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今日最終回だったわけですが。。なんちゅう終わりかたどう解釈したらいいんでしょう悲しんでいいのか喜んでいいのか私はハッピーエンドだと思うことにしますでなきゃ、やってられませんそれはともかくピ(RAIN)くんの人気の高さがしっかり理解できた気がしますなるほど、好きにならずにいられないわけです
2006年02月28日
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2月22日の[東亜日報]に偶然にも2人の日本人女性の記事が大きく取り上げられました豊臣秀吉の朝鮮侵略後、朝鮮の義勇軍が日本の武将加藤清正の軍を撃退したことを記念して今の北朝鮮咸鏡北道吉州あたりに建てられた‘北関大捷碑’は、日帝時代日本本土に持ち去られ、靖国神社境内に放置されているのが発見され、昨年10月、100年ぶりに朝鮮半島に戻りました。元の設置場所である北朝鮮と日本は国交がないため、いったん韓国に引き渡され、しばらく国立中央博物館や景福宮に展示されたりして、来る3月1日に北朝鮮側に引き渡されることになりました。先日そのための梱包作業に立ち会った日本人女性・小田章惠さんがそのひとり。もうひとりは、去る2月20日に亡くなった詩人・茨木のり子さん。このお2人の記事を皆さんにお知らせしたく、頑張って日本語にしてみました。 ↓http://www.donga.com/fbin/output?sfrm=2&n=200602220112 日本女性 2人、歴史研究で…詩翻訳で… “韓国、私の愛”[‘北関大捷碑’縁の小田氏]「韓国人達に誠に申し訳ありません。小泉純一郎・日本総理も一緒に来たらどんなに良かったでしょう。」20日午後、ソウル鍾路区世宗路景福宮内国立古宮博物館前庭で北関大捷碑解体作業を見守った小田章惠さんは残念そうに涙を流した。日本東京の靖国神社に放置されている 100年ぶりに帰国した北関大捷碑はこの日特殊梱包されて、3月1日北朝鮮の咸鏡北道吉州へ行く。小田氏は、北関大捷碑が靖国神社に横たえられたまま放置されていることを不憫がり、建てることを要求した貫井正之 韓日歴史研究会長の弟子。北関大捷碑がまもなく北朝鮮に移されるという便りを聞いて、17日取る物も取りあえず名古屋からソウルへ駆けつけた。 彼女の韓国愛は今にとどまらない。彼女の祖父は日帝強制占領期・平安北道新義州で小学校教師を務め、父(中西光夫)も小学校6年の時まで新義州で暮した。中西光夫氏は、壬辰の乱(文禄の役)当時日本軍将帥で朝鮮に来たが‘名分無き戦争に参加できない’として帰順した金忠善(日本名沙也可) 将軍を30余年の間日本に知らせてきた。父の仕事を助ける小田氏も自然に‘愛韓派’になった。周りに暮らし向きが苦しい韓国留学生がいるという噂を聞けば、自分の家に呼びお金を貰わず泊まらせてあげた。北関大捷碑を眺める哀切の眼差しにも家族史が隠れている。「幼い頃に亡くなったという叔父の墓がまだ平安北道新義州にあります。父は必ず一度北朝鮮へ行って、墓を見回りたいと言ったのです。」彼女は韓日関係が対立を越えてお互いを理解して和解することを願った。「韓流のおかげで民間の関係は良くなったじゃないですか。私も良い縁を結んだ韓国人の‘息子’‘娘’が多いです。すぐに政治的もめごともうまく解決されて仲良く付き合えたら喜ばしいです。」(オンニの気持ちで訳してみました/june)(もうひとりの‘愛韓派’日本女性茨木のり子さんの記事/june)[詩人、故・茨木氏]韓国の詩を誰よりも愛し、日本語でとてもみごとに翻訳成し遂げた女流詩人が永眠した。朝日新聞などによると韓国詩人12名の詩を掲載した日本語翻訳詩集‘韓国現代詩選’を発行し、1991年読売文学賞を受賞した茨木のりこ詩人が最近自宅で亡くなったことが確認された。享年79歳。‘韓国現代詩選’は出刊された当時翻訳詩集ではなく創作詩集のようだという評価が支配的なほどに作品性高い評価を受けた。翻訳中でも最も難しい領域に属する詩の翻訳をこのように見事に成し遂げた茨木詩人が、韓国語の勉強を最初に始めたのは母国語を勉強することも容易くない50歳の時だった。当時は韓国語を学ぶと言えば日本人の誰もが‘なぜ、よりによって韓国語なの’と訊ねるほどで韓国を無視していた時だ。茨木詩人が‘ハングルへの旅’というエッセー集で‘ぞくっとする’と書いたほど。こんな雰囲気の中でも韓国語の勉強に茨木詩人が渾身の力を注いだ理由はホン・ユンスク(洪允淑) 詩人との出会いがきっかけとなった。茨木詩人は、ホン・ユンスク詩人が日本語をとても上手に話すのを見てその理由を尋ねた。「学生の時から学んで」という返事を聞いた茨木詩人は、自身の鈍感さを骨身に深く悔いた。