2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
昨日のイーグルスの余韻で、なかなか仕事モードになれない。だから今日も日記書きます~(^_^;)最近の私は、なぜかまたまた頭の中で佐野元春さんの「SOMEDAY」が鳴っている。23年前に始めて聴いたこの曲は、私の人生の折々で、精神的な支えになってくれた。目の前の壁を乗り越えなくてはならない時期に、この曲が私の心に響いてくるのだ。ま、言わば、私の人生応援歌とでもいうのでしょうか?今また、私は壁に突き当たっている。日々の生活に流されていけば、何となくやり過ごせてしまう事だ。だから、何もしなければ、何も起こらずに終わる…。しかしそれでいいのだろうか?という疑問が起こるのを止められない。このままただ何となく生きてしまえば、何の価値もない老人になるだけだ。「SOMEDAY」から感じるもの、それは何かに向かってひたむきに生きる心だ・・・。そんな心を失ってしまったら、人間はただのロボットだ。私は自分が、つい安住の罠にハマリそうになる時に、いつもこの曲を心で叫んできた。そして走り続けるのだ!昨日届いた友人からの手紙に、佐野元春さんの新聞記事が同封されていた。渋谷陽一が書いたその記事はこんな内容だった。**************************佐野元春は今、インディーズアーティストだ。十分なメジャーパワーを持ちながら、なぜ彼はインディーズを選んだのか?常に時代の先取りをしてきた彼が、アーティストとしての自立性と自由を確保するために選んだ道だ。彼が長いキャリアの中で築いてきた最大の財産はファンとの信頼関係ではないだろうか。**************************と、こんなふうな事が書かれていた。渋谷陽一は、かつて佐野が「SOMEDAY」がヒットしている時期に、単身ニューヨークに渡ってしまった事を批判していた評論家だ。「なぜ、日本で活動すべき時期に海外に行ってしまったのか。それはファンに対する裏切りではないか?」というような事を言っていたと私は記憶する。佐野は、ヒットメーカーとして日本でもてはやされる事には何の興味も持たず、ただ新しい音楽を求める気持だけが全てだった。一般の人が行く道とはまるで正反対の道を歩く真の求道者だ。最近になって渋谷は、過去の自分の評論を撤回し佐野に謝罪した。その渋谷にして書ける今回のこの記事だ。佐野の生き方は、馴れ合い的な日本の野球界に見切りを付けてメジャーリーグに単身乗り込んだ野茂選手にも影響を与えていたと言う。野茂も、「SOMEDAY」に勇気づけられたようだ。そして、その野茂に続いたイチローや松井は今やアメリカメジャーリーグの大スターだ。彼らの今があるのも、野茂が道を拓いたからではないだろうか?そして、野茂が勇気を持って歩く事ができたのは、佐野のパイオニア精神から、パワーを受けたからだと言えないだろうか?そういう意味で、佐野が創っているものは単に音楽だけではない。音楽という形をとった自由への挑戦なのだと思う。その精神が多くの人達に影響を与える。佐野のファンは熱い。佐野の生き方、考え方は、良い意味で日本人離れしている。それは、集団的な馴れ合いを拒否し、自分の信じた道をひたすら求める生き方だ。私が思う日本人的な生き方とは・・・「自分の意思よりも皆がやるから・・・を大事にする」「皆と同じがいい」「理想より目先の利益が大事」「本当に何がしたいのかがよく分からない」・・・こんなのが今の多くの日本人の生き方ではないだろうか?韓流とかいって、外国に憧れるのもいいけれど、その前に、自分自身をしっかり見直すことが先ではないだろうか?ないものねだりではなく、まずは自分の足元から、自分の生き方から見直さなくては・・・・。佐野元春の「SOMEDAY」から始まった今日の日記・・・、最後のオチはこんなところでしょうか。
2004.10.31
コメント(6)
