老師の言葉 0
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神原康弥くんの本が出る。コウヤくんは、現在21歳。2歳のときに脳症という病気になって、体を自由に動かせず、言葉も発することができなくなった。しかし、母親の英子さんとの筆談で、彼は小学生のころから詩を書いている。その詩を集めて、ぼくと妻とが設立したOfficeOharadaから出したのが、「コウヤのロマン さくさくさく」だった。1000部を作り、それを、口コミだけで販売。900部ほどは売れた。あるとき、知り合いの編集者が、この本に注目してくれた。読んでくれて、感動してくれて、うちで出しましょうと言ってくれた。「コウヤのロマン さくさくさく」をベースに、誌や写真、イラストを増やして、10月末にはでき上げる予定だ。コウヤくんのような重度の障がいをもった人は、意志も言葉もないと思われている。ぼくも、ずっとそう思ってきた。ところが、彼らは、自分の思いをアウトプットすることができないだけど、その内的世界は、中でエネルギーが循環している分だけ熟成されて、うまく表現できれば、人の心に強烈に訴えかけるものだということがわかった。彼の詩もそのひとつだし、ほかにも詩を書く子はいるし、絵の上手な子もいる。ぼくと妻は、この才能を多くの人に知ってもらいたいと行動を起こした。それが、小さな本ではあったが、「コウヤのロマン さくさくさく」として形になったし、さらに、一般の出版社が書店に並ぶ本として作ってくれたのだから、大成功だったと言えるだろう。これからも、この活動は続けていきたい。コウヤくんに続け! たくさんの才能が待っていてくれる。しかしながら、なにぶんにも弱小企業。資金力がない。そこで、助成金をあてにしようと思っている。事業計画を作り、専門家に相談してみるつもりだ。こういう動きを本気になってやっていくことで、喜んでくれる人がいることはわかった。本を読んで感動してくれる人もいる。ぼくたちも、たくましくなっていくことができる。会社の底力もついていく。本当に、こういう出会いがあったことに感謝だ。●出版記念パーティ神原康弥さんの新刊の出版をお祝いするパーティを行います。「大好きなママへ」(仮) 廣済堂出版11月2日(日)12時開場、12時半開演 5時終了場所 文京シビックホール 会議室1・2(東京メトロ丸の内線 後楽園下車すぐ)会費 3000円(障害のある方 1000円 中学生以下1000円)ゲスト 今野華都子先生お問合せ、お申し込みは、info@dolphin-ht.comどなたでも参加できます。お待ちしています。
2014年09月09日
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笑顔のかわいい女の子。とびっきりかわいい笑顔だ。彼女は、生まれついての重度の障がいがあり、自分で歩くこともできなければ、言葉を発することができない。彼女が、自分の意志で外に向けて表現できるのは笑顔だけ。その笑顔にしても、だれもが、その笑顔が彼女の意志の表れとは見てくれない。無邪気な赤ちゃんの笑顔としか理解してくれないのだ。小学生になった彼女は、特別支援学校へ通うようになったが、先生方もいろいろで、彼女のことを理解し、きっと彼女にも思いがあって、何かを伝えたいのだろうと思う先生もいたけれども、多くの先生は、彼女に意志や言葉があるとは思ってくれない。彼女は、どうすれば自分に思いがあることを伝えることができるだろうかと考えた。そうだ! 笑顔を使おう。自分を理解してくれる先生と一緒のときは、最高の笑顔をいつも見せることにした。でも、自分をまるで物のように扱う先生の前では、ぜったいに笑わない。そんなことを続けているうち、「ひょっとしたら」という空気が、学校の中でも流れ始めたと言う。まだ、途中経過で、結果は出てないけれども、彼女の体を張った、ある意味、命をかけた笑顔の訴えは、必ず、いい形で実を結ぶと、ぼくは信じている。だって、あの笑顔、あれはまわりの人を幸せにする力がある。大きな気づきを与えるエネルギーがある。ぼくは、彼女のことを、力いっぱい、応援したいと、強烈に思った。
2014年05月27日
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筆談の練習会に行ってきた。感覚的な部分がかなりの割合を占める世界なので、さて、どうやって教えてくれるのか、とても興味があった。参加者が2人1組になる。一人が頭の中に○とか×をイメージして、もう一人が、それを読み取るのだけれども、そのとき、軽く相手の手を取って、その手を自分の手のひらに近づけると、手が勝手にイメージした形に動き出す。すぐにできる人もいるし、なかなか動かない人もいる。ぼくが組んだ人は、はっきりと、○とか×、さらには1、2、3という数字を、ぼくの手のひらに書いた。「自分で動かしているんじゃないの?」と、思わず聞いてみたけど、「動かしてない」と言う。確かに、どんな行動も、まずイメージがあって、そのイメージに従って、体が動く。それを利用したのが、スポーツ選手のイメージトレーニングだ。イメージによって、脳から情報が発信され、それが電気信号として筋肉に伝わり、動きが起こる。そんなメカニズムだと思う。これが、筆談の基本中の基本。何度もやっていれば、感覚がつかめるはずだ。ただ、動きばかりに意識をとられると、それ以上進まなくなる。体が不自由な人は、手を動かすと言っても、本当に微弱な力でしかない。力としては感じ取れないことも多い。そこで、読み取る側に敏感なアンテナが必要になってくる。読み取られる側が発した、微弱な電気信号をキャッチしないといけない。あるいは、電気よりも、もっと微細な、いわゆる氣と呼ばれるエネルギーをキャッチすることも必要になってくる。ぼくは、これまで何度か、コウヤ君らに手伝ってもらって、練習をしてきた。氣歩が、どんどんとうまくなっていくので、置いてけぼりを食っているみたいなさみしさはあるのだが、ここであきらめてはいけないと思い、自分なりのペースでがんばっているわけだ。亀のようにのろのろした進み具合だが、ときどき、得体の知れない感覚を感じることがある。力でもないし、イメージでもない。ひらめきのようなものと言えばいいか、それが、瞬間的に伝わってくることがある。たぶん、これだと思うが、本当にたまにしかないので、もどかしくてたまらない。この延長上に、きちんと答えがあることは間違いないと思う。ずいぶんと前になるが、氣の取材をしていたころ、突然、自分の手から氣が出るようになったときのことを思い出した。弟を床に座らせ、見よう見まねで氣を送ったら、弟が、床を転げ回ったのだ。あのときは、本当に驚いた。腰痛で寝た切りになったおばあちゃんの背中を、さっとひとなでしたら、歩けるようになったということもあった。たぶん、筆談も、意識して練習していれば、あるとき、突然、できるようになるのだと思う。そうなる日が楽しみだ。
2014年05月17日
