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自分の会社の上司 本当に挨拶ができない人で毎日むかついています 自分ではできていると思い込んでいるところが怖いところです そんな上司に言葉のお薬の下記のような出来事を聞かせたいものです■ 挨拶で自分の株を上げた───────────────────────────────────「おい、山田!なんでお前打ち合わせに出席しないんだよ!」「すいません・・・」「お前の話はわかりずらいな・・・」「すいません・・・」いつも上司に怒られてばかりで、顔を見ると反射的に「すいません・・・」が出ていました。上司が取引先から戻った時でさえそうです。「おい、戻ったぞ」「すいません・・・」「すいません・・・て何か悪いことでもしたのか?」「すいません。A社はいかがでしたか・・・」「A社のことなんか関係ないだろう・・・」そうした始末でした。なんて意地悪な人なんだろう・・・とそのときは思っていました。これではいけないと思い、話し方教室に通うことにしました。教室では「挨拶は心を押し開き、相手にせまること」と学びました。今度は「すいません・・・」ではなく、きちんと挨拶しようと思い、実践してみました。「お帰りなさい、鈴木さん」「おう、ただいま!」「A社はいかがでしたか・・・」「今、新しい監査役を検討していて、その相談を受けてきたんだよ」「監査役、B社もやっているみたいなんだけど、山田さん知らない?」「B社の社長でしたら知っていますよ、今度話を聞いてみます」挨拶することで、A社がどのような状況かを知ることができました。またB社にもつなぐことができたのです。まさしく「棚からボタモチ」・・・得した気分でした。またある日、同僚の田中さんについて相談を受けました。「ところで、田中君が会社を辞めたいと言っているんだけど・・・」「そうですか・・・私が話をしてみます」その後しばらくしてからのことです。「田中君、考え直してくれそうだよ。ありがとう・・・」挨拶がきっかけで自分の株を上げることができました。今までと違い、気分は上々です。「挨拶」は相手の気持ちも優しくするのだということを実感いたしました。これからも、挨拶を怠らず、そして「すいません・・・」という時には「何について謝っているにか」をはっきりさせてからににします。
2007.05.31
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今日も言葉のお薬の配信メールよりの抜粋です 其処でちょっと気になる文書が会ったので抜粋させてもらいました----------------------------------------先日、行徳哲男先生の勉強会に参加いたしました。その会に飛び入りゲストがいらっしゃいました。なんと元X JAPANのトシさんでした。X JAPANのお名前は知っていましたが、トシさんのことは存じませんでした。トシさんはその会で静かに語ってくれました。幼い頃虐待されて育ったこと。コンプレックスを持っていたこと。スターの地位まで上り詰めても、そこには本当にほしかったものがひとかけらもなかったこと。芸能界を引退しようとして家族との確執で苦しんだこと。マスコミに根も葉もないことを書きたてられたこと。死んでしまいたいほどの苦しみの中でMASAYAさんのCDに巡り合って救われたこと・・・。お聞きしていて涙でトシさんのお顔が霞んでしまいました。トシさんの歌をお聞きするのは初めてでした。とてもきれいな、透き通るようなお声に引き込まれました。不思議なご縁といえばそこまでなのですが、MASAYAさんという方は、20年前に行徳先生のところにいらっしゃった方とのこと・・・。行徳先生もビックリされていました。いま、トシさんは学校や福祉施設・企業などで「癒しのコンサート」や講演活動をされるかたわら、老人施設、障害施設、少年院などでボランティアコンサートをされています。お目にかかって以来、私どもの合同講義や修了式などのイベントの折のBGMはトシさんのCDを流しています。再びお目にかかれるといいなぁ・・・と願っております。行徳哲男氏とは-------------------------------------------日本BE研究所所長。昭和8年福岡県生まれ。現在東京在住。35年成蹊大学卒業。44年渡米し、Tグループの世界を知り、BE訓練プログラムを開発する。46年、日本BE研究所を設立。アメリカの行動科学、感受性訓練と日本の禅及び経営哲学を融合させたBasic Encounter Training、「人間開発、感性のダイナミズム」訓練を完成させ、感性を取り戻す研修を行う。平成11年12月、箱根山中の研修を終了するまで、550回、18000人以上がこのBE訓練に参加した。瞬時にして人の心に楔を打ち込み、理性の殻を打ち破りながら、人間本来が持つ実相に気づかせる姿は、まさに芸術である。30年に及ぶ研修は、受講生とともに『人間万歳』を叫び続けた壮絶なドラマである。著書に「いま、感性は力」「随所に主となる」「遺伝子は語る」(いずれも致知出版社)「全生語録」がある。 その話は聴く人の魂をバイブレートさせずにおかない強烈な力がある。その力は政財界を始め、スポーツ界、芸能界、中小企業のオーナー等に多大な影響を与えている。 現在、感性論哲学者 芳村思風氏、筑波大学名誉教授 村上和雄氏と共に、シンポジウムを通じて「21世紀の日本の使命」を担い得る青年達を育てる夢に賭けている。 30年間続けてきた四泊五日のBE研修は終了させたが、現在そのエッセンスを集めた二泊三日及び三泊四日の感性研修・BE訓練をスタートさせ、「まぎれもない自分」を取り戻すことの大切さを教え続けている。
2007.05.30
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■ ひと言添えて気持ちよく過ごしたい───────────────────────────────────あなたは毎日快適な通勤をなさっていますか?それとも満員電車で大変な思いをなさっていますか?私は東西線を利用して会社へたどり着くまでに、一つの悩みを抱えていました。私の降りる駅は、大勢の人が乗り込み、降りる人はごくわずかです。いっせいに人が乗ってきます。降りるために私は必死にドア側に移動しなければいけません。ある時はバックが人と人との間にはさまり、身動きがとれなくなってしまい、一駅乗り越す羽目になったこともありました。そういうわけで、電車をスムーズに降りる方法はないものか・・・そういつも考えていました。そんな時、講義の中で「良い人間関係を作るには、先手を打って挨拶をし、その後にもひと言添える」ということを教えていただきました。そうだ、通勤の時にも応用してみよう・・・そう考えたのです。まず、手を大きく上げ、「降ります!」と扉に向かいます。続けて「申し訳ございません・・・降ります。ありがとうございます」と言いますと、わりとスンナリ降りることができました。これまで、いっせいに乗り込んでいた人達が、この言葉で、私が降りるまで待っていてくれたのです。「ありがとうございます。ありがとうございました・・・」感謝のことばが自然と出てきます。このようにひと言添えるだけで、不思議とスムーズに降りられるようになり、以前のようなトラブルも、イライラもなくなりました。今では、通勤電車中だけではなく、職場でも「ありがとうございます」とひと言添えています。すると相手の方からも、自然と笑顔がかえってきます。「実行なき知識はゼロ」と言います。ちょっとしたひと言を添えて、思いやりの気持ちを持ち、良い人間関係を作り、気持ちの良い一日にしていきたいと思います。 (平成18年8月話し方教室修了レポートより一部抜粋)■ 今日のポイント「得ようと思わば、まず与えよ」───────────────────────────────────創業者江川ひろしは「人に喜びを与えるから、自分も喜びを与えられるのだ」といつも話をされていました。次のような話がございます。「たとえば、毎日食べている『米』もそうです。たくさんの米を収穫するにはどうするのか?籾を撒いて水をやり、すくすくと育てよ、と願って肥料を与える。病気にならないように、虫に食われないように薬を与える。たくさんのものを与えるから、たくさんの米がたわわに実って自分のふところに戻ってくるのです。それを種は撒いても水もやらないし、肥料もやらない。薬もやらないで、たくさんの米が戻ってこいと言ってみても戻ってはこない。終いにはみんな立ち枯れてしまうことでしょう。結局、世の中は与えたものしか自分に戻ってこないということです。『昭和の怪物、経営の神様』といわれた松下幸之助さんは、『商売三十か条』の第一条で『商売とは世の為、人の為の奉仕にして報酬とはその結果なり』と説いています。この精神があるから『松下』は驚異的な成長をなしとげたのです。自分が何かを得たかったり、幸せになりたかったら、他から取ることばかりを考えていてはダメなのです。まず先に人に与えることを考える。『得ようと思わば、まず与えよ』この観念の転換ができる人だけが、成功と幸福をつかむことができるのです。ことばも同じです。『今日も元気そうだね』『よく頑張っているね』人に喜びを与えることばを、どれだけ与えているでしょうか?人を不愉快にさせ、怒らせたり悲しませることばを使ってはいないでしょうか。与えたものがもらうものです。この考えに徹することが自分の生活を豊かにすることを忘れてはいけません。」
2007.05.29
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『鼬(いたち)の最後っ屁(ぺ)』 『鼬の最後っ屁』1.鼬が敵に追われた時、悪臭を放って難を逃れること。2. 転じて、切羽詰まったとき非常手段を用いること。また、最後の最後に醜態(しゅうたい)を演じること。*********甚兵衛がにこやかな顔で宴に戻った頃、お咲は相当飲んでいたらしく、熊五郎に絡(から)んでいた。六之進は娘の言動に冷や冷やし通しで、酒を味わうどころではなく、いつになく素面(しらふ)のままだった。定吉はお杉に窘(たしな)められてから、専(もっぱ)ら肴(さかな)を食べているようだった。>咲:熊、聞いてるのかい? あんた弟子を3人も抱(かか)える身でしょう? もっとしっかりしないといつまで経ったって小頭(こがしら)になれないわよ。>熊:町火消しじゃねえんだから小頭はねえだろう。一番弟子なのには違いねえんだからこのままで良いじゃねえか。>咲:それじゃあいつになったら親方になれるの?>熊:そいつぁあ、親方が棟梁になったときだろうな。>咲:いつごろのこと?>熊:そうさな、今の棟梁が引退するのは20年ぐらい先なんじゃねえか?>咲:20年も鮗(うだつ)の上がらないままでいるの?>熊:そういうもんなんだよ職人ってのは。>咲:ふうん、欲がないか自信がないかのどっちかね。>熊:なんてえ言い種(ぐさ)だ。大工ってのはだな、修行に終(しま)いのねえもんなんだ。日々是修行。親方だって棟梁だって、常日頃からあれこれと研究なさってるんだ。>咲:それじゃあ何? 今、熊公は何を研究なさってるの?>熊:そいつぁあ、今んところ何もしてねえけどよ。>咲:ほうら見てみなさいよ。毎日毎日八つぁんと飲んだくれてて、何が修行よ。>八:おいらのこと呼んだかい?>咲:ぼやぼやしてると、八つぁんに一番弟子の座だって取られちゃうんだから。>八:お咲坊、言っとくけどな、おいらが一番弟子で熊の野郎は二番弟子なんだぞ。>咲:ほうら。>熊:八も面白がって煽(あお)るんじゃねえよ。八とおいらはおんなじ日に弟子入りしたから両方とも一番弟子なんだよ。今のところどっちが上とか下とか考えてる暇はねえの。>八:なあ熊、お咲坊が言いたいのはな、そんなことじゃねえのよ。あのな、お前ぇがもっとしっかりしてたら、嫁になって弟子共々面倒を見てやっても良いんだぞってことなんじゃねえのか?