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腹痛で入院してきた、Rさん。65歳、女性。ちょっと変なおばさんで、朝、血圧がスカイハイなのに、降圧剤は夕方に飲むの!といって、240/110くらいの血圧を放ったらかしにしようとするような人だった(いや、結局ドクターを借り出して説得して飲んでもらったけど)。ちょっと神経質そうで、それでいて頑固で。でも私は、同僚のみんなが言っているほどStroppyな人ではないと思っていた。しかし。彼女に、残酷な診断が下り立った。先日の肝臓生検でクロだったのだ。診断は、肺がん→肝臓に転移イギリスでは、たいていのケースで本人にインフォームドコンセントが行われる。Rさんの場合も例に漏れず、息子さんと共にオンコロジストのドクターから告知を受けた。私はその場にいなかったのだが、彼女は頷きもせずただただ聞いていた、らしい。Rさんは、そこから完全に生きる気力をなくしてしまった。入院前は、管理人付のフラットで1人暮らし、完全に自立した人だった。それがその告知後、食事も取らず、清拭も家族の面会すらも拒否し、告知からなんと5日でこの世を去ってしまったのだ。誰もが彼女の死にショックを受けた。しかも、Rさんは天涯孤独な人ではなかった。娘さんも、息子さんも、さらには、母親のMさんもまだ元気で健在、面会にも度々来られていた。告知をすべきではなかったのではないか、と家族から怒りの声が上がった。彼女には、その告知に耐えられるほどの強さがなかったのだ。それを医療者は見抜くことができなかった。Rさんのケースは、典型的な告知により死を早めたケースだったように思う。Rさんが亡くなったのと時を同じくして、テレビでリレーフォーライフ(RFLhttp://www.cpsp.jp/index.html)の番組を見た。癌を克服した人、癌と今も闘っている人、癌患者の家族、それを支える市民、それぞれの人が思い思いに参加する命のリレーだ。400メートルのトラックを半日一度も途絶えさすことなくリレーをつなげていく。そこには、癌を取り巻く人々の強い心の輪があり、痛みを抱えながら子供に絵本を読み聞かせする人や、癌による障害を乗り越えて懸命にリレーをつなごうと頑張る人の姿に感動を覚えた。これほど癌という病気は捉え方ひとつでその人の人生を変えてしまうものなのだ、と思った。みんな、一生懸命生きようとしていた。私は、母が癌を患ったこともあり、他人事とは思えず目に熱いものを感じながら最後まで見入っていた。癌という病気を患ったとしても、結局はその人の生き方なのだと思った。癌を患ってから、どう死ぬか、ではなくどう生きるか、なのだと。Rさんのケースは本当に残念でならない、なぜなら、違うアプローチの仕方で彼女は病院で生涯を終えることなく、家に帰る事も十分に可能だったと思うからだ。ただインフォームドコンセントが進む今、よほど家族の強い意志と希望がない限り、告知はされてしまう。そして医療者に告知を止める権利はないのだ。その人の強さに賭けるしかない現場、それを歯がゆく思うケースだった。
2007.01.19
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