今日、10月30日、イーグルスのドーム公演に行って来た。天気はあいにくの雨・・・、私がドームに来る時は、なぜかいつも雨だ・・・。そう言えば、昨年のRストーンズの時も、雨だったッけ・・・。最近は、仕事に追われていて、今日も時間ぎりぎりまで原稿を書き、何とか1本仕上げた!急いで出かける準備をして家を出ると、なんと1時間に数本しかないバスがすぐにやって来て、ラッキー~~~!!!駅の売店を横目で見ると、イラクで人質になった香田さんの遺体発見という新聞の大見出しが目に付いた。気になりつつも電車に乗って、一路東京ドームに向かう。開演予定時刻の6時ちょうどに何とかぎりぎりで後楽園駅に到着。そのまますぐに会場に走れば良かったものを、仕事に追われていて昼食を取っていなかったことに気付き、何か食べ物を調達するため、駅ビルに入る。チケットには6時開演と書いてあったが、来日アーティストの公演ってたいていは定刻をかなり押して始まるものと思い、ちょっと遅れても大丈夫と踏んだのだが・・・。・・・がしかし!15分遅れで会場に入るとすでにライブは始まっていた・・・(^_^;>ショック!Rストーンズの時は50分も遅れたのに~~~い!!なぜ?しかも、私の席には知らない太った中年のオバサンが座っているではないか!「あの~、ここ20列の150番ですよね?」と、私はチケットを見せながら、オバサンに話し掛けた。オバサンは、悪びれる事もなく「あら、間違えたわ」と言いながら、お仲間4人全員が席を立ち、1個ずつずれはじめた。後ろの席の男性が怒って「シッダウン」と英語で言う。しかし彼は日本人だった・・・>なぜに英語?(笑)ホント、迷惑なオバサン軍団だ。ま、しかし、演奏が始まってから入場した私も迷惑な人だったかも。何とか席に落ち着いて、ようやくライブに気持が集中し始めたが、何とこの会場はなぜかライブの最中に、人がわさわさと立ち歩いているのが目立つ。私の席は通路側にあり、しかもステージに向かって斜めにイスが向いている。だから、通路に人が歩くとステージをさえぎって、人が通る事になる。ライブ中にもかかわらず、通路を人が通る通る・・・飲み物を買いにいく人、トイレに行く人、人、人、、、、なぜ、ライブ中なのに飲み物なんか買いに行くんだよ!>バカヤロトイレはライブの前にすませろよ!目の前を人が絶え間なく通るため、ライブに集中できないよ~~~!!!私の前の席のヒゲのお兄ちゃん(30代っぽい)が、時折鳴らす口笛が「ピーッ」と甲高く響いて耳が痛いよ~~~>鼓膜破れそう・・・後ろの席ではさっきの「シッダウン」のおっさんがでかい声で歌っている・・・>勘弁してくれよ~~~(>_
2004.10.30
コメント(13)
ジョアン・ジルベルトの翌日の12日、同じ国際フォーラムホールAで、オスカー・ピーターソン最後の日本公演があった。オープニングアクトには今話題の新進若手ピアニスト上原ひろみが出るということもあり、とても楽しみにしていた。開演時間を10分ほど回って、爆発頭の上原ひろみ登場!パワフルでみずみずしい感覚の演奏を披露。自由自在に鍵盤の上を踊りまわるかのようなその演奏に思わず眼を見張った。激しい曲、優しい曲、テクノっぽい機械を使った演奏、オスカーに捧げたカバー曲などを演奏した。そして約20分の休憩後、いよいよ大御所登場。足が悪いのか、よちよち歩きでゆっくりとステージに登場。しかし、ピアノの前に座った彼は、流麗で洗練された匠の技を見せてくれた。聴く者の全身を音の快感で包み込み、時間の存在すら忘れさせるような、そんな夢のような世界にいざなう・・・。それはもうジャズとか何とかのジャンルを超えた音楽の本質に迫るものだと思った。言葉はいらない、何か心に、魂に、直接響いてくるものがある。先日のボサノヴァの神様もそうだった。言葉とかジャンルとか人種とか、そういうものを超え、人間の深い部分を揺さぶる音楽の深遠なる世界がそこにある。究極まで追求すると、辿り着くのだろうその世界。私はオスカー・ピータソンのライブは初めてだし、CDを聴き込んでいるコアなファンでもない。でも、初めて聴いた演奏に心から酔いしれてしまった。この人もやっぱり神様だな・・・・。約1時間20分の演奏が終了。最後に再び、上原ひろみ嬢が登場し、花束贈呈。彼女は「尊敬するオスカー・ピーターソンと同じステージに立てて嬉しい」と涙ぐんでいた。しっかりと抱き合った2人は、まるで父と娘のようだった。この時、娘は父からのバトンをしっかりと受け取ったのだろうか。音は流れ出たら消えていくものだけど、そこから受けた感動は、しっかり心に残っている。そんな演奏、そんなライブを、私はこれからも聴き続けていきたい。:::::::::::::::::::::::::::最近はライブ観戦が多いが、忙しくてレポを書く時間がない。でも、感動を忘れないうちに書き留めておきたいと思うので、あと2本のライブレポを近々アップしたい。一つは、26日のトッド・ラングレン。もう一つは、明日行く予定のイーグルス。乞うご期待!
