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パルタのへその緒が今日、ポロリと取れた! 少しジクジクしているので、まだ消毒は続ける。 体重が出産前-4.5kgから減らない…。横ばいになるのはまだ早いのに~。
2003年10月31日
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産後10日目の今日、パルタの顔を見に、同い年のイトコと彼女の赤ちゃん(今年の6月生まれ・女の子)、おばさんが来てくれた。 お客さん来訪に大喜びのルンバ、イトコたちが来るなり「パルタくんだよ」と懸命に弟を紹介。イトコの赤ちゃんを見て「あかちゃん!(パルタと)おんなじ!」を繰り返す。 みんなのお皿にメロンを2切ずつ配ったり、紅茶に入れる砂糖を配ったり…。なんだか一生懸命おもてなししていた。普段遊び相手がいなくて退屈なんだろうな。 しかしパルタは新生児にしてはよく寝る。2、3時間寝てくれることが多いのは、ありがたい限りだ。
2003年10月30日
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体調は順調に回復している。特記事項はもうないかも。 体重は出産前から-4.5kg、妊娠前体重まであと6.5kg。 今朝の出来事。 目を覚ましたルンバが突然、「ルンバくんのおうちどこ? ここルンバくんのおうちじゃない。ルンバくん、おうちにかえりたいよ」 と言い出した。いろいろわかってきているんだね。切なくなってしまった。 ■あした 昨晩、夫と電話をしていた時に、ルンバが突然深刻な口調になった。「あのね、パパ…」 なにを言い出すつもりだ?「ルンバくん、あした、おにいちゃんになったんだよ」 明日、って。時系列を表す言葉の意味が、まだまったくわかっていないルンバだった。というか、パパはきみがお兄ちゃんになったこと、とっくに知っているぞ。
2003年10月29日
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寝不足のせいか、昨夜の授乳はかなり辛かった。あまりにも眠くて意識のないまま吸わせていることもあったような、なかったような。とにかく眠くて、ルンバが11時近くまで寝てくれたのをいいことに、私もずいぶんたくさん寝た。おかげで今日は少し楽だった。パルタもまとめて寝てくれて助かった。 ■ルンバも沐浴?! さて、昼間パルタの沐浴をしていた時のこと。 実家の洗面台は広いので、ベビーバスを使わずに洗面台にお湯を張り、直接そこで沐浴をさせている。それをジーッと見ていたルンバ、「ルンバくんもここで入る!ちいさいおふろに入る!」 と言い出した。 言い出すときかないので、そこで入れてあげた。といってもルンバはデカイので、せいぜい半身浴がいいところ。しかしどうやら気に入ってしまったらしく、その後数日間、ルンバは「ちいさいお風呂」に入り続けたのだった。これも赤ちゃん返りの一種か? ■夕方がヤマ 昼間はまとめてよく寝てくれたパルタだが、夕方にはちょこちょこと目を覚ます。夕方は私の疲れがピークになって、母乳生産量が一番減る時間帯だからかもしれない。夕食を取り、シャワーを浴びると、身体があたたまって、また母乳の出がよくなる。そうするとパルタも落ち着くようだ。 パルタ、本格的に全身の皮がむけ出した。
2003年10月28日
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今日で産後1週間。悪露は褐色になってきた。量もかなり少なく、普通の生理程度。 昨晩の授乳は大体2、3時間おき。けれどまだ生産量が落ち着かないのか、睡眠を取るとすぐにおっぱいが張って痛くなる。 朝起きたら頭痛がなくなっていた。ヘモ痛もさらにやわらいで、短時間なら直立しても辛くなく、身体もずいぶん軽くなった。一人めの時にはひどかった産後の視力低下も、さほどではない。前回よりは回復が早く感じる。 ■忙しすぎる… にしても。1日中、ものすごく忙しかった。今日は平日で、昼間は母が仕事に行っていたからだろうか。パルタの授乳の合間に洗濯、ルンバが2回おもらししたのでその片づけと着替え、ルンバの食事の世話(食事を作り、食器を洗うのも)、トイレの付き添い、そしてパルタの沐浴。ルンバが寝ればパルタが起き、パルタが寝ててもルンバがうるさくて起きてしまう。息つく間もなく日が暮れた。 ルンバが昼寝してくれなかったので私も眠る暇がなく、夕方にはフラフラ。しかし昼寝ナシのせいでルンバは夕食中に寝てしまった。私も疲れて、23時ごろには気を失うように寝たのだった。 夜中、パルタがものすごくよく寝ていたため、おっぱいが痛くて先に目が覚めた。睡眠後はかなり張る。 母乳が出ているせいか、おなかがものすごく空く。夜中に体重を量ったら、昨日からまた-1kg。出産前から-4kg、もとの体重まであと7kgとなった。 ■皮がむけ始めた 赤ちゃんは生後1週間くらいから、全身の皮がポロポロむけ始める。新生児落屑と呼ばれるものだ。パルタもどうやら始まったらしく、ほんの少しおなかの辺りがむけてきた。
