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~ちゃんちゃんちゃん ちゃんちゃんちゃん ちゃかちゃかちゃんちゃんちゃん~~青い山脈 かがやく嶺のなつかしさ 見れば涙が またにじむ~ 良一の家は団地の前にある、商店街の八百屋でお客も夕方には列を作るほど繁盛していたが、スーパーができると、商店街は一気に寂れてしまった。良一の父はスーパーなんぞに負けるかと、借金までして店を改装したが、売り上げは萎む一方で、おまけに父は持病の糖尿病が悪化して、思うように動けなくなり、借金を抱えて、両親が頼るのは高校生の良一だった。弟と妹がいる長男の良一は、店を手伝わなければならなくなった。「ごめんな良一、大学には行かせてあげられそうもないよ、こらえてくれな」母からこういわれると、早稲田への進学は諦めざるをえなかった。「大丈夫、八百屋の仕事は面白いし、体も丈夫になるし、おいら稼ぐよ、勉強も得意じゃないしさ、」良一は無念を振り切るように、強がりを言った。リヤカーを引いて市場へ仕入れに行き、野菜や果物を仕入れて店に並べ「いらっしゃい、奥さん、今日のトマトはうまくて安いよ、はい、おまけ、ありがとうございました」と、店売りに励んだ。 丘の上の真子は病気が快方に向かったのか、また学校に通うようになっていたが、自転車ではなくて、親が自動車で送り迎えするようになっていた。良一は真子と学校の廊下で顔を合わせることもあったが、ぎくしゃくして、前のようにさらりとした笑顔で話ができなかった。 病み上がりの真子は物憂げで悲しそうな顔で良一を見ていたが、高校を卒業したら家業の八百屋を継がねばならなくて、早稲田大学に一緒に通うという真子との約束が守れなくなっていた。良一は、真子にそのことを言い出せなくて、冷たい素振りしかできなかった。 受験を諦めた良一は学校を休みがちになっていた。病気の父の代わりに八百屋を切り盛りして、稼がなければ借金も返せないし家族が食えないので、仕事を優先しなければならなかったのだ。真子に会えない日が続くと、店の裏の多摩川の土手の上を真子の自転車が通らないかと、気になっては視線を投げていた。 桜の花が咲いて、春が丘高校の卒業式があった。同級生は、大学に進む、専門学校に進む、公務員になる。銀行員になる、みんな夢を抱えて晴れがましい顔をしていた。 八百屋の店を継ぐ良一は仲間外れにされたようで空しい卒業式だった。真子は城山病院に入院していて、卒業式で姿を見ることはできなかった。桜の花が散るころに真子が死んだという同級生から風の便りが届いた。良一の胸は痛んだ。~どうしてお見舞いにいかなかったのか?~ 真子は待ってたんじゃないのか?後悔した、苦しかった、悲しかった。でも、もう、、どうすることもできなかった。~花はおそかったのだ~ これで、良一の高校生活の思い出はすべて終わった。真子と自転車をこいだ土手の上へ駆け上り、~ばかやろう!~と赤い夕陽に向かって叫んだ。涙が幾筋も頬を流れた。涙の粒の中で真子との想い出が落ちていった。それからは、悲しい思い出を忘れるかのように、良一は家業の八百屋の商いに身を入れて懸命に働いた。 土手の上にはすっかり青草が茂り、川の向こうの青い山脈にも若葉が揺れていた。すっかり春になって、清々しい空気が流れていた。真子と自転車のペダルをこいで高校へ通った頃を思い出していた。そんな甘い思い出を打ち払うように良一は大きく背伸びして、「今日も頑張って稼ぐぞ!」 その時だ、チリリン、チリリン、後ろからけたたましい自転車のベルが鳴り邪魔だといわんばかりに良一の脇をすり抜けていった。あっ!自転車をこいでいたのは真子だった。間違いない真子の自転車だった。 楽しそうに笑顔を振りまきながら、大学生と並んで自転車のペダルをこいでいた。良一は呆然として二台の自転車を見送っていた。信じられない光景が多摩川の土手の上にはあったのだ。