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こんにちは。 昨日の夜は久しぶりに、懇意にさせていただいている、病院の院長先生や医療法人の理事さんたちから、六本木のお寿司屋さんでごちそうになりました。 味自慢の老舗のお寿司屋さんですから、おいしいのなんの。 松屋や吉野家を中心に、ファストフードばっかりの私としては、涙をこらえつつ、その味を堪能しました。 ところで私を除けば、お三方は、職員数百人を越える組織のリーダーです。 さぞ、シリアスな極秘会談が行われたと思いきや… そんなこと全然なくて、終始一貫して冗談ばかり。 それも、わははは、ではなく、ぎゃはっはっはっは~ という感じで。 それぞれ、ジョークのセンスにかけては一歩もひかないと自負していますから、次々と争って面白いことを言い、最後は笑いすぎてあごが外れそうになりました。 …いまだにあごの骨が痛い。 それにしても、本当に偉い方というのは、気取らず、愛想がよく、ユーモアのセンスが抜群で、思いやりがあって、謙虚で、腰が低いですね。少しほめすぎかな~。 とくに院長先生は、学会の要職にありながら、テレビで病気のコメンテイターも勤められる有名人です。「実るほど頭をたれる稲穂かな」というフレーズがぴったり当てはまる人ですね。 人徳というのは、とても重たいものですから、たくさん持っている人はその重さで、腰が低く謙虚になってゆくのかなと感じました。 昨日依頼されたお仕事も、しっかり頑張らねば。 それはともかく、「やる気にさせるシリーズ」。 性懲りもなく、今日も続けますよ。 さて、楽天日記を拝見していると、本当にさまざまな記事がありますね。 私がよく記事を出させてもらうカテゴリーは、「ビジネス・起業に関すること」。 自分が記事を出している以上、ほかの人はどんな記事を書いているのかな、ということが気になります。 当然、将来起業を考えている人、独立開業して汗にまみれて頑張っている人がたくさんいるようです。 なかでも注目しているのは、若い人たちが大きな目標をタイトルに掲げ、その実現に向けて頑張っている日記でしょうか。 起業家である以上、皆、大きな目標を抱いて独立したのだと思います。 今でこそ、とにかく食べていければ御の字というくらいまで目標が縮小してしまった私でさえ、独立した当初は、せめて従業員100人くらいの会社を作りたいなぁと思っていました。 うぅ、今から思ったら、なんて向こう見ずな奴。 でも、あくまで目標、夢は大きく持つべきだと思うのです。 最初から食べていければいいやぐらいの軽い気持ちで独立しても、現実は食べていくのさえ大変だと気づきやすぜ、旦那。 さて、この目標。いろんな表し方があると思うんですよ。 大きな目標を立てても、自分の胸の中にそっとしまっておく人。 私はこのパターンでしたな。 開業当時、従業員100人の会社を作るなんていったら、周りの人たちから笑われるか、現実はそんなに甘くないよと諭されたでしょうから。 だからその無謀とも言える目標は、誰にも話さず、自分の胸にしまっておいたのでした。 でも、楽天日記の若い人たちは、目標を堂々と掲げ、その目標に向け頑張っています。 楽天日記はブログの中でも、もっとも注目を集めるもののひとつですから、その目標は多くの人が目にすることになりますよね。 つまり自分はいつまでに何をするかという目標を、他人の前で宣言している。 実はこのやり方が、目標を達成するためにもっとも効果的な方法なんだそうです。 そうすると、もうあとへは引けなくなる。自分から頑張らざるをえなくなる。 そして、奮闘努力の末、気がついてみると、不思議に目標が達成されている。 そうですよね。私みたいに、目標が自分の心の中でだけ立てられている限りでは、達成できそうもないときはすぐ「ま、食べていければいいや」と下方修正できてしまう。 これに対して、「宣言」というのは、目標を自分ひとりの心の中だけでなく、天下に公言することです。 少なくともブログだったら、インターネットにつながるパソコンがあれば、世界中の人たちが眺められるわけですから。 当然、安易な修正はできなくなり、目標に対する緊張関係は常に保たれる。 いつもお世話になっている多胡輝氏の「人間心理の落とし穴」には、この点につき、心理学の実験の事例が記載されています。 ある学校の教師に、生徒五人に対して一人を選ばせ、その選んだ生徒が自分の成績があがると宣言させる。そして教師も、それを極力信じ込むようにした。 するとしばらくして、成績があがると宣言した生徒たちの成績が本当に上がってきたのだとか。 なるほど、やはり自分から宣言するといいのですね。 もちろん成績を疎外するいろいろな要因もありますから一概には言えないと思います。 でも、この方法でしっかり宣言して、それでもだめだったらあきらめがつくかも。 それでは私も心を入れ替えて、今からでは遅いかもしれないけど宣言しようかな。 ビジベンは、ファストフードの昼食から、毎日、800円の日替わり定食が食べられることを目標にして頑張ります! だめだ、こりゃ、次、いってみよう。 ( ← いかりや長さんの口調でお願いします)
2005年09月30日
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こんにちは。 今日もまた、抜けるような青空のいい天気ですね。 私の体調を心配していただいているコメントを頂戴しました。 どうもありがとうございます。 少し、頭が重いのと、のどがいがらっぽいですが、たぶん大丈夫だと思います。 風邪薬のせいか、もうどうしようもないくらい眠いのですが…。 眠い目をこすりつつ書きますので、誤字脱字はご容赦ください。 さて、今日はブラックジョークのクイズから。 (問題)投身自殺をする人が、履物を脱いで飛び込むのはなぜか。 (答えは、記事の最後にありますよ) 上記は、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」(ごま書房)に出ているブラックジョークです。 本編の欄外にジョークのおまけまでついているのですね。 この本の初版が昭和49年。30年前のジョークですが、なかなかいけてます。 ところで、投身自殺するほどではなくとも、それと同じくらいドツボにはまっている人は、今のストレス社会、少なくないですよね。 周りの人もそうですが、いつ自分もドツボの海底深く沈んでゆくかわかったものではない。 こういう状態になったら、専門家にカウンセリングをうけるのがもっともいい選択肢でしょうね。 カウンセリングを受けるほどではなくとも、その手法の一端を知っておいて損はないかも。 …ということで、このカウンセリング。「終わりよければすべて良し」的な対応の仕方をすることが多いそうな。 私はカウンセリングのことはわからないのですが、普通、楽観的なことばかり言っても、疑い深い現代人は納得しないと言います。 当然、悲観的な話や見方もカウンセリングの中に出てくる。 この場合、まず楽観的な見方、次に悲観的な見方という順序の話し方は極力避けるべきだと言います。 極力、「悲観的な見方」→「楽観的な見方」という順序の話し方に徹するべきだと。 それはなぜか。 たとえば、「日記を続けるのはとても難しいだろうけど、君なら大丈夫だ」と言うのと、「君なら大丈夫かもしれないけど、やはり日記を続けるのは難しいよ」と言う場合を比べてみてください。 内容的にはまったく同じことを言っていても、心理的というか、受ける印象はかなり違いますよね。 なんとなく、後者は日記が続けられないような気になってくる。 同じ内容の言葉でも、その末尾が楽観的なものであれば、楽観的な見方が、受け手の頭の中に残るとか。 そういった言葉を意識的に繰り返して言うと、受け手の心の中に希望的な気分が少しずつたまって行って、勇気が湧いてくるそうです。 そこでまた、多胡輝氏の本には以下のフレーズがあります。● 人を勇気づけるには、悲観→楽観という順位のフレーズを繰り返すことである。 またこれと関連して、以下の言葉もドツボにはまった人を勇気づけるとか。● 人を絶望から立ち直らせるには、二者択一をせまる言葉が有効である。 本には、倒産寸前で顔の青ざめた経営者、受験に失敗した学生、妻に逃げられた夫など、絶望に打ちのめされた人たちから相談を受けたとき、彼らを絶望の淵から生還させるための言葉として紹介されています。 たとえば…「今、あなたには、二つの方法しか残されていません。この際、すっきりあきらめてしまうか、あるいは、何かを意思決定して行動するか、どちらかに決めなさい」 こういうふうにカウンセラーから言われると、人は「あきらめます」とはなかなか言えないものらしい。「よし。もう一度頑張ってやってみよう」ということになって、這い上がるきっかけをつかめるのだそうです。● 冒頭のクイズの答え。 (答え)はかない人生だから。 「……………。」
2005年09月29日
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こんにちは。 なんか最近急に涼しくなりましたね。 昨日は寝ていて寒いほどでした。 つい一週間前までは、扇風機をブンブンまわして寝ていたのに…。 ちょうど今が、晩夏から秋にかけての体感上の転換点なのでしょうか。 他の方のブログを拝見していても、体調が悪い、のどが痛い、寒気がするという記事が多くなってきているようです。 時節柄、くれぐれもお体にお気をつけください。 …と、他人事のように言っておきながら、私も昨日のハードワークが応えたのか、朝からずっと体がだるいのです。 なにせ、昨日は約束の時間に遅れそうになり、東京丸の内のお堀っ傍を全力疾走。 皇居のまわりを走るランナー数人を、スーツでカバンをぶらさげた状態で追い抜きましたから。 テレビの撮影でもあるのかと振り返っていた人も何人かいたようです。 確かにテレビドラマでは、刑事がスーツ姿で走っている光景をよく目にしますね。 でも、あの切羽詰った走り方は、とても刑事には見えないだろうなぁ。 逃げる犯人役? (←ほっとけ!!) さて、性懲りもなく、今日も「人をやる気にさせる法」を続けます。 子供の頃、いい先生に出会って、勉強や体育にやる気が出たっていう人は多いのではないでしょうか。 実業家や研究者、スポーツ選手の半生記が好きでよく読むのですが、子供時代、自分の将来を左右するような先生との出会いが書かれているケースが多いですね。 そういう先生って大抵、ほめ方がうまい。 以前、「やる気にさせるうまいほめ方」でも書きましたが、勉強やスポーツをすることが楽しく好きになるようなほめ方をする。 最初はそれほど勉強ができるわけでも、スポーツが得意なわけでもなかったかもしれません。 しかし好きこそものの上手なれということわざ通り、朝から晩まで集中して取り組んでいるうちに、いつのまにか第一人者になっている。 そういうやる気にさせる先生のパターンがあるらしいのです。 あまり見たことはないのですが、NHKのBSでやっているカラオケ塾なんかはこのパターンですね。 たとえば、出演者の素人がまず歌う。 すると審査員の先生(名前は度忘れしましたが)が、まず「大変お上手です。よくできていました」とほめる。(第一段階:賛辞) そして、「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」と審査員の先生が模範例を示す。(第二段階:指摘) 最後に、「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」と励ます。(第三段階:激励) 有名な作詞家や作曲家の先生から、このような形で指導されると、やる気が出ますよね。 素人の出演者の顔を見ていると、もうホントに生き生きとしていて明日からカラオケで練習しまくるぞという気迫まで感じます。 その番組。 最後に一番上達した人が、プロモーションビデオの演歌歌手みたいに自分が指導を受けた曲を歌うシーンがあるんですよ。 いつもテレビでプロの演歌歌手の歌を聴いているこちらとしては、決してそれだけほめられるほどうまくはないと思います。 でもきっと、今回を契機にもっともっと練習を重ねて、いずれはプロの歌手としてデビューする人もいるんじゃないかという気もしました。 一流の先生にほめられたという事実は、何にも変えがたい自信となりますよね。 これからものすごく真剣に、歌のレッスンに取り組むに決まってますから。 この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には、以下の記述があります。● 暖かい感化的な言葉で包まれた情報は、人を発奮させる力を持つ。 上記のカラオケ塾の審査員の講評の仕方は、ちょうど暖かい感化的な言葉で包まれた情報なのだと思います。 たとえば、「大変お上手です。よくできていました」と「あなた、なかなかいい線いってますよ。これからも頑張って練習してください」が暖かい感化的な言葉。「ただ、最初の出だしとさびの部分をこうすれば、もっとよかったですね」は、指摘、いわゆる批評という冷たい情報ですね。 その冷たい情報を、暖かい感化的な言葉で包むことによって、出演者に、批評に対する拒絶反応を起こさせないように、「よし、もう一度頑張ってレッスンしよう」という気持ちにさせるとか。 審査員の先生の批評が、出演者の目標である「歌をもっとうまく歌うこと」に転化するわけだそうです。 う~ん。山口百恵や森昌子がデビューするきっかけとなった「スター誕生」という番組の審査員は、もっと厳しかった気がするけど…。 でもあの番組の場合は、一流のスターに即なるという目標が明確だったし、ちょっとくらい厳しいことを言われたくらいで断念するような根性がなければプロにはなれないわけだから、あれでよかったんですかね。 きちんとほめていた審査員もいましたから。 それにしても、小学校時代の私の図工の先生もまさに、カラオケ塾の審査員の先生のような人でした。 そのときは、相当絵に打ち込んだんだけど…。 やっぱり才能もあり?
2005年09月28日
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こんばんは~ 今日は疲れた~。 日中歩き回るわ、夜は試写会見るわ、終わってからインタビューに答えるわ、電車間違えるわ、大変な一日でした。 この時間から、真面目なビジネスネタを書くのはちょっと気がひけます。 私の傾向として、疲れるととんでもないことを書くことがあるので気をつけねば。 理性が働かなくなると、すごいんですよ。文章が理屈っぽくなって…。 それはともかく、困ったときのために、ちょうどいいネタが、戸棚に入っていたのでした。 バトンです。 bobozさんから、先日、「イメージバトン」をもらっていましたので、今日はそれをやってみたいと思います。 あと、たかヒろさんから預かっている「調味料バトン」もありましたね。いろいろ考えているのですが、おざなりな答えしか出てこないので、もうしばらくお待ちください。 さて、「イメージバトン」。 連想ゲームみたいに、その言葉から連想されるイメージをまわしていくそうな。 ちなみに、いままでの流れは・・ 夜景ー宝石箱ーセレブー叶姉妹ーゴージャスー名古屋ーラーメンーカレー大泉洋ー北海道ーメロンー巨峰ー梨ー那須ーソフトクリームーバニラーバナナーさるー反省ードラマー恋ードキドキードキンちゃんー一年生ーおまんじゅう-「親父」 だそうです。 …ということは、おいらは「親父」から連想する言葉を書いて、次に回せばいいのですな。 さて、「親父」か。 漢字なんですよね。 カタカナで「オヤジ」だったら、「自分」とか、受けないこと言っても仕方ない。 第一、自虐ネタは日記でずいぶん使っているし…。「親父」と聞いて思いつくのは、私がたまに行くラーメン屋の「親父」。 でっぷりと太った太鼓腹に、ランニングシャツ。食べもの屋なのに、くわえタバコでラーメンを作っている無神経さ。 まさに、日本の「親父」なのですが、ちょっとイメージバトンとしてまわすには、語弊がある。 次の人に不愉快な気分にさせてはいけませんから。 やはり、きれいに「居酒屋」と行くことにします。 そのココロは、「おい、親父。おからはないのか、おからは。何、ないだと? けしからんな、この店は」 …というフレーズから。 若い人は知らないと思いますが、昔のテレビ時代劇「素浪人 花山大吉」の中のワンシーンです。 主役は、近衛十四郎。松方弘樹と目黒祐樹の父君ですね。 剣の達人で、殺陣の見事さは、今の時代劇のレベルをはるかに超えていました。 その反面、おからに目がなく、居酒屋に入ると必ずおからを注文して、バクバク食べる。そしてピンチになるとしゃっくりが止まらない。 結構ひょうきんなんだけど、最後の殺陣で悪人を数十人ぶった斬って、テレビを見ている人たちの溜飲を一気に下げる。 かっこよかったなぁ。 ところで、その前に似たようなキャラクターの「素浪人 月影兵庫」というのがあって、こちらは猫が大嫌いだったのを覚えています。 その怖がり方がまたおかしかった。 それはさておき、「おから」も考えたのですが、ちょっとイメージが出ない人もいると思いましたので。 …ということで、私は「居酒屋」に決定いたしました。後の人たち、よろしくお願いしますね。 次に回すのは、5名だそうですが、この前の「夢バトン♪」と同じように、受け取っていただける心優しい方、是非、よろしくお願いいたしま~す。
2005年09月27日