>六:なんだなんだ? 嫁だ? お咲がか? まだ数えで14になったばかりだぞ。相手がいくら気の好い熊さんだからってまだ嫁には早過ぎる。>咲:父上は黙ってて。>八:熊よ、嫁とか独立とかは棚に上げといてもだよ、おいらたちだって3人の弟子を持ってる訳だから、もう少ししっかりしなきゃなんねえってのは、その通りだと思わねえか?>熊:そんなことお前ぇに諭(さと)されるまでもなく分かってるよ。・・・そりゃあ、間違ったことを言われてるんじゃねえって頭では分かってるんだがよ、こう喧嘩腰で捲し立てられるとな、売り言葉に買い言葉で少々荒っぽくなろうってもんだ。女子供相手にかっとしちまうのも大人気ねえしよ。>八:駄目駄目、ここは一発頬っぺた引っ叩(ぱた)いて「黙って付いてくりゃ良いんだ」って言ってやんなきゃ。>半次:そうだそうだ、それでこそ男。>熊:おまえらな、人事(ひとごと)だと思って勝手なこと言いやがる。花見なんだぞ、もっと気の利いた話題が無いもんかい、ねえ、あやさん。>八:なんだよ、お前ぇの奥の手ってのはあやさんを引っ張り出すってことか。>熊:おいらのじゃねえって。お咲坊にもう少し冷静になりなさいって言って呉れるのは、うちの長屋にゃあやさんしかいねえじゃねえか。>あや:お咲ちゃん、どんどん言ってお上げなさいな。熊さんには立派な大工になって貰わないと困りますからね。>熊:あやさん、そりゃあねえや。納まるもんが納まんなくなっちまう。>あや:いいえ。わたしはお咲ちゃんの味方。>咲:あやさんって、やっぱり、話せるぅ。分かった? 熊。>八:万事休すってやつだな。>熊:なんだか旗色が物凄く悪くなってきちまったから厠(かわや)にでも行ってくらあ。逃げるんじゃあねえぞ、ちょっと席を外すだけだからな。>八:半死半生の状態だな。>咲:八つぁん、あんたもよ。>八:ありゃま。あっしも厠へ行ってきまーす。結局は、お咲の上った血も醒(さ)めてしまい、宴は元通り和(なご)やかなものに戻っていた。少しだけ反省したお咲は、飲み物を水に切り替え、ぬたに箸を伸ばした。葱(ねぎ)は少し辛くてほろ苦かった。「宴も酣(たけなわ)では御座いますが・・・」と挨拶して、甚兵衛が早々に切り上げて帰って行った。飲み物が足りなかったらこれで賄(まかな)っておくれと、八兵衛の母親にいくらかの金子(きんす)を渡したところを見ると、どうやら結構ご機嫌(きげん)であったらしい。まだ八つ(14時ごろ)を回った頃で、周りに集まり始めた連中はこれから盛り上がろうというところだった。厠から戻った後、熊五郎と八兵衛はお咲から遠巻きに席を占め、下世話(げせわ)な話で盛り上がっていた。>あや:皆さんにお話しておかなきゃいけないことがあります。聞いていただけますか?>半:なんでえ改まって。今生(こんじょう)の別れでもあるめえに。>あや:実は、急なお話で申し訳ないんですが、今日限りで長屋を出ようかと思っています。>半:冗談だろう?>八:え? 今日実行なんすか?>半:なんでえ、お前ぇ知ってたのか?>八:ちょいとな。>あや:八兵衛さんと熊五郎さんには、ちょいと片棒を担いで貰うことにしてまして。>半:何かやらかすんですかい? 面白いことですか?>あや:はい。押し掛け女房です。>半:押し掛けるって、もしかして、源五郎親方のところへですか?>あや:はい。>半:こいつぁあ面白え。>杉:押し掛け女房が面白いことですか?>半:お杉ちゃんは知らねえだろうが、八たちの親方の源さんてのが、自分の方から女の人に声も掛けられねえくらい晩生(おくて)の人でね、あやさんにぞっこんってのが傍目(はため)にも見え見えなんだが、一向に進展しねえ。周りの奴等の方が気を揉むぐらいで。>杉:でも正式な段取りを踏む訳じゃないんでしょう? 大丈夫なんですか?あや:先様(さきさま)のお母さん(※)には了解して貰ってますから。>八:い、いつの間に。>あや:甚兵衛さんにはまだ報(しら)せてないですけど、却(かえ)って段取りを踏んでなんてしてると、親方が嫌がりそうなもので。>半:違(ちげ)えねえ。こいつぁあ目出度えや。祝杯と行きやしょう。>あや:でもね、出戻っちゃったらまた置いてくださいね。>半:有り得ない有り得ない。>八:立つ鳥後を濁さずだな。なあ熊、終(しま)いはこう綺麗にしねえとな。
2007.05.28
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■ 今日のポイント「話が恐ければ、話で直そう」───────────────────────────────────日本中でどのくらいの数の朝礼が行われているのでしょうか。企業だけでなく、学校などでも行われていますので、たくさんの人が、苦手意識を感じつつ、人前でのスピーチをしているのではないでしょうか。ただ、朝礼スピーチは、する人にとって、自己研鑽の絶好のチャンスだと思います。私どもの創業者江川ひろしは常々申しておりました。「話し方の勉強とは、口先のテクニックを身につけることではけっしてありません。人前で、恥ずかしさに打ち勝って話すことです。ともすれば無関心な聞き手に、自分の話に興味を持って聞いていただけるように努力することです。これができれば、単にスピーチが上手になるだけでなく、そこに至る過程でさまざまな二次的な効果も表れてきます。あなたの言語能力が高まるだけでなく、思考能力が磨かれ、性格は積極的になり、ひいては生き方が見違えるように変わってきます。『話し方の勉強は生き方の勉強である』というのはそのような意味なのです。」朝礼、結婚披露宴、あるいはあらたまった席や会議の場など、人前で話さなければならない機会は、好むと好まざるに限らず、かならず訪れるものです。その時こそが、あなたが消極的な人間から、積極的な人間に変わるための絶好のチャンスなのです。生まれつき人前で話すことが得意な人など、めったにいるものではありません。人前であがってしまい、何を言っているのかわからなくなってしまう経験は、ほとんどの人が味わうものです。でもそれは、勉強しだい、努力しだいで乗り越えることができるものなのです。私どもでお奨めしているのは次の3つのステップで話し方を克服することです。(1) 声に出す(2) 30回以上(3) 時間を計る話が恐ければ、話で直すことです。
2007.05.27
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今日は言葉のお薬からの抜粋です 自信を持つということはひょんなきっかけからでも始まります■ やれば、できる───────────────────────────────────「いやぁ、みんなうまいな・・・でも自分は優等生じゃないから、絶対に出たくないな・・・」初めて成果発表コンクールの話を聞いたときにそう思いました。ところが、出張帰りに3週間ぶりに教室に来ると、先生の口から予想もしない言葉が飛び出しました。「コンクールの当日、山田さんは都合で来られません。上野教室の代表は田中さんと佐藤さんでお願いします」「え・・・!!」私は必死で抵抗しました。「ムリムリ、先生、絶対ムリです!私には立派な成果もなく、ましてあんな選挙演説のような話し方はできませんよ。他の人にしてもらえませんか?」「田中さん、田中さんの話し方は聞く人の気持ちを温かな気持ちにさせます。自分らしく話せばいいのです。頑張りましょう!」「・・・はい・・・・」それから3週間、悩みに悩みました。しかし、これもチャンスと考え直し、やることに決めました。青森行きの出張の飛行機の中で原稿を考え、ホテルの部屋で夜中まで一人で練習しました。「こんばんは・・・やれば出来る、という話をいたします」すると、隣の部屋から壁越しに文句が飛んできました。「おい、いつまでやってんだよ!うるさいぞ!」「すいません、でも発表まで1週間しかないんです。小さな声でやりますから、勘弁してもらえませんか?」「え・・・おう!まあ・・・がんばれよ!」「ありがとうございます」日曜日には3歳の娘を自転車の後ろに乗せて走りながら練習しました。「こんばんは、やればできる、という話をいたします・・・・」娘は心配そうに「パパ、何いっているの?」と私を見上げます。結局300回以上も練習しました。そのお陰で今日は自分らしく話せたと思います。これからも、最初からあきらめずになんでもチャレンジしていきます。
2007.05.26
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昨日の交喙(いすか) 分かりましたか? 鳥の名前で結構鳴き声が綺麗なんですね 今日は当たり前のように使われている言葉 これも諺の一部に分類されるんですね 『急(いそ)がば回(まわ)れ』 『急がば回れ』危険な近道をするよりも、遠回りでも安全確実な道を歩いた方が結局は目的地に早く着ける。遠回りに思えても安全な手段を取った方が得策であるということ。類:●急いてはことを仕損じる●走れば躓(つまづ)く●慌てる乞食は貰いが少ない●The longest way round is the nearest way home.(いちばんの回り道がいちばん近い帰り道)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>●More haste, less speed.出典:柴屋軒宗長(さいおくけんそうちょう)の連歌「武士(もののふ)の矢橋(やばせ)の舟は早くとも、急がば廻れ瀬田の長橋」 ・・・場面は、琵琶湖の矢橋の渡し。時代は、室町時代。*********お堀端の桜が淡(あわ)い桃色に包まれ、水面に花弁を散らし始めた日に、甚兵衛主催で恒例の花見の会が開かれた。二日前に降った花散らしの雨にも耐えて、桜は正(まさ)に満開だった。半月に一度くらいの割で太郎兵衛配下の権太が長屋近くをうろついたりしたが、ちょっかいを出して来るでもなく、平安な日々が続いていた。五六蔵の調べによると、太郎兵衛は今のところ谷中の方にどっしりと構えて、これといって何かを企(たくら)んでいる風ではないとのことだった。>甚:今日はご婦人方が腕に縒(よ)りを掛けて肴(さかな)を用意して呉れました。あたしはこの年でそうたくさんは飲み食いできないですが、若い皆さんが飲んでも足りるくらいのお酒は用意させて貰いました。どうか、思う存分(ぞんぶん)楽しんでください。前置きが長いのもなんですから、早速(さっそく)乾杯をいたしましょう。>八:そんじゃあ、恒例通り、一番目方(めかた)のあるのおいらが一発ぶちかましやしょう。用意は良いですかい? 行きやすよ。八兵衛はやおら立ち上がり、右腕を回し、右肩を揉(も)み、気合いを入れてから桜の幹に突進した。降ってくる花弁(はなびら)を湯飲みに受け止めようと、長屋の連中は身体を右に左に揺さぶった。段取りを聞いていなかったあやは、ぼうっとしていて後れを取ったが、何のことはない、何もしないうちに花弁の方から、3枚も、舞い込んできていた。>八:それじゃあ皆さんよござんすね。せーの、かんぱーい。>熊:1枚も取れなかった人は居やすか? なんでえ、定吉、お前ぇ今年も駄目だったのか。姉さんなんざ、ちゃっかり4枚も取ってんじゃねえか。>八:・・・あいやー、すっかり忘れてた。>熊:どうした?>八:あやさんに、なあんにも講釈(こうしゃく)してなかった。>熊:お前ぇって奴は、まったく。・・・あやさん、どうでした?>あや:呆気(あっけ)に取られていたら花弁の方から入ってきていました。3枚です。>八:ほぅらな、世の中なんてものはそういう風にできてるんだよ。>熊:何がそういう風にだよ。好い加減な奴だね。>八:あっちを取ろうかこっちにしようかってあたふたやるより、じいっとしてた方が良い結果になるってこった。>熊:慌てる乞食は貰いが少ないってやつか? お前ぇにしちゃ真っ当なことを言うじゃねえか。なあ、定吉、勉強になっただろう。>定:はい。ですけど、どうやらおいらにはツキってものがないようで。>八:おいらが良いこと教えてやるよ。付きに見放されてると思ったらな、付いてる人の側(そば)にいると良い。