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オーストラリア・ビクトリア州のアティーシャセンターでは3月末から高僧を迎えて、6週間のチベット密教リトリートが行われている。ラマ・ゾパ・リンポシェがネパールから来豪されたのだ。 6週間!しかもリンポシェのリトリートとあっては、全部は無理でも2週間、いや、せめて1週間くらいは参加したい!と、思っていた。 私がリンポシェに初めて会ったのはかれこれ20年近く前、オーストラリアに移住して間もないころだった。当時は仏教徒ではなかったけれど、地元のチベット仏教センターの瞑想セミナーに参加したとき向こうから歩いてくる3、4人の僧侶に出くわしたのだ。 年配の僧侶が一人、物凄い勢いで視界に迫ってきた。圧倒的オーラを放っていて、一目見た瞬間、唐突に懐かしさを覚えた。心の、といおうか、魂の父親にでも再会したかのような気がしたのだ。そのときは知らなかったのだけれど、ネパールから来豪されていたラマ・ゾパ・リンポシェだった。 それから数年後、リンポシェがまたメルボルンにいらした。チベット仏教センターで法話をされるということで1歳になった娘を連れて、夫と一緒に参加してみた。 法話の後にリンポシェからのBlessing祝福を受ける機会があった。幸運にも娘はむずがることもなく爆睡してくれたので、私は爆睡する娘を抱き、カタ(絹のスカーフ)をリンポシェに差し出した。チベットの慣習的に、それを首にかけてくれるだけで十分だったのに、リンポシェは話しかけてくれた。 と言っても私のヒアリング力と、チベット僧(しかもご高齢)の英語。何を言われたのか、よくわからなかった…。「Where are you from?」って言った?「ジャパン? ジャパニーズ?」とか言ったよね? みたいな。私は日本から来たことと、自分と娘の名前を告げ、リンポシェは尚も何か話をされてからマントラを唱えて祈祷してくれたのだった。 リンポシェのリトリートに参加したのは7年前(2011年4月10日の日記⇒「ゾパ・リンポシェのリトリート」をご覧ください)。あのときはまだ下の子は幼稚園に通っていたので、1日だけ。しかもリンポシェの法話など数時間だけだった。 そうだ、その息子も小学6年生になった今、長期のリトリートにも参加できるのではなかろうか?と、今回のスケジュールを調べてみる。 早朝6時(週末は5時半)から祈祷と瞑想とラマ・チョパ・ジョチョ行。朝食を挟んで、お昼までまた祈祷と瞑想とラマ・チョパ行。昼食後はカルマ・ヨガ(食事の後片付けとか掃除とか雑務行)をはさんで、4時からラマ・ゾパ・リンポシェの法話が始まる。それから夕食を挟んで、7時半からまたリンポシェの法話。 リンポシェは、瞑想時間は長いが、睡眠時間は極端に短いことで知られている。そうしてそのマイペースぶりでも。チベット仏教仲間(以下、仏友ブツトモ)から聞いた過去のリトリート話では、話がのってくると、そのまま何時間でも話し続ける。深夜1時2時まで話し続けて、いったん解散、早朝4時からまた続きを始めたなんてこともあったとか。 いずれにしても、早朝の祈祷や瞑想から始まって、行三昧の日々となるんだろう。最初の2週間はシャンティデーヴァの『入菩薩行論』を講義すると聞いている。そうしてリトリート半ばから最高位のタントラ・イニシエーションに入るとも…。なんて素敵なんだろう。 だけど一つ、素敵でないことが…。宿泊施設がテントなのだ。バス・トイレは共用、つーか、仮設シャワーに仮設トイレ。洗面所の類は無し! そもそも、アティーシャセンターには水道が通っていない。それでも温水施設はあるらしいが、聞いた話では仮設シャワーがなかなか湯になることはない。実際それはシャワーというより、ジョウロ(如雨露)的で、貯水不足から1回あたりの時間制限もされてしまう。くわえて朝晩の冷え込みで… まあ、それも修験道的過酷な修行と思えばいいのだろうけれど、私ってば修験道行者じゃないし…、つーか、無理だし…。 