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『騏驥(麒麟・きりん)も老いては駑馬(どば)に劣(おと)る』『麒麟も老いては駑馬に劣る』優れた人物も、年老いてしまったら、その働きや能力が普通の人(凡人)にも及ばないようになる。類:●昔千里も今一里●A genius grown old becomes worse than mediocre.(老いぼれた天才は凡人より厄介だ)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>反:●腐っても鯛●亀の甲より年の功参考:「戦国策-斉策・閔王」 「騏驥之衰也、駑馬先之、孟?之倦也、女子勝之」 名馬でも老衰すれば、その辺のつまらない馬にも負けるようになる。*********「改革」とは名ばかりの寛政の時代を終えたが、庶民の暮らしは一向に豊かになっていなかった。幕府が頭を痛めている問題は、高利貸し化した札差(ふださし)の台頭と、旗本や御家人が慢性的に抱え込んでしまった不良な借財であった。米以外のもの全ての値段が高騰して、日々のおかずにさえ気を遣うような有り様である。>鴨:まったく、俺みてえな半端役人だって、いただく扶持(ふち)を銭に替えなきゃならねえ。それがどうだ? 米が安いから碌な額にもなりゃしねえ。>熊:真逆(まさか)、お前ぇも札差から借金してるんじゃねえだろうな?>鴨:あのな、役人が銭を必要とするときってのはな、誰かに袖の下を渡すときなのさ。俺に、そんな気を起こす要領があったら、今頃こんな縄暖簾(なわのれん)で大工相手に酒を飲んでたりしやしねえ。>熊:それもそうだな。>八:なあ鴨の字よ。そんな札差に、お上はなんにもできねえのか?>鴨:お上に何ができるってんだ? でかい声じゃあ言えねえが、一番放蕩(ほうとう)の限りを尽くしてるのが上様なのさ。下々のことなんかお構いなしよ。>八:斉(なり)ちゃんがか? そいつはいけねえな。一遍びしっと言ってやんねえとな。>鴨:誰だその「なりちゃん」ってのは?>八:決まってんじゃねえか、将軍様だよ。家斉ちゃん。>鴨:随分と馴れ馴れしい呼び方をするじゃねえか。それになんだ? 「びしっと言ってやる」が聞いて呆れるぜ。>八:おっ、信じねえのか? なんなら一遍引き合せてやろうか?>鴨:何を言い出しやがるんだか。・・・おい熊五郎、お前ぇも黙って聞いてねえで留めるもんだぜ。>熊:仕様がねえだろう。丸っきり嘘って訳じゃねえんだからよ。>鴨:なんだと? 冗談も休み休み言えってんだ。一国の頂点に御座(おわ)すお方が、大工ごときと知り合いの筈が・・・。本当なのか?>熊:内房のご隠居さんが連れてきちまったんだ。仕方ねえだろ? 向こうが勝手に来ちまったんだからよ。>鴨:嘘だろ? 俺だって、顔も拝(おが)んだことがねえってのに。天保14年(1789)に『棄捐令(きえんれい)』という御触れが出されていた。借金棒引きの御触れである。しかし実情はというと、二度と借りられなくなることの方が重大事だったらしく、救済される筈だった旗本たちは、逆に大打撃を受けていた。>八:偉い人らが考えてやっても、駄目なことってあるんだな。>鴨:偉い人らにゃ下々のことが分からねえ。下々の者らにゃ上の人らの思惑が分からねえ。所詮、無理してやる改革なんてものは、必ず綻(ほころ)びができるもんなのさ。>八:何をやっても無駄ってことか?>鴨:さあな。庶民の暮らしが苦しいってことは、どっかに贅沢(ぜいたく)してるやつらがいるってことだからな。そこから搾(しぼ)り取らねえ限りはどうしようもねえんだろうな。>八:倹約しろってのがお上のお達しなんだろ? 贅沢してるやつらなんかいるのか?>鴨:そりゃあいるさ。幕閣然(しか)り、賄賂(わいろ)を取ってる役人然り、豪商然り、豪農然りだ。ごろごろいるじゃねえか。>八:なるほどな。こちとら波銭(4文銭)1枚稼(かせ)ぐのにひいひい言ってるのに、山吹色がざくざく唸(うな)ってるって訳か。・・・ってことはよ、千人のうち1人が笑ってて残りがみんな泣かされてるってことか?>鴨:そういうこったな。千人から波銭1枚集めれば1日で4千文だから1両、10日で10両、1年で360両、10年で千両箱3つ半、・・・きりがねえ。>八:へえ、千両箱3つ半は凄(すげ)えな。・・・だがよ、おいらは1日4文なんか払っちゃいねえぜ。>鴨:それがな、実は払っているのさ。運上金(うんじょうきん)ってものはそういうものよ。年貢(ねんぐ)ばかりが租(そ)じゃあねえ。今度棟梁にでも聞いてみな。>八:へえ、そうなってるのか。全然知らなかったぜ。・・・でも、いただく銭が変わりねえんなら、まあこのままで良いかな。>鴨:そうやって、知らねえうちに取られてるのよ。口の悪い言い方をすりゃあ、掠(かす)め取られてる訳だ。租税が安くなりゃあ、今よりももっと暮らし向きは楽になる筈なんだがな。>八:そうなのか? もっとたくさん貰えるんならその方が有難えな、確かに。>熊:何をのんびり構えてやがるんだか。おいらたちも好い年扱(こ)いてるんだから、ちっとはそういうことに興味を示せってんだ。>八:そうは言うが、おいらは良いや。その日その日を面白可笑しく生きていられりゃ十分さ。>熊:いつか一本立ちして弟子を抱えるようになってから吠え面掻くんじゃねえぞ。>八:そんときゃそんときよ。おいらみてえな弟子ばっかり集めときゃ、誰も文句なんか言って来ねえさ。>熊:その前に潰(つぶ)れちまうっての。>八:なあ熊よ、そもそも、おいらたちはなんでこんな話をしてるんだっけ?>熊:そりゃあ、お前ぇが河豚(ふぐ)の鍋を食いてえなんて言い出すからだろ?>八:そうだったな。一度で良いから食ってみてえよな。刺し身でも良いがよ。>熊:毒にやられて死んじまうぞ。だからよ、貧乏大工はここで粗煮(あらに)を突付いてるのが似合いだってんだ。ほれ、良い具合いに大根に味が染みてんだろ?>八:同じ粗でももう少し身の付いたやつにして貰いてえもんだぜ。親爺の野郎、相当けちってやがるな。>熊:どこもかしこも不景気ってこった。ここの親爺に限ったことじゃねえだろ。>鴨:いつになったら金回りが良くなるのかねえ。>熊:お前ぇも愚痴ばっかり零(こぼ)してねえで、有り難く食いやがれ。>鴨:魚の骨をしゃぶりながら、安酒を上げ底の銚子で3合か? ああ情けねえ。>熊:悔しかったらお前ぇも袖の下を取りやがれ。>鴨:そんなことできるかよ。>熊:それなら、手に職を持った嫁でも貰って、共働きして小金でも貯めろ。>鴨:落ち零れ役人のところなんか誰が来るってんだよ。咎人たちから怨まれこそすれ、好意を持たれたことなんか生まれてこのかたありゃあしねえ。>熊:そこまで卑下することもねえだろ? なんなら、口利きしてやらねえでもねえ。>鴨:止せったら。混ぜっ返すなってんだ。>八:やい熊、誰か良いのがいるのか? それなら、おいらを先にするのが義理ってもんだろ?>熊:残念ながら、八には合いそうもねえ娘なんだ。また今度な。6つ半にお夏が来ると、鴨太郎は居心地悪そうにもぞもぞし始めた。「帰って寝るかな」などと言い出すところを、熊五郎が無理矢理引き止めて、追加の銚子を2本頼んだ。>夏:あら鴨太郎さん、珍しいわね。ここいらで捕物でもあったの?>鴨:いや、別にそんなものありゃあしねえさ。>熊:お夏坊の顔が見たかったんだとよ。>夏:まあ。ほんと? お愛想でも嬉しいわ。>熊:嬉しいってよ。良かったな。>鴨:好い加減にしやがれ。偶(たま)に暇ができたから昔馴染みの顔を見にきてやっただけじゃねえか。勝手に変なことを言い出すな。>熊:まあ良いじゃねえか。・・・なあお夏坊。鴨太郎ったらよ、大工相手に役人と札差の話しなんかしやがるんだぜ。>夏:ははあ、それで不景気な顔をしてるの? 止めてよね、こっちまで不景気になっちゃうじゃないの。・・・そういえば、なんとかいう学者先生が高利貸しとか両替商をどうとかするって言ってたみたいだけど。>鴨:ああ。竹上某(なにがし)とかいうお人だ。重鎮(じゅうちん)の面々は猛反対だそうだ。まったく勝手だよな。>八:おいら、あんまり小難しい話は分からねえがよ、その先生は世の中を良くしようとしてるのか?>夏:そりゃあ良くしようとしてるんじゃない。これ以上悪くなって貰っちゃ困るわよ。>鴨:さっきもこいつらに言ったが、世の中の金回りを無理して弄(いじ)くるのはあんまり感心しねえな。>夏:あら、あたしは良いことだと思うわ。そりゃあ、札差とか両替商が全部悪いだなんて言わないけど、余計に甘い汁を吸ってるのは間違いないものね。・・・知ってる? こんなご時世だっていうのに、両替商のお給金は役人なんかの3倍なんですってよ。貰い過ぎでしょ? 儲け過ぎでしょ?>鴨:お前ぇ、両替商に怨みでもあるのか?>夏:別にないけど。兄上の3倍貰ってるかと思うと悔しいじゃない。>鴨:そうは言ってもな、こうも風当たりが強くちゃあな。・・・なんでも、川田塩十とかいう古株の重役がねちねちと難癖を付けてるらしいぞ。>八:若年寄より古株なのか?>鴨:川田に比べりゃ若年寄なんか小僧みたいなもんさ。>八:それじゃあ「古年寄」だな。うん、相当偉そうだな。>夏:全然偉そうじゃないけど・・・>鴨:若い頃は偉かったが、上様の代が替わってからこっち、鳴かず飛ばずの状態だな。なにしろ一度隠居してたからな。>八:そんなのが先頭に立っていびってやがるのか?>鴨:ここぞとばかりに張り切ってるそうだ。年寄りの冷や水だってえの。>八:内房のご隠居とどっちが偉い?>熊:違うものを比べたって仕様がねえじゃねえか。何を聞いてるんだ? ・・・というより、そんなことを聞いてどうするってんだ?>八:そりゃあ決まってるさ。一所懸命に良いことをしようとしてるのを邪魔するんじゃねえって、頭をぽかりとやってくるのよ。>熊:止せってんだ。そんなことしたら首が飛ぶぞ。>八:平気だよ。斉ちゃんが構わねえって言えば良いんだろ? 訳ねえさ。>熊:いくら酔狂な将軍様でも、そんなこと、誰が許すかってんだ。>八:そんなの聞いてみなくちゃ分からねえじゃねえか。・・・おいらはよ、自分じゃ何もやり始めねえ癖に、他人の文句ばっかり言っていやがる古狸が気に入らねえの。古狸は古狸らしく、往生際良く鍋にでもなんでもなっちまえってんだ。>熊:お前ぇ過激派か?>八:なんだそりゃ?
2007.11.30
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『漁夫(ぎょふ)の利(り)』 『漁夫の利』[=漁父の~]当事者同士が争っている間に、第三者がまんまと利益を横取りすること。類:●鷸蚌の争い●漁利●Two dogs strive [fight] for a bone and a third runs away with it.(二匹の犬が骨を争う隙(すき)に、別の犬がその骨を銜(くわ)えて逃げ去る)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>故事:「戦国策-燕策・上」「両者不肯相舎、漁者得而併禽之(中略)臣恐強秦之為漁父也」 鷸(しぎ)と蚌(はまぐり)が争っているのを見て、漁夫がその争いを利用し、両方とも捕まえてしまった。強国の秦が、その漁師になりはしまいかと心配でならない。*********丈二とお杉が連れ立ってあやの元を訪れたのは、奈良屋庄助が自分の家へ戻ってきた日の夕刻だった。あやの方は、今日明日に産まれても可笑(おか)しくないという状態である。>あや:お似合いよ、2人共。>丈:何かと気を揉んでいただいちまいやして、済みませんでした。>あや:いいえ。今回ばかりはわたしの手に負えなかったみたい。何もできなくてご免なさいね。>杉:その分、八つぁんと熊さんにお世話になっちゃった。尤(もっと)も、なんだか知らないうちに周りから決められちゃったっていう感じなんだけどね。>あや:でも、後悔してる訳じゃないでしょ? とっても幸せそうよ。>杉:これまで、頑張り過ぎちゃって馬鹿みたいって思うわ。なんでこんな簡単なことを拒み続けてたのかしらってね。>あや:まあ、変われば変わるものね。・・・でも、頑張っちゃってたからこそ丈二さんの目に留(と)まったんですものね。巡り合わせよ。大事にしなくちゃね。>杉:はい。そうします。>丈:それで、お願いなんでやすが、媒酌(ばいしゃく)をやって貰えねえもんかと・・・>あや:嬉しいお話なんですけど、遠慮しとくわ。>杉:どうして? あやさんと親方はもう何組もやってるそうだし、任(まか)せといて安心できるのにな。>あや:なんにもお手伝いしなかったのに、最後の美味(おい)しいところだけ貰っちゃうなんてできないわ。それに、こんな状態じゃ華やかな席にも似つかわしくないしね。>丈:祝言(しゅうげん)は年明けですぜ。それまでには・・・>あや:それでも駄目。小頭になるんなら、やっぱり頭(かしら)に任せるのが筋ってものでしょう? 違う?>丈:それも考えねえではなかったんでやすが、「奈良屋が来るんなら俺は請(う)けたくねえな」って、子供みてえなことを言い出しまして。>あや:まあ。頭ったら。・・・それで、お杉ちゃん、奈良屋さんはどうなの? 見習いは為になったのかしら?>杉:さあどうかしら? お昼ごろ戻ってらしたんだけど、部屋に篭もっちゃったのよ。3人の息子を交代で呼び付けて、なんかもそもそやってたみたいだけど、あたしは辞める人間だし、細かいところまでは分からない。>あや:そう。しゃんとして呉れてれば良いわね。それなら頭だって引き受けて呉れるでしょう?さて、後日談である。当の庄助はというと、驚くなかれ、薬が効いたようだった。長男を堺屋に見習いに行かせ、次男と三男を安房国(あわのくに)に菜種(なたね)栽培の下働きに行かせたのだ。どこでどう聞き付けたか、序(つい)でに、お種とお実も分家の「小奈良屋」へ回してしまった。一大改革である。お浪(なみ)という女中がいた。お杉に「火消しと油屋じゃ水と油だ」と言ったあの娘である。お杉が辞め、お種とお実が出て行き、あれよあれよという間に番頭の片腕になってしまったのだ。>八:そんで、お杉坊? そのお浪さんってのは大丈夫なのかい? 悪い気を起こしたりはしねえんだろうな。>杉:そういうことなら大丈夫。張り切っちゃって、嬉々として飛び回ってるわ。給金だって倍くらいになったんじゃないかしら。>八:へえ、そりゃあ羨(うらや)ましい限りだな。肖(あやか)りてえもんだ。>杉:八つぁん、お嫁さんにしちゃったらどう?>八:本当か? 良いのか? 取り持って呉れるってんならなんでもするぞ。>杉:ほんと? ・・・でも駄目ね。お浪ちゃんったら、あと2年くらい働いて小金が貯まったら、田舎で漁師をしてる人のところへ帰るんだって言ってたもの。>八:なんだいそりゃ? 欲があるんだかねえんだか、分かりゃしねえな?>杉:良いんだって。5年先くらいに思ってたから、大喜びよ。お浪ちゃんはね、端(はな)っから油問屋に骨を埋めるつもりはなかったみたい。>八:そうなのか?>杉:お浪ちゃんったらね、「油と浪が馴染む筈ないじゃない?」だってさ。あたしと丈二さんのこと「水と油だ」なんて嫌味言ってたのも、そんな思いがあってのことなのかしらね。>八:おいらから見りゃあ、馴染まないどころじゃねえぞ。しっかり幅を利かしてるんじゃねえか?>熊:案外、今回の騒動で一番得をしたのはそのお浪さんかも知れねえな。>杉:あら、あたしだってとっても得をしたわよ。>熊:こりゃこりゃ、すっかり当てられちまったな。そんな神無月(かんなづき)の初め(現在の11月中旬頃)、あやが男児を出産した。大きな声で、良く泣く赤ん坊である。>八:親方、待望の跡取りでやすね。>源:ああ。五体満足で生まれてきて呉れて、一安心だ。・・・しかしな、これでもかってくらい泣き喚(わめ)くんで、ちょいとばかし寝不足気味だ。>熊:元気な証拠ですよ。「泣く子は育つ」って言うじゃねえですか。>源:「寝る子は育つ」だろ? ・・・まあどっちだって良いや。それがよ、不思議なことに、静(しずか)が傍(そば)に行ってぽんぽんと2回叩くと泣き止むんだ。>八:へえ、そりゃあ凄(すげ)えや。>源:あやのやつが誉めるもんで、俺とか親爺を叩きに来やがる。悪い癖が付いちまったぜ。>熊:嬉しい癖に。>源:そのうちお前ぇたちのことも叩きに来るぞ。>八:叩かれなかったら嫌われてる証拠でやすかね?>熊:そうかも知れねえな。>八:ときに親方、もう名前は考えたんですかい?>熊:のんびりしてると、また女将さんに決められちゃいますぜ。>源:そんなことさせるかってんだ。>八:それで? なんて付けたんですかい?>源:「源太」だ。>八:そんなんで良いんですかい? もっと捻(ひね)ったのが良いんじゃねえですか? 源氏豆腐とか源平豆とか源内焼とか源六餅とか・・・>熊:食い物ばっかりじゃねえか。面白きゃ良いってもんじゃねえの。・・・そうさな、元気とか玄翁(げんのう)とか拳万(げんまん)とか現生(げんなま)とか・・・>源:字が違うだろう。手前ぇら、他人事だと思って、勝手なことばっかり言うんじゃねえ。誰がなんと言おうと源太に決めたんだからな。>八:姐さんはそれで良いって言ってなさるんですか?>源:決まってんだろ。反対なんかさせるかってんだ。>熊:とかなんとか言っちゃって、親方、ほんとは棟梁に気を使って付けたんでしょう?>源:・・・まあ、ちょっとはな。>熊:さぞかし棟梁も喜んでいなさるでしょう?>源:まったくだぜ。俺になんか抱かせもしねえ。>八:なんだか、大女将さんと棟梁のために子作りしてるみたいなもんでやすね?>源:そう言うなって。一方、なんの関わりもないのに、「ぐうたら」に引き続いて「愚図六」の面倒を見ることになった堺屋徹右衛門はというと、意外にも懇切丁寧に「商いの基礎」を叩き込んでいた。>徹:良いかい髪太郎さん、大きい利益ばかりを追い求めてちゃあいけないよ。商いというものはね、牛の涎(よだれ)みたいに長くだらだらと続くものなんですからね。手を抜いていると、気が付かないように少しずつお客が逃げていってしまう。真っ当にやっていると、お客のお友達も常客になってくださるかもしれない。>髪:でも、そんなことより、菜種を買い叩いて元手を浮かせりゃ、もっと手っ取り早いんじゃないんですかい?>徹:髪太郎さん、貴方のお父つぁんもおんなじことを言ってましたよ。・・・じゃあ聞きますが、菜種を作っているお百姓さんたちが手を組んで、奈良屋さんへは菜種を売らないってことになったらどうします?>髪:その時は、別の百姓を当たるだけさ。>徹:同じ値段で売って呉れますか?>髪:最初は高く付くだろうが、次の年には買い叩いてやるさ。>徹:そこも売って呉れないことになったら?>髪:次を探すさ。この際、少しくらい粗悪な実でも仕様がない。>徹:油の品質のことはどうなりますか? 「なんだか妙に煤が出る」なんてことが噂になったら、売り上げはがた落ちになりはしませんか? そして気が付いたときには、良い菜種は余所(よそ)の油問屋が仕入れているのと違いますか?>髪:あっ。・・・うーむ。>徹:まあ、お説教はこれだけです。明日以降は兎や角言いません。じっくり考えてください。>髪:あの、親父にもこの話をしたんですか?>徹:ええ、そうですよ。同じことを話しました。これ以上は何もお話していません。>髪:そうですか・・・>徹:ねえ、髪太郎さん。ひょんなことを聞きますが、奈良屋さんに縁(ゆかり)のある人で、菩薩(ぼさつ)様みたいな娘さんはいらっしゃいませんか? そうさな、年の頃は二十歳(はたち)過ぎだとかいうことなんですが、見た目は15か16なんです。>髪:へ?髪太郎が知る「若い娘」は、自分の店の女中たちか、岡場所の女くらいのものである。「菩薩様」とは似ても似付かない者たちばかりである。思い当たらないのも当然のことである。髪太郎も庄助も、当のお咲とは、一度も顔を合わせていないのだから。徹右衛門の、今度こそはという期待は、またも、敢(あ)えなく費(つい)えてしまった。
2007.11.29
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『渠(きょ)成(な)って水(みず)至(いた)る』『渠成って水至る』[=到る]「渠」は溝(みぞ)のこと。掘り割りができると水は自然に流れてくる。ものにはそれぞれ順序や段取りがあるということ。*********丈二は、お杉のためということもあって、翌日には「だるま」に沢田を連れてきた。大方の話は納得(なっとく)の上だという。>八:お前ぇもせっかちだねえ。そんなに張り切ることもねえじゃねえか?>丈:だってよ、あんまり日が開いちまったら、奈良屋さんをしょっ引く訳にも行かなくなるじゃねえか。>八:そりゃぁそうかも知れねえが、慌て過ぎるのもどうかと思うぞ。>熊:まあ良いじゃねえか。それだけお杉坊への思い入れが強いってこった。な、丈二?>丈:ま、まあな。・・・ああ済まねえ、沢田さん。こっちが八つぁんでこっちが熊さんだ。大工の腕はどうだか知らねえが、他人の面倒見だけは、間違いなく良いお人らだぜ。>八:大工の腕も確かだがな。>熊:沢田さん、こんな小汚ねえとこに来て貰っちゃいやして、申し訳ありやせん。>沢:いや、日頃から世話になっている丈二さんの頼みとあらば、どこへなりと出向こうというものだ。>丈:相済みません。沢田の旦那。>沢:旦那はなかろう。年は拙者の方が下なのだ。肩肘の張る呼び方はなしにして貰いたいものだな。>八:よっ、伊達(だて)男。・・・この旦那は中々話が分かるな、丈二。こりゃあ頼りになりそうだ。>沢:拙者にできることであるならば、できる限りのことはいたそう。>熊:それで? 奈良屋の旦那さんのことは何とかできそうですかい?>沢:聞けば人助けのための行ないだというではないか。それなら聞かぬ訳には行くまい? 早速(さっそく)上の者に話を通しておいた。そして、了承も得ておる。>八:流石(さすが)切れ者。長谷川様の懐刀。よっ。>沢:八つぁんは拙者のことを茶化しておるのか?>八:とんでもねえ。もう尊敬頻(しき)り、羨望(せんぼう)しきりで御座いますとも。なあ熊?>熊:お前ぇの話しっ振りが、どう聞いたって小馬鹿にしてるようなんだよ。>八:仕様がねえだろう、生まれ付きなんだからよ。沢田さん、おいらは本当に心の底からそう思ってるんでやすからね。信じてくださらねえと、おいらここに火を点けて首括(くく)って死んじまいますぜ。>熊:そんなことを言ってやがるから信が置けねえって言うんだ。>沢:はは・・・。変わった人たちだね、丈二さん。>丈:へへ。おいらも振り回されっ放しでやして・・・沢田は、奈良屋庄助を引っ立てることは簡単なことだと言ったが、牢屋には隙間がないからほんの一時も留め置いてはやれぬと言い放った。協力できるのは奈良屋から連れ出すところまでで、その後は勝手にやれということである。>八:え? それっぱかししかやって呉れないんでやすか?>沢:火盗にそれ以上何をさせようというのだ? 幾時も掛けて説教でもしろというのか? 幾人もの役人の手を煩(わずら)わせよとでもいうのか?>八:そのくらいはするもんとばかり思ってやしたよ。然(さ)もなきゃ、三角材に座らせて石を抱かせるとか、棍棒で50回引っ叩(ぱた)くとか・・・>沢:火盗はそのようなことはせぬ。庶民は何か勘違いをしているのではないか? いくら「鬼」と恐れられているお頭(かしら)がいるとしても、無実の者を拷問(ごうもん)などするものか。そのようなことをしようものなら、忽(たちま)ち若年寄様が捻じ込んでくるわ。>八:へ? 堀田摂津守(せっつのかみ)でやすかい?>沢:ほう、若年寄様の名を知っているとは立派だな。案外捨てたものでもないかも知れんな。>八:それで? なんで摂津守が捻じ込んでくるってんです?>沢:そもそも火付け盗賊改めというところはだな、ご老中様直轄のものなのだが、先のご老中様が罷免(ひめん)されたのを機に堀田様の管轄となったのだ。今、堀田様には良からぬ嫌疑(けんぎ)が掛けられているせいで、身を慎(つつし)みたいときなのだ。そんな折りに直属の我らが何か世間の目を引くような事態を起こさば、堀田様の旗色が怪しくなるのは必定(ひつじょう)。そうならぬよう、躍起(やっき)になっておるのだ。>八:おいらが聞いた話だと、若年寄は相当な悪(わる)らしいじゃねえですか?>沢:これ、そのようなことを大声で言うものではない。>八:悪者を取り締まる役の沢田さんが、悪者を庇(かば)うのって、どっか可笑しいんじゃありやせんか?>沢:な、何を言う。>熊:こら、八。勝手なことを言い出すんじゃねえっての。沢田さんだって答えられることとそうじゃねえことがあるだろう。>八:答えられねえのは、後ろめたいところがあるからだろ?>沢:そのようなことはない。我々は日々悪人退治を心掛けておる。なんの後ろめたさがあるものか。>八:でも、若年寄の味方なんでやしょう?>沢:味方ではないと申しておる。配下なのだ。>八:悪者の配下ってことは、火盗は悪者揃(ぞろ)いってことでやすか?>沢:話が飛躍し過ぎるぞ。・・・これでは、頼みごとをされに来たのか喧嘩を売られに来たのか分からぬ。>熊:済いやせん、沢田さん。酒の上でのことだと思って、大目に見てくださいやし。・・・八、手前ぇも少しは穏やかに話せってんだ。>八:おいらはいつだって穏やかだぞ。沢田さんが勝手に熱くなってんじゃねえかよ。>沢:私がいつ熱くなったというのだ。>丈:まあまあ、おふたりとも、頭を冷やしてくださいよ。おいらの祝言(しゅうげん)が賭(か)かってることなんだ。余計なことで、仲間割れなんか止しと呉れよ。>沢:おお、そうであったな。いかんいかん。八つぁんとやら、今日のところは、丈二さんの顔に免じて、若年寄様の件は棚に上げるとしましょう。>八:そうでやすね。沢田さんを責めたからってどうなるようなことじゃあねえですからね。済いやせんでした。>沢:いや何、こちらの方こそ、痛いところを指摘されたので、ついつい意地を張ってしまったのだ。済まん。>八:若年寄をどうやれば失脚(しっきゃく)させられるかなんて大それたことを、こんな小汚い縄暖簾(なわのれん)で話すもんじゃあねえですね。先ずは、悪事を働いたという確たる証(あかし)を探すことから始めるのが順序ってものでやすよね。そう容易(たやす)く済ませられるようなことじゃあねえ。>熊:それ以前に、おいらたち大工風情(ふぜい)が関わる話じゃあねえんだけどな。>八:そうは行くかよ。悪いもんは悪いんだ。知ってる以上黙って見てなんかいられるか。>沢:まったくな、大工で置いておくには勿体ないな。>熊:止してくださいよ。「火盗にならないか」なんて言わないでくださいよ。こいつ、益々逆上(のぼ)せ上がっちまいますから。沢田は幾分かの歩み寄りを見せ、堺屋徹右衛門への引き渡しまで付き合うと約束して呉れた。問題は、お咲が徹右衛門と顔を合わせるのを渋っていることである。>熊:お杉坊のためなんだからな。>咲:分かってるわよ。分かってるけど、気が進まないのよ。>熊:そりゃあ、おいらだって気が進まねえさ。でも、仕方がないだろう。な? 頼むよ。>咲:分かったわよ。でも、あたしは名乗らないわよ。どこの誰だか知れるのも嫌。これっきり二度と顔を合わせないで済むようにしといて貰わないと嫌よ。>熊:大丈夫だって。ほんのちょっと顔を出して、ささっと引き上げちまえば良いのさ。>咲:ほんとね? 裏切ったら承知しないわよ。と、自分から言っておきながら、お咲は「それでは次の試練を与えます」から始まって「努々(ゆめゆめ)疑うこと勿(なか)れ」まで打(ぶ)ち上げて、徹右衛門をその気にさせた。引き摺って帰ろうとすると、名残り惜しそうに徹右衛門に手を振りさえした。>熊:お前ぇなあ。喜んでやってなかったか?>咲:やってみると、案外面白いものね。また何かあったら言ってね。>熊:もうねえっての。>咲:だって、あたしのこと「菩薩様」って呼ぶのよ。勘違いでもちょっと嬉しいわ。>熊:勝手に言ってろ。>咲:あら熊さん。あたしに何か困ったことが起こったら力になって貰う約束(やくそく)だからね。それも、懇(ねんご)ろによ。>熊:知るか。結局は1人で楽しんでやがったんだからよ。そんな約束はもうなしだ。>咲:狡(ずる)ーい。主(あるじ)がいなくなった奈良屋では、番頭の文吉を中心に、信用の取り返しと商(あきな)いの巻き返しに取り組んでいた。一時は、息子たちが舵(かじ)を取ろうと試(こころ)みてはみたが、結局、手に余って放り出してしまった。余りに不甲斐なく引き下がってしまったので、お種・お実も、なんの手も打てず、唯、文吉の指図(さしず)に従うしかなかった。文吉が乗り出すと、それまで文吉に信頼を寄せていた者たちが俄然(がぜん)張り切り出し、奈良屋はこれまでにない活気を見せ始めた。堺屋に預けられた庄助は、朝寝も朝湯も止められて、丁稚(でっち)並みにこき使われていた。2・3日も頑張れば、商いの面白味やお店(たな)の経営の醍醐味(だいごみ)に気付くかも知れない、気付かないかも知れない。轍(わだち)の上に乗せてあげたのだから、やる気を出すかどうかは、本人次第ということだろう。
2007.11.28