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こんにちは。 3連休のレンチャンも終わっちゃいましたね。 土曜と日曜は、台風の影響もありましたから、主に自宅で事務整理でした。 ちょうど来月は決算の準備をしなければならないので、早めに手を付けられて良かったのですけど。 ところで、「愛・地球博」も終わっちゃいました。 行きたかったですねぇ。 閉会の様子をテレビで見ていたのですが、中盤以降の来場者数がすごかったとか。 人気パビリオンは8時間待ちですか? 朝9時から並び始めて、入れるのが夕方の5時ってこと? 整理券を配っているのかもしれませんが、信じられませんよね。 子供の頃、大阪万博へ行ったことがありますが、そのときは人の数がすごかったという記憶だけ残っています。 確か、覚えているのは、リコー館。 円筒形のパビリオンの外壁面に、絵だかイラストだかが幻灯機(もはや死語?)みたいに映し出されるだけ。 それを見るだけに炎天下、2時間近く並んだのですが、見学時間は10分も無かったのでは。 しかもパビリオンの中に入るのに、もう2時間待ちと言われたときは、子供ながら卒倒しそうになりました。 そのときは日帰りだったので、アフリカやアジアの小さな国のパビリオンをあといくつか回っただけ。 それでも、大阪万博へ行ったんだという輝かしい記憶だけはいつまでも残っています。 やはり、歴史的なイベントに立ち会うだけでも、人生のターニングポイントになるのかもしれません。 だから、あれだけ混むのもよくわかりますが。 それはともかく、「人をやる気にさせる法」でした。 この日記では今まで何回か、ドツボにはまっている人に自信を取り戻す方法を書いてきました。 やはり人にはいろいろなタイプがあります。 励まそうとして、「頑張って」と言ったところ、「今までこんなに頑張ってきたじゃないか。それなのにもっと頑張れと言うのか」とますますドツボの海底深く沈み込んでしまう人もいる。 今日ご紹介する方法は、即効性はないけれどもジワジワ効いてくる、漢方薬のようなやり方でしょうか。体質改善とまではいかないでしょうけど…。 もうかなり昔の話ですが、ある作家は、スランプに陥ると深夜、二階の窓を開け放って、「俺は天才だ!」と大声で三回叫んだそうです。 昔、テレビである洋画を見ていたのですが、やはりこれと同じような光景を目にしました。 主人公のボクサーが最強のチャンピオンに挑戦する試合の前、ロッカールームの鏡で自分の顔を眺めながら、「お前は強い。お前は強い。絶対勝つ、絶対勝つ、絶対勝つ」とつぶやいているのです。 これは皆さんご存知の一種の自己暗示。自分を励ます技法としてよく使われています。 このやり方は、自信を失っている人に使うこともできますよね。いわゆる他者暗示。 ボクシングはプロレスほど詳しくないのですが、ボクサーとトレーナーが練習しているとき、「そうだ、その調子。いいぞ、お前は強いんだ。絶対勝てる」とよく励ましているシーンはイメージできます。 作家とボクサー。以上ふたつの例をここで挙げましたが、共通する点は何だと思いますか? そう、繰り返しです。 ここで例によって、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」には以下のフレーズがあります。●「簡単な言葉」の繰り返しが人にやる気を出させる。 なんかたいしたことなさそうな気もしますよね。 でも簡単ではっきりした言葉を繰り返し、ストレートに相手に伝える方法を直接暗示といって、意外な効果があるそうです。 自分の意図が相手にわかっているから、最初はなかなか相手にされませんが、この繰り返しがじわじわと相手の心に影響を与えていくのだとか。 たとえば、ある語学教材にこの手法が取り入れられて成果をあげているらしいのです。 その語学教材のCDの各項目の最初の部分に、以下の声が入っているとのこと。「僕は今年、××大学に入学した○○です。このCDを二ヶ月で完全に修得いたしました」 この教材を聞いている人はどういう気分なんでしょう。 ××大学ってあの超一流大学。 スゲェー嫌味に聞こえるんじゃないですか? 当然自慢しやがってと不愉快になる人もいるでしょう。 だけど、それを我慢して十回も聞いていると、別に気にならなくなるらしい。 次第に意識下に影響を与え、いつの間にか自分も二ヶ月で覚えられそうな気がして、やる気が出てくるそうです。 この方法は、社内でドツボにはまっている部下や同僚を励ます場合にも使えますね。 繰り返し、ストレートに表現する。 相手に自信を持たせ、やる気にさせるには、努力を惜しまず、同じ言葉をストレートに繰り返すこと。 どんな言葉がいいんでしょうね。「大丈夫、君ならできる。今は少し、踊り場にいるみたいだけど、絶対できる。僕が保証する。いつかきっと大成すると信じてる」 …なんて、どうでしょう。 そういえば、私も会社に入ってすぐドツボにはまった時期がありました。そのとき上司の言った言葉が忘れられませんね。 ことあるごとに、上司は私に以下の言葉を繰り返したのですよ。「大きくジャンプする前は、誰でもいったん大きくしゃがまなければいけない」 最初は、正直、たいして気に留めていなかった。 しかし、何度も繰り返されると、今の自分は大きくジャンプする前の状態だと思って、頑張る気分になったから不思議です。
2005年09月26日
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こんにちは。 現在、台風17号は関東の南海上を東よりに進んでおり、東京は雨が降ったりやんだりの不安的な天気が続いています。 あぁ、台風が来なければ、今日はハイキングへ行っていたのだけれど…。 ところで悪天候とハイキングから連想するのは、今年の正月に起きた地獄のような出来事。 あのときのことを思い出すといまだに身震いがします。 その事件が起きたのは、場所は、奥武蔵の名峰・伊豆ヶ岳でした。 いつものように気軽にハイキングへ行ったのですが、山の頂上へたどり着けず、志ならずも勇気ある撤退を強いられたのです。 その理由は、積雪。 当時、東京はまったく雪が残ってなかったのに、埼玉の山間部はスキーができるぐらいすごかった。 先日、日記でご紹介した青梅の「雪女伝説」も、あの積雪量でしたら十分納得がいきます。でも、伊豆ヶ岳は埼玉県ですけどね。 しかし、せっかく来たんだ、行こう、とそのとき私は山を登り始め、すぐ後悔しました。 最初、道が雪かきしてあったのですが、やがてアイスバーンに。 何度も転びながら進むうち、とうとう雪が膝の辺りまでくるじゃないですか。 それでも必死で山道を登ってゆき、尾根に出てまわりを見渡すと唖然としました。 まるで映画で見た、「八甲田山」。 「天は我々を見放したか~」と、もうそこで進軍を断念しました。 普通のスニーカーですもんね。スキー場の上級者コースの頂上にスニーカー履きで立っているようなものです。 山を降りるのが大変でした。 何度も足を踏み外し、もんどりうって転び、柔道一直線の地獄車にかけられたようなシーンもありました。 それでも何とか、ダウンジャケットがボロボロになったのと、数箇所かすり傷を負っただけで生還できました。学生プロレスで、空中殺法のトレーニングを積んでいてよかったのかもしれません。 ところでその山に、今年の5月の終わりに再チャレンジしたんですよ。4.5ヶ月ぶりのリベンジですね。 今日は、そのときの伊豆ヶ岳リベンジの様子をお送りします。 これから10、11月と紅葉で、山歩きにはもっともいいシーズンですからね。ご興味のある方は、是非、お出かけください。 さて、今度こそ、頂上を極めるぞ、と西武秩父線、正丸駅を降り、勢い込んで山道を歩き始めました。 渓流沿いの美しい集落を越え、細い山道へ。 前回来たときは、膝まで雪に埋もれながら苦労して登った場所です。木の根っ子やロープにつかまりながら登る箇所もあって、ホントに前回はよく登ったなと、我ながら感心しました。 さすがにそんな苦労の経験があってか、どんどん登り、先行するハイカーを次々に追い越していきます。団塊世代の登山同好会の十数人のメンバーを追い越し、ますます調子づき、伊豆ヶ岳真下の尾根まで一気に登りました。 まわりを見ると、どこぞの大学生数人が疲れて倒れている。もう息も絶え絶えの状態で…。 思わず、 なにやっとんじゃ、オラ!! 気合だ、気合だ、気合だぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!! と叫び、気合を入れてやろうかと思ったのですが、アニマルおやじと言われるのもしゃくなので、ちょっと会釈しただけで行き過ぎました。 さて、もうあと一歩で、伊豆ヶ岳の山頂です。 伊豆ヶ岳に正丸側から登るには、男坂と女坂があるんですよ。 男坂は、鎖を使って岩場をロッククライミングのようにして登る。入り口に立て看板があって、「落石の危険性があるので、登る人は自己責任で登ってください」と書かれている。 下から見上げるとすごい断崖絶壁で足がすくみそうです。 当然、ハイカーは、安全な女坂へ行く人が多い。感じでは100人中98人が女坂へ向かったでしょうか。 私も女坂へ行くつもりでした。 ただ、崖の真下から頂上を見上げる写真を撮ってやろうと思ったのです。そして崖の真下まで来て写真を撮ろうと思ったもののなかなかいいアングルがない。 ちょっと登ってみればうまく撮れるかもしれないと、よく考えず鎖を握って登り始めました。 若い頃から結構身が軽いのと、フィールドアスレチックの経験もあったので、スラスラ登れる。さて写真を、と思って鎖を離し、下を見たら、 ゲッ!!! 断崖絶壁の途中で、岩に張り付いているあわれな中年男がひとり…。 ここで一句。 閑かさや 岩にしみ入る 悲鳴の声 公園の遊具の鎖だと思ってずんずん登ってきちゃったんですね。 とても降りられない。 男坂を登るつもりはなかったのですが、ここまで来てしまったからには登るしかない。 結構ヒヤヒヤしながら登りましたよ。途中一回、危ない場面がありました。 鎖を離してしまったので、フリークライミングみたいに登るしかない。どこにも足を置く岩が見つからず、バランスを崩しそうになりあせりました。 こんなとき、上から落石があったら…。 結局、登れたからよかったものの、怪我しても自己責任ですからね。やっぱり危ないことはやめたほうがいいです。 そこで体力を使い切ってしまったのか、高畑山から天目指峠を越え、子ノ権現までのアップダウンでは完全にグロッキー気味。 午後2時半ごろでしたか、ゼイゼイいいながら、木の切り株に座って休んでいると、午前中聞いた記憶のある鈴の音が。 なんと驚くことに、午前中追い越した団塊世代の登山同好会の十数人のメンバーが、50メートルぐらいのところまで迫って来ているではないですか。 心なしか、彼らも私の姿をキャッチして追撃のスピードを増したみたい。 追いつかれる…。 私がそのとき思ったのは、うさぎと亀のあの有名な童話です。 今になって思えば、別に競争しているわけじゃないんですから、抜かれたってどうでもいいことなんですけどね。 でもそのときは、スピルバーグの「激突」の映画のワンシーンが頭によぎりました。 そして、メンバーの一人が持つ鈴の音が、エイリアンの近づいてくるテーマミュージックに聞こえたのです。 その場から立ち上がると、疲れる体に鞭打って前に進みました。それを見て、「抜ける」と思ったのでしょう。彼らもスピードを上げてきます。 最後は両者ともほとんど駆け足のようになって、子ノ権現の境内に飛び込みましたよ。 ホント、疲れました。 古くは、東京オリンピックの円谷幸吉。最近ではシドニーの高橋尚子みたいに追われる苦しみがわかりました。 それにしても恐るべし、団塊の世代。 競争主義で日本経済を引っ張ってきた団塊の世代の恐ろしさを実感しました。彼らが一度に定年を迎えたら、日本はどうなってしまうのでしょうか。 それにしても、何をやっているんだろう、私は。 明日からまた、「人をやる気にさせる法」シリーズを続けます。 伊豆ヶ岳 男坂 崖上から垂直の壁を見下ろす
2005年09月25日
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こんにちは。 現在、台風17号が関東地方に接近中。 しかし、今日も朝の五時に目が覚めてしまった。やっぱ、年のせい? いえいえ、今朝は雨粒が激しく屋根や地面に叩きつける音で目が覚めてしまったのです。 25日午前にも関東地方に最接近(読売新聞)とか。今も東京は、結構雨が降っていますよ。 これから大荒れになるのでしょうね。 そういえば、昔、こういう大荒れの天気の日に張り切って得意先を訪問する営業マンがいましたっけ。 わざとずぶ濡れになって、「ひぃぃぃぃぃ~、すごい天気で参りました」と髪の毛から水を滴らせながら言う。 そう来られたら、普通の人は邪険にはできませんよね。「こんな天気の日も、営業するの? 熱心だねぇ」と同情まじりのお客さん。 ちょっとここで雨宿りしてったら?と言われ、延々と粘って商品を買ってもらったとか。 いつもは別の来客があって商談が途切れることがあっても、こんな日は誰も尋ねてきませんから、まさに独壇場。 でも今はどうなんですかね。 そんな人情話は今は通用しないっす、と知り合いの営業マンが言っていました。 インターネットをはじめ、お客さんはいろんな情報を知る機会が増え、よりシビアにメリット、デメリットを分析するようになったみたい。 人と人とのつながりも、よりシビアにメリットデメリットを分析してどうしようか決める、ということにならなければいいのだけど…。 それはともかく、目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよいというおとといの話。 それに関連して、多胡輝氏の本に面白いエピソードが書かれているんですよ。 かつて、アメリカの州知事選挙に、兄弟が出馬して争ったことがあったそうです。 兄弟で同じ椅子をめぐってよく立候補したものだと思います。 仲のいいときの若乃花と貴乃花が、千秋楽で優勝をかけて戦うようなもの。 それはともかく、兄の候補者は、赤ん坊にキスしたり選挙民と握手したり、幼い子をかわいがる愛情あふれる候補者というイメージをつくることに成功した。 これに対して弟の候補は、派手なジェスチャーをしなかったそうです。 しかし演説会場で演壇に立つと、ポケットを探ってから聴衆に向かって、「どなたか一本。たばこを恵んでいただけませんか」というのを常とした。 結果は、弟の大勝利に終わったそうです。 選挙民たちは、えらい政治家にめぐむことができたということで、弟を熱烈に支持したのだとか。 ふ~ん。今だったらどうでしょうね。嫌煙家たちからの不支持で、立場は逆になっていたかもしれない。 それはともかく、社会的に下位だと思っている人は、上位のものに対して劣等意識をもっている。 「めぐむ」という言葉には、上位の者が下位の者にものを与えるという意味があります。 だから、この言葉を上位の者が下位の者に使うことによって、一瞬にしてこの関係を逆転させることができたのですね。 それにしても、「恵んでください」と言っただけで、州知事になれたのか。 言葉の力ってすごいですね。 この言葉の魔術。 以前、ブログで、職場で部下のやる気を引き出す方法として次のポイントを書かせていただきました。● 人をやる気にさせるには、命令形より疑問形のほうが効果ある。 おとといお話ししたように、部下が反抗的になるのは、上司の態度や命令の仕方によるものが多い。 劣等感をあらためて思い知らされるのは誰でも嫌ですからね。 職場で、部下をやる気にさせながらうまく誘導するには、命令形より疑問形にしたほうが抵抗少なく受け入れられやすいのです。 この疑問形も、「~したらどうか」「~したほうがいいと思うよ」と押し付けがましい形にしないことがベターですね。 そのほうが、サスペンション状態が強まり、部下への心理的インパクトが強まるとか。 またこういった疑問形も、部下についてよく知らせければ効果が薄くなるそうです。 上司から思いがけない質問を浴びせられたとき、「え~!? さすが上司の○○さん。よく見ていてくれるんだなぁ」と部下に対する効果が倍増するらしい。 そういえばこの疑問形。 時代劇が好きなので、またそっちの方向へ行ってしまいますが、かつてNHKで、長崎奉行を主人公にした時代劇がありましたね。タイトルはど忘れしましたが、確か、小林捻侍が遠山の金さんの父親役で登場した…。 細かな設定は忘れましたが、ドラマの中で、長崎奉行が身分は低いけれど気位は高い女性に頼みごとをするシーンがありました。そのときの言葉遣い。 それは、「~してくれぬか」という頼み方。 これも一種の疑問形ですね。 小林捻侍のお奉行様が微笑みをたたえながら相手の目をじっと見ながら言うと、さしものはねっ返りの女性も、「仕方ないわねぇ」という顔でうなずいたのを覚えています。
2005年09月24日
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こんにちは。 昨日は秋刀魚の話題ですごく盛り上がりましたね。 私が秋刀魚をきれいに食べることを自慢したら、もっとすごい方たちが続々登場されて驚きました。 自分の魚の食べ方の未熟さに気づく今日この頃。 人間の体で後世に残せるものといったら、火葬の日本では骨だけですから、しっかり秋刀魚の背骨を食べて強くしておかねば、と思いました。 ところで今日は、秋分の日で休日。 目の前にパソコンがあれば、その中に仕事がぎっしり詰まっているので、なんとなく巷が休みと聞くと、パソコンの近くには寄りたくない雰囲気。 日記だけ更新して、どっかへ出かけようっと。 先日、ww_sachi_wwさんから夢バトンがまわってきましたので、今日はこの話題で行きましょうか。 ほかに、bobozさんとたかヒろさんからもバトンを受け取っていたのでした。すいません、もうしばらくしたら書きますからね。 それでは夢バトン、行きます。Q1、小さい頃、何になりたかったか? 小学校6年生のとき、確か「将来何になりたいか」という題で、作文を書いた記憶があります。そして文章を自分で朗読し、先生がそれをテープレコーダーに吹き込みました。 先生は、テープの内容を、将来の同窓会で発表するんだとニコニコ笑っていましたが、それから何と数十年間も同窓会は一回も開かれていません。 都会の人たちは皆、ドライですからねぇ。 あのクラスメートの声が録音されたテープは、どうしちゃったのかな。先生の自宅の押入れの中にでも仕舞われているのでしょうか。なんだか寂しい気分です。 ところでクラスメートの男子の3分の一は、野球選手になりたいと作文に書いていました。 野球でかなりいい線行っていたクラスメートは、高校野球の名門校から6大学野球で活躍してから巨人に入るという具体的な夢を抱いていましたっけ。 小学生なのに、大人でも三振に仕留める剛速球を持っていた彼も結局、その後プロ野球で活躍したという話を聞かない。 結局だめだったのでしょうね。 やっぱり子供の頃の夢を実現するというのは大変なのかも。 私ですか? オイラは作文に、将来、作家か学校の先生になりたいと書きました。Q2、 その夢はかないましたか? シビアな質問ですな。 プロ野球選手に比べれば幾分現実的な夢だと思いますが、やっぱり駄目でした。 本を出したことはありますが、作家というのは筆一本で生活する人のことを言うのでしょうから、違いますよね。 またビジネス研修会社の非常勤講師をしていたときもあったので、まぁ、言いようによっては先生にもなったのかも。しかし、それも会社自体がなくなってしまったので、中途半端な形で終わってしまいました。 なんか、だんだん暗くなって来たぞ。挫折ばかりの人生じゃん! でもスポーツの分野じゃないから、肉体的な衰えはそれほど影響ない。 今後の頑張り次第ではかなう可能性は無きにしも非ず。とポジティブに考えたいと思います。(でも、あの小説じゃ、100万年かかっても、ミステリー作家は無理じゃろう。懇意にしている自称ミステリー評論家の弁護士先生に作品を見せたら、その後、まともに私の目を見なくなってしまった)Q3、 現在の夢は? 上記のように、昔の夢が次々と崩れてゆく今日この頃。 中学生のときは、京都に上り室町幕府を倒して天下を統一する、などとバカなことを友人たちと話していたのも今は昔。 今となっては大きなことは申しません。せめてビジベンがこの時代に生きていたことの証を後世に残せれば。 でも、これも考え方によっては、結構大きなことなのかもしれませんけど。Q4、 宝くじ3億円当たったら? まず1億円で、家かマンションを買います。残りの2億円を、自分の予測される寿命の期間に均等に割り振って、年金代わりに少しずつ取り崩しながら、好きな本や映画や旅行三昧をしながら細々と生きますね。 せこい!! 絶対、大物にはなれない発想 (←うるさい!! ところで私はいつも、誰と話しているのじゃ) でもそればっかりだと年取ってからボケるので、今の仕事を死ぬまで続けたい。なるべくフィーを安くすれば、社会的に貢献する形になるのでは、と勝手に思っています。「・・・・・・・・・・・・。」Q5、 あなたにとって夢のような世界とは? 日本の戦国時代へタイムスリップしたいなぁ。戦国時代の大名や石高、性格、その後の興亡の歴史が大体頭に入っているので、どの大名に仕えれば一国一城の主になれるか予測できますから。 前田利家や藤堂高虎、脇坂安治みたいな人生を歩むのも楽しいと思いますよ。 でも、その前に戦で戦死する可能性もあるのでした。首を切られて河原にさらされたりして…。 やっぱり戦国時代は、パス。 Q6、 昨晩見た夢は? 夢は見ないのですが、最近、朝早く目覚めてしまうのです。(←これって、やばいのでは…) でも起き上がらず、うつらうつらしているうちに、今までのいろんな記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡るのですよ。 生まれたときから、昨日のことまでいつもアトランダムに。 今でも比較的記憶がいいのは、こういうことを無意識に繰り返しているからかもしれません。 夢じゃなく、意識はあるんですけどね。こういう症状はよくないのかも、と思っているのですが。Q7、 この人の夢の話を聞いてみたいと思う5人は? いろいろ聞いてみたいと思う方もいますが、自分の夢を語りたいと言う方がいらっしゃいましたら、バトンをお持ち帰りください。 よろしくお願いします。
