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30年まではいかないが、20数年ぶりに会う知り合いが訪ねて来てくれた。77歳と78歳のご夫婦。栃木県の那須烏山から車でやって来た。 2ヶ月ほど前、突然、ご主人から電話があった。「ちょっと相談したいことがあって」しばらく近況を語り合ったあと、電話をした理由を彼は話した。 奥さんが原因不明の体の痛みで困っていると言う。病院へ行ったが検査の結果は異常なし。「年のせいですよ」と言われて、夫婦そろってむっとしている。 「さてどうしようかと思っていたとき、小原田さんのことを思い出したんです」 30年近く前、彼らは埼玉県加須市で料理屋を営んでいた。古民家を改装したすてきなお店だった。 弘美や長女の氣子と一緒に何度かお邪魔した。 あるとき、世間話をしていると、奥さんが「首から肩にかけて痛みがあって大変なんです」つらそうな顔で首筋をさすった。「ぼくは氣功をやっているんですけど、ちょっと試してみますか」そんなことから、床に正座した彼女に氣を送ることになった。 ぼくが氣を送ると、彼女の体がぐらぐら動き始め、後ろに引かれてバタンと倒れた。ご主人はあっけにとられたように見ていた。 20分くらいたって、「はい、いいですよ」と言うと彼女は起き上がった。 「何だったんですか?」きょとんとしている。「で、どうですか?」「楽になった。痛くないわ」首をぐるぐる回している。 以来、彼女はすこぶる体調が良くて、彼女もご主人も、ぼくを恩人のように思ってくれていた。 だから、病院で原因不明と言われたときに、ぼくのことを思い出してくれたのだ。ぼくはすっかり忘れていたが、あのとき、奥さんの治療をしたあとにこんなことがあったらしい。ご主人の話。「女房の治療のあと、『実は・・・』とお話したのが入院中の友だちのことでした。便が出なくて苦しくて仕方ないと言ったら、小原田さんが『帰りに寄りましょうか』って言ってくれたんです」思い出さないなあ。「だから、私が車で病院までお連れしました。病室へ行って、小原田さんがお腹にさわったかどうかわかりませんが、何やらやっていました。氣を送っていたんでしょうね」うーん。まるっきり忘れている。「20分くらいやって、『これで大丈夫ですから。明日には出ますよ』って帰りました」えらそうなこと言っているな。こんな治療家って、ぼくは嫌いなんだよね、今は。「そしたら、その日のうちに、大量の便が出たんです」ホントかいな。まるで記憶にない。すごい気功師じゃないか。そうだよ。ぎっくり腰で動けなくなった人の背中をさっとなでただけで治ったこともあったもの。あのまま調子に乗って気功治療家になっていたら、ひょっとしたら今ごろ大家だったかもしれない。別に後悔してないけど。できたら大家にはなりたくない。この夫婦は、ぼくに気功を受けるつもりでやって来た。だって、彼らにとっては奇跡を起こす気功師だもの。でも、治療という面では、ぼくよりも妻の弘美の方がはるかにレベルが高い。ここ1ヶ月ほど、ぼくは坐骨神経痛で大変だった。右だから車の運転のとき、アクセルを踏んでいるのがつらいんだもの。自動運転の車が欲しいと思ったよ。もう困ってしまって、弘美のヒーリングにお願いしたら(お願いしないとやってくれない)、何回かの施術でなんともなくなった。改めてすごいと感心した次第だ。我が家は、体調が悪いときには弘美に頼る。そんな話をしたらまたまたびっくり。弘美もぼくと同じで、自分の腕をひけらかしたりせず、いつも普通のおばさんのふりをしている。だけど、言っちゃ悪いが、ぼくも弘美も、そこらの治療家よりもはるかにきくよ~~~。親しい人しか治療はしないけどね。昨日の話に戻ろう。2人と懐かしい話やら、気功のことをしゃべっていると、あっと言う間に1時間半ほどたってしまった。そしたら奥さんが言い出した。「なんか首のあたりがすごく軽くなったの。痛みもないし」氣ってそういうものなんだよね。その後、奥さんは1時間ほど弘美の治療を受け、ぼくはハイゲンキという氣を中継する装置でご主人の治療をし、不思議な石をプレゼントした。2人ともニコニコ。体が軽くなった。足が軽い。ひと山越えて秩父へ出て、熊谷から那須烏山に向かうという。気を付けてお帰りください。いい再会だったなあ。
2022年04月27日
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断捨離。若い人たちはあまり必要ないかな。うちの娘たちも物はあまり持ちたがらない。お金もないし、最低限の生活用品で暮らしている。やっかいなのはぼくらの世代。50代60代かな。子どものころは、「もったいない」「物は大切にしろ」と育てられた。まだまだ物の少ない時代。ところが、もっとも物欲が強くなる年齢になって、世の中が物物物という時代に突入。お金さえ出せばほしいものが手に入る。世の中景気がいいから、お金もある。物を手に入れることの喜びが根付いてしまう。そういう人はどういうライフスタイルになるか。あれも欲しい、これも欲しい、という欲望は消えない。だから、ついつい必要のないものまで買ってしまう。同時に、子どものときに親に言われた「もったいない」「物を大切に」が頭をよぎって、使わないものもとっておくという習性が。となると、家の中は物であふれる。かつてお金のあった時代は、高かな物があふれていたけれども、お金のない今、あふれているのは、100均一で買ったものばかり。まるでこれから100年も200年も生きるつもりでいるのかと思えるくらい、「そのうち使うから」ととっておいた物が、狭い家の中を征服していく。それでも、買いたい欲求はなくならず、もったいない意識ももったまま、物に埋もれていくわけだ。50代60代よ。早めに断捨離した方がいいぞよ。足腰が弱ってからではできない。まわりに迷惑をかける。だいたい「迷惑をかけちゃいけない」と思っている人ほど、年を取ってから、いろいろなことで迷惑をかけるもの。そのひとつが物であふれる家の中。