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何か伝えたいことがあるとき、大事なことは、外堀を埋めるという作業をはぶいてはいけないということを、昨日は学んだ。なぜ、自分がそのことを訴えたいのか?なぜ、それを訴えることが必要なのか?歴史的にはどうなのだろう?学問的には?いろいろな側面から、「なるほど」と納得してもらえるような、手順を踏んでいかないといけない。意識障がいがあるとされている、重度の障がい者や脳疾患で意識のない人たちとの、コミュニケーションについては、どう説明していけばいいのだろうか。筆談でも、当事者の人が、かすかでも手を動かし、その動きをキャッチして字を引き出すというのなら、それは説明ができる。レッツチャットのような機械を使うことでも可能だ。しかし、柴田先生やコウヤ君のママがやっているような、ただ触るだけで、相手の言葉が伝わってきて、それを通訳できるというのは、どういうことだろうか。実は、うちの三女の氣歩も、そんな感じで通訳するようになってきた。その秘密を解く切り口は?この間の新聞に、こんな記事があった。筋肉の電気信号で動く義手が登場したというものだった。鍵を差し込んでドアを開けたり、ジッパーをあげたり、コインをつかむという細かい作業ができるのだそうだ。筑波大学の山海先生が研究しているロボットスーツというのもある。不自由な手や足につける装具だが、自分の意志通りにその装具が動いて、動かない手足を補助してくれるのだそうだ。まずは、微弱な電気信号が鍵だな。これを、敏感な人はキャッチして、それを自分の脳で処理して言葉にする。でも、柴田先生は、洋服の上から触っても、言葉を読み取ることができる。となると、微弱な電気信号だけではない何かがある。筋肉の振動?さらには、もっと細かなエネルギーか?世の中の価値観を変える、とてつもなく大きなことが起こっているのだと、ぼくは感じている。ぼくは、まずは、氣歩の能力を、徹底的に観察してみようと思う。今日は、優さんという、筆談の名人のセミナーがある。そこでも、何かヒントをいただいてくることにしよう。
2014年05月16日
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氣歩は、ときどき、日赤医療センターに入院している梨穂ちゃんという女の子に会いに行く。女の子と言っても、21歳になる。彼女は、生まれてすぐに黄疸が出て、一旦は良くなったのだけど、すぐにきつい黄疸が出て、そのあと、呼吸が止まるようなこともあって、生後1ヵ月で重度の障がい者となった。以来、ずっと彼女も、体が動かない、言葉を発することができないという中で、日々を暮らしてきた。まわりの人たちは、彼女にいろいろと話しかけてくれたり、表情や手の動きで、イエス・ノーを感じ取ってくれたが、それでも、会話として成り立つことはなかった。2012年11月24日、はじめてきんこんの会に参加した。その前にも、柴田先生が病院へ来てくださっていたようだ。柴田先生の通訳によって、彼女の世界は大きく広がった。特に、彼女の場合、小さいころから、ずっと心の中で詩を作ってきた。もちろん、だれにもそれを伝えることもできず、書きとめることもできず、頭の中に整理してきた。それを、一気に、先生の通訳を通して表に出すようになったのだ。現在まで、36の詩が書きつづられている。たぶん、彼女の頭の中には、たくさんの詩があって、発表できる日を待っていることだろう。氣歩が、36の詩のうち、2つを通訳している。氣歩の筆談も、ずいぶんと上達してきた。文字にしなくても、手を添えるだけでも、伝わってくるものがあるらしい。驚くほどの上達ぶりだ。柴田先生や神原さん(コウヤ君のママ)らの、驚くほどスムーズに伝えるやり方は、なぜ、そんなことができるのか、説明がつかない。多くの人の常識という枠の中で理解してもらおうと思っても難しいだろう。疑おうと思えば、いくらでもできる。しかし、自分の娘が、それに近いことをやれるようになった。これを、ぼくはどう受け止めればいいのか。あのやり方がインチキだとすれば、わが娘は大ウソつきになるわけだ。親として、娘をウソつきにはしたくない。だから、ぼくは、この仕組みをもっと知りたいと思っている。梨穂ちゃんが、この間、氣歩を通して話してくれたことの一部。「私は、少しでも人の役に立てる詩を書きたいと思っているから、たくさんの人に見てもらう意味がある。自由じゃないこの体だけれども、みんなと同じ心をもっている。それもわかってほしいし、だから、そんな気持ちを詩にした。詩は、昔から作っていた。詩を作ろうと意識しているわけではない。頭の中にポンポンと浮かんでくる。少し忘れることもあるけど、自分にとって思い出とか、大切にしている詩は、ぜったいに忘れない」これまでたくさんの友だちを見送ってきたねというお母さんの話に、「すごくつらい。自分は、いつくるかと不安で仕方なかった。今でも、安心できるわけではない。いつ何が起こるかわからない。不安の中でも、ちゃんと希望もある。本(詩集)にしようという思いは、私にとっての、希望です」彼女の夢は、自分の詩を本にすること。ぜひ、実現させてあげたいと思う。
2014年05月14日
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かっこちゃんのエピソード。コインロッカーの巻。まだ、小林さんが付き人になっていないころのこと。神戸に出張があったそうだ。一人で行くのは無理だって、何度も断ったけれども、結局、行く羽目になってしまった。何とか神戸まで行けたし、出張の用もすませた。神戸の駅(新神戸かな、三宮かな)まで戻って、これでやれやれとほっとする。学校にお土産を買っていかないとと、コインロッカーに荷物を入れ、3000円ほどお金をもって買い物に。お土産も買った。あとは帰るだけと、ロッカーを開けた。あれっ。何も入っていない。どうする、どうする。途方に暮れてしまったかっこちゃん。目から涙がにじんできた。そこへ一人の男性が近づいてきた。汚れた身なりのホームレスの方。この男性、めそめそしているかっこちゃんのことが心配で、「元気を出しな、おれが弁当を買ってあげるから」なんて、やさしいことを言ってくれる。かっこちゃんは、決して弱い女性ではない。弱いどころか、だれにも負けない芯の強さがあって、これをやると決めたら、やり抜ける人だ。でも、何か手を貸してあげたくなるものがある。応援したくなってくる。そばにいるだけでも、心が温かくなってくるし。お手伝いすることで、手伝っている方が幸せを感じられるという不思議な人だ。そんなわけで、そのおじさん、自分だってお金がないだろうに、かっこちゃんにお弁当をごちそうしてくれて、自分の段ボールハウスまでかっこちゃんを案内して、大切にしている絵本をプレゼントしてくれた。そして、大事な荷物も、そのおじさんが見つけてくれた。どこにあったのか?何と何と、かっこちゃんは、コインロッカーに荷物を入れたあと、すぐ下のロッカーにお金を入れて、鍵をしめて、買い物に行っていたのだ。だから、マジックのように、戻ってきたらバッグが消えていたというオチ。そのおじさん、いろんな人を観察しているから、かっこちゃんみたいな失敗をする人も見てきたのだろう。でも、良かった良かった。おじさんは、入場券を買って、かっこちゃんが列車に乗り込むところまで見送ってくれたそうだ。なんと、温かい話だ。かっこちゃん、家へ帰ったあと、さっそく、お礼の手紙を書いた。でも、段ボールハウスだから住所がない。だから、駅の構内の地図を書いて、「この段ボールハウス」みたいな形の住所で出したけど、これは戻ってきたそうです。
2014年05月13日
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土曜日、日曜日とかっこちゃん(山元加津子さん)にお会いした。彼女のそばにいると、何とも温かな気持ちになれて、癖になってしまう。昨日、彼女と握手をしたとき、ぼくは、「ぐっと手を握ってくれる」とお願いした。彼女は、握力が7とか8なのだ。一桁の握力ってどのくらいなのだろう?ぼくにはわからなかったので、身をもって体験したかったのだ。弱い、確かに弱い。ホント、これで力いっぱいという感じだ。そっと手を握っているくらいの力しか届いてこない。「だけど、これで大丈夫なの」と、かっこちゃんは言う。講演会でも、100キロもある大男を、上手に吊り上げるデモンストレーションを見せてくれた。体が自由に動かせない宮ぷーを、こんなふうにベッドから車いすに移動させているんだと、見せてくれたのだ。介護という仕事は大変だ。でも、やり方次第で、かっこちゃんのように、握力が一桁という非力な人が、楽に大男を吊り上げることもできるのだ。講演会のあと、スタッフの皆さんと一緒に食事をしたが、そのときに出た質問。「かっこちゃんがコインロッカーでバッグをなくしたって話があったじゃないですか。あれを詳しく教えてくれませんか?」かっこちゃんが神戸へ出張で出かけたときの話。駅で、コインロッカーにバッグを入れて買い物に行ったかっこちゃん。用をすませて戻ってきて、ロッカーを開けたら、なんとなんと中は空っぽ。バッグはどこへ行ったの!すてきな交流話や、あらーっと思える落ちがあって、何度聞いても、笑えたり、ほろっとする物語だ。かっこちゃんの原点があるね。ぼくは、確か、1999年にかっこちゃんに初めてインタビューをした。そのとき、この話を聞いた気がする。道で迷ってぬかるんだ公園で転んだ話、山の手線で、若者に絡んでいたやくざに抱きついた話。いろんな奇想天外な話を聞き、「この人はどういう人だろう」と、びっくりするやら、感動するやら。もちろん、それに加えて、特別支援学校の生徒たちとの心温まる交流があるわけで、たちまちかっこちゃんの大ファンになってしまった。久しぶりに、かっこちゃんのあったかなやさしいドジ話に、大笑いさせてもらった。不思議な不思議なかっこちゃん。ありがとう。
