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伏見稲荷大社とその周辺の「お滝」について その3 ワルディー・ヨーリョ7.現地踏査 各「お滝」の歴史は、文献には掲載されておらず、現地踏査が大きな情報源となった。滝建立記念石碑(図1)、石の鳥居や「お塚」(図2)などに彫られた年代を調査したり、教祖様や管理者(「滝茶屋」と呼ばれる(図3))の方への取材を行ったり、都合13日間にわたって現地踏査を行った。五社滝、荒木滝、ねざめ滝、権太夫滝、間力滝、白滝、薬力滝、不動滝、末広滝、白菊滝、七面滝、鳴滝、青木滝、弘法滝、命婦滝、八島滝、清メ滝の管理者や教祖様にお話を伺うことができた。 この研究を始めるきっかけとなった権太夫滝では、教祖様に作法を教えていただきながら、初めて滝行体験をさせていただいた(図4)。4月中旬のまだ寒い日であり、体が凍え、短時間で終わらざるを得なかったが、清廉な気持ちになり、身体の内から力が湧いてくるのを感じることができた。教祖様が「命の危険を伴うので、物見遊山の方はお断りし、初心者の方には必ず付き添います。」とおっしゃっていたのも理解できた。 七面滝、鳴滝では、かつての管理者は住んでおられず、彫工の大岩広生氏が家屋をアトリエとして活用しながら管理しておられる。七面滝は近くの日蓮宗宝塔寺の境外飛地であり、日蓮宗門徒の滝行場となっている。月に一度、大阪府柏原市欣心寺のご住職と信者連が滝行に来られるというので見学させていただき、お話をお伺いすることができた(図5)。ご住職曰く、「昔、滝行をする人が多かっのは、流行のようなところもあった。今は本当に信心深い人の滝行のみが残った。」 第6章に大正時代から昭和初期にかけて「お滝」を網羅した地図が多く発行されたことを示したが、これは当時は「お滝」が修行の側面以外に、観光の側面を持ち合わせていたからではないだろうか。8.鉄道網の発達(少し横道にそれます) 「お塚」や「お滝」が、明治時代後半から昭和初期にかけて急増したのは、鉄道網の発達で参拝者が急激に増加したことが一つの要因だと述べた。この研究の過程で、京都駅より南側の鉄道網の変遷には面白い歴史があることが分かった。既知のことで、ご存じの方も多いと思うが紹介しておく。図6を見ながら読んでいただくと分かりやすいと思う。・1879年(明治14) 官営鉄道 京都~稲荷~大谷 開設(翌年には大津延伸) 京都~稲荷駅南:現JR奈良線 稲荷駅南~太谷:ほぼ現名神高速道路・1895年(明治28)京都電気鉄道 七条停車場~下油掛間 開通・同年~1896年 奈良鉄道 京都~伏見~宇治~奈良 開通 京都~伏見駅南:現近鉄京都線 伏見駅南~奈良:現JR奈良線・1904年(明治37) 京都電気鉄道、勧進橋~稲荷間 開通・1907年(明治40) 奈良鉄道国有化・1910年(明治43) 京阪電気鉄道 五条~天満橋 中書島~宇治 開通 (京電稲荷線と平面交差)(図7)・1918年(大正7) 京都市が京都電気鉄道を買収。路線は京都市電に。・1921年(大正10) 官営鉄道 東山トンネル開通で、東海道線は東山トンネル経由大津 これに合わせ、官営鉄道(旧奈良鉄道):京都~伏見は廃止、稲荷~桃山に新線敷設 ⇒官営鉄道奈良線 京都~稲荷~桃山~宇治~奈良・1928年(昭和3) 奈良電気鉄道 京都~西大寺 開通 京都~丹波橋:官営鉄道(旧奈良鉄道)の旧線・旧線跡 丹波橋~西大寺:新設・1963年(昭和38) 近鉄が奈良電気鉄道を合併⇒京都~西大寺は近鉄京都線に・1970年(昭和45) 京都市電伏見線、稲荷線 廃止図6 「その4」に続くよろしかったらぽちっとお願いします。←前回「京カレッジ『お滝の研究』」 次回「京カレッジ『お滝の研究』」→
2026/07/26
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伏見稲荷大社とその周辺の「お滝」について その2 ワルディー・ヨーリョ5.文献調査 都合26回にわたって、歴彩館、京都市中央図書館、京都市伏見中央図書館、京都産業大学図書館、京都府立図書館、国際日本文化研究センターなどに足を運び、文献を調査し閲読した。何らかの関連する記述があった文献を発行年順に列挙する。・京都市参事会「京都要誌」(1895)・伏見稲荷大社編「お山のお塚」および別冊「塚台配置図」(1965)・伏見稲荷大社編「続お山のお塚」および別冊「塚台配置図」(1966)・伏見稲荷大社編「朱」(1967~・現在64号)・五来重編「山岳宗教史研究叢書 11近畿霊山と修験道」(1978)・山折哲夫編「神仏信仰事典シリーズ 3稲荷信仰事典」(1978)・五来重編「伏見稲荷の研究」(1985)・深草稲荷保勝会編「深草稲荷」(2002)・砂澤たまゑ「霊能一代」(2004)・大森恵子「稲荷信仰の世界 稲荷祭と神仏習合」(2011)・伏見稲荷大社編「伏見稲荷大社御知鎮座千三百年史」(2011)・宮田登、坂本要 「仏教民族学大系 8俗言と仏教」(2016) 平安時代から、稲荷山は「初午」の際には、老若男女が「お山巡り」の参拝をする人気の場所であると同時に、修験者の修行の地であったこと、明治維新の廃物毀釈・神仏分離の流れの中で、境内の愛染寺が破却されたりして、行き場を信仰心の具現化というかたちで「お塚」が建てられるようになったこと、明治中期から後期にかけて、鉄道網の発達もあって、参拝者が急増し、「お塚場」がどんどん増えていったことなどが分かった。「お滝」も「お塚場」に併設されるかたちで、どんどん増えていったものと容易に推定できる、しかし、明治維新以前に、実際に修験者による滝修行が行われたかどうか、そしてそれが明治時代以降の「お滝」に直接繋がっていったのかどうかは記述がなかった。また明治以降「お滝」を伴った「お塚場」が、それぞれいつ頃建設されたかまでは触れられていなかった。具体的な「お滝」の歴史に関する記述としては、伏見稲荷大社が現在管理している「清明滝」と「清滝」について程度であった。 これらの書の中で、特にユニークな書は砂澤たまゑ氏著の「霊能一代」である。砂澤たまゑ氏は所謂「稲荷巫覡(ふげき)」と呼ばれる霊能者である。この書は今では絶版になっていて、ネットショップではプレミアがついて、8万円などという高額で販売されていたりもする(図1)。京都の図書館のどこにもなく、大津市図書館までわざわわざ足を運んだ。読んでみると、昭和30年代のお話として、信者団を引き連れて夜通し「お山」をしたり、滝修行をしたりした様子が生々しく描かれていた。現在の「お山巡り」の様相からは想像もできない世界があったことを知ることができ、大津まで足を運んだ甲斐があった。砂澤たまゑ氏は、すでに故人だが、氏が寄進した照明塔が本殿への階段下右側、神楽殿西側に見い出すことができる(図2)。 京都新聞の過去記事閲覧を試みたが、キーワード検索が1998年以降の記事しかできないため今回は断念した。朝日新聞、読売新聞は過去の記事もキーワード検索ができる。そのなかで唯一見つかったのが、要約すると「稲荷山で『お山廻り』する人が多くおり、それを相手にする掛け茶屋が多くある。京都山林大区署において、官林にこのようなものがあるのはよろしくないと京都府庁に照会があった。」という1886年10月28日の記事であった。「お塚場」や「お滝」に直接関係はないが、文献調査でも読みとれる、上知令で参道以外が官有地になったことを裏付ける記事である。 6.地図の発掘、閲覧と分析 「お塚場」や「お滝」の場所の特定や、誕生の歴史を分析するうえで、役に立ったのが古地図および現代地図であった。上記文献調査や現地を歩き、「お滝」が掲載されているものを探しあてた。①西川文吉、他2名「官幣大社稲荷神社境内及稲荷山神蹟全圖」(1913)②松岡貞次郎「伏見稲荷神社御山獨案内」(1913)③吉田初三郎「伏見稲荷大社境内名所図会」(1925)④中村風祥堂「伏見稲荷参拝図」(推定昭和初期)⑤伏見稲荷大社編「続・お山のお塚 参拝経路図」(1966)⑥深草稲荷保勝会「伏見稲荷大社付近名所案内図」(2001) ⑦北尾鐐之助「近畿景観 第三編 京都散歩」(1934)①(下図)は東京の国会図書館にしかなく複写を取り寄せた。②(下図)は伏見区の市立図書館に保管されていたので、コピーで入手した。③(下図)は国際日本文化研究所で原本を閲覧し、電子データを入手したが、縮小版のものが「お山巡り」参道の茶店で販売されていた。④(下図)も「お山巡り」参道で販売されていた。地図には制作年代が記載されていないので、版元に問い合わせたところ、「代替わりしているので、はっきり分からいが、昭和初期の地図をそのまま使い続けている。」とのことであった。⑥(下図)はJR稲荷駅北側踏切近くの看板に書かれた地図であるが、現在は破損し撤去され地面に立て掛けられている。⑦(下図)は地図ではなく、観光紀行本であり、多くの「お滝」の名前が紹介されている。「この驚くべき多くの瀧には、みなそれぞれに小さな祠や神殿を作って、行者のための籠り堂を営むのである。小さな細い糸のやうな水流に、白衣の男女が蠢いて、夏などは『稲荷山の瀧屋』、信仰を築き上げた銭湯と云った風の、不思議な光景を現出してゐる。」(仮名遣いは原本のまま)のくだりが、当時の稲荷山での滝行の隆盛を示している。これらの地図や本に紹介されていれば、刊行された年代には、少なくともその「お滝」が存在していたということになる。 併せて、過去の都市計画図に「お塚場」、「お滝」の管理家屋が記載されていることを期待して調査した。縮尺は2千分の1ないし2千5百分の1で、1つ1つの家屋が区別できるように記載されているが、残念ながら、大正期、昭和初期のものは、山間については、調査不十分なためか、精度が悪く、また、ほとんどいっていいほど更新されておらず、今回の目的には利用不可能であることが分かった。 「その3」に続くよろしかったらぽちっとお願いします。←前回「京カレッジ『お滝の研究』」 次回「京カレッジ『お滝の研究』」→
