全7件 (7件中 1-7件目)
1

金木犀の香りが漂う日にぼくはあの日の僕に逢ってきたあの日の僕はあの日のままのぼくだったあの日の僕はあの日の彼女と一緒だったあの日の彼女はあの日の彼女そのものだった陽だまりの中であの日の彼女が笑っているあの日の僕も笑っている金木犀の香りが漂う日にぼくのこころに青い春がちょっぴり顔を出したでも黄昏色に染まった空がなんだかうら悲しそうだ作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.28
コメント(0)

歩いたさ眼鏡探して三千歩睡眠不足じゃねえ二時間ドラマで熟睡すこんにちわ挨拶すれど誰だかねえ?老眼鏡もある、補聴器もある、入れ歯もあるおむつもあれば尿瓶もある杖さえあれば散歩もできる酒も飲めるし、飯も食えるし屁も元気まだまだ でいじょうぶ作:下肥流行下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.23
コメント(0)

二年ぶり たれに染み込む香ばしさ 嬉し蒲焼 夏の夕暮れカメムシがあちらこちらで闊歩する夏の終わりの風物詩なり作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.19
コメント(0)

孫たちが 来てくれるよと そわそわし 風呂の西瓜が踊る夏どこからか聞こえてくるよ 夏火音(花火の音) 下駄音たてて浴衣着た孫夏休み 麦藁帽子に ランニング はしゃぐ川辺は 昭和の夏か庭の隅 花柄バケツ捨てられて 暑さ蹴っ飛ばしてた 孫のいた夏作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.15
コメント(0)

夜空の静けさに包まれて一人きりで感じる寂しさも小さな星が輝くようにあなたのこころに光が灯るその道を選ぶのは難しいけれどその先に広がる未来を信じてどんなに小さな一歩でもそれが大切な始まりになる朝が来れば、また新しい日がきっとあなたを待っている雲の向こうに青空を見るようにその光を目指して歩こうよ友達や大人たちの声が聞こえあなたのこころに希望が届くいつも支えて見守っているからきっと愛と信頼を探し出せるよ遠くの星が道しるべとなりあなたのこころを照らすときその笑顔がまた輝くように未来に向かって羽ばたこうよどんな時もあなたを愛して信じていることを忘れないでこの詩が、こころの中で静かに光を灯すことを願って……作:湯川和泉下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.10
コメント(0)

イノシシが突進してくるような糞暑さ陽炎(かげろう)揺れて老爺揺れて向日葵が威風堂々灼熱の下あっぱれだねと生きざまに酔う鳴き尽くせ うるさい蝉を鼓舞する七日命の夏の午後こどもらよ七日命の 蝉殺(や)るな晩節爺(じじ)の遺言じゃ台風に蹴飛ばされたか徒情(あだなさけ)雲間に消えた灼熱の恋 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.06
コメント(0)

近年シニア層や中高年を中心に健康麻雀が流行しているという。なぜ健康麻雀という名前が付けられたのかというと、賭け金無し・煙草無し・飲酒無しと三拍子揃った健全な麻雀だからである。従来麻雀と言えば、「酒と煙草に塗れながら深夜あるいは夜を徹してまで続ける博打」というイメージが纏わりついていたものだ。それらの悪毒を全て排除するのだから、これはもう囲碁将棋と同様、プライドだけをかけた頭脳ゲームということになる。 もちろん基本的なルールは全く変わらないのだが、博打要素を排除したため「特殊役」や「ご祝儀」などは一切つけない。だから公民館などの公共施設でも健康麻雀であれば、サークルとして認めているようである。但しその場合は、雀卓や麻雀牌などはセルフで準備しなくてはならない。いずれにせよ、公民館を利用できれば雀荘のような高額の場所代を支払わなくて済むし、利用時間に制約があるため、きちっと時間通りに終了することができるのが嬉しいのである。 考えてみると、賭け事は基本的に勝者は存在しないものである。つまり胴元が損をする訳にはゆかないので、胴元の最低取り分(テラ銭)だけは担保されているということである。従って平均的に考えれば、テラ銭部分は損をする仕組みになっているものなのだ。もちろん一時的に大勝する者もいるかもしれないが、あくまでも永遠に続けた場合は、統計的に誰も勝てない理屈なのだ。 では胴元のいない麻雀の場合は、強いやつが儲かるはずだろうという者がいるかもしれない。ただいつも負けてばかりいれば誰もやらなくなってしまうので、そこそこ同じようなレベル同士で卓を囲むため、あとは運次第ということになる。また長い目で見れば、やはり運も同じように巡ってくるものである。 結局のところ、長期的には殆ど差がなくなるのだがそれだけでは済まない。つまり胴元と呼ぶものは存在しないものの、雀荘の場所代・飲食代それに加えて、帰りのタクシー代などがかさみ、全員が負け犬という結果になるのだ。さらに前述した「特殊役」や「ご祝儀」などには、麻雀自体の通常点数より何倍もインフレ水増しした金額などを設定している場合もあり、通常ルールだけなら5000円程度の負けでも、それが10倍以上に膨れ上がることがある。 そんなことが続いたこともあり、公認会計士や銀行員との接待麻雀も廃れ始め、40代後半ころを機に「不健康な麻雀」はずっと封印していた。それから30年の時が流れ、年金生活者を続けているとき、囲碁将棋の仲間から健康麻雀の誘いを受けたのである。もう点数計算も忘れたのでと辞退したのだが、何度も誘われいつの間にかメンバーに引きずり込まれてしまった。 だがやり始めてみるとなかなか面白い。と言うよりは博打要素が全くないので、負けても勝ってもあっさりしていて、ストレスゼロなのが非常に嬉しいのである。そして囲碁将棋のように必死に考えることもなく、軽口をたたきながら遊べるし、負けても勝っても運のせいにできるので気が楽なのだ。そのせいか不思議なことに、かなり勝率が良く楽しさも倍増している。こんな年齢になって、趣味がまたひとつ増えたのがありがたい。作:蔵研人下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2024.09.01
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