真子が死んだというのは同級生のやきもち焼きやが良一に悪戯した流言だったことが後でわかった。真子は退院して早稲田大学に通っていたのだった。 淡い純愛は誰でもが経験したことがあるように甘い匂いだけを残してはじけて飛んでいくのだ。良一は、夕陽に向かって~ばかやろう!~と叫ぶことさえできなかった。八百屋の店先のリンゴ箱に座っていると、古いラジオから、藤山一郎の青い山脈の歌声が良一の心を慰めるかのように聴こえてきた。~ちゃんちゃんちゃん ちゃんちゃんちゃん 聞けば涙が またにじむ~~古い上衣よ さようなら淋しい夢よ さようなら 青い山脈バラ色雲へ あこがれ旅の乙女に鳥も啼く~ 聞けば涙が またにじむ (おしまい)作:下肥流行下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.29
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~ちゃんちゃんちゃん ちゃんちゃんちゃん ちゃかちゃかちゃんちゃんちゃん~ ~若くあかるい 歌声に 雪崩は消える 花も咲く 青い山脈 雪割桜 空のはて きょうもわれらの 夢を呼ぶ~ この歌がラジオから流れると、良一はどうしても真子のことを思い出すのだった。東京から引っ越してきて丘の上の二階家に住み、窓からはピアノの音がもれていた。真子の家はハイカラでお金持ちそうだった。転校してきた真子はセーラー服をなびかせながら、多摩川の土手を自転車に乗って颯爽とペタルをこいで高校に通いだした。 その真子が自転車がパンクをしてべそをかいていた。「どうしよう、授業に遅れちゃうわ、、」「どうしたの?パンクしたのか、よし、治してあげるよ。」 良一は真子の自転車のパンクを手際よくを直してあげた。それから二人は仲良しになった。良一も真子と同じ春が丘高校だったので、多摩川の土手を自転車に乗って毎日のように二人は一緒にペタルをこいでいた。 真子は勉強もよくでき、背のすらっとして都会の匂いをさせた女学生だった。とくに英語の発音は先生よりも上手だった。屈託のない真子は良一に弁当を作ってくれたこともあったし良一のほつれた学生服を繕ってくれたこともあった。 高3のF組ではあの二人は付き合ってると噂になって、クラスメイトから冷やかさえることもあった。でも、良一も真子もそんなことは気にしなかった。気のあう仲良しの二人だっただけだ。 だが、そんな真子が病気を患って学校を休むようになり、土手の上に真子がペダルをこぐ自転車は走らなくなってしまった。思い切って、良一は親に内緒で、八百屋の店で一番高いメロンを抱えて、ドキドキしながら真子の家のチャイムを鳴らした。真子はパジャマの上にガウンを羽織ったままだったが、思ったより元気だった。「ねえ、良一君、勉強してる?あたしね、病気だけど、ちゃんと勉強はしてるの。儚い命だなんてなんて悲観してもしょうがないわ、病気を治して元気になって、早稲田に入りたいの、ね、良一君、二人で一緒に早稲田大学に通おうよ、ね、約束しよう!」「うん、そうだな、僕も勉強して必ず受かるようになるさ、」 良一は大好きな真子と同じ大学に通えることで夢心地になっていた。良一は毎週見舞いに行った。真子の顔はか弱く青白かったが、真子も真子のお母さんも嬉しそうだった。暖かいレモンティーが甘酸っぱくておいしかった。 丁度その頃、「愛と死を見つめて」という小説や映画が流行っていた。~まこ、甘えてばかりでごめんね、ミコはとっても嬉しかったの~ 良一は真子との関係を重ねあわせていたのだろうか、、いや、そんあことじゃない、ただ純粋に真子を励まそうと思っているだけだ。~僕はずるい人間なんだろうか?何のために何が目的で真子の家に行くのだろうか?~ 純愛がなかったと云えば嘘になりそうだ、~はかない 命と 知った日に意地悪言って 泣いたとき涙を拭いて くれたまこ~ 良一の中では葛藤がやまなった。 (後編に続く )作:下肥流行下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.24
