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ユングと老荘思想の続き。ユングが老荘思想に惹かれたのは、トルストイと同じで、 ショーペンハウアーの影響が大きかったと思われます。西洋人が『ヴェーダ』とか『ウパニシャッド』などの東洋思想を使っているわけですから、彼らにとっては衝撃だったでしょうね。西洋人の中に、東洋思想から西洋にないものを求めるという姿勢は絶えずあったわけです。おそらく、ユングは1910年代には『老子道徳経』を持っていたはずです。参照:老子とトルストイhttp://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5072例えば、『谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地根。緜緜若存、用之不勤。』(『老子』第六章)→谷神は死せず。これを玄牝と言う。玄牝の門、これを天地の根源という。絶え間なく母は産み続けているかのようであるが、これを用いながら疲れることを知らない。『知其雄,守其雌,為天下谿。為天下谿、常徳不離、復歸於嬰兒。知其白、守其黒、為天下式。』(『老子』第二十八章)→その雄を知り、その雌を守れば天下の谷となる。天下の谷となれば、常なる徳が離れず、嬰児に帰る。その白を知り、その黒を守れば、天下の模範となる。『道生一、一生二、二生三、三生萬物。萬物負陰而抱陽,沖氣以為和。』(『老子』第四十二章)→道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生じる。万物は陰を負い、陽を抱いて(並存しており)、沖氣を以って調和している。ユングの提唱した「アニマ・アニムス」というのは、明らかに老子の影響が見られます。参照:アニマとアニムス Anima,Animushttp://www.d4.dion.ne.jp/~yanag/anima.htmユングの弟子のデイヴィット・ローゼンが『ユングの生涯とタオ』で語っていますが、1916年にユングが自費出版した「死者への七つの語らい」は、『老子』の記述に酷似しています。≪聞け。私は無から説き起こそう。無は充満と等しい。無限の中では、充満は無と同じだ。無は空であり充満である。無について、おまえたちは何とでも言うことができる。たとえば、それは白いとか黒いとか、それは存在しないとか存在するとか。無限にして不滅なるものは、何らの特性も持たない。つまり、それはすべての特性をもっているからである。 この無あるいは充満を、われわれは「プレロマ」と名づける。その中で思考と存在は停止する。不滅にして無限なるものは、何らの特性をもたないからである。その中には何ものも存在しない。もし存在すれば、それはプレロマから区別され、それをプレロマと異なる何ものかとなさしめる特性をもつことになるからである。 プレロマの中には何ものもなく、またすべてのものがある。プレロマについて考えることは、すなわち、自己の解体であり、益するところはない。 「クレアツール」はプレロマの中にはなく、それ自身のなかにある。プレロマはクレアツールの始めであり、終わりである。プレロマは、日光が空中のいずこも満たしているように、クレアツールに浸透していく。プレロマは到るところに浸透するが、クレアツールはそれを分有するものではない。それは全くの透明体がそれを通過する光によって、それ自身は明るくなるわけでも、暗くなるわけでもないのと同様である。≫(C.G.ユング 「死者への七つの語らい」 ユング自伝より)≪お前たちは尋ねる。自分自身を区別しないとどこがいけないのか、と。 もし、われわれが区別しないと、われわれの本質を超え、クレアツールを超えてしまうことになり、プレロマの他の性質である非区別性の中におちこんでしまうことになる。われわれはプレロマそれ自身の中におちこみ、クレアツールであることをやめる。われわれは無の中に溶け去ってしまう。 これはクレアツールの死である。かくて、われわれは区別しない程度に応じて死んでいる。従って、クレアツールの自然の志向は区別すること、原初的で危険な一様性への戦い、へと向けられる。これは「個性化の原理」(PRINCIPIUM INDIVIDUATIONIS)と名付けられる。この原理はクレアツールの本質である。この点から、不明瞭さや、区別しないことが、なぜクレアツールにとって大きい危険であるかが解るであろう。 かくて、われわれはプレロマの特性を区別しなければならない。その特性は次のような「対立の組」である。活動と停止充満と空生と死異と同明と暗熱さと冷さエネルギーと物質時間と空間善と悪美と醜一と多などこれらの対立の組はプレロマの特性であり、それは互いに相殺されている故に存在しないものである。≫(同上)『天下皆知美之為美、斯惡已。皆知善之為善、斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相較、高下相傾、音聲相和、前後相隨。』(『老子』第二章)→天下の人は皆、世間の美を美としているだけで、これは悪であるのみである。世間の善を善としているだけで、善たる姿勢ではない。有(という概念)と無(という概念)は相生じており、難しいと易しいは相成っており、長いと短いは相較べるものであり、高いと低い、音と声、前と後も相対する(相対的な)関係である。