2005年09月23日
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おはようございます。 今日からまたしても3連休っすか。 いいなぁ、サラリーマンは…。 …と、ぶつぶつつぶやきながら、昨日の昼休みに食事に出かけました。 最近、おいしい和食を食べさせてくれる店を見つけたのですよ。 その店では、それだけしか注文しないお気に入りのメニュー。 ザ・さんま定食です。ちなみに、700円。 脂がのってふっくらとしたさんまで、焼き加減がまた最高。じゅーじゅー皮が音を立てている状態で目の前に出てくるのです。 私の食べ方は、醤油をかけない。魚本来がもっている旨みをじっくり味わいながら大根おろしとともに食べるのが好きですな。 しかも、内臓のまわりについている小骨も全部食べる。たまにのどに刺さりそうになりますが、かまわず食べる。頭と背骨は、周りの人が見て、いじきたね~と思うだろうから食べない。 でも背骨もよく噛めば食べられるかもしれないぞ、と思うことがよくあります。試したことはありませんけど。 だから私が食べたあとのさんまは、そのまま小骨抜きの骨格標本が作れるような状態。 それにしても、最近、魚の食べ方の下手な人って多いですね。内臓どころか、小骨のあるお腹の部分を全部残してしまう人が多い。 カルシウムとビタミンが一番豊富な部分なのにね。 …と、食堂のカウンターに腰掛け、まわりで魚を食べるのが下手な人たちをせせら笑っている私でした。 本当は、優越感を味わいたいだけだったりして。 だって仕方ないですよ。ほかに自慢するものがないですからぁぁぁぁぁぁぁ~残念! (いかん、また流行遅れの波田陽区をやってしまった) それはともかく、「人をやる気にさせる法」シリーズ、さっそく行きますよ。 今日は、目下の人をやる気にさせる法。 上役から仕事を命令されるとき、なんか嫌だなとか、ときにはムッとするシーンってありますよね。 たとえば、「ビジベン君、ちょっと来たまえ」と上司からお呼びがかかり、上役のデスクの前に呼び出されるとき。「なんかまたヘマをやったのかな」とビクビクしながら、上司のところへ行く。 すると、ドサッと書類の束を渡され、「この仕事を明日までにやっておくように。いいね。明日の朝9時までに私に必ず提出すること。もし、遅れたら大変なことになるからな」 …と、さも部下が上司の命令を守るのが当然と言わんばかりの傲慢な態度。 さすがに温厚なビジベン君もムッとする。 だって今日の夜は、明日の午後に提出しなければならない仕事のために残業する予定だったのだから…。 その仕事を命令したのもあんたでしょう。決して仕事は遅い方じゃないけど、物理的に無理っスよ。 さすがにキレて、もろ肌脱ぎ、「やいやいやい、てめぇ、何様だと思っていやがる。この遠山桜にかけても、理不尽は許さねぇぜ」 …と、傲慢な上司をひっとらえ、お白州に座らせて、百叩きの刑を命じられたら、…気分いいだろうなぁ。 これにて、一件落着~!! …なんてことのできないサラリーマンの人たちはつらいですよね。 こんな経験がある方は多いと思います。結構頭にくるシチュエーション。 でもなぜ、こんなに頭に来るのでしょう。 仕事を命じられるのは、給料をもらっている以上当たり前のことなんですよ。 忙しいというのも、会社にとってその仕事が重要であり、やらなければならないものだとわかれば、徹夜してでもこなすことには仕方ないと思える。 頭に来るのは、上役が上役風をふかせる「役割言葉」である場合が多い。 社内で下の人間は、上の人間に対して常に劣等意識を持っていますからね。そのことは、もう十分痛感している。 それなのにあえて、神経を逆なでするような上役風を吹かせる上司は、傷口に塩をなすりつけるようなもの。 あまのじゃくでなくても、反抗的な態度をとりたくなる。 反抗的な部下が多い職場は、「役割言葉」によって、上役風が風速50メートルぐらいの暴風雨となって吹き荒れているのではないでしょうか。 じゃあ、どうすればいいか。 この点について、多胡輝氏の「言葉の心理作戦」という本には、以下の解決法が記載されています。● 目下の人をやる気にさせるには、言葉で身分の逆転をはかるとよい。 つまり、上役の「役割言葉」が問題で、部下が反抗的な職場は、その「役割言葉」を逆転させてやればいいということ。 たとえば、部下に対しては、必ず冒頭に、「頼みがあるのだが」という言葉を使ってから本論に入る。 一見、なんでもないことのようですが、これを日常的に続けていると、やる気のなかった社員が発奮し、反抗的な部下が素直になったと本には書かれています。 人は、劣等感が優越感に変わったとき、非常にやる気が出るといいます。 これと関連する話ですが、昔時代劇を見ていた頃、お奉行様が町のチンピラに対して頼みごとをするシーンがあったんですよ。 確か、「遠山の金さん」だったかな。 このチンピラ。 チンピラだから当然反抗的ですよね。直前まで奉行所の役人に悪態をついている。 そこへお奉行様が登場し、「実は、おぬしを見込んで頼みたいことがあるのだが、引き受けてくれぬか」って言ったんですよ。 その言葉を聞いたとたん、そのチンピラが従順になり、「へい。あっしでお役にたつことでしたら、何でもやらせていただきますぜ」 あまりの態度の変化に驚きましたが、不自然には見えなかった。 自分も、お奉行様からああいう風に頼まれたら、感激して同じことを言ったでしょうから。
2005年09月22日
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こんにちは。 連休中に図書館へ行って、桑田さんのCDを借りてきました。サザンはいつ行っても貸出し中なのですが、桑田さん個人で出しているアルバムが棚にあったのです。 すごく得した気分。 サザンと桑田さんのソロとの垣根は一体どこにあるのでしょうね。サウンドもノリもほとんど同じ。 違うのは聴く方の気分だけだったりして。 それにしても、個人でミリオンセラーを出した「波乗りジョニー」、そして「悲しい気持ち」は最高。サザンから離れて、桑田さんが気軽に楽しんで歌っているみたいです。 おっと、このままサザンネタに舞い戻ってしまいそうなので、さっそく本題に行きましょう。 さて、今日は4日ぶりのビジネスネタ。 先週の土曜日からストップしている営業にやる気を出す理由の続きです。 私のほうは今日で打ち止めになりそうですが、ほかにも営業にやる気を出す理由がありましたら、どうぞ教えてください。 それでは行きます。 ● 営業の知識は、あらゆる人間関係に応用できる知識である 上記の名言は、営業活動についての明解な洞察力に富んだ分析を行ったトップ営業マンのエルマー・ホイラーの言った言葉です。 「ステーキを売るな、シズルを売れ」というマーケティングの格言でも有名なトップ営業マンですね。 彼は、営業マンはお客の心の動きを常に読み続ける。つまり人間を十分に観察している人間学の大家であり、優秀な心理学者であると言っています。 トップ営業マンで「あんな嫌なやつはいない」などと言われる人はいません。嫌な人間から商品を買うお客などいないからです。 だから営業マンは逆に、自分の商品を売ろうと思ったら、人間関係の機微をわきまえるために必死に勉強し、いつも相手の立場に立って物を考えようとします。 トップ営業マンほど仕事を離れた分野でも実に多くの友人がいるといっていいでしょう。 飛び込み訪問などキツイ仕事を切り抜けてきた人ほどどんなに偉くなっても腰が低く、皆から好かれるものです。● 営業マンは社長になるための勉強をしている 創業社長で成功している人はほとんど、優秀な営業マンと言っても過言ではありません。 たとえば現在総合セキュリティー企業で有名なセコム創業者の飯田亮氏は、社員4人(営業2名、ガードマン2名)で会社を創業し、自ら一日中ガードマンの派遣契約を売り歩いたそうです。 それでも当時、自分の会社の警備を他の会社に依頼すると言う発想自体がなく、毎日20軒以上会社を飛び込み訪問してもまったく相手にされなかったそうです。はじめて契約できたのは3ヵ月後だったとか。 現在一流大企業に発展した同社からは信じられないようなエピソードですね。 松下電器創業者の松下幸之助氏が、大飛躍のきっかけとなったのは二股ソケットの開発でした。その頃の松下電器は、会社とは名ばかりで、3畳一間に土間しかなかったそうです。 だから若い頃の幸之助氏が自分の自転車の荷台に二股ソケットを積んで問屋へ営業に行っても、零細企業だと馬鹿にされ、全然相手にされない。月々の支払いに追われ窮地に陥り、もう会社はやめようと思ったそうです。 その頃、営業に行っていたある会社から、「これだけプラスチックの加工ができるなら扇風機のハネもできるだろう」と大量の下請けの仕事が入ったとのこと。 幸之助氏は後年、あの時の注文がなかったら今の「松下電器」はなかったかも知れないと話していました。 営業に走り回っていたからこそ、新たな展開が生まれたのですね。 またアシックス創業者の鬼塚喜八郎氏は、自分の会社で作った運動靴を履いて、日本全国のスポーツ洋品店を飛び込み営業してまわりました。多くの店主との雑談の中から、新商品開発のヒントを得たと言います。 これだけ良い商品を開発したのにどうして売れないのだろうとぼやいている経営者の方がよくいます。 よく話を聞いてみると、営業にあまり力を注ぎ込んでいない場合が少なくない。 極論かもしれませんが、たとえ売れない商品であっても、営業マンが誠心誠意努力していると別のところで何らかの突破口が生まれてくるもの。 またお客さんとの話の中から、商品の改善のポイントや新商品開発の発想が生まれてくるものですね。 経営者や上司は、自分の会社の営業マンに対し、以下の理由から「営業マンは将来社長になるための勉強をしているのだ」と営業に誇りを持ってもらうことが大事だと思いますよ。● 営業で苦労すれば人間関係がうまくなる● 営業を経験していない社長は、一番ポイントとなる営業をする人間の気持ちを理解できない● 技術畑出身であっても、社長になったら自社の製品の売り込みの先頭に立たねばならない場面が必ず来る
2005年09月21日
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こんばんは。 今日もまた日中外出していたので、夜に更新させていただきます。 さて、今日は、世にも恐ろしい怪談「雪女」の話題。 心臓が弱い方、それから怖い話を聞くと夜、一人でトイレに行けない方は、この先はお読みにならないことをお勧めします。 …なんて。 面白いかどうかわかりませんが、決して怖くはありませんからご安心を。 ところで昨日も少し触れましたが、なんとあの雪女の怪談の舞台が青梅市だって、みなさん知っていましたか? どう考えても、舞台は雪深い江戸時代の山村だって思いますよね。青梅市は、一応丘陵地帯にありますけど、東京都。 雪だってそれほど降らない。 それなのになぜ、「雪女」の舞台になったのか。 その前に、そのことを知ったのは、青梅市の昭和レトロ商品博物館へ行ったからでした。 この博物館。市内の中心部を貫く旧青梅街道沿いにあり、となりは青梅赤塚不二夫会館です。この付近は映画看板の街並みで、青梅の一押しの観光スポットになっています。 おととい写真をアップしましたが、建物はおそらく古い商家を利用したものでしょう。 一階には、昭和のはじめから中期に売られていた薬、駄菓子、コカコーラの缶や瓶、文房具、食品のパッケージが展示されています。 当時のカルピスの瓶や牛乳入れの木箱、大塚のボンカレー、文房具など実際自分で使った記憶のある商品が懐かしい。 とくに、私が小学校当時使っていた、セルロイドの筆箱、ぺんてるのクレパス、風車のイラストの入ったギターペイントの絵の具は何十年ぶりの再会でした。 おもちゃでは、シルバー仮面やミラーマンの人形が印象に残っています。 先日、中野のおもちゃのプレミアムショップで見たように、今買ったら、結構値段が張るのでしょうね。 それはともかく、私が青梅の「雪女」伝説を知ったのは、博物館の2階です。 靴を脱ぎ、木製の狭い階段を上ると、8畳間をふたつ繋げたようなスペースがありました。 昔は和室だったのでしょうね。 壁には、学園祭の文化部の発表のような手作りの展示スペース。新聞やワープロで書かれた紙がペタペタと貼ってあります。 そこには、「雪女の伝説の舞台は青梅だった」という衝撃的なコピーが…。 よく説明を読むと確かに、その理由が納得できるのです。 雪女の伝説を「怪談」の中にまとめたのは、ご存知のように小泉八雲ですね。 その「怪談」の英文の序文の中に、雪女の伝説の由来を説明した箇所があるらしいのです。 それは、武蔵の国、西多摩郡調布の百姓が、自分の生まれた村に伝わる古い言い伝えとして雪女の話を語ったという箇所。 江戸時代の西多摩郡調布は、現在の青梅市内に当たるそうです。 でも、ちょっと違和感がありますよね。 青梅は東京都ですよ。それほど雪が深いとは思えない。 しかし次の説明を聞くと納得できるはず。 300年前の江戸時代の青梅一帯の積雪量の記録が残っているらしい。 それによると、当時の青梅は、冬、1メートル以上の積雪があったとか。そして多摩川も何箇所か凍結するところもあったそうです。 雪女の怪談には、凍結した川の渡し場が舞台になっているシーンもある。 その場所を予測した、現在の多摩川の地図が壁に貼ってありました。 江戸時代は現代よりずっと寒かったわけですね。 それよりずっと後の昭和の時代も今の平成より寒かったという記憶があります。その流れが今も続いているのでしょうか。 これってもしかして地球温暖化の影響? 私は環境問題に関してはまったくの素人ですが、雪女伝説が地球温暖化の影響を受けて伝わっているとしたら面白いですね。 是非、誰か詳しい方がいましたら教えてください。 それにしても、東京が雪女伝説の舞台だったなんて…。 決して、東北の雪深い田舎のお話ではないのですね。 もしかして今年の冬、大雪が降ったら、あなたは都心で雪女に出会うかも…。 青梅 多摩川の河原
2005年09月20日
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こんにちは。 昨日は日記を書いている途中で眠くなり、尻切れトンボで終ってしまいました。 今日はその続きの青梅の話題をお届けしたいと思います。 昨日の日記で、いい忘れたことがあるのですよ。 それは突然青梅に出かけた理由。 テレビで昭和の街、青梅のことを見たのがその理由ですが、青梅・五日市線でウォーキングキャンペーンをやっていたのが一番の理由です。 それを知ったのは、青梅・五日市線沿線のウォーキングマップを駅で無料で配っていたから。その中に沿線のお店や施設で利用できるクーポン券が入っていました。 ただで沿線のウォーキングコースの入ったマップをもらえるほかに特典があるなんてこれは絶対行ってみるべきですよね。 ちなみに、キャンペーンは11月30日までですから、まだ利用できますよ。 そのクーポン券をまず使ったのが、青梅駅のホームにある立ち食いそば屋。 生卵が1個、サービスされるのです。 おでんそばを注文したのですが、中に入っていたおでんは、おそ松くんに出てくるちび太の持っているおでんと同じ。 そういえば青梅には、赤塚不二夫の記念館があります。どういう関係かわかりませんが、町中に天才バカボンやおそ松くんなどのキャラクターのポスターが貼ってある。 しかも青梅駅の電車の発車メロディは、「ひみつのアッコちゃん」の主題歌。 そうですよね。天才バカボンの主題歌だったら、ホームでずっこける人が頻出しますから。 ところでバカボンのネーミング。 先日、サザン特集でお送りしたヒットするネーミングにこれまたぴったり合う。 ● 必ず母音のAからはじめよ ● 必ず濁音か、破裂音を入れよ ● 必ず最後はN(ん)で終えよ …でしたね。 やはりこれだけ長く愛されるのには、ネーミングの魅力もあるのかもしれません。 さて、昨日、昭和の景観という点で、青梅と秩父には違いがあると述べました。 秩父には、青梅以上にノスタルジックな景観が数多く残っていると…。 どちらの街も古い風情のある建物が数多く残っています。 昭和の時代によく見かけた古い商店や民家が残っているという点では、どちらも同じ。 だけど、秩父の方がそのまま昭和にタイムスリップしたような気分になる。 その違いはどこか、ということでした。 結論から言うと、その違いの第一は、道路だと思うのです。 青梅は、完璧に舗装されすぎ。しかも、中心地は、洒落た赤レンガの小道が続いているのですよ。 下だけ見ると、原宿や自由が丘のショッピング街を連想してしまいますねぇ。 建物は昭和の風情が残っていても、なんとなくテーマパークに紛れ込んだような違和感を感じるのです。 これに対して、秩父は目抜き通りを除けば、舗装されていない場所が結構ある。 ところどころ穴が開いた道路。ぬかるんだ道。土ぼこりの舞う道。道路の隅には雑草。学校帰りに小石を蹴りながら帰るのに必須アイテムの砂利道。 これぞ昭和の風情。 建物だけじゃなく、道路もまた昭和の景観にとっては重要なのです。 それから、街で遊ぶ子供の数。 青梅はほとんど外で遊んでいる子供を見かけませんでした。 最近は少子化で仕方ないことなのでしょうけど、それでも秩父には外で遊んでいる子がいましたね。 しかも、女の子たちが道でゴムとびをやっていたんですよ。 う~懐かしいぃぃぃ~ そして、おせっかいなおじさん、おばさんの存在。 昭和の時代には、近所におせっかいなおじさん、おばさんがいました。私たちが外で遊んでいると、関係ないのに一緒に入ってきて遊ぼうとする。 よく近所のおじさんやおばさんに怒られましたっけ。 青梅には昨日半日以上いましたが、誰からも話しかけられませんでした。 ところが去年、秩父へ行ったとき、ある神社でコンビニで買ったもりそばを食べていたんですよ。 そしたら突然、その近所のおばさんから話しかけられました。「今日は暑いねぇ」「どこから来たの?」 最初、不審者に思われたのかなと思いました。しかしどうやら違うらしい。 見知らぬ人をみかけると、誰にでも声をかけてコミュニケーションしようとするんですね。 それだけでも何だか懐かしい気分になりました。 せっかく、青梅が「昭和の街」として町おこしをするなら、中途半端にやったらすぐ尻すぼみになると思うんですよ。 どうせやるなら、通の昭和ウォッチャーが惚れ込み、全国からリピーターが来るよう努力しなければ。 そこで私が、真に青梅が昭和の街として生まれ変わる方法を考えてあげました。(←余計なお世話じゃ) 題して、「身も心も昭和に浸りきる街 青梅」。 まずそのためには、舗装道路が完璧では昭和のレトロ感が生まれません。舗装を一部はがし、水はけを悪くしてぬかるみを随所に作ります。小道はすべて土や砂利道。脇には雑草を植え、生育を促します。 早急に赤レンガの瀟洒な道を上記の道に作り変える必要がありますね。 次に外で遊ぶ子供。 子供の数自体は増やすことができませんから、エキストラを雇います。 そして青梅市内の道を使い、少年は三角ベースの野球、ベーゴマ、メンコなどを担当地域を決め派遣します。もちろん服装は、半ズボンにランニングなど。 少女の場合は、コムとび、リカちゃん遊びなどですね。 それから観光客相手に小道で、飛び入り参加自由のイベントを開催します。イベントは、「手つなぎ鬼」「だるまさんが転んだ」「缶蹴り」「馬とび」など。 おせっかいなおじさんやおばさんに関しては、地域住民からのボランティアを募ります。常に観光客に対してちょっかいを出す。 とくにおばさんの衣装は、着物にし、眉間に小さく切った絆創膏を貼ってもらうようにします。たまに路地で七輪を使ってさんまを焼いてもらうとレトロ感が増幅できるでしょう。 …なんて、調子こいて書いていたら、収拾がつかなくなったしまいました。 今日は、青梅が雪女の故郷で、地球温暖化との関係について書くつもりだったのに。 う~ん、仕方ない。 それは予定を変更して明日お送りします。 バカボンのパパなのだ。
