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なんや、かんやと病気になってしまう私だ。しかし、今度は夫が発病した。夫の病気は■帯状疱疹。■5月最後の土日くらいに痛いと言い始めた。はじめは、赤くなってなくて、脳の病気かと思っていた。毎日、薬を飲んだり、塗ったり(私の役目)と大変だ。毎日、医者に行って薬を塗ってもらい、消毒をしているが、でも、仕事にもジムにも行っている。症状がなくなっても、痛みが残ることがあるから心配だ。私は週に2回くらいの医者通い。医者との縁が切れないふたりだ。■2012年5月の映画■ *幸せの教室*ファミリー・ツリー*ダーク・シャドウ*山猫■書き残したネタ■*茶屋町の語源 *もっと緑が欲しいのだ!(駐車場) *「清貧の思想」*橋元大阪市長 *みどり学 *パリネタ。 *ファーストレディ *「小石川の家」 *あさぶら *小説「アーレンガート」 *「北極星」 *アルミ缶エコ *江戸時代、和歌山の防災意識 *子供と春の花と桜 ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月31日*「純情きらり」と「私の昭和」:色足袋 *・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.31
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■山猫:あらすじ■♪音が出ます!シチリアの大地に最後の輝きを放つ、貴族社会の壮麗なる落日1860年春、統一戦争下のイタリア。腐敗した貴族支配からの解放を目指す統一運動の波は、ここシチリア島にも押し寄せる。そのシチリアを300年の長きに渡って統治してきたのは“山猫”の紋章を持つ名門貴族サリーナ公爵家だった。自らの終焉を感じながらも、これまで通り優雅に振る舞う公爵。一方、彼が目をかけていた甥のタンクレディは革命軍に参加し、機敏に立ち回る。ある日、片目を負傷し休暇の出たタンクレディは、避暑に向かうサリーナ公爵一家と合流、やがてそこで新興ブルジョワジーの娘アンジェリカと出会い恋に落ちるのだった。 去年、見ようと行った映画館が満員で見ることが出来ず泣く泣く帰ったので今回はリベンジ!!2009年に■「副王家の一族」■というのを見た。19世紀半ばのシチリアの滅びゆく貴族社会を描いたものでよく似ているが「山猫」はその50年近く前に製作されたもの。ルキノ・ヴィスコンティ監督の代表作。映像の美しさはもちろんだが、心に残るセリフが多かった。原作者もイタリア貴族の末裔で自分の体験をもとにしたフィクションだそうだ。去年見た■「ベニスに死す」■もヴィスコンティの作品で映像が美しかったけれど、「山猫」は華麗な映画だった。それもそのはず、本人もイタリア・ミラノの名門ヴィスコンティ家出身の伯爵。裕福な家庭に生まれ、幼少の頃より芸術に親しむ。その出自にもかかわらず、イタリア共産党に入党する(後、脱党)。30歳よりジャン・ルノワール(印象派の画家、ルノアールの息子)のアシスタントとして映画製作に携わるようになる。彼をルノワールに紹介した人物はココ・シャネルであった。彼の本物志向はすごいらしくて、衣装など小道具も、可能な限り当時の製法で復元された。また舞踏会のシーンでは、エキストラの1/3が本物のシチリアの貴族の末裔だそうだ。ところで、映画の中では、バート・ランカスターやアラン・ドロンというイタリア語を母国語としない人が主役、準主役となっているが、吹き替えなのだろうか?本人がやっているとしたらスゴイ!!この映画は、日本公開が1964年。ヴィスコンティは、映画の黄金期に活躍した幸せな監督だと思う。■午前十時の映画祭2★青の50本 ■「山猫」は「ミツバチのささやき」の代わりに上映された。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月30日*降らいでも曇るお不動さん/「純情きらり」と「私の昭和」:誕生日/ ごみゼロの日:もろぶた *・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.30