回ってくるお零(こぼ)れを貯めていけば、いつの間にか1人前の「付いた人」になってるって寸法よ。>熊:お前ぇ今日は冴えてるね。人が変わっちまったみてえだ。>八:馬鹿を言っちゃいけねえよ、「能ある鷹は角隠し」とか何とか言うじゃねえか。>熊:お前ぇ態(わざ)と間違えてるのか?そんな風にして、花見の会は始まった。 >あや:1枚も取れなかったら何をするんですか?>八:飲み潰(つぶ)れた人があったら、長屋まで負んぶしてかなきゃならねえんで。>あや:あら、それは大変そうね。それじゃあ定吉さんは去年も誰かを背負って帰ったんですか?>熊:去年は六さんでした。そりゃもう酷(ひど)い荒れようで。>六:あ、いや、去年は少し風邪気味だったからだ。今年は体調万全、準備万端、細工は流々だ。>咲:何が細工は流々よ。出掛けに納豆を掻き込んで来たぐらいで下戸(げこ)は治らないのよ、父上。>六:下戸ってほどの下戸じゃないぞ。>咲:でも、この中じゃ1番が父上で、2番が大家さんだって、皆が知ってることじゃないの。>甚:おいおいお咲ちゃん、あたしの名前まで出すことないんじゃないのかい?>咲:ご免なさい。ちょっと、一気に飲んじゃったんで、酔っ払っちゃったのかしら。>六:咲、お前、酒を飲んだのか? 子供は飲んじゃ駄目だと言っているであろう。>咲:子供じゃないもん。それに、あたし、父上より強いから平気。定ちゃんだってお酒だもんね。>杉:定吉っ、水じゃなかったのかい。>定:はい。お咲さんに注(つ)がれちゃいまして。>杉:まったく、どうなってるんですかね、この長屋の面々は。大家さんもこんな店子(たなこ)ばかりで情けなくなるでしょう。>甚:あたしゃ嫌いじゃないですよ、こんなのって。>咲:お爺ちゃん、話せるう。もう一杯どう?>甚:いやいや、あたしゃ2番目に弱いそうだから大概にしとくよ。さてと、そこいらをそぞろ歩いてきますかね。あやさんや、ちょいと付き合って貰えないかね。>あや:はい、お供します。>咲:お爺ちゃんたら、あやさんばっかりね。あたし妬(や)けちゃうわ。>熊:子供とじゃ散策にならねえとよ。>咲:何よその言い種(ぐさ)。良いわよ、今日はとことん飲んでやる。>六:おいおい、親より先に酔い潰れたりするのではないぞ。>八:定吉、お咲坊なら負んぶし甲斐(がい)あんだろうよ。>定:はい、付きが回り始めたかも知れません。>杉:これ、老成(ませ)たこと言ってんじゃないの。>八:こりゃ効果覿面(てきめん)だ。大家さんも、帰ってくる頃には、付いて付いて付き捲って、手の施(ほどこ)しようがなくなってるんじゃねえのか?>熊:こら八、縁起でもねえ言い回しをするもんじゃねえ。お堀端は、どこもかしこも花見客で溢(あふ)れ、まるで世の中全部が春爛漫(らんまん)ででもあるかのようだった。この雑踏(ざっとう)なら、少しくらいなら、立ち入った話をしても大丈夫そうだった。>甚:あやさんや、もう法要は済ませたんでしょう?>あや:はい。先(せん)だって本郷の方へ行って参りまして、墓にも参ってきました。>甚:それじゃあ、もうそろそろ話を進めさせて貰っても構わないね。>あや:ええ、それはそうなんですが・・・>甚:なんだい? 急いては事を仕損じる、ですか?>あや:そういうことでもないんですが。>甚:大丈夫ですよ。源蔵なら諸手を挙げて賛成しますよ。>あや:暫(しばら)く、わたしのやりたいようにやらせて貰っても構わないでしょうか?>甚:本人の遣りようは止められないですがね、いつまでものらりくらりというのじゃ適(かな)わないですからね。>あや:ちょっとだけです。>甚:ま、結果が同じなら道筋がどうだろうと構わないですがね、精々(せいぜい)良い報告をしてくださいよ。(つづく)---≪HOME≫
2007.05.25
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ちょっと豆知識 いすか (交喙)アトリ科 体長 16.5cm交差したくちばしが特徴ですが、モズのさえずりにも似た上手な歌も魅力です。そうそう会えないので、一目姿を見られたら、満足してしまうありがたーい鳥です。♂はきれいな赤、♀はきれいな緑色です。
2007.05.24
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『交喙(いすか)の嘴(はし)』 『交喙の嘴』[=嘴の食い違い]交喙の上下の嘴(くちばし)が左右に食い違っていて合わないところから、ものごとが食い違って思うようにならないこと。*********源五郎の家に残されたあやは、てきぱきと食器を洗い終え、客間の掃除を済ませたところだった。>雅:どうだい、源五郎の部屋でも覗いてみるかい?>あや:良いんですか?>雅:構やしないよ。掃除も洗い物も親任(まか)せなんだから。源五郎の部屋は奥の方だったが、南側の障子と西側の障子窓とのお陰で客間より明るく感じられた。お雅が「なんにもない部屋だよ」と言った通り、家具と呼べるものは机と行灯(あんどん)くらいのものだった。机の上には木切れで作った小箱や玩具、凧(たこ)を作るのに使われるであろう竹籤(たけひご)が、剥き身の小刀共々無造作に散らばっていた。>雅:子供みたいだろ。好い年をして凧や竹蜻蛉(たけとんぼ)でもあるまいにね。>あや:純粋なんですよ、きっと。>雅:あたしにゃ陰気な中年男にしか見えないがね。>あや:誰にだって趣味みたいなものはありますから。偶々(たまたま)それが屋内ですることというだけで陰気と決め込んだら可哀相ですよ。>雅:趣味なんて上等なもんじゃないさね。それにしてもだよ、あんな図体してるんだから表に出てりゃ良いのにって、そうは思わないかい?>あや:表に出て町娘に色目を使ったり呑んだくれたりするよりは良いですよ。>雅:そんなことしてたら、疾(と)っくに追ん出してるさ。程度問題だけどね、それにしても家の中で過ごす時間が多過ぎるのは間違いないよ。>あや:仕事はきっちりこなしているんでしょうから、休みの日くらい家に居るのも良いんじゃないですか?>雅:いつも側に居て呉れたら良いなんて思うのも今のうちだけだよ。そのうち顔も合わせたくなくなるさ。>あや:そんなこと・・・>雅:今のあんたにゃ何を言ったって無駄だがね。どうせ痘痕だって笑窪に見えちまうんだろう?>あや:はい。逆上(のぼ)せ上がっちゃってますからね。>雅:臆面もなくよく言うよ。・・・ときに、家財道具は多いのかい?>あや:それほどでもないです。>雅:尤(もっと)も、これだけ隙間だらけなら何を持ってきたって収まるだろうけどね。手伝いは良いのかい?>あや:はい。熊五郎さんと八兵衛さんに手伝って貰いますから。>雅:あの2人なら少々手荒に扱ったって壊れやしないからね。精々こき使っておやり。>あや:はい。>雅:・・・さあて、正月だし、あたしらも息抜きさせて貰おうかね。最中(もなか)と煎餅(せんべい)があるんだけど、どっちが好みだい?>あや:甘いものも嫌いじゃないんですけど、塩辛い方が好きですね。>雅:あんたもかい? うちで右党(うとう)は源五郎だけだね。>あや:甘いもの好きですか。そういえば毘沙門様の後に寄ったのも甘味処でした。>雅:食の好みばかりはどうにもならないからね。>あや:何から何まで同じでなけりゃいけないって訳でもありませんし、却(かえ)ってちょっとくらい違っていた方が、面白味があって良いんじゃないですか?>雅:あんたも結構楽天家だね。…だけどね、心構えだけはしておいた方が良いよ。あたしらみたいな下品な人間は、殊(こと)食べ物のこととなると異常に反応したりするからね。>あや:何かそんなことあったんですか?>雅:あたしがこの家に来て間もなくの頃、味付けに文句を言われてね、一月ほど碌に口も利かなかったかねぇ。あのままだったら、源五郎だって生まれてなかったかもしれないね。>あや:まあ。>雅:結局向こうから謝(あやま)ってきてね、それ以来尻に敷いてるよ。>あや:まあ。>雅:長い間一緒に住んでれば、色んなことがあるさ。あとは只管(ひたすら)我慢。>あや:我慢、ですね。>雅:逃げ出しちまうのは簡単だけどさ、逃げるってことは、もう二度と会えないってことを意味するんだからね。一時の安易な選択がその後一生の後悔に繋(つな)がってるなんて、その時は誰も気が付かないんだよ。ものごとが変わる切っ掛けなんて、どれもこれもちっぽけな食い違いだったりするもんさ。あたしもさ、高々(たかだか)味付けのことでぶち切れてなくて良かったと、つくづく思うよ。>あや:そういうのって、誰もが通る道なんですかね。>雅:残念ながら、そのようだね。・・・さ、辛気臭い話はこのくらいにして、お茶にしようかね。まだ膨(ふく)らみ始めていない梅の梢(こずえ)に番(つが)いの雀が停まり、お雅とあやが口に運んでいる煎餅を、暫(しばら)く物欲しげに見つめていた。もう少し待っていればお零(こぼ)れに与(あず)かれるのではないかと期待していた雀たちだったが、「只今(ただいま)戻りやしたぁ」という、五六蔵の大声に驚いて飛び去った。後は陽気も運勢も上がる一方で、待ち受けているのは良いことばかりだと思いたくなるような、新春の昼下がりだった。(第2章の完・つづく)---≪HOME≫
2007.05.23
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『医者(いしゃ)の不養生(ふようじょう)』 『医者の不養生』患者に摂生(せっせい)を薦める立場の医者が自分では意外に不摂生なことをしているという意味で、一般に、他人には立派なことを教えておきながら実行が伴っていないこと。類:●坊主の不信心●儒者の不身持ち●紺屋の白袴●髪結いの乱れ髪出典:「風流志道軒伝」*********源五郎は、置いてきてしまったあやの分もお札(ふだ)を買おうかと思ったが、商売繁盛にしても家内安全(かないあんぜん)にしても、独り暮らしのあやには意味のないものに思えて、結局自分の分の札だけを買い求めた。それにしても自分はあやの家族のことも、家柄のことも、何も知らないんだなということに思い当たり、物寂しくなった。せめて護身(ごしん)のお守りでも渡そうかと、別の列の後ろに並び直すと、隣の御籤(みくじ)のところに五六蔵たちが並んでいた。>源:なんでえ、お前ぇたち、お祓(はら)いに行ってたんじゃねえのか。>五六:それがね親方、お祓いは幾らくらい掛かるかご存知でやすか? 1朱(約5千円)からですぜ。>源:へえ、吹っ掛けやがるな。>五六:それも、松竹梅の下の並(なみ)が1朱ですぜ。並なんて聞いたことありやすか?>源:それじゃあ松になるとどのくらいだってんでえ。>五六:梅が1分で、竹が1両、松に至っては5両以上だってんですから。そんなの出す人がいるんですかねえ。一度面を拝(おが)んでみてえもんです。>源:値段が高けりゃご利益(りやく)があるってもんじゃあねえんだろうがな。きっと、松じゃねえと名のある神主さんが拝んで呉れねえんだろうな。>五六:そうするってえとなんですかい? 並で頼んだ人には見習いで十分てことですかい?>源:そこまで阿漕(あこぎ)とは思わねえけどな。似たようなもんなんだろう。>五六:そんな訳で御籤で急場を凌(しの)いどくことにしやした。>源:随分安いもんで凌いじまうんだな。それで、御籤は幾らなんだ?>四:ひとつ3文(60円)です。>源:ここに波銭(4文)が3つあるからこれで払っとけ。>四:1枚分残りやすが、親方も引いてみますか?>源:ああ、適当に引いといて呉れ。>三:いけませんよ親方、こういうもんは自分で引かないと意味がありやせんから。>源:分かったよ。直(すぐ)に行くからそこで待ってろ。・・・ときに、他人の銭で引くってのはどうなんだ?>四:お足の出所は、この際あまり拘(こだわ)らない筈です。>源:なんだか眉唾だな。不慣れな売り子が手間取ったせいで、源五郎が人集(だか)りから抜け出すのに四半刻(約30分)近くを要してしまった。その間、五六蔵たちは、手馴れた御籤の売り子からあれこれ話を聞いていた。