2005年09月19日
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こんばんは。 今日は日中、久しぶりにウォーキングへ行っていたので、夜に更新させていただきます。 たくさんの方からコメントをいただき、ありがとうございます。遅くなって申し訳ありませんが、明日お返事を差し上げますのでよろしくお願いいたします。 さて今日行ったのは、先日、テレビで紹介されていた、青梅。 関東地方以外にお住まいの方はご存じないかもしれませんが、新宿から中央線に乗って一時間と少しの多摩川の辺にある街です。 ここは現在、昭和の街として売り出し中だとか。 先日のテレビでは、駅のホームにレトロ感覚の立ち食いそば屋があったり、構内の通路に昭和時代の映画の看板が展示されていたりして、行ってみたい気分になりました。 それにしても今日は暑かったですね。 朝10時ごろ、青梅駅に着いて、最初、丘陵地沿いに塩船観音寺というつつじで有名な寺を目指したんですが、歩いていると汗がだらだら出てきます。 500mlのペットボトル3本を飲み、おにぎり2個を頬張りながら、青梅鉄道公園やしょうぶ公園、大塚山公園などを巡り、再び青梅駅に戻りました。 歩行距離10キロをノンストップで歩き続け、1日分のウォーキングコースをまず終了。 時刻は、午後2時。 さて、これから1日分のウォーキングコースをもう一本です。 せっかく遊びに行ったんだから、たくさん見て回らなきゃ損ですからね。(なんという貧乏根性!) 昔は、3日分のコースを1日で歩いたこともありますが、今やったら完全に身体壊しますね。 もう若くないから、自重せねば。 さて、次に青梅の中心地をまわったんですよ。 先ほども申しましたように、青梅は昭和の街として売り出そうとしています。 旧青梅街道沿いに、「七人の侍」や「俺たちに明日はない」、「アラビアのロレンス」、「大菩薩峠」などオールド・映画ファンには懐かしい映画の看板が商店の店先に掲げられています。 昭和の後期を生きた人間にとって、昭和の町並みが再現されているというのは、たまらない魅力ですよね。 でも、何か違うぞ。 確かに建物は、昭和の時代によく見かけた古い商店や民家がたくさん残っています。 でも、やっぱり何か違う。 去年行った、埼玉県の秩父市は、昭和の古い町並みがそっくり残っていて、涙が出るほどノスタルジックな気分になったのに…。 …と、ここまで書いたところで、疲れたビー。(←完全に気分は昭和に戻っている) さすがに炎天下、20キロ近く歩いたので体に応えたようっす。まだ風邪気味だし…。 先日の弁護士先生の100キロマラソンに比べたら、へこたれてはいられないんですけどね。 でもちょっと頭脳労働は、やばそうなのでこの続きは明日書かせていただきます。 明日は、青梅と秩父の昭和の景観の違いと、青梅の改善策なぞ。 そして青梅は、なんとあの、怪談で有名な雪女の故郷らしいのです。 ひゅ~ドロドロドロ。 舞台は、雪深い東北の山村だと思いますよね。 理由として、地球環境の変化とも関連がありそう。 なんか最後は、映画の予告編みたいになっちゃいましたが、それではまた明日。 ちなみに、左の建物が青梅赤塚不二夫会館、右の建物が昭和レトロ商品博物館。
2005年09月18日
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こんにちは。 昨日頭が痛かったのは、風邪だったみたいです。今も少しのどが痛いですが、日記を書くには支障ないみたい。 お騒がせいたしました。 ところで、巷では今日から3連休ですか。しかも、来週も? なんと…。 こういうときだけは、サラリーマンがうらやましい。 こちとら、もちろん休もうと思えばいつでも休めるのですが、そのぶんお金は一銭も入ってこない。 あぁ、「男はつらいよ」のタコ社長のつらさが身に染みてわかる今日この頃。 ひゅるるるる~ しかしですよ。連休をフルに休んでしまうと、仕事がたっぷりたまっているでしょうねぇ。 連休明け、たまった仕事を見て、やる気が出ない人も多いかもしれない。 仕事はもちろん、営業マンだとノルマもたまっているなんてことに。 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~ これは、やる気を出さなければ仕方ありませんね。 …という強引な前ふりでした。 そこで昨日お話しした営業マンがやる気を出す理由にはどんなものがあるか、について考えてみたいと思うのですよ。 その前に、私だけの意見かもしれませんが、わりと営業担当の上司って、成果のあげ方や成果の管理の方にばかり目が行きがちになるのではないでしょうか。 たとえば、どうしたら飛び込み訪問で断わられないか、パンフレットの出し方やクロージングの仕方はこうしろ、など。 成果の管理だったら、ノルマの設定、ノルマの達成状況の管理などですね。 もちろんこういう仕事は、会社の営業にとって必要不可欠なものであるということを否定はしません。 ただその前に、部下、とくに営業の初心者の部下に対してやるべきことがあるのではないか。 それは、なぜ会社の仕事として営業をしなければいけないのかという点。 営業の仕事は、これからのキャリアアップ、人生設計においてどのようなプラスを君たちにもたらすのか、ということですね。 それをしっかり部下に教えないで、営業にやる気を出せ!と強制するのはちょっと酷かもしれませんよ。 給料や成功報酬がアップするのはもちろん大きな魅力ですが、それは一時的なもの。 もっと長い期間、人生レベルで、営業という仕事がどのようなプラスを営業マンにもたらしてくれるのか。 そのことを知り、心の底からやる気になったとき、初めて営業マンは本当の能力を発揮できるのだと思います。 私は、以下のような点を営業のメリットとして考えたのですが、もしほかにございましたら教えていただければうれしいです。 とりあえずそれを箇条書きにしますと…。● 企業は営業で成り立つという事実 営業は、会社を支える重要な仕事であるという誇りを持つことが大切ですね。営業活動がなければ、お客さんの需要を掘り起こすことがいつまでたってもできないからです。 前にも日記に書きましたが、IBMの創立者にワトソンという人がいました。彼は世界最高のセールスマンと呼ばれた人物ですが、「販売なくして会社なし。セールスに誇りを持て」と常々言っていたそうです。● 売ることは価値の創造である いくら技術者が素晴らしい商品を作っても、お客さんの手に渡り、使用され消費されなければ価値は生まれません。営業マンがお客さんに売ってはじめて、モノに価値が生まれるのです。 いわば営業マンは、会社に価値をもたらすとも言えるのですね。● 会社で認められるには、営業の仕事が一番手っ取り早い 営業は成績としての数字がはっきり出ます。実力のある人間にとってこれほど自分の能力をしっかりアピールできる職種はないでしょう。 他の仕事は、実績が数字では計りにくいので、上司によっては自分の能力を正しく評価してもらえない場合があります。● 営業できれば、食いっぱぐれがない 自らも一流の営業マンであったリコー創業者の市村清氏は、「会社がたとえ潰れたって売る力を持っていたら困らない」と営業マンを鼓舞したそうです。 昨日も書いたように、確かに求人情報誌、ハローワークなどの求人案内を見ると、営業・販売員の募集が圧倒的に多いですし、賃金水準も他の職種より高いところにあります。 また求人条件の年齢も不問としているところが多いようですね。営業能力に磨きをかけたほうが、難しい資格の取得に時間をかけるより、よっぽど食いっぱぐれがないとも言えるのです。● 自分の才覚と行動で天下のあらゆる階層の人に会える 雑誌に超一流の保険セールスマンの記事が出ていましたが、彼の顧客は国会議員から歌手、俳優、一流企業の社長まで幅広いものでした。努力とバイタリティとキャラクターから人脈を広げ、顧客を開拓したそうです。とても他の職種では、これだけの人たちに会うのは難しいのではないでしょうか。 私事で恐縮ですが、かつて銀行の営業担当者だった頃、担当地区内に住んでいらっしゃった多くの有名人の方とお会いし、仲良くさせてもらったことがあります。 実名は伏せさせていただきますが、当時の超人気アイドル、プロ野球の監督、ダイヤモンドグラブ賞常連のプロ野球選手、水戸のご老公、後にミュージシャンになったコメディアン、クイズ番組によく出てくる漫画家先生、元総理大臣、元国務大臣…etc とても会社の中で事務の仕事をしていただけでは、お会いできなかった人たちです。そのような人たちとお会いして、得るものもたくさんありました。 また営業で得た人脈は生涯使えます。そして、自分が営業で出会った一流の人にいろいろ教わることもできるメリットがあるのです。 営業にやる気を出す理由は、ほかにもまだまだありますよ。 それは連休明けに。
2005年09月17日
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こんにちは。 うぅ、頭が痛い。 昨日、記事を書いてから外出し、仕事を2,3こなしたあと、ビール会社の営業マンや技術者たちと飲んだのです。 ビール会社の人たちって、飲むのも仕事なんですね。各社のビールを一そろい全部注文して、私たちの目の前に並べ、味についてアドバイスしてくれと言われました。 アルコールはあまり強くないのですが、その熱意にほだされて飲みましたよ。 それで思いついたことを適当に口に出すと、「面白い、面白い」と言いながら、みんな熱心に耳を傾けてくれる。 そんな面白いことを言った覚えはないのだけれど…。 それはともかく一生懸命聞いてくれるから、こちらもつい調子に乗って、飲みすぎてしまいました。 そのときは、少し赤くなるぐらいで問題なかった。今日の午前中も少し頭が重いかなと言う感じ。 ところが、昼食を食べたあと、急に頭がガンガンしてきて、バファリンを飲まざるを得なくなりました。 小康状態を保っているので、今、日記を書いている次第。 年をとると、筋肉疲労が翌々日に現れるらしいのですが、次の日の午後から二日酔いになることはあるのですかね。 さて、今日は久しぶりにビジネスの話題に戻りたいと思います。 もう忘れている方もいらっしゃるかもしれませんね。私も半分忘れかかっていて、前の記事を見て思い出しました。 久しぶりだし、私としては滅多にない二日酔い状態なので、調子が出るまで時間がかかりそうですが、とりあえず行ってみましょう。 サザン特集の以前にお送りしていた「人をやる気にさせる法」の続きです。 会社の中で、一番やる気を出してもらわねばならない部署は? という質問を会社の社長や役員にすれば、どんな答えが返ってくるでしょうねぇ。 いろんな回答があると思いますが、おそらく営業だ、という答えが多く返ってくるのではないでしょうか。 もちろん新商品開発や財務、企画など、企業にとってどれ一つやる気がかけると支障をきたす部署はたくさんあります。 ただやる気は、営業の成果に直結しますよね。 営業は一種の攻め。守りに入ったら、とたんに成果が激減。だからもっともやる気が問われるのが、営業だと言っていいでしょう。 ところが、この営業。一部の例外を除いて人気がない。 新聞広告の募集欄を見ていただければわかるように、つねに営業マンの募集広告が紙上を賑わしています。 今は多少景気が回復してきているようですが、あの平成大不況のときだって営業マンの募集広告が求人欄に満載でした。しかも、年齢不問、なんていう求人も営業には結構ある。 ハローワークへ行ってみると、今はよく知りませんが、一時期求職者であふれ返り、求人票のファイルを取り合って喧嘩している人たちもいました。 何を取り合っているのだろうと、私も好奇心旺盛だから近くへ寄っていき、「ちょっと、ちょっと、喧嘩はやめねぇかい。どうだい、この遠山桜に免じて、その取り合ってるファイルを見せてくれねぇか?」 もろ肌脱ぎで啖呵を切り、ファイルを覗き込むと大抵、「事務」とか「作業員」の求人でした。 そのファイルを喧嘩している二人に返し、「じゃ、失礼するぜ。しっかり喧嘩してくれよ」( ←もちろんウソですよ。遊び人の金さんをやってみたかっただけ。本編とは関係ありませんので念のため ) それはともかく、「営業」の求人票を取り合って喧嘩している人たちは見なかったですね。 なぜ営業は敬遠されるのでしょうか。 誰も営業の重要性に異を唱える人はいません。あとでも述べますけど、商品やサービスの仕組みを作っただけではお金にはなりませんよね。それを売ったり、仕組みを広く世間に知り渡らせたりする営業マンがいて初めて、企業に利益が出る。 営業は企業にとって、必要不可欠なもの。 ただなんとなく嫌だから、とか、人に頭を下げたくないからとか、営業に対する悪いイメージが先行しすぎているような気がします。 それでもまだ大企業は問題ないんですよ。 会社のブランドで、「是非、営業をやりたくて志望させていただきます」と大勢の志願者が集まる。 大企業でも自分の営業能力をアピールすれば、採用の可能性が高まりますから。(もちろん営業をやりたくて志望する人も大勢いらっしゃると思いますよ) 逆に言うと、志望者が多く集まる大企業といえども、ホントに営業力のある人は少ないということになるのでしょうか。 中小企業にとって、優秀な営業マンの確保に頭を悩ましているところは多いと思います。 もともと営業という職種は、最も重要な職種のひとつである反面、最も敬遠されやすい職種であるともいえます。 自分の会社の商品やサービスが市場に浸透していない中小企業にとって、優秀な営業マンの確保は死活問題。 それなのに高いお金をかけて人材を採用しても、2,3日で「やっぱり自分は営業に向いていないと思うから辞めます」と言われたのでは目も当てられない。 何度も転職を重ね、もう営業職しか残っていない、仕方ないから営業でもやるか、と言った「でもしか」営業マンは結構多いと聞きました。 自分の会社の「でもしか」営業マンに、営業に対するマイナスイメージをなくし、プラスイメージへ転化させることってすごく大事なことだと思います。 営業マンの営業へのインセンティブを高めることが、企業発展のターニングポイントになるといってもいいでしょう。 次回は、営業マンが営業にやる気を出す理由はどんなものがあるか、考えてみたいと思います。
2005年09月16日
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こんにちは。 昨日は日記を書いてから、渋谷へ仕事で行き、そのまま直行直帰でしたのでコメントのお返事が遅れてすいませんでした。 ちなみに今日もこれから銀座へ行き、その足で渋谷にまわる予定です。今日も直行直帰かな。 ところで今朝、楽天日記を見てびっくり。 またアクセス数の記録を大幅に更新しているのです。昨日はあまり大した内容ではなかったのですが、やっぱりサザンの力はすごい。 日記のタイトルに「サザン」と付け加えるだけで、オイラの日記もヒットするのですね。 さすが、ヒットするネーミングは違う。 先日のコンサートの模様をテレビで見ると、ファン層がすごく幅広いんですよ。十代の女性から五十歳代の男女までノリノリで踊っている。 サザンのサウンドが、どの年代の人たちにも受け入れられているのでしょう。アルバムを聴いていても、ホントに歌のジャンルの引き出しが数多くあると感じます。 ロックから歌謡曲の世代まで、幅広くカバーしている。 私たちのちょっと上の世代になると、残念ながら、何を言っているのかわからない、という意見が増えるのですが…。 やはり歌詞を一言一句おろそかにせず、把握したいのかな。 それはともかく、今日からビジネスネタで… …と行こうと思ったのですが、昨日の質問に答えないとちょっとやばいかも。 せっかくアクセスしていただきましたので、手ぶらでお返しするわけにも行きませんよね。 それではお答えいたします。 その前に昨日の質問をもう一度、ご紹介しましょう。 それは、サザンの桑田さん以外のメンバーが、当時、桑田さんに対して尊敬している点は何か、という質問。 一応、選択肢を用意しました。 1.原坊というかわいい彼女がいる。2.すばらしい曲を作る才能がある。3.○○が大きい。4.車を持っている。5.湘南のナンパスポットに詳しい。 結論から言いますと、正解は、4番です。 正解をコメントいただいたsmile_mamaさん、おめでとうございます。賞品はありませんが、たぶんアクセス数は、多少増えるかもしれませんよ。 でもどうしてわかったのでしょうね。強力な引っ掛け問題が入っているからわからないと思ったのに…。 ちなみに、3番の○○は、人格。 ところで、「ぴったしカンカン」のクイズは、選択肢が用意されていないので、2チームの回答者がひとりずつ答えを言っていく形でした。 それぞれのチームのキャプテンは、確か、欽ちゃんと二郎さん。 そして最初に、ゲストの子供の頃の写真が出て、「今日のゲストは誰?」と当てるのでしたよね。 サザンがゲストとわかったとき、会場が大騒ぎになったのを覚えています。 どうして私がこの質問と答えをよく覚えているかというと、回答者のメンバーに相本久美子が入っていたから。 当時、相本久美子のファンで、一挙一動を見逃すまいと目をさらにして見続けていました。 それで、この質問に対して相本久美子は、「腕がある」と一言。 それは、いい曲を作る腕を持っているという意味だったのですが、少し他のメンバーがムッとした顔をして苦笑したのを覚えています。 当時は皆若かったから、桑田さんの才能に嫉妬を感じているのかなとも思いました。あくまで憶測ですが。 当時のメンバーは、桑田さんが車を持っている点を尊敬していたのですね。 しかも、車はセダンではなく、バン。いわゆる商用車らしい。その車に楽器やメンバーを乗せて、走り回っていたのでしょう。 桑田さんが運転して…。 当時、若者が自分の車を持っているというだけで、尊敬の対象になりましたからね。 …ということで、今日でサザン特集はホントのおしまいです。アクセスしてしただいた大勢の方、どうもありがとうございました。 明日からまた、細々とビジネスネタを続けさせていただきます。また遊びにお越しいただければ幸いです。 追伸 昨日図書館で借りたCD。著作権禁止とかでパソコンに取り込めないよ~ チクショー、せっかく「モー娘」と「SPEED」のベストアルバムを聴けると喜んだのに…。
2005年09月15日
