鎌倉日記(極上生活のすすめ)

PR

×

Freepage List

アンテイークコレクションについて


中華街アンテイークガレージ


骨董アンテイーク市 情報


アンテイークになるもの


お奨め、これからのお宝


オークションの歴史


フリマと不思議娘


生活スタイルについて


えばりだす椅子


基礎講座ボタンのかけ方


笑う万年筆


確立と運


フリーマーケットの楽しみ方


あこがれの一夫多妻


極上品セレクト


アトム対暴走族


掃除の裏技


パソコンのショートカット裏技


偽ブランドの見分け方


家電量販店で得する裏技


中国のラッキーナンバー


■予知夢■


グルメについて


ワインの薀蓄


極上の調味料たち


中華街と中華料理とチャイナ流


権謀術数のコーヒー


イタリア流イタ飯


またワインの薀蓄


街道レストランの選別法


中国の精進料理


アトムおじさんのグルメ三昧


アトムおじさんの裏技クッキング(1)


アトムおじさんの裏技クッキング(2)


本について


「深夜特急」


中世のドキュメンタリー


未完の放浪者


百回の整形手術


夢の現実・現実の夢


小野小町


商人の道


壁の言葉


長恨歌~白居易


哲学者カールダイムの言葉。


旅について


「旅」と「出会い」と「人脈」


新ビジネス構築論


ジプシーの殺意


私的ベンチャービジネス論


飛行機の旅の裏技


ケチなオランダ人


横浜のユダヤ人


勝利の法則


難民キャンプの思い出


亜細亜的トラブル対処法


富者の考えること


国境の町


首都の中心には


インドで考えたこと


ダライラマのメッセージ


詩を言葉にした民族


バナナ売りの口上


映画について


■アカデミー賞受賞作品■


フォレストガンプ


Profile

アトムおじさん

アトムおじさん

2008年06月30日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
このまえ、長崎で、出島に行った。

当時、出島には、日本人の出入りは禁止されていた。
例外として、入ることができたのは、遊女と乞食と高野聖であることが、ここの資料館には記されていた。
昨年、四国でのところでも書いたが、高野聖と僧の格好をした政府のスパイである可能性が強い。
西欧の情報は、ここを治める役人や出入りの医者のほか、高野聖によって探っていたのではないかと考えられる。

では、なぜ、そもそも日本は鎖国を行ったのか。
織田信長も、豊臣秀吉も、新しもの好きで、むしろ、西洋からもたらされる知識は、どんどんと取り寄せる性格の持ち主だった。
種子島に伝わった火縄銃が、戦争の姿を変えてしまったことからわかるように、もし、その当時のリーダーなら、先端技術をまっさきに導入して、自分の力にするほうが自然だと思う。


日本が鎖国にいたる過程には、それなりの理由が存在するはずだ。
そのひとつを考えるとき、15、16世紀の奴隷貿易があると思う。

日本人を奴隷として輸出する動きは、ポルトガル人がはじめて種子島に漂着した、 1540年代の終わり頃から早くもはじまったと考えられている。
そして、16世紀の後半には、 ポルトガル本国や南米アルゼンチンにまでも日本人は送られるようになった。
1582年(天正10年)ローマに派遣された有名な少年使節団の一行も、 世界各地で多数の日本人が奴隷の身分に置かれている事実を目撃して驚愕している。

「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、こんな安い値で、 小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」

「天皇のロザリオ」鬼塚英昭著には、こう書かれている。
「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。
『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、
獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。
ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、

交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。

『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。
ヨーロッパ各地で50万という。
肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、
奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。

白人文明でありながら、
何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、
インドやアフリカまで売っている』

秀吉は、準管区長コエリヨに対して次のように命じた。
「ポルトガル人が多数の日本人を奴隷として購入し、彼らの国に連行しているが、
これは許しがたい行為である。
従って伴天遠はインドその他の遠隔地に売られて行ったすぺての日本人を日本に連れ戻せ。」

日本での鎖国体制確立への第一歩は、奴隷貿易の問題に直接結びついていたと思う。

「大唐、南蛮、高麗え日本仁(日本人)を売遣候事曲事(くせごと = 犯罪)。
付(つけたり)、日本におゐて人之売買停止之事。 右之条々、堅く停止せられおはんぬ、
若違犯之族之あらば、忽厳科に処せらるべき者也。」(伊勢神宮文庫所蔵「御朱印師職古格」)

もっとも、日本人のほうからも、奴隷をポルトガル人に売りにいっていたようだ。
ここでいう奴隷の考えも、西洋人の奴隷と日本人の奴隷では、少し感覚が違う。
西洋人のそれは家畜としての奴隷だが、日本人の奴隷は、貧農で口減らしのためや、借金の方に売られた娘などで、借金が返済されれば、奴隷から解放され普通の人間に戻ることが可能な存在ではある。
つまり、奴隷は固定化したものではなく、奴隷になったり、一般人になったり、自由に行き来できる存在なのだ。
このような、奴隷に対する認識の違いも、もともと日本人は、民族や人種の違いがほとんど同じことからも、自然なことだったとも思う。


豊臣秀吉の朝鮮出兵、天草四郎の武装蜂起、踏絵、・・史実には、これらも、複雑で、深い背景が存在していて、一筋縄ではいかないようなのだ。









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008年07月07日 02時01分04秒
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Free Space

設定されていません。

Calendar

Archives

・2026年09月
・2026年08月
・2026年07月
・2026年06月
・2026年05月

Keyword Search

▼キーワード検索

Category


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: