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一体、なんだろうか、これは。格調や志というものが全く感じられない。映画で言えば、小津安二郎と北村龍平、あるいはヴィスコンティとタランティーノの差くらいはある。いや、それ以上だ。何のことを言っているかというと、自民党による新憲法草案の前文を日本国憲法のそれと比較してのことだ。前文には、この草案の基本理念が書かれているはずだ。しかし、自民党のものには、どのような国にしたいのか理想や志が全く感じられない。感じられるのは日本国憲法へのうらみつらみである。現在の憲法に不満があるなら、それを解消してどのような国を作っていきたいのか、そこが全く描かれていない。それは表現力や教養の問題であろうが、この草案は、そもそも基本的に間違っている。憲法というものは政治権力の行動に制限を与えるものである。権力者が守るべきものだ。それが、この草案では、国民への義務制約を与えるものになっている。これはおかしい。そもそも政権与党が憲法改正を言い出すこと自体、それは政権に都合のいい改正でしかないはず。読んでみると案の定、その通りだ。それにしても憲法改正草案の発表が立党50年プロジェクトのひとつのイベントであるのだから、例えば、芸能プロが設立○○周年記念に新人スター募集をしたりするような発想と同じだろう。どうしても憲法を改正せねばならないという真摯な気持ちは伝わらない。彼らのたわごとだと思っておけばいいのかも知れないが、こんなふざけた草案を許すわけにはいかない。
2005年10月31日
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先日、松本清張の「点と線」を再読して、改めてその面白さを認識したが、実は最近、宮部みゆき責任編集の「松本清張コレクション」(文春文庫)も読み出している。そんな中で次の本も、非常に面白く、清張ミステリーとその時代背景への良きガイドブックとなっている。清張ミステリーと昭和三十年代 藤井淑禎・著(文春新書)松本清張を読む 細谷正充・著(ベスト新書)これまでにもいろいろと読んではいるが、松本清張作品には「はずれ」がないと思っている。もちろん未読の作品も多く、全作品制覇をめざしてもいいかと思っているところである。
2005年10月30日
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「メゾン・ド・ヒミコ」はゲイであるという設定の必要性はあるのだろうか?かっては華やかであったが、今は孤独な老人たちという設定でもいいのではないか。ゲイであるという設定が物語りに活かされていたのかどうか疑問である。この映画は春彦という男に導かれながら、それまでとは全く異なる世界に入り込んだ沙織の成長物語ではないかと思う。沙織の表情が次第に生き生きしてくるその変化がいい。「テオレマ」、「御法度」ではひとつの集団に美青年(少年)という異分子が入り込み、その集団を崩壊に導くというのに対して、ここではそうはならないというその差異が面白い。ついでであるが、この映画を見ながら、昨年の「ホテル・ビーナス」を思い出した。
2005年10月29日
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ある事情で松本清張の「点と線」を再読することになった。推理小説というのは「犯人」と「トリック」がその核であるので、それらが判っている作品を再読するとどうなるかという興味もあったが、これがなかなか面白い!以前読んだときからかなり時間が経っているということもあるが、再読に値する作品である。「日本の推理小説の概念を変えた記念すべき作品」との評がある作品で、その通りだと改めて実感。昭和32年という旅が贅沢であった時代で、背景となる交通事情も現在と大きく異なるが、今読んでも決して古びていない。今なら、こんなことはありえないとか、今なら、こんなことはしないよなという突っ込みを入れる余地は全くない。そのようなものをはねつける力があるのだ。この作品の核は「アリバイ崩し」である。実は犯人はある程度、示唆されている。そうした設定のもとで時刻表を駆使しながら、しかし、数字遊びに終わるのではなく、人間が持っている思い込みを交えて探偵(警察)と犯人との知恵比べに読者も引き込まれ、ついつい推理に参加してしまう。殺人現場は福岡・香椎の海岸であるが、北海道までの範囲で物語は展開する。背景に組織悪があり、それもこの作品が持つリアルさを引き立てて、後にジャンルとして確立する「社会派推理小説」のさきがけであることがわかる。「私はこれで推理小説が好きになった」と言う人が多いのも納得である。
2005年10月28日
