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こんにちは。 今や定番となったお散歩ネタ。 今日は、ゴールデンウィークに行った平塚っす。 どうして平塚かと言いますと、たぶんまだ行ったことがないから。 最近、昔行った場所かどうかということが、すごく不鮮明になってきたんですよ。 初めて訪れた場所だと思ったところが、どうも以前行ったような気がしてならない。 もしかして、前世に訪れたことがあったからだったりして。 それはともかく、JR平塚駅の南口を出て、一路海を目指して歩き始めます。 駅前からまっすぐ広い道が、湘南の海へ一直線。 まぶしいほどの光が燦燦と降り注ぐ、この開放感はさすが湘南。写真で見た南国・宮崎みたい。 今をときめく東国原知事に出会うのではないかという錯覚に陥りました。 やがて松林が目の前に現れ、海の近くに来たということがわかります。この森は、「しおさいの森」というらしい。 森へ入る前に歩道橋をわたったのですが、この景色どこかで見たような。 そういえば、毎年、箱根駅伝でこのアングルの映像が映っていた記憶があります。この歩道橋の上から撮っているのかしらん。 来年の箱根駅伝は注目して見ようと思いました。道路の先には、箱根の山々が遠くにかすんで見える。 あんな遠いところまで一気に走ってゆくのですね~。若いって、すごい! しおさい森の中に入ると、陽だまりでほてった体がクールダウンしてくるのがわかります。松林を抜けるとそこは、まぎれもなく、湘南の海。 抜けるような青空とどこまでも続く青い海。そして白い砂浜。 加山雄三やワイルドワンズ、そしてサザンが愛した湘南の海じゃぁぁぁぁ~ と思いながらも、頭の中で流れていた曲は、チューブでしたが…。 湘南とくれば、サーファー。連休中だけあって、多くの若者たちがサーフィンを楽しんでおりました。 と思ったら、白髪頭のおじさんたちも少なくない。さすが、湘南の中高年は若いっす。 海岸にそって、木製の遊歩道が整備されていて、その近くでは多くの人たちがビーチバレーをしています。 ここでも、長州小力のような体格のおじさんが、若者たちにまじってビーチバレーを。 恐るべし、団塊の世代。若者たちより、ジャンプ力があったりして。 砂浜を延々と相模川の方へ歩き、湘南大橋の下をくぐって相模川を少し遡ると、赤い鳥居が立ち並ぶ港稲荷神社がありました。 小さな神社ですが、名前どおり、須賀港を見下ろす絶好のロケーション。ここでお参りすると、たくさん魚が釣れるのだとか。 魚釣りの趣味はないのですが、いろんなものを釣りあげ?たくて、しっかり手を合わせてお参りしました。 隣の須賀港は小さな港ですが、自然の港としても古い歴史を持っているそうですね。ホントかどうかかりませんが、何でも空海が庵を結んだという伝説が残っているらしい。 江戸時代は、回船問屋が千石船で江戸を始め各地と物資の交流を行なったため、 商業地として大変な賑わいだったそうな。 コンクリートで囲まれた港の壁面には、魚や海鳥の絵が描かれていて、ほのぼのとした気分になりました。 近くには、湘南潮来の記念碑もあります。 この周辺は、広々とした水郷地帯で、景観が潮来に似ていることからそう呼ばれることになったらしいっす。 相模川を遡り、東海道本線と国道一号を越えたところにあるのが、蓮光寺。 境内の隅に、願い事を念じながら持ち上げ、軽く感じたら願い事が叶うと言われる「持ち上げ地蔵」がありました。 持ち上げてみようかと思いましたが、かなり重そう。 これは、軽く感じることはありえないでしょうと、持ち上げることを断念しました。 蓮光寺のそばには、丁髷塚という面白い名前の史跡があります。 解説板を読むと、江戸時代、近隣にある一ノ宮寒川神社と平塚八幡宮の御輿を担ぐ若者同士で諍いがあったらしい。 多くの負傷者を出し、その諍いの当事者だった若者16人は、打ち首の判決をうける。 