老師の言葉 0
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頭ではわかっているのだけれども、ということはいくらでもある。愚痴や文句、人の悪口を言うのは良くないとわかっている。でもついつい。よくあることだ。悩まないでいつも笑顔でいよう。そうは思うけれど、悩むことは多い。頭と心の間には分厚いフィルターがある。大人になって、いろいろなことが頭にインプットされればされるほど、フィルターは厚くなる。どうやったら、このフィルターを薄くできるか。感じることを大切にする習慣をつけるといい。何かを食べたときどう感じるだろうか?おいしいとか、まずいとか感じるではないか。それを受け取ること。よくテレビの食レポで「食感がさわやか」「じわっと肉汁が」といったことが言われるけれども、あれは頭で考えていること、分析していることで、感じていることではない。そんなのは後回しにする。映画を見ても面白いのか、面白くないのか。世間の評判など関係ない。自分がどう感じるかだ。人と会っても、その人のそばにいてどう感じるか。威圧感があったり、ほっとしたり、悩みを相談してみようという気持ちになれたり、いろいろな「感じ」があると思う。その人の肩書や立場ではなく、まずは感じること。そこから行動を起こせばいい。感じる習慣をつけると、頭と心のフィルターは薄くなる。わかっていてもできないことがあれば、感じていることを優先するようにする。不平不満があれば、その自分を受け入れる。じゃあ、その不平不満をどうすればいいか。そこを頭で考える。こうしたらいいとなったら、行動してみる。行動して、さてどう感じるか。不平不満はなくなったか。なくなったらそれでいいし、なくならなければ次の方法を考える。といった頭と心のコミュニケーションをとることだ。現代人は、ほとんどが頭と心が分断されている。頭が優先されている。そのためにうまくいかない人がたくさんいる。もっと心に目を向けてほしい。
2019年10月03日
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長女の氣子が1年半ほど続けたアルバイトを辞めることになった。小さな出版社だったが、毎日、楽しく通っていたので残念だ。会社の都合だから仕方ない。これから新しい道を探すことになった。彼女はとてもついている。マイナスの出来事があっても、それがすぐにプラスに変わる。今回も、雨降って地固まるということになるように思う。昨日は、彼女との間でちょっとした議論があった。理屈っぽくて、人とあれこれ意見をぶつけ合うのが好きな子だ。ぼくは、議論は好きではないので、「勝手にそう考えていれば」で話を終わらそうとするのだが、「すっきりしないから」と、ぼくの仕事部屋までやってきた。人は生まれるときに自分はどう生きるかというシナリオを作ってくる。これがぼくの意見。それに対して、氣子は、そうじゃないと思うと言う。そのときそのときで生き方を自分で決めて生きている。そう主張する。議論しても答えが出る問題ではない。彼女は、ぼくの言うことを「運命論」ととらえていて、決まった道を歩いているということに反発を感じるようだ。ぼくが言いたいのは、この世に生まれてくるという大変な決断をした魂は、この世で何をやるか、しっかりとした目的をもってきているはずだということ。その目的を達成するためのさまざまなパターンを用意しているのではないか。これがうまく伝わらない。しかし、話が潜在意識と顕在意識のことに及ぶと、彼女の態度が軟化した。だれもが心の奥に本当の自分をもっていて、本当の自分が発するメッセージを聞いて生きると、人生はうまくいくということには納得したようだ。実は、氣子は素直な子で、本当の自分の声に耳を傾けながら生きている(本人は意識していないと思う)。だから運がいい。マイナスだと思えるような出来事が起こるのは、だいたいの場合、社会との不適応。まわりに合わせない自分がいるから。頭では雰囲気を読んで、上手にふるまわないといけないとわかっているけれども、本当の自分はそれを望んでいないから、ついつい言い過ぎたり出過ぎたりする。だから、一度は落ち込むようなことになるけれども、本当の自分の声に従った行動だから、すぐにそれがいい方向に動き出す。「なんて理屈っぽい奴」ちょっとむっとすることもあったが、終わってみれば、いい議論だった。あいつは、何かを家族に運んでくれる、変化をもたらせてくれる存在だ。(写真)去年の小笠原。氣子とスズちゃん。
2019年08月01日
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潜在意識とつながりたいと思っている人は多いと思う。でも、なかなかうまくいかないんじゃないかな。簡単な方法を、ぼくは発見した。ホントに簡単。無意識にやっていることを意識するということ。たとえば、「歩く」こと。ほとんどの人は何も考えずに歩いていると思う。歩いていることを意識して歩く。それが潜在意識とつながるトレーニングになる。歩くことを意識すると言っても、すぐによそ事を考えてしまう。そこでぼくは考えた。道路に白い線が引いてある。歩道と車道を分ける白線。あの上を歩く。下を見ないで。やってみて。難しくはないけど、よろけたりするから。ああいう狭い線の上だと、歩くことに意識が向く。当たり前にやっていることを意識することで、潜在意識と顕在意識がつながる。それが日々の潜在意識トレーニングになる。気功とか呼吸法がいいのは、呼吸や小さな動きという当たり前のことを意識するからじゃないかな。よく噛むということは、噛むという当たり前のことを意識できるから。それを繰り返していると、ひらめきは増えるし、ちょっとしたひらめきを大切にできる。潜在意識とつながると、流れに身を任せる生き方が身に付くんじゃないかな。自分がやるべきことを自然にやっているって感じかな。歩くことだって、呼吸することだって、当たり前だと、健康な人は思っているけど、本当は大変なことだって気づくだけですごいよね。内臓が毎日動いてくれていることもすごいし、腸内細菌の働きだってすごい。みんな神さま。
2019年05月23日
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二つ目の過去世。深い森の中。小さな庵に住んでいる。お坊さんのようだ。場所は日本か中国。中国のようだ。梁(りょう)さんという名前が浮かぶ。彼は修行僧で、20人ほどの弟子と一緒に山にこもっている。古びた広間がある。大きなテーブルがあって、そこにみんなが集まって食事をする。質素な料理をだまって黙々と食べる。梁さんの右横に、若くて聡明そうな修行僧。名前を雲(うん)さんと言う。彼が弟子たちのリーダーのようだ。雲さんは梁師を尊敬していた。しかし不満もある。それは梁さんが自分の修行にばかり打ち込んでいて、あまり弟子たちのことを構わないことだった。雲さんが、師匠にかわって若い弟子たちの指導をしていた。その分、雲さん自身の修行もおろそかになってしまう。「もっと我々の面倒を見てくれれいいのに」それが雲さんの不満だった。確かに梁さんは「もっと自分を高めないといけない」という思いが強かった。より厳しい修行に取り組み、なかなか弟子の面倒を見られない。しかし、自分が高まることこそ、それを見て弟子たちもレベルアップできる道に通じると信じていた。月日は流れ、老体となった梁さんは自分の死期を悟る。山に登り、その中腹にある岩穴にこもる。食を断ち、座禅を組む毎日。げっそりとやせ、やがて老僧は息を引き取る。弟子たちが山のふもとでお経を上げる。梁さんの魂と高い山の頂上で話をした。「ずっと山の中で修行をして過ごした一生、後悔はありませんか?」そう質問すると、梁さんは自信に満ちた声で答えた。「満足している。山の中での一生だったが、修行によって心を高めていけば、こうやって山の頂からまわりを見渡すように、あらゆることが見えてくる。体は一ヶ所にあっても、心は自由に飛び回っている」あれもこれもと欲張っていると、何も得られない。ひとつのことに集中せよ。老僧の魂はそう言って去っていった。立派なものだ。でも、どこか独善的な部分を感じないでもない。二つの過去世を見て、ぼくは、人と交わりながら生きるのは得意ではないと感じた。今の自分は、人に声をかけて、小笠原へ行ったり、畑をしたりしているが、新しいチャレンジだ。ただ、本質的には、好きなこと、得意なことではないのではないか。だから、あまり大きなことは考えないようにしよう。今のレベルで、初心者の気持ちでやることだ。コツコツと家で文章を書くこと。それがぼくの魂の好きなことのように思える。
2019年05月07日
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家内から催眠療法を受けた。誘導を受けた経験はあったが、正式な催眠療法は初めてだ。深い意識(潜在意識)とつながることで本来の自分の姿が見えてきたり、過去世の自分と会ったり、亡くなったご先祖様とも会うことができる。催眠と言っても、意識がなくなるわけではない。眠りにつく瞬間の状態が続くという感じだろうか。誘導、質問の声ははっきりと認識しているし、自分の意志でそれに答えている。リラックスしたあと、過去世への階段を下りていく。もやに包まれ、足もとが見にくい。手すりを頼りに下へ下へと降りていく。大地に足がつく。草原だ。真ん中にやや右にカーブするように道が伸びている。自分の足もとを見る。布製の靴をはいている。青っぽい色だ。カーキ色の半ズボン。作業服のようなものを着て、首にはスカーフ。10代前半の少年。トムという名前が浮かぶ。金髪か。オーストラリアあたり。どこか寂しそうな雰囲気がある。場面が変わって住んでいる家の前。山間にある小さなログハウス。まわりにほかの家は見えない。中には小さなテーブルがあって、九官鳥のような鳥を飼っている。だれもいない。そこへ戻ってきたのは大柄な男性。お父さんだろう。二人暮らし。彼が父の食事も準備している。何も言葉を発することなく、粗末な料理を食べる二人。父の心の声。「トムはやさしすぎる。やさしいだけでは生きられない。強さを身に付けてあげないと。そして、こんな山の中にいるのではなく、こいつにはもっと広い世界で活躍してほしい。思う存分、自分の力を発揮して、後悔しない人生を歩んでほしい」数年後、トムは馬に乗って家を出て行く。父は亡くなったのかもしれない。これからどこへ行くのか? 行くあてはあるのか?さらに数年後。トムは家庭を築いた。数軒の集落。遠くを汽車が走っていく。汽車を見ているトムと奥さんらしき人と3歳くらいの女の子。奥さんは、先住民?ここは先住民の部落かもしれない。奥さんの声「私は病弱でもう長くないかもしれません。二人を残して旅立つのは悲しいけど、仕方のないことです。二人には幸せになってもらいたい」奥さんが亡くなったあと、トムはこの小さな村で娘と暮らす。そして、年を取り、病気になり、娘に看取られながら息を引き取る。どういう人生だったのか?本当はもっと広い世界を見たかったのかもしれない。でも、ここでの暮らしには満足している。遠くを走る汽車。それは彼の可能性でもあった。でも、行動しなかったことに、悔いはないのか?決して自由に生きられない環境ではなかった。しかし、自ら、不自由の中に閉じこもった。そんな人生だったかもしれない。催眠療法を希望する方は、こちらからお申込みください。
2019年05月06日
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誘い水アンテナがビリビリ響くすてきな人と出会った。潜在意識のことをとてもわかりやすく面白おかしく話してくれる女性。いっぱい刺激をもらった。はっと思うことがたくさんあった。彼女の話を聞き、ヒプノセラピーを体験し、簡単なワークをとおして、いろんなこと考え、感じた。潜在意識のことはずいぶんと前から聞いているし、われわれ仲間の間では、普通に飛び交っている話題でもある。でも、ぼくには何かしっくりこないところも多かった。昔、左脳と右脳の話がはやって、スピリチュアルな世界に足を踏み入れている人は、右脳が良くて左脳はダメだみたない錯覚をもっていることが多かった。スピリチュアル系の本をよみあさって、あきらかに頭でっかちの左脳型の人が、「私は右脳型なんです」というのを聞いて、「はーっ」と思ったことがどれだけあったか。今は、右脳、左脳という言い方はしなくなったが、潜在意識と顕在意識との関係も、これに似ているように思えてならない。潜在意識のほうが大事で、顕在意識はおまけみたいなものという見方。それでいて、顕在意識で潜在意識をコントロールしようとする。昨日会った、タマちゃんという人は、顕在意識と潜在意識を仕切るフィルターがすかすかの人。赤ちゃんのようにずっと生きてきた。だから苦労した。勉強はできないし、まわりからいじめられるし、経済のこともわからないから極貧生活も体験している。どうしていいかわからない。そんなときに潜在意識のことを知る。ぴんとくるものがあって、たくさんの本を読んだ。それでわかったのは、自分は潜在意識で生きてきたということ。だからうまくいかなかったんだ。でも、すべての本に書かれているのは、潜在意識に従って生きれば成功するという話。自分は成功に値する人間だと再認識する。そこから激変する。顕在意識優位な社会の中で、潜在意識を主に生きれば、摩擦が起きるのは当然。顕在意識も大事なんだと、ちょっとだけチャンネルを変えた。自分は、潜在意識とつながる方法など勉強しなくても、すでにできている。世の中の人たちは、自分のような状態を望んでいる。潜在意識のセミナーは大人気だし、本もたくさん売れている。だったら、それを売りにすればいいじゃないか。そんなことで、顕在意識を少し働かせて、自分の思考や行動のパターンをわかりやすいように表現してみた。そしたら、それが受けた。もともと赤ちゃんのような人だから、無邪気で人当りがいい。ファンがいっぱいつく。そして、本を読んだり、人に話を聞いて得た知識ではなく、まさに、生の声で語るから説得力がある。世の中のほとんどの人は、顕在意識が主体となって生きている。潜在意識に従って生きてたら、社会に適応できない。破綻する。だから、顕在意識で生きればいい。たいていの人はそれしかできない。でも、その奥には潜在意識というのがあって、そこと少しでもつながるとすごいことが起こってくることを知る。顕在意識と潜在意識を区切る扉に、少しだけでいいので、隙間を作る。その隙間から潜在意識のメッセージが流れてくる。そのメッセージに従って動いてみる。その程度でいい。少しでいい。その程度で、とんでもない奇跡が次々と起ってくるのだから。そんなことを思った。願いは叶うっていうけれども、よく考えてほしいんだよね。ぼくたちは、いろんなことを考えて生きている。もし、頭に描いたことがすべて現実になるとしたらどうする。確実に精神病になるね。そうならないように、すべての願いが叶うわけではないようにして、人は自分を守っている。ぼくが誘い水をすれば、彼女の井戸からは水があふれ出すだろうと思う。良質の水だから、ぜひ期待していてほしい。
