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荘子やってるんですが、まったくもって、いやはや、あらら。暇がないので次のネタをさらします。鈴木大拙さんとか、九鬼周造さんとか、パウリとか、ハイゼンベルクの話をしているのは・・・、参照:人のかたち、渾沌のかたち。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5089人間万事、ツァラトゥストラの偶然。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5090??の剣の偶然、??の剣の運命。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5091心理と物理の“対立する対”。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5094ハイゼンベルクの機心。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5099アーサー・ケストラーがいるからです。 『偶然の本質』や『ホロン革命』、そして、『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』の元ネタ『機械の中の幽霊(The Ghost in the Machine)』の著者ですよ。『Matrix』(1999)ってのは、これを使っているんです。03 What is Real http://www.youtube.com/watch?v=ON9yQpR0y30&feature=related参照:荘子と『水槽の脳』。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5075こいつを解くには、禅か荘子を使うしかないのです。いや、まあ別に今更『Matrix』と荘子の関係を、いちいち論ずる必要もないとは思いますが、 ゲーム版のマトリックスには実名の“Chuang tzu”として堂々と荘子は登場します(セラフの後に)。参照:the matrix path of neo ds048 (neo and chuang tzu vs swat) http://www.youtube.com/watch?v=ryimp4L6vNQ Chuang Tzu (potential) Matrix Wikihttp://matrix.wikia.com/wiki/Chuang_Tzu_(potential)・・・最初っから、『マトリックス』が荘子っぽいとか、似ているとか、そういう話ではありません。コミック版の『マトリックス』にも荘子は当然に出てきます。使っているんですよ。荘子を。ま、こんなものは英語で『マトリックス』と『荘子』を検索すれば済むだけの話です。『周、遍、咸三者、異名同實、其指一也。』(『荘子』知北遊 第二十二)→「周」、「遍」、「咸」と、三つの文字があるが、その名は異なろうがリアリティにおいては同質であり、その指すところは一つである。・・・で、まぁケストラーなんですが、キーワードは「ユングとパウリ」、「蓮とロボット」、そして、ユングが荘子から読み解いた、参照:攻殻機動隊S.A.C OP「inner universe」 FULL http://www.youtube.com/watch?v=aqGaOsfmQLU内なる宇宙なわけです。次回以降は、これを使い回します。今日はこの辺で。
2011.10.30
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世俗に流されっぱなしで、なかなか暇がとれず。まったく人の世は棲みにくい。「ジョブズ 禅」で検索すると、当ブログがトップになるせいもあってか、週末に一万ヒットとか、考えられない状態が続いておったようです。昨日「美の巨人たち」で雪村をやっておりまして、「列子御風図」も出ておりました。こうありたいねえ、風の吹くまま、気の向くまま。まったく人の世は棲みにくい。参照:Wikipedia 雪村http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E6%9D%91Zhuangzi shuo Chuang Tzu Part 1b http://www.youtube.com/watch?v=oZkBwLm0s6c&feature=related次はちゃんと荘子。今日はこの辺で。
2011.10.23
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スティーブ・ジョブズが亡くなりました。いい人生だったのではないかと思います。-------(以下引用)---------------------------------ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは―― 日本の禅僧と長年の交流 2011.10.07 Fri posted at: 12:27 JST(CNN) 5日に死去した米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が手掛けた製品は、パーソナルコンピューターの「マッキントッシュ」から多機能携帯端末「iPad」に至るまで、ミニマリスト的デザインとシンプルな操作性が特徴だった。ジョブズ氏のこうした革新的なデザインには、禅の影響があるのではないかと指摘する声もある。ジョブズ氏は若いころインドに旅して仏教に触れ、1970年代にカリフォルニア州の禅センターに通って、日本出身の禅僧、故・乙川弘文氏と交流を深めたといわれる。乙川氏はジョブズ氏の結婚式を司り、86年にジョブズ氏がアップルのCEOを解任されて設立した「ネクスト」の宗教指導者にも任命されるなど、2人の交流は長年にわたって続いた。