だけどリンポシェは、ご高齢。7年前の来豪リトリートでは脳梗塞もされている。同年代のダライラマ法王の、今年のオーストラリアツアーは健康上の理由からキャンセルになってしまった。そんなことを思えば、仮設トイレ&冷貧水シャワーのキャンプ生活くらいで、怖気づいていてはいかんゾ、自分! とカツを入れてはみたものの、アウトドア苦手な自分には正直、荷が重かった。無理してまた一昨年の病気しても困るし…それに大きくなったとはいっても下の子はまだ小学生だし…。夫は、調子はいいといっても大病中だし…。 それにダディン(仮名)は去年患ってから俄然、密教行に励みだし、今ではリンポシェの大ファン(?)である。リトリートにも私以上に参加したがっているのだ。そんな夫と交代で参加するという選択肢もあるのだが、テント生活では、自分もさることながら夫の健康状態も気掛かりだ。 そんなこんなで、先月ゲシェとランチをしたときに相談してみた。夫のことを勝手に聞いては悪いから、自分のことを。6週間は無理でも1週間だけならなんとかなりそうだから思い切って参加してみようかと思っているのだけれど、と。 ゲシェからは、去年3週間の密教リトリートへの参加について相談したときと似たような答えが返ってきた。「今は家族のことを優先して、リトリートは止めた方がいい。あなたにはまた後でチャンスがあるから」と。ただ今回は、今更何を言っているんだ的やや憮然とした雰囲気で。 そうだった、去年通訳のM僧がゲシェからのアドバイスを伝えてくれたことがあった。「今は現世で起きていることを精一杯生きることがあなたのDharma Practice仏教修行なのですよ」、と。 ですよね。。。「山の行より、里の行」ってことですよね。そのアドバイスは覚えてはいるんですが、つい…。 結局、子どもたちの学校も秋休みに入るので、家族みんなでリトリートに参加することにした。子連れどころか、犬まで(2匹デス)連れて。 愛犬ポーポーとチャールスの世話を頼む人が今回見つからなかったので、いっそ連れて行ってしまおうってことになったのだった。犬だからさすがに講義や瞑想に参加することは叶わないだろうけれども、あの子たちにもグレート・スチューパ(仏舎利塔)の周りをお散歩させてあげるくらいならできるだろう。それで少しでもリトリート体験(?)をさせてあげることができたら嬉しいなぁ~と。 とはいえ、犬連れではリトリート会場には宿泊できない。秋休みに今から予約をとるのは難しいかと思ったけど、運よくアティーシャセンターから車で20分ほどのところにドッグ・フレンドリーのホリデーハウスを見つけたのだった。―続きは⇒「山の行より里の行…②」へ―写真はアティーシャセンターにある建設途中のグレート・スチューパ(仏舎利塔)です。にほんブログ村に参加しています。よろしければ応援クリック、よろしくお願いいたします(^^♪にほんブログ村
2018.04.08
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こうして4月5日から8日まで3泊4日の密教リトリート家族旅行に出ることになった。当初、夢見ていたリトリートとはだいぶカラーが違ってしまったけど(苦笑)。 実際、道中はただのウカレた家族旅行だった。犬連れの旅は久しぶりだったので子どもたちはテンションも高く、お菓子を食べながら後部座席で犬たちと戯れていた。つーか、息子などしきりにポーポーにちょっかいを出しては、鬱陶しがられていたし(笑)。 ホリデーハウスにチェックインしてからは子どもたちはすっかりホリデーモードに入ってしまって、とても密教リトリートの気分ではなくなったらしい。ゆっくりここでホリデーを楽しみたいと言う子どもたちに犬たちを頼んで、ダディンと二人でリトリート会場へ。 アティーシャセンターに到着したのは7時近かった。1本道沿いに延々と続いていた雑木林や、牛や馬がのどかに草をついばんでいた枯れた牧場からは、別世界。