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企画ものとして「さとなお映画観」と題し、私がレンタルビデオショップに何回も借りに行った映画について少しずつ書いていきます。■「恋する惑星」失恋した警察官は知らぬ間に誰かに恋を抱かれてた。デリでアルバイトをしてる女の子は、いつも夜食を買いに来る警察官を好きになる。彼の家に行っていろんないたずらをして、でも男は気付かない。女の子は男の部屋で自分が大好きな人の布団のシーツを替えたり、缶詰のラベルを別のラベルに替えたり。彼があんまり気付かないから女の子はやりたい放題。そんな恋の自由さに憧れた映画です。相手が自分の想いに気付かない。だから気付くまでとことん近づく。それは片想いの最高の楽しみだと思う。バイト先で出会い、お遣いに出たらすれ違う。そのくらい近い距離に住んでるから最高。女の子は、男の元カノがフライト・アテンダントだったことを知って最後に本当のフライト・アテンダントになって登場。ハッピーエンドでも、悲しい結末でもなく、片想いを最高に楽しんだ、勝気な生き方をした女の子の楽しい映画。片想いに勇気をくれる。あと女の子のハチャメチャぶりをなぜか怒らないブロークンハートなトニー・レオンが最高に素敵。ここからは勝手に日記好きだから、と相手のこと考えずに行動することが多い。結局拒否られた時に「どうしてだろう」と悲しくなる。一人の人を想うことができなくて「好きになってくれないかな」と想う相手がたくさんできるとそれを不誠実だと言われる。うまくいく恋は全然なくて、いつも相手を困らせてしまって、止めることができない自分の気持ちがどうなってるのか途中から分からなくなって、気持ちの整理ができなくなって相手に投げてしまう。本当は途中で自分に「なんで?」って聞いてみないと先の答えは見つからないのに。人生は恋がないとハリがない。お酒もそれだけじゃおいしくない。その日の自分や、一緒にいる人、その時感じていることが一緒にならないとおいしくない。好きな人の気持ちに不安になるよりも、好きでいてくれる人と一緒にいたい。そういう願いのほうが強くなることがいっぱいある。好きになってほしい人といっしょにいると、だいたい自信のなさが露呈して、「あちゃ・・」と何度も思ってしまう。逆にもう決まってる人がいる人だと、嫌われることのない程度の距離でいっしょにいれるから気を遣わなくて楽。一方的に好きになってしまった人は、いつかどこかで嫌われてしまうんじゃないかっていう見えない不安の穴があるから気が気じゃない。距離がとれなくなって制御不能になった時、その穴に落ちる。それが怖い。でも足元を見ず真っ直ぐに突き進むときの感覚は一瞬気持ちがいい。自由の一瞬。誰かのそばにいたい、いてほしいって思うのは心細いときの万国共通の気持ちなんじゃないか。■画像:「雨上がり」私を悲しい雨から守ってくれる傘が好き。もう降らなくなって静かになった瞬間に空を見上げるのが好き。
May 28, 2006
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深夜によくやっている自然・動物ドキュメンタリー番組をよく見ます。この前は、アフリカの「ハシビロコウ」の生態系を見ました。ある朝のニュースで「上野動物園ではハシビロコウも…」「あーこの鳥この前テレビで見た…」ということでハシビロコウに会いにいきました。集団行動を嫌うらしく、フラミンゴと距離を保っていました。とゆうかハシビロコウが動くと、フラミンゴがうわーっと離れるのです。しかもじっと動かずに一点を見つめているから、どことなく寂しそうな光景でした。色が青色でフラミンゴ団と比べると地味なのですが、体が大きいし模型みたいに動かないからすごいオリジナリティーを放ってました。アフリカでは見つけるのに3日かかったとかだったのに、4羽もいました。もの凄い至近距離でした。集団行動を嫌ってるけど本当は寂しいんじゃない?と何度も尋ねました。不忍池で5月のさわやかな風を感じて、夜は友人とカフェへ。久しく会っていなかったのに、そんな気がしなかった。帰り路、自分の心境が少し変わっている気がした。去年の今頃はどしゃ降りの雨の中泣いて走っていた。今は穏やかな月明かりの下、静かに歩いている。そんな感じ。それはきっと油彩セットを大学のアトリエから回収したおかげもある。油絵の具と油の臭いはアロマエッセンスの如く、ワクワクした気持ちと「誰も奪うことのできない幸せ」を感じさせてくれる。絵を描けるようになったってことは余裕が出てきたもかもしれない。かもね。まぁそうするとあまり人と会わなくなって出会いは減るのだけれども、でもそれはそれで余計なことを考えなくなる意味では身体にいいことかもしれない。友人はマッチを探している。持っているのが湿気てしまったそう。油絵を描くことは私に火をつけてくれるのだろうか。いや油だからめちゃめちゃよく燃えるはず。火がつけば…。
May 14, 2006
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連休は去年の夏ぶりに京都~長崎へ京都では鴨川~祇園の美術館~円山公園~御所を二日間かけて歩きました。一年、東京で溜まりに溜まった汚れを落としてきました。そして長崎では思いもよらぬ展開が。今も少しワクワクしています。実家に帰って2日目、ひょんなことがきっかけで高校の時の美術部担任と電話で話すことになり、たまたま帰ってきてることもあるので、その恩師に挨拶をしに行くことにしました。今の仕事や大学でやっていた制作のことなどを、思い出のアトリエでひとしきり話した後で先生はちょっとお茶でもと車に乗せてくれました。もう一人の恩師、中学1年の時の担任で卒業するまでとても仲の良かった国語の先生に電話で挨拶したらと、先生がその先生へ電話をかけてくれました。先生の車でお茶するところへ向かう途中、私は電話で挨拶をしていました。気がついたら街が見渡せる山の上のカフェに来ていました。。そこで、それまで自分が考えていた油絵のことや作品制作について話しました。まだ誰にも話せなかった、むしろ先生に今度会うまで誰にも話さんとこうと思っていたことを、たくさん話しました。それで、「先生、まだ時間ありますか?私これから行くところがあって一緒に行きませんか」と海辺の美術館へ誘いました。その後、海辺から見えた橋を見て先生は「ちょっと行ってみる?」と言って、ドライブをしました。そして家の近くまで送ってくれました。言うまでもないのですが、私は高校で美術部に入ったときから先生に恋心を覚えていました。留学後は自分のオリジナリティーを求めて油絵を描きまくり、夏の暑い日も、ろくに遊びにも行かず油絵の具にまみれて夢中で描いてました。クラスにいるのも嫌だったし、家じゃ親は別居してるし、ってので高校のアトリエは逃げ場にもなってました。なのでそういうところで先生とずっと一緒に時間を過ごしてしまったから特別な感情を抱いてしまったのかもしれません。高校を卒業してから大学4年間はいろんな出会いがあり、絵を続け、先生は思い出の人になっていました。だけど、東京で1年頑張って成長し、そのタイミングで再び出会えたことは願ってもない偶然で、昔の感情がうっすらと戻ってきた気がしました。京都で展覧会に出品し、大学のアトリエにて油絵セットを回収、長崎では美術部の思い出の時間を過ごし、極めつけは博多で印象派の絵画を見まくったので、今でもどこかがむずむずしています。しかしこのむずむずは違うむずむずかもしれない。と言うか先生はそう、またしても41。超年上を好むって私どうかしてるかなぁ。。■撮影:京都御所 木漏れ日の空気がとても美しかった
May 7, 2006
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