Pastime Paradise

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2025.11.23
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カテゴリ: 史跡巡り
慶長3年(1598年)に起こった朝鮮・ 慶長の役 における 泗川の戦い での圧倒的大勝利、はたまた慶長5年(1600年)の 関ヶ原の戦い での “ 島津の退き口 ” と呼ばれるまさかの敵中突破&前進退却で知られる、鹿児島が誇る戦国武将・ 島津義弘 。島津家第17代当主であり(近年この説は否定されつつある)、島津家第18代当主にして薩摩藩初代藩主となった 島津忠恒 (家久)の父でもある。
 時代は下がって宝暦3年(1753年)、幕命により木曾三川の治水工事( 宝暦治水 )を命じられ、完成の翌月に病弱のうえ心労も重なったのか享年27歳という若さで卒去した島津家第24代当主で薩摩藩第7代藩主の 島津重年
 このお二方が生まれ育った薩摩の風景を是非ともこの目で見、肌で感じてみたく、山陽・九州新幹線の最速達列車「みずほ」で鹿児島へ向かったのであった。

 6:51に岡山を出発して9:46には鹿児島中央駅到着。みずほ速ッ!
 まず最初に向かった先は前々から是非とも行ってみたいと切望していた、歴代島津家の墓所である 福昌寺跡 。福昌寺は島津家代々の菩提寺だったが明治2年(1869年)の廃仏毀釈により廃寺となり、現在は島津家歴代(6~28代)の墓地として保存されている。早速義弘の墓前で手を合わせる。画像から想像していたより小ぶりな印象を受けた。近くには本来であれば島津家第18代当主となるはずだったが朝鮮・ 文禄の役 に参陣し21歳にして現地で病死した、義弘の次男・ 久保 の墓もあった。そして念願だった重年の墓に向かおうとするも、まさかの立入禁止
重年の墓だけでなく、重年の長男で “高輪下馬将軍” と称されるほど権勢を振るった島津家第25代当主で薩摩藩第8代藩主の 島津重豪 の墓やら忠恒の墓やら、そこらかしこが立入禁止に。万が一崩れたりでもしたら危ないから仕方がないのだけれど。もっと早くに訪れていれば自由に展墓出来たかと思うとちょっと…いや正直かなり悔しかった。けどまぁしゃーない。

 気持ちを切り替え、続いては慶長6年(1601年)に薩摩藩初代藩主となった忠恒(家久。通称 “悪久”)により築城された 鹿児島城 へと向かう。父・義弘は海岸に近いこの地は防御に問題があるため城を築くのに適さないとし、最後まで築城に反対していたとか。
 福昌寺跡から歩くこと暫し、途中、 西郷隆盛 薩摩義士碑 が建っていた。幕吏や地域住民との対立、 悪疫の流行などで88名の犠牲者を出し、およそ40万両(通説)もの莫大な費用を負担する羽目になった宝暦治水。総奉行を務めた家老・ 平田靱負 は工事終了後、幕府目付による検分報告を国元に認めた翌朝に自害(病死説も)。しかしそんな彼らの偉業も幕府に遠慮してか地元では知られておらず、大正10年(1921年)になってようやく慰霊碑が建ったという。慰霊碑の線香台(っていうの?)には木曽川、長良川、揖斐川とそれぞれに彫られた3つの石が置いてあった。
 慰霊碑から水堀に沿って進むと鹿児島城御楼門に到着。 鶴丸城 ともいうが、明治以降に呼ばれるようになった通称とのこと。御楼門を潜ると中は鹿児島県歴史・美術センター 黎明館 という資料館が建っており、島津家に関する資料(書状とか)もあった。


仙巌園 は万治元年(1658)に忠恒の次男で島津家第19代当主にして薩摩藩第2代藩主・ 島津光久 が築いた別邸で、桜島や錦江湾を庭の景色に取り入れた借景庭園は「仙巌園附花倉御仮屋庭園」として国の名勝に指定されているそうな。また園内の旧集成館反射炉跡は世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にもなっているらしいが、まぁそれらは結構どうでもいい。ここに来た目当ては 尚古集成館 所有の島津家に関する資料のみである。 
 うわッ!見つけた時に思わず声が出そうになったのが「島津重年書状」。宝暦3年(1753年)12月に幕府から仰せつけられた濃州・尾州・勢州川々御普請に対し、重年が御礼を述べた書状だ。宛先は幕府の若年寄・ 松平宮内少輔 。おおッ、嬉しいかな釈文付!有難いことに撮影OK(展示物の一部は撮影不可)とのことなので、スマホでパシャリ。まさかここで重年の書状に出会えるとは。
…もしや重年公、呼んでくださいました?
 園内にある 鶴嶺神社 は明治2年(1869年)の創建で、島津家の歴代当主とその家族、及び分家の 玉里島津家 歴代当主とその家族が祀られており、中でも島津家第16代当主・ 島津義久 (義弘の兄)の三女で久保の室、久保の死後は久保の弟である忠恒の室となった 亀寿 を祀る神社として知られているそうな。亀寿と忠恒の不仲は有名で、福昌寺跡の墓所でもこの夫婦の墓だけ離れた所にあったりして。

 美しい錦江湾と雄大な桜島をカゴシマシティビューの車窓から眺めつつ鹿児島中央駅に戻り、駅西口すぐのビジホにチェックイン。腕時計を外す際、ふと目にした歩数計は23,279歩となっていた。初日から張り切りすぎだって。

 福昌寺跡

 島津義弘公墓(宝篋印塔)

 島津重年公、重豪公墓所

 薩摩義士碑

 鹿児島城 御楼門

 仙巌園

 鶴嶺神社

 島津重年書状





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Last updated  2025.11.23 18:32:35コメント(0) | コメントを書く


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