>五六:親方、揉(も)みくちゃにされてやしたね。>源:ここの巫女(みこ)さんは小銭の勘定も碌(ろく)にできないのかね。>四:巫女さんじゃありませんよ、親方。日払いで雇(やと)われてる町娘なんだそうですよ。>源:道理でな。お前ぇたちも待たされたのかい?>六:それがね、こっちの娘は何度もここで働いたことがあるそうで、手際(てぎわ)が良いのなんのって。終(しま)いにゃあっしらと世間話までするくらいでして。>源:何か面白いことでも言ってたか?>五六:ここの神主はとんだ生臭(なまぐさ)ですぜ。肉は食らうわ、酒は飲むわ、おまけに手を付けた巫女も2人や3人じゃねえってんですから。>四:あの娘も、小判をちらつかされてその気になり掛けたってんですから。>源:銭の力に溺(おぼ)れちまってるって訳か。>五六:へい。神様じゃなくって千両箱を拝んでるってんですから。>源:どうやらご利益も期待できそうにねえな。>五六:そのうち罰(ばち)でも当たるんじゃねえかって思ってたら、ほんとに罰が当たったらしいですぜ。>源:どういうこったい?>五六:大晦日に、やくざもん2人を連れた親分が来て、ごっそりふんだくって行ったってんです。お布施(ふせ)をたんまりせしめるつもりでいたところ持ってかれちまったんですからね、2層倍辛(つら)かったんじゃねえですか?>三:やっこさん、昨夜(ゆうべ)は随分飲んだくれたらしくて、昼近くまで起きてこなかったそうです。>四:銭に溺(おぼ)れる奴は、結局、銭で泣くんですよね。>源:その親分てのは淡路屋の太郎兵衛か?>五六:恐らく。>源:お前ぇ、そっちの方の伝手(つて)で、太郎兵衛のことをもう少し調べてみちゃあ呉れねえか?>五六:分かりやした。・・・ですけどね親方、調べるのは明日っからでも良いですよね?>源:そうだな。元日(がんじつ)から働かす訳にもいかねえか。>五六:そんなんじゃねえんで。親方のために働くのは嬉しいんでやすが、帰ってからの酒がふいになっちまうのが悲しくて。>源:まったく、簡単なやつだね、お前ぇは。八兵衛とちっとも変わりゃしねえ。源五郎が引いた御籤は「小吉」だった。「縁談」のところには「自重して待てば思う通りに結ばれる」、「待ち人」のところには「すぐには来ない」と書かれていた。少し切なくなった。
2007.05.22
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『石橋(いしばし)を叩(たた)いて渡(わた)る』 『石橋を叩いて渡る』堅固そうに見える石橋でも、叩いてその堅固さを確かめてから渡るということ。1.用心の上にも用心することの喩え。2.過剰に用心することを嘲(あざけ)って言う言葉。 例:「あいつは石橋を叩いたって渡りゃしない」類:●念には念を入れる●石橋に金の杖●転ばぬ先の杖●火をつける前の手桶反:●危ない橋を渡る*********>熊:親方のことだから、八みてえに縁結びのお札(ふだ)を買ったりはしねえだろうけど、お御籤(みくじ)でも引いてみて「縁談」かなんかのところを真っ先に見たりするんだぜ、きっと。>咲:気を利かせたつもりなのよ。>熊:気を利かせたって、おいらとお咲坊のことでか? あの石頭がか? 考えらんねえな。>咲:あら、親方は石頭なんかじゃないわよ。周りの人のことは結構気が付く人よ。唯(ただ)、自分のことには晩生(おくて)だっていうだけ。ちょっと慎重過ぎるのね、きっと。>熊:お前ぇ、今日会ったばっかりだってえのに、良くそんなことが分かるな。>咲:熊さんは他人のことを注意して見てないから分からないの。>熊:お前ぇは分かるってのか?>咲:当たり前じゃない。あやさんだって大家さんだって、もしかすると四郎のおじちゃんだって、そんなこと疾(と)っくの昔に知ってるわよ。>熊:へええ、凄(すげ)えんだな。>咲:ちっとも凄くなんかないわよ。それが普通なの。>熊:そうすると何か? おいらと八は五六蔵並みってことになるのか?>咲:五六ちゃん? あははっ、そこまで酷(ひど)くはないから安心して。>熊:そうか、親方が慎重な人ねえ。あの顔からは想像も付かねえけどな。>咲:自然に人目を集めちゃう人っているでしょう? 多いのよ、そういう人に。>熊:そんじゃあ、おいらにはまったくお門違いだな。>咲:そうね。熊さん八つぁんは張りぼての橋だってずんずん渡っちゃいそうだもんね。>熊:馬鹿にしてんのか?>咲:誉(ほ)めてるのよ。そういうところが良いんじゃない。>熊:そうか? ま、そういうことにしとこう。それで、どう思う? 親方とあやさんのこと。>咲:どうかしら。>熊:なんだよ、それだけか? 随分冷てえじゃねえか。>咲:違うのよ。親方はあやさんのことが好き。あやさんも親方のことが好き。それは間違いないのよ。でもね、さっきも言ったように親方ったら超の付く晩生でしょう? 慎重過ぎるってのも悪い方に出ると良くないのよ。頃合いを間違えると、2つの想いは、こうぴったりとくっ付かないで、あっちとこっちへ通り過ぎちゃうのよ。>熊:そいつぁあ大変だ。そんでその頃合いってのはいつなんだ?>咲:そんなの本人たちでなきゃ分かる訳ないじゃない。>熊:そりゃあそうだが、予想ぐらい有んだろうよ。>咲:そうねえ、まあ、半年くらいは大丈夫よ。>熊:そうか、まだ大丈夫だな?>咲:そこでね、あたし閃(ひらめ)いたのよ。まだ誰にも話してないんだけどね、熊さんにこっそりと教えてあげる。>熊:なんだよ、悪戯(いたずら)っぽい顔してるとこを見ると、良くねえことだな?>咲:ふふ。あのね、夜中のうちにね、あやさんと家財道具を親方のところに運んじゃうのよ。>熊:あやさんに猿轡(さるぐつわ)でも噛ませてか?>咲:馬鹿ね。あやさんにはそんなことするより、端(はな)っから計画に加わって貰った方が良いの。きっと乗ってくるわよ。ああ見えて結構お茶目さんなんだから。>熊:なあるほどねえ。>咲:何よ、にやにやして。そんなに突拍子もないこと?>熊:違うんだよ。実はな、日取りもだいたい決まってるのよぉ。>咲:なんの?>熊:押し掛け女房の。>咲:え? 何で? どうして?>熊:誰にも言っちゃいけねえよ。・・・言い出しっぺは、当のあやさんなんだよ。>咲:へえ? いつの間にそんなことになってたの。>熊:今朝よ。甚兵衛爺さんが帰ぇった後だ。>咲:こんなこと考え付くのあたしくらいかと思ってたけど、流石(さすが)あやさんね。普通、当の本人はそんなこと思い付かないもんだけどね。凄いわ。益々もって凄い。>熊:惚れたか?>咲:ええ、とっても。・・・負けないわよあたしだって。>熊:負けねえって、お前ぇも押し掛け女房をするのか?>咲:するかも知れないけど、今はそれどころじゃないわ。追い付いて見せるわよ、あやさん。>熊:無理無理。>咲:無理かどうかは、やってみなきゃ分かんないじゃない。>熊:だってお前ぇ、そんな躍起になってたら下品に見えやしねえか?>咲:あ。そっか。急がず慌てず、楚々(そそ)と楚々とよね。>熊:まだまだだな。>咲:良いもん、時間はまだまだたくさんあるから。さ、お参りお参り。咲に腕を取られて熊五郎は本堂の方へ向かった。雑踏に押されたとき偶然肘(ひじ)に触れた咲の胸の膨らみに、昨日までの「小娘」とは違う「女」としてのお咲を感じていた。当のお咲は、あやに対しては勝負ではなく、素直に見習うという関係に居た方が、より多くのことを学べるのかも知れないなと考え始めていた。あやが自分の父・杉田六之進の妻、というよりもむしろ、自分の継母(ままはは)になって呉れたら良いのにという想いは、まだまだ捨て切れそうになかった。
2007.05.21
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『石(いし)の上(うえ)にも三年(さんねん)』 『石の上にも三年』冷たい石の上でも三年座り続ければ温(あたた)まるという意味から、仮令(たとえ)辛くても、耐えていれば、やがて報(むく)われるということ。類:●待てば甘露(海路)の日和あり●転石苔を生ぜず●Perseverance prevails. *********八幡様も大変な人出だった。男の子を連れた夫婦も然ることながら、若い男女の2人連れが矢鱈(やたら)に目立っていた。世の若者たちには、八幡様が何の神様なのかなど、どうでも良いことなのだろう。>源:今日日(きょうび)の若いもんたちゃ何を考えてるのかね、これじゃあ八が縁結びと勘違いするのも仕方のねえことだな。>熊:天下泰平ってことですかね。>八:言ったでしょう? 近頃は若いもんにとっちゃここは人気(にんき)の場所なんですよ。>源:何がどうなったら八幡様と若い男女が繋(つな)がるんだか。>咲:親方知らないの? ここはね、逢引きの名所になってるのよ。>源:逢引き? 神社でか? 気味悪くねえのかね?>咲:それが良いんじゃない。藪(やぶ)の方で物音がしたりしたら、きゃあっとかいって飛び付けるんだもの。>源:ふしだらな話だな。>熊:お前ぇ妙に詳しいな。さては誰かと逢引きに来てるんだな。>咲:気になる?>熊:別に気にしてる訳じゃねえよ。唯(ただ)の野次馬根性だ。>咲:友達の玉ちゃんの知り合いがね、人目を忍(しの)んで会ってるんですって。お月様が細ければ細いほど良いんですって。なんでも、道ならぬ恋らしいわよ。>源:なんだいその「道ならぬ恋」ってのは。>咲:相手の人が妻子持ちなんですって。>源:益々もってふしだらな話だな。>八:そういうのがいるから、真っ当なおいらまで回ってこねえんだよな。>熊:違ぇねえ。>八:お前にはお咲坊がいるだろう。>熊:まだ言ってやがる。大概にしとけよ。>八:怒られると益々悪乗りしちまうよーだ。>咲:八つぁんには、今度、あたしの友達のお姉さんを紹介してあげる。>八:ほんとかい? どうやら、おいらにもやっと春が巡ってきたらしいぞ。>熊:おい、良いのか? こいつ本気にしちまうぞ。>咲:任(まか)しといて。こう見えても顔は広い方なの。それに、八つぁんって可愛いんだもん。なんだか放っとけないって感じ。>熊:好い年扱(こ)いた大人に向かって可愛いもねえだろう。>八:良いの良いの。誉め言葉なのに違いはねえんだからな。>咲:健康的な明るい人と、しっかりした働き者と、おしとやかな器量好しと、どれが良い?>八:うーん迷うな。全部纏(まと)めて面倒見たいもんだな。>咲:欲張っちゃ駄目よ。考えといてね。>熊:おいらにも紹介して呉れねえか?>咲:熊さんは駄目。>熊:何でだよ。>咲:浮気っぽい人は紹介しないことにしてるの。>八:熊はお咲坊一筋で行っとくべきだな。それじゃあ、おいらはお先に行きやすよ。親方の祈願どころじゃなくなってきやしたんで。お札(ふだ)お札。縁結び縁結びっと。八兵衛はひょいひょいと器用に人ごみを掻き分けてお札所の方へ去っていった。源五郎は、そんな飾らない八兵衛を好意的な目で見送った。>源:五六蔵、三吉、四郎。お前ぇたちにゃ浮いた話はねえのか?>五六:へい全く。>三・四:からっきしでさあ。>源:随分きっぱり言っちまうんだな。その気がねえのか?>五六:気持ちも行動も十分なんですが、結果の方がまったく良くありやせん。>四:肩で風を切っちまってやしたからねえ。>三:お咲ちゃん、あっしたちにもなんか良い話を持ってきてお呉んなさんな。>咲:まだ駄目よ。弟子入りしてからまだ三月(みつき)にもならないでしょう? まだ信用できないの。>五六:信用してくださいよ。親方も黙ってねえで口添えしてくださいな。>源:俺も本当に信用してる訳じゃあねえんだぜ。>五六:そんな殺生(せっしょう)な。>源:会ったその途端に信じられる奴も中にはいるが、お前ぇたちには前の罪(つみ)があるからな。>五六:もう償(つぐな)いやしたでしょう?>源:罪という奴は償っただけじゃ済まねえんだよ。償いの後にはな、禊(みそぎ)ってえ何年も掛かるお勤めがあるんだ。>五六:いってえ何年くらい禊いだらいいもんでやすかね。>源:3年ぐらいだな。>五六:鋸(のこ)や鑿(のみ)を持たして貰えるのと同じ頃ってことですかい?>源:そういうこった。分かったら「1日でも早く禊が済みますように」ってお祓いでもして貰ってこい。>五六:へい。分かりやした。・・・おい、お前ぇらも行くぞ。>源:熊。俺はちょいと商売繁盛の札を買ってくるから、お前ぇはお咲ちゃんの傍(そば)に付いててやれ。>熊:へい。いってらっしゃいやし。そうして源五郎までも去り、熊五郎と咲の2人だけが残った。