2022年04月25日
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「自分に負けるな!」親とか先生から言われた記憶があると思う。どういうことなのかと考えてみると、たぶん、こういうことだと思う。自分の中には、「強い自分」と「弱い自分」がいて、強気で前へ進んだり、弱気になって逃げ出したりする。勤勉で努力家で前向きな自分=強い自分怠け者で意志が弱く後ろ向きな自分=弱い自分そういうイメージがある。ぼくたちの中では、「強い自分」と「弱い自分が」がいつも葛藤をしている。自分に勝つというのは、「強い自分」が常に優位に立っていて、「弱い自分」を抑えつけていること。そんなふうなことだと思う。「自分に負けるな!」と育てられた人も多い。子どものころは、親や先生が言うことは絶対だ。頭の中に強烈にインプットされてしまう。いつも、勤勉で努力を怠らず自分の意見をはっきりと言って、積極的に動き、リーダーシップを発揮する。それが優れた子だと、自分もまわりも評価をする。そういう人は、「弱い自分」が優位になったとき、自己嫌悪に陥ってしまう。「なんて自分はダメな人間なんだ」でも、本当にそうだろうか?ぼくが思うのは、強い自分だと思っているのは、車で言えばアクセル。弱い自分はブレーキ。強さが良くて、弱さが悪いということではない。両方をうまく使ってこそ、安全な運転ができるわけだ。強い自分ばかり求めるのは、猛スピードで走ることを勇気だと勘違いしている若者みたいなもので、危なくて仕方ない。逆に、ブレーキばかりを踏んでいると、なかなか目的地にたどり着かない。さらに、アクセルとブレーキの使い方は人によって違う。自分なりの安全で快適な運転法というのがあるはずだ。「自分に負けるな!」と思っている人は、アクセルを踏むことを大事にしてもいいのだけれども、弱い自分であるブレーキも、無駄なものではなく、必ず使うから、そのことに感謝して、ブレーキの存在もきちんと認めないといけないと思う。今の時代、ほとんどの人が「アクセル、アクセル」で生きているから、ときにはブレーキを踏んで、ゆっくり運転を楽しんでもいいのではないか。ぼくもそうだけど、現代教育を受けた人間は、ブレーキを踏むことに罪悪感を感じたりする。それで疲れ切ってしまっている人が多い。ぼくもスピードダウンした生き方をしようとしているのだが、ときどき、「これでいいのだろうか?」と思ってしまう。現代人の病根は、強い自分ばかりを評価するところにあるのではないか。
2022年04月24日
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かっくんと元氣。男の子でなくなって最初の朝。小屋に行くと、ぼんやりとしている。いつもなら、扉を壊すほど暴れるかっくんも、小屋の中で立ち止まって外へ出ようとしない。元氣もきょとんとした顔で外をながめているだけ。昨日手術をしたばかりだから仕方がないとは言え、同じ男として、なんだか切なさを感じる。徐々にホルモンバランスも落ち着いて、穏やかなかっくん、元氣になって良かった、ということになってくれるのを期待したい。人間の男も年を取れば、男性ホルモンが少なくなり、男としての闘争心や勢いがなくなっていく。それが老いのかなしみでもあるが、66歳のぼくとしては、自分の老いを彼らの変化にだぶらせてしまったりするわけだ。ただ、老いて熟して見えてくるものはたくさんある。彼らも、男を失って、自分たちの役割を果たすことができるはずだ。30日は、動物たちとふれ合おうというイベントに出る。子どもたちと遊んで、そこに楽しみを見出してくれるといいな。
2022年04月23日
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決心した。ヤギーず、5頭いて、2頭は男の子。この男の子、去勢することにした。女の子たちは3週間ごとに発情がきて、そのたびに、男の子たちは興奮して落ち着かない。毎週3~4日はそんな状態が続くわけだ。今の飼い方では、あいつらもこちらも大変だ。発情時の男の子のパワーは半端ではない。柵なんか壊してしまう。強烈なにおいも発する。玉をとってしまうのはかわいそうだと去勢しなかったが、考え方が甘かった。60代の弱っちい男と、女性2人では、とても手に負えない。我が身と置き換えれば、青年期に生殖能力を奪われるというのはさみしいことだが、がまんしてもらおう。でも、それはそれで、新しい楽しみも出てくるはず。たとえば、においがきつくなければ、子どもたちとも遊べる。あいつらも、第二の人生だ。
2022年04月22日
