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2009年も、残るところあと何時間です。おせち料理もそれなりに用意できました。今年はヨーロッパに1ヶ月、お遍路で四国に4回、約1ヶ月と、旅行の多い年でした。それはそれで楽しかったけど、畑の手入れが出来ず、残念でした。来年はここの自治会の役員になったので(順番です)、二人揃っての旅行は無理みたい。少し腰を落ち着けた1年になってもいいかなと思います。俳句ももう少し上達したいですし・・・子規の句に「来年はよき句つくらんとぞ思ふ」とあります。私もそれなりに・・・それでは皆様よいお年を!!
2009年12月31日
美容院が混んでいます。昨日の夕方に予約を取って、いつもの美容師さんに、「思い切って切ろうかな」と言うと、「ウーン・・・」この十年以上、ベリー・ショートヘアーでがんばっていましたが、ちょっと飽きてしまい、なんとなく伸ばしてみようかと思いたったのが一年前。昨年初めから、カットの仕方もボブになるように毎月切ってもらい、ようやくそれらしくなったところです。でも、朝、ドライヤーはかけなければいけないし、長い髪が落ちているのがなんだか無性に嫌で(しかも白髪が多くなっています)、一番は、耳が隠れていて、ピアスが楽しめないこと。「もうやめ!!」とばかり、美容院に行ったのですが、・・・・「せっかくここまでになって、これから楽しめるんじゃないですか」「切るのはいつでも出来ますよ、もう少しがんばってみたら」と言われれば、そうかなーと、揃えるだけで、結局ボブのまま帰ってきました。優柔不断です。自分でもこれもいいかなという所があるので、迷っているのですね。来年はどんな髪をしているのでしょうね。
2009年12月30日
もう29日。今年も残るところ3日間。昨日から今日にかけて、掃除やガラス拭き、網戸の掃除と忙しいです。夫はついでに、門扉や塀にたまった埃や苔などを水で洗い流してくれました。ピカピカになったのはいいのですが、夫が水浸しで、風邪でも引かぬかと心配です。お飾りや門松もつけてくれ、これで、お正月の準備は整いました。後は私の出番。今夜からおせち料理に取り掛かります。黒豆はもう水に浸してあります。明日の朝にお餅をついて、鏡餅も作らなきゃ。忙しいけれど、一年に一度のおせち作りは嫌いじゃありません。子供たちはあまり食べませんが、それでもこれが我が家流と、少しでも目で見せて、舌で味わいさせるのも大事だと思っています。
2009年12月29日
NHKの朝の連続小説「ウェルかめ」、久しぶりに面白くて、毎朝見ています。前回の「つばさ」は夫が見ていましたけれど、面白くないことはなはだしく、なんだか腹が立ってきて、消して欲しいと思ったくらいでした。川越がかわいそうだった!今回のは、お遍路で行ったところなので、とてもファミリアだと言うことを抜きにしても、面白く、毎回楽しみにして見ています。山田勝乃新がいいキャラです。まず、この名前がいいじゃない!今風じゃなくて・・・俳優の名前、知らないんですが、映画にも多く出ているんですね。でも、そのたびに違った人みたい。楽しみな新人(?)です。でも、このキャラが好きだなぁー!これからが楽しみです。
2009年12月28日
このところ、よく眠れません。夫は読書しながら寝るのですが、スタンドの電気が消してないのがほとんど。どういうわけか、私が消すかかりです。いくら言っても消さずに寝るので、時々、蹴飛ばしてやろうかと思うくらい。かくして眠りは浅くなる一方です。昨日も、床に就いたのが10時過ぎ。夫はテレビを見ながら多分居眠りでしょう。ちょっと早いかなと思ったのですが・・・・見たいテレビがあるでなし、窓の外が明るいので、「あっ!」と思って、時計を見れば、まだ夜中の12時半です。お隣の家に子供たちが帰ってきて、雨戸も閉めずにはしゃいでいたのでした。もうそうなるとダメです。毛布を持ってきて、手元の明かりが夫のほうに漏れないようにして、私も本を読み始めました。推理小説です。朝までかかって読破。睡眠不足の最たるものです。ボーっとしています。睡眠不足解消の、何かいい案はないでしょうか?
2009年12月27日
庭のローズマリーが大きくなりすぎているので、剪定しました。それだけでも、周りがいい匂い。背の高いものは大きな花瓶に入れて、部屋に飾ります。余ったものはお隣におすそ分けして、喜ばれました。小さいものは、オアシスにバンバン差し、トイレに。残った葉っぱは小さなお皿に入れて、洗面所とお風呂に置きます。時々、触っては香りを楽しんでいますが、今、家中がローズマリーの香りに包まれていて、何とも言えずいい気分。ヒーリング(癒し)作用大です。