2007.05.20
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『石に漱(くちすす)ぎ流れに枕(まくら)す』 『石に漱ぎ流れに枕す』 負け惜しみが強く、自分の誤りに屁理屈を付けて言い逃れる。 類:●岩に漱ぐ 故事:「世説新語-排調」・「晋書-孫楚伝」 中国、晋の孫楚(そんそ)が「石に枕し流れに漱ぐ」を「石に漱ぎ流れに枕す」と言い誤ったのを、「石に漱ぐ」は歯を磨くため、「流れに枕す」は耳を洗うためだとこじつけて弁解した。出典:晋書(しんじょ) 中国の正史。130巻。唐の太宗の時、房玄齢(ぼうげんれい)らが詔(みことのり)を奉じて撰んだ。24史の一つ。貞観20年(646)成立。帝紀10・志20・列伝70・載記30巻からなる。宣帝・武帝の2帝紀と陸機(りくき)・王羲之(おうぎし)の2伝は太宗自撰。陸機以下18家の晋史を集め、編修したもの。★夏目金之助のの筆名「漱石」はここから。序(つい)でに、「流石(さすが)」もここから。 *********二助は、別に回るところがあるからといって帰って行った。太郎兵衛の件で何かあったらすぐに知らせるんだぞと念を押したが、はいはいと、空(から)返事が返ってきただけだった。満腹(まんぷく)になった五六蔵と、三吉、四郎はうとうとし始めていた。>熊:親方、どうです、初詣(はつもうで)にでも行ってきやせんか?>八:市谷の八幡様なんてどうです? あそこは縁結びに御利益(ごりやく)があるとか言ってましたよねえ?>源:八幡様ってのは弓矢の神様だろう。縁結びの筈がねえじゃねえか。そもそも初詣なんてのは商売繁盛とか家内安全とかを祈願(きがん)するもんじゃねえのか?>八:そうっすか? でも今の親方に一番必要なのは縁結びじゃねえんですかい? ・・・弓矢の神様ねえ、分かった、男の子が産まれるようにって祈願するところですよね。破魔弓(はまゆみ)ってそういうもんなんでしょう?>熊:産まれた後のことだろうよ。強く育ちますようにって祈願するんじゃねえか。お前ぇ気が早過ぎるんじゃねえのか?>八:そんなの後だろうが前だろうが一緒じゃねえか。ね、親方、行きましょうよ、縁結び祈願に。>源:だから、縁結びじゃねえって言ってんだろう。それに商売繁盛でもねえんなら、俺には縁がねえところじゃねえか。>八:お札(ふだ)だったら選り取り見取り、なんだって有りますよ。それに、弓矢の神様だって泰平の世の中で暇を持て余してるでしょうから、縁結びの面倒だって見て呉れますよ。>源:お前もくどいな。そういうのを屁理屈って言うんだ。でもまあ良いか、八幡様に行ってみるとするか。・・・だけどな、なんだ、お咲ちゃんたちはもう済ましてきちまってるからな。一日に2箇所はなあ。置いて出掛ける訳にもいかねえし。>八:お咲坊をですかい? それともあやさんをですかい?>源:両方に決まってんじゃねえか。何言い出しやがる。>咲:あたしも行きたーい。>熊:お前ぇなあ、あっちもこっちもなんて言ってるとどっちも願い事を聞いちゃあくれねえぞ。>咲:良いもん。これまで毎年同じことお願いしてて聞いて呉れた例(ためし)がないんだから。>熊:随分と捌(さば)けちまってるねえ。>八:あやさんはどうなさいやす?>あや:わたしはここに居させて貰おうかと思います。皆さんで行ってらしてください。>源:良いんですかい? あれこれ手伝わされるのが落ちですよ。>あや:家事をしているくらいの方が却(かえ)って性に合ってるんですよ。>源:そうですか? 俺なんか、口喧(くちやかま)しいばばあの小言を聞かされるくらいなら、外にいた方が全然気が楽ですけどねえ。>あや:わたしそういうのって嫌いじゃないんですよ。>熊:菩薩(ぼさつ)様みてえなお人だねえ。拝(おが)みてえくらいですよ。お咲坊とは大違いだ。>咲:この好色者! 少しは親方を見習いなさい。>熊:へえい。返す言葉もございません。>八:親方も少しは熊を見習って、あやさんを拝むくらいの方が良いんじゃねえですかい?>源:放(ほ)っとけ。・・・五六蔵、三吉、四郎出掛けるぞ、起きろ。>五六:何ですか? もうお開きですか。>源:ごろごろしてねえで、酔い覚ましに行ってこようってんだよ。>五六:帰ったらまた飲めるんですかい?>源:ああ飲めるとも。しかし、お前ぇは気楽で良いな、飲み食いと眠ることしか考えてねえのか?>熊:八幡様に頼んで、こいつの腹にぷすっと矢を射って貰っちゃどうです? きっと酒がぴゅーっと出てきやすよ。>五六:堪忍してくださいよ。そんな勿体ねえことしねえでくださいよ。>八:心の臓に当たったら、周りにいる娘っ子に誰彼構わずに抱き付いちまうかも知れねえな。(※)>熊:まだ言ってやがる。縁結びの神様じゃねえっての。>八:あれ? そうだっけ? 親方も認めたんじゃなかったっけ?>熊:面倒だから話を切り上げただけだ。>八:でも、ほんとは縁結びの祈願をするかも知れねえぜ。口に出す訳じゃねえから誰にも分からねえしな。>熊:それは有り得るな。>源:なあに戯(たわ)けたことを言ってやがる。さっさと出掛けるぞ。>源:それじゃあ行ってきやすんで、後は適当にお願いしやす。>あや:お気を付けて。>熊:なんだかご新造(しんぞ)さんみてえだな、あやさん。火打ち石でも打って貰いたいもんだねえ。>八:親方、今、なんか色っぽい想像かなんかしていませんでしたか?>源:今日は随分絡(から)むな。こいつ絡み酒か?>八:親方にはあやさんがいて熊の野郎にはお咲坊がいて、おいらは空っ穴(からっけつ)ときてる。2人のことを揶揄(からか)うしかないじゃありやせんか。>源:熊にお咲ちゃんというのは分かるが、俺が何であやさんなんだ?>八:違うんですか? これっぽっちも考えたことありやせんか?>源:そりゃ、これっぽっちもなんて言ったら嘘になるがな。>八:ほうらそうでしょ? これまで38年間でこんなこと考えたの初めてでしょう?>源:だったらどうだってんだ。>八:普通の男になりなすったってことですよ。さ、参りやしょう、縁結び縁結びっと。
2007.05.19
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『石(いし)が流(なが)れて木(こ・き)の葉が沈(しず)む』 『石が流れて木の葉が沈む』 ものごとが道理とは逆になっていること。 類:●西から日が出る出典:「新語-弁惑」「夫衆口之毀誉、浮石沈木」出典:新語(しんご) 中国漢代。陸賈。成立年不詳。2巻12編。劉邦にせがまれて書いたもの。儒家の立場から、秦が滅び漢が興った理由を説明した書で、漢王朝成立の理論付けがなされた。仁政を主張し、刑法による統治を否定した。人物:陸賈(りくか) 中国、前漢時代の政治家、学者。生年不詳~前179。高祖の全国統一や南越の服属に貢献して太中大夫となり、呂氏の乱に劉氏を助けて漢室を護持した。劉邦に向かって「馬上で天下を得ても馬上で天下は治められぬ」の名言を吐いた。著「新語」「楚漢春秋」。*********棟梁の女将(おかみ)・お雅は、3組来ている弟子たちと親戚たちとの、都合(つごう)30人分の雑煮を作るのに大童(おおわらわ)していた。親戚のご婦人方が2人ばかし手伝っていたが、今一つ要領を得ないようで、ついつい叱責(しっせき)するような口調になっていた。>お雅:あんた青物も碌(ろく)すっぽ切れないのかい。亭主に美味いもん食わしてないだろう。・・・ああ見ちゃあいられない、あたしがやるから、2人で餅でも焼いてな。焦がすんじゃないよ。>あや:あの、わたしが青物の方やりますよ。>雅:あんたは?>あや:源五郎さんに付いてきました、あやと申します。>雅:甚兵衛親方の長屋に越してきたっていう?>あや:はい。えーと、人参(にんじん)は半月にしますか? 扇にしますか?>雅:客に手伝わせる訳にはいかないよ。>あや:手伝わせてください。ご相談したいこともありますし。>雅:相談? 初めて会ったあたしにかい?>あや:ええ。>雅:どういうことだい、言ってみなよ。>あや:押し掛け女房になりたいと思っているんです。>雅:女房って、真逆(まさか)、源五郎のかい?>あや:はい。>雅:なんかの間違いじゃないのかい? あんたみたいな器量好しがあんなへちゃむくれのところに、何も好き好んで・・・>あや:いけないでしょうか?>雅:本気なのかい?>あや:はい。>雅:へーえ、驚いたね。それで? 源五郎も承知なのかい?>あや:いいえ。こちらの一存だから「押し掛け」なんです。>雅:成る程ね。・・・分かった。認めよう。あんたの包丁捌(さば)きもまあまあだしね。>あや:有り難うございます。・・・ただ、ひとつ言っておかないといけないことがあります。>雅:もう大概(たいがい)のことじゃ驚かないよ。>あや:前の亭主の1周忌が済んでからということでも良いでしょうか?>雅:委細があるんだね。どうせその様子じゃ、そういうことも源五郎に話してないんだろう?>あや:中々言い出し難(にく)くて。>雅:いつ話すつもりだい?>あや:桜の花の頃に。>雅:分かった。全面的に認めよう。それで? うちの宿六は知ってるのかい?>あや:いいえ、まだ何も。>雅:そりゃあ良い。・・・しかし、世も末だね、女が平気で押し掛け女房になろうってんだからね。そのうちお天道様が西から上るかも知れないねえ。>あや:女将(おかみ)さんから駄目だって言われても、来るつもりではいたんですけど。>雅:見上げた根性だ。それと、女将さんなんて他人行儀な呼び方はお止(や)め。今日から親子だ。源五郎が何か悪さでもしたらあたしんところにおいで。・・・あんたらも聞いたかい? 少しは見習いなよ。ほら、焦げてるじゃないか、しっかりおしよ。>あや:お椀(わん)はいくつくらい出しときます?>雅:30もあれば足りるだろう。それより、ちょいと味見をしてみな。うちは力仕事をしてるから味付けは濃い目、塩辛けりゃ味付けなんか二の次だっていうんだから。作るもんへの配慮なんかまったくありゃしない。それから、1つ教えとくけど、源五郎はああ見えて並外れた猫舌だからね、なかなか箸を付けないからって一々臍を曲げてちゃやってられないよ。>あや:有り難うございます。良いこと聞いちゃいました。程なく雑煮が出来上がった。お雅とあやはてきぱきと、手伝いの2人はおどおどと椀を運んだ。三吉は目の前に出された途端齧(かぶ)り付くように食べ始めて、あっという間に平らげ、お雅にお替わりを願い出た。源五郎は三吉の凄まじい食べっぷりを誉めちぎるばかりで、案の定、食べ始めようともしない。どうやら、湯気の立っているうちは箸を付ける気もないらしい。あやとお雅は目を合わせてにっこりと笑みを交わした。>棟梁:なんだい、なんか良いことでもあったのか?>雅:いいえ、別に。美味しく出来てるでしょう? お前さんもお替わりしたら?>棟:俺は良いよ。お節(せち)で腹が一杯だ。>雅:源五郎、味はどうだい? なんだい箸も付けてないのかい。いらないのかい?>源:いや。ちゃんと食うよ。>雅:残したりしたら承知しないからね。>源:なんだよ、今日はやけに絡(から)むな。>雅:客に料理させといて残したりしたら罰が当たるだろうよ。あやさんの気持ちを粗末(そまつ)にするんじゃないよ。有り難くいただきなよ。>源:分かってるって。>雅:本当になーんにも分かっちゃいないんだね、この唐変木は。そう言うと、お雅は高笑いしながら部屋を出ていった。>五六:唐変木って、あっしのことじゃないですよね。ねえ八兄い、違いますよね?>八:唐変木を親方に譲るとなると、お前ぇは「盆暗(ぼんくら)」とか「碌(ろく)でなし」になっちまうな。>五六:勘弁してくださいよ。>四:・・・女将(おかみ)さんとあやさん、2人で何を話してたんでしょうかねえ?>八:なんでえ四郎、お前ぇ寝てたんじゃねえのか?
