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2025.04.10
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カテゴリ: 浮世見聞記
千代田區一番町のJCII PHOTO SALONで、「林忠彦が見たアメリカ 1955」展を觀る。




戰前より冩真家として活躍し、戰後には報道冩真の第一人者となった林忠彦氏が、當時は一般人の海外旅行が出来なかった昭和三十年(1955年)七月、ミス・ユニバース世界大會に日本代表として出場する高橋敬緯子に同行の特派員として初渡米、二十日間の取材の後、米國を縦斷して市井米國人たちの姿をフィルム150本、約3.800カットにわたり記録する。

「冩真は記録性が大事」と云ふ、私も深く共感する信條をもつ林忠彦氏が記録した1955年當時の一般米國人のありのままな姿は、2025年現在のそれと、なんら變はるところがないことに驚かされる。

いつの時代も、ニンゲンはどこまでもニンゲンでしかない、といふことか。


そして印象的だったのが、日本發の飛行機が米國サンフランシスコ上空にさしかかった時、窓から眼下の景色を目にして、

「こんな富裕な國と戰争をしたのか、無謀なことをしたものだと愕然とした。眼下にみえる家並の豊さにいやというほどそれを知らされた」

と、衝撃を受けた氏の言葉。

八十年前に日本が降服した愚戰のすべてが、この言葉に詰まってゐる。


私は米夷の政治力、財力、文化力、それら國力をはっきり認めた上で、しかし米夷が嫌ひである。



しかしどうしても赦し難いことが、人間の心には存在する。

これぞ、ニンゲン云ふしょせん同じ穴のムジナの宿命。


林忠彦氏が冩真に記録した1955年の市井米國人は、2025年現在のニッポン人風景と酷似……、否、そのままなのは、このためだ。





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最終更新日  2025.04.15 10:25:16
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