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★ Presented by kazesanこの3日間は私にとってイベント続きの3日間だった。土曜は朝から秩父へ向かった。天日さんに言われるまま、なにが待っているのかもわからないまま、ドキドキの思いででかけた。わかったことは自分がどこからやってきて、そしてこれからなにをしていくか・・・神界から降りてきながらも現象界に囚われている私を心配して導くために生まれてきた長男のことそして、そんな安心して見てられないような、そんな私を、たくさんの存在たちがどれだけサポートしてくれていることか・・・・気がついたら8時間あまりの時間を美しい埼玉の山中で過ごしていた。午前中、ひととおりの話がすんで、あまりのミラクルな時間に唖然としながらも「これから私はなにをがやっていけばいいのでしょう」との問いに「やるべきことは、近いうちにちゃんと話として示されます」と言われ、そして午後にはもう、そのことが見えてきていた。「子供たちのために私ができることは何でしょう」そう私が質問を私がしたことがきっかけだった。これからは子供たちと心をふれあう活動をしていくのだ。私の中では、まずママたちの解放。。。。という気持ちが今まであった。子供たちの声をきちんときける大人たちにならなければ世界は変わらないと。でも、やっぱり要(かなめ)は子供たちだったのだ。天使たちの瞳がもっともっと輝けば、大人たちの瞳にも輝きがもどってくるのかもしれない。ひかりっ子くらぶは、子供たちのための会だったのかもしれない。天使たちが創っていく未来に、共にふれあい、携わっていける私がとっても嬉しい。
2006.01.31

★ PHOTO BY CLAREYUKOSAKUYAさんからネックレスが届いた。彼女はコースメイトで4月にインドから帰ってからネックレスを創るようになった。インドから帰ってから突然新しいなにかを始める方は多い。それは神の啓示のようなものかもしれない。ネックレス創りは依頼した本人や創り手のSAKUYAさんの意思にかかわらず、神の手によって色や形や創る順番(届くタイミングだろう)までが決められる。そしてネックレスを頼まれたときからイメージがたくさん出てきて、そして創っているときは更にいろんなメッセージが降りてくるという。そのネックレスを身につけていることによって、またいろんな体験がはじまるという。。。。クレアにはどんな体験が訪れるだろう。密かに楽しみに待っていた。郵便受けに封筒を見つけ、ドキドキわくわく。。。。急いで家に戻り、封を切った。まずお手紙をひらいた。そこにはこう書かれていた。虹の橋の天子 クレアさんへこんにちは!インドは素晴らしかったですね。(中略)薄いけれど、幾重にも重なって被っていたベールが、一枚一枚剥がされて、あなたのオーラは虹色に輝いておりました。何億光年の遥か彼方の星シリウスの女神、クレアさん、あなたはすでにシリウスと地球という星に虹の橋を渡されております。その証にシリウスより愛の詩をメッセージとして受け取っておられます。光を映像として人々に示されました。魂が忘れてしまった宇宙の波動・・・・愛の波動を伝えるのがあなたの役目です。お知り合いの方でボーカリストはいらっしゃいませんか?ライヴなどであなたの詩を謳っていただく機会を作って下さい。あなたの詩はディクシャ効果となって人々を癒すでしょう・・・・なぜなら魂が求めている魂が癒す宇宙の愛の波動なのですから・・・・このネックレスはクレアさんの新たな門出の記念としてプレゼントさせていただきます。これからのご活躍とご発展を心よりお祈り申しあげます。私はビックリ!カンゲキしてお礼の電話をかけた。そして日曜のライヴ&ディクシャのお話をした。 SAKUYAさんも驚いて、そしてとっても喜んでくださった。どんどん歌ってもらいなさい。詩も波動だけど、歌はそれを倍増して、ディクシャとなる。それも普通の歌手では伝わらない、有里さんみたいな方でないと。。。お話がはずんで遠距離も忘れて一時間近くお話させていただいた。クレアは今まで詩を書いたりしたことがあるわけではない。ただ、インドでブログを立ち上げながら、そこにしたためた散文をたまたまお隣にいらっしゃったSAKUYAさんにお見せしただけなのだ。その時にも詩集を出すといいよって言われてびっくりしたのだった。さっそく有里ちゃんにこのことを話し、有里ちゃんもとても喜んでくれた。明日の秩父日曜のライヴ&ディクシャ月曜のひかりっ子くらぶ・・・・どんなひとときになるのだろうドキドキ、楽しみなクレアです☆
2006.01.27
★ Presented by kazesan蔵王でのひととき、、、、久しぶりに集中セミナーのお手伝いをさせていただいた。あぁ、そしてここでも、21日コースに参加していたゆかちゃんから、しっかり言われてしまった。「ギリ・ジーの時とってもタイミングがよくて、ゆうこさんのおかげでリラックスできたよ」うぅっ、、、みなさんしっかり見てくださってたのですね。。1年前、燕温泉での集中セミナーで、初めてサムスカーラシュッディを体験したときのこと、とても楽しみにして参加したのに、クレアは声を出すこともできなけれなば、ペットボトルを持つことさえ出来なかった。ただ、ただみんなの叫び声が悲しくて悲しくて、ワークが終ってからも30分ほど涙が止まらず泣き続けた。4月にインドへ行った時に、私は幼い頃のことを思い出した。おとなたちの悲しみと苦しみを目の当たりにして、この世は怖い、この世で生きるのは嫌だと、3歳の時に心を閉ざしたのだ。以来私は自分の感情を表現することをやめた。喜びも悲しみも、怒りも苦しみも、そして淋しさも、そ知らぬ顔で押し殺す。自分の感情を気づかれたら、自分も傷つくし、相手も傷つくに違いないと思う。自分の感情を勇気を出して相手に伝えたら、そしてそれを受け入れてもらえなかったら、傷ついた私のハートは、さらに深く閉ざしていくばかりだ。自己否定と、人間不信と、生きていく悲しみと、、、そして神さまさえも信じられなくなっていたかもしれない。そうやって何十年も生きてきた。私と必ずしも同じ理由ではないだろうけれど、やはり、ペットボトルを握りしめたまま動けない人たちが時々いる。