2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全33件 (33件中 1-33件目)
1
近ごろは婚約のときに、宝石入りのリングを贈る人が多く、大多数の人が宝石にくわしい。精巧に出来たイミテーションの宝石を持ってきて質問され、返事に困ることさえある。私は美しい宝石を扱いながら、一生懸命勉強しなくては、世の中に取り残されると、自分自身に言い聞かせている。・・・この項修了次回から・・武田軍団の末裔
2005年04月30日
コメント(0)
ダイヤを取り巻いた豪華なサファイヤのリングが合成石で驚いた人もいた。小売店で鑑別の知識がないから問屋を信じて仕入れをし、問屋もその先を頼っての商売であった。現在ではそんなことはないが、当時は目の前で鑑別してみせると、青くなってしまう宝飾店主も何人かいた。
2005年04月30日
コメント(0)
宝石の削りから出発して開いた趣味の店は、小売店というより、研磨機や鑑別器具が巾をきかせている変わった店になった。店半分、研磨教室にしたから、いつも生徒がいて店内をにぎわしていた。商品を求める客より、自分の身につけている宝石の鑑別を頼む人が多かった。中にはある店で何十万円も出して買った”翡翠”を鑑別してくれと持ち込まれ、それが染めたものであったと分かり、その人は買った店に怒鳴りこんで行った。良い品だと信じ切って売ったその店の主人が「営業妨害だ」と、私の所へ文句を言いにきた。しかし、鑑別方法を教えて説明すると「だまされた」と、今度は問屋に怒鳴りこんだという一件もあった。
2005年04月29日
コメント(0)
デベロッパーである京急興業(現在の京急不動産)のお偉方は「素人が出した宝飾店では無理だな。サニーマートでつぶれるとすればあの店が最初だ。絶対まちがいない」と太鼓判を押したそうである。
2005年04月28日
コメント(0)
そして気がついてみると、一面識もなかった女性の手をいかに情熱的に握ろうが(リングを買ってもらうためサイズを計るので)特定の人にしかさわらせない、ふくよかな胸にふれようが(ネックレスをつけるから)世の女性はなすがままで、うっとりと目を細めているという結構な商売へと転向してしまったのである。
2005年04月27日
コメント(0)
昭和四十三年(二十年前)「全長三百メートル、日本一ながいショッピングセンター、専門店百店、メーンテナント東急」の宣伝文句でオープンした。京急沿線の金沢に出来たサニーマートに宝飾店を持った。
2005年04月26日
コメント(0)
肉眼で見ると、ただ美しく輝いているダイヤモンドでも、内部にガーネットやスピネルの結晶を包み込んでいる物などあって面白く、エメラルドは産地によって内包物が違っていた。又サファイヤは結晶の線が整然としているので、角度を変えて眺め、その変化の微妙さに感嘆したものである。私の趣味はこうじて更に、屈折計、紫外線鑑別器、偏向器、比重液と買い揃えさながら、家は宝石鑑別所のおもむきを呈してきた。宝石鑑別の講習会や研究会があると、すっとんで参加した。
2005年04月25日
コメント(2)
その後、カメラのオリンパス光学工業が、日本で初めてという宝石用顕微鏡を作った。昭和四十二年のことである。趣味で宝石研磨をやっていた私は、欲くてたまらず、有り金をはたいて求めた。この顕微鏡を使うと、エックス線の断層写真で、肉体内部を知るように、宝石の内部を知ることが出来た。私は、毎日ひまさえあれば、いろんな宝石を集めては中を眺めて楽しんだものである。
2005年04月24日
コメント(0)