2003年10月27日
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朝起きると、目の奥がきしむような頭痛。昨晩はパルタの授乳でかなりの細切れ睡眠だったからだろうか。とことん朝寝坊したかったが、9時にはルンバにたたき起こされてしまった。ルンバが起きている間は寝られないので、頭痛がなかなかおさまらない。 昨夜はヘモの痛みで円座を使ってすら座ることができなかった。夜、座薬と軟膏を施し、シャワーで懸命に温めたのだが、おかげで今朝は痛みが少しやわらぎ、円座を使えば座れるようにはなった。入院中のように、痛みで眠れないこともなく、立っていてツライこともない。やれやれ。 と、ヘモ痛がやわらいだことで、授乳中におなかがシクシクすることに気づく。これって後腹? ヘモの主張が強すぎて、いままで気づかなかったよ。 ■わが家で沐浴 さて、退院翌日である今日、パルタを初めて沐浴させた。ルンバの時から3年も経っているので、すっかり忘れたと思っていたけれど、いざやってみるとなんとなく覚えているものだ。寝ているところを無理矢理起こしていれたので、最初は泣くかと思ったが、お湯に入れるとなんともまあ気持ちよさそうなこと。おとなしーく身を委ねていた。 しかしパルタは新生児にしてはよく寝る。たまーに授乳が途切れないときがあるが、2時間以上寝ることがあるというのは、この時期ルンバではありえなかった。ルンバの昼寝とパルタの昼寝が一瞬重なったので、そのすきに昼寝だ! 疲れを取るには睡眠に限る。 パルタがよく飲むせいか、やたらとおなかが空く。夕食もごはんをお代わり、やたらと食べてしまった。 一人目の時は産後の頑固な便秘に悩まされたものだが、今回は便通が毎日ちゃんとあるのもありがたい。便秘すると、ヘモがますます悪化してしまうからね。入院中ソーセージみたいだったヘモのはれは、ずいぶん引いてきた。 ただし直立するとまだヘモが痛い。夜、母が不在だったため、夕食の後片づけをしたのだが、前かがみにならないと洗い物ができなくて、ノロノロと片づけをした。そんな私の姿を見て夫が笑っていたけど、「代わりにやろうか」とか言ってはくれないものかと心でつぶやく。 昨日までパンパンに張って痛かったおっぱいは、今日は張り過ぎることなく、柔らかくていい感じだ。需要と供給のバランスが、ようやく取れてきたのかもしれない。 体重は退院時より-1kg、出産時より-3kgで、妊娠前体重まではあと8kg。1日で1kgも減っている。絶えず食べていた入院中とは、さすがに食事の量が違うもんなあ。 ■ところてんパルタ それにしてもパルタ、さすが新生児。なんとまあウンチの頻回なこと。しかも飲んでいる途中でブリリリというおならとともにウンチをすることが多い。まだ飲んだら出るという単純構造なのだ。まさに「ところてん」状態である。 ■兄弟 入院中の助産師さんの言葉に従って、授乳はルンバ・パルタと3人でのコミュニケーションタイムになるよう心がけている。授乳しているとたいていルンバが寄って来るから、パルタにおっぱいを吸わせながら、ルンバに絵本を読んだり、頭をなでたりするのである。ルンバはパルタの真似をしておっぱいを吸いたがり、右はパルタで左はルンバ、2人同時に吸わせたりなんてこともあるが、そんな風にしているからだろうか。ルンバはいまのところ、それほど焼きもちを焼くことなく、すんなりパルタを受け入れてくれているような気がする。一緒におっぱいを吸いながらもパルタを「いいこいいこ」となでてくれるルンバを見ると、とっても幸せな気持ちになる。 ■わかりやすい男 ところでパルタ、理由もなく泣くということがあまりない気がする。泣くときはまずおっぱい、おっぱいを加えてもさらに泣くときは大抵ゲップをしたいかオムツを替えてほしいときだ。それがなんとなくわかるので、ずいぶん楽。これは一人めを育てた経験値のせいなのか、はたまたパルタがわかりやすい男だからなのか、どっちなんだろう?