2009年12月26日
今年も残るところあと1週間となりました。毎年この時期は色々なところからカレンダーをいただくし、毎年楽しみにしていたカレンダーもあったのに、届きません。色鮮やかな写真のカレンダーよりも、実用的なものが多いようです。今年は本当に少ないですね。夫も退職したので、いつも買っていた会社のカレンダーは今年は無しですし、なんだか寂しいです。以前、退職なさった方から「年の瀬に何が寂しいって、いつものカレンダーがないことだ」と伺ったことがありましたが、こういうことなんですね。今年は我が家だけでなく、どなたに聞いてもカレンダーが届かないというので、やっぱりそれだけ不況なんだナァと、こんなところで実感しています。私用には先日松山で「子規の句めくりカレンダー」を買ってきたので、それが楽しみです。
2009年12月25日
若かった頃や、子供が小さかった頃と違って、クリスマスも段々関係なくなってきました。今日のような小春日和には、むしろ年末の掃除のほうに気がとられています。今朝も、門の前や玄関先をきれいにして、普段なかなか手のつかない、下水の暗渠や庭の隅など、気温が高いうちに家の外の掃除に励んでいます。ちょっと力仕事をしただけでもう汗が出てきて、いい運動かな?夕方寒くなったら年賀状に手をつけ・・・など、あれこれとお正月準備の計画に頭を悩ましています。でもせっかくのイブ、夫は何もプレゼントくれそうもないけど、せめてケーキぐらいは用意しましょうか。
2009年12月24日
1月30日に封切られる山田洋次監督の「おとうと」の試写会に行ってきました。吉永小百合と山田監督が舞台挨拶に出てこられ、映画について熱く語っておられました。エンドタイトルで、市川昆監督の「おとうと」に捧げるとありましたが、しっかり物の姉と弟という図式はお話しとして面白いのかな?同じ山田監督の寅さんは、しっかり物の妹とダメな兄貴、今度の映画は、しっかり者の姉が吉永小百合で、どうしようもない弟に笑福亭鶴瓶です。やはり女のほうがしっかりで、男がだめという方が絵になるんでしょうね。それにしても、「ディア・ドクター」といい、今年は鶴瓶の当たり年、いい味を出しています。筋を書くと見る楽しみがないので省きますが、山田監督の言葉が印象的でした。「映画は大きなスクリーンで、見知らぬ他人同士が隣り合い、一緒に笑ったり泣いたり、同じ時間を共有することが大事で、そこに作り手や観客の思いが反映されてくるのです」「今はDVDの大きな画面で映画が楽しめますが、DVDのために映画を作っているわけでは決してありません。ぜひ劇場に足を運んで欲しいと思います」映画で育った私としては、ぜひぜひ劇場に足を運びたいのですが、年毎に肩透かしを食うのはどうしてでしょうね。
2009年12月23日
毎朝楽しみにしている放送があります。NHK-BS2で朝8時(再放送19時45分)からの「サンティアゴ青春巡礼」です。スペイン、マドリッドの高校生122人が9日間かけて、スペイン北部のガルシア地方にある聖地サンティアゴ・デ・コンポステラまでの250キロを歩くのです。聖地サンティアゴはエルサレム、バチカンと並ぶキリスト教の3大聖地。巡礼道もちょうど遍路道のようです。大きな車道を横切ったりしながら、道しるべを案内に歩けるようになっています。1日平均約28キロ、山あり谷ありの巡礼道は、さすがに高校生といえど大変です。歩けなくなった子達のためにはマイクロバスが用意されていて、その子たちには歩かなかった分、食事の仕度と後片付けなどの使役が用意されています。宿に泊まれることもあれば、いっぱいで体育館で雑魚寝などということもあり、始めはただ同級生だったというだけの子達が、段々打ち解けて話すようになっていきます。将来の夢や希望、家族の悩みなど歩きながら話し、友達への不満ばかりだった子が助け合いに目覚めたり、恋が生まれれば、片や恋が終わったり、高校生の青春群像が、見ている私に勇気を与えてくれます。まったく四国のお遍路と同じですね。巡礼宿も巡礼道も、我々がお寺で納経帳に記帳してもらうように、彼らも要所要所でスタンプを押してもらって歩きます。今日が7日目。あと2日の旅ですが、最初の硬かった表情がどの子も伸びやかで、付き添いの教師は大変ですが、すばらしい経験ですよね。自然の中の見所も満載で、日本の高校生にぜひ見て欲しい番組です。
2009年12月22日

