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大船駅からモノレールに乗った。上からハングオーバーで吊り下げ型のこのモノレールは珍しく初めて乗る人にはちょっとスリリングで楽しめる。江ノ島駅に着いて橋を渡って、いつもは真っ直ぐ坂を登って江ノ島神社にお参りするだけだったが、手前で右に曲がって島を左回りに海岸に沿って歩いていくと、前面は太平洋だけ。と思ったら、向こうに大きな島影、大島だ。少し行って下りて行くと広い岩場が見えてきた。島の切り立った岩場の横に、長い年月を経て波の侵食でできた空洞。岩屋と言う。江ノ島には何度も行っていたがここは初めてだった。暗い中に、三つの菱形を模った北条氏の家紋のランプが照らしている。三つの菱形は三つの鱗を模っているという。来た道を登って行って、レストランに入って、しらす丼、焼ハマグリ、江ノ島ビールを注文して、暫し歓談。富士山が見えなかったのは残念だったが。。その後、先々週のNHK大河ドラマ『義経』に出た、義経が鎌倉に入れずに頼朝からの指示を待ったという『満福寺』が、江ノ島から1kmくらいなので歩いてみた。あった、あった『腰越状』。6文字が抜けた下書きだったが、これがあの・・と思いながらそんなドラマがここであったのだと。。鎌倉までは目と鼻の先。残念だったでしょうねぇ。でも今は狭い道路を江ノ電が走る、平和な一日でした。今週から海外だ。来週はトルコにも行きます。
2005.10.25
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私は小泉ファンでも自民党寄りでもないが、正しい良識を持っていたいといつも思っている。「正しい良識」変な言葉だが、本当は「正しくない良識」(正しいと教育されたために思い込んでいるだけで本当は間違っているということ)もあるかもしれないと気づき始める。。前野徹氏の「戦後 歴史の真実―わが愛する孫たちへ伝えたい」という本がある。私にとってはアクが強い本と感じるが、学校での歴史教育の恐さに気づかされる。日本人のあるべき姿を考え、二度と戦争が起きないことを願っているなら、小泉首相の靖国神社参拝を一概に否定する気にはならなくなった。誰だって戦争なんか望んでない。はず・・でも更に考えるなら、日本人として!と考えるのも本当は好ましくない。かも・・個人のアイデンティティとして、国は非常に大事なものである。だがそれに固執するあまり中東のような争いはしたくない。飛行機の窓から地上を見ても国境はないのに、世界地図には国境がある。誰が線を引いたのか。。ジョン・レノン 『イマジン』・・
2005.10.18
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誰だって自分ではついてないなんて思いたくないですよね。特に今まで自分は運が良い!と思って生きてきた人なら尚更。でも「最近ついてないねっ」と人から言われ、否定しながらも、・・確かに今までに比べればそうかもナと思ってたんだね。急に落ちてきた・・かと。でももう少しだと、この長いトンネルを抜けるのは。まだ認めないと。運を取り戻すために何をしたらいいんでしょうか。幸せになりたかったらまず幸せになりたいと願うこと・と本で読んだことがありませんか。幸せになりたいと願うことは難しい性格?一度は悩まないとブレイクしない。じゃ頭の中で悩まずに、事実だけに目を向けて見渡してみましょ。そしたら気付きませんか・・えっそんなに今不幸なんですかぁ本当に?誰が不幸って決めたんでしょう。自分でしょう。。と。暗くしてると周りも「あいつは終わったな」思うでしょう。秀吉が謹慎中に暗くしてましたか?噂が立つほどドンちゃん騒ぎ下でしょう。それですよ、ソレ。せっかく少し暇になったんだから、開放されて明るくなった自分を演出するくらいのことしてみましょうか。しばらくは遊体離脱して自分を眺めてみるような。。そんなに真面目に机に向かって仕事するなんかすることないですよ。貴方がそんなに頑張ったって歴史が変わったりはしないんだから。。
2005.10.16