2019年02月24日
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思い込みで自分をがんじがらめにしてしまうことは多い。だいたい、常識と言われるものが思い込みのもとではないかと思う。常識の中にいれば、人と同じで安心していられるから。自分をその枠にはめこもうするんじゃないかな。「高校くらい出ておかないと立派な大人になれない」「給料はこれくらいないといけない」「大学を出たら就職しないと生きていけない」「結婚しないと一人前じゃない」冷静に考えてみれば、そんなことはないはず。学校を出ることと立派な大人は関係ないし、給料だって、就職だって、結婚だって、人によって考え方が違っていいはずだ。でも、思い込みの力はすごくて、だいたいの人はしばられてしまう。違う形で思い込みを使う手がある。病気になったとき、これをやれば治ると思い込めば、本当に治ってしまうことがある。サプリメントでも、人にすすめられたからと仕方なく飲むのと、劇的な効果があった話をさんざん聞いて、これはすごい。これを飲めば絶対に健康になれると思い込んだのと、果たして効果は同じだろうか。ぜったい違うよね。昨日お会いした人は、「がんはこれが原因だから、こうすれば治る」という確固たる理屈をもっていた。実際にがんになって、その理屈通りにやったら、治らないと言われていたがんが治ってしまった。彼の理屈が正しいかどうかはわからない。現代医学の常識では、「そんなことないよ」と拒否されるような考え方だ。でも、彼はそう思い込んで、それを実践してがんを治してしまったのだから、正しいとか正しくないというのは、ひょっとしたら、どうでもいいのではないかと、ぼくは思ったりした。人生、大成功するにはこうしたらいいと、自分勝手に決める。そして、とことん、思い込む。思い込みながらやる。「ありがとう」を言い続ければ幸せになる。これも、思い込んでしまえば、そうなってしまう。自分は守られている!そう思い込めば、本当にそういう現実になる。思い込みは、マイナスになるばかりではない。もっとしたたかになって、プラスになるように使っていくといい。思い込めるというのは、人間に与えられた大変な能力かもしれない。
2017年09月11日
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潜在意識が注目されているけれども、結局のところ、自分が思い込んでしまっていることが現実になるということだと思う。特に、ネガティブなこと、恐怖とか不安というのは、「本当に起こるかもよ」と、本気で思い込んでしまうことが多い。逆に、ポジティブなことは、「そんなうまくはいかないよ」と、半信半疑で思うわけだ。がんだと診断されたら、「ああ、自分はもう死んでしまう」と、本気で思ってしまう。「放っておけば治るさ」なんて、気楽に思う人はほとんどいない。だけど、もし、意識が現実を作っているというのが本当なら、ネガティブな思い込みをどこかで切り捨てないといけない。たとえば健康に関して言うなら、どんなことでもいいから、「これをやっていれば大丈夫」と、思えることを続けること。気功でも散歩でも何でもいいので、「大丈夫」と思い込ませること。病気になりたくないからとか、病気を治したいという理由だと、思い込みとしては弱いかも。お金もそう。ぼくは、お金は汗水たらして働くことで得られるものだと思い込んでしまっている。だから、400字数千円の原稿をこつこつと書くことでしか、収入は得られないわけだ。そうじゃないでしょ。本を書いて100万部売れれば、億のお金が入るんだだから。それがいい本だったら、たくさんの人が喜ぶわけだ。自分にも収入が入って、人も喜べば、それでいいんじゃないか。そう思い込めれば、ぼくは、ベストセラーが書けて、多くの人に喜びを与えることができて、自分もうれしいし、経済的にも豊かになれて、もっと多くの自分も人も喜べることができるわけだ。そう思い込むと、そういう現実がやってくる。たぶん、意識が現実を作るというのは真理だと思う。試してみるべ~~~!
2017年09月05日
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ぼくは、守護霊様、指導霊様という考え方が好きだ。だれにでも、その人を一生懸命に守ったり指導してくれているエネルギーがあって、いつも助けてくれたり、応援してくれたりしている。潜在意識とはまた違う。潜在意識は、あくまでも脳に起因するもので、肉体に近いところにあるのだと、ぼくは思う。守護霊は、霊的な世界の住人で、一生懸命にその人を守ろうとしたり、導こうとする。そういう仕事をしながら、守護霊は霊格を高めていく。でも、守護する上で、その人が何をしたいのか、どうありたいのか、手がかりがほしい。手がかりになるのが、潜在意識に描かれたイメージではないだろうか。潜在意識のイメージを参考にして、その人に力を貸そうとする。だから、潜在意識には、常になりたい自分を描くのがいい。俗っぽいことでいい。お金持ちになる、健康になる、みんなから賞賛される、美女と仲良しになる、おいしいものを食べたい・・・というのも全然OK。守護霊は、イメージが実現するように動いてくれる。霊界の両親、おじいちゃん、おばあちゃんだと思えばいい。一生懸命に、その人の願いをかなえれあげようとすする。しかし、その上には指導霊がいる。指導霊は、この世的な成功とか失敗ではなく、もう少し高い次元での導きをする。その人が、自分の役割を果たすことに力を貸してくれる。いくら潜在意識に、一生健康で過ごすというイメージを植え付けても、大病をすることで世の中の役に立つ役割の人もいるわけで、そういう人には、潜在意識のイメージにかかわらず、指導霊は病気を与える。潜在意識や守護霊に固執してしまうと、指導霊からのメッセージがブロックされることがある。一見大成功をしたかのように見えても、それが本来の自分の進むべき道とは違うことがある。指導霊は、いくらブロックされていても、それをかいくぐって、何とか役割を果たす方向に向かわせようとする。そこで、さまざまな摩擦が起こってくる。みんなからうらやましく思われるような成功者が、あるときどかーんとどん底に落とされてしまうようなことが起こってくる。中には、もう方向転換は無理だと判断した指導霊が、その人の人生をリセットするために、あちらの世界へ連れて行くことだってあるだろうと思う。本当に大切なことは天から降ってくる。自分から発することは、あるところまでは有効だが、ほどほどにしておくこと。ちょっとした成功にいい気になって、万能だと思ってしまうと、大やけどをしてしまう。ぼくは、守護霊には、自分勝手なお願いをしている。それがいくら俗っぽくても、肉体をもった自分の今の本当の気持ちだということを伝えているだけで、それがかなうかどうかは考えない。ただ、ぼくがお願いをすれば、守護霊は、一生懸命に動いてくれているわけだから、願いがかなってもかなわなくても、感謝の気持ちを忘れてはいけない。ぼくのためにありがとうございます。常に手を合わせている。親に感謝するようなものだ。潜在意識、守護霊、指導霊。その位置づけは、ぼくの勝手な解釈だが、大事なことは、そういう目に見えない力が働いていることを知ることだ。守られている自分を感じて、それに感謝する。その気持ちさえもっていれば、目に見えない力は、きちんと行くべき方向に導いてくれる。何か悩み事があれば、守護霊に向けて吐き出せばいい。すぐに解決はしないかもしれないが、必ず力を貸してくれて、悩みから抜け出せるときがくる。ぼくは、何か困ったり、行き詰ったことがあると、守護霊に手紙を書くことにしている。ポスト型の貯金箱を用意して、そこに手紙を投函する。「そうか、そうか、こんなことで困っているのか。よしよし、何とかしてあげよう」きっと、守護霊は、そんなことを思って、動いてくれているに違いない。ありがとうございます。感謝、感謝だ。
2017年07月29日
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人の悩みの原因は大きく5つあると言われている。一番大きいのが人間関係かな。そして、経済、健康というのもやっかいだ。仕事に対する悩み、将来への不安とか夢と現実のギャップに悩む人もいる。この5つを、5段階で評価してみるといい。5は大満足、4は満足、3は普通、2はやや不満、1は大いに不満。わが家もやってみた。そしたら、2人とも、経済だけが1とか2と評価が低い。あとは、4とか5という満足領域に入っている。さて、これを全体としてどう評価していくかだ。どうしても評価の低い「経済」に目は向いてしまう。確かに、経済を4とか5にすれば、もう人生、何の文句もないということになるのだから。さて、本当にそうなのだろうか。もちろん、収入が少ないとか、仕事が増えないとか、物質的な原因はある。しかし、満足とか不満足というのは、物質的なものだけでは語れない。精神的な部分の方が大きかったりする。ある意味、満足に思えば満足だし、不満に思えば不満だというところもある。5つの評価というのは、自分自身の思考パターンでもある。人間関係に関しては、どんなこともポジティブに考えるけれども、経済に関してはネガティブに考えてしまうという、自分の傾向を示している。もし、へこんでいる経済を解決したからったら、収入を上げることも大切だけれども、経済に対する考え方を変えていく必要がある。満足している人間関係だって、すべてが快適だから満足しているということでもないはずだ。たくさんの友だちといつも楽しくわいわいとやっているわけでもない。気の合わない人はいっぱいいるし、嫌なことはいくらでもある。それでも、満足していると感じるのはどうしてか?ここを見る必要がある。そして、何だかんだ言っても、結局は満足に向かっていく人間関係での思考パターンを、経済にも応用すればいい。5段階評価をしてみて、低いのが気になるのはわかるけれども、そこに目を向ける前に、評価の高いものを分析してみる。なぜ、満足しているのか。物質的なもの、精神的なもの。そこには、何かで落ち込んだときに回復するためのヒントがあるはずだ。
2017年06月29日
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「すべてのことには意味がある」すごく衝撃を受けた言葉のひとつだ。もちろん、どんなことも意味があって起っているのだろうが、同じ出来事であっても、Aさんにとっての意味と、Bさんにとっても意味とは違うことも多いわけだ。意味というのは、人と人、人と出来事の間に生まれてくるものではないだろうか。あるところである人と会ったとして、そこで、相手の人に何かを感じて、行動を起こすことによって、意味は生まれてくる。自分が何かを感じ、行動を起こさないことには、意味は生じてこない。意味を作り出すのは自分自身。ある出来事があって、そのまま素通りしてしまうのも、プラスにするのもマイナスにするのも、本人次第というわけだ。すべての出来事にはエネルギーがあって、そのエネルギーを、どういうものにしていくのかは、自分の選択、意識に任されているということかな。がんになったとして、がんは、とんでもなく大きなエネルギーをもっていて、ほとんどの人がマイナスに向かわせてしまうのだけれども、一部に、そのエネルギーをプラスに使って、人生が大きく変わって、充実の毎日を送っている人もいる。がんは、自分をいい方向に変えてくれるきっかけという意味をもたせたのだ。すべてのことに意味があるということですませてしまうのではなく、自分は、この出来事をこういう意味にするんだという意思をもって、特にネガティブとされていることにはかかわっていくといいのではないだろうか。何かつらいことがあったら、「俺の人生、ここから面白くなる!」と思えるくらいになりたいものだ。つらければつらいほど、大きな意味にすることができるのだから。
2017年06月23日
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たまには心の中の棚卸をするといい。心の中をよく見ると、自分はポジティブだと思っている人でも、不安とか恐怖、怒りといった感情がけっこうあったりする。感情の断捨離はけっこう難しくて、不安や恐怖、怒りは、どこかへ捨て去りたいと思うけど、簡単になくなってくれない。だから、そこを見ないようにしていることが多い。隅っこの方へ追いやってしまって、ないことにしているわけだ。しかし、「ない」としていると、いつまでも消えていかないもの。不安や恐怖、怒りがちょっと顔を出したときに、きちんと、そういう感情があることを認めてあげること。そして、こういうときに自分は不安になるのだと、客観的に見てみる。無視すると、感情も反乱を起こす。心地よくないことであっても、まずは認めることから始める。ポジティブな感情に対しても同じ。うれしいときは「わあ、うれしい」と喜ぶといい。棚卸で、都合の悪いものを隠してしまっていては、現状が把握できないわけで、それは心の中も同じであって、あるものはあるとして、そこをスタートラインとして、心の中を整理していくことが必要だ。ぼくは、毎日お経をあげているが、その途中で、ネガティブな思いが湧き上がってくることがある。感情が、その存在をアピールしているのかなと思う。感情のコントロールは本当に難しい。だけど、こういうときに自分は腹が立つ、イライラすると知っているだけでも、冷静になれるもの。日頃から自分の感情を観察すること。それが、感情の棚卸の第一歩かな。
