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最後に動物園に行ったのは、一体いつだっただろうか?子供たちが小学生だった頃、確か、最後はアメリカのカリフォルニアのサンディエゴ動物園だったと思うな。今日、姪の子供が来て、一緒に動物園に行ってきました。約20何年ぶりの動物園も、まずコアラ見物です。ちょうど餌の時間で、一生懸命ユウカリの葉っぱを食べていました。カンガルーは、袋の中から赤ちゃんが覗いていて、これも楽しかった。象やキリン、サイなど、草食動物しかいないので、金沢動物園は檻がなく、間に堀が掘ってあります。いいお天気の中、久しぶりの動物園でした。
2009年05月31日
東急ハンズやロフトに行くとたくさん面白いものが見つかり、楽しいものですね。今日はすごいもの買ってきました。手あれが激しく、サトイモや長いもの皮むきをするともうダメ。手がかゆくてかゆくて、しばらく何にも出来ない有様です。これはゴム手袋ですが、そんじょそこらのゴム手袋ではありません。なにせ厚い。ごつい。その上、ザラザラといおうか、イボイボといおうか、ゴツゴツしているので、ジャガイモなどの皮が、本当にきれいに剥けます。これから皮むきが楽しくなりそう・・・!
2009年05月30日
先日、石原裕次郎の23回忌の法要を、東京の国立競技場で行うとの発表がありました。国立だよ!国立!何でも国立に総持寺を作って、僧侶を何人も呼び、総持寺のご本尊まで持ってきて法要を行うとの事。「バッカじゃないの!」何でも、前回総持寺で行った時に、ご近所に迷惑がかかったとか。今回はもっと集まるのでそういうわけにはいかないとか。と言いながら、来てくれた人に分けるCDとか写真集(無料だって!)とかもろもろのプレゼントの宣伝名などもしていて(それなら大勢来るでしょう)、私にとっての裕次郎のイメージがガタガタ。おかしいよ。でも誰もおかしいとは感じないで、すごいことだとわめいています。(お寺も商売繁盛、やりすぎだよ!)この法要にかかる費用は、映画を1本作るよりすごいと自慢している石原プロの人!映画のプロダクションならやっぱり映画にお金をかけない?結局、いまや石原プロといっても、ロートルばかりで、おじさん軍団。ちっともスターを生み出せず、映画もヒットを飛ばせず、だったら深く静かに潜行していればいいのに、裕次郎という財産で花火を揚げるしかないのですね。(33回忌までがんばってね!)そうしたら、今日、またまた石原軍団がテレビに。なんと、パチンコに裕次郎を登場させて、玉が入るとあの「嵐を呼ぶ男」が流れるとか・・・そんなの自慢してテレビで言うこと?なりふりかまわずって感じ。もうコリャダメだー!芸能人ってこの程度なのね。まぁ、どうでもいいことだけど・・・(ミーハーの私だナァって反省!)
2009年05月29日
センサー・ナイト・ライト。コンセントに差し込んでおくだけで、暗くなると自働的に点き、明るくなると消えてくれます。前からあったのですが、壊れてしまったので、新しいものを探しに行ったら、いいものが出ているではありませんか。LEDなのです。電気代が、点けっぱなしで1ヶ月たった2円、寿命も5万時間だとの事。それで、お値段はたったの580円。バカみたいにお安いのです。2個も買ってしまいました。洗面所と階段に付けておきました。昨夜点けてみると、明るいのですね、これが。今朝は、雨で暗いので、階段のところはさっきまで点いていました。優れものだと思います。
