迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2025.02.12
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カテゴリ: 浮世見聞記
「上野の東照宮って、どの辺りだっけ……?」

先日にさう訊ねられて、行ったことがないためちゃんと答へられなかったので、これを機に一見せばやと存じ候。



上野精養軒より奥、上野大佛の脇を抜けた先に鳥居が立ち、ここからいかにも江戸時代の遺構らしい石畳の参道が伸び、ほどなく門扉一面の金箔もまばゆい唐門に行き當たる。



慶安四年(1651年)の造營と云ふ國の重文云々、門扉両脇の昇り龍降り龍の彫刻は左甚五郎の作云々、



東照宮の場所を確かめるのが目的だったので、ここで引き返すつもりだったが、ふと氣が變はり、唐門の向かふの社殿も一見せばやと存じ候。

見た目そのままに“金色殿”とも云はれる現在の社殿は、唐門と同じ慶安四年に三代将軍德川家光が造營替へをしたものにて、もとは寛永四年(1627年)に津藩主藤堂高虎と天臺宗の天海僧正が“神君”家康を祀るため寛永寺境内に建立した「東照社」が始まり云々。



いかにも往年の德川政權のチカラを誇示した金閣モドキの社殿を仰いでゐると、社殿のなかでゴトゴトと音がして、やがて滅多に開かぬはずの戸が両側にパッと開き、中から人品賤しからぬ人々が出て来た。

そのなかに、近年に德川宗家の十九代目を繼いだばかりの現當主──世が世なら江戸幕府の“第十九代将軍”の姿もあり、なんたる偶然と仰天す。


(※手前左手、黒い上着姿の男性が德川宗家第十九代目當主)





一行は和やかな様子から、内々で史跡見學の會を催してゐるらしく、十九代目當主が近くを通り過ぎるとき、つひ頭を垂れたこれこそが“上様”の威勢と、



五百圓の拝觀料がいっぺんに価値の高いものになった。





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最終更新日  2025.05.15 19:25:45
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