2026/07/25
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小生は2017年から、京都産業大学日本文化研究所の上席特別客員研究員を務めさせていただいており、「伏見稲荷大社の不思議研究」というテーマで研究を続けています。その活動のなかで同大学日本文化研究所から要請があり、京(みやこ)カレッジという1年に一度行われる講演会で「伏見稲荷大社とその周辺の『お滝』について」というテーマでの講演要請を受け、2021年11月に45分間の講演を行ったことがあります。その様子は、こちらに掲載しました。その文末に「いずれ講義の詳細内容を投稿したいと思います。」と書きながら、京都でのガイド活動やそのガイド会のお役目務めで忙しくなり、果たせないままでした。しかし、幸か不幸か、がんの長期治療で時間がとれるようになりました。この時間を利用して、少しずつ紹介していきたいと思います。本番ではレジュメを受講者の皆さんにお渡しし、パワーポイントを使って講義をしたのですが、今回の投稿では、レジュメそのままではなく、内容をより詳しくし、そこにパワポで使った写真などを配していきたいと思います。それでは第1回です。**************************************伏見稲荷大社とその周辺の「お滝」について その1 ワルディー・ヨーリョ1.はじめに 本レジュメはが論文調ではなく、ドキュメンタリー調であることをお許しいただきたい。研究としてまだまだ表面的であるということもあるが、本講座の「講義概要・到達目標」に、「『京都の歴史のなかの“新しい”時代・もの・出来事』に関するおもしろさ・京都研究の奥深さを感じていただき、さらに自ら調べるための視点・方法などを理解いただきたいと思います。」とあるので、アマチュア研究家の一人として、これにできるだけお応えしたいという思いから、あえてこういうスタイルをとらせていただいた。2.研究のきっかけ 受講者の多くの方々もそうだと推察するが、京都の神社仏閣を巡ることが筆者の趣味の一つである。本格的な「京都歩き」を15年ほど前から始め、京都を網羅的に回り切ったつもりであったが、それに飽き足らず、2013年1月、京都市内の神社仏閣を全て訪問するという無謀な目標を立てて再度歩き始めた。上京区から始め、中京区、下京区、南区と踏破し、伏見区へと入り、2014年1月に、伏見稲荷大社付近に至った。そのとき、地図に「荒木滝」、「権太夫滝」と書かれているのを見つけた(図1)。平地に近いこんなところに果たして滝があるのかと疑いながら訪れてみると、それらは今まで目にしたことのない光景を呈していた。それぞれ数十メートル四方程度の狭いエリアに、平たい石を載せた塚や鳥居がジャングルのように林立する一種異様な空間であった(図2)。そして音を立てて、人工の滝が流れ落ちていた(図3)。修行あるいは潔斎のための滝のようである。京都に長く住み、かつそこそこマニアックな「京都歩き」を、すでに数年経験していたにもかかわらず、こういう場所の存在を全く知らなかった。「こんなところが京都にあったのか」という驚きであった。という驚きであった。 「権太夫滝」で、そこの教祖様が、偶然屋外に出てこられてお話しを聞くことができた。伏見稲荷大社の境内とその周りには、このような滝行ができる「お滝」が20箇所以上存在しており、「お滝」の多くは、「お山巡り」参道沿いの神蹟と所縁があるとのことであった。興味をかきたてられ、その後、苦労して場所を捜し出しながら(図4、図5に示す案内看板などをたよりに)、何日かにわたって多くの「お滝」を巡った。 秘境のようなところにある「お滝」、静謐感あふれると整備された「お滝」(図6)、廃墟のようになったところにある「お滝」や水流のない「お滝」(図7、図8)などさまざまで、印象深い旅になった。 2017年7月、京都産業大学日本文化研究所特別客員研究員として研究を開始するに当たり、この「お滝」について調べてみたいと思い、研究テーマとして選択し、約1年間にわたって研究した。あのとき「権太夫滝」の教祖様にお会いできなかったら、この研究もなかったであろう。教祖様はこの研究のまさに恩人といえる。3.研究の目標 次のように研究の目標を設定した。・すべての「お滝」の所在を明らかにする。・それぞれの「お滝」の建設年代を明らかにする。廃滝になったものはその時期を明らかにする。・何故このような多くの「お滝」が存在するようになったかを考察する。・「お滝」の維持・管理の状況を知り、将来への伝承を考察する。4.研究の方法・文献を調査、閲読する。・「お滝」の記載された古地図および現代地図を見い出し、探査や分析に利用する。・現地踏査を行い、「お滝」管理者への取材を行う。・研究対象をより深く知るために、滝行体験をする。 「その2」に続くよろしかったらぽちっとお願いします。次回「京カレッジ『お滝の研究』」→
2026/07/24
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今日は2人で映画「Michel」(マイケル)を観に行った。去年の11月に2回目の脂肪肉腫が発覚した後、3回目の劇場映画鑑賞である。以前2回は、「国宝」(こちら)、「ソング・サング・ブルー」(こちら)である。今日は午後8時半上映開始と非常に遅い時間の予約だったので、そのシネコンのあるショッピングモールのレストラン街で夕食をとってからの鑑賞となった。この先長くないかもしれないので、少々贅沢をさせてもらった。題名から分かるように、マイケル・ジャクソンの生い立ちを描いた作品である。私はマイケルジャクソンのことは、あまり知らないし、特にファンでもないのだが、家内も観たいと言ってくれたので、今日の鑑賞となった。予告編映画『Michael/マイケル』特別映像【ファーストルック編】「マイケルに恋に落ちるはずだ」ジャファー・ジャクソン(マイケルの甥)が語る「マイケル愛の正体」 映画『Michael/マイケル』特別映像1983年に発表された「スリラー」のショートフィルムこのミュージカル「スリラー」のショートフィルムは、当時の常識を完全に塗り替えた。14分に及ぶ上映時間、ホラー映画さながらの演出、プロの振付師や俳優を起用した本格的な制作。その衝撃は大きく、これ以降、ミュージックビデオの制作予算も、求められるクオリティの基準も、業界全体で一段階も二段階も引き上げられることになった。ご一見あれ。【Michel】監督:アントワーン・フークア脚本:ジョン・ローガン製作:グレアム・キング ジョン・ブランカ ジョン・マクレーン主な出演者 ジャファー・ジャクソン(マイケル・ジャクソン)ジュリアーノ・ヴァルディ(幼少期のマイケル)コールマン・ドミンゴ(マイケルの父)ニア・ロング(マイケルの母)撮影:ディオン・ビーブ編集:ジョン・オットマン ハリー・ユン コンラッド・バフ トム・クロス製作会社:ライオンズゲート・フィルムズ ユニバーサル・ピクチャーズ GKフィルムズ オプティマム・プロダクションズ配給:米国:ライオンズゲート・フィルムズ 日本:キノフィルムズ公開:米国:2026年4月24日 日本:2026年6月12日上映時間:127分製作国: アメリカ合衆国言語:英語製作費: 1億5500万 - 2億ドル興行収入:10億200万ドルマイケルの歌・踊りいっぱいの楽しい2時間だった。マイケルの歌が好きかといわれるとそうでもないのだが。成人した後のマイケル役はマイケルの甥のジャファー・ジャクソン。映画初主演らしいが、マイケルの踊りを完璧にこなしていたように見えた。子供時代のマイケルを演じたジュリアーノ・ヴァルディも映画初出演らしいが、こちらも圧巻であった。6月14日には、全世界での興行収入が9億1,190万ドルを突破し、『ボヘミアン・ラプソディ』(9億1,100万ドル)を抜いて、音楽伝記映画として歴代最高の興行収入となった。マイケル自身の世界的な人気もあるが、彼らの演技の寄与も大きいであろう。初期バージョンの脚本には、マイケルに対する児童性的虐待の告発が含まれていたらしいが、マイケルの告発者の1人であるジョーダン・チャンドラーとの和解において、映画の中でチャンドラーへのいかなる言及も禁じる条項があることがわかったため、疑惑に関するすべての言及が削除され、再撮影されることになったらしい。後半のストーリー展開にやや飛び飛びな感じがしのはそのためか。映画は、1988年、マイケルのウェンブリー・スタジアムでのソロツアーの場面で終わるが、エンドロールに「His story continues(彼の物語は続く)」というエンディングカードが追加されている(その部分だけ翻訳字幕も出る)。これはマイケルのその後のキャリアを示しているのだとも解釈できるし、将来の続編を示唆するものとも解釈出来る。果たして、続編はあるのか。とにかく、音楽ものの映画が好きな御仁には見逃せない一作であろう。