しかし、当時の代官は、彼らの丁髷だけを切り落とし、打ち首に変えた。 その丁髷を埋めたのがこの塚なのだとか。 遠山の金さんみたいな粋なお裁きをした代官も、ホントにいたのですね。 さわやかな木陰の道が続く馬入緑道を歩き、突き当りを右折。再び、相模川の河川敷に向かいます。 ここには、馬入・光と風の花つづみという何ともメルヘンチックなネーミングの花畑が広がっていました。 広さはなんと、3万平方メートルもあるとか。 行った日は、晩春の頃でしたが、オレンジのポピーの花が出迎えてくれました。 相模川では、水上オートバイが猛スピードで水面を駆け抜けています。しばし、その迫力に口を開けたまま、見とれていました。 20分ほど市内を歩き、次にむかったのは八幡山公園。 平塚八幡宮とそれを取り巻く深い緑が印象的な場所です。 市内の中心地に、これだけの森が残っているのはいいですね。園内には、遊歩道や平和慰霊塔など見所もたくさんありました。 市役所をはさんで隣接するのは、文化公園。 巨大なSLが展示されていたり、オブジェや野外彫刻が点在していたり、博物館、中央図書館、教育会館もあり、まさに平塚の文化の拠点ですか。 さっそく、博物館に入ってみました。 入館料無料なのがうれしいっす。 無料だけど、展示物はなかなか充実していました。 平塚は、ご存知のように東海道の宿場町として発展した町です。 歴史のある街なのに、街中には歴史的な建物がほとんど残っていないのが気になりました。 館内を見て回っているうちに、それらの歴史的建造物が太平洋戦争でほとんど失われたのを知りました。 平塚はどうかわかりませんが、名古屋城など国宝級の建築物が、つい最近に失われたのは誠に残念ですね。 行った日は、二宮尊徳の特別展が開かれていました。 二宮尊徳って、二宮金次郎当時の銅像は有名ですが、どんな業績をあげた人かというとよくわからない人も多いのではないでしょうか。 実はオイラもそうでした。 特別展をながめたイメージからいうと、いわゆる町おこし、村おこしのコンサルタントだったのではないかという感じがします。 もっとも、当時は飢饉とかで、人が餓死したりして、取り巻く環境は今とは全然違うとは思いますが。 最後に向かったのは、平塚市総合公園。 ここは、旧農林省果樹試験場跡地に市制施行50周年を記念して、平成3年3月に全体が完成したのだとか。 それほど古い公園ではないみたい。そのせいか、よく整備されたきれいな公園でした。 広さは30.3ヘクタールもあって、約230種10万本の木々が植えられているらしい。 公園の中には、平塚球場や平塚競技場、平塚総合体育館、温水プールなどがあります。 公園の中を歩いていたら、イケメンのスポーツマンタイプのおに~さんたちとすれ違いました。 即、彼らはただものではないと直感したんですよ。 後で知ったのですが、ここは湘南ベルマーレの本拠地なんですか。そこの選手たちだったのかも。 だけど、オイラは最近のスポーツ選手の名前を知らないんす。 昭和40年代のプロ野球選手だったら、ほんどん顔と名前と背番号が一致するのに。 そう悔やみつつ、ジェネレーションギャップの傷心を癒すために向かったのが、「ふれあい動物園」。 38種約700頭の動物たちに出会える小動物園で、その名の通り、さまざまな動物たちとふれあえるのだそうな。 ポニー乗馬コーナーは、小学生以下の子どもであれば1回100円で乗馬が可能なんですね~。 他にもヤギ、ヒツジ、子ウシ、犬、ウサギ、モルモット、七面鳥、アヒル、ニワトリ、チャボ、ハムスター、ひよこなどの動物たちに触ったり、エサをあげたりすることができるとのことでした。 動物は見るのはいいけれど、さわるのはちょっと怖いにゃ~と思ったので、最後にフィールドアスレチックのコーナーへ向かいました。 ここも連休中だったので、子供たちで一杯。 大きな広場には、面白そうなアスレチックの遊具がたくさん置かれていました。 フィールドアスレチック大好き男としてはやってみたいけれども、子供に占領されていてやれないのが残念でした。 誰も見ていなければ絶対やったでしょうね。 今後は、中年用の遊具を是非、設置して欲しいっす。