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現在マスコミでは、ChatGPTが大注目を浴びている。そのChatGPTとは、高度なAI技術によって、人間のように自然な会話ができるAIチャットサービスである。2022年11月に公開され、生成した文章の見事さや人間味のある回答が大きな話題となっているという。 そこで早速ChatGPTを使って小説を書いたらどうなるのだろうかと考え、「ブルーライトヨコハマという歌をテーマにして短い小説を書いてください」と入力したら、一瞬にして次のような短編小説が出来上がったのである。 昭和50年代、横浜の繁華街には「ブルーライトヨコハマ」というバーがありました。そのバーには、毎晩たくさんの男たちが訪れ、一人で酒を飲みながら日々の疲れを癒していました。ある晩、バーにやって来たのは、サラリーマンの佐藤さんでした。彼は最近、妻との喧嘩が続き、家に帰るのが嫌になっていたのです。佐藤さんは、何も言わずにバーのカウンターに座り、冷たいビールを一杯注文しました。 すると、隣に座っていた若い女性が彼に話しかけてきました。「何か悩みでもあるの?」と彼女は優しく尋ねました。佐藤さんは初めは驚きましたが、彼女と話し始めるうちに、自分の心の内を語り出してしまいました。彼女は、佐藤さんの話を聞きながら、自分の悩みも話してくれました。それは、夫に先立たれた寂しさと、自分の将来についての不安でした。 二人は話し続け、時間が経つのも忘れていました。そして、いつしか佐藤さんは彼女に「一緒に暮らそう」と言いました。彼女は、彼の申し出に迷いましたが、最終的には彼を受け入れ、一緒に暮らすことにしました。 それから、二人はブルーライトヨコハマで出会ったことがきっかけで、幸せな家庭を築きました。そして、彼らがこのバーを思い出すとき、いつもあの晩の出会いを思い出すのでした。作:ChatGPT そこで私もChatGPTに対抗し、同じタイトルでショートショートを創ってみた。 ぼくは高校一年になるまで、アイドル歌手や女優に憧れたことは一度もなかった。ところが最近彗星のごとく現れ、ムーディーでリズム感のある『ブルーライトヨコハマ』を歌う「いしだあゆみ」という女性歌手にメロメロになってしまった。それにしても、ショートカットに色白でクリッとした瞳にポチャッとした笑顔が愛らしいではないか。そのくせ低音でハスキーな声という、容姿とは正反対のアンバランスな取り合わせもたまらない。 また芸能界だけではなく現実世界にも奇跡が起こった、なんと二学期になってぼくのクラスに、「いしだあゆみ」そっくりな女性が編入してきたのである。彼女の名前は石原まゆみと言い、父親の転勤のため東京の高校からこの田舎の高校へ転校してきたらしい。それにしても、やっぱり東京の女子高生は洗練されているよね……。 ぼくはその石原まゆみに一目惚れしてしまった。だが女性に対しては極端にシャイな性分のため、ひとことも声をかけることができない。そのイライラする想いは、ぼくだけの胸の内に秘めていたのだが、とうとう我慢できなくなり親友の関川に打ち明けてしまった。ひょうきん者の関川は、笑いながら「お前、意外と恥ずかしがり屋なんだな、それじゃ俺が代わって告白してやろうか」と茶化してくる。「おいおい、それだけは勘弁してくれよ、お前だから打ち明けたんだからさ」と、ぼくは真っ赤になって彼のおせっかいを断った。この頃のぼくは、TVの中の「いしだあゆみ」を見るように、遠くから彼女を見つめていれば十分だったのだ。そんな初心なぼくを見て、関川の笑い声はいつまでも留まることを知らなかった。 その後、いしだあゆみの『ブルーライトヨコハマ』は、歌謡ベストテン入りしたかと思うと、あっという間に第一位に上り詰めてしまう。