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こんにちは。 やっぱりすごいな、サザンは…。 日曜日から昨日の火曜日まで、サザンオールスターズ特集をお送りしました。 すごいのは、その間の一日のアクセス数。 日曜日が私の日記の中で、歴代1位。月曜日が歴代3位。そして昨日は夜の更新でしたが、いままで夜に更新した中でトップ。 以前、記事の中でサザンに言及したとき、多くの方にコメントをいただいたので特集を組んでみようと思い立ったのですが、こんなにすごいとは…。 多くの方たちのサザンに対する熱い思いが伝わってきて、とても楽しい3日間でした。 アクセスしていただいた方、どうもありがとうございます。 これからも機会があったら、サザンをはじめとする同時代のアーティスト特集をお送りできれば、と思っています。 それから、サザンのメンバーの方たち、これからもいい曲をたくさん作ってください。中年の☆として、期待しています。 さて、サザン特集は昨日までと言っておきながら、今日もしっかりビジベンは余韻を引きずっている。 桑田さんが二匹目のどじょうを狙わず、「いとしのエリー」という新たな魅力をファンにアピールしたと言っておきながら…。 ま、仕方ないっすよね。オイラ、あんな天才じゃないし、凡人は成功体験をいつまでも引きずって生きていくしかないのだ。 しかし、いつまでもサザンにこだわり続けているわけにはいきません。 今日は以前、bobozさんから受け取ったままになっている「いいことバトン」をお送りしましょう。 それでは…。1)今日あったいいこと 昼休みに近くの図書館で、「モー娘」と「SPEED」のベストアルバムを借りることができました。いつも貸出し中になっていたので、超ラッキー~♪2)ここ数カ月であったいいこと 約3ヶ月前にはじめた楽天日記で、大勢の方たちと知り合えたことでしょうか。日本国内はもとより、世界中ですからね。今回のサザン特集みたいに、自分の興味のある分野で、多くの方たちから賛同をいただければとてもうれしいです。 これからもよろしくお願いします。3)あったらいいなと思うこと 何かな。最近、それほど物欲がなくなってきた。この前のコンサートの桑田さんみたいな体力とフットワークですかね。 50才になっても、60才になっても、60分フルタイムで戦える体力を維持したい。ルー・テーズやバーン・ガニアのように60才でも世界ヘビーチャンピオンになれるのだから…。 4)次にバトンを回す5人 「いいことバトン」の趣旨に賛同される方はどうぞお持ち帰りください。お安くしときますよ。 ところで、今また思い出したサザンネタ。 昔、久米宏が司会をしていた「ぴったしカンカン」というクイズ番組を覚えていますか? それに、サザンオールスターズのメンバー全員が出演したんですよ。確か、デビューして3~4年たっていた頃かな。 そのときのクイズの内容を今でもよく覚えています。 それは、サザンの桑田さん以外のメンバーが、桑田さんに対して尊敬している点は何か、という質問。 これだけでは難しいと思うので、オイラが選択肢を作ってみました。1.原坊というかわいい彼女がいる。2.すばらしい曲を作る才能がある。3.○○が大きい。4.車を持っている。5.湘南のナンパスポットに詳しい。 さて、正解は何番でしょう。正解は、いいことバトンを受け取ってくれた人に教えてあげま~す、なんて。
2005年09月14日
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こんばんは。 今日は暑かったですね。 一日中外回りをしていたので、いつもと違って夜に日記を更新させていただきます。 さて、日曜日からずっとお送りしています、サザンオールスターズクロニクル。 今日も、気がつくとサザンの名曲を口ずさみながら歩いている自分がいました。 この3日間、サザンのヒット曲と当時の自分の周りの出来事とがリンクして懐かしい気持ちになりました。 私たちの青春時代は、サザンを抜きにして語れないといっても過言ではないですから。 よく同年代の女性に、「歌手では誰が好き?」 と聞くと、大抵サザンっていう答えが返ってきましたっけ。 ところで、昨日書きました「チャコの海岸物語」のあと、サザンは順調にヒットを飛ばし続けていました。 でも人気が再度爆発するのは、「真夏の果実」が出た頃でしょう。 この曲は、桑田さんの初監督作品『稲村ジェーン』の主題歌です。 「真夏の果実」もまた、いかにもサザンらしい名曲です。夏の郷愁を感じさせるイントロ。美しいメロディー。パンチの効いたサビの部分。 サザンの曲の中でもベスト3に入るばかりではなく、近代歌謡史に残る名曲だと思います。 だけど、大晦日のレコード大賞では、B.B.クィーンズの「踊るポンポコリン」にさらわれてまたも受賞を逃すんですよね。 そのあと恒例の大晦日コンサートで、「ぐやじ~」と大声で桑田さんが叫んでいましたっけ。 確かに悔しいですよね。あの名曲が、「ぴ~ひゃら、ぴ~ひゃら」に負けたんですから。 私もすごく悔しかった。 だけどやっぱり桑田さんは打たれ強い。 ふてくされることなく、10年後「TSUNAMI」でレコード大賞を受賞したのは立派でした。 ところで、桑田さんの映画初監督作「稲村ジェーン」。 もちろん見に行きましたよ。 主役は、あの加勢大周(若い人で、知ってる人います?)と清水美砂。 舞台は昭和30年代の湘南。伝説の波が来るのを待つサーファーの物語だったと記憶しています。 でも映画自体の評判はあまりよくありませんでした。見た私の友人たちも酷評している人が何人かいましたっけ。 私は結構面白かったですけど…。 映画としてではなく、サザンの曲のプロモーションビデオだと思えば割りと楽しめる。 とくにバックに「真夏の果実」が流れる大雨のシーンとオート3輪ミゼットが快調に走る「希望の轍」のシーンは、今でもよく覚えています。 ところで今日の本題は、サザンオールスターズのネーミング。 このバンド名をつけたのは、やはり桑田さんだとか。 なんでも、当時桑田さんがはまっていたクラプトンなどの「サザンロック」と、 そのころ来日した「ファニアオールスターズ」の二つをくっつけて「サザンオールスターズ」というバンド名にしたらしいです。 日曜日にも書きましたが、沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバット」をくっつけて「勝手にシンドバット」にしたのと同じような安易なネーミングですよね。 だけど、この安易なネーミングが、サザンを語る上において、非常に重要なポイントだと私は思うのです。 みなさんは、おそらく「サザンオールスターズ」と全部言わないで、大抵、愛着を込めて「サザン」と言うのではないでしょうか。 この「サザン」のいうネーミング。 マーケティング的に見て、すごくヒットするネーミングなのです。 桑田さんはこのことはおそらく知らないでつけたのでしょう。でも、多くの人たちから愛されるネーミングだという実感はあったと思います。 あるビジネス書に、売れる商品のネーミングのポイントという箇所があるのですよ。その重要なポイントは3つ。 以下に箇条書きしますと…● 必ず母音のAからはじめよ● 必ず濁音か、破裂音を入れよ● 必ず最後はN(ん)で終えよ いかがですか。 そのビジネス書には、具体例として「サザン」という言葉が出されているわけではありません。 しかし、ぴったりと上記のヒットするポイントに当てはまります。 サザンの「サ」の母音はA。サザンの「ザ」が濁音。サザンの「ン」が最後。 ドイツの小説家エルンスト・ユンガーは、「言葉の秘密」という著書の中で、「AとOの母音は、傾倒、賛嘆、賛同を表出する」と述べています。 日本語でも、笑うときは、アハハ、ウフフで、ほめたり、賛同したりするときは、オオ!と叫ぶ。 また、サザンの「サ」。サ行、マ行、ハ行の音は、人間の感覚・本能に訴える力を持つのだそうです。 こまかい説明は省きますが、これらの音は、「ぶーぶー、ママ、パパ、しーしー、せーせー」といった幼児語の音と類似している。 だから大人になっても、これらの音の力は意識下に強く根をおろしているらしい。 確かに、「サザン」という言葉は、読みやすく、聞きやすく、書きやすく、言いやすく、覚えやすい。 インパクトもありますよね。 私たちがほかの人に、「歌手で誰が好き?」と聞くと、にっこり笑って、「サザン」と愛情を込めてみんな言ったものです。 桑田さんの曲作りのうまさはもちろんですが、「サザン」というネーミングにも、私たちから長く愛される要素を含んでいるのではないか。 そういうふうにうがった見方をするのは私だけでしょうか。
2005年09月13日
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こんばんは。 さっそくですが、昨日の選挙。 予想通りというか、予想以上というか、自民党の圧勝に終わりました。 おそらく今日は、選挙ネタのブログで花盛りだと思いますので、その細かい分析は他の方に譲りたいと思います。 でも、選挙にいたるシチュエーション、有権者へのアピールの仕方において、小泉さんのほうが役者が一枚上だったというのは異論のないところでしょう。 とくに争点を、郵政民営化、是か非か、に絞ったこと。 また引用させていただいて恐縮ですが、多胡輝氏の本の中に、「迷っている客を獲得するトリック」というのがあります。 これは、お客さんの目の前に多くの商品を並べ、「何を」「どれを」選ぶか聞くのではなく、「どちらを」選ぶか聞くほうが効果があがるというもの。 この質問の仕方は、お客さんと店員の間に、すでに商品を買うという前提が成り立っていて、その上で商品を選びましょうというニュアンスが含まれているからです。 これを「迷っている有権者を獲得する」と言い換えれば、なんとなく今回の結果も予想できる。 郵政民営化、賛成か、反対か、どちらを選びますか? と聞けば、もう選択肢は限定されますよね。 他の党は、多くの選挙公約を掲げ、「何を」「どれを」とやってしまった。 当然焦点はぼやけ、アピール度で自民党の後塵を拝することになったのでしょう。 人間心理は、政治をも、大きく動かすものだということがわかります。将来、この手法を悪用する政治家が現れないことを祈るばかり…。 でも、言っておきますが、私は郵政民営化には賛成ですよ。 少し長くなりました。ここから今日の本題。 今日は平日ですが、予定を変更して昨日の続きのサザンオールスターズネタで行きたいと思います。 さて、「勝手にシンドバット」という衝撃的なデビュー曲で登場したサザン。 二曲目は確か、「気分次第で責めないで」でした。 悪い曲ではないと思いますが、これがデビュー曲だったら売れなかったかもしれません。 勝手にシンドバットの二番煎じ的な部分もあり、ベスト10には入ったものの、サザンもこれで終わりかなと思ったものです。 アーティストが売れなくなる典型的なパターンは、ヒットした曲の二匹目のどじょうを狙って同じような曲調の歌を出し続けること。 しかしですよ。桑田さんは、この轍を踏まなかった。 勝負の3曲目は、あの名曲「いとしのエリー」です。 この辺の戦略はうまいですよね。最初、「勝手にシンドバット」で世間の度肝をぬいて注目を集める。とりあえず2曲目で二匹目のどじょうを狙って小金を稼ぐ。 そして、もうこれでサザンは終わりだなと思ってたところに勝負曲「いとしのエリー」をぶつけてくる。 へぇ~、サザンってバラードも歌えるんだ、と感心した記憶があります。 もしこの曲がサザンのデビュー曲だったら、あそこまで大ヒットしたでしょうか。 ファンの意表を突く形で、今までと違った魅力をアピールした。この歌で、当時ライバル視されていたツイストをぶっちぎり、独走態勢に入ったのです。 その次だったかどうか忘れましたが、初期の曲の中で、私がもっとも好きな「C調言葉に御用心」が生まれます。 この曲は好きですね~。 桑田さんにしては最初抑え気味に、けだるい感じの歌い方が夏の恋に疲れた男を連想させます。 ただこの曲をカラオケでCDどおりに歌おうとすると、呼吸困難に陥る危険性がありますから注意。息継ぎする箇所がほとんどないのです。 当時ラジオでベスト10番組の司会をしていた作曲家の宮川泰がこの曲の楽譜を見て、「すごい肺活量だね」と言っていました。でもコンサートで聴いたら、かなりはしょって歌っていましたが…。 そのあと順調にヒットを飛ばしていたサザンに最大のピンチが訪れます。 大学卒業を目指して、確か1年間の休養宣言をしたあと。 生き馬の目を抜く芸能界で1年も休んでしまっては、さすがのサザンも忘れられてしまいそうになりました。 1年後、復帰したものの、ヒットに恵まれずスランプが続きます。 この状態を打開したのが、桑田さんと原由子さんの結婚だったと思います。そしてそれに合わせて発売したのが、「チャコの海岸物語」。 先日のコンサートでトップに桑田さんが歌った曲です。 この曲は、ロックというよりは歌謡曲の範疇ですね。昭和30~40年代の歌謡曲を思わせる旋律で、一気にサザンのファン層を拡大したと言っていいでしょう。 この辺りの戦略も立派なマーケティング戦略と言って、いいのではないでしょうか。 当時、黒柳徹子と久米宏の司会で大ヒットしていた「ザ・ベストテン」という番組があったのですが、「チャコの海岸物語」でサザンが毎週登場していました。 見ていると桑田さんが、「この曲がヒットしないと結婚できません。視聴者のみなさん、よろしくお願いします」とアピールしている。 普通、「私たち結婚します。どうか記念にCDを買ってください」と言えば、嫌味に聞こえる人もいたと思います。 しかし現在の自分たちの現在の苦境をさらけ出して、かっこ悪くアピールしている。 なんかこっちが偉くなったような気分になって、じゃあお祝いに買ってあげようかなと思いました。 また、桑田さんが絶世の美女なんかと結婚すれば、みんな、「この野郎」と思って反発する人もあったかもしれません。 原坊は、誰が見てもどこにでもいる普通の女性。しかも性格の良さが顔ににじみ出ている。 誰もが、二人の結婚を祝福したくなりますよね。 あれっ、今日は、サザンのネーミングのうまさを実証しようと思ったのに、また長くなってしまった。 ではサザン特集の最終回は、また明日。
2005年09月12日
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こんにちは。 巷は選挙の話題で持ちきりです。しかもうちの近所ではお祭りなので、神輿や山車が町内を巡り巡って大騒ぎ。 周りがハイになってるのに、自宅のパソコンの前に座っているのは落ち着かない。はやく記事を書いて外出しようっと。 今日は日曜日なので、また「人をやる気にさせる法」シリーズから離れ、勝手に好きなことを書きたいと思います。 勝手といえば、「勝手にシンドバット」ですよね、なんて強引にこじつけて、今日はサザンオールスターズについての話題。 先日、テレビでサザンオールスターズの特番をやっていました。コンサートライブの模様と桑田さんへのインタビューが同時進行する企画。 やっぱりいいな、サザンは…。 曲のよさはいまさら言うまでもないことですが、年を経るに従って、桑田さんの歌がうまく丁寧になっていくような気がしました。 もちろんノリの部分の爆発力は健在ですよ。 デビュー当時は、完全に大学の学生サークルみたいな感じでしたね。 当時ライバル視されていた世良正則&ツイストは最初からプロのようでしたが、サザンは勢いだけでやってたみたいなところもありました。 デビュー曲の「勝手にシンドバット」のタイトルだって、「勝手にしやがれ」と「渚のシンドバット」をくっつけただけですから。 そのサザン。デビュー当時はいろいろな新人賞にノミネートされ、授賞式に出るんですよ。ああいうバンドって、俺たちは賞のためにやってるんじゃない、と辞退するのが普通だった。 だけどサザンは出る。短パンにトレーニングウェアスタイルで…。 当時はアイドル全盛で、演歌の新人もノミネートされる。 当然、授賞式では浮きますよね。しかも、最優秀賞は取れないから、まったくかっこ悪い。 スポットライトの当たる受賞者の脇にたたずむ場違いな格好の若者たち。 でもそれにめげずに何度もノミネートされる授賞式へ出る。 受賞できないのはわかっているし、出ても完全に浮いてるから出なければいいのにと思いました。 またデビュー当時は、ラジオ番組に自分たちの曲をかけてもらうため、メンバー全員ではがきのリクエストを書いていたそうです。 これまたかっこ悪い。 でも、かっこ悪いことを繰り返していると、いつの間にか、かっこよくなっていくのかもしれないと、先日、テレビを見ながら思いました。 営業だって、若い頃は飛び込み訪問で断わられ続ける。独立したって、最初は誰にも相手にされず資金繰りに苦労する。政治家だって、新人で地盤がしっかりしていない頃はどぶ板選挙で頭を下げまくる。 いや、政治家の場合はベテランの閣僚経験者だって、土下座してお願いすることもあるのでした。 いきなりかっこよくなろうと思っても無理な話で、地道にかっこ悪いことを繰り返さなければかっこよくなれないのかも。 ところで当時のバンドで、今も第一線で活躍しているのは、デビュー当時一番かっこ悪かったサザンのほかにはほんの一握り。 なんかその辺に、生き残りの秘訣のようなものが隠されているような気がしますね。 ところでここからが本題なのですが、いつも思うのはサザンのマーケティング戦略のうまさ。 テレビでもコンサートの前、桑田さんが最初の曲は何から行けば観客が受けるだろうといろいろ考えていました。 コンサートに来る観客がどういう年代の人が多いとか、会場の雰囲気の予想、立地、今回のコンセプトなど。 これって一種のマーケティングですよね。 桑田さんは、青山学院大学経営学部の出身。中退しちゃたそうですが、マーケティングの基礎的な勉強をしたのでしょうか。 サザンの軌跡を見ていると、デビュー前から一流のマーケティングプロデューサー顔負けの戦略が見て取れます。 まずデビュー曲の「勝手にシンドバット」。 この曲は衝撃的でしたね。 いきなり、若者たちが野太い声で叫ぶんですよ。 ♪らららららら、ららら~♪ ♪ララララララ、ラララ~♪ ♪らららららら、ららら~~♪ 当時、これ以上インパクトのある登場の仕方はなかったですね。 みんな面白がって、振り返った。でも、誰もが一発屋だと思ったのではないでしょうか。 デビュー曲で世間を驚かそうという点。このあたりも桑田さんのマーケティング的志向が芽生えていたのかもしれません。 あれっ、ちょっと今日だけじゃ収まりきらないぞ。 すいません。急遽、この続きは明日ということで。
2005年09月11日
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おはようございます。 昨日の午後、お客さんとの打ち合わせにサンプラザ中野、いや中野サンプラザで有名な中野へ行ったんですよ。 打ち合わせが終わって、少し時間ができたので駅の周辺をぶらぶらしました。 それで、商店街の突き当たりにあるショッピングセンターに入ったのです。そこは、マニア向けの雑誌、書籍、雑貨、おもちゃなどを扱う商店が多数入居していて、見て回るだけでも楽しめました。 ある商店では、怪獣のおもちゃがたくさん並んでいます。昔よく見た、塩化ビニール製。 懐かしがりながらウィンドウを覗いていると衝撃的な事実が判明したのです。 すべての怪獣の名前が言える…。 そのウインドウには、ウルトラQとウルトラマン、ウルトラセブンに登場した怪獣のおもちゃが数十体並んでいました。 しかも、その怪獣の身長、体重、登場シーンまで…。 何でそんなことを覚えているのだろう。やっぱり、自分はオタクなのだろうか。 少しブルーになって、店を出ました。 それにしても、驚いたのはそのおもちゃの値段。 カプセル怪獣ミクラスの12,600円はまだいいとして、ナメゴンがなんと682,500円ですよ。 チクショー、ミクラスのおもちゃ持っていたのに…。 それはともかく、「反抗的な人にやる気を出してもらう方法」でしたね。 さっそく行きましょう。 反抗的な人は、自分のことしか見えなくなっている場合が多い。 そういう人に、自分が今やっていることを反省させることができれば、申し分ないでしょうね。 そんなことができるのか。 そのヒントが、いつも引用させていただいている本のひとつである多胡輝氏の「言葉の心理作戦」の中に書かれています。 普通、人は、禁止や命令の言葉に対しては、反発、機械的服従、退行のいずれかによって対応しがちである。 従って、そういう言葉では、自分を反省し、主体的に行動を改めてゆくきっかけにはなりにくい。 その対策として、次の方法が述べられています。● 人を反省させるには、その人自身の行動を客観視させるような話をするとよい。 具体的には、反抗的な社員に対して…「私の指導が悪かったのかなぁ。君をこんな社員にするつもりはなかったのに」 …という言い方が効く。 つまり、このような言い方は、まず、反抗的な社員の問題行動を上司自身の問題として語ることにより、相手に自分の行動を客観視させるチャンスを与えるとのこと。 また、母親が子供を叱る場合に効果的な言葉は…「お母さんは、あなたをそんな子になるようには育てませんでしたよ」 …という言い方が効くらしい。 この言い方もまた、子供の問題行動を母親自身の問題に仮託して語ることにより、子供に自分の行動を客観視させるチャンスを与えるのだとか。 人間は、自分の行動を客観視できたとき初めて、冷静に自分の反抗的であるという行動を批判できますからね。 自分が反抗的であるとわかった人は、自発的に自分の行動をコントロールし、改めてゆくことができるのですよ。 う~ん、深い。ほかにもこの応用編として、面白いことが書かれていますよ。 題して、妻が夫の品行を、改めさせる法。 改めさせるには、くどくどと小言を並べ、相手をいらだたせるのは逆効果だとか。 たとえば…「私が愛したあなたは、そんな人ではなかったわ」という言い方が聞くらしい。 これを夫が妻の品行を改めさせる言葉として使ったらどうなるか。 …たんに、気持ちわるいだけ。(笑)● 反抗的な人でも「絶対これだけは守らせる」というルールを作ろう 会社の業績が順調で、ある程度社員の自由裁量に任せていても着実に成長する時期というのがあります。 このような、いわゆる平時のときは、会社の進むべき道をしっかり見定めながら社員に任せるというのも、経営のひとつの方法だと思います。 ただ会社の非常事態のとき、いわゆる有事のときは、経営者や上司が前面に出てリーダーシップを発揮し、社員を引っ張っていく必要がある。 こういう時、経営者や上司の命令に無条件に従えない社員を抱えた会社は、目的遂行に大きな障害をきたすのではないでしょうか。 非常時に備え、命令系統を絶えずメンテナンスしておく意味において、全社一丸となって「絶対これだけは守らせる」というルールを定めておくことが重要だと思います。 私は学生スポーツが好きで、よく野球やラグビー、アイスホッケーなどの試合を見に行きます。 大学野球を見に行って感心したのは、試合が終わって応援団長が前に進み出ると、それまで勝手に私語を交わしながらざわついていた学生席がピタッと静粛するシーンです。 そして数千人の学生が手を振り上げて校歌を歌う。 髪を茶色に染めた学生やミニスカートにブーツをはいた女学生が一心不乱に歌う姿に、校歌斉唱のルールで大学がひとつにまとまっているのだと感じました。 この一点において、大学の学生はひとつにまとまるのですね。 こういうシーンのない大学は、これからの大学淘汰の時代に生き残るのは厳しいのかもしれません。