2014年05月12日
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「うちは本当に幸せだよ」きんこんの会やかっこちゃんイベントからの帰り道での、氣歩の口癖だ。本当に幸せなのだと思う。とろけそうな表情をしている。次女の氣恵が、中学時代に先生から、「少しくらい勉強しろ」と言われたとき、「私は、勉強をするために生まれてきたのではありません」と、毅然と言い返した。先生も、これにはどう返していいかわからず、だまってしまったそうだ。確かに、人は勉強するために生まれてきたわけではない(勉強するために生まれてきた人もいるけど)。それをはっきり言えるというのは、わが娘ながら、大したものだと思う。じゃあ、何をするために生まれてきたのか。氣恵に聞いてみた。「決まってるでしょ。幸せになるためだよ」そう。幸せになるため、ぼくたちは生まれてきたし、生きている。だけど、氣歩のように、心の底から幸せを感じている人はどれくらいいるだろうか。氣歩は、中学1年生まで、学校生活はまったくつまらない日々だった。幸せなんて、感じたことがない。授業はわからないし、心が許せる友だちがいるわけでもないし、部活はそれなりに面白かったけれども、幸せとはつながっていかない。でも、きんこんの会とかかっこちゃんのイベントで出あった人たちは、これまでの彼女の人間関係とはまったく違って、何と心地よい人たちか。そんなふうに、彼女は感じているのだと思う。さらに、自分の生きる道を、彼女ははっきりと見つけた。そこに、深い幸せ感があるのだろうと思う。人は、生まれるときに、自分が何をするのか、プログラムしてきた。しかし、それを忘れてしまって、世の中のさまざまな価値観に振り回されてしまっている。しかし、プログラムされた道に戻るチャンスはたくさんある。そのチャンスを生かして、「ああ、この道だったんだ」と、思えたとき、人は幸福感に包まれる。幸せな人の近くにいると、自分も幸せになれる。そして、徐々に、自分のプログラムを思い出し、絶対的な幸せを手に入れることができる。かっこちゃんのマネージャーをしている小林さんから、よく言われる。「小原田さん夫婦は、娘の七光りで生きていますね」さすがにお見通し。伊達にかっこちゃんのお世話をしているわけではなさそうだ。まさに、ぼくたちは、氣歩の幸せのおすそ分けをもらって生きている。氣歩には、もっともっと幸せになってもらおうと思う。そして、その幸せの光を、家族に友だちに、たくさんの人たちにわけてあげられる人になってほしいなと、願っている。氣歩は、ヴァイオリニストの竜馬さんの大ファンになりました。
2014年05月11日
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今日は、「僕のうしろに道はできる」一周年のイベントにきています。心がジーンとくるあったかなイベントです。「コウヤのロマン さくさくさく」を販売させてもらっていて、けさ、あわてて資料の準備をしました。25日にコウヤくんのお話し会のこと、お知らせするペーパーを作りました。その案内文です。2歳のときに脳症になり、21歳の今まで、体を自由に動かせず、言葉も出せないという中で、母との筆談によって、精一杯社会に思いを伝えようとしてきた。子どものころは詩をかきつづけ、それが「コウヤのロマン さくさくさく」という詩集になって、世にでた。そして、成人した彼は、世の中に、自分たち重度の障がいをもった者たちの本当の姿を、知ってもらうべく活動を始めました。......実は、今日は、コウヤくんの21歳の誕生日。ぼくは、朝の慌ただしさの中で、そのことを忘れていました。だけど、無意識のうちに、21歳書いていた自分にびっくりです!25日のお話し会は、13時から。小平障害者福祉センターで。興味ある方はinfo@dolphin-ht.co.jp よろしくお願いします。
2014年05月10日
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自分はこういうことがしたい。こういうことをする。これを宣言してしまう。すると、不思議だけど、さまざまな形で味方が現れてくるものだ。コウヤ君は、「ぼくは、3年後には独立して社長になります」と、大勢の前で、2度も宣言している。彼は、2歳のときに脳症になり、体を自由に動かせることも、言葉を発することもできない。移動は車いす、話すのはお母さんの筆談。いわゆる、重度の障がい者だ。その彼が、社長になる。そんなのは、常識では考えられないことだ。でも、彼が、それを言葉にしたことで(筆談を通してだが)、実現に向けて、大きな力が働き始めていると、ぼくは思っている。少なくとも、ぼくは、それが実現するよう、精いっぱい応援したいと思う。「コウヤのロマン さくさくさく」という詩集が3月1日に出た。これをきっかけに、次の本が企画された。出版社は、力を入れて売りたいと言ってくれている。かなり売れると、ぼくは踏んでいる。そうなると、また、次の動きが起こってくる。今の流れを見ていると、3年もかからず、彼は独立して社長になるだけのものを得てしまうような気がする。重度障害者の社長。それも20代前半。このインパクトはものすごく大きい。彼の夢は、「世の中を変えること」。どう変えるのか。自分たちのような重度の障がいをもった人たちが、一人の人間として認められ、健常者と言われる人たちと協力して、世の中を良くするために活動できる社会だ。彼らは彼らの立場で発言し、その発言がきちんと受け止められ、それが社会に反映されていく。そうなったとき、ぼくは、本当に社会が住みやすくなると思う。彼の夢を、ぼくはイメージできる。だから、ぼくは応援したいし、ぼくのライフワークにもしていきたい。そのことを、ぼくは宣言する。社会はさまざまな側面から変化しようとしている。そのひとつとして、コウヤ君らの発言も大きな力になっていくはずだ。5月25日は、コウヤ君のお話会。そこで、できるだけ多くの人と、いろんな話をしてみたいと思う。今回は、場所はたぶん「ひばりヶ丘」になると思う。13時から。お問合せ・お申込みは、info@dolphin-ht.com
2014年05月06日
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明らかに、去年の今頃と、今とはまったく違ってきている。なぜ、こういう場に、自分がいるのだろうと不思議でたまらない。昨日は、午後から小平で、「こんぺいとうの会」があった。別件があったので、途中で抜け出さないといけなかったが、障がいをもった人たちが発する言葉からは、いろいろな気づきをもらえる。夕方には、小平へ戻って、コウヤ君を囲んでの懇親会に参加した。40人近い人が集まった。バイオリニストの竜馬さんの演奏も聴けたし、すてきな会だったなあ。同じ思いをもった人たちが集まると、場がとてもきれいに澄むし、そこに身を置くことで、自分の心が浄化されていくのがわかる。そこに、幸せ感というのがあるんだろうな。人を攻撃しようとか、おとしめようとか、そんな思いは、どんどんと心を汚していく。だいたい、攻撃や争いというのは、エゴから発するもの。いい結果にはならない。レノアちゃんという、体が不自由で言葉も発することができない女の子が、すてきな詩を作っています。その中に、こんなフレーズがあります。「今、願い事の一つが叶って、心が濁ってしまうなら、このままでいい」目先の願いを叶えるために、大事なものを売り渡してないかい。ぼくは、自問しつつ、彼女のように生きたいと、痛切に思う。彼らと接していると、心が浄化されていく。日常生活に戻ると、また、毒されていくのだが、そこで、再び、彼らにあって、浄化される。そんな繰り返しの中で、きっといつか、ぼくも、きれいな心を自分のものにできるはずだ。そういう希望と幸せを感じる、今日このごろだ。ありがとう。Thank you!謝謝。