みんなの悲しみの声をきいて共に涙しながら、私は声も出せずに固まっているその人たちに心を寄せる。そして私の好きな歩行サムスカーラ歩きながら声を出す。これなら私でもできる。不完全燃焼の方たちもこれでけっこうすっきりするようだ。私自身、スタッフになって、初めて声をだすことができたワークだ。叫びながら思った。私は傷つくのが怖くて、ずっと自分を出せないでいた。けれど、あれ??今でも肝心なところでは、やっぱり感情、ひとつも出せないでいるじゃん!ひとりぼっちはつらいもん。なーんだ、全然変わってないよ(^.^; 考えてみると、今までの私は我慢はしてたけれど、それでも時々は家を飛び出して徘徊したり、子供のベッドへ入って気の済むまで泣いたり(暗いなぁ)していたよ。なぁ~んだ、けっこうためずに味わってたかも・・・っていうか、素直でなくっちゃ~。。。。病気になっちゃうよね。それでもなかなか勇気が出ないものだ。素直なままでいられたらいいな☆ま、いいか。。。そんな私に気づいたんだもの。可愛い祐子いいよ、そのまんまでだれだって傷つくの嫌だよねーOK♪神さまはそんなふうに祐子を創られたんだね。愛してるよ、臆病な祐子大丈夫だよ、そのままで人はいつも変わろうとして苦しむ変われないと気づいて神に助けを求めた時神さまは優しい愛のギフトを授けてくれるそうして、一枚一枚、ベールがはがれるように人は素直に飾らない、真実の自分へと近づいていくのだそしてきっと、いつか、光へと溶けていくのかもしれない。。。。
2006.01.26

★ Prezented by kazesan会社が終ってから、楽園ディクシャへお邪魔した。ゆみちゃんと久しぶりに会った。ミネソタのゆみちゃんはご主人の転勤で日本へ帰ってきたばかりだ。クレアとはゆみちゃんとおおつきあいはまだ半年あまりだけれど、ミネソタからクレアのブログを読んでてくれて、第一回のひかりっ子くらぶへ参加してくれた、それさえもがまさに奇跡に違いない。過去世でも深いつながりがあったのかもしれない。そういえば、年末のインドのコース中のホーマで、チベットのお祈りの歌を聴いたとき、珍しくクレアの心にチベットのビジョンが映し出され、鳥肌がたったことがあった。ゆみちゃんもチベットの過去世の記憶があったらしい。ヒーリングディクシャのときに左隣にいたゆきえちゃんが咳こんでいたのでクレアは胸に手を当ててヒーリングした。そして今度は右隣にいたゆみちゃんが肩を動かしていたのでしばらく手を当てた。終ってからゆみちゃんがハグしてきた。クレアもしっかりとゆみちゃんをハグした。眠くなってきた。。。今しがたSさんと話していた光の柱のことをぼんやり考えていた。ある人がクレアが光の柱を立てるというようなことを言っていたらしい。え?どこに?ますます眠くなってきた。すると、プレゼンスが出てきてにっこり笑った。そのプレゼンスはクレアのそっくりさんだった。友人の中に出現したプレゼンスがクレアのそっくりさんだった時があった。その時からそのプレゼンスは私の中にも時々出てくるようになっていた。プレゼンスゆうこは天使のように可憐なわけでもない、女神のように美人なわけでもなんでもない、ただ、静かに微笑んでいるだけの、どこにでもいるようなごく普通の、そんなプレゼンスだ。そのプレゼンスゆうこが出てきて、突然「ゆみちゃん、ギリシアだよ」そう言ったのだった。そのあと、ゆみちゃんのご主人のことをぼんやり考えていた。ハグの腕をはずして、「ゆみちゃん、ギリシアへ行ったことある?」って聞いてみた。ゆみちゃんはびっくりしたような表情をしている。いつもはビジョンを見ることなどないゆみちゃんが、ハグしていたとき草原のビジョンを見たそうだ。そして驚いて「ここはどこなの?」そう尋ねていたらしい。彼女はご主人とのギリシアでの過去世の記憶を持っていたのだ。 心の中の彼女の問いかけに、クレアのプレゼンスが答えたのだ。突然ビジョンを見せてくれたゆみちゃんのプレゼンスそしてそれに答えたクレアのプレゼンス遠い日の記憶を少しずつ思い出させてくれるプレゼンスはわたしたちになにを伝えようとしたのだろうか・・・・
2006.01.25

★ Presented by kazesan今日は今年はじめての自宅でのディクシャ会だった。いつも遠くから1時間以上かけてきてくださる方々が、たまたま3人そろった。3人ともクレアのプライベートディクシャは4~5回から10回めになる。ともに体験をシェアする仲間たちだ。というか、クレアは皆さんからとてもたくさんのことを学ばせていただいてる。そんな3人がいっしょになって創り出すエネルギーの中で、今年のスタートをできたのはとても嬉しいことだ。夜は「青空禅フォーラム」に参加してきた。主宰の伊東充孝先生は昨年の木曜ロンザでの講義を聴いて以来、クレアはファンとなった。同じくファンだった岡部明美さんとは、昨年思いがけない場所での出会いがあって今回のフォーラムも明美さんに紹介いただいていた。そしてやはり、私の思いを上回る素敵なひとときとなった。今日のお話はバランスについてが中心だった。その中でマインドについてのお話の一部をここに紹介したい。「バランス」というと集合意識としては「完璧」、そして「静止したもの」として体系づけられている。なので、心や身体のバランスが失われると、マインドは問題(病気)だとジャッジする。そしてエネルギーと時間とお金を浪費して解決策を労する。しかし一時的に問題が解決されても、時がたてば再びバランスがくずれる。人は常に二極性に囚われ、現象ばかりに目を向け苦しむ。「バランス」の信念体系をここで変えてみよう。つまり、「バランス」とは「完璧」でなくて「不完全」、そして「静止したもの」ではなくて「ダイナミックに動き続けるもの」なのだと捉えるのだ。2元から4元へのシフトである。病気←→健康 悪←→善 闇←→光 の図式は病気・健康←→健康・病気 悪・善←→善・悪 闇・光←→光・闇となる。バランスが崩れた時、たとえば闇を消そうとすると闇は大きくなるだけである。バランスは差によって起こるのだから、闇を消すのではなく光を大きくすることにエネルギーと時間とお金をかけてみるのである。静止思考、二極性であるとするならば、宇宙は消滅してしまう。そこでクレアは質問した。「マインドはなぜ白黒はっきりさせようとするのでしょう」すべてのものは円を描いて動いています。しかしマインドは現象界のものです。