今朝、寒くて起きるの苦痛だと思っていたら・・・・庭の睡蓮鉢に氷が張っていましたし・・・菜園には霜が降りていました。山形も大雪のようですし、こんなに暖かいここでも、年が明ける前に氷が張るなんて珍しいことです。今日は20日。そろそろ新しい年を迎える準備で、掃除など始めたいのですが、この寒さでは、水を使うのは考えてしまいます。窓を拭くにしても、せっかく温まっている部屋の空気を逃がしたくないなんて、ぐずぐずしている私です。
2009年12月21日
夫の実家のすき焼きは白菜ではなくキャベツです。夫の姉の連れ合いがキャベツで育ったらしく(?)いつの間にかキャベツになっています。昨日もすき焼きをご馳走してくれると言うので、「ワァー嬉しい!キャベツのすき焼きだー!!」と言ったら嫌味にとられてしまったようです。。イエイエ決して嫌味ではありません。おいしいですよ本当に。キャベツの甘みが出て、おいしいのです。キャベツは白菜と違って、すぐに火が通るし、生っぽいものを食べたければすぐに取り出せばいいし、煮えているほうがよければそれもおいしいし、嫌いではありません。ただ、自分の家ではやろうとは思わないだけです。私の中ではすき焼きはあくまでも白菜なので、夫の実家で食べる分にはおいしくいただきますが、進んでキャベツに変えようとは思わないのです。九州博多で食べた水炊きにはやはりキャベツが入っていました。彼の地では水炊きに白菜は邪道らしいです。義姉の旦那も九州人なのでそれでかなとも思いますが、甥のお嫁さんも九州人で、嫁いで始めてキャベツのすき焼きを食べたようですので、なんなんだろう。ともあれ、白菜を切らしていたり、白菜が足りず、キャベツがあったらためしてみてはいかがでしょうか。
2009年12月20日
このところの寒さと乾燥で静電気がひどいです。居間でくつろいでいる分には、十分な湿気もあるのでいいのですが・・・先日デパートに行き、かなり暖房が効いて入るのでコートを脱いだら、パチパチ。試着させてと店員さんに頼んで、セーターを手渡したら、二人の指が、パチーン!!お互いに「キャー!」私も静電気が発生しやすいのですが、彼女もそうだとか。同じ姉妹でも、妹はそんなことないと言うんですね。これからはますます乾燥します。洗濯物や布団を干した後が恐ろしいんですよ・!!壁に触るといいと以前「ためしてガッテン」でやっていたので、触りながら干した布団を取り入れても、いまいち。私は布巾を濡らして手すりに置いておき、いちいち触りながら布団や洗濯物を取り入れています。車から降りるときも、多分座席がナイロン系なんでしょうね。乗っている間にこすれているので、降りるときにパチーン!!あぁぁ・・・・いやな季節です。ガソリンのセルフサービスなんて、いくら、「ここに触ってからガソリンを入れるように」と書いてあっても、恐ろしくて出来ません。何とかして欲しい!!!(今朝の空、これって冬の雲?)
2009年12月19日
昨夜、寝ようと思っていたところに地震。たいしたことなさそうとそのまま寝てしまったら、夜中の5時ごろかな、がくんと一揺れ。しばらくして、大丈夫そうだなと思っていたら、、ユサユサと揺れだし、「おっと!」と起き上がってしまいました。一晩に2度なので、今度は「どこ?」とテレビをつけると11時45分は伊豆と言い、今のは栃木と言う。いやだな、怖いな、しばらくなかったものなと思っていると、今度は今朝8時40分ごろ、またもや・・・これも大きいぞとテレビを見ると、またまた伊豆半島。いやな予感です。非常用のリュックの中を今から見直します。
2009年12月18日