ジョブズ氏がスタンフォード大学で2005年に行った有名な講演をはじめ、同氏の発言の中には禅の自力本願の思想が反映されている。講演でジョブズ氏はこう語った。「過去33年間、私は毎朝鏡の中の自分に向かって『もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか』と問い掛ける。そして答えが「ノー」の日が続いたら、何かを変えなければいけないと思う。自分はいつか死ぬと思い続けることは、私が知る限り、何かを失うかもしれないという思考のわなに陥るのを防ぐ最善の方法だ」。ジョブズ氏と乙川氏との交流は、フォーブズから近く出版される劇画小説「The Zen of Steve Jobs(スティーブ・ジョブズの禅)」に描かれている。---------------------------------(引用終わり)-----参照:.ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは―― 日本の禅僧と長年の交流 http://www.cnn.co.jp/fringe/30004202.html・・・一応、CNNが言い出したので、記録。参照:当ブログ スティーブ・ジョブズと禅と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5010当ブログ スティーブ・ジョブズと禅と荘子 その2。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5077逆説的ではありますが、ジョブズが「テクノロジー」に対して批判的な意見を述べるときに、禅者としての彼を見ます。荘子のいう「機心」ですね。参照:iPad2 CM 日本語版 http://www.youtube.com/watch?v=0DmzFoI-hms参照:ハイゼンベルクの機心。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5099「素朴」対「機心」。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5079ジョブズが禅に触れるきっかけになったのは、やはり鈴木大拙のもたらした禅ブーム、そしてビートニク、ビートジェネレーションと言われる現象でしょう。参照:A ZEN LIFE - D.T. Suzuki (Excerpt) http://www.youtube.com/watch?v=RVp9i4QIUUU≪近ごろアメリカにビートニックの一人として、統領株の者に四十ばかりの男が出た。ギンズベルグという詩人である。自分も一遍会ったことがある。日本的に俳句式の英詩を作る。先月、かの『ライフ』誌を見ると、髭も髪も生え次第にして、無茶苦茶風采で、米国中を漂浪して歩く。カンサス州では大もてにせられておるとのこと。この人の理想はシナ唐代の詩人、寒山・拾得の風を慕い倣うことである。これら千年前の詩人生活を米国化し、近代化したものといってよい。破れ袈裟を風の吹くままにして、山奥に住んだという自由人・寒山・拾得を今に写したギンズベルグ氏は誠に近来の破天荒漢である。≫(鈴木大拙著『東洋的な見方』より)・・・鈴木大拙が言う、「ギンズベルグ」というのはビート・ジェネレーションの火付け役、アレン・ギンズバーグです。 『Subterranean Homesick Blues』で、ディランの後ろにおる人ですよ。ギンズバーグはインドを放浪して、50年代に参禅し、京都と東京の急行の中で悟ったと証言しています。参照:Wikipedia Allen Ginsberghttp://en.wikipedia.org/wiki/Allen_Ginsberg最近「ボブ・ディランは禅マスターではないか?(Bob Dylan, a Zen Master?)」という本も出ましたが、あの当時、どれほどの日本人がディランの歌詞の中に東洋的な要素を見出していたかは不明です。参照:Bob Dylan - Subterranean Homesick Blueshttp://www.metacafe.com/watch/sy-187835137/bob_dylan_subterranean_homesick_blues_official_music_video/参照:"The Times They A-Changin" - Bob Dylan http://www.youtube.com/watch?v=9vou4qUu5YY・・・こういうのとか、諸行無常の盛者必衰やないですか?ただ、ディランの場合には仏教としての禅が強く、荘子からの引用はあまり見られません。同時代のアーティストで歌詞の中に中国の古典からの引用が多いのは、ビートルズ、特にジョン・レノンの場合には老荘→禅ルートが見られます。ジョブズはビートルマニアでもあるので、さらに老荘っぽくなってしまうわけです。参照:無何有の郷と"Nowhereman”。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5059ユングが1930年代に、禅や老荘思想を見出したことも大きな下地になっていますが、爆発的な流行となったのは1960年代以降でしょう。参照:ユングと鈴木大拙。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5095・・・難しく考える必要はなくて、>自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。>君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。ジョブズの言葉と、>あなたは勝つ方法ばかり知りたがって、負け方を学ぼうとしません。でも負け方を知り、死に方を知ったとき、初めて怖いものがなくなる。 