2014年05月04日
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上尾であったミニきんこんの会に参加した。たくさんの人が集まっていて、もう「ミニ」じゃないね。なぜ、ぼくはこの世界に興味をもったのだろうかと思う。柴田先生に初めてお会いしたのは、2012年の夏だった。真氣光の月刊ハイゲンキという機関誌での取材で、国学院大学を訪ねた。真氣光というのは、氣功の団体で、ぼくは、1988年からかかわっている。霊的な話も出てきて、宗教団体のように思う人もいるけれども、特に教義があるわけでもないし、会員になっても、縛られることでもなく、グッズなどをたくさん買えば別だけど、会員でいるだけなら、大してお金もかからない。月刊ハイゲンキは、会員さん向けの雑誌で、購読会員というのもあって、これを読むと、「ああ、こういう考え方もあるのか」と、ぼくは視野が広がると思う。特に、柴田先生に出てもらった、巻頭の中川会長との対談は、毎月、とても魅力的な人に登場してもらっている。実は、コウヤ君は、2歳で脳症になったが、4ヶ月の入院のあと、お母さんと一緒に、真氣光のセンターに通い始めている。ぼくは、彼が、つらく苦しいことを乗り越えて、今、「世の中を変えたい」とがんばっているのも、真氣光で学んだことが、支えになっているのではと思っている。柴田先生を対談相手に推薦してくれたのは、コウヤ君のママだった。ぼくは、そのとき、まだ、コウヤ君ともママとも、一度も会っていない。15年以上、真氣光という共通の舞台があったのに、なぜ、会ってないのか。ぼくの側から言えば、あまり関心がなかったのだと思う。柴田先生との対談でも、前もって知識を仕入れておかないといけないので、先生の書かれた「みんな言葉をもっていた」を読んだのだが、なにか、ぴんとくるものがなかった。わからないというのが、正直なところだった。対談の間、ぼくは横で話を聞いていた。このときも、よくわからない。ただ、ぼくが感じたのは、ひょっとしたら、すごい話を、先生はしているのかもしれないということ。そして、それを理解するには、先生がちらっと話してくれた「きんこんの会」なるものに参加してみればいいかもしれないということ。もうひとつ、先生と名刺交換をしたとき、裏側にご自宅の住所が書かれていた。それが、「上尾市」だった。上尾市といえば、親しくしているあゆみさんがいるじゃないか。あゆみさんは、この世界、絶対に興味がある。そう思ったのも覚えている。そして、あゆみさんにそのことを伝えると、なんと、あゆみさんは、かっこちゃんから、柴田先生の話を、ぼくが話す、ちょっと前に聞いていた。何だか、糸がつながり始めた気がした。これは、「きんこんの会」へ行くべきだと思った。その後の最初のきんこんの会へは行けなかった。参加したあゆみさんから話を聞いて、それでも、ぼくはよくわからなかったが、次は行こうと決めた。11月だったか。氣歩とたまプラーザへ出かけた。駅であゆみさんと待ち合わせ、会場へ行き、きんこんの会を実際に見て、ぼくは、「これは多くの人に知らせるべきだ」と、確信した。コウヤ君とママにも、このとき初めて会って挨拶をした。住所を聞いたら、我が家からそんなに遠くない。これも、なにか、大きな意図(糸)を感じた。あれから、2年近くがたとうとしている。きんこんの会もそうだけど、ぼくのかかわり方も、激流のようだ。ぼくにとっては、ライフワークとも言えるテーマだ。もう一歩踏み込んでみようと思っている。
2014年04月29日
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神原康弥君は、もうすぐ21歳になる。2歳のときに脳症という病気になり、体が自由に動かせず、言葉も出なくなってしまいました。脳にダメージを受けているので、一生、動くことも話すこともできないという診断でした。今でも、彼は自由に動けないし、言葉を発することができません。しかし、彼は、ママと筆談で語り合うことができるようになりました。15年ほど、コウヤ君とママは、一生懸命にトレーニングして、コウヤ君の意志を、彼のほんのかすかな筋肉の動きを通して、ママが感じ取れるようになったのです。月に一度、ママの通訳で、彼は、お話会をしてくれています。重度障がい児と呼ばれ、社会性などないとされてきたコウヤ君。彼が、どんな思いで生きているのか、聴く人の心を打つ話を、いつもしてくれます。彼と付き合ってきて、ぼくは、いかに自分が言葉の無駄遣いをしてきたかということ、痛感させられています。彼は、母親を通してしか、自分の思いを発信できません。ですから、限られたチャンスに、きちんとしたことを話しておきたいのは当然で、無駄話に終始するようなことは、あまりしません。昨日も、本の出版について話しましたが、彼は、自分の気持ちをきちんと伝え、疑問があれば、ストレートに質問し、そして、その場で答えを出します。言葉は、伝達の手段です。それを、自分の心を誤魔化したり、その場を取り繕ったりすることに、あまりにも使いすぎているのかもしれない。それが、ぼくの大きな反省です。自分は、今、何を相手に伝えたいのか。それを明確にして、適切な言葉で伝えていく。そんな態度を、ぼくは彼から学ばせてもらいたい。もちろん、言葉がしゃべれるというありがたい立場にいるので、それは大いに活用させてもらって、場面によっては、無駄話もたくさんしたいと思うけれども、でも、その根底には、ひと言ひと言を大事にする気持ちは忘れないようにしたい。本当に、彼からは、たくさんのことを学び、気づかされます。筆談も、上手になりたいと思います。次回のコウヤ君のお話会は、5月25日(日)13時から。参加費は1500円。場所は、西武池袋線「富士見台」駅徒歩4分のキャンディケイト。お問合せ・お申込みは、info@dolphin-ht.com
2014年04月28日
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神原康弥20歳。彼のことを話すと、ついつい熱がこもってしまう。2歳のときに脳症になり、体も動かないし、言葉も出ないような状態になった。しかし、彼は、そんなことでめげてはいない。いや、めげたときもあっただろう。めげては立ち上がり、また落ち込んでは這い上がってきた。だからこそ、彼には、強い芯がある。母親も偉い。彼には、意志も言葉もないという医師の言葉に絶望をしたこともあったが、「そんなことはない」と、思い直し、彼の能力を信じて、必死でコミュニケーションしようとした。きっと、大変だったと思う。何度もやめようと思ったことだろう。何年もの葛藤と努力の末、だれに教わることなく、筆談という方法で、最愛の息子と話ができるようになった。母親が、力の入らない息子の手にペンを握らせ、その手を包み込むように支えると、スケッチブックの上に、さらさらと文字が書かれていく。嘘みたいな光景だ。実際、嘘だと、この母子を非難した人もたくさんいた。しかし、こんなマジックみたいなことができるのも、母と息子との、何年もの努力があったことを、忘れてはいけないと思う。20歳で、彼は、詩集「コウヤのロマン さくさくさく」を出した。詩集を出すのは、彼の夢だった。それが実現した。しかし、彼にはさらなる夢がある。「ぼくは、世の中を変える」と、彼は宣言する。彼のような重度の障がいをもつ人に、きちんと意志があり、言葉があり、感情があり、思いがあることを、多くの人に知ってもらいたい。そのためにも、筆談という方法で、コミュニケーションできる人を増やしたい。彼のその夢も実現に向かっている。きっと、実現するはずだ。彼の強い意志が、世の中を動かしていく。詩集の第二弾の出版が決まった。今度は、書店にもど~んと並ぶ。27日13時から、彼のお話会が西武池袋線「富士見台」のキャンディケイトで行われる。会費は1500円。「コウヤのロマン さくさくさく」は、ここからご購入ください。