2007年05月26日
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こんにちは。 今日はまたまたお散歩ネタです。 今流行のニュースポット、東京ミッドタウンに行ってきました~♪ 場所は東京六本木。もと防衛庁のあったところです。 2000年5月に防衛庁本庁舎は新宿区の「市ヶ谷駐屯地」に移転し、今年の3月30日にオープンしたばかり。 六本木は昔から仕事でよく訪れていた場所で、当時の防衛庁の前も何度も通り過ぎたのを覚えています。 当時から夜の六本木はいけていましたが、昼間の六本木は、正直言ってあまり魅力的な街だとは思いませんでした。 昼間の六本木って、夜の大舞台を控えた楽屋裏っていう感じがしたのですよ。 夜、タキシードで着飾ったウエイターが、昼間は開店の準備に、ジャージにサンダル履きで歩いているような部分があって。 ところが、アークヒルズが出来、最近になって六本木ヒルズ、そして東京ミッドタウンと、どんどん昼間の魅力が増しているとか。 …ということで、夜に約束があったのがちょうどよい機会と、昼間の六本木を久しぶりに歩いてみることにしました。 地下鉄を使い、オイラが降りたのは都営大江戸線の六本木駅。大江戸線ができてから、個人的には随分便利になりましたね。 オイラがまず向かったのは、東京ミッドタウンではなく、青山墓地。 実はここに、うちのお墓があるのです。 かなりご無沙汰をしていたので、お参りをしていこうか、と…。 今、青山墓地はお墓の中でもかなりのブランドだそうですね。 ユニクロや吉野家、松屋を愛し、清貧にかけては他の追随を許さぬオイラですが、死んでお墓に入ったときだけはセレブな気分を味わえるのかどうか。 青山墓地を出て、次に向かったのは、国立新美術館。 都知事に立候補した記憶に新しい黒川紀章氏が設計したモダンな建物です。 当日は、モネの回顧展など興味深いテーマでしたが、時間がなかったのでパス。建物の外観とホールだけ見学しました。 中に入ると、なぜか東京国際フォーラムと雰囲気が似ている。旬の場所なので、平日でしたが多くの見学者であふれかえっておりました。 この近くには、六本木ヒルズの森美術館、そして赤坂から移転してきた東京ミッドタウンのサントリー美術館と、新しい美術館が次々とオープンしていますね。 その位置関係が三角形になることから、六本木アート・トライアングルと呼ばれているらしい。 昔から六本木は人通りが多かったですが、一本、道を中に入ると閑散としていた記憶があります。 今日訪れたら、どの道も多くの人が歩いていました。そのトライアングルの中は今後も活況を呈しそうですね。 新国立美術館からは、六本木ヒルズの威容も望めましたし。 さて、いよいよ今日のメインとして向かったのが東京ミッドタウン。 敷地面積は、約68,900平方メートルとか。 外苑東通りの正面に立つと、ひときわ高い超高層ビルに目が行きます。 これが東京ミッドタウンのシンボルとなるミッドタウン・タワーっすか。 高さ248mで、東京都庁舎を追い抜き、都内で最も高い超高層ビルだとか。 ただ、残念ながら展望台は設けられていないそうな。最上階である54階は機械室など施設の維持・管理のためのスペースとなっていて、一般客は入場する事ができないとのこと。 タワーのホールまで行ってみたのですが、恐そうな警備員のおじさんたちが仁王立ちしておりました。 このタワーは、USEN、ヤフー、グッドウィル・グループなどのテナントが入居し、上層階はホテルになっているみたい。 六本木ヒルズのタワーと、東京の覇権をめぐって争っているような臨戦態勢の雰囲気がどことなく伝わってきました。 少し気分を和らげようと、ミッドタウンに隣接する公園に行ってみることにしました。 