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野生のパワーにはびっくりさせられる。子ヤギのさわりが生まれたのは2月21日。ちょうど2ヶ月前だが、まだおっぱいを飲んでいるのに発情期がきた。一日中泣きどおし。昨日は小屋の隙間を抜け出して、オスのかっくんの近くまで行っていた。あわてて小屋に戻したが、かっくんも、興奮して大騒ぎ。そして、今朝のこと。7時ごろに小屋へ行くと、何とかっくんが女の子部屋に侵入しているではないか。物置小屋を2つに仕切って、奥にかっくん、手前にあかりとさわり。あかりとさわりのまわりは大型犬用のサークルで囲ってある。かっくんも、柱と柱の間にトラロープを結んで、そこに金具をつけ、リードにつなげている。逃げ出しようがない。はずだった。前にも、「メスが発情期のときのオスのパワーは計り知れない」と聞いたことがある。まさに計り知れないパワーで、どうしてそうなったのかわからないが、金具が外れて自由になったかっくんは、女の子部屋との仕切りを破壊してしまった。さわりも発情しているのだから、生後2ヶ月とは言え、妊娠可能なのだろう。うちには、オスが2頭いて、さわりの父親はどちらかわからない(あかりのときも、男の子が柵を壊して侵入した。あのときの教訓から対策はとってあったつもりだが)。近親交配になってしまった可能性もある。もう庭で飼うのも限界かな。これまでは何とかなっていたので、動きもにぶかったが、本気になって早急に場所を探さないと。男の子たちの去勢も考えよう。
2022年04月21日
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今を生きる。今を大切にする。尊敬する佐藤初女先生もよくおっしゃっていました。先々のことばかりに意識がいって、今を忘れてしまっているんじゃないの。すんだことをくよくよと悔やんだり、起こってもないことを心配しても仕方ない。まずは、目の前のことを片付けましょう。そういう意味合いだと、ぼくは理解しています。ぼくたちができることは、今を生きることだけです。過去にも未来にも生きられません。ただ、ぼくたちは過去を記憶しているからこそ、いろいろ学習して、同じ失敗を繰り返さないようにできるし、想像力があるからこそ、未来に希望をもったり、危機を未然に防ぐことができます。しかし、どうあっても大切なのは今です。今、何をすべきか?そこを固めないと、過去の体験は生かせないし、未来への希望も足もとがぐらついてしまいます。いくらつらい過去があっても、もうすんだことと割り切って、過去にまどわされる自分に歯止めをかけて、新しい今を作り上げます。そして、未来を単なる過去の延長ではなく、連続する今が織りなす光の世界にするのです。さまざまな状況が未来から次々と流れてきます。これをしっかりと受け止めるのが今の役割です。「これでいいのだろうか?」ふっと思うことがあります。でも、これでいいのです。ぼく自身が体験している今も、未来からやってきたメッセンジャーです。それに耳を傾け、目の前の出来事に、ていねいに対処して過去にしていく。そうすると、また次の未来が流れてくる。そんな繰り返しが、その人の一生を作るのではないでしょうか。
2022年04月20日
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引っ越し真っ最中。一昨年の11月に東京から山梨県甲州市に引っ越した。とにかく、我が家は荷物が多い。片付けもままならないまま、片っ端から箱詰めして運んだ。その箱もまだ開け切ってないまま、今度は、甲州市内での引っ越し。業者に依頼しようと思ったが、距離が近すぎて引き受けてくれない。自分たちでやるしかない。と言っても、60代夫婦と20代の女の子では、ちょっと無理だと思う。細かいものは、毎日少しずつ運んでいる。大物をどうしようかと思ったときに、頼もしい人が助けてくれることになった。元大工さんとか屋根の職人さんといった、高齢だが力持ちという方たち。ぼくとは体の鍛え方が違う。若者にもバイトを一日頼んだ。何となく、これで乗り切れそうな感じがする。今月中には明け渡さないといけない。引っ越しのたびに、荷物を減らさないとと思う。だけど減らない。ぼくの本や資料は、今、実家に帰りたびにもっていっている。たくさんの本がある。捨てるのは忍びない。古本屋さんに寄附するという手もあるが、実家の敷地内に、小さな図書館を建てるのもいいかもしれないと思っている。引っ越しが住めば、かなりほっとできるような気がする。いや、次はヤギたちの住処を何とかしないと。
2022年04月19日
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何がやりたいの?目標は?大事なことだけど、あんまりカチカチに決めない方がいいとぼくは思っている。あくまでも暫定的という位置づけで、今、こんなことがやりたい。今の目標はこれ。という感じでいいのではないか。「銀の匙」というアニメがあって(映画にもなった)、主人公が入学した農業高校では、みんなが夢や目標をもって生きている。でも、自分だけが漫然と入学してきて、これでいいのだろうかと悩む。でも、同級生たちの夢や目標というのは、思い込みが大きい。たとえば、牧場の一人娘だから、婿をとって、牧場を継ぐ。それが当たり前だと思って育ってきたから、親の跡を継ぐことが、夢であり目標になってしまっている。夢も目標もなく、目の前のことに一生懸命に取り組む主人公の姿は、同級生たちに刺激を与える。