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■ 「ありがとうを言おう」───────────────────────────────────私は営業の仕事をしています。同じ営業部で事務局の一人で佐藤さんという女性がいます。「あっ、佐藤さん、あれやってくれた?」「はい、もうそれ、やってありますよ」「あっ、そう。それなら俺に早く報告しなよ」「何を言っているんですか!さっき、パソコン見ながら、うん、うんと言って るじゃないですか!ちゃんと聞いてくださ!」私と佐藤さんは以前から相性が悪いのか、ことあるごとに衝突を繰り返していました。そんなとき教室で一つの言葉に出会いました。「日本語で一番美しい言葉は“ありがとうございます”という言葉です。有難い、ある筈が無いものがでてくるのですから感謝して“ありがとう”と言ってください」私はこのときハッとしました。“誰かの力を借りるから、ある筈が無いものが現れるのか・・・”私は“会社の利益を引っ張り出しているのは営業なんだ・・・”という驕りがあったのです。佐藤さんがやってくれる事務処理、データーの作成、当たり前に自分の前に出てくるものと思っていました。その思いが、佐藤さんに対して“やって当たり前だ”の態度であり言葉でした。さっそく実行です。「佐藤さん、いつもありがとう。この前のデーター助かったよ。お陰様で成約できそうだよ。ありがとう」「あら、それは良かったですね。お役に立ててうれしいですよ。それから頼まれたデーターもすぐに終わりますからね」「本当!早いね。ありがとう。助かるよ」相手に感謝して“ありがとう”の言葉をハッキリと言うこと。毎日タイミングよく繰り返しました。そして仕草にも気をつけました。書類を受け取るとき、報告を聞くときはパソコンから目を離し、向き合うことを意識しました。営業部の中で、自分がいい雰囲気を周りに与えているなと実感できるようになりました。私達は一人では生きていけるものではありません。周りに人達から支えられ、助けられて生き続けています。私はこれからも感謝の心を常に持ち“ありがとうございます”の言葉を言い続けていきます。 (平成19年3月『話し方教室』修了式成果発表コンクールより一部抜粋)■ 今日のポイント「感謝心を持つ」───────────────────────────────────プラス積極思考の基本は「感謝の心」を持つことです。ありがたいという心が言葉になったときに「ありがとう」という言葉になります。反対にマイナス消極思考の根本は不平不満、不遜な心が言葉になったとき、「そんなこと当たり前」という言葉になります。夜寝たら朝目がさめることは当たり前。ご飯をいただけることも当たり前。会社で仕事ができるのも当たり前。給料をもらえるのも当たり前。みんな当たり前のこと。当たり前と思って感謝しません。夜寝れば朝目がさめるのは当たり前と思っていますがはたして当たり前でしょうか。当たり前でないこともあります。私の知人に、ぐっすり眠っていてお隣の火事に気付かないまま、お気の毒なことに亡くなられた方もいます。心臓麻痺を起こして永遠に目をさまさなかった方もいます。あなたの回りにもいらっしゃいませんか。それにひきかえ、今朝も目がさめた。なぜそのことに感謝しないのでしょうか。世の中には貧困できちんと食事をとれない方もいます。病に冒されて食べたくても食べられない方もいます。それなのに自分は今朝もおいしく食事がいただけた。なんとありがたいことでしょうか。でもそれはみんな当たり前のこと。だからついつい「ありがとう」と感謝することを忘れてしまいがちです。「ありがとう」という感謝の言葉を言い続けたことで奇跡が起きたお話をご紹介します。この方は以前私どもの教室で次のようなスピーチをしてくださいました。「交通事故を起こし、後遺症で左半身がマヒし、左足も左手も動かない。恋人にも逃げられる。仕事もできないと前途を悲観し、病院の屋上から飛び降り自殺を図りました。ところが看護士さんに見つかり死ぬこともできませんでした。退院後、不自由な体を引きずって会社に出ると、社長から“話し方教室に行って話しを聞いてこい”と言われました。