2017年06月12日
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昨日今日と、けっこう強烈な夢を見た。昨日は、うんちまみれになってしまう夢。どういう意味だろうと調べると、まさにウンがつくということで、いい夢じゃないか。今朝は、右足を切断した夢。調べると、昨日とまったく逆で、生活の基盤が壊れてしまうという夢。せっかく昨日はいい気分だったのに。夢には未来を予知する働きがあると言われる。そうだとすると、昨日は運が良くて、今日は運が急降下するということか。夢にはもうひとつの働きがあるという話を本で読んだことを思い出した。夢は、悪いことが起こるのを未然に防ぐというもの。現実世界で起こることを夢の中で起こして、それでおしまいにしてしまうという働きだ。うんちまみれになり、右足を切断するということに象徴される出来事を、夢の中で解決してくれたという解釈だ。目が覚めて、右足を動かし、触ってみた。無事なことにほっとした。「ああ、夢で良かった」と喜ぶのでいい。そして、夢で問題を解決してくれたことに、「ありがとう」と感謝する。夢で一喜一憂するのではなく、夢はどんなものであっても喜ぶ。そんな見方の方がいいかもな。
2017年06月08日
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2人に1人ががんになると言われている。自分には関係ないと言っていられない。。昨日もがん関係のセミナーに参加したが、けっこう深刻な人がいて、それも若い人もいて、まさに、他人事ではないことを痛感した。がんと診断されると、多くの人は不幸のどん底に突き落とされてしまう。ぼくも、その立場になったら、どかーんと落ち込んでしまうだろう。がん=不幸だとすると、世の中の半分の人は不幸にまっしぐらに突き進んでいるということになる。脳梗塞や心筋梗塞は不幸じゃないかというと、やっぱり不幸だし、もっと言えば、死を不幸と考えれば、100%の人が、その行き着く先は不幸だということになってしまう。それはおかしいのではないか。ぼくたちは、不幸になるために生まれてきたのか。そんなことはないはずだ。そのためにも、不幸の代名詞でもある、がんを何とかしないといけない。がんの特効治療が開発されればいいのか。それも必要だけれども、それよりも、がんは不幸だという呪縛から解き放たれる必要があるのではないか。ぼくは、がん予防のひとつとして、がんになる前に、がんに対する考え方を変えていく必要があるのではないかと思って、がん体験者にお会いして話を聞いて回っている。がんが治った人ばかりではなく、がんと上手に付き合っている人たちに話を聞きながら、「がんは決して不幸ではない」と思える種を、自分の中にまいておこうと思っている。がんが治った人の話は感動的だ。人生ががらりと変わった人もいる。「治ったから言えるんだ」と、いじわるな見方もできるが、それでも、がんという病気をへて、人が変わる姿は、もし自分ががんになっても、その先には、ああいう世界が待っていると思えば、そこに、一筋の光が見えるではないか。ぼくは弱っちい人間で、あんなふうには思えないな、あんな行動はできないなと、話を聞きながら思ってしまうけれども、30人もの話を聞くと、1人から1つの、自分ができることをもらったとしても、30のやることが集まる。そこからやってみるといいかな。いろいろな人の話を聞いていると、こういう生き方、こういう考え方、がんという大病はこう付き合えばいいのだと、参考になることがたくさんある。自分の思考や行動を変えていく大きなチャンスだと感じる。そして、この仕事を通して、ぼくはすばらしいメッセージを発信することができると思うと、うきうきしてくる。いのちのすごさに、少しだけ深く足を踏み入れられたかな。
2017年06月04日
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本当に人に恵まれてきた。かわいがってもらえる何かが、ぼくにはあるようだ。まわりに応援してもらうことで、道が開けてきた。このごろ思うようになった。そろそろ、もっとまわりを応援する立場になってもいいかなと。してもらうばかりではなく、してあげることも意識してみないといけない。たとえば、たまには人にごちそうする。ごちそうと言っても、大したことはできないけれども、気持ちが大事なわけで、ラーメン一杯でもいいじゃないか。プレゼントも、柄じゃないと思うけれども、ちょっと考えてみるか。これも気持ちだ。「ありがとう」は言っているだけじゃだめで、人から言われてこそ、循環になると、だれかが言っていた。その通りだよね。このごろ、「ありがとう」を意識して言っている。「ありがとうカード」を書き、配っている。宇宙に充満する「ありがとう」のエネルギーを取り込むワークをやっている。そのせいなのか、「ありがとう」と言われることをやりたくなってきたわけだ。けっこうありがとうのエネルギーが充満してきたのかも。これをきっかけに、人にありがとうと言われることを意識して行動してみよう。新しいステージが始まるな。
2017年05月26日
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人は、自分が思うほど強くないし、自分は、自分が思っているほど弱くない。人をうらやましく思うのをやめよう。自分を卑下するのをやめよう。そんなことをずっと思っている。「小原田さんはいいなあ」と、よく言われる。ゆったりと生きているように見られるようだ。確かに、あくせくせずに、流れに身を任せて生きていきたいというのはある。だから、何があっても、「まあ、いいか」「仕方ない」と思おうとしている。しかし、思うようにいかないのが人生さ。仕事が立て込んでくるとイライラもするし、約束通りに終わらないと、どうしようかとあたふたしてしまう。でも、ぼくはそれでいいと思っている。たくさんのすごい人を取材してきた。すてきな生き方だなと感動することも多い。しかし、その一方で、何度も会う機会があると、だれもがいつも平然としているわけではないことに気づかされる。どんな人も、きちんと弱さをもって生きているのだ。世界タイトルマッチに何度も挑戦したことのある、有名なボクシング選手に話を聞いたことがある。ぼくの行きつけの飲み屋さんでのことで、彼もときどき顔を出しているようだった。もう20年以上も前の話だ。「怖くないんですか」と、ぼくは質問した。彼は正直に答えてくれた。「むちゃくちゃ、怖いですよ。試合前、リングシューズのひもを結んでいるとき、できることなら逃げ出したいと思いますから」そういう話を聞くとホッとする。その恐怖が、自分の中の潜在能力を引き出してくれると、彼は言ったように、ぼくは記憶している。ぼくは、がん体験者の声を聞いて回っている。そのきっかけは、ガンに対する恐怖があるから。末期がんから生還した人にたくさん会えば、恐怖から逃れることができるのではないかと思ったからだ。しかし、今、ぼくは思っている。がんは怖い病気だからこそ、存在意義があるのではと。がんをきっかけに、生き方、考え方ががらりと変わった人と何人も会った。彼らは、がんと診断され、大きなショックを受け、そこで真剣に自分の人生と向き合う。未知の世界である「死」が、もくもくと煙か霧のように、目の前に湧き上がってきて、右に行っていいのか左がいいのか、わからなくなって、まさに右往左往するのだ。だれもが体験しなければならない死だけれども、健康なときは、存在を意識することはない。がんという怖い病気を体験することで、本当に死はあるんだと実感させられる。そこからさまざまな葛藤が生まれる。甦ってくる人もいれば、そのままあちらの世界へ旅立っていく人もいる。死への恐怖、不安と直面することで、人は変わることができる。がんという病気は、人に死を意識させる役割をもっている。だから、がんを怖がり、不安になる気持ちは、なくす必要がない。そんなふうに考え方が変わってきた。恐怖や不安をもつことは恥ずかしいことではない。あのボクサーのように、恐怖があるからこそ、自分の潜在能力が発揮できるという見方もできる。がんによって人生が変わった多くの人たち。彼らは、がんをきっかけに、潜在能力の扉が開いたのではないだろうか。恐怖や不安でおどおどしながら生きているぼくのような人間は、この小心さを武器に、自分を変えていくといいのだ。
2017年05月25日
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言葉は脳に影響を与え、脳は潜在意識を動かせる。潜在意識が動くと現実が変わる。そんなメカニズムがあるらしい。脳はパソコンだと思えばいい。そして、潜在意識はインターネットの世界。言葉を発するのは、キーボードで入力するようなもの。言葉を発するたびに検索機能が作動する。「ありがとう」を言い続けるといいことが起こるのは、「ありがとう」を入力して検索をしているようなものだから。ありがたいと思える出来事にアクセスすることができる。潜在意識からありがたいことがあふれ出してくる。それが行動に影響を与え、現実が変化していく。朝起きたら、何も考えずに、「ありがとうございます」と言ってみる。そうすると、脳は勝手に、ありがたかったことを探し始める。だれかからか親切にしてもらった。仕事がうまくいった。ほしいものが手に入った。おいしいものを食べた。一日が無難に過ぎた。そんなことを引っ張り出してくる。別にありがたいことじゃないよと思ってもいい。インターネットの検索だって、そんなの探してないよというのが並ぶことだってあるのだから。だけど、自分ではそう思っていなくても、実はとてもありがたいということはいくらでもある。そこに目が向かないから、毎日が面白くなくなる。不平不満が出てきてしまう。「ありがとう」を言い続けると、これまで気づかなかったありがたさとのつながりができて、ありがとうのエネルギーをどんどんと引っ張ってくることができる。逆に、愚痴を言ったり嘆いていると、その情報、エネルギーにアクセスすることになる。そんな仕組みじゃないかな。まずは、朝、起きたら、朝日に向かって手を合わせ、難しいことは考えずに、「ありがとうございました」と言ってみる。それを続ける。「ありがとう」のエネルギーにアクセスできると、とても気持ちいいから。1日1回が3回になり、5回になり10回にになるという具合に増えていくから。そうするとどんな変化が起こってくるか。大したことをやるわけじゃないから、ぜひやっていただきたい。
2017年05月21日
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「こうでなきゃいけない」という縛りは、けっこうきついように思う。学校へ行かなければいけない。就職しないといけない。結婚しないといけない。そんなことで苦しんでいる人がたくさんいる。ぼくは、結婚したのが36歳のときと遅かった。別に独身主義でも、独身貴族でもなく、いい縁がなく、だらだらと一人でいたわけで、結婚したいと思っていたし、いつまでも一人なのはコンプレックスだった。結婚しなければ一人前ではないという価値観が強烈にあったのだと思う。家内とは1991年6月に出会った。結婚したのが1992年の3月。あれほど、結婚とは無縁だと思っていたのに、しかるべき相手に会えば、トントン拍子で進んでいく。ましてや、家内は「私は結婚しない」と、どういう理由か知らないけれども決めていて、一生独身でいる準備をきちんとしている人だった。別に猛烈にアタックしたわけでもないし、自然にそんな流れになっていった。結婚へのスイッチが入ったのはあのときだと思い当たるシーンがある。中川先生に随行してヨーロッパへ行った帰りの飛行機の中でのこと。先生とは3ヶ月に2回の割合で海外へ行っていた。飛行機の中で、いろいろな話をしてくれて、あのときに教わったことは、今でもぼくの生き方に大きな影響を与えている。先生と話している中で、ふっとぼくの口を突いて出てきたのが、「ぼく、結婚したいんですけどね」という言葉。どんな脈絡の中で出てきたかは覚えてないが、先生は、意外そうな顔をして、「お前、結婚する気があったのか?」と聞いてきた。「もちろんですよ」と答えると、「わかった」と言って、「俺は寝るから」と目をつむり、すぐにいびきをかき始めた。帰国後しばらくして、中川先生から電話があった。「おい、見合いをするぞ」すぐに動いてくれて、先生の息子さん(今の会長)の奥さんの友だちを紹介してくれようとしたのだ。結局、お見合いは実現しなかったが、「結婚する」というスイッチが、この一連の流れの中で、入ったのではないだろうか。その後、中川先生がやっていた氣の合宿で家内と出会うが、最初はほとんど言葉を交わすこともなかった。それが6月。7月に、中川先生と親しくしている女性霊能者が東京へ来ることになった。5分くらい会ってくれるというので、東京駅の近くでお話を聞くことになった。別に何か相談をしようと思ってわけではなく取材のつもりだった。5分だから、あいさつ程度しかできないけれども、これをきっかけに霊的な世界についてのお話しを聞ければというくらいの気持ちだった。あいさつもしないうちに、こんなことを言われた。「あなた、何か相談したいことがあるでしょ。言いなさい」そんなつもりじゃないんだけどと言いたかったが、彼女の世界に引き込まれた感じで、「実は、結婚はどうなるだろうかと思っているんですけど」と、相談会になってしまった。「大丈夫よ」と、すぐに返事が返ってきた。「大丈夫と言われても、相手がいないんですけど」「もう、守護霊さん同士で話し合って決めているから」ぼくも、それなりに気になる女の子もいたから、その子を思い浮かべると、「違う、違う。今思い浮かべた子は、あなたとは魂のレベルが違うから」と、そんなことを言う。そして、「会ったことはある子ね。でも、お互い意識はしていない。でも、すぐに決まるから。あなたにはその子に見えない世界のことを教えてあげる役割があるからね」「はあ」と答えるしかない。それで5分がたった。「じゃあ、帰りましょ」彼女はエレベーターの方にすたすたと歩いていった。エレベータを待っているとき、彼女はぼくにニコッと笑いかけてきた。彼女の首筋を見てびっくりした。金粉がたくさんついていた。「あの、金粉が・・」と言うと、「いつものことだから」と笑っている。まさに、そのときの家内との関係は、合宿で顔は合わせているが、あいさつを交わした程度。それくらいの関係だ。今から振り返れば、あの霊能者の予言は見事に当たったことになる。守護霊さんはいるんだと、あれをきっかけにぼくは信じるようになったし、困ったことがあると守護霊さんにお願いをするようになったのも、そういう体験があったからだ。8月末から9月にかけて、中川先生と一緒にオーストラリアへ行った。イルカとの意識交流だ。そのときに、家内もチャネラーとして同行していて、それが親密になる大きなきっかけとなった。そして、3月には結婚。最初に言葉ありき。結婚だけでなく、どんなことも、まず言葉にすること。きっと、まわりに話すのが、一番早く実現するだろうな。それもエネルギーの高い人に話すといい。そうすると、自分の周囲から動きが起こってくる。「話せばわかる」というけれども、それは「話さないとわからない」ということだから。ぼくは、自分がやりたいこと、守護霊様に、毎日毎日、しつこいくらい話している。変化は確実に出ている。チャンスやひらめきは確実に増えている。