2003年10月26日
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入院生活5日目(退院日)の詳細はこちら。→お産入院のすべて2人目編/入院5日目* * * * * 無事退院し、パルタとともに実家に着いたのは午前11時半ごろのことだった(退院するまでのこの日の様子は「お産入院のすべて2人目編」でどうぞ)。おっぱいを欲しがるパルタに、すぐに授乳。その横でルンバが毛布にもぐり、かくれんぼ。隠れているつもりで息をひそめている彼、なんだかいつまでも出てこない。私も添い乳しているうちについウトウトしてしまった。はっと気づいて毛布をめくると、ルンバは隠れたまま寝てしまっていた。その間に母が作ってくれた焼きそばを昼食にいただく。 なんだかすごい勢いで食べる父に焦りながら食べていたら、「早く食べないと、お父さんに全部食べられちゃうよ」と母に言われた。「そんなに早く食べられないよ~」と返事をすると、「うちは競争率高いんだ」と言う父。 うーん。「一応、今日退院してきた身なんだけど…(少し気づかってもらうことはできないんだろうか)」と言ってみたら、「妊娠は病気じゃないんだから」というセリフ。 出た~~~! ここ数日の父の様子を見ていて、どうもこういう風に思っているのではなかろうかと感じていたら、本当にこのお決まりのセリフが飛び出した。 体調の悪い私は、思わずキレてしまった。「出産を体験したこともない男の人に、わかったような口調でそのセリフを言って欲しくない!」 確かに妊娠は病気じゃない。けれど出産はとても痛いし、産後の身体は酷使されてボロボロだ。会陰を切ったり縫ったりもしているわけだし、怪我人や病人とどう違うというんだろう? 事実、私はいま非常に体調が悪いのだし。 私の剣幕に、「知ったかぶりをしてはダメか」と父。 なんだかこれからが心配になってきた。 父は私が退院して「ルンバとの戦いから、これで解放される!」とやたら喜んでいるけれど、私は即普通の生活ができるわけじゃない。ルンバの世話を産前と同じようにできるまでには、少し時間が必要だ。そのことを、わかってくれているんだろうか…。 昼食を終え、子ども2人が寝ている隙に、私も昼寝した。2時間ほど寝られただろうか? パルタもよく寝てくれて助かった。が、起きるとおっぱいがパンパンで痛い。加えて頭痛もひどいし、ヘモも痛い。うう~。 夕方、父に車に乗せてもらい、ドラッグストアに買い物に行った後、夫を迎えに駅に向かったのだが、ヘモのせいで座っていることができず、後部座席に横になっていたのだった。 夫が実家に着くと、すぐに夕食となった。体調は悪いが、母乳のせいか、おなかはやたらと空く私。ごはんは2杯たっぷり食べた。 その後はゴロゴロして過ごす。シャワーを浴びて温めたら、ヘモも少し楽になった。ふー。 夜、パルタに授乳していたら、母が突然「ミルクも足さなきゃね」と言いだした。一瞬何を言われたのかよく理解できなかった。だって、私はさんざん「おっぱいが出過ぎて大変」と言っているのに、なんでミルクを? よくよく聞いてみると、そのほうが赤ちゃんが夜よく寝てくれるから、私が休むことができるだろうと思っての言葉だったようだ。ルンバの時にはこの「ミルク足したら」という言葉がプレッシャーで辛かったのだが、あれも授乳がうまくいかない状況を見てというよりは、単にミルク信仰から来る言葉だったのか…。前回はともかく、出過ぎるくらいに母乳が出ている今回は、ミルクを足すほうがよほど寝れない。そんなことをしたら、おっぱいが痛むはず。今回は一人経験している分、母の言葉を跳ね返すこともできる。やっぱり経験って大きいものだ。 それにしても今回はすんなり母乳育児にすることができた。ルンバの時に陥没乳頭で苦労しながらも懸命に吸わせた苦労がいま生きているんだなあ。 出産前、ルンバがすごく可愛くて、下の子をどれくらい可愛がれるのか少し不安に思っていた。パルタが生まれたばかりの時は正直実感が薄かったのだが、日々抱いているうちにどんどん可愛くなっていった。一人目は泣かれるたびに消耗したものだが、二人目は泣き声を楽しむ余裕がある。パルタが母乳をよく飲めるのも、余裕を持って子育てできるのもルンバのおかげだ、そう思うと、ルンバのことがますますかけがえのない、大切な存在に思えるのだった。