ずっと夢だとか目標だと思っていたことは本心だろうか?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。昨日やりたかったことと、今日やりたいと思うことが違っても、それを受け入れるだけの度量がほしいね。そうすれば、右に揺れ、左に向かいつつ、ぶれが徐々に少なくなって、あるとき、「これだ!」というものが見つかる。やりたいこと、目標を堅苦しく決めつけると、だいたい、自己評価の低い人がほとんどなのだから、本当の自分よりも小さなことしかできない。やりたいことは何か?目標を決めろ!というのは、ちまたのビジネスセミナーで言われること。本にも書いてある。だいたい、そういうセミナーに出たり、本を読んだり、、講師や著者の話をまともに信じる人は、自己評価の低い人が多い。セミナーで勉強するのはいいが、これはいい、ここは納得できないと、自分の頭で考え判断すること。そうしないと、後悔する人生を歩むことになる。
2022年04月18日
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ポットにまいたうずら豆の種が芽を出し、双葉が出るまで育ったので、畑に移植した。前日には雨が降ったし、もう暖かくなるだろうからという判断だった。ところが、昨日の夜あたりから気温が下がって、天気予報を見ると、はっきりしない天気が続きそう。ちょっとかわいそうだったかな。今日は朝から、ペットボトルの底を切って、うずら豆の芽にかぶせてあげた。温室代わりになる。農業というのは、天候に左右される。偉そうなことを言えるほどの経験があるわけではないが、小手先の技術でカバーできないことはたくさんありそうだ。ただ作物も生き物。子育てと同じで、それほど神経質になることもない。気持ちを込めて、大事に育てることが一番だ。ぼくは、知識も経験もない。でも、いろいろな人の体験を聞いたり見たりして、情報はある。それに、情報をもとにした直感。このあたりは自信があるので、ぴぴっとひらめいたことを大事にしながら、常識にとらわれず、人の言葉に惑わされず、自分の感覚で進めていきたいと思う。名付けて「直感農業」。去年は、ど素人のくせに、無農薬で桃を実らせたのだから。本当においしかった。今年はおいしいすももが無農薬でできそうだ。すもも畑には、何年も前に植えた苗らしいが、たくましく育っている。もちろん自然栽培。野生栽培かもしれない。それに、楽しみにしているのはトマトとかぼちゃ。親戚から種をもらって、大事に育てている。肥料をあげてないのでまだチビだけど、いけると思う。2年前には、こんな生活、考えてもみなかった。いい暮らしをしているよ。ありがたいことだ。
2022年04月17日
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ジャガイモの芽が出てきた。トマトも芽を出した。カボチャも。何豆だろう。インゲンかな(うずら豆のよう)。もう少ししたら枝豆をまくかな。安定の中に変化があり、変化の中に安定がある。今の日課。6時ごろに起きる。ヤギーずが鳴いている。小屋から出してあげる。9時ごろには、ヤギたちを畑に連れていく。1~2時間。ヤギーずが朝ごはんを食べえている間に、すももに朝のあいさつと微生物のシャワー。戻ってから、別の畑に野菜を見に行ったり、ヤギーずの夜ご飯をとりに行ったり。そんなことで午前中が終わってしまう。昼ご飯をはさんで、ゴロゴロしたり、雑用があったり。今は引っ越しの真っ最中なので、荷物運びがある。坐骨神経痛があって、あまりたくさんの荷物が運べず、毎日、少しずつという効率の悪い働き方。夕方になると、ヤギーずを小屋に戻す。日が沈むころには肉体的にはけっこう疲れている。お風呂へ入るのが楽しみだ。風呂上がりのビールもおいしい。一日を振り返る静かな時間をもって、早めに布団に入る。さてさて、こんな生活の中で、どこで原稿書きをするか。合間を見て、ちょこちょこと書いてはいるが、それでは追いつかない。まだ原稿書きから足を洗う気はない。これからが本番だと思っている。だけど、一向に進まぬ原稿かな。山梨へ来て1年半くらいになるが、いつまでも試行錯誤だ。このなんとも言えない日常。ぼくは、今、自分が過ごしている流れの中には、重大なメッセージがあると感じている。これを表現できないもどかしさ。来世への宿題にするか。いやいや、やり遂げてからあちらへ行くことにしよう。
2022年04月16日
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車で静岡県の富士市に行った。イルカのお話をしてほしいというありがたい依頼があってのことだ。10時前に家を出て、勝沼インターから中央道に乗り、大月ジャンクションから富士吉田方面に向かい、新東名、東名を通って富士川SAに着いたのが11時半ごろ。あと10分ほどで会場だから、ゆっくりお昼ご飯が食べられる。会場へは13時ごろに入ればいい。そばを食べて、車に戻って、ナビをセッティングした。このときエンジンをかけなかったのがトラブルの元。途中で買ったかりんとうを食べてゆっくりしていて、「そろそろ行くか」とエンジンをかけようとしたら。カチカチカチという音がするだけで、動いてくれない。「ああ、これはバッテリーだ」2ヶ月くらい前にもバッテリーがあがったことがある。