そこにはかつての六本木を知る人には目を疑うような光景が…。 都会のど真ん中に、広い芝生の広場ができているんですよ。 この場所は、前から檜町公園があったところ。 オイラは昔、この近所を営業で回っていた頃にお休みスペースとしてよく利用しました。 それなりに広い公園でしたが、階段を登らないと入れなかったし、利用勝手のいい公園とは言えなかった。 それが見違えるような変貌振り。 この付近は江戸時代、長州藩の毛利氏の中屋敷があったところだとか。 敷地は約12haもあったらしい。 今、東京ミッドタウンのある場所に長州藩の御殿があったそうですね。邸内に檜が多かったことから「檜屋敷」と呼ばれ、檜町という地名の由来になったとか。 由緒正しき公園ですが、今その名残というと、池の周辺くらいでしょうか。 行った日はもう桜の花が散った後でしたが、桜が咲いていたら芝生の緑とコラボしてきれいでしょうね。 園内には、現代アートの彫刻が置かれたり、ちょっとした滑り台やブランコも、現代アートのようなお洒落な色とデザインだったりして目を惹かれました。 オイラが行った日は、広大な芝生広場を背景に、日産スカイラインの初代から現代までの車が展示してありました。 ずいぶん広いと思いましたが、緑地の部分だけでも4ヘクタールもあるらしい。 さて、いよいよミッドタウンの中へ。 東京ミッドタウンは、備え付けのフロアガイドによると、「ガレリア」と「プラザ」、「ガーデン」の3つのゾーンに分かれているらしい。 今、見てきたのはその中の「ガーデン」。 ガーデンから歩道橋を渡って、メインショッピングセンターの「ガレリア」へ入ります。 そこは、全長150メートル、高さ25メートルの4層吹き抜けの大空間。 だけど、最近郊外に出来たショッピングセンターはこれ以上の規模のものがたくさんあります。 ただ、さすが六本木だけあって、柱の中にもちょっとした展示スペースを設けたり、一流の人気店がテナントで入っていたり、一味違った高級感がありました。 ショッピングセンターの中のショップを「見てるだけ~」とウインドーショッピング。 見てるだけでしたが、広いフロアの所々に彫刻や絵画が設置されていて楽しめました。 コンセプトは、都市とアートが一体化し、日常的な空間にハイクオリティーなアートがあることだとか。 そういえば、うちにも使わなくなった古いテレビやワープロ、床に散乱する本なども、現代アートだと思えば気にならないかも。 それはともかく、結構歩き回ったので小腹が減ってきました。 立ち食いそばで、エネルギーチャージと思ったのですが、どこなもな~い。 さすがに、天下の東京ミッドタウンに来て、立ち食いそばを食う人はいないのでしょうか。 往年の植木等の「お呼びでない?こりゃまた失礼しました~」という気分になりましたよ。 一旦外に出て、六本木の駅前の「富士そば」で、ガソリンを補給し、再度ミッドタウンにチャレンジです。 あとでわかったのですが、ミッドタウンの中にセブンイレブンもあるのですね。あと、吉野家や松屋もテナントとして是非誘致して欲しいと思いました。 ミッドタウンの客層が変わってしまいそうですが…。 最後に、「プラザ」に寄ってみました。 巨大なビルに囲まれたパティオには、カフェやカレーショップなどが並んでいます。FMのサテライトスタジオや大型スクリーンなど、待ち合わせも退屈しないですみそう。 ガラスでできた巨大な天井は、どっかで見たなぁ~と思ったら、かつて大阪で行われた万国博のお祭広場大屋根に雰囲気が似ている。 太陽の塔はどこ?とノスタルジックな気分で上を見上げると、幟のようなものが風にたなびいておりました。 最初、鯉のぼり?と思ったのですが、違うみたい。 いろいろ訳のかからないものがたくさんありましたが、想像を膨らませることができるのが現代アートなのか、と…。 ミッドタウン内部は、日本の伝統的なカラーコーディネートであったり、竹林みたいな場所があったり、初めて訪れたのに落ち着いた気分になりました。 未来をコンセプトにしたかのように思える六本木ヒルズと比べ、なかなか居心地のいい空間ではあるみたい。