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「乱れ雲」の主演は司葉子と加山雄三である。これは67年の作品。加山雄三は「乱れる」(64年)でも成瀬巳喜男に起用されている。この時期、加山雄三の人気は大変なものであった。そんな加山と成瀬という組み合わせは、今で言えば、木村拓哉が小栗康平の映画に主演するようなものだろうか。この時期、加山は若大将シリーズやアクション映画へ出演する傍らで、川島雄三、黒澤明、そして成瀬巳喜男の作品に出演している。成瀬作品は、若大将やアクション映画などの娯楽映画とは一線を画したもので、今で言えばアート系、芸術映画とでもいうものであろう。では、そんな成瀬の作品は何年かおきにしか作られたかというと、そうではなく、60年から67年までに12本、ほぼ毎年、新作が公開されている。60年代は日本映画が低落し始めた時期であり、落ちるところまで落ちているなどと言われていた時期であるが、現在に比べると、非常に活発であったということだ。最も大きな差は成瀬作品と若大将が同居している「多様性」であろう。これは東宝だけではなく、五社全体に当てはまることである。
2005年10月27日
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オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングのものが出るまでの決定版であった「ロミオとジュリエット」のロミオ役者。ジョン・ウェイン監督・主演の「アラモ」のトラビス大佐。「クライシス・オブ・アメリカ」のオリジナルである「影なき狙撃者」の主演者。アンソニー・マン監督の遺作の主演スター。近く公開の「ブラザーズ・グリム」でマット・ディモンが演じる同じ役を演じたことがあるスター。45歳という若さで病死。ローレンス・ハーヴェイといえば、こういうことを思い出す。その彼の娘がバウンティ・ハンターで35歳で生涯を閉じていたとは!映画「ドミノ」は、そのドミノ・ハーヴェイの生涯を描いた実録ものである。この映画で装飾過剰な映像で描いていることの、どこまでが本当でどこがフィクションかは判らない。有名人の娘、贅沢な生活の中で、心が満たされることがなく、バウンティ・ハンターの世界へという生き方の激しさは表面的なものであり、よくありがちな話で深みは感じられない。映画では彼女の内面や彼女をそのようにした環境を掘り下げたわけではない。凡庸な出来である。そのようなつまらなさを糊塗する為にも、トニー・スコット流の映像が必要ではなかったか。ざらついた画面、短いショットのたたみかけるような展開、このような映像がお好きな方はどうぞ。(但し、眼が痛くなる恐れはありますので、ご注意を)
2005年10月26日
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「四月の雪」に似たストーリーの映画があったと思うがなかなか思い出さないので、映画ファンの友人に尋ねたら、「『乱れ雲』だよ」と教えてくれた。成瀬巳喜男の遺作である。1967年の作品。加山雄三と司葉子。音楽は武満徹である。そう言えば、この映画でも二人が知り合うきっかけは交通事故であった。司葉子演じる主人公の夫はこの事故で亡くなる。事故の原因を作ったのは加山雄三扮するエリート社員。物語の終盤で、ヒロインはその男にも事故以来、深く苦悩していることを知って、心開いていくという展開であったと記憶している。私は、この映画を随分と前に見て、ほとんど記憶が薄れている。しかも成瀬は苦手であった。しかし、最近になって、成瀬にも興味が出てきており、「四月の雪」と似た内容と聞くと、この「乱れ雲」を非常に見たくなった。さて、今年は成瀬巳喜男生誕100年ということで、成瀬作品が再上映されるケースも多いようだ。どなたか、「乱れ雲」も「四月の雪」も両方見た方のお話をお聞きしたいものだ。もちろんただ単に設定が同じだけかも知れないが、こういうきっかけで旧作を見ること、あまり興味のなかった作品を見るのもいいのではないか。
2005年10月25日
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政治家の話題と言えば、芸能ネタのようなものばかり。内閣改造では、まるで新作映画のキャスティング予想かアカデミー賞予想のようなのり。そして、金にものを言わせて企業の乗っ取り合戦が、これまたにぎやかに報じられる。その一方では、新潟県中越地震の発生から1年経っても、いまだに9000人もの人々が仮設住宅暮らしで、多くの人々が自宅再建の目途がたっていない。政治の場で、このことへの真剣な議論はほとんど聞かれない。この国はなんかおかしくないか!