2004.10.29
コメント(1)
今年の台風は、例年なら中国に行くはずのものが、全部日本に向かってきてしまったため、上陸する台風の数が異常に多いという。そして、台風の被害の爪痕が癒えない時期に、新潟で阪神大震災以来の大地震・・・。かと思えば、イラクでまたまた日本人人質事件発生!!!何だか、まるで日本全体が呪われてでもいるかのように、惨事が連続して続いている。もしや、アラーの神の怒りに触れてしまったのか・・・?・・・とでも、思いたくなるような事が続く日本列島の昨今。小泉総理もさぞかし頭を悩ませている事だろう。このような現象が相次いで起こるのは、ただの偶然だろうか?それとも何かの啓示だろうか・・・・?あまりにもいろいろな事が、次々と起こり、何か頭が混乱して何をどう考えたらよいのか分からなくなる。新潟で地震の報道を聞いたとき、まず最初に頭に浮かんだのは長岡市に住む友人の安否だった。幸いにも友人は、家も家族も無事だったようで、昨日は久しぶりに自宅で風呂に入ったという。しかし、周囲では住宅が倒壊して帰る場所のない人が学校などに避難していたり、山古志村の村民達が救助されてやって来たり ヘリコプターが飛び回っていたりと慌しい様子だそうだ。こんな時に思うのは、普段の何でもない普通の生活が出来る事が、いかに有難い事であるか、ということだ。地震で家を失った人達は、寝る場所も定まらず、食事や風呂もままならない。何の予告もなく、ある日突然、路上に放り出されてしまったのだ。同じように戦争やテロで、家や家族を奪われた人達も、一瞬にしてこれまで築いてきた生活を失ってしまった。何不自由なく、普通の生活をしている私達が出来る事は何だろう?ボランティアに行くには、今はまだ受け入れ準備も整わないだろうし、余震の続く中、自己責任で行く心構えもできない。取りあえずは、ここに義援金を送るくらいしかできないだろうな。ここへジャンプ追加情報です!ここのサイトにジャンプして、電話募金をしよう!誰でも簡単に出来る電話募金のサイトはここ! ↓ここどうも、ここへのリンクがうまく貼れないようなので、こちらのアドレスをコピペでお願いします。 ↓http://www.tv-asahi.co.jp/doraemonbokin/
2004.10.28
コメント(8)
今日は、沖縄の民謡などを歌う、寿のコンサートに行って来た。このライブは私の住むS市で、「沖縄」をテーマに毎年開催されているようだが、いつも日程が合わず、今回初めて行った。寿ライブの前に、普天間基地のすぐ側で生まれ育ったと言う平良さんという人のお話があった。平良さんは牧師さんで、沖縄の名護市、辺野古の海に米軍の海上ヘリポートが建設される事に反対して続けられている座り込み運動に参加してきた体験を語ってくれた。この海上へリポートの問題点をまとめてみると、、、、辺野古の海上ヘリポート建設は、普天間基地返還の代償としてアメリカと日本が10年前に合意していた事だと言う。なぜ、ここに海上基地をつくることが問題なのかと言うと、この海には広大な珊瑚が広がり、ジュゴンが住んでいる美しい海だからだ。ここに基地が出来ると珊瑚礁を破壊することになり、珊瑚が死ねば環境が悪化し、ジュゴンも生きてはいけない。日本の数少ない貴重な自然を、なぜ壊さなければならないのか?そして、70歳を過ぎたおじぃ、おばぁを中心に住民達が、座り込み運動を始めた・・・。沖縄の海の美しさを知り、自然は失われたらもう戻ってこない事を知っているおじぃ、おばぁ達は命懸けで座り込みをしてきた。米軍基地建設反対運動と聞くと、何か血生臭いイメージがあるが、実際に参加してみて平良さんが感じた事は、「現場は、穏やかで楽しいムードに包まれていた」という。おじぃおばぁ達は、「沖縄のガンジー」といわれた故・阿波根昌鴻さんの運動に習い、非暴力の平和運動を貫いているのだ。運動に参加する人達には、守らなければならない決まりがある。それは、一つ、決して暴力をふるってはいけない。武器は持たない。拳を振り上げないこと。