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『器用貧乏(きようびんぼう)』『器用貧乏』一通りのことを上手にできるせいで、却って一つの事に集中できずに終わること。色々の事を一応は巧くこなすため、却って大成しない人。類:●細工貧乏人宝●何でも来いに名人なし●Jack of all trades and [is] master of none.(多芸は無芸)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>参考:器用貧乏人宝(きようびんぼうひとだから) 諸事に役立つため他人には重宝がられるが、その人自身は、結局は大成しないということ。*********やがて6つ半(19時頃)に現われたお夏にお種(たね)とお実(さね)の話をすると、意外にも、2人に好意的な反応が返ってきた。「だって、やがては息子のどれかには継(つ)がせる訳でしょ?」と、捌(さば)けたものである。>咲:何を言い出すかね、この子は。2人が企(たくら)んでるのは乗っ取りなのよ、乗っ取り。>夏:乗っ取りは確かに悪いことよね。・・・でも、良いんじゃないの? その番頭さんの目の黒いうちはお店(たな)も大丈夫よ。心配しなきゃならないのは、番頭さんまで追い出しちゃおうなんてことになるかどうかってことよ。>咲:あんたもつれないわね。そういう風にならないようにしてあげようって言うんじゃないのよ。>夏:でもねえ、その2人を追い出したところで、俄然(がぜん)繁盛(はんじょう)するなんてこと有り得ないんでしょ? それじゃあ、骨を折るだけ無駄ってもんよ。そんな中途半端なことならやらない方が増し。>咲:それじゃあいくらなんでも、お杉さんが可哀相。>夏:だって、辞めちゃうんでしょ? 後は野となれ山となれよ。>咲:立つ鳥後を濁さずって言うでしょ? 安心して所帯を持たしてあげたいじゃない。>杉:ま、待ってよお咲ちゃん。まだはっきりと所帯を持つって決まった訳じゃ・・・>咲:いいえ。もう決まったことなの。ここで引っ込んじゃったら、こんなに張り切っちゃってるあたしはどうなるの?>杉:どうなるって・・・>咲:良いからあたしに任せといて。・・・お夏ちゃん、じゃあこういうことにしましょう。あたしたちで、奈良屋さんを繁盛させる作戦を練(ね)っちゃいましょう。>夏:お、新手(あらて)で来たわね。・・・なるほど、ふふーん。それは面白そうね。>咲:乗る?>夏:乗った。>熊:お前ぇたちなあ、遊びごとじゃあねえんだぞ。>夏:あら、熊お兄ちゃん、遊び心がなきゃ人の面倒(めんどう)なんか見てらんないわよ。>熊:まったく、どういう根性(こんじょう)してやがるんだか。>八:おいらはお夏ちゃんに賛成。>熊:おいおい。まったくお前ぇって奴は・・・>咲:熊さんは乗るの? 乗らないの?>熊:そりゃあ、おいらだけ知らん振りもできねえだろう? ・・・だがよお夏坊、言うのは簡単だが、何か良さそうな手立てでもあるのか?>夏:あるから乗ったんじゃないの。>八:流石(さすが)お夏ちゃん、頼りになるーっ。>熊:それで? 一体何をどうしようってんだ?>夏:要は、旦那様がしゃんとすれば良いんでしょ? そういうのはね、脅(おど)かしちゃうのが一番よ。2・3日勾引(かどわか)しちゃうってのはどう?>熊:お、おい待てよ。それじゃあご政道に触れるぜ。>夏:だから、触れないようにするのよ。>熊:どうやってだ?お夏は、すっかり雰囲気(ふんいき)に飲まれて、唯(ただ)聞いていた丈二に向き直って尋ねた。>夏:ねえ、丈二さん。火消しだったら、長谷川様のところに顔は利くわよね。>丈:へ? 火付け盗賊改めってことかい?>夏:そ。2・3日で良いから牢獄に泊めてあげることって出来る?>熊:そんなことできるかってんだ。検分じゃあ仕方ねえってことに決まったんだろ?>丈:小火(ぼや)だったからな。火盗が出るまでもねえわな。>夏:でも、油問屋でしょ? ちょっとくらい厳しい詮議(せんぎ)があったって、誰も変には思わないわ。>丈:成る程(なるほど)ねえ。>熊:感心してるんじゃねえっての。例えばよ、立場上、お前ぇの頭(かしら)んとこにだって、呼び出しが来ちまうかも知れねえんだぜ。>丈:頭は気の回るお人だから、経緯(いきさつ)を話しゃ分かって呉れる。・・・うん。何とかなるかも知れねえ。>熊:こらこら、何とかするなってんだ。>夏:良いじゃない、熊お兄ちゃん。それもこれもお杉さんのためなんでしょ? それに、結果的に困る人はだぁれもいないんだから、ね?>熊:「ね?」じゃねえよ。おいらは、嘘を吐(つ)くのが嫌いだって言ってるんだ。>夏:嘘じゃないわよ。方便よ、方便。>熊:そりゃあ、屁理屈ってもんだ。>杉:あたし、是非ともそれをやってみて貰いたい。>熊:お杉坊・・・>杉:だって、今のまんまじゃ、あたしいつまで経(た)ってもお店を辞(や)められない。>丈:お杉さん・・・>夏:ね? やってみましょうよ。もし、旦那さんがまったく懲(こ)りない人だったら、別の意味で見切りが付くでしょ?>杉:そうね。あたしがどんなに頑張ったって奈良屋のためになってないんだってことなら、頑張る意味もないものね。>夏:丈二さん。そういうことだから、お杉さんのために一肌脱いで。>丈:分かったぜ。1人だけ役に立ってくれそうな野郎を知ってる。>夏:そう来なくっちゃ。丈二の話では、その火盗改めの役人は沢田といい、長谷川様の覚えも目出度い者らしい。ただ、懐刀と言えば聞こえは良いが、生来(せいらい)のお人好しが祟(たた)って、大した禄(ろく)を貰えずにいるという。本人は因果(いんが)な性分(しょうぶん)だともなんとも思っていないらしく、如才なく様々な役目を果たしているそうである。>八:変わった野郎もいるもんだな。うちの四郎の方がなんぼか欲張りだぜ。>熊:そう言うな。世の中には、そういうのも要るものなの。>丈:だがな、時々こっちが面倒を見てやりてえなって思うには思うんだ。>八:でもこちとらには、そんな余裕も何も持ち合わせちゃあいねえ。>丈:いつかはきっと力になってやりてえ。>夏:なら、こうしましょう。一件が片付いた暁(あかつき)には奈良屋の旦那様から然(しか)るべきお礼の品をぶん取る。>丈:駄目だよ、お夏ちゃん。役人は袖の下を受け取れねえ。>夏:そんな堅苦しいことを言ってるから、その沢田さんとやらは鮗(うだつ)が上がらないのよ。>熊:まあ、そう言うなって。いつか困ったことがあったら手助けしてやるくらいの気持ちでいりゃあ良いんじゃねえのか? こっちだってしがない大工風情(ふぜい)なんだからよ。>八:そうだよな。これから小頭(こがしら)になろうっていう丈二ならまだしもな。>杉:え? そんな話があるの?>八:年内に嫁を見付けるって約束付きでな。>熊:こら、余計なことを言うんじゃねえ。・・・お杉坊、そのこととお杉坊のことは別だからな。じっくりやろうが急ごうが、今日ここで決まらなかったら、丈二の野郎、寝不足で気が変になってたかも知れねえんだからよ。>杉:良いわよ、そんなのどっちだって。あたしは疑わない。あたしのことを考えて呉れてるなってのだけは間違いないことだもん。それ以上何も要らない。>八:ご馳走様だぜ、まったく。あーあ。おいらたちの春はいつになったら来るのかねえ。>熊:おいらまで一緒にするな。>八:しょうがねえじゃねえか、同い年なんだからよ。今の丈二なら、沢田に巧く頼み込んで、奈良屋庄助の拘留を取り計(はか)らって貰えそうだ。後は、庄助本人が少しでも商売っ気(け)を出して呉れるのを願うのみである。>咲:ちょっと待ってよ。ねえお夏ちゃん、牢獄だけじゃあ手緩(ぬる)いとは思わない?>夏:だって、3人の倅(せがれ)たちがちょっとは思い直せば良いんじゃないの? それとも、獄門(ごくもん)にしちゃう?>熊:なんだと? お前ぇら、この期(ご)に及んでまた混ぜっ返すのか?>咲:そうじゃあないのよ。どうせ2・3日いなくなるんだったら、その間、厳しい日課を身に付けて貰った方が、益々良いんじゃないかと思うのよね。>夏:成る程。その通りっ! 良いとこ突くわね、お咲ちゃん。流石(さっすが)あ。>熊:おいおい。・・・まあ、あんまり聞きたくはねえが、言ってみな。>咲:決まってるじゃない。銚子竜之介先生のとこよ。>八:あの若先生のところか? こりゃあ良い。さぞかし真面目(まじめ)に働くようになるだろうよ。>熊:却(かえ)って悪くなっちまいやしねえか? 恐れを成して逃げ出し兼ねねえ。>咲:ふむ。一理あるわね。・・・じゃあ、本郷の富郎さんにでも頼んでみる?>熊:うーん、悪い話じゃあねえが、あの分家の旦那は優し過ぎて駄目なんじゃねえの?>咲:そうか。巧く行かないものね。>夏:一黒屋さんなんかどう? あれだけの大店(おおだな)なら奈良屋の旦那さんも恐縮して張り切るんじゃない?>熊:あそこは無理だよ。実際に切り盛りしてるのは与太郎なんだからな。あいつ、ぶっ倒れちまうぜ。>咲:そう。・・・あたしの考えも軽率だったみたいね。前言撤回(てっかい)ね。あーあ。>夏:そうでもないわよ。>熊:もう知り合いはいねえだろ? 止めとこうや。>夏:いるじゃないの。飛びっ切りなのが一軒。>八:どこだい?>夏:堺屋。>八:蛸(たこ)のところか?>咲:止めましょうよ。あたしあそことはもう関わりたくない。>夏:何を言ってるのよ。徹右衛門さんにご神託(しんたく)を下せるのはお咲ちゃんだけなんだからね。>咲:止めてよ。>夏:お杉さんのためでも?>咲:そんなこと言い出すのって卑怯(ひきょう)よ。・・・嗚呼(ああ)、あたしってば損な役回りばっかり。あたしって、江戸で一番不幸な美少女かも・・・>夏:良いじゃないの。後で、困ったことがあったら熊お兄ちゃんが懇(ねんごろ)ろに力になって呉れるそうだから。>咲:お夏っちゃん! なんてこと言い出すの!
2007.11.27
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『窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)む』 『窮鼠猫を噛む』弱い者でも絶体絶命の立場に追い詰められると、往々にして強者に反撃するものだ。必死の覚悟を決めれば、弱者でも強者を苦しめることがある。*********小火(ぼや)騒ぎで気が昂(たか)ぶったせいなのか、お杉はすんなりお咲に着いてくる気になった。「だるま」に入るなり、八兵衛たちと丈二が一緒にいるのを見て、大袈裟にたじろいだ。>杉:あら。・・・丈二さん、でしたか? あの、改めまして、どうもお世話になりました。>丈:と、とんでもねえ。おいらの仕事でやすから。>杉:そう言えば、八つぁんと話があるとかと言ってましたっけね。お話は済みまして?>丈:へ、へい。良かったら、ご一緒にどうぞ。>杉:良いんですか? お邪魔ならまた出直しますけど。>八:お杉坊、良いから掛けなよ。ささ、駆け付けだ。くいっとやんな。>杉:いいわよ、八つぁん。あたし酒癖が悪いから、今夜は遠慮しとく。>八:構(かま)うこたあねえ。おいらだって熊だって全然気にしねえからよ。>熊:飲んだ上での酒癖なんかよ、飲み助の数だけあるんだぜ、お杉坊。ちょっとくらい度を越しても誰も責められやしねえ。・・・なあ丈二?>丈:そうですよ、お杉さん。「酒は人を正直にする」とも言いやす。悪いことじゃあねえ。>咲:そうよ、お杉さん。大丈夫だって。・・・なんならあたしも付き合っちゃうから。>熊:お前ぇは止(や)めとけっての。>杉:でもねえ・・・>八:でもも雁擬(がんも)もねえ。>咲:何それ?>熊:使い古された駄洒落(だじゃれ)は1日1回で良いの。・・・それはさて置き、お杉坊、店の方はもう揉(も)めてねえか?>杉:今のところはね。けど、心配はあるのよ。元々頼りにされていなかった旦那様の評判ががた落ちなの。>八:噂には聞いてるが、庄助とかいう旦那は朝寝と朝酒朝湯が大好きで、それで身上(しんしょう)潰(つぶ)したそうじゃねえか。あー尤(もっと)もだー尤もだ。(※)>熊:そりゃあ囃(はや)し歌かなんかだろ? そんな奴ぁいやしねえって。>杉:そうですとも。いくらうちの旦那様がずぼらだからって、朝酒だけはしてません。一緒にしたら可哀相(かわいそう)よ。>八:・・・だけどよ、おいらが聞いた話だと、朝酒はしねえにしろ相当なぐうたららしいじゃねえか。>杉:そりゃあ、これ以上ないってくらい立派なぐうたらよ。それはあたしも認めるわよ。でもあたしだって、ここまで勤め上げちゃったら放っておけないじゃない。あたしは旦那様を守ってあげる側の立場なの。>熊:その気持ちは分かるがよ、人の口に戸は立てられねえからな。旦那さんが主(あるじ)としちゃあ不十分で、その上、人としても今一つだったら、もうおいらたちの救いよいうはねえな。>杉:待ってよ。そりゃあ火元は旦那様本人のようよ。でも、眠ってしまったんだもの、仕方がないでしょう? あたし、味方になってあげたいのよ。>丈:火元は火元ですよ、お杉さん。寝てる間だろうと、酔い潰れていようとそいつは動きやせんぜ。>杉:あら、丈二さんは随分杓子定規を言うのね。状況を配慮してあげるとかそういうことはできないんですか?>丈:配慮ですか? おいらたちのやってることは、いつも配慮ばっかりですよ。そして、その配慮が悪いことだなんて思ってもいません。罪を憎んで人を憎まずです。>杉:じゃあ・・・>丈:・・・ですがね、現場の検分にも出てこねえっていう逃げ腰は許せねえんですよ。おいらたちの間の戒(いまし)めからすれば、そういう人は2度3度繰り返すもんなんですよ。「偶々(たまたま)」ってのは一体どういうことなんです? 「運が悪かった」で済まして良いんですか? ・・・そうやって、懲りずにおんなじことをやらかすのが、そういったお人なんです。>杉:・・・そう。そうなのよね。・・・やっぱり、旦那様は懲りてないお人ですものね。>丈:話せば分かってくださいますよ、きっと。話を聞いて呉れれば、ですがね。>杉:そうじゃないと困っちゃいますよね、お互いに。>丈:困りますとも。いつまでもお杉さんを束縛して、こき使って、店を持たせるでもなし、嫁ぎ先を取り持つでもなく・・・。おいら、心配なんですよ。>杉:この際、あたしのことなんかどうでも良いのよ。>丈:良くはありやせん。大事なことです。・・・殊(こと)に、おいらにとっちゃあ肝心なことなんでやす。>杉:どうして?>丈:どうしてって・・・>八:お杉坊、お前ぇも鈍(にぶ)いな。丈二の野郎はお前ぇのことが好きなのさ。夜も眠れねえくらいな。>咲:まあ、素敵っ。>杉:そんなこと・・・>丈:ほんとなんです。お杉さんが蔵助を叱ってるとこを見てから、どうにも忘れらんなくなっちまって。寝ても覚めても貴女(あんた)のことばかり・・・>八:なんだ丈二、あの昼行灯を知ってるのか?>丈:ああ。昔馴染みなんだ。おいらもあいつの役立たず振りには手を焼いてたとこだ。>八:そうかい、そんなことが切っ掛けだったのかい。ふうん。>杉:ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。そんなこと急に言い出さないでよ。>熊:お杉坊にとっちゃ急な話でも、丈二にとっちゃ急でもなんでもねえのよ。真面目に聞いてやんなよ。>八:何しろ、そのお陰で奈良屋が燃えずに済んだんだからよ。>杉:え? どういうこと?熊五郎はお杉に、丈二が寝付けずに、夜な夜な奈良屋の周りをうろついていた経緯を説明してやった。>熊:そうまで思われてるんだ。悪い気はしねえだろ?>杉:そりゃあ、そうだけど・・・>八:なあお杉坊、丈二とくっ付いちまいなよ。>咲:あたしも賛成。>杉:お咲ちゃんまで。・・・そんなこと、慌てて決められないわよ。番頭さんや旦那様とだって相談しなきゃならないし。定吉にだって言い分はあるでしょうし。>八:定吉は大丈夫だ。断ろうもんならこのおいらが取っちめてやる。>熊:まあまあ。・・・定吉のことは案ずることもねえとして、問題なのは奈良屋の旦那だよな。>杉:あたしが辞めちゃったら番頭さんだって困るわよ。>熊:何も今直ぐ辞めろとかそういうことじゃねえんだからよ。>杉:そうはいかないわよ。嫁になるっていうことは、家に仕えることでしょう? 外に職を持つなんて以っての外よ。>八:お武家じゃねえんだから・・・>咲:へえ、意外。お夏ちゃんにも聞かせてあげたい話ね。>熊:まったくよ、考え方が新しいんだか、古臭いんだか・・・>杉:間違ったことなんか言ってないでしょう?>熊:ああ。確かに。>丈:あの・・・、おいらとしちゃあ、やっぱり、家に入って貰いてえです。>熊:まあ、なんだ。お杉坊だって満更(まんざら)嫌でもなさそうだし、その気になって進めてみちゃあどうだ?>杉:うん。まあ、無下に突っ撥ねるほど上等な女である訳じゃなし、前向きに考えさせていただきます。>咲:やったあ。>丈:本当ですかい? こりゃあ有り難え。>杉:こんな売れ残りの蓮っ葉でも良いんですね?>丈:誰が蓮っ葉なもんですか。お杉さんほど慎(つつし)み深い人はいませんよ。おいらは、どうあってもお杉さんじゃねえと駄目なんだよ。>杉:丈二さん・・・。>八:ああ、見ちゃあいらんねえぜ。熊よ、帰ろうぜ。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたぜ。>咲:待ってよ八つぁん。お杉さんが奈良屋を辞めるっていうんなら、番頭さんと旦那さんの了解が要るんでしょ? 番頭さんは喜んで呉れるでしょうけど、そのぐうたらな旦那さんってのは、一体どうなの?>丈:そうよな、会っても呉れねえんじゃ話にもならねえよな。>杉:それより、旦那様本人だって、いつまでも主でいられるかどうか分かったもんじゃないしね。>八:どういうこった?>熊:真逆(まさか)、その番頭さんがお店を乗っ取るってことなのか?>杉:文吉さんはそんな悪いことを考える人じゃないわよ。>熊:じゃあ・・・>杉:一番心配なのはお種(たね)ちゃんとお実(さね)ちゃんね。>八:そりゃあ、女中の名前だろ? そんなの誰がどう考えたって無理に決まってんだろ。>杉:違うのよ、それが。旦那様には3人の息子さんがいるって話したじゃない? 菱太郎さん・貝次郎さん・髪三郎さんっていうんだけど、選りに選って一番気の弱そうな三男坊に梃(てこ)入れしちゃってるのよ。>熊:実の倅だろ? しっかりしてるんなら構わねえんじゃねえか?>杉:それがね、全然しっかりしてないのよ。朝寝朝湯だけでもまだ何かするだけ増しってもんよ。髪三郎さんったら、全くなんにもしようとしないんだから。>熊:そりゃあ酷(ひで)え。そんなんじゃあ先が思い遣られるじゃねえか。>杉:そこが味噌なのよ。お種ちゃんとお実ちゃんは、ゆくゆくは身代(しんだい)を意の儘(まま)にしちゃうつもりなのよ。>熊:番頭さんは気が付いてねえのか?>杉:女中の間だけの話だから、全然気付いてないわ。>熊:なあ、2人の兄貴はどうなんだ? 指を咥えて見てるだけってことはねえだろ?>杉:それぞれがお種ちゃんとお実ちゃんに夢中なのよ。元々賢い方じゃないし、あの子達の言いなりよ。>熊:そりゃあ豪(えら)いことになるぞ。>咲:ねえ熊さん、聞いちゃったからには、黙って見過ごす訳には行かないわね。>熊:おいお咲坊、お前ぇまた・・・>咲:良いじゃない。悪いことは悪い。そして、ここには正義感の強ぉい男が3人もいる。このお咲とお夏ちゃんもいる。どう? もう決まりね。>熊:あのなあ・・・>八:あのさ、おいら思うんだけどよ、お種ちゃんってのとお実ちゃんってのを仲違(たが)いさせちまえば早いんじゃねえのか?>咲:お、八つぁんにしては珍しく冴えてるう。女ってのは欲張りだから、最後は必ず独(ひと)り占めしたくなるもんだもんね。>八:そうよ。一方がよ、別の誰かとぐるになってるって耳打ちすりゃあ一発よ。>杉:それがね、そうでもないのよ。2人は、一緒にどん底の生活を乗り切ってきた姉妹なのよ。
2007.11.26
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『自分が探し求めている性格の特性を、他人の中に見つけましょう』 “ 蓼食う虫も好き好き ” ―― この言葉は“ 私たちは、他人の中に 自分が見たいと思うものを見る ”という意味のことを、独自の言いま わしで表現したものです。 人間とは、感情と情動と思考が複雑に結びついた生き物であり、良い 人もいれば、悪い人もいます。あなたが他人に対して抱く印象は、あ なた自身と、相手に対するあなたの期待に大きく左右されます。 あなたがその人のことを良い人だと思っていれば、良いところばかり が見つかるでしょう。逆にその人のことを良く思っていなければ、良 いところはまったく見つからないものなのです。 あなたが積極的な人であれば、他の人の中にも積極的な部分を見つけ ようとするはずです。正しく前向きな習慣を身につけ常に自分自身を 向上させようととするときは、他人の中に積極的な特性を見つける習 慣をつけましょう。 他人の欠点を見つけるのは簡単ですが、それだけでなく、他人の良い ところを見つけると共に、彼らの成功を祝福してあげることができる ようになれば、どんな時でも信頼できる友達を作ることができます。----------------------------------------------------------------- 『言い訳や不平を口にせず、期限通りに仕事を終えることができる 人材は、常に不足しているものです。』 どんな組織であれ、頂点まで上りつめた人をよく観察してみると、 そういう人たちというのは、難問を進んで受け入れ、イニシアティヴ を取りながら、きちんと仕事をこなす人たちであることがわかるはず です。彼らは、愚痴や言い訳を決して口にしません。 仕事において目標を一度も達成したことのない人たちは、 “ 成功者は頂点にたどりついた後に成功したわけではなく、一貫して 行動し続けてきた結果として頂点に到達したのだ ” ということが理解できないようです。 進んで代償を払う覚悟があるのなら、組織の中で必ず昇進していく成 功者タイプの一員になることも、あなたにとって難しいことではあり ません。優秀な経営者なら誰でも、一番望ましい人材は、“ 自分で 考えることができ、自分が正しいと考えたことは人から言われなくて も率先して実行し、仕事をやり遂げるまでは決してあきらめない人 ” であることを理解しています。 そういう人になろうと決めれば、 あなたもその仲間入りをすることができるのです。----------------------------------------------------------------『自分自身を正確に判断できなくて、 どうして他人を間違いなく判断することなどできるでしょうか?』 自分自身や自分の行動を、客観的に評価する脳力は、あなたが築く人 間関係にとって決定的に重要なものであるだけでなく、あなたが人生 において成し遂げる成功のレベルにも、非常に大きな影響を及ぼしま す。自分の長所と短所を正直に評価することができずに、 一体どうやって自分の行動を改善することができるでしょう? あなたが目標に到達するまでの計画を練る前に、まず、今の自分を正 しく見定めておきましょう。 もしも自分が、自由で冷静な第三者であるとしたら、技能、仕事のや り方、人間関係を改善し、組織への貢献度を高めるために、第三者の あなたは、あなた自身に対してどんなアドバイスをしますか? 自分自身に対して正直であることは自己改善への第一歩です。 -----------------------------------------------------------------『あなたがだましたのは、他人ですか、それとも自分自身ですか? 答えを出す前によく考えてみましょう。』 他人との付き合いにおいて、不誠実だったり、相手を利用したのであ れば、あなたは、その人たちをだましたのではなく、自分自身をだま したことになるのです。相手は、あなたと付き合ったことを一時的に 後悔するとしても、やがて立ち直り、新たな事に向かって進んでゆく ことでしょう。 ところが、あなたの心の中には、自分が取った行動についての記憶が 残っているのです。つまり心の中では、自分が本当はどういう人間か を知っていることになるのです。 他人を利用したいという誘惑にかられることは、誰にでもあります。 相手が事情にうとく、こちらの思うままに利用できそうな人であれば 考えはさらに進んで、「この人は利用されて当然なのだ」と思ってし まうのです。しかし実は、利用できそうな人たちにも公正かつ誠実に 対処することによって、あなたは品性の優れた人間へと成長してゆく のです。
2007.11.25
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『窮(きゅう)すれば通(つう)ず』『窮すれば通ず』行き詰まってどうにもならないところまで来てみると、ひょんな切っ掛けで、案外打開の道が見付かるものだ。類:●窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず●When you are in real trouble you will find a way out.●The darkest hour is that before the dawn.(一番暗いのは夜明け前)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>出典:「易経-繋辞下」 「窮則變、變則通」*********源五郎は、「困りましたわねえ」というあやの溜め息を聞く度に、自分の不甲斐なさを思い知らされていた。もう半月近くもそんなことになっている。このままでは、あやのお産にも障(さわ)ろうというものだ。どうにかしなければならない。>源:八、その後思わしい男は現れねえのか?>八:そんなこと言いやしても、おいら男より女の方が好きなんでやすから、仕方がねえじゃありませんか。>源:お前ぇには端(はな)っから期待してねえ。太助とか与太郎とか、長屋に顔が広いもんがいるだろう。>八:太助はもう干上がっちまいましたし、与太郎は「一黒屋」の青物のことで天手古舞いしてて、使いもんになりやせんや。ここはやっぱりこの八兵衛が腰を上げるしかなさそうでやすね。>源:なんだ手前ぇは今まで腰を上げてなかったってのか?>八:奥の手は最後に取っておくって決まってるじゃねえですか。>源:それなら、目星を付けてあるんだな?>八:全然。これからでやすよ。>源:どこが奥の手だ。・・・頼むぜ。俺はな、あやのやつを早く安心させてやりてえんだよ。>八:そりゃあおいらたちだって、早く姐さんを安心させてやりてえですよ。元気な稚児(やや)を産んで貰わねえと困りやすからね。・・・ですが、お杉坊が「はいそうですか」って言って呉れねえんだからどうしようもないじゃねえですか。>源:そうだよな。お前ぇたちばかりを責める訳にもいかねえよな。・・・だが、もう幾日もねえんだよ。頼むから、もう一遍、お杉ちゃんに掛け合ってみちゃあ呉れねえか?>八:そうでやすね。呼んでみやしょうか。丁度今夜は丈二に呼び付けられていやすしね。>源:誰なんだ? その、丈二ってのは?>八:町火消しですよ。奈良屋の小火(ぼや)を消した野郎です。・・・相談事があるみてえなんですよ、おいらに。>源:お前ぇに相談だぁ? とち狂ってるんじゃねえのか?>八:なんてことを言うんですか。こう見えたって、おいらは結構頼りにされるんでやすからね。現に今だってお杉坊のことと丈二のこと、合わせて2件も搗(か)ち合っちまたじゃあねえですか。>源:分かった分かった。熊とお咲ちゃんと、ついでにお夏ちゃんに力になって貰え。>八:まあ、お夏ちゃん以外は頼りになりやせんが、小間使いの足しくらいにはなるでしょう。>源:しっかり頼むぜ。早く片付いたら美味いものを鱈腹(たらふく)食わしてやるからよ。>八:それを聞いて勇気百倍でやすよ。まあ見ててください。2・3日でちょちょいのちょいと片付けちまいますから。>源:その軽さを見てると、益々不安になるぜ。日が傾く時分になって、雨が降り出した。大工仕事を早目に片付けて、八兵衛と熊五郎は、お咲に協力を頼みに、長屋へ戻った。お杉も定吉もまだ勤め先から戻っていなかった。あやのために是が非でもお杉を引っ張ってくるようにと言い置いて、「だるま」へと向かった。>熊:なあ八よ、お前ぇ、なんか目当てでもあるのか?>八:そんなものありゃあしねえよ。だがな、もう半月以上経ってるんだぜ、お杉坊だって少しくらい考え方が柔らかくなってるんじゃねえのか? 要は本人の気持ちだろう? なんとかなるって。>熊:そんなことでなんとかなるかよ。刻限(とき)がねえんだぞ。>八:分かってるよ。お夏ちゃんに任せときゃなんとかなるって。>熊:まったくお前ぇって奴は。暢気(のんき)なのも程々にしとけよ。>八:・・・あそうだ、丈二の野郎が相談に乗って貰いてえんだとよ。どんな話だと思う?>熊:大方、人手が足りねえとか、町人にも夜回りをさせちゃあどうかとか、そんなとこだろうよ。>八:うーん。あの顔付きだとそんなことでもなさそうだったがな。・・・嫁が欲しいとか、そんな話だったらどうする?>熊:また縁結びかよ。勘弁してくれよ。お杉坊1人も儘ならねえってのによ。>八:いっそのこと、2人がくっ付いちまえば良いのにな。>熊:そう簡単に行くかよ。雨が降り出したお陰で、丈二は早々に勤めから解放されていた。考えたら、雨が降ると暇になるのは大工も火消しも一緒のようだ。>丈:よう熊さん、良く来て呉れたな。>熊:呼ばれなくたって殆ど毎晩来てるっての。・・・何か話があるんだって?>丈:まあそう慌てなさんなって。恥ずかしくって素面(しらふ)じゃ話し辛(づれ)えんだ。まあ、くいっとやっと呉れよ。>熊:なんだ、夜回りを手伝えとか、そういう話じゃねえのか?>丈:とんでもねえ。庶民の皆さんを手伝わせたりなんかしたら火消しの名が廃(すた)るってもんだ。誰がそんなことさせるかってんだ。火消しを舐(な)めるのも好い加減にしてくれよな。>熊:済まねえ。お前ぇがおいらたちに話なんて、そのくらいしか思い浮かばなかったんでよ。>八:そんで? なんの話なんだよ。>丈:だから、もうちょいと飲んでからにして呉れってんだ。良いだろ?銚子1本しか飲まなかった丈二が、今夜は3本を一気に飲み干した。>八:へえ、やるねえ。いつものお前ぇとは大違いだ。>丈:まあ、雨だからな。罷(まか)り間違って火が出たとしても燃え移らねえで済むからな。良いだろ、雨んときくらい酔わせて貰ってもよ。>熊:お前ぇ、今朝早かったんだろ? 肝心なことを話す前に寝ちまったなんてことにならねえようにしろよな。>丈:朝早かったんじゃねえよ。寝てねえのよ。>熊:それじゃあ尚更だ。>丈:相談ってのはだな、奈良屋のお杉さんのことなんだ。>八:お杉坊がどうしたんだ? 油でも売り付けられたか?>熊:そんなことでおいらたちに相談するかよ。丈二、お前ぇ真逆(まさか)・・・>丈:そういうこった。半月ほど前に、ここへ連れてきただろ?>熊:前から知ってたのか?>丈:名前までは知らなかったが、奈良屋で働いてるのは知ってた。何度かうろうろしてはみたんだが、喋る機会は1回もなかったがな。>熊:そりゃあそうだ。夜回りなんかしてたって、夜のうちは長屋へ戻っちまうんだもんな。それこそ入れ違いだ。>丈:それだよ。おいらはそれを知らなかったんだよな。だから、夜な夜な奈良屋の周りばっかりうろついてた訳だ。>熊:それじゃあお前ぇ、ここんとこ殆ど寝てねえんじゃねえのか?>丈:ああ。昼間はうつらうつらしてるし、布団に潜(もぐ)っても寝返りばっかり打ってるって具合いだ。・・・このまんまじゃ、おいらどうにかなっちまう。>熊:なんでそこまで思い詰めちまったんだ?>丈:頭(かしら)からな、そろそろ嫁を取れって、言い付けられてるんだ。「小頭が独り身じゃあ格好付かねえぞ」ってな。>八:小頭になったのか?>丈:まださ。年が明けたらどうかって言われてる。・・・だから、それまでに嫁を決めなきゃならねえ。好き合った相手がないんなら頭の遠縁の娘を娶(めあ)わせて呉れるってことなんだがよ・・・>熊:お杉坊に惚れちまったってことだな。>八:そうなのか? そんならくっ付いちまえば良いじゃねえか。>熊:そんなに簡単じゃねえだろうってんだ。>丈:なあ熊さん、お杉さんは、やっぱり、商家の手代とかじゃねえと駄目なのかな?>熊:そうじゃないといけないってことはねえんだろうが、少しはそう思ってるかも知れねえ。>八:そんなこたあどうでも良いじゃねえかよ。熊の知り合いの鹿の字なんか武家の癖にお針子と一緒になって結構幸せにやってるじゃねえか。それに比べりゃ火消しと油屋でどこが悪い?>熊:でも、そうは言ってもなあ・・・>八:でもも雁擬(がんも)もあるか。丈二には時間がねえんだろ? うちの姐さんにも時間がねえんだ。そんなら2人をくっ付けるように立ち回るのがおいらたちの役目じゃねえのか?>熊:ほう、抜かしやがったな? ・・・上等だ。そういうことならこの熊五郎、一肌も二肌も脱いでやろうじゃねえか。お杉にとって「小頭の女房」は決して悪い話ではない。言ってはなんだが、売れ残りには過ぎた嫁入り先である。仮にお杉が断ってきても、丈二が通い詰めれば気持ちも動くかもしれない。定吉を巻き込んでしまうのも手である。>八:あのな丈二、間もなくお杉坊がここへ来ることになってる。>丈:な、なんだと? これからなのか?>八:そうよ。ここは一発がつーんと言ってやるんだな。「仕事が大事」って言われようが「もう少し考えさせて」って言われようが、押して押して押し通すんだぞ。>丈:おいらにそんなことできるかよ。>八:じゃあ諦(あきら)めるのか? 切羽詰まってんだろ?>丈:うん。まあ、確かにこんな体(てい)たらくではあるが・・・>八:当たって砕けろだよ、な。>熊:砕けちゃ駄目だっての。