2005年09月10日
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こんにちは。 昨日、ブログを書いてから外出しました。 仕事が長引いて、昼食をとるのが午後3時過ぎになってしまったんですよ。すきっ腹を抱えながら炎天下、とぼとぼ歩きました。 木陰を縫うように歩いてゆくと、いつのまにか美しい銀杏並木が…。 いつの間にか、神宮外苑に来てしまったのです。 そのとき突然、スープパスタが食べたくなりました。ふらふらとイタリアンレストランへ入り、パスタを注文。 パスタを食べ終え、ようやく自分を振り返る余裕が出来ると、なぜ突然、スープパスタが食べたくなったのか疑問が芽生えます。 しばらく考えて、その理由に思い当たりました。 先週図書館で借りたCD。ユーミンとZARD、そしてタンポポ。 ユーミンとZARDはよく聴くので、今までの嗜好の延長線上ですね。タンポポは何気に借りたのです。ジャケットが目を惹いたので。 ところがそのタンポポにはまってしまった。 ちなみにタンポポはモーニング娘のメンバーの別ユニットですが、今はもうないはず。 そのタンポポのアルバムのなかに、『乙女パスタに感動』が入っていて、それがいつのまにか頭にインプットされていたんですね。 ♪お昼休み~、おやじパスタに感動~ ♪火曜日だけ、いつもランチ売り切れ~♪ それにしても、つんくは、たまにいい曲を作りますな。 個人的には、タンポポの「聖なる鐘がひびく夜」と松浦亜弥の「100回のキス」と赤組4の「赤い日記帳」が、つんくベスト3でしょうか。 私のまわりに、仕事のできる人間は星の数ほどおりますが、こんな素敵な曲を作れる人間はいないですねぇ~。 人生に一つでいいから、後世に残るようなものを作りたいと思う今日この頃。 おっと、また前ふりが長くなりすぎました。 今日も、反抗的な人にやる気を出させる法をお送りします。 反抗的な人に対処するとき、一番困るのは、何か仕事をしてもらいたいときですよね。 経営者や上司が、部下に仕事の命令をするといつも、理屈をつけて言い返してくる。そこまであからさまではなくても、そっぽをむいたり、命令を聞いているのかどうかわからない態度。 これって、経営者や上司にとって、一番頭に来る態度かもしれません。 後輩に仕事を頼むときも同じです。仕事を頼む人にとって、自分が目上だと思っているから、反抗的な態度を取られると、ホントに腹が立つ。 ここでまた、いつもお世話になっている多胡輝氏の心理学シリーズは、上記のドツボにはまる状況を脱するヒントを与えてくれます。 ただ人間というものはホントに千差万別。いろいろためしてみて、概ね満足の行った結果のものをご紹介しておりますが、まったく箸にも棒にもかからなかった人も中にはおりました。 そんな人の対処法は、それでお金を稼いでいる専門家に聞いてくれ~、わしゃ知らん! それでは、気持ちを入れ替えて…● 反抗的な人に対する言葉使いを変えてみよう 反抗的な人は、命令の内容ではなく命令のされ方に反発している場合が多いのではないでしょうか。 十分納得のいく内容の命令であっても、上司や目上の人から「やれ」と頭ごなしに言われる。反抗的な社員にとって、その命令に従えば服従させられたというイメージを抱いてしまいますよね。 このような従業員に命令するときは、依頼する形で話を切り出した方が効果的だと思います。 たとえば「実は君を見込んで頼みがあるんだけど」という形で、上司や目上の人から頼まれて反発する従業員はいないでしょう。彼らに対する劣等感が、対等な形で依頼されたのだと考え、何とかその依頼に応えようと必死で努力するはずです。● 反抗的な人との間に共通の敵をつくろう 「昨日の敵は今日の友」ということわざがあります。「敵の敵は味方である」という言葉もよく使われる言葉。 反抗的な人にとって、会社だったら社内の敵は経営者や上司であるといっても過言ではないでしょう。 最初から敵であるとみなしているわけですから、何を言っても反発する。 このような社員は、自分の仕事に対し何らかの「こだわり」を持っているケースが多い。たとえば、一匹狼のトップセールスマン。 自分のセールス技能に自信を持っていて、会社は俺がいないと利益が半減するだろうと思っている。確かに、そういうケースが多いのですが…。 だから何か言うと、「じゃあ、あなたたち、俺と同じ成果を営業であげられますか?」という態度でふてくされる。 経営者や上司は、彼の実力を認めているからある程度我慢するでしょうが、それも限度がある。 とうとう我慢できなくなって、経営者の特権で辞めさせたり、配置換えしたりしなければならない場合が出てくる。 経営者や上司は「仕事はできるのに残念だ」と惜しんでいます。 しかし、このような反抗的な社員こそ味方につければ大きな戦力になるのですよ。「敵の敵は味方である」という世界史を紐解けば数多くの英雄が利用し、権力者にのし上がって言った言葉を利用して、味方につけるべきはないでしょうか。 経営者と従業員との共通の敵としてまず考えられるのは、ライバル会社ですよね。反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、このところを見事に利用しています。 反抗的な人は、不満や鬱憤のはけ口を求めている。もちろん、直属の上司に問題があれば当然ですが、たとえ上司が部下から慕われる素晴らしい上司だったとしても、素直に従おうとしない。 とにかく自分の思うようにならない世の中が面白くない。不満のはけ口は誰だっていい場合がある。 その不満のはけ口をうまく別の方向に向ければ、会社にとってとんでもない戦力になるのではないでしょうか。 反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、ライバル会社の営業戦略や内部体制について細かく話し、「絶対勝つぞ。ともに戦おう」とうまく対抗意識をあおるのです。 この点をうまく利用して天下を取った人物がいますね。何度もご紹介している豊臣秀吉です。 もちろん小説やドラマの中の話で、実際どうだったかわかりませんが、若い頃の秀吉が人間の機微をよくわきまえていたことだけは間違いなかったのでしょう。 何せ、史上空前の出世を遂げた人。体が貧弱だったし、身分も低い。人をうまく使うことしか、彼の武器になるものがなかった。 彼は、美濃を攻略するとき、蜂須賀小六をはじめとする野武士に協力を仰ぎます。ところがその野武士団。不平不満の反抗のかたまりで、絶対織田信長に協力するのは嫌だと言い張ります。 そこで秀吉が取ったのは、敵の敵は味方という戦略。美濃の斉藤家を倒すという目標を掲げ、彼らの能力を最大限に発揮させるのです。 同じように、ライバル会社に勝つためという大目標を掲げ、全社一丸となって頑張り、急成長した会社も珍しくありません。
2005年09月09日
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こんにちは。 昨日、ブログを書いてから外出しました。 仕事が長引いて、昼食をとるのが午後3時過ぎになってしまったんですよ。すきっ腹を抱えながら炎天下、とぼとぼ歩きました。 木陰を縫うように歩いてゆくと、いつのまにか美しい銀杏並木が…。 いつの間にか、神宮外苑に来てしまったのです。 そのとき突然、スープパスタが食べたくなりました。ふらふらとイタリアンレストランへ入り、パスタを注文。 パスタを食べ終え、ようやく自分を振り返る余裕が出来ると、なぜ突然、スープパスタが食べたくなったのか疑問が芽生えます。 しばらく考えて、その理由に思い当たりました。 先週図書館で借りたCD。ユーミンとZARD、そしてタンポポ。 ユーミンとZARDはよく聴くので、今までの嗜好の延長線上ですね。タンポポは何気に借りたのです。ジャケットが目を惹いたので。 ところがそのタンポポにはまってしまった。 ちなみにタンポポはモーニング娘のメンバーの別ユニットですが、今はもうないはず。 そのタンポポのアルバムのなかに、『乙女パスタに感動』が入っていて、それがいつのまにか頭にインプットされていたんですね。 ♪お昼休み~、おやじパスタに感動~ ♪火曜日だけ、いつもランチ売り切れ~♪ それにしても、つんくは、たまにいい曲を作りますな。 個人的には、タンポポの「聖なる鐘がひびく夜」と松浦亜弥の「100回のキス」と赤組4の「赤い日記帳」が、つんくベスト3でしょうか。 私のまわりに、仕事のできる人間は星の数ほどおりますが、こんな素敵な曲を作れる人間はいないですねぇ~。 人生に一つでいいから、後世に残るようなものを作りたいと思う今日この頃。 おっと、また前ふりが長くなりすぎました。 今日も、反抗的な人にやる気を出させる法をお送りします。 反抗的な人に対処するとき、一番困るのは、何か仕事をしてもらいたいときですよね。 経営者や上司が、部下に仕事の命令をするといつも、理屈をつけて言い返してくる。そこまであからさまではなくても、そっぽをむいたり、命令を聞いているのかどうかわからない態度。 これって、経営者や上司にとって、一番頭に来る態度かもしれません。 後輩に仕事を頼むときも同じです。仕事を頼む人にとって、自分が目上だと思っているから、反抗的な態度を取られると、ホントに腹が立つ。 ここでまた、いつもお世話になっている多胡輝氏の心理学シリーズは、上記のドツボにはまる状況を脱するヒントを与えてくれます。 ただ人間というものはホントに千差万別。いろいろためしてみて、概ね満足の行った結果のものをご紹介しておりますが、まったく箸にも棒にもかからなかった人も中にはおりました。 そんな人の対処法は、それでお金を稼いでいる専門家に聞いてくれ~、わしゃ知らん! それでは、気持ちを入れ替えて…● 反抗的な人に対する言葉使いを変えてみよう 反抗的な人は、命令の内容ではなく命令のされ方に反発している場合が多いのではないでしょうか。 十分納得のいく内容の命令であっても、上司や目上の人から「やれ」と頭ごなしに言われる。反抗的な社員にとって、その命令に従えば服従させられたというイメージを抱いてしまいますよね。 このような従業員に命令するときは、依頼する形で話を切り出した方が効果的だと思います。 たとえば「実は君を見込んで頼みがあるんだけど」という形で、上司や目上の人から頼まれて反発する従業員はいないでしょう。彼らに対する劣等感が、対等な形で依頼されたのだと考え、何とかその依頼に応えようと必死で努力するはずです。● 反抗的な人との間に共通の敵をつくろう 「昨日の敵は今日の友」ということわざがあります。「敵の敵は味方である」という言葉もよく使われる言葉。 反抗的な人にとって、会社だったら社内の敵は経営者や上司であるといっても過言ではないでしょう。 最初から敵であるとみなしているわけですから、何を言っても反発する。 このような社員は、自分の仕事に対し何らかの「こだわり」を持っているケースが多い。たとえば、一匹狼のトップセールスマン。 自分のセールス技能に自信を持っていて、会社は俺がいないと利益が半減するだろうと思っている。確かに、そういうケースが多いのですが…。 だから何か言うと、「じゃあ、あなたたち、俺と同じ成果を営業であげられますか?」という態度でふてくされる。 経営者や上司は、彼の実力を認めているからある程度我慢するでしょうが、それも限度がある。 とうとう我慢できなくなって、経営者の特権で辞めさせたり、配置換えしたりしなければならない場合が出てくる。 経営者や上司は「仕事はできるのに残念だ」と惜しんでいます。 しかし、このような反抗的な社員こそ味方につければ大きな戦力になるのですよ。「敵の敵は味方である」という世界史を紐解けば数多くの英雄が利用し、権力者にのし上がって言った言葉を利用して、味方につけるべきはないでしょうか。 経営者と従業員との共通の敵としてまず考えられるのは、ライバル会社ですよね。反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、このところを見事に利用しています。 反抗的な人は、不満や鬱憤のはけ口を求めている。もちろん、直属の上司に問題があれば当然ですが、たとえ上司が部下から慕われる素晴らしい上司だったとしても、素直に従おうとしない。 とにかく自分の思うようにならない世の中が面白くない。不満のはけ口は誰だっていい場合がある。 その不満のはけ口をうまく別の方向に向ければ、会社にとってとんでもない戦力になるのではないでしょうか。 反抗的な人を使うことのうまい経営者や上司は、ライバル会社の営業戦略や内部体制について細かく話し、「絶対勝つぞ。ともに戦おう」とうまく対抗意識をあおるのです。 この点をうまく利用して天下を取った人物がいますね。何度もご紹介している豊臣秀吉です。 もちろん小説やドラマの中の話で、実際どうだったかわかりませんが、若い頃の秀吉が人間の機微をよくわきまえていたことだけは間違いなかったのでしょう。 何せ、史上空前の出世を遂げた人。体が貧弱だったし、身分も低い。人をうまく使うことしか、彼の武器になるものがなかった。 彼は、美濃を攻略するとき、蜂須賀小六をはじめとする野武士に協力を仰ぎます。ところがその野武士団。不平不満の反抗のかたまりで、絶対織田信長に協力するのは嫌だと言い張ります。 そこで秀吉が取ったのは、敵の敵は味方という戦略。美濃の斉藤家を倒すという目標を掲げ、彼らの能力を最大限に発揮させるのです。 同じように、ライバル会社に勝つためという大目標を掲げ、全社一丸となって頑張り、急成長した会社も珍しくありません。
2005年09月09日
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こんにちは。 今度こそ、台風一過の青空が広がっていますね。今日の東京の最高気温は、34度になるとか。 これから仕事に出なければならないので、また炎天下をとぼとぼ歩くことになりそうです。 さて今日は、「反抗的な人にやる気を出させる法」です。 どこの会社にもどこの学校にも、反抗的な人っていますよね。 いつもふてくされている。 会社もそうだけど、世の中自体が面白くないという感じ。 私もそういう時期があったから、そういう気持ちはなんとなくわかるような気もします。 前に書いたかもしれませんが、仕事がうまく行かずにふてくされて図書館にこもり、ビジネス書を読みまくっていた時期。 今でもたまに、そういう気分になることはあります。 でも、ふてくされている本人にとって、ふてくされている理由自体よくわからない場合が多い。 なんとなく面白くないという感じですか。 世の中、自分の思い通りにならないことが多すぎますから。 でも自分で何かやろうとして、思い通りにならない現実にあえいでいるとき、上から高圧的に何か言われたり、型にはめようとされたりすると、反抗的な態度がますますグレードアップするような気がします。 特に会社で、「今の若手社員は押しつけに反発する。自己主張はするがするべきことをしない。同年代以外とは付き合おうとはしない」という感想を抱いている社長や上司って、結構多い。「最近の若者は何を考えているのかわからない」という内容の記録が奈良時代の遺跡から見つかったと先日、ブログに書きました。 年上は常に、「最近の若者は…」というフィルターを通して見ているから、上記のような発言になるわけでしょう。 よくまわりを見回してみると、押しつけに反発する、自己主張はするがするべきことをしない、同年代以外とは付き合おうとはしない中高年社員も結構いる。 もともと人は、他人からの禁止や命令の言葉に対しては、反発や機械的服従、退行によって対応しがちだといわれます。 反抗的というのは、年齢ももちろんその要因のひとつだと思いますが、その人独自の個性として考えた方がいいのではないか。 ただそうは言っても、昔と今との環境の違いがあるのは間違いありません。 すべてとは言いませんけど、その環境の違いが世代間のギャップを生むケース。 たとえば、今の若者は、学校やクラブ活動での上下関係があまりなくなってきているような気がしますね。 大学教授と学生が平気でお互い電話を掛け合う。 クラブ活動でも体育会などの上下関係の厳しいクラブは敬遠し、同好会など和気あいあいに楽しめるところに集まる。 また親子関係も、自分の子供と友達づきあいするような親が急増しているようです。 このように会社に入社する前の生活習慣が昔と違う。 上下関係のない、よくいえばアットホームな雰囲気の中で生きてきた若者にとって、昔ながらの会社の雰囲気ではなかなか適応できないのかもしれません。 今の若者は、世の中の上下関係というものをほとんど意識せずに生きてきたわけですから、会社の経営者や上司が上役風を吹かせ、命令すると条件反射的に反発する傾向がある。 表立って反発しなくても、ふてくされて命令されたことをしぶしぶやる、といったことになりがちです。 それを見た経営者や上司が、なぜもっと前向きに取り組まないのかと昔の体育会のノリで、ますます命令の言葉を強くする。 それがかえって悪循環を生み出しているような気がします。 先ほど述べたように、経営者や上司は若者の育ってきた環境の変化に理解を示してやる必要があるのではないでしょうか。 以前ブログに書いたかもしれませんが、経営雑誌「プレジデント」の中で、経営評論家の江坂彰氏と元三愛社長の田中道信氏の対談の記事が載っていました。 お二人もまた若者の育ってきた時代背景を理解してやり、それとともに経営者や上司も管理手法を変えていく必要があると指摘されています。 また「今」の若者の長所もいろいろあるらしい。 たとえば、いい意味で物怖じしない。自分の好きなことに熱中できればとんでもない力を発揮する。楽しいこと、面白いことに対する知識は貪欲である、などです。 だからそういう今の若者のいいところをうまく引き出して、楽しく仕事させる。そういうふうにのせる工夫が大事だと言っていました。 その点に関しては、昨日までの記事で具体例を紹介させていただきました。 それでは反抗的な社員に、具体的にどう向き合ったらいいのか。 特に経営者や上司の方たちのニーズが高い、若手社員へのアプローチの改善策について次に考えてみたいと思います。 その続きは次回。