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■ダーク・シャドウ:あらすじ■200年ぶりに甦ってしまいました。1752年にイギリスからアメリカに移民し、裕福なコリンズ家に育ったバーバナス・コリンズ(ジョニー・デップ)。ある日、ひょんなことから魔女によって死よりも恐ろしい運命となるヴァンパイアにされ、生き埋めにされてしまう。それから2世紀を経た1972年、予期せぬきっかけで墓から開放されたのだが…。 ティム・バートンとジョニー・デップとコラボ作品に『シザーハンズ』『チャーリーとチョコレート工場』『アリス・イン・ワンダーランド」がある。どれも、見ていないが、有名な作品ばから。今回は、見に行ったが、ジョニー・ディップは、ヴァンパイアになっていた。ヴァンパイアは日光に弱いというので、サングラスに日傘姿のコリンズ(ジョニー・ディップ)。これってマイケル・ジャクソンやんか。( ̄m ̄*)200年前のコリンズの恋人の生まれ変わりのような女の子がヒッチハイクをするシーンが、初めの方にあった。そうそう、あんな感じでヒッチハイクしたのよね。私も1ヵ月くらいヒッチハイクをしたことがあるので懐かしかった。でも車に乗せてくれる人がいると信じて、その人が善人だと信じてた。1970年代初めにヨーロッパでは、リュックを背負った若者がずらりとならんで、当たり前の風景だった。今や、乗せる人も怖がって乗せないだろうし、乗る方もどんな人が運転しているのかと思うと怖い。なにかあると「ラブ&ピース」というのも、おかしかった。70年代がいっぱいの映画というところも、70年代をリアルに生きた私には、懐かしかった。これは続編があると見た。(`ー´)■ヴァンパイアもの■■「ポーの一族」:吸血鬼の詩的な言葉■■トワイライト★吸血鬼の初恋■■ポーの一族■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月27日*クマザサの語源 *・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.27
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父の子どもの頃、「端午の節句」には、ヨモギを採ってきたという。そのヨモギを束ねて屋根の上に「屋根替え」と言って放り投げるというしきたりがあったそうだ。 「日本の民俗学」によるとショウブとヨモギを採取してきて、邪気を払うためさまざまなことが行われていた。 軒先にさしたり屋根に上げたりする「葺き籠り(ふきこもり)」というのがあったそうだ。父の子どもの頃にやっていた「屋根替え」は、「葺き籠り(ふきこもり)」のことだろう。また、陰暦五月五日を薬日(くすりび)と言い、この日の午の刻(正午前後)に降る雨を「薬降る」と呼んでいる。このようにヨモギは大事な草だった。 私の子どもの頃には、「屋根替え」という風習はもう残っていなかった。しかし、ヨモギ餅という形で残っていた。今では、ヨモギを利用することなく雑草と呼んでいる。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月26日*大阪しぐれ:スジもコンニャクも・・・/父の麦わら帽子:目次*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.26
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■ファミリー・ツリー:あらすじ■♪音が出ます!!ハワイに暮らしていても人生は<楽>じゃない!ハワイ・オアフ島で生まれ育った弁護士のマットは、妻と二人の娘たちと何不自由なく暮らしていた。カメハメハ大王の血を引く彼は、祖先から受け継いだ広大な原野を所有しており、それを売却し巨額の富を得るか自然を守るかの決断に迫られていた。そんな中、妻がボートの事故でこん睡状態に陥ってしまう。さらに妻には恋人がいて、離婚を考えていた事が発覚する。そればかりか娘が妻の浮気を知っていたと告白、マットは動揺する…。(写真は2009年に行ったハワイの写真)緑の街、おおらかな感じの人々、穏やかな気候、開放的なアロハシャツ、流れるハワイアンソング・・・。ハワイは一度行っただけだが、すっかり大好きになった。ハワイ暮らしはパラダイスだろうと思うけど、住んでいる人たちにとっては、いろいろな問題があるらしい。そりゃあそうだろう。ハワイに住んでいても、事故にあったり、夫婦がもめるかもしれないし、娘がぐれるかもしれない・・・。マットがそうだ。浮気をしていた妻が事故で昏睡状態に。