2003年10月25日
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入院生活4日目の詳細はこちら。→お産入院のすべて2人目編/入院3日目
2003年10月24日
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入院生活3日目の詳細はこちら。→お産入院のすべて2人目編/入院3日目
2003年10月23日
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入院生活2日目の詳細はこちら。→お産入院のすべて2人目編/入院2日目
2003年10月22日
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入院生活1日目の詳細はこちら。→お産入院のすべて2人目編/入院1日目
2003年10月21日
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この日、3450gの男児を出産しました。詳しくはこちら。→2人目出産顛末記→お産入院のすべて2人目編/入院3日目
2003年10月20日
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誘発分娩までのカウントダウンを言い渡されてから、陣痛が来るのをそれまで以上に強く待ち望んでいた。期限である20日の朝ギリギリまで、自然分娩への望みを捨てたくないという気持ちだった。 とはいえ、陣痛を呼ぶために私にできることは散歩くらいしかない。 今日は夫、ルンバと近所のメキシコ料理店で昼食。初めて行ったが、タコスやスペアリブなど、なかなかおいしかった。もっと早く来てみればよかったな。 その後は3人でひたすら散歩。休日の小学校校庭で遊んだり、ふみきりで電車を見たり。最後にスーパーでルンバのおやつを買って帰宅。結構な距離を歩いた。 その影響か、夕方から翌朝にかけて何度も強くおなかが張り、「今度こそ陣痛か?」と密かに期待を抱いたものの、張り以上のものにはならず。結局は何事も起こらないまま、20日(月)の朝は静かにやってきたのだった。
2003年10月19日
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ついに出産予定日を迎えてしまった。待てど暮らせど陣痛は来ない。一体どうなってしまっているんだろう。毎日散歩したり階段のぼったりとしてみてはいるんだが。 昨日、今日と、夜から明け方にかけては強い張りと痛みでしょっちゅう目が覚めた。特に17日夜は骨盤に胎児が入り込もうとしている痛みなのか、恥骨の辺りに繰り返し激痛がピキンと走り、熟睡できず。ところがそれも朝になる頃にはおさまり、そこから本格的に睡眠。気がつくと午前9時、10時というような怠惰な生活だ。 昼間も張りはあるが、期待するほどの痛みを感じることはない。こうして兆候だけは感じさせ、期待を持たせたまま、誘発になってしまうのかなあ。ハア…。
2003年10月17日
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出産予定日を2日後に控えた39週健診を、何事もなく迎えてしまった。ううううう。 今朝もルンバが爆睡していたので、陣痛を呼ぶ意味もこめて、産院までの3kmの道のりを1時間かけてテクテク歩いた。これで陣痛が来て、健診のはずがそのまま入院になったりして…なんていう淡い期待を抱いていたのだが、張りはあっても陣痛の「じ」の字もありゃしない。 すっかりブルーになって受けた今回の健診のデータは次の通り。体重:+11.5kg(対前回比+0.5kg) 子宮底長:33cm 腹囲:103cm むくみ・尿たんぱく・尿糖:すべてマイナス 腹囲はまたもや記録更新である。 前々回の健診で3160gと言われていた胎児の推定体重は、前回3064gと言われ「ナーンダ」と安心していたら、今回はドドンと増えて3659g。あくまでも推定なので誤差はあるだろうが、とにかくどうにも育ってきてしまっているらしい。内診をしてみれば相変わらず「今にも生まれそうな状態」だそうで、子宮口をグリグリされながら、「なんで生まれないんだろ?」