2014年04月25日
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大宅ノンフィクション賞でも狙いましょうよ。と、ある編集者から言われた。コウヤ君のこと、重度の障がいをもつ人との筆談のことを話していたときのことだ。「えっ」と、ぼくは、一瞬、言葉に詰まった。そんなこと、考えてもないことだったから。その編集者は言った。「それくらいの大きなテーマですよ。今、先天的、後天的に、コミュニケーション障がいをもつ人がどんどんと増えています。高齢化社会になって、認知症の人など、コミュニケーションが不自由になる人が出てきます。もし、そういう人と筆談でコミュニケーションができるようなればすごいじゃないですか。筆談もあれば、いろんな装置も出てきているし、実際に、重度障がいのある人とコミュニケーションしている人もいます。そんな流れを取材してまとめてみませんか」もちろん、ぼくは何らかの形で、筆談についてはまとめるつもりだった。しかし、それを大宅ノンフィクション賞に結び付けるなどということは、ぼくの考えではとても及ばないところだ。さすが、大きな仕事をしてきた編集者だ。発想が違う。ぼくは、コツコツと文章を書いて生きていければいいと、ずっと思ってきた。雑誌でも単行本でも、あるいは聞き書きの仕事でも、文章を書くチャンスをもらえるだけで、ぼくにとってはうれしいことだ。だいたい、ライターとして30年もやってこれたことが奇跡だし、ぼくとしては、本も出せて、夢は十分以上にかなっているわけで、それ以上のことを願おうなんて、これぽっちも思っていないわけだ。でも、こういう大きな話が出るということは、意味のあることだと思う。不思議だけど、すっと胸に入っていった。それもあるかなと、自然に受け止められたのだ。そんなの絶対に無理だよとは思わない自分がいたのが、意外だった。その編集者が言うように、このテーマは、広く多くの人に知ってもらわないといけないことだ。そのためには、もちろん、ぼくがいい取材をし、いい原稿を書くことはもちろんだが、権威ある賞をとるのも、大事なことなのかもしれないと思う。ぼくの名誉がどうのこうのというよりも、広げるための手段として、賞だったり、ベストセラーだったりということは、あってもいいように思う。賞やベストセラーは、先の話として、ぼくは、本気になって、この仕事に取り組む。コウヤ君の本気度には、ぼくは感動しているし、彼の思いに、ぼくの心が動き始めている中で、あの編集者が、スイッチを入れてくれた。すてきなテーマをもらったものだ。感謝、感謝。
2014年04月18日
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いろいろなことが音を立てて動き出しているような気がする。氣子が動くと我が家は動くというジンクスがある。これまでは、彼女が、小学校へ入学したり、不登校になったりといったことがきっかけで、引っ越しをした。今度は、彼女が引越しをしたことで、まわりが大きく動いている。一番大きいのは、ぼくの仕事関係か。コウヤ君を発信源として、ぼくは、重度の障がいをもった人たちとの縁ができた。そして、彼らの言葉を汲み取る筆談という技術に出あった。さらに、三女の氣歩が、筆談ができるようになった。ぼくは、このコミュニケーションによって語られる、コウヤ君たちのメッセージに感動している。一般的には、言葉も意志もないのではと思われている彼ら。あっても、幼稚なものしかないとされている。ところが、彼らの内的世界は、ぼくたちの想像をはるかに超えて成熟している。ぼくは圧倒されている。5歳の男の子の言った言葉。彼は、生まれつき体が動かず、ずっと寝たきりだ。クスリのせいか、顔がパンパンに腫れている。彼が、柴田先生の通訳を通して語った言葉だ。「お母さんは、いつもぼくを見て、『ごめんなさい、こめんなさい』と謝っている。こんな体に産んだのはお母さんのせいだ、本当にごめんさないと言う。だけど、ぼくは、逆に、こんな体に産んでくれてありがとうと言いたい。だって、ぼくはだれかの愛情がないと、生きていけない体で、こうやって何年も生きていれらるのは、愛情をもらっている証拠だから。ぼくは、たくさんの人の愛情で生きている。こんな体だからこそ、それがわかるんだ。だから、ぼくはこんな体に産んでもらったことがとてもうれしい」ぼくは、感動するしかなかった。彼だけではない。こういう言葉を、多くの重度障がい者が語ってくれる。価値観、人生観が、どんどんと変わって行く。変わっていく自分が、すごく心地いい。もっと変わろう。変えてもらおう。うれしいことが続いている。
2014年04月16日
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人には役割があるということをつくづく感じる。そして、その役割は、日々の生活の中から、自分で見出していくものだ。毎日の1分1秒に、そのヒントはあふれている。だから、どんな不愉快なことがあっても、腹立たしいことがあっても、それは、自分の役割でもあり、次の役割を見つけるきっかけでもある。文句を言っていたり、愚痴を言っていると、人は、ぜったいに前へ進めない。何があっても、それを正面から受け止め、それを前進するエネルギーに変えていけないとダメなんだ。コウヤ君の姿を見て、彼の話を聞いて、ぼくは、もう文句やら愚痴は言うまいと、心に誓った。昨日の彼は、ママへの思いを語ってくれた。本当に、彼はママを愛している。感謝している。ママといることが、彼の最高の幸せだ。でも、彼は、冷静にママを見て、ママに言うべきことをはっきりと言った。ママにも大事な役割があるよ。それは、ぼくの面倒を見て、ぼくが好きなことができるようにサポートすることじゃないんだ。ママにしかできないことがある。それを、ママはしないといけない。ぼくの胸にも突き刺さった。ぼくにしかできないこと。それを、一生懸命にやる。自分は、だれかのために生きているわけではない。自分のために生きている。そして、自分のために生きることは、必ず人のためになる。それが、宇宙の法則だ。人の為をくっつけると、偽という字になる。人のために生きるなんてのは、偽物だ。自分のために精一杯生きる。それが、人のためになる。そんな生き方だ。コウヤ君と会っていると、いろいろな思いが浮かび上がってくる。つまらない常識で固まりそうになっている心が、心地よくシャッフルされる。「コウヤのロマン さくさくさく」を、ぜひ読んで、心をシャッフルしてください。
2014年04月13日
