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先日のあるある大事典でみたことをこの一週間試している。一切の炭水化物(米、パン、麺類、芋類、菓子、果物)を摂取しない。と言うのは無理なので、一日にパン一枚にご飯一膳もしくはラーメン一杯。夜は一切炭水化物を摂取しない。といったことをこの5日ほど続けている。果たしてこれで体重が落ちるだろうか。心なしかスーツのスラックスがゆるくなった気がするのはそのせい????ま、とにかく体重測定してみないことには・・・と久しぶりに体重計に乗ってみたら、なんと電池が切れていたではないか。ははははは~。仕方ない、電池が手に入ってからにしよう!
November 12, 2004
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IT化が加速する21世紀。私たちはこれまで20世紀で培ってきた経験や知識をこれからの世紀にどれだけ活用することができるだろうか。今、そうしたことがIT化により、省力化、便利になる一方で問われているような気がする。一見、ITは社会にとって頗る便利で役に立つモノだと思われがちではあるが、その一方で機械に仕事を奪われる人たちが増えたり、低賃金で高度な技術力を活用できる東南アジア諸国へ仕事が流れていったり、インターネットを通じて依頼可能な仕事は日本に留まらず海外にまで及んでいる。これではますます苦労して取得した高度な技術も安い賃金の方へ流れる一方である。ITによって簡単に模倣できてしまう「形式知」やデジタル化されてしまうような仕事はこれから仕事を選ぶ上では、慎重に選ぶ必要があるだろう。そう考えると、IT化の一方で問題となっている介護問題や少子化、高齢化問題、若年層の学力低下(本当に学力低下なのかアスペルガー症候群によるモノなのか不明だが)といった事象によって産まれている課題を対象としたビジネスこそこれからの時代、我々に求められている仕事ではないだろうか。それは取りも直さず、一人ひとりが一人ひとりのためにある仕事ではないだろうか。一クラス40~50人と言ったマス教育から一人ひとりの子ども達の即した個別指導・教育といったものから、一人暮らしや寝たきりの高齢者のためのビジネスといったものをITによらず、そうした仕事に従事する人たちをこれも一人ひとり教育訓練を施していくことこそが求められる、これから来るべき産業になると考察できる。
November 11, 2004
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やれ勝ち組だ頭がよくなるだ、お金が儲かるだと世間はそうした「競争意識」を刺激する言葉で溢れ返っている。また、そうした雰囲気の乗じて「金儲け」をたくらむ輩も少なくない。日常生活の中で一番感じる変化は、色々な場面で「従来型のシステムやルール、常識」が通用しなくなったこと。教育もしかり、コミュニケーション(携帯にみるギャル文字)しかり、男女関係しかり、上下関係しかりである。しかしこれは何も「人間としての根本」が変わって訳でもなく人間が進化も後退もしているわけではないだろう。いろんな意味でこれからあるいは今訪れている「変化」にとまどっているだけなのかもしれない。しかしそうしたなかにおいても着実に「変化」し、これまでとは違った対応が求められていると感じる。その対応とは高度成長期にみられた「マスプロ」なものではなく、ひとつひとつ一人ひとりの人間が個別に対応していくような「対応」ではないだろうか。老人介護の問題もしかり、3人に1人は社会性を持てないと言われる子どもたちの問題など、本当の意味での「手当」が必要な時代、そうした仕事を生業としていかなくてはならない時代になったと思われる。
November 10, 2004
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ビートルズの曲名や詩には「LOVE」という言葉が非常に多く使われている。ジョンが「愛」を尊んでいた・・・現れかもしれないが。高校時代にバンドで初期のビートルズをよく演奏した。なぜ初期だったか。それはまだギターを覚えたてでうまく弾けなったため割と簡単?に思えた初期の曲を選んで演奏していたから。決して簡単ではなかったのだけれど・・・初期の曲にはアコースティックものが多かったのでギターの練習には結構うってつけだった。エレキギターはこれまたそれなりに違った練習が必要となったのは、ビートルズから他のミュージシャンの曲に欲が出始めて知ったことだけれど・・・この曲の場合、リードよりもバッキングの方が難しかった。TILL THERE WAS YOU に至ると両方難しくなるのだけれど。
November 9, 2004