2005年10月24日
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この映画についていろいろと調べていると、原題は「外出」ということを知った。このタイトルは非常に面白いと思う。作者(あるいは作者たち)は、この「外出」という言葉にどんな思いや意図を込めたのだろうか。このドラマは、すべてそれぞれの家、つまり家庭の外で展開される。インスの職場、病院、見舞いで宿泊しているホテル、その周辺の店、そしてインスとソヨンが二人で出かけるところなど。ラスト近くにインスの家の中が出てくるが、それは出発(つまり外出)の準備中である。このような設定にも、おそらく作者たちの意図があるのではないか。原題に使われた「外出」の韓国語にはどのようなニュアンスがあるのだろうか。単なる外出で、戻ってくるのか?それとも、出て行って戻ることはないのか?出発の意味なのか?いろいろと考えさせる映画である。
2005年10月23日
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やっと見た。考えてみたら、これは不幸な映画かも知れない。ペ・ヨンジュンが主演というだけで、ある種の色眼鏡で見られるようだ。また、そこでひとつのレッテルが貼られる。ペ・ヨンジュンに対して持っているある種のイメージで、この映画が評価され、「つまらなかった」などと言われるのは、主演のペ・ヨンジュン、ソン・イェジンにしても、監督のホ・ジノにしても決して本意ではなかろう。結論から言うと、これは実に映画らしい映画だ。セリフは必要最低限の自然なものだけで、セリフが状況や感情を過度に説明するということはない。状況や感情はすべて映像で表現される。お互いの配偶者が不倫関係にあったことが判ったとき、主人公二人が恋人関係になっていく過程などで、その演出が発揮される。また、物語の舞台は、決して観光スポットになるような場所ではない。日常のありふれた場所がほとんど。それでもドラマに見事にマッチしている。主演二人では、特にソン・イェジンが、中年にさしかかったすこしたびれた女性を見事に演じて、とても実年齢が23歳とは思えない。また、この映画は映像で語ることにより伏線がはられているようで、また省略が多く、観客の想像力を挑発しているようだ。特にラスト、雪の中を車が走り、画面の外から声が聞こえる。「私たち、どこへ行きましょか?」というセリフは、あれは現実の声であろうか、それとも主人公のこうあって欲しいと願う願望のセリフであろうか?私は、この映画はハッピーエンドであると思うが、この解釈はいくつもありそうだ。それにしても、韓国のスターたちを「微笑みの貴公子」とか「キラースマイル」とかの固定したイメージで見るのはもうやめるべきではないかと強く思う。この映画でペ・ヨンジュンは大変な演技派であることがよく判る。
2005年10月22日
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19日の日記でパトリシア・ニールの自伝を紹介して、そこではロアルド・ダールが「悪役」であることを書いたが、もし、ダール側から見たらどうなのだろうか。おそらくパトリシア・ニールについては、つらい書き方になっているのではないかと思う。ダールの自伝や伝記はないのだろうか。俳優や監督の自伝・伝記を読むと、いろいろと面白いことが発見される。「もしも、この人があの人・あの出来事に会わなかったら、あるいは会っていたら」という想像をしたくなる。それが時には単にその人の人生だけではなく、映画史が変わったかも知れないことを想像するのは、なかなか面白い。映画「芙蓉鎮」で主役を演じた劉暁慶の自伝「中国大女優・恋の自白録」(文藝春秋)では、彼女の恋、結婚、ビジネスが実にあけすけに描かれている。この中でかなりの部分を占めるのが「芙蓉鎮」で共演した姜文との恋である。その時点で、劉暁慶は大スターの地位を確保していたが、姜文は、まだ新人で彼の方が8歳年下。姜文はその後に張芸諜監督の「紅いコーリャン」にも出ているのであるが、この撮影中も彼は毎日のように現場から抜け出し、その撮影スケジュールは大幅に狂い、監督の悩みはかなりのものであったらしい。もしかしたら、そういう苦悩の中で張芸諜と鞏俐は恋におちその絆を強めていったのではなかろうか。もし、姜文と劉暁慶との恋がなく、「紅いコーリャン」の撮影がスムーズに進んだら、張芸諜と鞏俐というカップルとあの数々の傑作は生まれなかったかも知れない。ふと、そんなことを考えた。「中国大女優恋の自白録」は、様々なタブーに挑戦して、スキャンダラスであることを超えて、痛快ですらある内容だ。
2005年10月21日
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どこへかって言うと、靖国神社へ。実際に行ったのではなく、ホームページを覘いただけ。「日本語版」と「英語版」とがある。しかし、この神社をめぐっては中国、韓国との摩擦が大きいので、むしろ「中国語版」や「韓国語版」を作った方がいいのではないかと思う。この中の遊就館では、現在は、「明治天皇と日露大戦争」を上映していることを知った。これは1957年の新東宝映画で、当時の大ヒット作で、配給収入が7億円であったという、まさに国民的映画。この映画は私は一度見ているのであるが、今、改めて見るとどのように感じるのか、見てみたい。靖国神社に行く気は全くないが、この映画を見る為であれば、機会があれば、靖国に行ってもいいかと思う。さて、日露戦争を描いた作品としては「日本海大海戦」、「二百三高地」、「日本海大海戦・海ゆかば」があり、いずれも力をこめて作られていると思う。それぞれ明治天皇を現役の大スターが演じている。その中でこの「明治天皇と日露大戦争」を選んだのはどういう理由であろうか。
2005年10月20日
