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今日はある方とのお約束で「ひまわり」の写真をUPさせて頂きます。ひまわりの語源は日廻り、つまり日を追って回る花という意味です。 実際に若い茎や咲き始めの花は太陽を追って回ります。しかし、花がよく 開いた後は動かなくなり、多くの花は東向きに咲きます。 茎は、太陽の光をより多く受け、より多くの養分を作るために太陽を追って回るのです。「ひまわり」と言う映画がありました。ソフィアローレンとマルチロマストロヤンニが出演していた作品です。さんさんと輝く太陽に向かって、誇らしげに大輪の花を咲かせるひまわり。その太陽とひまわりの姿を、第二次世界大戦で引き裂かれた夫婦に例えた作品です。戦争に行ってしまった愛する夫を、ひたすら彼を待ち続ける妻、ジョバンナ。終戦後も帰ってこない夫を探すため、ジョバンナは単身ロシアに・・・画面いっぱいのヒマワリに抱かれたソフィアローレン演じるジョバンナに、悲しさと、力強さを感じたのを未だに覚えています。そんな「ひまわり」でも悲しげに「雨」打たれて俯いてしまうときもあります。でもお日様が現れるとまた元気に立ち直り、大輪の花に日差しを一杯に浴びて私たちを力付けてくれます。皆が「がんばってネ」「駄目だよ一人じゃないんだよ」「ほら!見てごらん!こんなに沢山仲間がいてくれるじゃない!」「寂しかったら声をかけてね!何時でも待っているから!」「元気をだせよ!」そう力付けてくれます「ひまわり」には、ヤッパリ、青い~青い~お空が似合います。そして「空へ」「空へ」と伸びていきます。金子みすず~ 明るい方へ ~ 明るい方へ 明るい方へ。 一つの葉でも 陽の洩るとこへ やぶかげの草は。 明るい方へ 明るい方へ。 はねこげよと 灯のあるとこへ。 夜とぶ虫は。 明るい方へ 明るい方へ。英訳これでいいのかな?Today UP can point to the photograph "of the sunflower" with promise with a certain one.In the sense, flower where day it turns the origin of a word of the sunflower, in other words chases day and turns.Actually the young stalk and it starts blooming, the flower chasing the sun, it turns.But, after the flower opened well, it stops moving, many flowers bloom in east direction. Sunlight chasing the sun in order receiving, to make many nutrients more, being to turn it does the stalk.There was a movie, "sunflower". It is Sophia Loren and the work where Marcello Mastroianni is performed. With facing toward the sun which shines, proudly the flower of the large flower the sunflower which it can bloom. It is the work which is compared to the married couple who pulls that sun and the form of the sunflower,in the World War II and tears. The husband who went to war and loves,the wife who intently continues to wait for him. jyovanna In order to search the husband where either after the termination of war does not return, jyovanna... the Sophia-lowream which is held in the picture full sunflower in jyovanna which is played, not yet even has remembered that grief and forcibleness are felt in alone Russia."The rain" being struck heavyheartedly even with such a "sunflower," when looking down, it is. So the day way when it appears and it recovers vigorously, pours the sunlight to the flower of the large flower all the way and us regains one's strength.Everyone "persevering, " "it is useless, there is no one person, it is", "the and others! Seeing, viewing! So it is there is no meny companion! When "" it is lonesome, using voice, don't you think?! Because it waits with anytime! "" Put out the vigor! "So it regains one's strength.After all, it is blue in "the sunflower"It is blue The sky matches.And with it keeps extending "to the sky" "to the sky".
2005年01月31日
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ラ~メンを創る!!いや~お待たせお待たせ!やっと画像の編集とかが終わって今になってしまいました。スンマセンね。昨日予定通り、やりましたよ「ラ~メン」。私は15時からの出勤だったのですが、10時にはお迎えの車に乗り込み会社に向かいました。いつもは「相棒(もう皆さんお分かりですよね?)」がいつもの様子と違うのか出勤をむずかります。一昨日から最後の仕込みの仕上げで、トロトロ中火でスープを煮込んでいたのですが、ウカツにも相棒の世話を妬き過ぎて、最後の最後に煮立てさせてしまったのが、チョイ気がかりですが、ま~仕方が無いでしょうね。今回は塩味の「タンメン」を考えていたのですが、試食隊たっての依頼もあり(前回は醤油味)軽い醤油味の「タンメン」にしました。ではでは・・1、骨ガラスープ 鶏ガラ 10羽 3Kg 水 8リットル鶏ガラを流水に浸けながら軽く洗います。肉についている血合いとかを洗い流します。鶏ガラを中火で下茹でして下処理を行い初期アクを取り除きます。かなりのアクが出て、お湯も結構汚れます。そして更に流水に浸して余分な物を落とします。内臓を取り除いた鶏ガラをさらに高温のお湯で短時間下茹でします。1羽づつ1分程度沸騰したお湯につけて鶏ガラの下処理完了です。ガラを軽くハンマーで叩き潰し、水8リットルを加え中火で煮込みます。左が2時間後の様子。このままの状態で鶏ガラスープの塩または醤油のラーメンが出来るのですが・・いまいち味に深みは望めません。さらに中火でボコボコと沸騰させ続け、鶏ガラが肉が殆ど繊維状態になり、骨も僅かに残っている程度まで煮込みます。(アクは丁寧に取り除きます)出来上がった鶏ガラスープを布でこして余分な繊維状態になった肉と骨を取り除きますが、決して絞らないように。そこにした処理した豚骨1.5kg(少し控えめにしました)を10~15時間ほど煮込んだ豚骨スープを合わせます。下処理・・豚背骨を10分程度、中火で下茹でして、アクと血を抜きます。さらに「調味醤油」をあわせます。「調味醤油」丸大豆醤油 150cc (地元のヤマキ醤油です)オイスター醤油、日本酒 、紹興酒、味醂、お酢、をそれぞれ20cc、塩20g 鷹の爪 1個 にんにく 2欠け、黒胡椒少々、長ネギ(青い部分)2 ~3本 昆布 10g ここで痛恨のミスをしてしまったのです・・・煮立てささないで中火で煮ることが大切です。ここまで仕上げたものを会社に持っていきました。2、野菜スープねぎの芯 150g 白菜の芯 50g にんじんの芯 50g キャベツの芯100g,ここで本当は昆布を使うのですが、昆布茶50gで代用しました。椎茸なんかもいいかも。 スープを煮込み始めます。水から全てを寸胴の中に入れ沸騰寸前まで強火でそれ以降はスープを濁らせない為ストーブで煮込みました。当然アクが出ますのでこまめにすくいます。最後の方はいかにストーブとは言え煮立ってしまい、濁ったスープになってしまいました。3、具痛恨の失敗パ~ト2です。昨日「煮玉子」を創ろうとおもっていたのですが、煮玉子より、「温泉玉子」の方がいい(嘘です、手抜きです)そう思って、炊飯器に玉子を入れて加熱したのは良かったのですが、間違って「炊飯」にしてしまい、出来上がりは悲惨なものでした。それで今回は玉子はありません。参考のため「温泉玉子」の作り方ですが、卵黄の熱凝固点が65度程度で、卵白は卵黄より5~10度高い温度で凝固しますので68度程度の温度で加熱してやれば白身が軟らかく、卵黄がやや固まった「温泉玉子」が出来上がります。そのための道具として「炊飯器の保温」とか「魔法瓶」がお勧めです。再度「具」野菜スープに使った残り(?)を炒めますが、まずゴマ油を熱して「ねぎ」を焦がさないようにシッカリ炒め、次に「ニンジン」「白菜」「キャベツ」の順番に加えて、一掴みの「塩」を加え軽く炒めます。、そして上で作った「野菜スープ」と「モヤシ」をさらに加えて軽くいためます。4、ラ~メンのスープは「鳥、豚骨スープ1」に対して「野菜スープ2」の割合がお勧めでしたが、若い人は「野菜スープ1.5」程度が好みだったみたいですが・・・。(写真は野菜スープを入れる前の状態です)後はトッピングして「いただきま~す」です。メンマ。のり、チャーシューもどき(?)なると。ですね。そして変わったところで、「蕪の紅生姜漬け」・・・これ、意外とイケました。その他薬味として細かく刻んだ「ネギ」なんかもいいかもしれません。最初は「ラ~油」をいれずに麺を中心に食べ、残ったスープに「ラ~油」を入れて飲む方法を薦めたところ、好評でした。10名ほどの同僚に食べていただいたのですが、なかなか好評でしたよ。今回は残念ながら「チャ~シュー」と「煮玉子」が創れませんでしたが、次回は創ってみたいと思います。麺は好みもありますが中細の「ちじれ麺」の方が好評でした。
2005年01月30日
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ゴメ~ンね!!今日は今日の(?)ラーメンのスープの仕上げと、煮込みタマゴの生産のため「日記」は帰ってから書き込みをさせていただきます。御訪問いただいた方、まことに申し訳ありません。よろしければ・・こちらのほうを見て行ってください←ココヤッパリ負けそうです。彼はまさに「日の出の勢い」です。がんばれ!!自分!!←(これ、自分に対する「愛の言葉」です・・)
2005年01月29日