真っ暗な敷地に(建設中の)グレート・スチューパがライティングされて、ブッシュに不時着したUFOを思わせ、浮かび上がっていた。なんだか異世界に迷い込んだ旅人にでもなったかのような気がした。巨大なテントを張った仮設食堂ではちょうど夕食が振舞われていた。地元の仏教センターの仏友たちも何人か来ていた。異国の地で思いもよらず懐かしい友と出くわしたかのように再会を喜び合ってしまった。 殆どが先週の金曜、リトリートが始まったときから参加しているとのことだった。けれどリンポシェが実際に現れたのは月曜からだとか…。私は、リンポシェは祈祷や瞑想の行はさておき、法話はしてくれるのだろうと思い込んでいたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。 みんなの話では、日によって。早朝6時の祈祷にいらしたり、朝食後の行に参加されたり、今日は無理かと思ったら夜の法話に突如現れたり、と相変わらずのマイペース。リンポシェの行動は誰にも予測不可能なのだ、と笑っていた。どうやらリンポシェには会えたらラッキー!とでも考えていた方がよさそうだった。 リトリートというのは現世から自身を隔離して行うわけだけど、会場になっているグレート・スチューパのゴンパは、浮世離れした不思議な静けさに包まれていた。仏像やタンカが花々で飾られ、レリックが展示され、壁には巨大な「21 Tara菩薩」のタンカが掛けられていた。(トップの写真に写ったタンカです) 余談だけど、これは高さが5階建てのビルに相当するほど巨大なタンカだ。去年フランスから、私もお世話になっている地元のチベット仏教センターに贈られたのだけど、そのあまりのデカさゆえ、そこには掛ける壁もなく、この2月に初めてビクトリア州立美術館にホワイトナイト祭の一環として展示されたという代物である。 なにしろ、ラマ・ゾパ・リンポシェに頼まれこれを描いたフランス人のアーティスト本人でさえ、完成した全体画をその日まで1度も見たことがなかった!?そうだ。大きすぎて、自分のスタジオでは広げて描くこともできず布地の両端を巻いたまま、少しず~つ広げながら描いていったという。 とてもそんなふうに描いたのだとは思えない、素晴らしいタンカに描かれた多羅菩薩たちの微笑みを前に、瞑想した。リンポシェの到着を待った。 だけどその夜、残念ながらリンポシェは現れなかった。。。代わりに、別の高僧の指導でVajrasattva金剛薩垂の瞑想をした。 リトリートには大勢の尼僧や僧侶が参加されていたので、彼らの打ち鳴らすドラムやベル、祈祷や読経、マントラの詠唱を聞きながら浄化の瞑想をした。ドラムやベルの音が鳴るたびに、その振動で心にこびりついた垢や汚れが弾け落ちてゆくかのようだった。うっとりするほど本格的な金剛薩垂の瞑想をすることができた。 その夜、街灯もない真っ暗な夜道で、夫と私は帰りの道に迷った。来たときとは違う道をちょっと不安な気持ちで走りながら、車窓から見た風景は忘れられない。 今にも大地に落ちそうなほど低い夜空に、とてつもなく大きな緋色の半月が浮かんでいた。スーパー・ハーフムーン。今年1月に見たスーパー・ブルー・ブラッド・ムーンよりももっと大きく、その月は垂れ込めていた。その怪しく神秘的な輝きを眺めながら、私はその特別な夜の空気を噛みしめていた。 翌日。来る前は、早朝6時から始まる祈祷や瞑想、Lama Chopa行から参加しようと思っていたのだけれど、止めた。リトリートには午後4時のリンポシェの法話から参加することにして、それまでは家族でゆっくりホリデーを楽しむことにした。 久しぶりの愛犬も一緒のホリデー旅行にはしゃぐ子どもたちと一緒に過ごしたいと思った。考えてみれば、上の子は高校2年生になったのだ。親と一緒の旅行を楽しんでくれるのも時間の問題だろう。 ともすれば今の生活が、この日常生活が延々と続いてゆくかのような気がしてしまうものだけど、決してそんなことはないのだから。今この瞬間も子どもたちは成長しているし、いつかは家を出てゆく。ダディンと私も年を取って、家族がバラバラになる。