2007.11.24
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『牛耳(ぎゅうじ)を執(と)る』『牛耳を執る』[=握る]同盟の盟主となること。また、転じて団体や党派などを左右する中心人物となること。会合などの成り行きを支配すること。類:●牛耳る故事:「春秋左氏伝-定公八年」「衛人曰、執牛耳」 古代中国の春秋戦国時代、諸侯が盟約するときに、盟主が、牛の耳を取ってこれを裂き、その血を啜(すす)って誓い合った。*********「そんなこと勝手に決めないでよ」と、膨れっ面をしてはみたが、気心の知れた同僚から勧(すす)められては、お杉とて悪い気はしない。ただ、欲を言わせて貰えるのなら、商人と一緒になって、店を守(も)り立てていくのが望みである。>女中:お杉ちゃん、火消しの頭(かしら)と丈二さんが見えたわよ。番頭さんと一緒にこってり搾(しぼ)って貰ったら?>杉:番頭さん一人で十分でしょ?>女中:あら、そんなつれないこと言わないでよ。叱(しか)られるのも2人の方が良いでしょ? 1人あたりが半分になるんだもの。>杉:誰が喜んで叱られになんか行くもんですか。>女中:そんなこと言ってて良いの? 好い男なのよ。あたしだったら顔を見られるだけでも儲(もう)けたと思うんだけどな。>杉:十人十色よ。あんたが良くたってあたしに良いかどうかなんて分からないでしょ?>女中:何よ、あんた蓼(たで)を食う虫って訳? 下手物(げてもの)食いなら端(はな)っからそう言ってよ。>杉:誰が下手物食いですって? いくらなんでもそこまで捻(ひね)くれちゃぁいないわよ。>女中:ふーん、そう。・・・なら、行っといでよ。後でどんなだったかを聞かせてよね。>杉:知らないわよ。あたし他にすることがあるからね。行きたかったらあんたが行ってきなさい。とは言ったものの、まだ明け六つ(6時頃)を回ったばかりで、出掛ける訳にもいかず、帳場辺りをうろうろしているしかなかった。そんなところを、番頭の文吉に呼び止められた。>文:済まないがお杉さんや、一緒に火事の検分に付き合ってお呉れでないか? 二度とこんなことにならないように気を付けて貰わないとならないからねえ。>杉:それなら、お種(たね)ちゃんでもお実(さね)ちゃんでも良いじゃないですか?>文:まあ、そう言わずに。お前さんが一等しっかりしてるんだから、私も安心なんだよ。頼むよ。>杉:そうですか? 頼まれたら嫌とは言えませんが・・・>文:そうかい。それじゃあ、奥まで来ておくれ。主(あるじ)の庄助は、疾(と)うの昔に別の部屋へと引っ込んでしまっていた。文吉は、「張本人がいねえんじゃ意味を成さねえんじゃねえかい?」という頭の非難めいた言葉を掻い潜(くぐ)り、「後で良く言い聞かせますので、ご容赦ください」と腰を折った。>丈:頭、良いじゃあねえですか、火傷(やけど)もしてるってことですから、大目に見てやりましょうや。>頭:しょうがねえな。・・・番頭さん、言っときやすが、偶々(たまたま)こいつが見回りをしてたからこんな程度で済んだんですからね。見てみなせえ、もうちいとで天井が燃えてるとこですぜ。そうなってたらもう手が付けられねえとこだったんだ。分かるね?>文:はい、重々(じゅうじゅう)承知しております。>頭:丈二、火元はなんだ?>丈:へい。スルメのようで。>頭:スルメだぁ? なんだってこんな刻限に?>文:あのですね、うちの旦那は朝寝が何よりも好きなお方でして、そのせいか、夜中に目が覚めてしまうのです。まだ暗いのに目が冴えてしまって、することがないので、酒を召し上がるようになりました。冷えて参りましたこともあり、火鉢を出したのが昨夜でした。>頭:それで?>丈:どうやら、酔い潰れちまったそうなんで。その間に、炭になったスルメが爆(は)ぜたようで。脱ぎ散らかしてあった着物に飛び火したようでやす。>頭:まったく、そんなんで商(あきな)いになるのかねえ?>文:先々代はそりゃあご立派なお方でした。先代はその後を継(つ)いで益々お店(たな)を大きくなさいました。そんな中で育ったせいなのでしょうか、坊ちゃん気質が抜けませんで、我が侭(まま)なところが少し御座います。・・・ですが、手前の願いを聞き届けてくださいまして、酒と色の道にだけは溺れずにきてくださっています。>頭:それでも、朝寝好きは治らなかったということか。>文:それと、朝湯です。>丈:おいらなんかからすりゃあ、朝寝と朝湯が揃えば立派な放蕩(ほうとう)もんですがね。>頭:出過ぎたことを言わして貰うが、主がそんなじゃあ、お店の将来も知れたもんだぜ。「売り家と唐様で書く三代目」ときたもんだ。>文:そうならないよう、心を配っております。>頭:売り家になるくらいならまだ何がしかの代金が残るが、燃えちまったら無一文だからな。その上、近所まで焼いたとあっちゃあ、孫子(まごこ)の代まで掛かったって払い切れねえほどの借(しゃく)ができちまう。気を付けて呉れよ。庄助のスルメが火元と聞いて、お杉は、皆にどう説明すれば良いのか迷った。元々庄助に対する「思い」が希薄な者ばかりなのだ。愛想尽かしして出ていってしまうかも知れない。「あの、火元のことはお店(たな)の者にはどうぞご内聞(ないぶん)に」と、丈二に願い出るのがせめてもの手立てである。そんな騒ぎの現場に、野次馬根性丸出しの八兵衛が来ていた。 >八:おう、丈二。お前ぇの手柄だそうだな?>丈:なんだい、八つぁんじゃねえか。こんな朝っぱらに起きられるなんざ、珍しいな。>八:火事と聞いて、落ち落ち寝てなんかいられるかっての。そっちこそ、まだ薄暗いうちから良く働くもんだな。>丈:いやあ、偶々よ。>八:町火消しってのも大変だな。まだおいらが熟睡してる間も見回りしてるとはよ。>丈:・・・そんなんじゃねえんだよな。>八:何を謙遜(けんそん)なんか言ってやがる。手柄は手柄なんだ。ここの旦那からたんまり礼金せしめた方が良いぜ。>丈:そんなことできるかってんだ。>杉:・・・あの八つぁん、お知り合いなの?>八:おう、お杉坊、とんだことだったな。大したことなくて良かったな。・・・丈二はな「だるま」の常連よ。>杉:そうなの? うちのお店を救ってくだすったのも、何かの縁があったのかしらね。>丈:「縁」、でやすか?>八:そうよな。袖振り合うも多生の縁。火を消してくれたら「多少」じゃなくって、「多大」な縁だな?>丈:相変わらず、呆(とぼ)けたことを言ってやがる。・・・だがな、八つぁん。ほんとのことを言っちまうとよ、この辺をほっつき歩いてたのは偶々じゃあねえんだ。>八:どういうこった?>丈:ここじゃあ言えねえ。今夜「だるま」に来て呉れねえか?>八:訳ありかい? そういうのって、おいら大好きさ。>丈:勿論(もちろん)熊さんも連れてきて呉れるよな?>八:おいらだけじゃ物足りねえってのか?>丈:言っちゃあ悪いが、その通りだ。・・・なんてな。冗談は兎も角、頭にどやされるから、おいらもう行くぜ。じゃあな、頼んだぜ。>杉:前からの知り合いなの?>八:そんな前からじゃあねえさ。精々3年ってとこかな? 生真面目(きまじめ)な野郎でよ。最初のうちなんか「火消しが酔っ払ったら火事は誰が消すんだ」とか言って、銚子1本しか飲まねえ付き合いの悪い客だったのよ。>杉:へえ、中々見所のある人じゃないの。>八:まあな。常連どもがお夏ちゃんに入れ揚げてる中で、1人だけ白(しら)っとしてやがるんだからな。・・・ありゃあきっと、余所(よそ)に思い人かなんかがいやがるんだな。>杉:ふうん、そうなの・・・>八:なんだよお杉坊、気になるのか?>杉:そんなんじゃないのよ。お店の女連中がきゃあきゃあ言ってるもんだから。>八:なるほど、ちょっと見、好い男だしな。>杉:「ちょっと見は」って、ほんとは悪い癖があるとか?>八:そんなのありゃぁしねえさ。唯(ただ)な、頭に心酔しちまってるって言うのか、ちょっとばかし度が過ぎてやがるんでな。偶に扱い難いことがあるってのも事実かな。・・・だがよ、ありゃあ、ひょっとするとひょっとするぜ。>杉:どういうこと?>八:やがて組の頭になるかも知れねえってことよ。芯があるってのかな? 世間様がどう見るかは知らねえが、おいらは好きだよ。ここにきて、やっと酒飲み話もできるようになってきたしな。>杉:ふうん。
2007.11.23
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『九死(きゅうし)に一生(いっしょう)を得(え)る』 『九死に一生を得る』殆ど死ぬかと思われたような危険な状態を脱して、辛うじて命が助かる。奇跡的に生き伸びる。類:●九死を出でて一生を得る[=保つ]*********お杉と蔵助はそれぞれ神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで帰っていった。お咲と太助が、念のため送り役になった。お咲はもっと「謀略」に混ざっていたかったようだが、源五郎から「今日のところは帰った方が良い」と言われて大人しく引き下がった。>八:ねえ親方、あの2人満更でもねえでしょう? 巧(うま)く行ったらおいらの手柄ですよね?>源:あの2人ってのは駄目だな。>八:どうしてですか? 油と行灯(あんどん)ですぜ?>源:蔵助にはこれからしなきゃならねえことがたくさんあり過ぎるから、暫(しばら)く女房どころじゃねえだろう。それに、お杉ちゃんにとっちゃ、蔵助は弟の影だ。夫婦(めおと)にはなり難(にく)いな。>八:それじゃあ、おいらの苦労は水の泡ですかい?>熊:お前ぇが何を苦労したってんだ。全部太助の骨折りじゃねえか。>源:それと、お咲ちゃんのな。>八:お咲坊にも負けですかい? そりゃあ辛(から)過ぎやしませんか?>源:甘かろうが辛かろうが、御破算なのには変わりはあるめえ? また明日以降だな。さて、俺は帰るぜ。>八:へ? もう帰っちゃうんですか? まだ宵の口ですぜ。>源:安心しろ。どうせ太助が戻ってくるんだろう? おからを食い尽くしても良いくらいのお足は置いてってやる。>八:やりいっ。それなら文句はねえです。>源:まったく、現金な野郎だぜ。仕事に差し支(つか)えるほどはやるなよ。>八:分っかりました、親方ぁ。源五郎が帰って、殆(ほとん)ど入れ違いのようにして太助が戻ってきた。>太:蔵助どんのところまで2回も往復しちまったんで、腹が減っちゃいました。何か食べても良いですか?>三:凄(すげ)え。おいらもちょいと肖(あやか)りてえ。>五六:お前ぇは無理だ。先祖代々そういう身体(からだ)になっちまってるんだからな。ほれよ、味噌でも舐(な)めてろ。>三:へーい。>八:なあ太助、次の目当てはもういねえのか?>太:いくらおいらが、読売りをやっててあちこち回ってるからって、そうそうどんぴしゃりな男は転(ころ)がっちゃいませんよ。>八:そうか。困っちまったな。>熊:まあ、本人もそう慌(あわ)ててる訳じゃねえんだから、のんびりといこうや、な?>八:それじゃあ駄目なんだよ。ほれ、「鉄は赤いうちに打て(※)」って言うじゃねえか。>熊:おや、お前にしちゃあ立派なことを言うじゃねえか。>八:当たり前ぇだ。早いとこお杉坊のことを片付けねえと、次に行けねえじゃねえか。>五六:八兄いは、なんだってそんなに急いでなさるんでやすか? 女の一人くらい嫁(とつ)ごうが嫁ぐまいが良いじゃねえですか、真逆(まさか)生きる死ぬじゃぁあるまいし。>八:おいらにとっちゃな、生きる死ぬくらい大変なことなの。お杉坊の祝言(しゅうげん)に命を賭けてるんだからな。>熊:それはいくらなんでも言い過ぎだっての。>八:おいらはな、「縁結びの八兵衛」になるのさ。世のため人の為に生きるのよ。どうだ五六蔵、参ったか?>五六:ほんとですかい? こりゃあ、お見逸(みそ)れしやした。>熊:何を言ってやがるんだか。・・・五六蔵よ、騙(だま)されちゃ駄目だぞ。こいつはな、「縁結びの八兵衛」って呼ばれるようになれば、そのご利益(りやく)で、自分にも縁が巡(めぐ)ってくるに違いねえって思うからこそ、躍起(やっき)になってやがるのよ。>五六:そういうことでやしたか。なんの見返りもなく八兄いが働くなんて、有り得ねえことでやすからね。>八:なんだと? それのどこが悪いってんだ。>五六:おっ、開き直りやしたね?>八:開き直ってどこが悪いってんだ。おいらだって思うところがあってのことなんだぞ。お前ぇたちも、大事な兄貴分のために、もうちっと親身になろうって思わねえのか? >五六:あいや、そう言われちまいやすと・・・>熊:まあ、目論見(もくろみ)はどうあれ、お杉坊には幸せになって貰いてえからな、精々(せいぜい)力になってやるべえかねえ。とは言ったものの、思わしい目当てなどそうそう簡単に見付かるものではない。あれなんかどうだこれは駄目かと検討を繰り返している内に、暦(こよみ)は長月(=現在の10月の中旬)になってしまった。朝晩が涼しくなり、堪(こら)え性(しょう)のない者は、そろそろ火の気(け)を持ち出したくなるような季節である。選(よ)りにも選って、あの、朝寝朝湯好きの奈良屋の寝所(しんじょ)で、小火(ぼや)騒ぎが起きた。早朝の七つ(4時頃)過ぎである。住み込みの女中どもはそんなこととはつゆ知らず、まだ高鼾(いびき)を掻いていた。放って置いたら大惨事になっていたかも知れない。だが、いたのである。偶然に見回りをしていた町火消しで、その名を丈二(じょうじ)という。>丈:火元はどこでえ。おいお前ぇら、寝惚(ねぼ)けてねえで、水を汲(く)んできやがれ。>女中:あの、これは一体・・・>丈:煙が上がってんだよ。奥の方だ。>女中:ええっ。た、大変。旦那様ぁ・・・>丈:旦那はどこだ。ぼやぼやしてると焼け死ぬぞ。奈良屋主人の庄助は、危ういところで助け出された。掛け布団の綿に火が点(つ)いたというのに、奇跡的にも、庄助自身は足先をちょっと火傷(やけど)しただけで済んだ。襖(ふすま)と欄間(らんま)、鴨居(かもい)は見るも無残に焼け落ちていたというのにである。>庄:あちちちち。なんだってこんなことになったんで御座いましょう?>丈:こっちが聞きてえよ。油問屋が火事になったらどんなことになるか、分かってんだろう?>庄:ええそりゃあ良く燃えるでしょうねえ。正(まさ)に「火に油を注ぐ」ですからねえ。はっはは。>丈:笑い事じゃねえぜ。四半時(=約30分)遅れてたら、この界隈(かいわい)が焼け野原になってたとこだ。頼むぜ。>庄:はあ。・・・で、あなたは?>丈:町火消しの丈二ってもんだ。あとで、頭(かしら)と一緒に改めに来るからよ。頭は口煩(うるせ)えお人だから、こってりと搾(しぼ)られるからな、覚悟しとけよ。じゃあな。女中たちからの報(しら)せは、お杉のところにも来た。長屋の井戸端でぴーちくとやられては、住人も起きてしまう。半歩遅れて八兵衛が起き出した頃は、お杉が慌てて辻を曲がっていくところだった。>八:おい、定吉、何事だ?>定:あ、八つぁん、お早う御座います。>八:のんびりと挨拶(あいさつ)してる状況じゃねえような騒ぎだったけどな。>定:はあ。奈良屋さんから火が出たそうでして・・・>八:火か? 日が昇ったじゃなくって、火が出たんだな? こりゃあ見に行かなねえと。「火事と喧嘩は江戸の華」だもんな。>熊:待ちやがれ。こっちの仕事はどうなるんだよ。>八:ちょいとだけ遅れるって、親方に言っといて呉れ。頼んだぜ。>熊:まったく、朝飯食わなきゃ動けねえって、いつもの言いようはどうしたってんだよ、なあ?>定:火は小火のうちに消されたそうです。旦那さんの火傷も大したことないそうです。・・・それにしても、油屋で火の気ってのは恐いですよね。>熊:まったくだ。お杉や文吉が着いたときには、女中たちの動揺も完全に収(おさ)まっていた。「あの町火消しの人、格好(かっこ)良かったわよね」「独り身かしらね」などと、囀(さえず)っていた。>杉:ねえ、旦那様は? 大丈夫なの?>女中:大丈夫も何も、足の小指をちょこっと火傷しただけよ。大騒ぎすることないわよ。・・・それに、火消し頭に会うのが面倒だって、もう、いつもの朝寝に行っちゃったんだからね。>杉:そう。大したことなくって良かったわ。>女中:そんなことよりさ、火を消し止めて呉れた人がね、そりゃあきびきびして良い男なのよ。>杉:へえ、そう・・・>女中:何よ、あんた興味ないの?>杉:全然。それで、被害の状況は?>女中:呆(あき)れたわね。あんた、そんなだからいつまで経(た)っても、嫁の貰い手がないのよ。この朴念仁。>杉:なにその朴念仁って?>女中:あんたのことよ。・・・あーあ馬鹿らしい。分かったわよ、あの町火消しの男は、あんたに譲(ゆず)るわ。精々色目を使ってやるんだね。>杉:なんのこと?>女中:蒲魚(かまとと)じゃああるまいし。火消しの名前はね、「丈二」って言ってた。あんたの好みにぴったりよ、あたしが太鼓判を捺(お)してあげる。>杉:なんなのよ、その言い種(ぐさ)は。>女中:だけどね、1つだけ難点があるとすりゃあね、敵さんが水で、こっちが油ってことよね。水と油は馴染まないって言うもんね、へへっ。(つづく)---≪HOME≫※ご注意:時代考証が定かではありません。「鉄は熱い[=赤い]うちに打て」は、英語のStrike while the iron is hotの訳語のため、この時代に使われていたかどうかは、甚だ疑問です。(上へ戻る)
2007.11.22
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『杞憂(きゆう)』『杞憂』必要のないことをあれこれ心配すること。必要以上に心配すること。類:●無用の心配●取り越し苦労●杞人の憂い●The sky is not going to fall. --Chicken Little<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>例:「杞憂を抱く」「杞憂に終わる」故事:「列子-天瑞」 「杞」は中国古代の国名。その国の人が、天が崩れ落ちることを心配して寝食を取らなかった。★「杞」の国は、現在の河南省開封(かいほう)の近くにあった国。周代に、過去の夏(か)王朝の子孫が集められ土地を与えられたという。祖先の霊を鎮(しず)めることだけが許され、細々と暮らしていたらしい。[阿辻哲次教授] *********お杉が言うには、別に好きで仕事に打ち込んでいる訳ではない、ということだった。暖簾(のれん)を分けて貰ってお店(たな)を構えるなど、これっぽっちも望んでいないそうである。だから嫁ぐ夢をなくしたのではなく、ただ単純に、時期を逸(いっ)しただけということだと言う。>杉:そりゃあ、番頭さんのところの話が、あんなことで駄目になっちゃったのは、堪(こた)えましたよ。なんてったって、あたしより6つも若いんですもんね。15ですよ、15。>咲:あら、あたしやお夏ちゃんより1つ下じゃない。そんなのに取られちゃったの? 驚いた。・・・ねえ?>夏:唯(ただ)の若気の至り。形振り構わずに、ただ背伸びしたいだけの年頃なのよ。>咲:ありゃ、随分悟り切っちゃってるのね。>夏:だから言ったでしょう? あたしはもう、俗の者じゃないの。「仁」と「義」と「孝」の人なの。>咲:止してよ。それじゃあ、やくざ者かなんかみたいじゃないのよ。>夏:あたしの天職をやくざなんかと一緒にしないで。>咲:分かったわよ。ご免。・・・それよりお杉さん、その小娘に取られちゃって頭に来たでしょ? 怒髪天?>杉:その逆よ。なんだか気合い抜けしちゃった。>咲:腰砕け?>杉:まあ、そんなところ。・・・番頭さんの息子さんは「景吉」さんっていうんだけど、店の女たちは少なからず淡い思いを寄せていたものよ。番頭さんから初めてその話を持ち掛けられたときには、あたし、自分でも恥ずかしくなるくらい舞い上がっちゃってたわ。>咲:惜しいところだったわね。巧くいってりゃ今頃、分家の若女将(おかみ)だったかも知れないのにね。>杉:それは無理よ。旦那さんには三男までいるんだもの。暖簾を2つも3つも分ける訳にはいかないでしょ?>咲:それじゃあ景吉さんって人は今どうしてるの?>杉:「小奈良屋」で手代をしてるわ。でも、あんまり巧くいってないみたい。>咲:小奈良屋ですって? いかにも、流行(はや)らなそうな名前。>夏:ねえお杉さん、それなら、破談になって良かったんじゃない? まだツキは逃げてないってことよ。>八:なるほど。お夏ちゃんはいつも良いことを言うねえ。そんならよ、心置きなく相手探しができるってことだよな? おいら気合い入れちまうぞ。その気があまりない者をその気にさせるのは至難の業(わざ)である。お咲も、いつになく四苦八苦しているようだ。こんなときには、却(かえ)って八兵衛の「的外れ」も効き目があるものなのかもしれない。但(ただ)し、任せ切ってしまうのだけは、この上なく危なっかしいものなのだが。熊五郎と源五郎は、寧(むし)ろ止(とど)める側に回りたいと思いながらも、その糸口を掴(つか)みあぐねていた。>八:なあお杉坊、ちょいと聞くが、行灯(あんどん)の仕替えをやってる蔵助って男を知ってやしねえかい?>杉:蔵助さん? 勿論知ってるわよ。行灯には煤(すす)の少ないうちの菜種油が一番良いんだって、贔屓(ひいき)にして呉れてるわ。それがどうして?>八:太助がよ、油と言えば行灯、行灯と言えば油だって言い張るもんだからよ。>熊:言い張ってるのはお前ぇだろ。>八:あ、そうだっけ? まあ良いや。んでよ、太助が言うにはあっちも独り身で、年回りも良さそうじゃねえかって言うんだよな。聞けばそりゃあ気真面目な昼行灯らしいじゃねえか。>熊:昼行灯は誉め言葉じゃねえっての。>杉:蔵助さんとあたし? ・・・冗談は止してよ。言っちゃなんだけど、あの人、本物の昼行灯なのよ。影が薄いってのか、何を考えてるのか分からないってのか。>八:だがよ、そう悪い男じゃねえんだろ?>杉:そりゃ、悪くはないけど、それ以上に、良いところがない人なのよ。>八:そんなこと言ったらここにいる四郎だって似たようなもんじゃねえか。>四:八兄い、おいらが幾ら無口だからって、そりゃあ言い過ぎですよ。>八:な? 日頃無口な四郎だって時には言いたいことも言うし、田舎から追っ掛けてきて嫁になろうって女もいるんだ。良うく話してみねえとほんとのとこは分からねえのと違うか?>杉:そんなこと言ったって、蔵助さんとはもう10年近くの付き合いなのよ。色恋の相手じゃないわよ。>八:そんなの、これから先どう転がるか分からねえじゃねえかよ。>杉:どうにも転がらない。>八:天と地がひっくり返ってもか?>杉:昼と夜がひっくり返ってもよ。問答無用というような険悪な雰囲気になろうとしたところへ、当の蔵助を引き摺って太助が戻ってきた。曲形(まがりなり)にも相撲取りをやっていた太助の図体に怖じ気て、どうやら蔵助は、逆らえずに付いてきたようだった。>八:よ、待ってました。あんたが昼行灯かい?>蔵:な、なんですか、あなた方は? 太助どんの長屋の方たちだって聞いてましたが、おっかない顔の人とかやくざ崩れの人までいるじゃないですか?>八:ん? ああ、やくざ崩れは大工見習い中の五六蔵で、おっかない顔の人はその師匠の源五郎親方だ。気にしねえで良いぜ。見掛けは恐いが取って食いやしねえって。>蔵:はあ。そうですか。>太:まあ、お掛けよ蔵助さん。親爺さーん、お銚子と、それからおからの大盛りっ。>三:凄(すげ)えな。よくもまあ、おからばっかり・・・>蔵:・・・あ、奈良屋のお杉さん、ですよね。あの、太助どんって、お杉さんと一緒の長屋だったんですか?>杉:蔵助さん、どうしてこんなとこに来ちゃったのよ。>蔵:だって、太助どんが・・・>杉:こんな背が高いだけの人畜(じんちく)無害な人のことを怖がるなんて、どうかしてるんじゃないの?>蔵:そんなこと言ったって・・・>杉:そんなだから、いつまで経(た)っても屑拾いみたいに扱われて小馬鹿にされるのよ。>咲:お杉さん、何もそこまで言わなくたって。>杉:だって腹が立つのよ。いつもおどおどしてて、はっきりしないんだから。見ちゃいられないわよ。>蔵:はあ。す、済みません。>八:まあまあ、折角来て呉れたんだ、乾杯といこうじゃねえか、な?>蔵:あの、おいら、酒はあんまり・・・>八:何い? 臆病な上に酒も飲めねえのか?>蔵:い、いえ。あの、癖が悪いようなんで、親方から止められてるんです。>八:なんだそんなことか。構わねえさ。直ぐに酔い潰れちまう六さんよりは増しだろ。>咲:八つぁん、言い過ぎ。>八:はは、済まねえ。・・・だがよ、少しくれえ乱れてもここには腕っ節の強いのが揃(そろ)ってるんだ。下戸(げこ)って訳じゃねえんなら付き合って呉れても良いだろ。>蔵:でも、相当酷(ひど)いらしいんですよ。もしかすると、皆さんに怪我をさせるかもしれませんし、この店を壊しちまうかもしれません。>八:そんなに凄いのか? こりゃあ是非とも見せて貰わねえとな。蔵助はそう言ったが、なんのことはない。唯の絡(から)み酒である。飲み始めると程なく、自分の仕事への愚痴を零(こぼ)し始めた。一同は、「なんだよ。こんな程度で酒を控えてやがったのか?」と、拍子抜けしていた。>蔵:親方は親切ごかしでよ、「蔵助の面倒見は大変だ」ばっかり言ってやがるが、人に頭を下げるのも、直しをするのも全部おいら任せだ。食わしてやってるのはこっちだってえの。なあお杉ちゃん、分かって呉れるだろ?>杉:分かりません。あたしはあんたの親方の顔なんか一度だって拝見したことはないですから。>蔵:「拝見」だって? そんなご立派な柄(がら)かよ。俺がせっせと働いてる傍(そば)で日の高いうちから大酒なんか食らいやがってよ。挙げ句の果てには、手前ぇは酒癖が悪いから一滴も飲むなたあどういうこった?>杉:あたしが親方でも、あんたがいじいじ愚痴を零すのなんか見ていたくもないわね。>蔵:愚痴を言いたくもなるさ。「そのうち嫁を取らせて一本立ちさせてやる」だと? 「そのうち上客を渡してやるからそうなりゃ妻子を食わすのだって簡単だ」だと? そのうちそのうち、一体いつなんだってんだ。>杉:そんなこと言って、あんた自分から嫁を探そうとか、上客を捕まえようとか、したことあるの?>蔵:こんな商(あきな)いのどこに上客なんかいる? 行灯を纏めて10個納めろって話があったとこで、次の注文は10年後か30年後だろ? そんなの上客じゃねえ。そうじゃねえか?>杉:あんた馬鹿じゃないの? 1箇所だけを見てるからそういうことになるのよ。そういうお客を10箇所持ってみなさいよ。10個が10年続くのよ。安定収入じゃないのよ。20箇所なら半年毎に10個、120箇所で毎月10個よ。弟子だって雇えるじゃないのよ。>蔵:へ? 俺が弟子だって? 無理無理。今時こんな地味な商いを継ごうって若いもんなんかいるもんか。それに、折角稼いだ銭は飲兵衛親方に啜(すす)り尽くされちまわ。>杉:あんたね、あんたのそういう後ろ向きのところがどうしても我慢ならないのよ。虫唾が走るわ。嗚呼、反吐が出るわ。>蔵:お杉ちゃん、飲み食いしてるとこで反吐はねえだろ。>杉:何よ。元はと言えば、あんたがだらしないせいじゃないの。あたしだってねえ、好きでこんながらっぱちやってるんじゃないわよ。病気の母ちゃんと気弱な弟を食わすためには、このくらいじゃないとやっていけないのよ。あんたを見てるとね、定吉を思い出しちゃうのよ。見ちゃあいらんないのよ。お杉の方も蔵助に負けず劣らずの絡み酒である。それにしても、蔵助を弟と重ね合わせていたところを見ると、強(あなが)ち捨てたものでもないのかもしれない。>八:お杉坊? 大丈夫か?>杉:あ。・・・またやっちゃった? もうこれだから・・・>八:なあに酒の上でのことだ。良くあることじゃねえか、なあ熊?>熊:お杉坊、お前ぇ、もしかして、景吉さんとやらに見られたな?>杉:そうよ。それで愛想尽かしされちゃったのよ。悪い?>熊:それが元で破談したと思ってるのか?>杉:決まってるじゃない。>咲:あたし、違うと思う。>杉:何が?>咲:また醜態を見せちゃうんじゃないかって、景吉さんの前で何かと遠慮するようになっちゃったんじゃない? 原因はそっちの方よ、きっと。>杉:嘘よ。そんなこと・・・>咲:人間誰だって1つや2つ悪いところがあるわ。それもこれも引っ包(くる)めて好きんなって一緒になるんでしょ? 遠慮されてたんじゃ、身を退(ひ)いていかれちゃっちゃ、所帯なんか持てないわよ。そうでしょ?>杉:・・・あたしって馬鹿みたい。全然見当違いなことを気にしてたのね。逃げられて当然ね。>源:なんだかな。気に病む奴は気の優しい奴ってことか。寂しい役回りだな。・・・でもま、お杉さんも蔵助さんもそれぞれ1つずつ間違いに気付いた訳だ。2人が一緒になれとは言えねえが、明日っからそれぞれちょっとばかし、変わった生き方ができそうだな? そういう手伝いなら無骨な俺にも手伝えるかもしれねえな。