2017年05月17日
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自分を自分で認めるというのは難しいもの。親や先生から、今のままじゃダメだ。こんなのじゃダメだ。こうならないとダメだ。と、言われ続けてきた人がほとんどだから。会社へ入ったら、上司からダメ出しをされる。そういう親や先生や上司も、そう言われてきたのだと思う。人は、自分が育てられたように、子どもや生徒、部下を育てようとするもの。こんなことじゃ立派な大人になれないぞ。そう言われて育った子は、このままじゃダメだ、もっとがんばらないと、こんな人にならないとと、もがき続ける。しかし、それでも、なかなか思ったようにはいかないし、だからこそ、もっともっととなって、際限なくあがき続けることになる。そのうち、やらなきゃ、やらなきゃと思いながらも、体が動かない、気力がなくなってしまうということになってしまう。そうすると、ああ、こんな自分だからダメなんだと、また否定が始まる。否定の連鎖、ドミノ倒しのスタートだ。自分が幸せだと感じられる人は、自分を認めることができる人。自分が自分を認めれば、人と比較することもないし、人の評価を気にすることもない。自分を不幸だと思う人は、自分を認められない人。いつも、変わらなきゃ、こんな自分なんかとコンプレックスを感じていて、まわりの評価を気にして、一喜一憂している。ほとんどが、自分が足りないと思えることばかりに意識がいってしまうから、いつも憂であることが多いけど。自分を認められなくなる悪循環から脱するには、ぼくは、まわりの人の、すばらしいところを見て、それを言葉にして評価してあげることから始まるのではないかと思う。人でも出来事でも、いいところを見るようにする。子どもがいれば、子どものいいところをいっぱい見つけてやる。父親と母親が、いいとこ探しの競争をすればいい。そういう両親のもとに育つと、子どもは自分を認められるようになる。外で否定されても、自分で自分を否定することはなくなる。親も、子どものいいところを見つけて、「すごいじゃないか」と言っていると、自分への評価も変わってくる。人を褒めていると、そのエネルギーが循環して自分のところにくるから、自分も心地よくなってくる。自分が許せるようになってくる。これは、テクニックの話ではない。だれもが、すごい才能や志をもって生まれてきた。それが真実。だから、真実を認めればいいだけのこと。だけど、それを、世の中は、つぶそうつぶそうとする。だれかが悪いということではなくて、そういう力に支配されてしまっている世の中なんだよね。だからこそ、意識をして、いいところを探すようにする。そういう癖をつける。そうすれば、自分が好きになれるし、幸せにもなれるということさ。
2017年02月03日
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ぼくは、多くの人が当たり前のように言っていることに、「それって、ホントかな」と、疑問をもつタイプだ。大学を出て、就職をしたけれど、2年ほどで退社した。このまま、サラリーマンとして年を取っていくことに我慢ができなかったからだ。しかし、当時は、まだ終身雇用の時代だ。会社を辞めるというのは社会の落伍者に等しかった。親もさんざん、ぼくを会社にとどまらそうとした。そして、そのときには、「お前、石の上にも3年だぞ」というのが決まり文句だった。ぼくは言い返した。「それは、3年も同じところにいたら、あきらめてしまうということや。石の上という居心地の悪いところでも、3年も座っていれば、それが当たり前やと思ってしまう。おれは、当たり前と思うのが嫌なんや」偉そうなことを言ったものだ。ぼくは、会社を辞めた。奈落の底に落ちてもいいという覚悟をもって。そして、学校の先生になろうかと思ったが気持ちが変わって方向転換。アルバイト生活、さらには、知り合いの会社に拾われ、そこを3年で辞めて、27歳のときに、東京へ出てきた。東京での最初の仕事も、そろそろこれまでかと、区切りをつけるために、30歳を過ぎてあてのない中国の旅に出かけようと思ったとき、まわりの人からは、「もう30歳を過ぎたし、そろそろ将来を考えた方がいいんじゃないか」と、忠告された。それももっともな話だ。どうしたものかと、迷った。でも、ぼくは中国旅行に出かけた。そして、気功と出合って、人生が変わった。何か大きな節目だと思ったとき、よほど、信頼できる人ならともかく、たいていの場合は、人に相談しても、無難な話になって、あまりいい答えは得られないことが多い。ぼくは、何事も、それって本当だろうかと疑問に感じたら、自分で実験することにする。やってみるということだ。やってみて考える。取り返しのつかないことは、それほどたくさんあるわけではない。だいたいのことは、失敗しても、出直すことができる。失敗を体験することで、ちょっと賢くなれる。今でもずっと問いかけている。何かあるたび、「それってホント?」と。
2016年12月15日
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ちょっとセロトニン不足かも。とにかく、ここ数ヶ月、家の中での仕事ばかりをしていたから。お日様にも当たらないし、運動もしないし。今日は、Oちゃんファームへ行って、畑仕事。これでセロトニン補給だ。さてさて、ちょっと面白いことを始めた。この間、伝筆という筆文字を習って、「ありがとう」は、けっこう人に見せられるくらいに書けるようになった。これを使えないか。「ありがとう」を何十万回唱えると人生が変わる。そう言われていて、実際にやった人は、大きく運命が動き出したということも起こっている。「大地がよろこぶ「ありがとう」の奇跡」(サンマーク出版 村上貴仁著)という本を作るお仕事をお手伝いしたこともあって、「ありがとう」のパワーには、ちょっと注目している。しかし、ぼくは、人と一緒のこと、人に言われたことをやるのが嫌なへそ曲がり。だから、唱えるのではなく、伝筆で書いてみようと考えた。まずは、1000枚、「ありがとう」を書いてみよう。書くだけではつならないから、名刺大のカードに書いて、それをまわりに配ろう。昨日から配り始めた。パソコンショップのお兄さん、回転すしの店員、娘の友だち・・・。出会った人に、出会いの感謝を込めて、ありがとうカードを渡す。これは、ぼくのオリジナルだな。今日も、Oちゃんファームのみんなに渡してこよう。
2016年12月04日
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長女の卒業した高校の10周年行事。テーマは「校歌」だった。どうやって校歌ができたのか、演劇部が、笑いを交えた楽しい劇で演じてくれた。ああ、そうだったのかと、心がほっこりした。まずは、開校準備の先生が、これから生まれる新しい学校のビジョンを文章にした。それを曲にしてくれたのが、しゃらんQのはたけさんというミュージシャン。先生の一人が、彼のことを知っていたのだそうだ。詩の方も、長すぎるのをカットするくらいのことで、原型をとどめた形で採用された。「なるほど」と、校歌ができたエピソードを知ってから詩を読むと、とてもよくできている。その高校は、一部(午前)二部(午後)三部(夜)の三部制。朝日とか午後の日差しとか夜の星という具合に、一番、二番、三番の歌詞に、それが織り込まれている。そして、通ってくる生徒は、主に不登校だった子たち。そういう子たちが、麦のように、踏まれてもたくましく育つようにと、麦の成長に絡めて、その願いが歌われる。校歌を聞きながら思ったのは、人には「誇り」が必要なんだと感じた。有名校でも進学校でも何でもない。逆に、学校へ行けない不登校の子が集まるところだから、「行くところがないから仕方なく」という雰囲気が出てくるものだ。外部の人からもそう見られることが多いだろう。しかし、そこに「誇り」を吹き込むのが、教員であり父兄の役割だ。校歌の成り立ちを知り、その校歌を大声で歌う。学校への誇りを芽生えさせる、すばらしい肥料だ。学校に誇りをもち、家族に誇りをもち、そして、何よりも自分に誇りをもつ。何もできなくても、かけがえのない命をもらって、この世に誕生した、自分の誕生物語。それは、自分にしか書けない物語だ。これから、いかようにでも展開することができる。すてきな人生じゃないか。妙なプライドはいらないけれど、自分は自分という誇りをもって胸を張って生きていきたい。
2016年11月24日
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出雲大社へ行ってきた。旧暦の10月は神無月。日本各地の神様がいなくなる。みんなが出雲へ集まるのだ。出雲は、神様だらけということになる。出雲大社と言えば、縁結びの神様。「縁結び」というのは、結婚ということだけではなく、うきうきする言葉だ。西洋は、原因があって結果があるという思考パターン。たとえば、インフルエンザのウイルスという原因があってインフルエンザを発病するという結果が生まれる。それはそうだけど、学校閉鎖になるほどインフルエンザが流行しても、発病しない子はたくさんいる。なぜ、そういうことが起こってくるか。日本人は、そこに縁が介在すると考える。病気になってしまうのは、病原菌の問題ばかりではない。免疫力が高いとか低いとか、食生活がどうだとか、睡眠はどうだとか、ストレスがあったのではないかとか、原因があっても、結果に至るまでには、さまざまな要素があって、それを縁と呼ぶのではないかと思う。原因があっても、縁を変えていけば、結果は違ってくるということだ。だから、縁を大切にしないといけない。すごい才能をもって生まれてきても、縁がなければ、その才能は生かすことができない。才能がなくても、縁があれば、大きく花が開くこともある。では、縁を大切にするにはどうしたらいいか。縁というのは、点ではなく、川の流れみたいなもの。その流れに乗ることだ。日々、流れを感じて生きていれば、今、自分はどう動くべきかが、ひらめきとか偶然を装ってやってくることがある。それに従って動いてみる。さて、どんなことが起こるか。そういう体験を積み、流れをつかむ感覚をつかむ。せっかく出雲大社へお参りしたのだから、今まで以上に縁を大切にしたいと、気持ちを引き締めた週末だった。
2016年11月21日
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眠りの楽しみのひとつに、夢を見るというのがある。くたくたになってぐっすりと眠ってしまうと、夢も見られない。惰眠と言われるような状況のときに、夢を楽しむことができる。ぼくは、映画を見るような感覚で夢を楽しみにしている。夢はメッセージだと言うけれども、それはそれでいいが、映画を見るとき、何か生きるためのヒントをもらおうとは思わないわけで、夢も、楽しんだり感動したりすることを、ぼくは目的にしている。昨日は、昔、片思いだった女の子が出てきて、彼女は、ベッドで眠っていて、ぼくは、ベッドサイドで、彼女の寝顔を見ている。ほっぺがプクプクしていてとてもかわいかったので、思わず、そのホッペにキスをしてしまったという夢。今朝は、とあるホテルがあって、そこは、玄関を入ると、ロビーに雑草が生えていたりするし、観葉植物が置いてあるのだが、鉢からは雑草がはみ出ている。フロントへ向かう途中は、上から、布が垂れ下がっていて、邪魔でしょうがない。とても快適とは言えない状況だった。でも、スタッフは、そのことにまったく無頓着。「どういうつもりで、草をはやしたままにしているのだろう」ぼくは、腹を立てている。しかし、このホテルが繁盛しているから不思議だ。たくさんの人が出入りしている。だれも、玄関に生えている草を気にしない。天井から垂れ下がった布を、のれんをくぐるよういしてよけて、フロントでチェックインしている。夢というのは、映画のように物語にはなっていないが、一つひとつのシーンに物語が詰め込まれている。そういう意味では、映画というよりも、絵画と言った方がいいのかもしれない。一枚の絵を見て、そこから、自分の頭の中でイメージが広がっていく。そんな脳の使い方をしているのかもしれない。また、明日の朝方、いい夢を見よう。そのためにも、昼間はがんばって仕事をしないと。