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愛ある言葉今日有る方のサイトでこんな日記を読みました。一部引用させていただきます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・斎藤一人さんによると,『神さまは、人間がこの世に生まれてくるときに、人間にこうお願いするんです。「自分の代わりに、笑顔で、愛の ある言葉をしゃべってきてくれよ」そのお願いを実現しようとする人は、神さまのお役に立つ人だから、何でも望みを叶えてくれる。』笑顔?・・・一応できる。愛のある言葉?・・・悩む。。。 aprile0312さん 1月27日の日記より。 http://plaza.rakuten.co.jp/gacchirikaimasyo/aprile0312 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・斎藤一人(さいとうひとり)銀座まるかんの社長さんで高額納税者日本一の方です。詳しくは下記URLhttp://www.ginzamarukan.jp/special31.htm 88のことば 斎藤一人私も悩みました。「愛ある言葉」か・・・改めて考えてみたのですがよく判りません。先ほどのサイトでこの記事を読んでから、「愛ある言葉」の文字が脳裏から離れません。「愛」そのものも色んな角度から検証され色んな学者の方が研究をされています。曰く「全てを奪い去るのが愛」はたまた「全てを与えるのが愛」とも。ましてや私は哲学者でもないですし、そして学者でもありません。単なる中年の何にでも興味を持ちすぎる「変な親父」です。そんな私が無謀にも今日の日記のタイトルに「愛ある言葉」を選んでしまいました。随分と昔のお話ですが、南極越冬隊の方に送られた励ましの言葉でもっとも隊員の心に染み渡り感動させた言葉があったそうです。その言葉は隊員の奥さんから送られた言葉で、たった3文字だったそうです。どんな言葉だったと思います?ごくありふれた言葉で、しかも日常的に夫婦の会話で使われる言葉です・・・それは「あなた」と言う言葉だったそうです。今の私にはこれが精一杯の結論です。これからも考え続けたい言葉です。「愛」そして「愛ある言葉」・・aprile0312さん本当にありがとうございました。実は今度の土曜日、私の職場で私がヤッパリと言うか、トウトウと言うか「ラ~メン」を創ることになってしまいました。それで明日の朝からは「スープ」の仕込みに入ります。前回は醤油ラ~メンだったのですが、今回は「タンメン」で勝負を掛けて見ます。それと相棒ですが、今まで通勤用のバッグの中に無理やり押し込まなければ出勤時も帰宅時も入らなかったのですが、今日は自ら進んでバッグの中に入っておとなしく待っていました。帰宅後1時間程はまとわり付いて、その内何時も私の膝の上で寝てしまいますが1時間もすれば寝ぼけながら自分の寝床に一旦入り、朝方に私の布団に潜り込んできます。しかし今日はなんだか様子が変です。もう4時間はゆうに過ぎるのに、私の膝の上を離れようとはしないのです。何度かは目を覚ましましたが、自分の寝床にも行こうとしませんし、お布団にももぐりこみません。未だに膝の上に丸まって寝息を立てています。今日はこのままにしておいてやろうと思います。少し大人になったみたいです。あと少しかも知れませんね。甘えたさんは。これからの方が大変かも知れません。いよいよです、戦いは(笑)
2005年01月28日
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ごえん、とうえん、○○円明日(27日)またもWHさん、お葬式です。何回目でしょう?前回確か3回と書きましたよね?今回で4回目です。但し訂正があります。確か「コンビを組んで3年の間」と言いましたが、間違いでした。正確には昨年の11月からで4回目なのです。正直な話、本人が参っています。あまり良い例えではないのですが、「香典代」も馬鹿にならないようです。それに前回もチョロット書きましたが、近々またあるそうなのです。聞きますと、こちらの方は御家族の方も大変だそうです。もう2年余り植物人間状態が続いているらしく、生命の維持なんかも喉に穴を開けて行っておられるようで、伺えば90歳を越えて見えるとのことです。精神的負担もさることながら、やはり、経済的負担も大変みたいです。「幸い、いくばくかの厚生年金が支給されているおかげで何とかなっている・・・」と御家族の方が語って見えるらしいです。人事ではありません。厚生年金の問題も大切な問題です。しかし私はそれよりも「消費税」の方が気になって仕方がありません。聞けばどうも「消費税の増税」が検討されているらしいのです。なぜ何時も「お上」は弱い者いじめをしたり、取れるところから効率よく徴収しようとするのでしょうか?。殆どの老人の方はわずかな「厚生年金」を頼りに生活をされています。支給される額は決して充分とはいえない金額だと思います。その方々にも否応無く消費税は加算され徴収されることになるわけで、結果としては「年金の目減り」になってしまいます。よく、「65歳以上は無料」と言った自治体、ないし国の福祉政策(例えば・・バス乗車料金とか銭湯とか・・医療費の一部とか)これはこれで有り難いことだと思います。極端な意見で御批判もあると思いますが・・「こう言った類の福祉行為や行政はお年寄りの1名や2名が増えたところで経費に影響の無い事柄ばかりが多い」と感じるのは私の僻み目でしょうか?そこで、私の些細なお願いとしては、万が一「消費税の増税」が審議される際には是非とも「65歳以上」ないし「厚生年金需給者」の方々に対する適応に対しては一考をお願いしたいと言うことです。「お願い」といえば・・気が付いた事があります。少し遅き感が有りますが・・・・。皆さんはお年始に行きましたか?私は今年も近くの神社で済ませてしまいましたが・・。その時、拝殿でお願い事をしましたよね。?私は色々お願いをしてしまいました。「無病息災」「家内安全」「金縁」・・・・多すぎて多分神様は「メモ」を取るので忙しかったでしょうね。お賽銭は100円でした。「そりゃ~そうだろう!そんなに沢山願い事をお願いしたなら100円では少な過ぎるヨ!」ですか?チョット待ってくださいネ。ところで皆さんは「お賽銭」をいくら払います?お願い事、またはお参りするときに?だいたい10円が多いですよね?お賽銭を人から借りて、収めると御利益がなくなるのは多くの方がご存知ですが、実はお賽銭の額が「10円」も良くないそうです。と言いますのは・・[10円=とうえん=遠縁]の語呂合わせなのですが、「遠縁」つまり「神様と縁が遠くなる」とのことです。「それでは5円ならいいだろう。[5円=御縁]に通じて」そうですね~それも言えるのですが「縁」とは「繋がり」とか「引きずり」を意味しているらしく、仮に昨年の運勢が良かった人は「今年も[縁]が有りますように」の意味を込めて「5円」のお賽銭でいいそうです。でも、昨年がさしたる事も無く、今年更なる飛躍なり、開運を望むのであれば「5円」では駄目だそうです。現状維持が精一杯みたいですよ。そんなわけで私は5円玉と10円玉のお賽銭は納めません。私が『10円硬貨をお賽銭に納めない』これにはもう一つ理由があります。罰当たりな表現で申し訳ないのですが、本来「お金」は色んな人の手を渡り今、私の手元に有るわけです。つまり「新札」以外は意外と汚れているものなのです。中でも10円玉は「銅貨」ですので、意外な使い方がされています。「意外な使い方?」それは何でしょう?。実は『消臭効果』なのです。つまり、[10円銅貨の銅イオンが匂いを吸着する]とされ、私の知り合いも、そして私も一時やっていたのですが、「靴下」の中に入れて「消臭」のため利用していたことがあるのです。この「楽天」でもいらっしゃいましたよ、同じようなことをやってらっしゃった方が。(今はやっていませんが)それを知っていて、行っていた者としては、10円玉をお賽銭を収める訳にはいきません。さりとて、1円じゃ~申し訳ないですよね「一縁も無い・・]に通じますし、下手をすればお賽銭箱に入る前に風で外にはじき飛ばされますもの。それで「100円」となっているのです。私の場合の『お賽銭』の額は・・。余談ですが鎌倉の銭洗い弁天(そこの水でお金を洗う地とお金が増えるといわれてます)で洗ったお金はすぐに使わなければ御利益が無いそうです。ここだと良いですね10円玉を洗って直ぐお賽銭に使っても。但し2枚以上をネ)・・・すべて語呂合わせですので気にしない人には関係の無い話でした。今日は。
2005年01月27日
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コレが噂の満○餃子だぁっ~!!。なんて力を入れて書くほどのものでは有りませんが・・・。しかし結構コレが旨いのですよ。普段は150円のところ100円でしたよ昨日は。価格を考えれば充分納得物です。餃子の皮って結構難しいのです。軟らかくても破けてしまいますし、厚くてはモタモタしてしまいます。その点、ここのは合格点です。あくまでコストパーフォーマンスを考えてのことです。いや~餃子も色々食べましたヨ。「王将」「ミンミン」「551」「東京餃子楼」「老辺餃子飯店」「テムジン」本場中国では餃子は焼かずに、水餃子で食べることが多いらしいのです。北京などの北方地方では茹でて作る「水餃子」が中心で、広東などの南方地方では「蒸餃子」が一般的。日本で最も人気の高い「焼餃子」は北でも南でもほとんど作られないで、前日に作った残り物を焼いて食べるくらいだと言います。ちなみに中国では「焼餃子」を「鍋貼餃子」と言いますが表現力が豊かですさすが「漢字(はんゆえ・・と読んでネ)」の国だ~!。で、なぜ?満○餃子なの?調べたね~私は・・・。大きな要因は、第二次世界大戦後終戦を迎えて中国にいた日本人達が次々に帰ってきて、その人達が生活の手段として餃子を売るようになったそうです。特に満州から戻って来た人が多かった(それは歴史の勉強で習った)そういう人達が満州で食べた餃子を懐かしがって作り、良く売れたので、餃子=満州=満○ギョウザになつたんだよ!そんじゃ~日本で一番餃子が・・・「知ってるよ!宇都宮。宇都宮だ!」そう。宇都宮ですが、さて2番は何処でしょう?「「アフラック!?」残念!!それは静岡なんですね~理由ですか?知りません。沼津の餃子専門店の「高千穂」の人が言ってから・・・間違いない!。この餃子御他聞に漏れずKさんが勝ってきました。アレだけ褒め称えたのですから当然といえば当然ですが、誠Kさんの優しさには脱帽です。そのKさん先日の日曜日に東京湾に「鯵」を釣りに行き、20匹ほどの釣果があったらしく日曜日自宅に帰ると玄関先に白い発泡スチロールを置いて有りました。中身は当然「鯵」です。早速「タタキ」で2匹、翌日塩焼きで2匹。残りは味醂干しです。以前の「鯖」はサンザンでした。コレは速攻で調理する予定だったのですがあいにくの断水でやむなく中1日を置いて調理しましたが、いただけません。そこで、味醂と砂糖、柚子酒に漬け込み、サクラのチップで燻製にしたのですが・・・まるでボール紙を食べているみたいでしたよ。評判もサンザンでした。しかし今回は期待しています。明日焼いて食べますよ。相棒と一緒にネ。最近食欲すごくて・・・。相棒。
2005年01月26日
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またもや字数制限です下のタイトルにリンク貼りました。長野の思い出第二回。
2005年01月25日
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長野の思い出第一回。今日は長野のお話です。この県は私が好きな県の一つで、これから何回かに分けて御紹介していきます。我が「お気楽探検隊」にも長野県および元長野県の方がおられますので下手なことはかけませんが・・・。私はある人にこういいました「信州」でなくて「神州」だ!・・と。御存知の方も多いのですが長野県は日本でも一番の教育県です。そして著名な方も沢山輩出されております。そんな環境があるのです長野県は。一部で「長野の人は悪食だ!」とも・・。でもトンでもありません。山間部に有って動物性蛋白の摂取に苦労した人々の生活の知恵です。「蜂の子」食べてみてください。形ではありません。すごく美味しいです。私は松本にある「蜂の子(そのまんまの名前だ~)」と言うお店で食べて以来、長野に行けば必ずと言って良いほど食べてました。それと「魚」これは正直驚きます。関東近県の魚は絶対に足元には及びません。これは魚仲買の業者さん(長野県水・マルイチサンショウ)がシッカリとした供給のラインを確立されており、中でも三重漁連との取り組みには目を見張るものがありました。しかし・・「高菜漬け」これは・・・正直に言っていただけません。全部が全部ではありませんが・・生産量が原料の供給量を上回っているようで長野産の高菜・・少ないようです。後、小ネタですが長野自動車道の「みどり湖PA」のラ~メンはお勧めです。それでは参りましょうか!長野新幹線でおでかけです。長野新幹線が工事されている頃、知り合いの軽井沢の別荘で長野新幹線の利害について語り合ったことを思い出していました。「長野新幹線」はなぜ「長野新幹線」と呼ぶのでしょうか?。「東海道新幹線」「東北新幹線」「上越新幹線」とそれぞれ地域区の名前なのに「長野新幹線」だけ特定県の名称です。将来北陸まで延長されるらしいのですが・・。そんなことを考えていたら、東京駅を出発して30分ほどで高崎駅に到着しました。高崎駅も久しぶりです。最近では尾瀬に行ったときと、古くは・・・・初めて東京に出てきたときにお仕事でダイエー高崎店のオープンに立ち会ったときですから・・25~6年前になりますね。高崎駅を出ると車窓から高崎の観音様が観えました。この高崎観音様は、秩父札所26番円融寺奥の院の岩井堂から大淵寺に抜けるときに通った山の上に安置されていた観音様の作者が同じで、お互いに向き合っていると聞いたのですが・・高崎の観音様は駅の方を向いていましたので、とても向き合っている様には見えません。高崎を過ぎてからは暫く景色が見えていたのですが、やがてトンネルばかりになってしまい、ほどなく長野に到着。飯山線に乗り換えて、北飯山までの車窓からは、桜、菜の花が狂おしいほどに咲き誇っているのが眺められたり、朗々たる千曲川の流れを望めたり、ローカル線って良いですね。千曲川といえば途中の豊田付近の流域は「♪うさぎおいし かの山♪」と歌われた、小学唱歌「ふるさと」のモデルになったところで豊田出身の高野辰之【たかのたつゆき】の代表作(ちなみに作曲は岡野貞一 出身地鳥取市) この歌を聴くと、この歌を歌うと、私は、故郷を想い出し、それぞれの故郷の情景が浮かんできます。彼の幼少を過ごした信州の自然を織り込んで作詩した曲は「おぼろ月夜」「紅葉」「春がきた」「春の小川」 などがあります。いずれも今でも皆に親しまれている郷愁を誘う歌ですよね。また、郷里の豊田村には、「故郷」の記念碑・高野辰之記念館が、野沢温泉村には、「朧月夜」歌碑が建てられていて「おぼろ月夜の館」という名前の記念館があります。これから向かう飯山市は文豪島崎藤村が度々この地を訪れ「雪国の小京都」と呼んだ寺の町。市街地には時の飯山城主が手厚く保護し飯山の町に呼び寄せたとされる、座禅の寺・正受庵や藤村の名作「破戒」のモデルにもなった「真宗寺」をはじめ、22の古寺が建ち並んでいます。北飯山駅に到着しました。北飯山の飯山城跡公園をめぐります。ここの桜は比較的遅咲きで(そら~そうです。かなり高地のしかもかなり長野でも北部に位置しますから・・)同じ長野の伊那の高遠や千曲川城跡公園がすでに終わっていても、まだこれからだよ~。そんな感じですので、今年何らかの事情で桜を見れなかったとき、思い出してみてください。そして問い合わせをしてからお出かけください。桜もきれいなのですが、「水仙」も見事なのです。「桜」と「水仙」なかなか揃い踏みはお目にかかれないかも知れませんよ。そして飯田城跡公園(通称城山公園)は、越後の武将上杉謙信が、戦国時代の永禄7年(1564)に信濃攻略の拠点として築城。武田信玄と川中島合戦のときも拠点とした。階段式に郭を配した「後堅固の城」は、12年間の合戦にも攻め落されるこ 正受庵鐘楼とがなかったといいます。最後は本多氏二万石の城になりました。今は石垣のみが往時をしのばせています。飯山城跡はサクラの名所として花見客でにぎわいをみせ、市民の憩の場となっていて、県の史跡に指定されています。 真宗寺(引用)明日は善光寺です。お楽しみにね