“話し方教室なんか行ってなにになるんだ”と思いながらも、社長命令なので仕方なくきていたのです。しかし“明るいものの考え方をしなさい。感謝の心を持って生活しなさい”と言われて、自分の今までの考え方を反省して、素直に“ありがとう、ありがとう”と毎日やりはじめました。するとどうしたことでしょう。二十日もたたないうちに左手と左足が動いてきたのです。今日も自分の足で歩いてこられました。今でもときどき手がマヒすることがありますが、それを自覚できるのは生きている証拠だとプラス思考をしています。」いかがでしょうか。信じられますか。奇跡が起きたのです。「当たり前のことに感謝する」忘れないようにしたいものです。
2007.08.31
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■ 「話を聴くことで家庭の輪に入れた」───────────────────────────────────あなたは、家に帰っても愛想よくできますか。私は仕事で外面をよくしているものですから、家に着くころには疲れきっています。それでも帰るとすぐに子どもたちが話しかけてきます。「ネェ・・・パパ、今日、スイミング頑張ったんだよ」「ミーはね。学校で鉄棒たくさんやったんだよ」「アァ、そうか、そうか、ちょっと疲れているから、あとでご飯の時に聞くよ」正直なところ私は早く酒を飲みたいだけなのです。結局、飲み始めてしまうと気持ちよくなって、話しかけられても上の空・・・そんな調子です。だんだん子どもたちが話しかけてくれなくなりました。「アァ・・・将来おれも嫌われてしまうのかな・・・まあ、父親ってそんな ものなのか・・・」と思い始めていました。そんな思いを変えてくれたのがこの教室でした。始めは上手に話せるようになりたいと思って入りました。教室で「聴くことも大切ですよ・・・」と教えられました。そこでさっそくやってみました。「アユ・・・今日のスイミング、どうだった・・・」「クラスが一つ上がって、バタフライやったんだよ・・・」「バタフライか・・・すごいな。パパがやったらきっとおぼれた人みたいに なっちゃうよ。今度教えてね」「ミーはどうだった・・・」「学校でね。鉄棒たくさんやりすぎて、ほら見て、皮がむけちゃった・・・」「うわ・・・すごい。痛そうだね・・・でも良く頑張ったね」そんな、普通の家庭でありそうな当たり前の話ですが、ようやくできるようになりました。話し方教室のお陰で、将来子ども達に嫌われないですみそうです。 (平成19年2月話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「子どもが一つ言ったら、親は二つ聞く」───────────────────────────────────神様は人間に二つの耳と、一つの口を授けてくださいました。これは何を意味するのでしょうか。それは、「自分が一つ言ったら人の話は二つ聞きなさい」という教えです。ところが人間は神様の教えを守りません。一つ聞くと、二つ言います。例えば、子どもが「ねえ、ねえ、お母さん、今日ね・・・」と言うと、「今、お母さん、忙しいから、あとにしてちょうだい」「気が散るから、あっちへ行ってちょうだい」とシャットアウトしてしまいがちではないでしょうか。せっかく学校でおもしろい体験をしたのに、これでは子どもはいっぺんに話す気を失ってしまいます。そして、しばらくしてから「きょう、何があったんですって・・・」と聞きだそうとしても、子どもの心は冷めてしまっていますから「もう、いいよ・・・」と話をしなくなってしまいます。子どもは何か新しい出来事にぶつかったり発見すると、一所懸命話したくなるものです。例えば「お母さん、見て、見て、庭のチューリップの花が咲いたよ。昨日はまだ開い ていなかったのに、きれいだよ・・・」と言ってきたら、どんなに食事の支度で忙しくても、手をちょっと休めて一緒に眺めて「ほんとうにきれいね。あなたが毎日お水をやってくれたからよ。えらいわね。 これからもお願いね・・・」と言ってあげたらどうでしょうか。子どもは自分の心を母親が受け止めてくれ、しかもほめられて、うれしくなりこれからも一所懸命水やりを続けることでしょう。