2016年11月14日
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いろいろな死に方がある。長患いの末に亡くなるとか、事故で瞬間的に亡くなるとか。がんになって、自分の体が徐々に衰弱していって、「もう、そろそろだな」という覚悟をもって死ぬなら、自分の気持ちも整理できるだろうけど、交通事故で、予期せずに死んでしまうというのは、あまり歓迎したくないなと、そう思ってきた。でも、考えてみたら、「生」という状態から「死」に移行するのは、どちらも一瞬の出来事だ。たぶん、ゆっくりとした死であろうと、突然の死であろうと、同じことが起こっているのだろうと思う。たとえば、ぼくが銃で心臓を撃たれて即死するとする。まばたきをしたら死んでいたという状況だが、死んだ瞬間に、時間の流れはまるっきり違うものになって生から死に移行するわずかの間に、大事な儀式が行われることになる。自分の人生が走馬灯のように流れるというのが、臨死体験をした人によると、どうも、本当のことらしい。反省部屋へ入るとか、反省会をやるとか、そんな言い方をする人もいる。どんな死に方をしようが、決まった段取りを踏むというのがあるのだろうと思う。問題は、それを受け止める側の意識だ。死んだらすべてが無になると信じている人は、大事な儀式を夢の中の出来事だと思うだろう。拒否する場合もあるだろうし、思い残すことが多い人は、儀式どころではないかもしれない。死んだらどうなるのか。何が正しいかわからないけれども、イメージトレーニングをしておくといいかもしれない。思い残すことがない人なんかいないだろうけれども、自分はどうするのか、そんなことを考えた方がいいかもね。だれでも、いつ死ぬかわからないという状況にいるのは平等だ。
2016年10月28日
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ぼくの快感はつまらない常識を壊すこと。自分の中に巣食っているつまらない常識を一つひとつ。昨日、崩れたつまらない常識。「グズグズするな!」早く決めないといけないのだけれども、なかなか決められない。時間ばかりがたっていく。そんなときは、もっと早くから動いておけば良かったと後悔するもの。でも、そうとは限らない。グズグズしているからこそ、いいアイデアが浮かんだり、いい人と出会ったりして、より良い方向に物事が進んでいくこともある。昨日の話。今のぼくの懸案事項は、11月27日の、OfficeOharada 5周年記念イベント。どんなことをやるかは決まってきたが、なかなか場所が決まらない。候補の場所はあるのだが、なぜか、そこに電話をせず、グズグズしている。とにかく、「やりますよ~」という話だけ、知り合いにしている状態。そしたら、夕べのこと。すてきな方と出会って、東京のど真ん中にある、その人の店でやらせてもらえそうな流れになってきた。自然栽培の素材を使っている。料理もおいしい。お酒もおいしい。お店の雰囲気もいい。家内と2人で立ち上げた小さな会社だが、何とか5年に達した。その区切りのイベントだ。大いに盛り上げないと。うれしいことに盛り上がりそうだ。グズグズしていればいいというわけではないが、グズグズしていることでいいことが起こることもある。なんでもかんでもさっさとやってしまえばいいということではない。それが、昨日、学んだことだ。
2016年10月07日
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苦労話というのは、感動を呼ぶ。大病を乗り越えてとか、貧困に耐えてとか、障がいをもってがんばってきたとか。確かに、だれでもできることではない。すごいことだ。苦労したかしなかったかは、見る人によって違ってくるもので、思い込みだったり、主観だったりが大いに影響している。ぼくは、よく母親に、「お前も苦労したからな」と、言われる。ぼくには、自分がどんな苦労をしたかさっぱりわからない。母親の価値観からすれば、ぼくの生き方は、敢えて、大変な道に進んで行っているように見えたのだろう。もっと楽に生きられたのにと思っているようだ。でも、ぼくにしてみれば、そのとき、そのときで、こちらの方がいいと判断して動いただけで、ちょっとは人と違った道を歩いてきたけれども、苦労と威張れるような大したことは何もしていない。逆に、母親が、こうしたら楽なのにと思ったことをやっていたら、それが苦労になっていたかもしれない。ぼくなんかよりも、明らかに苦労をしてきたとだれもが思える人でも、自分では、まわりが思っているほど苦労と感じていない場合もある。奇跡のりんごの木村さんなんか、どうなのだろう?「苦労したと思っていますか?」と、聞いたことはないけれど、木村さんだったら、「私は苦労じゃなかったけどな。まわりに苦労かけたな。カッカッカッ」と、歯のない口を大きく開けて笑いながら、答えてくれるんじゃないかな。まわりから見ればとんでもない苦労であっても、それを吸収してしまうだけのキャパをもっているから、苦労した結果が出せて、感動も呼び、世の中を大きく変える原動力となれる。神様は応援してくれるんだよ。苦労自慢とか、苦労比べなんかしちゃいけないよ。ある意味、みんなが苦労しているんだよね。お金もあり、家族にも恵まれ、人からは高く評価され、健康で、自由で・・・。苦労がないように思えても、必ず、何か苦の種はあるもの。お釈迦様が、四苦八苦ということで、説いてくれたことだ。ただ、その苦労をどう感じるかに違いがある。苦労を喜びにする術はあるはずだ。それを手に入れたら、どんなにか幸せになれるか。きっと、その術は、自分の中にあるのだと思う。だれもがもっているのだと思う。
2016年10月06日
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人は、いつも不安とかかなしみを抱えて生きている。日々の行動の中には、その不安やかなしみを何とかしたいという思いからくるものがかなりの割合を占めているのではないか。しかし、不安とかかなしみというのは、人間の本質でもあるので、それをなくそうとするのは、自分の存在を消すのと同じくらい難しいこと。つまり、不安やかなしみをなくそうというのは、多くの場合、無駄な努力に終わることになってしまう。不安やかなしみは、必ずあるものとして、うまく折り合いをつけていくことに力を注ぐのがいい。「あの人は堂々と生きているなあ」と思っても、話をいろいろと聞いてみると、不安やかなしみが、どこからかにじみ出てくる。強気で生きている人。一生懸命に不安やかなしみを隠そうとしていたりする。不安やかなしみが、人間の味でもあるわけで、喜びや楽しみに満ち溢れている人は、その奥に、大きな不安、かなしみを抱えている。不安、かなしみがあるからこそ、大きな喜びや楽しみの花が咲くのだ。帯津先生がよくおっしゃるが、「明るく前向きがいいと思っている人には要注意だ」自分の中にある不安やかなしみに意識が向けられないような人は、人の、不安やかなしみに、敬意を表することができない。かなしみには癒す力があるといったのは、藤原新也さんだ。不安やかなしみの大地に、小さな喜びの花を咲かせる。それが、生きるということかなと思ったりする。
2016年10月04日
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生意気な若者だったけど、その言葉、心して聞いておくよ。「一番嫌いな奴って、口だけの奴なんですよね。偉そうなことばかり言って、お前はやってのかって、かみつきたくなる。かみつきませんけどね」「その次に嫌いな奴。言葉にすると行動しなければいけないと思っていて、無難なことばかり言っている奴っていませんか。この仕事、明日までに仕上げてやる! と宣言すると、プレッシャーがかかるから、もごもごとごまかしてしまう。これじゃ、進歩しないよね」「俺が好きなのは、さんざん偉そうに言って、それをやっちゃう奴。言うことで、自分を奮い立たせて、やってやろうじゃないか! と、前へ進んで行く。俺も、そうなりたいよね」「そして、一番、かっこいいのが、何も言わないで、すごいことやっちゃう奴。なかなかいないですけどね。俺は、そこまでかっこよくならなくていいや。だって、黙っているってできないタイプだから」「おじさん、どのタイプですか? けっこう無口ですよね。無難な人? それとも無限実行の最高にかっこいい人?」いやいや、見通されているね。どきっとするよ。もうちょっと、自分のやりたいことを言葉にするか。そして、プレッシャーをかけて、それを行動への原動力にするか。まだまだ発展途上。若者には負けていられない。
2016年10月03日
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人類は万物の霊長である。これには、ちょっと反発を感じていた。そんなに偉いなら、なんで、自分勝手にしか生きられないんだ。お金儲けのために、戦争をして、環境破壊をして、それで何を威張っているんだ!とても万物の霊長なんて言えない。そんなことを思っていた。でも、これは思い違いだった。人類は万物の霊長なんだよ。それを自覚しないといけないんだ。威張ることではない。おごることではない。万物の霊長らしく生きるとはどういうことか、もっと考えないと。万物の霊長であるというプライドをもつ。万物の霊長たるにふさわしい行動をとる。今の人類は、ほかの生き物たちから尊敬され、うらやましがられるような、そんな生き方をしているだろうか。万物の霊長なのに、どうだ、今の姿は。人間として、この世に生を受けたこと自体、万物の霊長だ。自信をもて、勇気をもて、喜びをもて、夢をもて、志をもて。人類は、万物の霊長なり!
2016年10月01日
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「本当の自分とは?」難しいテーマだ。だいたい、だれもが嘘っぱちの自分を生きている。こうあらねばならない自分、こうありたい自分、生まれたときから、いろいろなものにがんじがらめになりながら、自分を演じているわけだ。でも、それは社会的な生き物としては、仕方のない部分もある。社会に適応しつつ、自分らしく生きていかないといけない。社会に適応できなくても生きづらいし、だからと言って、本当の自分から遠く離れてしまうと、息苦しくなってくる。人間というのは、ものすごく複雑でやっかいな生き物なんだろうな。だから、人間をまっとうすることは、すごい修行になるわけだ。人間という複雑怪奇な生き物をコントロールする術を、ぼくはたちは、一生か、はたまた何度も何度も生まれ変わって、マスターする。そして、社会の中で生きる自分を、最高に表現できたとき、卒業することができるのだろう。だから、迷ったり悩んだり、自分が何者かわからなくなるというのは、ほとんどの人にとっては当たり前のこと。人間という修行がほとんど終わりに近づかないと、本当の自分なんて、見えてこない。そんな中で、少しでも、本当の自分に近づくには、社会に振り回されるのではなく、自分のやりたいことを、少しずつ表現していくことだ。こんなことがしてみたい、と思ったら、まずは動いてみること。人がどう思うかは、二の次にする。ときには、人から非難されて、心が乱れることもあるけれども、それも、ひと皮むけるときのヒリヒリ感だと思えばいい。本当の自分に一歩近づけるのだ。人間には、まずは社会に埋没して生きるという生き方を全うし、やっとそこから抜け出して個として生きられるようになり、個というものを確立してから、宇宙とつながるという成長過程をたどるのだと思う。本当の自分は、簡単には見つからないけど、本当の自分があるのは間違いないこと。あせらなくても、そのうち見つかるさ。
2016年09月28日
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幸せとか不幸って、何で決まるんだろう?私はあなたより幸せだよ。私はあなたより不幸だよ。それを計る基準って何なのだろう?平穏無事に、楽しく暮らしていれば、本当に幸せなんだろうか?つらく悲しいことが続けば、本当に不幸なのだろか?ぼくの友だちは、幼い子どもを火事でなくし、自分は重度のうつ病になって、死に場所を探して、車を走らせたことがある。入院したとき、消灯になると、病室の鍵をかけられた。鍵をかけるがちゃっという音を聞くたび、自分の人生は終わったと思ったそうだ。彼に、「あなたは不幸ですか?」と聞いてみよう。ぼくの知り合いは、家族との折り合いが悪く、うつ病になり、夜になると奇声を上げて裸足で外へ飛び出していくような状態だった。もう、すべてをリセットしたい。そう思ったとき、4歳の息子が突然死した。彼にも、「不幸ですか?」と聞いてみよう。ぼくの友だちは、二度も末期のがんになった。余命を宣告され、死を覚悟した。でも、そこからよみがえってきた。ああ、良かったと思ったら、最愛の奥さんががんになった。彼にも、「不幸ですか?」と聞いてみよう。念願の子どもが生まれた。三つ子だった。3人とも脳性まひだった。彼にも、「不幸ですか?」と聞いてみよう。結婚した相手が、ギャンブル依存症だった。明日の食費もないほど貧乏だった。やがて、会社にまで迷惑をかけるようになり、もう一家で死ぬしかないというところまで追い詰められた。彼女にも、「不幸ですか?」と聞いてみよう。ある日突然、ご主人が、自ら命を断った。幼い子どもを残して。彼女にも、「不幸ですか?」と聞いてみよう。ぼくは、彼らと比べれば、何事もなく、平穏に暮らしている。自分に問いかけてみよう。「幸せですか?」と。
2016年09月26日
