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見ているつもりでつい転寝、朝寝坊してしまいおまけに自分のくしゃみで眼が覚めてみると、鼻水は出るは、頭は、ぼーー~っと、まだ本格的では有りません。
2004.08.18
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エールを送りたい人物から、うれしい当選の報告がありました。その報告を掲載いたします。『 私の選挙に関し、皆様のご支援、ご声援のかいあって、無事当選することができました。「2期目は大変だよ!」と言う声が本当であることを実感しました。前回14人中2位で239票だったのが、今回12人中11番で145票でした。 私が議会活動で仲間をひとりでも増やす為にも、今回、新住民で組織の無い女性で子育て世代の人をと、彼女の票がかぶること覚悟で担ぎました。もう一人61歳の女性で移住して1年半の人が直前に立候補し、更に票がかぶった為か相当票が流れました。私が押した女性が102票で落選、もう一人の女性が103票で当選しました。2重にショックでした。 今回のトップが322票の新人ですが、組織の無く新住民の、私と2人の女性を合わせると350票にもなります。前回組織の無い自分の239票を大きく上回ったのは、流れが変わってきていることを感じます。ひとつ残念だったのは、投票率が前回85%だったのが、79%に下がったことです。連日暑い中、朝から晩までの大音量での連呼などの選挙活動に、相当住民がいらだっていたことを聞いています。そんなことも影響あったのかと感じています。また、選挙に関心のある世代の年配の方が、前回の選挙時より100人もなくなっていることも影響あるかと思います。4年間の活動を思えば、票が大幅に減ったことは、正直ショックではありますが、当選したことには変わりありません。自分以外144人もの支持は、組織や地縁血縁の無い私には充分すぎる票です。これまで以上にがんばります。』北海道変革への『追分からの新たな風』を期待したいと、うれしい報告です。
2004.08.08
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『選挙になる』という彼からのメールに、予定を変更して車のハンドルを握る自分がおりました。(小生、わりと小さなやかんなのかもしれませんね)5時ちょっと前に追分町の入り口に到着し、お宅を探して自宅方面に車を向けたころから、激しいにわか雨。きょろきょろ地名表示を探す前方の天空に、まもなく虹が現れました。選挙戦を暗示するような虹の出現でした。激しく降る雨の後に、綺麗に輝く虹でした。 私のメールに呼応して、同じ勉強会の仲間が室蘭から、早来から代表も事務局からの電話連絡で蘭越から馳せ参じ、応援演説に花を添えました。私もご指名頂き、しゃべることが不得意といいながらも一番多くの時間(5~6分程)応援の弁を語ってしまいました。20名ほどの参加でしたが、皆さん、候補の話にうなずきながら耳を傾け、時には爆笑ありの中身の濃い立会演説会でした。町議会議員の選挙で個人演説会を開くこと自体、マレと言って良い中で自らの主張を聞いていただく真摯な姿勢は、大きな拍手を送りたいと思います。 最後に候補から、次回6日に2回目の立会演説会にさらに多くの町民が集まっていただけるようお願いがあり、散会しました。 お役に立てたものなのか自問自答しながら、帰路に着きました。彼の『志』に私たちの志をどう重ね合わせたら良いのか。自分に出来うる最大の方法を駆使して、熱き応援を送りたいと思いました。 応援に駆けつけた一人の偽らざる心境です。
2004.08.04
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ついこの間、初対面の彼は、短い時間ではあったが、農業に賭ける想いのたけとまちのありようとそこにすむ自分の役割について語ってくれた。 ある会合のあと、小生、早来の息子の家に向かうべく、ほろ酔い加減で乗せてもらった札幌から追分への道すがらの話である。彼は、1次会2次会とウーロン茶で通し、真剣なハンドルさばきなのだが、話に力が入り、時折、中央線に近づいたり、道端に寄ったりの運転である。 酪農学園卒業後、北海道で農業をやろうと決めたこと。追分の地にその場を求めたこと。一人の住民として4年前、町議選に起ったこと。議会がどうであったのか、その顛末。 聞き入る時間とともに、小生と共通するところが話の随所に見え隠れし、自分もひとりではない思いに胸熱くなる感動の時間を過ごさせてもらった。 真剣に、ひたむきに、まちの将来を考え行動に転化していく彼のような存在こそ大切に育てていく価値がある。 明日、3日が、2回目の選挙戦が始まるとの知らせを受け、何とか、喜びの美酒を味わってもらいたいと、遠くの地からエールを送りたい想いでいっぱいである。 『振るえ(フレー)~振るえ~(フレー)追分!』
2004.08.02
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