2007.11.21
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『気(き)は心(こころ)』 『気は心』1.全部でなく僅(わず)かでも、気が済むようにすれば、気が休まるものだということ。2.量や額は僅かでも、真心が篭もっていること。誠意の一端を示すこと。 類:●塵を結んでも志●志は髪の筋 ★贈物などをする時に用いる<国語大辞典(小学館)> 用例:雑俳・武玉川-九「出代りや三粒降ても気は心」用例の出典:武玉川(むたまがわ) 俳諧の高点付句集。江戸座俳諧の宗匠、慶紀逸撰。寛延3年(1750)初編を刊行、撰者の死没した宝暦11年(1761)まで15編を続刊した。紀逸没後は二世紀逸が18編まで編んだが、それ以後は絶えた。「柳多留」に多くの影響を与えた。*********お杉が雇(やと)われている油問屋の主(あるじ)は「奈良屋庄助」というが、由緒正しいあの「奈良屋」の本家とは、縁も縁(ゆかり)もない御仁である。朝寝と朝湯が大好きなぐうたら者で、朝酒をしないのがせめてもの慰(なぐさ)めである。いずれにせよ、心許ない主人である。その点、長年勤め上げてきた番頭がしっかりした人で、巧(うま)い具合いに釣り合いが取れている。>源:その番頭さんは「文吉」さんといって、そりゃあてきぱきしたお人だ。雇(やと)い人の面倒見も、結構良さそうだな。>あや:番頭さんに直(じか)に聞いちゃったんですか?>源:嘘を言いそうな人じゃなかったからな。その方が手っ取り早いだろう? 包み隠さず話して呉れたぜ。>あや:乱暴なことをするんですね。お杉さんの立場が危うくなったらどうなさるんですか?>源:そこんところは大丈夫だよ。却(かえ)って同情して呉れてるようだしな。>あや:そうですか。それなら良いんですけど。>源:倅(せがれ)は、文吉さんに内緒で別の娘さんを好いていたそうなんだ。話を切り出した後に、大揉(も)めに揉めたらしい。・・・でもまあ、それはそれで、結構巧くいってるそうだから、文吉さんは「唯々(ただただ)恐縮してます」って言ってた。>あや:そうですか。でも、それなら、もう少しお杉さんのことも気に掛けて呉れていれば良かったんですけどね。>源:それがな、破談の話があってから、何度か相手を勧めて呉れてたそうなんだが、お杉さんの方がみんな断(ことわ)っちまったそうなんだ。「もう暫(しばら)くお仕事をさせておいていただけませんか?」の一点張りなんだとよ。>あや:そうなんですか。・・・困りましたねえ。>源:でもなあ、25だろう? いくらなんでも、もう嫁入りしたいって言うだろう?>あや:それがそうでもないから困ってしまうんです。わたしが話を聞きに行ったときも、生返事ばっかり。>源:投げ遣りになっちまってるのか?>あや:そういう訳でもないみたいなんですけどね。・・・もしかすると、お仕事が面白くなり始めちゃったんじゃないかと思うんですけど。>源:そういやあ、近頃じゃあ、いくつかのお客を持たされてるって言ってたな。自分から望んだことだってよ。>あや:そうですか。困りましたねえ。>源:お前ねえ、さっきから「困った困った」ばかりじゃねえか。いつものお前ぇらしくもねえ。>あや:お夏ちゃんじゃありませんけど、そういう娘さんが増えてるんでしょうかねえ。・・・わたしには、そういう考え方は、解(わ)かりませんから。お咲やお夏に話せば、いくらか通じるところがあるかも知れないからと、源五郎はあやから、近々「だるま」に顔を出してみてはどうかと勧められた。そういうことなら、近々といわず、早速(さっそく)行ってみようかということで、源五郎はそそくさと草鞋(わらじ)を履(は)いた。実のところ、あやの口から「困ったわね」という言葉が出ないで済むように、なんとか早くお杉の縁談を纏(まと)め上げてしまいたかったのだ。暖簾(のれん)を潜(くぐ)って入ってきた源五郎を逸(いち)早く見付けて、八兵衛が嬉々とした声を上げた。>八:あっ、親方あ、丁度良いとこに来て呉れやした。これからお杉坊の婿(むこ)の目当てを呼びに遣るとこですよ。>源:なんだと? もう見付けたのか?>八:当たり前ですよ。こう見えてもこの八兵衛、遣るときは遣るんですよ。>源:で? どこの誰なんだ?>八:行灯(あんどん)の仕替えをやってる昼行灯(ひるあんどん)の蔵助(くらすけ)ってけちな野郎です。>熊:おい八、人に薦(すす)めようって男のことを「昼行灯」だの「けちな野郎」だのはねえだろう。>八:そんなこと言ったって、おいら、どんな奴なのか知らねえんだから仕方がねえだろ。>源:一体誰の知り合いなんだ?>八:太助のでさあ。・・・なあ、太助?太助は齧(かぶ)り付いた丼ごとちょこんと頷(うなず)き、猛然(もうぜん)とした勢いでおからを掻き込んでいる。肴(さかな)を殆ど摘(つま)まない三吉が「ほおー」と、感心しながら見入っている。>源:どういう知り合いなんだって?>八:なんでも、口入れ屋にいた時分に、蹴躓(けつまず)いて行灯を壊(こわ)しちまったそうで。それを仕替えて貰ったそうなんで。>源:それだけか? 年恰好とか、気質とか、親兄弟はどうしてるとか、そういったことはどうなんだ?>八:へい。仕事場まで受け取りに行ったことがあるそうなんですが、早稲田の方へちょこっと行った辺りだそうで。すぐそこらしいんですよ。それで、そんなら当人に来て貰った方が早いと思いやして。>源:でも、どうしてその蔵助さんなんだ?>八:そりゃあ親方、お杉坊が行ってるのは油問屋でしょう? 行灯とは相性がぴったりに決まってんじゃねえですか。>源:おい熊、そんなんで良いのかよ。>熊:はは。まあ、目当てがまったくねえんですから、「外堀から埋めてく」戦法で仕方がねえんですよ。1人目から当たりだなんて、誰も思っていませんから。>八:何を抜かしてやがる。おいらは「油」と「行灯」に無性(むしょう)に縁を感じてならねえんだ。必ず巧く行くって。>源:頼りねえな。お前ぇら、ほんとに大丈夫かよ。もうそれだけ食わせたのだから良いだろうと、太助を追い立てて、蔵助の家に向かわせた。箸(はし)を持っていないときの太助の方が、よっぽど昼行灯然(ぜん)としているようだった。>源:それはそうと、お咲ちゃんはどうしたんだ?>八:お杉坊か定吉が帰ってくるのを待って、連れて来てみるってことで。>源:そうかい。・・・で? お杉さんってのはどんな人なんだい?>八:あれ、親方はまだ会ったことがねえんでしたっけ?>源:ねえから聞いてんだろ。>八:そうですよね。・・・まあ、一言で言っちまえば真面目(まじめ)な娘ってことですね。男に色目は使わない、銭に汚(きたな)くない、そんでもって、口煩(うるさ)くない。嫁にするんなら一番良い質(たち)なんじゃねえですか?>源:ほう。今時そんな娘さんもいるもんだな。>八:浮気心を起こしたりなんかしたって駄目ですからね。>源:当たり前ぇじゃねえか。余計な勘繰りなんかするんじゃねえ。>熊:・・・あんな小汚い長屋にしちゃあ良い娘なのは間違いないですね。それに、器量も決して悪くはねえですよ。なんてったって、何の縁故も無しで奈良屋に雇って貰えたんでやすからね。>源:まあ、器量だけで人を雇う訳でもあるめえが、事実、伝手(つて)も無しでってんなら、大したもんだな。そんなところへお夏が出勤してきた。>夏:あらぁ、親方。来て呉れたんですかぁ? 嬉しい。あやさんは順調ですか?>源:あ、ああ、順調そうだ。2人目だからそう心配することもあるめえ。>夏:今度遊びに行っても良いですか? 静(しずか)ちゃんに顔を忘れられちゃうと困るから。>源:もう顔を見分けるみてえだぜ。・・・それと、糠(ぬか)味噌の臭いが染み込んじまう前に婆さんから取り返しといて貰えると有難えんだがな。>夏:ま、上手な誘い文句ね。女ってね、そういう然(さ)り気(げ)ない誘い文句1つでころっといっちゃうものなのよ。>八:ほんとかい、お夏ちゃん? おいらにも教えて呉れよ。どういう風に言えば良いんだ?>夏:それじゃあ駄目なのよ、八兵衛さん。女が考えた言葉じゃあね。女には思いも因(よ)らないような言い方をされるから、その「新鮮さ」みたいなのに惹(ひ)き付けられるんじゃない。>八:そんなこと言ったってよ、おいら、気の利いたことなんかそう易々とは思い付かねえぜ。>夏:それはね、八兵衛さんの気持ちが足りないのよ。親方みたいに、あやさんのこと大事に思ってる人は自然とそういう風な言葉が喋れるようになるの。ね、親方?>源:止(よ)して呉れよ。そこら中がむず痒(かゆ)くなるじゃねえか。>夏:照れない照れない。誉めてるんだから。・・・親方みたいな人が近くにいたら、あたしも考え直しちゃうかもね。>八:ほ、ほんとかい?>夏:いたらね。望み薄だけど。やがて、お咲に引き摺られるようにしてお杉が入ってきた。「こういうところは、あまり得意じゃないんです」と、言い訳しながら、隣りの卓にちょこんと腰掛けた。>咲:あら、親方も来てたの? こちらがお杉さん。>源:熊たちと一緒に仕事してる、源五郎です。>咲:・・・というよりも、あやさんのご亭主って言ったのが通りが良いわよね。>杉:まあ。そうでしたの? 来月ごろって言ってらしたけど、お変わりないですか?>源:今度は必ず男の子だって言い張ってやすよ。元気な子ならどっちだって良いって言ってるのに。>杉:押し掛け女房になるんだって、晴れ晴れした顔で出掛けていったときのことは忘れられないわ。>源:なんだか夜逃げみたいな真似(まね)しちまってお恥ずかしい。碌(ろく)に挨拶(あいさつ)もしてねえんでしょう?>杉:とんでもないですよ。お義母さまからのお使い物なのよって、洒落(しゃれ)た手拭(てぬぐ)いまでいただいちゃいました。>源:へ? 母ちゃんが? いつの間に仕込んでやがったんだ?>熊:気付かなかったのは親方だけですよ。なあ八。>八:あの頃の親方ったら見てられませんでしたよ。完璧に逆上(のぼ)せ上がっちまってやしたからね。>源:五月蝿(うるせ)えや。放っとけ。・・・それにしてもだ、何も手拭いなんかじゃなくって、もうちっと気が利いたもんはなかったのかねえ。>咲:あら、そういうもんは却って手拭いみたいなものの方が有難いのよ。あんまり立派なものを貰っちゃったら、今度次にお返しするときに返せるものがなくなっちゃうでしょ? こっちはしがない笠張りのその日暮らしなんだから。>源:うーむ。なるほどな。・・・男ってもんは兎角(とかく)見栄を張りたがって、自分にできる上限のものを選びたがるからな。却っていけねえこともあるってことだな。>咲:そういうこと。・・・ということで、お杉さん。お杉さんもそろそろ年貢を納めちゃいましょ。>杉:お咲ちゃん、どうしてそういう話の展開になる訳?>咲:あやさんは詳しく話さなかったかも知れないけど、お杉さんにはそろそろお嫁に行って貰いたいの。>杉:出てけって言う意味?>咲:真逆(まさか)。・・・あのね、定ちゃんがね、自分のせいなんじゃないかって勘繰っちゃってるのよね。結構思い詰めちゃってるのよ。知らなかったでしょ?>杉:なんでそんなこと・・・。馬鹿ねあの子。あたしなんかのために・・・>咲:だからって、直ぐにどうこうしてっていう訳じゃないのよ。ほんのちょっとだけそういう気持ちになって欲しいの。どう?>杉:そんなの急に言われても・・・>咲:あそこにいる「あたしは仕事と添い遂げるのよ」なんて言ってる変わりもんとは違うんでしょ?お咲は奥の方で客と冗談を言っては笑っているお夏の方へ顎(あご)をしゃくった。>夏:何よ。あんたが言うほど軽い決心じゃないんだからね。>咲:ありゃりゃ、聞こえちゃったかしら?>夏:態(わざ)と聞こえるように言ったんでしょ?
2007.11.20
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自分が信念を持っていれば惑わされる事はないはず--------------------------------『他人の行動を支配することはできませんが、 他人の行動に対する自分の反応を支配することはできます。 それがあなたにとって一番重要なことなのです。』 誰も、あなたの明確な許可なしに、恐れ、怒りなどの消極的な感情を あなたに抱かせることはできないのです。 他人を動揺させることに意地の悪い喜びを感じたり、他人の感情につ け込んできて、自分の目的追求のために利用しようとたくらむような 人は、どこにでも必ずいるものです。 そのような人が成功するかどうかは完全にあなた次第で、あなたが相 手の陰湿な行動にどう反応するかによって左右されるのです。 そのような人と、どうしてもつき合わなければならない時は、相手は あなたを混乱させようとしているのだということを、最初から明確に 理解しておきましょう。その人は、あなたが相手に対して行ったこと が理由ではなく、自分自身に問題があるために、あなたに対しそのよ うなことをするのです。 その場合は、「こんなことは私には関係のないことだ。こんな人に混 乱させられたりしないぞ。私の感情と人生を支配しているのは、この 私なのだから」と自分自身に言い聞かせるのです。
2007.11.19
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『木の実は本(もと)へ落(お)つ』『木の実は本へ落つ』木に生(な)った実はその木の根元に落ちるという意味で、物事は全てその元へ帰るものだということ。*********静(しずか)は、名前に似ず、中々のお転婆である。月足らずで生まれたときは、どうなることかと家族をはらはらさせたものだが、大病一つにも罹(かか)らず健康なものである。1年3ヶ月経(た)った近頃では、とてとてと、小走りするまでに育っていた。時々柱にぶつかって瘤(こぶ)をこさえたりする。お雅は、「ばー、ばー」と呼ばれる度(たび)に、目を細め、ぎゅっと抱きしめるのである。>源:なあ、あんなじゃあ抱き癖が付いて仕様がねえんじゃねえのか?>あや:良いじゃないですか。女の子はちょっとくらい甘ったれの方が可愛がられますからね。>源:そうか? まあ、それなら仕方ねえが、なんだか一人占めされちまってるようで、俺は気に食わねえな。>あや:あら、初めの頃は「壊れちまいそうだ」って言って抱き上げてもあげなかった癖に。>源:そうだったか? 母(かあ)ちゃんが一人占めしてるのはそれ以前からだったがな。>あや:女の子が欲しかったって待っていたんですもの、ちょっとくらい過剰でも目を瞑(つぶ)ってあげないと。>源:ふん。・・・それになんだ? 一番最初に喋った言葉が「ばー」たあどういうこった? 俺なんてまだ一度だって「おとー」とも「とと」とも言われたこともねえんだぞ。>あや:あらそうですか? 気が付かないだけでしょ。ちゃんと「たー」って呼ぶじゃないですか。>源:それは、お前ぇのことだろ?>あや:わたしのことは「んまー」って呼んでますよ。お乳のときと一緒ね。>源:性格まで母ちゃんに似ちまったらどうするんだよ。あんなべらんめえになったらそれこそ目も当てられねえぞ。>あや:そんなことありませんよ。お母さんはそんな下手(へた)な育て方はしませんって。>源:どうだか?>雅:誰がべらんめえだって? 聞こえないと思って陰口叩いてると承知しないよ。>源:ほうらあれだ。>源:それはそうと、お前ぇ、近頃しょっちゅう出掛けるが、腹の方は大丈夫なのか?>あや:平気ですよ。順調そのもの。静のときより元気が良いみたい。>源:そんなら良いが、大事にしろよ。早産ってこともあるんだからな。>あや:分かってますって。・・・でも、ちょっと急いだ方が良いかしらね、やっぱり。>源:いったい何を企(たくら)んでるんだ?>あや:何って、お杉さんのことですよ。ほら、お咲ちゃんが来たとき言ってたじゃないですか。定吉さんが気に病んでるみたいだって。>源:お杉ちゃんにゃあ俺は会ったことがねえんだよな。どっかのお店(たな)に通いで勤めてるってんだろ? なんで住み込みじゃねえんだ?>あや:お母様の胸が悪い上に、定吉さんがまだ小さかったですから。>源:おっ母さんがいたのかい?>あや:わたしが越していく3年ほど前に亡くなったそうなんです。>源:そうか、随分苦労したんだな。・・・それで?>あや:番頭さんから「倅(せがれ)の嫁に」って持ち掛けられたこともあるらしいんですけど、丁度お母様の病気が酷(ひど)い頃と重なって、相手の方が待ち切れないで別の娘さんを貰(もら)っちゃったそうなの。>源:そりゃあ・・・>あや:定吉さんったら、どう勘違いしたのか、自分が少なからず祝言の邪魔をしたって思い込んじゃってるようなのよ。>源:なるほどな。・・・で? いつものお節介の虫が疼(うず)いたって訳か。>あや:それもありますけど、やっぱり、お杉さん本人のことを思ってですよ。あんな働き者を、いつまでも独りで放っておいちゃ勿体無いもの。>源:それで? 目処(めど)はあるのか?>あや:富郎さんに当たって貰ってるんですけど、中々思わしい話が出てこなくって難儀してます。今度ばかりは、とんとん拍子という訳には行きそうもないみたい。>源:お前ぇは今大事なときなんだから、あんまり気を揉むなよな。ちょいと心配ではあるが、熊五郎たちにでも遣らせてみるからよ。あや:そうですね。お咲ちゃんが付いていれば案外巧く片付いちゃうかも知れませんね。例年にない異常な暑さをどうにか乗り切って、仕事の方も漸(ようや)く捗(はかど)り始めている。「暑い暑い」を連発して、手がお留守になり勝ちだった八兵衛と五六蔵も、集中して仕事に取り掛かっている。新婚の四郎は、控え目なところは変わらないが、心成しか仕事に自信が持ててきたようである。>八:なあ熊よ、お夏ちゃんのこと、鹿の字に教えてやったのが良いんじゃねえのか?>熊:鹿之助に言ったところでどうなるもんでもねえぞ。>八:それでもよ、引き止めて呉れるかも知れねえじゃねえかよ。>熊:無理だっての。見ただろ、おのお夏坊の顔。生半可な決心じゃねえぞ、ありゃ。>八:医術を勉強するのなんか江戸だって良いじゃねえか。何もお伊勢様の3倍も遠いとこへなんか行かなくたってよ。>熊:今じゃ結構、道中も安全だって言うぞ。>八:そういうことじゃねえだろ。仮令(たとえ)どんなに役人がしっかりしてるったって、若い娘の一人旅なんて危なっかしくって見ていられるかっての。>熊:そんなに言うんだったら、お前ぇがお供で付いてきゃ良いじゃねえか。>八:そんな地の果てなんか行けるか。>熊:じゃあ、誰か頼りになりそうな男でも探すんだな。>八:なんだと? 2人っきりで行かせたりなんかしたらそっちの方が危ねえじゃねえか。>熊:あれも駄目これも駄目じゃあ、埒(らち)が明きゃしねえじゃねえか。駄々っ子みてえなこと言うなっての。お夏坊にゃ、人様の病気を治すんだっていう立派な決心があるんだからよ。>八:そんなこと言ったってよ・・・そこへ、お杉が働くお店へ行ってきた、源五郎がやって来た。>源:なんだ、八。随分難しい顔してるじゃねえか。>八:おいらの人生で最大の壁にぶち当たっちまったってとこでやすよ。>源:なんだそりゃ? 食い物のことか?>八:そんな訳ねえでしょ? 馬鹿にしてるんですか、親方?>熊:お夏坊が長崎へ行くって話でやすよ。>源:ああそのことか。おれもあやから聞いた。中々見上げた心掛けじゃねえか。>熊:そうでしょ? ところが、八の野郎はどうあっても行かせたくねえって言うんでやすよ。>源:八が嫁を貰うまで行かねえってことなんじゃねえのか? 何も今から悩むことじゃねえと思うがな。>八:何を言ってるんですか。おいらだってもう30なんですぜ。嫁の話が明日来たって可笑しくねえじゃねえですか。・・・それともなんですかい? おいらに嫁を取らせねえで、一生手元に置いて面倒を見てえって、そう仰(おっしゃ)るんですかい?>源:そうは言ってねえさ。良い話があったら真っ先に持ってくるさ。>はち:本当でやすね? 約束しましたからね。>源:はいはい。約束だ。・・・それはさて置きだ。ちょいと相談があるんだ。>熊:おいらたちにですかい?>源:お前ぇたちの長屋にいるお杉ちゃんのことなんだがな、あやのやつがまたお節介心を出しやがって、相手を見付けようって気になりやがってな。>熊:そう言えば、四郎の祝言(しゅうげん)祝いをしたときっから放(ほ)っぽってあったっけ。>八:銚子の若先生の知らせばっかり気に掛けてたもんで、すっかり忘れてたぜ。>源:それでだ、あやがあんな身体なもんで、ちょいと代わりに心掛けてみちゃあ呉れねえか?>八:ようがす。この八兵衛が引き受けやしょう。>熊:またお前ぇ、安請け合いはするなってんだ。・・・とはいえ、姐さんの事情じゃあ断る訳にもいかねえがな。>源:まあ頼むわ。それから、お咲ちゃんも仲間に入れるようにってのがあやからの言(こと)付けだ。>熊:お咲坊を混ぜると話が好い加減になるんでやすが。>源:じゃあ聞くが、お前ぇと八との組み合わせのどこが好い加減じゃねえってんだ?>八:親方、何もそんなにはっきり言うことねえじゃねえですか。こう見えてもおいらの心は傷付き易いんですぜ。>源:ああ知ってるよ。重々分かってるって。>熊:今回のことは巧く丸め込まれときましょう。元々おんなじ長屋の住人であるおいらたちが気に掛けてやらなきゃならねえことなんでやすからね。>八:ねえ親方、偶(たま)には人様のばかりじゃなく、おいらたちの相手探しもしてくださいよね。>源:だから心掛けているって言ってるだろ。>八:待ってるばかりじゃなくって、探しに出掛けるとか何とかしてみてくださいよ。>源:分かった分かった。この件が片付いたら、元締め連に声を掛けてみよう。>八:総元締めの爺さんは役に立たねえですよ。なんてったって耳が遠いんでやすからね。間違って婿を探してこられたってこちとらどうすることもできやせんからね。>源:ああ分かったよ。伝えることは伝えたと、源五郎は清々して持ち場に付いた。お杉が働いているお店の番頭から聞いてきた話は、帰ってあやと相談してから伝えるつもりでいた。>八:なあ、親方はああ言うがよ、本気で見付けて呉れるつもりがあると思うか?>熊:あるに決まってるだろ。弟子がいつまでも嫁を取れねえとなったら親方だって悪く言われるんだぞ。>八:自分の面子(めんつ)のためってことか?>熊:まあ、そればっかりじゃあねえけど、まあ、そういうことだ。・・・考えてもみろ、親方が悪く言われりゃあ、棟梁が悪く言われる。棟梁が悪く言われりゃあ、大女将さんや姐さんまで悪く言われるんだ。姐さんが悪く言われたら親方が辛かろう?>八:なんだかぐるぐる回っててどこが終わりになるんだか分からねえな、こりゃ。>熊:世の中なんてもんはな、そういう風にできているもんよ。>八:じゃあよ、おいらが良く言われるためには、おいらが良いことをすりゃあ良いってことにもなるよな。>熊:まあ、良いことをするに越したことはねえだろうよ。「情けは人の為ならず」とも言うしな。>八:ようし決まった。おいら今年の秋は人様のために「縁結びの八兵衛」になっちまう。それが結局は自分に帰ってくるんだろ? へへ、おいらの春も近いぜ。>熊:そういう風に欲得で物事を決めてると罰(ばち)が当たるぞ。>八:へへーんだ。良いことをして罰が当たるってんなら、お奉行様なんか辞めさせちまえってんだ。
2007.11.17
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『昨日は人の身今日は我が身』『昨日は人の身今日は我が身』運命、人事の変遷や災難は予測できないもので、昨日他人に起こったことが今日自分に降り掛からぬという保証はない。他人の不幸を自分の戒めとせよということ。類:●明日は我が身●他山の石*********夕刻には返答の如何(いかん)を伝えに行くから源五郎の家で待つようにと、内房老人から言われ、一行は帰り支度(じたく)を始めた。「もう1遍水を被(かぶ)らして貰っても良いですかい」と、八兵衛が勝手に井戸のところへ行っている間、源五郎は四郎とおよねの祝言があるのだと話した。内房老人は、「なんなら明朝改めて伺いやす」という源五郎の言葉を遮(さえぎ)り、「お邪魔させて貰っても良いですか?」と、こともなげに言った。>源:ほんの内輪の祝い事でやすから、ささっと終えちまいやすぜ。>内:なあに、今度の件ではお世話になるのです。今日こうしてお会いしてしまった以上、黙っている訳にもいきませんよ。なんといっても、これから大事を成そうとする仲間ですからね。>源:しかし、うちみてえなむさ苦しいところになんか・・・>内:何を仰ってます。30人からの大工を置いているところがむさ苦しい道理がありませんよ。それに、お内儀(かみ)さんのお顔も拝(おが)ませていただきたいですしね。>八:おやご隠居。うちの姐(あね)さんに目を付けるなんざ、中々どうして隅に置けませんねえ。>内:ほっほ。これでも、若い時分は結構鳴らしたもんですよ。・・・銚子様もご参加なさるでしょう?>竜:せ、拙者がですか? 痴(おこ)がましくは御座らぬですか? >八:何を言ってるんですか、若先生。もう関わっちまったんですよ。後へは引けねえんです。>竜:そ、そうであるか? ・・・まあ、源五郎殿のところには恩義もあることだし、拒(こば)まれぬのであれば、喜んで参列するものであるのだが・・・>内:出過ぎたことかも知れませんが、仕出しと祝い酒は一切こちらで出させていただきますよ。>源:ご隠居様、いくらなんでもそこまでは・・・>内:剣術の試合に掛かると思えば安いものです。あたしの負担が9割も軽くなるんです。そのくらいさせていただかないと罰(ばち)が当たりますよ。>八:流石(さすが)ご隠居、話が分かる。おいら、諸手を挙げて大賛成でやす。>源:まったく、現金な野郎だぜ。・・・なあ八、弟弟子が先に嫁を取ることを、今後一切兎(と)や角(かく)言わねえって誓(ちか)えるんだったら、ご隠居の差し入れをいただいても良いぞ。>八:へ? 真逆(まさか)次は五六蔵だなんて言うんじゃねえでしょうね?>源:分からんぞ。>八:うーん、仕出しは食いたし五六蔵は悔(くや)し。でもなんてったって、食い気にゃあ勝てねえや。>源:単純で良いな、お前ぇはよ。>八:単純なのは、おいらの取り柄でやすからね。それぞれ準備もあろうということで、昼前には各々の持ち場に帰り着いていた。源五郎は、一人家に戻り、あやとおよねに経緯(いきさつ)を説明した。「あら大助かり」と、あやは捌(さば)けたものである。>あや:それじゃあ、花嫁さんの飾り付けに、余計に張り込んでも良いですよね?>源:おいおい、あんまり派手になんかするなよ。八とか熊のときに、格が落ちたんじゃ可哀相だ。>あや:何言ってるんですか。そんなこと気にしてどうするんです? お目出度いことなんですから、ちょっとくらい足が出たって良いじゃないですか。>源:そりゃそうだが・・・>あや:ようし、張り切っちゃおっと。・・・わたし、ちょいとおよねさんを連れて、本郷の富郎さんのところへ行ってきますね。>源:おいおい、あんまり大袈裟にするなっての。>あや:へへ。ちょっとね、別の相談事もあるんですよ。今のところ内緒(ないしょ)ですけど。>源:お前ぇ、また何か企(たくら)んでやがるのか?>あや:さあ、どうかしら?源五郎は「やれやれ」と言って溜め息を吐いた。あやがそういう悪戯(いたずら)っぽい表情をしているときは、何を言っても無駄であると分かっている。もうどうとでもなれ、である。この期に及んで自分にできることはもう何もないのだ。源五郎は仕方なく、熊五郎たちがひいひい言っているであろう現場へと向かった。>源:ああ疲れた。慣れねえことなんかするもんじゃねえな。>熊:ご苦労様で御座居やした。巧(うま)く運びそうでやすか?>源:後は内房のご隠居様を信じるしかねえな。祝言についての細々したことはあやがやるとよ。てんで邪魔者扱いだ。・・・男ってもんは結局、肝心(かんじん)なときには、待つことしかできねえもんだってことをしみじみ思い知らされたぜ。