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有名人ががんになると、あちらこちらから、がん治療にまつわる情報が寄せられるみたい。この治療をすればがんが治るとか、私は、これでがんが治ったとか。ぼくの知り合いは、2回も末期がんから生還している。どうやって治ったのか、教えてあげたいと思う。でも、待てよと思う自分もいる。Aさんが奇跡的に治ったからと言って、それがBさんにも当てはまるわけではない。それに、がんという大きなピンチを迎えて、いろいろなことを考え、悩み、苦しんだ本人や家族。彼らが、その末に選択したことに対しては、敬意を表すべきじゃないかと、ぼくは思う。悲しくつらい結果になったとしても、その選択は間違いだったって、だれが言えるのだろうか。つんくさんが、がんの手術で声が出なくなった。彼は、パソコンを使って、自分の意見を発信していた。すばらしいことだと、感動する。声を残せるような治療法もあったと思う。それをすすめた人もいっぱいいただろう。ミュージシャンとして生きてきた彼が、声を失うということはどんなにつらいことか。そんな苦しみ、悩み、迷いの中で、彼は自分で決断した。その尊さに、ぼくは頭が下がる。すてきな歌声を聞かせてくれるつんくさんもすてきだけど、声をなくしたつんくさんは、もっとすてきだ。小林麻央さんが、自分のがんの状況、闘病の日々をブログで公表している。どんな思いで綴っているのか。良くなることを祈らずにいられないが、治る治らないを超えた彼女の崇高な命を、ぼくは彼女の勇気ある行動から感じたいと思う。人はだれもが生老病死とかかわっていかないといけない。老をへずして、若くして、病とか死と直面しなければならないのは切ないけれども、これも仕方のないことだし、まわりの人が、そこに介入できるものではない。寄り添っていく。祈る。そのもどかしさの中で、家族の絆は強まっていくはずだ。みなさんが平安な心で生きられますように。ぼくは、祈りたいと思う。
2016年09月22日
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雑誌を読んでいたら、人は、目に見えない力を信じる人と、信じない人に分けられるという、ある有名な学者の言葉が出ていた。そして、何かを成し遂げた人は、その過程で、必ず、何かしら目に見えない力の存在を感じるのだそうだ。筑波大の村上和雄先生は、イネの遺伝子を世界で初めて解析したとき、たくさんの奇跡が重なり、自分を動かしている大きな力を感じたそうだ。遺伝子というのは、生物の体の設計図と言われている。イネの遺伝子解析に成功したあるとき、先生は、「だれがこの設計図を書いたのだろう」と疑問をもった。だれだかわからない。それで、そのだれかを、「サムシンググレート」と名づけた。有名な話だけど、多くの人が、この話を聞いて、すごく大きな勇気をもらった。そして、自分たちがこの世に誕生したこと自体が、奇跡なんだと、気づけた人もたくさんいた。間違いなく、何かの力が働いて、ぼくたちは生かされている。自分に都合のいいことばかりではない。病気になったり、事故にあったり、失敗したりといったことも、何かの導きだ。成功や失敗という体験で人は成長するのではなく、成功や失敗の中に、サムシンググレートの力を感じ取ったときに、人は大きく成長していく。どんな人生であっても、「自分が生かされている」ことを、感じるのが人の成長だ。どこまで深く、そのことを感じられるか。そのために生きていると言っても過言ではない。どんな出来事も、謙虚に受け止める。そして、そこに込められた、好意に満ちた、サムシンググレートのメッセージを聞き取る。そんな態度が大事なんじゃないだろうか。
2016年09月18日
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初女さんからのメッセージだと感じたおみくじ。まず、「これを信じなさい」というサインがひとつ。七福神様のお守りがおまけについてくるのだが、それが何だったか?これがポイント。実は、ある理由があって、ぼくは「福禄寿」様が、自分の守り神だと信じている。ぼくがいつもお祈りをする部屋には、妙なご縁で手に入った「福禄寿」様が、鎮座している。だから、ぼくがいただくお守りは、福禄寿様のはずだ。そうじゃないといけない。確率は7分の1だったけれども、ぼくには確信があった。福禄寿様が来てくださると。おみくじをあけたら、その通り! 福禄寿様のお出ましだった。面白いのは、紙に包んであった福禄寿様が、開けた途端にポーンと飛び出して、車の中のどこを探しても見つからなかったこと。そしたら、何と、わずかに開いたチャックの隙間から、ぼくのウエストポーチに飛び込んでいたのだ。何か意味ありげでしょ。これは大事なメッセージなんだよと、言わんばかりの出来事だ。さて、おみくじは? と開けてみると。「大吉」だ。いいじゃん、いいじゃん。内容がまたいい。**************(初女さん風に)あなたはいつもニコニコしているけど、苦労がないわけじゃないことは、よくわかっているわよ。もやもやすること、うまくいかないこと、いろいろありますね。でもね、それがこれからはどんどんと消えていきます。がんばってきたものね。これまでのがんばりが芽を出すわよ。それもね、思いもかけないところから、すてきなことが起こってくるのね。びっくりするわよ。びっくりしなくていいのよ。それは、全部、あなたがまいてきた種が芽を出しただけのことだから。自然って、すてきですね。まいた種は、時期がくれば、必ず出てくるものね。あなたがびっくりするのは、種をまいたことを忘れてしまっていて、思いもかけないところから、かわいい芽が出てきたから。その芽を、大事にていねいに育ててごらんなさい。すてきな花が咲き、すばらしい実がなり、いい種となって、次にバトンタッチすることになるから。そのために大切なことはね、自分の都合の良し悪しばかり考えないで、縁のあった人たちに対して、精いっぱいの思いやりをもって接すること。それが、小さな芽が成長していく肥やしになるからね。***********すてきなメッセージじゃないですか。うれしくなってしまうね。勇気百倍。ぼくは、このメッセージを、毎朝、声に出して読んでいる。初女さん、ありがとうございます。
2016年09月14日
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弘前で佐藤初女さんのお墓にお参りした。由緒あるお寺の中の、岩木山がよ~く見える、とてもいい場所に、初女さんのお墓はあった。そこで、ぼくは、初女さんからすてきなメッセージをいただいた。お墓に向かって手を合わせていると、初女さんの懐かしい津軽弁が聞こえてきた。・・・とか言う話になると、面白がってくれる人も多いかもしれないけれども、ぼくは、そういう形でのメッセージはあまり好きじゃないので、人の心を大切にされてきた初女さんは、ぼくに対しては、絶対にそんなことをしない。ぼくという人間が、一番、はっと思うような形でメッセージを届けてくれる。ぼくは、さりげない形で教えてもらえるのが好きだ。高い世界からのメッセージは、日常の何気ない出来事の中に含まれていると、ぼくは信じている。それに気がついたときに、「やったー」という喜びが、体中にあふれる。ありがたいという気持ちで、思わず手を合わせてしまう。初女さんも、きっと、それを知っているので、あんなふうにしてメッセージを届けてくれたのだろう。初女さんは、おみくじに託して、ぼくにメッセージを届けてくれた。お寺の売店の入り口の脇に、おみくじがあった。潤子さんがそれを見つけて、「私、おみくじ、大好きなんです」と、うれしそうに引いていた。ぼくは、あんまり興味はないし、「大吉」だろうが「吉」だろうが、そんなのすぐに忘れてしまうのだから、普通ならやらない。でも、そのときは、一瞬迷ったあと、おみくじの台に近付き、200円を入れていた。その場では見ずに、何気なくポケットへ入れて、そのまま、車に乗り込んだ。そしたら、潤子さんが、「そうだ。おみくじ、見ないと」と言い出したので、ぼくも、「そうだ、そうだ、忘れていた」と、おみくじをポケットから出して、開いてみた。このお寺のおみくじは、いわゆる通常の、「大吉」とか「吉」と書いてあって、解説があるというもののほか、七福神のうちの1人が、お守りとして、入っていた。だから、200円するわけだ。そしたら、そこに書かれた文言もそうだし、自分がやっていることに対して、「それでいいんだよ」と、メッセージが、いっぱい詰まっていて、うれしくて、舞い上がってしまった。長くなるから、その続きは、またあした、ということで。
2016年09月13日
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八戸で産婦人科医の池川先生の講演会があった。橋渡し役をしたので、八戸まで同行させていただいた。池川先生の胎内記憶の話、たくさんの人が楽しみにしている。出産や子育てにまつわる悩みはとても多い。池川先生は、何千人もの子どもや親から聞き取りをしたデータをもとに、お腹の中の記憶をもっている人ががいることを、本にし、講演で語っている。映画にもなった。出産、子育ての悩みは、ほとんどが大人の立場からのもの。でも、先生の話は、赤ちゃんの目線からなので、見え方が違ってくる。たとえば、流産。何度も流産を繰り返して、心に大きな傷を負っている女性は多い。母親は、自分のせいだ、自分が悪いと、いつも責任を感じている。池川先生がおっしゃるには、胎内記憶のある子どのたちに聞くと、流産した子が、そのことで親を恨むことはないそうだ。自分が選んだ母親のお腹に宿れただけでも、彼らは満足なのだ。たくさんの希望者がいる中で、自分が選ばれたことを誇りに思っている。母胎に宿ることだけを体験しにくる魂もいる。だから、母親は、宿ってくれたことに感謝すればいい。2年ほど前、ぼくも、胎児のときの記憶を一部、思い出した。内観という一週間のセミナーで、瞑想をしていたときのことだ。ぼくは、逆子だった。どうして逆子になったの?っと聞いてみた。胎児のぼくは、こう答えた。「お母ちゃんを休ませたかったから」母親は、農家の嫁として、朝から晩まで働きづめだった。そんな中でぼくを妊娠。体は、極度の疲労状態だった。それでも、なかなか休めない。ぼくが危険だということになれば、母親も休めると、ぼくは考えた。そして、逆子になった。なかなか健気な胎児じゃないか。いまは、たくさんの子どもが胎内記憶を語っている。そんなの子どものたわごとだと、相手にしない親も多いと思うが、それでいいのだろうか。子どもたちの話に、真剣に耳を傾ける大人は、謙虚になれる。自分のことも、冷静に見つめ直すこともできる。何のために生まれてきたのか、子どもは知っている。すごいことじゃないか。大事なことを忘れている大人よりも、彼らは、悟りに近いところのいるのだ。v
2016年09月11日
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八戸で産婦人科医の池川先生の講演会があった。橋渡し役をしたので、八戸まで同行させていただいた。池川先生の胎内記憶の話、たくさんの人が楽しみにしている。出産や子育てにまつわる悩みはとても多い。池川先生は、何千人もの子どもや親から聞き取りをしたデータをもとに、お腹の中の記憶をもっている人ががいることを、本にし、講演で語っている。映画にもなった。出産、子育ての悩みは、ほとんどが大人の立場からのもの。でも、先生の話は、赤ちゃんの目線からなので、見え方が違ってくる。たとえば、流産。何度も流産を繰り返して、心に大きな傷を負っている女性は多い。母親は、自分のせいだ、自分が悪いと、いつも責任を感じている。池川先生がおっしゃるには、胎内記憶のある子どのたちに聞くと、流産した子が、そのことで親を恨むことはないそうだ。自分が選んだ母親のお腹に宿れただけでも、彼らは満足なのだ。たくさんの希望者がいる中で、自分が選ばれたことを誇りに思っている。母胎に宿ることだけを体験しにくる魂もいる。だから、母親は、宿ってくれたことに感謝すればいい。2年ほど前、ぼくも、胎児のときの記憶を一部、思い出した。内観という一週間のセミナーで、瞑想をしていたときのことだ。ぼくは、逆子だった。どうして逆子になったの?っと聞いてみた。胎児のぼくは、こう答えた。「お母ちゃんを休ませたかったから」母親は、農家の嫁として、朝から晩まで働きづめだった。そんな中でぼくを妊娠。体は、極度の疲労状態だった。それでも、なかなか休めない。ぼくが危険だということになれば、母親も休めると、ぼくは考えた。そして、逆子になった。なかなか健気な胎児じゃないか。いまは、たくさんの子どもが胎内記憶を語っている。そんなの子どものたわごとだと、相手にしない親も多いと思うが、それでいいのだろうか。子どもたちの話に、真剣に耳を傾ける大人は、謙虚になれる。自分のことも、冷静に見つめ直すこともできる。何のために生まれてきたのか、子どもは知っている。すごいことじゃないか。大事なことを忘れている大人よりも、彼らは、悟りに近いところのいるのだ。v
2016年09月11日