ぼくはますますいしだあゆみに夢中になり、クラスでは授業中もずっと石原まゆみを遠目に眺めていた。 そんなある日、学校から帰ってくると、すぐに妹の知子が走り寄ってきて、「お兄ちゃんに女の人から手紙が来ていたよ」と言いながら白い封筒を手渡してくれた。このことは母や弟にも知れ渡っており、家中が大騒ぎになってしまった。そう、ぼくが女性から手紙をもらったのは生まれて初めてだったからである。 封筒を裏返すと、なんと差出人名は「石原まゆみ」となっているではないか!。驚いたぼくは、冷やかし続ける妹弟たちを尻目に、封筒を掴んだまま急いでトイレに駆け込んでいた。そしてトイレの中で恐る恐る封を切って、二枚の便箋を開いてみた。「三村君へ、あなたとは一度もお話をしたことがないのに、突然こんな手紙を差し上げたので驚いているかもしれませんね。でももう我慢の限界なのです。」「転校してクラスであなたを見た瞬間、私のこころに稲妻のようなものが走りました。そう私はあなたに一目惚れしてしまったのです。」「それでいつもあなたのことを気にしていたのですが、幸いあなたも私のことが気になるようで四六時中私のことを見ていましたよね。それでいつかは声をかけてくれるものとじっと待っていたのですが、いつまで経っても声をかけてくれる様子がありません。」「だから恥を忍んで、私のほうからこの手紙を書くことにしたのです。」 ここまで読み進んでいるうちに、ぼくの心臓は「ドックン、ドックン」と音を立てて吠えまくっていた。ところが最後の行を読むと……。「私はいまドキドキしながらこの手紙を書いているわ。あなたもドキドキしているかしら?では次のページをめくってね。でも決してスカートはめくらないでね。」 ぼくは急に変調した文章に疑問を抱きつつ、震える手で急いでもう一枚の便箋をめくってみた。「やーい助平野郎、何ちゃてね。ははははは、そんな美味しい話はあるはずねぇだろ!…… 関川」、だってさ。 な・なんと関川の悪戯手紙だったのである。そりゃあそうだよな、そんな都合のよい手紙が来るはずはないよな。ぼくは悪戯をした関川を恨むより、一時とはいえ舞い上がってしまった自分自身を自嘲するしかなかった。トイレから出てリビングに戻ると、TVの中でアイススケートを滑りながら『ブルーライトヨコハマ』を歌う、ミニスカート姿のいしだあゆみの姿が映っていた。街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.20
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薔薇の香に囲まれ友と語り合う棘はいらない穏やかな日を赤いバラぼんやり一人眺めおり胸を焦がした遠い日を思う作:成風下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.16
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新緑に誘われ、つり橋の下の浅瀬を散歩する。だあれもいない隠れ石に腰掛け、タバコを吸ってみる。水は飽きもせず同じような形で流れ続けている。 ~ゆく河の流れは 絶えずして、 しかも もとの水にあらず~鴨長明~ 確かにそうだ、水は流れているが、今見ている水はつい前に見ていた水ではないのだ。さっきの水は形を変えもうずっと向こうへ流れて行ってしまったのだ。 水よどこへどこまで流れてゆんだい、賽の河原にも流れていくのか、三途の川へも繋がっているのか、千姿万態な石を拾っては見入っていると、つげ義春の「無能の人」という漫画に出てくる「石を売る人」を思い出す。掘っ建て小屋に、多摩川の河原で拾ったなんでもない石を並べ、「石」と書いた吹き流しの布をぶら下げて売っていた。 ~元手のかからない、いい商売だと本人は思っていたが、奥さんにも客にも呆れられていた~ 石の形、品格、石の気韻(きいん)ということがわかっていない、一つ一つの石には人生が詰まっているのだ。