2005年01月24日
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>またもや字数制限です下のタイトルにリンク貼りました。宝登山で蝋梅を愛でる
2005年01月23日
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造形花↑グラデーションをかけて見ました。昨日の木材の正解は「竹」です。竹も色んな顔を見せてくれます。今、以前お約束したように、竹で水仙を作成しています。でもまだ途中なんです、そこで製作途中の写真ばかりでは申し分けないので、今日は以前に作成しました、色紙で作成した「お花」を載せてみます。私と色紙との出会いは随分前に、体調を壊し3ヵ月ほど入院をしていたことがありました。肝臓なんですがね。最初の頃は点滴を入れるのに朝から始めてお昼ご飯の頃までかかっていたのですが、其のうち要領を覚えてしまい、自分で落下速度を調節して1時間ほどで入れてしまいました。その後がヒマなんですよ。ま~入院ですから仕方が無いのですが・・。「肝臓病」と言っても斬ったり貼ったりした訳ではないので・・兎に角ヒマです。最初の頃はよく病院を抜け出してパチンコになんかに行ってましたが、それも続かない。ある日、お見舞いに「蘭」の花を頂いたのが、あまりに見事だったのです。「いつまでも咲いていれば良いのだけれど・・」と思ってはみたものの・・お見舞いの花なので当然切花です。枯れてしまいます。そこで私は色々考えました。考える時間は十分すぎるほど有りました。最初は「絵」を書きました。しかし絵は飾れません。次に思いついたのが、色紙による造形です。これに嵌ってしまいました。モチロン形を忠実にまねるのも良いのですが、本物の花に勝てるわけはありません。そこで「造花」では無く「造形花」となったわけです。前置が長くなりました。それでは。。。 グラジオラス ↑影付きの文字のタグで記入これは多くの花びらを折ってから集めて張り合わせて有りますので、正確には「折り紙」とはいえませんが、この手法を発展させ、今年は「紫陽花」を折って見たいと考えています。 タレユエソウ この花は「エヒメアヤメ」と呼ばれ古名を「タレユエソウ」と呼びます。ごらんの通り「アヤメ科」の花ですが、色は薄い紫からピンク色が多いみたいです。九州の由布岳でも見られるそうです。 桐 近くに大きな「桐」の木が有ったのですが、今年の夏に切られてしまいました。大きな花と大きな葉っぱで癒してくれたものです。その木をしのんで作成しましたが・・「桐」に見えますかネ? ナンだったっケ? 確か・・「ヒルガオ」を造作するつもりで始めたのですが、途中でよく判らなくなって、適当に創りました。ヤッパリいい加減です。ついでに「虻」も載せましたが・・チョット大きすぎたみたいですネ ユリのつもり これは、日記でも御紹介した「野反湖」と「岩手山」で見かけた「ユリ」をイメージして作成しました。結構気にいっています。こんな感じでどうです?一緒に「色紙」やってみませんか?誰かさんのBBSにも書かせていただきましたが「障害を持つ方は我々の大先輩だ」と、表現としては適切性を欠きますが私たちも、いずれ何らかの形で病院のお世話になるやも知れませんし、そうでなくても結構楽しいものですよ、色々考えたり、勉強したりして「お花」を創るのも。「竹水仙」↑グラーデーションをかけて、タグで点滅させてみました。製作途中の写真です。 花びらになる部分です。 そして花茎葉です。真ん中のところに「花茎」を取り付けます。出来上がればまた載せますので・・。後もう少しあるのですが・・・今日はこの辺で・・。
2005年01月22日
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昨日はスミマセン・・なんだか私の構成がまずくて、背景の木材の名前をクイズにしたつもりだったのですが・・、「やねかわら」が答えと勘違いするような体裁になってしまいました。スミマセンでした。それで昨日の背景の木材の答えは「クルミ」です。勘違いをされた方に深くお詫びいたします。ゴメ~ンネ!!。さて、それでは今日の背景の木材は、なにでしょうか?> 自動販売機
2005年01月21日
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> やねがわら・・ やねがわら・・
2005年01月20日
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ホームのトップデザインの壊れた方・・・ デザイン設定⇒表示件数の設定 から、「メインの表示件数設定」で「全文表示」が選択されておりますが、こちらで「省略表示」を選択することで、以前と同じ表示になります。 > 皆、いい人・・
2005年01月19日
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> 順番待ち・・ 順番待ち・・
2005年01月18日
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> おもいつくまま・・
2005年01月17日
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とりあえず・・・ネズミで~す(イタズラしないでヨ~)また悪巧みしてる・・よ~く聞いてなくっちゃ・・「トイチ君」が私のサイトの日記の主人公になるのはとりあえず今日で最後になります・・・・。下から失礼しま~す「え~!!どうしたの?」「バレちゃって・・手放すの?」「貰い手、見つかったの?」色んな想像をされたと思いますが・・実は・・このままの勢いで行くと、間違いなく「トイチ君」にサイトを乗っ取られそうな勢いなのです。まさに「日の出」の勢いです。それで、以前もお話したのですが、独立していただき、別の支店を運営してもらうことにしました。私としては「チクショ!・・カウントが稼げたのに!」なんて気分も無きにしも有らずですが・・・ですが、彼の向学心に燃える「瞳」には勝てません。なんせ、要領よし、器量よし、おまけに、とっても「お利口さん」なのです.泣く泣く私は独立を認めた次第です。ね~っ、このキーは?ですが、そこはずるがしこい「人間」である、私のこと・・当然独立採算制で、「ピンハネ」はします。「う~ん・・そうだ!!アフリをしてもらって、稼いでもらい、貢いでもらおう!」「これはいけるかも・・・「本邦初!猫に養われる親父」なんて・・」すでに、妄想の世界に一直線で全速力突入しています。そんな事とは露知らず今日も「トイチ君」はマウスと戯れています。「猫」だけに「ネズミ」の扱いは手馴れたものです。「ガンバレ!「トイチ君」!!」・・・完全な打算です。そんな私の目論見も知らず、「トイチ君」はまだ,お正月気分も充分とは抜け気っていない様子です。今のうちに、「恩」を売り込んでおかなければ・・セッセセッセ。まずは独立するためには一人で寝なければなりません。で、こんなことを試してみました。意外と平気みたいです。では、これはどうだ!?そんな事で「トイチ君」は早くも私の膝を離れこんな形でも寝れるようになりました。「うん!コレならアウトドアーの取材もOKだ!」私は安心しました。でもって・・・意外と平気の平左です「トイチ君」。しかし、いかんせんまだまだ若輩者・・だと思います・・ゆえに、暫くHP立ち上げまで時間がかかるかも知れません。ですが、律義者の彼のこと・・多分開設の折には、皆さんの元に御挨拶に必ず、お伺いすると思いますので、その節はヨロシクお願いします。そして、「トイチ君」!!沢山お客さんが来たら私に紹介してね!「かつお節」買ってあげるから~。
2005年01月16日
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今、我が相棒の「トイチ君」は寝ています。だいぶ慣れたようです。でも一人で起きていると、かまって欲しいのか「にゃ~にゃ~」鳴きます。私のところ「ペット」駄目なんです。で、「お気楽探検隊」も潜りの有限会社ですが、「トイチ君」も、「モグリ猫」に成りそうです・・・。今日は「トイチ君」のためにお買い物をしました。まずは。。。キャリーケースです。「トイチ君」は一応我が社の臨時社員ですので、毎日通勤をしなければなりません。結構忙しいのです。他の人は。それで、私の代役としてとりあえず「臨時社員」で手を貸してもらう・・失礼・・いただくつもりです。優秀なので「初代猫部長}も夢ではありません。しっかりしろヨ!HさんWHさんKさんOさんG君S君Y君O君J君そしてK君。次は、「リード」と「首輪」。「首輪」は「迷猫」になったときのための用心です。裏には住所と電話番号を入れておきました。1~2ヵ月もすれば、家を覚えると思いますので、其のときにははずそうと思っています。「リード」はお散歩用に・・・周囲の状況を注意深く入念に調査させなければなりませんので・・・・。次は、「砂」と「オマル」です。これは「紳士猫」としての、たしなみを教えなければ成りませんので。昨日まではウレタンに座布団のお古を入れておいたら、教えなくてもチャ~ンとその中でしていました。「賢い」のでしょうか?まだ油断は出来ません。と言いますのも、この座布団一度も洗ったことが無いので「トイチ君」は自分に近い匂いを嗅ぎ取ったのかもしれませんから・・・。次も「たしなみ」で「爪研ぎ」です。生意気にも、もうガ~ガ~床で爪研ぎをしてました。自宅でではありません。会社の床でです。こいつは生まれ付いての要領良しかも知れませんね。後は小物です秘密兵器の「マタタビスプレー」。これはどうも使う必要は無いみたいです。1日目は自宅で2~3時間「ギャ~ギャ」「ニャンニャン」「グワ~オ」と叫び、私をハラハラドキドキさせてくれたのですが、今日連れて帰ってくると5~6分部屋をかけずり回った後、食事をして、すぐに寝てしまいました。もう1時間ほど寝ています。おかげさまで私の足、しびれて動かないです・・・。出来ればこのまま知らん顔しておきますが・・・う~ん初めて知った。ペットを飼うのに体力がいるとは・・・。そしてもう一つは「ネズミの起き上がりコボシ」です。これが、いたくお気に入りみたいで、「ネコパンチ」を繰り出しては遊んでいてくれます。おかげさまで私、スッテンテンです。「トイチ君」のお気に入りの場所は昨日までは私の膝の上みたいだったのですが、今日からは、どうも肩の上になったみたいで「フック船長のオーム」よろしく肩から下界を見下ろすのが気にいったみたいです。真剣なまなざしですそれともう一箇所・・PCのキーボードが好きみたいで、今日入力の真似をしていました。入力された文字は「wwwwwwwww・・・・」ですが、画面の文字が変わったり、青くなるのが刺激するらしく1時間ほど遊んでましたよ。これは教え甲斐がありそうです。そこでとりあえず「トイチ君」のHPを申請してみます。(本気です)それまでには、タイピングが出来るようになればよいのですが・・・さてさて、どうなりますことやら・・・。
2005年01月15日