>熊:姐さんが仕切ってくださるんなら安心でやすよ。男どもは精々(せいぜい)、今取り掛かっている現場仕事をこなすしかありませんね。>源:そういうことだな。情けねえ話だが、男どもはもう用済みだな。夕刻、内房の旅籠(はたご)から豪勢な仕出しと角樽(つのだる)が届けられた。「お武家の祝言じゃねえっての」と、"用済み"の源五郎は、少々卑屈(ひくつ)である。そして、程なく、内房老人が玄関に顔を出した。>内:あの、源五郎親方、大変申し訳ないのですが、もう一人、大きなお負けが付いてきてしまいました。>源:真逆。>内:はい、その真逆なんです。>源:なんたることですか。内輪で小ぢんまりの筈が、とんだことになっちまいやした。>内:祝い事だということで、目を瞑(つぶ)ってください。帰す訳にもいかないでしょう?>源:追い返すだなんて、下々のもんがそんなことできる訳がねえじゃありませんか。>内:それを聞いて安心しましたよ。じゃあお入れしても良いですね?>源:勝手になすってください。・・・但(ただ)し、なるべく控え目に頼みますぜ。>内:はいはい。できるものでしたら、やってみましょう。源五郎とあやの媒酌(ばいしゃく)も、もう4組目ということで、慣れたものである。祝言自体は恙(つつが)なく行なわれたが、竜之介が、まるで木偶(でく)人形のようにぎこちないので、不思議な感じの集(つど)いになってしまった。八兵衛などは、終始忍び笑いを噛み殺していた。>斉:庶民(しょみん)の婚儀も中々どうして良いものであるな。矢張りこのように好いた者同士であるのが自然である。>八:おや、斉ちゃんともあろうお人が、どうしたんです? 何か不満でもあるみてえじゃねえですか。>斉:不満だらけである。家名がどうの、財力がどうのと、一々能書きが付けられては甚(はなは)だ迷惑である。>八:そんなこと言って、選り取り見取りでやしょう? 羨(うらや)ましい限りですぜ。>斉:傍(はた)で見ているほど簡単なものではない。醜(みにく)い争いもあるしの。なんなら八つぁんに一人譲(ゆず)るが、どうだ?>八:へ? そんなことして良いんですかい? 本気にしちまいますぜ。・・・こりゃあほんとに春が巡ってきたかな?>源:こら八。真(ま)に受けるんじゃねえ。>内:斉ちゃんも斉ちゃんです。面倒な話し合いの種を蒔(ま)くお積もりか?>斉:あいや、それは適(かな)わぬ。・・・しかしな、お福などは、似合いであると思うのであるがな。>八:お福ちゃんですって? そ、そいつだけはご勘弁を。ああ桑原桑原・・・>斉:なんだ、お福を知っておるのか? ・・・そう言えば、確か生まれはこの辺りのような話は、聞いたことがあったが。>熊:八の野郎はお福ちゃんのお陰で女が苦手になっちまったんですよ。>斉:八つぁんが女嫌いとはのう。>熊:とんでもねえです。女嫌いどころかその反対でやすよ。女が苦手の癖に女好きなんでやすから始末に負えねえ。>斉:ふうむ。中々興味をそそる話ではあるな。・・・いや、相当に面白い土産話(みやげばなし)である。>内:大概(たいがい)になさいませ。町方のことは町方のことです。その辺のけじめは付けていただかなければ困ります。>斉:分かっておる。祝儀の席でまで苦い話をせずとも良いではないか。斉ちゃんは内房老人の諌止(かんし)など殆んど堪(こた)えておらず、楽しい酒を相当に聞こし召していた。ただ、お開きになって帰るとき、ちらりと八兵衛を見てにんまりとしていた。「ご免状」は、帰り際に内房の手から竜之介に手渡された。竜之介は、源五郎たちが門外まで見送りに行っている間、それを押し戴(いただ)いたまま、平伏し続けていた。>よね:あのご浪人様はどなた様だっぺか?>四:いやなに、八兄いが良くしていただいているお方だ。ちょっと変わった方だけど、怪しいお人じゃあねえよ。>よね:そうでありやすかねえ? なんだか、駄々っ子で放蕩(ほうとう)もんって感じでやしたけんど。>四:はは。まあ、当たりだ。でも、悪いお人じゃあねえよ。まあ気にするな。>よね:分かりやんした。お前様がそう言うんなら、信じやす。・・・あと、そいから、あの道場の若先生(わがせんせ)は、何であんなに畏(かしこ)まってるんだっぺか?>四:竜之介様は、これから兄(あん)ちゃんたちを助けで代官退治をしてくださるんだ。悪く言っちゃなんねえぞ。>よね:へ? 本当だべか? あの悪代官を退治してくださるんだか?>四:ああ、本当だ。なんつったってあの若先生の強さは、江戸で5本の指に入(へえ)るんだかんな。>よね:はあぁ。そんだに強えだか? ・・・昔みでに楽な年貢になって呉れっと良いなあ。>四:大(でえ)丈夫だ。きっとそうなっから。>よね:おら、四郎ちゃんのとこさ嫁に来るって言い出して、ほんと良(え)がった。>四:お前ぇ真逆、こうなっこどを期待してたんだか?>よね:そんな筈なかっぺよ。おら、唯(ただ)、四郎ちゃんの嫁こになりだがっただげだ。幸せにしてけろな。>四:んでも、まだ大工の見習いだかんな。楽なんかさしてやれねど。>よね:痛え思いしねで済むんなら、極楽みてなもんだ。それに、若先生が巧(うま)ぐ代官退治をして呉れだら、恩返しに、道場の下働きくらいしてあげてえし。>四:そだな。竜之助様にゃ恩返ししねどな。・・・だけんどもよ、なあおよね、田舎の言葉は直したがええみてだな。そんな中、八兵衛は「お福」という名を聞いてからずっと、頭を抱えて隅っこに蹲(うずくま)っていた。「桑原桑原・・・」と、譫言(うわごと)のように呟(つぶや)いており、斉ちゃんに≪意地悪の材料≫を与えてしまったことには、まだ気が付くべくもなかった。その一件については、こんな遣り取りがあったことさえ忘れられた頃に、ひょっこりと、語られる筈である。えてして、すっかりほとぼりが冷めたと思っているところに、再燃するものなのである。
2007.11.16
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『木(き)に縁(よ)りて魚(うお)を求(もと)む』 『木に縁りて魚を求む』1.木に登って魚を捕ろうとするようなものだということで、間違った手段を取っては何かを得ようとしても得られないということ。方法を誤ると何も達成できないということ。2.見当違いで困難な望みを持つこと。類:●畑に蛤(はまぐり)出典:「孟子-梁恵王・上」*********内房正道は、中庭で水を張った盥(たらい)に足を浸(ひた)しながら、西瓜(すいか)を食べていた。「老い先短い年寄りということで、少々の端たなさは大目に見てくださいね」と言って、一同を招き入れた。>内:おや八つぁんどうしました? 茹で蛸(ゆでだこ)みたいになってますねえ。>八:ご隠居、その盥の水、おいらにも分けちゃ貰えませんか?>内:真逆(まさか)飲むんじゃないでしょうね? 足を浸した水ですよ。>八:飲みゃあしませんが、頭から全部引っ被(かぶ)りたいんですよ。>内:まあまあ、慌てなさんなって。ほれ、あそこに井戸がありますから、汲(く)んで被った方が効き目がありますよ。>八:なんだ。早く言ってくださいよ、ご隠居。勢いが余ったら飲んじまうとこでしたよ。>内:ほっほっほ。・・・源五郎親方とお連れさん方も、ちょいと手足を洗うと、存外(ぞんがい)涼しくなりますよ。ここのところ夕立ちもこないような酷(ひど)い陽気ですからね。>八:おいらのはどっちかってえと、暑さ負けってより、二日酔いなんでやすがね。・・・そんじゃ、遠慮なくいかして貰いやす。>源:恐れ入りやす、ご隠居様。・・・序(つい)でと言っちゃなんですが、ご相談事がありやして。>内:大方そんなことだろうと思いましたよ。>源:ご明察で。>内:なあに。八つぁんが大人数で来るときは、決まって面白い問題を抱えていらっしゃいますからね。それに、お武家様に農民の方たちなんて、尋常の取り合わせじゃありませんからね。正直言うと、ちょいと期待してるんです。八兵衛は頭から水を被った後、勧(すす)められるままに西瓜にむしゃぶり付いた。「夏はこいつに限りやすねえ」などと、お愛想を言い、本来の目的をすっかり忘れてしまっている。>竜:拙者は、銚子竜之介と申す。ここな吾作と二郎に一夜の宿を貸したのが縁で、助太刀(すけだち)及び悪代官退治に参画すべく、罷(まか)り越し申した。>内:ほう、いきなり本題ですか。・・・なるほど。中々面白そうな話ですね。ねえ親方。>源:いつも面倒なときばっかり現われやして、申し訳ありやせん。>内:なになに、良い暇潰しですよ。・・・あたしはね、ちょいと臍曲がりですから、こういう厄介(やっかい)なことが一等好きなんですよ。さ、吾作さんと二郎さんとやら、お教えいただけますか? お代官様の名はなんというのですかな?>吾:へい。あの、山口綿四郎様で。>内:ほう。すると、あなた方は下野の国の人ですか。>源:知っていなさるんで?>内:どちらかといえば、那須においでの山口鉄五郎様の名代官振りばかりが聞こえてきますがね。姓が同じでもやってることは正反対だと聞いていますよ。>竜:「6公4民」などという法外(ほうがい)な年貢を取るというのは、実(まこと)のことであるのか?>内:ふむ。お定めでは「4公6民」ですね。2割の差は、山吹色にでも化けてしまうんでしょうかねえ。>八:なんて非道なことをしやがるんだ。・・・ご隠居、懲らしめちまいましょうよ。>内:まあ、そう慌(あわ)てなさんな。>竜:確証が掴(つか)めないと駄目だなどと、杓子定規を振り翳(かざ)すのではあるまいな。>内:あたしはそんなことは言いたくないんですが、代官を監察(かんさつ)するのはお役人方ですからね。>竜:矢張りご老体も、長いものに巻かれる者であるか。>八:ご隠居、そんなことしてたら、いつになったって退治なんか出来やしませんぜ。>内:そうですね。それじゃあ、吾作さんたちだけじゃなく、村のみんなも可哀相ですね。>八:良い手はありやすか?>内:ここは一つ、鎌を掛けてみますか?>竜:誰に鎌を掛けるというのだ?>八:やっぱり斉(なり)ちゃんに決まってやすよね?>内:そうですよ。だって、そうするのが一番、話が早いじゃないですか。そうでしょう?>竜:なんだその「なりちゃん」というのは?内房老人は、「ちょっと待っててくださいよ」と言って、奥へ引っ込んだ。竜之介と、二郎・吾作は何がどうなるのか分からず、説明を求めたげに源五郎に顔を向けた。そんな竜之介の間の抜けた顔を見て、八兵衛は密かににんまりしていた。>源:「ちょっと待ってろ」って仰(おっしゃ)るんです。もう少し待ってみてくださいな、銚子様。>竜:待ってろじゃ分からぬ。・・・まったく、年寄りというのはすることが悠長で適(かな)わぬ。>源:そうじゃあねえんですよ。>竜:何がそうではないというのだ。大方、西瓜で腹が冷えて雪隠(せっちん)にでも行っているのであろう。>八:おいらがご隠居と初めて会ったのも雪隠なんですぜ。>竜:やれやれ。>八:だから、おいらたちは「臭(くさ)い仲」なんでやすよ。へへ。やがて内房老人は書簡のようなものを手にして戻ってきて、「おーい、番頭さんは居ないかね」と呼ばわった。>竜:どういうことだ? >八:ご隠居様はああ見えて、とんでもなく気が短いお年寄りなんですよ。誰かが止めに入ってやらねえと、ずんずん先へ行っちまうんでやすからね。>竜:待て待て、この吾作や二郎にも断(こと)わりなくか?>八:恐らく、もう眼中には居ねえでしょうね。>竜:真逆、この銚子竜之介のことまで無視しようというのではあるまいな?>八:「無視」ってことはねえでしょうが、あんまり重要視もしてねえかも知れやせん。>竜:身勝手にも程がある。・・・これ、ご老体。>内:はい、なんで御座いましょう? 市毛の若師匠?>竜:な、なんと。拙者を知り居るか?>内:数多(あまた)ある町道場の中でも指折りと評判ですからな。それに、変わり者ということでも、かなり。>竜:失敬(しっけい)な。持ち上げて叩き落して、なんとする。>内:まあ、そう熱くなり召(め)さるな。聞く耳を閉ざしておいでだったので、少しばかり不意打ちをしてみせただけのことですよ。・・・今ご説明しますから、お座りください。>竜:そのようなことを言って、まやかしの技を弄(ろう)するのではあるまいな?>内:ほっほ。まだまだお若いですな。そのような状態で剣を持つと、太刀筋が乱れますぞ。>竜:なんと。・・・正(まさ)に。これは何たる不覚。うーむ。恐ろしき極意である。>内:そんなご大層なものじゃありませんよ。ほっほっほ。竜之介も、反発心を削(そ)がれ、大人しく卓に就いた。>内:今、文(ふみ)を持たせましたので、夕刻までには返事が参りましょう。>源:あの、そんな簡単な問題じゃねえと思うんですが。>内:なあに、あの方の心の擽(くすぐ)りどころくらい心得ていますよ。>八:ご隠居、斉ちゃんになんだって書いたんでやすか?>内:「権現様のお膝元で小金を溜め込む黄金虫1匹。取り逃がさば攝津(せっつ)辺(あた)りに巣を構(く)うこと必定(ひつじょう)。内密裡(り)に捕獲者を送りたく、網を一条下賜(かし)されたし。」>八:なんですかいそりゃ? 山に虫取りに行くってことでやすか?>内:まあ、そういうところです。>八:鬼退治でやしょう? 天牛(かみきりむし)かなんかを取りに行く訳じゃねえんですから、網なんか持ってったって仕方ねえじゃありませんか。あんまり変なことばっかり言ってると、耄碌(もうろく)したのかって言われちまいますぜ。>内:はっは。耄碌してますかね? まったく、八つぁんはいつも正直だから良いですね。>八:そんなんで良いんですかい? おいら、二郎さんや吾作さんが不憫(ふびん)で不憫で・・・>源:待てよ、八。通じる人には通じるんだよ、これで。>八:なんでです? 黄金虫なんか取ったってなんの足(た)しになるってんです?>源:行くのがお前ぇじゃなくて良かったよ。お前ぇなんか行かしてたら、ほんとに虫集めしをてきそうだからな。>八:そりゃあ、玉虫なら結構な値段で売れるでしょうがね。>内:これは良い。・・・八つぁん、そのうち、一緒に玉虫狩りにでも行ってみますか?>八:何を悠長なことを言ってるんですか、まったく。>竜:・・・あの、ご隠居様。いったいどちらへ文を遣(つか)わしたんで御座いますか?>内:だから、家斉(いえなり)様のところへですよ。お城の。竜之介は絶句した。「う・え・さ・ま・?」と口は動いたが、声にはならなかった。一旦浮かせた腰をどすんと下ろし、3尺ほど後退(ずさ)って、唯(ただ)額を畳に押し付けた。八兵衛は、苦手な竜之介に一泡吹かせることができたと、意地の悪い喜びを味わっていた。二郎・吾作は、意味が分からず、ぽかんと竜之介を見ていた。>源:ご隠居様。本当に、竜之介さんたちに任せて呉れるとお思いですか?>内:勿論ですとも。但(ただ)し、銚子先生のことは何も書いてありませんから、「誰に」という訳じゃありませんよ。肝心(かんじん)なことは、余計な若年寄なんかに気付かれることなく、穏便(おんびん)に済ませるかどうかということです。>源:それじゃあ、やっぱり貯めたもんを賄賂(わいろ)に使っていたって言うんで?>内:噂(うわさ)はあります。ですが、確かめてはいませんし、確かめるつもりもありません。万が一、逆上(のぼ)せ上がった夢なんかを見ていようものなら取り返しの付かないことになりますからね。問題は、こちらの遅れが、あちらを益々増長させるということなのです。>源:あっしらが来たのは、偶々(たまたま)良い時期だったってことですかい?>内:まあそういうことです、と言いたいところですが、正直言っちゃいましょう。剣術かなんかの試合を名目に、町道場からめぼしいところを集めようかと考えていたところなのですよ。だから市毛道場のことも、千場道場のことも知っていたんです。当然、そのそれぞれの師範代のことも調べ上げてありました。黙っていて済みませんでした。・・・ですから、銚子殿。申し訳ありませんが、逃(のが)さずに、且(か)つ、生きたまま捕まえて来てくださいますよね?>竜:はっ、必ず。命に替えましても。>八:へえ、そんなに凄(すご)いことなんですかい? ・・・ねえ、ご隠居。思うに、その黄金虫ってのは相当な大物なんでやす
2007.11.15
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『木に竹を接(つ)ぐ』 (2002/08/19)『木に竹を接ぐ』木に竹を接ぐように性質の違ったものを継(つな)ぎ合わせるということで、前後の辻褄(つじつま)が合わないこと。また、筋が通らないこと。釣り合いが取れないこと。類:●辻褄が合わない●矛盾*********四郎の祝言(しゅうげん)の当日だというのに、八兵衛と五六蔵は酷(ひど)い二日酔いに苦しんでいた。三吉の飲みっ振りに煽(あお)られたせいである。当の三吉は自称「笊(ざる)」ということもあって、一人、何事もなかったように、さっぱりしたものである。>源:八、ちょいと俺に付き合って貰っても良いか?>八:厄介(やっかい)事なら熊に代わって貰いてえんですが。>源:お前ぇじゃねえといけねえ用なんだ。内房のご隠居のとこまでだ。>八:ご隠居さんのとこですかい? 結構歩きますぜ。>源:途中、市毛道場にも寄ってくぞ。>八:勘弁してくださいよ、親方。そいつぁあ一種の拷問(ごうもん)ですぜ。>源:仕方がねえだろ。ご隠居様に頼み事をするときゃ、お前ぇがいた方がとんとん運ぶんだからよ。>八:そうですかい。親方もやっとおいらの重要性に気が付いて呉れやしたか。>熊:ご隠居以外のことだと、八がいることで面倒じゃないことまで面倒になるけどな。>八:なにをーっ? ・・・あいたたたたた。>熊:頭に血が上ると、二日酔いに響くぞ。>八:なんだこの野郎。手前一人だけ酒の量を測っていやがって。>熊:意地汚(きたね)えお前ぇが悪いのよ。>八:てやんでえ、好きで意地汚く生まれてきた訳じゃねえや。・・・あいたたた。>源:・・・四郎、お前ぇも道場まで付き合え。>四:道場までって、その後は良いんですか?>源:お前ぇは、嫁とのご対面だ。あやのところへ連れ帰ってこい。>四:はあ。・・・ですが、祝言前は嫁と一緒には居ないのが決まりなんじゃなかったですか?>源:10年も会ってねえんだろ? 決まりなんかもうどうでも良いさ。なあ?>四:それでしたら、お言葉に甘えさせていただきます。八兵衛は、項垂(うなだ)れて源五郎と四郎に付いていった。>熊:さてと、こっちの問題はもう一人の二日酔いをどうするかってことだな。な、五六蔵。>五六:へえ。ちょいとばかし羽目(はめ)を外し過ぎやした。>熊:今日は2人抜けた分、ばりばりやって貰わねえとな。頼むぜ。>五六:あんまり期待されると困っちまいやすが・・・>熊:精々(せいぜい)今のうちにたんまり水を飲んどくんだな。身も細るくらい扱(しご)いてやるからよ。>五六:ひゃあ。お手柔らかにお願いしやすぜ。四郎は市毛道場で、吾作からおよねを預かり、あやのところへ帰された。二郎と吾作は、源五郎たちに付いて、内房正道の旅籠(はたご)へと向かった。気配を感じ取ったのか、竜之介が出てきて、「我も行くぞ」といって供(とも)に加わった。>八:親方あ、おいらどうもあの若先生が苦手なんですよね。>源:然(さ)もありなんだな。決して悪いお人じゃねえんだがな・・・>竜:やっ、源五郎親方の一番弟子の八兵衛殿ではないか。久方振りであったのお。>八:あいたたた。・・・若先生、こちとら二日酔いなんでやす。もうちいと小せえ声で頼みませよ。>竜:何を言う。声というものは腹の底から出して初めて魂が宿るのだ。魂のない言葉は言霊(ことだま)では有り得ないではないか。>八:言霊は立会いのときかなんかのために取っといてください。おいらを威圧したってなんにも出やしませんぜ。>竜:99勝しても1敗すればそれ即(すなわ)ち、死を意味するのだ。気を抜いたときが即ち一巻の終わりであると心得よ。>八:戦国の世の中じゃねえんですから、何もそこまでしなくったって・・・>竜:太平の世の中も、もう200年になるのだぞ。いつ戦(いくさ)になっても不思議ではないわ。>八:止(よ)してくださいよ、縁起でもねえ。おいらは面白可笑しく命を全(まっと)うしてえんですから。>竜:大工風情には分からぬ話であるな。ご意見番のご老人であれば、少しは話も分かろう?>八:いくら偉いってったって、とどのつまりは旅籠の隠居でやすよ。若先生には付いていけねえんじゃねえですか?>竜:そうであるのか? 詰まらんではないか。そんなご老人では、吾作どもの面倒など見られぬのではないか?>八:そのくらいなんてことねえですよ。寝床と飯の面倒くらいなら何ぼでも見られますぜ。旅籠なんでやすから。>竜:なんだ八兵衛殿。こやつらの話を何も聞いておらぬのか?>八:へ? 何もって、江戸見物かなんかに来ただけでやしょう?>竜:やっぱりか。全く頓珍漢ではないか。>八:違うんですかい?>竜:良いかな。耳の穴をかっ穿(ぽじ)って良く聞くのだぞ。この吾作と二郎はな、これから悪代官を成敗(せいばい)しに行くのだ。>八:これからって、ご隠居様を成敗しちゃうんでやすか?>竜:そうじゃない。下野(しもつけ)の山口なんとかという代官だ。>八:へえ。そいつは凄(すげ)えや。鎌とか鍬(くわ)でやっつけるんでやすね? 格好良い。>竜:一揆(いっき)ではない。・・・どちらかといえば、鬼退治である。>八:へ? 金太郎ですかい?>竜:桃太郎であろう。>八:大した違いはねえじゃねえですか。・・・そう言やあ、ついこの間、お供2人を連れて世直しの旅に行くんだって張り切ってたお人が居やしたねえ。>竜:なに? そのような面白そうなことをした者が居るのか?>八:居やすとも。こちらのお人は物凄いお大尽(だいじん)様で、銭を湯水のように使えるんですぜ。>竜:ほう、それは凄い。・・・どうであろう、今度の世直し旅にも付き合って呉れぬかの?>八:面白そうでやすね。きっとおいらが頼めばもう、二つ返事でやすよ。>竜:そうか、農民2人だけではむさ苦しかろうと思っておった。序(つい)でにくの一か何かも付けられぬか?>八:なんですかい、そりゃ?>源:あの、銚子様? 本気で下野まで行くお積もりなんで?>竜:当たり前である。悪人を退治するのは英雄の役目と決まっておる。そしてこの銚子竜之介こそが英雄である。仮令(たとえ)10人の悪代官が束になって掛かってきても、ばったばったと薙(な)ぎ倒して呉れるわ。はーっはっは。>八:親方、なんだか初め言ってたことと丸っきり感じが違うんでやすがね。>源:案外お前ぇと馬が合うかもな。>八:そりゃあねえですよ。>源:銚子様。悪人を懲らしめるのにゃ、呉服屋の隠居は必要ねえと思うんでやすがね。況(ま)してくの一など・・・。>竜:八兵衛殿に調子を合わせていただけである。木っ端(こっぱ)代官といえども手は抜かん。>源:まあどうでも良いですが、内房のご隠居が許さねえって仰ったら、引き下がってくださいやしね。>竜:なんでだ? 善行をするのになんでお許しが出ないことなどあるものか。>源:善行はお上に任せとけば良いって仰る可能性だって十分あるでしょう?>竜:そちは、この銚子に手柄を上げさせたくないのか? このご時世、どんなことが切っ掛けで世に出るか分からんのだぞ。もしかすると、大名の専属指南役にだってなれるやも知れぬ。>源:銚子様? もしかして、二郎さんたちを救おうってのは、端(はな)っから下心があってのことなんでやすか?>竜:そのようなものなどないわ。この銚子はあの町道場で十分満足しておる。・・・それは、立身出世するに越したことはないが、今度のことは、単純に人助けから思い立ったことである。>源:そうでやすか。信じやしょう。・・・尤(もっと)も、下心なんかが在ろうもんなら内房のご隠居様が見破っちまうでしょうが。>竜:心が読めるのか?>源:真逆(まさか)。そんなこと誰だってできやしません。ですが、ご隠居様は、本心が表に出てくるように仕向けちまうんですよ。>竜:なんと。どうやるのだ? その極意(ごくい)は?>源:極意なんかじゃありませんよ。当たってるかどうか分かりやせんが、こういうことです。自分の方から手の内を全部見せちまう。>竜:それでは足元を掬(すく)ってくださいと言うようなものではないか。>源:そうかも知れませんね、ははは。>竜:笑い事ではない。それは、勝ち方ではなく負け方の極意であろう。>源:真逆そんな。ご隠居さんは一度だって負けたことがねえお人でやすからね。>竜:うーむ、お主が言っていることは丸っきり変梃(へんてこ)で理解できぬ。>源:頭で考えて分かるようなことじゃあねえかも知れやせんね。>八:おいらには分かるような気がしやすけどね。>竜:なんと。もしかして八兵衛殿は剣の道の天才か?>八:ご冗談でしょう。・・・「負けるが勝ち」ってことなんでやしょう?>竜:ん? ちょっと違うと思うがな・・・。でも、ま、そういうことなのかも知れぬな。>源:駄目だこりゃ。
2007.11.14
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『木で鼻を扱(こ)くる→括(くく)る』 『木で鼻を扱くる・木で鼻を括る』1.酷(ひど)く無愛想に振る舞う。冷淡にあしらう。 例:「木で鼻を括ったような応対」 類:●木で鼻●木で鼻を(か)む●邪険●けんもほろろ2.さっぱりする。 用例:俚言集覧「木で鼻をこくったやう、さっばりした事」★「こくる」は、こするの意。「くくる」は「こくる」の誤用が慣用化した語<国語大辞典(小学館)>★木で鼻をかみこくるで、木で鼻をかんでは紙と違ってしなえようがないように、我れ関せずでまるきり情愛がない意である。<『倭訓栞』後篇>文献:倭訓栞(わくんのしおり) 辞書。谷川士清(ことすが)編。安永4年(1775)頃~。93巻・上中下後4冊。古語・雅語・口語を集め、出典、注釈を加えた。近世の辞書としては珍しく見出し語を五十音順に並べている。刊行は子孫によって明治20年(1887)終結した。*********「だるま」で四郎の祝いの会が始まる頃、源五郎は市毛道場を訪ねていた。媒酌(ばいしゃく)の役をやることになるだろうという、確認の意味合いも、勿論あった。しかし、それよりも、「ちょっと気になるのよ」と言ったあやが何に気を止めたのか、見極(きわ)めておきたかったのだ。>聡:まあ、源五郎親方お一人なの? 静(しずか)ちゃんでも連れてきて呉れたら良かったのに。>源:言っときやすがね、若奥さん。余所(よそ)の子供を可愛がってる暇があったら、自分の子供を拵(こさ)えた方が良いと思いやすがね。>聡:まあ。親方でもそんな軽口(かるくち)を言うのね。ちょっと見直しちゃった。>源:変なとこで見直さんでくださいよ。>聡:まあ、照れちゃって。可愛い。>源:敵(かな)わねえな、若奥さんにゃ。>聡:およねさんと話をしに来たんでしょ?>源:およねさんとっていうよりも、四郎の兄さんとその友達の人でやすかね。>聡:そうなの? ・・・きっと、へとへとに疲れちゃって、満足に歩いてこられないわよ。>源:なんか揉(も)めやしたか?>聡:そうじゃないのよ。うちの剣士殿がお鍛(きた)え遊ばしちゃったの。>源:相手は百姓(ひゃくしょう(※))ですぜ。何も剣を握らせたりしなくったって・・・>聡:そうじゃないのよ。・・・吾作さんの方からやらせて呉れって言ってきたのよ。>源:二郎さんもですかい?>聡:そうなの。長旅をしてきた後だっていうのに、元気よねえ。>源:元気とかそういう問題じゃねえですよ。きっと何か訳があるんでしょう? なんか言ってなかったですかい?>聡:別に何も。大方(おおかた)、道中で追い剥(は)ぎかなんかに会ったんでしょ?>源:仮令(たとえ)そんなことがあったにしても、真逆(まさか)、取り返すためにって訳じゃねえでしょう。>聡:そうかしら。あたしは追い剥ぎ退治だと思うな。だって、そういうことにしといた方が面白そうじゃない。・・・どう?>源:どうって聞かれやしても・・・>聡:いっそのこと、源五郎親方も一緒になってお稽古してみたら?聡(さと)と話していると、どうも調子が狂う。人の妻とはいえ、まだ17歳なのだ。そして悪いことに、更に妙(みょう)な調子になってしまうのが、夫の方である。>竜:おう、これはこれは、いつぞやの月下氷人では御座らぬか。なるほど、そこな吾作の妹の婚儀にも媒酌(ばいしゃく)の労をお執りか?>源:へえ。そういうことになりやす。>竜:媒酌人のことを「盃親(さかずきおや)」と呼ぶそうではないか。・・・と、いうことは、其許(そこもと)を介して、この銚子と吾作は義兄弟ということになる。しかも、この銚子の方が半年早いから、義兄(あに)ということである。>吾:はあ?>竜:「はあ?」ではないわ。義兄であり剣の師でもある訳だ。どうじゃ? 嬉しかろう。>吾:へ、へい。そりゃあ勿体ねえ話でやんすが・・・。なあ二郎。>二:おらも義兄弟なのか?>吾:そりゃあ、四郎の兄(あん)ちゃんなんだからよ、そういうことになるんだろうよ。>竜:ごちゃごちゃ言っとらんで、さあ立ちませい。続きをやるぞ。>源:ま、まあ、待ちなさいまし、銚子様。>竜:なんだ? 盃親の大工・源五郎殿?>源:うちのあやのやつが、妙に気を揉んでおりやして。>竜:奥から聞いたが、身重だそうな。何かと心配事もあろう。>源:うちのやつのことじゃねえんで。吾作さんと二郎さんのことでやすよ。浮かない顔をしてるのは、旅の疲れだけじゃねえでしょう? 田舎(いなか)で何かあったんじゃねえんですかい?>吾:それが・・・>二:吾作。黙ってろ。>吾:けどよ、二郎。源五郎さんなら信用できそうだし・・・。それに、腕っ節も強そうだし。>竜:何っ? 腕っ節が必要なのであれば、何故この銚子竜之介に頼まん? それではまるで、大工・源五郎殿が我(われ)よりも強いみたいではないか。>吾:そ、そんな意味で言ったんじゃねえんでやんす。農民のことにお武家様を巻き込む訳にゃあいかねえでやんすから。>竜:ほう。やっぱり何かあるのだな? 良かろう。関わる関わらないは別として、話を聞こうではないか。>二:ちょいと待ってお呉んなさい。下手(へた)に掻き混ぜられちゃあ村のもんにも迷惑が掛かり兼ねないことでやんすから、もうちいと考えさせちゃ貰えやせんか?>竜:そなたらが考えずとも良い。下手の考えなど休むに似たりだ。きりきり喋りませい。>二:そんな横暴な・・・>竜:横暴は剣士の特権。なんなら腕尽くで口を割らせても良いのだぞ。>源:まあまあ、そう押さえ付けなくても良いではありませんか。・・・どうだい二郎さん、相談に乗らせちゃあ貰えねえか?終(しま)いには二郎も折れた。「どこにでも転がってる話でやんすが」と前置きして話し始めた。山口某(なにがし)という代官が「6公4民」の重い年貢を要求して、足りない分は敲(たたき)刑で埋めるのだという。女子供もお構いなしで、である。手ずから竹棒を握る代官は、それはもう憎々しげに笑うのだという。>竜:けしからん。武士の風上にも置けん奴だ。この銚子が成敗(せいばい)して呉れるわ。>源:ま、待ってくださいまし、銚子様。>竜:何故(なにゆえ)止める。悪を懲(こ)らしめるのが「正義」であろう?>源:その通りではありましょうが、そいつはお上の仕事です。お奉行様とかお目付の方に任せるのが筋ってもんです。>竜:そういう輩(やから)は江戸市中のことで手一杯であろう。下野などには誰も出向かん。ならば、この銚子が行っても良いではないか。>源:行くのは結構なんですが、銚子様には、残念ながら捕まえるお許しがねえんです。下手(へた)に手を出すと咎(とが)になっちまいやす。>竜:面倒な世の中であるな。悪を倒して咎になるとはな。「一日一善を心掛けよ」が聞いて呆れるわ。免状を持った者でないと悪人退治ができないなどと誰が決めたのだ?>源:そりゃあ、ご公儀でしょう?>竜:そんな公儀だから、悪者が跋扈(ばっこ)するのだ。ああ口惜(くちお)しい。>源:然(しか)るべきところへ届ければ、お許しが出るかもしれません。>竜:然るべきとは役人のところということか? 冗談も休み休み言うが良い。役人など重箱の隅ばかり突付いて居って、民のことなど考えては居らぬわ。>源:そういうお人たちばかりじゃあねえでしょう?>竜:決まっとるわ。そうであったなら、松平の家など疾(と)っくの昔に滅亡しておる。しかし、大方の役人は天狗になっておる。こちらが下手に出てやっておれば好い気になって、偉そうに「今は手が放せぬ故明日来るが良い」と来る。>源:なんか役人に個人的な恨みでもあるんでやすか?>竜:私事(わたくしごと)だ。気にするな。・・・だからだ、結局のところは、役所になど届け出るのは嫌だということだ。>源:それじゃあ埒(らち)が明きやせんや。・・・どうでしょう? あっしに任せてみて呉れやせんか?>竜:お主に伝手(つて)があると申すのか? 冗談も程々にするが良い。>源:お約束はできねえんですが。>竜:ははあ、柿本猪ノ吉師範代の友人とかいう「鴨の旦那」にでも頼もうというのであろう。無理無理。所詮(しょせん)は下級与力。なんの足しにもなりはしない。>源:いえ、違うんですよ。内房正道というお人です。なかなか聞く耳を持ったお人ですよ。>竜:何? あの煩(うるさ)型と知り合いなのか?>源:2・3度話をした程度ですがね。>竜:そんな程度では期待薄だな。洟(はな)も引っ掛けては呉れまいよ。門前払いを食わされるのが関の山だ。>源:あっしんとこに居る八兵衛って野郎が、懇意にさせて貰ってるんです。八の言うところじゃ2人は「臭(くさ)い仲」なんだそうで。>竜:どういう間柄だか・・・※ご注意:「百姓」は、現在では、差別的な用語(好ましくない表現)とされていますので、使い方には十分ご注意ください。
