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“そうだったのか・・・。社長は私を守るように指示してくれたンだ・・・。“そんな事を考えてたら顔がニンマリしていたらしく,やっぱりアンジーに“喝っ”を入れられた。 「空ちゃんっ!! いい加減におし!! 顔・・緩み過ぎ!!」 「・・・,アハ・・アハ・・ハハハ・・・ゴメンわかり易くて・・・。」新幹線の発車時刻15分前,改札口前に再集合してもらった。行きと同じように班ごとに人数の確認をすると,今度はみんな揃っていた。ただ・・1人気になったので探してみる。両脇を他の社員に抱えられるように並んでいる“柳さん”も目視で確認することが出来た。 「それでは皆さん,12番線へ向かいますので後に続いて下さい。」と,私は先頭で待っていた社長にちょこんと頭を下げ,私のバックの中でずーと出番を待っていた,添乗員用の旗を掲げた。未だに私を囲んでいる3人のSPにも心躍らされるが,私にはもっと従順で優しくて無口だが,いつも側で見守ってくれている,そんなヤツがいる事を忘れていた。紺地に白の文字で,会社のロゴマークが入ったこの旗は,紛れもない私の相棒だ。コイツはいつも“1人じゃないよ・・・”と,側にいて励ましてくれるのだった。私が添乗員デビュー間もない頃,この旗を持つことが楽しみでならなかったが,いざやってみると,これを出す機会が割と少なく,そのくせいつも私と行動を共にしては,バックの中でお行儀良く待ってくれているこの旗には,とても愛着があるのである。久しぶりの出番だ!この次はいつ会えるかわからない。風のない室内で遠慮深く翻るこの旗を,私は大きく左右に振って,精気を注ぎ込んだ。また,ホームにて少しの待ち時間を経て,新幹線に乗り込んだ。私は全員乗った事を確認すると,出入り口へ戻り,ホームに忘れ物はないか,のぞき込む・・・。そして“OK”と,つぶやいた。私にとっては,これが新潟への”別れの挨拶”のようなものだった。私は,長く伸ばしてしていた旗をバックしまうため短くしていると,カチッと音がして止まった。と,同時に発車のベルが鳴り,間もなく新幹線は東京へと滑り出すのであった。 つづく
2010/06/30
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帰りの新幹線を待つ間,行きとは打って変わって私はのんびりとしていて,何の緊張感もなく時間が流れるのを待っていた。それというのは,行きの上野と違ってここ燕三条には,沢山の新幹線が乗り入れている訳でもなく,新潟方面か東京方面の2つのホームしかないのだから間違いようもなく・・・,お客さんへの案内も簡単なものだった。帰りの新幹線の座席表を見ながら,私はさっきのSPたちの事を考えていた。どこから現れ何処へ消えていったか? そう言えば私はお礼も言ってないような気がする。私は顔を上げて周りを見回した。 「大丈夫です・・・! もう柳さんはいませんヨ。」と,優しく声をかけてきたのは,通路を挟んで私の真っ正面に座っていたK君だった。 「・・・?・・・」よく見ると私の両側にも1人づつ座っていて,引き続き私を警護していてくれたようだ。そして,私が“怖々と”? 周りを見回したから,K君が優しく声をかけてくれたのだった。私は感動して言葉にならない・・・。 「ずっと居てくれたンですか?!」 「も・ち・ろ・ん!!」 「・・どうも・あり・がとう・ご・ざいますゥ,ウル・・ウル。」と,私は目頭を指で抑え,彼らに感動を伝えた。 「ちょっとアンタ・・・,随分嬉しそーじゃない?」私とSPの間に無理矢理お尻を割り込んで,オレンジの足をこれ見よがしに張り上げながら,足を組んで隣に座ったのは・・・,アンジーだった。アンジーは座るより早く“アンタもういいわよ。”と,私の左側のSPに顎で指図した。 「ダメです!! 社長命令ですから・・・。」 「エ?~・・・エ,??」私とアンジーは同時に発声し,顔を見合った。 つづく
2010/06/29