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明日は長女が通っていた学校の入学式。ぼくは、来賓として祝辞を述べることになっている。長女が中学時代に不登校になって、さて進学をどうしようかと悩んでいたときに、都立のチャレンジ校の存在を知った。そして、長女と一緒に何校かを回り、彼女は稔が丘高校が気に入り、入学した。そのとき、ぼくは決心した。この学校が長女にとっても、ぼくたち親にとっても、希望の光になってくれた。だから、自分がこの学校のためにできることをできるだけやろうと、心に決めた。しかし、大したことができるわけではない。とりあえずは、保護者が参加できる行事には全部出ようと決めた。自由業だから、時間の調整はできる。そうやって参加しているうち、任意の団体だった保護者の会を、きちんとした会として立ち上げようということになった。そして、その初代の会長を、保護者の会に参加している唯一の男性という理由で、ぼくが引き受けることになった。実務はお母さん方がやるので、行事のときのあいさつをお願いしますということだったので、ぼくも、引き受けることになった。そして、去年の卒業式に初めて、来賓の祝辞をやり、今年の入学式、卒業式、そして、最後に、明日の入学式に祝辞を述べる。本当にいい経験をさせてもらったと思っている。さて、明日、何を話そうかと、あれこれ考えている。今のぼくのテーマは、「しあわせって何?」。だから、しあわせについて話したい。でも、漠然と話すのでは説得力がないので、今回は、コウヤ君のことを話させてもらおうと思う。2歳のときに脳症になって、体は自由に動かせず、言葉も話せなくなったコウヤ君。筆談という形で、意志表示ができるようになって詩を書くようになった。9歳のころ、「もうすぐクリスマス」という詩を書いた。そこでは、彼は、サンタさんに、歩ける足がほしい、動く手がほしい、話せる口がほしい、と書いた。でも、それからしばらくして、彼は、「しあわせのいみ」という詩を書く。ぼくは動けなくても幸せなんだと、彼は、あきらめではなく、前向きの気づきとして、感じ取ったのだ。体が動かないという状態は同じ。でも、彼は、しあわせだと感じた瞬間にしあわせになった。そんな話にしたいと思う。これから、メモ程度だけど、原稿にしようと思う。会長として最後の仕事だ。がんばってきます。
2014年04月07日
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3月23日に行われた「コウヤのロマン さくさくさく」での、コウヤ君のあいさつ。小原田さんに出あって1年の時間がたちますが、この1年で、激動の出会いがたくさんありました。この出会いで、ぼくは、ずいぶん成長できたと思います。たくさんの出会いに感謝しながら、この出版記念パーティを迎えることができて、本当にうれしいです。ありがとうございます。この本は、小3のころから夢に抱いていた目標です。ゆっくりと、たくさんの言葉をつむぐぼくの詩は、幼くて、弱くて、心細いものかもしれませんが、それでも、ぼくは一生懸命に綴ってきたものです。母とのやりとり、家族の愛、自然との調和、どれもこれも、率直に、自分の言葉を、つむいできました。みなさんに、喜んでいただければうれしいです。そして、小原田さんの協力のもと、1冊の本ができました。基本的に、ぼくの心が幼い分、小原田さんに響いたみたいで、うれしいです。小原田さんの感性で、ぼくの心が伝わったのだと、思っています。1冊できましたが、たくさんの詩がまだ残っていますので、ぜひ、シリーズ化してほしいです。これは、小原田さんと弘美さんにお任せして、もうひとつ、大きな活動をして行こうと思います。それは、いろんな形になると思いますが、今していることは、月1回のお話会です。もうひとつは、まだ形になっていませんが、ぼくの活動を岩崎靖子さんに撮影してもらっています。岩崎さんの活動は、後程、小原田さんに紹介してもらうことにして、はぶきますね。この2つの活動は、思いは同じです。重度障がい児が、何ができるのか。どこまでできるのか。これが、ぼくのこれからのテーマになります。なぜなら、ぼくのこの筆談の表現さえも社会的に認知されていません。ぼくは、この筆談を世の中に広め、理解され、ぼくのように、人の前で表現することを許される者は、どんどん、社会に出て、表現していけばいいし、そうしなければいけない時代を作るつもりです。そうなれば、社会の中で、孤立している人間は、いなくなるはずだと思います。かなり難しい理想ですが、全部をやり遂げる必要はありません。だから、ぼくは何ができるか、どこまでできるか、という言葉に置き換えているわけです。この挑戦は、たくさんの協力者が必要です。私の母も、理想論は嫌いです。行動で示す人です。口には絶対しませんが、ただそれに向かって、歩く人なのです。ぼくは、母の協力と、小原田さんの支援で、走ろうと思います。母は、「歩け」と言いますが、ぼくは走りたいのです。それから、もっとたくさんの方にも、支援していただいています。1年で、こんなに仲間ができるなんて、夢にも思いませんでしたが、本当に、うれしいです。着々と、人生を広げていけていると、自分でも自分ってすごいと思ったりもしています。今日は、ありがとうございます。このあとも、いろいろ、お話しできたらと思っています。ひとまず、ぼくのごあいさつは終わりにします。
2014年04月02日
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溝呂木梨穂(みぞろぎ・りほ)ちゃんは、生後半年のとき、黄疸の治療を受けた際に、脳に酸素がいかない状態に陥って、最重度の脳障がい児となってしまった。現在21歳。病院での生活を余儀なくされてしまっている。体は自由に動かせないし、言葉を発することもできない。彼女も、柴田先生との出会いによって、自分の思いを外に発信することができるようになった。もちろん、自分の口ではなく、柴田先生の通訳を通してだが。昨日、家内と三女の氣歩の3人で、梨穂ちゃんに会いに行った。ぼくひとりではなかなか行けなかっただろうし、家内と2人でも、お見舞いくらいのものだっただろうと思う。氣歩が行くことによって、訪問の意味合いが違ってきた。氣歩は、去年の5月ごろから、脳に障害を受けて、言葉が出なくなった人との筆談に興味をもち、たけちゃんやコウヤ君に教えてもらいながら、めきめきと腕を上げてきている。梨穂ちゃんのように、意志や言葉がないと思われている子の手に、マジックペンをもたせて、自分の手を添えて、スケッチブックに文字を書くことができるのだ。あるいは、指談といって、相手の手をとり、自分の手のひらに文字を書かせて通訳することもできる。氣歩がいることで、梨穂ちゃんともお話ができるのだ。氣歩が伝えてくれることが、本当に梨穂ちゃんの思いなのかどうか、「そうだ! 間違いない」と確信をもって言えるだけの根拠は、ぼくにはない。ただ、柴田先生やコウヤ君のママ、ほかにも通訳ができる人が、どんどんと増えてきている。果たして、みんなが思い込みでやっているのだろうか。念で動くロボットというのがあるらしい。ブラジルでのワールドカップの開会式では、そのロボットをつけた肢体不自由の子どもが、何かパフォーマンスをやってくれると、新聞に出ていた。念というのは、一種のエネルギーで、それをキャッチする装置があれば、思いを力に変えることができるのだ。同じことが、人と人との間で起こっていると考えることもできるだろう。科学が進めば、筆談も、わかりやすく説明できるようになるのではないだろうかと思う。梨穂ちゃんは、氣歩と、ジャニーズの話をしたりしたあと、詩を一作、披露してくれた。「希望の光」というタイトル。今度、みなさまにもご紹介したいと思う。彼女の夢は、本を出すこと、そして、水族館へ行ってイルカと会うこと。何とか、彼女の夢を実現させてあげたい。
2014年03月17日
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我が家から上尾まで、車で、込んでいれば2時間くらい、スムーズだと1時間半くらいだ。昨日は、ミニきんこんの会があってので、家内と三女と行ってきた。障がいがあるとされている子たち(大人は1名)が集まって、国学院大学の柴田先生の通訳で語り合う場である。たまプラーザにある国学院大学でも2ケ月に1度くらいのペースで行われているが、そこには、すごくたくさんの方が集まってくるので、別の地域で開催する人がいて、柴田先生のスケジュールが空いていれば、上尾のような会も催されている。心に響く話がたくさんあった。特別支援学級に通う小学生の男の子。彼が、新学期に向けての気持ちを語った。新学期になると、クラス替えがあって、担任の先生が代わる。先生にも、個性があって、自分の合う先生もいれば、合わない先生もいる。やさしくて大好きな先生もいれば、ちょっといじわるで嫌いな先生もいる。できたら、いい先生に受け持ってもらいたいと、親も子も願うのが普通だ。ところが、その男の子は、こんなことを言った。自分は、こういう会に出ることができたりして、仲間もできたし、すごく強くなれた。だから、ちょっといじわるな先生でも、耐えることができる。まだ弱いときは、やさしい先生に受け持ってもらいたいと思ったけど、新学期は、いじわるな先生は、ぼくが引き受けようと思う。ぼくが引き受ければ、ほかの子のところへ、やさしい先生が回っていくから、その方がいい。そんな話なのだ。自分がはずれを引けば、ほかの人があたりを引く可能性が高くなる。自分ははずれに耐えられるからはずれをひいて、必要な人に当たりを回してあげよう。こういう発想はなかなかできるものではない。ぼくたちは、彼らから、そういう生き方を学ばないといけない。あの会に出ていると、目からうろこが次々と落ちていく。次は、さいたまきんこんの会が3月29日に桶川である。その前に、「コウヤのロマン さくさくさく」の出版記念会だ。詳細はこちら。