2005年09月08日
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こんにちは。 東京は、台風一過といった青空が広がっています。 …と思って、さっき外へ出たんですよ。傘を持たずに。 そしたら雨が突然ドバッと降ってきて濡れねずみ。 なんなんじゃ、いったい、この天気は…。 昨日テレビを見ていたら、九州では大きな被害があったそうですね。被害にあわれた方に心からお見舞い申し上げます。 さて、昨日の続きの「仕事をゲーム感覚で楽しみ、効果をあげる法」。 今回は、戦国時代の国盗りゲームの事例でお送りしています。 今日が始めての方、昨日の記事をお読みになっていない方は、先に昨日の記事をお読みください。 そういえば、この販促キャンペーンのあとに、テレビゲームの大ヒット作、『信長の野望』が出たのですね。 熱くなってゲームに取り組んだという方もいらっしゃると思います。 今回の企画は、それを実体験できたといったら言いすぎかな。 でも、参加者のフィバーぶり(←死語)を見ていると、それと同じ効果があったとも思えるのです。 さて、昨日の続き。 私が昨日の企画を実行するに当たってまずやったのは、自宅で模造紙を貼り合わせ、二枚分の大きさの日本地図を作ることです。 そして日本地図に、昔の国境線と武蔵の国や大和の国といった昔の国の名前を書き込みました。 次の日の朝、それを筒状に丸めて持ち、出勤したのですよ。 そして朝礼で、その地図を皆の前に張り出し、キャンペーンの企画を発表しました。 前の大相撲の企画のときの朝礼と同じように、支店の人たちは微笑を浮かべ、目を輝かせているのがわかります。 私はこの後もさまざまなキャンペーン企画を考案して行いました。これがいい企画かどうか、成功するかどうかは、みんなの前で発表したときすぐわかりますね。 みんなの目の輝きが違うのです。 よし頑張って一番に京都に上ってやるぞという闘志をメラメラ燃やしている営業マンは、しばらく表を凝視して、そのあと視点を上に向ける。 この金融商品をどのお客さんにお勧めしようか、彼の頭の中でハードディスクが急回転して見込み先リストを検索しているのでしょう。 それから、営業マン以外の人たち。とくに事務の若い女性の反応。 前回の大相撲キャンペーンのときの影のMVPは、彼女たちだと書きました。 彼女たちに興味をもってもらえたらしめたもの。 若い営業マンは、私も含めていいカッコしい、ですから、あまり成績が悪いとなんとなく馬鹿にされるのではないかと思ってしまう。 上司だったら、多少叱られても、まあいいやと思うんですけどね。 とにかく、支店の人たち全員が面白い、と思ってくれれば目標はもう半分達成したようなものだと思います。 しかし、もし最初の発表の時点で興味を引いてもらえないときはあとが大変ですね。 やる気を出してもらうまで、新たに企画を練り直すなど相当苦労します。 このキャンペーン企画はおかげさまで前者だったので、一気に目標を達成することができました。 私がやったことといえば、毎日、朝礼の時間に日本地図を前にして、誰が現在どこまで進出している。誰が朝廷から左大臣の位をもらった、誰が京都まであとわずか、など皆の競争心をあおりながら発表すればいいだけ。 ほかに、日本地図をもう一枚作って、階段のところに張り出しました。 色違いのマジックを使って、各軍団が獲得した国を塗りつぶしていくのです。 この作業は結構楽しかった。 何もない白地図がどんどん四つの色で埋められていき、どの軍団が最初に京都に到達するか興味があおられます。 休み時間に階段を登ろうとすると、階段のところに人だかりができているんですよ。 営業に関係ない人も、その表を見ながら予想しあっている。 これが個人別のノルマの表だったら、営業マンはたまらないですね。 軍団としてのグループの獲得表だから、彼らも楽しめる。 また形上は、自分の家臣ですから、彼らのためにも頑張ろうと努力するのです。 目標達成間際の盛り上がり方は相当なもので、誰が将軍になるのか、視点はその話題で持ちきりになりました。 私の一年後輩の若手営業マンはことのほか熱心で、夜遅くまで金融商品の獲得に頑張りました。 上司はもちろん誰もそんなに遅くまで頑張れなんて言っていません。彼の自由意志だけでやっているのです。 その彼。 九州から本州へ海を渡るときに金融商品の獲得が一件必要だとあとで言ったのですよ。 これは、他の軍団と同じ条件にするため、仕方ないことだったのです。 すると、どうしてそれを最初にいってくれなかったのかと本気で私に食ってかかってきたのです。 今日中に本州に上陸するのが夢だったと…。 それまで一度も私に、声を荒げたことのない温厚な後輩でした。それが真っ赤になって怒っている。 そこまで思いつめることないじゃん、と言おうと思ったのですが、気の毒になって、「説明不足で悪かった」と謝りました。 ところで、私が毎日朝礼で、中間報告を行うとき気をつけたのは、誰が取れていないとか、どこの軍団の動きが遅いとか、マイナスの話は一切しないという点です。 プラス思考を念頭において話をし、頑張っている人を徹底して褒め称えました。 そういうことをずっと繰り返していると、支店の中で冷めていた人たちも、なんだかみんながわいわい楽しそうにやっているのを目にして、自分から仲間に加わってきてくれるのです。 なんか自分だけ冷めた目をしているのが、つまらなくなってくると言うか。 そして最後には、お祭り騒ぎの活気あふれる雰囲気のまま、一人の落伍者も出さずに目標達成できるのです。
2005年09月07日
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こんばんは。 今日は一日中外出していましたので、今の時間に更新します。 雨の中、傘をさして都内をぐるぐる回っていたら、さすがに疲れました。3万歩歩いただけなのに…。 いや、去年まではまったく問題なかったのですよ。 最近、パソコン仕事が多くて体を動かす機会が減ったので、体力が落ちているのかもしれません。昔みたいに肉体労働を増やして体力アップを図らねば、とつくづく思いました。 プロレスラーの全盛期は、40歳代ですからね。ルー・テーズなんて60歳過ぎて世界チャンピオンですよ。 まだまだ老け込む年ではない。 仮面貴族ミル・マスカラスとまではいかなくても、空飛ぶ人間・星野勘太郎の空中殺法のレベルは維持しなくては。(← なんのこっちゃ) 疲れたけど、今日も頑張って書きます。少しメロメロになるのはご容赦ください。 さて、「人をやる気にさせる法」シリーズです。 少しくどいようですが、先日さんざんお送りした「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」。 この分野はサラリーマン当時、結構こだわりをもって取り組みました。 また、性懲りもなく具体的事例をまじえてご紹介させていただきたいと思います。 題して、「続・仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」。 明日は、「新・仕事を~」で、このまま行けば寅さんの48作に迫るのではないかと懸念される方もいらっしゃるかもしれません。 大丈夫。私は山田洋次監督のような才能はありませんので、明日で打ち止めになる予定です。 それはともかく、これもまた私が銀行のある支店に在籍していた頃、金融商品獲得のために行ったキャンペーンの実話です。 舞台は、大相撲○○支店場所の企画に成功した3ヵ月後。 今度はまた別の金融商品の獲得に、○○支店は苦しんでいるのでした。 なんでいつも苦しんでいるのか。 本部から与えられる目標が高すぎるということもあったのですが、ぎりぎりになるまで皆動かないというのがその理由。 でも、とにかくやることが多すぎて、今すぐやらなければならない仕事を優先させていたということもあったのです。 じゃあまた、同じ大相撲のキャンペーンで盛り上げればいいと思いますよね。 う~ん。そこが難しいところなんですよ。 一度企画が受けたからって、二度目になると目新しさがないためか、皆興味を持ってくれないのです。 推進責任者が苦労しながら新しいキャンペーン企画をひねり出して始めて、他の人たちは「じゃあ協力してやろう」という気持ちになるのですね。 でも、まったく新しい企画を最初から考え出すほどの才能も自分にはない。 だから表面上は前と違うように見えますが、基本的枠組みは前と同じような企画を考えたのです。 たとえば、車のエンジンとフレームが同じでもボディが違うと別の車に見えますよね。中身は同じでも、切り口が違えば新鮮に映るもの。 ところでその頃は、NHKの大河ドラマの影響で戦国時代がブームになっていました。 人に興味を持ってもらうためには、話題性を取り入れるのも重要。 そんなことを考えながら次のようなキャンペーンの企画を作り上げました。 < 企画案 : ○○支店 戦国時代 誰が支店で天下を取るか > ● かつて「三枝の国盗りゲーム」というクイズ番組があった。それはクイズに正解すると戦国時代の国、一カ国を獲得することができたが、同じように金融商品を一件獲得するごとに一カ国獲得できるようにする。 ● 模造紙二枚分の大きな日本地図を作り、そこに昔の国境線と国の名を書き込み、営業マンが金融商品を獲得するたびに獲得した国をそれぞれ違った色で塗りつぶす。 ● 支店の職員(支店長、副支店長を除く)を8から9人単位の四つの軍団に分け、それぞれ得意先係の若手営業マン4人が司令官になる。4人の司令官はそれぞれ独立した大名として、他のメンバーを家臣として従える。(役職者はその軍団の家老となる) ● 四つの軍団はそれぞれ、最初、日本の端の国(陸奥、薩摩)の半国ずつ与えられる。そこから金融商品を獲得することによって、隣の国へ領国を拡大し、最終的には京都を目指す。 ● どこの軍団からも京都への通過する国の数が同じになるように、大きい国には線を入れ、同じ件数で京都に到達できるように調整する。 ● 軍団の中の誰が積立定期をとってもその軍団の数字としてカウントされる。 ● 一番早く京都に上った軍団が天下を盗ることができ、その司令官である大名は、征夷大将軍となる。幕府を開き、家臣団も朝廷での位があがる。しかもそれぞれのキャラクターに見合った位が与えられる。 ● 一番早く京都に入り、幕府を開くことができた軍団全員に図書券などの商品を渡し、司令官には『将軍認定証』を与える。 ● 再びキャンペーンを盛り上げる方策として、誰が将軍になれるか、どこの軍団が幕府を開けるかというクイズを支店全員に無記名で投票してもらい、結果を朝礼で発表する。(一番人気のあった人は当然頑張ろうとするが、人気のなかった人もこの結果に 発奮し頑張るのである) 今回もこの企画書を上司に出したら、すぐOKが出ました。 前回成功したし、なおかつすごく楽しかったので、読みながらニヤニヤ支店長が笑っているのです。 今考えても、入社してから2、3年の若造にすべて任せてくれた支店長の太っ腹に感謝しています。 そのあとがまた大変。前回以上の大騒ぎ。 続きはまた明日。
2005年09月06日
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こんにちは。 昨日、健康にいい食品を面白く紹介してくれるブログ、「ガリッと健康倶楽部」のcrew0510さんから、コンビニバトンをいただきました。ありがとうございます。 最近、いろんなバトンがあるなと面白くネットサーフィンしていますが、コンビニバトンとは完全に意表を突かれました。 でも今やコンビニを利用したことのない人はおそらくいないでしょうね。 趣味ではなく、日常生活の分野ですから、誰でも思い当たる赤裸々な話が出てきそうです。 ということで、今日はコンビニをテーマにした話題から。 先日、20歳代の若い人と仕事の関係で街を歩いていたんですよ。そうしたら彼が突然、コンビニの看板を見て、「どうしてセブンイレブンっていうのでしょうね」と聞いてきたのです。 拙者が、「えっ?」と驚いて、「どうしてだと思う?」と試しに聞いてみました。「そうですね。やっぱりゴロがいいじゃないですか。言いやすいし、7はラッキーナンバーで、イレブンはサッカーのような躍動感を連想させるし…」 冗談で言っているのかと思ったら、そうでもないらしい。 そうか、知らない人もいるんだ。 私もうろ覚えなので、間違っていたら誰か突っ込みを入れてください。 セブンイレブン発祥の地、アメリカでは当初、朝7:00から夜11:00まで営業していた事から、その名前が由来していると記憶しています。 ところでセブンイレブンの草創期は私の学生時代の頃でした。当時、セブンイレブンのテレビコマーシャルのキャッチフレーズは、「開いててよかった~♪」 それまで一般の商店は、確か遅くても7時か8時で店を閉めていたのです。だから一人暮らしの学生は、夜中、腹が減っても何も食べるものがない場合、朝まですきっ腹をかかえて我慢するしかなかった。 食べ物だけじゃなく、電球や蛍光灯が夜中に切れたら、翌日電気店が開店するまで真っ暗闇のなかで不貞寝をするしかなかったのです。 当時下宿していた私の友人は、近所にセブンイレブンができたといって大喜びしていましたっけ。それで毎日出かけて行っては、入り口で「開いててよかった~♪」と叫んだそうです。 コンビニのレジに可愛い子がいたから注目を集めたかったとか。 馬鹿だね~、そのあと告白してふられてやんの。 それはともかく近くにコンビニができただけで、生活のクオリティが一気に上がった人も大勢いたわけですよ。 今やコンビニ業界でトップを走るセブンイレブンは、小売業界でもスーパーや百貨店を抑えて売上トップだとか。 それだけ社会にニーズがあったわけだから、急成長した理由も頷けます。 ところで話は変わりますが、ここでクイズをひとつ。セブンイレブンの名前の由来を知らなかった彼に教えて喜ばれた方法。● 一日に、コンビニで500ml入りのペットボトルのお茶を2本買っている人がいます。トータルの量を減らさずに63円節約する方法はあるか。ただし、常にペットボトルからお茶を飲むものとします。 おっと、また能書きばっかり言ってて、本題の「コンビニバトン」がお留守になるところでした。 それでは、コンビニバトン、行きます。1:1回でどんくらい買うか・・・ 今日も昼食後、コンビニへ行きました。使ったお金は、294円。 毎回そんなもんすっね。飲み物とおやつに食べるおにぎりかパンを買うだけ。一回に使うお金は少ないですが、毎日行っているから、トータルするとそこそこ使っているかもしれない。 ちなみに、昼食をコンビニで買う場合もたまにあって、そのときは弁当、飲み物、デザートなどで1000円を越えることもありますよ。 2:あなたの1番好きなコンビニ名・・・ 外出しているときは、それほど好き嫌いなく目についたコンビニに飛び込んでます。 でも、どっちかといえばやはりセブンイレブンでしょうか。食べ物系はやはり味、見た目ともに充実していますね。 そばやおにぎり、菓子パンを一つひとつ見ていくと、麺をほぐす水がついていたり、おにぎりの包み方の工夫があったり努力のあとが見られます。 とくに注目すべきは、食材の見せ方ですね。とくに菓子パン、惣菜パンのコーナー。 ほかのコンビにだと、パンの袋が並んでいる印象なのですが、セブンイレブンはパンそのものが直に並んでいる印象なのですよ。 セロハンのような透け透けの袋を使い、パンそのものの素材の色を強調する。また棚の暖色系の色調とあいまって、とてもおいしそうに見えます。 セブンイレブンは、店内の色使いがうまいですね。きっとカラーコーディネーターがいろいろ研究したのでしょう。 ちょっとほめすぎかな。 3:あなたの1番よく行くコンビニ名・・・ ひととおり、好き嫌いなくどこでも行きますが、やはりセブンイレブン、ファミリーマート、ローソンが御三家です。 これは都内の店舗の数によると思います。隣同士コンビニが並んでいたら、上記の優先順位ですね。 4:コンビニで1番好きなメニュー、コンビニ名付きで(飲食物に限る) 毎回初心に帰って、目のついた中でおいしそうなものを選んでいるからとくにはないかな。 でも先日食べた、セブンイレブンのマークの入ったカップ麺は非常においしかったですね。 確か、エースコックの春雨豆腐チゲ。199円。 春雨の食感とチゲのピリ辛濃厚スープの相性が抜群でおいしかったですよ。値段も手ごろだし、一度試してみることをお勧めします。 5:次にまわす5人・・・ コンビニにこだわりを持っている人は大勢いらっしゃるでしょうから、受け取っていただければ誰でもお持ちくだされば幸いです。 とくにリンクいただいている方で、コンビニバトンの趣旨に賛同される方はお願いできればうれしいです。 ところでさきほどのクイズ。 簡単なのでおわかりですよね。 あまりにせこい話で、失礼いたしました。
2005年09月05日