2009年05月28日
以前メダカを飼っていたので睡蓮鉢があります。卵を産んで増えたりしたのですが、猫にやられたり、大雨の時に水があふれて出てしまったりで、いつの間にかいなくなってしまいました。昨日睡蓮鉢をきれいに掃除して、メダカを買ってきました。昔はメダカというと1種類だったのに、赤メダカ、黒メダカ、青メダカ、白メダカとあったのでびっくり。ちなみに赤が一番お安くて10匹400円、もっと安かったような気がするけどナァ・・・なんと白になると、1匹400円です。赤と黒を15匹求めて、水に放ちました。しばらくしてえさを入れると、勢いよくパクついています。かわいいです。生き物が動いているのって、見ていて飽きないですね。猫にやられないようにしないと。涼しげで、一足早い夏が来ました。
2009年05月27日
ご近所に、私がバラ屋敷と言っているお家があります。お庭はすべてバラ・薔薇・ばら。聞くところによると、新種や珍しいものがあると、いてもたってももいられないとか・・・今の時期はそれはそれは見事で、近くに行くだけでむせるような匂い。夏も冬も花はないのですから、今だけのために命を懸けているという感じ?手入れも大変だと思いますが、これからもがんばって見事な薔薇を咲かせて欲しいもの。
2009年05月26日
昨日の日曜日のJ1、ジュビロ磐田が名古屋に2対1で勝ちました。(ホッ!)代表戦があるので、約1ヶ月のJ1のお休みを、勝って休むか負けて休むか、ずいぶん違います。ようやく9位にあがってきましたし・・・と言っても、ほとんどが団子状態ですから、まだまだ勝つか負けるかでグーンと差が出ていますが。夫の応援している川崎は今4位。おもしろくないなぁ。早く川崎より上位になってくれないと、いつまでも夫に馬鹿にされて、悔しいよー!!いずれにせよ、テレビでジュビロの試合見ること、ほとんどないモンナァー!!
2009年05月25日
いつもは敵のようにむしって、掘って何とか絶滅させたいとばかりに、これでもかととっているドクダミ。それなのに、毎年私の努力をあざ笑うごとくあちこちから出てくるドクダミ。あの特異な匂いで、嫌われ者ですが、葉・茎・根共に薬用として用いられているところから十薬とも呼ばれます。でも、油断は大敵なのです。取り残そうものなら、またまた次の年には思いもかけない所に根を張っているのも確かなのです。そんな中から何本ものドクダミが花を咲かせて、匂いはともかく、可憐なのです。なんといっても、あの十字の可憐な白い花を見ると、かわいいと思ってしまうのですよ。だから、この時期だけは何本かを花瓶に生けるのも私なのです。一時、ドクダミ茶を作ろうと、カラカラに乾かして飲んでみましたが、長続きしませんでした。根っこがキンピラになるというので、試して見ましたが、おいしくなかった。そうそう、採ったドクダミは今の時期、冷蔵庫に入れておくと、消臭剤代わりになりますよ。十薬(じふやく)のさげすむたびに増えてをり 大牧広
2009年05月24日
初夏の便り、ソラマメが今年もまたたくさん送られてきました。ご近所にもおすそ分けし、早速茹でて、ビールのつまみに。若緑の大きな粒が、ビールのおいしさを引き立てると、ご機嫌な夫です。今夜はサヤごと焼いて(蒸し焼き)ほしいなと、言っている夫です。
2009年05月23日