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映画「チャーリーとチョコレート工場」が好評であるが、その原作者ロアルド・ダールその人が登場する物語がある。物語といってもノンフィクションである。女優パトリシア・ニールの自伝「真実」(新潮社刊)がそれ。彼女はデビュー当時は「第二のガルボ」として売り出したスターである。パトリシア・ニールがゲーリー・クーパーとのつらい恋から逃げるようにロアルド・ダールと結婚する。その後、子どもを得ながら、うち1人は幼くして死ぬ。また、彼女は脳卒中で倒れ、言葉を失う。役者としては致命的であるが、懸命のリハビリの結果、見事にカムバックを果たす。しかし、ダールの裏切りによって離婚。その混乱と苦悩の中で彼女に救いの手を差し伸べたのは・・・。もし、これが小説や映画であれば、出来すぎと思われるかもしれない展開であるが、これは1人の女優の実人生。俳優の自伝は多いが、これはその中でも必読のものだと思う。ダールのファンにはひとこと言っておくが、この自伝の中では悪役である。-------------------------------------------------紹介した「真実 パトリシア・ニール自伝」は現在は絶版です。古本屋か図書館を探すしかないようです。
2005年10月19日
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「リンダリンダリンダ」のペ・ドゥナ「タッチ」の主題歌を歌うユンナ「亡国のイージス」のチェ・ミンソ「同じ月を見ている」のエディソン・チャン日本映画に韓国や香港のスターや歌手が進出している。その逆もある。こうして、日本映画はアジア映画の一ジャンルとなっていくのかもしれないし、映画人が国境を超えることは自然な時代がもう来ている。98年の「不夜城」は、その大きな兆しではなかったか。映画の世界ではアジアはひとつという意識が既に生まれてきている。日本とアジア諸国との対立や摩擦は政治の世界だけのことではないか。政治家たちの偏狭なナショナリズムこそが、これらの大きな可能性を閉ざす恐れがある。
2005年10月18日
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6代目007にダニエル・クレイグが決定。この人は「シルヴィア」でグウィネス・パルトロウの相手役、つまり詩人のテッド・ヒューズを演じた人。詩人から諜報部員へ。久々に30代のジェームズ・ボンドである。私は、先代のピアーズ・ブロスナンとティモシー・ダルトンには不満はなかったが、より若いボンドに期待をしたいが、若いスターになったことでアクションに比重がかかるのかという点が少し心配。もう少しボンドの内面を描いて欲しいところ。過去のボンドではショーン・コネリーのイメージが強すぎるが、私はティモシー・ダルトンが良かったと思う。また、1作品だけで降板したジョージ・レーゼンビーも、もうちょっと続けて欲しかった。
2005年10月17日
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「タッチ」、「リンダリンダリンダ」と少女ものを続けて見たが、本日は「ラヴェンダーの咲く庭で」である。ジュディ・デンチとマギー・スミスというイギリスの2大スターの共演であるので、かなり濃く重いものを予想していたら、意外とサラリとしている。随所に重いシーンもあるのであるが、そこは軽くかわして深くはつっこまない。だからといって作品自体がつまらないわけではない。私は二人の役を入れ替えたらよかったと思うのだが、どうであろうか?原題は「Ladies in Lavender」であるが、このラヴェンダーにはどんな意味があるのだろうか?ご存知の方、教えてください。
2005年10月16日
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あれから1ケ月が経った。みなさんの周辺の状況はいかがでしょうか?世の中がなんとなく沈滞して、息苦しさに耐えているような、来るべき眠れない時代を耐えるために息をひそめているという感じがする。少なくとも町中には活気や希望というものは感じられない。弾圧の暗黒時代への予感のようなものだろうか。「改革」を叫んだ政党と指導者が圧倒的な支持を得たにもかかわらず、この空気はどういうことか。本来ならば、「改革」に向かって進むはずだという希望があってもいいではないか。それなのにこの空気は何だろうか?おそらく、あの選挙は、「なんとなく小泉自民、なんとなく改革」に乗ってみただけ、反対を叫んだ候補者や政党を叩きのめす、つまり一種のリンチごっこであったということを自覚してきたのではないか。今の気持ちはその一時の憂さ晴らしの後のむなしさに満ちているようだ。おそらく自民党に投票した人々も、決して「良かった」「期待したい」という気持ちの人はほとんどいないのではなかろうか?そもそも、何をどのように改革するのかもよく判らない。郵政民営化がどこような改革につながるのか。それによって、雇用が生まれ、失業率が低下していくのかわからない。年金はどうなるのか?社会福祉というものはなくなるのではないか。それに「改革」を叫んで当選した候補者たちは、どうみても普通の人々の生活をしている人ではないし、我々と苦労を共にしている人には見えない。彼らの苦労や悩みというのは「ヴィトンの新作が出たので、早くこの手にとってみたいけど時間がないなあ」とか「新しく出来たフレンチレストランのフルコースの味はどうなのだろうか」程度ではないのか。寝たきりの老親をかかえて、あるいはフリーターの息子をかかえて、苦労している人、リストラされて求職活動で苦労してという人、災害にあった自宅の再建をどうするかと苦悩している人、そんな人ではない。また、そういう苦労に共感している人でもない。ほとんどの議員は、そういうことには関心はないであろう。政権党の党首が「改革」と言っているのだから、それは権力者に都合のいい改革でしかないのは明白ではないか。新たに選ばれた議員たちの話題が盛んに取り上げられているが、これらの状況を見るにつけ思うことは次のことだ。「国民は自分のレベルにあった政治しか手にすることはできない」本当にこれからどうなる?
