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孫よりも 爺婆愛(いと)し 春桜 ~なんでこんなに 可愛いのかよ孫という名の 宝ものじいちゃんあんたに そっくりだよと人に言われりゃ 嬉しくなって下がる目じりが 下がる目じりが えびす顔もみじみたいな 小さな手でもいまにつかむよ 幸せを~孫 大泉逸郎~ばあば~、~じいや~ぷにょぷにょした小さな手や足にお尻、つぶらな瞳ニコッと笑う笑顔、泣き声さえも、たまらぬ愛らしさよ、盲愛、溺愛、寵愛、なんとでもいうがいいさ、、じいじの血が流れている、ばあばに目元がよく似てる、ああ、じじ馬鹿ちゃんりん、ばば馬鹿ちゃんりんでござりまする。確かに、歌の通り、孫は子より可愛いものかもしれない、自分にはケチでも孫には甘く、無条件に可愛がるだけかわいがり、いやなことや心配事は親におまかせなのだから、孫もよく懐くのだ。だが、この頃、ふと思うのだ?????孫に歯が生えたと、おおはしゃぎじいじの歯が抜け入れ歯になって、はしゃげない、坊やの頭、毛がふさふさになってきたわ、じいじの髪の毛薄くなり、もうすぐなくなる、ほうら、よちよちよち、あんよが上手でしょう、婆さん杖つきよろよろ歩く、あら、おしっこね、おしめ取り換えなきゃじいじもお漏らしで濡らしてましゅね、ほら、孫が笑ったわよ笑えないのは爺の漏れ屁漏れ糞あら、泣いちゃったわよじいじは年中泣いてるよほおら、痛いの痛いの飛んでいけ、じいじの、頭痛、首痛、肩痛、腰痛、膝痛は居座ったまま動かない、あかちゃんにはベビーパウダー爺さんにはボラギノール、孫は可愛いが爺さん婆さんもいたわってほしいものですな、ところが、大泉逸郎さんには孫の歌の続編があったのですよ、~孫を可愛と 思わぬ人が広いこの世に いるだろか泣いた笑った おしめが濡れた祖父母(ふたり)がかりで した子もり幼稚園から 小学校へ孫も大きく なりましたかばん背負って 大きな声でいまに帰るさ 「ただいま」と~ああ、令和は孫天国でございますな、孫たちよ!にジイジの渾身の川柳をとくとご覧あれ!~春嵐 孫の笑いが 駆け巡り~~穢れ無し 孫のちんぽの 元気よさ~~孫が来る その日だけだぞ 禁煙日~~だんだんに ジイジ無視して 孫育つ~~孫の歌 鶯よりも 美声なり~~いつくるか 孫の足跡 障子穴~作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.29
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來宮の大楠に合掌し樹齢二千の時をさまよう 日蓮が流れ着きたるこの寺で鐘を突きつつ平和を祈る作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.25
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~恋というものは 不思議なものなんだ~ その通り、布施明さんが歌うとおりよ、逢っているときは なんともないが さよならすると 涙がこぼれちゃう。逢うたびに うれしくて 逢えば 又せつなくて逢えなけりゃ 悲しくて 逢わずに いられないそれというのも 君のためだよ僕のこの胸も 恋にふるえてる僕は君だけを 愛し続けたい(布施明 恋) まあ誰でもだ一度は経験して見て、嘘だってことがわかるのよね、どうして私のような見栄えの悪い女に男のひとが惚れたのか、それが理解できないのよ。頭もよくない、金もない、話も面白くない、優しくもないそれでも、「みつこさんが好きです」と、真顔でいうあの人がいたのです。だから、恋は盲目という、恋は病(やまい)だという、恋は迷い道だという、恋心は騙され心、嘘心だという。 いったい私の様な女のどこに魅力があるというのか、錯覚にしてもひどすぎるのです。持てないあの人は美人を追うのを諦めてみたが、一度は恋というものをしてみたかっただけなのかしら、恋をしてみたかっただけなので、相手は誰でもよかったのかもしれない、あの人は、恋するという経験をしてみたかっただけなんだ、その相手がたまたまわたしだったんだわ、でも、あの人は恋なんてしていなかった。 