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僕が「トイチ君」で~す。始めまして。よろしくネ恥ずかしいな~。モジモモジ。え~っと・・昨日、おじさんたちと、お友達になりました。僕が見張っていないとおじさんたち、すぐに、怠けてしまうので、僕も大変だけど。。。頑張るネ。何か変な名前付けられちゃつた~。でも気に入ってるんだ。皆、とっても優しくしてくれるし・・。昨日なんか一緒に寝てくれたんんだよ・・。なんか変なおじさんだったけど・・。でも、とっても可愛がってくれるんだ・・ヨ!僕がニャンニャン鳴くもんだから、叔父さん全然寝れなかったみたい。僕?、僕はグッスリ寝れたよ!久しぶりに暖かなお部屋で、お布団の中で・・チョット匂ったけど~朝は「セブ○イレブン」って言うお店で買ってもらった「鮪缶」を食べちゃった!叔父さんボヤイテいたよ「これでお昼抜きだ!~」って。とっても美味しかったよ!早く元気になるからネ!叔父さん!!そして一緒に会社に行ったんだ。皆、待っててくれたよ、そして早速遊んでくれたんだ。僕はチョット「オネム」だったけど、遊んであげたよ。これも、お付き合いだもんね。何?これ~?チョット触ってみよ~っと・・よいしょっと。気になるな~う~ん~気になる~ワ~イ!!捕まえたよ!どうだ!~僕の勝ち!!本当はとってもおとなしくて、お利口さんナンだよ。本当だヨ。そんなに見ないでよ・・。恥ずかしいな~。僕にもコンピュター触らせてよ~えっ?いいの!わ~い。ここを、押して・・な~んだ簡単だね~っと。シャレで~す。僕もHP作りたいな~。チョット、遊びすぎて眠たくなっちゃった・・その前に僕の苗字、教えておくね。「塑月」って言うんだよ。何か1月の意味らしいんだけど・・よく判んない。そして、「ほおずみ」って読むんだって。だから僕の名前は「塑月十一」って書いて「ほおずみといち」。カッコいいでしょ!。でも・・・もう・・・眠いから・・・う~っつ。ガマンできないよ~・・・駄目だよ、おじさんも一緒に寝ちゃ~。お仕事、お仕事も・・も・・駄目~オヤスミなさ~いそしてトイチ君は寝てしまいました。そして、トイチ君の期待通り。おじさんも一緒になって寝てしまいました。チャンチャン
2005年01月14日
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なんだか、今年は話が続いていくようです。昨日回らない舌で話をしていた性でしょうか?それとも私が忙しすぎるからなのか・・(モチロン仕事ではありません)ついに「猫の手」が登場です。今日会社にいくと、事務所には誰もいませんでした。そして、電気も消えています。事務所はかすかに温かみはありましたが。荷物を置いて椅子に腰を掛けてからソエアーの方を見ると、ソファーの上に「子猫」がいました。まだ、産まれて1月ぐらいでしょうか?スヤスヤ寝ていました。その内私たちの気配に気が付いたのでしょう、起きだして「ミャ~ミャ~」鳴き出しています。見て見ると痩せてあばら骨もウッスラと見えるほどでした。事務所の中をウロウロして、その内犬が遠吠えするような鳴き声で、「ミ~ィヤ~」と鳴きながら私たちの方に寄ってきました。薄い茶色の毛並みで、耳が大きく、尻尾がとっても長い猫です。「ミャ~ミャ~」鳴いて私たちの傍から離れません。「お腹が空いているんだろうか?・・・何かないかな~?」あいにく、何も見当たらず、冷蔵庫からコーヒー用の「フレッシュ生クリーム」を出して、ぬるま湯で薄めて差し出したのですが、飲みません。そこで「フレッシュ生クリーム」を少し暖めてそのまま上げると、ペロペロ舐め始めました。「お腹が空いていたんだ・・・でもどうしたんだろう?この「猫」?」そうしているうちに私たちは「お弁当」を採っていたことを、思い出しました。しかしこんな小さな「子猫」に大丈夫かな?と躊躇しましたがとりあえず、口で「ニャンニャン」してから食べさせると、むさぼるように食べ切ってて、おねだりをします。どこかで、誰れかが、拾ってきたのは間違いはないようです。「あまり、急に食べさせても体に良くない」そう思い、「ニャンニャン」と鳴く、おねだりの声を無視していると、少し落ち着いたのでしょうかまた、ソファーの上でコックリ、コックリしだしました。30分も過ぎたでしょうか、Hさんが戻ってきて、ようやく事情が飲み込めました。聞くところによれば、一勤のY君が朝事務所前の道路の真ん中で倒れるようにしていた、「子猫」を見つけたらしいのです。このままでは車に轢かれてしまうそう思ったS君が事務所まで連れてきたのですが、怯えているのか事務所の床下に直ぐにもぐりこんでしまって出てこないそうです。それをHさんが誘い出して事務所の中に置いたらしいのです。顔も真っ黒けです。それも綺麗に拭いてやったそうです。やるね!!Hさん。「しかし、名前がないと困るよな?」とHさん。「トイチ」「え?」「だから、名前はトイチ」「なんで?」「今日は12日だけどジュニだと可笑しいので・・昨日の日付け。だってHさんとこの猫7月7日に拾ったから「なな」でしょ?だから・・」「いいね!」「そんで金利みたいでしょ?トイチって。段々大きくなるよ、きっと!」と言うわけで、めでたく「トイチ」君に決定です。でも、私のところはペットは飼えないので、飼い手を明日からさがすか、会社で飼うしかありません。今、猫の世話が忙しくてお伺いできない状態です。そして他の更新も・・・。よく鳴くんですよ、大きな声で・・・シィ~静かに・・・バレると二人とも、宿無しになってしまうから・・・お願い!始めまして!「トイチ」で~す本当はもっと男前だよ。
2005年01月13日
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背景は本人たっての依頼によりHサンです。場所は東伊豆の沢田公園の露天風呂です。沈む夕日陽が綺麗ですが。。。どうもいただけません。牛乳は私が途中で買いました。そうですよね・・・お風呂上りの牛乳となれば左手を腰に当てて・・・例のスタイルでないと・・・。今日は鏡開きの日だそうです。いやな予感がします・・昨日の甘酒に、痛烈な先制パンチを喰らいました。なんだか今日は会社に行きたくない気分です。そんな日に限って、お迎えが早く来てしまいます。「どうよ?」「何が?」「何がって・・あれだよ・・あれ・・・」「そうだな~。嫌な予感がするよ~」「ヤッパリな」いつもは、まるで毎日が遠足へ向かうバスの中みたく、車の中で、ハシャグ私ですが、今日は霊柩車のなかみたいです。「あっ!!せんとうき!」WHさんが声を上げます。「うん?戦闘機じゃ~無いよ、C3Cオライオン、輸送機」「う~うん。先頭を飛んでるから、せんとうき」面白くも、可笑しくも有りません。昨日あの忌まわしい「甘酒」が全部終了してから、Hさんは暫くしてから帰って行きました。(うちの職場、一体誰が仕事をしているのでしょうか?いまだに謎です)しかし、帰りの捨て台詞が気になっていました。「そんじゃ~また明日ね~」妙に楽しそうに帰っていったからです。それだけならそんなに考えなかったのですが・・・ふと机の上を見ると、Hさんが持ってきた「お鍋」が寂しそうに佇んでいました。WHさんの目と私の目が合いました。そして、同時に呟いていました。「勘弁して欲しいよなぁ~」多分予測に違いはありません。そんなことがあったので、楽しいはずの時間が、とても癒つな出勤タイムに変身してしまったのです。頭の中にはBGMで「ドナドナ」が流れていました。とうとう会社に着いてしまいました・・・。音を立てないように、事務所の扉を少し開け、事務所の中を覗きます。Hさんが、ストーブを抱きかかえるようにして、事務所の真ん中に陣取っていました。そしてその背中越になにやら、白い物が見えました。残念ながら机の上は覗けません。二人は覚悟を決め事務所に入ります。「おはよう・・」「おはよう!!、早かったね!ほら! 餅、焼いておいたよ、3時に来ると思ったから・・・・まだ早いけど・・」とっても元気なHさん。「Gさん、大丈夫だった?」「平気!平気!!。さっきもお餅食べてったよ~、3個も」よ~く見ると今日は「お餅」でした。「いや~今日は[鏡開]だからさ!ほら!書いてあるでしょ?ホワイトボードに!」見ると、ミミズが這ったような字で「鏡開き餅大会デス 皆で健康と安全を祈念しようでわないか!」そう書いてありました11日のところに。この人何にでも「○○大会」と付けてしまいます。大会の二文字がお気に入りです。「餅大会?」「そう、餅大会ほ~ら」Hさん持ってきたお餅をお披露目です。聞けば御実家でついたお餅だそうです。いい顔をしていました。「いや~よかった!」「何が?甘酒?」「そう、そう。気が重かったんだよ2人とも・・。」「いや~そうなんだよ、実はサ、家を出る時に、[甘酒][餅][網][大根]を用意したのだけれど、忘れちゃったんだよ、[網]と[甘酒]残念!」一っ~も残念ではありません。むしろ大歓迎です!!。「で、何?薬味は?きな粉?お醤油?それとも・・」まだまだ油断はなりません。「お醤油と海苔。旨いよ!さっきGさんなんか3個も食べてったよ」満面の笑みで答えます。なんだかむしろ不気味な雰囲気です。頂ました・・・。美味しかったです。掛け値なしに。「ここまでは」です。暫くして、GさんがやってきましたGさんは上がりの時間です。「お~お!!Gさん、もう上がり?」久しぶりに会った友人を歓待している雰囲気です、まるで。「食べて行く?お餅」「頂ます」Hさんお餅を焼き始めます。そして・・「そうだ!今日は鏡開きなのだからお飾りの[お餅]も焼かなければ」どうも雲行きが可笑しくなり始めしたぞ?。やわらHさんお飾りの「お餅を」6個焼き始めました。なぜか、なかなかフックラと膨れることも無く、段々コンクリ-トブロックがひび割れるようになって来ました。私は内心(まずいな~このパターン)と、思ってはいたのですが、あの甘酒を、5杯も飲み干したほどの、猛者ですGさんは。(とりあえず、知らん顔してよ~っと)知らぬ顔の半兵衛です。「焼けたな、薬味は・・、薬味は・・と」何かゴソゴソしだしました。「ほら、出来たよ!」Gさんに差し出された「お餅」はすでに「お餅」では有りませんでした。例えて言うなれば、ヒビ割れたアスファルトに赤ペンキを塗ったような異様な物体に大変身です。「どうしたの?何これ?」「七味、七味・・・。それに一味も・・・・旨いよコレ」期待を裏切らない人なんですよHさんは。「硬いな~」さすがのGさんもギブアップか?そう思っていましたが3個も食べてしまいました。「それでは失礼します。」Gさんは帰路につきました、ソソクサと。有る意味「尊敬」に値するかも知れませんGさんは。チョット前に元暴走族ブラックエンペラー(?)の総長だった宇梶剛士さんが。あるとんでもなく不味い料理を食べさせられどう、反応するか?みたいな番組で、最後まで文句一つ言わず食べきったのを観たことがあります。その中で宇梶剛士さんがこう言ったのを思い出しました。「どんな料理も自分には作れない。そんな自分が食べさせてもらうのだから料理の旨い、不味いは言えません。たべさせてもらえるだけでありがたいです」(さすが、組織のトップになる人は違うネ)そう思ったのを、一瞬思い出しました。一瞬です。残りの3個のうち1個をHさんが食べます。「硬い!!こんなもの食べられない!」アンタが作ったんだよHさん。「そうだ!レンジ、レンジ」基本的に判っていないみたいですHさん。腐ったものを冷蔵庫に入れても元には戻らないのだよ、Hさん。「ヤッパリ駄目だ!」諦めたみたいです。見ると赤い土生姜のオバケです。「後2個有るけど・・」Hさんの問わず語りです。「捨てるね~」良かったです、「正に奇跡の生還」Hさんから、このおぞましいものは薦められることは有りませんでした。一難去ってまた一難です。諦めたのはお供えのお餅だけで、もう、網の上には6個「お餅」が乗っかっています。「しかし、なんだね~Gさんあれ、化け物かも知れん」無責任にもGさんを化け物扱いです。Hさんは「あんなもの・・食えないよね~硬くって・・」そんなにしたのは貴方ですって。!「そう言えば正月に見回りででてきたときに、[キムチ]を持って来たんだけど、ペロッと食べてしまっていて、ビックラこいたよ」「どんくらい?」「丼鉢一杯」その時気がつけよ!この「キムチ」本場韓国の本物も本物、しかも自家製!そんなキムチを美味しいからと言って丼鉢一杯も食べてしまったGさん。可笑しいのを通り越して、羨ましい。!!「で、今日持ってきたよ~ん」「まさか!!餅に混ぜんじゃ~!」これ、旨いんですよ!期待してますよHさん♪♪「イイヤ、冷蔵庫に入っているから持って帰って○○さん」オトボケなのか・・・?無知なのか上手く的をはずしすぎるよ~「焼けた!!焼けた!!さ~食べてよ!」悪魔の手からは逃げることはかないませんでしたWHさんは最初に食べた後どこかに行ってしまいました。相変わらず機を見るに敏です。「うぇ~!辛~い!!」「丁度いい塩梅」と言う言葉は無いみたいです。Hさんの辞書には。。「本当だね~辛れ~!!」今回ばかりは彼も認めざるを得ません。それほど辛かったのです。いいえ苦味さえ感じるほど舌がマヒしていました。「それにゅいしても・・にやんだね~ ありゅや?」舌が回っていないよ!!~Hさん「にゃにゆお?」あれ?私もだ!「ちゅごちゅぎりんにゅえ(すごすぎるね)じ~ちゃん(Gさん)」「ちょうだにゅえ~(そうだね)。あいちゅ~おかちゅいでちゅ~(あいつ可笑しいです)」とんだ、赤ちゃん言葉合戦です。今日は・・・。その後二人の話題はGさんのことに終始し、その結果Gさんはありがたくない仇名をつけられる羽目になりました今までは「カブト虫2号」です。明日からは「人間ポリバケツ」に決定です。まさに人の運命とははかないものです。昨日「聖人」(有る人は星人と・・コメント・・なかなか鋭いです)今日は「人間ポリバケツ」です・・・。それはそうと本日は両者痛み~わけ~・・・つてとこでしょうかね?
