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(机上にあったこの原稿を読んだ女房は、文明が破綻をきたす事態が起こったら、潔く文明に殉ずると宣言した。そして「私が野生をうしなっていなかったら、あなたなんか今頃、生きてはいないわよ」と凄んで、私を震え上がらせたのである) S58・3・15記次回のはるみちゃんからはフリーページに掲載します。
2005年06月30日
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その晩は冷え込みが特に激しかったが、私は体中が暖かく何度かふとんの外へ足を出した。探険家の植村さんの談話に、北極の氷の中では、あざらし等の生肉を食べないと体が思うように動かないとあったが、うなずける話である。活力を秘めた野生とでもいうのであろうか。それに引き替え、文明に犯された我が家の女房や犬は、一旦文明が破綻をきたしたら、どのようにして生きのびるのか考えてしまった。
2005年06月29日
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家では、きれいに羽をむしられ首も足も取った鳥を、女房は怖いからにくだけにしてくれという。ここにも野生を失なった動物がいる。やむなく私は、どんぐりや籾を一杯飲み込んでいる胃を開き、肺を取り除いてやった。しかる後、料理された鳥を一口食べて驚いた。飼育された鶏のくせのない肉と違って、香辛料をふんだんに使ったにもかかわらず、一種独特の臭みがある。しかし、味はこれが本当の鳥肉だとうなるほどおいしかった。
2005年06月28日
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言わんとした言葉を飲み込んだ私は、しおしおと鳥を抱いて飼い犬と飼い犬と前の山にでかけた。そして南斜面の日当たりのよい所に腰をすえ、大きなビニール袋の中で羽をむしり、足と首を切り落として、枯れ草の中を駆け回っている犬にやった。驚いたことには犬は喜ぶどころか恐がって後ずさりする。今は座敷で飼われているとしても、ヨークシャーテリアの祖先は猟犬ではないか。原野をかけて小動物を追った野生の気概は、どこへいってしまったのだ。
2005年06月27日
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酒の肴に最適と、直ちに女房に料理を命じた。すると「気味が悪くてとても出来ないから、自分でやって」と、いとも簡単に断られてしまった。そのうえ「羽が飛ぶから家の中でやらないで」と釘まで刺された。男は外で獲物をとり、女はそれを料理するという、大昔からの不文律を否定された私は面白くない。「このような時のために長年飼ってやっているのではないか」と、啖呵をきろうとしたが後難を恐れてやめた。
2005年06月26日
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鉄砲自慢の友人が正月早々、仕止めた獲物の雉子鳩を持ってきてくれた。家族一人に一羽ということで、飼い犬の分まで入れてあったのには恐縮してしまった。クレー射撃用の七号半の弾丸で、射程距離一杯から撃ったから最少限の傷ですんだそうである。見るとさすが自慢するだけあって、外見は少しも損なわれていない。
2005年06月25日
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戦後、阿南陸相が徹底抗戦をとなえたのは、軍人最後の悪足掻きといわれた。私は床の上に座り直すと、陸相の主張は、クーデターも辞さずとはやる陸軍内部の将兵をおさえつけるためには、どうしても必要だったのだと思った。そして先程の物音は、胸中の苦しさを察してくれという阿南さんの叫びのように思えた。ー平和の世であったら、または軍人でなかったら、阿南さんは、責任感の強い、包容力のある、日本の数少ないすぐれた指導者であったであろう。私は四十一年前を偲びながら、夜の白々と明けるまで座りつづけたのである。 S61.8.20記次回は宝石に魅せられて「喪失した野生」より著者斎藤守氏・・
2005年06月24日