船の旅がいかに快適かどうかは、客室担当(キャビンアテンダント)の方の力が大きいと思います。この夏の船旅のことです。私たちの部屋の担当の方はいつもニコニコしていて、頼んだことはいつも気さくにやってくれ、部屋もきれいに片付いて、タオルも毎回清潔で、とても快適でした。中でも嬉しかったのは飾りタオル。夕食を終わって部屋に入ると、「ワー!!」目を奪われました。何でも昔の船旅では、毛布を花や動物などの形に折って楽しませる風習があったとか。今でも、毛布からタオルに変えて、残っているのですね。1週間の船旅の間、「今夜は何だろう」と、毎日夕方部屋のドアを開けるのが楽しみでした。このほかにも白鳥や象、猫など、感心しました。退屈させないように、おもてなしの心が嬉しい船旅です。
2009年12月17日
ニッポン号と名づけられた日本の技術だけで作った飛行機が、1939年、第2次大戦が始まる少し前に、世界一周飛行を成し遂げたのを知っていますか?原田マハ著「翼をください」を呼んで、初めて知ったのですが、今から70年も前、しかも戦争の足音が近づいている時に、よくぞと思いました。ライト兄弟が飛行機を発明したのが1903年、今と違って無事に帰れるかという大冒険を、毎日新聞社が計画し、公募でニッポン号と名づけられました。世界一周を行うに当たり、三菱重工業の双発機で海軍現役の攻撃機を山本五十六の決断によって改造したとか。機長以下7名が乗ったニッポン号は東京-アラスカ-アメリカ横断-南アメリカ-アフリカ-ヨーロッパ-インド-タイ-台湾などを訪れながら194時間、52860キロの旅を成功させました。途中ヨーロッパで第2次大戦が勃発したためパリ、ロンドン、ベルリンには泊まれなかったそうですが、世界は東洋の島国日本の工業力にびっくりしたそうです。さて、小説「翼をください」です。このニッポン号の快挙と、当時女性飛行士でやはり世界一周に旅立ち、途中太平洋上で連絡が絶えたアメリア・イアハートの物語をクロスさせながら、ドキドキするほど面白い物語を展開させてくれます。ぜひ読んでみてください。以前読んだ「キネマの神様」もとてもいい話でしたし、まだ若いこの作者に魅了されています。
2009年12月16日
昨日は赤穂浪士討ち入りの日。赤穂では浪士とは言わず、赤穂義士と言うとか。いつも線香の煙の絶えない泉岳寺も、昨日は「義士祭」が行われ、にぎわったことでしょう。何せ、日本人は「忠臣蔵」が大好き。歌舞伎や文楽、映画でもこの時期になると「忠臣蔵」物であふれていますから。本所松坂町の吉良邸はといえば、今の墨田区両国3丁目あたり、そこから討ち入りを果たし、主君の墓のある泉岳寺まで歩いていき、報告したと言う。地図で見ると、案外あるんですよね。直線距離でも9キロ以上。そこを2時間で歩いたと聞き、昔の人は何て健脚なんだろうと思いつつ、散々刀を振った後、の歩きの2時間って、まるでマラソンでもしたんじゃないかって言うくらいびっくりです。さて、浪士たちは結局は切腹させられます。その切腹にちなんだ最中がこれです。新橋の駅近くのこのお店が切腹した場所とのことです。
2009年12月15日
お友達から柚子をたくさんいただきました。彼女の庭からのプレゼントです。家中が柚子のにおいでいっぱいで、幸せな気分。今年は、我が家の柚子はたったの2個しかなりませんから、ことのほか嬉しいです。まず、柚子の皮と袋を千切りにしてビンにつめ、砂糖をまぶしておくと砂糖が溶けてジャムの出来上がり。火を入れなくても大丈夫。冷蔵庫で1年持ちます。去年たくさん作った作った分が無くなってきたので、ちょうどいいです。種は捨ててはいけません。種は種でビンに入れ、35度のホワイトリカーに漬けます。1ヶ月もすると、化粧水の出来上がり。柚子の種の周りのネバネバはペクチンが一番多く、コレステロール予防や血糖値の上昇予防だけでなく、シミや小じわを防ぐとか。お遍路で行った内子の宿の女将さんに教えてもらい、柚子の季節になったら種は絶対捨てないで化粧水を作ろうと待ち構えていただけに、早速作りました。
2009年12月14日