2005年10月15日
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ついにというか、やっとというかハロルド・ピンターがノーベル文学賞に輝いた。劇作家としてだけでなく、映画の脚本も多く手がけ私にとっては映画の脚本家として馴染み深い。授賞理由として「演劇を通し、日常の何気ない会話の奥にある危うさを暴露し、抑圧され隠された物事の本質に迫った」としているが、映画においても彼の作品は一種の不条理劇の要素がある。「フランス軍中尉の女」では、映画に共演する二人のロマンスが映画の中のロマンスと虚実が並行して語られるという大胆な構成であったが、これもまた、どこまでが現実で、どこからが架空かという不条理劇に通じるものであったと思う。ハロルド・ピンターが最も力を発揮したのはジョセフ・ロージーとのコンビの「召使」、「できごと」、「恋」であろう。そんなわけで映画ファンである私にとっては、ハロルド・ピンターといえば、ジョセフ・ロージー、ダーク・ボガードという連想ゲームが成立する。
2005年10月14日
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「リンダリンダリンダ」は学園祭で間に合わせに編成されたバンドの物語ということで、これは昨年の今頃公開された「スウィング・ガールズ」と同じようなものかと思った。つまり「プロジェクトX・学園版」かと思ったら、全く違う。いわゆる高揚型のドラマではない。オープニングは、の歩きを追いながら、キャメラは横移動で学園祭の準備に追われる各教室の雰囲気を見せる。これが、この映画のムードを決定している。学園映画のファーストシーンとしては「ロボコン」に匹敵すると思う。さて、この「リンダリンダリンダ」が描いているものとは「コミュニケーション」ではなかろうか。ラストの「リンダリンダリンダ」に辿り着くのは、メンバーの意思が同じというより、そこからのお互いのコミュニケーションによるものと思う。「同じ意思」という点に安住することなく、そこから困難ながらも、また悪路ながらもコミュニケーションを行っていくことの素晴らしさを描いたのではなかろうか。
2005年10月13日
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主演の4人がそれぞれに素晴らしい。その4人の年齢を調べてみると、香椎由宇 87年生まれ前田亜季 85年生まれ関根史織 85年生まれペ・ドゥナ 79年生まれである。役柄と同じ年齢は、香椎由宇のみである。しかし、みな現役の高校生そのものの雰囲気を出している。あの環境にいるあの年代独特の雰囲気である。中でも、ペ・ドゥナは26歳である。結婚か仕事かを悩む、あるいは初めての子どもを持った若い母親を演じてもおかしくない年代であるが、彼女も見事に高校生を演じている。彼女が恵(香椎由宇)に言うセリフ「わたくし、がんばってもいい?」、ステージでの緊張した表情、片想いの男子から告白されるときの表情などまさに十代のものだ。ちなみに11日はペ・ドゥナの誕生日だ。おめでとう!(10日の栗山千明にひき続き若い女優にハッピーバースディの言葉を。でも本人が読むわけないか(笑))さて、この映画で驚いたのは恵と対立する凛子を演じる三村恭代。「チルソクの夏」の4人組の1人で一番目立たなかった子だ。これは、友人から教えてもらって初めて判った。この映画はもしかしたら、10年後には「あの女優たちが共演した作品」としてもっと価値が上がるかも知れない。
2005年10月12日
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本日(11日)に次の訪問者あり。今回が初めてではなく、たびたびお見かけする。事務局職員なのか、それとも議員なのか?2005-10-11 18:04:35 *.shugiin.go.jp いずれにしても、読んでくれてありがとうございます。これからもよろしく!