かなり弱っているのだろう。でも困ったぞ。ケーブルはもっているけれども、つなげる相手を見つけないと。知らない人に声をかけるのは苦手だが仕方ない。「すいません。バッテリーが上がってしまって、助けてくれませんか?」一人目は、「急いでいるので」とすまなそうに通り過ぎていった。二人目は親切な人で、「できることがあれば」と車を横に寄せて、ボンネットを開けてくれた。でも、どれがバッテリーかわからない。だいたい、ぼくは車のことはまったくわからない。次女の氣恵に電話をした。ぼくよりは詳しい。ネットでいろいろ調べてくれて、「ひょっとしてハイブリッド車?」「ああ、そうみたいだ」「ハイブリッド車はダメみたい」えーっ。お礼を言って、次の救助者を探す。若い家族連れが歩いてきた。「すいません」ケーブルを手に助けを求めた。「いいですよ」世の中、いい人ばかりじゃないか。心がポカポカしてきた。車を横に付けてくれた。「ひょっとしてハイブリッドですか?」「そうだけど」「ハイブリッドだとダメみたいなんですよ」頭を下げた。3人目は、タウンエース。これなら大丈夫か。「いいですけど、ぼくは車のことまったくわからなくて」とボンネットを開けてくれた。バッテリーがない。氣恵に電話。「助手席の下にあるみたいよ」そう伝えたが、どう開けていいかわからない。時間がたつばかり。開演に間に合うか。さすがに焦りが出てきた。一応、主催者には電話をした。「迎えに行きましょうか」と言ってくれたが、まだ少し余裕がある。「もう少しだけがんばってみる。どうしてもダメなら電話する」そんなところへ、4人目の神の使いが現れた。家族連れ。「実は・・・」と話すと、「やってみましょう」と頼もしい答え。先ほどのタウンエースの人も、「参考のために見学させてもらいます」何ていい人なんだ。この人も神の使いだ。どうなったか。動かない。バッテリーじゃないの。保険会社に電話して、修理の業者を派遣してもらうしかないか。「もう一回だけやってみますよ。それでだめならあきらめます」そう言って、キーを回した。ブルル。動いた。思わず、彼らに手を合わせた。「地獄に仏ですよ」ナンバーを見ると山梨の人だった。名刺を渡して、「連絡ください」と言って別れた。昨日はみなさんに、『すべてのことには意味がある』というイルカのメッセージを伝えたが、トラブルには、大事なメッセージが込められているものだ。バッテリーが上がらず順調に到着していれば、何人もの人に、快く助けてもらえるような体験はできなかった。世の中激動で、不快なことも多いが、その一方では、善人があふれていて、みんなが助け合って生きられる社会も遠くないと感じたな。助けてくださった方に、心からお礼を言いたい。ぼくも、困った人がいたら助けられる人にならないとな。
2022年04月11日
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講演に呼ばれたのはずいぶんと久しぶりだ。それもイルカの話をしてほしいとのこと。今日10日の13時30分から。静岡県の富士川ふれあいホールで。「愛の地球(ほし)へ」という映画の上映会もある。この映画は見てないけれども、イルカからのメッセージがテーマのひとつになっている。かなりスピリチュアル色の濃い映画のようだ。ぼくの話とマッチするか、わからないが、ぼくの人生がイルカによって大きく変わったのは事実だから、その体験をお話してこようと思う。考えてみれば、ぼくがイルカとかかわったのが1991年だったかな。30年も前の話になる。イルカと癒しの第一世代と言ってもいいかもしれない。「イルカが人を癒す」という本を出して、そのとき、ドルフィンスイムのレジェンドでもある野崎ユリカさんの本も同時に出て、書店に行くと、目立つところに2冊が並んで積まれていた。そこからイルカブームが始まったので、ユリカさんとぼくは、イルカブームの火付け役のように言われたこともある。一緒に講演もしたことがあったし、ユリカさんにお願いして、セミナーをやったり、ハワイでのドルフィンスイムツアーを企画したりもした。ぼくにとっては、懐かしき華やかな時代だったな。2019年までは小笠原に毎年、20名くらいの人を連れてイルカと泳ぎに行っていた。我が家の夏のビッグイベントだった。イルカという生き物は、本人がどう思っているかはわからないが、人の生き方に大きなインパクトを与える力がある。イルカについては、若い人たちがいろいろ語っているので、ぼくには出番がないかと思っていたが、こうやって声をかけてもらえるのはうれしいことだ。当日参加もOKとのこと。興味ある人は、ぼくの昔話に付き合ってください。
2022年04月10日