ワシントンでの”日本の紋章”の評判は上々との連絡があった。ところが、主催者側 にどんな手違いがあったのか、あんなに大騒ぎした招待旅行は取り止めになってしまった。私の落胆ぶりは、恋い焦がれた女性にふられたときより激しかったのだから、はためにも哀れとうちるほど大きかったらしい。ジェムホビー協会では自殺でもされたら大変と、うめ合わせに私の常日頃ほしがっていた”宝石タンブラー”といって、どんな宝石でも放り込んでおけば磨けるという機械を買ってくれた。その上、巨大な組織の協会の理事に推薦してくれた。おかげで私は、あらゆる宝石の鑑定法や、なぜ女性は宝石に弱いのか、などという日本の国家機密より高度なことまで勉強させてもらった。
2005年04月24日
コメント(0)
シーンと静まりかえったところで、審査発表、「最優秀賞、日本の紋章」ヤッター!嬉しさで飛び上がってしまった。そして前年銀賞の「ぶどう」と一緒に羽田からアメリカに送られた。
2005年04月24日
コメント(0)
自動車修理工場から宝石バイヤーに華麗に飛翔するS氏 発表当日は、長い月日が過ぎた今でも目をつぶると一瞬のうちに思いだせるほど、強烈な印象であった。飾り付けされた広い会場に立錐の余地もないほどの人々がつめかけ、報道関係者のたくフラッシュが光った。日ごろおしとやかなご夫人がたも、期待と不安が入り混じって、出走直前のサラブレッドの鼻息など「小さえ、小さえ」という息づかいの人ばかりであった。いま人気がでてきたhttp://www.genki.or.tv/linkrank_b/in.cgi?id=aiken6684&cg=2のランキングから輝き煌く光と影のカオスへ
2005年04月23日
コメント(0)
外国へ持ってゆくなら純日本的なものが受けがよかろうと、私は日本の紋章を三〇個ほど作ることにした。夏の暑い盛りを、仕事が終わってから夜の十二時ころまで毎晩続けて、締切日前日の夜までかかった。今ならどんなに金を積まれてもやる気のおこらない気の遠くなるような細工であった。(第一やる気があっても、目があがってしまって出来ないのが現実であるが)昨日は以前の仕事で貢献があったということで会社の創立記念日に、その会社招待され貢献賞と金メダルをいただいた。
2005年04月23日
コメント(0)
いつもモナリザみたいな微笑を浮かべていた彼女たちの目が、金色、銀色にランランと輝いた。私は、人間の目の色が変わるという現象を始めて見てびっくりしてしまった。もっとも外の人々も私の目の色が変わったのを見たのではなかろうか。 張り切っちゃたなあ、あのときは。
2005年04月23日
コメント(0)
アイケンのホームページがBIGLOBEの検索エンジンへBIGLOBEから「アイケンのホームページ」で検索できます。
2005年04月22日
コメント(0)
アイケンのホームページがGoogleの検索エンジンに載りました。アイケンのホームページで検索してください。
2005年04月22日
コメント(0)
当時は、海外旅行する人々はまだ少ない時代であった。そこへアメリカ招待の発表があったから、パーティー会場の全員は興奮してしまった。さらに油を注ぐように、出品作の審査は、宝石関係の人で知らない人はないといわれる、崎川範行先生、真珠の権威者、御木本パールの乙竹専務、世界的に有名な”メタヒスイ”の発明者、飯盛博士が行うと発表された。Googleの検索エンジンにアイケンのホームページで検索して下さい。
2005年04月22日
コメント(0)
きょうは税理士との打ち合わせ、2時間ほどでしたが、疲れました。
2005年04月21日
コメント(0)
そして受賞パーティーの席上、来年おこなうコンテストの最優秀作品を日本代表として、アメリカのワシントン市で開かれる”世界ジェム・アンド・ミネラル・ショーに出品、作者をアメリカに招待するという発表があった。
2005年04月21日
コメント(1)
