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和菓子店『石黒』に就職してはや1年、毎日朝6時に起床して、夜6時まで12時間ぶっ通しで働きづくめで、休みは隔週月曜日だけというハードスケジュールで給料はたった2千円という嘘のような薄給であった。ただ1年間良く働いてくれたということで、今年から給料が4千円に跳ね上がったが、賞与もないしまだまだ大企業に比べると問題にならないくらい低額だ。 でも奥さんは優しいし、子供たちは「しげる兄ちゃん、しげる兄ちゃん」となついてくる。それに旦那は真面目で厳しいけど、良く仕事を教えてくれるし、きちっと仕事をすれば給料も上げてくれるので、もう少し続けてみることにした。 ところがそれから半年後に嫌な事件があった。石黒は和菓子店だが、店の脇にはせんべいとかキャラメル・ガムなどの乾き菓子も置いてあった。そのキャラメルが盗まれたのである。盗んだのは小さい子供のようだが、あっという間に逃げてゆく。それを見つけたぼくは、懸命にそのあとを追いかけた。それにしても足の速い子で、なかなか追いつかない。 もう1キロ近く走っただろうか、その子は部落のような場所にある小さな汚い家に逃げ込んだ。なんだか嫌な予感がしたが、ここまで来て帰ることも出来ないので、その家のドアをたたいてみた。するとアルコールの臭いをプンプン垂れ流した大男が顔を出し、いきなり「なんだこの野郎!」と大声で叫ぶのだ。そして道路工事用のツルハシを振りかざして「ぶっ殺したろか!」と脅してきた。こうなるともうキャラメルがどうのこうのとも言っていられない。まるでこちらが悪いことをしたかのように夢中で逃げ帰るしかなかった。 このことを店に戻って旦那に告げると、「なんだそんなことですごすごと戻ってきたのか!」と一喝されてしまった。ぼくがモジモジしているとそばで聞いていた長男が、「あの部落は学校でも危険地帯だから近づかないほうがいいと言われているよ」と助け船を出してくれた。そのお陰で旦那はそれ以上ぼくを追求してこなかったけれど、ぼくの心はズタズタに傷つき旦那に対する信頼感も薄れてしまった。 そんなことがあった次の休日に、東京で就職している同郷の友達と会うことになった。彼は有名な自動車メーカーの工場に勤務しているという。毎日残業は2時間位あるというが、それでもぼくより2時間も少ない労働時間で、給料はぼくの倍ももらっている。さらに単身部屋の独身寮に入居しているというのだ。しかも現在人手不足で、人員募集中だというのである。 この話を聞いてぼくは考え込んでしまった。このまま石黒和菓子店で我慢して働いていても、労働環境は劣悪で大した給料も貰えないばかりか、将来も不安でしょうがない。紹介してくれた知人や石黒夫婦には申し訳ないが、友人が勤務している自動車メーカーに転職したほうがずっと得だし将来性もある。それでこっそり履歴書を送付して面接を受けると、あっという間に合格通知が届いてしまった。 さああとは旦那と奥さんにこのことを話して許してもらうしかない。気が重かったが、その夜土下座しながら夫婦に「ここを辞めて転職したい」旨を話してみた。するとなんとあっさり二人とも快く了解してくれたのだ。 そして「うちみたいな零細企業にいても、将来ずっと面倒みてあげる自信はないし、そのほうがしげるちゃんのためになるよね」と涙ぐみ、「わずかだけど、引っ越し準備の足しにして」と言って奥さんが封筒を手渡ししてくれたのだ。なんと封筒の中には2万円もの大金が入っていた。 「ありがとうございます。本当にお世話になりました。」ぼくは泣きながら何度も畳に頭をこすり付けていた。 就職列車に ゆられて着いた 遠いあの夜を 思い出す (完結) 作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.04.24
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ぼくの家は庄内平野で米を作っている農家だ。でもぼくは次男坊で農家を継ぐのは兄貴と決まっている。だから中学を卒業して1年間は農作業を手伝っていたのだけど、作業が辛い割には小遣い程度の駄賃しか貰えないし、なんと言っても田舎は退屈でつまらない。それで知り合いに相談したところ、東京の世田谷で和菓子屋を営んでいる人がいて、その奥さんが同郷なのでよかったら紹介してあげると言われた。東京の和菓子屋なら体裁が良いし、住み込みで三食付きだと言うし、将来は和菓子職人になっても良いと考え、あまり深く考えず即座に紹介してもらうことにした。 どこかに故郷の 香りをのせて 入る列車の なつかしさ ぼくは風呂敷包に入れた僅かな手荷物を背負って、ひとり待ち合わせ場所の上野駅中央改札口前で佇んでいた。10分くらい待っただろうか、「山村しげる君ですか、ごめんなさい、電車が遅れてしまって…」と言いながら、ロングスカートにパーマネントの長髪をなびかせたおばさんが現れた。彼女が同郷の三村みつ子で、これから僕が働く和菓子屋の奥さんであった。 彼女に連れられて、上野から省線に乗って神田まで行き、そこから中央線で新宿へ向かった。