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先日、何人かが集まって話しているとき、ジャガイモの種イモが品薄になっているという話題になった。ぼくも植えたが、ホームセンターへ買いに行ったとき、いつもなら棚に山のように積まれているのに、残り少なくて、「あれっ」と思った。山梨だけなのか、全国的なのかわからないが、農家の間ではクエスチョンになっているのだ。「食糧難が迫っていることを、みんな本能的に感じているんじゃない?」ぼくも同じことを考えていた。自己防衛本能が働いているのか。山梨では、江戸時代の大飢饉のとき、ジャガイモで多くの人が救われたという歴史があるそうだ。武蔵五日市では野良坊菜で飢えをしのいだという話を聞いたことがある。ウクライナ問題が起こって、食糧を輸入に頼っている日本では、必ず大きな影響が出る。自給自足できる体制を作らないとと、気づき始めて、動き出している人がいる。スーパーへ行けば何でも買える時代が60年くらい続いているわけだが、その前には、戦後の深刻な食糧難があったわけだ。知っている高齢者もまだいる。再び、そんな時代が来ても不思議ではない。もっと危機感があってもいいはずだが、まだまだ実感がないから、飽食にどっぷりとつかっている人がたくさんいる。時代は大きく変わろうとしている。変化のときには、必ず大きな揺れがある。振り落とされないように、感覚を磨いて、時代の動きを察知しないといけない。ぼくは小さな畑を借りて、じゃがいも、かぼちゃ、トマト、枝豆の種をまいた。すももも順調に育っている。自分で守る。家族と守る。仲間と守る。地域で守る。そんな時代に突入しようとしている。
2022年04月09日
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「夫婦仲がいいですね」と言われた。別に特別いいわけではない。口論して口をきかないこともしばしばある。その方が言うには、「夫婦で移住するということがすごいですよ」山梨に移住している人は多いが、妻は東京に残るパターンがけっこうあるのだそうだ。「あなたが行きたいなら行けば。私はここに残ります」価値観のすれ違いだ。それはあるだろうと思う。うちも、かつての妻は、「私はアスファルトの上しか歩きません。デパートのないところでは住みません」と言っていた。だから、今の土だらけ、デパートへ行くこともない生活など考えもできなかった。ところが、山梨移住は、完全に妻の主導だ。ぼくは、「ええ・・・」と戸惑いながら、彼女の決定に従っただけ。昔は「夫唱婦随」と言ったが、実は「婦唱夫随」でうまくいっているのが我が家だ。だいたい、ほとんどの動物は女性の方が主導権をとっている。イルカもミツバチも、オスの仕事と言えば繁殖だけ。交尾が終われば用はなくなる。アメリカインディアンも、母系社会だったそうだ。家長は母。娘が跡を継ぐ。その方が社会は平和になる。これから、社会は母系に向けて動いていくはずだ。
2022年04月08日
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この数年で世の中は変わった。これからますます変化は大きくなっていくはずだ。変化は、病気と同じで、急性と慢性とがある。大災害が起これば、一瞬にして大変化が起こる。ただ、ほとんどの場合は慢性だと思う。乱れた食生活で、徐々に体がむしばまれ、あるとき糖尿病やがんを発症するような形で、間違った生き方は、徐々に社会を疲弊させていく。逆に、コツコツと努力してきた人が、日の目を見ることがあるように、日々をていねいに誠意をもって生きていれば、エネルギーはたまっていく。社会は良くなる。災害は防ごうとしても防げない。戦争だってそうだな。ぼくたちができることは何か。日々の生活をどう改善していくかだけ。ぼくは、生活の拠点を東京から山梨へ移した。果樹を栽培してヤギを飼ってという、ちょっと前なら考えられない生活になっている。でも、どっぷりとそこにはつかれない。ぼくには、文章を書くという仕事の柱があって、これがあっての、山梨の生活だと思っている。果樹栽培もヤギも、ぼくの場合は、文章を書くネタになってくれる。うまくいっても失敗しても、メッセージとして伝えることができる。意図したわけではないが、だれの人生も、物心両面でサポートされるようにデザインされていて、その流れに乗るだけのこと。日々、自分の置かれている状況を感じ取り、その流れに乗って行く。一年たち二年たてば、確実にいい方向に変化しているはずだ。世の中を良くしたいと思えば、まずは自分が良くならないと。良くなるというのは、本来自分がやるべき道を、一歩一歩進んでいくこと。毎日の人との出会いや出来事が、流れを読むヒントになっている。頭で考えるだけでなく、感じ取ること。朝、目が覚めたらすべてが好転しているという夢など見ないで、日々の積み重ねこそ、変化の源だと思って過ごさないと。そうすれば、一瞬のうちに社会を崩すような災害があっても、ぐっと踏ん張れる自分になっているものだ。日々をきちんと生きている人は、必ず這い上がれる。
2022年04月07日
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池井戸潤さんの小説『陸王』。この作品を読んで、地下足袋シューズを買ったことがあった。軽いんだけど、ぼくの足にはフィットしないのか、甲が痛くなった。テレビドラマでやった『陸王』がアマゾンプライムビデオで見られた。面白かったな。結末はわかるのだが、そこに至るまでの、うまくいきそうになっては邪魔が入り、それを乗り越えていくという連続に、見事にはめられてしまった。とにかく、何かを成し遂げようと思ったら、情熱、誠意、そしてあきらめない心、仲間がいかに大切か。これは、小説やドラマの世界だけのことではなく、現実世界でも心しておくべきだと思う。ぼくは、情熱をもって生きているつもりだが、内なる熱量を主に出すのが苦手だ。どんな大変なことでも、「何とかなるさ」と涼しい顔で受け止める美学があるのかな。