娘たちは気ままに自己中心的でわがまま。そのバラバラだった家族が母の事故で再生する。映画の中にはハワイの素敵がいっぱいつまっている。雄大な大地と海、マットたち男性の着ているアロハシャツ。色鮮やかなレイ、部屋の中では裸足というハワイの生活。瀕死の母親のベッドには、ハワイアン・キルトがかけられていた。母親の死後、そのキルトを残された家族3人が一緒に使うというところに、崩壊しかけた家族が再生したことが分かる。もうひとつ、先祖代々の土地を売ることをやめた時にも、「土地」を通して親戚、皆が結束するという結末もよかった。「ファミリー・ツリー」それは大地に根を張り、受け継がれる家族の系譜。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月21日*トリビアの井戸:出石(いずし)蕎麦 /トリビアの井戸:湯桶(ゆとう)/昭和30年代:「ザ・ヒットパレード」/*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.25
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被災地の復興支援のため、瓦礫を全国で受け入れるべきだという、お考えをお持ちの皆様へ皆様は同じ国民として被災者の方々を思いやり、みんなで力を合わせて復興を支援したいと考えておられる心優しい方だと思います。 でも、ちょっとだけ想像してみて下さい。なぜ世界中から瓦礫の拡散への非難が集まっているのに一切国内では報道されていないのか。なぜ国際基準を無視して、国際ルールも無視して、瓦礫を拡散するのか。以下の資料や情報をお読みになって、どうか、いっしょに考えて下さい。なぜ、瓦礫受け入れを反対する人々がいるのかを知って下さい。 廃棄物処理法はその二条で「放射能に汚染されたものを除く」と規定しており,どれだけ放射線量が低くても,通常のゴミ焼却処理は違法です。 神奈川県知事対話集会にて環境省担当者は『今回の災害廃棄物の広域処理の根拠法はない。借置法の対象にはなっていない』と答えました。東日本大震災前、 原発事故前はIAEAの国際的な基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100ベクレルを超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。(クリアランス制度) ところが、国は、東日本大震災後に、福島県内限定の基準として出された8,000ベクレル(従来の基準の80倍)を、その十分な説明も根拠の明示もないまま、埋め立てて大丈夫と広域処理の基準に転用しました。8000ベクレルという水準は国際的には低レベル放射性廃棄物として、厳格に管理されているという事を私達は忘れてはなりません。薪ストーブの灰の放射線が高度に濃縮されているのが検出され問題になりました。 薪を燃やさない様に報道してるのに瓦礫は燃やしてもイイってどうゆうことなのでしょう?チェルノブイリでは薪ストーブが【小さな原子炉】って呼ばれています。 汚染瓦礫が混ざったセメントを使用した高線量のマンションも話題になりましたが、そのセメントはもう病院や道路の補修にまで使用されていた後でした。その後なんらかの処置をしたという報道はありません。いまやもう何事も無かったかの様です。受け入れ基準は100ベクレル。埋め立て基準は200ベクレル。非常に厳しい基準値と言って受け入れ表明している自治体もあるようですが、ごまかされてはいけません。この基準は事故前はドラム缶に入れて管理する基準です。そして問題は総量。何十万トンもの瓦礫を受け入れようとしているのです。汚染瓦礫の焼却は、地面に 落ちた汚染物質をさらに濃縮して空気中に広範囲に渡り舞い上げます。放射性物質を含んだ瓦礫を焼却するということは、全国に福島第一原発を出張させるようなものです。 群馬県伊勢崎市の処分場では国の基準より、大幅に低い焼却灰を埋め立てていたにもかかわらず、大雨により放射性セシウムが水に溶け出し、排水基準を超えたという報道がありました。また、山形市の定時降下物から福島市の約14倍のセシウムが検出されています。 放射能はセシウムだけではありません。もっと毒性の強いストロンチウム プルトニウム ウランなど、31種類の放射能核種も含まれます。さらに瓦礫には阪神淡路大震災でも問題になったダイオキシンやアスベスト、ヒ素なども含まれています。