年が変わってコンクールは、前年よりも出品数が多く九州からも作品が持ち込まれた。私は、ぶどうの珠をアマゾナイトやアメジスト、ブラックオパール等で作り、葉はマラカイト、台はタイガーアイで作った置き物を出品した。そして”あんまり上手に作ると専門家と間違えられると思い、涙をのんで凹凸を残したり傷を作ったり、専門家には分からないそれはそれは苦労をしました”という、我が未熟な技術をごまかす但し書きをつけて提出、審査員が但し書きに煙にまかれたか、銀賞を獲得した。金賞の作品は、芦屋の女性で宝石の花を額の中に納めたものであった。
2005年04月21日
コメント(1)
その晩、自棄酒を飲んで大荒れに荒れた私は、「チョッ!一層のこと『婆々あの驚き』にしておけばよかったなぁ」と美しい宝石を磨く人らしからぬ言葉で怒鳴った。金賞作品は紅白のめのうの板を市松模様に張り合わせた宝石箱で、これは金と暇がなくてはできない作品である。作者は自由ヶ丘の女性であった。フィットネスクラブ着々と進行中http://www.genki.or.tv/linkrank_bin.cgi?id=aiken6684&cg=2ホームページhttp://www.rivo.mediatti.net/~murohasi/index.html
2005年04月20日
コメント(2)
初級・中級・上級と終了してすぐコンクールがあった。神戸、大阪、名古屋からも出品があって、六百点ほどの作品が集まった。私は待望のブラックオパールを念入りに磨いて『南国の夜』という名をつけた。その外に、指輪のケースでできた蛇の飛び出すビックリ箱の蛇の目玉を黒曜石で作って『乙女の驚き』という題名の作品と二点出品した。だが審査員の中に小母ちゃん先生がいて、「キャッ」と叫んで腰を抜かしたため、不真面目であると落選してしまった。 新聞屋から不動産業に転業した社長の記http://www.genki.or.tv/linkrank_b/in.cgi?id=aiken6684&cg=2輝き煌く肢体をつくる癒し健康フィットネスクラブhttp://rivo.mediatti.net/~murohasi/index.html
2005年04月19日
コメント(0)
はいってみると生徒は女性が多く、それも自由ヶ丘あたりの有閑マダムなどで、教室というより華やかな社交場の雰囲気がただよっていた。黒一点に近い私がもてたかというと、根が真面目な私は何度かおよびがかかったにもかかわらず、研磨技術の修得いがいは目もくれなかった(本当かなあー)。頭髪の薄くなった今にして思えばもったいないことをしたものだ。
2005年04月18日
コメント(0)
きょうは親戚の法事で台東区橋場へ、長い法事で少し疲れた。亡くなったおじは、お召し列車の運転手だったとか、初めて聴いた話だが、参加していた人が自慢げに話していた。運転手でも、天皇陛下の運転手は違うのかな?
2005年04月17日
コメント(0)
二十四・五年前、手にしたブラックオパールのあやしい美しさに、こんな宝石を自分の手で自由自在に磨けたら、人生どんなに楽しかろうと考えた。ところが機会は以外に早くやってきた。新宿に宝石教室ができ、素人でも三ヶ月も通えばダイヤモンドを除いて、ルビー、サファイヤまでひと通り研磨できるようになるという。私の経営する自動車の店は、ある程度時間が自由になったので早速、入校手続きをとった。
2005年04月16日
コメント(0)
美女に涙によって人生を狂わせる男性もいれば、私のように、その涙にも似たきらめく宝石によって、職業を百八十度転換させられてしまう人間もいる。
2005年04月14日
コメント(0)
「買った宝石は添乗員がカバンに入れて税関をフリーパスで通るから税金は払わなくてもよい」主催者の人は税関の人が聞いたら目をむきそうなことを言って、税金を心配して買い渋っている人に説明している。そして「今回三十万円以上の買い物をした人には、三ヶ月後に行う三泊四日のフィリッピンツアーに無料招待する」という。友人は私の反対を押し切って黄色っぽい二キャラットの石を買ったが招待旅行の手前それを止めることはできなかった。大分たかい買い物である。私は、目の色を変えて物色している人々の群を、宝石を全く知らない頃だったら同じことをしただろうと、冷めた目で眺めた。