2026/07/23
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御朱印 第三冊 2013(平成25)/3/4~2013/4/11 その2#1 壬生寺 歯薬師 2013(平成25)/3/12京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31(壬生寺境内)宗派:律宗#2 武信稲荷神社 2013(平成25)/3/12京都府京都市中京区三条通大宮西入る主祭神:宇迦之御魂大神 佐田彦大神 大宮能売大神 社格等:旧村社創建:859年(貞観元年) 例祭:5月第2日曜日#3 薬師院(来ぬか薬師) 2013(平成25)/3/14京都府京都市中京区釜座通二条上ル大黒町694山号: 医徳山 宗派:黄檗宗 本尊:薬師如来中興年:元禄元年(1688年) 中興:鉄面寂錬禅師別称:こぬか薬師札所等:京都十二薬師霊場第9番 通称寺の会(こぬか薬師)#4 永福寺(蛸薬師) 2013(平成25)/3/29京都府京都市中京区新京極蛸薬師東側町503山号:浄瑠璃山 院号:林秀院 宗派:浄土宗西山深草派 本尊:薬師如来(蛸薬師)創建年:養和元年(1181年) 開山:林秀正式名:浄瑠璃山 林秀院 永福寺 別称:蛸薬師堂、 蛸薬師札所等:京都十二薬師霊場第12番 通称寺の会(蛸薬師堂)#5 西光寺(さいこうじ)(寅薬師) 2013(平成25)/3/29京都府京都市中京区新京極通蛸薬師上ル中筋町495-1山号:北亀山 宗派:浄土宗西山深草派 本尊:阿弥陀如来創建年:弘安3年(1280年)頃 開山:傳慶別称 寅薬師札所等 京都十二薬師霊場第11番 通称寺の会(寅薬師)地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/22
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次の治療は、OKGセンターか、OJRセンターで受けることにほぼ決定だが、抗がん剤治療後の回復状況は、引き続きK病院腫瘍内科で診てもらっている。今日は、K病院で採血・採尿をし、腫瘍内科のY先生の診察を受けた。前回の診察は、7月2日だったので、まず、その後のOKGセンター、OJRセンターでの経緯を報告した。OKGセンターで摘出手術を受けられる可能性があること、それがダメならOJRセンターで重粒子線治療を受けることになるであろうことを伝えた。採血の方は、白血球、血小板は正常範囲に復帰したが、赤血球関係が回復傾向ではあるが、なかなか元に戻らない。もう抗がん剤治療はないので、これから徐々に復活して元のレベルに戻るでしょうとのY先生のお話しだった。クレアチンにが、まだ悪化傾向にあるのが気がかりである。次回、約2週間後の8月6日に泌尿器の診察があるので、そのときに次の血液検査、尿検査をしていただくことになった。そのときまでには、OKGセンターやOJRセンターでの次の治療の方針が決まっているなずなので、お伝えすることなるであろう。よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/07/21
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御朱印 第三冊 2013(平成25)/3/4~2013/4/11 その1#1 本隆寺 2013(平成25)/3/4京都府京都市上京区智恵光院五辻上ル紋屋町330山号:慧光山 宗派:法華宗真門流 寺格:総本山 本尊:三宝尊創建年:長享2年(1488年) 開山:日真正式名:慧光無量山本妙興隆寺 別称:焼けずの寺札所等:洛中法華21ヶ寺#2 引像寺(いんしょうじ)(千本閻魔堂) 2013(平成25)/3/6京都府京都市上京区千本通廬山寺上る閻魔前町34山号:光明山 院号:歓喜院 宗派:高野山真言宗 本尊:閻魔法王創建年:寛仁元年(1017年) 開基:定覚(小野篁とも)中興年:文永10年(1273年) 中興:明善正式名:光明山歓喜院引接寺 別称:千本ゑんま堂札所等:通称寺の会(千本ゑんま堂)#3 石像寺(しゃくぞうじ)(釘抜地蔵) 2013(平成25)/3/6京都府京都市上京区千本通上立売上ル花車町503山号:家隆山 院号:光明遍照院 宗派 :浄土宗 本尊:地蔵菩薩(釘抜地蔵)創建年:伝・弘仁10年(819年) 開山:伝・空海 中興:重源正式名:家隆山光明遍照院石像寺 別称:釘抜地蔵札所等:洛陽四十八願所地蔵第16番 通称寺の会(釘抜地蔵)#4 大報恩寺(千本釈迦堂) 2013(平成25)/3/6京都府京都市上京区七本松通今出川上ル溝前町[注釈 1]山号:瑞応山 宗派:真言宗智山派 本尊:釈迦如来(重要文化財)開基:伝・用明天皇(勅願) 別称:千本釈迦堂札所等:新西国三十三箇所第16番 京都十三仏霊場第8番 ぼけ封じ三十三観音第2番 ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第2番#5 北野天満宮 2013(平成25)/3/6京都府京都市上京区御前通今出川上る馬喰町主祭神:菅原道真公 社格等:二十二社(下八社) 旧官幣中社 別表神社創建:天暦元年(947年) 本殿の様式:八棟造別名:北野爾坐天満宮天神 天満大自在天神社 天満天神 北野天神 北野聖廟 北野社 北野神社札所等:菅公聖蹟二十五拝 洛陽天満宮二十五社順拝 神仏霊場巡拝の道第95番(京都第15番)例祭:8月4日#6 壬生寺 2013(平成25)/3/12京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31宗派:律宗 寺格:大本山 本尊:地蔵菩薩(重要文化財)創建年:正暦2年(991年) 開山:快賢別称:地蔵院 宝幢三昧寺札所等:洛陽三十三所観音霊場第28番(中院) 京都十二薬師霊場第4番 洛陽天満宮二十五社順拝第4番(一夜天満宮)よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/20
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御朱印 第二冊 2013(平成25)/1/27~2013/3/3 その5#25 大聖寺 2013(平成25)/3/2(家内同伴)京都府京都市上京区烏丸今出川上ル御所八幡町109山号:岳松山 宗派:臨済宗系単立 本尊:釈迦如来創建年:永徳2年(1382年) 開山:無相定円尼 開基:足利義満正式名:大聖寺門跡 別称:御寺御所札所等:神仏霊場巡拝の道第98番(京都第18番)#26 白峯神宮 2013(平成25)/3/3京都府京都市上京区今出川通堀川東飛鳥井町261主祭神:崇徳天皇 淳仁天皇 社格等:旧官幣大社 別表神社創建:慶応4年(1868年)札所等:京洛八社集印めぐり 例祭:4月14日(淳仁天皇祭) 9月21日(崇徳天皇祭)#27 妙顕寺 2013(平成25)/3/3京都府京都市上京区寺之内通新町西入妙顕寺前町514山号:具足山 院号:龍華院 宗派:日蓮宗 寺格:大本山 本尊:三宝尊創建年:元亨元年(1321年) 開山:日像 開基:後醍醐天皇正式名:具足山龍華院妙顕寺 別称:四海唱導、四条門流札所等:洛中法華21ヶ寺#28 本法寺 2013(平成25)/3/3京都府京都市上京区小川通寺之内上る本法寺前町617山号:叡昌山 宗派:日蓮宗 寺格:本山(由緒寺院) 本尊:三宝尊創建年:永享8年(1436年) 開山:日親 開基:本阿弥本光(清信)正式名:叡昌山本法寺 札所等:洛中法華21ヶ寺#29 妙覺寺 2013(平成25)/3/3京都府京都市上京区上御霊前通小川東入下清蔵口町135山号:具足山 宗派:日蓮宗 寺格:由緒寺院(本山) 本尊:十界曼荼羅創建年:永和4年(1378年) 開山:日実、ただし寺では日像とする 開基:小野妙覚正式名:具足山妙覚寺 別称:北龍華(北竜華、きたりゅうげ)札所等:洛中法華21ヶ寺#30 妙蓮寺 2013(平成25)/3/3京都府京都市上京区寺之内通大宮東入る妙蓮寺前町875山号:卯木山 宗旨:法華宗 宗派:本門法華宗 寺格:大本山 本尊:十界曼荼羅創建年:永仁2年(1294年) 開山:日像 開基:柳屋仲興札所等:洛中法華21ヶ寺よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/19