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それは立派に表装された掛け軸で、辞世の歌はこれから死に赴く人が書いたとは思われない、力強い見事な筆跡であった。私は、とうとう八月十四日には必ず軸を掛けて回向すると、約束させられてしまった。 今年も私は例年通り、八月十四日に軸を掛け、お水を供えた。大宅壮一の「日本のいちばん長い日」によると、阿南陸相が命を断ったのは八月十五日の夜明けだったという。享年五十八歳、今の私と同じ歳である。
2005年06月23日
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その後私は、店でお客と話をしているとき、靖国神社の遺品を見た感想を述べたことがある。ところが偶然にもお客は、阿南陸相の副官の奥さんであった。彼女は未亡人が亡くなるまで、お側にいたそうで、 『大君の深き恵に浴みし身は 言い遺こすへき片言もなし 昭和二十年八月十四日夜 陸軍大将 惟幾』と書かれた、陸相の辞世を掘り込んだ石碑の石摺りを未亡人から頂いていた。 「副官だった主人が存命のころは、八月十四日になると床の間に掛けて陸相の回向をしていたが、未亡人も主人も亡くなった今となっては、思い出すのも辛いのでしまい込んだままにしている。貴方なら大事にしてくれそうなので貰ってくれ」という話になった。私も一度はおことわりしたのだが、奥さんは持ってきてしまった。
2005年06月22日
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昭和二十年、ポツダム宣言無条件受諾か否かの閣議で陸相は最後まで徹底抗戦を主張、ついに御前会議において天皇の「自身はいかようになろうとも、わたしは国民の生命を助けたい」というお言葉によって受諾が決定した。ある地区では敵と互角以上に戦っている三百万余の将兵の矛を納めさせ、さらに無条件降伏を命じなくてはならなかったのだから、陸相の心中は察するに余りあった。全陸軍の信頼を一身に負っていた陸相は、猛りたつ第一線部隊の指揮官に命令を伝達し、氾濫のないことを確かめた後、責を負って死んだ。自決のとき陸相は、侍従武官をしていたとき天皇から拝領した陛下のお肌にふれた純白のワイシャツを着用、遺骸には下賜された全ての勲章を佩用した軍服をかけるように依頼したという、靖国神社に納められているのは、それらの血染めの品々である。
2005年06月21日
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五年くらい前、靖国神社に参拝して宝物殿を見学したが、そこには終戦のとき陸軍大臣として「一死を以テ大罪ヲ謝シ奉ル」と遺書を残して割腹自殺した、阿南陸軍大将の遺品が数多く飾られていた。小さな庵をかまえて、阿南陸相の菩提を弔っていた未亡人が奉納された品々であった。
2005年06月20日
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簾をこするような、サラッ、サラッ、サラッという音が、背後で正確に三回きこえた。私は寝返りを打つと音のした方を見た。しかし、そこには音のする物はなにも無かった。何の音だったのだろう。私は蒲団の上に起き上がると、明かりをつけて辺りを見廻した。時計は午前三時を指し、網戸越しに見る表は、日の出前にはまだ間があって暗く、そよとも風のない蒸し暑い空気がよどんでいた。五分ほど前に目が覚めて「今日は八月十五日か、終戦記念日だだな」などと考えていたのだから、寝ぼけていたのではないことは確かなのだが。
2005年06月19日
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昭和五十三年の新春がきた。彼女は店を辞めもせず、勤務に励んでいるし、私も外国旅行に行かずに算盤をはじいている。当店随一の高額商品のダイヤの指輪も、小正月が過ぎたというのに今だに、ショーケースの中で冷たい光を輝かせている。 S53.3・15記情報募集中!詳細はアイケンのホームページにて
2005年06月17日
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店員も店員なら店主も店主である。店のことなどこれぽっちも考えず、自分のことだけしか考えないのだから。そこへお客様がきた。「今年は大変についている。お宅で買物をして貰った抽選券で歳末売り出しのくじを引いたら特賞が当った。その上、隣の商店会の抽選でも一等が当った。今までこんなことは一度もなかった。このつきに乗じて宝くじを買ったから、今度は二千万円が当るような気がする。当ったらお宅で一番高価な指輪を買うから、来春まで売らずにとっておいてくれ」と一気に喋って、帰っていった。私と彼女は顔を見合わせて大きな溜息をついた。「こんなについている人がいては、我々の宝くじは無理だな」と期待は、一時にしぼんでしまったのである。