もう一つご紹介します。幼稚園に行っている一人の女の子が先生に話しました。「この間、お母さんと草つみに行ったの。そうしたらね、その中に丸い草が あったの。お母さんはね、『これ、なんだか知っている』と私にきいたけど 私わからなかった。するとお母さんは『これは食べられる春の草よ』と言っ てそれをつみ、お家に帰ってこまかくきざみお味噌汁に入れたの。『さあ、 かいでごらんなさい、春の匂いがするよ』って。私はおわんの中に鼻を入 れてそーっとかいでみたら、春の匂いがわかったの。ねえ先生、この丸い 草なんだか知ってる?」先生が「それはフキノトウでしょ」と言うと、女の子は「先生知ってたの」とキラキラ輝く目でみつめたといいます。こういう詩情豊かなお母さんとの会話で、人生の味を教えられる子どもはきっと心豊かなやさしい子にそだっていくにちがいありません。
2007.08.30
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■ 「具体的に話すことの大切さを知った」───────────────────────────────────「あなたの話は情報が多すぎてさっぱり分からないわ・・・」あるときお客様に言われてしまいました。ショックでした。私は海外引越しの会社に勤めており、お客様の荷物を倉庫でお預かりする仕事をしています。先日のことです。お客様から預けてある荷物の仕分けをしたいということで電話がありました。「お宅の倉庫に行きたいの。どう行ったらいいの?」「申しあげます。改札を出たら右に行って、その先にドンキホーテがあって、 その信号を右折するとコンビ二のファミリーマートがあって、スバルのビル があって、ガソリンスタンドがあって、その隣です」「さっぱり分からないわ・・・」これでは無理もありません。そこで、話し方教室で学んだ「相手の頭に絵を描かせるように、具体的に話をしよう」と考え、改めて「まず、西口の改札を出てください。すぐに右に向かうと、大通りに交差する 信号があります。T字にでます。ドンキホーテがあります。そのまま右に曲 がり信号3つ目にスバルのビルがあります。その右のベージュ色のビルが、 当社の倉庫です。10分くらいでお着きいただけると思います。お待ちいた しております」いかがでしょうか。あなたにはどのようにイメージできたでしょうか。お客様はちょうど10分ほどしていらっしゃいました。「これからも荷物の保管をよろしく・・・」と、機嫌よくお帰りになりました。この体験を通して「具体的に話すこと」「相手の頭に絵を描かせる」ことの大切さを実感いたしました。 (平成19年2月話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「わかりやすい話し方のポイント」───────────────────────────────────創業者江川ひろしは、『「必要なことを、必要なときに、必要なだけ話せる」人間になりなさい』とよく申しておりました。ついつい、親切心から余計な言葉を余計に言いがちではないでしょうか。先にご紹介したスピーチのように、せっかくの思いが空回りということも多いのではないでしょうか。わかりやすい話をするためのポイントの一つに、「ことばで絵を描く」ということがあります。目に見えない言葉で聞き手の頭に絵を描きださせていくような話し方が、聞き手にとってわかりやすい話し方なのです。そのためにはできるだけ、具体的な表現を使って話すことです。また、初めに主題を言い、イメージをしていただくことも大切です。例えば、こんな言い方をしたらいかがでしょうか。「大きなマルを1つ描いてください。次に小さなマルを二つ描いてください。 さらに三角形を上向きに一つ描いてください。(いったいどこに描いたらい いんだ・・・とイライラしていませんか?) そして、線を一本横に引いて ください」どのような絵が描けましたでしょうか。ここにもし30人の方がいて、絵を描いていただいたら、おそらく30人の方が違う絵を描かれたことでしょう。それでは30人の方が同じ絵を描けるような言い方をご紹介します。「人の顔をイメージしてください。大きなマルを一つ描いてください。次に 小さなマルを二つ描いてください。さらに三角形を上向きに一つ描いてくだ さい。そして線を一本横に引いてください」顔の絵が描けましたでしょうか。このようにあらかじめイメージしていただくために、主題を初めに言うことが大切です。そして、具体的な言葉で表現すること。言葉のセンテンスを短くして言い切ることです。これが「聞き手の頭に絵を描かせる」ということです。
2007.08.29
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『鬼(おに)の居(い)ぬ間(ま)の洗濯(せんたく)』『鬼の居ぬ間の洗濯』主人や監督者など、気兼ねしたり恐れたりする人がいない間に、十分に寛(くつろ)ぐこと。また、したいことをすること。★ここでの「洗濯」は、「命の洗濯」のこと。 類:●鬼の留守に洗濯●When the cat is away, the mice will play.猫の留守にねずみが遊ぶ<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>*********あくる日の夕刻、なんにしろ顔見知りであることには違いないのだからと、八兵衛に引き摺られるようにして、熊五郎と太助は件(くだん)の旅籠(はたご)にやってきた。またあんたかと、露骨に嫌そうな顔をしながらも、番頭は内房翁(おう)に取り次いで呉れた。>内:おや、八つぁんでしたね。今日はお連れさんも一緒かい? さ、遠慮せずにお上がんなさいな。>八:ご隠居さん。ちょいと頼みがあって来たんだけど、聞いて貰えねえかな?>内:この年寄りにですか? もう萎(しお)れちまって、殆(ほとん)どなんにもできやしませんがね。>八:とんでもねえ。こいつはご隠居さんじゃなきゃできねえ類(たぐい)のことなんで。・・・おい、太助、お願い申し上げろ。>太:はあ。あの、おいら、野崎屋という絵草紙屋に雇(やと)われて、読売りをしてるもんです。>内:ほうほう、読売りをねえ。近頃評判になっているそうですねえ。>八:流石(さすが)ご隠居、まだまだ耳も達者ですねえ。>太:それで、今書いている話が次の回で終わりになるんですが、その後に売れるようなものを載せないと、おいら首になっちゃいそうなんです。>内:そうですか。お察ししますよ。ですがね、あたしは文士でもないし、面白い話を知っている訳でもありませんしねえ。>太:そこでなんですが、お奉行様のお裁きなんかを、その儘(まま)載せようって考えたんです。それで、文章に直して呉れるお人を探していまして・・・>内:へえ、それは中々良いところにお気付きですねえ。それで? それをあたしにってことですね?>太:はあ。もし、お聞き届け願えれば、ということでして・・・>内:そうですか。そんなことでしたら、お引き受けしましょう。>太:は? 良いんですか?>八:ほんとですか? 流石ご隠居、気風(きっぷ)も良いときてる。>内:但(ただ)し、注文(ちゅうもん)が2つあります。>八:給金のこととかですかい?>内:はは、そうじゃないですよ。給金なんかこれっぽっちも要(い)りませんよ。>八:これっぽっちもですか? おい、太助、こりゃあ儲(もう)かっちまったな。なんなら手間賃ってことでおいらが・・・>熊:こら、八。>八:へーい。・・・そんで? その注文ってえのは?>内:先ず1つ。あたしは物書きじゃないですから、嘘やご愛敬(あいきょう)は書けませんし、書きたくもありません。そのまんまを堅苦しい文面でしかお出しできません。>太:はい。事実をその儘というものにしたいと思ってますんで、それはその方が良いと思います。>内:そうですか。では2つ目。あたしは老い先がそう長くありません。半(なか)ばで死ぬようなことも考えられない訳じゃありません。その日の為に、介添(かいぞえ)人のような者を予(あらかじ)め用意しておきたいんですが、その人選を一任して貰いたいんです。>八:いつごろくたばりなさるんで?>熊:八、縁起でもねえこと言い出すんじゃねえ。>八:だって、本人がそう言うんだから・・・>内:ほんとに面白いお人だ。