フィルターのある施設は少なく、気化した放射性物質は粒子の細かいフィルターもすり抜けます。放射性物質は数十年~数百万年にわたり、ず~っと放射線を出し続けます。そして呼吸からの内部被曝は食べ物からの被曝よりさらに危険なのです。すでに瓦礫焼却した清掃工場の作業員も被曝しています。 阪神淡路大震災の時の瓦礫の量は2000万トン、東日本大震災2300万トン(環境相発表)阪神淡路大震災の時の瓦礫の処理費用は1トン2万2千円それに対して岩手の瓦礫の処理費用(税金)は6万3千円、宮城5万円。この事実をご存知でしょうか?ちなみに阪神淡路大震災では、ほとんどを兵庫県下で処分しています。 約10パーセントを県外の民間業者を主に委託をしていますが、輸送コストを抑えるため、その殆どは近郊都市です。 今回のように輸送費にわざわざ高い予算をあてて 全国に運ぼうとするようなことはありませんでしたし、 神戸市は 15機の焼却炉を建てて対応しています。 そして、当時の担当者は「瓦礫処理は、自治体が主導で行うもの。 当時、国からの指示など無かった」とも言っております。 南相馬市長 は「がれきは復興の貴重な財産。護岸工事に使いたいが不足しているので 宮城から運んできたいと相談したら、 放射線量が不明だから動かせない といったのは官僚」と言ってます。官僚は、一方で瓦礫汚染の心配はない、といい、 また一方では線量が不明だから動かせないと言ってる のです。各地への瓦礫輸送や受け入れに大量の税金を使うなら、その分を被災地に使うべきなのではないでしょうか?すでに瓦礫受け入れに関しての莫大な広告費が使われています。瓦礫受け入れで得をするのは産廃業者と権力を使って、「被災地応援」で利益を得ようとしている一部の人々。本来被災地に渡されなければならない復興のお金を 利権のために利用しているのです。『瓦礫の受け入れ』は汚染を免れた土地をも汚染させようとしている愚かなことなのです。これでは本当に安全な食べ物が無くなる。 汚染されていない土地の食べものを被災地へ届けるのが本当の支援ではないのでしょうか?瓦礫ではなく、被災者を受け入れるのが本当の支援ではないのでしょうか? 放射性物質は拡散させず、人の住めなくなった場所、一カ所に集めて封じ込めて安全に管理・処分するのが世界の鉄則。一度拡散した物は もう集める事は不可能です。全国の自治体が瓦礫受入を表明しだしています。もはや受入は一自治体だけの問題ではなく日本国全体の問題です。もし瓦礫を受け入れる事によって10年後になんらかの健康被害にあったとしても因果関係があったと国は絶対認めてはくれません。モチロン瓦礫広域処理を推進した人も責任とれないでしょう?■もとはここ。■・・・・・・・・・・・・・
2012.05.23
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工事のために、抜かれようとしていた葡萄や、市街地では、今や貴重になったスカンポなど■裏の庭は■、植物たちの避難場所だ。雑草の好きな私に、それらを見ていたいけれども、駐車場で人目が気になる。なら、フェンスに目隠しをしようかと思った。目隠しをすると、陽が当たらなくなるので、今植えている&生えている植物は抜き日陰で育つ植物を植えなければならない。先日、スカイプで友人とその話をしたら、 ポール・スミザーの「日陰でよかった」という本がオススメだという。そこで。、ふたりで日陰の植物を言いあった。 ヤマシャクヤク ナルコユリ ホトトギスギボウシ ユキノシタは今あるのを移植しよう。 シャガは夫の実家にいやになるほどあるのをもらおう。日陰の植物もけっこういける。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月21日*竹林の再生/「純情きらり」と「私の昭和」:ちゃんちゃんこ*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.21