2007年05月19日
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こんにちは。 先日、ある大学医学部の公開講座を聞いてきたんですよ。 配られた資料を何気に目を通していて、目の留まった箇所があったのです。 それは比較的若い人たちの突然死のデータ。 死因が不明ということで、その大学の法医学教室に運ばれ、解剖された人たちの亡くなる直前の行動と死因が書かれていました。 データとして記載されていたのは、15人。 もちろん明確な個人情報は伏せられていますが、そのうち男性は10人、女性が5人で、平均すると40歳代以下の人たちが多かったです。 目に留まったのは、女性3人の死因でした。20歳代から30歳代のもっとも若い女性たちなのです。 なんと、死因が全部同じなのですよ。 それは、クモ膜下出血。 他の12人が違う病名だったので、同じ病名が連続3回も続いたその部分は嫌でも目に飛び込んできます。 公開講座のテーマは脳卒中ではなかったですから、とくにクモ膜下出血の恐さを強調する意図はなかったのでしょう。 脳卒中は比較的高齢者の病気と考えられがちですが、若い人の突然死の面からのスポットも当てる必要があると思いました。 クモ膜下出血は、遺伝的な要因もあると聞きますし…。 また、突然死で亡くなられた方15人に共通する直前の症状として、頭痛があったことも驚きました。 他の人たちは、死因を拝見すると、脳卒中とは関係ない方ばかりなのです。内臓の病気なのに、なぜ頭が痛くなるの?という素朴な疑問がわきました。 突然死は嫌ですが、その直前に頭が痛くなるのも嫌ですね。 その理由については、またいずれ。 さて、以前お話した脳卒中の本の出版ですが、現在、オイラが追加修正した原稿をいつもお世話になっている脳外科病院の院長先生にチェックしていただいています。 脳卒中をはじめとする病気の治療は、急速に進歩しています。2~3年前に書かれた本でも、現場の実際の治療方針とはかなり違ったものになっていると聞きました。 その点、5000件もの脳神経外科手術を執刀、指導され、テレビにも登場する名医の先生ですので、宇宙戦艦ヤマトに乗ってイスカルダルに向かうような大船の乗った気分でおります。 突然死はもちろんですが、最近でも平沼赳夫元経済産業大臣や大関の栃東関など、脳卒中は人生プランに大きな影響をおよぼします。 栃東の30歳での引退は寂しい限り。千代の富士は30代前半からどんどん強くなりましたから、まだこれからなのに。 体調が万全なら朝青龍と互角に戦える大関の、早すぎる引退を惜しむ人はオイラだけではないでしょう。 これもすべて、脳こうそくのせいじゃ。 出版は、もう少し先になりそうですが、期日が決まりましたら真っ先にご報告させていただきます。 実は、まだオイラの周りの人たちには話していないのですが。 …ということで、「脳の病気シリーズ」です。 この「脳の病気シリーズ」。 ほぼ月一回のペースでお送りしています。 前回は「脳こうそくの治療ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。 2006-08-13 脳こうそくの診断の強い味方って、何? 医師と女子高生の会話から 2006-09-03 脳こうそくの診断は首も診るって、ホント? 