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彼女は絶望していた。 病理検査結果の説明を受けた時、 再発のリスクがかなり高いことをきかされたからだ。 ー高リスクだって。 何度もなんども私に言っていた。 因みに私は中リスクだったが、かなり凹んだ。 ー5年後はもう私はいない可能性が高い… そうも言っていた。 誤診した医者に対して私が憤りの感情を表すと、 ー病院変えなかった自分が悪いんだから…。 と言って、なんでも自分のせいにしてしまう彼女。 治療中、私は急にひどく落ち込んでしまうことがあった。 そこから這い上がるため、少しでも上向きになれる材料を探すため、いろいろな本を読んだ。 ネットも使い、本の検索や、注文をした。 近くに図書館があるので、そちらの方もネット検索や本の予約ができるのでずいぶん活用した。 主にがんの本や自己啓発の本。 そこで、上向きになれる材料を見つけては、メモに書き取り、実践し、そして彼女にも伝えた。 彼女はいつも目を輝かせて私の話をきいてくれた。 ー再発の可能性が高い。 ーあと数年でがんで死ぬ。 彼女の頭はほぼその二つに支配されているように見えた。 でも、もしも、そうだとしても、今、元気でこうしておしゃべりしたり、お茶したりできるなら、ずっとそのことばかり考えて欲しくなかった。 ある日、彼女がまた私の治療に付き合ってくれて、いつものようにまたおしゃべりしながら一緒に会計を待ってくれている時、私がいろいろな本を読む中で、自ずと固まった決心を伝えた。 私たち、身体はがんになってしまったけれど、 心までがんに支配されないようにしようよ! 心は自分でコントロールして、 日々小さな幸せを見つけて、 生きよう。 ここで治療が受けられることも幸せだし、 今日、会えて、おしゃべりできたことも幸せ。 せっかく神様からプレゼントされた人生、 もしももしも、多くの人たちよりも寿命が少し短いとしたなら、余計に毎日楽しく幸せに過ごさなくちゃもったいない。 同じ1日なら、悲しみにくれて死ぬことを恐れて終わる1日よりも、楽しい1日を過ごそうよ。
August 26, 2017
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いろいろな話をする中で、 いつどのように乳がんとわかったか? の話は割と付き合いの浅い段階で出てくる。 それは、相手が彼女じゃなくても、たいていのがん友とはそういう話になる。 前にもこのブログに書いたけれども、 彼女は毎年乳がん検診を受けていた。 そして毎年、同じ病院で、 ここにしこりがあるんですけれども… と彼女が言うと、 あー、これは線維腺腫です。 と言われたとそう。 細胞診などはしなかったそうだ。 もう、思い出すたびに怒りを覚える。 線維腺腫?? 細胞の検査もしないでなぜ白って言い切れるの!? でも、患者は、がんではなかった、と言う先生の言葉を信じたいものだ。 だから、彼女も先生の言葉を信じ何年も乳がんを放置してしまったことになる。 もしも、細胞の検査をしてくれていたら…。 もしも、その先生が自分で自信がなかったら、せめて他の乳腺専門の先生に紹介状を書いてくれていたら…。 彼女はもっと長く人生を楽しめたのではないだろうか…。 毎年乳がん検診を受けて、 毎年誤診され続け、 数年が経ち、 彼女は脇の下にまでしびれを感じた。 これは何かおかしい。 初めて、検診する病院を変えてみた。 すぐに乳がんだと分かった。 がんセンターを紹介された。 両胸全摘、リンパ節郭清。 何年も放置されたシコリは8センチにまで大きくなり、 手術で取ったリンパ節のすべてにがんの転移が見つかった。
August 25, 2017
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次の日、手術は無事に終わった。 けれど、術後の吐き気がひどく、夜中まで全く眠れないほど具合が悪かった。 何度も吐いて、横になると起き上がるまでに戻してしまうから、座ったままでいて、吐き気どめのお薬を点滴で入れてもらって、ようやく吐き気が治まってきた。 と、おもったら、激しい尿意でお腹がパンパン! ナースコールで、トイレに行きたいと言うと、導尿してるから、トイレに行っても出ませんよ。と。 でもすごく行きたいんです!って訴えたら、管がねじれてて尿が排出されてなかった。 あれは苦しかったなー😰 久々に思い出してしまった😓 で、辛さが治まってきた数日後、無事終わりました〜ってメールを彼女の携帯に送り、メールでのやり取りが始まった。 お互いに術後に抗がん剤治療することは、薄々分かっていたけれど、一ヶ月後に出た病理検査の結果で、はっきりと決まった。 一番初めにやるものは二人ともFEC。 これは同じで、あとは違う抗がん剤だった。 抗がん剤、始まるねー(>_
August 24, 2017
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久しぶりの更新です。 先月、親友のSさんが亡くなった。 毎日毎日、思い出すSさんのこと。 たくさんの思い出。顔。声。 もう会えないことが、悲しくてたまらないよ。 気持ちを整理するため、書いておきたいと思う。 長くなるので、何回かに分けて書こうと思います。 Sさんのことは、このブログにも何回か書いたことがある。 私の、2回目の乳がんの手術のために入院している時に出会った。 がんセンターの廊下で、術後のドレーンを両側にかけて窓の外の富士山を眺めている彼女を見て、私は声をかけずにいられなかった。 「乳がんですか?私もです。もしかして両側ですか?私もなんです…。」 私が思い切って声をかけると、彼女は、ぱあっとした笑顔で返してくれて、良かったらお話もっとしましょうと、一階のスタバへ行き、はじめてのお茶をした。 彼女は、私より7歳上だったけれど、かわいらしい笑顔で、はじめは私と同い年かな?と、思った。 あっという間に意気投合して、いくら話しても時間が足りないくらいだったけれど、私は次の日の手術のための検査やらなんやらであまり時間がなかった。 夜、病室に帰ってくると、私のベッドのテーブルの上に、彼女からのメモが置いてあった。 名前、メールアドレス、年齢、そして、 出会いに感謝!って書いてあった。 手術のことでドキドキだったけれど、このメモを見て、なんだか嬉しかった。 翌日、私は朝から手術だけれど、彼女は、退院。 もう会えないかなと思い、メモを残してくれたんだと思う。 ーこれが彼女との出会い。
August 24, 2017
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