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■幸せの教室:あらすじ■ ♪音が出ます!!そこは、明日が好きになれる場所ラリー・クラウン(トム・ハンクス)はいままで勤めていたスーパーを解雇され、再就職先も見つからず、地元の大学に通うことに。初めての授業に胸躍るラリーと同じ教室に向かうのは、教えることへの情熱を失った美人教師・メルセデス(ジュリア・ロバーツ)。人生への希望を失った2人の出会いがもたらすものとは・・・。 トム・ハンクス大好き♪「ユーゴットメール」以来大好きだ。明るくおおらかでいかにもアメリカ人って感じがいい。 ジュリア・ロバーツも大好き♪美人で頭がよくて明るく、スタイル抜群!そんな二人の映画ということだからと見に行った。冒頭、スーパーマーケットで懸命に働くラリー・クラウンの姿が数分。客の相手をし、空になったワゴンを運び、商品を整理する。その姿は、上役の目にもとまり、「今月の人」に9回も選ばれたくらいの働きぶりだ。今回、上司に呼ばれたのも、10回目の「今月の人」になるからだろうと思っていたくらいだ。そんな彼に、クビの宣告。日本では考えられないのだが、首と言った次の日には、もう会社にはいけない。日本では、考えられないと思ったが、今や派遣などでは珍しくないのかもしれない。しかし、原因が「大学を出ていないから、これ以上の昇進が出来ない」というのは腑に落ちない。仕事を探すもない。そこで地元の短大?に行くラリー・クラウン。ここでも彼は、優等生だ。若いこたちとも仲良くなる。見かければ、学内のごみも拾って分別して捨てる・・・。ラリー・クラウンのいいところは、陽気なところ。一生懸命なところ。裏表なく正直であること・・・。この映画の原題は「ラリー・クラウン」。製作、脚本、監督、主演とすべてをこなしたトム・ハンクス。トム・ハンクスとラリーが同じ人物に思える。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月19日*雑草大好き*母子草/竹の襲撃*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.20
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うちの裏庭は、奥行き1メートル余り、幅10メートル余りと小さい。ベランダくらいの広さというか狭さ。そこに、ピラカンサ、枇杷が勝手に生え、■工事のために抜かれかけた葡萄■や、■春に食べたいと植えたイタドリ■、ヨモギ、シダ・・・。他の場所では、嫌がられる植物が暮らす楽園?となっている。この小さな庭が見たいと思えども、大きな裏は駐車場。フェンスの一部を目隠ししよう!!そうすれば、坪庭っぽい庭が出来る。で、市のシルバーさんに来てもらって見積もりをしてもらった。 「ここからここまで、竹を半分に割ったもので、目隠しして欲しいんですが・・・」と私が言うと「竹はありまへんで」と当然のように言う。しつこく、竹、竹と言っていると「あんなんやったら、ありまっせ」と近所の家の垣根を指さす。 フェイクやん・・・。_| ̄|○裏庭・ビフォー&アフター計画、最初からつまずく。どうなることやら・・・。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月17日*昔語り:やっこめ(焼き米)/ 坪庭*清盛の愛した「蓬の壷」*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.17
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■浜辺 遥さま■パチパチパチパチ!勇敢にも、オーガニックレストランで残飯あさり、いえいえ、食べ残しを持って帰る(どちらでも一緒?)姿を想像しておもわず、手をたたいてしまいました。あっぱれ、あっぱれ。私も、2年前の友人との香港旅行での超高級ホテルでのディナーで、アフタヌーン・ティーでと食べ切れないものを持って帰り夜食にしたり、アフタヌーン・ティーならぬ、ミッドナイトティーにした経験があります。ほんとに、そうですよね、残すほど頼まなくていいのにね。もし残ったら持って帰る、これって、エチケットです。お茶会などで、お菓子が食べ切れないときは、懐紙を出して、包んで持って帰るのが作法。だから、持って帰るのを、とやかく言う方がおかしいのです。 そんな人には「ワタクシ、お茶をやっていますので、残ったものは持って帰るのがクセになっていますのよ!オーッホホホホ・・・」と思い切り、白鳥麗子(かの有名な漫画のヒロイン、ご存知ですよね)笑いしてやりましょう。オーッホホホホ・・・。私の子供時代は、世の中、みーんな貧しくて、とりわけ、わが家は清貧ならぬ赤貧。でも、考えようによっては、ものすごく豊かな生活だったと思うのです。