庭の片隅に、カンパニュラとホタルブクロが咲き出しました。方や上を向いて咲き(カンパニュラ)、方や下を向いています(ホタルブクロ)。夫に「両方ともホタルブクロの一種なんだよ」と言うと、「西洋と東洋ではやっぱり違うね。方や堂々と自分を主張し、方や楚々と下を向いて咲いているなんて・・・」と妙に感心しているのです。そのコメントが、なんだかおかしかった。今はピンクと白だけですが、これからもっともっと咲き出します。両方とも好きな花です。
2009年05月22日

横須賀美術館へ、「花展」を見に行ってきました。屏風や掛け軸から始り、日本の作家の近代の作品が楽しめました。観音崎にあり、海が目の前に開けていて、解放的な美術館です。美術館のエントランスからの風景もとても素敵です。東京湾を通る大型船やタンカーから釣り船、ヨット、遠くには房総半島も見え、海を見ながらゆったりと過ごしてきました。
2009年05月21日
新型インフルエンザによって休校が余儀なくされている関西の中高校生。夫が「カラオケボックスが高校生でいっぱいなんだって」と、テレビを見ながら言う。「はぁー?」「休校で、行くところがなくてカラオケボックスだってさ。」「はぁーーーあ?・・うそでしょう?」今時の中高生って、そんなに馬鹿なの?それとも面白おかしくテレビが言っていること?まぁ、ほんの一部の生徒のことだろうけれどね。そんなんじゃ、カラオケボックスを媒体にして蔓延しかねないじゃないか!!何考えてるんだろうね。昨夜のNHKのニュースでも、盛り場に出ている生徒の話を映していました。「家にいてもつまんない」って?当たり前ですよ、つまんなくていいのです。休校にした理由は、ビールスを他人にうつすこと、うつされることを回避するためにとられた処置であるから、自宅でおとなしく嵐が去るのを待てという意味だよ、明智君!!それにしても、今の子たちには携帯やゲームなど、家で楽しむものがたくさんあると思うのですが・・・いい機会だから自分を振り返る時間を作ってください、生徒諸君!
2009年05月20日
映画「グラン・トリノ」、見てきました。クリント・イーストウッドの俳優としての最後の映画だとか。朝鮮戦争の傷から立ち直れず、歳を取ってますます偏屈になった頑固な老人(イーストウッド)。日本車を売っている息子夫婦も孫も、近所にアジア系が増えたことも気に入らず、長年勤めたフォード社で自分が組み立てたグラン・トリノ(クラシックかー)を磨き、犬と会話するだけの老人。冒頭の妻の葬式の場面、あたりを睥睨するように「ウー」とにらみつけているイーストウッドの、苦虫を噛み潰したような顔。周りをますます不機嫌にしていく、そんな老人が、隣に引っ越してきた(亡命?)ラオスのモン族の姉弟とふれあっていくことで、人間らしい感情に目覚め、少しずつ変化していく様はなんともいえずジーンときます。床屋での、少年も交えた男同士のやり取りに、笑いながらも、段々とクライマックスへと持って行く緊張感。さすがです。泣いて泣いて泣きました。死に場所と死に方を捜していた男の最後は感動です。エンドタイトルで聴こえる、イーストウッドの嗄れたような歌声に、又泣きました。
2009年05月19日

久しぶりにいい天気。気温もどんどん上がり、初夏らしい陽気。庭の花もマーガレットがきれいです。あやめにシラン、オレンジ色のナスタチームが今花盛りです。レモンや柚子の花もいい匂いです。エゴノキの釣鐘のような白い小さな花も咲き出しました。庭にいる時間が増えてきます。
2009年05月18日
洗面所の水の流れが悪く、先日排水口のパイプ用洗剤を買って、流してみたのですが、やっぱりすっきりとは流れません。思い立って、今日は朝から夫と排水口の掃除に取り掛かりました。何がおっくうかって、流しの下の戸棚のものを全部出さなくてはいけません。全部出して、U字のパイプの下にバケツを置き、レンチで締めてあるねじをあけます。そして、パイプに通す長いルーターで、ごしごしと回しながら下まで通していくと・・・「わー!!」「げーっ!!」「すごーい!」黒い塊が出て来る、出てくる。石鹸かすに髪の毛、化粧品の油脂、髭、諸々・・・?水を流すと剥がれる、はがれる。見事に黒い塊が流れて行きます。かなりの量のゴミが詰まっていたのですね。(何年分だろう?)すっきりと、きれいに流れて、排水溝を開けてみていると、気持ちがいいくらいにきれいになっています。ついでに、風呂場と台所も外の排水溝からきれいにしてもらい、しばらくはこれで大丈夫でしょう。まだ棚の整理が残っており、これはどう見ても私の仕事。「やりたくないなー」が本音。もうちょっと、もうちょっとと伸ばしている私です。(「どうせやらなくちゃいけないのだから、早めに片付けろよ!」「わかってるー」)
2009年05月17日

久しぶりに歩いた近所の小川。水辺を歩くのって大好き!鴨がいました。番(つがい)でしょうね。近づいても全然逃げていきません。黄色のこの花は、あやめ、菖蒲、それとも杜若でしょうか?鮮やかでとてもきれいです。
2009年05月16日