八兵衛さんとこんな風に話ができるんだったら、まだまだ生きられそうですよ。>八:そうですか? おいらで良いんだったらいつだって話に付き合いますよ。>内:そうかい。そいつは有難い。そういうことでしたら、本当にこちらから頭を下げてお願いしたいくらいですよ。太助さん、この注文はいかがですか?>太:はあ。ですが、たったこれだけの注文で良いんですか? もっと色々言って下さればできる限り・・・>内:今回のことはね、年寄りにとっては何よりの薬なんですよ。生きる張り合いって言うんでしょうか? 有難いことですよ。一行は、茶菓子まで出され、「以後出入り自由」の口約束まで貰って帰ってきた。>八:な? 言った通りだろ? どうだ、おいらの有り難味が身に沁(し)みただろう。>熊:何を言ってやがる。偶々(たまたま)ご隠居さんが良い方だったってだけだ。お前ぇの方こそ、仏様に感謝しとけ。>八:ご隠居さんがくたばったら、せいぜいたんまりと香典を包むとしよう。>熊:まだ言ってやがる。止(よ)しなさいっての。>太:・・・あの、言い忘れたことがあるんですが。>熊:何をだ?>太:例繰方(れいくりかた)の与力か誰かを、引き合わせた方が良いかどうか、聞かなきゃいけなかったんじゃないでしょうか?>熊:そうだな。>八:馬鹿だね、お前ら。良いか? ご隠居さんはな、お奉行様と碁(ご)なんか打つ間柄なんだぞ。必要なら勝手にご自分でなんとでもするさ。>熊:そりゃあそうかも知れねえが、礼儀ってもんもあるだろうよ。>八:礼を欠いてんなら、あんなににこにこしながら引き受けたりしやしねえって。大丈夫。任せときゃ良いのよ。>太:そうでしょうか?>八:そうなの。万が一臍を曲げたら、この八兵衛さんが行って世間話でもすりゃあ、もう一発で御機嫌が良くなるさ。安心して飲みにでも行こうぜ。太助、前祝いだ。この間の銭はまだたんまり残ってるんだろ?>熊:お前ぇ、まだ集(たか)ろうってのか? 言ってることとやってることが違うじゃねえか。>八:あん時は、いつ次があるか分からなかったから貯めとけって言ったがよ、今度は間違いなく稼(かせ)げる話だからな。一寸(ちょっと)くらいお零(こぼ)れに預(あず)かったって罰は当たらねえよ。>熊:だがな、考えてみろ。太助は幾ら稼ごうが一律の賃金しか貰えねえんだぞ。>八:なんだと? ってえことは、おいらたちは骨折り損ってことか?>熊:情けねえことを言うんじゃねえ。同じ長屋の太助が助かるんだ。この上なく目出度(めでて)えことじゃねえか。>八:あーあ、ほんとに情けねえ。>太:分かりました。今夜の飲み代(しろ)はおいらが出します。それで気分を直してください。>八:端(はな)っからそう言ってりゃあ良いんだよ。なにも一生集ろうって訳じゃねえんだからよ。「だるま」に入るなり、お咲がつかつかと寄ってきた。>咲:今まで何処(どこ)ほっつき歩いてたのよ。探してたのよ。>熊:なんか良くねえことでもあったのか?>咲:その逆、・・・なのかな? あやさんが産気付いたみたいなの。棟梁からの遣いが来たわ。>熊:そうか。良かったじゃねえか。何も慌(あわ)てるようなもんじゃねえだろう?>咲:何言ってるのよ。熊さん、勘定もできないの? 月足らずなのよ。1月も。>八:それって、大変なことなのか?>咲:何を暢気(のんき)なこと言ってるのよ。お産っていうのはね、普通のときだって危ないもんなんだからね。>八:そうなのか? 菜々ちゃんは安産だって太鼓判捺(お)してたけどな。>夏:そうよ。大丈夫。>咲:あんたまだここに居たの? 見に行ってって言ったじゃない。>夏:だって心配ないもの。でも、むしろ、親方の方は心配かもね。>八:お産って父親(てておや)の方も危険なのか?>夏:そんな訳ないじゃない。おろおろしちゃってるのが目に浮かぶようよ。初産(ういざん)は刻(とき)が掛かるから、下手すると今夜は一睡もできないわね。明け方近くになって産まれて、母子共にぴんぴんってことになるでしょ? 稚児(ややこ)を見た途端安心しちゃって、そのまんまぐっすりよ。>八:目出度し目出度しだな。・・・そんじゃあよ、明日はよ、親方は休みだな。・・・なあ熊、明日は暇だしよ、昼前に現場を片付けちまってどっかへ羽を伸ばしに行かねえか?