たとえばここに一枚のCDがあります。CDは回転する円ですが、横から見ると一本の線にしか見えません。この世の現象というものは、そのような捉え方なのです。そしてマインドもまた、二極的にしか物事を捉えることができないのです。肉体的精神機構という言い方もできます。この世は何でできているでしょう。それは、モノ(色や形、、様々に複雑なもの)そしてモノを包括してモノとしてあらしめている空間この二つからできています。私たちは勘違いしています。たとえば目の前に見える手、これはモノです。そしてこの手をずっと後ろにひいていくと見えなくなります。目に見えないとき、それは空間でしょうか。目に見えなくても、それを心(マインド)は「手がある」というでしょう。それは形から言葉になっただけなのです。手というモノから手という名前に変わったのです。心はモノに対応しているのです。それはマインドです。空間は純粋意識です。空間はジャッジしません。精神世界でいわれるように人を許すこと、自分を受け入れること、さらには無条件の愛・・・これらのことを、果たして心(マインド)が出来るのでしょうか出来ません。マインドは二元的に捉えることしかできません。常にジャッジします。では、この空間は果たしてジャッジするでしょうか空間はすべてを最初から受け入れています。人は始めからすべてを許されて存在しています。すべての存在を完全に受け入れているのです。なのに、なぜまた受け入れる努力が必要なのでしょう。空間に存在する私たちの真実は、すでに最初から悟っているのです。空間に分離はありません。なので、「私は悟っている」と言う人はウソです。空間、純粋意識は私たち自身でもあるのです。今、時間に囚われない、空間的に生きる時がきています。明美さんも素敵なお話をしてくださった。今朝学校の校庭を散歩していた時のことです。美しく積もった雪も今朝は冷たく固い氷となって土を覆っていました。するとその隙間からなんと、草が伸びてきて、花を咲かせていたのです。私は雪に押しつぶされていた花を一瞬哀れに思いましたがよく見ると、そこだけ雪がとけて、土が見えているのです。花のエネルギーが雪を溶かしてきたのです。私は感動して、そして伊東先生の二極性の話を思い出しました。明美さんのお話を聴きながら花のエネルギーとその花を見つけたときの明美さんのエネルギーが、その時ひとつになったんだと私は思った。感動、ONENESSの瞬間に違いない。気づきは生活のどんな瞬間にもあるのです。私たちは本来純粋意識そのものなのです。そう語る先生の目には美しい涙が浮かんでいた。
2006.01.24

秩父へ行ってきた。上江州先生のお話会だった上江州先生は素晴らしい方だった。心が限りなく美しいそし宇宙とつながり、すべての人が天とつながるようにひとりひとりと対話を続けられていらっしゃる方だ。そこに火が燃えているとします。遠くから見るとそれは明かりに見えます。近くに来て、それが熱いとわかります。しかし、天と繋がると、それが光であると感じます。。。。そんなふうに愛を説いていかれた。宇宙即我也・・・・そして愛について語り続けた。私は、、、広く、深い愛の前で、自分を恥じたと同時に、心が洗われ、愛そのものになったような感覚に陥った。会場にはもうひとり天日さんという覚者の方がきていらっしゃった。この方は光の柱を立ててまわっていらっしゃる方だそうだ。上江州先生がおひとりいおひとりの気づきを手助けされていらっしゃる方なら、天日さんはすべてを天に委ねる方だった。天日さんは食事のメニューから買い物まで、ひとつひとつ天の声を聞きながら生きていらっしゃるそうだ。お二人とも、自分は先生ではない、皆さんが先生なのだと声をそろえておっしゃった。おふたりの間には言葉は必要ないようだった。天日さんは私のインドでの星のような光の粒の写真をご覧になって、「これは船です」、とおっしゃった。私がこの写真を撮った時に感じた「UFOが見守りに来てくれてる!」という感覚は当たっていたのかもしれない。そして光の写真はこの星に来る前からの約束、そして今日10箇所が繋がったということだった。私が部屋に入ってきた時から光たちのエネルギーもいっしょだったという。私自身はなにも感じない人間なので何を言われてもマジックのように感じるばかりだ。天日さんはクレアの持ってきた光のカードを全部テーブルの上に並べてそして皆が見守る中、小一時間かけて順番をいれかえて重ねなおしてくださった。「どうなさるんですか?」「このまま4時間おいといて。このカードを買った方は幸せになるっていってるよ」もともと聖なる光のカードには、撮った私の愛も、一枚一枚心をこめてプリントしてくださってるkazesanの愛もたくさん、たくさんつまっている。そしてなにより、バガヴァンの恩寵もある。・・・このうえ、天よりの祝福をもらい、幸せになるなんて、なんて素敵なんだろう♪さらには、「もう一度秩父(天日さんのところへ)にくるように」とのメッセージもいただいた。今週は予定がぎっしりだから来月にでも、と思っていると「28日までに来るように言ってるよ」とのこと。え~っ?あまりの成り行きになんだか急に可笑しくなってきて、私は思わず大笑いしてしまった。28日までに・・・?翌29日はライヴ&ディクシャ、そして30日はひかりっ子くらぶ。。。ともに大切なディクシャ会の日である。その前に準備しなくてはならない何かがクレアにはあるのかもしれない。ディクシャ会にきてくださる方々のためにも天のメッセージに従って今週中にもう一度秩父を訪れることに決めた。今日の会を企画してくださった行雲流水さん、それをクレアやみんなに伝えてくださった楽趣美さん、ありがとうございました。愛につつまれて、愛を送りながら暮らしていきたいと思いました。心からの感謝をこめて☆
2006.01.23