とか言われてしまう。そ、それはこっちが聞きたいんですが、センセー。 予定日は17日(金)だし、満41週までは正期産の範囲なのだが、胎児が大きいと予測されるため、早く生まないと大変かもとのお話。そんなわけで、「今週中に生まれなかったら月曜日の朝イチで診察に来てもらって、薬飲んで陣痛起こして産んじゃったほうが良さそうだなー」 と、誘発分娩までのカウントダウンを言い渡されてしまった。そんなあ…。 陣痛促進剤を使って人工的に陣痛を呼びさえすれば、いまの子宮口の状態なら、朝入院してその日中には生まれるだろうとのこと。胎児が大きくなれば自然分娩はそれだけ大変になる可能性が高いし、もう何週間も「いつ生まれるんだろう?」とやきもきしているので早くすっきりしてしまいたいが、誘発分娩の心構えはまったくできていなかったのでショック。 「陣痛を待つ以外、なす術はないんですよね?」との私の問いに 「そうだねえ」と答える先生。はあ、どうすりゃいいんだ。 健診終了後は昼食をとってから、実父、ルンバと公園へ。久々の晴天に大はしゃぎで駆け回るルンバを追いかけて、公園でもかなり歩いた。 夜は少しでも陣痛の呼び水になればと、いつもより念入りにおっぱいマッサージを施してもみた。 強い張りはある。でも…。なんで陣痛来ないんだろう? あー、一体どうしたらいいのだあ。
2003年10月15日
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予定日間近の大潮到来ということで、もしかするとこれに乗じて出産できるかも…と期待を抱いていたのだけれど、間もなく日付は15日に変わる。どうやら大潮に乗ることはできなかったようだ。 子宮収縮は時折感じるけれども、それ以上にはどうにも進展しない。ここまで来ると、一人目の時と同様、予定日過ぎくらいまでは生まれないんじゃないかという予感。きっと私はそういう体質なのだ。もし仮に3人目を授かることがあったとしても、おそらく数週間前から子宮口が開き、「明日にでも生まれそう」と言われ続けながら予定日超過するんだろう。イヤな体質だなあ。 さんざん「お産が早まる」と言われたし、おしるし騒動もあったものだから、レンタル品のベビーベッドもすでに手配し、部屋のスペースを大きく占領している。予定日前2週間は無料というプレサービスを利用しているからまだいいけれど、いまはすっかりルンバの遊び道具。早く本来の用途で使いたいんだけどなあ。 今日はルンバに「早く赤ちゃん出して」と言われてしまった。出せるものなら出したいよ、私も。おーい赤ちゃん、そろそろ外の空気を吸ってみないかい? みんな待ちくたびれてるよ~。
2003年10月14日
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気がつけば予定日まで1週間を切っていた。やれやれ、さんざん「早まりそう」と言われていたというのに、このザマである。 とはいえ前兆は確実にある。昨晩は明け方まで、子宮がギューッと絞られるような強い収縮や、おなかの張りをくり返し感じ、痛くてよく眠れなかった。前駆陣痛だ。 一人目ルンバの時は夜中に破水し、明け方入院したのだが、そんな経験もあって、なんだか昼間に産気づく気がしない。実際、おなかの強い張りや子宮の収縮を感じるのは夜が圧倒的に多い。だから毎日、夜を迎えるたびに、「今晩こそ」との思いを抱きつつ、気がつくと何事もなく朝を迎えているというパターンが続いている。 さて、女性の身体は潮の満ち干きと深く関係しているとよく言われる。実際、大潮の時は出産ラッシュとなる病院が多いそうだ。そして実は、いまが大潮である(10月11~14日まで)。これを逃すと、次の大潮は25~28日。この大潮に乗じてスポーンと産めないものだろうかと、密かに願う私なのだった。というか、これに乗れないと、また予定日超過しそうでヤダなあ。
2003年10月11日