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「・・・。」 「柳(やな)さんっ!!何そんなに怒ってンすか?!」そうか“柳さん”だ。私がこのグループの添乗を初めて任されたとき,誰に聞いたかは憶えていないが,“酒癖の悪い柳さんには,気をつけろ。”と,言われた事を思い出した。 「この女が,グダグダ言ってっからだよ!謝れッこの バカ!!」 「・・・あの・・私,何か気に障る事,言いましたか?」 「バカヤロー!お前のせいでこんなに待たされてンだろっ!」 「申し訳ありませんが,時間に余裕を持って案内する事も, 私の仕事ですから・・・。ご理解をお願・・」 「うるせー!!このヤロー・・○*+×△*」と,その時,私と柳さんの間をずっといい距離感で見守ってくれていた背中合わせの椅子を,柳さんはあっけなく飛び越て来たのだ。そしてその瞬間,私の前に立ちはだかって柳さんを制止した人がいたのだった。それは,まるでSPのごとく私の前で盾となり,柳さんから私を守ってくれているのだ。先頭に1人,左右に1人づつ¥・・・3人もだ。椅子を飛び越えてきた柳さんにもけっこう驚いたが。この3人の身のこなしまでもが,それらしく見えて・・・,やたら感動した。柳さんは相変わらず,訳のわからない事をブツブツ言っていたが,他のSP達に確保されるまで,1分もかからなかった。そして,柳さんはSP達の手によって,待合室からどこかへ連行されて行ったのだった。もちろんSP達とは,他の社員たちの事だが,当然,両方を守るためにした行動なのはわかっている。でも私には彼らが,ウルトラマンやスパイダーマンのような正義の味方にさえ,思えてしまう。私も余計な事を言わずに,そこから逃げてしまえば良かったものを,と,反省もしたが,またどこかに現れるかも知れない私のSP達に,”また会いたい”と期待してしまうのだから,手に負えないのだ。私は逃げも隠れもしない。だって私は,ひどく満足しているのだから・・・。 つづく
2010/06/25
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燕三条の駅には,発車時刻の50分前に着いてしまった。しまった・・・と,言っても予定通りだ。この辺りは新幹線の線路が高架橋になっていて,大きな駅ではあるが停車する本数が少ないため,構内も割と閑散としている。そして,駅ビルも余った時間をもてあましそうな殺風景なものだった。 「ちょっと早すぎたンじゃない?!」ほ~ら来た。待合室で私の隣に座っていたお客さんが切り出した。大勢の中には必ずこんな苦情を言うヤツがいるものだ。 お土産は余るほど買って・・・お腹もいっぱいで・・・,この殺風景な駅の待合室で時間をつぶさなければないわけで,お客さんの立場に立って考えれば,少しの苦情は仕方ないと思うのである。だから私は笑顔でこう答える。 「団体旅行で列車や飛行機を使う時は,時間が余って当たり 前なンです。 充分に余裕をもって行程を作りますから ・・・。 小さいドラブルや,渋滞に巻き込まれても, 間に合うように計算していますので・・・。」 「そうなんだ・・・。」 「余裕にも程があるでしょ?!」と,私の真後ろに背中合わせで座っていたお客さんが割り込んで言ったのだった。 「・・・,はぃ!」突然後ろから大きな声がして驚いた私は,返事をするのが精一杯だった。 「もう,いいから・・・。」と,隣にいた人がその男の腕を取り,私から離そうとした。ケンカをしている訳でもないのに,早々と仲裁にでも入ったかのような周りの反応に,私は少し戸惑った。 「ごめんね桜来さん,昼間ちょっとヤリ過ぎたみたで・・。」と,お猪口を持って飲むような手振りで,申し訳なさそうにしている別の社員にも,食いついた。 「なんで謝ンだよォ! 悪いのはこの添乗員だろ!!」その男の声は,待合室にいた人たち全員を振り向かせた。 つづく
2010/06/24
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私が,バスの前でお客さんを迎えていたガイドを,目前にしたとき,既にガイドの手には重~い車止めがぶら下がっており,“私が最後”になってしまった事が,明らかだった。 「皆さん,お揃いです!」 と,嫌みのない優しい声で迎えられた私は,バスのステップに上がる直前2,3度深呼吸をして息を整え,何もなかったようにバスの中へ入って行った。 「・・・?。」何か空気がおかしい・・・。みんなの視線が一瞬だが突き刺さった。“確かに集合時間ギリギリで戻って来たが,遅れた訳ではない・・・?”