蔵王の夜があけて ★ Photo by Clareyukoただいま☆一度は訪れてみたかった蔵王へ行ってきた土地に呼ばれるのか、人に呼ばれるのか日常を離れてのディクシャの旅をやめられなくなっている(*^▽^*) 森の都仙台で新幹線を降りてバスで小一時間山に近づくに従って雪景色になってきたけれど、思ったより雪は少ないそのかわり、暖かな陽射しを受けて、裸の木々や草たち、そして枯れ葉たちまでが、キラキラきらきら美しく輝いて出迎えてくれた 幸せ体験セミナーの集中コースなので参加者の方は東北を中心にいろんな地方から集まってくるクレアのブログの読者の方からもおふたり声をかけていただいたコメントやメールでお話してた方々とこんなふうにお会いできるのは、とっても嬉しいことだそんな出逢いが嬉しくてまたまた新しい土地を訪れてみたくなるセミナーのワーク、ふれあい、気づき気持ちのいい温泉、美味しい食事友との語らい、そして感動の涙・・・・・なんてぜいたくなひとときだろうケビンと出会い、バガヴァンと出会いディクシャギヴァーとなって本当によかった感動をわかちあう中で出会う真実の愛真実とは言葉ではなく感じるものそれをなんて表現したらいいのだろう真実とは、神であり、愛なのかもしれないリヴァースのワークで光の中をプレゼンスの子として美しく輝いて生まれてきた皆が素直に無邪気に自由にこれからずっと生きていけますように・・・心からそう祈った。。。。
2006.01.22
★ Presented by kazesan今日から蔵王です。いやしの村の集中コースパート2~4のお手伝いです。またまた寒くなってきましたが、表日本の雪はどんなでしょう?さて、1月も早2/3が過ぎました。今月のクレアゆうこのディクシャ会のお知らせです。☆。・゜゜♪・゜゜・。☆。゜・。♪・゜゜・。。☆☆。・゜゜♪・゜゜・。☆。゜・。♪・゜゜・。。☆☆ プライベートディクシャ&セッション とき・・・24日(火)10時半~12時半ところ・・・自宅マンション集会室料金・・・3000円 ディクシャ&プレゼンスの目覚めのセッション他を予定しています☆ ディクシャ&ライヴ~新月の祈りのコラボレーション 吉本有里with下村誠&ディクシャbyクレアゆうこwith kazesan ~ニューCDリリース記念ライヴ有里さんとクレアとは一昨年のマイケルJローズのセミナーで知り合って以来のおつきあい。今年はマハディクシャコースに参加したいという有里さんとのコラボレーションが実現しました。とき・・・29日(土)2時~5時ライヴ&ディクシャ (1時半開場) 5時半~6時半シェアリングところ・・ヒロ歯科〈リバース〉TEL 0423-86-7900 FAX 0423-86-7901 東京都小金井市本町1-8-1 日興パレス小金井202料金・・・予約 3500円 当日 4000円シンガーソングライター・バイオリン奏者の吉本有里さんのライヴはいつもお子さん連れのママたちでいっぱいです。2人の子供をカリフォルニア・エルクバレーの山中で自然出産。子育てを10年あまりした後、帰国。現在はライヴツアーの他季節ごとに子供とママたちのために長野の自宅でリトリートも開いています。プロでデューサーの下村誠さんは、夢の中で有里さんの新曲を聴いて暗譜、そして新曲の発表という、有里さんとのステキなコンビネーションが現在続いています。心にしみいる有里さんの歌声と共に贈るディープニングコースから帰ったばかりのクレアとkazesanのディクシャとワーク愛があふれるライヴ&セッション☆ステキなステキなひとときをお楽しみに♪☆ 第7回ひかりっ子くらぶin東京「ひかりっ子くらぶ」は2005年夏からの始まりのステージを終えて、2006年はより深いつながりへと進化します。内なる本当の自分でもあるDivine Presenceとの確かなつながり。それぞれがDivine Presenceとしてふれあう永遠のつながり。そしてそれらが深まった先には、至福の光の世界がきっと待っている。遥か彼方の昔から始まっているワンネスへと向かう銀河の旅を、クレアゆうことkazesanのどんどん広がる輪の中で思い出してみませんか。 とき・・・1月30日(月)10時~16時ところ・・タワーホール船堀4階第一和室料金・・・7000円定員・・・10名 ガイド・・・kazesan & クレアゆうこ 他2005年12月、インドで開かれたゴールデン・エイジ・ムーブメントの上級10日間コースを受講してきたクレアゆうことkazesanは、Divine Presenceと仲良しになり、ほんの少しだけ生まれ変わって帰ってきました。そして、集ってくださる仲間のみなさんと共に分かち合い、そこからそれぞれが必要としているものを学び取って行くひかりっ子くらぶを、ことしも継続して行くことにしました。大いなる存在が日常のこんなにも近くで見守ってくれていることを確信できたなら、きっと誰もが人生と言う名の旅がどんなに豊かなものかと気づけることでしょう。「みんな、本当はひとつから生まれた」。そんな思いが形になったクレアゆうことkazesanのグレースタッチも新しく交えながら、あたたかにふんわりと心にしみ入るひとときをみなさんと共に創りたいと思います。 ●主なプログラム あるがままの自分を見つめる(メディテーション・バーチューズカードほか) Divine Presenceの目覚め(グレース・ディクシャ) Divine Presenceとのつながりを深める(グレース・タッチ) Divine Presenceとして自分を表現する(プレゼンテーション) シェアリング☆。・゜゜♪・゜゜・。☆。゜・。♪・゜゜・。。☆ ☆。・゜゜♪・゜゜・。☆。゜・。♪・゜゜・。。☆お問い合わせ、お申し込みはお気軽に クレアゆうこまでどうぞ ☆^o^☆ Clare Yuko ★KIN170 白い磁気の犬★ 目的・ひとつにする・引きつける ハート・愛する・忠実最後に素敵なお知らせ♪kazesanの写真を通した友達、アキラがついに全国デビュー♪ NHK教育テレビ「きらっと生きる」で紹介されることになりました。放送は、明日21日午後8時。再放送は、23日午前5時30分kaazesanも登場するかも・・・??ぜひ、見てね☆
2006.01.20