一つ、相手と話すときは、まず座って向き合って、穏やかな言葉で話す事。一つ、どんな時も笑顔を忘れないこと。なのだと言う。だから、防衛施設庁の職員がやって来た時には、「まあ、座って話し合いましょう」と、まず座ってもらう。そして「暑いでしょうから、冷たいお茶でも飲んでください」とお茶をふるまう。ゆっくりした穏やかな口調で、おじぃおばぁ達が海の自然がどれだけ大切なものであるかを、職員たちに説明する。そして職員たちは、何もせず(何も出来ず)に帰って行く・・・。こんな具合である。これを聞いて私は非常に感銘を受けた。まさにお年寄りの素晴らしさを感じた。歳をとるということは、智慧を重ね、人格を高めていく事なのだと。それを体現しているのが、辺野古のおじぃおばぁだと思った。こんな素晴らしいおじぃおばぁ達に会いに辺野古に行ってみたいと思う。今の日本では老人は厄介者、邪魔者扱いだ。老人は誰かの世話になって生きるしかない世の中だ。日本の文化は若者天国だ。確かに、老害としか思えないような、全然尊敬に値しない年寄り達が幅を利かせている。(政治や経済でね・・・)しかし、沖縄ではお年寄りが尊敬されている。若者達は、おじぃおばぁ達から、人生の智慧を伝授されていく。そんな伝統がまだ、沖縄には残されている。そして辺野古の座り込み現場は、いつもお祭りのような楽しい雰囲気にあふれているという。本当は皆、命懸けで戦っており、笑っている余裕なんかないはずだ。しかし、そこが南国気質なのだろう。楽しくなければ続かない、という。いつも笑顔でいるという決まりには訳がある。「運動している人達が、苦しそうな顔や怒りに満ちた顔をしていては、誰も一緒に参加したいとは思わないだろう。楽しそうにやっている姿を見せていく事が、人々の共感につながる」という考え方なのだ。そしてこう言う。「私達は全ての人が勝つための戦いをしている。どちらかが負ける戦いでなく、敵も味方も全員が勝つのがこの運動だ」とても不思議な言葉だが、つまりこういう意味だ。「反対運動によって基地を作る事ができなくなれば、相手(米軍や日本政府)も、殺人を犯すチャンスが減り、彼らも救われる」という事だ。そして「勝つためには、勝つまで戦い続ける事」と言う。この言葉に、おじぃおばぁの命を懸けた決意がにじみ出ている。沖縄は遠いが、もし、時間とお金(旅費)が許すなら、一度辺野古に行って、座り込み運動に参加してみたいと思う。辺野古に関する情報は、ここへジャンプ
2004.10.17
コメント(13)
どうも、メールで日記を更新すると文字化けや文章が欠けたりという不都合が起きるようです。昨日アップした日記の文章がおかしくなっていたので訂正しました。すでに読んでしまった人、すみませんでした。****************************最近の私はライブづいている。先日のジョアン・ジルベルト(10日)に続き、12日はオスカー・ピーターソン、今日16日は佐野元春のライブに行って来た。順番から言えば、オスカーを先に書くところだが、今日のライブの感動を忘れないうちに、先に元春さんのライブからレポを書くことにする。元春は、私が20代の頃に大好きだったロックンローラーだ。最初に聴いたのは、FMラジオから流れてきた「マンハッタンブリッジにたたずんで」。 聴いた瞬間に電流が走った・・・・。♪~街に暮らしてると毎日少しずつ、シニカルになって夜を見つめてる君~♪ストレートに誰かに愛を告げてその愛がまた別の誰かの愛を生む世界~♪~夜明け前にそんな夢を見てた君はクレイジー♪こんな歌詞だった。こんな言葉が音に乗って出てきた事に驚いた。当時イージーなラブソングが氾濫する中、この曲はかなり哲学的に感じた。これが22年前のこと。そしてライブに出かける。思い出すのは横浜の慶応大学日吉キャンパスでのライブ。アンコールの時、会場の聴衆が拍手だけじゃ足りないとばかりに、足を踏み鳴らしてアンコールしていた。地鳴りのするようなその音と熱気。私は興奮と熱狂の渦に巻き込まれていた。