茨木詩人は多くの日本人に、27歳の若さで日帝の刑務所で夭折した民族詩人ユン・ドンジュ(尹東柱)を知らせてくれた詩人としても記憶される。茨木詩人がユン・ドンジュについて書いた随筆が1995年日本のある出版社が発行した高校現代文教科書に掲載されたものだ。茨木詩人は‘ユン・ドンジュ’という随筆で「彼は日本の検察の手に殺害されたのに違いない。痛恨の感情を持たずにはこの詩人には出会えない」と書いた。(関連記事&写真)[ハンギョレ新聞]http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/103646.html昨年10月、100年ぶりに日本から戻った北関大捷碑が来月1日北朝鮮に帰って行くという噂を聞いて韓国に来た日本人・小田章惠が20日午後ソウル世宗路国立古宮博物館で文化財運送専門会社職員達が碑を解体するのを、膝をついたまま見守っている。日本‘韓日歴史研究会’を通して北関大捷碑のいきさつを知るようになった小田は「元あった場所に碑石を戻してくれるようになったのに対して感謝する」と語った。[ヨンハプフォト]http://www.yonhapphoto.co.kr/photo/search_word.jsp?dateval=01&place=&searchword=%BA%CF%B0%FC%B4%EB%C3%B8%BA%F1&x=39&y=12<2060220t3555740/北関大捷碑を見に来ました>来る3月1日北朝鮮に引き渡される北関大捷碑の解体作業を見るため韓国に来た小田章惠・韓日歴史研究会会員が解体作業を見ている。<2060220t3549615/北関大捷碑を見に来ました>来る3月1日北朝鮮に引き渡される北関大捷碑の解体作業を見るため韓国に来た小田章惠・韓日歴史研究会所属の日本人このページの上2つの写真の記事 ↓http://kr.search.yahoo.com/search?fr=kr-front&KEY=&search_go=01&p=%B4%BA%BD%C3%BD%BA+%BC%AD%BF%EF+%BA%CF%B0%FC%B4%EB%C3%B8%BA%F1[ソウル newsis/北関大捷碑解体作業を見守る日本女性][ソウル newsis/膝まずいて北関大捷碑解体作業場で涙を流す日本人]20日ソウル光化門国立古宮博物館前庭で繰り広げられた‘北関大捷碑送還告由祭’並びに北送のための解体作業現場では、ある日本人が参加して人目を引いた。小田章惠というこの日本人は‘北関大捷碑送還告由祭’が北朝鮮へ送られると言う便りを韓国にいる友人から受け取り直ちに韓国へ飛んできた。聾学校で音楽の教師であって退職した小田氏は韓国と日本の関係に関心が多く‘韓日歴史研究会’並びに‘朝鮮通信使研究会’会員として活発に活動してきた。小田氏は、‘韓日歴史研究会’の先生が30余年前靖国神社で北関大捷碑が放置されていることを発見したと言い、そのように毀損されていた碑が返還され、韓国人たちに大切に扱われるのを見て「涙がこぼれた」と語った。小田氏の祖父は日帝時代に咸鏡北道(正しくは‘平安北道’らしいです)で教師をし、父も小学校6年生までそこで通い幼くして亡くなった叔父の墓があるなど咸鏡北道に対する個人的な縁があり、北関大捷碑が元来存在していた咸鏡北道吉州に返還される様子を父を供に直接行って見たいが父が高齢でそうできないのが残念だと目頭を熱くした。韓日間の歴史研究のため韓国語の勉強を懸命にしたようで、インタビューの間ずっと身振りを取り混ぜ懸命に韓国語で説明した小田氏は「日本が北関大捷碑を略奪していったことはとても間違ったことであり、ついに返還されたことはとても良かったことだ」と意見を明らかにした。[ある日本人の果て無き北関大捷碑愛/小田章惠氏北送を前にして大捷碑のみへの眼差し](ソウル=ヨンハプニュース/チョ・ソンミ記者)http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=20&newssetid=455&articleid=2006022019315189301来月1日元の場所を求めて北朝鮮ケソンへ移される北関大捷碑のそばを立ち去ることが出来ない日本人がいる。20日景福宮境内に保管された北関大捷碑の傍らでは日本人・小田章惠氏が3日間名残惜しい眼差しで碑石をただ眺めていた。小田氏は北関大捷碑が靖国神社に横たえられたまま放置されているのを不憫がり、建てることを要求した‘名古屋朝鮮研究会’代表・貫井正之氏の弟子であると同時に、韓日歴史研究会会員で大捷碑がまもなく北朝鮮に移送されるという便りを聞いて、17日急いで韓国へ来た。