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私の手指の爪に写真のような横筋が入っている。右手も左手も、ほとんどの指の同じような場所に入っている。よく見ると、位置はもっと根元寄りだが、足の指にも入っている。手の指の方は根元から約5mmの位置である。恐らく抗がん剤治療の影響と思う。抗がん剤治療中は副作用で脱毛した。髭もほとんど生えなくなり、髭剃りの必要がなくなった。気がつきにくいが、手や足の爪の伸びるのも極端に遅くなる。爪切りの頻度が極端に下がった。爪は根元から伸びる。抗がん剤治療が終わって、再び爪が伸び出し、抗がん剤治療中の伸びが緩やかだったときの部分が筋となって押し上げられたのであろう。私の今回の抗がん剤治療で抗がん剤の点滴をしたのは次のようなスケジュールだ。第1クール 1月14日~1月18日第2クール 2月4日~2月8日第3クール 2月25日~3月1日第4クール 3月24日~3月28日第5クール 4月15日~4月19日第6クール 6月17日~6月21日3週間サイクルが基本だが、第4クールが4週間後になっているのは、インフルに罹って遅らせたため。第6クールが約2ヵ月のインターバルになっているのは、第5クールで白血球などが極端に減り、2週間ほどリカバリーのための入院をしたのと、他の病院を紹介してもらって診てもらった期間があったため。固まって行ったのは、第1クールから第5クールということになる。第5クールの抗がん剤が終わったのが4月19日だから、今日時点で3ヵ月だ。ネットで調べてみると、手の爪は、1日に約0.1mm伸びるそうである。計算上は約3mmということになるが、伸びるスピードは個人差もあるそうなので、根元から5mmは当たらずとも遠からず。やはり抗がん剤治療の痕跡といえよう。よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/07/18
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御朱印 第二冊 2013(平成25)/1/27~2013/3/3 その4#19 出町妙音堂 2013(平成25)/2/25京都府京都市上京区桝形通出町東入青龍町5宗旨:臨済宗 宗派:臨済宗相国寺派 寺格:相国寺塔頭 本尊:青龍妙音辨財天創建年:元仁元年(1224年) 開基:西園寺公経別称:出町妙音堂、出町の弁天さん札所等:京都七福神(弁財天)#20 慈照院 2013(平成25)/2/26京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町703宗旨:臨済宗 宗派:臨済宗相国寺派 寺格:相国寺塔頭 本尊:十一面観世音菩薩創建年:1405年頃 開山:在中中淹(ざいちゅうちゅうえん)#21 上御霊神社 2013(平成25)/2/26京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495主祭神:崇道天皇 他戸親王 井上大皇后 藤原大夫人 橘大夫 文大夫 火雷神 吉備大臣社格等:旧府社、式内社論社創建:貞観5年(863年)札所等:神仏霊場巡拝の道第100番(京都第20番) 京洛八社集印めぐり例祭:5月18日(御霊祭)#22 三時知恩寺 2013(平成25)/2/28京都府京都市上京区新町通今出川上ル上立売町4山号:なし 宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来創建年:応永年間(1394年 - 1428年) 開山:覚窓性善 開基:見子内親王別称:入江御所#23 水火天満宮 2013(平成25)/2/28京都府京都市上京区堀川通上御霊前上る扇町722-10主祭神:菅原道真 社格等:村社創建:923年別名:水火の天神さん(通称) 札所等:京洛八社集印めぐり 例祭:10月10日#24 宝鏡寺 2013(平成25)/2/28京都府京都市上京区寺之内通堀川東入百々町547山号:西山 宗旨:臨済宗 宗派:単立 本尊:聖観音菩薩創建年:応安年間(1368年‐1375年) 開山:華林宮惠厳別称:百々御所、人形寺 札所等:神仏霊場巡拝の道第97番(京都第17番)地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/17
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今日はOKGセンターに胃内視鏡検査に行ってきた。目的は十二指腸の内部まで、脂肪肉腫が浸潤していないかどうかの検査。浸潤していなければ、手術での摘出ができる可能性がある。浸潤していれば、そこを避けての重粒子線治療をするか、2次抗がん剤治療ということになろう。胃内視鏡はK病院で2,3度やってもらったことはあるが、事前の問診で鎮静剤を使うかどうかの質問はなかったので鎮静剤なしでやってもらった。多少苦しくはあるが、がまんできないほどではなかった。しかし、今日は事前の問診で、「鎮静剤しますか」と聞かれた。苦しくないほうがいいので、鎮静剤を使ってもらうことにした。鎮静剤を打つための管を腕に設置してもらってから内視鏡室へ。喉の麻酔剤を飲み、鎮静剤を打ってもらって、内視鏡を入れ始めてもらった。そこから記憶がない。目が覚めたら検査は終わっていた。鎮静剤を打っているので、足元がふらつきやすい。そのリカバリーのため、30分ほど、椅子に足を伸ばして座って安静に過ごした後、看護師さんから注意事項をを聞いた。あと30分ほど、病院内で安静に過ごしたあと、水を飲んでみて違和感がなければ食事をしてもいいし、帰宅してもいいとのこと。あとで注意事項をよく見たら、検体を採取した旨のところにチェックマークがついていた。今日はアルコール、刺激の強い食事や消化の悪い食事を避けるようにとのこと。検体をとったということは、何か浸潤らしきものが発見されたということだろうか。念のために取ったということだろうか。不安である。今後の予定は、7月21日に、K病院で採血・採尿、腫瘍内科で診察。7月27日に、OKGセンター大腸外科に行き、今日の内視鏡検査の結果も踏まえて、他科の先生にも相談していただいたうえでの、今後の治療方針の話を聞くことになる。ドキドキである。一方、少しずつ抗がん剤のダメージから回復しつつあるような気がする。7月21日のK病院での血液検査結果も気になる。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/16
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御朱印 第二冊 2013(平成25)/1/27~2013/3/3 その3#13 八坂神社 2013(平成25)/2/19京都府京都市東山区祇園町北側625主祭神:素戔嗚尊 櫛稲田姫命 八柱御子神 社格等:二十二社(下八社) 旧官幣大社 別表神社創建:伝・斉明天皇2年(656年) 本殿の様式:祇園造(八坂造)札所等:神仏霊場巡拝の道第116番(京都第36番)例祭:6月15日 主な神事:祇園祭(7月) 白朮祭(1月1日)#14 菅原院天満宮神社 2013(平成25)/2/21京都府京都市上京区烏丸通下立売下ル堀松町408主祭神:菅原道真 菅原是善 菅原清公社格等:旧村社 創建:不詳別名:烏丸の天神さん札所等:菅公聖蹟二十五拝第1番 洛陽天満宮二十五社順拝第7番 京洛八社集印めぐり例祭:7月25日#15 護王神社 2013(平成25)/2/21京都府京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385主祭神:和気清麻呂公 和気広虫姫 社格等:旧別格官幣社 別表神社創建:不詳 本殿の様式:流造札所等:京洛八社集印めぐり 例祭:4月4日#16 白雲神社 2013(平成25)/2/22京都府京都市上京区京都御苑内主祭神:妙音弁財天 社格等:無社格創建:元仁元年(1224年) 別名:御所の弁天さん例祭:6月15日 主な神事:火焚祭(11月10日)#17 梨木神社 2013(平成25)/2/23京都府京都市上京区寺町通広小路上ル染殿町680主祭神:三條實萬 三條實美 社格等:旧別格官幣社創建:1885年(明治18年) 別名:萩の宮 例祭:4月18日・10月10日#18 清浄華院(しょうじょうけいん) 2013(平成25)/2/23京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町395山号:なし 宗派:浄土宗 寺格:大本山 本尊:法然上人御影創建年:伝・貞観2年(860年) 開山:伝・円仁 開基:伝・清和天皇 中興:伝・法然別称:浄華院 札所等:法然上人二十五霊跡第23番地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/15