だから明日になったら、あなたは勝とうなどという野心を捨てて、どうして死ぬかを考えるのです。参照:水になるんです。http://www.youtube.com/watch?v=aTFd4GDKr5Iブルース・リーの言葉がなぜ一致するのか。それは、原典が同じだからでしょう。勝ち負けの方法や確率を考えて思い悩むことなく、どんな人間にも、100パーセントの確率でやってくる死を見つめるということの重要性を説くのは、禅か老荘のどちらかです。『スター・ウォーズ』のマスター・ヨーダの登場シーンなんて、"Stay hungry, Stay foolish."そのものです。参照:Luke meets Yodahttp://www.youtube.com/watch?v=BtfejKs_mI4 ジョージ・ルーカスと東洋思想。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5097『知其愚者、非大愚也。知其惑者、非大惑也。大惑者、終身不解。大愚者、終身不靈。』(『荘子』天地 第十二)→己の愚かさを知るのならそれは大愚とはならない。己の惑いを知るのならそれは大惑とはならない。大惑とは死ぬまで迷い続けることであり、大愚とは死ぬまで知恵を得られないことだ。『荘子』の大愚というのは、良寛の号でもあります。良寛は『荘子』を一生手放さなかった人ですよ。参照:Wikipedia 良寛http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E5%AF%9B参照:アップル(Apple)CM クレイジーな人たちがいる http://www.youtube.com/watch?v=jIStLfVfwNg"Stay hungry, Stay foolish."というのは、そういう意味でしょ。今日はこの辺で。
2011.10.08
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荘子いきます。『子貢南遊於楚、反於晋、過漢陰、見一丈人方将為圃畦、鑿隧而入井、抱甕而出灌、滑滑然用力甚多而見功寡。子貢曰「有械於此、一日浸百畦、用力甚寡而見功多、夫子不欲乎?」為圃者仰而視之曰「奈何?」曰「鑿木為機、後重前軽、挈水若抽、數如失湯、其名為棉。為圃者忿然作色而笑曰「吾聞之吾師、『有機械者必有機事、有機事者必有機心。機心存於胸中、則純白不備、純白不備、則神生不定。神生不定者、道之所不載也。』吾非不知、羞而不為也。」子貢瞞然慚、俯而不對。』(『荘子』天地 第十二)→子貢が南の楚に遊びに行き、晋に帰る途中、漢水の南を通った。見ると、一人の老人が畑仕事をしている。地下道にわざわざ入っていって、甕を担いで上がってきては、畑に水を注いでいる。大変な重労働のわりに、その効果は少ない。子貢は「機械のからくりを知らないのですか?一日で百畦の畑にも水をあげられますよ。小さな力で効果は大きいのです。あなたも試してみませんか?」お百姓は仰ぎ見て「どうするのかね?」子貢「木をくりぬいて、からくりを作るんです。後ろは重く、前は軽く。小さな力で溢れるほどに多くの水を汲み上げられるのです。其の名を「はねつるべ」といいます。」お百姓は、むっとしたあとに、笑って答えた。「私は先生に言われたことがある。『機械がある者には、機械のための仕事ができてしまう。機械のための仕事ができると、機械の働きに捕らわれる心ができてしまう。機械の働きに捕らわれる心ができると、純白の心が失われ、純白の心が失われると、心は安らぎを失ってしまう。心が安定しなくなると、人の道を踏み外してしまう。』私は機械の便利さを知らないのではない。機械に頼って生きようとすることが恥ずかしくて、そうしないだけだ。」子貢は、自らのおせっかいを恥じて、返す言葉を失った。またも、機心です。≪ハイゼンベルクの本に『荘子』を引用したものがある。今から二千二、三百年ほど前に百姓が井戸を掘って水をくみあげて田んぼに撒いておった。すると、通りがかりの人が、「そんなのろいやり方でなくハネツルベをつかったらいいじゃないか。そうすれば少ない労力で今の仕事の倍はできるだろう」というと、その百姓、おれはいやだ。機械を使うと自分の心が機械的になる。これを機心というのですが、それになってしまうからいやだ、人間というものの価値、生命の意義というものが分からなくなってしまうからいやだというのです。これがいまあなたがいわれたことに当てはまるんです。アメリカのビール工場で働く人を見たが自動式になっていて人間は機械の一部になってしまっている。人間としての働きをしていない。クリエーティビティー、つまり、創造力というのもが出てこないのです。いまのオートメーションも人間を無視してしまっています。これでは人間はとても耐えられない。だから神経衰弱の人が多い。向こうで精神療法、サイコアナリシスがはやっているのも当然です。自然科学はいくら行っても行き詰まりにぶつかるに決まっていると思う。だがそれはそれでいい。自然科学には自然科学の使命があるからそれはそれで発達していけばよい。しかし、機械にだけたよると創造力がなくなってしまう。荘子のいう人間の労働の価値ということ。これを伴わない労働は人間を非人間にしてしまう。≫(鈴木大拙坐談集 第5巻 「科学と禅」より引用)これは、鈴木大拙と物理学者・茅誠司(かや せいじ)さんとの対談からなんですが、「機心」というのは、『東洋的な見方』以外にも、何度も鈴木大拙が口にした『荘子』の一節です。参照:Factory scene from Modern Timeshttp://www.youtube.com/watch?v=CReDRHDYhk8チャップリンと荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5017ということで、シュレーディンガーの次は、ハイゼンベルクです。