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2026.02.28
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カテゴリ: 浮世見聞記
橫濱市民ギャラリーで、「戦後をあゆむ」展を觀る。



六十年前に開館して以来蒐集した繪画や冩眞より、戰時下から戰後にかけての橫濱を中心に展示したもので、いづれも作家たちが目の當たりにした現實光景なだけに一點一點が深く、作品に添へられた言葉は重く響く。


米夷の空襲により焼け野原となった關内は侵駐米夷が撤退した後も“關内牧場”と呼ばれたほどに空き地の状態が續き、

「戰前に橫濱の經済を支へた企業は戻って来なかった」

と記したヒサクニヒコ氏の言葉は、戰争によって街が破壊されるとはどういふ事なのかを、端的に語ってゐる。


(※戰後の伊勢佐木町をいく米兵家族 述者藏)

明るい作風の作家は混迷した世相を皮肉をもって笑ひ飛ばし、明るいだけに時代に對し明確な辛味を効かせてゐる。


(※展示室内遠景のみ撮影可)

特に昭和二十年五月二十九日の橫濱大空襲において、母親に手を引かれて逃げる子が上空の爆撃機を450まで數へらると指を差す八島一夫氏の作品は、




非常時においてなほ純真な子どもの意識が、大人の自ら作り出した悲劇を對象的に際立たせる諷刺画の効果を生んだ傑作と思ふ。


(※橫濱~櫻木町間の鐵道高架下の壁はかつて“萬里の長城”と呼ばれ、その向かふの造船地帯は關係者以外は立ち入らない外界だったと云ふ)

もう一點、三橋兄弟治(みつはし いとじ)氏の「港」は現在の“象の鼻パーク”あたりを描いた昭和十五年の作品だが、


(※案内チラシより)

すでに粗惡な紙に描かれており、それから間もなくの物資貧窮がこの頃には始まってゐた事實を示す貴重な資料であると同時に、静かな風景画ゆゑに暗雲がじわじわと迫り来ってゐる恐怖をも感じさせ、このコレクション展でもっとも私の足をとめた一點だった。





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最終更新日  2026.02.28 19:28:42
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