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御朱印 第二冊 2013(平成25)/1/27~2013/3/3 その2#7 積善院(しゃくぜんいん) 2013(平成25)/2/10(家内同伴)京都府京都市左京区聖護院中町14宗派:本山修験宗 寺格:聖護院塔頭 本尊:不動明王(重要文化財)、凖提観音創建年:鎌倉時代正式名:積善教院凖提堂 別称:凖提堂、五大力さん、栴ノ坊#8 法輪寺(達磨寺) 2013(平成25)/2/12京都府京都市上京区下ノ下立売通紙屋川東入山号:大宝山 宗派:臨済宗妙心寺派 本尊:釈迦如来創建年:享保12年(1727年) 開山:大愚宗築禅師(勧請開山) 開基:荒木光品宗禎居士別称:だるま寺札所等:通称寺の会(だるま寺)#9 真如堂 2013(平成25)/2/17(家内同伴)京都府京都市左京区浄土寺真如町82山号:鈴聲山 宗派:天台宗 本尊:阿弥陀如来(重要文化財)創建年:永観2年(984年) 開山:戒算正式名:鈴聲山真正極楽寺 別称:真如堂 頷きの阿弥陀札所等:洛陽六阿弥陀めぐり第1番 通称寺の会(真如堂)神仏霊場巡拝の道第111番(京都第31番) 京都十二薬師霊場第5番(薬師堂)#10 霊鑑寺 2013(平成25)/2/17(家内同伴)京都府京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町12山号:円成山 宗派:臨済宗南禅寺派 本尊:如意輪観音創建年:承応3年(1654年) 開山:宗澄尼(多利宮宗澄女王) 開基:後水尾上皇別称:谷御所、鹿ヶ谷比丘尼御所、椿の寺札所等:洛陽十二支妙見めぐり・卯(東)#11 平安神宮 2013(平成25)/2/19京都府京都市左京区岡崎西天王町97主祭神:桓武天皇 孝明天皇 社格等:旧官幣大社 勅祭社 別表神社創建:1895年(明治28年)3月15日 本殿の様式:七間社流造札所等:神仏霊場巡拝の道第113番(京都第33番)例祭:4月15日 主な神事:10月22日(時代祭)#12 粟田神社 2013(平成25)/2/19京都府京都市東山区粟田口鍛冶町1主祭神:素戔嗚尊 大己貴命 社格等:旧府社創建:貞観18年(876年) 本殿の様式:三間社流造別名 感神院新宮 粟田天王社 粟田天王宮 粟田八大王子社 歓喜院(別当寺、真言宗)札所等:京都十六社 京都刀剣御朱印めぐり例祭:10月15日 主な神事:夜渡り神事・体育の日前日 神幸祭・体育の日 祈年祭(湯立て)・2月17日 新嘗祭併せて火焚祭・11月23日地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/14
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7月9日にOJRセンターの診察を受け、重粒子線治療を受けることに決めた。最も腫瘍と臓器が近接しているのが、十二指腸。もし、ネスキープというスペーサーがそこに入れらたら、根治の可能性があるが、入れられなかったら、そこを避けて照射するために、不十分な照射となり、再発の可能性が高くなる。今日は、OKGセンターの大腸外科に行った。今日も、家内に車を運転してもらって、同伴してもらった。またまた感謝。今日は、他科も含めた検討結果を聞くのだと思っていたが、それはまだできていなかった。7月16日の十二指腸の奥の方を普通の胃カメラで見ることになっており、それを見てから、他科の先生と相談するとのこと。十二指腸を胃カメラで中から見て腫瘍が浸潤しているようであれば、他の可能な部分にスペーサーを入れるかどうかは別にして、再発リスクの高い重粒子線治療をすることになる。浸潤してなければ、開腹してみないと分からないが、もしスペーサーを入れられるようであれば、スペーサーを入れて重粒子線治療をするのではなく、腫瘍を摘出すべきであるとのこと。7月9日にOJRセンターで撮影したMRI画像を見ながら、そのような話があった。完全にあきらめていた手術での摘出の可能性が出てきた。あまり期待はしないでおこう。今後の予定は7月16日 十二指腸の内視鏡観察他科の先生とも相談していただいたうえで、7月27日に治療方針の決定。その間にK病院腫瘍内科の、血液・尿検査が7月21日にある。白血球、血小板、ヘモグロビンの快復も気になるところである。手術摘出となったら、8月中旬くらいに手術することになるであろう。退院時期は分からない。スペーサーを入れて重粒子線治療をするとすると、スペーサー手術が8月中旬。重粒子線治療が、9月から10月中旬くらい。スペーサーを入れずに重粒子線治療をするとすると、8月中旬から9月末くらいではないかなと思っている。果たしてどうなるか。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/13
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御朱印 第二冊 2013(平成25)/1/27~2013/3/3 その1#1 仁和寺 2013(平成25)/1/27京都府京都市右京区御室大内33山号:大内山 宗派:真言宗御室派 寺格:総本山 本尊:阿弥陀如来創建年:仁和4年(888年) 開基:宇多天皇別称:旧御室御所札所等:真言宗十八本山第6番 京都十三仏霊場第9番 近畿三十六不動尊霊場第14番 御室八十八ヶ所霊場 神仏霊場巡拝の道第92番(京都第12番)#2 地福寺 2013(平成25)/2/5京都府京都市上京区七番町356山号:寶(宝)殊山 宗派:真言宗醍醐寺派創建年:弘仁年間(810-824) 開山:真済 本尊:薬師如来別称:日限薬師(ひぎりやくし)札所等:京都十二薬師霊場5番札所#3 立本寺(りゅうほんじ) 2013(平成25)/2/5京都府京都市上京区七本松通仁和寺街道上ル一番町107山号:具足山 宗派:日蓮宗 寺格:本山(由緒寺院) 本尊:十界曼荼羅創建年:元亨元年(1321年) 開山:日像正式名:具足山立本寺 別称:西龍華 妙顕寺龍華院(前身)札所等:洛中法華21ヶ寺#4 大将軍神社 2013(平成25)/2/9京都市北区西賀茂角社町129主祭神:磐長姫命(本来は大将軍) 社格等:旧村社 創建 :609年(推古17年)別名:大將軍神社 西賀茂大将軍神社 瓦屋寺 例祭:10月(御輿巡行)#5 晴明神社 2013(平成25)/2/9京都府京都市上京区堀川通一条上る晴明町806-1主祭神:安倍晴明御霊神 社格等:旧村社創建 寛弘4年(1007年) 例祭:9月秋分日(晴明祭)#6 聖護院門跡 2013(平成25)/2/10(家内同伴)京都府京都市左京区聖護院中町15山号:なし 宗派:本山修験宗 寺格:総本山 本尊:不動明王創建年:寛治4年(1090年) 開山:増誉正式名:聖護院門跡札所等:近畿三十六不動尊第18番 役行者霊蹟札所 神仏霊場巡拝の道第112番(京都第32番)地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/12