その後約18年、子育てや仕事に追われて、私は音楽から遠ざかってしまった。・・・が、また5年前からライブ観戦に復活。今の私にとって元春のライブは、懐かしい同窓会のようなものかもしれない。今日のライブ会場は渋谷公会堂。会場に入ると、子ども連れが目立つ。年齢は30代~40代が中心。ファンの多くは子育て真っ盛り、働き盛りの年齢だ。サラリーマン風の男性、子連れのお父さんやお母さん、中年夫婦、そんな人達が多かった。私の斜め前に、2~3歳の子を抱いたお父さんがいた。ライブ開始30分後、子どもがぐずったのだろうか、お父さん退場・・・無念。残念ながら、とうとう席に戻る事はなかった(-_-;)さて、ライブは開始と同時に会場は総立ち・・・。いつもの事です(^_^;)中年オーディエンスの集まりにしては、皆、元気だ。最近の私は「座って聴きたい派」なのだが、元春はロックンロールなんだから、やっぱり立って踊るしかない。・・・と言うわけで、最初は仕方なく立っていたが、だんだん私の中でも盛り上がってきて、最後にはまるで10代のうさぎちゃんみたいに、ピョンピョン跳ねていた(笑)ライブは1部と2部に分かれていて、1部は昔懐かしい曲、2部は最新アルバム「THE SUN」の曲。元春のライブでは、いつも昔の曲をたくさんやってくれるので、オールドファンも十分楽しめる。2部の最初のほうで、「君の魂、大事な魂」が始まったとたん、なぜか私は涙があふれて止まらなくなってしまった。♪~君の魂、大事な魂、ならず者達に気付かれちゃいけない、本当の事がわかる日まで、泣かないで目を閉じて踊ろう~♪♪~いつかこの世界が変わる日まで、繰り返す言葉は I love you~♪名曲「SOMEDAY」の詞の世界にもつながるこの歌詞・・・。この曲に込めた、元春の思いはいったい何だろう?9.11同時多発テロ事件が起こった時、いち早く音楽でメッセージを出した日本のミュージシャンは、坂本龍一と佐野元春だった。元春はマスコミに何かを言うのではなく、ただ自分の公式HPに、9.11事件を知って作った曲、「The Light-光-」を発表し、無料で誰もが聴けるようにした。この曲は期間限定でネットから聴く事ができたが、CDリリースはしなかった。限定期間が過ぎ、今ではもう聴く事はできない。そして今回のアルバム「THE SUN」は、デビュー以来在籍し続けたソニーがCCCDを採用したため、これを拒否し、自主レーベルを立ち上げてのリリースだった。長年の古巣を去る時の気持ちは計り知れないものがあると思うが、それでも音楽家の良心としてCCCDは納得できなかったと言う。某音楽専門チャンネルで、「僕はレコーディングスタジオで創り上げたこの最高の音楽を、最高の音でリスナーに届けたいんだ。でも、それがCDになる段階で音質が劣化してしまうなんて、とても耐えられないよ。食事も喉に通らない気持ちだよ」と語っていた。さらに、「もし、こんなふうにメディアになる段階で音が劣化する事が一般的になってしまうと、多くのミュージシャン達は、自分の音に対し、どうせCDになると音が悪くなるんなら最初から良い音を創るための努力をしなくなってしまうかもしれない。それが怖い、音楽の退化だ」とも言っていた。CCCDはせっかくの音質をわざわざ劣化させる、リスナーや音楽家を馬鹿にした最悪の商品だ。音楽家の良心を持ってして、そんな事は絶対に許せないという気持ちを行動に表わした元春に共感した。ソニーは、多くのミュージシャンにリスペクトされている彼を失った痛手は大きかったかもしれない。今後は、アーティストの判断に任せるという方針を打ち出したらしい(遅すぎるんだけどね)。話がライブからそれてしまったが(^_^;)さて、第2部の「THE SUN 」からの曲。このアルバムの中の曲の多くは、かつてのティーンエイジャーのその後の人生を歌っている。つまり元春ファンの現在が題材だ。♪~街はずれのどこかで 中古の家を手に入れて かわいい女の子の父親になるのさ~♪ ♪~晴れた日は 風を抱いて 夢の続きから始めてみてもいいそうさ、正しい理由の向こうには自由 いつだって自由~♪「希望」)中年世代のささやかな幸福を歌った曲。