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「死ぬ気になったら何でもできるっていいますけどね、それが、なかなかできないものなんですよ。私は、死のうと決めて、車であちこちをさまったことがあります。小さな娘を亡くし、仕事もうまくいかず、もう、生きている意味を見失っていました。そんなとき、死ぬ気になったら何でもできるって言葉、何の救いにもなりませんでしたね。まずは、死のうっていう思いで、頭の中にいっぱいになります。死んでから考えればいいって感じですかね」お酒を飲みながら、その人は、しみじみと語ってくれた。人は、「死ぬ気」になんて、簡単になれないし、死ぬ気になったら、ほとんどの人が、死を選ぶんですよって、彼は言った。「死ぬ気になったら何でもできる」っていうのは、人の心の機微のわからない、無神経な人がいう言葉かもしれない。死ぬ気になったら、死を選ぶ。だから、死ぬ気になる前にやることがある。助けを求めること。弱音を吐くこと。「死ぬ前に、親の声が聞きたいと思って、電話をしたんです。そしたら、親父が、『何にも言わなくていいから、帰ってこい』って言ってくれました。厳しい親父でした。よく怒られました。あのとき、いつもの調子で、『負けるんじゃない』『もっと強くなれ』『あきらめるな』なんて言われたら、今、私はここにいないでしょうね。『帰ってこい』というひと言。染みましたねえ」宇宙は、すべての人を助けたくて仕方がない。でも、宇宙には、頼まれない限り、動かないというルールがある。信じない限り、エネルギーがつながらない。困ったことがあったら、「助けて~!」と声を上げるといい。必ず、助けてくれることを信じて。大丈夫。助けてくれるから。「ひどいうつ病でした。入院もしました。先は真っ暗です。でも、ときどき、明かりを見せてもらえるんです。その明かりに向かって、ゆっくりゆっくり、自分のペースで歩きました。助けてください。助けてください。呪文のように言っていました。たくさんの人が手を差し伸べてくれました。人がこんなにも温かな存在だとは、私は気がつきませんでした。温もりをもらって、冷え切った体と心が、次第に温まっていきました。だれかに向かって、『助けてください』って、うつ病の人は、なかなか言えないんです。そういう人は、心の中で「助けて、助けて」と唱え続ければいいんじゃないでしょうか」きっと、その気持ちは、宇宙に届いて、宇宙の響きとして、地球に降りてきて、それをだれかがキャッチしてくれる。「助けて!」は魔法の言葉。だれもが、助けてほしいし、助けてあげたいと思って生きている。
2016年09月09日
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記憶というのは、映画を作るようなものかも。ぼくなら60年の物語を記憶の中に作り出している。60年間の出来事を、あちこちカットして、ひとつの物語にする。だから、いくら自分のことであっても、すべてを描き出しているわけではないということ。「ニューシネマパラダイス」という映画があった。イタリアの小さな町が舞台で、そこでは、教会で上映される映画が唯一の娯楽だった。上映の前には、司祭が内容をチェックし、キスシーンはすべてカットした上で、上映していた。記憶も、これと同じで、自分に都合の悪いところをどんどんとカットしていく。つらかったことをカットする人もいれば、つらいことばかりを残す人もいる。自分の記憶には、本当はすべての真実が残されているのだが、編集がなされているので、たくさんの埋もれた真実があるということだ。埋もれた真実は、表には出てこない。しかし、ひょっとしたら、カットしたコマの方こそ、自分にとっては、重要なことかもしれない。「ニューシネマパラダイス」は、カットされたキスシーンだけをつないだフィルムがあって、それを主人公が見るという意味ありげなラストシーンで終わった。ぼくは、あのラストシーンを見ながら、人生にとって大事なことは、カットした記憶の中にあるのではないかと、思ったりもした。消したつもりの記憶は、心の奥底で成長し、闇の中から出たがっているかもしれない。思い出せなくても、カットした記憶があることに、思いを向けられたとき、人は本当の意味で癒されていく。死ぬときには、すべてを思い出すと言う。だから、死は、最高の癒しということもできるかもしれない。ときには、闇に埋もれた記憶に意識を向けてみたい。
2016年09月08日
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これでいいのだろうか? 迷いが出ることがある。そんなときには、家内に相談する。家内は、インド占星術やからだ占い®の鑑定士であり、ヒーラー。「よく、奥さんに相談できますね」と、言われるが、そういう職業だから相談できるわけで、そうじゃなかったら、なかなか妻に相談はできない。10年も前に作ったホロスコープを開き、もう一度、読み解いてもらう。インド占星術とからだ占い®とをあわせて見ていくと、今の自分がわかってくる。「今はこれでいい」とか「もう少しこうした方がいい」というのが、浮き彫りにされてくるのだ。今の状況。仕事を次から次へと頼まれる。ありがたいことだけれど、これもやらないと、あれもやらないとということで、一日が終わってしまう。ゆっくりのんびり生きるのを身上としてきた。さてさて、このまま仕事を引き受け続けていいのか。インド占星術から見えてくるのは、人生のプログラム。ぼくは、何をしに生まれてきたのか。それが見えてくる。とにかく文章を書いて生きていきたい。それが、ぼくのプログラム。どんな文章でもいい。文章を書いているときが、ぼくの一番の幸せなのだ。ベストセラーを出すとか、大きな賞をもらうとか、そんなことは目的ではない。とにかく、文章を書き続けること。それだけが人生の目的。そして、からだ占い®から見えてくるのは、自分の生きる姿勢。ぼくは、ひたすら待ち続けることですべてはスムーズに進んでいく。自分から仕掛けようとしてもうまくいかない。声がかかった仕事を誠意をもってやっていく。頑固なところがあり、自分の枠をしっかりともっているので、じっとしていれば、自分に合った仕事がやってくるのだそうだ。と言うことは、今の状態は、とてもいい流れだということ。それを聞いてほっとする。ただひたすら、文章を書いていれば、ぼくは、満足できる人生を生きていけるわけだ。今日も、がんばって原稿を書こう!
2016年09月03日
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感動は、どういうところに生まれるのか?苦と楽(喜び)のギャップなんじゃないだろうか。オリンピック。代表選手たちは、厳しいトレーニングに耐えて、代表の座をつかんだ。メダルをとるなんて言うのは、さらにすごいことで、本人だけでなく、まわりも感動の渦に巻き込むことができる。苦と楽のギャップが、ものすごく大きいからだ。難病を克服するとか、ハンディを抱えながらとか、貧困に耐えてとか、苦労をした人の物語は、人の胸を打つ。感動を生むにはどうするか。ひとつは、無茶苦茶苦労をすること。そうすれば、ちょっとした喜びが感動になる。もうひとつ、苦労をせずに感動をしたければ、大きな喜びを感じられることをして、普段の生活との間に、ギャップを作ればいい。そんなことを考えていて、ふっと頭に浮かんだことがあった。ひとつには、ちょっとしたことを苦労にしてしまうこと。それでギャップを作る。でも、人間の癖として、苦を引っ張り込みやすいというのがある。意識しなくても、悩んだり、落ち込んだり、悲しんだりしてしまう。そんな癖があるのに、さらに、ちょっとしたことを苦労にしてしまうなんてことをすると、苦ばかりになって、ギャップが生まれてこない。感動も得られない。それなら、逆に、意識して、ちょっとしたことで喜んでしまう。バカみたいなことで、大笑いして、楽しんでみる。そこでギャップを作って、感動を得る。なんで小笠原で感動するのだろう。日常生活よりも貧しい食生活でも、あそこでみんなで食べると、楽しくてたまらない。ビール一杯が、こんなにおいしいかと思うくらいだ。日常でも、ちょっとしたことを大喜びしたい。そこでギャップを作って、感動を得る日々を送りたいと思う。
2016年09月02日
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難病を患った方から、よく相談を持ちかけられる。相談されても、ぼくが治療できるわけではない。ただ、情報だけはたくさんあるので、こんな治療を受けたらどうですか?先生を紹介しますよ。といったお手伝いはできる。もちろん、ぼくの情報で、すべてが解決するわけではないが、ひとつの選択肢として考えてもらえるとうれしいなと思って、お伝えしている。偉そうなことを言うようだが、情報というのは、ただ集めるだけでは、あまり意味がない。集めた情報を、こういう場合はこれだ! と瞬時に引き出せるセンスが必要になってくる。これは、努力して手に入れられるものではない。経験と直観がかなり重要になってくる。たとえば、がんでも、いろいろな方法で末期がんから生還している人がいる。この治療法でなければいけないとか、この先生が一番だと、言い切れるものはない。患者さんが望むものと、治療法や先生が提供できるものとのバランスを考えないといけない。西洋医学しか信じない人を、西洋医学を否定している治療家に紹介しても、うまくいくはずがない。経済的に困窮している人に、高額な治療をすすめることもできない。依存心の強い人に、がんは自分で治すものだと話しても、すぐにはその域に行けるものではない。でも、一生懸命に探せば、その人に合った治療法というのは必ずある。この先生の言うことなら信じられると思える医師や治療家にも出会うことができる。こういう人がこういう病気になったのなら、こんな治療法、こんな先生がいいのではないかと、直観が働くという面では、ぼくは、かなりセンスが磨かれているのではないかと思っている。なかなか動けないでいるけど、末期のがんから生還した人100人へのインタビューも、そろそろ開始したいと思っている。高校時代の同級生ががんで亡くなった。発見されたときは、すでに末期だったようだ。本人もご家族も、大変だっただろうと思う。そういう人は、たくさんいるだろうし、これからはますます増えてくる。正直、ぼく自身、がんというのは、恐怖の対象でもあるし、実際になってしまったら、オロオロすることだろう。末期のがんから生還した人たちにたくさん会って、自分の潜在意識に、末期がんであろうと怖がることはないということを、インプットしたいと思っている。ぼく自身が、がんへの恐怖から解放され、ぼくの情報が、多くの人のがんとのかかわり方に変化をもたらせることができたら、ぼくにとっては、最高の仕事だろうなと思う。「伝える」という仕事の醍醐味を感じられる。「そろそろ動けよ」と、同級生の死は、ぼくに訴えているのかもしれない。*台風です。無理をしないように。
2016年08月22日
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願いは実現するという本がたくさん出ている。思いはエネルギーだから、それが現実化するというのは、たぶん、本当だろうと思う。しかし、思い続けるだけでで現実を作ろうとすると、相当なエネルギーが必要になってくる。それに、今日は「よし、やってやろう!」と強く思えても、翌日には、「ダメかもしれない」と弱気になったりする。よほどの人でないと、願いを強く思い続けるころができない。だから、願いがかなうとか、思いは実現するとか、あふれるほど、そんな類の本が出ているわけだ。できないけど、できる気になって、ついつい本を買ってしまったりする。最近出た、「未来の幸せと富を先取りする」(産経新聞出版)は、同じような話かと思ったら、ちょっと視点が違って面白い。未来を今に先取ってしまおうという話。著者の佐藤康行さんは、日本で最初に立ち食いステーキのお店を始めた人だ。彼は、まだお店が一軒だったとき、100軒の店舗を出すという未来を先取りしたそうだ。業者に、「100店舗あるお店と同じ仕入れ値で入れて欲しい」と、話をした。そんなのほら話として、相手にしてくれないのが普通だ。しかし、佐藤さんは、本気も本気。ぜったいに、そうなるという確信をもって言っている。その話に乗ってくれないところとは付き合わないと、それくらいの覚悟を決めている。そういう佐藤さんの態度に、いくつかの業者が乗ってくれた。そこから、大きな展開が始まった。業者は、佐藤さんの言うことが大ぼらで終わらないように(実現しなかったら大損になる)、一生懸命に応援するようになった。情報をもってきたり、アドバイスをしてくれたり、戦友のような関係になってきたのだ。みるみる店舗が増えていって、70店舗までいったそうだ。つまり、今、未来はこうなると決めて、そうなった未来の状況で生きるようにするのが、未来を先取るコツなのだそうだ。病気の人も、治りたいと、だれもが思うだろう。それなら、治っている未来を先取ってしまう。がんが治ったらこんなことがしたいと思っているなら、今すぐにやってしまう。あるいは、準備をする。治ってからやろうでは、遅い。今、すぐに始める。そうすると、がんが治って面白いことをしている未来の自分が、今に降りてくるわけだ。そうすると、がんも、治ってしまう。現実に、そういう治癒例もあるそうだ。徐々にこうなろうではなく、今、そうなってしまう。会社の経営者になりたかったら、今から、経営者のように振舞う。イチロー選手は、小学校のときから、大リーガーになると決めて、大リーガーなら、これくらいの練習はするだろうという練習をしてきた。彼にとっては、大リーガーは目標ではなく、もうすでに実現しているという前提で、練習したわけだ。だから、あそこまでいけた。目標を立てて、コツコツとやるのもいいが、それでは、あそこまではいけないというのが、佐藤さんの考え方のようだ。この考え方、ぼくは、面白いと思う。ああしたい、こうしたいと言っていても、実現はしない。それより、今、そうなった自分で生きてみる。そうすると、現実がついてくる。これまでの願いがかなうという本とはちょっと違うテーストがあって、願って願ってもダメだという人は、これ、おすすめです。
2016年07月16日