ぼくの理想は、ジョージ秋山さんの『浮浪雲』。ときは幕末。坂本龍馬や勝海舟、西郷隆盛といった豪傑がたくさんいる中、雲さんは彼らを凌駕するだけの大人物なのに、飄々と生きている。22歳のころに、友だちから単行本を借りて読んで、「これだ!」と思った。しびれてしまった。以来、44年間、ぼくの頭の中には雲さんがいる。情熱を上手に伝えることはできないが、ぼくのことを面白いと思ってくれる人は少しずつ増えてきた。熱くもないけど冷めてもいない。適度な温度で、何やら一生懸命やっている。何をやりたいのかわからないけれども、少しずつ前進しているように見える。そんなことかもしれない。ぼくは決してリタイアしたわけではない。隠居の身分なんてとんでもない。まだまだ、社会の真ん中で、生き方を模索して格闘している。「陸王」のようなドラマにはならないけれども、一つひとつ、形を作っているつもりだ。それを感じ取ってくれる人だけが集まってくれればいい。
2022年04月06日
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2日間雨が続いた。晴耕雨読の生活なら、ゆっくりと本を読んでいればいいのだが、ぼくの場合、ヤギの世話のあと、こういう日こそ、原稿を一気に書くチャンスでもあるので、ゆっくりと本を読んでいる暇はない。晴れた日の方が、ヤギを畑を連れて行ったり、すももの世話をしたり、のんびりできる。これまでヤギーずビレッジには、頼りになる管理人がいたので、ぼくたちは夜には自宅に帰っていた。ところが、事情があって、ぼくたちがヤギーずビレッジに住むことになった。もっとも、12月末からほとんどこちらで暮らしているのだが。4月中には引っ越しをする。明るくなるとヤギたちが鳴き出す。それが目覚まし代わり。ヤギたちを小屋の外へ出し、朝ごはんをあげる。ぼくの大事な朝の仕事だ。弘美が小屋の掃除をする。温かくなったので、ぼくと氣恵とでヤギーずを畑に連れていく。冬の間は、少なめの食糧で我慢してもらっていたが、これからは腹いっぱい食べられる。朝、畑へ連れて行った日は、彼らも一日、おとなしくしてくれる。ホントは、広い畑に放し飼いをしてあげたいのだが、畑を借りる話が、決まりそうになっては消えてしまう。今も、家の庭でリードにつながれて暮らしている。流れに逆らわず、いいところが見つかったら、ヤギーずたちも引っ越そうと思う。今日は久々に晴れた。畑に連れて行ってあげよう。
2022年04月05日
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『癌とたわむれて』(アナトール・ブロイヤード著 晶文社)という本がある。現代は、INTOXICATED BY MY ILLNESS。直訳すれば、わが病に酔いしれる。尊敬する帯津良一先生が絶賛する名著だ。(帯津先生の一泊二日養生セミナー・山梨増富ラジウム温泉)著者である著名や書評家であるブロイヤードさんは、69歳のときに前立腺がんと診断された。それも全身の骨転移。普通は慌てふためく。落ち込んでしまう。でも、ブロイヤードさんは「ときめいた」というのだ。「わが人生に締め切りがもうけられた」そんな心境になったというのだから恐れ入る。ぼくも文筆業のはしくれにいる身として、「締め切り」の偉大さはよくわかる。「締め切りなしでいい原稿を書いてくれ」と頼まれた仕事はいつまでも終わらない。尻を叩かれないとパソコンに向かえないものだ。だれの人生にも締め切りがある。でも、そんなこと意識もせずに、ダラダラと毎日を生きてしまう。突然締め切りを突きつけられて、「そんなの聞いてないよ」と大慌てするのだろう。ブロイヤードさんは、一年後には亡くなるのだが、その一年を、締め切りに向けて有意義に生きるのだ。がんの本と言うと、末期がんから生還したみたいな内容のものが話題になるが、治るか治らないかはとても重要とは言え、人生のひとつのステージとしてがんがあって、がんとどう向き合ったかという話に、ぼくは魅力を感じる。大事な友だちのおーちゃんが亡くなって一年が過ぎたが、彼は末期のがんから生還して、そこからの10年の人生が面白かった。がんになる前の60年近くと、がんになってからの10年。まったく違う人生を生きた。生きながらにして輪廻転生したようなものだ。人生に締め切りができると、そこから本当にときめく人生を歩むことができることを、おーちゃんは教えてくれた。もっとも、がんにならないと締め切りが意識できないわけではない。がんにならずに生き方を変えることはいくらでもできるはずだ。お釈迦様は、「生老病死」の避けられない四苦を説いた。しかし、お釈迦様は、四苦を嘆いているのではないと思う。嘆いているようなら、大した人ではない。四苦はだれにも避けられない。人が四苦を背負わされていることには重大な意味があって、たくさんのことを学ぶチャンスなんだ。四苦と正面から向き合って、苦しいと思われることの中にときめきを見つけ出す。そんな生き方してみないかい?生きる苦しみの裏に隠された楽しみ、喜び。老いる寂しさの奥にしまわれている楽しみ、喜び。病むつらさの向こうにある楽しみ、喜び。死は本当の悲劇なのか。だれも知らないけれども、ひょっとしたら楽しくて喜びに満ちたものかもしれないじゃないか。そんな深い人生を生きてみたいと思う。ぼくも、人生の締め切りはそんなに遠くでもないのだから。
2022年04月04日