いよいよ土佐の札所も最後の3つになりました。まずは岩本寺。このお寺はとてもユニークで、ご本尊が5つもあります。不動明王、聖観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩の5つです。そしてもう一つユニークなのは天井にある575枚の絵です。今までも、天井絵は植物画や動物など、それなりの手法で描かれたものが多かったのですが、ここのは全国の有志から募集したとかで、ありとあらゆるものを題材にし、手法もさまざまです。38番札所の金剛福寺は足摺岬の断崖に立っています。大きなお庭のそこかしこには大きな岩がゴロゴロ。駐車場の脇にはジョン万次郎の大きな銅像が。高知の人って、どでかい銅像が好きなのね。ついでに足摺岬の灯台を見て、高知最後の札所、延光寺へと行きました。亀がシンボルの明るい雰囲気のお寺です。これで、一応土佐は打ち終わりました。夫の腰と足のおかげ(?)で、少し早い帰京です。次回の愛媛はもう少し余裕を持って望みたいもの。
2009年05月15日

高知に3泊。何が何でも桂浜の龍馬像です。会いたかったぜヨー!次にはりまや橋を見に行くと・・・公園になっていました。橋は橋でも、観光橋。さぁここからが、名づけて、「幕末の土佐ツアー」。地図を片手に龍馬の住んだ土佐を探しに行きましょう。まずは、立志社跡地。ここから自由民権運動が始りました。近くには板垣退助の誕生の地。後藤象二郎の誕生の地。吉田東洋が土佐勤皇党の武市瑞山(いわゆる月形半平太)らによって暗殺された場所、その武市半平太(瑞山)の切腹させられた場所、彼らの通っていた日根野道場跡など、「竜馬が行く」のファンには垂涎物の場所が歩いて回れます。山内一豊を初め代々の土佐藩主を祭っている山内神社は鏡川のほとり。そこに大政奉還を喜ぶ容堂公の銅像がすぐ近くには下屋敷の長屋跡いよいよ竜馬の誕生地へ。碑文は吉田茂。今をときめく(?)麻生首相のじい様の字。すぐ裏にある「龍馬の生まれたまち記念館」が面白かった。これはお勧め!さてそこから高知城へ。天守閣からは高知の町並みが。下りてくると、追手門の近くには板垣の像がお城をバックに立っています。近くの山内一豊の像が小さくてさびしそう。一日かけて高知の街中を歩きましたが、まだまだ見たい場所は山のようにありそうです。
2009年05月14日

32番札所、禅師峰寺(ぜんじぶじ)は、境内から土佐湾が見渡せる。奇岩がたくさんあって、なかなか面白いお寺。芭蕉の句碑があるとの事で、かなり時間をかけて探したのだが、見つからない。残念!!33番雪渓寺。歩き遍路だと、禅師峰寺を打ち終えたら渡し舟であっという間なのだが、車なので浦戸湾を大回りしていく。ここは街中にあり、門の前には屋台も出ていた。雪渓寺のご本尊薬師如来像は運慶作。雪渓寺から田園地帯を車で行くと、すぐに34番種間寺に着く。弘法大師が、唐から持ち帰った種を蒔いた事が寺の名前の由来。寺の前で、トマトを買って、洗面所の水で洗い、かぶりつく。連日の野菜不足が解消されたらいいのだが・・・・35番、清瀧寺は険しい坂を上ったところに仁王門があり、そこから又階段を上る。境内には大勢のお遍路さん。バス遍路の人たち。坂道は道幅も狭く、バスでは登れないので、小さなマイクロバスで何回にも分けてピストン運転をしているのだとか。境内には大きな薬師如来像が建ち、体内を戒壇めぐりすると厄除けになるそうで、夫も入っていった。この日最後のお寺は青龍寺(36番)。清瀧寺から県道を走り、宇佐大橋をわたる(約13キロ)。時々見かける歩き遍路の人たちに申し訳なさで「ごめんね。楽してます」と謝っている私。青龍寺も趣のあるお寺。急な石段を登っていくと33観音も安置されている。ちょうど仏教大学の学生さんが、山伏のような格好でまわっているのにあう。精悍な顔つき。どれくらいかけて歩いているのだろうか?この日は約50キロ。車だから1日でまわれたが、もともとは何日もかけて回る予定だったところ。なんだかあっという間に、宿舎に着く。
2009年05月13日