その日は必ずやって来るのだから。 Emptiness―無常について瞑想してから、Mindfulness―家族旅行を、心をこめて楽しんだ。家族揃って、いつもと違うキッチンで食事をして、愛犬たちを連れて、いつもと違う通りを散歩した。19世紀に金鉱で栄えたベンディゴの街には当時の名残りを留める優雅な建築物がたくさん残っている。通りに並ぶ豪華な家々を楽しみながら歩いた。それから子どもたちとゲームをしたり、本を読んだり、日記を書いたり― 気を抜くと、慌しい日常生活に心が流されてしまいがちだから、ゆっくりと寛いだのは久しぶりのような気がした。 ラマ・ゾパ・リンポシェの法話には家族全員で参加した。といっても、犬たちは置いて。午後の部と夜の部と2日間。 昨夜リンポシェは現れなかったので、もしかすると今日も会えないかも…と心配したけれど、いらしてくれた!午後も、夜も、翌日も。幸運にも4回全て法話をしてくれたのだった。 リンポシェは国外の法話では英語のことが多いのだけど、今回も英語だった。7年前の脳梗塞で一時は話すこともままならなかったそうだけど、今ではかなり明瞭な発音で、早口で。とはいっても訛りもあるし、私のヒアリングも怪しいものだけど、同時タイプで英文の字幕スーパーがスクリーン上に流れるので、大丈夫。私はもっぱらそれを読んでいた。 リンポシェの英語はユニークだ。まず、リズムと抑揚。英語は日本語と違って、強弱アクセントの強い言葉だけれど、リンポシェは、モゴモゴ話されているかと思いきや突然、怒鳴るような大声になったりする。それでハッと、うとうとから目が覚めたりして(って、ダメだろ、それ)。 また、形容詞や副詞をことさら繰り返して話を聴く者の心に残してしまう。「amazing, amazing, amaaaaaaaazing!―アメージング、アメーージング、アメーーーーーージング!」とか、「forever, foreeeever, not just for one day or two years, forever, foreeeeeeeever―フォレバー、フォレーーバー、ノット オンリー ワン デイオア ツー イヤーズ、フォレェバー フォレェーーーーーーバー」とか。他では聴けないユニークさ。 何よりも私はリンポシェの笑い声が好きだ。ダライラマ法王の笑いも一種独特だけど、リンポシェは「ヒーヒー」と引き攣ったような、オランウータンでも彷彿させかねない甲高い声で笑う。でもってスクリーンには「Hee hee hee hee…」とかタイプされるのだ。(^^; そんなユニークな英語で、リンポシェは悟りを開くために絶対不可欠なエッセンスや、菩提心、カルマについて話してくれた。リトリートの独特の雰囲気の中で、リンポシェの不思議な英語で語られる法話は活き活きと、しみじみと心に迫ってくるのだった。 とはいえ子どもたちには退屈かなぁ…とも思った。とりわけ字幕映画を見ることにさえ慣れていない小6の息子には難しいか、と。けれど意外にも二人とも真剣な顔で耳を傾けていた。息子など時に隣の私に質問までしながら最後の最後まで熱心に聞いていたのだった。 リトリートの法話の1部が⇒こちらでご覧いただけます。 法話の後、リンポシェはたっぷりと時間をかけて功徳の廻向をしてくれた。祈祷して、読経して、マントラを唱え、タンバリンを打ち鳴らし―タンバリンやドラムやベルの奏でるリズムに僧侶たちの野太い詠唱が重なる。心が、魂が震えてしまうような場で瞑想をすることができた。 リトリート最後の夜は、後ろ髪をひかれる思いでグレート・スチューパを後にした。 とぼとぼと真っ暗な夜道を、懐中電灯の灯りを頼りに駐車場まで歩いていたとき突如、息子が歓声を上げた。 「ねえ、見てよ!星がすっごくキレイだから!」 見上げれば、満天の星空が広がっていた。街灯もない田舎の夜空にはメルボルンの数倍の星々が瞬いていた。 「ねえねえ、南十字星はどこなのっ?」と興奮する息子に、「あれがミルキーウェイで」とタディンが説明し始める。 懐中電灯を消して、家族4人で暫く夜空を眺めていた。来たときの、木曜の夜空に浮いていた神がかったほど大きな緋色の半月ではなかったけれど、うっとりするほど神秘的な星空に圧倒されていた。そうして振り返れば、ブッシュに不時着したUFOようなグレート・スチューパが青白い光を放ち建っていた。―「山の行より里の行③」に続く―にほんブログ村