最初は、元春がこんな曲を作るとは驚きだったが、小さな日常に埋もれそうになりながらも、夢を追い、自由を求めた若い頃の気持ちを失わないようにと、自分と同じ中年世代に向けたメッセージなのだと思った。♪~God 夢を見る力をもっと~♪♪~こぼれた幻に 子供たちはみんなクレイジー~♪♪~色あせた惑星の ささやきは ラヴ・ミー・テンダー夢見ることは誰にも止められない~♪(「太陽」)私がグッとくる歌詞はこの「夢を見る力をもっと」の部分。日々の生活に終われているうちに、いつの間にか歳をとってしまった私達中年世代・・・。心も身体も疲れてしまって、夢を見ることも忘れてしまった人達への、元春からのメッセージ。「SOMEDAY」で、傷だらけになりながらも踊り続けた子供たちに、「信じる心いつまでも」と歌った元春が、中年になって夢を失いかけたかつての子供たちに、「もう一度、夢を取り戻そうぜ!」とエールを送っている。本当に、この歳になって、なぜこんな単純な言葉に涙してしまうんだろうと、我ながら思うが、元春の歌は単なる言葉ではないのだと思う。魂から魂へのメッセージなんだ。ストレートで単純な言葉に込められているのは、中年になった今でもロックンローラーとして生き続ける佐野元春の魂そのものだ。この言葉が、この音に乗って伝わってきた時に、私の心に不思議な化学変化が起きるのだ。「そうだ! いつまでも落胆ばかりしてはいられない! 明日からは元気に生きていこう! もっと素晴らしい世界を実現するためにね!」・・・と、いつの間にかこんな気持ちになっている。
2004.10.16
コメント(4)
昨年初来日した、ボサノヴァの神様ことジョアン・ジルベルト・・・。日本のオーディエンスの素晴らしさに感動しての再来日となった。昨年は、チケットの高さにビビッて、行かなかった。新聞にライブを絶賛する記事が載って、行かなかった事を激しく後悔・・・(涙)そして、今年も来日すると聞き、チャンス!!!とばかりに、はせ参じた。しかし、J-WAVEの先行予約で取ったチケットは、1万2千円もするS席にもかかわらず2階席だった…>ガックリ(-_-;)しかも、オペラグラスを忘れたため、ギターを弾く手の動きも見れなくて、悔やしかった・・・。などという事もありながら、やはり、神様ジョアンの演奏は「素晴らしい!」の言葉ではとても表わせないくらい、最高だった。たった1本のギターと、ささやくような小さな声・・・、これだけで、あの広いホールの5千人もの聴衆の心を捉えて離さない説得力があった。2階席ではあったが、まるで目の前で歌っているかのように、ジョアンのささやかで澄みきった歌声が心の中に響いてきた。これこそが、神様の持つ神通力なのだ!と感じさせられた。ジョアンが歌えば、どんな曲でもボサノヴァになってしまう。「ボサノヴァ=ジョアン・ジルベルト」であると言っても過言ではない。まさに、生きたボサノヴァだった。ボサノヴァを聴き始めて、まだ1年、初心者の私が解ったような事を言ってしまうと、長年のボサノヴァファンに申し訳ないので、語るのはここまでにしたい。このやさしく軽やかな歌とギターに包まれていた2時間半は、私にとって究極のヒーリングだった。願わくば、ジョアンがまた来年も来日してくれますように!次回行く時は、できれば1階の前の方の席が良いな・・・。
2004.10.14
コメント(9)