医師と女子高生の会話から 2006-10-01 脳出血の治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2006-11-05 脳出血の手術って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2006-12-10 クモ膜下出血の治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2007-02-08 クモ膜下出血の治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2007-03-10 脳こうそくの治療はどんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2007-04-07脳こうそくの内科的治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 今日はその続きです。 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。 前回、「脳こうそくの内科的治療法」について勉強したAYAちゃん。 今日は、前回に引き続き、「脳こうそくの外科的治療法」が話題になります。 それでは… < 脳こうそくの外科的治療って、どんなことするの?>● AYAちゃん「先生、教えてもらった脳こうそくの治療って薬を使うものばかりですよね。手術はしないのですか?」 脳こうそくは薬による治療が中心になるけど、病気の種類によっては手術したほうが薬よりも良くなって、再発もふせげるものがあるね。それではいよいよ脳こうそくの手術を説明しようか。● AYAちゃん「ドクター、お願いします」 脳こうそくは、何度も言うように血管の中に血のかたまりなどが詰まって血流がさまたげられる病気だよね。いわば詰まって水が流れなくなった水道管だ。もし何らかの理由で水道管が取り替えられないとしたら、AYA君はどうやって修理する?● AYAちゃん「私だったら薬を使って水垢を溶かそうとするかな。でも効果がないこともあるってお母さんが言ってたし…。一番いいのは、水道管を途中で切って中の水垢を削り取るんですよ。それでまたつなげればいいのだけれど。でも金属製のパイプじゃ、ちょっと無理ですよね」 人間の血管は、金属じゃないよ。● AYAちゃん「えっ!? 詰まった血管の中を削り取るんですか?」 ご名答。アテローム血栓性脳こうそくって何度も出てきたから覚えているよね。首のところを通る動脈の内側に、コレステロールなどからできたドロドロのかたまりがしみ込んで硬くなり、血液の流れが悪くなった状態だ。 この動脈の血流が7割以上ふさがっている場合は、手術のほうが薬による治療より効果があがっているんだ。治療の有効な選択肢のひとつだね。● AYAちゃん「うーん。薬だけではなかなかこびりついてしみ込んだ動脈硬化のアカが取りきれないのはわかるなあ。それでもいくら太い動脈といっても、血管の内側のアカだけ削り取るというのはむずかしそうですねぇ。どうやって手術するんですか?」 これもやはり非常に細かい手術だから、手術用の顕微鏡を使って患部を拡大し、脳波モニターで脳の状態を監視しながら慎重にやるんだ。 頸動脈の手術を例にとると、全身麻酔をしてから首の脇にメスを入れ、まず頸動脈を露出させる。それから頚動脈を切り開き、顕微鏡を見ながら、手術中、脳に酸素を送る管を入れる。 そして血管の内側の動脈硬化を起こして硬くなっている部分や血のかたまりそのものをぐるっと一周削り取るんだ。最後に頸動脈を縫って元に戻し、血管撮影で狭くなっていた部分がよくなっているかどうか確認して手術を終える。● AYAちゃん「手術は大変そうですけど、終わったら脳みそはほっとするでしょうねぇ」 そうだね。脳へ酸素や栄養を運ぶ幹線道路の車線が7割も広がるんだから、一気に渋滞解消ですっきりするだろうね。ところでこの手術は、難しい言葉で、『内頸動脈内膜切除術』というんだ。● AYAちゃん「ふーん。ほかにも脳への血液の流れを改善させる手術ってあるんですか?」 あるよ。以前、『抜け道』、『回り道』の話をしたよね。