2018.04.07
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翌日、メルボルンに帰る前にアティーシャセンターに寄った。ポーポーとチャールスにも何かリトリートの恩恵に与らせてあげたかった。 昨日リンポシェは動物や生き物の輪廻転生についても話してらした。動物たちも転生を繰り返しているが、なかでも犬や猫などペットになる動物は人間にとても近い存在なので、人に転生する日もそう遠くはいから、できるだけ功徳を積ませてあげるといい、みたいな。 リトリートの事務所にいた僧侶に、犬連れで来たので、愛犬たちにもグレート・スチューパの周りを歩かせてあげたいのだ、と頼んでみた。 リトリートの邪魔にならないように手綱を付けて、グレート・スチューパのゴンパの中には入れないように、と言われたものの、快く承諾してくれた。 ポーポーとチャールスは普段はお散歩ともなると興奮してしまって、ヒステリックなほどキャンキャン吠えまくるのだけど、この日は来る前にもベンディゴ市内を散歩してきたせいか、あり得ないほどおとなし~~~く車から降りてくれた。 晴れ渡った、美しい初秋の青空が広がっていた。早くも秋色に色づき始めた木々やユーカリの木々のそよぐ広大な敷地をのんびりと歩いた。アティーシャセンターの平和な空気を乱さないようにひっそりとお散歩しようと努めた。グレート・スチューパの中では、ラマ・チョパ行が続いているようだった。 スチューパの周りを半周くらいしたころ向こうに大きな黒い犬がいるのに気がついた。スチューパの傍に立ち、こちらを睨み付けていたのだ。そんなはずはないのだけれど、一瞬、野生のディンゴかと思った。 周りに飼い主の姿はなかった。繋がれてもいなかった。身じろぎもせず、ただ真っ直ぐにこちらを見つめている。威圧的なほど超然として、ほとんど1匹狼のような威厳でもって。ディンゴではなさそうだけど、野良犬かも… 「マズイよ、ママ、帰ろう」と、息子。「ポーポーとチャールスと喧嘩になっちゃうよ」 私も、引き返そうかと思った。うちの犬たちはフレンドリーな犬とはとても言い難く、他の犬を見ると(チビ犬のくせして)牙を剥いて吠えかかってしまうから。 思い返せば、この子たちをロストドッグホームから引き取ったとき、オスのチャールスの方は腕白坊主のような犬だったけど、メスのポーポーの方は可愛そうなくらいに怯えて震えている神経質な犬だった。散歩のときなど私の足元に隠れるように歩いていたものだ。 それがだんだんとリラックスして、愛嬌のある犬になってきた。同時に態度もでかくなって、いつの間にかポーポーときたら、出会う犬すべてにギャンギャン吠えかかるようになってしまったのだった。まるでそれまでのジンセイのリベンジに出たかのように… 吠えても所詮は臆病犬なので噛みついたりすることはないのだけれど、つられてチャールスも吠え始める。するとこちらはオスのせいか、勢い余って噛みつきそうになったりする。獣医の話では、メスのポーポーを守ろうとしているらしいのだけれど…。 ドッグトレーナーの講習を受けたこともあったけど、私たちは未だにトレーニングできずにいる。。。つーか、小型犬であることを幸いに、ほとんど諦めている。向こうから犬が来たら、ひっそりと進行方向を変えるか、抱き上げてしまうって感じで。(^^;ただ手綱がついていない犬で飼い主もそこにいないとなると、厄介なことになってしまうかも…。 相変わらず黒い犬はそこに立ち、じぃっとこちらを見ていた。私たちのいる位置が1段低くなっていたので、背の低い、うちの犬たちからは見えていないようだったけど、2匹が気づいて、ヒステリックに吠え始めたら…?