一番最後が添乗員とは何事か?とでも言いたいのか・・・??“私は首をかしげながら,一番前の定位置に腰掛けた。 「空ちゃんっ, 今度は若い男が追いかけて来てるわヨっ!」 「・・・・・・」車内ではあちこちから冷やかしの声が聞こえていたが,ピンと来ない私は,あきれたアンジーの声にも,すぐに反応出来ないでいた。すると,ガイドが乗って来て, 「添乗員さん,お店の方がお呼びですよ!」 「えッ,ぁあッ,ハイ!!」急いでバスを降りると,そこにはさっきの市場には似つかわしくない美男子が,立っていた。 「添乗員さん,一応,名刺もらえる?!」 「アッ,ハイ。」私は,さっさと店へ戻って行くその美男子を”まだタメ口かよ”と,見つめながら・・・,アンジーの言葉を思い出していた。この男子が私を追いかけて来ていたのを,バスの中からみんなに見られれていたようだ。カニの送り先の確認のために,私を追いかけただけなのに・・・。“やれやれ・・・”と,ゆっくりバスのステップを上がって行くと, 「ヒューヒュー・・・・。」 「モテモテだねェ~・・,空子ちゃん!」 「なかなかヤルじゃん・・・・!」と,益々冷やかしの声が飛び交っていて,マイクを持ったガイドも,話し始めるきっかけを無くしているようだった。ただ“お土産の送り先を聞きに来ただけなンだ”と,説明したかったが,“何を買ったのか?”とか“添乗員は割引になるンだろう”とか,面倒な事になるので,取りあえず頭をかきながら謝った。 「どうもスイマセン・・・!」 「やだぁ~認めるわけ~?!」と,相変わらずアンジーの妬みが収まらないようだったが,バスは予定時刻を4分遅れで動き出した。 つづく
2010/06/21
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暗~い店の奥からこっちに向かって来る,女性の姿が少しずつハッキリしてきた。社長の彼女の事務員さんだった。 「桜来さん!!」と,呼びながら私に手招きをしているので,奥の方へ行ってると,そこにはリラックスした様子の社長がいたのだった。 「空子ちゃんも何か選んで!!」と,社長は冷蔵庫に並べられた高級そうな蟹やいくらの箱を指さしながら言った。 「いえッ,私は結構です!」 「遠慮しなくていいから・・・!」 「ありがとうございます・・・お気持ちだけいただきます。」 「そんな事言わないで買ってもらいなさいヨ!!」と,彼女が言うと, 「そうだよ!添乗員さん,これがいいンじゃない?!」と,調子に乗った店員が蟹の箱を1つ持ち上げ,私たちに割り込んで来た。しかたなく・・・いやっ,必要以上に断る理由もなく・・・,私は社長のご好意を受け取ることにした。ザッと冷蔵庫を眺めていて気が付いた。 「ここのは,高い物ばかりですね,表にもっと 安いのがあったみたいだけど・・・。」 「いいものは表に出してないの! 陽が当たるから・・・。 だから社長さんにもこっちへ来てもらったの。」若い男性店員はどう見ても年下だが,タメ口で話して来る。少しムッと来て,電卓を叩きだしたその男の顔をチラ見した・・。・・・そして,ジッと見た。2度見するほど,私的にはなかなかお目にかかれないような美男子だったのだ。私はどれくらい見とれていたか憶えていないが,社長の声で我に返った。 「空子ちゃん,カニ・・好き?」 「はぃ,大好きです。」 「じゃあ,これにしよう!!俺と同じの, ねッ!」 「あっ・・・はぃ!」私はこの時ちゃんと社長の方を見て返事をしたのだろうか,後で思い返してもよく憶えていないのだった。 「さぁ,空子ちゃん行くよ!!」と,再び社長に言われて気が付いた。もう出発時間5分前だった。私は店先で,奥にに潜んでいる美男子に“会社へ送って下さい”と,だけ告げて,バスへ急いだ。よほど慌てていたのか・・・・私としたことが・・・,私の後を追いかける誰かの気配にまったく気付かなかった。 つづく
2010/06/18