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御朱印 第一冊 2011(平成23)/3/5~2011/7/18 その5(いずれも家内同伴)第二十七番 福聚山 平等寺(因幡薬師) 2011(平成23)/6/19京都府京都市下京区松原通烏丸東入る上る因幡堂町728宗派:真言宗智山派 本尊:薬師如来(重要文化財)創建年:長保5年(1003年) 開基:橘行平別称 因幡堂、因幡薬師京都十三仏霊場第7番 京都十二薬師霊場第1番第二十八番 壬生寺中院 2011(平成23)/4/24京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31宗派:律宗 寺格:壬生寺塔頭本 本尊:十一面観世音菩薩地蔵菩薩創建年:寛永年間(1624~1643) 開山:本良律師第二十九番 竹林山 福勝寺 2011(平成23)/6/25京都府京都市上京区出水通千本西入七番町323-1宗派:真言宗善通寺派 本尊:薬師如来(峰薬師)創建年:不詳 開山:弘法大師 中興年:正嘉年間(1257年 - 1259年) 中興:覚済別称:峰薬師瓢瓢瓢 ひょうたん寺 桜寺第三十番 昆陽山 地蔵院(椿寺) 2011(平成23)/7/18京都府京都市北区大将軍川端町2宗派:浄土宗 本尊:五劫思惟阿弥陀如来創建年:伝・神亀3年(726年) 開山:伝・行基別称:椿寺洛陽四十八願所地蔵霊場第12番 通称寺の会(椿寺)第三十一番 朝日山 東向観音寺 2011(平成23)/7/18京都府京都市上京区今小路通御前通西入上る観音寺門前町863宗旨:古義真言宗 宗派:真言宗泉涌寺派 寺格:準別格本山本 本尊:十一面観音(秘仏)創建年:伝・延暦25年(806年) 開山:賢璟法師 開基:伝・桓武天皇 伝・藤原小黒麻呂中興年:応長元年(1311年) 中興:無人如導正式名:朝日山観音寺 別称:朝日寺 觀世音寺 天滿宮御本地佛 北野神宮寺 奧之院第三十ニ番 蘆山天台講寺 2011(平成23)/6/4京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397山号:日本廬山 廬山宗旨:天台宗系単立 宗派:天台圓淨宗 寺格:本山 本尊:阿弥陀三尊(重要文化財)創建年:天慶元年(938年) 開山:良源正式名:廬山天台講寺 日本廬山天台講寺京都七福神(金山毘沙門天)第三十三番 河崎山 清和院 2011(平成23)/6/25京都府京都市上京区七本松通一条上る一観音町428-1宗派:真言宗智山派 本尊:地蔵菩薩(清和地蔵尊もしくは玉体地蔵尊、重要文化財)開基:文徳天皇 中興年:徳治元年(1306年) 中興:照空信日正式名:河崎山感応寺清和院洛陽四十八所地蔵霊場 洛陽七観音地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/11
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御朱印 第一冊 2011(平成23)/3/5~2011/7/18 その4(いずれも家内同伴)第二十一番 大悲山 法性寺(ほっしょうじ) 2011(平成23)/4/9京都府京都市東山区本町16丁目307院号:一音院 宗派:浄土宗西山禅林寺派 本尊:千手観音(国宝)創建年:延長2年(924年) 開基:藤原忠平正式名:大悲山一音院法性寺第二十ニ番 瑞寶山 城興寺 2011(平成23)/7/2京都府京都市南区東九条烏丸町7-1宗派:真言宗泉涌寺派 本尊:千手観音創建年:伝・応徳2年(1085年) 開基:伝・藤原信長別称 成興寺第二十三番 東寺 2011(平成23)/7/2京都府京都市南区九条町1院号:祕密傳法院 宗旨:真言宗宗 宗派:東寺真言宗 寺格:総本山本 本尊:薬師如来(重要文化財)創建年:延暦15年(796年) 開基:桓武天皇正式名:八幡山金光明四天王教王護國寺祕密傳法院 彌勒八幡山總持普賢院別称:左大寺真言宗十八本山第9番 西国愛染十七霊場第8番 京都十三仏霊場第12番京都十二薬師霊場第2番 都七福神(毘沙門天)神仏霊場巡拝の道第84番(京都第4番)第二十四番 延命山 長圓寺 2011(平成23)/4/30京都府京都市下京区松原通大宮西入中堂寺西寺町33宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀三尊像創建年:慶長13年(1608年) 開山:浄阿清巌 開基:板倉勝重 中興:瑞誉第二十五番 法音院 2011(平成23)/4/16京都府京都市東山区泉桶寺山内町30宗旨:真言宗 宗派:真言宗泉涌寺派 寺格:泉涌寺塔頭本尊:不空羂索観音 創建年:嘉暦元年(1326年) 開山:無人如導中興年:寛文5年(1665年) 中興:覚雲西堂泉山七福神巡り第7番(寿老人)第二十六番 正運寺 2011(平成23)/4/30京都府京都市中京区蛸薬師通大宮西入因幡町112宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来創建年:慶長5年(1600年) 開山:深誉 開基:飯田直景別称:安産寺地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/10
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今日は、OJRセンター初受診。今日も家内が車でいっっしょに行ってくれました。感謝。12時半からMRI検査の予定でしたが、12時半前に、まず、担当の先生との面会がありました。OKGセンターで7月6日に撮ったのPET-CTの画像を見ながら、説明を受けました。転移は見当たらないこと、抗がん剤治療前と比べると、腫瘍の大きさは、体積で2~3割減っていこと、また、PET-CT画像で腫瘍部分に極端に明るい部分がなく、黒い部分も多く、悪性度は低くなっているとのこと、などの説明を受けました。直近分の悪性度が低くなっているのは、抗がん剤治療を終えて、3週間くらいしか経ってないからだと思います。12時半頃からMRI検査。もうMRIは4回目くらいでしょうか。開始前に担当の方に、「ヒートテックとか着ていたら、脱いだうえで撮影用上着を着てください。」と言われました。ヒートテックって何か金属を含んでいるのでしょうね。MRIは約40分で終了。昼食をとって、14時半から、担当の先生にもう一度面会。まず。聴診器と触診による診察。その後、重粒子線治療の一通りの説明を受けました。説明があったということは、重粒子線治療が可能ということ。「あなたの腫瘍は、重粒子線治療はできません。」と言われて門前払いという可能性も考えていたので、まず、ほっと一息。治療は週に4回照射し、合計16回の照射で、照射は4週間で終了するとのこと。その前に固定具を作ったり、治療計画用のCTを撮ったり、治療計画を作ったりで約2週間。それらも含め、全治療期間は約1ヶ月半ということになります。その後、副作用などのリスクについて話がありました。たくさんのリスクがありますが、まずは、ネスキープというスペーサーを臓器との間に入れる手術ができるかどうか。入れることができれば、腫瘍全体に重粒子線を当てられるので、再発のリスクは低く抑えることができるが、入れられなければ、臓器の近傍は重粒子を十分に当てることができず、再発のリスクが高くなること。私は、片方の腎臓しかなく、その片方の腎臓も前の粒子線治療で腎機能が低下しているので、さらに腎機能が低下して透析をしなければならなくなるリスクがあること。その他、さまざまなリスクがあることの説明を受けました。そのうえで、粒子線治療の同意書にサインしました。これで、粒子線治療を受けることは、ほぼ決定しました。ネスキープが入れられるかどうかの判断は、7月9日OKGセンター外科での2回目の診察を受け、7月16日に胃内視鏡(多分、超音波内視鏡)で十二指腸への腫瘍の浸潤を検査した後になります。ネスキープ設置手術は開腹手術で、入院期間は1~2週間程度とのこと。ネスキープは3ヶ月くらいで溶けて体内に吸収されるので、取り出しのための手術は必要ないとのこと。その後の日程はOKGセンターやOJRセンターの空き具合によるでしょう。ネスキープ手術をするとなったら、もっとも早くて、7月下旬手術@OKGセンター、8月中旬退院、8月下旬~10月上旬、重粒子線治療@OJRセンターネスキープ手術ができないとなったら、7月下旬~9上旬、重粒子線治療@OJRセンターとなるでしょう。もちろんネスキープ手術をして根治の可能性のある治療を行いたいです。ただ、まだ赤血球や血小板が元に戻ってなくて、身体が手術に耐えうるかどうかも心配です。OJRセンターから、CTやPET-CTの画像データをCDRで返却してもらい、帰宅後みてみました。腫瘍径は水平方向も垂直方向も抗がん剤治療後、下記のようにわずかに小さくなっていて、腫瘍の赤みも、抗がん剤治療後の方が、ずいぶん暗くなっていて悪性度が下がっているように見えます。ただ、抗がん剤治療前後の撮影場所が違うためか、それぞれ腫瘍以外の部分の赤みも違います。その辺は、差し引いて見る必要があります。これで次の治療方針が決まりました。あとはネスキープ手術ができるかどうかです。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/09