31番札所の竹林寺は、高知市の五台山にある名刹です。なんといってもお庭がすばらしく、ちょうど若葉の季節で、桜やモミジの緑がまぶしいくらいでした。五重塔も見事。桜や紅葉の時にもう一度来てみたいと思います。余談ですが、「よさこい節」のかんざしを買った坊さんはここの僧だったとか。もう1つ余談ですが、植物学者牧野富太郎を記念した植物園と記念館はすぐ隣です。
2009年05月12日
母の日にカーネーションが届きました。二人の息子たちからです。つまり、二人のお嫁さんからです。二人とも明るくて、のびのびとしていて、とてもいいお嫁さん。何より夫婦仲がいいのが嬉しいです。私の自慢の“daughters-in-law”です。いつもありがとう。
2009年05月11日
ついに日本でも新型インフルエンザにかかった人が出てきました。海外から帰ってきた人だとの事。こんなさわやかな5月だというのに・・・でも、今まで見つからなかったのがラッキーみたいでしたからね。ここからの処置が大事。麻生さん、枡添さん、ここが正念場ですよ。マスコミも、鬼の首を取ったようにあまり煽ったりしないで欲しいもの。先日草なぎ騒動を大々的にやっていた同じ番組が、今日は新型インフルエンザを大変だ大変だとやっているのですから、節操がないというか・・・・!!これから夏に向かって暑くなっていくわけですから、被害は大々的とはならないんじゃないかなぁ(素人考えです)。それでも、罹るときは罹るし、うがいや手洗いは今までどうりきちんとしようと思っています。先日、薬屋さんで「マスクは1人3箱まで」と見つけ、のけぞりました。おいおい、そこまでやるか?昔のトイレットペーパー騒動を思い出しました。あんまり煽るなよな!!昨日は、町内会唐の回覧板に「新型インフルエンザに備えて、2週間分の備蓄をしておくように」とのお知らせ。「えーっ?」防災のリュックの中に、賞味期限が切れそうな食料品があるから、あれを食べてみるかな?震災と違って水も電気もガスも止められるわけではないから、あまり気にしていないのですが。それとも気にしたほうがいいの?
2009年05月10日