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子供が遊園地の駐車場から興奮するように,地味ではあるがこう言う場所で大人もけっこう落ち着きがなくなるものだ。私は,さっきまで飲み疲れてボーッとしていた社員たちが,足取り軽く元気に市場へ向かう姿を,バスの横で見送っていた。先を急ぐ社員たちとは対照的に,社長と事務員の女性がゆっくりとバスから降りて来た。手をつなぐわけでもなく,肩を抱わけでもなく,つかず離れず社長の後を付いていくこの女性は,会社の経理を任され,長年,事務所を仕切っている50才位の社員の一人だ。だんだん彼女より年上の社員が少なくなり,今では陰で“お局さま”などと呼ぶ人もいるようだ。私はずーと前に,誰かからこの女性は“社長の彼女”であると,聞いたことがあったが,私の知る限り,旅行中それらしい現場を見たことはない。最後と思われる2人が降りると,ガイドが残っている人はいないか?確認のため車内へ戻った時,私は,初めて見る仲むつまじい2人の姿を微笑ましく見送っているのだった。ややもすると社長にまとわりつく女性達に,ヤキモチさえ感じる私が,なぜ“微笑ましく”・・・なのか,自分でもよくわからないが,2人にエールを送りたい・・とさえ,思っていたのだった。予定通り食事の時間には全員集合し,寺泊らしい,大きなお椀の蟹汁,新鮮な刺身の盛り合わせ等に,舌鼓を打った。珍しいことに,ここでも社長の隣にあの女性が寄り添って座っていた。が,社員たちはそんな事を気にする暇もなく,買い足りないのか?さっさと食事を済ませ,買い物に戻って行く人が多かった。20分位経っただろうか,私が別室で食事を済ませみんなの席に戻った時には,もう誰一人残っていなかった。昼食代の精算を済ませた私は,何を買う宛もなく市場をブラブラしていると,店の奥の方で誰かが私を呼んでいる。 「空子ちゃん・・・!」細長~い店の奥へ目をやるが,目の悪い私はどの辺から誰の声がするのか,すぐにわからなかった。 「桜来さん,こっちよ。」 つづく
2010/06/17
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「お疲れ様でしたっ!寺泊に到着しました。 ただ今,11時ジャスト。 約40分間,ショッピングをお楽しみいただきまして, その後,ご昼食となります。 昼食場所は,正面に見えております ○×屋 の2階です。 ここへ11時40分に集合して下さい。 ショッピングがお済みでない方も,一旦こちらにお集まり下さい。 また,集合時間より早すぎても,食事のお支度が整わない場合は, お席へご案内できませんので,ご了承下さい。 ・・・・・。」 私の滑舌の良い的確な案内に,お客さん達は耳を傾けてはいるが,目の前に立ち並ぶ市場に目が釘付けになっていて,早く降りようと,もう立ち上がっている人も数人いるのだった。こういう時だからこそ私は,ゆっくりとハッキリと,お客さんの顔を見ながら話すのだった。私はますます大きな声で威嚇した?! 「尚,ここ寺泊の出発時刻は12時40分となっておりますので, ・・・・・・・。 バスを降りますと,そこから自由行動となりますが,道路を 横断する際は,充分,ご注意下さい。 それでは,お気をつけて行ってらっしゃい!!」こんな具合で添乗員は,絶対伝えなくちゃならないことを言うときは,大人であろう子供であろう関係なく,はしゃいでだり,興奮しているお客さん達を落ち着かせるため,威嚇することもあるのだ。でも,けして不愉快にさせるようなことはないのだ。そう,私は“プロ”だから・・・。 つづく
2010/06/16
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私はもう一度軽くお辞儀をして,バスに乗り込んだ。 「気に入られちゃったみたいですねェ・・・。」 「桜来さんは,年上にモテるンだね!」私がまだ座席に着かないうちに,どこからか聞こえて来た。通路を挟んで,隣に座っていた社長がすかさず反応した。 「それは失礼だろ! まるで空子ちゃんが年寄りにしかモテ ないみたいじゃないか!!」“空子ちゃんに失礼”? 私に取ってはどっちもどっちだった。 「でも,社長も桜来さん好きでしょう?!」車内は一斉に笑いに包まれた。社長は,逆に突っ込まれて,ばつが悪そうに笑っている。 当の私は,手首まで流れてきそうなソフトクリームと格闘中・・・なわけで,ゆっくり味わうことも出来ず,一心不乱で口の中へ押し込んでいた。バスはガイドの案内の中,弥彦スカイラインを重そうに登って行く。時間に余裕があれば,ロープウエイで山頂を目指すのだが,今日は余裕がない。