そもそも恋なんてものはこの世にありゃしなかったのだ。あったのは恋という幻、妄想.幻影、迷妄.、迷夢. 幻覚、幻象、虚像、空想.、幻想.、夢想だったのだ。みんな、恋が嘘っぱちだってことは知っていて遊んでいたんだわ。 恋という病、恋という騙し屋、恋という夢芝居に浸ってみたかったんだわ。恋ははしかのような病で、誰でも一度は罹る。誰でもかかりたくなる病だから厄介だ、そして失恋という甘い儚い花のような悲しみも味わってみたかったのだ。 それをしないと青春がなかったみたいな淋しさに包まれてしまうから、なんだ、恋は自分で自分の心をおちゃらかす病だったんだ。でも、恋の病に負けて死んでしまう人だっているから気を着けなきゃ、病に気が付くのが早いか遅いか、三十歳か五十歳か七十歳か、どっちみち夏の日のかき氷なんだから、やがては溶けて消えてしまうものなのだ。 夏の扉を開けたが青春とのお別れになるんだわ。そうよ、永遠に続く恋なんない、儚いからこそ恋なんだ、燃え尽きるから恋なんだ、ねえ、どうして私なんかに惚れたっていうのよ、自分の恋の病は自分の中にしまっておいて頂戴、あたし、凄く迷惑してるんだから~恋は神代の昔から~なんて歌もありましたよね、恋をしましょう 恋をして浮いた浮いたで 暮らしましょう熱い涙も 流しましょう昔の人は 云いました恋ははするほど 艶が出る恋は死ななきゃ なおらない(畠山みどり 恋は神代の昔から)作:深田みつ子下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.21
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そのころ親父は胃癌が再発して急遽入院し、再手術を受けていた。だが既に癌は体中に転移していて、どうにもならない状態だったのである。術後も毎日ベッドで苦しんでいた親父であったが、ぼくの都立高校合格の知らせにはニッコリと微笑んでいたと聞いた。 その合格の日から2日後のことである。入院先のJ病院から「親父が危篤」だという電話があったのだ。急いで店を閉め、母・ぼく・妹・弟の4人は、中央線に乗ってJ病院のあるお茶の水まで向かった。 電車が遅い、遅い、遅い、オレンヂ色の快速電車がこんなに遅いとは思わなかった。それでもなんとかお茶の水駅に到着すると、ぼくはホームを走り抜け、病院まで続く歩道を走りまくった。ぼくだけではない。ずっと後には、弟が妹がそして母が息を切らしながら必死の形相で走っている。 だがあれだけ一生懸命走ったのに、生きた親父には逢えなかった。そして母の号泣が病室中にこだまする。小さい弟や妹には優しかったが、いつもぼくにだけは厳しかった親父。その厳しさが余りにも悔しくて、「今に見ていろ、いつか必ず殴ってやる」とギラギラした復讐心を燃やした日もあったが、今はもう動かない物体になってしまった。 長男だった親父も祖父に厳しく育てられたという。きっと親父も悔しかったに違いない。だが祖父は親父が小学生の頃に早死にしてしまう。まだ子供だった親父は蕎麦屋に奉公に出され、僅かな給金は全額家族の元に仕送りしたと言う。そして二十歳の時に赤紙を受け取り、ラバウルへ出征し瀕死の状態で帰国し、そののち家族のために身を焦がして働き続けたのである。時代が異なるとは言え怠け者のぼくとは雲泥の違いだった……。 悲しいというより、なんだかもの凄く申し訳なく感じて、急に涙が溢れてきた。親父が死んだからといって、ぼくは決して親父のように母や妹弟のために自己犠牲は払わないだろう。だから当然のように高校へ行き、青春を謳歌するに違いない。 ただ家族に迷惑だけはかけないつもりでいる。だから決してグレないし大学にも行かないことにする。でも高卒で社会人になっても親父のように実家に仕送りしたり、妹弟の面倒を見たりもしないだろう。勝手かもしれないが、ぼくはぼくでありぼくの人生を歩みたい、ぼくは親父とは違うのだ!。 そんな繰り言が頭の中でグルグルと暴れ回ってしまう。こんなぼくは親不孝なのか、冷たい人間なのだろうか……。いつの間にか夕闇が窓辺に漂いはじめ、病室の中は家族全員の涙でぐしゃぐしゃに濡れてしまった。(完)作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.15
