ビストロフの橋

ビストロフの橋

October 12, 2005
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テーマ: 連載(82)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 老魔法使いの名はドライロット、もちろん本名ではない。『三つの赤』という意味の通り名だ。闇の魔法と対峙し続け、色素の薄れた赤い髪、魔法を掛けた紅い目、血で朱に染まった爪の意だ。
 二十年前、娘が倒れた。呪いのせいだろうと思われたがどんな呪いかも分からなかった。そして、それ以来ドライロットはある屋敷の解呪に半生を捧げてきた。
 呪いを専門に扱っていた一族の住んでいた館、もう百年も前から廃屋となっているこの館には、あらゆる呪いの掛け方を記した呪文書と多額の宝が眠っている。
 誰もが、その宝を目指したが誰一人として手に入れたものはいない。ドライロットは二十年掛けて館へと入り、書斎の前まで行き着いた。そして、最後の最後で呪いに捕まった。
 あと一歩で念願が叶う、そう思ったとき気が焦ったのだ。ごく初歩的な仕掛けに惑わされて右腕に呪いを受けた。もちろん素人ではないドライロットは持てる全力で解呪しようとした。しかしうまくいかなかった。
 だから、右腕を切り捨てた。それでもその時には遅すぎた。呪いはすでに身体の中へ侵入していて腕一本切ったところでどうにもならなかった。
 それが、昨夜のことだ。

 「ワシはもうじき死ぬ。呪いの奴がワシの身体を腐らせておる。もって数ヶ月というとこじゃろう。死ぬことに未練はない、じゃがワシがやってきたことを誰かに伝えたかった。そこに若者よ、娘と同じ色の目をしたお主が現れた。勝手な言い草だと思うじゃろうが、これを貰ってほしい」
 ドライロットがソファの陰から取り出したのはトランクだった。マグルが使うのと大差ない、ただ少し使い込まれた焦げ茶色のトランク。一つだけ違うとこがあるとすれば、このトランクには錠前が七つもついていた。

 ドライロットがローブの下から鍵束を取り出しながらつぶやく。鍵には一番から七番までの刻印が打たれていた。いったい何が重宝なのだろうとウィルは興味津々で見つめた。
 番号を刻印されている鍵、その六番を右から六個目の錠前に差し込んでトランクを開けた。蝶番が錆びてでもいるのかトランクはひどくきしんで、嫌々開いたようだった。中には折り畳まれたボストンバッグが入っていた。微かに白っぽくカビ臭いそれを取り出した。ドライロットはトランクを閉め、今度は五番を五番目に差し込み、再びトランクを開けた。たったいま空になったはずのトランクにヨレヨレのマントやローブが入っていた。さらに四、三、二、一と鍵が差し込まれトランクが開くのを見て重宝の意味が判ったとウィルは思った。鍵を合わせて開く度に中身が違っていた。このトランクはマグルのトランクの七倍、物を詰め込めるのだ。ドライロッドは、その荷物を全てボストンバックへと詰め込んで杖を向け何事かをつぶやいた。そして、片手でトランク七つ分の荷物の入ったボストンバックをソファの後ろに放り投げた。きっと軽くする呪文を唱えたのだとウィルは確信した。
 今日はもう一日中奇妙なことが起こっていたから、「いまさら驚くもんか」、という思いがあった。だが、それは七つ目の鍵が差し込まれトランクが開いた途端消え去った。ウィルは驚いて思わず声を上げた。
 竪穴のような、地下室が現れたのだ。その四方の壁は全て棚になっていて、本や薬ビンのようなものが雑然と並べられていた。真中には大きな机が置かれ、丸まった羊皮紙が無造作に載せられている。
 「ワシの書斎じゃよ」驚いたままのウィルにドライロットは相好を崩した。
 「便利なものじゃて、どこへ行くにも書斎を持ち運べるんじゃからな。ワシが本当に貰ってほしいのはなトランクではなく、この書斎じゃ。この書斎にはワシの二十年が詰まっている。ワシの生きた証がな」
 ドライロッドは愛うしげにトランクの縁を手の平で撫で、溜め息を吐いた。
 ウィルにこの老魔法使いの心情を理解することは不可能だった。だが、申し入れを拒絶することもまた不可能なことだった。
 結局、ウィルはトランクを譲り受けることを承諾し、老魔法使いは小鬼に呼ばれて去っていった。もう二度と会うことはないであろう老魔法使いの背を見送り、ウィルはこのような出会いをもたらした珍奇な運命を想った。





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Last updated  October 12, 2005 10:04:02 PM
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