追分の分去れ(わかされ)から畑に囲まれた道を西に進むと、中山道69次資料館があります。その庭に「69次の道」ができていて、中山道の山は盛り土で山に、川は溝を掘って川らしくし、橋がかかり、木が植わり、小さな箱庭になっています。今まで歩いてきた道筋を「こんなだったな」「大変だったよね」など確認しながら、これからの和田峠の高さにびっくりし、まだまだ遠い終点に思いをはせました。まだ69次のうち20しか来ていないんですよね。(ハー)しなの鉄道の御代田駅の地下道を通り、小田井宿に入ってきます。小さな宿です。本陣など残っています。女性が安心して泊まれたそうで「姫の宿」と呼ばれていたとか。しばらく行くと、車のショールームの裏手が皎月原(こうげつはら)。白馬とお姫様の伝説の地です。昔はもっと広かったんでしょうが、いまや住宅に囲まれて小さく、とても馬が走るなんて・・・・高速道路の上を通り、右に善光寺道の道標を見ながら岩村田駅まで行きました。
2009年12月13日

昨日までの寒さがうそみたいないいお天気。暖かいというか、むしろ暑いくらい。着ていたカーデガンを脱ぎ、セーター1枚でも腕まくりしたいくらいです。夫は忘年会で出かけ、一人悠々と、のんびりと過ごしています。庭に出ると、あちこちで落ち葉の山。我が家は常緑樹より落葉樹の庭なのでそこはもう落ち葉の世界です。玄関先など気がつくと掃くのですが、掃いても掃いてもあざ笑うがごとくまた溜まっています。いちごがたくさん花を咲かせています。大根もずいぶん大きくなってきましたし、さやえんどうもつるが絡んできました。庭を眺めながら外で本を読んでいてもちっとも寒くなく、最高の週末です。
2009年12月12日

軽井沢から別荘地帯を歩いていくと右側に雪をかぶった大きな浅間山が見え手、それは美しい眺めです。近衛文麿の別荘など右に見て、軽井沢中学の前で踏み切りを渡り、湯川のそばでまた線路の下を横切り、長倉神社に・・・ここは長谷川伸原作の芝居や映画で有名な「沓掛時次郎」の碑があります。浮世の義理で、心ならずも切りつけた男の女房子供を連れて旅をする時次郎。長谷川伸といえば私には「一本刀土俵入り」「瞼の母」のほうがわかりやすいですが、何でも日本版「シェ-ン」だとか。ここらあたりから沓掛宿。せっかくのいい名前があるのに、今では中軽井沢だそうです。街道は軽井沢と比べると田舎。普通の街です。本陣も普通の家の表札に記されているだけで、面影はありません。。伊勢物語ゆかりの遠近(おちこち)神社を右に見て、街道を追分にはいって行くと、こちらは昔の街道の雰囲気が残っていて、嬉しい限りです。昔の面影を残す追分の一里塚浅間神社には追分節発祥の碑や芭蕉の句碑があります。“吹き飛ばす石も浅間の野分哉”ここに永住した堀辰雄の文学館と脇本陣は向かい合わせで、彼を慕って、多くの文人が泊まったとか。本陣もすぐそば。しばらく行くと分去れ(わかされ)といって、道が二又に分かれています。右を行くと北国街道、左が中山道小田井に続きます。
2009年12月11日