そして新宿から小田急線に乗り換えて、梅が丘という駅まで行くというのだ。(東京と言っても、ずいぶん郊外なのだなあ……) なんだかぼくは不安になってしまった。 梅が丘駅から徒歩1分の場所に建つ和菓子店『石黒』は、僅か20坪程度の小さな敷地で、一階が店舗と工場になっていて、二階に6畳が二部屋と4畳半が一部屋という手狭な所帯である。そのうえ子供が3人いるので、どうやって寝るのか心配になってしまった。 結局4畳半には長女、6畳には主人夫婦、そうしてもう一つの6畳に長男・次男とぼくの三人がすし詰めで寝ることになったのである。田舎にいるときは一応6畳の部屋を与えられていたのに、これではプライバシーもへったくれも全くないではないか。家族は全員良い人のようだが、なんとなく気が滅入ってしまった。でも実家の反対を押し切って、家出同然に実家を飛び出した手前いまさら引き返せない。なんとかしばらくは辛抱して働くしかないよね……。 (前編終わり・後編に続く) 作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.04.21
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空に舞う桜の花びらあやうくて亡き友達に想いを馳せるコロナ明け久方ぶりに会う仲間抱きしめてたいひとくくりにして作:成風下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.04.14
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すっかり春に包まれて歩いている、木々には浅緑の若葉が目を出し、白、赤、黄色の草花の花が路傍を飾っている。 花は咲くものだと人は云うが、咲かぬ花もある、咲こうとしない花もある、隠れて咲く花もある、目立たぬように咲く花もある。 でもね、みんな 自分のせいじゃないんだよ。 いろんな鳥たちの声が野山で囀っている。 誰かに命じられたわけでもなく、頑張ったわけでもなく、当たり前のように四季は移り変わる、まるで遺伝子に指示されているかのように。 てくてくてくてく 道の真ん中に樹齢200年を超す檜の木が親分のように立っている。 江戸時代から村の一本檜として道しるべの役目でも果たしていたんだろうか、道は檜の大木をよけるように三方に別れている。江戸の人たちは木にも思いやりがあったんだと思わされる道だ。 これでもかという檜の大木を見上げると、井上靖のあすなろ物語が思い出される。「あすは檜になろう,あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ、でも,永久に檜にはなれやしないんだって!それであすなろうと言うのよ。」いつかは檜になれると信じて一生懸命努力をしても、決して檜にはなれない運命の下にある哀れな木があすなろ(翌檜)なのだ。差別された残酷な名前の木である。 檜の大木よ、そんなあすなろを見下しているのか!、 多くの人間は大抵あすなろ(翌檜)なんだ、みんなあすなろばかりだと、主人公梶鮎太が終戦から1年後の街を見回して言った言葉が思い出される。 翌檜(あすなろ)、なんて嫌な名前をつけられた木なのだろう。どうしようもない、努力しても無駄なことだといわんばかりだ。テレビドラマの不良少年のセリフにこんな言葉もあった。「あすなろなんて、ばかにするな、生まれついて頭の中身も、顔の形も、運動神経も、みな、遺伝子で決まってる、うらむなら親を怨め、」 健康のためだと、老人は今日も散歩する。歩いたって長生きするもんじゃないんのにな、なあ、あすなろさん。 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.04.10
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伊豆河津にある七湯のひとつである峰温泉は、奈良時代に霊泉が湧き、多くの僧や武者たちが湯浴みしたという伝説の温泉です。ただいつしか荒廃してしまい伝説だけが独り歩きしていたと言います。 しかしながら大正末期になって、そんな峰温泉を再興しようと私財を投じて立ち上がったのが、「玉峰館」の初代支配人を務めることになる稲葉時太郎でした。その「玉峰館」は、総部屋数16室という華奢で閑静な旅館ではありますが、温泉の噴き出る櫓を見上げる千人露天風呂や、苔むした美麗な庭園などに心躍らされます。また2013年にインテリアデザイナー内田繁氏によって大幅リニューアルされ、大正ロマンを匂わせた癒しの空間と、和風フレンチ仕込みの超美麗かつ美味な料理に夢見心地になってしまうでしょう。だだ広き露天に独り佇めば湯気の香りに薫風そよぐ古の文人たちに愛された峰温泉の湯音が寂し湯に浸かり満天の空見上げれば無数の星が宇宙を包む作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.04.06
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