二年間かかって集めた逸品の石だと本人は言う。石には面貌によってそれぞれ名がつけられ値札がぶら下がっていた。「孤舟」「雲」「風」「霊」「怒」悲」「孤独」「後悔」「泪」 いかにもいわくありそうな名がつけらえていた。嘲笑ではありません、漏れたのは失笑、、 てくてくてくてく 陽に当たりながら凸凹した石の上を歩いたので少々疲れた。石のことを思いながら歩いてみると、この辺りでは石積の土留め、擁壁、塀の家が多い。山里では山からも川からも石はいくらでも取れるので、つげ義春の言葉を借りれば~元手のかからない~石塀なのだ。 角が柔らかく丸っこい石の石垣は川石で造られたもので尖っている鋭角な石が積まれているのは山石を積んだものだ。つげさん、よく見ると、やはり石の一つ一つの面貌には個性がありました。 川の上流のダムも石積でできていて、コンクリートに比べたら弱そうだと思ったら、石積の方が頑丈で古い例えだが、像が踏んでも崩れないという。100年経っても堅牢な石積みの擁壁や塀はざらにあるということだ。石のような強固な意思は持ち合わせてはいないが、ずっと踏ん張ってる石に惹かれ、思わず、石積みを手でなぞってみた。~ゴロゴロと 流されぶつかり 逆らえず 居を持てぬまま どこへ去るのか~ 拙作~ゴロゴロと 意思に逆らい 流されて まあるくなって 消えていくんだ ~拙作~石はみな 違う顔して 転がりて 個性ではない 千姿万態 ~拙作追伸~石菖や いつの世よりの 石の肌~井上 井月~作: 朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.11
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毎日新聞社は、同社が主催する囲碁棋戦「本因坊戦」の開催方式を、これから予選が始まる第79期から変更すると発表した。それに伴い優勝賞金は現在の2800万円から850万円に大幅減額され、2日制七番勝負も1日制五番勝負になるという。さらに、挑戦者はリーグ戦ではなくトーナメント戦で決める方式になるという。つまりかなり省エネ型棋戦に格下げされてしまうのだ。 現在この本因坊戦以外の主なタイトル戦には、棋聖戦(主催・読売新聞社)、名人戦(主催・朝日新聞社)、王座、天元、碁聖、十段の7大棋戦があるが、いずれも新聞社が主催している。囲碁は将棋に比べるとその戦い方がやや分かり難く、毎年囲碁人口が減少している事実もあるが、そもそも新聞そのものの購読者数も減少の一途である。従ってこのままでは、囲碁のスポンサーが激減し、プロ棋士いや囲碁そのものが衰退してゆくことは間違いないであろう。 一方将棋界は藤井聡太人気に支えられていて、好調の兆しも見えるが、かつてはAIの台頭などで大きく衰退した時期もあった。また現在は新聞社以外のスポンサーが絡み始めてなんとか凌いではいるものの、やはりスポンサーの大部分は新聞社に支えられており、やがては囲碁同様に衰退してゆくかもしれない。 囲碁・将棋と言えば、日本が誇る歴史的文化であり、2018年に囲碁界ではじめて七冠を独占した井山裕太と将棋界で初めて永世七冠を成し遂げた羽生善治が棋界ではじめてダブルで国民栄誉賞を受賞したことが記憶に新しい。 囲碁については約1000年前に中国から伝えられ、平安時代には貴族たちの間で盛んに打たれるようになり、「古今和歌集」「源氏物語」「枕草子」にも当然のように囲碁が登場している。また室町時代頃には急激に囲碁人口が増え、戦国時代には戦いのシミュレーションとして武将たちの間でも好まれていたという。さらには日海(本因坊算砂)の指導により、織田信長、豊臣秀吉・徳川家康らに愛好され、江戸時代には家康の意向により急成長したと伝えられている。 そして昭和時代には世界戦が始まり、囲碁発祥国の中国を遥かに凌ぎ世界戦は連戦連勝の状態であった。ところが残念ながら、近年は中国・韓国に圧倒的に水をあけられたばかりか、台湾にまで肉薄を許している悲しい状況である。 