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いつの間にか冬になり、ぼくの高校受験が近づいてきた。ぼくは偏差値が学区の中では真ん中よりも少し下だった都立K高校を志望していたのだが、急に担任に呼ばれて「K高校は無理だから別の高校に変更しなさい」と忠告されてしまった。K高校は新設校で校舎が綺麗なため、人気がうなぎ登りして競争率が都立でトップクラスに跳ね上がったと言うのだ。 だがぼくはどうしてもK高校を諦めきれない。それで担任には「志望校は替えたくない」と反発したのである。ぼくの固い決意を理解した担任は「それでは何処か滑り止めに私立高も受験しなさい」と言う。それでぼくは両親に相談することになる。 親父は実家が貧しく尋常小学校しか出ていないので、高校のことを相談しても的確な回答はなく、「商売人なのだから大学も不要だし商業高校のほうがよいのでは」というくらいの発想しか持ち合わせていない。むしろ人付き合いの良い母のほうが耳学問だが、ある程度の認識と理解力があった。それで渋る親父を説得し、私立高校受験を認めてくれたのである。 それまで全く受験準備をせず、模擬試験では不合格点の連続だったぼくも、さすがにこのままではダメだと気付き始めた。それで書店に出向き、「旺文社の科目別要点整理」というカラー刷りの参考書を購入し、冬休み中は店の手伝いもパスして無我夢中で暗記三昧に明け暮れた。 もちろん数学や英語は、付け焼刃の暗記ではどうにもならない。だから先に滑り止めで受験した私立高校の入試のほうが自信がなかった。つまり都立高校は国語、社会、数学、英語、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭の9科目だが、私立高校は国語、数学、英語の3科目だけで、どうにもならない数学と英語がでかい顔をしているからである。 滑り止めで受験したG学院大学付属高校は、新宿にある理科系大学の付属高校で、大学までエレベーター方式で進学できる裕福家庭の男子校であった。館内にはボーリング施設もあり、ボーリング部、自動車部などのクラブ活動も盛んだと言う。 ところで裕福な家庭でもなく、理科系大嫌い人間なのに、なぜこの私立校を選んだのかと言われそうだが、その理由は単純である。僕と同じく本命は都立K高校だという親友のM君が、滑り止めに選んだ私立校と同じ高校を選んだだけであった。 ただ彼の家は旋盤工場を経営しており、少なくともぼくの家より裕福だし理科系も納得できるのだが、ぼくの選択(正確には母の選択かも)は全くの思いつきに過ぎない。 案の定、得意の国語はまあまあだったものの、数学と英語はほぼ全滅だったので多分ダメだろうと思いながらも、G学院大学付属高校の合格発表の日を待つことにした。 雪の落ちてきそうな寒い日である。ぼくはひとりで中央線に乗り新宿へ向かった。今日はG学院大学付属高校の合格発表の日だが、全く期待していないくせに気もそぞろである。 大勢の親子連れがぞろぞろと体育館に向かってゆく。そして誰もが白い壁に大きく張り出されている合格番号を舐めるようになぞり、大喜びで跳ね上がったり、ガッカリと肩を落としてうつむいている。 どうせダメだと諦めていたのだが、なんとそこにはぼくの受験番号も記載されているではないか。間違いではないかと何度も確認したが、どうやら本当に受かっていたのである。思わずぼくはほくそ笑んでしまう……。 そのとき静かに僕の肩を撫でる人がいた。驚いて振り向くと、そこには最近見たことのない笑顔をこぼしている親父が立っていたのである。そして嬉しそうな声で「おめでとう」と呟きながら薄っすらと涙をにじませていた。 またよく見ると背中に大きな荷物を背負っているではないか。