『道沖而用之或不盈。淵兮似萬物之宗。挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。湛兮似或存。吾不知誰之子、象帝之先。』(『老子』第四章)→道は虚の器であり、用いても満たされることはなく、底知れぬ淵のような万物の源のようなものだ。鋭さは挫かれ、紛らいは解かれ、その光を和らげ、塵と同じくする。奥底で何かが存しているようだ。私はそれが何によって生じたか知る由もないが、万物が(天帝から)象られる前の存在であろう。『物無非彼、物無非是。自彼則不見、自知則知之。故曰、彼出於是、是亦因彼、彼是方生之説也。雖然方生方死、方死方生。方可方不可、方不可方、可因是因非、因非因是亦彼也。 是以 聖人不由,而照之于天,亦因是也。彼亦是也、彼亦一是非、此亦一是非、果且有彼是乎哉、果且無彼是乎哉、彼是莫得其偶、謂之道枢、枢始得其環中、以応無窮、是亦一無窮、非亦一無窮也。故曰「若以明」。』(『荘子』斉物論 第二)→物に「彼(あれ)」でないものはなく、「是(これ)」でないものもない。「彼(あれ)」であるとすると見えないものも「是(これ)」であるとすると見えてくる。『「彼」という概念は是という概念から生じて、是という概念も彼という概念から生じ、(すなわち「あれ」と「これ」、「我」と「彼」という概念は、相対化された中で)双方が並存している』と。これを「方正の説」という。しかし、あらゆる視点から見渡すと、生は死であり、死は生である。可は不可であり、不可は可である。肯定に因ることは否定に因ることであり、否定に因ることは肯定に因ることである。聖人と呼ばれる人は、人知によらず天に照らして由らしめる。彼もまた是であり、是もまた彼である。彼に一是非、是に一是非ある。果たして、是と彼に絶対的な区別など可能なのであろうか?是と彼を遇することのできない極限ものを「道枢」という(枢とは、扉の回転の真ん中にある一本の柱のこと)。その環の中にあって、初めて無限の世界に応じることができる。是もまた一無窮、非もまた一無窮。故に「明によるに若くはない」というのだ。≪無意識の心理学から最近C.G.ユングは古い中世科学的原典の心理学的内容を掘り起こし、我々の時代を開拓することまで到達した。私はそれに関して、特に中世科学的な「対立する対」の役割について、二、三価値ある材料を世に出したいと希望する。(中略)ここでわれわれの時代の自然科学に対して本質的な問題が持ち上がる。「われわれは昔の心理学的な中世科学のの一体化の夢を、より高い平面のうえで(物質的及び心理学的名自然科学的理解に関する一体化の概念的基礎を創造して)実現できるであろうか?」われわれは答えをまだ知らない。たくさんの生物学的基礎的疑問、特に因果律と合目的性の関係およびそれとの心理学的な関連もまた、私の考えでは、まだ実際に満足すべき解答や解明はなされていない。 今日の量子物理学はニールス・ボーアの表現に従えば、「原子的な物体の場合には、相補的な“対立する対”に突き当たるのである。」。粒子と波、位置と運動量のようなものである。そうして観測者が“たがいに排他的な実験装置の中からどれかを選択する自由度”を計算に入れなければならない。このことが(あらかじめ計算できないような方法で)自然の進行を阻害してしまう。しかしながら、いったん実験装置を選んでしまえば(現代の物理学の観測者の場合にも)“観測の客観的な結果は観測者の影響を免れるのである”。≫(ウォルフガング・パウリ『科学と西欧的思考』より)九鬼周造さんが『偶然性の問題』を発表した二年後の1937年、 ニールス・ボーアは、日本にやってきて、その後上海に渡りました。ボーアは上海で太極図を見て、いたく気に入って家紋にしたんです。“CONTRARIA SUNT COMPLEMENTA”(対立するものは相補的である)と、書いてあるそうです。参照:荘子と進化論 その88。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201108150000/『中国人は、生あるものに内在する逆説性と両極性を認め、損ないはしなかった。対立しあうものが常に均衡を保ち続けてきたのだ。高い文明のしるしである。一面性というのは、勢いを与えはするが、野蛮のしるしである。』(C.G.ユング)≪人の域に留めておいたエヴァが本来の姿を取り戻していく。人のかけた呪縛を解いて、人を超えた、神に近い存在へと変わっていく。天と地と万物を紡ぎ、相補性の巨大なうねりの中で、自らをエネルギーの凝縮体に変身させているんだわ。≫(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』)参照:翼をくださいhttp://www.youtube.com/watch?v=fEixSQBOyp0&feature=related庵野カントクは昔っからユングです。・・・要は、和光同塵ってことですよ。光と塵ね。今日はこの辺で。
2011.08.29