最終日,飛行機や列車を利用するときは決して無理をしないのが団体旅行の常識だ。私たちは,弥彦山山頂を横目にバスを走らせ,日本海側へ下りて行った。次の目的地は寺泊(てらどまり)の魚市場。この魚市場を通称“アメや横町”と呼び,新潟を旅する観光客の多くが,ここで新鮮な魚介類を食し,尚かつ大人買いして行くのだ。私たちも今回の旅を締めくくる場所としてここに立ち寄り,昼食を兼ねてお土産のショッピングを楽しんでもらうことになる。ガイドの話は尽きることなく,バスは寺泊アメや横町の大きな駐車場へ入って行った。ここから,数多くの魚やさんが軒を並べる,アメや横町が一望できるが,気が早るお客さん達を一旦落ち着かせるのは,私の役目だった。なめらかで,歌うようにリズムをみ,時にはさりげないBGMのようでお客さんの安眠を邪魔しない・・・,そんなガイドを黙らせて,私はマイクを握る。 つづく
2010/06/15
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「プッッ・・!」 バスに寄り添って立っていたガイドが遠慮がちに吹き出した。 「アレッ・・,ガイドさん,あなたも探してくれたの?」ガイドは口を押さえ,笑いを堪えながら大きく頷いた。 「アナタも・・・,仕事だから・・・?!」 「アッ・・いやぁ,・・・スイマセン・・・。」新米ガイドは笑って言いのか?謝って言いのか?わからない様子で,社長を見つめる・・・。 「・・・そんな顔で見つめないで・・・。正直な空ちゃんも大好き だけど,ウブなガイドさんも捨てがたいな・・・!」 「・・・社長!! イヤラシ~イ顔になってますよ!」と,私は社長の腕を取り,バスへ押し込んだ。“待てよ・・・,あたし・・ヤキモチ・・焼いてる?”“・・バカな?!”と,自問自答して振り返ると,いつの間に来ていたのか,アンジーの顔が目の前にあって,マジマジと私の顔をのぞき込んで言った。 「アンタ何ムッとした顔してンの?・・もしかして今日,アレ?」 「・・・??・イヤッ・・別に!!」アンジーは不思議そうな顔をしながら,私の前を通り過ぎて行ったが,私は・・・と言うと,“アレっ?って・・・,アンジーは女でもないのにアレの時の女心がわかるのだろうか・・・? わかりっこないくせに!“と,うかつにもアンジーにまで八つ当たりしそうな勢いでその背中を目で追っていた。“いったい私は何をしてるンだ”と,気を取り直して,時計を見る。時計の針は出発予定時刻の9時50分丁度を指していた。それを見ていたガイドが, 「あと2名様です!」と,手元のカウンターを見ながら答えた。そして,私がバスから程近い売店の方へ目をやると,ソフトクリームを手に,小走りで近づいてくる2人を見つけた。 「あの2名で,お揃いです!」と,私がガイドに告げると,ガイドは早速タイヤに添えていた車止めを拾い上げ,ステップにしまい始めた。待たせている・・・と,察したのか,最後の2人の小走りはだんだん早くなっている。 「走らなくていいですよォ~!」と,声をかけると,2人の足取りはゆっくりになった。 「お待たせして・・・,ハイ これどうぞ!」と,1人のお客さんが2つ持っていたソフトクリームを1つ差し出した。 「イェッ,私は結構です」 「違います! あの店の人が“添乗員さんに上げて”って!」 「・・?・・??」溶け出して,今にも手を伝って来そうなソフトクリームを,取りあえず受け取った私は,売店の方を見て,表に突き出したソフトクリームコーナーに目を凝らした。誰かを捜している様子を店の中から見ていたのだろう。中から一人の年配の男性が出て来た。それは,さっき私がトイレを借りに行った時,挨拶した人だった。“お疲れ様です”“おはようございます”の会話だけだったのに,その人はとても親しげに手を振っている。私は2,3歩前へ歩み出て,“ありがとうございます”と,叫んだ。私の声は先方に聞こえたか?聞こえないか?位のものだったが,その人の“またおいで”の声は,弥彦山にこだまするように響き渡った。 つづく
2010/06/14