米や野菜はいうに及ばず、味噌、カンピョウ、濁酒(どぶろく)、漬物、その他おやつにいたるまで、なんでも自家製。自分で手間隙かけて作った物は残したり出来ません。時たま、お店のお菓子が食べられることがありました。それは父が村の「寄り合い」に出かけた時。お茶受けに出るお菓子を父は「食べずに残して」、おひねりにして私たち子どものおみやげに持って帰ってくれたのです。おなじ「残す」でも、今の「残す」と大違い。これを機に私も悔い改め、喰い改めることにしましょう。 食べ物は質素に『喰い改める』つもりですが、おしゃれには、お金をかけようと思っています。遥さんは、もらいもののワンピースでも、2000円の靴でも、きっとキマっていたと思うのですが・・・。私は、安もんだと、貧しく感じられるお年頃。若いときしか出来ないおしゃれを、もっとしておけばよかったと後悔しています。そのよい例がこの絵の髪飾り。なんでも、パリののみの市で買ってきたものだとか。パリジェンヌは、この髪飾りひとつで小粋に髪をまとめるとか・・・。4~5年前に買った時、いろいろ聞きました。しかし、使ったのは一度きり。年をとると、髪が痛みやすくなって、きたない長い髪より、潔く短い髪をと、その後、髪を切ってしまったのです。これからの時期、この髪飾りをして、ゆかたをきてみたいな。もう10年早く、この髪飾りに出会っていたらと飴色の美しいべっこうの髪飾りをみながら後悔しています。天地 はるな■おしゃれ手紙■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月15日*「ぼっけえきょうてえ」、岡山弁 /枇杷熟れ、桑熟れ、椋熟れて・・・。*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.15
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5月12日(土)、娘と孫と私で京都へ。嵐電、嵐山駅から、JR嵯峨嵐山駅に向かう途中、小さな川に出会った。 なんという川なのかと、橋を見ると「瀬戸川」とある。橋の名前は「竜門橋」、またの名を「歌詰橋」。つぼのうちにほひし 花はうつろひて 霞ぞ残る春のしるしに 歌人西行がこの橋のたもとにあった酒屋で歌を読みあい、この歌の返歌に詰まったとの伝説がある。 歌詰橋は、それに因んで(ちなんで)付けられた名。後に天龍寺ができ、その門前に当たるところから、竜門橋と呼ぶようになったといわれる。 また、橋の下を流れる瀬戸川も、かつては芹川といい、昔はこのあたりに芹が繁殖していたらしい。小倉山の麓を水源に臨川寺(りんせんじ)の東で大堰川(おおいがわ)にそそぐ。■京都の川■は小さくても、調べてみると、大きな歴史がある。 ■天竜橋(歌詰橋)■右京区嵯峨天龍寺北造路町・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月13日*歳時記の歌:背くらべ /八十八夜の「茶摘」*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.13
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去年の12月からSkypeをはじめた。パソコンについているカメラが私の顔や部屋を写し、マイクが声を相手に伝える。相手の映像も声と一緒に伝わる。それで料金はタダ!数日前も関東の友人と1時間近く話し込んだ。もし電話だといくらかかるのか?タダという恩恵に感謝しているのは、私の妹夫婦だ。妹の娘、私にとって姪は、結婚してNYで暮らしている。週に1回、Skypeしているので安心だと妹は言う。GWの後半に、兵庫県・姫路の近くに住む妹の家に行った。そこで、NYに住む姪とSkype。彼女たちの部屋や冷蔵庫の大きさなど、手に取るように分かり、ほんと楽しい!うちの娘、レイがイギリスに行っている時にもやればよかったと後悔している。パソコンは地球を小さくした!■Skype・HP■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月11日*サルビア歳時記:5月の三箇条 /トリビアの井戸:峠 *・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.11