2007.11.13
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『疑心暗鬼(ぎしんあんき)』『疑心暗鬼』(を生ず[=を作る])心に疑いを持っていると、暗闇の中に、ありもしない鬼の形を見たりするという意味で、疑う心があると、何でもないことまで、恐ろしく思えたり、疑わしく思えたりする。参考:「列子杲斎口義-説符篇」 「人有亡?者」章 「此章猶諺言疑心生暗鬼也」出典:列子杲斎口義(れっしけんさいくぎ) 林希逸撰。南宋。4巻。和刊本は万治2年(1659)。・・・調査中。*********6つ半(19時頃)、「皆さーん、お・ま・た・せ。栗林夏、只今参上」と、相変わらず元気なお夏が現れた。「よ、待ってました」と、粗野(そや)な声が奥の方から返ってきた。>夏:ありゃ凄(すご)い、お咲ちゃんのお父上まで来てるじゃない。長屋総出みたい。何かあったの?>咲:お祝いの会なの。>夏:誰の?>咲:四郎ちゃん。・・・明日祝言(しゅうげん)を挙(あ)げるの。>夏:明日? 随分急な話なのね。>熊:四郎の嫁になりたい一心で、下野(しもつけ)下(くんだ)りから追ってきたってんだ、羨(うらや)ましい話じゃねえか。>四:熊兄い、それは言い過ぎですよ。>熊:だってそういうことなんだから仕方ねえだろ。>四:姐さんはそう言ってましたけど、本人から言われた訳じゃないですから、なんだかくすぐったくって。>夏:へえ。四郎ちゃんも隅に置けないのね。>咲:生真面目(きまじめ)だし、謙虚だし、なんだか乙女心を擽(くすぐ)るのよね。八つぁんとは大違い。>八:お咲坊、もう勘弁しとくれよ。もう駄々っ子みてえなことは言わねえからよ。>咲:駄目。当分は信用してあげない。>夏:ありゃ。お咲ちゃんにしちゃ随分厳しいのね。どうしたの?>咲:八つぁんったらね、四郎ちゃんに先を越されるのが気に入らなくって、ねちねちと厭味の言い通しなのよ。>夏:そりゃあ良くないわ。弟弟子のお目出度を喜んであげられないなんて、兄弟子失格ね。良い親方になれないわよ。>八:こう見えても結構へこんじまってるんだぜ。もうそれくらいで勘弁してくれよ。な?>熊:もう1日反省してろ。>八:そんな殺生(せっしょう)な・・・お夏は「親爺さーん、四郎ちゃんがお嫁さんを貰うんだってぇ」と声を掛ながら奥へ引っ込んだ。周りの常連たちの目が一斉に四郎に集まり、「そうかい、そいつぁあ目出度え」と、それぞれが猪口(ちょこ)を掲げた。やがて支度を済ませたお夏が、銚子を5本運んできた。>夏:3本は親爺さんから、2本はあたしからの奢(おご)りよ。>熊:そいつはいけねえよ、お夏坊。こういう時はこっちが皆に振舞い酒しなくちゃいけねえ。>夏:良いじゃないの。気持ちよ気持ち。>熊:そうか? それじゃあ甘えるか。四郎、在り難くいただいとけ。>四:お夏ちゃん、どうも済みません。>夏:良いのよ。あたしんときはその何倍も出して貰うから。>熊:ちゃっかりしてやがるぜ。>八:もしかして、お夏ちゃん、もうそんなことになってるんじゃねえよな?>夏:あたし? そんな訳ないじゃない。あたしは医術と所帯を持つのよ。>八:だってさっき、あたしんときって・・・>夏:そんなのお愛想に決まってるじゃない。些細なことにぴりぴりしないの。>八:だってよ。この上、お夏ちゃんまで失ったらおいら、もう立ち上がれねえよ。>夏:情けない顔しないで。少なくとも、八兵衛さんがお嫁さんを貰うまでは見届けたげるからね。>咲:どういうこと?>夏:父上の面倒はおしか姉さんが見て呉れるし、兄上の禄(ろく)もそこそこになったし、ちょっと我侭させて貰おうかなって思ってるの。>咲:我侭って?>夏:うん、長崎辺りに行ってこようかななんて。>八:長崎? 長崎ってったらお伊勢様よりもずっとずっと向こうにあるんじゃねえのかい?>夏:そうね。3倍くらいかな?>八:なんでまたそんな地の果てまで行かなきゃならねえんだ?>夏:日本の医術は遅れてるのよ。>八:いつだ、いつ行くんだ?>夏:だから、八兵衛さんがお嫁さんを貰うのを見届けたら、かな?>咲:そんなこと言ってたらいつになるか分からないじゃないの。>八:お咲坊、お前なあ・・・>夏:きっかけが要るのよね。結構辛い旅になるから。だから、縁起の良いことを踏んぎる切っ掛けにしたいの。>咲:もっと良い切っ掛けがあるでしょうに。>夏:もう決めたの。口にしちゃった以上もう変えられない。>八:そんじゃあよ、おいら嫁なんか貰わねえで良いから、ずっとこのまんまここに居てくれよ、な?>夏:そうもいかないでしょ? お互いのためにも。とんだ祝いの会になってしまったなと、熊五郎は考えていた。お杉の婿探しくらいならまだしも、お夏の将来に纏(まつ)わることにまで関わってしまったのだ。安穏(あんのん)と酔っ払っている訳にもいかなくなってしまった。>熊:そのこと、鴨太郎は知ってるのか?>夏:鴨太郎さんには関わりのないことだもの。誰にもなんにも言ってないわ。父上にもね。>熊:養生所の先生にもか?>夏:保本(やすもと)先生には相談に乗って貰ってるの。本当にその気があるんなら、紹介状を持たせて呉れるって。>熊:だってお前ぇ、まだ16だぞ。>夏:そこなのよね。先生も少なくとももう2年は待ちなさいって。そんなに待ってたらお婆ちゃんになっちゃうじゃないのよ、ねえ。>熊:そいつは、おいらと八への当て付けか?>夏:ばれた? あはは。屈託なさそうに笑ってはみせているが、お夏の目は真剣だった。これは、自分の口から鴨太郎に伝えてあげなくてはけないかと、熊五郎は考えていた。>夏:それはそうと、四郎ちゃん、お嫁さんは連れてきてないの?>四:ええ。およねちゃんにも、吾作さんや二郎兄(あん)ちゃんにも、まだ会ってないんです。>夏:なあんだ、見てみたかったな。近いうちにきっと連れてきてよね。>四:はい。分かりました。>夏:四郎ちゃんって、ほんっとに素直ね。天邪鬼(あまのじゃく)の熊お兄ちゃんとは大違い。苦労させられるわよね、ねえ、お咲ちゃん。>咲:何よ。都合が悪くなったからって何もあたしに振ることないじゃないのよ。>夏:そう照れない照れない。いっそのこと四郎ちゃんたちと一緒に祝言挙げちゃったら?>六:なんと。咲が誰と祝言を挙げると言うのだ。>夏:あらお父上。そんなの熊さんとに決まってるじゃない。>六:許さん。儂(わし)の目の黒いうちは、駆け出し大工のところへなど嫁になんか行かせぬ。>夏:まあ。余計なことを言っちゃったかしら?>八:構うもんか。どうせ覚えちゃいねえんだ。見てみろ。目が黒いうちどころか、もう目を白黒させてるじゃねえか。>夏:あらほんと。相当酔っ払っちゃってるのね。大丈夫なの?>六:儂は酔ってなどおらん。今日の秘策は完璧に効(き)くと、ぶっ掛け飯屋の主(あるじ)が申しておったから・・・>定:寝ちゃいましたねえ。・・・負んぶして帰りましょうか?>咲:まだ始まったばかりじゃないの。良いから放っときましょう。定ちゃんだってお杉さんのこともうちょっと相談してった方が良いでしょ?>四:あの、こんなとこでこんなこと言い出すのは何かと思うんですが・・・>熊:どうかしたか?>四:はい。姐さんがちょっと気になることを仰(おっしゃ)いまして。>熊:およねさんのことか?>四:およねちゃんのことってよりも、兄ちゃんや吾作さんのことなんです。なんか隠してることがありそうだって。>熊:隠してること? >四:「庄屋様がお奉行様あたりに伝手(つて)を持っていて呉れたら」というようなことを言ってたらしいんです。田舎で何か困り事でもあるんじゃないかと・・・>与:そう言えば、四郎さんの実家で、畑のものを見にいったとき、一郎さんの背中に青痣(あざ)みたいなものがあったような気がするんです。>熊:青痣くらい道で転(ころ)んだってできるだろう。なあ四郎、田舎でそんなこと何も言われてねえんだろ?>四:はあ。ですが、元々、あれこれ喋る家族じゃありませんから。>熊:お前ぇも心配性だな。何かあるんだったらのこのこ江戸まで出掛けちゃこねえよ。勘違いだよ。然(さ)もなきゃ、里心でも付いちまったんじゃねえのか?
2007.11.12
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貴方は成功するための行動を取っていますか それとも 知らずに堕落の道を歩んでいますか------------------------------------- 『脳は、それを使って疲れさせることより、 使わずに“ 錆びかせてしまう ”ことの方が多いものです。』 長い間使い続けることによって摩耗し、交換の必要な時期が訪れる機 械装置と違い、脳は、使い続けることによって強くなるのです。 脳は、フル回転させるほどに発達してゆきます。 反対に、使わないでいると、機械と同じような現象が起こります。 どんなに複雑で高性能な機械であっても、また、どんなに優れた脳で あっても、使わないでいると錆びついてしまうのです。 スケジュールを管理して、勉強のための時間を作るようにしないと、 空いた時間を、頭を使う必要のない、退屈な現実逃避のための娯楽に ばかり費やすようになってしまいがちです。 “ リラックス ”することは大切ですが、“ 新しい知識を得る ” ことも重要です。その二つのための時間を、一日のスケジュールの中 に必ず盛り込むようにしましょう。 『“ 心配 ”からどうしても逃れられない人がいます。 そういう人は、自分の心の波長が“ 心配 ”の波長に同調している のです。心は、考え続けていることを引き寄せてしまうのです』 くよくよ心配することは目標達成のために役立ちません。 それどころか、心身の健康に深刻な悪影響を及ぼしてしまいます。 兄のウィリアム・メイヨーとともに、アメリカのミネソタ州ローチェ スターに、世界的に有名なメイヨークリニックを設立したチャールズ メイヨー[訳注]は、「心配を抱えていた事が原因で死んだ人を、 私はたくさん知っている」と言っています。 “ 心配 ”とは、漠然とした、不確かな脅威に向けられる感情なので 論理的に対処するのが難しいのです。心配から逃れる一番良い方法は その原因を取り除くために、“ 積極的な行動を起こすこと ”です。 問題に前向きに取り組むための計画をたて、それを実際に行動に移す 段階になれば、もう不安に悩まされることもなくなります。 消極的思考は、積極的な行動計画を持つ断固とした人には、必ず道を 譲るものです。 [訳注]チャールズ・メイヨー(1865-1939) アメリカの外科医。同じく外科医の兄、ウィリアム・ジェイムズ・メ イヨーと共に、彼らの父親がミネソタ州のローチェスターで開いた小 さなクリニックからスタートし、1889年、国際的に評判の高かっ たメイヨー・クリニックを設立。 『 “ 心配 ” の最も悪い点は、 たくさんの同類を引き寄せてしまうことです。』 羊と同じように、“ 心配 ”も群れを作りたがるようです。一つの “ 心配 ”が別の心配を引き起こし、さらにそれが別の“ 心配 ”を 呼び、あなたはあっという間に増大した不安に押しつぶされてしまう のです。 “ もし○○だったらゲーム ” ―― 問題が起こり得るかもしれない という推測が、さらなる問題を引き起こす ―― その思考サイクルに 陥ってしまうと、次には事態が悪化しているのではないかという消極 的な展望が常につきまとい、不安が増大してしまうのです。 “ もし○○だったらゲーム ” をやらざるを得ない時は、絶対勝た なくてはいけません。今直面している問題や派生し得る問題にではな く、解決策に考えを集中させるようにしましょう。 自分が抱えている心配が、どんなに重大なものに思えたとしても、注 意深く検討してみれば“ いかなる問題でも必ず解決策は見つかる ” ということに気づくはずです。 『自分の心構えを管理できなくて、 どうやって他の人を管理できるなどと思えるのでしょう?』 機会さえ与えられたなら、自分は最高の管理者になれると信じている 人が、実は自分のことですら管理できていないことが多いのは、なぜ でしょうか? 他人をうまく管理したいなどと思う前に、まず、人に対して自分が手 本を示せるようにならなければいけません。例えば、自分自身の中に 業績アップを目指す気持ちを起こすことができなければ、他の同僚や 部下を激励し、業績を伸ばすために頑張ろうという気持ちにさせるこ となど、できるわけがないのです。 「私を管理者にすれば、上手に管理できるところを見せてやるのに」 などと言っている人達と同じ過ちをしてはいけません。最初に行動を 起こさなければならないのは、あなたです。まずは、管理者としてふ さわしいことを証明しなければなりません。 『良い状況でも悪い状況でも、ほぼあらゆる状況について、 そこに立ち向かうため、あるいはそこから抜け出すための 自分なりの方法を考えることはできるのです。』 まず最初に “ 考え ” がないと “ 行動 ” は起きません。 消極的思考が積極的な人生を破滅に追いやるのと同じぐらい確実に、 思考の力によって自分の置かれている状況を、改善することができる のです。 成功は現状をありのままに分析し、自分の人生に対して責任を負い、 願望実現のための実行可能な計画を立てることから始まります。 『積極的な心は、実行可能な方法を見つけます。 消極的な心は、実行不可能な方法ばかりを探し出してしまいます』 「真実が存在するのではない。 真実に対する理解力だけが存在するのだ。」 と言った人がいます。この言葉をあなたが受け入れようと受け入れま いと“ 自分が真実であると信じるものが、自分にとっての現実とな る ” のです。 あなたの潜在意識は、あなたが確信をもって繰り返し言い聞かせた言 葉 ―― その内容がどうであれ ―― を信じます。今までに経験した こともない難題に直面した時は、失敗の可能性にではなく、成功の可 能性に考えを集中させましょう。そして、問題を細分化し、一つずつ 取り組んでいくのです。 どんな仕事でも、成否を左右するのはただ一つ、その仕事に対するあ なたの “ 心構え ” だけなのです。 『思慮深い人とは、一度話す前に二度考える人です。』 リーダーたる者にとって最も重要な資質であり、人間関係を築くため の最も貴重なスキルとは、 おそらく “ 話す前に考える脳力 ” でしょう。 怒りにまかせて軽率な言葉を口にした後で冷静さを取り戻してから、 自分の行動を悔やむ傾向があなたにあるのなら、 “ 話す前に10数えなさい ”といわれていた子供の頃の教えがまだ 大い役立つはずです。 少し間をとって考えれば、自分がこれから言おうとしていることにつ いて、考え直すことができます。例えば、強く言わなければいけない 事がある場合でも、あえて柔らかい言い方をしてみるのは、グッド・ アイディアかもしれません。後で自分がきつい言い方で返されるのは いやですからね。 『“ 心構え ”は、優れたパースナリティを保つ上で 鍵となる資質です。』 あなたが自分自身をどう見ているかは、他人からあなたがどう見られ るか、ということに大きく影響しています。 あなたが自信に満ち、明るく、積極的な人であれば、あなたの同僚、 友達や家族は、あなたのパースナリティに魅力を感じるはずです。 逆に、あなたが消極的で、いつも不満そうな顔をしながら愚痴をこぼ してばかりいるようなら、他の人たちは寄りつかなくなるでしょう。 たまに楽しくない時があっても、努めて明るく積極的にふるまうよう 心がければ、本当に気分が明るくなっていくものです。 潜在意識は、“ 見せかけの感情 ”と“ 本当の感情 ”との区別がつ かないからです。積極的にふるまえば、あなたも含めて、周りにいる 人たちに積極的な影響を与えることができるのです。
2007.11.11
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成功する秘訣は何だろう やっぱり前向きな心がないと何事も打開できないよね---------------------------------- 『消極的な心は、幸福や成功を引き寄せず、 その逆のものを引き寄せてしまいます。』 明らかに優れているアイディアを目の前にしたときに、自分の気持ち を欺いて「自分はあえて反対意見を述べようとしているだけだ」と思 い込もうとしたり、そのアイディアのあら探しをしようとすることが あるかもしれません。 しかし、消極的思考は消極的な結果しかもたらさなのです。 心は、積極的思考を現実化しようと努力し続ける場合とまったく同じ ように、思考が完全に消極的である時は、消極的な結果をもたらすべ くせっせと働いてしまうのです。 -------------------------------- 『あなたの本当の年齢は、生まれた時からの年月ではなく、 心構えで決まるのです。』 アメリカのある作家は、「年齢は、生まれてからの年月ではなく、 気質と健康によって決まるものだ。生まれた時から老け込んでいる人 もいれば、まったく若々しいままの人もいる」と言っています。 実際、10代の頃から老け込んでしまう人もいるし、70歳になって も、新鮮な気持ちや情熱が衰えない人もいます。 すべては “ 心構えの問題 ” なのです。 成長の過程においては、すべての経験が何かしら知識を得る絶好の機 会になるよう心がけましょう。また、人の誠実さを疑うような事はや めましょう。 今までの経験から、どうしても偏見を持ってしまうようであったら、 「今度は、これまでとは違う人たちと接しているのだ。前とは状況が 違うのだ」「自分は成長して賢くなったから、今までよりも成功する 可能性は大きいのだ」と自分自身に言い聞かせるようにしましょう。 -------------------------------------- 『あなたの心は、あなただけが支配できる唯一のものです。 無益な口論のために、心を安売りしてはいけません。』 あなたは、自分の時間とエネルギー ―― 肉体的なエネルギーと知的 なエネルギー ―― を、最大の見返りをもたらす仕事のために使うこ ともあれば、無益な行動に浪費してしまうこともあるでしょう。 心は完全にあなたの自由になる領域ですから、それを建設的な目的の ために使うことも可能ですし、無益な口論のために、心のエネルギー ばかりか、時間まで浪費することもありうるのです。 どうするかは、あなたが自分で決めることです。 “ 活発で知的な議論 ” と “ つまらない口論 ” とでは、極めて 大きな違いがあります。様々なテーマについて議論する場合、自分と 考えを異にする人と、意見を交換し合うことによって、あなたの知識 は増えてゆきます。反対に、取るに足らない事柄に関する言い争いに 引きずり込まれてしまったら、頭脳も心も鈍くなってしまうのです。 『“ 自業自得 ”という言葉がありますが、それは人の思考にも当て はまることです。自分自身がどんな思考をしているかについては、 注意を払うことです。』 あなたが他の人に向けて送り出す思考は、その相手よりも、あなた自 身に対してとても大きな影響を及ぼします。物質的な財産と違って、 誰かに対して自分の意見を述べるとき、あなたが考えたことは、あな たの心の中に留まり続けるのです。意識の中では忘れてしまっても、 あなたの潜在意識の中に留まっているのです。 夜になるとねぐらに戻るニワトリのように、潜在意識の中に眠ってい た思考も、思いがけないとき、突如として顕在意識の上に現れるので す。それが積極的思考であれば心配する必要はありませんが、消極的 思考が姿を現したとしたら、あなたが損害を受けることになるのです。 潜在意識の中に眠っている、積極的思考が再び顕在意識の上に姿を現 わした場合は、積極的な結果がもたらされるだけでなく、どんな時で も積極的心構えでいる勇気を与えられます。
2007.11.10
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『雉(きじ)も鳴(な)かずば撃(う)たれまい』 『雉も鳴かずば撃たれまい』[=獲(と)られまい]無用な発言をしなければ、禍(わざわい)を招かずに済むということ。余計なことをしたばかりに、己に災害が降り懸かること。類:●鳥も鳴かずば撃たれまい●口は禍の門*********「これが飲まずにいられるかってんだ」と、八兵衛は半(なか)ば投げ遣りである。「だるま」へ行って飲み始め、現実を忘れるほど酩酊(めいてい)してしまおうという魂胆である。そうなるであろうということは、あやもすっかりお見通しで、「八兵衛さんには内緒にね」と、熊五郎にこっそり飲み代(しろ)を預けていた。>八:四郎、今日は手前(てめえ)の驕(おご)りだからな。>四:は、はあ・・・>熊:八よ、お前ぇの気持ちは分からねえでもねえがよ、兄弟子であるおいらとお前ぇの方が、四郎に振舞い酒をしてやるのが筋だろ。>八:五月蝿(うるせ)えや。おいらの可愛らしい心がずたずたになってるのが見えねえのか?>三:おいらには見えやせんが。>五六:八兄いの心がそんな柔(やわ)だとは思えねえんですがね。>八:ああ、五六蔵にまで馬鹿にされようとはな。ああ情(なさ)けねえ。>五六:そいつは、あっしの心の臓には毛が生えているって意味でやすか?>八:その上、凍(こお)り付いていやがるんだろうよ。>五六:酷(ひで)え言いようでやすね。>熊:まあ、悲劇の主人公でも演じてるつもりなんだろうよ。勝手にやらしとけ。・・・そんなことより、目出度(めでて)え話なんだから、松吉や半次も呼んできてやったらどうだ?>八:お前ぇがお足を出すってんなら、お咲坊や与太郎も呼んでやれ。いっそのこと太助を呼びゃあ、店の食いもんを全部平らげて呉れるだろうよ。>熊:かあ、こいつ本当に捻(ひね)くれちまいやがった。兎も角、祝い事は大人数の方が良かろうと、長屋の連中に片っ端から声を懸けてくるよう、三吉が使いに出された。八兵衛は、早くも、独り手酌(てじゃく)で飲み始めていた。>五六:ときに、そのおよねさんってのは、どんな娘さんなんだ? 年は幾つだ? 色白か? お多福か?>四:おいらの記憶じゃあ、年は4つ下だから、20と3、4じゃねえかと思うんですけど・・・>八:なんだと? ぴちぴちじゃねえか。>五六:年だけじゃ分からねえですよ。・・・それから?>四:色は白いというよりも、頬っぺたに赤味が残るような感じで。>五六:子供じゃねえんだからよ。お前ぇ、最後に会ったのはいつ頃だ?>四:かれこれ10年は経つから、およねが13かそこいらじゃねえかと・・・>五六:そんなんじゃ全然分かんねえじゃねえか。>四:どうせ畑仕事ばかしの筈だから、真っ黒に日焼けしてるんでしょうね。>八:末成(うらな)りのお前ぇにゃぴったりだよな。釣り合いが取れて結構なこった。>五六:八兄い、一々恨めしそうに口を挟まないでくださいやし。>八:仕方がねえだろ。お前ぇたちが寄って集って羨(うらや)ましげな話ばかり持ち出すんだからよ。態(わざ)とぐさぐさ刺さるようなことを聞いてるんじゃねえのか?>五六:熊兄い、こいつぁあよっぽどですぜ。何か慰(なぐさ)める手立てはねえんですかい?>熊:お夏坊でも来りゃあ少しは収(おさ)まるんだろ。放っとけよ。変に慰めようなんて気を起こしてみろ、反対に噛(か)み付かれるぞ。五六:熊兄いがそう仰(おっしゃ)るんでしたらそうしやすが・・・>八:それで、四郎? そのおよねちゃんは、醜女(しこめ)なのか、不美人なのか、器量が今一つなのか、その辺のとこをはっきりしろ。>五六:八兄い、そいつぁあ誘導尋問ってやつですぜ。(※)やがて、長屋の連中がどやどやと入ってきた。松吉と菜々は良いとして、半次にお咲に、与太郎に太助まで付いてきた。更に、酒の飲めない六之進と定吉までである。>熊:六さん、祝って呉れるのは有り難えんだが、へべれけになったりしねえようにして呉れよ。>六:真逆(まさか)ここまで来た者を追い返したりなどせんだろうな? それに、今日は秘策があるのだ。>熊:またですかい? 巧くいった例(ためし)なんかねえじゃねえですか。>半次:六さん、今日はどんな手を使うんだい?>六:うむ。・・・親爺、済まぬが、天婦羅を揚げた滓(かす)を醤油に漬(つ)けて出して呉れぬか?>亭主:滓だけで良いんで? 今日は珍しく良い鱚(きす)が入ってるんですけど。>八:それじゃあ、おいらがその身の方を貰う。六さんにはその滓の方だけ遣れば良い。>熊:お前ぇ、そりゃあ幾らなんでも酷(ひど)過ぎやしねえか?>八:だって滓をご所望(しょもう)なんだろ? 望み通りにしてやりゃ良いじゃねえか。それによ、親爺だって滓だけ作る訳にもいかねえだろう?>亭主:さっきの余りなら売るほどあるよ。お夏ちゃんが来たら残りを揚げようかと思ってたんだ。>八:そうかい。そんじゃ、おいら、お夏ちゃんと仲良く半分こにして貰おうかな。お前ぇらにゃ分けてやらねえ。>熊:お前なあ・・・>半:八の奴、どうかしたのか?>熊:僻(ひが)んでやがるのよ。女々しいったらありゃしねえ。>半:僻むって、四郎のことをか? 馬鹿じゃねえのか?>八:なんだと? お前ぇにおいらの辛さなんか分かるもんか。>半:何を卑屈になっていやがる。まだ嫁も貰えてねえのはおいらも熊も一緒じゃねえか。なんでお前ぇだけが辛いなんて言える?>八:・・・あ、そっか。お前ぇも独り身で、宛てなしか?>半:宛てなしは余計だ。そんな遣り取りをしている間にも、太助は凄まじい勢いで物を食べていた。三吉も、使いに行っていた分を取り返そうとでもするかのようにがぶ飲みしていた。そんな食いっ振り・飲みっ振りを、六之進と定吉は羨望の目で見ていた。>咲:四郎ちゃんが所帯を持つのかあ。なんだかぴんと来ないわね。>熊:頼りねえとかって言うのは止せよ。>咲:あら、熊さんも僻み?>熊:冗談じゃねえ。可愛い弟弟子が身を固めるってのを僻む兄弟子が何処に居るってんだ。>咲:ここに。>熊:こいつは特別だっての。>咲:でも良いなあ。なんだか、あたしも早くお嫁に行きたくなっちゃった。>六:こ、これ、咲。お前はまだ16ではないか。まだまだ早過ぎる。>咲:父上ったら、そればっかり。後生大事に取って置くなんてことになったら、直ぐにお婆ちゃんになっちゃうからね。>六:何もそこまで引き止めておくつもりはないが・・・>定:貰い手が居るうちに出しちゃった方が良いかもしれませんよ。うちの姉も下手(へた)をすると・・・>熊:なんだよ、定吉。お杉ちゃんならまだまだ盛りじゃねえかよ。>定:とんでもないですよ。ああは見えますが、姉はもう25ですよ。>熊:なんだと? 長屋に来たときはまだ精々12かそこらだったじゃねえか。>定:あたしが5つのときですから、もう13年になります。気が付きませんでしたか?>熊:そうか、気が付かなかったな。そうか、もう25か・・・>咲:なによ。鼻の下なんか伸ばしちゃって。妙なことを考えてる訳じゃないでしょうね?>熊:な、なんだよ、妙なことって。>咲:知らない。>八:痴話喧嘩なら外でやってくれ。>六:ち、「痴話喧嘩」とは聞き捨てならぬぞ。>咲:父上は黙って酔っ払っちゃいなさい。>六:なんと。仮にも親たるものに向かってその言いようはなんだ。母上が生きておれば嘆いておることだろう。>咲:またそれ? 父上は頭が堅過ぎるのよ。>六:堅物の何処が悪い。ああ結構だとも。儂(わし)は自他共に認める石頭だ。天下無敵の唐変木だ。>半:おっ、開き直りやがったぞ。面白いからもっとやれ。>熊:六さん酔っ払っちまったんじゃねえか?>六:何を言う。儂はこの通り、これっぽっちも酔ってなどおらん。>咲:どうやら今度の秘策も外れだったみたいね。半次さん、今夜も宜しく。>半:なんでおいらなんだよ。熊でも八でもいるじゃねえか。>咲:ふうん。・・・良いわよ。今夜は定ちゃんにお願いするから。>定:あたしですか?>咲:だって、今日の集まりの主旨は、「お杉さんのお婿さん探しについての話し合い」なんだもの。それくらいして貰っても良いじゃない。>熊:いつからそういう主旨に変わったんだ。今日は四郎の祝いじゃなかったのか?>咲:良いじゃない。纏(まと)まったとこよりこれからのとこって言うじゃない。>熊:言わねえよ、そんなこと。>八:なんだ? おいらにも明るい将来が見えてきたのか?>熊:なんだと? 真逆お前ぇ、お杉坊となんてこと考えてる訳じゃねえだろうな。>八:この際、お杉坊だろうと、お咲坊だろうと構わねえよ。>咲:「この際」ですって? 女を馬鹿にするのも好い加減にしなさいよね。・・・そんなこと言ってるんなら、もう八つぁんには誰も紹介してあげない。>八:そ、そんなに怒るなよ。冗談だからさ。な、お咲坊。>咲:駄目。捻くれてばかりいるような女々しい人に、紹介するような友達はあたしには居りません。>八:そう言うなよ。頼むよ。>咲:もう遅い。お夏ちゃんにもちゃんとそう伝えとく。>八:お夏ちゃんに言うのばかりはご勘弁を。>咲:駄目。見損なったわ。>八:なあ熊よ、頼むから口添えしてくれよ、な。>熊:知るか。明日の四郎の祝言で、腹踊りでもしてみせたら少しは考えてやっても良いがな。>八:するする。そんなんで良いんなら臍(へそ)でも尻でもなんでも出すぞ。>熊:尻は出すなっての。(つづく)---≪HOME≫※時代考証を多分誤まっています「誘導尋問」は現代の法廷用語であり、この時代の庶民が話す言葉ではないと思います。が、適当な言葉が見付からなかったので、このまま使います。