参照:ヴェルナー・ハイゼンベルクhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF量子力学と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5057ハイゼンベルクが、『荘子』を使っているのが、“The Physicist's Conception of Nature (1958) ”直訳すると、『物理学者による自然の観念』という本なんですが、日本語訳されていません。参照:Role of Technology in Man's Relationship with Naturehttp://www.wisdomportal.com/Technology/Heisenberg-Nature.html・・・ハイゼンベルクは、ちゃんと『荘子』を読んでいるなぁと感心する内容です。これは、湯川さんも同意見です。参照:至徳の世とプロメテウスの火。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5081「機心」は、マトリックスではハーマン評議委員とネオとの対話のシーンに使われています。参照:10 Human and Machine http://www.youtube.com/watch?v=4Hs1a4b7bg4&feature=relatedこのセリフは、ハイゼンベルクだけでなく、シュレーディンガーの『生命とは何か』からも引いています。・・・それよりも最近、収穫があったので、記録を優先。≪今週の本棚:養老孟司・評 『荘子に学ぶ-コレージュ・ド…』=J・F・ビルテール著◇『荘子に学ぶ-コレージュ・ド・フランス講義』 (みすず書房・3150円) ◇東洋の古典に読み取る西欧思想の根本問題 著者はスイスの中国学者、一九三九年生まれというから、じつは評者の私より二つ年下、まあ同世代ということになる。原著はコレージュ・ド・フランスの講義録だから、現代風に表現するなら語りおろし、つまり平易に書かれているといっていいと思う。 『荘子』という中国の古典を、スイス人がていねいに読み込んで、原典を自分なりにフランス語に翻訳しながら考えた解説を、今度は日本人の訳者がフランス語から日本語に訳し、それを読んだ日本人の私が書評するというのは、どういうことか。まあ、グローバル化なんて、そんなものさ。現代の風潮ならそういわれそうだが、そう手軽に済むものかね、とも思う。 この本の価値は少なくとも三点ある。一つは、現代人に古典の読み方を教えていることである。原典をただひたすら読む。読書百遍、意自ずから通ず。そんなことは昔からわかっているよ。でも、それを実際にやってくれている解説書はけして多くない。著者も書くように、多くの解説が『荘子』は老荘思想の一つ、と教科書的に始まってしまう。それはじつは真の理解を妨害するだけかもしれないのである。 第二点は、むろん『荘子』の解釈そのものである。著者の講義は四つのテーマをめぐって展開する。それを一々は述べない。読んでいただけば、よくわかるはずだからである。『荘子』を読んだことがない人でも、かなり通じるところがあるのではないか。 第三点は、スイス人が読んだというところにある。それを日本人が読んでなにが面白いか。いわゆる西欧思想の根本の問題のいくつかに、著者が気づいているところである。一例だけ、挙げておこう。「幾通りもの方法で、そしてしばしば意表を突く仕方で、身体のはたらきに身を委ねてこそ、われわれの自律性を確保できるのだと、荘子はわれわれに理解させる。行為の意識的な制御のなかで自律性を探し求めることにあまりにも慣れているわれわれにとって、この教えは逆説的である。」いまでは脳科学は、意識が行動を起こすのではなく、行動への意識が生じる半秒前に、すでに脳は動き出していると語る。脳は身体であって、心ではない。 スイス人が『荘子』を解説したから、どうだというのか。この書物は、だれが論じてもいいのである。この書物には、それだけの強い魅力がある。応帝王篇第七の最後の寓話(ぐうわ)、混沌(こんとん)に穴を穿(うが)つ話は、多くの人が知っていると思う。でも若いときには、解説まで読みながら、わからなかった覚えがある。なんだかピンとこない。いまになると、それがわかってくる。むろん私の誤解かもしれないのだが、その理解が当たらずといえども遠からずだということは、この本でも確認できる。著者だって、あくまでも自分の理解だというのだが、古典とくに『荘子』は、そう読んでいい本であろう。私の持っている『荘子』は、学生時代に買った朝日新聞社刊「中国古典選」の一冊、福永光司著。もはや頁(ページ)が黄色くなったが、相変わらずときに枕頭(ちんとう)に置く。奇妙な寓話の一つを読んで眠る。その「あとがき」に、福永は書く。「私にとって、私の理解した『荘子』を説明する以外に、如何(いか)なる方法があり得るというのか」。ビルテールの意見もまったく同じである。 混沌に穴をあけるのに七日かかった、穴があいたら混沌は死んだと、荘子はいう。著者はそこになにかまだ考えることがありそうだと示唆する。『旧約聖書』の創世記には、神は七日で世界を創ったとある。話ができ過ぎているが、面白いではないですか。(亀節子訳)毎日新聞 2011年9月25日 東京朝刊≫参照:今週の本棚:養老孟司・評 『荘子に学ぶ-コレージュ・ド…』=J・F・ビルテール著http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20110925ddm015070017000c.html・・・養老さんの『荘子』が福永光司先生の『荘子』であることを告白されたので。不肖の弟子が最近うるさいですが、師匠はさすが。参照:荘子と水槽の脳。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5075今日はこの辺で。
2011.10.02
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