基本的に、お寺は、xx山というくらいですから山の上にあります。たとえば、金剛頂寺、神峯寺、禅師峰寺などを見てもわかるように、峰や頂ですから、山の又上にあってもおかしくありません。バスや車でお遍路していても、駐車場からは歩くことになります。その場合、階段を上るのが短ければ楽ですが、案外長かったり、場合によっては駐車場から坂道が続き、ようやくたどり着いたら、見上げるような階段などという場合もあり、いずれにせよ、ただではすまないのですねー。階段も、足の幅にちょうどいいものは楽ですが、踏み込みが短かったり、やたら一歩が高かったり、手すりが無かったり、色々です。いずれにせよ、あまり階段が続くと、だんだん不機嫌になり、まだまだ修行が足りない私です。
2009年05月09日
日記を携帯から見ることができるのは知っていたけど(やったことない)書けるとは知らなかった。試しに携帯から書いてます。久し振りのいい天気。歩き日和です。さてと、うまくいくかな?ここからはPC。慣れていないので、携帯からはイライラしながら書きました。時間がかかります。やっぱりパソコンのほうが考えながらかけるので、私には合っています。それにしても、若い方の携帯の使いこなし方の見事なこと。脱帽です。それでも少しずつ勉強して、写真も載せてみたいです。1つ覚えると3つぐらい出て行くし、何せ覚えが悪い。歳のせいにはしたくないけど、私も歳とったナァー!!
2009年05月09日
足の指の具合だけでなく、足をかばうためか腰まで痛くなってしまった夫。朝起きて、これからどうしようかと相談。「行くよ」と夫。「その足と腰で、リュックを担いでいけるの?」と私。「今無理して、これから後の生活に支障が出たらどうするの?旅館の予約はキャンセルして、もう帰りましょう。」という私に夫はどうしてもそれはいやだと言うので険悪ムード。「だって、このまま続けられるの?足も腰も痛くて、歩くだけでないんだよ。山登りや下りがたくさんあるんだよ。」結局、途中で帰るのだけはいやだという夫に譲歩して、2日間のレンタカーをしました。車遍路に変更です。一応旅館のキャンセルは、出来ました。やはりお遍路さんはそういう人が多いのでしょうか?私たちも、遍路宿で、足の裏にマメを作ったり腰を痛めたりして、断念した人も見ています。まさか自分たちがそうなるとは思いませんでしたが・・・ラクチンなのは、リュックを担いでいないから背中の重みが無いこと。夫も階段を手すりと杖でゆっくりと上り下りします。(車遍路でも、駐車場から後の階段も、坂の上り下りもいっしょです)さて、何がびっくりしたかって、車だとまわれるまわれる。一日に何箇所も行けます。その分、車でサーッと過ぎますから、道中の印象も薄く、お寺の印象もあまり残りません。いいのか悪いのか、31番からは車でお遍路です。(31番竹林寺のお庭は京都の西芳寺(苔寺)のお庭と同じ人の作。いいお寺です。))
2009年05月08日

唐ノ浜駅まで歩き、そこから土佐くろしお鉄道で野市まで行き、下車。電車は阪神タイガース模様です。どうして四国で?駅から歩きます。途中「龍馬歴史館」を左に見ながら(朝早すぎて開いていません)歩き、大日寺に。そこから29番の国分寺までは、奈良から来たという若者と前後しながら歩きます。10キロ以上歩きます。途中お店はどこにも無く、たった一つ見つけた飲み物の自動販売機が救いの神。農業用水の水はとうとうと流れています。田んぼも田植えは終わっています。土佐の国分寺も残っていました。ここもいいお寺。「土佐日記」の紀貫之が国守として4年間滞在したところでもあります。そこからは田んぼのあぜ道を歩きます。行けども行けども田んぼ道です。田んぼ道を抜けて、一般道に入り、坂を上っていくと、国道。標識見っけ!高知市に入ったぞー!!国道の脇に遍路道を見つけ、今度は下り坂。ようやく善楽寺に到着。案外かかりましたね。本当に疲れました。夫は途中から足の中指が腫れて、爪がはがれそうだと、びっこを引いて歩いています。ちょっと要注意です!
2009年05月07日