なんと重病の身でありながら、せっかく新宿まで来たのだから、現金問屋で菓子を仕入れてきたと言うのである。こんな時でも商売のことが忘れられないのだ。 ぼくはやせ細った親父の背中から荷物を降ろし、代わりに担ぐことにした。周囲の目がぼくたちを見つめているようで恥かしかったが、病人に重い荷物を持たせるわけにもゆかないではないか。 帰りの電車の中で、クラブ活動の話をすると、親父は自動車部に入部すれば車を買ってやると言う。だがどうせ仕入れの運転手として、こき使われることが見え見えなので曖昧な返事をするしかなかった。それにもし都立K高校に合格すれば、こんな高校には入らないと決めているのだから……。 そうは言っても、都立高校の受験日より前に入学金を支払わなくてはならない。それにボンボン高校のG学院大学付属高校の入学金はかなり高額なのだ。しかし今はそんなことを考えてもしょうがない。とにかく3週間後に迫っている都立高校の入学試験に望まなくてはならない。 凍えそうな真冬日である。都立高校の入学試験は科目数が多いため2日間に亘って実施された。いつもながら数学と英語は散々であったが、模擬試験でほぼ0点だった美術、音楽、保健体育などが本番の入学試験では満点となり、数学・英語の低得点をフォローすることができたのである。これはまさに「旺文社の科目別要点整理」のお陰であった。 「せっかく高い入学金を払ったのだから」とG学院大学付属高校を勧める母の言葉を無視して、ぼくは最初から決めていた都立K高校のほうを選んだ。(次回に続く)作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.10
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病院から母に電話があったのは、ぼくが中学二年のときだった。電話が終わると母は大声で泣き始めた。ぼくが問いただすと「お父さんは胃癌だって」と泣きながら声を絞り出すのだった。 昭和37年当時は癌と言われれば『死の宣告』を受けたと等しかったのだ。それで医者も患者には胃癌であることを隠して『胃潰瘍』と告げ、家族にだけ癌であることを連絡していたのである。 ただ感情を抑えられない母は、親父が帰ってくると泣きながら親父にしがみついてしまう始末。親父が「どうしたのだ」と問い正してもただただ「早く手術してちょうだい」と泣き続けるばかり。これではお前は癌だと教唆されているようなものだ。口には出さなかったが、さすがに親父も自分は癌なのだと悟ったようである。母は37歳、親父は41歳の春宵であった。 本来なら医者から電話があった時点ですぐに入院手続きをするべきであった。ところが和菓子製造業を営む親父は、1年で一番忙しい5月の節句が終わるまでは頑として入院を拒んでいたのである。 二か月後になんとか手術は成功したものの、胃を全摘してしまい鳥ガラのように瘦せてしまった親父には、もう重労働の和菓子製造業を続けることは出来なくなっていた。それで泣く泣く店を畳んで郊外に引っ越し、パンと菓子の販売業を営む決心をしたのである。このときぼくは中学3年生で妹は中学1年生、弟は小学3年生だった。 親父は病身でありながらも新居兼店舗の図面を引き、時々大工の進捗状況をチェックするために、スーパーカブを運転し約20キロの距離を往復していた。ぼくも自転車で親父の後に続いて行ったことがあったが、途中で親父とはぐれて道に迷ったうえに、見通しの悪い交差点で運悪くバイクと衝突してしまったのだ。 幸いぼく自身に怪我はなかったが、買ったばかりの自転車の前輪がグニャリと曲がってしまった。だがバイクを運転していたのが人柄の良い青年だったため、ぼくを自宅まで送ってくれたり、自転車屋に修理を依頼してくれたのであった。 ただ交換したのが純正のリムではなかったため、よく見ると後輪のリムと若干異なってしまったのが気がかりだった。それを親父に話すと、親父はバイクの青年に純正のリムに交換してくれと交渉したのだが、それを受諾するほど青年もお人好しではなかった。