★ Presented by kazesan末っ子の二男は中学2年生である。公立中学でありながら都内ではトップクラスの学力を誇る学校である。つまり、、、先生方もいろいろではあるけれど、どちらかと言えば、成績重視の校風かもしれない。息子はよく教室に「置き勉」をしている。「おき勉」とは教科書などを机の中において帰ることだ。昨夜子供たちが姉弟で、学校のことを話していた。娘が突然話題を振ってきた。「おかあさん、聞いた?ひどいと思わない?」「えっ?なにが?」「おき勉が見つかったら、3学期が終るまでその教科書返してもらえないんだって。ひどくない?試験中どうやって勉強すればいいんだっていうのよねぇ。」母校の今のやり方が娘には許せないらしい。「へぇ、校長先生の方針?」一応聞いてみた。「〇〇先生と△△先生が勝手にやってるんだよ。みんなはモンク言ってるんだけど、先生強気でさぁ」と息子。息子にしてみたら、学校には不満がいっぱいでこれまで散々あらゆる抵抗を試みたけれど自分にできることに限界を感じて譲歩するしかないと思ってるところが多いようだ。というか、不登校の兄と姉、そして一般社会と相容れない突拍子もない?考え方の両親にはさまれながら、それでも友達に囲まれて、なんとか学校生活を楽しんでいる二男の生活は、疑問だらけの毎日であっても決しておかしくはないはずだ。私は、学校のレベルを上げるために必死で子供たちを管理しようとしている先生方(このことを校長が知らないはずはない)がなんだか気の毒になってきた。ただ、体験があるだけ。。。。でも、そんな先生方の魂だって悲しんでいるかもしれない。誰が悪いわけでもない。日本は戦争に負けた。マッカーサーの言いなりになったかもしれない。東京裁判までさかのぼってもまだ足りないにちがいない。いつの間にか、ロボットのように育てられた私たち。そんな私たちの世代が教師となって政治に、社会に管理されながら、子供たちをさらに管理、洗脳しようとしている。私の出た大学のクラスは、90%が中学、高校の教師になっている。もはや交流はほとんどないとはいえ、今の教育界を見ていると、心が痛まないと言ったらウソになる。先生もつらいだろうなぁ。。。そんな学校に疑問を持ちながらも、波風を立てないように子供たちを守ろうとしている先生だってたくさんいることだろう。たったひとりの先生の心が、愛と平和で満たされれば、それだけで、どんなに子供たちが元気になることだろうどんなにか、世界が変わることだろう・・・子供が不登校になって苦しんだ時、師友塾の大越塾長に2012年までに世の中が変わると教えていただいた。でも、その時は信じられなかった。今の社会が、いったいどうやって、変わるというのか。環境問題はいったいどうなるのか。地球は大丈夫なの?この経済一辺倒の社会が、今の政治が、本当に変わるの?フリーメイソンが滅びるはずはない競争ばかりの社会、そして学校教育・・・なのに、今はそれを信じられることの幸せ世界の平和はひとりひとりの心の平和で創られるのだ。私の心が愛と平和で満たされている。ひとりの平安が誰かに伝わる。そして、あっという間に世界へと広がっていくのだ。本当に、きっと、あっという間に・・・・・☆
2006.01.19

★ Presented by kazesan今日楽園ディクシャへお邪魔した。楽園へは3回めの参加。今日はダンシングディクシャという、素敵な会だった。私もハートのダンスというワークを行なうことがあるが気持ちを身体で表現するって、なんか、いいなぁ☆愛も喜びも祈りも、みんなのエネルギーがひとつになるときなんだか幸せを感じる。クレアのインドでの光の写真をA4判でほしいそうおっしゃってくださるギヴァーの素敵なご夫婦がいらっしゃって今日はそれをお届けに。そのおかげで参加することができたようなものだ。よかった~、感謝です☆ありがとうございます(*'‐'*)皆がシャバーサナでいるときに、隣に立っていたチヒロちゃんの手がふれた。私は思わずその手を握った。そして、彼女の手をクレアの両手でつつんだ。すると彼女はもうひとつの手でさらにクレアの両手をつつんでくれた。なんか、幸せな気分。。。。音楽が終ってうっとりしている私にチヒロちゃんが言った。「ゆうこさんったら、可笑しい♪あのね、空から天使の羽がたくさん降りてきてその下でコビトたちがキャッキャ踊ってたよ♪」あららら~昨日から天使たちのことを思ってるから、妖精さんたちが遊びにきてるのかしら?プレゼンスは「静けさ」と「喜び」と「愛」を表現すると教わった。私の場合、自分が望んでも「静けさ」は長くは続かない。「喜び」は、よくわからないけれど、よくディクシャのときに楽しそうに笑う人がいるがただ、ちょっぴり羨ましいような気がするだけで、そんな気持ちになったことはない。(ワンネスの伝染のように、つられて笑うことはあるけれど)私に必要、または近いのは「愛」かなぁって思ってた。昨年チャネラーの友人たちから、「慈愛」という言葉をかけられことが多くなってクレアのプレゼンスは「慈愛」のディクシャをするんだと感じるようになっていた。ところが最近は「喜び」を感じるようにもなってきた。と言っても笑いがでてくるわけではない。嬉しい、満たされている、そんな「喜び」だ。ちひろちゃんに笑われて、なんだか嬉しくなってきた。「慈愛」の中に「喜び」があればそんな素敵なことはない。「慈愛」と「喜び」の宇宙のエネルギーに受けてくださる誰かといっしょにつつまれる幸せな幸せなディクシャのひとときだ。
2006.01.18
★ Presented by kazesan今日はともちゃんの紹介で不登校天使のママとお会いし、とてもとても暖かな一日を過ごした。天使は小学5年生の真面目で可愛い男の子だった。不登校って、勇気がいるんだよ社会に抵抗するって大変なことでも、行きたくたって、どうしても行けないんだよ身体が受け付けない、魂が拒否するでも、心は悲しく、つらいんだよねママが悲しむから、自分を責める不登校の始まりってそんなふうなことが多い今の社会への警告を天使たちはその存在全体で必死に訴えている炭鉱のカナリアのように大人たちを助けるために、全生命を使って、伝えようとしているお願いです無視しないで軽く考えないで笑わないで耳をふさがないでどうか、怒らないでそして、悲しまないでそして、そして、苦しまないで見るものに惑わされず聴くことに支配されず心の目で見て心の耳で聴いて天使たちの声を・・・子供は未熟?とんでもないいつだって、きっと子供たちが本物このまま行ったら大切なものを失くしちゃうよ神さまが心配して美しい天使たちを使わしただから、早く気づいてあげてくださいあなたが大切に思うことってなぁに?この社会を暮らしていくためじゃなくて人間として生きるためにじゃないと、あなた自身が疲れきって、もうボロボロ・・・今は傷だらけの大きな天使思い出そう天使だった自分背中についてる翼大きく広げて飛び立てることをママが目覚めることを小さな天使たちはずっと待ってるよ☆