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「うっそー,やだ! アタシ ちゃんと乗せたわよ~~~!」私とアンジーの会話で何か良からぬ雰囲気がバスの中に漂い始め,ボーッとしていた殆どの人が,一斉に我に返った様に見えた。にわかにバスの中がざわめき出したが,私はあまり焦っていなかった。もちろん,お客さんを置いて来てしまった添乗員の責任は重大だが,往復10分あれば迎えに行く事ができる場所だったため,今後の行程に支障は出ないと履んでいたからだ。私はもう一度,今度はじっくりと車内を見回した。“怪しい・・・左の最後部・・・。” 私は心でつぶやいていた。最後部の右側には男性が1人,深い眠りに入っているらしく,車中のざわめきをも子守歌のように,力なくうなだれて目をつむっていた。私は迷いなく歩き出していた。 「ちょっと失礼します・・・。」通路にはみ出しているお客さん達をよけながら進む私は,最後部左側の座席へ焦点を合わせる。前列まで来てもやはり寝ている1人の男性以外は確認できない。 「・・・ンん?・・・,ホラッ・・いた!!」谷ヤンは,最後部左側の席に座っていたにちがいない・・・だろうが,隣に誰も座らなかったため,ついつい横になって眠ってしまったようで,車内前方からは死角になっていて,すぐ前に座っていた人たちが先に降りてしまった事で,誰にも気付いてもらえなかったのだった。アンジーは私に付いて来ていたため,私に覆い被さるようにのぞき込んで,谷ヤンを確認した。 「あらっ,やだ~いたじゃない!! ったく,人騒がせよね!」私はなんとなくはじめから確信めいたものがあって,慌てることはなかったが,さっきまで一定の緊張感のあったバスの空気が,一気に和んでって行った事に,少し申し訳ないような気持ちになった。出発時間5分前,社長が1人で戻って来て,悪戯っぽく話しかけてきた。 「空ちゃん・・・,何か事件が起こった?」 「はぃ!!」 「どんな事件?!」 「 “谷ヤン紛失未遂事件” です!」 「・・・空ちゃんが落とし主・・・なの?」 「ハイ!そうです!」 「探さなくても良かったのに・・・どうして探したの?」 「仕事だからです!!」 つづく
2010/06/11
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私たちは,予定通り9時ちょうどにホテルを出発した。最初の目的地は弥彦神社。ガイドの朝の挨拶も終わらない内に,バスは5分程で神社の駐車場に到着した。ドライバーがギアをバックに入れる直前,ガイドはバスを降りて笛を口にくわえた。バスはゆっくりとバックしながら,まだガランとしている大型専用駐車場に,お行儀良く入って行った。お客さんと言えば,さっき乗ったばかりで気分が乗らないようだ。誰も降りる準備をしていない。それでも,ガイドは急いでバスに戻り再びマイクを握り,出発時間を告げた。 彌彦神社(いやひこじんじゃ) 越後国開拓の祖伸,伊夜彦神を祀っていて, 弥彦山の麓に位置し,弥彦山全体を神域とする。 正式には彌彦(いやひこ)だが,地名が弥彦(やひこ) であることから,一般的には彌彦(やひこ)神社と,呼ばれ ている。自由に見学して頂く時間は,約30分。そんなにゆっくりしてはいられないのだが,飲み疲れた様子のみんなは中々腰を上げないのだった。そこで,一番元気な社長が先に席を立つと,しかたなくそれに続く数名がいて,ポロリ・・・ポロリと,10人位が降りた頃だろうか,若い男の社員がつぶやいた。 「谷ヤン,乗ってる?・・・見当たらないけど・・・。」 「エッ・・・!!」私はガイドと一緒に先にバスを降り,中々降りてこない人たちを気長に待っていて?気な顔をしていたが,途端に2人の顔は強ばった。 「数えたよね・・・。」 「はぃっ!! 社長さんが1人増えて・・・34名ですよね?」ガイドが自信を持って答えた。 「そう・・,私も数えたし・・・???」私は急いでバスに乗り込み,座席後方から前方へ目を移した。2,3度繰り返したが,谷ヤンは確かに見当たらなかった。私の顔色を見て何かを察したか?まだ車中に残っていたアンジーが言った。 「どうしたの?」 「谷ヤンが・・・いない・・・!」と,同時に前の方に座っていたアンジが後方へ目を向けて探していたが, 「アラッ・・・ホント・・!!」 つづく
2010/06/10