18日から3日間朝から日が沈む時まで碑石のそばを守り見る日が幾日もない大捷碑を眺めることで時を過ごた小田氏は景福宮を訪ねた日本人観光客を碑石の前に呼び碑石の‘悲しい’歴史について説明してあげたりもした。貫井先生から壬辰の乱にについて学んだ以後ずっと北関大捷碑に愛着を持って来たと言う彼女は「大捷碑を見ていたら侵略の歴史が浮かび上がる。日本人のひとりとして豊臣秀吉の代わりに申し訳ないという言葉を捧げたい」と語った。小田氏は日本が韓国に謝らない理由が正しい歴史教育がないためだと指摘して「小泉総理さえちゃんとした歴史教育を受けられず無視する他にない。彼も北関大捷碑の前に立って説明を聞いたなら良い」と皮肉った。北関大捷碑が北朝鮮に移された後にも、家族・知人と共に大捷碑を訪ねたいという彼女は「その時にでも小泉首相を連れて行きたい」と冗談を言ったりもした。韓国の若者を息子・娘と思う小田氏は大捷碑の前で目頭を熱くしながらも「これから韓日間の民間交流に努力したい」という意志を仄めかす時は明るい笑顔を忘れなかった。北関大捷碑は壬辰の乱当時倭兵を撃破したことを記念して肅宗が1709年に立てた碑で、日露戦争の時日本軍によって日本に搬出され靖国神社に放置されていて各界の努力で100年ぶりに韓国に帰還され、現在北送をひかえている。
2006年02月27日
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これ書いてるのは27日だけど、26日の日記26日の睡眠時間は12時間とにかく眠くて仕方がなかった何してても睡魔が襲ってくるこのところ睡眠不足だった、なんてことは全くないんだけど「まだ15時間寝てないよー」の類のセリフを思い出すしかし、15時間も寝てたら残り9時間実際、類の日常生活は大丈夫なんだろうか歯磨きして、顔洗って、ご飯食べて、トイレに入って、お風呂入って・・・これにドラマの登場シーンを加えてみるどう考えても足りない
2006年02月26日
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娘は今日でやっと15歳「中三でもうすぐ卒業式だって言うのに まだ14歳だなんて嫌だったんだよねぇ」だってそう思うのも、十代のうちだけだよたぶんせっかくのお祝いの日なのに、夜は町内の用事でお出掛けしないといけないほんと、こっちの都合なんてお構い無しなんだから
2006年02月25日
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小学生の頃、泣き虫だった私すごく些細なことでも涙が出てしまうそれに気付かれてからかわれ、さらに泣けてしまう卒業式の帰り、先生に、泣き虫を直すようにと言われたのを覚えているけど、随分経ってからわかったの涙腺が詰まってて、そのせいで常に涙が漏れてしまうこと子供の頃、一重まぶただったせいか、逆まつげ状態だったのよおまけにまつげが太くて長くて、しょっちゅう炎症起こしてたのね眼科の先生に生理食塩水を通してもらってからすっかり良くなった近所のおばあちゃんもおんなじでね、でもじきに元に戻ってしまうんだって元の炎症を治さないとだめなのよね、幸い私は高校生の時、唐突に二重まぶたになってその後アレルギーも治まって、炎症が治ったからずっと良かったんだけどここ数ヶ月かな、また少し涙が出やすい状態になってるみたいまた眼科に行かないといけないかなぁ、なんて思ってるんだけどこんな時、涙ものにはとっても弱くなる仕事がなかった今日朝、夕べ録画しておいた『流星花園2』を見た「つくしちゃん、かわいそうー ToT」その後、『サンドゥ、学校へ行こう!』を見た「サンドゥったら、かわいそうー ToT」昼、畑の草取りに精出した髪をかきあげた時、目に砂粒が入った。「痛いー ToT」夜、『マラソン』を見たチョ・スンウの演技に思わず「ToT」目がしょぼしょぼするったら。。
2006年02月23日
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5年間の人生相談をまとめたもの、だそうなるほど、人生の教科書のようなもの時におさらい出来るよう、手元に置いておくものかもしれませんカチンと来るところもなくはないですがストレートなおしかりも、良かれの想いが伝わってきます自分は幸せなんだなぁと、再確認
2006年02月22日
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頭痛持ちじゃないんだけど、今朝は頭痛で目が覚めたの半日我慢したけど気持ち悪くなるばっかりで良くならない仕方ないから痛み止め飲んで仕事に出かけたんだけどいつもの道なのになんか変なんだよねアップダウンのあるところが怖くて思わずブレーキ踏んでしまうまるでジェットコースターに乗ってるような恐怖感に襲われてそういえば、夕べ8階にあるお客さん家に伺ったときもすごい恐怖感感じたな思えばあれからだ、頭痛がし始めたのはどうやら風邪でもないし、他の病気でもないらしいですで、その恐怖感で今日は疲れ果てましたメールにお返事してませんが(ごめん)例の署名、したよー