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4月に入って、寒い。トマトの芽がやっと出てきた。かぼちゃも間もなく発芽するだろうとするだろうと思う。トマトもかぼちゃも、縁側の暖かいところでポットに種をまいた。畑は畝を作って準備してある。もう少し暖かくなったら、直植えもしようと思う。こんな話をすると、リタイアした人がのんびり農業をやっているように思われてしまうが、ぼくにはそんなつもりはない。これからの時代にマッチした、新しいライフスタイルを模索している。ぼくは、いつごろからか、この世の中はおかしいんじゃないかと思い続けてきた。でも、流れに逆らって生きるだけのパワーもないし、「おかしい、おかしい」と思いつつ流されてきた。ぼくにできたことは、会社勤めをせずに、フリーとして生きることだった。水族館ではなく、海で生きるイルカでいたかった。それが、ぼくの精一杯の抵抗であり主張だった。それでも、ぼくは「なんかおかしいよ」「考えた方がいいよ」と伝えたい。今も、ぼくなりの大声で叫んでいる。「こういう生き方もあるんだ」と。これからの10年、何かできると感じつつ、今を生きている。「面白いことやっているな」と思ってくれる人は少しずつ増えてきた。うれしいことだ。ぼくが思うのは、すごいことをやれば賞賛されるけれども、いろいろやっかいな人も集まってくる。でも、面白いことをやれば、気の合う仲間との縁が広がる。そういう意味で、「面白いことやっていますね」というのは、ぼくにとってはありがたい評価だ。
2022年04月03日
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先日、畑にジャガイモを植えたら、「まだ早いよ」と隣の畑のおじいちゃんに言われた。でも、車で10分ほど下った塩山駅の側の畑では、1週間前には植え付けをしていた。「こっちはだいぶん上だから。まだ霜が降りることがあって、もうちょっと先だな」霜注意報が出たら畝にわらをかけておくといいとアドバイスされた。ぼくの予想では、もう寒くなることはない。大丈夫。だった。ところが、昨日、今日と寒い。霜注意報も出た。あらかじめわらはかけてあったので、たぶん、ジャガイモにダメージはないと思う。でも、改めて経験は大切だと思った次第だ。経験がすべてではないけれども、ぼくたち新参者は、経験者の話を参考にしつつ、自分なりの方法を試していくことで、一歩二歩と前へ進むことができる。すもももきれいに花が咲いている。可憐な白い花だ。ピンクほど青空に映えないが、白一色の畑にいると、気持ちがさわやかになる。12本中、大石早生という品種が半分、李王、ソルダムがあって、人気の貴陽が一本ある。ネットでいろいろ調べると、貴陽は人工授粉しないといけないと書いてある。ハリウッドという品種の花粉を受粉用の刷毛で、貴陽の花につけるのだ。ただ、畑にハリウッドはない。さてどうしたものか。地主のおじいさんに聞くと、「受粉しなくてもなるよ」とのことだった。ネットでは、貴陽は栽培が難しい品種らしい。でも、そのおじいさんは、大して手をかけずに、毎年、実らせているようだ。受粉もせずに。ぼくは、ネットよりもおじいさんの経験を信じることにした。農薬も使ってないので、虫たちも飛んでいる。受粉に虫が大活躍することはよく知られている。去年、桃の栽培にチャレンジしたが、摘花、摘果、袋掛けとけっこう大変だった。それに比べて、すももは手がかからない。それでいいのかどうかわからないが、やってみて結果を見るしかない。こうしないといけないという思い込みは、素人だからこそ捨てられる。剪定だって、適当にやった。ただ、やっているうちに、こうすればいいのではという感覚が湧き上がってくるから不思議だ。かっこよく言えば、木とのコミュニケーションだ。ぼくたちが散髪に行って、こんな髪型にしたいと伝え、理容師が、「こうした方がいいんじゃないですか」とアドバイスしてくれて、自分に合うヘアスタイルになったりする。木も「こうしてほしい」と要求してくる。ぼくも、「こうした方がいいんじゃない」と感じる。受粉も、「した方がいい? しなくていい?」と貴陽ちゃんに聞いた方がいいか。もっとも、「した方がいい」と言われても、花粉が手に入らないのだからどうしようもないが。今年は、自然の任せてどうなるか、観察することにする。そのことを今日は、貴陽ちゃんに伝えてくる。
2022年04月02日
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桜の花がきれいに咲いている。ところが、桜よりも早いはずの桃の花が今年は遅い。去年は満開で受粉してたものな。無農薬で桃を実らせてみせる。大きなチャレンジをスタートしたころだ。見事、大満足の結果だった。今年はすもも。可憐な白い花が満開に近くなっている。「ど素人が無農薬で作りました!」そんなキャッチで、キッチンカーの商品に加えてもらおうと思う。ぼくは、だれもやっていないことにチャレンジする根性はないけれども、人とは違うことをやりたいというタイプ。山梨では桃栽培は当たり前(無農薬はほとんどないけれども)だが、すもも農家は少ない。ぼくにあったいい素材をもらったかもしれない。
2022年04月01日
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