この悲しい状況は、日本には遅れたものの中国・韓国にもプロ棋士制度が生まれ、若者たちや社会全体に囲碁が浸透しているからであろう。一方の日本側はかつて『ヒカルの碁』が流行った頃に盛り返したものの、最近囲碁を楽しんでいるアマチュアは年配者ばかりで、若者不在の状況がずっと続いている。またプロ棋士たちの多くにも、政治家や歌舞伎役者のように二代目三代目が目立つようになってしまった。 このまま放置し続ければ、やがて囲碁は消滅してしまうに違いない。こんなことで今後、先人達がせっかく1000年以上切磋琢磨して守り続けてきた「歴史的文化の火」を簡単に消していいのだろうか。 しかしTVゲームやカードゲームなどあらゆる種類のゲームや、教育・スポーツなどで忙しい現代の子供たちに、囲碁という分かり難く古めかしいゲームを、どのようにして普及させればよいのか、といった難しい課題が残されていることも確かである。もはや『ヒカルの碁』の二番煎じを期待してもダメであろう。 つまり残された方法はただひとつ。囲碁と将棋を小学校や中学校の学科に加えてしまえばよいのである。もちろん他の学科ほどの時間は不要だ。当初は少なくとも一週間に1回程度の頻度で十分だろう。こうすれば子供たちだけではなく親たちも興味が湧くので、社会全体の中でも囲碁・将棋が脚光を浴びることになるはずである。その日が訪れれば、囲碁衰退どころか世界戦に優勝することも叶うかもしれない。まあそれはさておいても、日本の歴史的文化を守るため、是非ともここは文部科学省に立ち上がってもらいたいものである。作:蔵研人下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.05
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春めいてくると、山里も快活な空気に包まれる。まだ日が昇らぬうちから鶯の囀りで目が覚めてしまう。ホーホケキョキョ、まだ上手く歌えない音痴な鶯が毎朝練習しているのだ。 ~ホーホケキョ 音痴鶯 笑われて~ ~へたくそな ホーホケキョで 目が覚めて~ ~ぎこちなく 自信なさそな 音痴鶯(とり) そのうちいつか 彼女できるさ~ 耳をすませば、鶯だけじゃない、チーチー、ビョービョー、ぴろぴろぴろ、ハクセキレイ、メジロ、椋鳥、シジュウカラ、山の中で、木々の枝の間で、巣箱の横で、みんなで春を告げている。ひときわ大きな鳴き声がガビチョウだ。鶯を真似て囀ることもあり、七色の声音を持つともいわれている。 ヒョイヒーヒョイヒーギュルルチョイチリ ピュウピュウピュウ、自分の美声に酔いしれているかのように、甲高い声で延々と鳴き続けるが、かんしゃくでも起こしているのかと思われるほどの大音量で響きで、もはや騒音だと迷惑がる人もいるくらいだ。 ~ヒョーロロロ、、ヒョ~ロロロ、~ 嫌われ者の鴉さえ、電信柱の上で首をかしげている、 ~ピーヒョロロ 誰に聞かすか 大音量 目が覚めたかと ガビチョウが鳴く~ てくてくてくてく ああもう、春の真ん中に来てしまったのだ。草木は芽吹き、若葉は萌え、青葉になろうとしている。山裾は春の命を競うかのように緑のグラデーションに彩どられている。見上げれば、ひときわ高く欅の薄緑の新緑が目に沁みる。 薄くて、頼りなげな、まだ赤ん坊の若葉が風に揺れている。力になってあげたいような気持ちになる。風がふくと、またそよそよと若葉が揺らめいる。ああ、いい季節だ、どこまでも歩いていたい気持ちになる。 ~濃く薄く 若葉の揺れる 翠かな~ ~若葉萌え 元気に育てと 両手あげ~ ~禁煙し 若葉の下で 春を吸う~作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2023.05.01
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