2005年06月16日
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私は「そんなに買ってきて、二千万円も当っちまったらどうするのだ」と聞いてみた。「二千万円当ったら、お店を辞めます」彼女は真顔で応える。これは経営者にとっては衝撃の強い言葉である。長年勤めて、店のあらゆることがわかっている店員が、一枚のくじのために、いとも簡単に店を辞めるという。「ふーん、それで店をやめてどうするのだ」せきこんで私は尋ねた。彼女は「辞めてから、ゆっくりなにをするか考えます。ところで社長は当ったらどうしますか」と逆に聞返してくる。「宝くじなんか絶対当らないよ。万一当ったら一人で外国にいって、金の尽きるまで遊んでくるさ」と答えた。資金ぐりに頭をかかえている店主を見て同情してやったのにと、彼女は期待はずれの顔をした。
2005年06月14日
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しばらくして、彼女はビニール袋に入った十枚の宝くじを持ってきた。舞楽の蘭陵王を印刷した色美しい券である。しげしげと無意味な数字の羅列である番号を見ていると、ひょっとすると当るかもしれないな、と思うから数字というものは不思議である。彼女は二十枚も買ってきた。
2005年06月13日
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十年近くも勤めている女店員が、「宝くじを買え」という。「往復はがきで申し込んで、受理された申し込み書を持って買いに行くのだ」と続ける。「そんな面倒なことは嫌だ」と断ったら「手続きを全部やってあげるから、どうしても買え」とねばる。そして「こんどの宝くじは、一千万円の当りが三十六本もあるし、前後賞も入れると二千万円になるから」という。私は確率からいって、九牛の一毛の宝くじなど興味はないのだが、熱意にほだされて、大枚金千円を投資した。
2005年06月12日
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ところが、二万五千円以上の品物には十五%の税金が掛かると税務署が言うのである。金額は大したこともないのだが、それがおかしいのだ。仏具店で買った場合は、同じアメシストの数珠で二万五千円以上でも税金は掛からないそうである。理由は買う人が仏具店の場合は、本来の目的(数珠)として使うが、宝飾店の場合は、房でもはずせば腕輪として使えるからだというのだ。その話をお聞きになった奥様は「税金で苦労してきた仏に、お棺の中まで税金をつきまとわせるに忍びないから」と私の店での購入を断念し、仏具店で買った。 今頃は、税金の掛かっていないアメシストの数珠をもった仏が、蓮のうてなの上で「おかしな話」と苦笑していることであろう。 S52・2・25記次回は宝くじ
2005年06月11日
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異常な寒気団に襲われた昭和五十二年の日本は、鹿児島の桜島でも五十何年ぶりの大雪だというし、瀬戸内海では凍死した魚が大量に出たという。このような寒さは、お年寄りには堪えるだろうなあと思っているところへ、お得意様の奥様がお見えになった。「母が心不全で亡くなったのだが、生前アメシストの数珠がほしいと言い言いしていたのでせめてお棺の中へ入れてやろうと思って」という話である。大変親孝行なお話だが、私どもの店にはアメシストの数珠などおいてないので早速問屋から取りよせた。
2005年06月10日
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それ依頼、大好きだった牡丹の花が目の前に表れると、私の心臓の鼓動は、凄ましくも乱れる様になったのでございます。 s51・12・25記次回「アメシストの数珠」です藤宝飾は京急サニーマートB館2F 京浜急行”金沢八景駅”徒歩5分横浜市金沢区泥亀1-25-3 TEL045-782-0200
2005年06月09日