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前回の続き。1950年代に、『自然現象と心の構造 -非因果的連関の原理-』という本が出ました。著者はユングと、1945年にノーベル物理学賞を受賞した物理学者・ウォルフガング・パウリです。参照:Wikipedia ウォルフガング・パウリhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AA当時の知性を代表する二人。「心の理」と「物の理」がこの本では混濁化しています。キーワードがまさに「非因果性」と「偶然」です。ちなみに、1948年にユングとパウリが初めて出会った日のこと。パウリが入室しようとした矢先、なんら外的要因がみられないにも関わらず、中国製の花瓶が割れました。これは、「Matrix」の中で、ネオ(Neo)とオラクル(Oracle)が初めて会うシーンにも使われています。パウリ効果です。参照:The Matrix - Neo's First Minute with the Oraclehttp://www.youtube.com/watch?v=kWVWNri4IFM&feature=relatedパリーンってね。参照:Wolfgang Pauli, Carl Jung and the Challenge of the Unified Psychophysical Realityhttp://paulijungunusmundus.eu/synw/pauli_fludd_flood_sync.htm12 Causality http://www.youtube.com/watch?v=b02SihR324A鍵となるのが、メロビンジアン(Merovingian)というキャラクターが司る「因果律(Causality)」。元々はここですよ。≪因果性の原理は、原因と結果との間の結合が必要であると主張する。共時性の原理は、意味ある偶然の一致が、同時性と意味によって結ばれていることを意味する。そこで、もしESP実験やその他の数多くの観察が確定された事実であるとすれば、自然の中には原因と結果との結合性以外に、いまひとつ別の因子が存在し、それが諸事象の配置の中に表現され、それはわれわれにとって、意味として表れると結論しなければならない。意味というのは擬人的な解釈であるが、それでもなお、それは共時性に不可解の基準を形成しているのである。その「意味」としてわれわれに現われる因子が、それ自体において何であるかということを、われわれは知ることができない。しかしながら、ひとつの仮説としてならば、それは最初に一見して思われるほど全く不可能なものではない。われわれは、西洋の合理主義的態度が唯一の可能なものではなく、全てを包括するものでもなく、多くの点において一つの偏見であり、偏向であって、おそらく修正されるべきものであることを、記憶しておかねばならない。中国の太古の文明はこの点に関して、常にわれわれとは異なる考え方をしていたのであり、われわれの文明の中で類似ものを見出そうとすると、少なくとも哲学に関する限りでは、ヘラクレイトスの時代までさかのぼらねばならない。≫(『自然現象と心の構造』共時性の観念の先駆者達より)≪中国哲学に最古にして、また最も中核的な観念のひとつは、道(Tao)の観念である。これをジェスイット派は神(God)と訳した。しかしこれは西洋的思考法にとってのみ正しいのである。「摂理(Providence)」とか、その他類似の訳語は単なる間に合わせに過ぎない。リヒャルト・ウィルヘルムは賢明にも、それを「意味」と解釈したのである。道の観念は中国の哲学思想全体の中に浸透している。われわれ西洋人の間では、これと同じ最高の地位を因果性が占有しているが、その重要性は過去2世紀の経過のうちにのみ獲得されたものであり、これは一方では統計学的方法が、均等化の影響を与えたためであるし、また他方では、形而上学的世界観を不評判なものとした自然哲学の類ない成功のためでもある。 老子は名高い『道徳経』の中で道を次のように記している。「物あり混成し、天地に先立って生ず、寂たり、寥たり。周行して殆まらず(とどまらず)。以って天下の母と為すべし。われその名を知らず。これを字して道という。強いてこれを名なして大という」(第25章)。 道は「万物を衣養して主とならず」(第34章)。老子はこれを「無」と述べているが、それによって彼の意味するところは、ウィルヘルムが言うように、それの「現実世界との対比」ということである。≫(同上)ユングが「共時性」の先駆者としてまずあげているのが老子です。・・・いるんですよね。こういう人が。参照:当ブログ 長岡半太郎と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005007そして、次に挙げるのが荘子です。≪荘子(プラトンと同時代の人)は、道の基盤をなしている心理学的条件について、次のように言っている。「自と他が対立しあうことのない状態が道の枢軸と呼ばれる」。また彼が「存在の末瑣的な断片のみ注目するとき、道は不明瞭になる」とか「限定することは、本来生命の意味に根付いていない。もともと言語は固定した意味を持たなかった。物事を主観的に見ることによってのみ相違が生じてきた」と述べるとき、われわれは科学的世界観への批判のように聞こえるのである。荘子によれば、古代の賢者達は、「事物が存在し始めない状態を彼らの出発点とした。これはまさに極度の限界で、誰もそれを超えることはできない。次の仮定は、事物は存在しているが、それらはまだ分離され始めていなかった。次は、事物はある意味では分離されているが、肯定と否定はまだ始まっていなかった。