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昨日、今後の予定を次のように書いた。7月8日(水) K病院泌尿器科(腎臓の診察) 腫瘍内科(採血による抗がん剤治療からの回復確認。2次薬物治療開始の相談) 私としては、2次薬物治療の開始は、7月9日のOJRセンター、7月13日のOKGセンター 外科での診察の後でいいと思っている) 両科には、OKGセンターの診察の結果や今後の予定、OJRセンターの診察予定を伝える。7月9日(木)OJRセンター初診7月13日(月) OKGセンター外科での2回目診察。7月14日以降できるだけ早い時点で、K病院での2次薬物療法開始か否かを決定 (2次薬物療法単独か、重粒子線治療との併用か、粒子線治療だけかも含め)書いた後、OKGセンター成形外科の担当医から電話がかかってきた。「重粒子線治療のためにネスキープ(スペーサーのようなもの)を十二指腸と腫瘍の間に入れられるかどうかが分からない。胃内視鏡で浸潤の具合をみたい。そのために7月16日に来ていただけますか?」特に予定はないのでOKした。これで、次のような日程になる。①7月8日(水) K病院泌尿器科(腎臓の診察) 腫瘍内科(採血による抗がん剤治療からの回復確認。2次薬物治療開始の相談) 両科には、OKGセンターの診察の結果や今後の予定、OJRセンターの診察予定を伝える。②7月9日(木)OJRセンター初診 MRI撮影後、重粒子線治療の可能性診察。全然可能性がないなら③、④はなし。③7月13日(月) OKGセンター外科での2回目診察。 OKGセンター内で打合せしていただいた結果の告知になるか?④7月16日(木) OKGセンターで胃内視鏡で十二指腸浸潤状況確認以降の日程は未定。というわけで、今日は、K病院に出向き、採血・採尿をして、まず泌尿器科へ。OKGセンター泌尿器科の先生から預かった返信封筒を渡したうえ、経過を説明し、いつものようにエコーで腎臓の腫れ具合を診てもらった。特に異常なし。定期検査のため、来月に予約を入れた。次に腫瘍内科の診察。今回の経過は既に泌尿器科でのインプットで見ることができるようになっていたが、私かからも経緯を説明。血液検査の結果は、白血球はかなり回復したが、ヘモグロビンや血小板の回復がまだまだ。先生は「時間とともに回復しますよ」とのことだが、若干心配。疲れやすいのは、ヘモグロビンが減っているから。心拍数が高めなのもそのせいだろう。あとはクレアチニンが上昇傾向なのも心配。これも時とともに回復してくれたらいいが。2次薬物療法を重粒子線治療の話と併行に進めるかという点に関しては、重粒子線治療の話がはっきりしてから決めるのがいいのではとのこと。私もそう思う。スペーサーを入れるとなったら、手術が必要。そのとき白血球や血小板が2次抗がん剤の影響で少なくなっていては手術でのリスクが高まる。まずは重粒子線治療をどうするか決めるということにした。血液の回復を診てもらう必要もあるのと、その後のOJRセンターやOKGセンターでの話の説明のために約2週間後に予約を入れてもらった。抗がん剤治療6クールの体重増減をまとめてみた。第6クールは第4クールと、ほぼ同様で体重増加のピークは4kg程度であった。第1、第2クールは8kgも体重が増え、「むくみ」に苦しめられたが、その後は、初期からの利尿剤投与や医療用着圧ソックス着用で、「むくみ」に苦しめられることはなっかた。同じグラフに10年くらい前のM病院での体重増加を載せているが体重増加は2kg程度と少ない。理由は2つ考えらる。M病院での治療後、重粒子線治療で腎機能が悪化していて今回のほうが体重増加しやすいというのが1つの理由。もう1つは、M病院は抗がん剤や輸液の投与が昼夜続いてゆっくりだったのに対し、K病院は、限られた時間で同じような量を投与する方法だったことが理由として考えられる。でも素人なので、どちらがどれくらい効いているかは分からない。明日は、いよいよOJRセンターでの診察である。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/08
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御朱印 第一冊 2011(平成23)/3/5~2011/7/18 その3(いずれも家内同伴)第十五番 補陀洛山 六波羅蜜寺 2011(平成23)/5/5京都府京都市東山区松原通大和大路東入二丁目轆轤町81-1000院号:普門院宗 宗旨:真言宗 宗派:真言宗智山派 本尊:十一面観音(秘仏、国宝)創建年:天暦5年(951年) 開山:空也 開基:村上天皇中興年:貞元2年(977年) 中興:中信正式名:補陀洛山普門院六波羅蜜寺 別称:六はらさん 西光寺西国三十三所第17番 都七福神(弁財天) 神仏霊場巡拝の道第118番(京都第38番)第十六番 寿福山 仲源寺 2011(平成23)/5/5京都府京都市東山区四条通大和大路東入ル祇園町南側585-1宗派:浄土宗 本尊:地蔵菩薩創建年:伝・治安2年(1022年) 開山:伝・定朝別称:目やみ地蔵通称寺の会(目やみ地蔵)第十七番 蓮華王院(三十三間堂)2011(平成23)/7/18京都府京都市東山区三十三間堂廻町657院号:蓮華王院 宗派:天台宗 寺格:妙法院飛地境内 本尊:千手観音(国宝)創建年:長寛2年(1164年) 開基:後白河上皇正式名:蓮華王院 本堂(妙法院の一部) 別称:三十三間堂第十八番 善能寺 2011(平成23)/4/16京都府京都市東山区泉涌寺山内町34宗派:真言宗泉涌寺派 寺格:泉涌寺塔頭 本尊:聖観音創建年:伝・弘仁14年(823年) 開山:伝・空海第十九番 新那智山 今熊野観音寺 2011(平成23)/4/16京都府京都市東山区泉涌寺山内町32宗派:真言宗泉涌寺派 寺格:泉涌寺塔頭 本尊:十一面観音(秘仏)創建年:伝・大同年間(806年 - 810年)開山:伝・弘法大師別称 今熊野観音寺、今熊野西国三十三所第15番 ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第1番 泉山七福神巡り第3番(恵比寿)通称寺の会(今熊野)神仏霊場巡拝の道第122番(京都第42番)第二十番 東山(とうざん) 泉涌寺 2011(平成23)/4/16京都府京都市東山区泉涌寺山内町2700山号:東山(とうざん) 泉山(せんざん)宗派:真言宗泉涌寺派 ← 律宗泉涌寺流(天台・密教・律・禅宗・浄土兼学道場)寺格:総本山 御由緒寺院 関東祈祷所、官寺、勅願寺本尊:釈迦如来 阿弥陀如来 弥勒如来創建年:建保6年(1218年) 開山:俊芿 開基:宇都宮信房正式名:泉山泉涌寺 別称:御寺(みてら)、御寺泉涌寺 東山泉涌律寺 月輪山 法輪寺、林寺、拜志寺(拝志寺)、仙遊寺真言宗十八本山第8番 京都十三仏霊場第6番 泉山七福神巡り番外神仏霊場巡拝の道第121番(京都第41番)地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/07
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今日は機械の故障で延期になったPETーCTと、その後の診察でOKGセンターに出向いた。7月9日にOJRセンターで重粒子線治療が可能かどうかの判断をするために最新のPET-CTのデータが必要とのことで、もともとは7月3日に撮影して、今日、そのデータを基にOJRセンター成形外科での診察の予定だった。ところが、7月3日にOKGセンターから電話があり、「機械の不具合で今日PETーCTができないので、7月6日の朝一番にPET-CTをして、その日に診察もします。ご迷惑委をおかけして申し訳ありません。」とのことだった。朝早く出ないといけないのは大変だが、遠出が1回で済むので、こちらとしては、むしろ助かった気分。朝6時23分のバスに乗って、8時15分の朝一番のOKGセンターでの受付に間に合った。家内には、診察だけいっしょに聞いてもらうために、遅れて車で来てもらった。いつものことながら感謝。PETーCTは何回か受けているが、OKGセンターでのPET-CTは初めて。「薬剤を注射してから1時間ほど安静にしている間に、ペットボトル1本の水かお茶を飲んでもらうので、ペットボトル1本持参ください」とのこと。安静時間中に水分摂取を指示されたのは初めてだった。あとでネットで調べたら、目安としてペットボトル500mL程度を推奨する施設が多いそうである。体内の放射性薬剤を尿から早く排泄するためのようだ。
2026/07/06