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勿論私は外を向いております。衣擦れの音と同時に廊下の硝子戸に色鮮やかな物がチラチラするので目を凝らしますと、何ということでしょう、奥様の牡丹の精の様な全身が、合せ鏡をしたように、くっきりと写っているのでございます・・・ 私も紳士のハシクレでございます。これから先の描写は筆を置きましょう。只、到って丈夫であった心臓が、この時を境に不整脈を訴える様になったのでございます。もしこの場所に御主人様が帰ってこられたら、小心者の私は何と申し開きをしょうかと、汗を拭き拭き考えたのも事実でございます。
2005年06月09日
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はじめは応接間に通されたのでございますが、お庭の樹木の緑が邪魔を致しまして、ダイヤの色が良く分からないからと、二階の明るいお部屋に参りましてダイヤを見て戴きました。 ところが、どんな弾みだったのでございましょう、仮枠から外れたダイヤが奥様の着物の襟元から、這入ってしまったのでございます。奥様もびっくりなさいましたが、私も驚きました。しかし落付いて考えてみますと静に取れば、どこかに消えるものでもなく、案ずることはございません。奥様も、トントンと飛んでみたのでございますが、肌襦袢の内側に這入ったらしく、帯の処でつかえたのか落ちてきません。私も自分の女房でしたら懐に手を差し入れても取るのでございますが、無論この場合はその様な大それたことは出来ません。奥様も身をくねらせて取ろうと致しますが、段々奥に這入っていって仕舞うらしく、どうしても取れません。あまり動いて無くなっては大変と、とうとう隣の寝室で着物を脱いで取る事態に至りました。
2005年06月08日
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以前、余所様のお邸に伺いました折、玄関から案内を請いましたところ、裏口から這入れと叱られまして、痛く自尊心を傷つけられました事がございました。そのお邸より数倍も大きいお邸ですので、どこから入ったものかと、ウロウロしておりますと、庭にお立ちの奥様が目敏く見かけて下さいまして、表玄関から招じ入れて下さいました。やはり成り上がり者と違いまして大らかでございます。だからとお世辞を申し上げるのではございませんが、もう四十路を幾つかは過ぎておいでだと思うのでございますが、天来の美貌と、おっとりと何苦労せぬ生活の為に、二十代と言えばそうかなと思うほどの、お美しさでございます。
2005年06月08日
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あれは五月晴れの心地良い時でございました。鎌倉のお得意様から、多少大きいダイヤモンドが欲しいから、二つ三つ持ってくるようにと電話がございまして、早速お邸にお伺い致しました。私共と違いまして、御門の脇戸から這入りまして、ふみ石伝いに玄関まで、雨降りの時は大分濡れるのではないかなと思う程の距離、両側には今を盛りと牡丹の花が咲き誇っておりました。
2005年06月07日
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それは貴方様、この様な商売を致しておりますと”王様の耳は驢馬の耳”の話の通り、どなたかに聞いてもらわぬ事には、血圧が上って体に悪い様なこともございまして、降血圧剤代りと申しては失礼とは存じますが、助けるとおぼしめして、他言無用でお聞きくださいませ。
2005年06月07日
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とくに私の心をとらえたのは、風神の黒光りした背中に彫られた六目銭のお灸である。いやしくも武士の魂である刀の、しかも、神様にお灸をすえるとは・・・、なんと大胆不敵な仕事をしていることか。現代と違って封建社会の職人は自由も少なく、さほど豊かなくらしもしていなかっただろうに、生活を洒落のめして笑を忘れない態度には思わず感嘆してしまった。 目貫きは、いうまでもなく私の大切な収集品の一つになった。 こり性の私は、最近では美術骨董の本を買いあさり古文書の読書研究会にはいって少しでも古い時代を知ろうと励んでいる。老人は、我が目にかない過ぎた愛弟子の狂態ぶりに「仕事が第一だよ」と忠告しながらも、今日も黒い鞄に古い物を詰めて通ってきた。 S56・6・15記次回から”牡丹の精”を転載します。 提供は、藤宝飾社長 斎藤 守氏ジュエリーの藤宝飾 オリジナル宝飾品の藤宝飾横浜市金沢区泥亀1-25-3京急サニーマートB館2F京浜急行”金沢八景駅”下車徒歩5分