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こんにちは。 今日は銀座の方に仕事へ行き、さきほど戻ってきたところです。 帰りに、新橋方面へ出て、汐留シオサイトへ寄ってウインドウショッピングを楽しんできました。 最近都内の新しい観光スポットとして、六本木ヒルズや丸ビル、昨日ご紹介した秋葉原などが脚光を浴びています。 でも私的には、シオサイトが一番のお勧めかな。 その理由は…。なんて話題をしていたらまた長くなりそうなので、明日にでも書かせていただくとして、今日は久しぶりの医療ネタで行こうと思います。 もう一ヶ月以上前になりますが、脳出血の話題をお送りしました。今日はその続きですね。 現在、私の本業の方で考えている取り組みが、病気やその治療法をやさしく一般の人たちに伝えてゆく方法。 予備校教師の書いた「経済のしくみをやさしく解説する本」みたいに誰でもよみやすく、わかりやすく、面白く、できたらいいなと思ってサンプルを作ってみました。 今日はその『世界一やさしい脳卒中の話』の中から、「クモ膜下出血は、どんな病気か」というテーマでお送りしましょう。 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定です。 脳卒中は、脳出血とクモ膜下出血と脳こうそくという種類の病気に分けられます。 前回、そのなかの脳出血について勉強したAYAちゃん。今日は、クモ膜下出血とはどんな病気かが話題になります。 前回をお読みになっていらっしゃらない方は、おそれいりますが、7月12日(火)と8月7日(日)の記事をご覧ください。 とくに8月7日(日)の記事は、天井崩落現場の衝撃的な画像が、いきなり目に飛び込んでまいります。心臓の弱い方はお気をつけください。 それでは…。 <クモ膜下出血って、どんな病気?> それじゃAYA君、クモ膜下出血ってわかる?● AYAちゃん「言葉を聞いたことはありますけど、詳しいことはわからないです。たぶん、クモ膜の下で出血するんじゃないですか?」 またそのまま読んでる。でも悔しいけどその通り。 人間の頭を開いていくと、頭蓋骨の下にすぐ脳があるわけじゃないんだ。脳は、外側から硬膜、クモ膜、軟膜という3つの膜で保護されている。 クモ膜と軟膜の間は透明な液体で満たされていて、脳を外からの衝撃から守るクッションの役目を果たしているんだ。 脳は豆腐のようにやわらかいものだから、頭蓋骨のような硬い入れ物に入れただけだとちょっと外からショックを加えられただけですぐ壊れてしまう。 だから、豆腐屋さんの店頭で売られている豆腐のように水に囲まれた状態で保護してやらなければいけないんだよ。● AYAちゃん「ふーん、なるほどね。ところでどうしてクモ膜って変な名前がつけられたんですか?」 クモ膜は半透明の薄い膜なんだけど、よく見るとクモの巣のような構造になっている。だからクモ膜と名づけられたんだね。● AYAちゃん「単純…、ですね。クモ膜の下にある血管が破れて起こるから『クモ膜下出血』…。これも高血圧からコブができて、それが破裂して出血するんですか?」 そうだね。脳の血管にできるコブである脳動脈瘤が破裂して出血するケースがほとんどだけど、生まれつき脳の動脈と静脈がつながっている『脳動静脈奇形』が原因となるケースもあるよ。● AYAちゃん「えっ? 動脈と静脈が直接つながっているんですか?」 そう。正常な脳だと動脈と静脈の間に毛細血管というワンクッションがあるんだけど、圧力の強い動脈の血流が直接、血管の壁の弱い静脈に流れ込むんだ。 すると静脈の壁が持ちこたえられずに破れてしまう。それでそこから出血するわけ。● AYAちゃん「先天的な病気っていうことなんですね」 だから子供に起こるクモ膜下出血と言われているんだ。子供が熱がなくてけいれん発作を起こすときは脳外科で精密検査を行ってみたほうがいい。● AYAちゃん「でも脳動脈瘤って生まれたときからコブがあるわけじゃないですよね」 生まれたときからコブがあるわけじゃないけれど、できやすい体質は遺伝するんだ。● AYAちゃん「(ガーン)私のおじいちゃん、検査で動脈瘤があるって言われたんですよ。もしかして、わたしもやばいんじゃないですか」 クモ膜下出血は、脳卒中の中でも脳こうそく、脳出血とともに三大脳卒中と呼ばれているんだ。脳こうそくや脳出血が高血圧をはじめとする後天的な理由で起こっているのと違って、クモ膜下出血は先天的な理由で起こるという違いがあるね。● AYAちゃん「先天的な理由って何ですか? 先生、はやく教えてください」 ちょっと血相変えて白衣をつかまないでよ。 クモ膜下出血は、脳の太い血管の分かれ道の壁の部分が生まれつき弱いんだ。そしてその弱い部分へかかり続ける血流の圧力によってコブ状にふくらみ、やがて破裂して出血するんだよ。● AYAちゃん「(真剣な表情)生まれつき弱いって、何がどう弱いんですか?」(怖い…)ひとことで言うと、生まれつきの不充分な脳血管形成が原因だね。血管の壁は三層構造になっていて、本来しなやかで頑丈なものなんだ。 三層の壁は、内側から内膜、中膜、そして一番外側の外膜という名前がつけられている。ところが生まれつき、中膜の一部が発達不充分か、先天的に欠けていることがあるんだ。● AYAちゃん「三層構造になっている真ん中の壁が、生まれつき薄くなっていたりなかったりするんですか」 そう。特にこの内膜は、血管を頑丈にするための筋肉繊維がある。だから血管の強度という点で著しく劣ってしまうんだ。● AYAちゃん「キャッチャーミットの中綿がない状態ですか?」 痛そう。それじゃ150キロの速球を受けたら怪我するね。それにしてもうまいこと言うなあ。● AYAちゃん「先生、感心している場合じゃないです。それでどうなるんですか」 ごめん。血管には血圧という圧力が絶えずかかっている。野球のミットみたいに試合や練習のときだけ使うんじゃなく、それこそ毎日、昼も夜も球を受け続けている状態なんだ。● AYAちゃん「丈夫な皮でできたミットでも、中綿がなければいつか破れてしまいますね」 そうだね。だけど血管の場合は弾力性があるから、血流の強い圧力に耐えられなくなるとコブ状に血管がふくらみ出すんだ。できたコブの内側に血液が激しく流れ込んで渦がまき、コブを大きくする。 そしてコブの先端がその圧力に耐え切れなくなって亀裂が入り、やがて破裂する。● AYAちゃん「破裂するとどうなるんですか?」 激しい頭痛を引き起こすんだ。よく、突然後頭部をハンマーで殴られたような頭痛に見舞われると言われているよ。同時に気分が悪くなって吐いたり、けいれんを起こしたり、時間がたつと首の筋肉が硬くなる症状も起きる。● AYAちゃん「後頭部をハンマーで殴られるなんてすごい表現。でも、よほどすごい痛みなんでしょうね」 それも怖いけど、突然何の前ぶれもなく起きるのも怖いね。脳動脈瘤はかなり大きくなっても破裂するまでは症状もないし、健康な人とほとんど変わらない場合が多い。だけど突然、何の予告もなしに動脈瘤が破裂する。● AYAちゃん「じゃあ、どうすればいいんですか?」 脳の大血管のコブさえ破裂しないうちに見つけて修理しておけば、クモ膜下出血にならないですむんだ。 今なら脳の専門病院へ行き、あとで話すMRIという検査機器の中に20分間くらい横になっているだけで動脈瘤があるかどうかわかるんだよ。● AYAちゃん「やはり破裂しないよう予防することが大事なんですね」 さきほど話した三大脳卒中のなかで、一番若い40~50歳代の年齢層に多く発生し、しかも一番死亡率が高く、統計によっては半分の人たちが亡くなるという怖い病気だからね。● AYAちゃん「40~50歳代といったら働き盛りで、一家の大黒柱になっている人たちですね」 私が脳外科医になりたてのころ、クモ膜下出血で倒れて意識のないお母さんの名前を、泣きながら呼びかけている小中学生の子供たちに心を痛めたんだ。 この病気は、男女の区別なく突然襲いかかるんだよ。これから子供が進学したり、就職したり、結婚したり、子供が生まれたりと大きく成長していく姿を見ることもなく死んでしまったんだからね。 子供たちにとっても、まだまだ頼りにしなければならないお母さんが突然この世からいなくなってしまったんだから…。● AYAちゃん「(目がうるうるになってる)先生、目がうるうるしてますよ。私のハンカチ使ってください」 (いつになるかわかりませんが、続く)
2005年09月04日
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おはようございます。 さっそくですが、下の写真は昨日行った秋葉原駅前。 一昔前しか知らない人が見たら、絶対これが秋葉原の現在の姿とは思えないでしょうね。 で、秋葉原…。 昔は電気店街で有名。(今もですが) 最近は、オタクのメッカとして有名? しかし近未来は、IT産業のメッカとしても世界に名を轟かすのでしょう。 先月、つくばエクスプレスが開業して、つくば研究学園都市との交流が盛んになるとか。東大の大学院も上記のビルに入るらしく、学問の街としても栄えるのではないかと思います。 つくばエキスプレスの秋葉原駅へ行ったら、駅員さんが総出でパスネットカードを販売しているんですよ。 もう黒山の人だかり。しかも回収した万札、五千円札をポリバケツへあふれんばかりに入れているのです。 勢いのある街は違うなあ。なんか闇市みたいに見えました。これから大きく発展しそうです。 さて、前ふりがまた長くなりました。 今日も昨日に引き続き、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」の具体例と心理法則との関係を考えてみたいと思います。 グループ活動のメリットとして、個人主義より、参加者の精神的安定は図れるかもしれませんね。 もちろん、一匹狼が好きだという人は中にはいるでしょうが、あくまで一般論としての話。 職場の営業成績の表に、個人名が記載されるのと、グループ名が記載されるのと、どちらがいいでしょうか。 おそらく前者がいいという人のほうが多いと思います。それだけプレッシャーが軽減されるから。 これに関しては、以下の心理法則が本に書かれています。● 人は、自分が所属する集団の規範に合わせて態度を決め、行動する。 これはたとえば、「隣がこれを買ったから…」とか、「みんながそうしているから…」という行動動機を、社会的動物である人間は持ちがちだということ。 若い人はおそらくご存じないと思いますが、私が子供の頃、カラーテレビが爆発的に広がって行きました。 そのときのコマーシャル。 ♪うち~のテレビにゃ、色がない♪ となりのテレビにゃ、色がある♪(思いっきり、古い!) …なんてCMソングが流行りました。この歌を聴いて、カラーテレビを買わなきゃ、時代に遅れると思った人は当時、多いと思いますよ。 このCMソングは、今にして思うと、上記の心理法則にかなっている。 このような現象は、積極的な集団行動の開発に利用できると思います。 たとえば「心理トリック」に載っている事例。 ちょっと古いのですが…。 かつて赤痢が流行したとき、国民に手を洗わせる方法の研究を行ったそうです。 詳しい点は省きますが、女子大生に協力してもらって、以下の2つのやり方のうち、どちらの方法が、効果があがるか調べたとのこと。 それは、講義グループと討議グループ。 講義グループは、講師が、赤痢について説明し、徹底して手を洗うよう訴えた。 もう一方の討議グループは、「赤痢の発生を防ぐために、どんな対策をとるべきか」というテーマで、お互い討議させた。そしてその結論は、「手をよく洗うようにしましょう」ということにまとまった。 10日後、そのあと手をよく洗うようになったかどうか、実態調査をしてみると、講義グループより、討議グループのほうが、よく手を洗っていたのだそうです。 この点は、多胡輝氏の「悪の心理術」の中にある、相手の要求を引っ込めさせる心理術にも関連がありますね。● 全員参加でとことん討議させれば、どんな結論でも全員が自分の意思が反映されたと思いこむ。 グループ活動を行うには、すべての参加者に意見を出してもらい、それに対して討議する必要があります。 またそれに関連する心理法則がありました。● 人は、たとえ自分に不利な結論が出されたとしても、その決定に参加していれば不満を抱かない。 人は、自分の知らないところで重要事項が決定され、それを高圧的に命令されると人間はへそを曲げてしまうということ。 そうならないために、たとえ形だけでも会議を開く。そして、その決定に参画したのだという意識をもってもらうことで、やる気に大きな差が出るのでした。 今日は総まとめということで、ぐちゃぐちゃな展開になってますが、ご容赦ください。 それから、何度も触れますが、次の心理法則との関係も無視できません。● 目標にいたる心理的距離が近ければ近いほど、それだけ早く目標を達成しやすい。 これは何度もお話しているサブ・ゴールとの関係。 たとえば大相撲だったら、序の口は序二段、十両は幕内、幕内は三役、大関は横綱というように常に手の届く範囲内にゴールが設けられている。(もっとも、横綱にチャレンジしない大関は最近の風潮みたいですが) 十両力士にいきなり、すぐには達成困難な大関を狙えと言うより、すぐ手の届く範囲にある十両に上がって関取になれ、というほうが発奮するのではないでしょうか。 「ようし、あと一息頑張れば関取になれて、付き人もつくぞ」 自分の目標がもうちょっとで手の届く範囲にある人間は、猛然とやる気をだして頑張るものですよね。 今の阪神みたいに…。 ところで巨人は、もう今年はだめか?
2005年09月03日
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こんにちは。 昨日の大学相撲部の監督の件。たくさんのコメントありがとうございました。 実は今日になってもまだ、頭の中でクエスチョンマークが点滅しています。 昨日の夜、学生時代の友人に電話したんですよ。「昨日、スゲェーテレビ見たんだよ。○○、覚えているよな。彼が相撲部の監督やっているみたいなんだ。なんと、まわしを締めて、学生に胸を押させてる…」 ものすごい驚くと思いきや。「ふ~ん。昔から変わっていたからな。一応、驚いたけど、想定の範囲内だね」 あんまり驚いてないみたい。彼のその後の変貌ぶりは納得できるらしい。「それよっか。お前が十年以上会社をつぶさずに生きていられることのほうが納得できねぇ。何をやってるか、いまだによくわからないし」と声をあらげて言われてしまいました。 こちらのほうが彼にとって想定の範囲外だそうな。 確かにやっている本人がわからないんだから、わかるはずがない。 それはともかく、「仕事をゲーム感覚で楽しみ、成果をあげる法」の具体例として、大相撲形式のグループ活動をとりあげた件。 昨日、多胡輝氏の心理学シリーズとの関連について、その要点だけ書かせていただきました。 今日はもう少し詳しくご説明させていただきたいと思います。 まず、以下の心理法則が、「心理トリック」という本に書いてあります。● 集団のメンバーを一定の集団目標に協力させるには、メンバー個々の心理的な抵抗を排除しておかなければならない。 グループダイナミクスの古典的な研究に、ドイチェという学者の有名な実験があるそうなんですよ。 これは、5人ずつに編成された2つのグループに、ある課題を与え、賞の与え方の違いが、メンバーの集団活動にいかなる影響を与えたかを調べた実験。 まず、Aグループは、「個々のメンバーが、どれくらい課題の達成に貢献したかを評価する」と言い渡して作業を行わせ、賞を約束する。 Bグループは、「他のグループに比べて、よりよく課題を達成したら、集団全員に等しく賞を与える」と言って、作業を行わせた。 さて、どちらが効率よく作業を行えたと思いますか? 答えは、Bグループだったそうです。 理由は、Aグループは個人プレーが目につき、メンバーが相互に妨害し合い、協力して課題達成に努力しようという雰囲気は生まれなかった。 これに対してBグループは、メンバーが互いに義務感を持ち、協力し合う傾向が見られたのだそうです。 結局、Bグループのほうが、与えられた課題を、集団目標としてみんなで達成する雰囲気を強く作れたことになる。 だから集団のメンバーを、一定の目標に協力させるためには、メンバー個々の心理的な抵抗を排除しておかなければならないということ。 そのためには、各メンバーを平等に扱い、ともに同じ目標に向かうという意識を植え付ける必要があるそうです。 行き過ぎた能力主義は、かえってグループ内の結束を取り乱し、目標達成を困難にさせることが多い。 グループのメンバーを平等に扱っているのだという意識を持たせることが、チームリーダーの最大の役割…。 以上の文章を私が読んで、金融商品の目標の与え方を個人に対してではなく、集団に対して与えようと、まず考えました。 従来は、営業目標に対して、営業マンや窓口係の女性に、その人の能力や経験に応じてノルマとして割り振っていたのです。 もし目標が達成できなければ、ボーナス査定をはじめとした人事評価は下がります。 当然個人プレーが目につき、メンバーが相互に妨害し合い、協力して課題達成に努力しようという雰囲気は生まれない。 いわば上記のメンバー個々の心理的な抵抗が著しくある状態ですよね。 これをBグループの与えられた課題を、集団目標としてみんなで達成する雰囲気を強く作ろうとしたのです。 そのために、大相撲の販促キャンペーンでは、あえて個人的なノルマといったものは一切廃止した。 ノルマというか、目標としてあるのは、相撲部屋一部屋に割り当てられた12件の目標だけです。 個人のノルマがないから、よく営業場に貼り出されている個人別獲得の棒グラフがない。 精神衛生上、非常にいいわけです。 そして、各部屋のメンバー全員(実際の営業担当者以外にも)に、優勝すれば商品がもらえるとした。 また、部屋の名前をそれぞれの部屋の人たち全員で決めてもらい、そのあと、それぞれの部屋ごとに飲み会をやって鋭気を養ってもらった。会社の経費で。 当然、部屋のメンバーの結束が生まれます。なんとしても優勝しようぜ、ということになる。 これはグループダイナミクスの理論だともいえるでしょうね。 それにしても、「心理トリック」という本。初版が昭和46年ですよ。 私が最初に多胡輝氏の本を買ったのは、高校生のとき。 今読んでも全然古くないと今更ながら驚いています。
2005年09月02日
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こんにちは。 実は昨日から、頭の中でクエスチョンマークが点滅していて、仕事が手につかない状態なのです。 というのは、昨日NHKでクローズアップ現代を見たんですよ。 東北大学の大学院に在学している内舘牧子さんが相撲部の監督に就任して、部が強くなったらしいです。 そして、現在の子どもたちの相撲離れにどう歯止めをかけ、相撲の底辺を広げてゆくかという話題が中心でした。 この3日間、ブログで間接的に相撲の話題を取り上げたので興味深く番組を見ていたのです。 そこまではよかった…。 晩御飯を食べながら、次の「試してガッテン」のテーマは何かな、と考えていたとき、いきなり衝撃の映像が…。 まわしを締めた中年の男性。相撲の指導者にしては割とスリム。 あれっ? どっかで見たことあるぞ。 下にスーパーが出ます。「名古屋大学相撲部監督、○○」 えぇぇぇぇぇぇぇ~、おいらの学生時代の同級生じゃん!! 当時20人いた同じゼミの仲間。当時から20年以上たっていましたが、雰囲気は変わらない。 ゼミの仲間とは何年かに一回は会っているのですが、彼とは卒業以来一回しか会っていなかったので、すぐには気がつかなかったのです。 卒業してから大学院へ進学し、フランスへ留学したというのは聞いていました。だから名古屋大学の教授になっていたとしても、とくに驚きません。(多少、嫉妬と羨望で見たのは事実ですが…) 私が驚いたのは、彼がまわしを締めて、部員たちに稽古をつけていたこと。 当時の彼を知っている人が見たら、信じられない光景…。 私も含め、学生時代、ほかのゼミ生はTシャツかトレーナーにジーンズが普通のスタイル。彼だけ、ブランド物のカジュアルウェアをさりげなく着こなしていましたっけ。 趣味がテニスで、大学院へ行きながらテニスのインストラクターをしていたとか。 実家もお金持ちですごい豪邸に住んでいるらしかったので、私たちは、「貴族」と読んでいました。 そんなひと頃のトレンディードラマの主人公のような人間がまわしを締めてテレビに出ているんですよ。 フランスに留学してから、日本固有の文化に目覚めたのかな。 相撲部員が、体脂肪率20パーセント以下で、つねにカッコよくなければならないという指導方針だけは昔を髣髴とさせるものがありますが…。 しかも、これが一番重要なポイントなのですが、学生時代はたぶん私の方が相撲強かったと思うし。 いつ強くなったの? う~ん。わからないよ~。謎は深まるばかり…。 なんか今日はブログを書く雰囲気ではないので、さらっと行かせていただきます。 昨日まで3日間、大相撲形式の販促キャンペーンを取り上げました。 この企画は、豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた頃のエピソードと多胡輝氏の本の中から思いついたものです。 多胡輝氏の本の中で、関連する部分を以下にご紹介させていただきます。前のブログの記述と重複する部分もありますので念のため。● 集団のメンバーを一定の集団目標に協力させるには、メンバー個々の心理的な抵抗を排除しておかなければならない。● 人は、自分が所属する集団の規範に合わせて態度を決め、行動する。● 目標にいたる心理的距離が近ければ近いほど、それだけ早く目標を達成しやすい。● グループ内の自由な情報交換と与えられた役割が、仕事への参加度合いを高める。● グループで仕事をする場合は、それぞれの能力より、士気と団結が成功の要因となる。 大体、上記のフレーズを参考にして、企画を立てました。 どのフレーズが、販促キャンペーンのどの部分に当てはまったのか、ご検討いただければ幸いです。 それにしても、昨日のテレビの大学相撲部の話。納得できないな~ もう一晩、ゆっくり考えてみます。
2005年09月01日
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