山の上の最御崎寺の宿坊はかつてユースホステルだったところ。昔、夫が学生だった時、高知に来て、ここに泊まったとか。ちょうど第二室戸台風のときで、生きた心地がしなかったそうです。しきりに懐かしみながらも、ずいぶん変わったと感慨仕切り。さて、最御崎寺の朝の勤行に出て、食事をし、出発です。山をくねくねと下り、津照寺(しんしょうじ)までの7キロを歩きます。途中、土佐日記の紀貫之が、風待ちをした港などを見ながら歩いていくと・・・海に沿った道のそこかしこに、このような碑が。第一室戸台風の時の碑です。相当な被害だったみたいです。津照寺に着きました。お寺はやっぱり山の上。階段の途中に朱塗りの鐘楼門があり、上って行くと、海がきれいに見えていました。そこから今度は海岸に下りて、少し歩きます。きれいなすべすべした石を見つけ、映画「おくりびと」をまねて夫に「はい」と渡しました。石文(ふみ)です。夫からも大きな石をもらい、(もう少し小さくてもいいのだけどナァ)リュックに入れて、26番の金剛頂寺まで野道から遍路道に入り、山に登ります。ここも金剛頂寺というくらいです。山の上にあります。大きくて立派なお寺です。同じ道を帰って(帰りは足がガクガクです)バス停の前の何でも屋で買ったアンパンでお昼。バスに揺られて40分、唐ノ浜の近くで下車。そこから今夜泊まる民宿にリュックを預け、遠く彼方の山の上だという神峯寺、標高600m(これも峯とつきますね)まで往復3時間半歩きます。背中にリュックがないと楽ですね。遍路道は勾配のきつい林の中、落ち葉と岩でぼこぼこの道です。足はガクガク、30分ごとに休みながら歩きます。ようやく着いたと思ったら、お寺は又階段を上った山の上、ヒエー!!手入れの行き届いたお庭が、ちょうど若葉でムンムン、いい気持ちです。行きはよいよい帰りは怖い・・・ごつごつの山道を又下ります。ひざが笑っています。宿に着いたら5時半。この日はバスに乗った40分以外はずーっと歩いていましたね。
2009年05月06日
今日は5月5日のこどもの日。昔はどこでも、空を泳いでいるこいのぼりが見られたものですが、なかなか都会では難しいですね。高知ではこのようなこいのぼりをたくさん見ました。上のほうは吹流しや鯉ですが、下に子供の名前と絵をかいた大きな旗がはためいています。大きく子供の名前だけを書いた旗もありました。なんだか大漁旗のようで、勇壮です。聞くところによると、7歳になるまで、子供の健康と成長を祈ってこうして飾るのだとか。縦長の旗指物は見ますが、大漁旗のようなのは初めて見ました。ところ変わればですね。風を受けて泳いでいるさまは日本の初夏の風物詩。無くしたくない風習なんだけどナァ・・・
2009年05月05日

たった1週間留守をしただけなのに、花たちは元気にしていました。今が見ごろで、花盛り。庭に出るのが楽しいです。毎年、この時期が来ると・・・木陰で庭を見ながら読書、たまには夫とコーヒーブレイク。まだやぶ蚊は出ませんし、本当にいい季節です。
2009年05月04日

24番札所の最御崎寺(ほつみさきじ)は、室戸岬の先端から入ったところの山の上にあります。海沿いの道を歩いていくと、山の中腹に突然大きな大師像が見えてきました。上っていくと、涅槃のお釈迦様をバックに青年大師が室戸の海を見下ろしていました。そこから又歩いていくと、室戸岬の東側手前30分のところに、御厨人窟(みくろど)といって、弘法大師が荒行をした洞窟があります。ここで悟りを開き、ここから見た空と海から「空海」という名を得たとの事。岬を過ぎ、右手に小さな急坂。最御崎寺に続く遍路道です。夕方、外はまだ明るいのに、大きな木に覆われた道は薄暗く、一歩一歩確かめながら30分ほど上って、ようやく土佐最初の札所に着きました。この日はこのお寺の宿坊泊まりです。
2009年05月03日

前回は発心の道場の阿波(徳島県)、今回は修行の道場の土佐(高知県)のお遍路です。前回の最後の23番薬王寺(徳島県日和佐)から土佐の始まりの24番札所、最御崎寺(ほつみさきじと読みます)までは約75キロあります。歩いていくだけで2-3日間はかかります。今回は途中まで電車とバスを利用することにしました。甲浦(かんのうら)で電車を降り、そこからバスに乗ります。バスの中はお遍路さんがたくさん乗っていました。海がきれいなところでバスを降りました。降りたのは私たちだけ。それはそうですよね。本当に歩く人はバスなんて乗らないだろうし、何でこんなところで降りるんだろうと怪訝そうな顔をされながら、バスを降りたのです。でも、ほんの10キロちょっとですが、少しは歩いてがんばらないとお大師様に悪いかな(?)と・・・・途中、海岸に下りると地元のおばさんたちが海に入ってテングサを取っては干し、テングサを取っては干していました。乾いてくると、真ん中のように色が薄くピンクになってきます。その光景を見ながらお昼ごはんのおにぎりを食べ、又歩き出したのです。
2009年05月02日
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