今日、自宅の前の路上で事件があった。外で誰かがケンカしている声が聞こえたので、道に出てみた。家の前の道にクルマを出して手入れをしていた息子が、頭にタオルを巻いた知らない男にえり首を掴まれていた。その男の風貌が、ちょっとヤクザ風だったので、私はあわてて家に戻り警察に電話した。「今、警察に連絡しましたよ!」と言うと、その男は「このガキが態度悪いからよ」と言う。つまり、クルマが道をふさいでいたので、バイクが通れなかった。そこで男は「通れねーじゃねーか!」と、息子を怒鳴りつけた。息子は「チッ」と舌打ちをしたが、言い返すことはせず、すぐにクルマを移動した。それなのに男は再び「態度悪りーガキだな」と再び言うので、息子もついカッとなって「あんたの方こそな」と言い返したそうだ。男は、それが気に入らなくて、息子の襟首を掴んで、暴言を吐いたのだ。「このガキは、誘拐してやろうか?」ここで男の犯罪は成立した。つまり、暴力による恫喝だ。警察が来たら即逮捕となる事実が出来上がった。でも、「殺してやろうか?」と言わなかっただけ、この男は賢かったかも?私が一部始終見ていたので証人になる。道の向こうに、男のバイクが止まっていた。あれは新聞配達のバイクではないか?ああそうか、●●新聞の配達の人だったのね。私が、「あなた、●●新聞の人でしょ? この件は販売所に連絡しておくからね」と言うと、男は急にビビッて、サッサと退散した。捨てゼリフを吐きながら・・・「こっちは仕事してんだよ!なのにこのガキはフラフラ遊んでやがって!」と言うので、「何言ってんですか!息子は今、大学から帰ってきたばかりで、遊んでいるわけじゃないですよ。しかも、バイトしながら大学通っているんですよ!」と、私も言い返した。ついつい、子どものケンカに親が出る??みたいな感じになってしまいましたが、暴力はいけないでしょう。しかも、大人だよ、あんた。事がすんでからも腹立ちが収まらず、某新聞配達所に電話をかけて「責任者を出しなさい!」とぶちまけた。息子に事のあらましを聞く。そして私は息子に、「どっちが悪いとかそういう事はどうでもいいから、相手が何か言ってきたら、とにかく謝った方がいいよ。今の世の中、頭のおかしい人がたくさんいるから、恨みを買うととんでもないことになるからね。相手がもしヤクザだったら、命はないんだから」と、クギを刺しておいた。10分ほどたった頃、家の前に誰かが来た。さっきの新聞屋だった・・・・・。男は、配達所の責任者と一緒に来ており、責任者が「先ほどはどうもすみません」と言った。私は、息子に「さっきの人が来たよ」と言う。息子は玄関口に出て行き、「さっきは俺が悪かった、すみませんでした」と、男に謝罪した。相手の男もさっきとはまるで人相が違っていて、にこやかな顔になっていた。ああ・・・これで一件落着だわ・・・(^_^;)そう言えば、この新聞屋さん、いつもうちの犬を可愛がっていてくれてた人だった。本当はやさしい良い人だったんだ。でも、さっきはまるで人相が変わっていたので全然、気付かなかったわ・・・。私はてっきり、やーさん系の人かと思っちゃって、怖くて警察に電話しちゃったもんね(笑)人間、怒りに支配されると、顔付きまで変わってしまうんだな。願わくば、全ての人が怒りに支配され人格を見失う事のないように。。。。。。
2004.10.05
コメント(11)
これほど音楽ファンやアーティストを愚弄するものはないと、私がかねがね主張してきたCCCDがついに廃止になるらしい。当然の結末だろう。消費者に支持されない商品は消えていくのが自由経済の常識だし。しかし、廃止に当たってソニーが言ってることは、絶対嘘だろう・・・。著作権保護意識なんか、全然高まっていないし、むしろCCCDのおかげで逆の方向に行ってしまった。それは、フェイル交換ソフトを使用して、ネット上でどんなCDもダウンロードできてしまえるようになったからだ。私の知人が、大量のコピーCDを持っていたのでどうしたのかと聞くと、「全部ネットからタダでダウンロードできるんだよ」という。噂には聞いていたが、なるほど、これは例の交換ソフトの仕業か・・・。もちろん、私にはそんな技術も知識もないので、今すぐにはできないが、万が一、この日本で売られるCDがすべてCCCDになってしまったあかつきには、CCCD不買運動の一環として、ファイル交換ソフトで無料ダウンロードを試みてやろうと決心した事は言うまでもない。高い金を払って買ったCCCDが一部のオーディオで再生できないのに対し、無料ダウンロードしたコピーCDは、CCCDではないので普通に聴けるのだ。誰でもがそのほうがトクだし、リスク(オーディオが壊れたりする)も低いと思うに決まっている。CCCD廃止の背景はこういう理由だと思われる。つまり、ファイル交換ソフトバンザイ!ってことだ。しかし、CCCDって一体なんだったの?CD不況に拍車をかける以外、何の役にもたたなかったんじゃないの?エイベックスやソニーのお偉いさんに聞いてみたいんだけど、CCCDにしてみて儲かりましたか?(笑)