2006年02月21日
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お亡くなりになったとかとても残念です・・・・・ありがとうございました
2006年02月20日
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どう?赤すぎない?生地はサテンらしいですサテンってなんだ?この人、理解してないみたいです^^;
2006年02月19日
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とっても読みやすくてわかりやすい出版されたのは20年ほども前だから少し古っぽさも感じるけれど私が楽しむのには今くらいがちょうどいい20年前だったら全然理解できなかったんじゃないかしらあとがきが、いちばん面白かったりする
2006年02月18日
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いいかげんに宿題に取り掛からなくちゃと問題に取り組んでいた夕べ、11時を少し過ぎた頃だったか、窓がカタカタッと鳴って足元がゆっくりゆら~りゆら~りと揺れた。あわててストーブを消して家族に指示、しようとするも、みんなは無反応。「おかあさん、具合でも悪いんじゃないのぉ」と言われ、「そうかなぁ、めまいでもしたのかなぁ、けど、足元からするか~?めまいって?」と思いつつも若干精神面で落ち込んでたので早寝することにした。今朝のニュースを見て「やっぱり地震だったんじゃ~ん」とちょっと胸を張る。けど、震度1だ。「お母さん変だよやっぱり」ということになった。
2006年02月17日
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たまたま早起きした朝、思いがけなく開会式を見れて感激したけど冬のオリンピックってハラハラする大きなミスとかアクシデントとか多くってわかんない競技も多いなぁパシュートって・・?NHKでさっき解説してくれたなぁるほどよくわかんない三人ですべってる様子を見てたら、PiNMeNを思い出したあの・・一所懸命さとか・・姿もだけどスピードスケートの選手って腰痛そう高橋選手のフィギュア華麗なステップにハッとしてドキドキするジャンプ台とかモーグルコースとかテレビで見ててもめまいがするアルペンだったらちょうどいい
2006年02月16日
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と息子が慌てた様子で叫んだ何が青色なのかと思ったらトイレを流した時に、青色だったのに気付いたんだって「オレ、病気なのかなぁ。。」と心細そうな顔してる「あ、もしかして、水が青色になるもの取り付けた?」「ううん、つけてないよ」「おしっこが青色になる病気ってあったっけ?」「さぁ・・」そういえば、トイレのお掃除しようと思ってトイレ洗剤かけたまま忘れてたそれにしても、ふつう最初に気付くでしょうが流してしまった後で、さっきの青色だったって気付くなんてね
2006年02月15日
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歯自体は全然痛くもないんだけど一年位前から右頬の内っかわを噛んでしまうようになったのこの数日は何か喋っても食べても噛んでしまうトマトがしみて食べられないキムチもだめねぇ特別変な生え方しているわけでもないんだけど上下の歯が頬っぺたの内側を挟み込んでいる感じ太ったせいもあるかしらね昨年歯医者さんに通ってた時訊ねたんだけど「いじりたくない」んだって生えてる途中だからってことかしらさてどうするか。。
2006年02月14日
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夕食の仕度の前にお買い物に行こうとしたら、ちょうど娘が帰ってきたの。「ねぇ、たまには一緒にお買い物に行こうよ。」となぜだかしつこく誘った私、そしてなぜだか素直に「そうだね。」と頷いた娘。車で10分くらいの大型スーパーまで出かけたの。衣料品コーナーで目が止まり、「ねぇ、これ良さそうじゃない?着てみたら。」「ねぇ、これ良さそうじゃない?穿いてみたら。」「ねぇ、これ良さそうじゃない?被ってみたら。」「このバッグ、どうかなぁ?」「そろそろかわいい下着つけてみたら?」と、いつになくあっちこっちに目移りする母に、これまたいつになく素直に従う娘。「お母さんこのズボン、腿の所がキツイきついかも。。」「女なら、身体に服を合わせるんじゃなくて、服に自分を合わせるもんよ!」とか気合入れて言ってたり^^;結局母に「似合う似合う♪」と煽てられて「これで春休みに遊びに行けるね^^」というくらいシャツや帽子やズボンやいろいろ、娘のものばかり結構買ってしまったのでした。夕食の買い物に来たことはすっかり忘れて、気付いたら外は真っ暗。帰り道の満月がとっても綺麗だったな。そういえば早朝の月もとても綺麗だったよ。