2005年01月12日
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昨日は「成人の日」でしたね。ほとんどの所では日曜日に式典が催わされたようですが、皆さんの所ではいかがでしたでしょうか?この楽天広場の中にも、「成人」になられた方もいらっしゃると思いますので、「おめでとうございます」の言葉をタイトルに使わせていただきました。私たちの頃は1月の15日が成人式だったのですが、田舎ではお正月か、お盆の帰省の時に成人式が挙行されたものです。年齢も自治体によって、その年に20歳に成る人や(数え年)、すでに20歳になった人(満年齢)だけを対象にした場合とバラバラでした。そんな関係もあり、私は2回成人式をさせていただきました。19歳のときは田舎に籍がありましたので前者の例で、20歳のときに町に転居いたしましたので、2度目の成人式に参加させていただいた訳です。やはり、印象に残っているのは1回目の成人式で、その時に成人の全員に500円の入った郵便貯金通帳を頂いたのを鮮明に覚えています。当時としてもささやかなプレゼントです。でもそのインパクトは強烈です。今でも覚えているぐらいなのですから。しかし残念ながらその貯金通帳は何度か引越しをしている間に、紛失したらしく行方不明です。どなたかご存知ないですか?それでは今日の日記です。今日会社に行って扉を開けると、甘~い匂いが漂ってきます。本当は今日、皆にラーメンを振舞う予定だったのです。先般の表彰で戴いた金一封で皆んなに何かご馳走を・・と思ったのですが、皆から「それならば、以前食べたラーメンを作って欲しい」との要望が有ったからです。(内心ホッとしてます)しかし全員が揃わないので日延べになりました。(スープストックは冷凍にして保存してありますので、何時でもスタンバイOKです)。「何?それ?」「見て判らないの?甘酒!あまざけ!」Hさん、恒例の繰り返し話法です。(・・・ハッハ~ン、また碌なことしなかったナ)私の動物的感がそう訴えかけてきます。「匂いは甘酒みたいだけど・・まぁ~いいか[甘酒]は[お酒]と定義されてないから・・」「そうだよ、今日は10日だから甘酒」「??」「知らないの?甘酒を正月の15日までに飲むんだよ」「知らないナ~。で、それ何の儀式?」「よく知らないんだけど。・・・そうなんだよ!」力技で責めて来ました。とりあえず引き下がります。そして中身を見ました。「これ、甘酒?随分薄いようだけど・・・?」「そうなんだよ!気がついた?」「底が透けて見えるよ」(チョットオーバーでした)「そこまで言わなくても・・」なかなか絶好調みたいです。「それに随分甘ったるい匂いだネ」「いや~実は、材料が少なくて人数分足らなくなったものだから・・水をドバドバ、そして砂糖をドカドカっと・・・でも美味いよ!!」嘘です、絶対に美味しいはずがありません。「で、皆飲んだの?」「大好評、大好評!!」これも絶対嘘です。「ど~れ・・」私はお玉で掬って見ます。間違いなく「色の付いた砂糖水」です。「飲んでよ・・」「嫌ゃ~だヨ~ン」「そんなこと言わずにさ~・・」ドンドン甘酒モドキをHさんはコップに注ぎ始めました。「これ・・罰ゲーム?」「そんなこと言わないでサ~・・あっ・・WHさんも飲んでよ」甘酒の押し売り状態です。まずWHさんが飲みました、甘いはずなのに、苦虫を噛み潰したような顔で飲みだしました。それも、恐る恐るです。「どうよ?」生意気にも、恥知らずにもHさんは感想を求めました。本当!厚顔無恥です。返事もコメントも無かったのは言うまでもありません。今度は私の番です。「ほ~らWHさんも飲んだのだから・・「心中かい?」「そう、そう言うじゃない?[甘酒しんじゅ]って!」本人は[甘酒進上]と[甘酒心中]を掛けたシャレのつもりでしょうが、笑えません。実をいいますと私は甘いものも好きですし、辛いものも好きです。ヤヤもすればアンパンで辛口のお酒も飲める口なのです。ですが甘酒だけはいけません・・コイツ中途半端です。生き方が。それに「甘い酒」これも私にとって認めがたいネーミングです。そりゃ~私も「甘酒」は飲みます。但し、かすかに砂糖を入れてネ。ところが、目の前にあるのは「水で薄めて・・・砂糖がドカドカ」ですから・・。罰ゲーム以外の何物でもありません、私にとって・・・・。これなら「青汁」の方が絶対にましです。「青汁」の方は健康に効果があるだけましかも知れません。しかしこいつは体に絶対「毒」です。断言します。「ほ~ら!まだ、こんなに有るんだから!」知ってますよ~だ、そんなこと。仕方が無いので飲みました。一口だけ。でも、産まれ付いての軟弱者です、私は・・・。「許してください!代官様!すべて、白状しゃすから~!・・」拷問には簡単に屈服します。スイッチが入ってしまいました。Hさんに「いい~や!勘弁できぬ!!キリキリ白状いたせ!」(ま・・ま・まずい!!)スイッチが入ったことも、甘酒もです。仕方なく一杯を飲み干します。「ペッペッ!!ま~ずいぃ~。」喉から耳の後ろまで甘さが攻めあがってきます。鳥肌が立ちました。「見てみて!鳥肌!!、鳥肌!!」訴えかけることで難から逃れようとした私が甘かった。「ネッ!ネッ!・・ホ~ラ!酉年だから!コイツは春から縁起がいいわい!!」火はメラメラと音を立てるがごとく燃え上がってしまったようです。私は後悔をしました。出だしで力技で攻められたときに引き下がったことを。多分、今年近所の神社に3時頃に初詣のお参りに行った時、賽銭を払わずに引いた「おもくじ」に「水難に気をつけるべし」と書かれていたのは、この事だったのでしょうか?そう言えば「甘い言葉に気をつけるべし・・」とも・・・。いずれにしろ0勝1敗の出発で幕が開けた感がします。甘酒ですか?新人のGさんが無残にも一手に引き受ける羽目になってしまいました。しかし、あの甘酒を顔色一つ変えずに飲み干し、あまつさえ、無理やり薦められた分まで飲み干すとは!正に「せいじん君子」ですGさんは・・・。でも・・・明日休まないだろうな?Gさん。
2005年01月11日
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短かすぎた夜早速、晩餐会の開始です。キンメ鯛の煮付けとダイコンの煮物、そして、なんでしょう?腹の所の甲羅にトゲトゲのあるエビ(ボタンエビ?)の蒸したものと、蟹。イワシのつみれ汁、と茶碗蒸しそれにサザエ。お手伝いをしたご褒美の明日葉の天麩羅。お鍋は、帆立貝?でした。これだけでも充分とご馳走ですが、今回は少し奮発しました。いつもご苦労様!そしてこれからもよろしくね!。そんな感謝の気持ちを込めた第二弾のお刺身の船盛の登場です。ここだけの話ですが実は本日のメインディシュは船盛・・と言いたいのですが・・そうではありません。実は鯛なのです金目鯛!!。下田は知る人ぞ知る金目鯛漁獲量日本一なのです。金目は春と夏の二回卵を持ち、春先が一番美味しいのです。特別に頼んだのですがバレていました?伊勢海老、イナダ、マグロ、ハマチ、ツブガイ、・・・。美味しかったよね。ビールを3本も飲んでしまいました。食事が済んでからお風呂に入ってしばらく至福の時を過ごしていましたが、いつの間にかトロトロした睡魔に襲われ私は夢の中へ。翌朝姫にたずねると、私が寝たのは22:00頃だったそうで、姫はさらに遅くまで起きていたそうです。・・・折角の時間なのに勿体無いことをしたなぁ・・・・。それが翌日起きて一番の感想です。こう言えば朝早く起きたようですが確か7:30分頃の起床だったと思います。早速朝食です。初めての出会い?2日目天気予報は当たりましたが、雨は夜中に降り、日中は少し曇っていましたが上々です。高通山に向かう迷走路で出合った木漏れ日と新芽。何の新芽でしょうか?春を感じます。夜中の雨がよかったみたい。・・迷走もいいものですね・・とは強がりですか。途中で見掛けた[コケ]ですキラキラと水を含んで光っています登り始めて「あっ!!登山口で取り忘れた」急遽登り始めて10分ぐらいで記念写真。相変わらず元気です。姫は。[薮椿]これから花咲く準備をしているのでしょう。触ってみるとチョッピリ春の 暖かさを感じました。高通山頂上には30分ぐらい居ましたお昼には少し早いので簡単にコーヒー飲んで、お菓子を食べました。僕の自慢の加熱用品のお披露目です。ところが「あっ!!それ知ってる!!、以前山の仲間が使っていたよ。それって便利なんだよね。」・・・・撃沈です。でもとっても喜んでくれました。そこで「便利だからあげるよ。今度もって行けば」と気前良くなってしまいました。豚もおだててれば木に登るのです。なんてことわざを思い出していたら・・・サルノコシカケを発見。サルもおだてりゃ椅子に座る・・なんちゃって。サルノコシカケですサルノコシカケにも色んな種類があるのですね。私の知っているのはもっと茶色い物だけです。なんかクラゲみたい。頂上からは海が見えましたがあまり展望は開けていませんでした。すこし肌寒くなってきたので出発です、頂上にはツツジの木が多かったので出来れば季節を合わせ最訪したいものです。頂上の展望がいまいちだったのでトボトボ姫の後をついていくと突然展望が開けました[猿岩の休憩所]です猿岩の休憩所]を後にして、道はダラダラと下る薄暗い雑木林になりました。昨夜の雨が悪戯します。ズルリ、ズルリ3回ほど転びそうになりましたが、そこは天性のバランス感覚でなんなくクリアー。と言いたいのですがヒヤヒヤものです本心は。だって前回の宝登山では姫ですら2回もころんだのですから。(ウッシッシ)。しばらく下ると姫が突然立ち止まりました。「どうしたのかな?」と思っていると「フキノトウ」と一言。そして、やわらビニール袋を取り出し採取開始です。しばらく、食材の確保です。しばらく歩くと又同じような場所で今度は10個位。私も食材確保のお手伝いをしました。下山してからは今度はお花探しです下谷登山口の近くで淡い紫色の花を発見!「これなんだろ?」「イヌノフグリじゃない?」「イヌノフグリだともう少し背丈があるのでは?」「草に隠れて低く見えるのよ」・・と即却下です。後で調べましたがオオイヌノフグリです。さすがですね姫は!!これからも付いて行きます。ワンワン。花の実が犬の陰嚢に似ていて在来種の[イヌノフグリ]よりも大きいところから[オオイヌノフグリ]。西洋では[聖ヴェロニカの花]と呼ばれ芸術家が聖なる花として崇めているそうですよ。[聖ヴェロニカ]とは・・・イエスキリストがゴルゴダの丘で処刑される為に、自ら担う十字架の重みにたえながら行進したときにイエスキリストの額から流れ出す汗をヴェロニカと言う。女性がハンカチを差し出し拭って差し上げたそうです。罪人として処刑されるキリストのみならずその関係者すら罪に問われた時代に信じるもののためとは言えなかなか出来ることではなく人々は[聖ヴェロニカ]と永く讃えたそうです。下山してからの道左側が高通山です。小さな渓谷に白梅が陽にキラキラ輝いています。そして見上げると・・・・。カラスノエンドウ[カラスノエンドウ]はマメ科のソラマメ属に属する。と言うことは・・、食べられる!!。良く似た花は[スズメノエンドウ]名前の「烏」は実が熟すと黒くなることと、近隣種の[スズメノエンドウ]より大きいところから。若葉を和え物、御浸し、テンプラで。[スズメノエンドウ]もマメ科のソラマメ属に属し、お茶の代用品になるそうですが、あまりみかけられません。ハハコグサは春の七草の[オギョウ]のことでキク科ハハコグサ属に。今のヨモギ餅はヨモギの草を使っていますが古来ではこの[ハハキグサ]が使われていました。足柄パーキングで食べたヨモギ餅はどちらだったのでしょうか?。葉を塩茹してから水にさらして包丁でみじん切りした後、すり鉢ですり。塩、砂糖、餅粉を加えてこね蒸せばヨモギ餅の完成。その他和え物、テンプラにも。3分間クッキングみたいだね。西伊豆はアロエの花が満開左はカントウタンポポです。タンポポは世界に約400種、日本では約20種あるそうです。上の西洋タンポポに比較して花の下のガクの様なところが反り返らないのが特徴です。タンポポは英名では[ダンデライオン]でライオンの歯の意味でロゼット状の葉をライオンの歯に見立てた。そう言えば松任谷由美の歌にもありましたよね、タンポポを恋人に擬人化した作品が。独名は綿毛の飛んだ後の様子から[坊主花]。もちろん全部食べられるらしいよ。まずタンポポコーヒー。根を丁寧に掘り返してから水洗い。天日で乾燥させ乾いたらみじん切り。粗い粉末にしてから炒って出来上がり。後は普通のコーヒーと同じ整腸、強壮効果あり。そしてタンポポのキンピラ太い根(出来れば秋根)を掘り起こして、切り落としてからよく水洗いをする。3cmほどに切りそろえゴマ油をフライパンで熱して、タカノツメで辛味をつけてから、タンポポの根を炒る。中火で炒めながら砂糖醤油で味付け。あっ忘れてた!!キク科タンポポ属です。タンポポは。ホトケノザ[シソ科オドリコソウ属]シソ科の中では一番早く咲くそうです。三段階になった茎葉の上にチョコナンと可愛い花を1つから3つほど咲かせます。三段階になった茎葉を仏様が座る連座に見立てて[ホトケノザ]と呼ばれています。春の七草の[ホトケノザ]は[コオニタビラコ]と呼ばれてるキク科の花だそうです。[連座]釈迦、菩薩、仏などが載るハスの花の形をした台座で[連台][蓮華座]とも言う。仏教ではハスの花をレンゲと呼び、極楽浄土を象徴します。又ハスの繊維で作った[蓮糸]は極楽往生の縁を結ぶとされています。金で作ったハスの花の上を美人に歩かせたと言う中国の故事来歴より日本語で[蓮歩]と言えば美人の歩む姿を指すそうです。私が野原に寝転がったり、泥にまみれて花の撮影に奮闘しているうちにも姫はズンズン先に進んで行きます。気が付けばもう100mは先に!!こ・これはまずい!!急いで後を追いかけます。すると、姫は道端で何かを見つけたらしく、中腰になってゴソゴソ草を掻き分けています。「これは何?」と問いかけられたので覗いてみると薄いピンク色の花が咲いています。「なんだろう?スミレ?」コスミレにしては葉っぱの形が違う「これが葉っぱかしら?ハート型をしているね。これも写しておけば」「う~んハート型の葉っぱのスミレだとアカネスミレだし・・・でも花の形がアカネスミレだともっと丸いし。色も茜色じゃないし・・・」と言うことで被疑者不詳のままカメラに収められたのです。めでたしめでたし。何が?左下はその前に私が撮影した被疑者A,そして下の2人が被疑者Bで姫が見つけました。図書館で調べよ~っと。(調査の結果被疑者Bはムラサキカタバミの一種、Aはやはりスミレ君です。多分?)