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あの「おしるし騒動」は一体なんだったのか――。 ということで、何の変わりもなく今日、38週健診を迎えてしまった。こりゃあ間違いなく予定日までおなかに居座るつもりだな、と胎児の思惑をうすうす感じ始めた今日このごろなのである。 昨晩は出張がてら、夫が実家にやってきた。週末に来られなかったから、ルンバは大喜びだ。今朝早くの電車で出勤の予定だったので、夫の滞在中に陣痛が来るといいなという期待半分、でもそうするとバタバタして大変だなという気持ち半分でひと晩を過ごした。夜中、おなかが張って痛み、浅い眠りのなかで「このまま陣痛になったりして…」などと考えながら、ウトウトし続けた。結局、痛みはそのまま強まることもなく、やがて熟睡してしまって、何事もなく朝を迎えた。またか。月曜日の夜も、そんな感じだったのだ。 朝早く家を出た夫を見送り、健診のために身支度を整える。昨晩はしゃいで夜更かしだったルンバは、いつまで経っても起きる気配がない。あまりによく眠っているので、父にルンバのことを頼み、いつもは車で行く産院までの道のりを、歩いて行くことにした。 実家から産院までは、歩くとかなり遠い。多分3kmくらいはあるだろう。しかし長男ルンバを妊娠していた時、体重増加を防ぐために、よく歩いて帰ってきていたのだ。だからなんとかなるだろうと、軽い気持ちで歩き始めたのだった。が。 ……いつになったら産院に着くんだ? やっぱり3kmは相当遠かった。産院まで、きっかり1時間かかってしまった。つ、疲れた…。こんな道のりを、よく何度も歩いて帰っていたものだ。3年前の自分に思わず感心。 そして今日の産院は、やたらと混んでいた。順番が回ってくるまで約1時間半。待ちくたびれて腰も痛くなってきたあたりで、ようやく診察室に入ることができた。 まずは外診。 「特に変わりはないですか~?」とおそらく他意はない看護師さんの言葉に、思わず「なにもなくてスミマセン」と縮こまりながら、「はい…」と答えた。 子宮口はさらに開いて、現在5cm。「痛みさえ来れば、お産が進むのは早いと思うんだけどねえ」と言われ、中を消毒。「1週間以内には生まれそうだよ」と毎回恒例のセリフを言われて、健診は終了。 今回のデータは下記のとおり。体重:+11kg(対前回比+0.5kg) 子宮底長:33cm 腹囲:102cm(対一人目比+4cm) むくみ・尿たんぱく・尿糖:すべてマイナス それにしても、よほど胎内が居心地いいのか。実は今日は私の誕生日。同じ誕生日になったりして…なんていうことも密かに期待したのだけれど、それもダメっぽい。今朝、母に「誕生日、なにかほしいものある?」と聞かれ、思わず「赤ちゃん」と答えてしまった。自分の誕生日に「赤ちゃん誕生」という贈り物をされたら、かなり心憎かったのになあ。まったくもって、残念なかぎりなのである。
2003年10月08日
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おしるしが来たことで一時期テンションが急上昇したものの、どうやら通常営業に逆戻りしてしまったようである。 木、金と続いていたおしるしは、土曜日にはすっかり元のおりものに戻ってしまった。おなかが張ったり、子宮がウネウネと動くような感触があるので、お産に向けて体は準備をしているのだとは思うけれど、劇的変化は訪れない。やっぱり「お産が早まりそうな状態」のまま、予定日付近まで粘るような気がしてきた。本当は、早く白黒ハッキリしてほしいんだけどなあ。 そんなわけで少しでも陣痛を呼ぼうと、毎日息子と2時間くらい散歩してみたり、階段を上り下りしてみたりという日々。このまま水曜日あたりには、何事もなく次回の健診を迎えそうで、ちと焦っている。だって、てっきりお産が近いと思って体重を気にせずに食べてしまっていたから、次の健診があるとなると、いろいろと事情が変わってくるのだ。胎児の体重がどれだけ増えているかもコワイ。 よくよく考えれば予定日まであと11日もあるので焦る必要もないのだけれど、一度「もうすぐか?」と期待してしまうと、なんというかやっぱり、浮き足立ってしまうんである。「二人目だからヨユー」なんてかましていたけど、全然そんなことなかったなあ。やれやれ。
2003年10月06日