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関西電力の筆頭株主で、関電に脱原発依存を求める株主提案を行う大阪市が平成元年以降、市立科学館の建設・運営費として計約72億5千万円分の寄付を受けていたことが9日、明らかになった。よく調べてみれば、●市との随意契約で科学館を運営する財団法人・大阪科学振興協会に関電幹部OBが再就職。●運営費の赤字を市が補填(ほてん)していることも判明した。今、問題になっている、赤字の見直し。そのため、障害者の施設が統合されたり、市の音楽団が解雇されそうになったりしている。また、大阪の誇る日本の伝統芸能である人形浄瑠璃やなども、補てんが見直されている。これらが必要とされていないのに、科学館の必要性はどこにあるのだろうか?市は同協会との契約や市の出資について、ゼロベースでの見直しを担当部局に指示したというが当たり前だろう。それにしても、長い間、大阪市は、関電にたかり、関電の元幹部は、大阪市にたかるということが続いていたのだと思うと腹立たしい。私たち消費者に、そのつけが回ってきている。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月9日*京都の銘菓「甘露竹」/だいこんと付くべき文字に付けもせず・・・*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.09
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歩いて通勤中、塀から飛び出した植物発見!! 近くによって見るとシランだった。コンクリートの塀にあったわずかな穴から芽を出し、大きくなった、ど根性シランだ。あれから、あの道を通ってないけど、あのシランは、どうなったのかしらん。_| ̄|○ なんてことを思いながら裏庭の草むしりをした。その中に、イタドリ(スカンポ)が!私の子どもの頃には、いたるところで見ることが出来たこのイタドリも最近は、見かけない。ならばと、私が裏庭に移植したのだ。 しかし、狭い庭なので、フェンスに邪魔され、茎が異様な形に・・・。ど根性イタドリだ!イタドリは、食べられる上に、痛みをとるというのが語源というありがたい植物。こんな狭い庭ですまん。m(_ _)mそれにしても植物は根性がある!!・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月7日*父の麦わら帽子:「わしは、歩ける」/里山の旬だより:お天気ばなし*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.07
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■コリアンタウン・鶴橋■といえば焼き肉!!そして、焼き肉といえば、生レバーを注文する人が多いかったらしい。なにしろ、私は肉を食べないので、焼き肉屋には行かないので人の話なのだが・・・。しかし、去年、起こった焼き肉チェーン「焼肉酒家(さかや)えびす」でユッケを食べた人の集団食中毒事件をきっかけで生レバー(肝)が食べられないらしい。今の所、まだ、生で出しても違反にはならないらしいが、もしものことを考えて、ほとんどの店が焼いて提供しているそうだ。 そんな中で、近所の焼き肉屋さんは、まだ生肝を出している。それだけ、生ギモが食べたい客がいるということだろうけど、客も未練たらたらだ。肝を含むホルモンは、「ほるもん=放るもん」、つまり捨てるものという所からきているらしいが、焼き肝は、人気がないから、レバーはほるもんになってしまいそうだと、いう話を聞いたことがある。■牛の生レバー提供、6月にも禁止■ 厚生労働省は30日、生食用の牛レバー(肝臓)の販売を食品衛生法で禁止する方針を決めた。4月中に禁止案について内閣府の食品安全委員会に評価を依頼し、早ければ6月中にも禁止に踏み切る方針だ。違反すれば、2年以下の懲役か200万円以下の罰金を科すことも可能になる。 この日、同省の薬事・食品衛生審議会の部会が、十分な加熱を義務づける案を了承した。牛の肝臓内部に、重い食中毒を起こすO(オー)157など腸管出血性大腸菌がいることがわかったためだ。 部会がまとめた案は、(1)牛レバーを生食用として販売してはならない(2)牛レバーを調理する場合は、表面ではなく、内部の中心を63度で30分間加熱するか、それと同等以上の加熱殺菌が必要――としている。消費者が牛レバーを生で食べないようにするため、飲食店のメニューや商品などの表示方法の検討を消費者庁に依頼することも求めた。 ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月5日*雨の名前:筍(たけのこ)梅雨/雨の名前:薬降る(くすりふる)*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.05