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テレビドラマも映画も観たけれど・・・変に思われるだろうけど、泣ける以上に・・・正直うらやましい気持ちで胸がいっぱいになった。あんな風に高校時代を過ごすなんて大方ありえない。ありえないから羨ましいわけではない。テレビドラマの「サク」は少々高校生らしさが欠落していて、大人びていたけれど映画の「サク」は割りと等身大の高校生像で描かれていた。「亜紀」よりは子供っぽくて、亜紀の本当の?悩みには心底追いつくことはできないで、亜紀はずっとずっと大人びていて、自分の命の炎が消えていきそうなのに・・・ずっと「サク」のことを思って・・・思って・・・ひとはひとを愛するように生まれてきた。そして最愛の人ともいずれ別れがくる。結婚は一生甘ったるい「愛」などで続きはしない。いや続いているのかもしれないが、それはとてもはかなくも日常に埋没してしまう。またそうしなければひとは食べていけない。短い、ほんの短い間でも、心から「愛」を、愛することをひとときも休まず継続できたそんな「時」を大半の人間は持つことはできない。どんなにお金や幸運に恵まれた人たちより愛する人を失うと言う「悲劇」以上に何ものにもかえることのできない「何か」を得られる経験ほどの「奇跡」はないのではないだろうか。経験は決して一人だけでは得られないのだから。
November 8, 2004
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もう何年前になるのだろうか。あの頃は「今」という時間がどれだけ長く感じられたことだろうか。そしていつもBGMはビートルズで・・・彼女たちはとても輝いていて・・・いや、それにさえ気づかないくらいに「今」に夢中だった。たった一学年上の年頃の子が「先輩」・・・なんてとても年がかけ離れているように思えたあの頃。「先輩」はすごーく「キレイ」で・・・あれは夏の日。花火大会で人手でにぎわっていた夜。「先輩」は「女性」を知らないぼくの前ではとても手の届きそうにない「大人の女性」を醸し出していてしかも、その浴衣姿は・・・すーごくみりきてきで・・・そうあんな時代があったなんて・・・またそんな年とってしまうなんて・・・その頃は想像さえしなかった。いやできなかった。それくらいぼくは「今」に夢中だった。バンドをやって、狂ったようにギターを弾いて何かに夢中にならずにはいられなかったいやその時代がとどまることを許してはくれなかった。あの「先輩」はどうしているのだろう・・・
November 7, 2004
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『半落ち』の作者、横山秀夫さんがNHKの「週刊ブックレビュー」に出演し作品の裏側について語っていた。以前、村上龍だったか作家のこの時代における「役割」のようなことをテレビの対談か何かで話していた覚えがある。教育もそうだが、この時代これまでの社会全体のシステムが機能しなくなってきたのではないか、そのように思えて仕方がない点が多々ある。そうした時代に作家、小説家とは限らないが、時代を読み取って、それを別の形で表現できる人たちにとって、今、その存在が非常に必要とされているのではないか。テレビを代表とするメディアも金太郎飴のようにどこのチャンネルを観ても同じようなことしかやっていない。それどころかテレビ関係者による不祥事の方が多いくらいである。テレビを観ていて、たまに、「字が違ってるぞ」「言葉の使い方が間違っている」なんてことも日常茶飯事になってしまったくらいメディアの信頼性、存在意味がぐらついている。ジャーナリズムもしかり。それらに代わるものとして作家の存在は大きい。ただ残念なことに「活字ばなれ」という現象があることは否めない。否めないが、それでも全く活字を読まないわけではないだろう。映像だけでは伝えないにくい、また、視覚的なものでなく、脳を働かせて「考える」という行為をさせてくれるのに最も適したものとして「活字」は最大の効果をあげてくれるはず。社会の今の問題を捉えて、世の中に訴え掛けてくれるそうした作家が求められているのかもしれない。
November 6, 2004
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インターネットでイラクにて人質となった日本人の殺害場面が流れていたとか。それを携帯で見た高校生があるテレビ番組で感想を訊かれ「他人事」だと発言した。「おいおい、本当に他人事かい」って思わず口をついて出た。これはかなり「ただ事」では済まされない、済ますことができない事態になっていることに改めて驚かずにはいられないとともに、これからの子ども達の将来をどのように考えていかなくてはならないのか、非常に戸惑いを覚える。先生のせいや社会のせいにしてはいられない。長崎、奈良、それ以前(ここ15年位)からの「事件」のことを持ち出すまでもない。子を持つ親は優先的に一体となる必要性がある。「よそのこと、よその子ども」なって言ってはいられない。父親も参加すべき。母親任せでは困る。会社も参加すべきだ。子どもの将来は会社の将来でもあるのだから。これは本当に大変なことなんだ。と、まずは意識しなくては!