2006.01.17

★ Presented by kazesan身体の中にあふれてくる新しいエネルギー暖かくて、そしてドキドキ・・・ハートが開いてくるみたいこれはきっと愛のエネルギーきっかけはなんだっただろう・・・たしか、故郷を離れる日の朝だったか。。。突然のことだった、ハートの中にどんどん入り込んでくるエネルギーがあった。そしてその日、鶴来の白山姫神社に詣でた。昨年秋には白山に登り、奥宮でお祈りはしたけれど。。。地元にいながら訪れたのは20年ぶりだった。手を合わせているとき、菊理姫がとっても喜んでいるのを感じた。歓喜の舞を感じながら、くくり姫が私をサポートしてくれるのだと感じた。その後はとてもとても神聖な気持ちが私をつつんだ。ちょうど一年前、父が亡くなり、インド行きを決めた頃から次々に見せられる奇跡に、あふれる感謝の涙を何度流したかわからない。それなのに、まだ、次から次へと奇跡が訪れる。今世界はそういう時を迎えているのかもしれない。そして、たったひとりの人間の変化と成長が世界を変えていく。今日リンクの皐琳~☆/こうりんさんのページで素敵なメッセージと出会った。神様は、知る対象の存在ではありません。。。神様は、感応・感じる存在です。。。神様は、信じようと、求めようとする存在ではありません。。。神様は、辞書にも、あらゆる書物では会えません。。。神様は、探す存在ではありません。。。神様は、ただ、神様を愛し、好きです、と思うに感応し一体になります。。。神様は、感じる存在なのです。。。神様は、暖かく、やさしく、包んでくれるんです。。。読みながらなんだか涙があふれてきた。一瞬、感じてくれる人を優しく待っている、愛があふれる神さまに、自分自身がなったような気がしたのだ。まだまだ自己否定でいっぱいの私なのに・・・・神さまは、私自身が神のように、自由で愛に満ちる瞬間をただ、ただ、優しい気持ちで、暖かいまなざしで、待っていてくれる。素直に感じて、素直に生きて、神さまと一体になる時を感じよう☆新しい、とても暖かな愛のエネルギーが身体の中を満たすのを感じながらそんなことを思っていた。
2006.01.15

★Presented by kazesanただいま☆一週間ぶりに東京へ帰ってきました。父の一周忌はスキー場並の白銀の世界の日に行なわれました。雪が大変で出て来れない親戚の方もいました。今日の東京は雨でも、寒いなぁやっぱり、冬だね寒いのは苦手なのに美しい雪の冬がいつのまにか大好きになった私 美しい春の芽吹きの緑も夏の海の蒼も暮れゆく秋もみんなとっても美しいけれど冬の星空の美しさ冬の澄んだ空気の美しさ一面真っ白な雪の美しさ!そして冬の人の心の温かさと美しさ。。。雪に閉ざされた街では人と人が助け合い、支えあって暮らす一人暮らしの母は淋しさといっしょに人の気持ちの暖かさを人一倍感じていることだろうそんな母を故郷に残しリクと子供たちの待つ東京へ帰ってきた。どこでもドアあったらいいな☆
2006.01.14
家族が一人、またひとり、と帰っていく… 寂しさをかくせずにいる母の言葉を聴きながら どうしようもなく心細い母の気持ちを感じていた。 体験…いつも聞いている言葉が突然私の心に響いてきた。 ひとつの光が唯、ただ体験を楽しむためにこの世界にやってきた。 この世を去れば体験は終わりになる。 今生きているからこそ どんな日々であろうが体験できる。 「体験」を楽しめる。 そんな人生を選んで生まれてきたはずだ。 そのことを思い出せたら みんな楽チンなのかもしれないなぁ。 そして 今この時を生きてる私たちって 特別幸せなはずに違いない。 ゴールデンエイジに向けて 光になるという絶対安心の道を歩いているのだから そして私は銀河に橋を架けるために 生まれてきた。 この世に生を受けて半世紀… そのことを今知ることができた幸福 それは愛と喜びの道だとプレゼンスが教えてくれたその道を 私は今仲間たちと歩いている。 仲間が少しずつ増えてきている そう感じられることがとても嬉しい年の始めです。
2006.01.10
どんな感情がわいてきたとしても それを味わう。 ただ、注意を向けるだけでいい… 味わいつくすと消えていく または喜びとなる。 そしてその時 相手の気持ちさえも飛び込んできたりする……… 金沢でのディクシャ会に参加した。 いつも聴いている話のはずなのに 主催のきょうこちゃんの言葉が 私の胸に静かにしみてきた… ありがとう☆ すべての源は愛 ONENESS☆
2006.01.10
今日は父の一周忌の法要。 帰郷した朝,母にディクシャをしたら、父が楽しそうに大笑いした。 父の笑顔が重なるようにバガバンの顔になっていった。 「お父さん,笑ってたよ」そう言うと 「そうや,いつも笑っとるわ。 最近お父さんがよう来るんや。 いきなり後ろに立ってるからびっくりするんやから」と母が言った。 「来てくれるのは嬉しいけど,正面から来てって,頼めばいいんじゃない?」 「ほうか」「そうや」 10ヵ月ぶりに兄と会った。兄は某総研の室長。 社会的肩書から見れば,思いっきり3次元のエリートだ。 初めて兄にもディクシャした。 自分を縛っていたコンセプトから解放されて,もっと自由に生きる! 魂が喜んでいるように感じた。 兄はヨットマン、海の男なのだ。 義姉が驚いている。 兄が拒絶すると思ってたらしい。 母は嬉しそうだ。 母が喜んでくれてよかった… 私にできるのはここまでだった。 本当は甥や姪や, みんなにディクシャできればよかったけれど…
2006.01.08
喜んでくれる人がいる 待っていてくれる人がいる 微笑んでくれる人がいる そんな誰かが いてくれる あったかな幸せ… 故郷に帰った 金沢に近づいてくると 魂が喜んでいるのを感じる 訳もなく胸が踊ったり またあるときは理由のない涙がふいに流れることもある… それはきっと.私じゃない誰か… そんなふうにプレゼンスの存在を感じることがある 美しい雪が私を迎えてくれた 静かな心に 理由のない涙があふれた…
2006.01.07