横川駅の峠の釜飯のおぎのやは朝8時半からやっています。そこで朝ごはんを食べ、いよいよ出発。すぐに碓氷関所跡があります。少しずつゆるやかな上り坂を上っていくと、坂本宿になります。ここは幕府によって計画的に作られた宿場です。道路は山に向かってまっすぐに続き、それと直角に整然と区分けした上で、住民を呼び寄せたそうです。昔の面影を残す宿場町です。佐藤本陣は上州櫓造りです。こちらが脇本陣。この他にも、それらしい建物が案外残っていて、ブラブラとするのも楽しいです。町外れに大きな貯水タンクがあり、その脇を山に向かって林道を分け入っていきます。最初は行けども行けども急坂。「安政遠足」(あんせいとおあし)の札を頼りに上っていきます。安中藩の武士が行った遠足(とおあし=マラソン)にちなんで、年1回この山を登るマラソンがあるのです。関所破りを取り締まった番所跡、岩石がゴロゴロしている刎石坂を越えると石仏が多く見つかります。ようやく覗(のぞき)に着きました。ここからは坂本宿がきれいに見えます。まだ半分も来ていません。このあたりにも、所々にお地蔵さんや石仏が見えます。右手に弘法の井戸が・・・刎石茶屋に水がないのを憐れみ、「ここを掘れ」といったら水が出てきたとか。刎石茶屋跡を過ぎ、座頭ころがしの急坂に・・・湿った土が、雨の後ますます湿り、岩や小石がゴロゴロしている上、その上に落ち葉が覆いかぶさり、危ないことこの上ありません。山の中は茶屋の跡はたくさんあっても、あくまでも跡。水を飲めるわけでもトイレに行けるわけでもなく、持っている水が本当に貴重になっています。古戦場の跡も通り、明治天皇が馬車で通ったという廃道との分岐点も過ぎ、小川を渡り、道なき道を探しながら、ようやく熊野神社へ。ここが標高1200メートル。横川が標高400メートルですから,がんばりました。ここからいよいよ長野県です。下り4キロで軽井沢。がんばります。ところがここでもまた道なき道を下ることに。本当にたどり着けるのか不安いっぱい。舗装道路になり、ようやく見つけたショー記念碑。別荘地軽井沢の生みの親です。少し行くと、堀辰雄が村はずれの宿屋と書いたつるや旅館。多くの文人が投宿したとか。そこから約1キロ歩き、ようやく6本辻へ出てきました。ここからは沓掛に向かいます。
2009年12月10日

4人いると、4人の都合がなかなかつかず、計画を立てるのも大変です。ようやく4人全員のOKが出て、12月に入り、碓氷峠越えです。天気予報は雨。「いやだな、やめたいな」と言う私に「晴れ女がいるから大丈夫!」と変な自信の友。前日まで大雨だったのに、1日早い回復で、出発日は快晴。「ほらね、晴れ女がいたでしょ!」・・「はーい」でも、大雨の後の山道は何があるかわかりません。碓氷峠は飛ばして、まずは軽井沢から西へ出発し、電車で軽井沢に戻って1泊し、次の日に横川までバスで戻って、そこから坂元宿を通り、碓氷峠を登ることにしました。碓氷峠を軽井沢方面から降りることも考えましたが、やはり、東から西に向かって歩いているのだからここだけ反対に向かうのはおかしいのでやめました。でもそれが正解。上るより下るほうが大変な道です。なにせほとんど落ち葉で覆われています。時々、くるぶしあたりまですっぽりとはまってしまい、危ない、危ない。氷が張っていたり、雪が残っていたりで、慎重に歩きます。道なき道、でも、中山道という標識を見つけるとほっとして・・・途中小川があり、橋などありません。行き止まり?小川を渡った先に道らしいものがあるようです。石の上を飛び越えながら行きました。それが3回も・・・・いやはや・・・!誰一人として出会うことなく、とても一人では歩きたくないですね。熊野神社が見えたときにはホッとしました。
2009年12月09日