2005年04月12日
コメント(0)
日本にいるときには宝石店を覗いたこともない人々が「日本で買えば二倍も三倍も高い」と言うだけの説明に、一も二もなくうなずくと大金を払っていた。熱気が熱気を呼んで、ひとつの宝石に何人もの買い手がつく。私はルーペを出して見て歩いてがっかりした。色もカットも悪く内部にカーボン等がある石が大半で、日本で買っても、もっと安く買えると思える石ばかりである。
2005年04月11日
コメント(3)
しかし、着いた晩の飲み放題食べ放題の豪華な歓迎会には、度胆を抜かれてしまった。そのうえ、ホテルの室といい食事といい想像以上のもてなしにすっかり篭絡され、多少のおつき合いはやむをえないなと観念した。ずうずうしい私でさえそうであるから、純情なほかの人々は、ヒルトンホテルのダイヤモンドフェスティバル会場にはいったときには、催眠術にかかったように買う気充分になってしまった。(続)
2005年04月10日
コメント(0)
宝石に見せられて2 友人に誘われた私は、T経済研究所という名称の、ちょっと得体の知れない会が主催した”香港ダイヤモンドフェスティバル”に参加した。参加者は三百名で、この旅行は旅費も宿泊費も無料ということであった。ただ交換条件として、ヒルトンホテルの会場に顔を出し、ダイヤモンドを見て気に入れば買い、気に入らなければ見るだけでよいという。物事ただほど高いものはないというが、数多いダイヤモンドを見たかった私は、最悪の場合は旅費を払えばよいのだからと思い、無料の招待の内容には大して期待していなかった。続 宝石に見せられての作者は、自動車の修理工場を経営し趣味で宝石の加工を学んでいる頃に、ある宝石店に自分でデザインし加工した、ジュエリーで賞を取り副賞でアメリカ留学し横浜で宝石店を開業したS氏である。 私の本業も、仕組みが少し出来上がってきました。今月からはじまるあいおい損保の健康総合保険「LiveLead」は手ごろな価格で安心、安全が手に入る優れものです。お問い合わせは、aiken6684@yahoo.co.jpホームページはhttp://rivo.mediatti.net/~murohasi/index.html
2005年04月09日
コメント(0)
一歩はいって驚いたのは、靴のめり込む毛足の長いじゅうたんであった。部屋の中央のテーブルには、スポットライトに照らされた宝石が美しい光を放ち、魅惑的な足を見せて中国服の娘達が、なんでも好きな飲み物を運んでくれる。気がつくと部屋の隅では、バンドが静かに音楽をかなでていた。昭和四十八年、香港のヒルトンホテルでのことである。・・・次回へ
2005年04月07日
コメント(0)
最近、HTMLタグを使ってホームページを作ろうと悪戦苦闘しています。いろいろと勉強する事が多いこの頃です。
2005年04月05日
コメント(1)
我が町内に携帯電話の基地局が建設されるということで、にわかに騒然としてきた。行政側は人体には軽微な影響しか考えられないと・・・現段階では影響が証明されていないから、危険性についてはないと考えられている。環境問題に取り組むダイオキシン問題の時に活躍したI市議会議員にお聞きすると、市議会でも問題提起したが市議全体の意識が低いため議論白熱とはならないのが現状である。アメリカでは全米てきに問題になりデータもそろっているようだ。きょう町内会で午前中に勉強会があり、反対運動へと発展しそうだ。
2005年04月03日
コメント(0)
昨年度は、目標を低く設定して目標を達成した。今年度は目標を高く昨年度の5倍に設定した。新規参入は厳しいが、楽しみでもある。新しいお客さんとの出会いも、仕事のシステム造りも、社会に認められることが出来るのか?
2005年04月01日
コメント(0)
全33件 (33件中 1-33件目)
1