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「僕はたとえどんなに短い人生だったとしても、人間はちゃんとした死に方で死ぬべきだと思っている。決してむごい死に方をしちゃいけないし、させてはいけないと思っている。どんな人も、最後の最後まで周囲の人に愛され、惜しまれて死んでいって欲しい。この世に生まれてきたことを呪うような死に方だけは絶対にさせてはならないんだよ」(白石一文著「彼が通る不思議なコースを私も」より)一週間ほど前、新聞広告で、この本、読みたいなというのがあった。「記憶の渚にて」という小説。白石一文という直木賞をとった人の作品だということだ。図書館に予約を入れた。テーブルの上に、紙のカバーがかかった文庫本があった。とても面白かったので、家内に、「これを読んだらいいよ」と貸してあったものだ。もう一度、読もうと思っている。ペラペラとめくってみた。「神秘」という小説で、生と死、それにスピリチュアルな世界を含めて、とてもいい物語だった。その作者を見て、あっと思った。白石一文さんじゃないか。本を読むとき、著者がだれかをあまり気にせず、読み始めることがけっこうある。結果的に、同じ作者の本を選んでいることがある。そこで初めて、作者を意識する。今、白石さんを意識して、小説を読んでいる。さっき読み終えたのが、冒頭に紹介した「彼が通る~」という作品。学習障がいがテーマになっていたので読み始めた。学習障がいとか知的障がいというのは、障がいという言葉が入っているように、ネガティブなものとしてとらえられている。しかし、彼らは、とてつもない才能を秘めていることが少なくない。「神秘」はがんがテーマ、「彼が通る~」は学習障がい。ぼくの興味あるテーマだ。それに、彼のネガティブとされているものへのとらえ方が、ぼくにはしっくりとくる。僭越ながら、感性が似ているのだと思う。冒頭の文章にも、ぼくは共感する。学習障がいの子の話を付け加える。ぼくが出会ったある特別支援学級に通う女の子。彼女は、テストがあると、全部、答えはわかるのに、いつも0点。どうしてか。答えはわかっても、その答えを、テスト用紙の上にアウトプットすることができないからだ。だから、彼女のテストは、いつも白紙。0点。彼女は、何もわかっていない子と評価されてしまう。本当は、全部、わかっているのに。彼らの才能を生かすチャンスが、なかなか、今の社会にはない。もったいないことだ。白石一文さんの作品からはいい刺激をいただける。しばらく、ぼくの読書は白石さん一色だ。
2016年07月08日
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「やれる! と思ったらやれる!」と、よく言われたものだ。そんなことあるものかと反発してきたけど、これは、真理かもしれない。「できっこない」と、思っていると、どれだけ努力しても、壁にぶつかってしまう。しかし、「できる」「やれる」という自信がつくと、それまで分厚くてとても破れないと思っていた壁が、どーんと崩れてしまって、まったく新しい景色が見えてくる。スポーツの世界はそれが顕著だ。ラグビーというのは、世界に通用しない競技のひとつだった。よく、ワールドカップが終わると、「日本は成長している。でも、世界はもっと進歩している」という、負け惜しみを聞かされてきた。体格差もあるし、農耕民族である日本が、狩猟民族であるヨーロッパ人やオセアニアの連中に勝てるはずがないと、思い込んできた。50点差は当たり前。100点だってとられてしまう。ファンも選手もコーチたちも、みんなそう思っていた。昨日のラグビー。惜しくも負けたが、数年前だったら、スコットランドに16対21なんて試合をやったら、「快挙!」と大いに称えられる。実際、2004年のヨーロッパ遠征では、8対100で大敗している。エディさんの「勝てる」というマインドコントロールと、実際に、ワールドカップという大舞台で、南アという勝てるはずのない相手に対して、番狂わせを演じ、その勢いで、サモアやアメリカに快勝したことで、選手にもファンにも、「やれるんだ」という自信が出てきた。野球の大リーグへの挑戦もそうだ。野茂投手のときは、「日本の選手は大リーグでは通用しない」というのが常識だった。「野球」と「ベースボール」は違うと、さんざん卑下させられてきた。でも、野茂が堂々と活躍すると、次々と海を渡る選手が出てきた。イチローなんて、大リーグを代表するバッターになったじゃないか。ぼくたち自身も、「そんなことできっこない」と、思い込まされてしまっていることが多い。コップの中のノミのようなもの。ノミのサーカスに使うノミは、10センチくらいしかジャンプできないような入れものに入れられて調教される。本来、1メートルもジャンプできるのだが、狭い入れ物の中に入れられているうちに、10センチしかジャンプできなくなる。入れ物から出しても、ノミは本来の能力の10分の1しか発揮できなくなっている。だれもが、本来の自分の能力はこんなものではないと思うことから始めた方がいい。まず、自分がやりたいと思ったことは、「やれる」と思ってしまう。「やれる」ことを前提に行動する。失敗もあるけれど、うまくいくこともある。うまくいったことだけ頭に残して、「やっぱり、やれるじゃないか」と信じて、次の行動をする。そんな繰り返しから、自分の能力が最大限に発揮することができるのだ。やれることだから、やりたいと思うわけで、どうしたってできないことは、やりたいとは思わないものだ。せっかくこの世に生を受けたのだから、思う存分、自分の能力を生かして生きていきたいものだ。少なくとも、自分で自分の力を低く見積もるのはやめるようにしたいものだ。
2016年06月26日
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お伊勢さんの番組をやっていたので、ところどころ見たけど、面白かった。ぼくは、三重県鈴鹿市の生まれなので、子どものころは、よく伊勢神宮へ連れて行ってもらった。子どもにとっては、そんなに楽しいところではなかったので、その印象が強かったのか、大人になってからは、あまり行くことがなかった。数年前、家族で行った。ずいぶんと久しぶりの訪問だった。こんなにもいいところだったのだと、気に入ってしまって、以来、何度か家族で訪ねている。番組では、お参りしているときに、急に風が吹いていてきて、帳が舞い上がり、普段は見られない神殿の中を、神様が見せてくれた。こういう話は、前にも聞いたことがある。不思議な体験をしている方がけっこういるみたいだ。世界にはたくさんのパワースポットがあるけれども、ひょっとしたら、最高レベルの場所かもしれない。身近なものには価値を感じないところもあって、ついつい、外に目が向いてしまうが、幸せの青い鳥じゃないけど、本物は足もとにあったりするわけだ。今月は、娘と一緒に三重の実家へ帰るが、お伊勢さんまで足を伸ばそうと思う。
2016年06月14日
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昨日、いい天気だったから、今日も、傘はいらない。そんなことを言っている人がいたら、バカだなと思う。だって、昨日は昨日だし、今日は今日なのだから。でも、自分を振り返ってもわかるけど、思考のパターンとして、昨日はこうだったから、今日もこうに違いないと決め付けてしまっていることは、けっこう多いな。昨日はこうだというのは、いわゆる「常識」というやつだ。「これが社会の常識だから」と、よく言われるけれども、それは、「昨日は天気が良かったよ」というようなもの。だから、今日も、昨日のように生きようね。それは、おかしいでしょ。社会の常識は、どんどんと変わっていく。ぼくが若いころは、いい大学を出て、大きな会社へ入れば、一生、安泰だった。だから、そういう道を、親も自分も進もうとした。しかし、今はどうだろうか。一流の大学を出て就職先がなかったり、大企業が経営難に陥ったり。常識が変わってきている。にもかかわらず、相変わらず、子どもたちはいい大学に入るために尻をたたかれているし、大学へ入ったら、すぐに就活に追いまくられる。これって、昨日は晴れていたから、今日も傘はいらないというのと同じじゃないかい。スタップ細胞の騒ぎ。何だよ、あれ。世紀の大発見ともてはやされたと思ったら、インチキだとどん底に突き落とされ、今になって、ありましたという話になってくる。古くは、ガリレオだ。地球が太陽のまわりを回っていると言って処刑された。常識が真実を殺してしまったのだ。常識は変わるというのが、唯一の常識。だから、昨日の常識に縛られない。おーちゃんは、二度も、末期がんから生還した。常識から言えば、彼はとっくに死んでいる。そのきっかけは、小笠原だった。2011年の8月。彼にとっては、医者から宣告された命の締切日だった。しかし、彼は、その8月の小笠原のツアーに参加したいと、電話をしてきた。常識の中にいたら、そんな選択はしないだろう。その電話を受けたぼくは、常識の枠の中で言えば、受けることができない頼みだったはずだ。相手は、ほとんど面識のない人だし、責任もとれないし。ぼくは、あのとき「いいですよ」なんて、なぜ言えたのか、わからない。両者が、常識の枠を踏み越えたときに、奇跡的な治癒へのスタートのベルが鳴った。何かを選択するとき、無難な方を選んでいませんか?だいたい、無難なことは、昨日の常識。そして、それは無難だと思い込んでいるだけのことで、本当にそうかどうかは、だれもわからない。迷ったら、これまでの自分だったら、選択しない方の道を選ぶ。それが、光の道だと、ぼくは思っている。
2016年06月01日
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5月が終わろうとしている。早い、早い。いつもそう言っている。時間の流れというのは早くなったり遅くなったり、面白いものだ。時間が流れているのではなく、自分が時間の中を流れているんだという人がいる。そうかもしれない。太陽が動いているのか、地球が動いているのか。時間は宇宙そのもの。ぼくたちは、時間の中を漂っている。小笠原へ行くと、非常に貴重な時間の流れを体験できる。島時間と呼んでいるが、ゆっくりゆっくりと流れていく時間の中に身を置くことができる。そこで気づくのは、都会で暮らす人間は、歩くのがとても速いこと。そんなに急いでどこへ行くの?狭い島を、せかせかと歩いていると、すぐに町外れに出てしまう。きれいな浜辺を見逃してしまう。寄り道をしながら、立ち止まりながら、ときには、「あれっ、どこへ行くんだっけ」と、目的をどこかへ置き忘れてしまったり。そんな島時間の中で暮らすと、いのちが本来のリズムを取り戻す。ところが、いざ、船で帰ろうとして、過ぎ去った時間を振り返ると、えっ、もう1週間もたったのと、時の流れの速さに翻弄されてしまう。一瞬一瞬はゆっくりしているのに、全体を見ると、ものすごく速い。新幹線に乗っているとスピードを感じないが、通過していく新幹線をホームで見ていると、なんて速いんだと思うのと同じかも。あるいは、下の写真のような状況で、新幹線を意識すれば速いし、富士山に焦点を合わせればゆったりしているということになるのと同じかもしれない。ちょっとだけ意識を変化させると、時間の中をゆっくりと漂う自分を感じることができるはずだ。その意識の切り替えが難しいのだが、小笠原へ行くと、自然にできてしまう。そんな時間の不思議を感じてもらいたい。小笠原ドルフィンツアーはこちら。
2016年05月30日
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ぼくは、死の現実を、目の前にどーんと置かれたことがないので、そんなときには、どんな心境になるのか、よくわからない。たぶん、今、自分が想像するものとは大きく違う感情が出てきたりして、ぼくは、大いに戸惑うことだろうと思う。しかし、どんな形か、いつのことかはわからないが、いずれは、死と直面するときがやってくる。それほど遠くない先のことだ。そろそろ、死を視野に入れて生きないといけないと思う。末期がんと宣告されて、そこで、「かっこよく死んでいく」「かっこ悪く死んでいく」「かっこよく生き延びようとする」「かっこ悪く生き延びようとする」いろいろな態度があると思う。自分の人生なのだから、自分で決めて幕をひけばいい。ただし、仏教で四苦(生老病死)というように、生きるも死ぬも、どちらも大変なんだ。だから、「生きること」にも「死ぬこと」にも、敬意をもつことじゃないかな。命を尊重する、大切にするというのは、「自分は何のために生まれてきたか」ということを真剣に考えることじゃないだろうか。ぼくは、だれもが、自分の人生のプログラムをもって生まれてきていると、考えている。頭であれこれと考えたからと言って、そのプログラムが明らかになるわけではないが、心の奥底では、ぜんぶ、わかっていることで、そこに意識を向けることがきっかけとなって、何らかの形で、答えが浮かび上がってくるものだ。特に、命の締め切りを意識したときというのは、それがはっきりと現れてくるのではないだろうか。悔いなく死ぬ人はいないと、ぼくは思う。残った悔いが、次の生(輪廻転生があると、ぼくは信じている)を生きるエネルギーになることもある。適度に悔いを残して死んだ方がいいのかもしれない。あまりにも悔いが多いと、あの世へ行けずにさまよってしまうことにもなるらしいから、適度でとどめておくことだ。自分のプログラムは?ぼくは、今、「60代、108のリスト」というのを書き始めた。何がしたいかを108個、あげようと思っている。中には、ラグビーをやるという、たった10分間だったけれども、60歳になってすぐにかなえてしまったこともあるけど、それも含めて、書き上げていこうと思う。そのリストには、必ず、自分のプログラムが反映されてくる。書き上げていくうち、自然に、自分がどう生きるのかが、明らかになってくるはずだ。そして、やりたいと思ったことは、できることから実現していく。そうすることで、いつ死んでもいいという覚悟ができてくる。そんな気がする。死を考えることは大事なことだ。死を真剣に自分事として考えることで、今、どう生きればいいかが見えてくる。現実に死と直面してしまうと、そんな余裕もなくなってしまうかもしれないが、だれしもが限られた生の中で生きているわけで、それが、たとえ1年であっても、投げやりにならずに、すてきな1年だったと、あの世へ行ってから思えるような時間にしたいものだ。
2016年05月24日
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