肯定と否定が存在し始めると、道は衰えた、道の衰えの後に、一面的な執着が生じた」と言っている。「外部から聞こえることは、耳に届くだけでそれ以上浸透することはない。知性は分離された存在を導こうとはしない。かくて魂は空となり、全世界を吸収する。その空を満たすものこそ道である」。もしあなたが洞察力をもつならば、「その内なる目と内なる耳を用いて、事物の核心を貫くこと。すると、知的な知識は不必要となる」と荘子は言っている。これは明らかに無意識の絶対的な知識と、小宇宙の中に大宇宙が存在することを示している。 このような道的な解釈は、中国思想に典型的なものである。それは可能な限り全体性の観点から思考することであり、この点は中国の心理学のすぐれた権威者であるマルセル・グラネもまた明らかにしているところである。(中略)この全体性には未開人や西洋の中世期の前科学的心理学(これは今もなお生きている!)に見られるように、「偶然によって」結び付けられたように見える諸現象が含まれていて、それらの事象の偶然の一致は、まったくの気まぐれのように見える。これは中世の自然科学者たちが発案した対応性(correspondentia)の理論や、特に事物の共感性という古典的な考えの登場するところである。≫(同上)ユングが最初に引用したのは、『物無非彼、物無非是。自彼則不見、自知則知之。故曰、彼出於是、是亦因彼、彼是方生之説也。雖然方生方死、方死方生。方可方不可、方不可方、可因是因非、因非因是亦彼也。 是以 聖人不由,而照之于天,亦因是也。彼亦是也、彼亦一是非、此亦一是非、果且有彼是乎哉、果且無彼是乎哉、彼是莫得其偶、謂之道枢、枢始得其環中、以応無窮、是亦一無窮、非亦一無窮也。故曰「若以明」。』(『荘子』斉物論 第二)→物に「彼(あれ)」でないものはなく、「是(これ)」でないものもない。「彼(あれ)」であるとすると見えないものも「是(これ)」であるとすると見えてくる。『「彼」という概念は是という概念から生じて、是という概念も彼という概念から生じ、(すなわち「あれ」と「これ」、「我」と「彼」という概念は、相対化された中で)双方が並存している』と。これを「方正の説」という。しかし、あらゆる視点から見渡すと、生は死であり、死は生である。可は不可であり、不可は可である。肯定に因ることは否定に因ることであり、否定に因ることは肯定に因ることである。聖人と呼ばれる人は、人知によらず天に照らして由らしめる。彼もまた是であり、是もまた彼である。彼に一是非、是に一是非ある。果たして、是と彼に絶対的な区別など可能なのであろうか?是と彼を遇することのできない極限ものを「道枢」という(枢とは、扉の回転の真ん中にある一本の柱のこと)。その環の中にあって、初めて無限の世界に応じることができる。是もまた一無窮、非もまた一無窮。故に「明によるに若くはない」というのだ。・・・これ、なんですが、この円環は私にとっては荘子の描いた曼荼羅であり、ウロボロスなんです。1979年のノーベル物理学賞受賞者、シェルドン・グラショウの描いたコレですよ。参照:素粒子から宇宙を見るhttp://www.kek.jp/newskek/2006/novdec/Satointerview.htmlエヌマ・エリシュと老荘思想。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5051量子力学と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5057韓非子には、はっきりとあります。『蟲有?者、一身兩口、爭食相?也。遂相殺、因自殺。人臣之爭事而亡其國者、皆?類也。』(『韓非子』説林 第二十三)→?(かい)という生き物がいる。一つの体に二つの口があり、争ってたがいに噛みあう。 ついには互いに殺しあい、自身をも殺してしまう。人臣の、権力を争って自国を食いつぶすような者は、みな?のたぐいである『小蛇謂大蛇曰:子行而我隨之,人以為蛇之行者耳,必有殺子,不如相銜負我以行,人以我為神君也。乃相銜負以越公道,人皆避之,曰:神君也。』(『韓非子』説林 第二十二)→小さな蛇が、大きな蛇たちに言った「われわれが道を横切ったら人は群れなす我々を殺してしまうでしょう。どうです?みんなでお互いの尻尾を咥えてあって、私をその上に乗せて進んでみませんか?人間は我々を神とみなすでしょう。」蛇たちが言うとおりにすると、人間たちはそれを見て逃げだし、こう言った。「神様だ!」今日はこの辺で。
2011.08.15
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ユングの続き。参照:荘子と進化論 その86。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201108040001/今日はまず河合隼雄さんで。参照:Wikipedia 河合隼雄http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%90%88%E9%9A%BC%E9%9B%84河合隼雄さん。1962年にユング研究所に入所した、日本を代表するユンギアンです。ユング自身は1961年に他界しておりまして、河合さんは直接の面識はなかったんですが、個人的にユング研究所で河合さんの体験したこの話に興味があります。