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ガーデン植物大図鑑木が好きでしょうがない。ホント、もう好きで好きでしょうがない。家を建てる前から図鑑を探していて、やっと欲しい図鑑に出会うことができ、1ヶ月ほど前にこれを買った。木々と宿根草など季節別に掲載されていてかなり使える。よくを言えば写真が寄りすぎなものが多いこと。花に焦点を合わせていることが多いので図鑑だけ見ていると樹形が把握しにくい。とは言っても、今まで見た図鑑に比べるとバランスがよく、一家に一冊あれば大抵のことがわかるレベルだと思う。車で道を通りながら気になる木を見つけると家で図鑑を開く。段々とこの図鑑の知識が自分の知識へと変わっていくのが楽しい。山へ歩きに行って木に触りながら散歩したい。昨日、小麦農家の方と来年の小麦について話していると、庭に木がたくさん植えてあるけど木が好きなの?と聞かれる。えぇそりゃあもう大好きなんです!とよくぞ聞いてくれましたとばかりに大興奮。すると、家にいらないヤマボウシがたくさんあるので忘れないで来春になったら取りにおいでとお誘いが!もう行きます!絶対行きます!ヤマボウシどこに植えようなかなぁ。。楽しみだなぁ。お礼は何にしようかなぁ、おじさんだから日本酒かなぁと妄想が・・・。
2009.07.31
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ウチの庭はしょぼい。木を植えたりなんだかんだやっても所詮1年目。年を重ねた庭には勝てるわけも無く、あとは見守り、声をかけ、少しづつ手を入れてあげればいい。でも、窓から見える景色は素晴らしいのだ。(居間から南庭をのぞむ)向かいのとうもろこし畑にさんさんと太陽が降り注ぎ、青い空、遠くの山、借景ってこのことだったんだ。
2009.07.16
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一人パン屋を始めてから、たくさんの人に言われる「体は大丈夫ですか?、体に気をつけて」との言葉、ありがたく受け止めながら、自分の健康の根底にある「冷え取り」のこといつも思い浮かべます。自分ががんばれる活力ここにあると思います。進藤義晴さんの冷えとり健康法に出会ったのはたった2年ほど前。それ以前から興味を持っていたものの、取り組むことはしていなかった。夫の風邪引き体質を治す目的で始めた冷え取りがこんなに気持ちのいいものだと思わなかった。冷え取りや自然療法については過去ログを見ていただくことにして。パン屋でがんばれるのはまず健康があるから。これを無くして何にもできないわけで。これに自信があるからやれるのだと思う。冷え取りで靴下を重ねて足元を暖めていると、下半身に活力が沸くというか、足元に力が入って踏ん張れる。足、あったまってるから大丈夫でしょう、みたいな安心感があって、お風呂でポータブルDVDを持ち込んで皆で映画を見ながら過ごして、家族で半身浴は最高のリラックス。自分に不足しがちな睡眠さえ気をつけて取ろうとしていれば、ほぼパーフェクトな健康状態でコントロールできるようになってきた。大事なのは自分の体が今どういう状況にあるかを把握して、それにすぐに答えてあげられる柔軟な頭と心だと思う。今、そのバランスがよくてかなり調子がいい。ただパン屋の日は極度の睡眠不足に陥りがちで、翌日のダメージが酷い。7月いっぱいで販売の形態を変えるのでこれは解決されると思う。それでもその後2,3日で体を元の状態に戻せるのは、やはり冷え取りのおかげだと思う。最近、暑くなってよく汗をかくのだが、意識的に食事の塩分を増やしたり、そういった体が欲するSOSに早く対応できるようになってきた頭と体に感謝している。自分の場合、足元がふらついたり、眠った後フラフラ頭がするのは大抵塩分補給で治ったり。後は睡眠を削って何かをしたがる性格をよ~く把握して、意識的に眠ること。娘と一緒にする昼寝は活力になるけど、夜はもうちょっと早く寝なければ・・・。体の声を聞けるようになってきたのは冷え取り様サマだと思う。足元あっためる件、本当にお勧めです。それから食事は大事です。旬のもの自然のものをを食べ、食べ過ぎず。これだけ守ればいいんじゃないでしょうか。えらそーなこと言えませんが、今いいです、家族仲もいいです。とは言っても、精神的に未熟で、世の中の誘惑に負けることしばしば。これからも健康第一でがんばることにします。