2007.05.18
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【 あ】 『鞍上(あんじょう)人なく鞍下(あんか)馬なし』 『鞍上人なく鞍下馬なし』鞍上の人と鞍下の馬とが一体となったように見えるということ。馬を巧みに乗りこなす様子を表した言葉。*********程なくして、左官の二助が、呼びに行った方の三吉を案内して現われた。>二助:おう、みんな盛り上がってるね。源五郎親方、新年明けましてお目出度う御座いやす。>源:今年も宜しく頼むぜ。・・・ときに、新年早々から毘沙門(びしゃもん)さんで一騒動起こしたらしいじゃねえか。>二:耳が早えですね。ですがね、なんてこともなく収まりやしたんで。>源:そう思うかい?>二:と、申しやすと?>源:淡路屋太郎兵衛とやらに「左官の二助で御座い」って名乗っちまったらしいじゃねえか。>二:何か問題でもありやしたか?>源:問題にならないうちに教えといた方が良いと思って来て貰ったんだ。ま、座って駆け付け三杯といこうじゃねえか。>二:へい。ご馳(ち)になりやす。太郎兵衛のことを聞いても、二助は、却(かえ)って鼻息を荒くするばかりで、源五郎の話を忠告として受け取らなかった。自分の武勇伝を並べるばかりで、少しも真剣みがない。取り敢えず、何かあったら報(しら)せるように、ということだけは約束させた。>二:おいら、はしっこいことに懸けちゃあ誰にも負けねえ。いざとなったら三十六計、掴(つか)まりゃしねえさ。>八:喧嘩っ早くて逃げ足も速いってか。>熊:幾(いく)らすばしこいったって、相手が馬に乗ってたら追い付かれちまうだろう。お前ぇさん、馬になんか乗れやしねえだろ?>二:あれ? 話したことなかったっけ? 一昨年(おととし)一橋(ひとつばし)の殿様のところにお子が産まれたとき、穴八幡(あなはちまん)で流鏑馬(やぶさめ)があっただろう? あのときいっとう上手(うま)く的を射た奴、一郎太っていうんだが、あいつとは幼馴染みでね。遊び半分に仕込んで貰ったことがあるんだよ。弓の方はからっきしだったけど、乗り方は上手いって誉められてよ、試しに走り比べをやろうってんでやってみたら、3回やって3回ともおいらの勝ちだった。>八:そいつぁあ相手が手を加減したんだろうよ。>二:なにをぉ。べらぼうめ。一郎太は真面目(まじめ)一本で、そんなことのできる奴じゃねえ。手綱(たづな)捌(さば)きが完璧だとかで、左官なんか辞めて馬に乗る仕事しちゃあどうかって言われたくれえだ。>熊:へえ、人は見掛けに依らねえな。>二:太郎兵衛だろうが太郎冠者(かじゃ)だろうが、おいらちっとも怖くねえや。>八:だけどお前ぇ、馬なんか持ってねえじゃねえか。>二:それを言われると返す言葉もねえ。刻限(こくげん)は、丁度昼時になっていた。五六蔵たちは一時(いっとき)半も飲み通していることになる。血の気の多い二助が若いもんと悶着(もんちゃく)を起こしてはいまいかと、棟梁の源蔵が様子を見に来た。倅(せがれ)が連れてきた女性2人のことも、当然、気になってのことだ。>棟梁:お前ぇたち、酒ばっかり飲んでねえで、雑煮(ぞうに)でも食っちゃあどうなんだ?>源:そうだな。五六蔵もそろそろ限界みてえだしな。>五六:何を仰(おっしゃ)るんで。あっしゃまだまだいけやすよ。>八:酔っ払いほどそう言うんだよな。>熊:違(ちげ)えねえ。見ろよ、四郎のやつは、大人しいと思ったら、寝ちまってやがる。>五六:意気地のねえ野郎だな。>源:寝かしといてやんな。幸せそうな顔してやがるじゃねえか。>棟:・・・なあ源五郎、そちらの綺麗なお二人さんはどちらさんなんだ?>咲:あたし、お咲って言います。熊さんたちと同じ長屋に住んでるんです。>あや:あやと申します。甚兵衛さんのご厚意で、昨年の秋に長屋に越して参りました。>棟:そうかい、あんたがあやさんかい。甚兵衛親方から名前は伺っておりやすよ。>あや:新年早々押し掛けまして申し訳ありません。>棟:良いってことよ。こういうことは人数の多い方が楽しいってもんだ。>あや:お勝手の方、お手伝いしましょう。>棟:あっちはうちの奥がやってるから、気にしねえで楽しんでてお呉(く)んなさい。>あや:ご挨拶(あいさつ)もしておきたいですし。>咲:あたしもお手伝いする。>あや:良いのよ。お咲ちゃんは熊さんと行く末のことでも相談してらっしゃい。>咲:あやさんまで揶揄(からか)う・・・>八:お咲坊、大人の女ってのはなあ、なにかってえと内緒話をしたがるもんなのよ。>咲:あたしも内緒話したい。>八:お咲坊には内緒ごとのねえすっぱりした女になって貰いてえな。なあ熊?>熊:なんでおいらに話を振るんだよ。関係ねえって言ってんだろ。>八:良いじゃねえか、3年後は小町だぞ。大事にしておけ。>三:なんですか? お咲ちゃんが3年後に小町になるんですかい?途中の話が抜けている三吉に成り行きを説明している一同を残して、あやは女将(おかみ)さんのところへと席を立った。(内緒話?) あやが母といったいどういう内緒話をしようというのか、まったく思い至れない源五郎は、呆然(ぼうぜん)とあやの後ろ姿を見送っていた。目を転じると、父の源蔵が自分の方を見ながらにこにこ笑っていた。
2007.05.17
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【あ】 『鮑(あわび)の片思(かたおも)い』 『鮑の片思い』鮑の殻は二枚貝の片側だけのように見え、いつももう片方の貝を求めているということから、一方からだけ恋い慕うこと。片思い。同:●磯の鮑の片思い*********源五郎たちが追加の酒を買い込んで帰ってきたとき、まだ昼にもなっていないというのに、五六蔵たちはかなりご機嫌になっていた。後発(こうはつ)の八兵衛と熊五郎もそれなりに酔っているようだった。襖(ふすま)を開けた源五郎に、「弟子とはいえ客は客ですよ。いつまで待たせるつもりっすか」と、毒づこうと口を開いた五六蔵だったが、その隣りにあやがいるのを見て、何も言えずあんぐりと口を開けたまま仰(の)け反(ぞ)った。>八:こいつぁあ魂消(たまげ)た。おい、新年から仏さんの御利益(ごりやく)があったぞ。>三:ああ、神様仏様。おいらこれからは、ちゃあんと信心(しんじん)します。>四:仏さまをかい? 神さまをかい?>熊:そんなことどっちだって良いんだよ。それより親方、どこまであやさんを追っ掛けてったんです?>源:別に追っ掛けてった訳じゃねえ。偶々(たまたま)会ったんだ。>五六:ほんとですかい?>源:当たり前ぇだろう。>熊:ほうら言ったじゃねえか。仏さまも偶には気の利いた計らいをなさるってもんだ。>八:気の触れた計らいじゃなきゃ良いがな。>源:手前ぇら俺のことを出汁(だし)にしてやがったな。>八:当ったりぃー。>源:こいつ、抜け抜けと。・・・まあ良かろう、正月だしな。それより、誰か二助を呼びに行っちゃ呉れねえか?>五六:へい、そんじゃあっしが。>熊:そんなに酔っ払ってちゃ無理だろう。おいらが行ってくらあ。>八:お前だって迎(むか)え酒が覿面(てきめん)に出てやがるぜ。>三:それじゃあっしが行きやしょう。このぐれえの酒なら素面(しらふ)も同然でやすから。>源:でえじょうぶなんかい?>五六:こいつん家(ち)は先祖代々皆ぃんな笊(ざる)だそうですから。>三:へい。お使いぐれえなんでもありやせん。・・・唯(ただ)ね、親方、確認させて貰いてえんですが、二助さんの住まいへはどう行きゃ良いんです?>八:なんでえ、方向音痴も先祖代々か?酔いが浅いうちにと、源五郎は淡路屋太郎兵衛のことを掻い摘(つま)んで話した。察しの良い熊五郎は今朝あやの話に出てきた「親分さん」と同一人物だということに気が付いたが、秘密の計画に障(さわ)りがないように、敢えて知らん振りを決め込んだ。八兵衛の方は、案の定、まったく気付いていないようだった。>熊:その、蛇みてえな権の字ってのが気に食わねえですね。似たようなのを何人か知ってますが、どいつもこいつも一筋縄じゃいかねえ外道(げどう)ばっかりだ。>八:お前ぇ、お咲坊のことが心配なんだろう?>熊:何言い出しやがる。おいらは真面目(まじめ)に言ってんだぞ。>八:かっかするとこ見ると益々怪しいぞ。>五六:なんですかい? 兄いがこのお嬢ちゃんにほの字なんですかい?>咲:お嬢ちゃんじゃなくて、お咲。子供扱いしないで。>五六:こいつは失礼しやした。暫(しばら)く黙っていやす。>熊:こんなお転婆娘、蛇の方が逃げてくってもんよ。>咲:酷(ひど)ぉい。熊の馬鹿。>八:なんでえ、もう尻の下に敷かれてやがる。>熊:お前らなあ、面白半分で囃(はや)すような話じゃねえだろう。>あや:でも、満更でもないって顔してますよ。>熊:あやさんまでそんなことを言う・・・>源:太郎兵衛のことはまた後で、素面になったとき話すことにして、新しい樽を開けることにしようぜ。>五六:待ってやした。あやさんもお咲ちゃんもぐいっとやっておくんなさい。>八:お前ぇ暫く黙ってるんじゃなかったのか。>五六:良いじゃねえですか、新年会は無礼講(ぶれいこう)。>熊:いくら無礼講でも、お咲坊に酒は拙(まず)いだろうよ。>五六:子供扱いしちゃ嫌だって言うもんで、つい。>熊:それとこれとは話が違うだろう。>五六:ははあ、兄さん、相当きてますね。>熊:なに抜かしてやがる。くだくだ言ってねえで黙って飲んでろ。>八:五六蔵よ、お前ぇみてえのを唐変木(とうへんぼく)って言うんだ。他人の恋路(こいじ)は温かく見守ってやるのが人情ってもんじゃねえかよ。>熊:だからな、八、恋路だとかなんだとか、そういうことじゃねえんだって。>八:なんだ遊びか? いたいけなお咲坊を騙(だま)すのは良くねえな。>五六:兄いも罪なお人だねぇ。>熊:だから、なんでもねえんだっての。>五六:お咲ちゃんにも聞いてみましょうよ。 なあお咲ちゃん、兄いのことどう思ってるんです?>咲:熊なんかだぁいっ嫌い。>八:あららどうしましょう。五六蔵が熊の恋路をぶち壊しやがった。>四:八兄い、こう言うじゃあありませんか、障害が高いほどふたりの恋は燃え上がる。>八:なんでえ四郎、居たのか。あんまり大人しいんでもう帰っちまったかと思ったぜ。>四:へい、いろんな消息(しょうそく)を集めるには聞きに回るのが一番ですから。>八:ほう。だけどな、熊の恋路の消息を集めたってなんの得にもならねえぞ。>五六:違(ちげ)ぇねえ。>四:そんなの分かりませんよ。2・3年後、お咲ちゃんが「何とか小町」って呼ばれてて、男どもがわんさか押し掛けるようになってねえとも限らりませんから。>咲:小父(おじ)さん、見た目は暗そうだけど、良いこと言うね。>四:「小父さん」はないでしょう。花も実もある三十路(みそじ)前なんですから。>咲:ご免なさい。浮かれるだけしか能(のう)がなさそうな唐変木よりずっと大人に見えたんだもの。>五六:あっしのことですかい? 大人気(おとなげ)なかったですかい?>八:最初ははぐれてて、今度は浮かれてて、次はなんだ? うらぶれてなきゃ良いがな。>五六:ひゃあぁ、こいつぁあ手厳(てきび)しい。
2007.05.16