「坂之上の雲」がNHKでドラマ化されています。本も読みましたし、これから3年かけて放映されるのですが、ちょうどお遍路で行ったばかりの四国、大好きな正岡子規が出てくるので、楽しみです。お遍路で行った内子町の屋根つきの橋(私いわく日本の「マディソン郡の橋」)も、子規の家に行く橋としてドラマに登場し、懐かしい思いでいっぱいです。秋山兄弟の生家も見てきました。松山城を降りてきて、すぐの商店街を入ったところにあります。昭和20年の空襲で焼けてしまったそうですが、復元されています。お墓は道後温泉にあります。功成り名を遂げた後、好古はいくらでも選べた退職後の、今で言う天下りを断り、郷里の子弟の教育に後半生をささげます。北予中学の校長になったのです。当時の陸軍大将まで行った男の退役後の仕事としては異例中の異例とか。すごいことだと思います。現代の誰かさんたち、耳が痛くないかしら?痛くないんだろうねー。お城から見た好古の北予中学(現松井北高校)です。そして子規の家の子規の部屋。松山城にある「坂の上の雲ミュージアム」も面白かった。ユニークな三角形の建物は、秋山好古、真之、子規の三人を象徴しているのだとか。まだまだこれからが楽しみなドラマです。
2009年12月08日

浅間山の雪真っ白でした。時々煙が・・・霜が降りていました。朝の気温はー3度。寒ーい!!霧氷で木がキラキラ輝いていましたが、太陽が当たると、あっという間に消えてしまいました。
2009年12月07日

篆刻を習っています。自作の俳句に朱色の篆刻を置きたいと、思いは大きいのですが・・・なかなかどころか、かなり難しいですね。石に印刀で彫るのですが、「書としての筆意と美が必要」だと言われ、2センチ四方の中に名前を彫っていくのは至難の業です。印刀は別名「鉄筆」だとか。「筆で紙に書くように鉄筆で石に書く」のだそうで、筆の勢いが大事といわれても、そこに行く前に、私にとっては筆どころか刀ですから、失敗してはみ出たり彫り間違えたり。前途多難です。
2009年12月05日
書いたつもりのブログが載っていません。「今日はブログ書かないの?」と言われ、見ると・・・「えっ?」どこに行っちゃったの?かくして、どこかを彷徨っているのか、はたまた消してしまったのか?私のブログやーい!!また失敗しちゃいました。あぁ・・・・
2009年12月04日

お遍路最後の日、金比羅さんに行ってきました。夫は初めて、私は高校の修学旅行以来です。石段までの両側に並ぶお店の前に、金比羅さんに関係のある俳句や和歌、小説の一部が碑になって並んでいて、それを読みながら歩くだけでも楽しかった。さて、目の前には長い階段が・・・・有名ですね。785段あります。皆さん、フーフー言いながら上って行きます。中には駕籠で上っていく人も・・・・(かえって疲れそう)でも、途中にも色々見所もありますし、ちょうどモミジもきれいで、登りきれば景色もよく、讃岐富士も見られます。(天気が悪かったのですが何とか)さすがにお遍路で鍛えた足(自画自賛)、一気に上れました。本宮にお参りして、おくまで歩いていくと、堀江兼一さんが太平洋を横断した「マーメイド?号」のソーラー艇が奉納されていました。周りも船の写真や、船関係のものだらけ。そうだ、ここは海の神様だったと納得しました。
2009年12月03日

お遍路の旅も、今回はここで終わりにしました。善通寺市にある、弘法大師の甥の円珍の誕生寺だそうです。JR土讃線金蔵寺駅の近くにある、すっきりとしたお寺です。境内でFC東京のサポーター(ユニフォーム姿)の二人連れの女の子に会い「?」「東京から?」と聞くと、そうだとの返事。天皇杯サッカーの試合があり、その帰りとか。残念なことに仙台に3対0で負けてしまったと言いながら、これから金比羅さんに行くとのこと。本当にサポーターもすごいですね。私たちも、今回はここで終わり、次回は77番から始めます。もう来年だナァ。ちなみに、我が家は野菜中心の献立が多いのですが、旅の間は炭水化物が多い食事だったせいか、あれだけ歩いたにもかかわらず、2キロ太って帰宅。悲しいったらありゃしない!!
2009年12月02日

庭のモミジが紅葉してきて、庭が明るくなりました。ちょうど居間から見られて、朝に夕に気分が和みます。春には新緑がまぶしいくらいで、それはさわやか。これが11月1日に写したモミジ。少しずつ色が変わり始めています。これが今日、12月1日のモミジです。裏山も紅葉して、本当にいい季節です。どこにも行きたくない気分。
2009年12月01日
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