2005年10月11日
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しがない高校教師に甘んじている天才数学者が主人公。彼は、愛する女性の為に完全犯罪を目論む。その彼の友人であるこれもまた天才的な物理学者と警察は果たして彼の完全犯罪を打破できるか?真実に迫ることができるのか。東野圭吾の新作ミステリー「容疑者Xの献身」は実に面白い。「X」も「献身」も、最後まで読むとその意味が判ってくる。「騙された!」、「そんなバカな!」と思わず言ってしまいそうであるが、その騙され方も快感である。さて、この本を読んで連想した映画が2本。ヒッチコックの「裏窓」トリュフォーの「日曜日が待ち遠しい」「裏窓」と「日曜日が待ち遠しい」では、主人公の男が愛する女性の為に犯人探しを行う。それは、同時に愛を確かめる行為でもある。「容疑者Xの献身」では、何と愛する女性の為に完全犯罪を目論むのである。その経緯や内容についてはネタばれになるので敢えて書かない。読んでいただくしかない。それは刑務所に入って、その中で復讐を遂げた「黒衣の花嫁」のヒロインの情念にも通じる。もし、トリュフォーが生きていれば、コミカルな「日曜日が待ち遠しい」とは対照的なシリアスな作品として映画化したかも知れない。主演は当然、ジェラール・ドパルデューだ。そんなことを考えさせる小説であった。
2005年10月11日
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1964年は東京オリンピックの開会式。1984年は栗山千明が生まれました。「スクラップ・ヘブン」の長崎公開はまだか!
2005年10月10日
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映画「タッチ」を見ていて、いろんなことに気が付く。男2人と女1人という主人公たちに「冒険者たち」を重ねることも可能である。「冒険者たち」の場合は、まず女が死に、そして最後に男が1人残され、青春の挽歌を奏でる。映画「タッチ」では、まだ青春の只中にあり、これがどのように進んでいくのだろうか?原作を読んだことのない私には判らない。どちらも共通して連想されるのは「シラノ・ド・ベルジュラック」だ。さて、映画「タッチ」を見て非常にいいと思ったのはキャッチボールのシーンだ。肩慣らしに和也と達也の二人でのシーン3人で久しぶりにするシーン練習場で南がキャッチャーをかって出るシーンいずれも単にボール投げを描いているのではない。次に展開されるドラマを予告する演出である。ボールの往復が、行き来が、スリルと情感を高めていく。そういえば、「宇宙戦争」でも息子とのキャッチボールが異変へのシーンのつなぎになっていて、これも効果的であった。キャッチボールが巧く使われていた映画として、他に何があったろうか?
2005年10月09日
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思わず目頭が熱くなったシーンがある。それは悲しいという感情からではなく、娯楽映画特有の高揚感によるものである。どのシーンかというと、主題歌をバックにヒロインの南が球場に向かって走るシーンである。これは「昭和残任伝」で「唐獅子牡丹」の歌と共に、主人公・花田秀次郎が風間重吉と共に殴りこみに行くシーンの高揚感にも通じるものだ。日本映画は長らく、このような場面を忘れていたのではないか。この映画「タッチ」は、日本映画娯楽映画の伝統の復活であり、女優・長澤まさみの魅力を全面に押し出したスター映画、アイドル映画である。決してコミックの「タッチ」の映画化ではない。アート系の作家主義の作品が海外の映画祭で受賞することだけが日本映画の復興ではない。こうした娯楽映画が数多く生まれて、多くの観客をひきつけることこそが復興の鍵である。
2005年10月08日
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エンニオ・モリコーネが音楽を手がけた映画は200本を超すというが、有頂天閣下が一体、何を選んだのかを調べてみた。結果は最後に記載の通り。「荒野の用心棒」、「夕陽のガンマン」、「ニュー・シネマ・パラダイス」、そして「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は当然として何と「死刑台のメロディ」が入っているではないか。これは1920年にアメリカで実際に起きた「サッコとヴァンゼッティ事件」を史実に忠実に映画化した1970年の作品。「アメリカ裁判史の汚点」と言われる人種的・思想的偏見に満ちた裁判であった。映画の視点はアメリカ批判であると同時に偏狭な思考を持ち、差異を認めないことがどのように恐ろしい事態を生み出すかを描いている。数多いモリコーネ作品の中からわざわざこれを選んだということは作品内容にも感銘を受けたのではないかと思うが、それなら政治姿勢にもきちんと反映させてもらおうではないか。共謀罪というものが成立すれば、日本でもサッコとヴァンゼッティの悲劇が起きることは明らかであろう。本当に、こんなことやってないで、年金、失業、防災など大事なことをきちんとやれよ!それと共謀罪などやめろよ!