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8時過ぎの鈍行で夫と上京。静岡と熱海で乗り換え、12時半ごろ品川着。昼食後渋谷BUNKAMURAミュージアムへ。「国立トレチャコフ美術館展-忘れえぬロシア」6月7日で終わってしまうので、夫と私の都合が合うのはこの日しかなかった。ロシア旅行は行きそうにないし、仮に行ってもツアーはトレチャコフへ寄らないらしいし。これだけはどうしても行きたかった。 忘れえぬ女これが見たかった出品作は風景と人物画が半々くらい。風景は憧れをこめた明るいものが大半。澄んだ空気の中、北国特有の横からの太陽光に照らされ、眩しいほどコントラストが強い。夫は質感に興味があり、特にさざなみに映った景色の描写にはいたく関心を示す。ほとんどの作品は細密なリアリズムで、テクニックは高いけれども新味はない。そこがかえって心地よい。面白いのは画題で、非常に文学的である。ドラマチックと言っても演劇的とは少し違う。ほとんどの人物たちは声を発していない。無言でそこにいる。しかし、彼らの姿、視線、組み合わせからは内心の声が聞こえてくる。って、実のところこっちの妄想なんだけど。忘れえぬ女(ひと)は、凍てつくモスクワの街路を幌を上げた馬車で通りかかり、一瞬画家と視線を合わせた。髪の色や眉の濃い顔立ちから、ロシア上流社会の主流ではないことがうかがわれる。ダイヤ、真珠、銀狐で飾られた服装は豪華だが色彩は地味で品がいい。豪奢な生活に倦んだような表情。政略結婚か、家のために貴人の囲いものになったか。写真で見ていたときには気づかなかった瞳の奥のなにか勁いものが、実物には見て取れる。この女性をアンナ・カレーニナに喩える人もいるようだが、いい加減な色男に入れ込んで自殺するような人ではなさそうだ。鬱々とした籠の鳥の日々を送っていたが、燃えるような憧れを込めた画家のまなざしに触れた瞬間、引き金が引かれ、彼女は毛皮も宝石も捨てて、家を出るだろう。自らの瞳にも燃えるものを灯すために・・・。なんて、ストーリーが浮かんでしまうのだわ。他にも妄想掻きたて系の作品が満載。非常に楽しい展覧会だった。3時半には品川からJRに乗車。ほぼ三時間の滞京(?)であった。往復時間はおよそ10時間。車中S・キング一冊読了。帰りは図録を読んだり、居眠りしたり。
2009年05月29日
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この2週間は忙しかった。連休明けに実家の留守番。というより母の見守り。私の和服コートを縫ってもらう。若い頃叩き込んだ和裁の腕はいまだ確かで、兄嫁の店用上っ張りなどは、問題なく作れるのだが、足りない生地を勘考して、いつもと違う物を作るとなると、混乱し、やる気をなくしてしまう。そして、その後に自己嫌悪・落ち込み・疑心暗鬼のトリオが発動。しかし、側についていて、手が止まったと見るや、これをああして、こっちをこうして、と口を出せば何とか進み、達成感・自信回復の上昇スパイラルに入る。というわけで、日がな一日傍らで本を読んでいた。時々お茶を飲んだり(母が入れる)テレビを見て話をしたり。なかなか平和で結構だった。が、油断すると「あれっ あんた来てたの?」とびっくりされて、こっちがびっくり。衣縫う母茶々がほっぺたを盛大に腫らして帰り、またもや蟄居。かと思うと、脱走してドブにはまり、ドロドロの悪臭紛々で帰宅。払暁のシャワー。裸になって抱いて洗うのがうち流なので、2、3日は私も蚤取りシャンプー臭い。泥んこ茶々(旧カメラにて撮影)「はまっこ」が始まり、教材作りも次々オーダーが来るわ、ホームページも更新せねばだわ、通級バスのプリペイドカード(遠鉄さん太っ腹!!)管理カード作成だわアシスタントに回ったというのに、ますます仕事が増えた?いやいや、これすべて自分で蒔いた種。結局好きなんだわね。それでも、責任が軽くなったことの効果は絶大。全然気分が違う。るんるん♪あれやこれやの2週間。で、本日母が「物忘れ外来」初診。認知症の問診と診察に付き添った。普段は短期メモリーの劣化しか認識していなかったんだけどいやいや、「こんなことがわからなくなっていたんだ」と、目からうろこ。かと思うと、「私も同レベルだわ。」もあり。最初五歳レベル(四歳だと回復不能)と言われて愕然だったが、金子院長診察の段になって、大いに挽回。ちょっとした言い回しや、声の大きさで、理解できてなかっただけだった。前頭前野の廃用性活動低下とのこと。刺激すれば改善するそうなので本人ともども一安心。「94歳にはとても見えない。」「頭はいいの。」と言われて、大いに気をよくした母。ついでに「62歳?娘さんも若いね。」と言われて私もご機嫌よ。カメラが故障し(落っことしたから)修理費用の見積もりが来た。\7500.基盤取替えは保障範囲。ケースの取替えは自費とのこと。痛い出費だがやむをえない。
2009年05月20日