November 5, 2004
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健全なる雇用が健全なる社会を作り、人間の精神を健全たらしめる・・・な~んて難しいことのようですが、ずばりその通りではないかと。「失業が人間の尊厳を損なう」とはスウェーデンの首相のことば。昔、パソナの南部社長は雇用創出のために人材派遣業を始めた、という風に聞いているが、雇用が無ければ経済も社会も活性化しない、と思う。雇用が安定していれば、自ずと消費が進み、企業の収益も伸びるはずである。岩手県北上市の取り組みのように、行政はもっと「雇用」について優先的に取り組むべきである。政治家もいわずもがなである。だいたい首相から大臣、議員まで給与をもらい過ぎ。公務員も同じ!「公僕」なのだから、国民のためにつくせ!である。なにも「安定」しているから公務員になったでは困るのだ!その辺が根本的に「おかしい」。実際、国民の血税を何に使っているのか!お粗末なことばかり起こっているのが現状。健全な精神を持たない者が企業経営や政治に参加したりすることが結局この世の中をダメにしている。インターネットのグローバル化が国境を越えて仕事を奪っていく時代になる。インターネットを通じてやりとりができてしまう仕事はどんどん「低賃金」で請負できる国へと流れていく。そうならないためにも、「地産地消」ではないが、その国でできることはその国賄うようにすべきである。なんでもかんでも「安き」に流れるとその企業は潤っても、国はたちいかなくなる。その内、転職ならぬ移民が普通になる時代がくるかも。「もうこの国では暮らしていけない」なんてことにならなきゃいいけど。
November 4, 2004
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毎年のことながら、この時期にならないと考えないのが年賀状。来年はどんな内容にしようか・・・いつも悩みながら仕事にかまけて結局適当ないわゆる「干支」系ものに終始してしまいがちなこの数年。個人的にもこれはというネタがないのも原因。みんなどんなネタで書いてるものかと、昨年もらった年賀状をめくってはみるがどれもこれがまた似たようなもんで、つまらなーいので・・・参考にはならない。だからといってネットで探しても、これは、といったものはそう簡単には見つからないし、やはり人様をお知恵を拝借ってのは、ダメなんだと。。。も思いつつ・・・う~んとうなっている最中でございます。やっぱ干支かな>>>>面白無いねーなー!!!
November 3, 2004
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最近、ヨン様ブーム・・・というわけではないだろうが、韓国料理のお店がやたら増えている。以前はだいたい新宿、大久保、新大久保あるいは中央線沿線もしくは高田馬場あたりの新宿区周辺、ちょっと飛んで、赤坂あたりに集中していたのが、もうどこにでもお店があるとさえ言えるほどの数になってしまったよう。豚肉の鍋が美味しいというので、知り合いの方に連れていって頂いた、めったに行かない山手線のとある駅近辺にある、裏路地辺りのお店。う~ん、なんだか見た目は確かに美味しそうだったのだが・ちょっとこれは・・・こけた感じで流石に新宿近辺のお店には敵わないなと、思える程度の味だった。味は、ま、ともかくで・・・勘定してもらっておどろいたのが、新宿で飲み食いするよりも1.5割は割高だったこと。しかも頼んだ料理はたった3品でビールも生一杯にマッコリを頼んだだけで「お一人様4,500円な~り」!えっ!と思わずふいてしまった。やはり韓国料理は馴染みのお店に限る・・・たぶん。
November 2, 2004
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金融関係の識者に聞いた話。いるところにはいるもので・・・年収5億って仕事があるって。う~ん、真面目にこつこつがあほらしくもなる。とはいってもそれはそれなりに5億の意味があるわけで。何も無しに5億はありえない。ただそうした仕事はほんと限られた才能、技能の持ち主にしか行えないため、条件をつけていく、この日本に20~30人しかいない、なんてことになってしまう。それをまた何社モノ企業で取り合うわけだからもう熾烈な戦いが日毎行われている・・・のだそうな。どんな仕事か・・・それは企業秘密?機密事項?なので言えない。言ってもそんな能力の持ち主は前述のように日本に20~30人くらいしか居ないのだそうだから・・・1年働けば、一生食べてけそう・・・羨ましい???かどうかは、その人次第かな。
November 1, 2004
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