2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
原題「Mrs.Winterbourne」。大好きな映画です。昨夜、「あなたが寝ている間に」を一人で、DVDで見て、幸せな気分でいたら、夫が後ろに来て、「オー!また見てる。本当に好きだねー」とチャチャを入れて(うるさい!さっさと寝てくれ)好きなものは好きなんだからと取り合わず、見終わりホンワカとしていました。そうだ、あれが見たいなーと、俳優の名前でDVDを探しても、題は分かったけど、売っていません。日本では流行らなかったんでしょうね。まだブレンダン・フレイザーが「ハムナプトラ」でブレイクする前だと思いますから。もしかしたらアメリカから持ってきたVHSの中にあるのではと探すうち、ビンゴー!ビデオを探し当てました。全部英語、字幕なし。ちょっとしんどいけど、どうしても見たいんだからと夫の寝た後一人で見終わり、涙、なみだ。妊娠して男に捨てられた田舎者女の子が、急行列車で大金持ちの若夫婦が新婚旅行で故郷に帰るのと行き会い、指輪を見せてもらっている時に、列車事故。金持ちの若夫婦は死んでしまい、残った女の子が花嫁と間違われて、お屋敷に連れてこられ・・・双子の兄弟(片方は亡くなってしまい)にブレンダン・フレイザー、兄貴の趣味の女の子ではないからおかしい、財産狙いではと、執拗に探ります。ここら辺は「あなたが寝ている間に」とちょっと似ています。その母親にシャーリー・マックレーン(いい味出してるんだ)、運転手のパコにミゲル・サンドバル(悪役で有名ですが、これはまたなんと言っても拾い物のお抱え運転手)、主役の女の子はリッキー・レイク(この映画以外では知らないよ、この人)。やっぱりタンゴの場面がいい!・・・これだけで、この映画が好きなのかも?最後はめでたしメデタシの暖かい結末です。DVDになってくれないかな?
2009年10月31日
明日はハロウィン。アメリカに住んでいるとき、子供たちが小さいときは、夜、近所の子供たちとお菓子をもらいに駆け回ったものでした。ちょうど「スター・ウォーズ」の映画が流行っていた時で、下の子はダースベーダーに、上の子はチューバッカに扮したりしました。まだアメリカがこんなにギスギスしていない、いい時代でした。懐かしいなー!!さて、我が家も、かぼちゃの置物やトールペイントの小物を出して、ハロウィンのオレンジ色に飾っています。日本ではお菓子をもらいに来る子達もいませんし、単なる飾りですが。ハロウィンが終わると、冬はもうすぐそこに・・・・・そんな中、中山道で見つけたかぼちゃです。色々なかぼちゃが並んでいましたが、これは傑作。出来の悪いかぼちゃの頭に顔を描いていました。何て立派な・・・お家の前に飾ってありました。笑ってしまいました。
2009年10月30日
先日、園芸店で欠品だったルッコラの種、今日買えました。ルッコラ、大好きです。有ると無いとでは、サラダが違います。昼から雨も上がったので、畑仕事を始めました。この間から油粕を入れておいたところに、畝を作り、大根の種を植えました。今回はかなり深く掘ったから長い大根が出来るといいな。この夏にゴーヤを植えていたところに、ゴーヤの棚を利用して、豆の種を植えることにし、今日はそこの土を掘り返し、新しい槌と入れ替えて、肥料も入れ、水をまいておきました。ルッコラはプランターに植えました。この間から土を耕して、フカフカにしたところに猫がウンチをして、臭い上(とんでもないにおいでウエー!!)、種を蒔いておいた香菜やニラが、ちっとも出てきません。ルッコラの周りには枯れ枝や棒で入れないようにしましたが、さてどうなることか。それにしても、今日はよく働きました。腰が痛くて、腰ベルトをしてやるんだったー!と思っても後の祭り。少しずつ畑がそれらしくなってきて、嬉しいです。
2009年10月29日