≪(ユング研究所での試験のときのこと)夢の分析を受けていたときにカラスの頭に宝物みたいなものが載っている夢が出てきたんです。ところが、どう考えても脈絡がつかないわけです。それでぼくはカラスについていろいろと調べたんですが、それでも何も思い当たらない。 そのうちに、昔話の大家フォン・フランツ女史の試験があって、その昔話の試験問題にカラスが登場したんです。ぼくはカラスについて調べていたので「当たり!」(笑)というようなもので、ぺらぺらしゃべるわけ。それでほめられたんですが、彼女が僕が日本人だから日本の伝説を持ち出してくるんです。太陽が九つ出て明るすぎるというので弓で射て一つだけを残すという話なんですが、その太陽は実はカラスなんですね。カラスというのは太陽のシンボルと結びつきやすいんです。それでものすごく感激しましてね。ユングはシンクロニシティということをよく言うんです。「共時性」と訳していますけれども、つまり意味ある偶然の一致ですね。ぼくのこの体験は本当の意味ある偶然の一致でしょう。夢に出てきて調べてその次に試験ですから。ただ、ぼくは合理精神が強いからまあこんなこともあるわという程度で、共時性というのを簡単に認めたくない。それにこんなことがありましたといえば、ユング派の連中が喜ぶのが分かっているので、絶対言うまいと黙っていたんです。ところがその後フォン・フランツを図書館で待っていたとき、何気なく本を開いたら、それが中国のことを書いた本で、なんと太陽にカラスが描かれていて、それを打っている絵がパッと出てきた。ものすごくびっくりしましてね。そしてもっと傑作なことに「It is true,but pity you have said it.(それは真実だ。しかし言ったことは残念だ)」という文が書いてあるんです。これにはますます驚き入りました。それで、女史に言おうか言うまいか、ものすごく迷い、とうとう手紙に書くんです。こういうことを言うのは僕の趣味に合わない。真実であればあるほど言わないというのが東洋人の考えで、中国の言葉にもそうあった。しかし、ぼくはあったことはあったこととして、ともかくあえて言うことに意味があるんじゃないかと書いたんです。女史はすごく喜んでくれましたけれど、あれは面白い体験でした。≫『魂にメスはいらない ユング心理学講義』 -意味ある偶然の一致-より)河合さんのシンクロニシティ体験にあるカラスというのは、八咫烏(やたがらす)です。東アジアには太陽の中に三本足のカラスがいるという伝承が多く残っています。参照:Wikipedia 八咫烏http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%92%AB%E7%83%8F『日本書紀』の元ネタ、漢代の『淮南子(えなんじ)』の精神訓では「日中有?烏(日中にシュンウ有り」としています。ちなみに、古くから「月のウサギ」と「太陽のカラス」と対比されることから、南方熊楠はこの太陽の中の鳥を「太陽黒点」であると推測しています。参照:中国哲学書電子化計画 淮南子http://ctext.org/miscellaneous-schools/zh「元気」の由来と日本書紀。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5082 ?(げい)が九つもあった太陽を射て焦熱に苦しむ地上を救うという「射日神話」は、あまり日本では見られませんが、これも『淮南子』にあります。『逮至堯之時,十日並出,焦禾稼,殺草木,而民無所食。??、鑿齒、九嬰、大風、封?、修蛇皆為民害。堯乃使?誅鑿齒于疇華之野,殺九嬰于凶水之上,?大風於青丘之澤,上射十日而下殺??,斷修蛇於洞庭,禽封?于桑林,萬民皆喜,置堯以為天子。』(『淮南子』本経訓)→堯の時代に至り、十個の太陽が皆天に現れ、穀物を焦がし、草木を殺し、民の食べるものは無くなってしまった。ありとあらゆる天災や物の怪が民を害した。堯は弓の名手・?(げい)を使いした。?は鑿齒を疇華之野で誅し、九嬰を凶水之上にて殺し、大風を青丘之澤にて撃ち、上は十の太陽を、下は??を殺し、修蛇を洞庭にて斬り、封?を桑林で捕らえた。万民はこれを喜び、堯を天子の位につかしめた。で、この前後に『老子』や『荘子』の引用が目立ちまして、『淮南子』の『知之所不知,辯弗能解也。不言之辯,不道之道,若或通焉,謂之天府。取焉而不損,酌焉而不竭,莫知其所由出,是謂瑤光。』とあるのは、荘子で言うと『故知止其所不知,至矣。孰知不言之辯,不道之道。若有能知,此之謂天府。注焉而不滿,酌焉而不竭,而不知其所由來,此之謂葆光。』(『荘子』斉物論 第二)→不知を不知のまま留めているのが、知の至りである。不言の弁や不道の道をどのように知ろうというのだろうか?もし、そんな万能の知を持っている人物がいるならばその人を「天府」と呼ぶ。注いでもあふれ出ず、汲み出しても尽きない器。どのようにしてそんな人になれるかは知らないが、これを蔽われた光「葆光」という。『昔者十日並出、萬物皆照、而況徳之進乎日者乎。』(同上)→その昔、十の太陽が並び出て、万物を照らしたといいます。ましてや太陽にも勝るあなたの徳の恩恵は比べ物になりますまい。・・・これ、ですね。「It is true,but pity you have said it.(それは真実だ。しかし言ったことは残念だ)」河合さんが偶然引き当てた文章はおそらくこのあたりでしょう。「言うものは知らず、知る者は言わず」ですよ。