★ Photo by Clareyuko☆ 第7回ひかりっ子くらぶin東京 開催のお知らせ今年始めのひかりっ子くらぶ開催のお知らせです。とき 1月30日(月)10時~16時 場所 タワーホール船堀4階和室なお、東京での開催は今後は季節ごとの開催になるかもしれません。次回は桜咲く頃になるかな。。。。(皆さんからkazesanへのアンコールがあればもっと早くにひらけるかも。。。)インドディープニングコース帰国後初のクレアとkazesanによるディクシャとセッションどんな一日になることでしょう!皆さんとお会いできるのがとっても楽しみです。どうぞよろしくお願いします。きょうは金沢へ移動そのため、リクを動物病院へ預けてきました。なんだか、淋しい、、、、愛しいもんですね☆ではギリ・ジーのお話、最終回です。**************************皆さんの心に葛藤があるとき、プレゼンスを呼び起こしてください。そうすれば、喜びと至福を感じることができるでしょう。あなたは自分の醜さを歌うかもしれません。人はそれを聴いて思うかもしれません。醜いことを歌っているのに、なぜ幸せそうなんだろう、と。皆さんには聖なる目が必要です。人生をエンジョイするために。そうでなければ人生は悪いものになります。自分を変えよう、自分の周りを変えようと努力を一所懸命します。スローカに「空からやってきたすべての雨水は源の海へ帰る」とあります。私たちは聖なるものから生まれた、聖なるものの一部です。そして聖なるものそのものです。分離感で苦しんでいる時成長していく中でプレゼンスとの絆を強くし、プレゼンスと共に生きるようになる。すると分離感が消え、神に近づき、そして自分が神であることがわかる。ディクシャを通して、人々の前でプレゼンスを呼び起こした時、相手の中にもプレゼンスが呼び起こされ、そして、生き始める。人生をエンジョイし始めるそれがすべての人々に起きた時をゴールデン・エイジと呼びます。皆さんが人々を助ければ助けるだけ、皆さんは助けられます。ディクシャのたびに、プレゼンスは目覚めます。プレゼンスのチャネルになったとき、あなたは師になります。グループでディクシャをするときはグルが現れるでしょう。**********************以上はあくまでクレアゆうこが感じたギリ・ジーのお話です。マヤ暦の柳瀬さんから教わった言葉の中に「言葉にするとウソになる」という言葉があります。同じお話を聴かれた方も、それぞれに受け取り方は様々でしょう。そして、その場の雰囲気、エネルギーの中で感じるものの方が言葉の中よりたくさんあったと思います。ギリ・ジーが私たちに伝えようとされたことは決して言葉などで表せるものではありません。そんな中であえて言葉だけを3日間にわたり、掲載させていただきましたが、私が聴き取った言葉は決して正確でないこと、そしてまた、捉え方も人それぞれなのでギリ・ジーがこうおっしゃったと言う言い方だけはできないということをどうぞご理解、ご了承くださいませね。
2006.01.06

★ Photo by Clareyukoジーバ・アシュラムは子供を成長させるためのいくつかの規則がある以外は普通の学校となんら変わりはありませんでした。ただ、キャンパスのあちこちには、悟りや、解放、概念などについて書かれているいくつかの石碑がありました。私がまだ幼い頃、ジーバ・アシュラ無で学んだ頃のお話です。授業が終ると、私はいつもバガヴァンのところへ行って話しました。その時の気持ち良さは他の誰と一緒のときにも味わえないものでした。それは中毒になるような、心地良さでした。私たちは人間関係の中で常に、評価、ジャッジをしています。友人であろうと、夫婦であろうと、親子であろうと、常に人を評価しています。そして、そうすることが自分にとって良いか悪いかさえをも評価しています。後になって、私は知りました。バガヴァンはそういった評価を全くしない、だからバガヴァンといると心地よいのだと。その心地よさは、本当に、バガヴァンだけに感じられるものでした。私は優秀な生徒だと思われていました。そして9年生(14歳)の時、私は優秀だということを重荷に感じていました。マインドはいつも自分の過ちを見つけようとします。私は悪い子だと思われたほうが楽でした。私はいい子ではない自分なのだから、優秀と思われているということは、バガヴァンを騙していることになると思っていたのです。私はそのことをバガヴァンにきちんと話そうとしました。それでも私の中に良い子と言うイメージが壊れるという怖れがあって、バガヴァンの部屋の前まで行っては、引き返しすということが何度も続きました。ある日、勇気を持ってドアを開け、バガヴァンにすべてを打ち明けました。自分がどんなに悪い子であるかを。私はバガヴァンが私に失望するものとばかり思っていました。けれどバガヴァンは驚きさえしませんでした。「ギリ、朝食にニトリを食べよう」そして言いました。「ギリ、なぜそれ(自分が醜いということ)を歌にして歌わないのだ」キャンパスはとても自然に恵まれた美しい場所にありました。バガヴァンは「ここで歌うと良いよ」と歌う場所まで決めて勧めてくれました。私はその岩のところへ行って大声で歌いました。私は比較している私には性欲がある私は欲望でいっぱいだ私は良い人間ではないこの歌を歌う中で、そしてバガヴァンが驚きもせずに優しく接してくれたことのなかで、何かが起こりました。以来私には葛藤の記憶はありません。そして思いやりを持つことができました。
2006.01.05

★ Photo by Clareyuko4月に一度お会いしたアーナンダ・ギリ・ジーはバガヴァンが設立したジーバ・アシュラムという学校で学び、現在30歳になるアーチャリアである。私もそのまま席に戻り、ドアに向かい、両手を挙げて合掌してギリ・ジーが来られるのを待った。光とともにギリ・ジーは入って来られた。祭壇のそばに座り、黙想を始めた。彼はこの場の全員の意識の中に何を感じているのだろう・・・長い沈黙のあと、静かに語り始めた、プレゼンスとして。。。。それはおそらく、ひとりひとりが待っていた、ひとりひとりに必要な、ひとりひとりのハートにしみいる言葉だった。****************************マインドの本質は不満を持つということです。人は常に比較し、そして不満を持ちます。それは人類のマインドです。人は絶えず過ちを見つけようとします。