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■ 今日のポイント「怒りの感情で話してはいけない」───────────────────────────────────「怒る」と「叱る」の違いをご存知ですか。「怒る」は感情のままに腹立ちや憎しみを相手にぶつけることです。「叱る」は相手に対して愛情や理性をもってあたることです。思いやりや愛情を持って叱り励ましてくれた人は一生忘れないものです。徳川家康は“怒りは敵と思え”といっていますが、怒りの感情で話すことは、時には思いもかけないような怖い結果を引き起こしかねません。それでは怒りの感情にかられ、カッとなったときにはどうしたらいいでしょうか。そうしたときは腹式深呼吸を10回くらいしてみたり、息を吐いてから言葉を出すようにします。もし可能ならば一晩おいてみれば、たいていのことは怒らなくてすむことがほとんどだといわれています。人間は自分の思うようにならないときに怒りの感情を爆発させます。これを幼児型思考人間といいます。自分の思うようにならないとすぐに腹を立てるのは幼児性が抜けきれていない証拠です。はたして、自分のことがすべて自分の思うようになるでしょうか?たとえば足のひざをのばしたまま、手のヒラを床にピッタリつけられますか?字は自分の思うように上手に書けますか??ゴルフのボールは自分の思うところに飛んでくれるでしょうか?考えてみればことごとく自分の思うようになりません。アメリカの百貨店王といわれたワナメーカーはこう言っています。「考えてごらん。人間は自分のことだって自分の思うようにならない。だとしたら、自分以外の人間が自分の思うようにならないからといって、腹をたてる資格は人間にはないのだよ」まさに名言です。部下が自分の思うように動かない、子供が自分の思うような成績をあげない、そういって怒る資格は人間にはないのです。また、言葉を少し言い換えてみると印象も変わってきます。たとえば「怒りっぽいね」は「情熱家、熱血漢、正義感が強い」、「要領が悪い」は「一本木、何事にも真正面からぶつかる」などです。相手の性格のよい面に光を当ててあげる思いやりを持つことも忘れないようにしたいものです。
2007.05.14
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■ 言葉を変えて、家庭がおだやかになった───────────────────────────────────「タカシ、早くテーブルの上、片付けな!何回同じこと言わせるの!」「うるさいな・・・お母さんだって片付けないくせに!」「なに言っているの!言い訳するんじゃないの!」これは私と19歳の息子との会話です。家の中がいつも片付かず、私はイライラしていました。そんなある日、夫から「話し方教室へ行って勉強してきなさい」と言われました。「え、どうして?」と思いましたが、お金をだしてくれるというので通うことにしました。夫の言葉の真意がわかったのは、合同講義で次の言葉を聞いたときです。「話にはその人の心、考え方、生き方のすべてが表れます」夫は自分の言葉を振り返ってみなさい、と言いたかったのです。「早く片付けな!何回同じ事を言わせるの!言い訳するんじゃないの!」ずいぶんひどい言葉で怒鳴っていた自分に気がつきました。こんな自分はいやだ・・・明日から言葉を変えよう、私はそう決心しました。「タカシ、何回も言って悪いけど、テーブルの上片付けておいて。よろしくね。」「あ、わかったよ」息子は言葉を変えただけで素直に聞いてくれるようになりました。私の心もおだやかです。今では片付けに関して子供と言い争うこともなくなりました。これは言葉を変えて気持ちが変わったからだと思います。これからもやさしい言葉を使い続けていこうと思います。
2007.05.13
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■ 今日のポイント「心からの言葉に人は集まってくる」───────────────────────────────────この世に生を受けて、他の人とかかわりなく生きていくことは不可能です。そしてどんなにお金や物に恵まれていたとしても、人間関係に恵まれない人生ほどさびしいものはありません。人間は、他の人から関心を持たれ、愛されたいと願っています。しかし自分のことに関心を持ってもらいたいと思っても、他の人に対して同じくらい関心を持っているかと言えば、なかなかそうとは言い切れないのではないでしょうか。豊かな人間関係は周りの人から作っていただくものではなく、自分から積極的に作っていくものです。そのためにはまず、自分ばかりに向けていた目を、まわりの人々に向けてみることから始めてみましょう。自分の周囲の人に関心を持つ。他の人に思いやりの心を持つ。そこに多くの発見があり、さまざまな感動があります。そうした発見・感動が、言葉になります。良い人間関係を得たいと思うのであれば、人に尽くすこと、人に与えることです。自分が他の人に対してしたことが、やがては自分に対して同じように返ってきます。“得ようと思わばまず与えよ”という言葉もあるくらいです。このことはあらゆる物事に共通する摂理なのです。豊かな人間関係を築きたいと願うなら、まず周囲の人々にあたたかな関心を向け、それを言葉に出してみることから始めてみませんか。
2007.05.12
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■ ほめ言葉で自分が成長できた───────────────────────────────────「この味噌汁少し濃くないか?」「そお・・・?」「そお、やないで・・味見したんか?」「うん、一応・・・」「一応って、しっかりしてや、いつもなんやから。アカンワ・・・」「・・・そんなに嫌なら、自分で作れば!!」以前は、食事中にこのように妻と口論になることが多かったように記憶しています。そして、妻はいつしか必要なこと以外はほとんど口にしなくなってしまいました。そんな夫婦間のコミュニケーションについて悩んでいたときのことです。話し方センターで次のことを学びました。「今日、誰かをほめましたか?」「まず相手をほめてください。相手の良いところ、相手の価値を認めるように努力してください。大事なことは“相手の立場に自分を置き換えて物事を考える能力”を身に付けることです」私はこの言葉を聞いて深く考えさせられました。今まで自分は少しでも気に食わないところがあると、そのことばかりが気になる性格でした。他の良い面や、相手の気持ちには無頓着で、文句をいい、自分勝手な思いを押し付けるばかりだったのです。相手をほめるのは面倒だし、第一、ほめるところなんてあるのか?とさえ思っていました。しかし、このままでは夫婦にとってよくないことはわかっていました。「実行なき知識はゼロ」・・・私は自分の器の小さかったことを反省し、妻を積極的にほめてみることにしたのです。「今日のトンカツ、衣も色具合も、柔らかくてジューシーでおいしいなぁ・・・」「そうやろ、ちょっと良さそうなお肉があったから、買ってきてみてん・・・」「いいお肉なんやな。ありがとう。」「まあ、私も食べてみたかったし・・・」相手の料理を感謝していただきますと、会話も和やかにはずみますし、何より料理自体がおいしくなります。また、妻のことをほめようと心がけることで、その行動が良いものに見えるようにもなりました。その結果、2ヶ月も経ってみると、夫婦の会話が増え、家庭が明るくなってきたことが目に見えてわかりました。しかし、人間ですから、時には怒りや苛立ちを覚えることがあります。その時にはある呪文を唱えることにしています。「怒らないぞ、相手の立場に立つぞ!」不思議なことに、この呪文を繰り返し唱えていますと、怒りや苛立ちが無くなってきたのです。自分が成長したと感じた瞬間でした。今では妻ともだいぶ仲良くなり、なんと三人目の子供を授かるほどに・・・とまではいきませんが、新婚時代に戻った気分で、毎日を楽しく過ごしています。 (平成18年話し方教室修了スピーチより一部抜粋)
2007.05.11
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■ ありのままの気持ちを伝えよう───────────────────────────────────私が、話し方センターへ来たのは、面接が苦手だったからです。以前の私は次のような感じでした。「あなたの自己紹介をしてください」「ハイ・・・あの・・・」「聞こえませんね。もう一度おっしゃってください」「ハイ・・・」「あなたの志望動機をおっしゃってください」「それがですね・・・あの・・・」頭の中は真っ白になり、声がとたんに小さくなります。面接はことごとく失敗でした。当然落ち込みました。面接にいかなくてはいけないのはわかっているのですが、また面接で失敗するかもしれないと思うと途端にやる気がなくなりました。しかし、何もしなければ、何も変わりません。一念発起して、勉強をすることにしました。「あがらぬ法」の講義で「人間は恥をかいてこそ進歩するのです。ここは練習の場所ですからいくら失敗してもいいんですよ」と教えていただきました。その言葉で気持ちがすーっと楽になりました。毎週徹底的に準備をし、人が10回練習するのなら、自分は20回と毎週練習いたしました。2ヶ月ほど過ぎて変化が表れました。あれほど小さくて弱々しかった声が、明るく大きくなり、笑顔がでてきました。人の目を見て話せるようにもなりました。「おはようございます」「こんにちは」と、自分から積極的に挨拶することで、人間関係も少しづつ良くなっていきました。以前の私は、恥をかきたくないとばかり思っていました。人の目を気にし続け、自意識過剰になっていました。でも今は違います。自分のありのままの気持ちを伝えることが必要だと気がつきました。 (平成18年話し方教室修了レポートより一部抜粋)■ 今日のポイント「自分をよくみせよう・・・はやめよう」───────────────────────────────────人はなぜあがるのでしょうか。その大きな原因の一つは、“おおぜいの前へ出て失敗したらいけない”“立派に話さなければいけない”“恥をかいてはいけない”などと、“自分をよくみせよう”という気持を持つからです。恥をかいてはいけない、と思うから緊張するのです。スピーチというものは、その時になってからあわてて挨拶式辞演説集を読み、気の利いた言葉を借りて並べたとしても、自分の力以上には出ないものです。恐ろしいくらいに、その人の知識も、教養も、人柄も、性格も出てしまいます。話しはその人の全人格の表れ、その人の力以上にも力以下にも決して出ません。自分の持っている良いところも悪いところも皆さらけだして、ありのままの姿を見ていただいて、そして聞き手から批判していただき、成長の糧にしていこう、という気持ちで話すことが一番良いのです。人間として尊いことは、今ある姿ではありません。今日十点とれたとしても、慢心して明日は九点になり、明後日八点になったとしたら、決して立派とはいえないのではないでしょうか。逆に、自分の全力を出し切っての結果が五点でも、明日は六点となり、明後日は七点となったとしたら、その人のほうがどれほど人間的に立派かわかりません。人間として尊いことは、結果ではなく経過に至る努力の道のりです。しかも、結果について考えても、完全というものは人間の世界にはあり得ません。「完全は天の尺度にして、完全たらんとするのが人間の尺度」という言葉もあるくらいです。人間には誰しも長所と短所があります。長所を伸ばし、短所を改める努力をすることです。話すことが上手でなくても決してそのことを恥ずかしがったり、隠す必要はありません。今の自分をそのまま出して素直に人の批判を受ければよいのではないでしょうか。その批判をもとに更に成長をはかる事です。人前で話すのがこわいというのは、短所を隠し、自分を力以上に見せようという気持ちがあるからなのです。
2007.05.10
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7月1日NIKKEIプラス1に興味深いランキングが紹介されていました。夫・妻に望む振る舞いベスト10です。どちらも「自分のしたことに感謝の言葉をかけてくれる」が上位にランキングされていました。「そんなことでいいのか・・・」と驚かれた男性も多いようですが、わかっていてもなかなか口に出せないのも本音のようです。また、その記事の中で脳科学者の茂木健一郎先生は「うれしさは脳内物質ドーパミンを出させる、そしてドーパミンは気持ちの良さにつながる。感謝の言葉がごほうびとなるわけです。」と述べられていました。教室では「まずは『おはようございます』という、明るい挨拶から始めてみませんか」とお奨めしています。明るい挨拶を交わすことで、より深いコミュニケーションがとれるようになります。なにげない会話を交わす中から自然に「ありがとう」という感謝の言葉も生まれてくることでしょう。 来週は母の日「感謝のことば『ありがとう』と笑顔のギフトを・・・」。こんなプレゼントはいかがでしょうか。