2006年02月13日
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だんなさまがクオカードがたくさんあるって言うもんだから、近くのコンビニにデザートでも買いにと出かけたの何やら妙な視線を感じて振り向くと、棚の中からガンつけてるヤツがいてねいつからなんだろう?みかんゼリーがこんなに目つき悪くなったのは^^;http://www.tarami.co.jp/seihin/kirari/7187_2.htmlイチゴはとっても可愛いけどね^^で、買ってきたのは~違う会社のプリンなんだけどね
2006年02月12日
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ふ~ん、へぇ~、そうなんだぁ~とかひたすら感心しつつ読むうちに、なんとなく心のゆとりが生まれてくる気がする、いろいろ許せてしまえる気になってくるから不思議ですこの人の話は、素直に聞けてしまう、受け入れて従うかどうかは別として
2006年02月11日
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この一ヶ月、私の車においてあるCDは3枚、結構激しい洋物ロック先月久しぶりに私の車に乗ったあなた、車が動き出した瞬間、表情が固まったよね、一瞬だったけど気付いてたよいつもだったら前もってあなたの好きそうなのに入れ変えておくんだったんだけど、急だったからね忘れてたのよ先週私の車に乗った誰かさんも固まってたよね、思わずジャケット手に取って首かしげてたね昨日私の車に乗った息子「おれもそろそろ洋楽聴こうかなぁ~、けど、お母さんの聞いてるのはメジャーじゃないのが多いからなぁ」なにをおっしゃる、メジャーだってば、あなたが知らないだけなのよちなみに最近の息子のお気に入りはELLEGARDEN洋楽を勧めるとしたら、何が良いかしらね
2006年02月10日
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‘QUARANTINE’を英和で引くと‘隔離’とか‘交通遮断’とかそんなことが書いてある。『宇宙消失』、この邦題からはえらいことスケールが大きい印象を受けるけど、お話自体は地球の上でそれも結構狭い範囲で進んでいく・・・進んでいく?のか?と読後には疑問も浮かんだりする。2034年11月15日、16分半ほどの間に空から星が消えた。太陽系を大きな<バブル>が包み込んだから。世界はパニックに陥るも、やがて落ち着きを取り戻し、そして33年が過ぎ去った。そんなある日、元警察官ニックは、厳重に管理された病院から失踪した先天性脳損傷患者ローラの捜索を依頼された。<バブル>とローラが物語の先でどう結びついてくるものか、ごくごく終わりまでいかなければ全くわからない。たとえば「あの時ああすれば良かったのに」と思うことがあるでしょう?もしあの時‘ああした自分’が居たとしたら?いや、今もあの時‘ああした自分’と‘こうした自分’とが共に存在しているとしたら?あるいは、あの時‘ああした自分’と‘こうした自分’が同時に生じ、結果として‘ああした自分’が消滅したとしたら?消滅したもうひとりの自分は殺されたことになるのだろうか?そしてもし、何かの選択の度にもう一人の自分が存在していくとしたら?自分だけじゃなく、全世界の人々がそうだとしたら?重ね合わさった世界がであることが実は本当の世界なのだとしたら?いろいろと?のつく考えが尽きない。「神はサイコロ遊びをしない」とアインシュタインは言ったとか。人間がまだ見つけていない‘隠れた変数’の存在が予言を可能にするらしい。それはもはや予言ではないともいえるだろうけど。量子力学とか波動関数とか、わからないことがたくさん出てきて理解不能なところもたくさんあったんだけど、それはとりあえず置いといてもそれなりに楽しめる。おそらく、この作品自体がいくつもの面白味を重ね合わせたものだからなのではないかとそう思う。
2006年02月09日