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昨日午前中におしるしがあってから、すでに36時間。何事もなく今日という日が終わろうとしている。 今日もおしるしは断続的に続いていた。下腹部になんとなく鈍い痛みが起きたり、おなかが張ったりはするのだけれど、思わず時計を見て間隔をはかってしまうような痛み方はしない。これを書いているいま現在も、下腹部とか恥骨のあたりに鈍痛があったりするのだが、ごく軽いもの。今晩も何も起こらないのかなあ。 実は昨晩、ルンバが突然こんなことを言い出した。「あした夜になったら、ルンバくんお兄ちゃんになるんだよ」 なんの脈絡もなく言われたので、予言か?とドキッ。ルンバの予言が当たるのならば、今晩には生まれるはずだったのだが。どうやら、はずれかなあ。 子どもって時折こんな風に、大人をドキッとさせることを言う。 おしるしが来てからというもの、いざというときに体力不足で困らないようにと、食事をしっかり食べるようにしている。もうすぐ生まれるのであれば、いまさら体重管理で青ざめるより、体力をつけておくほうが大事だと開き直ってしまったのだ。でも、昨日からなんだか下痢気味。出産のためのホルモンは腸の活動を促し、腸を空にして少しでも赤ちゃんの通り道を確保しようと働くらしい。多分、そのせいなのだろう。 母は昨晩、男の子が生まれる夢を見たという。赤ちゃんの性別はまだわかっていないのだが、はたして正夢となるのだろうか? というか、「おしるし?」と浮き足だってから丸1日以上なにもなかったので、一人目の時、38週末で子宮口が5cm開いていて「すぐにでも生まれそう」と言われ浮き足だったにも関わらず、予定日を超過したあのガッカリ感を否が応でも思い出してしまう。いずれにせよ、予定日までだってあと2週間なんだから、まったり過ごしていればいいのだけどね。
2003年10月03日
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昨日の「1週間以内に生まれるんじゃない」宣言から、何事もなく一夜が明けた今日の午前中。ルンバと散歩に出かけようと身支度を整え、トイレに行ってみたら、うっすらと褐色の血が混じった、ねばねばしたおりものがペーパーについた。 むむ、出血? 昨日内診しているし、そのせいで出血ということもあるかもしれない。陣痛らしきおなかの張りもないし、とりあえずは様子を見るか。 そう思いつつ、ルンバと散歩に出かけた。 1時間ほど散歩して帰宅し、トイレに行ってみると、先ほどと同様の褐色のおりもの。少し量が増えている。うーん、と思って産院からもらったパンフレットを見ていたら、「おしるし」の解説に「血の混じった粘液性のおりもの」と書いてあった。 あれ? これってまさに、それなのでは? ということは、これが「おしるし」? 実は一人目の出産は破水から始まったので、「おしるし」を見なかった私。それがどういうものなのか、いまいちわかっていなかったのだ。さらに持っている本で調べたら、以下のように書いてあった。「子宮頸部中の毛細血管のいくつかが破れ、ティースプーン1さじ分くらいの赤か褐色のおりものをみることがあるでしょう。」(『シアーズ博士夫妻のマタニティブック』ドクターウイリアム・シアーズ、マーサ・シアーズ、ドクターリンダ・ホルト共著/主婦の友社) この、ねばねばとした状態のおりものが「おしるし」らしい。赤ちゃんが下がり、出産に向けて子宮頸部が薄くなり、これまで密閉されていた子宮頸部が「ロック解除」の状態になることによって出てくるという。ますますどうも、私がトイレで遭遇したあれが、「おしるし」のような気がする。 「おしるし」があったからといって必ずしもすぐにお産が始まるわけではない。ほとんどの人が3日以内で始まるらしいが、なかには1、2週間後になる人もいるという。陣痛を待ったほうがいいのかなと思ったが、とりあえず産院に電話をかけてみた。すると、念のため入院用の荷物を持って、午後の診察に来てくださいとのこと。それまでに痛みが始まったら、また連絡をくださいという。 午後の診察が始まる14時半まで少し間があったので、とりあえず入院用の荷物をちゃんと整え、そのまま入院になった時に備えて腹ごしらえ。ルンバと一緒に昼食を食べた。動くとおなかが張るものの、陣痛が始まる様子はない。 いつもなら父に病院まで送ってもらうのだが、タイミングの悪いことに、今日は1日外出していて不在。さて困った、タクシーでも呼ぼうかなと思っていたら、仕事から一度家に戻った母が叔母に連絡をとり、2人とも病院までついてきてくれた。