ゴンパの中、リトリート行者たちの静寂は…?だけどせっかくここまで連れて来たのに、肝心のグレート・スチューパを廻ることなく退散っていうのも…決めかねて、ぐずぐずと立ち往生してしまった。 と、飼い主らしき人物が現れた!途端にディンゴは愛らしく尻尾を振って、おとなしく手綱をつけられる。ほっとした瞬間、甲高い笑い声が聞こえてきたのだった。「ヒーヒー」と、あのユニークな笑い声が。 ラマ・ゾパ・リンポシェだった。 偶然にも行を終えたリンポシェがスチューパから出てきたのだった。なんてタイミングなんだろう!リンポシェがここを通ることが日に数回、悪くすると1度もないことを思えば、奇跡的タイミングだった。 リンポシェは黒い犬に気づくと、足を止めた。犬の頭を撫で、なんとマントラを唱え始めたのだった。 どうしてあのとき、この犬を恐いと思ってしまったのかわからない。5分前のディンゴの面影はどこへやら、その子は従順で聡明な犬然とお座りをして、微動だにせず、おとなしくリンポシェの祈祷を受けている。リンポシェはかなり長いこと祈祷をされていた。いつのまにか、その周りに人だかりができていた。 祈祷を終えたリンポシェは5、6人の僧侶たちに囲まれてゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そのときは気がつかなかったのだけど、私たちはちょうど僧院へと続く道沿いに立っていたのだった!あの黒い犬があのときこちらを睨み付けていてくれなかったなら、何分も前に通り抜けていただろうポジションだった。だぶんリンポシェが出てきたことに気づくことさえなく、スチューパを廻り終えていたことだろう。 「あら、ここにも犬がいるわ。こんなちっこいのが2匹も」とポーポーとチャールスに気づいた、お付きの尼僧が笑った。 黒い犬に祈祷をした後だったので、また足を止めることはないだろうと思っていた。だけどリンポシェは立ち止まってくれたのだった。不自由な体を折り曲げるようにしてポーポーとチャールスを撫でてくれた。 ポーポーの手綱は私が引いていたので、リンポシェが撫でやすいように抱き上げた。チャールスの綱を引いていた娘も同じように抱き上げた。するとリンポシェは犬たちの頭上で印を切り、ぶつぶつとまたマントラを唱え始めたのだった。 幸運にも、うちのポーポーとチャールスまでリンポシェから祈祷を受けることができたのだった! 2匹分のせいか、さっきよりも長く祈祷をされていた。その間、私はずっとマントラでも唱えるかのように「Thank you, thank you, thank you…」と呟いていた。私の腕の中で、人見知りの強い神経質なポーポーが、吠えることも震えることもなくおとなしく祈祷を受けていた。 祈祷を終えると、リンポシェが私に尋ねた。「どこから来たのか?」と。初めてリンポシェと言葉を交わしたときと同じ質問だった。それから名前を尋ねてくれた。 日本人だけどメルボルンに住んでいるのだと答え、自分の名前を告げてから家族を紹介した。 リンポシェはダディンの名前を「Deityデイティ」と聞き間違えた。奇しくもそれは「神仏」という意味なので、僧侶も私たちも吹き出してしまった。私とダディンとオージーの尼さんが夫の名前を言い直したが、リンポシェはにこにこと言ったのだった。 「Never mind, you’ll become a deity.気にしないで、君は神仏になるから」、と。そうして「ヒーヒー」笑いながら行ってしまったのだった。 半ば呆然として半身を引きずるようにして一歩一歩、だけど楽し気に歩いてゆく、臙脂色の後ろ姿を見送ってしまった。 冗談にしても、リンポシェから「神仏」と表されるだなんて、夫はなんてラッキーなんだろう! それから、ポーポーとチャールスを引き取る前に見た夢のことを思い出した。 それは、飼い主がおらず殺処分されてしまう犬をロストドッグホームから引き取ってくるという夢だった。夢の中で、私は夫や子どもたちと一緒に引き取って来た小さな白い犬を(なぜか)自転車の籠に入れ、家に帰るところだった。