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夜来風雨の声 終日止まず 祭りの翌日はどこの家も装束が干されている。この雨では一日では到底乾かない。本家が初練り(初節句の祝い)の施主だったときは、頭から樽酒をかぶるから、夜中に全員の装束をコインランドリーに持っていって、翌日に備えた。あれは便利なもんです。祭りのときしか使わないけど。昼、ベトナム料理の達人尚代ちゃんが、揚げたのと生のと春巻きをどっさり持ってきてくれた。時々無性に作りたくなるけど、一人じゃ食べきれないからって。ネジバナの株もたくさん掘ってきてくれて感謝感謝。6月にバリに行く予定で、8月にシリア・ヨルダン(憧れのペトラ)に行こうかと思案中とか。ペトラ行きたい!! でも8月って・・・。暑そう。
2009年05月06日
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浜松が狂乱状態になる浜松祭りも最終日。3日、4日はうす曇時々晴れでそこそこの風もあり、絶好の凧揚げ日和だったが、最終日の今日は夜明けから雨音が・・・。それでも凧は揚げるということで、夫は朝から装束で出て行った。周辺郡部生まれで、鎮守の秋祭りくらいしか体験してない夫は何の興味もないが、暇を見込まれて自治会の役につくこととなり、自動的に祭りに参加せざるを得なくなった。浜松祭りは昼間は浜の凧揚げ会場で2mだの3mの大凧を揚げて糸切り合戦をやり、夜は御殿屋台引き回しだの初節句の子どものための「錬り」だのを3日間続けるという、昼夜兼行の祭りである。私は下町育ちの祭り好きだが、今年は留守番。今年度の自治会費が会計係の夫の下へ続々と届けられ、連休中は預け入れもできないため、家を空けにくいというのも理由の一つではあるが、めずらしく実感がわかないのも本当。加齢?で、夫は凧揚げ会場で昼食をとり、夜は練りで酒肴が出るので、軽食を取って出かける。昨日も朝はいつもどおりのトースト、ヨーグルト、フルーツ、コーヒー。昼は冷やし中華。午後柏餅一個。夜は冷凍してあったから揚げチキンとパン。そのあと持ち拾い隊の面々と桜餅と柏餅を3等分して食べただけ。なのに寝る前ちょっと横腹が張るような夜明け前に「来た!!」トイレに15分くらい篭城の仕儀と相成った。朝は絶食、さっきバナナ1本とトースト1枚。「また来た!!」なんで?
2009年05月05日
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93歳になる実家の母の物忘れが昂進して、私の活動も見直さざるを得なくなった。今すぐ付ききり、ということではないが、なるべく頻繁に訪れなくてはならないし、物忘れ外来への通院も視野に入れる必要がでてきた。はまっこは責任の軽いアシスタントにしてもらい、いつでも休めるように準備した。遠州鉄道の好意で、通学バスに援助がでて、生徒が増加傾向なのに、わがままを聞いてもらって、スタッフに感謝。エスポも今月で退会して、5、6分で行ける近所のスポーツクラブに替える決意。エスポの設備と大好きなインストラクターさんには未練たらたらだけど、片道20分かかるので、ちょこっと空いた時間に行くってことができにくい。1回300円の使用料(1ランク上の契約なら無料)もネック。短時間ではもったいない、と、ついつい2本、3本のエクササイズをやってしまい、作り置いた昼食を夫が一人でとることになってしまう。5~6分なら雨が降ってもチャリで行けるし、シャワーを浴びずに帰るのも可能。夜でも問題ない。追加料金がないから短時間でも惜しくない。と、快適なエスポをあきらめる理由を数えたてるけなげなアタシ。今日は久しぶりに心の曇りを払い、ガーデンパークへ出かけた。浜名湖花博の跡地にできた広大な公園で、このあたりには珍しい、というか唯一の県立施設。県のお金は西部には落ちない慣例だが、花博を開ける場所が中部、東部にはないんだもんね。ちなみに、静岡県は伊豆(伊豆半島)、駿河(東部・中部)、遠江(西部)の三国からなっていて、性格も、のんびりの伊豆、ノーブルの駿河、ざっくばらんの遠江とまったく違う。根っから遠州人の私は「静岡出身」といわれるとムッとする。ガーデンパークではガーデンフェスティバルとやらが開かれ、コンテストも行われている。20点足らずの参加作品の中で、気に入った庭2点。花が多すぎない、こっぱずかしい装飾がない、のが必須。夕食は頂き物の美味しいソーセージ、頂き物の小粒ながらよく肥えたアサリの酒蒸、トモちゃんのために買ったカツオ1本からピンはねした味噌タタキ丼(皮付きの刺身は昨日食べた)オリーブオイルをかけたトマトも甘くて美味しい。アルコール臭かった糠漬は必死でかき混ぜたら大分いい匂いになってきた。で、ビール(スーパーで一番安かったビールもどき)がうまい!!明日から浜松祭り
2009年05月02日
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