2005年01月10日
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春の椿事日増しに寒さが厳しくなってきます。みなさん、支障なく、お過ごしでしょうか?。こんな寒さの中、けなげにも東京のお台場公園ではもう「河津桜」が咲いたことは昨日の日記の中でも書きました。と思えば九州地方では、「雪」が振った地域もあるみたいですネ。狭いように見えても、ヤッパリ広いものです、日本列島は・・・。そんな変化に満ちた季節の中、やはり何かが可笑しいのでしょう、私に「春の椿事」が起きました。なんと、職場で表彰されてしまいました。これを、「春の椿事」と呼ばずになんと言えばいいのでしょうか?表彰の理由は無事故だそうで、私の所属する営業所では私一人だったそうですよ。そして有難い事に金一封まで!!。そう思えば心当たりはありありです。なにせ、「休まず、遅れず、仕事せず」なのですから・・・私のポリシィーは。それでとりあえず、一言・・・と言う訳ですが、上のような事は周知の事実ですので、改めて言うほどの事ではありません。悩みました・・久しぶりに。こう見えても私は自慢ではないのですが、人前で話すのは全然平気で、「対人恐怖症」なるものを経験したことが、ありません。さらに自慢では無いのですが(これでもか!という程自慢しています)学生時代には、「弁論大会」でも優勝をした経験もあるほどの言わば「口八丁手八丁小僧」で、いまだにその部分だけは進化しております。しかし、今回は悩みました。「いかにしてスイスイ泳ぎまくるか・・」これはまずい。このノウハウは門外不出です。これだけで生きてきたような人間ですから。「う~んなににするべ~?」。時間はありません。そこで次の話をさせていただきました。括弧の中は私が話している間の同僚の反応と言うか、ま~合いの手ですね、それを想像で入れましたが、ほぼ間違いないでしょう。とりあえず、お礼です「私のような至らないものがこの様なものを頂いて恐縮です」(そりゃ~そうだ!)「この様な表彰状をいただけるのは、ひとえに、皆さんのおかげです」(俺のおかげ!)「私、考えまするに・・」(碌な考えではないゾ~)「安全と危険は紙一重、常々そう思っています[これは私が普段から思っている真実です]」「もしかしたら私が一番危険行為をしているかも知れません」(イイヤお前が一番危険人物だ!)「しかし、そんな私がなぜ、こんな表彰状をいただけたのか?」(そうなんだよな~それが可笑しいのだよ)「それはただ一点だと思います。つまり、単純にです」(へ~それでお尻、火傷すんの?)「この繰り返ししかないと、思います。」(よ~く、言えるよな~)「一歩間違えば、私も今回、表彰される対象ではなかったかも知れません」(間違いも間違いの大間違い、誰かと間違ったんじゃ~ないの?)「つまり、とはそんなものなのです。私はあまり、安全について考えません。むしろ、危険について考える様にしています。」(相変わらずおかしなこと言ってるけど・・)「人間の身体に例えるならば、なぜ病気に羅病するか?です。それが判れば、治療薬も開発されるのと、同じように、予防薬も開発される。・・・と」(・・・・・)「重ねて言います。私が今回表彰状を頂いたのは単なる偶然です。来年はもらえないかも知れません」(安全表彰は3年に1度だよ~)「ですが、この危険と隣り合わせに仕事をしている・・例えそれが現場であっても、管理職であっても、事務職であっても同じだと言う事を認識すれば、職場からの事故は撲滅できると思います。」(チョットはまともか?)「つまり、チョットしたことが大事故につながり、安全につながっているのです。」「事故、失敗はやっても、やられても嫌なものです。しかし失敗を恐れては、成長もありません」(たまにはまともなことも言うもんだ・・)「失敗を恐れず、いいえむしろ失敗を予測して行動、計画を遂行する。コレが「安全」「成功」への鍵かも知れません。」ま~こんな感じでしたかね、年初一発目のホラは。「この金一封、みんなのおかげでもらえたのだから、みんなで飲みにいこうか!」ものの弾みで言ってしまいました。中身をコッソリ見ます。「ウ~ッ3枚も!」シッシしまった!早まった!
2005年01月09日
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ありがとうございました昨日は「七草粥」。・・・皆さんめしあがりましたか?「七草粥」については「ホーム」「誕生花」の中の1月7日にありますよ!見て行ってね背景はユキヤナギです。もうお台場で桜が咲きました。「河津桜(大島桜の交配種)」ですが・・・もう春の足音が聞こえてきそうです。そして明日は今年最初の天体ショー!!相変わらず忙しくなりそうです。暫く無断でお休みしてしまい、すんませんでした。おかげさまで、「姫」の病気も大事に至らず、快方に向かっています。色々暖かいメッセージをいただいた皆様、本当に有難うございました。私は相変わらず元気です。一昨日から仕事に出かけております。それではぼちぼち、始めますよ!お覚悟の程を・・・!(そんな大層なことではないですよね・・)実は今年の2日の日に大変な目にあってしまいました。本当であれば2日の日記に書けば良かったのですが、少しはばかりました。いかんせんめでたい「お正月」ですから・・。昨年の暮れに「姫」と2日から逢う約束をしていたのです。それで私は例の愛しいゴミチャンをとりあえず隠し、大掃除の開始です。1日はめでたい「お正月」です、それに、「年の初めにお掃除をすると、年中お掃除に追い回される・・」そんな諺がありますから・・2日の深夜から大掃除です。まず、玄関、台所、リビング、実験室(4畳半の部屋なんですが、創った、お酒類、発酵箱、そして創りかけの作品が占拠してますので、そう名付けています)の大掃除です。生まれ付いての無精者、年に何回目かな?。確かこの前も「姫」が来る日の前だったから・・・3~4月前ですかね~。いかんせん、記憶にございません、その間は。いや~出るは出るはゴミが!!できればこのまま、知らん顔して「お引越し」をしたいようでしたよ。そしてその後寝室、最後に「本丸」のお掃除です。すでにこの頃にはビニール袋に4個のゴミが満杯です。例の愛しいゴミチャンなんか、ものの数ではありません。「いや~有るもんだ」感心すると同時に、我ながら飽きれること仕切りです。その間に時々、PCを覗いてBBSのお返事を書いたり、「日記」を書いてたわけです。この「本丸」には手を焼きました。とにかく、捨てなければならないものが多いのですが、捨てられないのです。「どうしようか~もういいか~」まずはSONYのベーターVHSです。これはVHSビデオの出始めに買ったもので、そうですね~大きさは幅が60cm奥行き40cm高さが18cmほどの、馬鹿でかいもので、これがまた重たい!!今の大型ブラウン管式のテレビほどの重さです。コイツ高かったです・・・。悔しい~い。痛恨の失敗です。数ある私の、失敗した買い物の中ではトップクラスです。これから、私は絶対に新製品(特に開発商品)には絶対に手を出しません。最近ですもの、民生式DVDレコーダーを買ったのも。でもこれも、失敗かも知れません。と言いますのも、買った後に出ました!HDD式が!今度は遅すぎたみたいですね~。次は、AKAIのオープンデッキです。「オープンデッキ」と言っても今の方は判らないかも知れませんね?これは音楽のテープレコーダーです。カセットテープの出る前は「リール」と言う、プラスチック製の円盤状の物に巻いてあるテープで録音をしたものです。歌謡曲やポップスだと、音質の問題を無視すれば充分とカセットテープでも良かったのですが、クラシックの音楽の録音や、FM放送の録音(エアーチェックと言ってました)となると、そうはいきません。何しろ、録音時間が長くなくては用を足さなかったし、音質についてはカセットの比ではなかったからです。でも、今はデジタルPCMの方が音質はいいかもしれませんが・・。これも捨てられないのです。毎年、年末か年始に何時もご対面~となるわけなのですが、何時も捨てられずに・・・あまつさえ何時もここで、お掃除の作業が中断してしまうのです。皆さんもありませんか?。たとえば「畳」の下に挽かれていた「古新聞」に思わず懐かしさがこみ上げてきたり、捨てようと整理した、書籍がなぜか捨てられなくなったこと・・・。もう一点これもおそらく今年にはポンコツになるかもしれません。同じく、音響(今風に言えばオーディオですね)関係で、DENONの50cmプレーヤー・・これまだ現役です。これで聞くLPレコード最高です!!「プチ、プチ」針の飛ぶ音や、曲と曲の間もレコード盤の間をトレースする音が次に始まる曲への期待を盛上げてくれるんですよ。デジタルもいいですがアナログも捨てがたいんです。しかしもう寿命かも・・ヒステリシスシンクロナスモーターのシンクロの調子がおかしく音程がフラットしたりシャープしたりしてきました。多分これも、捨てられない物アイテムに来年はなっているかもしれませんね。とりあえず、「本丸」の荷物はそのままにして(結局捨てられなかったし、片付けられませんでした。)例年のごとくですね。ここまでは意外とスンナリ・・・でも無いか?・・・と、たどり着いたのですが・・・とりあえず、一段落したし一服でも・・・そう思い、その前に「おトイレ、おトイレ」結構寒かったのですあの日、私んとこは「洋式」なのですが、ここ3~4年は「便座ヒーター」をつけていません。用事を足しながらカバーを見てみるとこれも洗わなければ・・時間はすでに2日の5時30分になってましたので、「お洗濯」の開始です。でも、私はともかく、むき出しの便座では寒いと思い、便座ヒーターのスイッチONです。その間に、私は「お風呂」に入ります。「いい湯だな~アハンハン~いい湯だなアッハンハン~」正月の2日から朝風呂三昧です。そして風呂上りに「ビール」を飲んでこりゃ~こりゃ~です。どれぐらい経ったでしょう、寝てしまいました・・・痛恨の失敗の始まりです。自分では、ほんの2~30分のつもりだったのですが、目が覚めたら9時近くになっています。すわ!!こりゃ~まずい!!、いくらのんびり屋さんのお「姫」さまでも、お昼くらいには御到着に違いありません。とりあえず「お掃除」は終わったのですが、袋に入ったゴミは、ゴミの収集が5日からなので、何とかしなければなりません。まさか、また、埋める愚はいくら私でもやりません。「どうしようか~?」考えている余裕はありません。ま、その前に「おトイレ」そうですよね~。飲んで寝た後のパターンは・・・。ドアーをあけます、そして小用だけではなく・・・便座に腰を下ろしました。「ジュ~ッ」一寸オーバーですが、そんな感じでした。「アッチィチイ~・・!!」久し振にスイッチを入れた「便座ヒーター」のサーモスタットが故障でもしていたのか、便座が高温になっていたのです。便座カバーでも付いていればまだましだったのでしょう。運悪くと言うべきか、間が悪いと言うべきか・・便座カバーはあいにく「姫」の御訪問に備え洗ったのです。彼はまだ今朝洗ったものがベランダで風に揺られています。あわててバネ仕掛けのカエルみたいに、飛び跳ねました。まだ発進前だったのが不幸中の幸いだったのかも知れません。人間の体温では低い方に位置するらしいのです、お尻は。「しりませんでした!」なんてしゃれている場合ではありません。ズボンとパンツを下げたまま小走りに鏡の前まで、猛ダッシュです。可愛そうなほど赤く色付いていました、恥ずかしくて照れている訳で無いのは事実です。お尻に、大きな馬にけられたみたいに巨大な蹄鉄のような跡が付いていました。笑い出しましたヨ、情けなくて、痛くって。・・・・。「オロナイン・・オロナイン・・」これもズボンとパンツ下げたまま右往左往です。人が見ていたら絶対「変態親父」です。途中、寝室からリビングに行く途中でひっくりかえって、向こう脛をいやと言うほどテーブルでぶっけるは・・・、正に泣きっ面にハチです。やっと見つけた「オロナイン」はカピカピで使い物になりません。そこで、台所のお湯で暖めたのですが、なかなか乾燥状態から復帰せず、仕方なく「お湯」で練ってヤットコサットコ応急処置を終え、ようやくパンツと、ズボンをあげました。でもよかったです「姫」出なくて。その後「姫」から連絡がありました。「今から病院に行く・・・」う~ん重なる時には重なるものです。アンラッキーは・・。なんだか波乱の幕開けで、思わずワクワクしている僕チャンです。(ゴミですか?とりあえずベランダに隠しました)おかげさまで、私は快方に向かっています。「姫」にはまだ「お尻」の話はしていません。だって心配かけるとまずいでしょ?私は常々こう思っています「人の一生はプラスマイナス0だ、いい事があれば悪いことも・・そしてプラスマイナス0になる。オギャ~と裸で生まれて、死ぬときには白い着物を着せてもらえる・・つまり「生きているだけで丸儲け・・イマル・・・」と・・・」これからもガンバリます。ヨロシク。!!