中山道の松井田の宿を歩いている時、家の前に見事な菊の花。あまりの見事なのでパチリ、パチリ撮っていました。この家のご主人が出てきて、11月の頭に品評会があるので、その日に満開になるように、水遣りやら日差しの調節をしているのだと説明してくれました。「裏庭にもあるから見ていってください」のことで、裏庭に回ったら、足の踏み場もないほどの菊の鉢、鉢、鉢。その中に「五重塔」を模した菊の懸崖があり、これもその日に満開になるように育てているそうです。好きなんですねぇ。見せたくて、自慢したくて仕方がない有様。私はどちらかといえば、形を揃えたりするより、ワイルドのほうが好みなんですが、世の中色々な趣味を持ってらっしゃる方がいます。
2009年10月28日

松井田宿は松井田駅から西松井田駅の間です。安中から旧街道を歩き、向平でいったん国道18号にぶつかりますが、また南側の道を入っていきます。昔の商店街が並んでいます。昭和の風景です。都会ならシャッター通りになっていそうですが、元気にご商売をしています。何にも残っていません。ただ、ここが本陣ここが高札場と、案内札は親切でした。なかなか昼食を食べる場所もなく、今回はおにぎりを買って、お宮さんの境内で食べたので、十分な休憩も取れず、「休みたいー!」と全員一致。無料のお休み処があると聞き、そこで休憩しようと疲れた身体に鞭打って、たどり着きました。そこは「みなとや」。恐る恐る入っていくと、ボランティアの方たちが運営しているのだそうで、「どうぞどうぞ」とたたみの部屋に上げてもらいました。古い一軒家、昔の街道筋の家の面影が残っています。コーヒーが200円、ソフトクリームが200円。何も頼まなくてもいいそうですが、甘いもので疲れを取りたくて、ソフトクリームを頼みました。待っている間に、「これどうぞ」とお漬物とポテトサラダを持ってきてくださいます。「えっ?」「頼んでいませんが・・・」今日作ったものだそうで、、お昼に定食を500円で提供している残り物だそうです。知っていればここでお昼にしたかったナァ。ご近所の方たちのたまり場にもなっているらしく、おばあさんが一人、炬燵に入って食事してました。この商店街の方で、毎日お昼はここに来て食べているとか。一人暮らしなのでみんなと会えるのが楽しみとか。十分英気を養って、出発。足も軽い軽い!しばらくいくと、右手に大きなお寺が見えてきます。補陀寺は禅宗のお寺です。その横にある松井田警察署の手前を左に折れて、線路沿いに歩いて高速の下をくぐり、線路沿いに行くと、五料茶屋本陣があります。ここはb>お東お西と、2軒が本家分家でほぼ同じ造りになっています。そこから碓氷神社まで山道になり、茶釜石、夜泣き地蔵、百合若の足跡石などを見ながら上っていきます。碓氷神社からは踏み切りを渡り、横川まで少し上り坂をがんばって歩きました。横川名物「峠の釜飯」をお土産に家路に着きました。
2009年10月27日
昨日のJ1の試合。もちろん、我がジュビロは問題外、蚊帳の外、テレビではお呼びでない!!わかっているけど・・・寂しいナァ。前田君がハットトリックをやったといっても、ニュースにもなりゃしない。トホホ・・・インターネットのニュースでしかわからないけど、せっかく入れた3点を、後半にすべてオジャンにされての3-3で、ドロー。何やってんだよー!勝ち点3と1じゃ違うでしょ!せっかくの前田に水を注すなよな!と、一人プンプン怒っている傍らで、川崎が7-0の大量得点で、「また首位だー!」と言って、喜んでいる夫がいる。まあいいけど・・・余計悔しいのも事実。あぁ・・・
2009年10月26日
昨日は、朝からなんとなく涼しいと思っていたところ、雨が降ってきて、涼しいというより寒く感じられました。動いている分にはよくても、座って本など読んでいると、腰の辺りがジワジワと心細く、座蒲団を敷き、ひざ掛けを掛けてもなんだかスースーします。仕方なくホットカーペットを出し、一番弱くしてみました。何の違和感もなく座っていられるとは・・・夜は毛布を出して寝ましたが、心地よかったです。秋も深まってきたんですね。その一方で、沖縄には台風が来ていて、暴風圏に突入というニュース。10月に台風ですって!!一体日本は、地球はどうなっていくのでしょうか?(写真は珍しいお茶の花です。椿や山茶花と同じ種類ですね。)
2009年10月25日