2007.11.09
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『奇貨(きか)居(お)くべし』 『奇貨居くべし』珍しい品物だから、今買っておけば後で利益を得る材料となるだろうという意味で、得難(えがた)い機会が巡ってきたら逃がさず利用しなければならないということ。好機を逸してはならない。出典:「史記-呂不韋伝」 「此奇貨可居」人物:呂不韋(りょふい) 中国戦国末の商人で秦の宰相。?~前235年。趙の人質となっていた秦の荘襄王を庇護し、その功により丞相となり、始皇帝に仲父(ちゅうほ)と尊称されたが、密通事件に連座して失脚、自殺。学者を優遇し、諸説を折衷して「呂氏春秋」を編纂した。始皇帝の実父ではないかという説がある。*********仕事を終えて戻ってきた一同の中から、先(ま)ず最初にあやに呼ばれたのは、源五郎だった。他の面々も「みんなにも言うことがありますから、ちょっとだけ待っていてください」と、足止めされた。>三:姐(あね)さんから呼び止められるのなんか珍しいでやすね。>熊:大方、八がくだらねえことやってるから、もう少し気合いを入れろってことだろ?>八:そんなことあるかよ。おいらは四郎のためを思ってやってるんだ。親身(しんみ)になってるやつを怒るなんて、聞いたこともねえ。>熊:傍(はた)から見りゃあ、仕事に身が入ってねえだけに見えるのさ。>八:そうか? おいらは一所懸命なんだけどな。まあ、そう言われたら、分かるように良ぅく説明してあげよう。>熊:お前ぇが説明なんかできる立場か。>八:おいらと姐さんの間で遠慮なんてもんは要(い)らねえのよ。>四:・・・あの、おいらは、なんだかそのことじゃないような気がするんですけど。>八:じゃあ、なんだってんだ?>四:そんなこと分かりませんけど、なんだか、姐さん、にこやかだったように見受けられたんですけど。>八:良い話なのか? ・・・もしかして、なんか駄賃(だちん)でも出るのかな?>熊:お前ぇは直ぐにそっちへ行くんだな。しみったれてるって言われるぞ。程なく、あやが作業場に現れて、四郎を手招きした。何故(なぜ)四郎なのか? と、皆が顔を見合わせた。>三:どうなってるんでやす? 八兄いでも熊兄いでもなく、なんにもやらかしていなそうな四郎が呼ばれるってのは、ちょいと解(げ)せやせんね。>八:そうか、読めたぜ。>三:どういうことで?>八:一黒屋のご隠居様だよ、きっと。先(せん)だってはご苦労だったって、夕飯のご招待かなんかが来たんじゃねえのか? こりゃあ、美味(うま)いもんが鱈腹(たらふく)食えそうだぜ。>熊:そんな都合の良いことばかりあるかよ。仮に、もしそうだとしたって、一人一人呼び付けたりなんかしてねえだろ。>八:そうか。・・・じゃあやっぱり四郎がなんかやらかしたってことか?>熊:そんなことはねえ。何かやらかしてるとしたら、四郎よりも五六蔵の方が怪(あや)しかろう?>五六:そりゃあねえですぜ、熊兄い。>熊:はは、冗談さ。・・・ま、うちのもんがなんかをやらかしたってことじゃねえだろう。実際、ここんとこ大人しくしてるもんな。>八:なんにもなくて詰まんねえくらいだ。・・・だから、四郎の兄(あん)ちゃんが来て呉れねえかって言ってるんじゃねえか。>熊:だから、人を騙(だま)くらかすのは止(や)めにしようっての。>八:良いじゃねえか、たいして罪のあることじゃなし。方便だろ? お前ぇも、良く言うじゃねえか「嘘はいけねえが方便なら構わねえ」ってよ。>熊:なんでもかんでもって訳じゃねえ。やがて、源五郎が顔を出して、八兵衛を名指しした。八兵衛は「そう来なくっちゃ」と言って、勇んで源五郎の後に従った。>三:一体どういうことでやすか? 順番がてんで目茶苦茶じゃねえですか。>熊:おいらにもさっぱり掴(つか)めねえ。姐さんは一体何を考えていなさるんだ?>五六:まるで、一番物分かりの良いのとそうでねえのと、両端(りょうはし)から基礎固めしたって感じでやすねえ。ほどなく、「なんでやすってぇーっ」という八兵衛の素っ頓狂な声が、奥の座敷から聞こえてきた。源五郎の宥(なだ)めるやら賺(すか)すやらの声に混じって、叱責(しっせき)するような声まで漏(も)れてきた。四郎のときにはまったく漏れてこなかったものである。どうやら、八兵衛こそが呼び出しの目当てであったらしい。>三:なんだか拗(こじ)れてるみたいでやすねえ。>熊:大方、八兵衛の野郎が一方的に駄々を捏(こ)ねてるんだろ。>五六:やっぱり良くない話なんでやしょうか? 四郎が一黒屋さんのところに雇(やと)われるとか、そんな・・・>熊:半人前な者は職を替わったって半人前にしかなれやしねえ。親方だって、そのくれえ知っていなさるさ。>五六:じゃあ・・・奥から、4人が纏(まと)まって出てきた。源五郎とあやはにこにこしている。四郎はおどおどしている。八兵衛はがっくりしている。三様である。>五六:お、親方、もしやとは思うんでやすが、四郎を一黒屋さんに渡しちまうなんていうことじゃねえですよね?>源:なんだと? そんな話どっかた出てくるんだ?>五六:だって、八兄いがあんなに食い下がるからには、きっと大事(おおごと)なんでやしょう?>源:大事には違いねえが、そんな話じゃあねえ。俺は弟子を誰かに渡しちまったりはしねえぞ。誰が好んで金の卵を人に遣(や)るかってんだ。>五六:金の卵でやすか?>源:ああそうだ。お前ぇも三吉も、俺にとっちゃあ大事な弟子だ。居なくなられたら、失うものが多過ぎら。>三:だって、おいらも四郎もまだまだ半人前で・・・>源:まったく駄目だと分かってたら、何も後生大事に抱え込んでたりしやしねえよ。大丈夫だ。お前ぇらが弟子を取るようになるまでは面倒を見といてやる。>三:有り難うございやす、親方。>熊:するってえと、なんの話だったんでやすか?>源:明日の晩、四郎の祝言(しゅうげん)を挙(あ)げる。>熊:い、今なんて言いやした?>源:四郎の祝言だ。精々(せいぜい)粧(めか)し込んで来い。>熊:はあっ? ・・・し、四郎、お前ぇ、いつの間に。・・・五六蔵、お前ぇ知ってたのか?>五六:いいえ、さっぱり。・・・ほんとかよ。>四:ええ。どうやら、そういうことらしいです。>三:なんだよ、お前ぇが一番信じられなそうな顔してるじゃねえか。鳩が豆鉄砲食らったようだぜ。>熊:親方、どういう経緯(いきさつ)なんで?>あや:今日のお昼過ぎにお兄様がお出でになったんです。>五六:え? もう来ちまったんですかい? じゃあ、八兄いの苦労は水の泡でやすかい?>源:そういうことだな。これで少しは気が楽になったぜ。>あや:お兄様は、四郎さんが親方じゃないってことを端(はな)からご承知だったそうですよ。>五六:とんだ一人相撲でやしたね、八兄い。>八:五月蝿(うるせ)えや。こちとら、弟弟子に先を越されちまって、とんでもなく嘆(なげ)いてんだ。少し放っといて呉れ。>熊:お前ぇ、そんなことで駄々を捏ねてやがったのか? まったく肝っ玉の小せえ野郎だな。>八:お前ぇは良いよな。お咲坊っていう先を契(ちぎ)った相手が居るんだからよ。>熊:誰がそんなことするか。おいらだって、お前ぇとおんなじよ。弟弟子に先を越された間抜けな兄弟子よ。・・・だがな、そのどこがいけねえ? 祝言なんてものは先だから偉いとか、後だからいけねえとかってもんじゃねえだろ。>あや:そうですよ、八兵衛さん。四郎さんには偶々(たまたま)良い縁が在ったんです。八兵衛さんだって遅かれ早かれですよ。だって、こんな良い男、世間がいつまでも放っておく訳がないですもの。>八:そ、そうでやすよね、姐さん。・・・やい、四郎。おいらだって追っ付け良い女房を見付けて祝言を挙げてやるからな。そんときは精々たんまりと御祝儀(しゅうぎ)を包みやがれ。>熊:またそれかよ・・・>源:人にはな、八。良い巡り合わせなんてものはそう何回も来るもんじゃねえ。今がそれだって気が付いたら、少しくらいの犠牲なんか気にしねえで、食らい付いていかなきゃいけねえぞ。>八:へい。分かりやした。>熊:親方の口から言われても、あんまり説き伏せられたって気がしねえんですけど。>源:なんだと?>熊:機会を物にしたのは親方じゃなくって姐さんの方だってことです。>五六:違(ちげ)えねえ。>源:こら五六蔵。手前(てめえ)まで俺を小馬鹿にしやがるのか?>五六:と、とんでもねえです。「終わり良ければすべて良し」でやすよね、はは。>熊:ときに姐さん、四郎の嫁さんってのはどこの誰なんでやすか?>あや:許婚(いいなずけ)ですって。>熊:へ? お前ぇ、そんなの居たのか?>四:実はおいらも知らなかったんです。>熊:なんだと?>四:兄(あん)ちゃんと吾作さんの間で、ずっと前から決まってたことらしいんです。>あや:およねさんっていうんですけどね、なんでも、およねさんの望みもあってのことだそうですよ。>熊:惚(ほ)れられたってのか? 男としちゃあ冥利(みょうり)に尽きるってもんだな。>四:そんなんじゃねえんです。偶々家が隣同士だったって、唯(ただ)そんなことですよ。>八:でも手前は、満更(まんざら)でもねえんだろ?>四:そりゃあ、おいらみたいな甲斐性無しのために、田舎(いなか)を捨てても構わないって言って呉れるんでしたら・・・>五六:良い話じゃねえか。おい三吉、お前ぇにもそんなのは居ねえのか?>熊:ま、待て五六蔵。この上三吉もじゃあ、八の野郎が気が変になっちまうじゃねえか。
2007.11.08
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『聞いて極楽(ごくらく)見て地獄(じごく)』 『聞いて極楽見て地獄』人から聞いたのと、自分の目で実際に見たのとでは大きな相違がある。類:●聞いて千金見て一毛*********直ぐ近くに二郎たちが来ているなどとは露知らず、八兵衛は「四郎親方ぁ」と呼んで四郎をからかっていた。>八:四郎親方。今日はお兄様は来なかったですねえ。>四:いっそのことずっと来なければどんなに幸せなことか・・・。>八:そうは行かねえよ。・・・じゃない、そうは行かないでございますよ、親方。折角(せっかく)の苦労が水の泡になっちまう。>四:じゃあ、お尋ねしますが、八兄いは、いったいどうなったら苦労が報(むく)われると思うんですか?>八:そりゃあ、まんまと騙(だま)し果(おお)せたときに決まってんだろ? でございます。>四:そんなことして何が嬉しいってんですか?>八:自分の演技力の凄(すご)さに惚れ惚れするのさ。「良くやったぞ八兵衛」って独(ひと)りでにんまりするのよ。>三:八兄い、そいつはなんだか危(あぶ)ねえですぜ。お頭(つむ)の具合いは大丈夫でやすか?>八:大丈夫に決まってら。独り笑いしようが独り言を言おうが、そんなのおいらの勝手だ。誰に迷惑を掛ける訳でもなし。>熊:なんの得にもならねえってのによ、まったく・・・>八:なんの得にもって、そんなこと分からねえだろう。もしかして、野崎屋に持っていけば、また面白可笑しい草双紙の出来上がりだ。馬鹿売れかも知れねえぞ。>熊:何を言ってやがる。そんな使い古された話なんか、どこの誰が取り上げるかよ。>八:使い古されてるのか?>熊:お前ぇの手拭いと同じくらい襤褸襤褸(ぼろぼろ)だ。>八:こんななのか? じゃあ仕方がねえな。・・・まあ良いか。そのときが面白けりゃ、それで良いや。損得なんか関係ねえさね。>四:おいらは全然面白くないんですけど。>八:良いじゃねえか。おいらが楽しければ良いのよ。・・・じゃねえ、良いんでございますよ、四郎親方。>源:無駄口はそのくらいにして、残りを片付けちまえよ、八。>八:へーい。・・・それはそうと、親方も、四郎親方の芝居に付き合ってくださるんでしょうね?>源:俺がか? 俺には無理だよ。その辺のことは八と三吉に任せるよ。>八:そこまで頼りにされちゃあ仕方がねえですね。合点(がってん)承知の助でやす。>源:張り切り過ぎるなよ。後の始末が面倒(めんどう)になる。>八:始末なんかなんにも要(い)りませんって。一切合財おいらに任(まか)しといて呉れりゃ良いんです。>源:大丈夫かよ。>八:大船に乗った積もりでいてください。>四:おいら、どうしても、泥舟のような気がして仕方ありません。沈んじまって、もう浮かんできやしないんです。浮かばれないですよ、ほんとに。>三:なんだよ、縁起でもねえ。化けて出るなよな。おいらは苦手なんだからよ。>四:そういう話じゃねえっての。兄(あん)ちゃんに面目が立たないってこと。もう、恥ずかしくって、田舎へなんか帰れなくなっちまうよ。>源:大丈夫だ。四郎みてえにこつこつやるもんは、将来必ず良い親方になれる。>四:本当ですか?>源:但(ただ)し、今直(す)ぐって訳にゃあいかねえよ。>四:それでも良いです。このまま頑張っていけるって気になってきました。>源:それで良い。>八:親方。おいらはどうなんで?>源:そりゃあ、四郎や三吉よりは先に親方になって貰わなきゃいけねえな。>八:いつしてくださるんで?>源:嬶(かかあ)を貰って、倅(せがれ)でも持つようになれば、自然とそんな風になってるさ。>八:やっぱり、嫁ですか? こりゃあ、ちょいと気張らねえといけねえですね。>源:お前ぇはあんまり気張らねえ方が良い。万が一駄目だったとき、後の始末が面倒だからな。そんな遣り取りを、辻の陰から覗き見していた二郎たちは、満足げだった。>二:どうだんべ、吾作。ちっとばかし頼りねえけんど、本気で大工の親方になろうとしてるみてえだ。>吾:上等だ。舐(な)めて掛かってたけんど、意外にてきぱき遣りやがるじゃねえか。畑で泥なんか弄(いじ)って、青物を拵(こさ)えてるより、よっぽど似合いだな。>二:昔は、田圃(たんぼ)の畦(あぜ)より高えとこにも登れねえ臆病もんだったっけがな。>吾:俺も小(ち)っちゃい時分の「泣き虫四郎」しか知らねえからな。正直言って魂消(たまげ)だよ。この目で見てるのだって信じらんねえくれえだ。>二:どうだ、およね? ええか?>よね:うん、ええだ。おら、四郎ちゃんの嫁っこになる。>二:お内儀(かみ)さん。祝言(しゅうげん)の方、何卒(なにとぞ)、良しなにお願えしやすです。>あや:謹(つつし)んでお請(う)けいたします。・・・ただ、先ほども言いましたが、あそこの八兵衛という兄弟子を納得(なっとく)させなければなりませんから、ほんの1日か2日、時間を貰わなきゃならないと思います。>二:なあに、ここまで来たらもう、2日が10日だろうと、待ちやんす。>あや:それぞれのご両親様はどうなさいます?>吾:うちの爺様なんか、娘の祝言のことなんかより、泥鰌隠元(どじょういんげん)の出来具合いの方が、よっぽど気になるってえ質(たち)ですんで、気にするこたねえです。なあ二郎、お前ぇんとこだって構(かま)うこたねえべ?>二:構うこたあねえ。うちの爺様と婆様は、江戸の土産物にしか気が行ってねえからな。>あや:まあ、ほんとですか?>吾:ほんとほんと、まったくそのまんまでやんす。>あや:身内だけのちょっとした祝言ってことでしたら、殆(ほとん)どなんの用意もなく出来ちゃいますねえ。>吾:ささっと済ましちゃってお呉くんなせえ。>あや:およねさんは、そんなんで良いの? 白無垢(しろむく)の打掛け小袖とかは?>よね:そったな豪勢なもんを欲張ったりしたら、罰(ばち)が当たる。おら、着の身のまんまで十分です。>あや:いくらなんでも旅姿でって訳にはいかないわよ。ちょっと当たってみるわね。借りられるかもしれないから。>よね:そんな・・・>あや:良いのよ。およねさんのためってのもそうなんだけど、なんてったって、うちの若い衆の晴れ舞台だもの。わたしだって気張らなくっちゃ。・・・でも、あんまり期待しないでね。この前祝言を挙げたおしかさんっていうのは、およねさんより1尺(約30.3cm)も大きい人だったから、別を当たらなきゃならないのよ。>よね:あたいより1尺も・・・四郎や八兵衛に見付からないようにということで、3人は一旦「市毛道場」に厄介になることになった。少しばかり遠いが、なんといっても、あやの顔で只で寝泊りできるのだ。更に、食事までついてである。>二:何から何までお有り難うごぜえやす。>あや:良いんですよ。なんだか自分の祝言をするみたいな気になってるんです。然(さ)もなきゃ自分の娘の祝言、かしら?>二:それにしても、お侍(さむらい)様とご懇意とは魂消やんした。どういったお付き合いで?>あや:うちの親方が、娘さんのお婿(むこ)さんを探してあげたようなんです。本当のところはそんなに力になったとは思えないんですけれど。>二:はあ。親方さんは随分お顔が広いんでやんすね。>あや:とんでもない。只の出不精の気難し屋ですよ。顔が広いのは熊五郎さんや八兵衛さんの方です。>二:例の兄弟子さんらでやんすか? ・・・そうは見えねえんでやんすが。>あや:人は見掛けに依らないってことかしら。ああ見えて八兵衛さんなんか、お奉行様の囲碁仲間とも親しいんですよ。>二:へえ、こりゃあ魂消た。じゃあ、なんか困ったことがあったらお奉行様に口添えしていただけなさるんでやんすか?>あや:余程のことでもない限りそんなことしませんけどね。>二:そりゃあ凄(すげ)えです。おらたちの庄屋様もそのくれえの伝手(つて)がありゃあ良いんですけんど・・・>吾:こら二郎。あんまし細(こま)っかしい話なんかするもんじゃねえ。>二:あ、済まねえ。つい。お内儀さん、なんでもありやせんで、気にせんでくだせえまし。>あや:はあ・・・師範の娘の聡(さと)は、あっけらかんと3人のことを引き受けて呉れた。「師範代がちょっとばかし代わってらっしゃるけど、他の方は皆さん親切な方たちですから」と、あやが請け合って呉れたので、安心してぐっすりと眠った。翌朝。明けの6つ(6時頃)に叩き起こされた。普段なら日が昇るのと同じ頃合いには目が覚めるのだが、旅の疲れが出たのである。>竜:師範代の銚子竜之介、ここに在りーっ。間借りの者は家事を手伝うべきであーる。働かざる者食うべからーず。(※)>吾:なな、何事だ?>二:お役人か? 捕まえに来ただか?>吾:ま、待て。ここはおらたちの村とは違うだ。江戸なんだから、大丈夫(でえじょうぶ)だ。>二:そうか。肝を冷やしたぜ。んで? 何が起こっただ?>吾:はて? もしかして、お内儀さんが言ってた師範代のお人か?>竜:男子2名は水汲みと薪割りーっ。女子1名は炊事を手伝うことーっ。>二:なんだか怒ってるみてえに聞こえねえか? 木刀で引っ叩(ぱた)かれたりしねえよなあ?>吾:真逆な。棍棒(こんぼう)で引っ叩かれるのなんか年に1遍(ぺん)でたくさんだ。障子ががらりと両側に開き、竜之介が、にやりと笑いながら仁王立ちしていた。二郎と吾作は「ひええっ」と戦(おのの)いて、布団を引っ被(かぶ)った。(つづく)---≪HOME≫※お詫び: 時代考証が不確かです。「働かざる者食うべからず」は、旧約聖書中の言葉であり、キリスト教を尊ばなかったこの時代(1802)に、使われていたかどうかは定かではありません。
2007.11.06
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『管鮑(かんぽう)の交(まじ)わり』 『管鮑の交わり』深く理解し合った親密な交わり。仲睦(むつ)まじい交際。類:●水魚の交わり●断金(だんきん)の契り●莫逆(ばくげき)の交わり●刎頚(ふんけい)の交わり故事:「列子-力命」・「史記-管晏列伝」・杜甫の詩など 中国春秋時代、斉の管仲と鮑叔とは非常に仲が良く、いつも親密に交わった。*****************************八兵衛は四郎に「親方の役」を仕込むのだといって張り切っていた。一方、熊五郎はそんな2人を呆れて見守りながら、内心では二郎が来なければ良いと願っていた。当の四郎は、飽くまでも事実を伝えるべきだと言い張っており、芝居の稽古などする積もりは更々ないようだった。>八:なあ四郎、おいら前から聞いてみたかったんだけどよ、干瓢(かんぴょう)ってのは、あの長さに育つまでどのくらい掛かるんだ?>四:八兄い、なんか勘違いしちゃいませんか?>八:何をだ? ・・・それによ、あれってどこが茎でどこが葉っぱなんだ?>四:あのですね、幾らなんでもあんな紐みたいになって生えてくる草なんかありませんよ。>八:それじゃあ、木なのか?>四:そうじゃないんですよ。干瓢っていうのは、実の果肉なんです。瓢箪(ひょうたん)とか糸瓜(へちま)の仲間だと思ってください。八兄いが知ってるような形になるのは乾かした後なんです。>八:そうなのか? じゃあ、乾かした後に切り揃(そろ)えるんだな? どおりでな。虫にも食われてねえし、幅も丈も揃ってるから可笑しいとは思ってたんだ。>三:流石(さすが)の八兄いでも、知らねえ食い物があるってことでやすね。>熊:鮃(ひらめ)の縁側だって知らなかったじゃねえか。>八:あれは、不意打ちを食らったのよ。いつものおいらなら、すぐにぴいんと来てた筈だぜ。>熊:負け惜しみだろ?>八:そんなんじゃねえや。一遍でも食ったことがあれば、大方は覚えちまうってことよ。>熊:じゃあ、干瓢はどうなんだ? 食ったことなら何度もあるだろ?>八:冗談じゃねえ。生の瓢箪なんか、一度だって食ったことはねえ。>熊:また屁理屈を・・・>八:それでよ、四郎。干瓢の実が取れるのはいつなんだ?>四:収穫は葉月(8月=現在の9月中旬頃)の終わり頃です。今頃が一番手の掛からない時期ですね。>八:ってことは、お前ぇの兄(あん)ちゃんは、来るんだったら今のうちってことなんじゃねえのか?>四:そうなんです。おいらもそれが気に掛かってるんです。・・・真逆とは思うんですが、おいらたちの後を追うようにして出掛けたりしちゃいないでしょうね。>熊:二郎兄ちゃんってのは、そんなにせっかちな人なのか?>四:せっかちっていうよりも、思い出したように突飛なことをするような質(たち)なんです。親に内緒で出掛けて2、3日戻らないなんてこともしょっちゅうでした。>八:そりゃあ、せっかちじゃなくって、身勝手だな。>四:もしかして、明日辺りひょっこり現われるかもしれません。>熊:止せよ。「噂をすれば影が射す」だ。本当に来たらどうするんだ。>八:だから、四郎親方って呼んでやりゃあ良いのよ。なんなら本気で練習してみるか? 今日の午後の間中は「四郎親方」って呼んで、「です」とか「ます」とかを付けて喋ること。>四:止してくださいよ。「です」とかを付けられただけでも、居(い)た堪(たま)れなくなっちゃいますから。八兵衛が四郎の頼みなど聞く道理がない。ことある毎(ごと)に「四郎親方寸法はこんなもんで良いですかい?」だの、「肩でもお揉みいたしましょうか?」だのと言って、四郎をからかい続けた。>源:なあ熊、八の野郎、いったいどうしたってんだ?>熊:親方が、八兵衛の道楽を許しちまったから、こんなことになってるんじゃねえですか。>源:八の道楽ってなんだ?>熊:親方、真逆(まさか)覚えてねえってんですかい? ほら、四郎の1歳違いの兄ちゃんってのが、四郎のことを、弟子を抱える親方だって勘違いしたって話ですよ。>源:そんな話、されてたっけ?>熊:昨日のことですよ。親方は「まあ良いんじゃねえか」って言ったんですぜ。>源:俺がか? そうか。そう言っちまったんじゃ仕方ねえな。まあ、大目に見といてやるか。>熊:良いんですかい? 四郎の兄ちゃんが本当に来ちまったらどうするんです?>源:そんなの、本当のことを正直に言うのが一番良いに決まってんじゃねえか。そうだろ?>熊:昨日のうちにそう言って貰いたかったですよ。懲りるということを知らない八兵衛は、「だるま」で飲んでいる最中まで、「四郎親方」と呼ぶものだから、お夏が聞き付けて、訳を尋ねにきた。>夏:ねえ八兵衛さん、四郎ちゃんって、いつの間に親方になったのかしら?>八:やあ、お夏ちゃん。あ、そうだ。お夏ちゃん、四郎親方のお内儀(かみ)さんの役をやる気はねえかい?>夏:何それ? お内儀さんの役って、どういうこと?>八:実はな、明日か明後日に、四郎の兄ちゃんが田舎から出て来るんだ。>夏:だって、四郎ちゃんたち、ついこの間、田舎に帰ってたんでしょ? 何かあったの?>四:はあ。兄ちゃんがおいらのことを、親方だと勘違いしちゃったんです。一黒屋のご隠居さんも与太郎さんも、本当のことを教えなくても構わないんじゃないかって言うもんで、放っておいたんですが・・・>夏:来るっていうの? あら、そう。ふうん。>熊:お夏坊、お前ぇ真逆、また変な遊び心を出したりしねえだろうな。>夏:何よ熊お兄ちゃん。あたしがそんな、お気楽なお調子者に見えて?>熊:ああ。見える。>夏:心外ね。・・・でも、面白そうな話よね。お咲ちゃんには話した?>熊:止せよ。>八:熊の野郎、お咲坊を四郎に渡すのが嫌なんだとよ。仮りのことだって分かっててもな。>夏:まあ。お熱いこと。>熊:五月蝿(うるせ)え。・・・そんなことより、お夏坊も駄目だぞ。>夏:どうして駄目なのよ。さてはお得意の「まだ子供だから」って言うんでしょ?>熊:決まってるじゃねえか、何が親方のお内儀さんだよ。ばれちまうに決まってるじゃねえか。なあ? 四郎。>四:見え透き過ぎです。翌日の昼過ぎ、源五郎の家に二郎が現れた。二郎には連れが2人あった。>二:もし。御免くだせえ。>あや:はい? ・・・あら、もしかして、四郎さんのお兄さんじゃありませんか?>二:へい。二郎ってもんでごぜえます。あの、四郎はこちらでご厄介(やっかい)になってるんでごぜえますよね?>あや:はい。今は現場の方へ行ってらっしゃいます。今日は早目に片付くそうですから、もう一時(いっとき)もしたらお戻りになると思います。>二:そうでやんすか。・・・あの、働いてるとこをそっと見てきてえんでやんすが、どう行けば良うございましょう?>あや:そっとですか? ええ、構わないと思いますが、少しお休みになっていってくださいませ。そんな遠いところじゃありませんから、お茶でもどうぞ。>二:こいつは恐れ入りやす。・・・あ、申し遅れやんしたが、連れのもんは吾作と、その妹のおよねでごぜえます。・・・おい、ご挨拶しろ。>吾:おらは吾作と申しやして、二郎や四郎の家(うち)の直(す)ぐ隣に住んでるもんです。>よね:よねです。・・・あの、もしや、四郎ちゃんのお嫁さん、なんてことはねえですよね?>あや:わたしがですか? いいえ。わたしはあやっていって、ここの源五郎の女房ですよ。あそこで、お昼寝してるのが娘の静(しずか)です。・・・あなた、もしかして?>よね:もし、四郎ちゃんが良いって言うんなら、お嫁に貰ってもらいてえと・・・>あや:まあ。お似合い。>よね:そんなこと・・・>二:四郎が家をおん出ていくなんて言い出さなければもうとっくに一緒になって、仲良く干瓢作りしてるとこなんでやんすがね。まったく、身勝手な野郎でして。>吾:四郎には言ってなかったんでごぜえますが、二郎とおらの間で随分前(めえ)から決めてたことなんでやんす。・・・というより、およねの奴の頼みってのがほんとのとこなんですけんど。>よね:兄ちゃんったら、そったなこと・・・>二:吾作が、「約束を守らねえならおらとお前ぇの付き合いもこれっきりだ」なんてこと言うもんで。>あや:まあ。随分気を許してらっしゃるんですね。羨(うらや)ましいくらい。>二:腐れ縁でやんすよ。>あや:四郎さんの話だと、親方になって弟子を持つ身だと思い込まれたってことですけど、お芝居だったんですか?>二:たった1年しか違いのねえ兄弟でやんすから、あいつがそったなご立派になれる訳がねえのは知っとります。あんなむっつり男を使って下すってる親方さんにどうしてもお礼が言いたくて来ちまったんでやんす。それと、吾作との約束のこともありやしたんで、ほんとに真面目にやってるのかどうか、この目で確かめてから決めようってことにしたんでやんす。>あや:優しいお兄さんがいて良いわね、四郎さんは。>二:そんな、勿体無え。親方のお内儀さんからそんな風に言われると居た堪れねえです。>あや:その言い方ったら、四郎さんとそっくり。>二:へ? そうでやんすか? こいつは参りやした。・・・んでも、ほんとのとこは飽くまでも、吾作から勘当されたくねえからなんでやんすから、あんまり誉(ほ)められたもんじゃねえんですけどね。>あや:まあ、ご謙遜。・・・でも、困ったわねえ。>吾:やっぱりなんか問題があるんでやんすか?>あや:いえ違うんですよ。四郎さんとおよねさんのことは諸手を挙げて賛成なんですけど、まだ独り身の兄弟子がいましてね、こういうことになると、やっかむんじゃないかと、ちょっと心配なんです。