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お客さまからいろいろ読み物を手渡されることも多いんです。今年はじめ「ぜひ読んでみて」と小林正観氏の本を貸していただきました。個人の本を借りるのはちょっと気が重いんです。それに小説は好んでも、誰かの考えをつらつら書いたものはあまり好みません。薄くて字も大きい読みやすい本なのに、次に伺うときまでに読まなくちゃいけないし何がしかの感想も必要だというプレッシャー、実際は一時間ほどでさらっと読めてしまう読みやすいものだったんですがで読み始めるまでがちょっと辛かったなぁと苦笑い。目からうろこというほどでもないけれど、こころを丸くしてくれるヒントがたくさん紹介されてます。正直、反発するところもいくつかあったんですが、般若心経の空の意味がわかっただけでも良かったんじゃないかと。。。で、帰りにさらに2冊の分厚い本を持たされてきました^^;
2006年02月07日
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昨年脳腫瘍の手術をした友人なんですが。私と会うときはだいたい体調のいいときに限られるので、元気な笑顔も見せるんですが、時に激しい頭痛に悩まされているそうなんです。もちろん定期的に病院に通い、先生に伺ったり、MRIの検査をしたりしたそうなんですが、特にこれといった原因もないようです。痛み止めの効き目が悪い時もあるらしく痛みの予兆が来ると不安におびえています、何か彼女の救いになる情報お持ちの方がありましたら、お教えください。
2006年02月06日
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昨年一緒に大邱に旅行に行ったお仲間方も多くいらっしゃるとのことで、丸石醸造の長誉まつりに行って来ました二階の広間で昼間っから津軽三味線やら民謡など聴きながら数種類の日本酒を酌み交わし、なんとも贅沢な時間ですちゃっかり、貫井先生に著書にサインをいただきました^^早めの帰宅をしたものの、久しぶりの日本酒でふらふらになってしばし眠り込んでおりましたちょっと、頭痛--;
2006年02月05日
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警察庁長官官房総務課長っていうのがどういうものなのか全然想像もつかないんだけど、マスコミ対策を担っている、のだとか。東大出身のそのなんとか課長を勤めるいわるゆるキャリアの主人公竜崎は、仕事を天から与えられた使命のように思っていて、国民のためには命を懸けてもいい、くらい誠実で努力のひと。でもその使命に一途なあまり家庭は妻にまかせっきり。そんなとき、過去に殺人事件の加害者だった人物が被害者となる連続殺人事件が起こる。もしかして犯人は、身内!?そして竜崎の家庭でも一大事が発覚する。公務員として、父として、苦悩する姿がとても胸に響く、後半はおもわず涙が溢れてしまう。エリートといえども父であり夫であり、トラウマを抱えるひとりの人間である部分にほっとし、共感もする。あたりまえの行動は、実はとても勇気を伴うものなんだなぁと思い知る。
2006年02月04日
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昨日娘の希望の高校から合格通知をいただきまして今日早速入学金納めてきました気を緩めてはいられませんけど、ひと安心です
2006年02月03日
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先生にいただいた濃い豆乳ににがりを入れて豆腐作りに挑戦してみました。ときどき自分ちで作ってはいたんだけど、私が作るとどうもうまくいかなくて、豆腐を作る係りはいつも娘と決まってました。相性ってのがあるのかしらね・・豆乳200ccをどんぶりに入れて、にがり小さじ半分を軽く混ぜいれ、ラップして、電子レンジの弱でそぉーっと様子を見ながら温めてみたら、若干柔らかいけど、それなりのが出来たよ^^やっぱりできたては美味しいね。今夜は、娘が作ってくれたお豆腐をさいの目に切ってお味噌汁にしました。なんか贅沢な気分です。
2006年02月02日
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下っ腹引き締め!と気合入れ、午前中エアロビに頑張ったんだけど、夕方からのお仕事中に足首痛めたらしい。足首痛めても腹筋は出来るけどね、と思っているうちに日付は変わってた。。4日からにしようかな、区切りがいいしね。なんて言ってるうちに次は新年度ってことにならなきゃいいんだけど。
2006年02月01日
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