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5月3日、友人と大阪のコリアンタウン・鶴橋に行ってきた。なぜ、大阪の鶴橋にコリアンタウンがあるのか?と長い間疑問に思っていたが、その疑問が解けた。*かつては、済州島と大阪の間に定期船が運行されていた。 *関東大震災以後の大阪は東京の混乱を尻目に産業規模が一気に高まり、特に1920年代後半から30年代前半にかけては、全国一の興行生産高を誇っていた。 生活の糧を求めてやって来る人が職がある地域に住み着くのは当前の事。 大阪が朝鮮から来る人たちを吸収したのも自然なことであった。*コリアンタウン近くにある平野川は度々水害をもたらす暴れ川だった。 その改修工事に狩り出された大勢の朝鮮人労働者達が、そのまま平野川の周辺に住み着くようになった。 それが今の御幸通商店街のあたりだった。「日本のコリアンワールドがおもしろいほどわかる本」(カン・ヒボン著 (株)樂書舘)から抜粋させて頂きます。■韓国語サークルin京都・滋賀■ 友人はお土産に「どんぐり豆腐」を買った。私は「そば豆腐」と 友人に頼まれていた「ヨモギナプキン」と韓国風お好み焼きのチジミを買った。ちょっとした韓国旅行。次は本当に韓国に行きたいと話がはずんだ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月3日*江戸っ子の心意気・初かつお / トリビアの井戸:龍野は、なるべくして醤油の名産地になった。*・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.03
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5月といえば空に漂う鯉のぼりを思い浮かべるのは、歳だからだろうか?鯉のぼりといえば、端午の節句、端午の節句といえば、柏餅を連想する。 柏餅(かしわもち)は、平たく丸めた上新粉の餅を二つに折り、間に餡をはさんでカシワ又はサルトリイバラの葉などで包んだ和菓子である。餡の種類は、つぶあん、こしあんのほか、みそあんがポピュラーである。 中部・九州など味噌餡が存在しない地域もある。また亜種として餅が蓬餅で作られたものも近年存在している。 5月5日の端午の節句の供物として用いられる。カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起をかついだものとされる。元々は東日本の文化の中で育まれたものであり、柏餅が登場したのは徳川九代将軍家重~十代将軍家治のころ。参勤交代で全国に行き渡ったとされている。 柏餅にはこのような由来があるが、四国地方などの近畿圏以西では、カシワの木が自生しておらず、元々端午の節句にはちまきを用いるため、サルトリイバラ科(サンキライ)の葉を代用して作られることが多い。地方により名称が異なる場合もある。 一般に包んでいる葉は食べない。桜餅と同様に一部では、材料費を抑えるため、柏の葉を象ったビニールシートで餅を包んだものが売られている。なお、「柏」の字は本来はヒノキ科の針葉樹コノテガシワを指す漢字で、コノテガシワは柏餅に使う葉とは全く異なる。柏餅に用いるブナ科のカシワには、厳密には「槲」の字を使うのが正しい。 子どもの頃、端午の節句に私は、カシワの葉でなくサルトリイバラを使って柏餅をつくってもらっていた。しかし、他の人はカシワの葉を使っていた。その理由は、私はあんこが食べられなくて、あんこ入りではないという印にサルトリイバラを使っていたのだ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年5月1日*トリビアの井戸:鯉幟は、なぜ屋根より高いのか。 *・・・・・・・・・・・・・・
2012.05.01
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