2014年03月11日
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「コウヤのロマン さくさくさく」が3月1日に発売された。2歳で脳症となり、体が不自由で言葉が出ない神原康弥君が、お母さんとの筆談によって書きためた詩を紹介したものだ。コウヤ君とお母さんの筆談は、初めて見た人は驚くだろうと思う。驚くというより、「信じられない」という感想をもつ人も多いだろう。話をするスピードですらすらとスケッチブックに文章が書かれていくのだから、それが果たしてコウヤ君の言葉なのかどうかと、疑う人がいても不思議ではない。コウヤ君の意志で、手の筋肉がかすかに動く。それを、お母さんがキャッチして文字にしていく。コウヤ君とお母さんは、コウヤ君が6歳くらいのときから、そういうコミュニケーションの取り方をしてきた。ぼくも、何度かコウヤ君の手をもって、彼の力を感じてみようとした。「〇を書いてくれる」と言って、手に神経を集中すると、コウヤ君の手がかすかな力で動こうとするのを感じ取ることができる。ただ、それが〇を書こうとしているという確信にまではいかない。たぶん、コウヤ君のお母さんも、最初は、そんなあやふやな中で、筆談を始めたのだろうと思う。本当に、コウヤ君の意志なのか、自分の思い込みなのか、迷ったり悩んだこともあっただろう。コミュニケーションができていると確信をもってからも、まわりから非難されて、悔しい思いもしてきた。14年という長い年月、コウヤ君とお母さんは、2人だけの世界をもち続けてきた。それが、やっと、まわりから認められるようになってきた。筆談ができる人も出てきた。お母さんとの筆談を通して、コウヤ君の言葉に耳を傾けてくれる人も増えてきた。「コウヤのロマン さくさくさく」は、この流れを少しでも膨らませないかという、家内とぼく、それにコウヤ君母子の思いが形になったものである。口コミで、少しずつ広がってきている。「おうち書店」と言って、何冊かを預かってくれて、知り合いに販売してくれている人もいる。本が一冊売れることが、こんなにもうれしいこととは、思わなかった。去年、「わがままなあなたがいちばん」を出してから、20年以上も本を書いてきたぼくの、本に対する気持ちがかわってきたのは、我ながら、うれしくてたまらない。まだまだ、筆談が理解されるには時間がかかると思う。より多くの人がわかる言葉で、筆談のこと、コウヤ君のように重度の障がいをもった人の意志のことが、伝えられないかと、模索している。きっと、方法はあるはずだ。「コウヤのロマン さくさくさく」は、ホームページから購入できます。
2014年03月10日
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昨年12月、「僕のうしろに道はできる」を撮った岩崎靖子監督が、コウヤ君に会いに来てくださって、そのときに、彼が語った決意です。この日、3月1日に詩集を作ろうと決めて、3月1日は、それが実現した。コウヤ君は、確実に、大きな力に応援されて生きていると思う。彼の決意。読んでみてください。「20才になって本出してもらって、夢がかないます。でももっと大きな夢があって、社会を変えます。とくに、障がい児の教育について、立ち遅れることのないように発信します。そのためには筆談の可能性をきちんと理解される社会にしていかなければいけないので、しらゆき姫プロジェクトやオフィスオハラダと提携してやっていこうと考えています」「支援してほしくても、国は最低限で抑えてしまって、普通の人は、さみしく家や施設で長い時間をすごさないといけないんですよ。で、わかってくれる人が必ずお世話してくれるとは限りません。何もない家の中で、部屋で、長い時間過ごす。障がい者は孤独の中で死んでいくんです。それが当たり前になってきているんです。この前、うちの団地に住んでいるおじいちゃんが、毎朝、さみしい、さみしい!って叫んで、警察や福祉の人が来てたけど、結局、2~3ヶ月後に心肺停止で救急車に乗せられて、その日亡くなりました。そーゆう時代です。でも、時代だと言ってすませていいのでしょうか?ほんとにぼくらは何もせずにながめてていいのでしょうか?福祉は底辺まできていますよ。コウヤはぜんぶ自分で変えようとは思っていませんが、根本を変えれば、だんだん良くなるでしょう。コウヤのやることは、難しいけど、いつか実になるはずです。でないと、悲しいねー。少しずつやっていきます。」「コウヤのような人間は意志がないと思われています。でも、それは嘘です。ちゃんとありますよ。でも、信じてくれる人は少ないです。これが当たり前のことにしないと社会は進みません。これが常識になるまでがんばります。でね、これで苦しんでいるのはぼくですから。ぼくの苦しみがなくなるように、ぼくががんばる。人のためとかいうと、怪しくなるから、自分のためにやるんです。それが必ず、人のためにも結果的にはなります。きっとね。そしたら、バンザイして死ねます。いい死に方をするためです。少し前に進めるね。とてもうれしい。友だちはたくさんなくなっていきました。友だちの死を悔しくて悔しくて、つらかったです。ぼくが死んで友だちに会えたら、がんばったよって言って、喜び合える日がくる。その日までがんばります。このペースでいけば、少しは友だちも喜んでくれるかな。」3月23日 13時~コウヤ君のデビュー作品「コウヤのロマン さくさくさく」出版記念パーティです。会費 2500円(お茶とお菓子)場所は、西武池袋線「富士見台」駅から歩いて5分ほどの「多目的空間」コウヤ君の応援とお祝い、よろしくお願いします。お申込み、お問い合わせは、info@dolphin-ht.com
2014年03月08日
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このような流れになるとは、想像もしていなかった。計算し計画して生きることは、あんまり意味がないのかもしれない。自分がやるべきところへ、だれもがきちんと流されていく。そんな気がする。だいたい、今みたいに本を書いて生活しているなんて、大学生のころは思ってもみなかった。サラリーマンになって、一生を過ごすだろうことに、何の疑問ももっていなかった。ひょんな縁で東京へ来てフリーライターになっても、こんなふうに50代後半を過ごしているとは思ってもみなかった。さきがどうなるかわからないフリーという立場で、なるべき将来のことなど考えず、今を楽しめばいいというくらいに考えていた。去年の今頃、まさか、家内と二人で作った会社で、本を出すとは思ってもみなかった。それも、間もなく2冊目が出る。「コウヤのロマン さくさくさく」。まさか、体が不自由で言葉の出せないコウヤ君の詩集を、ぼくたちの手で出すとは。こうした「まさか」を楽しめるようになると、人生は楽しくなるはず。もちろん、心地よい「まさか」だけではないだろうが、「まさか」は、人生ドラマには、なくてはならないものだ。あす、本が届く。そして、3月1日の日野での講演会でどーんと並べる。大きな「まさか」だ。果たして、次の「まさか」は?