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御朱印 第一冊 2011(平成23)/3/5~2011/7/18 その2(いずれも家内同伴で)第七番 黄台山 長楽寺 2011(平成23)/3/19京都府京都市東山区八坂鳥居前東入円山町626宗派:時宗(遊行派) 本尊:准胝観音創建年:伝・延暦24年(805年) 開山:伝・最澄中興年:至徳2年(1385年) 中興:国阿京都七福神(布袋尊)第八番 引接山(いんじょうざん)大蓮寺 2011(平成23)/4/9京都府京都市左京区正往寺町457院号:極楽院 宗派:浄土宗 本尊:阿弥陀如来創建年:慶長5年(1600年) 開山:専蓮社深誉上人別称 安産の寺第九番 見性山 青龍寺 2011(平成23)/7/9京都府京都市東山区河原町通八坂鳥居前下ル南町411宗派:浄土宗 本尊:聖観音創建年:伝・延暦8年(789年)9月18日 開基:伝・桓武天皇中興年:建久3年(1192年) 中興:見仏第十番 清水寺善光寺堂(旧地蔵院) 2011(平成23)/7/9清水寺境内本尊:如意輪観音 善光寺阿弥陀三尊 地蔵菩薩第十一番 清水寺奥の院 2011(平成23)/7/9清水寺境内本尊:三面千手観音菩薩第十ニ番 音羽山 清水寺本堂 2011(平成23)/7/9京都府京都市東山区清水1丁目294宗派:北法相宗 寺格:大本山 本尊:十一面千手観世音菩薩(秘仏)創建年:伝・宝亀9年(778年) 開山:伝・延鎮 開基:伝・坂上田村麻呂中興:大西良慶西国三十三所第16番法然上人二十五霊場第13番 洛陽六阿弥陀めぐり第3番 神仏霊場巡拝の道第117番(京都第37番)第十三番 清水寺朝倉堂 2011(平成23)/7/9清水寺境内本尊:十一面千手千眼観音菩薩第十四番 清水寺泰産寺 2011(平成23)/7/9清水寺境内本尊:十一面千手千眼観音菩薩地図よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「御朱印」 次回「御朱印」→
2026/07/05
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6月29日~30日の家内との赤穂への1泊旅行の様子はアップしたが(こちら)、泊まった「銀波荘」の客間に、「NOB The-T」の木製パズルが置いてあった。2月20日~21日の有馬温泉旅行で泊まった「御幸荘花むすび」にも置いてあった。置いてあるのは商品見本で、「お気にいったら、売店でお求めください。」という作戦である。赤穂も兵庫県、有馬温泉も兵庫県である。兵庫県のホテルの定番なのか、それとも全国的定番なのか。ご存知の方は教えて欲しい。 このパズル、4枚の木片からできている単純な構造。でも、置き方によって、右記のような11の特殊な形を作ることができる。実は有馬温泉に泊まったとき、のんびりとした旅行だったので、滞在中に全部作ることができた。写真にも撮ったのだが、誤って消してしまったので、ここにアップできなかった。そこで今回再び挑戦。やってみると結構難しい。延べ3時間くらいかかったかな。11のパターンを全部完成できたので、ここにアップする。今度、宿で見つけたら是非挑戦あれ。 よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/04
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昨日の投稿で、今後の予定を下記のように書いた。7月3日(土)OKGセンターでPET-CT撮影7月6日(月)上記に基づきOKGセンター外科での診察 ⇒OKGセンターがOJRでの診察日を予約開始(日程未定)7月8日(水) K病院泌尿器科、腫瘍内科の診察 ⇒血液検査の結果も踏まえて、2次化学療法を開始するかどうか、開始すると すると、そのプログラムをどうするのか決定。7月中旬(推定) OJRでの診察。重粒子線治療の可否を判断。今日は、11時過ぎに家を出て、OKGセンターでPET-CT撮影の予定であった。ところが、電話がかかってきて、「機械の調子が悪く、今日は撮影不可能です。月曜日6日の午前8時15分くらいに来てもらって、その日に外科の診察というのでいけますか?」とのこと。朝一番のバスに乗ったら何とか間に合いそう。今日と6日両方いくのは大変なので、こちらとしては「渡りに船」、「OKです。」と回答。というわけで、PET-CTは来週月曜日に延期。でも診察はその日にしてもらえるので、以降日程への影響はなし。とここまで書いたところで、OKGセンターかまた電話。OJRセンター受診の予約がとれたとのこと。7月9日。受診前にMRIを撮るとのこと。また6日のOKGセンターでのPET-CTと診察が朝の早い時間になり、歯科医でのメンテと重なったので、その予約も取り直した。まとめ直すとこうなる。7月6日(月)OKGセンターでのPET-CT。外科での診察7月7日(火) K歯科医院でメンテ 7月8日(水) K病院泌尿器科、腫瘍内科の診察 ⇒血液検査の結果も踏まえて、2次化学療法を開始するかどうか、開始すると すると、そのプログラムなどうするのか決定。7月9日(木) OJRでのMRI撮影、診察。重粒子線治療の可否を判断。来週は病院通いの1週間である。よろしかったらぽちっとお願いします。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/07/03
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第6クール後1週間以上経過したが、疲れやすい、食欲減退などの症状があったので、昨日、K病院腫瘍内科Y先生に診ていただいた。血液検査の結果、第6クール同様、白血球・血小板がガタ減りだった。ヘモグロビンも第6クール後ほどではないにしても相当低かった。白血球のうち、好中球を増やすための「フィルグラスチムBS」という薬を注射してもらった。そのうえで「明日もう一度血液検査をしましょう」ということになった(こちら)。それで今日もK病院で血液検査をした。結果、白血球は変化なく、肝心の好中球にいたっては、14.5から12.4に下がっていた。血小板もヘモグロビンも変化なし。白血球が下がっているので、感染症に感染しやすい状況にある。今日もう一度、好中球を増やす注射をした。「入院する必要はないですか?」とY先生に尋ねたが、「熱も出てないので、入院は不要でしょう。」とのことで、入院まではしないことになった。ここ2,3日のうちに、OKGセンターから次のような連絡があり、全体の日程が変更になった。重粒子線治療の可能性を聞くために、OJRセンターでの診察日予約を、OKGセンター経由でお願いしていたが、OJRセンターから、「K病院の最新データが5月8日のもので古いので、新しいデータで判断したい」との要請があったとのこと。そこで明日7月3日(金)にOKGセンターでPETーCTを撮ったうえ、7月6日(月)にOKGセンター外科で診察。そのうえで、OJRセンターの予約をとるとのこと。これも含め整理すると次のようになる。7月3日(土)OKGセンターでPET-CT撮影7月6日(月)上記に基づきOKGセンター外科での診察 ⇒OKGセンターがOJRでの診察日を予約開始(日程未定)7月8日(水) K病院泌尿器科、腫瘍内科の診察 ⇒血液検査の結果も踏まえて、2次化学療法を開始するかどうか、開始すると すると、そのプログラムなどうするのか決定。7月中旬(推定) OJRでの診察。重粒子線治療の可否を判断。重粒子線治療は腫瘍の大きさが10セン以下で、消化器に湿潤などしていない場合に適用可能と一般的にはいわれている。私の脂肪肉腫はどちの条件も満たしていない。だから重粒子線治療適用は正直適用不可能と思っている。とことん追求して、手術も重粒子線治療もダメということを納得したうえ、きっぱりと2次化学療法に専念したいというのが本音である。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/02
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抗がん剤治療の第6クールを退院して1週間経過するが、体調がよくない。疲れやすいし、食欲がない。第5クール後ほどではないが。昨日、旅行(こちら)から帰って、K病院腫瘍内科での今日の受診をお願いした。血液検査、尿検査をしてY先生の診察を受けた。白血球が第5クール並みに下がっている。ヘモグロビンは第5クールほどひどくないが、かなり下がっている。血小板は第5クール並みに下がっている。入院するほどではないと言われたし、入院するとOKGセンターやOJRセンターへの通院ができなくなってしまうので入院はしなかった。白血球が下がって免疫力が低下しているので、白血球を増やす注射をしてもらった。明日もK病院に行って採血をし、回復が遅いようなら、また注射をすることになった。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→よろしかったらぽちっとお願いします。
2026/07/01
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