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最近読んだ本に仏教やその歴史について分かり易く書かれていました。歴史の授業でも習ったはずなんだけど・・興味なかったから覚えてない。人生には「生まれる」「年老いていく」「病気をする」「死ぬ」ことの4つの苦しみがある。「輪廻」というのは「何度も生まれ変わる」良いもんだと思っていたが、本当は生きることは苦しいもので、その苦しみを繰り返すことを輪廻というので、あまり好い意味ではなかったんですね。知らなかった。その苦しい輪廻から抜け出して、輪廻の元を断ってもう一つ別の世界に行く事を「涅槃」という。涅槃像とかで言葉としては知ってましたが。。涅槃の世界に行くために、山中で静かに暮らして修行を重ねる。厳しい修行をした人だけが仏になれるのです。。修行とは難しい経典を読んだり、厳しい荒行をしなければならない、つまり体力知力などが備わった人でないとダメなんですよ。そんなぁ・・では仏になれる人は僅かしかいないの?って?そんな心の狭い宗教は流行りませんよ。。っと思って、誰だって仏になれるって言い出したのが、比叡山を開いた天台宗の「最澄」です。桓武天皇の頃・・です。仏教というのはそんな狭いもんじゃない。小乗(山中で静かに暮らす)に対して、大乗(迷える人を救う→迷える人を救う人を菩薩という)仏教を始めたんですね。最澄は「全ての人間が仏になれる。一所懸命いきろ!生きて何度か生まれ変われば仏になれる。」と。。それでも修行はしなきゃいけないし、仏になれるのは輪廻を繰り返した後・・・・同じ時代に空海という人がいます。この方は「即身成仏」=この身そのままで仏になれる。現実世界で仏になれると言ったそうです。仏教はそんなに悲しいものではない。仏教とは大胆な現世肯定の思想、肉体肯定の思想である。何度も生まれ変わる必要はない。だいぶ親しみが出てきました?!そして法然。むずかしいことはどうでもいい。死ぬと阿弥陀浄土へ行けるんです。念仏を唱えることによって浄土へ往生できるんですよと。極楽浄土へ往生でいるのは特権階級だけという考え方から、10回「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも成仏できるです!っと。。でも実際にはご自分はかなり修行もされていたそうです。一生独身だったし。その法然の言葉を実行に移して、妻帯したのが親鸞です。だから破戒僧などと。。それからご存知、座禅の道元。親鸞でも悟りを得るのは生まれ変わってあの世に行ってからだったが、座禅をすればお釈迦様と同じ姿になれる。同時に山川草木も全て仏になれる。間違っている個所もあるかもしれませんが、お釈迦様が始めた仏教も日本に入ってきて随分独自なものになったようです。その時代背景を知らないと本当の意味の理解はできないかもしれません。難しいですねぇ。でも沢山の偉いお坊様達も、どうしたら幸せになれるのか・・心健やかな生活をおくれるのかと真剣に考えてきたんですね。
2005.10.09
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鎌倉切通しの一つ、名越の切通しを探しにまたまた歩いてみました。あまり良い地図がないので、この辺だろうなぁと思いながら歩いていくと、途中に”まんだら堂”という看板がありました。標識には「現在未公開」と。だけど門は開いている。中でブーブーと草刈機の音。とにかく中へ。印象的な風景。穴の中に墓石が。。入った横に彼岸花が咲いてた。。(携帯電話のデジカメなので画像が鮮明じゃなくてすいません)鎌倉の時代から毎年ずっと咲いていたのでしょうか?花の色は鎌倉武士が流した鮮血の色?だとすれば、悲しくもあり、哀れでもあり。ただ冥福を祈りたい。。その頃の命や名誉の価値観は、今とは随分違っていたのでしょうねぇ。どちらが良いとは言えませんが、時間は昔からずっと流れてきたのだし、これからも過ぎていくのでしょう。大切な時間を充実したものにしたいですね。・・静かに静かに。。しーっ
2005.10.07
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仏教の歴史?そのうちに・・
2005.10.05
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