ユングの思想に「道(Tao)」に強い関連性があり、河合さん自身も、ドイツ語版とスイス語版で『老子』を勉強したと告白しています。ユング研究所の研究者達が当然のように『老子』を持っていたとか、『影の現象学』で『荘子』が引用されていたりするというだけでも、なんとなくは分かると思うんですけども・・・・ま、黒船来航で有名なペリーの孫ジョン・ペリー(John Weir Perry (1914-1998))がユンギアンでタオイストだという話は、単純に面白いと思います(笑)。参照:A Jungian Approach to Psychosis http://jungianschizophrenia.blogspot.com/2009/01/inner-apocalypse-in-mythology-madness.html日本に開国を迫った人の孫が、第二次大戦中にタオイストになったの図。参照:エヌマ・エリシュと老荘思想。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5051『ユング自伝』には、1930年代に、ノーベル文学賞候補にも挙がった中国の思想家・胡適(Hu Shih 1891~1962)さんにユングが『易経』と道教の占いについてしつこく質問して「あれは魔術のコレクションだから!」とかなり怒られたという話もあるんですが(あの頃の中国人になんつー能天気なことを(笑))、ユングはここに相当拘ってます。参照:Wikipedia 胡適http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A1%E9%81%A9『タイプについての本は、個人によってなされるあらゆる判断が、その人のパーソナリティのタイプによって左右されること、また、どんな観点でも、必ず相対的なものであるという洞察を生じた。これは、多様性を補うに違いない合一という問題を提起し、中国の「道(Tao)」の概念をまっすぐに導いた。私の内的発展と、リヒャルト・ヴィルヘルムが私に道教の経典を送ってきたこととの相互作用についてはすでに述べた。1929年に彼と私は『黄金の華の秘密』について共同研究をした。私が再び世間に帰る道を見つけたのは、やっと私の思索と研究の中心点、すなわち「自己(セルフ)」の概念に到達した後になってからである。』(『ユング自伝2』「研究」より みすず書房)参照:当ブログ ユングのタオと芭蕉の鬱。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5050ユング派のデイヴィット・ローゼンも『ユングの生涯とタオ』で言っていますが、いわゆる現代の「分析心理学」に、明らかに道教や『易経』の影響が見られるんです。参照:Wikipedia 分析心理学http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86%E6%9E%90%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6で、どうもこの辺は、和辻哲郎さんや、九鬼周造さんも研究している「ペルソナ(Persona)」もあるんですよね。参照:Wikipedia ペルソナhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%8A_(%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6)参照:『ペルソナ』オープニングムービー “Dream of Butterfly”http://www.youtube.com/watch?v=GV9J1jA4Kdg・・・また、ここにも、当たり前のように栩栩然として夢の胡蝶が飛んでるんですよ。今日はこの辺で。
2011.08.10
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荘子の続き。前回、ニーチェの、『ツァラトゥストラはかく語りき』と『荘子』がなんか似ているという話をしました。参照:当ブログ 荘子と進化論 その85。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201107210000/このキーワードに関して外せないのが、九鬼周造さんです。参照:Wikipedia 九鬼周造http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%AC%BC%E5%91%A8%E9%80%A0九鬼さんは、私とは違って正真正銘の水軍の名門、九鬼一族の末裔にあたり、岡倉天心とハイデガーの双方に大変ゆかりのある方でして、同時に、東洋思想と西洋思想の狭間で思索を展開した、非常に面白い方です。参照:当ブログ ハイデガーと荘子 その4。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/50231935年(昭和10)に刊行された『偶然性の問題』において、徹底的に「偶然」にこだわります。ニーチェでも、キルケゴールでも、ハイデガーでも重要な"Nichts(無)"があるんですが、この「無」に至る過程で、(特にハイデガーの場合には老荘思想の「無」なんで(笑))、東洋思想に非常に多くある「偶然」というものに着目したんだと思います。『偶然は遭遇または邂逅として定義される。偶然の「偶」は双、対、並、合の意である。「遇」と同義で遇うことを意味している。偶数とは一と一とが遇って二となることを基礎とした数である。偶然の偶は偶座の偶、配偶の偶である。偶然性の核心的意味は「甲は甲である」という同一律の必然性を否定する甲と乙の邂逅である。われわれは偶然性を定義して「独立なる二元の邂逅」ということが出来るであろう。 』(九鬼周造『偶然性の問題』)≪マイノングも次のやうに云っている「偶然の中に含まれている可能性が大きければ大きいほどではなく、小さければ小さいほど、偶然がますます妙だと云われるのは注意に値する。二人の同僚が役所の仲で出くわすのにも勿論何等の偶然性がないというわけではないが、特別の偶然と考えるのは役所の所在地から遠く離れた町で出くわした場合である。その場合の可能性は前の場合よりも遥かに小さい。」『易経』に、「噬(月+昔)肉遇毒」という場合、(月+昔)肉は乾かした古い肉であるから、腐敗して毒の蔵する可能性はかなりに大きい。肉を食って中毒したということには幾分の偶然性があるが大した偶然でもない。可能性が大きいからである。それに反して「噬乾〓得金矢」という場合、骨付きの乾いた肉の中に金の矢の根があるということは、狩の時に弓で獣を射たとすればもちろん不可能なことではないが、それが黄金の矢であったりしてみれば、甚だ可能性の小さいことである。その代わりに偶然性は甚だ大きい。嘗て自分は京都から東京へ向かう東海道線の汽車中、定刻より少し遅れて食堂車へ入った。僅かに一つだけ空席が残っていたからその席へ着いた。隣の男が声をかけるから見てみると、宮崎県に住んでいる義弟であった。その瞬間に自分は不思議さに打たれた。しかし、考えてみると、東京で岳父の一周忌の法要のある前日であった。また汽車は特急燕号であった。二人ともその日の汽車に乗ることも、また燕号に乗り込むこともかなり大きな可能性を有っている。偶然性はむしろ夕食時間が数回あるにも拘らず、二人とも計らず同じ何回目を選んでいることや、食堂が満員であったに拘らず、義弟の隣席だけ空いていることに存している。相当大きい可能性が含まれていることが分かってきたので、次第に偶然性も減少し、従ってさほど不思議とも思わなくなったのであった。≫(九鬼周造『偶然性の問題』第三章 隣接的偶然より)・・・ここで、九鬼さんは太極図を使っていて、『易経』から引用していますね。≪ただし私は読者にうけあってもいいが、この中国思想の記念碑(『易経』)に正しく近づく方法を見出すことは容易ではない。古代中国人の考え方は、我々の考え方とは全くかけ離れているからである。こういう書物の何たるかを理解するには、まずわれわれの持っているある種の西洋的先入観を捨ててかかる必要がある。中国人のように才能に恵まれた知的な民族が、われわれのいう科学を発展させなかったことは奇妙な事実である。ただし、われわれの近代科学は、因果性の原理に基づいてきたものであって、因果性というものは、従来公理のように動かしがたいも真理だと考えられてきた。しかし、今日ではわれわれの見方にも大きな変化が兆している。カントの『純粋理性批判』がなしとげられなかったことが、現代物理学によって完成されつつある。因果性の公理はその基礎を揺さぶられているのである。今日ではわれわれは、われわれが自然法則と呼んでいるものが単なる統計的真理に過ぎず、例外を認めなければならないということを知っている。自然法則の普遍な妥当性を証明するには、厳重な管理下におかれた実験設備を必要とするわけであるが、われわれは従来、この事実が何を意味するかということを、十分に考慮に入れてこなかったのである。もし事態を自然のままにまかせるとしたら、非常に違った情況がうまれてくるであろう。すべての過程には、部分的あるいは全体的に、偶然が介入するわけであるから、自然な情況の下では、一定の法則にまったく支配された出来事が起こるということは、ほとんど例外的なケースと言っていいのである。≫(C.G.ユング『現代と易経』(1948) 因果性といわゆる偶然性より)≪易経を検討して知りえたところからいうと、中国人の精神は、事象の偶然的側面につよい関心を払っていたように思われる。この独特な精神にとっては、われわれが暗合(偶然の一致 coincidence)と呼ぶような事柄が主要な関心事であって、われわれが因果性として尊重するような事柄はほとんど注意をひいていない。偶然というもののもつ非常な重要性についてはたしかに語るべきところがある、という事実を、われわれは認めなければならない。偶然がもたらす災厄や危険と戦ってこれを制限するために、これまで計算できないほどの人間の努力が費やされてきたのである。偶然のもたらす実験的結果に比べると原因と結果についての理論的考察というものは、しばしば精彩を欠き、色あせたものにさえ見える。≫(同上)・・・ユングも同じようなことを言っていますね。参照:荘子のいるらしき場所。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5071このユングの文章は、ドイツ領青島で宣教師をやっていた中国の古典のヨーロッパへの伝播の功労者、リヒャルト・ヴィルヘルム(Richard Wilhelm)の『易経“The book of change”』の英訳版に寄せられたものです。