安中宿の本陣は何も残っていません。今は郵便局になっています。そこから一つ北に入った大名小路は、郡奉行所や武家長屋が復元され、江戸時代の情緒があります。ここにはまた同志社大学の創始者、新島襄の記念会堂と幼稚園があり、子供たちの元気いっぱいの声が響いていました。もう少し奥に入ると、安政遠足(とおあし)の碑。安政2年、97名の藩士によって実施したという、日本マラソン発祥地の碑があります。元の旧中山道に戻ると、日本初の図書館碑があり、道を外れて左奥に入っていくと、新島襄の家が当時のまま残っていました。資料館もあり、ボランティアのおじさんが新設に説明してくれました。函館から密航してアメリカに行ったのですって、知りませんでした。しばらく行くと、杉並木になります。昔は数百本の杉並木がそれは見ごとだったらしいのですが、今はほんの数十本。途中のガスタンク(?)には安政の遠足の絵が・・・・松井田に向かって歩く左側には、段々妙義山が迫り、約2名が左を見ないように歩いていました。雀のお宿で有名な磯部温泉は、ここから左折しますが、我々には関係ないのでひたすら前を見て、松井田に向かって歩きます。
2009年10月24日

今朝、庭に出て空を見たらきれいな雲。いわし雲ですよね。もう一つ、もっとくっきりと・・・こちらは中山道を歩いていて撮った雲。空気が澄んでいるせいでしょうか、横浜より群馬の山の中のほうがくっきりとしている様に感じます。でも、秋の空のこの青さ、すばらしい!・・・いつまでも続いて欲しい青さです。
2009年10月23日

中山道、今回は安中の駅から出発です。今回は安中宿から松井田宿を通り、横川まで約20キロ、約30000歩、歩きました。横川は峠の茶屋、釜めしで有名ですね。安中からは少しずつ上っていきます。急坂ではなくても、人間ってわかっているのか、足の運びがのろくなります。疲れます。南側に強烈な姿の妙義山がそびえ、連れの二人は「不気味だ!」「気味が悪いー!」と妙義山をなるべく見ないように(?)歩くので、おもしろかった。私はといえば、安中駅のまん前にある亜鉛工場が不気味で、まるで映画に出てくる悪の巣窟みたいで、気持ち悪かった。山の斜面を利用した亜鉛工場が、煙をはきながら目の前にがーんとそびえ立っているのです。今回は見所もたくさんある上、街道らしさが残っていて楽しい旅でした。
2009年10月22日
20年以上前に我が家の庭に植えていたほうき草(その当時のマイブームでした)が今あちこちで見られます。ブームのようです。一番有名なのは日立海浜公園のもので、海をバックにした広大な赤色はそれはすばらしいとか。一度見てみたーい!さて、これは旅先で見つけたものです。玄関先に秋の日を浴びて輝いていました。最初は黄緑色をしていた草が今頃になると真っ赤と言うか紅色になり、ほうきをさかさまにしたような形とあいまって、面白いものです。今はコキアといって売り出しているようですね。この実がとんぶりです。
2009年10月21日
このところ、夏のほったらかしがたたって、毎日のように庭の雑草取りに明け暮れています。今日も朝のうちに、北側の源平菊の林(?)を引っこ抜きました。(こんがらがって、ものすごい有様)若い時と違い、すぐに腰に来て、腰痛のひどいことったら・・・・肩と腰に湿布をし、その上から腰には腰ベルトをして、庭で這い蹲っています。それでも腰痛は飛んで行ってはくれず、体操したりお風呂でもんだりしていますが、どうしようもないようです。若くないのだ!!夫は「そこまですることないのに」とは言いますが、手伝いは拒否!かくして満身創痍のわが身をだましだまし、今日も庭に出るわ・た・く・し・め・であります。
2009年10月20日