脳血栓のように脳の血管が徐々に狭くなってくる場合は、脳の血管が詰まっても別のルートが発達して大きな血管が2~3本詰まっても脳こうそくの症状が出ない人がいるって話…。● AYAちゃん「覚えていますよ。それがどうかしたんですかぁ。先生の話っていつも『回り道』へそれるからなぁ」(少しムッとして)いつも横道へそれるのはそっちじゃない。それに『回り道』じゃないよ。要は脳こうそくになっても『抜け道』、『回り道』があればいいってこと。だったら、『抜け道』、『回り道』みたいなバイパスを人工的に作ってやればいいわけでしょ。● AYAちゃん「なるほど、今の話は『回り道』じゃないですね。ところでそれはどんな手術なんですか?」( 約一ヵ月後に続く )
2007年05月13日
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こんにちは。 ゴールデンウィークも今日で終わり。 皆様は、よいお休みを過ごされたでしょうか。 オイラは、またいろいろほっつき歩いてきました。 海と山へそれぞれ一回ずつ。 昨日はまた古城を歩いてきたのですが、急斜面に玉砂利が敷き詰められていて、転びまくりました。 滑りやすいシューズを履いて行ったのが失敗の元で、ローラースケートを履いたまま山道を降りてくるような感じでしたね~。 おかげで、股裂きやバックドロップ、アトミックドロップを何度も食らったようなダメージが今も残っています。 その修羅場の模様は、いずれまたまたブログの中で。 ところで、オイラはこれだけいつも歩いているのに、歩き方には無頓着だったことに気づきました。 商店のショーウインドーにうつるオイラの歩き方を見ると、なぜかあまりかっこ良くないんですよ。上半身だけを見ているとスーッと宙を飛んでいるようにも見える。 長い距離を歩いても疲れないように、上下動の少ないフォームが自然と身についてしまったのかもしれませんね。 そういえば往年のマラソンランナー瀬古俊彦選手も、上下動が少なく疲れにくい、理想的なフォームと言われました。 ところがオイラの場合、ちょっと違うような。 前傾姿勢で、首だけ前にスーッと動いているといいますか。 いろいろ多角的に分析してみて、子供の頃にテレビで見た「牡丹灯篭」の幽霊みたいじゃ~という結論に達したのです。 空中をスーッと水平移動しているように見えるのは、なんとも不気味。 これは何とかせねば。 …ということで、さっそく図書館でDVDを借りてきました~♪ それは、「デューク更家のウォーキングエクササイズ」。 デューク更家は、50歳過ぎてますし、顔はそれなりにふけていますが、体型はなかなか素晴らしい。 見始めたら、これが目からウロコで勉強になりました。 まず、基本的な立ち方。 普通なら、背筋を伸ばして胸を張って立つ、とか教えられますよね。 このDVDだと、直立して立ち、指先を太ももの側面の中心よりやや後ろ側につけますと言っていました。 その通りすると、なるへそ、自然と胸を張った理想的な立ち方になる。 胸を張って立つというやや抽象的な表現が、より具体的になったといいますか。 こういう誰でもすぐ実行できる教え方は、千葉周作の北辰一刀流の指導法にも通じるところがあるかも。 それから、美しく歩くためのエクササイズ。 美しく歩くためには、柔らかな関節としなやかで強い筋肉が必要なのですか。 履くシューズ別に、歩き方を変えるというのも初めて知りましたね。 パンプスやハイヒールは、着地する足のつま先を若干外側に傾けるとか。 ミュールも含めて、どれも美しい歩き方に共通しているのは、一本の細い線の上を歩いているようにイメージすること。 ハイヒールの場合は、足を交差させるような感じで、足を運ぶと美しく、細く見えるのすっか。 外を歩くときに練習して、ようやく美しい歩き方をマスターしました~♪ でも、またショーウインドーに映るオイラの歩き方を見て、噴出しそうになりました。 これは、映画の「キャットウーマン」で見た、ハル・ベリーの歩き方にクリソツ。 