないか。 春は変わらずに巡ってくるが、春隣、老人は萎んで汚くなっていく、 ~山里の残る雪間に凛として 私見てねと水仙の花~拙作 ~水仙や白き障子のとも映り~松尾芭蕉 ~水仙に狐遊ぶや宵月夜~与謝蕪村~ 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.06
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船は早朝に伊豆大島に着いたが、余りにも早過ぎる時間帯なので、とりあえず波浮港の近くにある古びた旅館で仮眠することになった。だが一度寒空の下に出てしまったので、眠気は吹っ飛んでいた。狭い部屋の中で大声を出してふざけあっていると、そこに大島あんこさんが二人でやってきた。ひとりはおばちゃんで、もうひとりはぼくたちと同年齢の女の子だった。 つまり彼女たちは観光あんこさんで、ベテランのおばちゃんと新人の女の子が、あんこ衣装を纏ってお土産を売りに来たという訳である。安野が髪の薄い父親に椿油を購入したが、あとは誰もお土産には興味を示さない。ただ関川が若いほうのあんこさんを冷やかして楽しんでいたくらいであった。 あんこさんたちが引き上げると、もうやる事もなく暇を持て余した若者がじっとしているわけがない。早々に宿を引き払って、まずは三原山に登ろうと関川が言い出した。もちろん誰も異を唱える者もなく、5人はさっそく三原山目指して動き出す。ただまだ寒いのでコートを着たままの登山であった。白いコートを なびかせて ぼくは黙々と歩く岩を蹴り 砂を踏み くねくねと あるいは真っ直ぐに力を込めて 歯を食いしばり拳を握り 懸命に歩いてゆく汗が吹き出て全身を濡らす 風が嘲笑うように吹いてくる冷たいが 爽やかである 汗が乾き 肌を引き締めるとき ぼくは突然叫び出すまるで苦しさを はぐらかすように古い歌を大声で歌ってみる 喉がカラカラヒリヒリするそして風が 空しさをぶつけてくる 黙っていても はしゃいでいてもやっぱり どこかでぼくはひとりぽっち……それでも 楽しいのだと言い聞かせてみる白いコートを なびかせて ぼくは黙々と歩くそしてまた 風が惜しげもなく吹いてくる 恐る恐る三原山の豪快な噴射口を覗いたあと、ぼくたちはバスに乗って『都立大島公園 動物園』へ向かった。するとバスの中にはぼくたち同様5人組の女の子たちが同乗していたのである。5人のうちの一人が水前寺清子似でキュートな感じがする。 バスを降りると早速、ひょうきん者の関川が、その女の子たちに向かって「やーあ、ネエチャン」と言いながら近づいて行き、すぐに女の子たちを笑いの渦に巻き込んでしまった。この「やーネエチャン」と言いながら両手を斜め前に広げるしぐさは、当時TVで流行していた米国ドラマ「ちびっこギャング」でスパンキーといういたずら小僧の定番仕草だったのである。誰にでも好かれる関川の生まれ持った個性が実に羨ましい。 こうして若い男女が知り合ってしまうと、もう旅行どころではなくなってしまうものである。彼女たちはぼくたちより一つ年下の高校二年生で、全員中学時代からの友達だと言う。このあとはずっと10人で大笑いしながら観光地を巡り歩き、帰りの船ではずっとトランプ三昧であった。とにもかくにも関川のお陰で、抜群に楽しい卒業旅行を経験できたことになる。 大活躍の関川だったが、彼の夢は修学旅行の薬師寺でひょうきんな案内役をした「名物僧侶」のようになることだった。それで4月から京都にある『佛教大学』に入学し修行を積むことになっているのだ。明るく楽しい彼なら、きっと将来は名物僧侶になれるに違いない。 関川が京都に行ってしまうのは淋しいが、一番淋しくなるのは中学以来の親友である朝田だろう。彼は関川とは真逆の性格で、真面目で気難しい一面があるのだが、高校では学年一番の秀才だった。夏目漱石の『坊っちゃん』に憧れている彼は、すでに東大文学部に合格し、将来は国語の教師をしながら芥川賞を目指すと豪語している。秀才中の秀才である彼なら、間違いなく大作家になると確信するしかないだろう。 そして卒業旅行の主催者である安野は、慶応大学医学部に合格している。将来は父親の跡を継いで産婦人科医になるようだが、むっつり助平の彼が産婦人科医と言うのもねえ……。 歌手を目指す前山清彦、僧侶を目指す関川清二、作家を目指す朝田清、産婦人科医を目指す安野潔、ぼくの友達たちはこれから大きく羽ばたいて行くことだろう。それに比べるとぼくの夢は全くつまらない。ただ平凡なサラリーマンになって、優しい奥さんと可愛い娘に見送ってもらいながら出勤するということが夢だなんて……。 君の行く道は 希望へと続く 空にまた陽が昇るとき若者はまた 歩きはじめる作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.03.02
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