昨夜早く床に入ったせいか、今朝は6時過ぎに目が覚めました。雨戸を開けると、パイナップルセージが満開です。庭に出ると、雑草が目に付き、まだ太陽も照っていないこの時とばかり、庭の草取りを始めました。夏中放っておいた庭の雑草に種が出来ているものもあり、これは大変とばかり、はいつくばって取ること取ること。ゴミ袋に4個、まだまだ半分も取っていません。腰の痛みに耐えかねて、時計を見れば、2時間たっています。今日はゴミの日、急いで出して、もうやめー!それにしても、雑草の間からホトトギスがたくさん顔を出していて、びっくり。去年、ホトトギスの根っこから、かなり抜いて捨てたはずなのに、生命力の強いこと強いこと。思いがけないところから出てきているのはなんだろうか?また今年もひっちゃきに根っこと格闘しないと・・・・そのうちホトトギスだけになりそう。去年植えたラベンダーもホトトギスに負けて、小さくなっています。きれいに咲いているものを捨てるに忍びなく、引っこ抜いて、花瓶に挿し、余ったものはバケツに投げ入れて、ベランダで楽しむ(?)ことにします。腰ベルトを探して、もう少し雑草取りしようかな?
2009年10月19日
天気のいい日曜日。朝早くからあちこちの家で、垣根を剪定している音が聞こえます。昔は業者が入っていましたが、今では皆さん、リタイアして家にいらっしゃるせいか、ご自分でやっていらっしゃいます。私も朝早くから庭仕事。落ち葉を集め、草取りをし、畑を耕し、冬の準備です。我が家は庭に関しては私の領域なので、夫は一切手を出しません(というより、嫌いなのです)。終の棲家を決める時、夫は都心のマンションがいいと言い、私は庭のあるこの家に居たいと言って、夫が折れた経緯があるので、私も夫に庭のこと頼めないのです。でも、男手は必要で、今までは男の仕事も私がすべてやってきたのですが、段々しんどくなり、「それ見たことか」と言われるのがシャクで、がんばっている有様。そうはいっても、夫も、自分の興味のあることには手を出しますが・・・さて、これは昨日の写真のヤマボウシの夜の情景です。ライトアップできるようにモミジとヤマボウシの木の下に街灯を取り付けてあるので、夜もきれいです。
2009年10月18日

庭のヤマボウシの木が紅葉を始めました。去年は芋虫にやられて、紅葉どころか丸裸でガッカリした覚えがあります。今年は本当にきれいで、毎日雨戸を開けるのが楽しみです。木の下にはホトトギスも咲き出しています。モミジが赤くなるのはまだまだのようですが、庭に色があるのは嬉しい限りです。
2009年10月17日

高崎を出て、君が代橋を越えると、旧中山道はほとんど国道18号と平行に走っています。「君が代橋」変な名前ですね。明治天皇が御行幸の時、この橋を馬で渡ったことからこの名前をつけたそうですが・・・今は交通の要所、立体交差になり、どう渡るのか、しばらくウロウロしてしまいました。橋を渡ってすぐの、右脇にある「万日堂」には、見返り阿弥陀像があるというので、とても楽しみにしていました。本当に小さなお堂で、横の事務所のような建物にも誰もいず、お堂の窓が小さく開いているので、隙間からなんとなく(?)かいま見ることが出来ました。きちんと見たかったナァ。残念!!見返り阿弥陀像は全国に5つしかないそうです。京都、禅林寺の「永観堂」の見返り阿弥陀像が有名ですね。アァ、京都に行きたいなー!見返り阿弥陀様を見たくなってきました。しばらく行くと、「藤塚一里塚」が見えてきます。群馬県で唯一残っている一里塚だそうです。板鼻宿の本陣跡は公民館になっています。裏手に回ると、皇女和宮が御降家の時にお泊りになった書院が残されていました。休館日で、中が見られなかったのは残念。女4人、疲れ果てて安中の駅にたどり着きました。
2009年10月16日