はっきりと天空から声が聞こえてきた。 「そういう過酷な境遇にある犬を引き取って大切に育てるということは、その犬にとってだけでなく、あなたたち飼い主にとってだけでなく、宇宙的なプロジェクトにも叶う、宇宙全体に恩恵のあることなのですよ」、と。 そうしてその朝、当時飼っていた愛犬ムムが突然、逝ってしまったのだった。肺癌だった。ムムは3匹いた犬の最後の子だった。 昔、ダディンと私は3匹の犬を溺愛していた。なのに、子どもが生まれてからは子育てに追われて昔ほど愛犬たちのことを構ってあげられなくなった。それが不憫で申し訳なくて、子どもたちが大きくなるまでもう2度と犬は飼わないと思っていたのだった。 私はその夢見を、偶然だとは思えなかった。突然ムムが亡くなった数時間前に見た夢なのだ。天からアドバイスを授かったような気がしたのだった。そうして年が明けてから引き取ったのが、この子たちだったのだ。あれから8年が経ち、ポーポーとチャールスが今こうしてリンポシェに祈祷をしてもらえたことを思えば、感慨もひとしおだった。良かったね、ポーとチャー。(よろしければ、⇒「ムム、ありがとう」2009年10月18日の日記、⇒「ムムが逝った朝に見ていた夢」2009年10月23日の日記、⇒「2匹がウチに来た日」2010年1月15日の日記をご覧ください)。気がつくと、私たちを遠目に囲むようにして人だかりができていた。地元のチベット仏教センターで通訳をしてくれているM僧が近づいてきた。愛犬たちがリンポシェに祝福してもらえた!と喜ぶ私にM僧は言ってくれたのだった。 「リンポシェはあなた方の犬たちだけじゃなく、あなたたち家族みんなを祝福されたのですよ」、と。 「Wonderful, Wonderful, Wonderful!」と向こうから仏友、ヘレさんが駆け寄ってきた。自分のことのように喜びながら私をぎゅっと抱き締めてくる。 ヘレさんは泣いていた。ダディンの病気のことを知っているから、私たち家族にとって、リンポシェの祈祷に特別な意味があることを感じていたんだろう。ヘレさんが泣いているので、私の涙腺まで緩んでしまった。 白く聳え立つスチューパの向こうに真っ青な空が広がっていた。ポーポーとチャールスにも少しでも…と思っていたら、2匹のお陰で、私たちまで祝福を授かってしまったのだった。写真は我が家の愛犬、ポーポーちゃん(左)とチャールスで君です。―続きは⇒「山の行より里の行・・・④」へ― にほんブログ村
2018.04.06
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そしてそれはまだ終わりじゃなかった。スチューパの周りを廻ってからもアティーシャセンターの広大な敷地の散歩を続けた。カフェで一息つき、お世話になったセンターを多少なりともサポートしたいと隣接する売店も覗いてみた。 毎日の生活に使えそうな腕にする21玉の緑色の数珠を見つけた。去年、子どもたちやダディンも一緒にGreen Taraー緑多羅菩薩のイニシエーションを受けたので子どもたちにこれに似た緑色の数珠を贈ったのだけど、そのうち自分もこんな数珠が欲しいな~と思っていた。これとお香でも買って帰ろうかなぁと思ったとき、息子が入ってきた。 息子はくるくると回す法具に引き寄せられた。私に使い方を聞いてきたが、回すということ以外はよくわからない。「そんなに気になるのならスタッフに説明してもらえば?それでど~~~しても欲しければ、買ってあげるよ」 いつもならそう言われると、シャイで面倒臭がりな息子は「じゃあ、要らない」と止めてしまうのだけれども、この日は聞きに行ってしまった。レジにいた長髪の元ヒッピー風おじさんが息子にその説明書まで手渡し説明してくれた。 これは「Player Wheel」(祈り車、とでもいうのかな?)といって、中にはマントラを書き連ねたお札が入っている。これを回しながらマントラを唱えて、一斉衆生の幸福や世界平和を祈ると功徳が何倍にもなって願いが叶うんだよ、と。 