ルンバを見てもらう人が必要だったので助かった。 産院につき、受付を済ませると、10分ほどですぐに名前を呼ばれた。まずはドップラーで赤ちゃんの心音を確認する。それから先生が来て、超音波で赤ちゃんの様子を見る。そして内診。 子宮口は4cm開いており、いつお産が始まってもおかしくない状態になっているという。出血もあったことだし、お産が近いのは間違いない。早ければ今晩あたり陣痛が来るんじゃない?とのこと。 念のためノンストレステストを受け、赤ちゃんが元気なことを確認して、診察は終わりとなった。とりあえずは陣痛待ち。10分か15分間隔で陣痛が来たら、電話連絡の上、来院してくださいと言われ、今日は帰ることに。 実は一度家に戻りたいと思っていたので、帰れることになってホッとした。いざ病院に来てみたら、こまごまとした忘れ物に気がついたのだ。入院用荷物の最終チェックになってよかったかもしれない。 とにかく、一気にクライマックス感を帯びてきた妊婦生活。はたして陣痛はいつ始まるのか? 魔の3歳児・ルンバは、私の入院中、いい子にしていてくれるのだろうか? 数々の不安を残しつつ、ひとまず筆を置く。出産したら、本館の掲示板にて報告する予定。乞うご期待! (とかいって、出産は結局1~2週間後とかだったらマヌケだなあ…)
2003年10月02日
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里帰りしてからの健診も、今日で3回目となってしまった。母子手帳の記入欄は残すところあとわずか。はたして、ここに記入しきれるうちに、ちゃんと生まれてくれるのだろうか…。そんな疑問を抱きつつ、足を運んだ37週健診。 さてはて、結果はというと…、まずはデータから。体重:+10.5kg 子宮底長:34cm 腹囲:102cm(対一人目比+3.5cm) むくみ・尿たんぱく・尿糖:すべてマイナス うーん。体重は横ばいだが、子宮底長・腹囲ともに自己最高記録更新中である。一人目の時も腹囲は100cmという大記録を樹立したのだが、それは36週時点で一度きりのことで、37週以降は赤ちゃんが下がったためか、98cmに減ったのだ。増え続けているということは、はたして何を意味するのか…? そんなこんなで外診。「苦しそうだねえ」と毎回恒例のセリフを言われ、赤ちゃんの様子を見る。なんだかちょっと大きいようだ。推定体重3160g。長男ルンバの出生時体重3000gを、すでに超えている。ありゃりゃ。「お母さんの身長もまあ高いから、大丈夫でしょ」 先生は軽く流していたが、まだ37週だぞコラ。そう急いで大きくならんでもいいよ、赤ちゃん。 続いて内診。子宮口の様子を見た先生、やはり「いつ生まれてもいい状態になっているなあ」。そして、「1週間以内に生まれそうだよ」という宣言をいただく。おお、そうですか。…が、そんな宣言をいただきながら予定日超過という一人目の経験を持つ懐疑的妊婦、先生の宣言を冷静に受け止め、舞い上がらない。 そして、「ちょっと刺激しておくからね」 というセリフとともに、子宮口を器具でグリグリと刺激された。イテテテテ。 「あとは陣痛が来るのを待つだけ」と言われ、 「たくさん歩いたほうがいいんでしょうか?」と聞くと、 「もう生まれそうな状態になってるからねえ。ほどほどでいいよ。それより、乳首のマッサージをするとか」とのお言葉。 最後に痔の軟膏をもらって、健診終了。 前回、お産の時にいきみすぎて痔を悪くした私だが、今回は妊娠中からよくない状態。おなかが大きくなってうっ血するのか、このところまたアヤシイ雲行きなので、念のため薬をもらったというわけである。いまからこんなんじゃ、産後はまた痔の痛みに苦しむんだろうなあ。憂鬱である。 そういえば前回不安をかきたてられた「羊水が多い」ことに関して、今回は何も言われなかった。ということは、正常範囲内になったということか。 さて、帰宅してからの様子。子宮口グリグリをやられたせいなのか、おなかの張りと鈍い痛みがあり、なんだか不穏な感じが続いている。が、前駆陣痛のような感じでもない。今回の宣言は、はたして当たるのか? 乞うご期待である。
2003年10月01日
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