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2025.05.09
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カテゴリ: 鐵路
伊豆急行線の伊豆高原驛外れに留置されてゐる、“初代”伊豆急行100系──クモハ103を見る。



伊豆急行線は伊豆の觀光地開發が悲願だった東急の五島慶太翁によって昭和三十一年(1956年)に設立された東急のグループ企業で、鐵道の開業は五島慶太翁没後の昭和三十六年(1961年)、100系はその當時の車両なり。



その後、二十一世紀初めまでの長きに渡ってJR東日本線の熱海から伊東の乗り入れ區間も含めて伊豆急下田までを結び、JR東日本から購入した元113系の200系にその座を譲る。

引退後の100系は廢車となったが、件のクモハ103の一両のみは生き殘り、平成二十三年(2011年)の伊豆急創立五十周年を記念して、腐蝕が進んでゐた車体の全面的な補修を經て營業運転に復活、以後はイベント用として往年を彷彿とさせてゐたが、元来の老朽化のため平成三十一年(2019年)に再び引退、現在は伊豆高原驛外れの、本線とは繋がってゐない留置線に雨晒しで置かれてゐる。



最初の廢車で進んでゐた腐蝕が、雨晒しのために再び進まうとしてゐるやうにも見え、保存する氣があるのかないのか、かういふ中途半端な殘し方をするのが私は好きではない。





幼少期の夏、両親につれられて伊豆へ海水浴旅行に行った時だらう、草繁る盛り土につけられた階段を上って單線ホームの無人驛に至ると、まもなく向かふから水色の車体の伊豆急行線が、ヘッドライトを陽炎に揺らしながらやって来るのを見た記憶がある。

それが100系だったわけで、クロスシート仕様の車内のためにその後ながらく國鐵113系と記憶が混同してゐたものだ。

記憶は人生の遠い記録。

あの盛夏白昼の驛がどこであったのか、いまでは全くわからない。








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最終更新日  2025.05.09 20:20:07
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