いわゆるモデルさんのキャットウォークなのですね。 キャットウーマンとくれば、ムチが欠かせない。 オイラも鞭をもって、変な歩き方をしている人たちをムチでしばきながら歩こうか…なんて。 一番変な歩き方なのは自分なのですが…。 それはともかく、前回の続きです。 前回は、鷺宮周辺の石仏をめぐったのでした。今回は、そこから高円寺へと向かいます。 さらに中杉通りを早稲田通りの方向に向けて歩き、信号を左に入ると、鷺宮八幡神社がありました。 この近くに鷺がたくさんいたということで、鷺宮の地名の発祥ともなった古社なのですね。 境内には「力石」が大量にありました。 力石は、村の力自慢の若者が持ち上げた石を奉納したものですか。 それにしても、すごい巨石。一番小さなものでも百キロ以上はありそう。昔、バイトしていた頃は、重い物と見ればよくチャレンジして、腰を痛めたことがあります。寄る年波には勝てず今回は自重することにしました。 こちらもコンクリで固められているみたいだし。 鷺宮神社のそばにあるのが「いぼとり地蔵」。昔の人の願いには、どういうものがあったのかを知るのには、お地蔵様のニーズを調べるのが早道かもしれませんね。 近くにある「福蔵院」は、よく整備された美しいお寺でした。 ここにも十三体のお地蔵様が。 住宅街の小道をぶらぶら歩きながら中杉通りに戻ると、「五差路のお堂」。 こちらはお地蔵様と庚申塔、馬頭観音がそろう豪華バージョン。 江戸時代は、道の辻には必ずと言っていいほど、このような石仏があったのでしょうか。 今でもこの近所に住む人たちの信仰心が残っていないと、これだけの石仏は維持できないのではと思いました。 大きい道から一つ入ると、巨木に抱かれた古い家が数多くありますね。 深い緑の場所があったので、寄り道して行ってみました。 すると、23区内なのに、何とも野趣あふれた小公園が。 大木の下のベンチに腰掛けていると落ち着きます。 ガイドブックのコースは、このまま鷺ノ宮駅へ戻って終わりでしたが、少し物足りなかったので、中央線の駅まで歩いてみることにしました。 中杉通りを南下して、早稲田通りを左折、しばらく行くとまたお地蔵様と庚申塔がありました。 いつもは見過ごしてしまいますが、注意して見ると至るところに江戸の息吹が残っているのですね。 馬橋公園を通って、高円寺まで歩きます。 高円寺と言えば、直木賞作家ねじめ正一の「高円寺純情商店街」が頭に浮かびます。 でも、最近はお洒落な店が増えたせいか、小説の雰囲気とは少し変わってしまいましたね。ここでも、街が吉祥寺化しているような気が。 行った日はちょうど、区議会議員選挙の最終日だったので、すごい熱気でした。高円寺の駅前で、各候補の舌戦が繰り広げられております。 この地区での選挙権がないのに、パンフ攻勢がすごい。 その喧騒から逃げるようにオイラが向かったのは、高円寺。 高円寺に来ているのに、高円寺? いえ、お寺の名前っす。 地名の由来になったお寺が、駅のそばにあるのですね~。 駅のそばにお寺があったから、駅名になったと言われそうですが、旧国鉄がこの駅名をつける以前からこの辺りは、高円寺村だったとか。 しかも、命名者は、徳川三代将軍家光だとか。 当時この辺りは、幕府直轄の天領で、将軍の鷹狩りの場として絶好の地だったそうな。家光も鷹狩りに度々訪れ、休息にはこの高円寺に立ち寄っていた。 それが縁で、それまで小沢村と呼ばれていた当地の地名をこのお寺の名前をとって高円寺村と変えさせたらしい。 今は、高円寺というお寺があることを知らない人がいるかもしれませんね。 本堂は昭和の再建で、それほど古くはありませんが、透かし彫りなどの彫刻が素晴らしかったです。 行った日は、花が満開で、得した気分。 植物の名前は全然わからないのですが、これは何の花でしょうね~
2007年05月06日
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