2007.11.05
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心はどうやったら強くもてるのだろうか 心は育てる事が出来るのか----------------------------------- 『心は、一番働かされたときに最も役に立つのです。』 あなたには、自分の一番大切な財産である “ 心 ” を常に成長させ るための計画がありますか? 毎日最低でも30分は必ず勉強・思考・計画の立案に費やしてくださ い。自分の長期的・中期的・短期的な目標について振返り、現在の自 分の進み具合を測ってみるようにしましょう。 目標達成に向かって予定どおりに進んでいますか? 「目標達成に役立つ情報で今手もとにないものはどんな情報か?」と 考えてみましょう。そして必要な情報を集め、行動を起こすのです。 『心は “ 飽きる ” ことを知りませんが、与えられる “ 食べ物 ” によっては飽きてしまうこともあります。』 コンピュータのエキスパートの間で、GIGOという用語が使われて いますが、これはコンピュータが“与えられた情報しか処理しない” ということを説明する言葉です。 心についても同じことが言えます。“ 栄養のある食べ物 ” を与え れば、あなたの心は強く、そして鋭敏になります。 しかし “ 栄養の乏しい食べ物 ” ばかり与えていると、心は不健 康で、消極的で、非生産的なものになってしまうでしょう。 “ 与えたものが返ってくる ” からです。 あなたの心には、“ バランスのとれた栄養 ” を与えてください。 様々な分野の情報を学んで、最新の動向を常に把握しておくのです。 自分の仕事に関する最も優れたアイディアが、まったく思いがけない 分野から見つかることに気づくでしょう。 『自分の心について十分に理解すれば、 賢者と同じくらいの思慮が身につきます。』 自分の心の支配を引き受けたなら、自分の人生も自分で支配すること になります。自分の考え、気持ち、感情や願望をよく理解できれば、 それをあなたが選択したあらゆる目標に向けることができます。 知恵は、時間をかけて自分自身を細かく分析し、今の自分が形成され た経緯を理解した時に生まれるのです。 自分の心を支配することは、思慮深くかつ内省的であることが要求さ れる、孤独なプロセスです。あなたの心の複雑な働きを理解すること ができるのは、あなただけです。 洞察力を身につける上で必要なのは、時間と努力です。その二つを惜 しんではいけません。 『自分の心についてよく理解しておけば、いつもそれを積極的な 状態に保っておくことができるようになります。』 発電から送電に至るまでの複雑な過程を完全に理解していなくても、 家の照明をつけたり、コンピュータの電源を入れるなどという、電気 の使い方は、誰でも知っています。 “ 心 ” についても同じことがいえます。その複雑な機能を完全に 理解している人は誰もいませんが、あるやり方で働かせれば、望んで いる結果を達成できることだけはわかっています。 “ 積極的に考えれば、積極的な結果を得られる ” のです。 『脳は、思考の波動を発信する送信局であり、 受信局でもあるのです。』 実際の思考伝達の方法がどうであれ、他の人の思考に内包されている エネルギーを受け入れようと思ったら、まず自分の心の状態を調整し なければなりません。 人の話を聴くことで、心の状態を調整し、話し手の考えの中にある貴 重な知識を自分の中に受け入れやすくなるのです。その話題に対する 先入観が自分の中にある場合は、まずそれを取り除き、注意深く、 一方的な判断を下さないよう心がけながら、相手が言わんとしている ことに耳を傾けるようにしましょう。 また、話し手にではなく、話の中で示される知識そのものに注意を向 けるようにしましょう。そして、言葉の裏に隠れた、ポイントとなる アイディアを見つける努力をすることです。 あなたの心を調整して、多くの人が心の中の“ 受信機 ”のチューニ ングを間違えているために聴き逃している“ 知識 ”を、人の話の中 から見出し理解しましょう。
2007.11.04
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『堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切(き)れる』『堪忍袋の緒が切れる』もうこれ以上は、我慢し続けていることができなくなる。我慢の限界を超える。反:●虫を殺す*********下野(しもつけ)の国までの往復は20日程度だからと出掛けていったけれども、「珍道中」が帰ってきたのは、空に入道雲が浮かぶような季節だった。かれこれ、一月半も留守にしていた勘定である。>八:やい、四郎。宿場ごとに何かを送るって言ってなかったか?>四:送ったじゃありませんか。>八:そりゃあ、最初のうちこそ1日置きくらいで届いたがよ。それが3日置きになり、5日置きになり、終いには音沙汰なしじゃねえか。数え合わせたって10にもなりゃしねえ。おいらがいくら温厚な質(たち)だからっていっても、許せることと許せねえことがあるぞ。>熊:どこが温厚だか・・・>四:良いものがあったら送っていますよ。言ったじゃないですか、干瓢(かんぴょう)しかないんだって。>八:干瓢でも何でも送って寄越せば良いじゃねえか。干してあるんだから、日持ちもするだろう。>四:そんなもの貯め込んだって仕様がないじゃないですか。乾物問屋にでも売り込もうってんですか?>八:そうじゃねえよ。「だるま」に持っていって親爺に煮付けさせるのよ。そんでもって、「お通しでござい」って、小鉢10文(約200円)で客に売り付けさせる。1束で小鉢50くらいになるから、ざっと2朱(約1万円)少々になるだろう。>三:ですが八兄い、そいつは「だるま」の親爺の儲(もう)けでやしょう?>八:何を言ってやがる。材料と思い付きを出したのはおいらなんだぜ。取り分は8:2(はちにー)で、おいらが8だよな。なんてったって、名前からして八兵衛だもんな。>熊:なに馬鹿なことを言ってやがる。そもそも送られてねえんだから、そんなことを話しても仕方ねえだろう。それに、仮にそんなことになってたとしてもだ、元手は全部一黒屋のご隠居様なんだろ? そういうのをな、「人の褌(ふんどし)で相撲を取る」ってんだ。>八:良いじゃねえかよ。送って貰ったんなら、もう、おいらのもんだろ? おいらのもんをおいらがどう使おうと、ご隠居様には関わりのねえことなんじゃねえか?>熊:だからよ、ご隠居様は、お前ぇが喜んで食うだろうってことで送って呉れるんだろ? そんなご厚意を銭儲けにしちまおうっていう根性が、曲がってるとは思わねえのか? お前ぇはそんな人でなしか?>八:うーん。確かにな。厚意を無にするってやつだよな。・・・だがよ、ご隠居にばれなきゃ、ちょっとくらいやったって良いんじゃねえのか?>八:全部だろうがちょっとだろうが、やっちまったら、もう、咎(とが)なの。2朱だろうと20文だろうと、お縄になりゃあ一緒ってことだ。>八:たった20文でか? それで、どんな咎になるんだ?>熊:そうだな、「騙(かた)り」になるのかな? まあ遠島(えんとう)だな。良くても所払いじゃねえか? お奉行様の機嫌が悪いとかで、罷り間違えば、獄門(ごくもん)だな。>八:冗談は止(よ)せよ。高々20文で獄門にされちゃあ敵(かな)わねえぜ。>熊:ご法度(はっと)はご法度だからな。>八:てやんでえ。このお江戸にゃあ、20文で打ち首になさるようなお奉行様なんか居るもんか。現に、南の根岸様は相変わらず、立派なお裁(さば)きをなさってるんだろ?>熊:立派なお奉行様だからこそ、ご政道には厳しいんじゃねえか。軽い気持ちでいると、痛い目を見るぞ。>八:大丈夫だよ。いざとなったら内房のご隠居が付いてるもんね。>熊:その反対だぞ。考えてもみろ。内房のご隠居様は、馴染みだからって手心を加えるようなお人じゃねえだろう? せいぜい厳しくお仕置きするよう、ご進言くださるだろうよ。>八:20文ぽっちでもか?>熊:ああ。20文ぽっちでもだ。絶妙な思い付きだと得意になり掛けた八兵衛だったが、「政道だ」「ご法度だ」と、堅いことを言われては引き下がるしかない。気も削(そ)がれて、四郎に詰め寄っていたのも、尻切れ蜻蛉のまま、もうどうでも良くなってしまっていた。>八:それで? 田舎のみんなには会ってこられたのか?>四:はい。相変わらずのんびりした連中でして、おいらが帰ったからって、喜ぶでもなし怒るでもなしってもんですよ。>八:へえ、変わってるな。五六蔵んところとは大違いだな。>五六:まったく。代わって貰いてえくらいでやすよ。>四:ただ、1つ上の兄(あん)ちゃんだけは酷(ひど)く感激して呉れまして、そのうち必ず遊びに行くからなって、在所(ざいしょ)を書かされました。だから、つい、親方のところを教えてきちゃいました。>八:そりゃあ、親方の家の方がでかいし、分かり易かろう。構わねえんじゃねえか?>四:問題はそこじゃないんです。・・・あの、なんて言っていいんでしょうか? ええと・・・>熊:真逆(まさか)お前ぇ、自分が親方で、5人の弟子を養(やしな)ってるとかって言ってきちまったんじゃねえだろうな?>四:め、滅相もありません。自分の口からそんな大それたことなんか言い出す筈がないじゃありませんか。>熊:そうだよな。どっちかってえと控え目なお前ぇが、そんなことを言う筈はねえな。・・・で? 問題はなんだ?>四:はあ。・・・確かに自分の口から言い出しはしませんでしたが、兄ちゃんが勝手に独り合点してしまいまして。>八:お前が親方だって思い込んじまったってのか?>四:ご隠居様も与太郎さんも、ちゃんと説明して呉れないんですよ。恰幅(かっぷく)の良い商人風体(ふうてい)の人がいて、そんな同行人から「さん」付けで呼ばれていたら、勘違いもするでしょう?>熊:それで? 誤解したまんまなのか?>四:「遊びに行く」なんていうのは、どうせお愛想(あいそ)だから、構わないだろうって、ご隠居様が・・・>八:来ねえんなら良いじゃねえか。>四:それが、直ぐ上の兄ちゃんに限ってはそうとばかり言ってはいられないんです。なんて言いますか、拘(こだわ)るって言いますか、不言実行の人って言いますか・・・>八:来るのか?>四:多分・・・。>八:面白(おもしれ)えじゃねえか。どうせ2、3日のことだろ? 四郎親方って呼んでやりゃあ良いんだろ?>四:そんな。とんでもないことです。誰がどう見たって、皆さん方の方が貫禄があって、おいらの方が下っ端なのは一目瞭然です。贔屓目(ひいきめ)に見たら三吉くらいなら弟子で通るかもしれませんけど。>三:なんだと?>四:何もそうだって言ってる訳じゃないよ。言葉の文(あや)だよ。・・・八兄い、態々(わざわざ)話をややこしくしなくても良いんです。きっと、ちゃんと説明すれば兄ちゃんも納得しますから。>八:やってみなけりゃ分からねえだろ? まあ、この八兵衛さんに任(まか)しときな。>熊:なあ八、止(よ)しといたのが良いんじゃねえのか?>五六:あっしは、ちょっとくらいなら、付き合ってやっても良いかなって思いやすが。>熊:五六蔵まで。大概にしとけよ。お前ぇら、源五郎親方にどうやって説明するってんだ?>八:大丈夫よ。親方ったら2人目の稚児(ややこ)のことで浮かれちまってるから、案外乗ってくるかも知れねえぜ。>熊:いくらなんでも、あの親方が乗ってくるかってんだ。>八:じゃあ、もし、親方が首を縦に振ったら、お前ぇも付き合うんだな?>熊:万が一そういうことになったら仕方ねえだろ?>八:決まりだな。ようし。・・・で? いつ来るんだって?>四:そんなこと分かりませんよ。何しろ不言実行の人ですから。>五六:その兄ちゃんの名前って、もしかして三郎ってのか?>四:いえ、二郎です。>五六:数が合わねえじゃねか。>四:双子でして、姉ちゃんがおみつって言います。>八:美人か?>熊:なに聞いてやがるんだ、お前ぇは。>四:八兄い、そんな訳ないじゃありませんか。おいらとおんなじ顔をしてますよ。>八:そうか。>三:待てよ、お前にそっくりなら、色は白くてなよっとしてて、背は高からず低からず、結構いけるんじゃねえのか?>四:止せよ、もうとっくに嫁に出ちゃってるんだから。干瓢のお陰で、まあまあ増しなところと縁付いたみたいなんだ。八兵衛が予想した通り、源五郎は上の空で、「まあ良いんじゃねえか」と、虚(うつ)ろな顔で頷(うなず)いた。>八:ほれ見ろ。言った通りだろ?>熊:おいらはあんまり気乗りがしねえな。>八:まあ良いじゃねえか。・・・あ、そうだ。仮にも「親方」なんだから、女将(おかみ)さんを宛がってやらなきゃならねえな。>熊:なんだと?>八:四郎が情けねえ分、しっかりした女将さんが良いよな?>熊:そこまで律義(りちぎ)にお膳立てする必要があるのか?>八:当たり前だろ? やるんならとことんやるぜ、おいらは。・・・なあ、お咲坊なんてったら、お前ぇ、怒るか?>熊:怒るもなにも、子供を巻き込むなってんだ。>八:良いじゃねえか、ご当人が「子供扱いしないで!」って言うんだからよ。>熊:それはそうだが・・・。四郎とじゃ、あんまりにも釣り合いが取れねえだろう。>八:あ、本音を吐きやがったな? 嘘だって分かってても、他人のものになるのが堪(た)えられねえんだろ。>熊:ほざいてろ。>八:まあ、お咲坊は冗談だけどな。ほかに誰か良さそうなのは居ねえかね?>熊:いっそのこと、姐(あね)さんに頼んで、本当の嫁を宛がって貰っちゃどうだ?>八:なんだと? 大先輩のおいらがまだだってのに若造の四郎が先に嫁を貰うだと?>熊:それを言うんなら、「まだ駆け出しの」だろうが。こと婚姻に関しちゃあ、年の順なんてことはねえんだからよ。>八:そんなこと誰が決めやがったんだ。>熊:誰が決めたかって、お前ぇ、誰も決めねえからばらばらなんじゃねえか。>八:じゃあ、誰か決めやがれってんだ。ご政道が間違ってるのか? ・・・良いだろ。おいらが奉行所にでもお城にでも掛け合ってこようじゃねえか。「男子は年の順に嫁を貰って良い」ってよ。>熊:何を熱くなってやがる。頭を冷やせよ。・・・こう考えてみろ。そんなのを人様が決めることになったら、お前ぇの嫁がお福ちゃんだったって文句を言わずに引き受けなくちゃならねえんだぜ?>八:そ、そ、それだけはご勘弁。
2007.11.03
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これはある人の実体験です 素直な行動が出来るかどうか それが問題なのかな----------------------------------------「ほめ言葉を使おう」「大田さん、いいですね・・・話の聴き方がとてもいいですよ。皆さんも大田さんのように笑顔で話をききましょうね」話し方教室に始めて参加したその日に先生からほめていただきました。長い間ほめられたことがなかったので、とてもうれしかった。教室の実習でも「いいですよ・・・太田さん。誠実さが伝わってきます」また、またほめられて、とてもうれしくて、がぜんやる気になりました。“次の実習ももっともっと練習していいスピーチをしよう・・・”そんな気持ちにもなりました。そして、“ほめられているばかりではいけない、自分がほめれてうれしかったのだから、今度は人をほめよう”そんな気持ちになりました。そこで「このところほめたことのない妻をほめよう」しかしこれが意外と大変でした。それこそ妻の行動をよくみていないと、具体的にタイミングよくほめられません。ある日、妻が美容室で髪を切って帰ってきました。正直に「かわいいな・・・」と思いました。今だ・・・と意を決して「オウ!! かわいくなったね・・・」「エ・・・そう・・・」妻はうれしそうでした。成功です。それ以来、妻の手料理も素直においしい時は「おいしい・・・」とほめました。「この煮物おいしいね・・・とくに、このサトイモがやわらかくてうまい!!」「そう・・・だって朝から煮込んで作ったのですもの」「なるほどおいしいわけだ。ご苦労さま・・・」妻は得意げに笑顔で応えてくれました。たった一言の「かわいいね・・・おいしいよ!!」という言葉が、家庭を明るくします。私には2歳の子供がいますが、子供にとっても、笑顔の両親に育てられることが、成長にはいいことだと思います。これからも、もっともっとほめ言葉を使い、人に喜びを与え、良い人間関係を築いていきます。 (平成19年7月話し方教室修了式スピーチより一部抜粋)■今日のポイント「ほめ言葉の三つのポイント」───────────────────────────────────ほめ言葉には相手に喜びや、やる気を与えるパワーがあります。また自分がかけたほめ言葉によって相手に喜んでもらうことができれば、自分自身の満足や喜びにつながります。でも、ほめるということは、ただ単に「素晴らしい!」「ステキ!」などの美辞麗句を並べればいいというものではありません。その言葉が、こころにもない「お世辞」や「おべっか」だとうことが伝わってしまえば、相手を喜ばせるどころか、怒らせてしまうことにもなりかねません。ほめ言葉を使う時の3つのポイントをご紹介します。1、感じた事を事実でほめる ほめ言葉とお世辞の違いは、そこに自分の気持ちがこもっているかいないかにあります。大切なのは本当に「いいな」「嬉しいな」と思った事実をほめるということです。先にご紹介したスピーチの方のように、「かわいい・・・」と感じたら、「かわいい」というその気持ちを正直に伝えることです。素直な気持ちを伝えれば、相手に気持ちは伝わり喜んでいただくことができるはずです。この場合「事実でほめる」ということがポイントです。そのためには日ごろから相手のことをよく見ておくことです。2、具体的にほめる2つ目のポイントは、具体的にほめるということです。つまり、自分が相手のどんなところを認めているのかを、きちんと伝えてあげることです。たとえば、奥様の手料理を口にした時に、すかさず「おいしいね。とくにこの里芋の煮付けやわらかくておいしい!!」と具体的におっしゃることです。具体的におっしゃることで、一生懸命に作ったことが認められ、「こんどもっとおいしいものを作ろう・・・」という気持ちにもなるのではないでしょうか。このように、ほめ言葉の内容に具体性を持たせることで、相手に大きな喜びと、やる気を与えることができるのです。3、タイミングよくほめる相手をほめる時に、以外に重要なのが声をかけるタイミングです。せっかくのほめ言葉も、タイミングを逸してしまうと、その効果は半減してしまいます。ほめ言葉をかけるときは、絶対に後回しにしないことです。思った時に、タイミングを外さずに言葉をかけることが効果的です。たとえば、美容室で髪をカットして帰ってきて会ったそのと時に、タイミングよく「かわいいね・・・」といってあげるからこそ効果があるので、その時はないも言わずに、一週間ぐらいたって「一週間前にカットして帰った時かわいかったね・・・」といったらいかがでしょうか。「じゃ、今はかわいくない・・・ということ」と気分を悪くしてしまうかもしれません。慣れないうちは、照れがあったり、すぐに言葉が見つからなかったりと、タイミングを掴めないかもしれませんが、普段から相手の良いところを見つけようと意識をするように心がけることで、自然と言葉が出てくるようになるはずです。
2007.11.02
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『艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉にす』 『艱難汝を玉にす』人は多くの苦しみや困難を経て初めて立派な人間となる。★西洋のことわざ「逆境は人を賢くする」の意訳。<国語大辞典(小学館)>類:●Adversity makes a man wise.●艱難辛苦汝を玉にす*********「だるま」では、八兵衛がお夏の不在を嘆き、五六蔵は塩辛過ぎるおからを3杯平(たい)らげ、三吉は浴びるように酒を飲んでいた。四郎は、与太郎に向かって、下野(しもつけ)とはどんな国なのかということを説明していた。>八:やっぱりお夏ちゃんじゃねえと気分が盛り上がらねえな。>咲:それなら、帰れば? あたしは、ご隠居様から気に入られてる五六ちゃんと、注(さ)しつ注されつして、将来のことを話し合うから。>八:おい熊、あんなこと言ってやがるぞ。おっきい口なんか利(き)かせといて良いのか?>熊:おいらは知らねえ。五六ちゃんとでもなんとでも宜しくやってれば良いだろ。>八:だとよ、お咲坊。>咲:それじゃあ、お言葉に甘えてと。・・・五六ちゃん、おからのお代わり要(い)る? 大盛りにしちゃうけど。>五六:お咲ちゃん、あっしがいくらこんな図体(ずうたい)だからって、おからばっかりじゃ箸が進みませんや。お浸(ひた)しかなんかありやせんでしたか?>咲:あるわよ。大盛りにする?>五六:いやあ、お浸しは小鉢にこそっと来るから有り難えんですよ。>熊:まったく、もうちょっと真面目(まじめ)に飲めねえもんかね。>松:まあ良いじゃねえか。酒なんてもんは真面目腐って飲むもんじゃねえだろう。>熊:そりゃあそうだけどよ、折角(せっかく)菜々ちゃんまで来てるんだ。五六蔵と喋りたいこともあるんじゃねえのか?>菜:あら、あたしと五六兄ちゃんのことは気にしなくて構わないわよ。改まると、却(かえ)って喋れないもんだものね。>松:ほれ熊さん、どうでも良いから、その眉間(みけん)の皺(しわ)をなんとかしろ。>熊:分かったよ。>五六:ささ、熊兄い、おひとつどうぞ。・・・どうも、ご心配を掛けやした。>八:五六蔵。おいらにも注いで呉れるんだろ?>五六:へい。八兄いも、心配させちまって済いやせんでした。お供の件は残念でやしたね。>八:そうだよ。こうなったのも、全部三吉のせいだ。>三:おいら間違ったことを言ったんじゃねえんですから・・・>八:頭じゃあ分かってるんだが、腹の虫が「分からねえ」って言うんだよな。>四:腹の虫が治まらないってことですか?>八:そこまでじゃあねえさ。この八兵衛様はこう見えても心の広い男なんだぜ。食いもんのことをそういつまでも引っ張りゃあしねえさ。唯(ただ)な、あちこちの風土とか伝統とかに触れて、人間的に大きくなる機会がよ、先延ばしになったことだけが心残りでな。>松:何が「風土とか伝統」だよ。つまりは土地土地の名産品と、伝統的な料理の仕方ってことだろ?>熊:「人間的に大きくなる」ってのは、食い過ぎて太るってことか?>八:何を言ってやがる。人にとって一番大事なのは、なんでもかんでも美味く食えるってことじゃねえか。そりゃあ名物に越したことはねえがよ。>三:八兄い、ご隠居さんたちは、本当に送って呉れると思いやすか?>八:そいつを、与太郎と四郎がしっかり見張るんじゃねえか。なあ?>与:あたいは付いていくだけの者(もん)すから。>八:じゃあ、四郎。宜しく頼むぜ。>四:ですから、言ったじゃあありませんか。下野には干瓢(かんぴょう)しかないんです。>八:川魚の甘露煮は?>四:聞いたことありません。>八:肉(しし)の味噌漬けは?>四:食ったことありません。そんな調子で、いつもの「たわいない飲みの会」へと移行していった。一方、源五郎たちの寝所では、心配の種(たね)がなくなった源五郎が、3日振りに寛(くつろ)いでいた。初めのうちこそ源五郎にじゃれ掛かっていた静(しずか)も、疲れてしまったらしく、布団にごろんと横になって、寝息を立て始めていた。あやは、源五郎が語る一黒屋の騒動の経緯(いきさつ)に一々頷きながら、静の背中を単調に叩いていた。>源:そう言や、内緒で誰かの祝言(しゅうげん)話を進めてるんだってな?>あや:あら、ばれちゃいましたか? ・・・でも、お断りしようかと思ってるんですよ。>源:お前が断るだなんて珍しいこともあるもんだな。>あや:もう少ししてからと思ったんですけど、明日にでも正式にお断りしてきます。>源:手に負えなかったってことか?>あや:違うんですよ。当の本人にその気が全くないんです。・・・と言うべきなのかしら? ちょっと違うわね。>源:なんだよ、お前らしくもねえ。へどもどしやがって。>あや:一黒屋さんの近くで茶屋を切り盛りしているさちさんという方はご存じですよね? ご亭主に先立たれて久しく経(た)つそうなんですよ。それでね、お節介(せっかい)にも、ご隠居様が世話焼きを買って出たんです。>源:それを頼まれたのか? お前が。>あや:そうなんです。「こちらの若い衆なんかどうでしょう」なんて切り出されたときは、吃驚(びっくり)しちゃいました。>源:ははあ、あの狸爺(たぬきじじ)い。随分と手の込んだことをして呉れるじゃあねえか。>あや:でもね、さちさんはね、頑(がん)として「今の生活を変える気は毛頭ありません」の一点張りなんですよ。よくよく聞いてみたら、ご隠居さんのことを憎からず思ってて、余所(よそ)の男なんか眼中にないっていうことなんです。>源:とんだ茶番だな。>あや:男と女の間にはこういう茶番っていうのが、案外多いものなんですよ。だって、お互いのことを大事に思っているからこそ、お節介ってものは生まれるんですものね。>源:成る程な。>あや:それでね、わたし、昨夜(ゆうべ)気が付いちゃったんですけどね。>源:何にだ?>あや:ご隠居さんの「五六蔵さんを倅にしたい」っていうのは、全部出鱈目なんじゃないかしらって。>源:そんなことを出任せで言い出してなんの得があるってんだ?>あや:さちさんと娶(めあ)わせて「倅のように」傍(そば)に置いておきたいっていう意味じゃないかしら?>源:全部が、さちさんのためを思っての祝言話の一幕だってのか?>あや:というよりも、結局、さちさんを傍(そば)に置いておきたいってことですよ。>源:そんなことのために、青物を売るだの、増築するだのを言い始めたってのか?>あや:ご隠居様にとっては「そんなこと」じゃあないんですよ。とっても重要なことなんです。>源:それじゃあ、俺たちはなんにも知らねえで、ご隠居の筋書き通り踊らされてたっとことか。>あや:気が付いちゃったんだから、今はもう、踊らされてる訳じゃないでしょ?>源:まったく、お前ぇには敵(かな)わねえよ。>あや:ねえ、八兵衛さんたちには、もう暫(しばら)く踊ってて貰うことにしましょ。>源:別に教えてやっても構わねえんじゃねえのか?>あや:親心ですよ。あの人たちには、もうちょっと騙(だま)されてみることも必要なんです。>源:俺なんかは、騙す方じゃないだけ増しだと思うんだけどな。・・・お前ぇも意外と、底意地が悪いんだな。>あや:あら、今頃気が付いたんですか? 幾らなんでも遅過ぎですよ。もう後には引けませんからね。>源:馬鹿野郎。誰が後へなんか引くかってんだ。>あや:そりゃあそうです、跡取りができたら離縁もできませんよ。1人目は娘だったけど、秋に生まれてくる子はきっと男の子だって、わたし、信じてますから。>源:なんだと?>あや:きっと男の子ですから、今度こそ、自分が決めた名前を付けてくださいね。>源:・・・できたのか? そうなのか? そいつぁあ出来(でか)した。お、おーい、親父いーっ、母ちゃーん。赤飯だ赤飯。源五郎は、どたどたと居間へ走っていった。>源:か、か、か、母ちゃん。聞いたか? 稚児(やや)ができたんだとよ。>雅:なんだい、お前、まだ聞いてなかったのかい? この家で知らなかったのはお前だけだよ。>源:なんだと? みんな知ってやがったのか?>雅:まったく、お前たちの夫婦仲(めおとなか)はほんとに大丈夫なのかい? すっ惚(とぼ)けてんのも好い加減にしなよ。あやは、源五郎の背中を見送った後、自分の腹を撫でながら「お父さんにそっくりな、鬼瓦みたいな強い男の子で生まれてきてちょうだいね」と、囁(ささや)いていた。そして数日後。梅雨(つゆ)明けを待てば良いものを、梅雨入りさえ待たずに、与志兵衛、四郎、与太郎が、「珍道中」に出掛けていった。さちは「人が嫌がるところに儲け話が落ちているっていうのが、あの人の信条ですからね」と、屈託なく笑いながら源五郎に説明した。(第14章の完・つづく)---≪HOME≫
2007.11.01
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