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さて,今日は3日目,最終日の朝は雲一つない晴天だった。私は,自分のむくんだ顔にひるむことなく,朝食会場でお客様を迎える。どうせお客さんの方が飲み過ぎて,ひどい顔してるに違いない・・・とか,私の顔など,そう気になる人もいなかろう・・,と,高をくくっていたのだが,社長に見破られていた。 「空子さん,おはよう。 寝不足? それとも飲み過ぎ?」 「・・アハッハハハハ・・・,バレバレですね!」 「あれから・・・,誰かに捕まったの?」 「まぁ・・,あのォ・・・アンジーに。」 「何?女同士で飲んだの?・・・。 アイツ昨日は完全に女だったよももンね!」 「・・・あっ,・・イヤっ・・そのォ~・・・ハイ。」 「だったら俺が捕まえときゃ良かったなぁ・・・。」と,社長はニコニコしながら自分の席へ向かった。こんな風に,社長はいつもスマートな会話をする。私のような者に対しても,必ず顔を見て挨拶して,差し障りのようにご機嫌伺いをする。そして,女性を程よく建てて,さりげなく褒め,けして深追いしない・・,この加減がいつも絶妙なのである。 「おはよう・・・,・・ちゃん・・。」相変わらず,乾ききった声の主はアンジー。(本名:山村 賢治 通称ケンじぃ)寝坊して化粧が間に合わなかったと言っても,自然とハンカチを持った左手は小指が立ち,究極の内股で歩く姿はやっぱり変だ。 「どうしたの?」と,私の方が聞いたのに, 「アンタ・・・ひどい顔ねェ~。」 と,アンジーが言った。 「・・・・。」私は無言でアンジーの顔をのぞき込んだ。 「・・わかったわよォ~,アタシに言われたきゃないわよネ!」静かに食べていたみんなもアンジーに気付き,笑い始めた。遠くの方にいた同僚がアンジーに声をかける。 「何ンか変だと思ったら,今日は顔が“ケンじぃ”なのに, 歩き方がアンジーかよ!!」 「・・・ヒド~~イぃ,ってか,ヒドイのはアタシの顔か?!」・・・一同大爆笑。今日も朝一で,みんなの笑顔が見れた。いい日になりそうだ。 つづく
2010/06/02
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“今夜は金と銀に包まれて寝るのか~?なんてゴージャスな夜だろう・・““おぃ おいっ!!” ってか!!なんて頭の中で一人,ボケて,ツッコンでいたのだった。そしてそんなに遠くないアンジーに大きな声で私は尋ねた。 「・・・アンジー! 谷ヤンの部屋知ってる?!」 「アタシと同じよォ~」アンジーと銀カラスは,会計を待ちながら板さんと話し込んでた。そして,答えをアンジーにフった私は,図に乗って金の耳元でささやいた。 「・・・だって!!」そのささやきを聞いたか聞かずか?定かでないが,一瞬の隙を突かれてしまった。金はなんと,谷ヤンの背中を隠れ蓑にし,私にキスをして来たのだった。私は思わず谷ヤンを支えていた手を離してしまい,一人で支えることになった金カラスは,バランスを失い谷ヤンと共にゴロンと転がってしまった。その弾みで金はテーブルに頭をぶつけ,谷ヤンは小上がりからズリ落ちている。酒のせいで・・・私は手をさしのべるどころか笑いが止まらない。とうとう谷ヤンが細い眼を開けた。何が起こっているのかわっていないようだ。 「・・・何?・・どこ? 俺・・,帰る!・・あれ?」と,訳のわからない事を言っているから,益々腹を抱えている。 「何やってるのよっ!! さぁ,行くわよ」と,しゃがみ込んで笑っていた私はアンジーに手を引かれ店を出る。みんな “ごちそうさまぁ” をバラバラに告げ,エレベーターに向かった。足下がおぼつかない谷ヤンは,カラスたちに両脇を支えられて歩いている。私は,弾むような足取りでにエレベーターの前へ進みボタンを押す。停まっていたエレベーターのドアはすぐに開いた。真っ先にエレベーターに乗った私は,アンジーの部屋の階,“5”を押す。全員乗ったの確認すると,“閉”を押して・・・私は降りる。そして半分閉まったドアに向かい深々と頭を下げ,“おやすみなさいませ”と,見送った。♪チャンチャン♪ってな具合で,長い夜が終わった。私はホッとため息をつく。それは仕事の緊張感から解放されたからではなく,むしろ仕事を忘れて楽しく飲んでしまったから,羽目を外さずに済んだ事にホッとしているのだった。 つづく
2010/06/01
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