2005年01月08日
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入りきりません・・下のリンク押してください 早春の西伊豆
2005年01月05日
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いよいよ三が日も終わり、今日からお仕事の人も・・頑張ってくださいね!。 誕生花リニューアルしました。鑑て行ってね!!今、BSで「ハウルの動く城」の主題歌、「世界の約束」を倍賞千恵子さんが唄って居るのが放送されています。難しい歌です。それを心をこめて踊る様に歌っています。「相変わらず歌上手いな~」そう思っていましたが、今日始めて知りました。彼女元々童謡歌手だったんですね。そう言えばずいぶんと前ですが、彼女の「さくら貝の唄」を聞いたことが有りました。私が始めて彼女を見たのは確か「下町の太陽」って言う歌だったと思います。この唄彼女のデビュー作なんです。その後「サヨナラはダンスの後で」でしたっけ?「すごいな~この人、清純な感じの唄からこんな唄まで!!」そう驚いたのを今でも覚えています。その前後に「男はツライよ」でトラさんの妹のサクラ役でっしょ。そして「幸せの黄色いハンカチ」山田洋二監督と、高倉健さんとの息もピッタリでした(当然、渥美清さんも出ていました)「男はツライよ」が終わってから暫く見る機会が無かったのですが、その間、蓮如物語、のちの地球ダイオキシンの夏、ジャングル大帝。そしてこの間の「ハウルの動く城」最近声優での出会いが多くて、あまり姿を見れなかったのですが、久しぶりに御対面~です。年齢はもう還暦を過ぎていらっしゃいますが、相変わらず素敵な方です、番組中に朗読される場面があったのですが、臆することなく、眼鏡をかけて「わ~良く見える!」飾らない人なんですね。そして朗読が始まりました・・・。「童謡の謎・合田道人著」この本は、歌い継がれている童謡の背景や、その本当の意味をわかりやすく説明した本で、その中から「赤い靴」の女の子の話を朗読された後「赤い靴」を歌われました。不謹慎で粗野な私でも「心」が洗われた感じです。「童謡は心のふるさと」ともいいます。「こんな美しい唄を、素直に聞ける私はまだまだ捨てたものではない」そう思ったお正月三が日の最終日でした。「姫」チョット彼女に似ているんですよ・・・私、この唄「異人さんに~」のところを何時も「いい爺さんに~」つて聞いていました「いいじぃさん」ってどんな人なんだろ?って。多分皆さんも違う聞き方をしていたでしょ?ついでに「赤い靴」のお話を書いておきます。この曲は大正10年(1921年)12月に「雑誌小学女生」に野口雨情が発表した作品で作曲者は本居長世です。「古事記」を書いたオッサンではありません。アレは「本居宣長」です。「赤い靴」の少女が実在していたこと、そして「異人さん」に連れられては行かなかったこと。確か8歳か9歳で国内で結核でお亡くなりになったこと。などは御存知の方が多いですよね?ではなぜこんな唄に成ったのでしょう?作詞家の野口雨情と「きみちゃん」(無くなった女の子の名前です)の母親の再婚相手(「鈴木志郎」といいます、キットまじめな人だったはず、「鈴木史郎」では有りません)が友人で、宣教師(ヒュイットで~す)夫婦に預けた子供を思い続ける母親(「かよ」といいます・・あえて「さん」はつけません)を思いやって「異国の国に行ったのだから、もう会えないんだよ」と慰めるために創ったのでしょう。そのせいかどうかはわかりませんが、母親は我が子が「結核」で無くなったことも知らずに他界したそうですよ。暗に野口雨情は「異人=異国=黄泉の国」と暗示をかけていたのかも知れませんね。ココからは引用です。とってもいいお話ですこの赤い靴の女の子にモデルのあることが明らかになったのは、昭和48年(1973)11月、北海道新聞の夕刊に掲載された、「岡その」さんという人の投稿記事がきっかけでした。「雨情の赤い靴に書かれた女の子は、まだ会ったこともない私の姉です」。この記事を当時北海道テレビ記者だった「菊池寛」さん(今日は名前が紛らわしいな~「父帰る」の「菊池寛」でもないです)は5年あまりの歳月をかけて「女の子」の実像を求め、「赤い靴の女の子」が実在していたことを突き止めたのです。女の子の名は「岩崎きみ」。明治35年7月15日、日本平の麓、静岡県旧不二見村(現清水市宮加三)で生まれました。「きみちゃん」は赤ちゃんのとき、いろいろな事情で母親「岩崎かよ」に連れられて北海道に渡ります。母親に再婚の話がもちあがり、「かよ」は夫の「鈴木志郎」と開拓農場 (現北海道、留寿都村)に入植することになります。当時の開拓地の想像を絶する厳しさから、「かよ」はやむなく三歳のきみちゃんをアメリカ人宣教師チャールス・ヒュエット夫妻の養女に出します。かよと鈴木志郎は開拓農場で懸命に働きますが、静岡から呼んだかよの弟「辰蔵」を苛酷な労働の中で亡くし、また、開拓小屋の火事など努力の甲斐なく失意のうちに札幌に引き上げます。鈴木志郎はその後職場の同僚の野口雨情と親交を持つようになります。野口雨情も長女を生後わずか7日で亡くしています。おそらくそんな日常の生活の中でかよは世間話のつれづれに、自分のお腹を痛めた女の子を外人の養女に出したことを話したのでしょう。「きみちゃんはアメリカできっと幸せに暮らしていますよ」。こんな会話の中で、詩人野口雨情の脳裏に赤い靴の女の子のイメージが刻まれ、「赤い靴」の詩が生まれたのではないでしょうか。雨情はまた夭折した長女を「・・・生まれてすぐにこわれてきえた・・・・」と「シャボン玉」に詠ったと言われています。後年、赤い靴の歌を聞いた母「かよ」は、「雨情さんがきみちゃんのことを詩にしてくれたんだよ」とつぶやきながら、「赤い靴はいてた女の子・・・」とよく歌っていたそうです。その歌声はどこか心からの後悔と悲しみに満ちていたのそうです。3歳で母「かよ」と別れ、6歳で育ての親ヒュイット夫妻とも別れた「きみちゃん」は、ただひとり看取る人もいない古い木造の建物の2階の片隅で病魔と闘いつづけました。熱にうなされ、母「かよ」の名を呼んだこともあったでしょう。温かい母の胸にすがりたかったでしょう。それもできないまま、秋の夜、「きみちゃん」は幸薄い9歳の生涯を閉じたのです。東京の六本木鳥居坂教会の共同墓地に眠っています。 以上引用です「赤い靴」の像は全国に4箇所あります・・でも本当は・・5箇所?母親と「きみちゃん」の出身地静岡県日本平に「赤い靴親子の像」、東京の麻布十番商店街に「きみちゃん」の像、横浜の山下公園に「赤い靴はいてた女の子」の像、北海道の留寿都村に「母思像」がそして秋田の千秋公園にもも有ります。この像は直木賞受賞作家渡辺喜恵子が著書”タンタラスの虹”をモチーフにしたもので、秋田の一人の少女の実話です。この子は本当に異人さんの国に行きました。トレビアの泉です。この曲を歌ってヒットさせたのは作曲家本居長世の二女貴美子さんです同じ月の童謡・童話雑誌「金の船」に雨情,長世コンビが発表した曲は「青い眼の人形」です早く「姫」の病気なおらないかな~。2005年・初日の出初日の出
2005年01月04日
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明けましておめでとうございます♪早いものですもう3日ですよ~ア~ッと言う間ですね。早い人はもう明日からお仕事ですね。「オレなんか三ヶ日、働きづめ!!」って人も・・それぞれ大変です。私なんか今でこそ余裕こいてますが、こないだまでの10年ほどは悲惨でしたヨ。そうですね、年で1~2日でしょうかね、オヤスミ。そんでもって1日15~6時間働いてましたよ。いや~大変だった・・といいたいんですがコレが結構楽しいのですよ。本当ですよ!。と言うのは、まず1つ。仕事が楽しくて楽しくて、1~2年の間「姫」を放りっぱなしにしていたことも有ったんです。その代わり今痛い目にあってま~す(でも、コレが、また楽しいんだな~)その2、色んな人に会えて、色んなとこにいけたから・・一度午前中豊橋にいて午後、各務ヶ原(岐阜)そして翌朝一番で盛岡だったときなんか、わざわざ京都経由秋田大曲だったっけ?経由の列車しかなくて・・参りましたよ。当然遅刻。でも盛岡の人おおらかで駅で5時間も待っていてくれた上「お腹すいたでしょ?」って「石狩鍋」?を昼間からご馳走していただきましたよ。岩手といえば怖かったです。YSー11。まだ花巻空港がプロペラ機しか離着陸できなかった頃ですが会合が花巻温泉であったのですが、私は皆とは別で飛行機でいったんですよね。ほかの人は列車だったんですが・・。いや~怖いの何のって・・プロペラ機って高度が低いでしょ?おまけにその日は台風接近の暴風雨。YS11って知ってますよね?戦後唯一の国産プロペラ機です。現在でも何機かは活躍中だと思いますが・・このYS-11良く揺れるので有名でした。おまけに暴風雨ですから。運悪く座っちゃったんです、羽根のところの窓際。まぁココはそんなに揺れないんですが(と言っても機内の中で比較的って意味)。「ガラガラドッシャン!」雷の音まで聞こえるんです。そして「ビカビカ!!」。機体が10m前後ドカ~ンと真下に急降下・・甘いな・・墜落する感じで、もう機内はお祭り・・いや基い、修羅場です「ゲロゲロ」蛙ではありません。匂いは漂ってくるは、小さな子供は泣き喚くは、年よりはお経を上げるは、(さすがに太鼓を叩く輩はおりませなんだ)・・もうハチャメチャでゴザリマスル!!。おぞましい光景に目を背け窓の外を見ると、翼が鳥が羽ばたくみたいに上下しているでは有りませんか!!。「あれ~?飛んでる?」目が点になっちゃいました。そして人が飛行機を思いついた理由もそれとなく・・。でもそのままではまずいので、ちっちゃなお目目を見開いてヨ~ク見てみると、胴体から翼の先の方まで針金(本当はモット太かったと思いますが・・)見たいなのが渡してあるんです。「羽根・・吊ってるの~?」またまた目が点・点です。「大丈夫か?この飛行機?」私は仕事柄良く飛行機は乗ってましたよそりゃ~。727の時代から・・誰です?「リーチが外れた!!」なんて言った人。セスナにもヘリコブターにも・・でもこの手の小型機は悪天候のときはほとんど飛ばなかったですから・・。たしかあの時は東亜国内航空(現日本エアシステム)でした。まさに弱小航空会社、(確か親会社は東急電車だったよナ~)命を懸けて働いていたんでしょうね~(道連れにはしないでね~)そんな虚しいことを考えつつ窓の外を見続けていると・・なんだかエンジンのところから白い煙の様なものが出ているんですよね。眼を擦りましたよゴシゴシ。「ヤッパリ出てる!!」心臓が口から出そうでしたが、機内の修羅場に火を注ぐわけには行きません(多分、あの時に騒いでいたら、今頃殺人幇助か威力業務妨害で塀の中だったでしょうね、冷静だったおかげで、今は塀の上をフラフラ歩いている感じですがね~。)当時は今と違いパーサーコールなんか付いていません。いやいや付いていました普通の飛行機は。でもYS-11ですから・・。声を上げて呼びます「スンマセ~ン!!」対応早かったです。ビニール袋を手に持ってヨタヨタしながらもまっすぐにこちら向かってきました「大丈夫でしょうか?」(おい!それは私の台詞!!)さすがにエアーホステス(あえてリアル感を求めてマスのでご容赦を)、察しがいいもんだ!。なんて感心している時間的余裕も精神的余裕もありません。「あの~」「なんでしょう?」「あの?煙がでているのですけど・・」「はぁ?」「あそこ・・煙ですよね?」チラッ。見たような見なかったような。。「あ~っあれでございますか、アレは水蒸気でございます」この場に及んでも礼儀正しいのです。「水蒸気?」「はい、雨にエンジンが冷やされて・・」どうもくさい、機内ではありません。エアーホステスさんはと~ってもいい匂いでした。窓を見るときにホラ、ネ!判るでしょご同輩!失礼いたしました。まぁ~プロがそう言うのだから信じざるを得ませんよね。「ま・いいか」と仕方なくポケット瓶で乾~杯ぃ~。眼が覚めたら花巻空港です「わ~良く寝た」寝るに限りますこんなときにはヨッパラって。なんだか皆フラフラで、子供は泣きつかれたのか眠ってましたが、年よりは相変わらずお経らしいことをブツブツ言っています。なんだか後ろで夫婦喧嘩まで始まっています「あんたと出かけると何時もこうなんだから!!あんたは雨、いいえろくでなし男よ」「そんなはずねえよ!お前だろ?雨女は!この間A子と出かけた時・・」旦那らしき男の勢いもここまでです。「何よ!A子って!!!可笑しいと思ってたんだ!前から!!」「いや・・会社の仕事で・・グチュグチュ」「会社の仕事?!ネチネチ・・」女性は弱しされど女房は逞しい。こんなとき「男は黙ってサッポロビール(当時はやってました)」なのに・・・。そんな、お笑いと、悲しみと、そしてありがた~いお経と共に飛行機は無事花巻空港に到着いたしました。「ウ~~ン」エンジンの回転音が静かにさがって行きます。「うん?」それに対応するように「ウ~ン」とサイレンの音が聞こえてきました。