自分のあやまち、周囲のまやまち、世界のあやまち、神のあやまち・・・そして過ちを見つけようとする、そのこと自体に不満を持ち、自分に対して嫌悪を感じたりします。そしてそのことが快適でないため、マインドを変える方法を見つけようとします。マインドをコントロールしようとします、転換しようとします。マインドが変われば幸せになれると思うからです。それは、人類全体のマインドなので、必要でない、可能ではないのです。マインドを異なった目で見てみましょう。その目によって、マインドが美しく優しいものに映ります。それは自分ではできません。バガヴァンは言います。「皆さんは世界平和を望んでいます。それができるのは、自分自身への戦いを止めたときです」ある人がラマナ・マハリシに聞きました。「あなたはなぜ、そこに座ったままなのですか。なぜ、この世界を変えようとしないのですか」それに答えてマハリシは言いました。「すべてが完璧なのに何を変える必要があるのですか」プレゼンスの目でものを見、プレゼンスの耳で聞くことそうすれば、マインドは美しく映ります。なぜ、それができるのかというと、理由はありません。それがそうであるから、ただ、それだけです。プレゼンスがすべてを変えていきます。あらゆる体験の質を変えていきます。プレゼンスがいると、自分への戦いが消えます。プレゼンスの中で、プレゼンスと共に生きると脳の機能と働きが変わります。それは人の態度や努力によってできるものではありません。仏陀は執着から解放されました。キリストは愛に満たされました。それは脳の配線の問題です。態度や努力で変えられるものではありません。不満や不快を感じるとき自分が状況を変えようとするのではなくプレゼンスを呼びます。マインドに支配されたとき、それをやめる努力をするのではなくプレゼンスを呼びます。心に葛藤があるとき、それに抵抗したり、理由づけをするのではなくプレゼンスを呼びます。そして奇跡を待ってください。喜びと至福に満ちてきます。私たちは、祈ることができます。祈ってください。神がいるから祈るのではありません。祈る時、そこに神が現れます。プレゼンスを呼び、そして待ち、何かが起きるのを見ます
2006.01.04

★ Photo by Clareyuko (富士山より)インドのコース中マイペースで過ごしていたクレアだけれど22日のアーナンダ・ギリ・ジーのお話は、とても真剣に心で聴かせて頂いた。ギリ・ジーは実はコーススタート当初にお見えになる予定だったのが延びていて結局21日コースの方々といっしょにお話を聴くことになった。私たちディープニングコースが88名、21日コースもたしか95名ほどいらっしゃるそうだからスタッフも合わせると日本人だけで総勢200名近い人数になる。そのほか今回はブラジル人コースの20名の方々もいっしょだった。その日、会場に入って1時間近くになるというのに、ギリ・ジーはまだ、到着しない。今のうちにトイレに行ってこようと思い、席を立ったのが間違いだった。外へ出るとちょうど車が入って来ようとしていた。走ってトイレに行って引き返してくるとまだ車のところでお話されている。今のうちに席へ戻ることにしよう。講義室の入り口まで戻ると、あれ?なんだか様子が違う・・・?左右のドアが大きく開かれている。中に入ろうとしたら、なんと、200人以上の皆さんがいっせいにこちらを向いて直立不動の姿勢で立っている。しかも全員両手を合わせて上にあげている。私はこのときこそ、一瞬にして悟った、なにが起きているのかだけを・・・でも、どうすることもできなかった。ヤバイ!でも、まだギリジーは車の中。絶対絶命!前にも後ろにも行けなくなった私は、ドアの前でいったんは躊躇したもののそのまま中に入って行った。少し、いや、大分小さくなって。。。。みんながクスクス笑い出した。思わず私も笑った。200名の笑い声が少し大きくなったように思った。なーんだ、とがっかりした声か緊張が解けて気が抜けた声かおいおい、なんだよ、というあきれ声もあったにちがいない。。。とにかく、こんな緊張感とともに注目されたことは今までになかった(><。)。。。ギリ・ジーとのひとときが終って、クミちゃんに「緊張がほぐれてよかったよ」と慰めてもらったけれど「アーナンダゆうこ!」と声をかけられたり私の顔を見てクスクス思い出し笑いされたり・・・・本当に、忘れられない出来事となりました。神聖なひとときの始まりをクレアのドジでひっくりかえしてしまったようで、なんとも不謹慎というか申し訳ない出来事でもありました(^^;)☆\(--;さてさて肝心のお話の内容はまた明日。
2006.01.03

★ Photo by Clareryuko (霊峰白山にて)愛に生きる。。。新しい旅立ちの朝に生まれて初めてのお正月らしくない元旦の一日を過ごした。暮れにダウンした私がなんの準備もしなかったから。。。それでもリクという家族が増えて、益々にぎやかな、そしてのんびりの元旦を迎えた。日付が変わり、マンションのすぐ隣にある神社に初詣。と言っても、一年前に父を亡くした私は、子供たちが参拝する姿を護摩焚きの燃えさかる炎のそばで見守るだけ。 ここ数年のマンションの建築ラッシュで、うちの近辺には急に人口が増加したようで12時をまわると神社のまわりはもう長蛇の列になっている。参拝後にふるまわれる甘酒や年越しそばが寒さに震えて順番を待つ人々には嬉しい金沢の実家で迎えるお正月は、いつもきちんと居ずまいを正してご挨拶お屠蘇は年の若い人からおせちにお雑煮、おもちは年の数だけ(おっとこれは子供だけ)おまけに新年の抱負をひとりずつ発表(ご丁寧にビデオに撮ったり)初詣に書初め。こたつにみかん、ゲームやトランプ(最近はマージャンも?)父が亡くなった今、ひとつの歴史が終ったように、ちょっと堅苦しかったあの懐かしい元旦風景も幕を閉じた。初めて一人で過ごす大晦日とお正月に母は淋しさで泣いていた。兄も私も今からでも東京へおいでと言ったがそれもまた面倒なようだった。広い家にぽつりとひとりで過ごす母だが今週末には父の一周忌でみんなが故郷に集まり再び賑やかなひとときが訪れる。来年の年末は早めに帰郷し、実家で過ごすことにしよう・・・未来のことは考えない私だったが、密かに心に決めてみた。
2006.01.02
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