2009.07.15
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柳生博の庭園作法を読んで最も共感したのが、「雑草がグランドカバー」だった。庭を作ろうと思ったとき、色々考えたのが木と地面を覆うためのグランドカバーだった。土が見えたままの庭というのは想像ができなかったし、草で覆われているのが何よりも自然だと思った。園芸屋に行くと様々なグランドカバー(地面を覆う草花のこと)類が売られている。何故、雑草ではいけないのか、よく意味がわからなかった時に、この本に出会った。目から鱗というのはこのことで、ぁあ雑草でいいんだとホッとしたのだった。4月、5月、6月と時は過ぎ、7月である。長野県のこの土地は梅雨まっさかりで雨がシトシト降り、合間に太陽が照りつけている。木々や雑草達には最高な天気で、晴れ間のたびに草木が文字通り、ニョキニョキ伸びる。木々がこれくらいの成長をしたらと羨ましくなるくらいの雑草の活躍で、庭が一気に緑色になっていく。傍から見たらボーボーなんだろうけど、ウチにとっては最高の緑。とは言っても生やしすぎると具合がよくない。藪になると毛虫などが大量発生するし、子供が入っていくとあまりよくない。だから、一定の長さに刈り揃える。最近、2週に一回は草刈り機でブイーンとやる。昨日がその日だった。少々生やしすぎたかなというのが第一印象で、その緑をかき分けながら刈るのは爽快な気持ちであったのだが、途中から急にナエル。まるでガリバーのようだった。緑一面の草の中をかき分けながらブイーンとやるとバッタやら、青蛙やら、ぴょんぴょんと跳ねながら恐れをなして逃げていくのが見える。人間が文明の利器を使って侵略していくような、小さな生命を脅かしているような、変な気持ちになる。踏んづけて、多分、木っ端微塵にし、あるいは目も眩むような速さで真っ二つにし。。。ぁぁ、ごめんなさい。自分の快楽のためにあなた達を排除することにごめんなさい。雑草と共存?これのどこが共存なんだ!と自分を責めながら、草を刈る、アホだなぁ。自然を自然のままにしておいては、人間は住めないわけで、自然も人間の手が入ることである程度、秩序を保ち快適に過ごせるわけで、やっぱ、里山かなぁと思う。ところで、庭の雑草、よく見ると、好きな雑草とそうじゃないのがある。カタバミなんかかわいいね。でも力芝、多すぎるよ、いらないよ。いらないのを抜きまくって好きなのだけにしてくっていうのできるかな。雑草を選んでグランドカバーにしていこうかな。
2009.07.09
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今年に入ってすっかり変わったのは、子供を遊ばせるためにママ友と会わなくなったこと。ただ単純に子供達が幼稚園や保育園に入ってしまったからで、別に深い意味があるわけでもないのだが、娘と二人きりの時間が多く、そして、パン屋を始めたり、去年と大分違う感じがする。娘と遊ぶ時、ごめんと謝りたくなるのは、自分が子供の目線に下がって遊べないこと。子供の言いなりに動けないし、子供のママゴトに永遠と付き合う辛抱も持ち合わせていない。子供にウケル遊びを知っているわけでもないし、ダメな母なのである。これに気づいたのは2年も前のことで、人の真似をしてちゃダメだ、自分も娘も楽しいことじゃなきゃダメだと思った。それから一生懸命遊ぶのをやめた。で、どうするかと言うと、自分の遊びに娘を付き合わせる。畑で収穫を手伝わせたり、料理につき合わせたり、梅のへたを永遠と取らせたり、庭で草取りをさせたり、洗濯物をたたませたり、皿を一緒に見に行ったり、パンの納品につき合わせたり、園芸屋で草木を選ばせたり、図書館で本を読んだり、縫い物をしたり、公園で遊んだり、あぜ道を散歩したり、カフェで茶をしたりする。折り紙をすれば娘そっちのけで全力で作る。切り紙も。絵もそう。娘はその様子をただ見て真似してる、ほっとく。そしたら、変な3歳になってきた。妙に早熟なのだ。言うことやること妙に大人っぽい。言い負かされることも多くなってきて、頼もしい。自分の子育ては全力でやってることの背中を見せることしかできないことに気づく。娘と二人の最後の年。最後まで全力で自分の遊びをやろうと思う。
2009.07.08
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