全然気にしてませんでした。ムシロ忘れていましたエンジンの事。空港はなんだかざわめいていましたが、私はタクシーに飛び乗り「花巻空港」を後のして「花巻温泉」を目指します。「花巻温泉」には遠方(九州・四国・中国地方)の方々と、地元、あるいは近県の方々しか到着していませんでした。東京方面からは私の他は前日から来ていた人か早朝に来ていた人だけでした。会合なんて碌なことはしません。もっともらしい理屈をつけてのシャンシャン会合です。そして宴会。こんなとき私は暴れませんただただ粛々と飲むだけです。お風呂に入って、お風呂上りにビールを飲んで1時間100円也のテレビも見あいたのでチャンネルを回してニュースを見ていると、なんだか見覚えの有る夫婦がテレビに写っています「おや?どうしたんだろう?」よく聞いていると「岩手に来るのが楽しみにしていたのに大変な思いをしました、夫婦揃っての旅行ひさしぶりだったんですけど・・でもよかったです・・。ね~お父さん」「いや~怖かったですよ・・何にも知らなかったもんだから・・」ケッ!!テレビの前では仲良しこよしですか~。あの夫婦です、機内で喧嘩していた・・。聞くところによればヤッパリエンジンが不調だったそうで、何とか空港までは大丈夫との判断と、あいにくとの暴風雨で途中の空港にも降りるに降りられず花巻に到着したみたいですよ、あの飛行機。今日は「プロはかくあるべき」と言うお話でした。その意味においてあの機内のエアーアテンダントは見事です。すでに異常を知っていてあの冷静さですから。顔色一つ変えず「水蒸気です」と、きたもんだ。アレが青い煙だったら「水蒸気が雷の光で・・」とかでヤッパリ言いくるめられていたでしょうね。プロはすごい!!まして女性は特に。。もしかしたらあのエアーアテンダントわざと匂いを・・オット!コレはセクハラ・・邪推です。でもこの一件以後私はエアーアテンダントの言うことは「子守唄」だと思っています。三が日お仕事の人は基本的に「プロ」的色彩の濃いお仕事の方が多いと思います。御苦労様です。オヤスミまで頑張ってくださいね。列車の連中は着きませんでした会合の時間には、途中崖崩れで大幅に送れ逗留宿に到着したのは宴もたけなわを過ぎた夜中です。たかが「宴会会合」に命を懸けた私はプロ中のプロかもしれません。チャンチャン。楽天さんの文字制限で忍野からの富士山はこのページに入りませんでした下の「忍野富士山を押してください」忍野富士山下の文字の所をクリックすればライブカメラのフリーページに行きます。入口はそちらに有ります。ではいってらっしゃ~いライブカメラ入り口
2005年01月03日
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「お正月限定バージョン」ライブカメラリンク設定しました。入り口は一番下の「ライブカメラ」のところをクリックしてください。 ニュースヘッドライン新設いたしました。「ホーム」「お気楽探検隊」「Welcameドアー」から入ってください。明けましておめでとうございます♪昨日は「初夢」を見る日でしたね。皆さんはどんな夢を見ましたか?昔から「一姫」「二太郎」「三なす・・・」おっと違った!!、いつも「姫」の事を思ってるから・・(初ゴマ、バレバレ(=^_^;=) デヘデヘ)。「1富士2鷹3茄子」でしたよね?これはなんでこうなったのでしょう?いろんな説がある見たいですが・・ひとつは、「富士」は「無事」「鷹」は「高く」「なすび」は「事を成す」・・・・というように、縁起を担いだ語呂合わせの意味であると言う説が一番わかりやすいかもしれませんネ。また単に徳川家康の好きなものを並べただけというものも。富士山を見て、鷹狩りをし、ナスを食べるのが家康の幸せだったとか・・・意外と小市民だったのかも家康さん。これが縁起の良い夢の筆頭になったのは、家康にあやかろうってことなのでしょうかネ~また、初夢に良い夢を見るためのおまじないとして昔から知られているものの一つは、なかきよのとをのねぶりのみなめざめ なみのりぶねのをとのよきかな 「長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」) という回文(上から読んでも下から読んでも同じ言葉)を書いた物を枕の下に敷くというもの。もうひとつは悪い夢を食べてくれるという獏(ばく)の絵、もしくは「獏」という字を書いた紙を枕の下に敷いて寝るというもです上手く書けるといいんですけど、「獏」の絵が「蟻食」に似ていたら大変ですよ!!白蟻の居る家なんか丸ごと食べられたりして~まぁ~それもいいか~ですね。そして「獏」の字が間違って「膜」って書いたときにはどんな夢を見るのかな~なんて考えると夜もおちおち寝ていられませんよね。まぁ~昨日見れなくても「初夢」も色んな説があって。1日起きるまでに見る夢。1日に寝てから2日に起きるまでに見る夢。2日に寝てから見る夢。この三通りが有りますので、まだ、間に合いますよ。でも3日続けて夢を見た場合はどの夢を選べばいいんでしょうかね~とりあえず一番いいものってとこでしょうか?初夢を見て気になった人は下の神社で占ってみてくださいねコミティア神社それと精進払いです「悪夢」を見た人にはとりあえず私のサイトで「富士山」でも見ていってくださいよ。いずれも今年の1月1日の画像です。そんで明日にでも気が向けば「初日の出」でも(富士山じゃ~無いけど)UPします。「お気楽探検隊」のみなさま。富士山の画像は例の場所にUPしてありますよ。\(*T▽T*)/ワーイ下の文字の所をクリックすればライブカメラのフリーページに行きます。入口はそちらに有ります。ではいってらっしゃ~いライブカメラ入り口今日は河口湖からの富士山です07:00時08:00時09:00時10:00時11:00時12:00時13:00時14:00時15:00時16:00時17:00時17:10時17:15時17:30時 明日は忍野からのをUPしま~す~。それと「お気楽探検隊」のみなさまこの画像は例の場所にUPしてありますよ。v(≧∇≦)v イェェ~イ♪そんじゃ~ね。
2005年01月02日
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「お正月限定バージョン」ライブカメラリンク設定しました。入り口は一番下の「ライブカメラ」のところをクリックしてください。 ニュースヘッドライン新設いたしました。「ホーム」「お気楽探検隊」「Welcameドアー」から入ってください。明けましておめでとうございます♪昨年は年末まで大騒ぎでした。前々日の雪の八甲田死の彷徨を無事切り抜けて。ま~30日はとりあえずつつがなく終わったのですが、やはり・・と言うべきか当たり前だね!と言うべきか最後のハードルは高かったです。ハイ。実は私は今ゴミの当番なんですよ。今週の水曜日から来週の火曜日まで。幸いにもゴミの収集は28日に終わってますので、「ラッキー!」そう思っていたんですよね。でも世の中そんな甘くは無かったです。普段は口五月蝿く「ゴミは分別して出しなさいよ」「燃えるゴミは○○日しか駄目よ」なんて当たり中小姑だらけで、私より私の事をよく知っているみたいです。そんな感じの暖かい皆様に囲まれたぬくぬくとした環境だったものですから。す~っかり安心してましたよ。しかし世の中の不条理って言うのですか?朝方雪が降っていたので、嬉しくなって御近所中を徘徊してから、家の前の「雪に抱かれた山茶花」を撮るべ~。そう思ってファインダーを覗きましたね。そりゃ~当然あたりは「雪」だらけ・・あれ?でも・・何であんなところに「雪」があんの?。観てみると屋根のあるはずのゴミ置き場に「雪」が・・「おかしいな~そんなに風きつくなかったのに?」トコトコ・ズルッ(滑りました)近づいてみると・・「雪」だと思ったのは白いスーパーバッグに詰め込まれた「ゴミ」だったのです。「誰だ?」普段は口うるさく私の事を批評している近所の人に違い有りません。捨てたの。「知らん顔しよ~つと」そう知らぬ顔の半兵衛を決めかけたときに運悪く見つかっちゃいました。でしゃばりお米婆さんに。「あら~大変ね~こんな雪の中、ご苦労様」眩暈がしてきました。基本的に私は「ゴミ当番」でも何もしません。といいますのも私は以前から勤務の時間帯が、ひ~じょ~に(財津一郎風に皆さんもご唱和ください)変則的なので、あまりそういったお仲間には入れなくって、いくばくかの金数をお支払いして免除してもらっています。当然ゴミ当番もご他聞に漏れず同じなのですが、「ゴミ当番札」だけは、しきたりを重んじるみたいでキッチリと毎回当番のときは入り口のドアーノブにかかっています。私も仕事が休みなのはバレバレですので今回は逃げられそうも無いみたい、とウスウス感じていたのですが・・よもやこんな様に陥るとは・・。普段の事を考えると段々腹が立ってきました「通りに煙草の吸殻が一杯落ちてたわよ~キット○○さんよ」そんなのはまだいいほうです「こないだ××さんチ!下着ドロボウにあったらしいよ」「いや~ね、物騒で・・・」目は私の方を向いています。このご近所で「男ヤモメ」は私ひとりなのです。「誰が取るか!そんな年寄りの!若い女性のな・・な・・ナンだろかな~しら~ない」ゴミなんかいつもソウです。そりゃ~深夜に帰宅してゴミを出したことは有りますよ。一度や二度は。でも出しちゃ~いけない日には絶対出してません。それどころか私は町内会で決められたゴミ収集場には1年半ほどゴミを出していません。ほとんど行きつけのコンビニエンスにお届けしてますから。「畜生!火でも着けて燃やしてやるか!!」そうも思いましたが踏みとどまりました、かろうじて。どうしてやろうか!このゴミ。聞くところによれば、ゴミの中身を調べて出したと思われるところへ返すか、整理して(分別)ゴミ置き場の片隅においておくらしいです。ご親切に「迷子ゴミ札」まで書いて!「何で自分チのゴミの整理が出来ないのに、ひとんチまで・・出来るわけが無い」なかなか論理的です。「雪」はドンドコドンドコ降り続いていて、先ほど通った足跡すらわからなくなってきました。「うん?そうだ!」閃きましたね私は。脱兎の如く家に入り、小脇にスコップを抱え長靴を履いて一目散にゴミ置き場へとって返しました。「埋めるべ」我ながら名案(畜生又「明暗」って変換されてしまう!!昨日アンだけ「名案」って打ち込んだのに・・阿呆か?このキーボード?)名案(お~上手くいった!感動です)と小躍りしながら埋める場所の検討に入りました。「人目に付かなくて・・軟らかくて・・おお!!いい場所が」ゴミの袋5個も小脇に抱えさまよう私の目の前に「どうぞ、ココに埋めてください」といわんばかりに白く雪が積もって足跡すらない 公園が有りました。「ココココ」。ニワトリでは有りません。そう言えば来年は酉年、こいつは春から縁起がいいワイ。有頂天だったのはココまでです。その公園は町内会長との庭続きと言うか、なんだかまだ町内会長の持ち物だとか・・なんかそんな事を聞いてはいましたが・・。ゴミを首尾よく埋め終わり、部屋に帰って暖か~いコーヒーを飲んでいると、不幸は呼ばなくてもやってくるものです。「ドンドンドン」誰かがドアーを叩きます。「何だ?ドアーホーンあるのに?」「ドンドンドン○○さん!!」「ハイハイ今行きますよ」ドアーを明けた途端、獅子舞が居るのか?それにしては早すぎる?それほどまでに興奮して赤くなった町内会会長さん御登場!!です。「こ・こ・困るんだよね!!あんなことされちゃ~!」すごい剣幕で可笑しかったです。「何のことです?」とりあえずとぼけます。「コレだよ!コレ」町内会長さん、よほど興奮しているのはゴミ袋を持つ手はワナワナ震え、白く湯気さえ立っています。「あ・・っ・・それ・・」「ソウだよ!!見覚えがあんだろ!」無いといえば嘘になります。有るといえば罪になります。あいまいにするのが一番です、こんなときには。「兎に角駄目だよ!!」「◎×▼≦*☆。.::・'°★」聞いてる振りして全然聞いてません丸で別世界の人です、今の私。ひとしきりお小言を賜って。町内会長は去っていきました。ゴミですか?今、家に有ります。お話の最中に何度か私のゴミではないことを弁明したのですが、認めてもらえず、却下されました。「そうかい、そうかいそんなに私のことが好きなのかい?それで戻ってきたのかい?」なんだか今は、このゴミに愛情すら感じてしまうのです。そんな訳ね~だろ!!。ヤッパ類は類を呼ぶのでしょうかね~こんなことのなるんだったらもっと早く掃除しておけば良かった・・グッスン。(追伸)どうも町内会長は雪に残っていた足跡でめぼしを漬けたらしいです。デシャバリお米は無関係だったみたいですよ~。でもなんであの時だけ「雪」小振りになったんだろう?穴を掘ってるときは「コリャ~いいや!」だったのに・・・。今年も大いに期待が持てそうな年末でした・・ああぁ疲れた~。下の文字の所をクリックすればフリーページに行きます。入口はそちらに有ります。ではいってらっしゃ~いライブカメラ入り口
2005年01月01日
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