高崎城です。乾櫓と東門が残っています。音楽センターやシンフォニーホールは、ふたつ並んでこの城跡の中にあります。高崎で見たかったもう一つが、駿河大納言徳川忠長のお墓。徳川秀忠の正室の子であり、千姫、家光の実弟。歴史に翻弄され、なまじ頭がよすぎたために改易の憂き目に会い、切腹させられたのは、秀忠の兄の徳川秀康とも重なり、哀れ。大信寺にあるとのことで、近くで地元の人に聞くも、「そんな寺あったかナァ」と全然知らない有様。「そういえば、その角を曲がるとお墓があるよね。」「なんですかそれ?」という有様で、また哀れ。ようやく見つけたお寺も小さく、本当にここに・・・?お寺の方に聞くと、「ここです」と教えてくれ、行ってみると・・・・一般の人のお墓に混じって混雑した中に建っています。昔はずいぶん大きなお寺だったらしいのですが、戦争の影響や道路拡張計画などで、ずんずん狭まり、それでも「昔からここにあったんです」と場所は変わっていないことを強調されていました。家康は日光東照宮、片や逆賊の汚名を着せられた孫はこんなところに・・・運命って面白いなと思いながらも、またまた哀れでした。
2009年10月15日

高崎です。30年前に一度来たことがある街ですが、あまりの変わりようにビックリ。高崎といえば、私にとっては「郡響」群馬交響楽団です。敗戦の年1945年に高崎で生まれた交響楽団は、今井正監督の「ここに泉あり」で広く日本中に知られるようになりました。(岸恵子が可憐できれいだったー!)今も音楽都市として、町の中心には群馬音楽センター(郡響の本拠地)と群馬シンフォニーホールが並んで建っています。いわゆる文化会館は別にあります。音楽の町の面目躍如です。うらやましい!!(ホールの壁です)音楽センターの前にはこんなものが・・・何だと思いますか?公衆電話でした。偉大だった先人の遺産が町を活気付けています。さて、中心から外れ、旧中仙道沿いには、高崎名物の達磨を作っているところがたくさんありました。お正月に向けて大忙しのようです。
2009年10月14日

昨日、秋日和の中、友人と4人で中山道を歩いてきました。振り返ると、友達の一人が自転車にぶつけられて、ひざの怪我をし、直るのに9ヶ月。1月に歩いて以来、8ヵ月半ぶりの中山道です。高崎の手前、倉賀野宿からの出発で、高崎宿、板鼻宿を経て安中まで歩きました。約20キロ、23000歩。久しぶりで、さすがに疲れました。おまけに天気は抜群。照りつける秋の日を、顔の正面からまともに浴びながらの外歩きは、お肌の曲がり角をとうに過ぎているおばさんでも、辛いものがありました(お遍路なら笠で顔も隠せるのですが・)。倉賀野の脇本陣です。高崎に向かって歩いていくと、左手に浅間山古墳(前方後円墳)が大きく見えます。JRの高架下を通り、上信電鉄の踏切を渡ると、高崎駅の周辺に着きます。(高崎からは次回)今朝は体が重くて目が覚めました。朝風呂に入って、身体をほぐし、今日も一日がんばろう!
2009年10月13日