ユングは、ここから『易経』を通して、「共時性(Synchronicity)」へ至るわけですが、老荘思想も、同じように因果性というものを排しています。道元も因果については否定的です。ここはインドの思想と著しく異なるところです。ただし、理解していないわけではないんですよ。≪西郷隆盛という一人の人間は江戸で生まれることも京都で生まれることも伊勢で生まれることも土佐で生まれることもできたはずでありますが、薩摩で生まれたということは西郷隆盛の運命だったのであります。私どもはアメリカ人でもフランス人でもエチオピア人でもインド人でも中国人でもその他のどこの国の者でもあり得たと考えられるのであります。我々が日本人であるということは我々の運命であります。 虫にも生まれず鳥にも生まれず獣にも生まれずに人間に生まれたということも我々の運命であります。人間に生まれるというサイコロの目がヒョッコリ出たのであります。日本人に生まれるというサイコロの目がヒョッコリ出たのであります。三つ口に生まれついた者、せむしに生まれついた者にとってはそういうサイの目が出たのであります。 ニーチェの『ツァラトゥストラ』の中にこういう話があります。ツァラトゥストラがある日、大きい橋を渡っていたところが、片輪だの乞食だのがとりまいてきた。その中にひとりせむしがいてツァラトゥストラに向かって、「だいぶ大勢の人があなたの教えを信じるようになってはきたが、まだ皆とはいかない。それには一つ大切なことがある。それはまず私どものような片輪までも説きふせなくてはだめだ」といったのであります。それに対してツァラトゥストラは「意志が救いをもたらす」ということを教えたのであります。せむしに生まれついたのは運命であるが意志がその運命から救い出すのであります。「せむしに生まれることを自分は欲する」という形で「意志が引き返して意志する」ということが自らを救う道であることを教えたのであります。このツァラトゥストラの教えは偶然なり運命なりにいわば活を入れる秘訣であります。人間は自己の運命を愛して運命と一体にならなければいけない。それが人生の第一歩でなければならないと私は考えるのであります。≫(九鬼周造『偶然と運命』より)『今之大冶鑄金、金踊躍曰「我且必為??」大冶必以為不祥之金。今一犯人之形、而曰「人耳人耳」夫造化者必以為不祥之人。今一以天地為大鑪、以造化為大冶、惡乎往而不可哉。成然寐、?然覺。』(『荘子』大宗師 第六)→今、偉大な鋳物師が青銅を溶かして剣を作っているとき、ドロドロになっている青銅が「どうか私を伝説の名剣である??の剣にしてください」と叫んだとしよう。鋳物師は「できの悪い青銅だな」と思うことだろうよ。人だって同じように死ぬ間際になって「人間だ、人間以外に生まれたくない。」といえば、造化は「できの悪い人間だ。」と思うだろうよ。天地は大きな炉、造化は鋳物師だとすれば、次なる生はどんな形であったとしても構わないさ。身も心も安らかに眠り、ゆっくりと目覚めるだけだ。」参照:The Rolling Stones - "Dandelion" (1967) http://www.youtube.com/watch?v=Urzxg3IAWNE“Tinker, tailor, soldier, sailors lives Rich man, poor man, beautiful, daughters wives Dandelion don't tell no lies Dandelion will make you wise Tell me if she laughs or cries Blow away dandelion, blow away dandelion ”今日はこの辺で。
2011.08.04
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本日一本目。いや、時間はないけど記念に。我らが花っちが、昨日ついに30歳になりまして、人間、死ななければ当然30歳にはなるんですが、あの立花麻理もなるものなんですね。この間、いろんなことがあったなぁ(笑)。なんだか最近は「抜けて」いるので、羅列。震災の2,3日後にTwitterでのんちゃんの生存確認できて、不覚にも泣きそうになったなぁ。RKBの本庄さんのすっぴんを見たなぁ、その前後に川添ちゃんを見たなぁ。思いっきり睨まれたなぁ。そういえば川添ちゃんがいつの間にか結婚しやがりまして、お相手がトヨタ九州の今井さんらしいです。はい。ラジオで聞いている限り、料理とか大丈夫なのかね。現在、TVなるものをほとんど見ない状態で、見てもNHKとTVQにほとんど依存しております。土曜の朝九時の「世界の朝ごはん」と「のびのびカマンベーロ」のカブリは今なお悩みの種、というか土曜の九時台以外、定期的にはテレビを見ない生活。あとは録画だもんなぁ。天野さんと花っちがと宮島咲良と有珠ちゃんと香月亜耶乃ちゃんと由貴ちゃんが眼福の素。(あとは、テレビの中で何が起きているのか、ほとんど知らない(笑))。カマンベーロは、テンポが速いのはいいとしても、間の取り方がちょっと気になるかな。しかし、TVQの伝統・駄洒落が復活したのは喜ばしい限り。ま、娯楽としてはこれで、十分です。今夜以降に何とか。今日はこの辺で。
2011.08.04
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