「回してみれば?」と長髪おじさんに言われて、息子はいくつか手に取って、くるくる回し始めた。 「二つ良いのが見つかったんだけど」とムゥは私の顔色を窺いながら祈り車を差し出した。なにやらゴージャスな金色のと、地味で小さな銅色のもの。「値段が2倍くらい違うんだけど…どっちがいいかな~」 どちらが欲しいのかは一目瞭然だった。「きっと使うって約束してくれたら、好きな方にしていいよ。でも怒ったり、嫌な気分になったときには自分の部屋に行って、まずこの祈り車を回して、落ち着いてから次の行動を決めるんだよ」 「うん、約束する」と、息子。「ママは? ママも気に入ったの、あったんでしょ。買えば? 買ってもいいよ。ムゥも買うんだから」 それはそれは、ありがとうございます…(^^;息子にさらりと心の動きを見破られてしまったが、実は私も、ムゥがくるくる回すのを見ているうちに一つ、無性に引き付けられた祈り車があったのだった。緑、赤、青、黄色の小ぶりな石(に見えるけど、千円だし、ガラスの玉ね)の入った、銅色の小さな祈り車。 結局、息子のゴージャス感あふれる金色の祈り車と、緑のアーム数珠と一緒に、それも買うことにしたのだった。長髪おじさんは事務所にあった紙袋にそれらを入れると、にっこりと息子に手渡してくれた。「たくさん廻して、こころを平和にするんだよ」 帰宅後、荷解きをしながらその紙袋を取り出して、驚いてしまった。そこに夫の名前が記されていたから。「For Dadinn (仮名)」、と。あろうことか、そこには「ダディンのために」と手書きで書かれていたのだった!? その紙袋がリサイクルであろうことは明白だ。けれどそこにははっきりとダディンの名前が書かれていたのだ。「ビルのために」でも「エリーゼのために」でもなく、「ダディンのために」、と。 とても私には単なる偶然だとは思えなかった。リンポシェがダディンの名前を「神仏」と聞き間違えたことといい、紙袋にかかれたこの「ダディンのために」といい… これは、夫のために用意されたシンクロニシティだと思った。天が彼を祝福しているのだ、と。言い換えれば、家族の誰よりも夫が今、この祝福を必要としているのだろう。実は、この数珠と祈り車を私は自分のためにではなく夫に贈るために買っていたのだと悟った。 数珠と祈り車を入れて、彼の名前が記された紙袋を夫に贈った。夫は「奇妙なこともあるもんだねぇ」などと言いながらも、すごく嬉しそうだった。彼も毎日毎日忙しそうだけど、日に何度かは、この数珠と祈り車を廻して、心の平安を保っていければいいなぁと願ってしまう。 息子の祈り車の方は勉強机の上に置かれている。(上の写真デス)それを廻している姿は未だあまり見たことはないけれど… こうして4日間のリトリート旅行は、あっという間に終わってしまった。一人で参加したいと願っていたけれど家族全員で参加して、あまり行はできなかったものの、思ってもいなかった素晴らしいリトリートになった。チベット密教ではグルーとの絆は大切な精神修養の土台であるけれど、リンポシェからも祈祷してもらえたのだ。私一人で参加していたのでは到底あり得なかった幸運だった。夫一人でもなかっただろうし、子どもたちや犬たちだけでは、そもそも参加することさえ叶わない。家族全員、犬たちまで揃って参加したからこそ起こり得たことだった。 愛犬たちの幸福を願ったら、自分たちももっと幸運に恵まれてしまった。なんて素敵なパラドックスなんだろう。 私にとってリトリートの醍醐味は、物質的な世界を越えた、目に見えない絆を感じられること。今回もそれを体験できたから、とても、とても嬉しい。 リンポシェふうにいうならば、アメージング、アメーージング、アメーーーーージング!!!である。日本ブログ村に参加しています。応援クリック、よろしくお願いいたします(^^♪ にほんブログ村
2018.04.05
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