スペインのバルセロナから乗った列車の終着駅がフランスのモンペリエという都市でした。まったく聞いたこともない都市の名前でしたが、スペインとフランス間を走っている列車の起点なのだから、そこそこ大丈夫なのでは・・と3泊の宿を取り、そこを基点に南フランスを列車で回りました。ホテルはアメリカ資本のホリデイ・イン。探してもそれらしき建物はなく、見れば古い石造りの建物で、格式ある感じ。シャワーが狭かったけど、落ち着いた雰囲気のいいホテルでした。街は、医科大学があるらしく、若者であふれ、町の中心には車は入れないようになっています。唯一、路面電車だけが街の中を走っています。この踏み切りは、路面電車用。町の中心には古い建物が残っており、小さな街にもかかわらず、オペラ座や凱旋門もあり、公園は露天が出て、子供たちも、のびのびと遊べます。(凱旋門の先に水道橋もあったのでした。)広場のあちこちにテーブルとイスが並べられ、みんなお茶や食事を楽しんでいて、毎日が歩行者天国といった感じです。知らずに行った町なのに、とてもファミリアで、大好きになりました。
2009年10月12日
我が家の台所の必需品です。左から重曹水、クエン酸水、炭酸塩水です。ほとんどの食器やシンクの汚れは重曹水で落ちます。クエン酸のスプレーは水周りに便利。茶渋は重曹水をスプレーして、その跡クエン酸水をスプレー。しばらく置いておき、スポンジで洗うと、きれいになります。頑固な汚れで、取れないときは炭酸塩水。油汚れはきれいになります。先日、ゴム手袋をしないで使ったら、手荒れがひどくなりました。ゴム手袋が手放せません。お風呂汚れもきれいになります。天気のいい日にはスポンジやたわし、布巾は日に干しておけば、いつでも清潔。細かいところには使い古しの歯ブラシを使います。これも日に干して、なるべく安心素材で、シンプルに、安上がりに過ごしています。
2009年10月11日
一瞬「えっ!」オバマ大統領のノーベル平和賞受賞のニュースに・・・・今年1月第44代アメリカの大統領に就任したばかり。4月のプラハで「核兵器のない世界」実現への演説をしたのは評価に値しても、その他には・・・?これは明らかにアメリカ大統領であるということと、期待感だと思いました。影響力ですね。たとえば、同じ趣旨のことを鳩山さんが言っても、誰も振り向いてはくれないでしょうね。事実、国連で、CO2を1990年比25%削減すると表明しても(これって実現すればすごいこと)、評価はまあまあ。これをオバマがいえば、実現可能かどうかは置いておいても、すごい評価を受けると思うよ。要は国であり、キャラであり、重要度の問題。日本て、低くしか見られていないんだよ。もし、ここで、国民が一発奮起して、25%削減が実現すれば、これはノーベル賞物。出来るとは思えないけど・・・それにしても、金大中が平和賞をもらった時といい、少しおかしい気がします。・・と、まあ、オバマ受賞のニュースに接して、考えたことです。
2009年10月10日
台風が去って、秋晴れ。風に乗って、甘い香りが漂ってきました。「あっ!金木犀」庭には3本、金木犀の木がありますが、見ればどれも黄色の花が満開。あっという間に咲いたのですね。窓を開け放つと、家中が金木犀の匂いでいっぱいです。大きく息を吸い込んで、秋の香りを楽しんでいます。
2009年10月08日
昨日から断続的に降っていた雨も、ここ横浜では夜中のものすごい吹き付けるような雨を最後に小止みになってきています。雨戸を打つ音はすごく、恐る恐る開けると、ところどころ青空も覗いています。相変わらず風は強く、庭の丈が高い鉢植えは、ひっくり返っています。立てかけておいたよしずが倒れているぐらいで、被害はなく、ホッとしています。伊勢湾台風から50年という今年、また同じところから上陸したのですね。被害がないといいのですが・・・「大型の強い台風」と、テレビで繰り返し注意を促しているので、早々と台風に備えている私を尻目に、わが夫殿は昨日ゴルフに出かけました。それでも、「朝は降られたけど、午後は大丈夫だった」と言いながら帰ってきましたが、水浸しの洗濯物の山です。よくやるよね、まったく!少し風がおさまったような気もしますが、この洗濯物どうしましょう!それにしても、私の記憶にある台風は、上陸後は一気に衰えて、「台風一過」というと、カーッと青空が復活したような気がしますが、このところ、違ってきていませんか?
2009年10月08日