2005年06月06日
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江戸中期の作品で腰刀についていた巾一センチ、長さ二センチほどの小さな風神・雷神の目貫きを見せられたときは、思わず「欲しい宝石ない」と自分のほうから声をかけてしまった。 鳥金という黒色をした銅の合金でできた雲の上に、虎の皮の褌と太鼓、ばちの先、目の玉に金を使い、あかがね製の雷神が高肉彫りされている。風神はすべて鳥金で作るられているが、団扇、風の袋、褌、目玉、角に金が使われ、虫眼鏡でみると髪の毛や指まで一本、一本、丹念に彫られている。勿論、鼻の穴や、へその凹みまであって腕にはあかがねの腕輪をはめている。それが精巧な細工というだけでなく、全体を見ても見飽きない出来なのである。
2005年06月05日
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初めはお義理で老人に調子を合わせていた私も、二ツ三ツと骨董品を自分の物にしてみると、金を出せば手軽に買える新しい物と違って、二度と作ることのできない時代のついた品の魅力にとりつかれてしまった。若いときは、骨董品のから拭きなどしている人を鼻の先で笑っていた私がである。
2005年06月04日
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そのため私は、その後、老人が古い物を持ってきてもどんな高価な物が混じっているのか分からないので、気安く貰うことができなくなってしまった。しかし、老人は私の気持ちに頓着なくやたら骨董品を持ってきては、少しでもほめるとくれたがるのである。どうやら話の様子では子供が、といっても税関長や高校の校長をしている息子たちが古い物にまったく興味を示さないので、私に白羽の矢をたてたらしい。 そこで私もお金を出すと機嫌を悪くする老人のために、老人が関心を示す宝石類との交換条件を持ちだしてみた。お互いに納得するまで何回も談合を重ねるのだ。この提案はすこぶる老人のお気に召したらしい。刀のや根付けを前にして、ピンクサファイヤの裸石にしようか、プレシャストパーズにしようかと目を輝かせる。
2005年06月03日
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煤けて汚いかねの塊は、書類押さえにもならないとぼやいていたのだから驚いたのは私である。「本当かね、またがいないだろうね」「あーあ、なげかわしい、この世も末か、名工の誉れたかい浄玄作だというのに、ここにあっては豚に真珠よりまだ悪い」 昭和の初め”茶と花”という茶道雑誌を発行、電力王、松永安左衛門の知遇を得て、名ある茶道具を数多く収集した父親の薫陶を受けた彼の鑑識眼は、美術骨董商でさえ一目おくほどであるから、なんと言われても仕方がない。「大事にしろよ、もし飽きて手放すときは必ず俺に連絡してからにしてくれ、きっとだよ」くどいほど彼は念を押して帰った。 私は、次に老人に会ったときその話をした。そして、こんな貴重な物を頂く訳にはいかないからお返ししますときりだした。「ほう、少しは目ききできる者もいるんだな」老人はつぶやき「一度、やった物を男が引きとれるか。貴殿が気に入ったのならそれで結構、良い品は身の廻りにおいておくと楽しみなものだよ」と一笑にふした。
2005年06月02日
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その後、老人は宝石を教えてもらったお礼に、古いものの手ほどきをしてやろうと、唐ししの形をした小さな香合をくれた。手の平にのるくらいの唐金でできた香合は、裏に複雑な花押が彫ってあった。武者小路千家の宗匠の直弟子である私の友人が、香合を見て目の色を変えた。 興奮に声をうわずらせた彼の説明によると、香合は、千家十職のひとつである釜師大西家の、七代、浄玄の作であるという。こんなすばらしい品が、マジックなどにうつつを抜かしている不粋な私の所にあるのが不思議で、どこで手に入れたのかと、最後は詰問口調になった。藤宝飾では今、ホームページの製作中です。近いうちに公開します。ジュエリーの藤宝飾!TEL045-782-0200横浜市金沢区泥亀1-25-3京急サニーマートB館2F京浜急行金沢八景駅徒歩5分
2005年06月01日
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