2007.05.08
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■ 話し方は誠実な心からはじまる───────────────────────────────────私は人前に出るとあがってしまい、いつもしどろもどろになってしまいます。3ヶ月前の会議の時もそうでした。「平成17年、いや18年の計画は、え・・・17年にくらべ、いや18年にくらべ・・・」「おい、何を言っているんだ!ちっともわからんぞ!もっとちゃんとしゃべりなさい!」社長からカミナリが落ちました。私は体がブルブル震えました。会社を辞めようかとも思いました。それではいけないと思い、話し方教室にやってきました。教室で「ことばの前に心あり」を聞き、目からウロコが落ちる思いをしました。そうか・・・話し方は誠実な心からはじまるんだ。私は今まで口先だけで言いつくろう、言いつくろうとしてきたからいけないんだ。これからは真心を込めて素直に思うことを伝えよう・・・。そう思った時、目の前が明るくなりました。三ヶ月間真摯に勉強いたしました。通勤中の三時間、毎日練習しました。家では妻にスピーチです。最初は首をかしげて聞いていた妻も「今日のは良かったわよ。わかりやすかったわよ」と言ってくれるようになりました。会社でも会議の席で落ち着いて話せるようになりました。社長もそんな私を見ていてくれました。「おい、君、来月も大阪の会議に行ってくれるね」さっそく効果があらわれました。教室で私は心の持ち方、心の通う、分かりやい話し方の大切さに気がつきました。これからも、明るく、飾らず、力まずに話すことを心がけてまいります。 (平成18年話し方教室修了レポートより一部抜粋)■ 今日のポイント「話し方は口先の技術の勉強ではない」───────────────────────────────────話し方の勉強を単なるテクニックの勉強とか、発音発声の練習と考えている方もいるようですが、私どもでは「話し方の勉強とは“話す”というひとつの行為を通して、人間が幸福になる道」を追究するものと考えております。教室で使っているテキストのはじめに「話し方の勉強とは、人間が幸福な生活を送るためにどう話したらよいか、その心の持ち方と効果的な言葉の使い方を研究し、合わせて人格の向上と表現力を高める勉強である」と定義しています。話し方の勉強とは、人間学の勉強といっても過言ではありません。ですから、創業者江川ひろしは「言葉の前に心あり、言葉の後に行動あり」をモットーといたしておりました。人としてやさしい気持ちを持ち、その気持ちを言葉と行動にどう表していくかを考え続けていたのです。話すという行為には、その前に“心”があります。心を表現する手段が言葉であり、話し方です。たとえば、「ありがとう」という言葉も、心からの本当に「ありがたい」という気持ちがあれば、「ありがとうございます」と音調に表れますし、自然と頭が下がるのではないでしょうか。言葉を使う時にどういう気持ちで話すのかということが大切です。そして次に、自分の言ったことは必ず行動で裏づけるということです。「三時に伺います」と約束したら、三時に行ってはじめて約束を守ることになります。そこから信用や信頼が生まれ、誠実さが相手の方に伝わります。それと同じように、「自分の話をわかってほしい、私の話をきいてほしい」ではなく「どうか、私の話を聞いてください」という気持ちも大切です。いずれにしても話し方の基本は「誠実さ」です。「誠実さ」とは「自分の言ったことは、必ず行動で裏づける」ということなのです。
2007.05.06
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あるエピソードより6月19日の日経新聞に「世界のヤマシタ・山下泰裕様」のことが紹介されていました。「柔の心」を伝える難しさを、失敗談をご紹介しながら語っていらっしゃいます。アメリカで柔道を国民的スポーツにするために「競技用語」を英語にしたらというご意見をいただき、一瞬「なるほど」と思われたそうです。でも次の瞬間、「いや違う、それでは柔道ではなくなる」と思いなおしたそうです。山下様は次のように考えました。「柔道はあくまでも武士道。『柔(やわら)の道』なのだ。武士道の国である日本に根差した文化でもある。例えば、武士道の最たるものに敗者に対する『惻隠の情』がある。自分が勝者になれるのは敗者がいてくれてこそ。試合を通じ相手への感謝と尊敬、そして友情や信頼をはぐくむ。まさに『礼に始まり、礼に終わる』。だから柔道の試合の『レイ』は単なるあいさつではない。それを英語にしてしまっては『武士道の心』が伝えられない」「話し方の心」も同じだと感じております。話し方だけではなく、もしかしたら全てのことにあてはまることかもしれません。スピーチは、聞いてくださる方がいてこそ、相手に対する思いやりの心があってこそ、と考えております。そのためにも私どもは「礼(おじぎ)」にこだわっております。スピーチを始める前の「おじぎ」、話し終えたときの「おじぎ」を大切にいたしております。“どうか私の話をお聞きください”“お聞きくださいましてありがとうございます”という気持ちを込めてのおじぎがあってこそ、と考えております。どんなに世の中が変わろうと、大切にしたいことの一つでございます。「話し方道」を極めたいものでございます。今週も良い時をお過ごしくださいますように・・・ 日本話し方センター 島田浩子
2007.05.05
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■ 今日のポイント「話の材料の集め方」───────────────────────────────────スピーチをする時に話の材料を持っていないと、それこそ話しになりませんよ、話し方教室ではそう申しております。お料理だってそうではありませんか。どんなに腕の良いシェフでも、肉や油がない状態でおいしいステーキを作ることはできません。逆に、霜降りのおいしい肉と、良質の油と、厚い鉄板があれば素人の私でもおいしいステーキを作ることができるかもしれません。話も同じです。話す材料がなくて、話をしなさいといっても、それこそ無理な話です。例えば、職場の朝礼でスピーチをする時はいかがでしょうか。一回、二回は話せるかもしれません。しかし、三回、四回と続くと話すことがなくなりませんか。もしそうだとしたら、話す材料がないからです。そこで普段から話す材料を集めておくことが大切になってきます。では、話の材料はどこにあるのでしょうか。それはあなたの身の回りにいくらでもあります。1. 自分の体験2. 書かれたもの3. 他人の話これらのすべてが話の材料になります。特に一番大事なのは自分の体験です。話はできるだけ自分の体験を話すことです。自分が体験した話なら、話すのはそれほどむずかしくありません。聞いた人もよくわかってくれます。話というものは「頭で話すな、体で話せ」ということを受講者の方によく申し上げます。会社の中で、通勤途中で、毎日たくさんのことを体験していることでしょう。その体験した事、その時にいろいろと感じた事、考えた事をそのまま話すことです。これが一番いい方法です。ただ、体験といっても自分一人のものだけでは乏しいものです。そこで他人の体験を自分の体験にプラスさせていく必要があります。この他人の体験は、書かれたものの中にもありますし、他人の話の中にもあります。新聞、雑誌、単行本、テレビ、ラジオ、インターネット、すべてが材料の宝庫です。話の材料は自分の身の回りにいくらでもあることに気が付かれたのではありませんか。ただ、問題はその材料をつかめるかどうかです。そのことについてはいずれ機会を改めてご紹介します。
2007.05.03
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■ 充分な準備で面接をきりぬけた───────────────────────────────────入社試験の面接で大きな失敗をしてしまいました。「君は、ニワトリが先か、タマゴが先か・・・どっちが先だと思うかね?」「え・・・そんな事。考えたことないな・・・。全然わからないです・・・。」「君はもう少し考えて、自分の意見をハッキリ言えるようにした方がいいね」私は悔しい思いをして、この教室にやってきました。教室で「準備の大切さ」を学び、普段から話の材料を見つけては、その話を自分のものにしようと心がけました。まずは、ニワトリの話からと思い、アルバイト先の居酒屋のお客様に話してみました。「ニワトリとタマゴ、どっちが先だと思いますか」「そんなこと知らないよ・・・ビールが先でしょ・・・」「そうですよね・・・」私は居酒屋で考えるのは辞め、ネットや本で調べました。そしてネットで答えを見つけました。その話しの要点を書き込み、30回声に出して練習しました。先週のことです。ついにその話を披露する機会がありました。「君は、ニワトリが先か、タマゴが先か、どっちが先だと思うかね?」「はい、私はタマゴが先だと思います。なぜなら、カラスやハトが途中でニワトリに変化することはありません。でも、タマゴならどうでしょう。タマゴなら突然変異で、ニワトリになってしまうことがありえるかもしれません。ですから、私は、タマゴが先だと思います」「君、なかなかいいね」みごと内定を受けました。充分な準備が成功を生み、大きな自信を与えてくれたんだと思いました。これからも、普段から話の材料を集め、要点を書き込み、30回声に出して練習する習慣を身につけます。
2007.05.02
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環境ホルモンって何?●ホルモンのような作用をする化学物質ホルモンという名がついているため、私たちのからだの中でつくられるホルモンと混同しがちなのが「環境ホルモン」といわれるものです。その正体は、環境中から体内に入り込み、あたかもホルモンのように作用して障害や有害な影響を与える化学物質で、正式名称は「(外因性)内分泌撹乱(化学)物質」です。ヒトへの影響が疑われているのは、精子の減少・尿道下裂(男児の外部生殖器の発育不全)・精巣ガン、乳ガン、子宮内膜症の増加など。このほか、神経系に影響を与えて若者の“キレる”現象を招いているのでは、子どもの学習障害なども環境ホルモンが関与しているのでは……といった疑惑もとりざたされていますが現在のところ明確な結論は出ていません。環境ホルモンが内分泌機能を撹乱するメカニズムについては、さまざまなパターンがありますが、その代表的なものは“環境ホルモンがホルモン受容体に結合し、細胞に誤ったホルモン情報を伝える”というもの。・受容体に結合して、本来のホルモンと同じ作用をする(アゴニスト)・受容体に結合して、本来のホルモンの作用を抑える(アンタゴニスト)…の2つがあります。本来ホルモン受容体は構造の似通ったホルモンをきちんと見分ける能力を持っているのですが、この受容体をまんまとダマして、結合することができてしまう化学物質が、すなわち環境ホルモンなのです。ホルモン受容体に結合する環境ホルモン以外に、ホルモンの生合成を直接阻害する、血管内のホルモン量を減少させる、神経系や免疫系に作用、などさまざまなパターンの環境ホルモンが存在する可能性が大ですが、そのメカニズムにはまだまだ謎がいっぱいです。
2007.05.01
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