この夏、南フランスを列車で旅したとき、世界遺産でもあるポン・デュ・ガール(古代ローマ時代の水を運ぶための橋)にはどうしても行きたかったのです。ガルドン川にかかるこの橋は全長275メートルで、3層からなり、大きさの違うアーチで支えられています。2000年もの間、ほぼ完全な形で残っているなんてすばらしいと思いませんか?時刻表片手の夫婦二人旅。英語は通じず、列車は遅れるで、とうとう行かれず仕舞いでした。でも、拠点にしていたモンペリエという都市で、別の出会いが・・・日本の案内書には出ていませんが、小さなとてもいい町で、地図を見たら、街の外れに水道橋らしきものが・・・夫と歩いて探しに行きました。ありました。それも案外大きいのです。こちらは2層でしたが、給水搭も残っていて、その大きさにびっくりしました。さて、日本で水道橋といえば、なんといっても京都南禅寺にあるもの。こちらは明治時代に作られたらしいですが、琵琶湖からの水を引いてきたものです。これも美しいですね。(紅葉に映えた水道橋はなんとも言えずきれいです)探せば、日本にもまだまだあるのでしょうね。
2009年10月07日
わが夫殿、朝起きると、いの一番にテレビをつけます。その音がうるさくて目が覚めることもしばしば・・あぁー!途中見てもいないのに、つけっぱなし。居眠りをしているので(いびきもかいていても)消すと、見ていたと言い張ります。いつもそれで喧嘩。いいかげんに認めなさいよ!男の癖に、どういうわけかドラマが好きなのですねぇ。今は朝のNHKの「ウェルかめ」、昼に再放送をしている韓国ドラマの「チャングム」、夜は知らない。別行動。どちらかというとテレビを見ない人の私。好きな番組は、「俳句大国」「ためしてガッテン」など、2-3個はありますが。先日も、大原麗子が亡くなったニュースで、森進一と夫婦だったと聞き、「エーッ!!」「森昌子と離婚して、大原麗子と結婚したの?」と聞いて、みんなにバカにされました。映画に関しては、好きだからみんなより知っているんだけどねー。このところ、毎日「ER」のDVDを借りてきて必死で見ています。「アメリカで散々見たじゃない」と言っても、「ボクは見ていない」と言って、すべてのシーズンを見るのだそうです。昨夜もDVDで「ER」を見ていましたが、夜中にキンキンと大きな音で、目が覚めました。とっくに「ER」は終わり、テレビでくだらない番組をやっていて、片や夫は毛布をかぶって縮こまりながら寝てました。昨夜は寒かった)案の定、テレビを消すと、「見ていた!」と言い張ります。「ふんふん、何を見ていたの?」(私も意地悪です。)「ERに決まってるだろう」「へー、ERって日本のお笑いが出るんだー!知らなかったー」とテレビをつけて現場を押さえました。こんな毎日です。こちらは一生懸命省エネに努力しているのに・・・・・ねー!
2009年10月06日

久しぶりのマンホールです。まず、飛騨の白川郷。そして奈良は、やっぱり鹿ですね。今月から始った朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」の徳島美波町。さすが!
2009年10月05日

東名を走っている時です。前にタンクローリーがいて、何気なく見ていたら、走る景色が面白く映っていました。前の車がピカピカに磨いてあったのと、いい天気だったからねぇ。
2009年10月04日
今年もまたカクトラノオが咲きました。別名フィゾステキア。花トラノオとも言います。何年か前にお友達に2-3株分けてもらったものですが、毎年少しずつ増えていきます。花が咲く前は雑草っぽいんですよ。雑草と間違えて抜いてしまい、「しまった!!」と思うことがしばしばあります。茎が四角くなっているので、花も四方を向いて咲いています。愛らしいピンクの花です。先日ドイツに行った時、丘一面に群集していたこの花を見ました。すばらしかった。そこまでは望みませんが、もっとたくさん増えて欲しいですね。
2009年10月03日
真っ白な大輪の花。蔓性です。散歩の途中に、垣根に絡まって咲いていました。とてもきれいでした。そこはかとなくにおいます。いい香りです。朝顔に似ていますが、もっと大きいです。本当に夕方咲いていましたよ。夕顔と言っていますが、本当は夜顔というのだとか。源氏物語が頭にあるので、夕顔のほうが親しみやすいです。
2009年10月01日
全30件 (30件中 1-30件目)
1