2004.10.02
コメント(8)
今日は、映画「ヴィレッジ」を見てきました。予告編を見てしまい、どうしても森の秘密を知りたくなってしまい、とうとう見に行ってしまった・・・(^_^;)シャマラン監督の作品「シックス・センス」に、涙がでるほど感動してしまったので、内容的にもたぶん期待できるだろうと。ここから先はネタバレありなので、これからこの映画を見ようと思っている人は読まないほうが無難です(笑)**************************さて、いきなりネタバレですが、実はこの村は、かつて凶悪な犯罪者によって家族を奪われた被害者たちが集まって、犯罪のないイノセントワールドを求めて、世の中から隔絶された場所に作られた村だったのだ。犯罪によって大切な家族を失い、心に大きな傷を負い、世の中に絶望した人たち・・・。彼らは、欲望や憎しみ、苦しみのない世界を創るため、森の魔物と契約を交わして、誰も知らない場所に住み始めた。しかし平和だった村にも、次世代の成長と共に異変が起き始め、魔物が目を覚ますのだ。知的障害と情緒障害のある青年ノアは、その無垢で無防備な心ゆえ、魔物に取り付かれてしまい、ついに村に悲劇が起こる。ヒロインの、盲目の女性アイヴィーは、目が見えない代わりに人の身体から発する光の色が見える。彼女は言う。「私には世界が見えるの、みんなとは違う方法でね」この言葉は、シャマラン監督からの素晴らしいメッセージだと思う。世界から隔絶された村ゆえに、病人や怪我人が満足な医療を受けられずに死んでいくのがこの村の宿命だ。魔物のいるあの森を越えて行けば、命を救う薬が手に入る。しかし村人たちは、森の向こうに行く事よりも「死」に安住する事を選んできたのだ。そのためにヒロインのアイヴィーは失明した。ノアは知的障害・情緒障害者に必要な療育を受ける事ができず、だんだん常軌を逸した行動に走るようになってしまう。恋人の危機を救うため、盲目のヒロインは魔物の森を越える決心をした。彼女は途中、魔物に襲われながらも、何とか森の向こうに辿り着き、薬を手に入れ、村に戻る事ができた。森の魔物の秘密が明らかになった。魔物の正体はいったい何だったのか?それは単なる作り話だったのだろうか?いや、そうではない。私はこう思う。魔物とは、全ての人の心に潜むもの・・・・欲望、嫉妬、羨望、憎しみ、恨み、、、、こうした心が魔物に姿を変え、人々を恐怖に陥れるのだ。犯罪被害者たちは、魔物の正体を見て、これを恐れ、イノセントな世界を求めた。しかし、どこに逃げても魔物は常に人の心を襲う準備をしている。犯罪、戦争、テロ、貧困、飢餓・・・・このような魔物たちがいま地球上を覆い、人々に襲いかかっている。監督がこの作品を通して言いたかったのは、何だったのだろうか?今の時代にシンクロさせて考えていくと、如何様にも深読みできる作品だと思う。もちろん、娯楽的に観るのも面白いだろう。ただ、単なる謎解きゲームのように観ている人には、最後に「な~んだ、そういうオチか・・・」で終わりかねないかも・・・?(^_^;)物語の鍵を握る知的障害の青年ノアを演じていたのは、あの「戦場のピアニスト」で名演を見せてくれたエイドリアン・ブロディーだった。・・・が、私は映画を観ている時は全然気付かなかった(^_^;)それだけ役になりきってて、全然同じ人には見えなかったという意味で、名演だったのだと思う。
2004.10.01
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1

![]()