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2012.09.17
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カテゴリ: 昭和~・評論家

『妊娠小説』斉藤美奈子(筑摩文庫)

 本書の元になった単行本は、1994年に出版された、筆者のデビュー作であります。
 筆者による後書きに、本書は「ある種の文学製品に関するバイヤーズガイドないしユーザーズハンドブックのようなもの」とありますが、言うまでもなく、本書は文芸評論書であります。

 文芸評論が様々な時代の思潮と不即不離の距離を保ちつつ、そして様々な視点から文芸作品に切り込んで行ったことは(その結果、今となってはそんな読みはないだろうと思われるような文芸評論書が残ったことも含めて)、改めて説くに及びません。

 何より本書は、社会学とかフェミニズムとかで考えるのではなくて、新しい視点からの文芸書の読みの試みと捉えた方が、はるかに面白いと思います。
 そういえば、文芸評論の中で新たな「権威」になりつつある高橋源一郎の評論文章とも、展開の仕方、新しい価値観の提出の仕方が、なんだかとってもよく似ているように思います。
 ということは、本書が堂々たる文芸評論であると言うことであります。

 ……で、本書に何が書いてあるかと言えば、それは、文芸思潮の新ジャンルの発見についてであります。
 「妊娠小説」という新しいジャンルの、命名、定義、歴史(あしどり)、意味と価値等が、かなり書き込んだ形で提出されています。少々長すぎるのではないかと思ってしまう部分もないわけではありませんが、新ジャンル創設の大変さと面白さがまんべんなく書かれいてます。

 実際の所、文芸の新ジャンルの創設というのは、一つの「世界観」の創設といっても良く、なかなか生半可な取り組みでできるものではありません。
 綿密な取材、緻密な分析、そして大胆な発想と構成力、それらの点で本書には、制作途上で様々な僥倖があったとしても、筆者の卓越した独創性と、後、まぁ、なんといいましょーかー、大いなるハッタリ性は、明らかであります。

 で、「妊娠小説」ですが、その定義を筆者はこのように行っています。

「妊娠小説」とは「望まない妊娠」を登載した小説のことである。

 このシンプルな定義を核にして様々な分析を行っていくのですが、例えば上記の文に、「登載」などという言葉が斡旋されています。この言葉の持つ文脈上の軽い違和感と浮遊感覚の中にこそ、上記に触れた筆者のオリジナリティと「ハッタリ性」の源泉があるように私は思います。

 さて定義に戻りますが、筆者はさらにこんな風に続けていていきます。

受胎告知シーンこそ、妊娠小説のかなめであり、アイデンティティである

 そしてさらにこのように畳みかけます。

だいたいこれだけ均質化が進んだ世の中ですから、二十歳や二十五歳で小説向きの波瀾万丈を経験している若者なんか、そうそうはいるはずもない。自分のであれ周囲のであれ、妊娠中絶が青春を彩る唯一の人生らしい事件だった、なんて事態もありうることです。

 上記の三つの引用を私は、本書の冒頭あたり、中頃、そして終盤からそれぞれ抜き出してみましたが、いわば全編このような、独断と紙一重の歯切れの良さで書かれています。なんだか舞踏のような、あれよあれよという間の展開ですが、確かにスポーツ観戦のような面白さがあります。

 そしてさらに、「妊娠小説」が、あるいは現実における「望まれぬ妊娠」が、本書が書かれてから既に二十年近くたとうとしている現在、どの様な状況になっているのか。
 私は寡聞にして、この両者の問について答えうる客観的データーをほとんど持ち合わせていないのですが、本書にこのような事が書いてありました。

 「妊娠小説」の「父」は、明治時代の森鴎外の『舞姫』であり、「母」は同じく島崎藤村の『新生』である。近世に「妊娠小説」はなかった。なぜかというと、江戸時代には「中条流」の繁盛などに見られるように、堕胎は日常的に行われており、「堕胎罪」は明治十三年になって初めて発足されたものである。罪悪感のないところに、文学は生まれない、と。

 この筆者の分析に則って考えますと、現代は「妊娠小説」の受難期に突入しているように、わたくしは愚考するのですが、さて、いかがなものでしょうか。


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Last updated  2012.09.17 10:27:30コメント(0) | コメントを書く
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シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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