----------------------------------------------------------------1 デボラのテーマ~映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より 2 ただ愛の為に~映画「尊敬すべき人々」より 3 オリエント・エクスプレス~TV映画「オリエント・エクスプレス」より 4 星のエクスタシー~映画「ヒューマノイド宇宙帝国の陰謀」より 5 メテロのテーマ~映画「わが青春のフロレンス」より 6 自由への希望~映画「死刑台のメロディ」より 7 別れ~映画「マエストロとマルゲリータ」より 8 君の瞳の中に書いてある 9 愛をあなたに 10 貴方にひざまずいて 11 荒野の用心棒~映画「荒野の用心棒」より 12 ガンマンの祈り~映画「夕陽のガンマン」より 13 ウエスタンのテーマ~映画「ウエスタン」より 14 古い階段の下で~映画「古い階段の下で」より 15 ヴェニスの別れ~映画「愛のために」より 16 旅立ち~映画「愛のために」より 17 ガブリエルのオーボエ~映画「ミッション」より 18 ミッション~映画「ミッション」より 19 ニュー・シネマ・パラダイス~映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より 20 1900のテーマ~映画「海の上のピアニスト」より 21 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ~映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より
2005年10月07日
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大事なものが汚された気分だな。エンニオ・モリコーネといえば映画音楽の巨匠。それも世界的な存在。誰かが「これがいい」と選曲したり、監修したりすることで評価や売れ行きが左右されるようなものではない。ヨーヨー・マが選曲・演奏したCDがあるが、それは彼だからこそ価値があるというもの。あんたがやってもモリコーネの価値を下げるだけだよ。余計なことはせんでいいから、まじめに本業をやれよ!
2005年10月06日
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『日経エンタテインメント』のサイトに「第1回エンタ!検定」というのがあるので、チャレンジしてみた。その結果は、以下の通り。これは1問が1点で100点満点。平均点は、超えたが、大学の成績から良というところでしょうか。好きな映画と本については、何とかいい点数であったが、その他はまったく判らないものや初めて聞いた固有名詞もあり、いかに知識や情報が偏っているか、よく判った。といってもそれを修正する気は全くない。(笑)皆さん方も受けてみてはいかがでしょうか。+++ 第1回 エンタ!検定 成績発表 +++ あなたの総合得点は75点 全国平均 60点 全国順位(10月5日 22時現在)1584位(22110人中) --ジャンル別得点表 --------------- 0_________10__________20点 映画 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ テレビ ■■■■■■■■■■■■■■■ 音楽 ■■■■■■■■■■■■■■ 書籍 ■■■■■■■■■■■■■■■■■ 芸能 ■■■■■■■■■■------------------------- --講評--------------------- あなたは「エンタの玄人」 あなたは忙しい仕事や勉学のかたわら、世間の流行情報チェックを怠らない努力家に違いありません。ジャンル別にみると、「映画」「書籍」が好きですね。「テレビ」「音楽」「芸能」は平均的に知っています。仲間内で、あなたの好きなジャンルの話題になった場合、率先して盛り上げましょう。情報は発信する人に集まってくるものです。ちなみに、解答の傾向としては、特に「海外」「雑学」ネタに詳しいですね。 ------------------------- エンタ検定実施中!http://ent.nikkeibp.co.jp/ent/kentei/
2005年10月05日
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先日、こんなニュースが掲載されていた。下記参照。本人は目立ちたかったと言っているが、これは案外と真剣な告白ではなかったかと思います。対象となった女性は、どんな気持ちであったでしょうか?そして、その結果は?ところで、これを目撃された方はおられますか?その女性の名前は、何でしょうか?これが一番、興味あるところだ。亜紀?日本の中心の東京の中心で愛を叫ぶ?まさかね(笑)ニュースより------------------------------------------------------------------2日午後3時40分ごろ、東京都港区芝公園4の東京タワー(高さ333メートル)の鉄柱に男がよじ登っているのを、タワーの警備員が見つけ、110番通報した。警視庁愛宕署員が駆けつけたところ、男は高さ約100メートルのところまで登っており、女性の名前と赤いハートを描いた幅1・5メートル、長さ2・2メートルの垂れ幕を掲げていた。同署員が外階段を上って説得にあたり、午後4時20分ごろ、下りてきた男を建造物侵入の現行犯で逮捕した。男にけがはなかった。調べによると、男は青森県十和田市、自称農業川田光弘容疑者(31)。調べに対し、垂れ幕に描いたのは好きな女性の名前で、「目立ちたかった」と供述しているという。(読売新聞) - 10月3日0時19分更新