逆に「あなたの息子が信号を無視して急に飛び出してきたのだから、本来自分が弁償する義務はないのだ」と凄まれたため、親父も引き下がざるを得なかったらしい。 さて因みにこの事故に遭った自転車は、オレンジ色で内装5段ギアのブリジストン製スポーツ車で、長嶋茂雄選手が宣伝していたかっこいい高級自転車であった。何を隠そうこの自転車こそ、渋ちんだった親父が、珍しく中学入学祝いだと、ぼくがねだるままに購入してくれた逸品であった。 この自転車を買ったばかりの頃は、嬉しくて嬉しくて、中学校の友だちたちの家を次々に回って見せびらかしたものである。そして今でも毎日忘れずに自転車磨きを続けている、ぼくの大切な宝物なのだ。 ところが転校したばかりの中学三年の春に、この自転車が何者かに盗まれてしまったのである。それを知った親父は、烈火のごとくぼくを罵ったのだった。ぼくはなぜ怒られなくてはいけないのだろうか。 自転車置き場の裏木戸には鍵がかかっていたし、自転車自体にも前後二か所に鍵をかけていた。犯人はそれら全てを巧みに外して、音もなく自転車を盗んで風のように去って行ったのである。かなり慣れているようだし、計画的な犯行だったのではないか。ぼくは悔しくて堪らない。犯人も憎いが、何の落ち度もないぼくに腹を立てている親父も許せなかった。 数日後中学校に登校し、何気に自転車置き場を覗いてみると、端っこに盗まれた自転車と同じオレンジ色の自転車が止めてあるではないか。だがハンドルやサドルの形が全く違うし、泥除けもついていない。それでも念入りに調べると、前輪と後輪の仕様が異なっているし、後輪にちいさな擦り傷がついている。 これはあのときバイクとぶつかって転んだ時の傷だし、前後のリム仕様が若干違うのもあの事故で曲がったリムを交換したものだからだ。そう確信したぼくは教室には行かず、必死になって自宅まで走り続けた。 その後親父がすぐに警察に届けて犯人はすぐに捕まった。犯人はあれだけ改造したのになぜバレたのか不思議だとうそぶいていたらしい。また犯人は同じ中学校の生徒だったのだが、警察では未成年だからと言うことで姓名は明かしてくれなかった。 だが自転車は元の形になってぼくの手元に戻ってきたので、もう犯人が誰なのかと言う詮索はしないことにした。そんなぼくを見て、親父が「偉かったな、さすが俺の息子だ」と生まれて初めて褒めてくれたのである。さすがにぼくもこのときだけは鼻高々で「当たり前だい、自分の愛車なのだから」と心の中で呟いていた。 こんな嫌な事件もあったが、やっと転校先の中学にも慣れて数人の友人もできたころ、親父と弟の3人で高尾山へ行くことになった。予定では高尾山駅までケーブルカーに乗って、そこから薬王院迄歩いて行くつもりだったのだが、半分くらい歩いたところで急に親父の顔色が悪くなり、地面に蹲ってしまったのである。心配して顔を覗き込むと「大丈夫だが、今日はもう帰ろう」と弱々しく呟くのだった。 その日を境にして親父は食欲がなくなり、手術後も止められなかった大好きな酒も飲まなくなる。そして手術後10キロ減少した体がさらにやせ細って、ガリガリのミイラになってしまった。だがそれでも親父は休むことなく、家族のために商売を続けていた。(次回に続く)作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.07
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なつかしの 同期が集う 同期会 皴に埋もれた 完熟笑顔 同期会 青春探し 懐かしき 古希を過ぎても 生気漲り教室に 思い出残る 教師たち 若いまんまの 顔思い出し同期会 舟木一夫に三田明 君たちがいて ぼくがいた高校生 夢膨らんだ 仲間たち 今じゃ胸尻 垂れたまま奇跡かな 死ぬ死ぬ死ぬと ほざいてた あいつ生きてた 同期会 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2024.03.03
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