2014年02月26日
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よく点が線になって、線が面になっていくと言う。ぼくも、たくさんの点を集めてきた。今、それが線になりつつあるのを感じる。点を集めるだけで終わるのかなと思ったこともあった。点のコレクター。それでも、数限りなく集めるか、集めたものを一か所に集中させれば面に見えるかもしれない。でも、微妙に境目があって、面にならない。点を線にするには何が必要なのか。まだ、よくわからないけど、一貫した思いじゃないかと思う。こう生きたい。これをしたい。その思いが、点と点を結びつける。あれもこれもと食い散らかしているうちは、点は点のまま。急速に点がつながり始めたのは、コウヤ君との出会いからだったかもしれない。何度も紹介しているけれども、彼は2歳のときの脳症になって、20歳の今まで、手足を自由に動かせず、言葉を発することもできない。しかし、ママとの筆談によって、彼は思いを発信することができるようになり、たくさんの詩を書いている。それが、今度、「コウヤのロマン さくさくさく」という詩集になって出る。この流れの中で、ぼくと家内と三女の氣歩がとても重要な役割を演じている。この一年にも満たない体験が、ぼくを、思った以上に成長させてくれた。そのエネルギーの高まりが、点を線としてつなぎ始めたのかもしれない。これまで、たくさんの人にお会いしてきた。ぼくがこれからやろうとしていることは、これまで出あってきた人たちに協力してもらわないとできないこと。うまく協力してもらえば、大変な動きにもなりうる。コウヤ君とママという存在がいて、彼らの仲間がいて、そこにぼくたちがかかわって、ひとつのムーブメント起こせそうな気配なのだ。まずは、3月1日には、詩集が出る。すばらしい詩を紹介している。これは、ぜったいに広げたい。ぼくは、営業であちこち回る覚悟を決めている。そこからがスタートだ。なんか、気持ちいいよ。こういう感じで生きられるって、ぼくは幸せだ。「コウヤのロマン」は、次のアドレスから申し込めます。こちら
2014年02月24日
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今朝方の夢の話。家内の目が急に見えなくなった。ぼくは、意外にかいがいしく面倒を見ていた。しばらくして見えるようになって、良かった、良かったで終わったのだが、家内は、目に関しては、母親が緑内障で失明していることもあって、不安をもっていると思う。母親は、完全に失明して、不自由な晩年を送った。しっかり者だっただけに、人の手を借りないとできないことばかりになって、さぞかしもどかしい思いをしたことだろう。さらに、それに追い打ちをかけるように、彼女は脳梗塞で倒れ、寝たきりになってしまった。言葉を発することもできない。手足も自由に動かない。家内が、コウヤ君の詩集つくりやお話会に燃えているのは、母親のもどかしさを何年も感じてきたからかもしれない。母親が入院していた病院は札幌で、ぼくたちは東京に住んでいて、お見舞いに行けても、年に2回ほど。もっと、やってあげたいことがたくさんあったに違いない。今だったら、寝たきりの母とも、三女なら、筆談で話ができる。寝たきりで意識がないように見えた母親だが、ぼくたちの言葉は聞いていただろうし、言いたいこともいっぱいあったと思う。何も言い残せずに亡くなってしまって、心残りもあっただろう。ただ、母が、ああいうつらい晩年を過ごしたことは、ぼくにとっても、家内にとっても、娘たちにとっても、心にまかれた一粒の種だったように思う。今、コウヤ君たちと付き合うようになって、その種が芽になっているように思えてならない。すべてのことには意味があるというけれども、その意味は、何年もたってわかることが多くて、意味がわかったとき、あらためて、「ありがとう」という言葉がわきあがってくるものだ。
2014年01月29日
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言葉がなくなれば民族はなくなる。そんな話を聞いた。そうだと思う。アイヌの言葉を話す人も一人もいないそうだ。だから、アイヌ民族は滅びたということになる。アメリカでのインディアン支配も、言葉から始まった。子どもたちを学校に収容し、部族の言葉は禁止して、すべて英語でコミュニケーションさせる。何年もいれば、部族語は話せなくなり、言葉が消滅し、部族も消える。ひょっとしたら、アメリカは、日本でも英語を公用語にしようとしたのかもしれない。そして、日本民族を消滅させてしまうという作戦があったのではないだろうか。でも、幸いにも、日本人は英語になじめなかった。あるいは、そのことに気づいただれかが、今の英語教育のように、実用的でない形で普及させ、支配されるのを防いだのかもしれない。言葉がないとされてきたコウヤ君のような重度障がいの人たち。彼らも、その存在はほとんど注目されることはなかった。何も考えてない。ぬいぐるみのように、ただそこにいるだけ。彼らの存在を無視して、まわりは勝手なことを話していたりする。本当は、彼らにはすべてわかっていて、まわりの言葉に傷ついていることも知らないで。そんなことが続くうち、彼らは、外部とのコミュニケーションとは無縁の世界に閉じこもってしまう。それが、自分の身を守る唯一の道だからだ。そんな彼らが、今、外部に発信する手段をもつようになった。筆談であり指談である。自分たちの筋肉のわずかな動きを通して、自分の手や口の代わりをしてくれる人が出てきたのだ。懐疑的に見る人は、まだまだたくさんいる。ぼくも、最初は、そんなことってあるのかと思うところからかかわり始めた。たとえば、コウヤ君とママの筆談は、ほとんど話すスピードと同じくらいだ。そんなことが果たしてできるのだろうか?そうこうしているうち、我が家の中二の三女が筆談に興味をもって、コウヤ君とママに指導してもらった。そしたら、けっこうできるようになってしまったのだ。ぼくも少しチャレンジして、「まる」とか「ばつ」は、何とかわかるような気もする。三女に話を聞くと、筋肉の動きだけでなく、何か、伝わってくるものがあると言うのだ。言葉を発するというのは脳の働きだ。脳は、電流で動いているわけだから、その微弱な電流が伝わってきて、脳が同調するのかもしれない。音叉を並べて置いておくと、片方の音叉を鳴らせば、それが別の音叉に伝わり、何もしないのに音が出る。ぼくは、見えない世界を長く見てきたが、あの現象は、テレパシーといったものよりも、少し手前にある物理現象として説明できるだろうと思っている。彼らは、ほとんど抹殺されていた存在だったが、言葉をもったことで、今、よみがえってきている。そして、彼らの発する言葉に、ぼくたちが耳を傾けることで、世の中は変わっていくと、ぼくは感じている。まずは、そういう現象があること。そこに向けていただきたい。何も考えていないと思われていた彼らが、ぼくたちよりもはるかに深いことを考えている。そのメッセージは、ぼくたちがどう生きていけばいいのか、大きなヒントになる。信じる信じないは、先の話でいいから、今、こんなことが、まだまだ小さな勢力だが、行われていること、ぜひ、見てほしいと思う。
2014年01月28日
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達磨大師は、9年間、壁に向かって座禅を続けたそうだ。伝説の偉いお坊さんだ。でも、カンバラコウヤはもっとすごいじゃないか。2歳から20歳まで、不自由な体で、言葉も出せず、生きてきた。毎日が瞑想だ。それも、終わりなく瞑想。彼に思いがあることを信じてくれるのは、お母さんとほんの数人の人だけ。彼が目の前にいるのに、ママの悪口を平気でいう人もいた。彼には、何もわかってないと、人形が置いてあるのと同じ感覚。コウヤ君だけじゃない。そういう人はいっぱいいて、彼らは、大変な修行を、日々積み重ねている。ぼくが彼らのことを好きなのは、そんなにもすごい修行をしていながら、すごいと思わせないことだ。すごいどころか、彼は、世間からは、何もできない人間として見られている。コウヤ君は、ぼくの友だちだ。達磨大師を友だちなんて言えないよ。ぼくは、彼らがどんなことを感じ、何を言いたがっているのか、知りたいと思う。知らせてあげたいと思う。その第一歩が、昨日の「コウヤ君、お話会」だった。理解してくれない人もいるだろうし、すぐに偏見が消えるわけでもない。でも、理解してくれる人、応援してくれる人もいる。「どこまでできるか徹底的にやろうと思っています」コウヤの覚悟だ。ぼくも、何ができるのか、ここは、覚悟をもって、前へ進んでいかないといけない。コウヤ君と出会ったことで、激しい60代に突入ってことになるかもな。定年の年から、一気にダイナミックな人生になるってことか。そもそも、ぼくみたいなフリーの人間に定年はないからな。それもいいじゃないか。帯津先生の言葉じゃないけど、猛烈に生きて、向こうの世界の人たちがびっくりするような勢いで、あの世へ飛び込んで行ってやろうじゃないか。コウヤ君のお話会2月23日(日) 12時30分~15時30分西武池袋線 富士見台駅そば キャンディケイトにてお問合せ・お申込みdolphinoha@yahoo.co.jp
2014年01月27日
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