2005年10月05日
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とにかく楽しい映画である。お楽しみがいっぱいである。奇妙な味のロアルド・ダールの原作をティム・バートンが映画化する。しかも主演はジョニー・ディップ。これは期待したくなるが、その期待に充分に応えてくれた。お母さんがヘレム・ボナム・カーターで、お父さんがノア・テイラーという家族とは!ノア・テイラーはここでもアドルフと同じく不運なキャラクターを演じている。これが、またぴったり。世界中に5枚しかないというカード。これがウィリー・ウォンカのチョコレート工場への招待状。チャーリー以外で、これを獲得した4人の子どもたち。よくぞと思うほどに憎たらしいキャラクター設定とその演出。最近は、お金持ちこそ正義、勝ち組・負け組の色分けで勝ち組こそ正義との風潮がはびこる中で、金持ちと権力者は傲慢でアホという設定には思わず拍手したくなる。ジョニー・デップが演じるウィリー・ウォンカの表情が見事。常に酔ったような表情から、ふとしたときに見せる真剣な表情への微妙な変化、その瞬間に何かが起きると思わせるそのスリル。ジョニー・デップ、見事だぞ。もちろん、クリストファー・リーもいい。「猿の惑星」の失敗から、「ビッグ・フィッシュ」で復調の兆しを見せて、この作品で立ち直ったと思う。基本的には「ビッグ・フィッシュ」と同じテーマであると思うが、今回が上出来である。ところで、この映画には映画ファンにはお楽しみのシーンがある。ヒッチコックの傑作のシーンが・・・。そしてモノリスが・・・。まだ、何かあるかも知れない。とにかく原作を読もう。
2005年10月04日
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1日から「マルチュク青春通り」が公開されている。とにかくクォン・サンウの人気は高いようで、おそらくこの映画は、1日やレディース・ディは、満員であろう。2006年の正月映画「美しき野獣」では、このクォン・サンウがワイルドなキャラクターを演じてイメージチェンジしているという。私にはこのクォン・サンウはどうもスターとしてのカリスマ性が感じられなくて、いまひとつピンと来ないので、彼がワイルドなにイメージチェンジしても、やや疑問である。この「美しき野獣」は作品としては、どうなのだろうか?「甘い人生」はフランスのフィルム・ノワールの再現かと思わせる演出で成功であったのだが、「美しき野獣」は、どのような路線なのだろうか?
2005年10月03日
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11月3日に長崎市で「9条の会」の講演会が開催される。講師は「靖国問題」の高橋哲哉氏である。これには是非、参加したい。このイベントには、全く関与していないが、この動きについても、今後、この日記で紹介していきたい。
2005年10月02日
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何かスカッとする映画を見たいと思ったら、何とツイ・ハークの新作「セブン・ソード」の初日である。結論から言うとはずれ。単純明快な痛快娯楽映画をめざせばいいものを、「HERO」や「LOVERS」を意識したのか、画面演出を「光と影」を主体にしたり、アート気取りのキャメラワークが展開をもたつかせてしまっている。しかも、7人のキャラクターの描きわけができていない、全体的にも長すぎである。30分くらいカットすれば、もっとスピーディーな展開になったのではなかろうか。気取ったキャメラワークが、アクションシーンの痛快さを損なっているのが致命的である。但し、ラストの狭い通路でのアクションシーンは一応は、見せてくれるのが救い。「HERO」は武侠映画のひとつのパターンを作ったようであるが、これを超す作品は、まだ出ない。
2005年10月01日
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9月30日に第2回浜んまち映画祭は無事終了。約40日にわたり、繁華街のアーケードに吊り下げられていた看板も降ろされた。昨年とは作品数・期間が異なるので、直接的な比較はできないのであるが、昨年より観客数は増加!多くの課題は残されているが、「来年も是非」という声も多く、こうして次第に定着していくのではないか。この日記でも何度も書いて、皆様からご意見や励ましのお言葉をいただき、大変ありがとうございました。また、この日記を通じて少なくとも2人の方が観客としておいで下さったこと、非常にうれしく思います。映画祭準備から期間中において、皆様方からいただいたコメントにはほとんど返答をしておりませんが、どうか事情をご理解いただきたく存じます。また、今回上映した6作品の寿命の長さ、主演スターたちの人気の強さには驚くばかりであった。
2005年10月01日
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