>熊:まったく、お前って奴は・・・>咲:あんたたち、どうしてこんなときにそんな冗談話ばっかりしていられるの? もっと心配してなさいったら。>夏:まるでお咲ちゃん本人の稚児が産うまれるみたい。>咲:産む本人なら、こんなにはらはらしちゃいないわよ。>夏:それなら大丈夫よ。あと2・3年もしたら、そうなるから。>八:それってなんだ? 熊との稚児ってことか? ・・・やい熊、お前らもうそんなことになっちまってるのか? おいら許さねえぞ。>咲:あんたら、なんてこと言ってるのよ。もう、あたし帰る。>夏:熊お兄ちゃん、送ってあげたら?>熊:大概にしとけよ。まったく、鹿之助が聞いたら泣くぞ。・・・見ろ、太助が呆れ返っちまってるじゃねえか。なあ?>太:はあ。あの、そこいらの瓦版なんかより、よっぽど面白いなって思っちゃいまして・・・(第9章の完・つづく)---≪HOME≫
2007.08.28
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『鬼(おに)に金棒(かなぼう)』 『鬼に金棒』[=鉄撮棒(かなさいぼう)・金梃(かなてこ)・鉄杖(てつじょう)]唯でさえ強い鬼に更に金棒を持たせるということで、元々強い者が、一層強くなること。また、似合わしいものが加わって一段と引き立つこと。 例:「君が味方してくれれば鬼に金棒だ」類:●虎に翼反:■餓鬼に苧殻 *********鴨太郎が恐れながらと、あまり期待せずに問い合わせたところ、奉行(ぶぎょう)は即答で許可した。「所詮役人も人気商売さ」と、さばさばしたものである。伝六を介さず、鴨太郎本人が、お咲の長屋を訪れた。>咲:あら、鴨太郎さん、随分早いお出ましですね。やっぱり、聞く耳持たないってことかしら?>鴨:いや。その逆だ。どんどん書いて呉れってよ。まったく、暢気(のんき)なお人だよ、お奉行は。>咲:ほんと? 凄い。やっぱり只者じゃないわね。>鴨:そんなこたあねえさ。ま、変わりもんではあるがな。>咲:鴨太郎さんとどっちが変わり者?>鴨:俺は変わりもんなんかじゃねえさ。臍曲がりなだけだ。>咲:そんなに自分を卑下(ひげ)するもんじゃないわ。・・・そうそ、そもそもこの話を切り出したのはお夏ちゃんなの。巧(うま)く行ったって知ったら喜ぶわ。鴨太郎さんの口から知らせてあげたら?>鴨:止(よ)せやい。俺なんか、なんの骨折りもしてねえんだからな。>咲:まあ、ご謙遜(けんそん)。鴨太郎さんがいなかったらいつまで経ったって始まりゃしなかったわ。>鴨:ま、そういうことにしとこう。・・・それじゃあ、俺は熊五郎のところへでも行って、油を売るとするかな。>咲:たまには「だるま」にも顔を出してあげてくださいね。>鴨:まあ、その内にな。1つ片付いた。次は、誰に文章を書かせるかということである。どうせ探すのなら、えげつない野崎屋の伝手(つて)など使わず、親身に請け負ってくれるような人を見付け出したい。お夏の兄、鹿之助なら適当な人を知っているかも知れない。この際、おちゃらけた三文文士などより、役人上がりくらいの方が良いかも知れない。>咲:ねえ、お夏ちゃん、兄上に聞いてみてよ。>夏:うちの兄上? なんの取り柄(え)もない小役人よ?>咲:本の虫だって言ってたじゃない。>夏:読むのと書くのとじゃ、全く反対みたいなもんじゃない。>咲:でも、少なくとも、大工風情(ふぜい)よりは増しでしょ?>夏:そりゃあそうだけど。・・・良いわ。今晩「だるま」に引っ張ってっちゃうから、みんなで吊るし上げて。>咲:吊るし上げるだなんて。あんたなんか恨みでもあるの?>夏:そりゃあ、あるわよ。年の離れた妹が親の勝手で許婚を決められたってのに、なんにも言って呉れないのよ。一言「それは横暴(おうぼう)だ」くらい言っても良さそうなもんじゃない。そう思わない?>咲:なんだ、そんなこと。>夏:そんなことってね、一生の問題でしょ?>咲:ははあ、さてはあんた、「お嫁に行かないで医術を極(きわ)める」なんてのは、父上と兄上に対して意地を張ってるだけってことなのね?>夏:良いじゃない。医術を学びたいってのは本心なんだから。>咲:旦那様がいたって医術は極められるわよ。>夏:放っといてよ。あたしはあたしの道を行くの。栗林鹿之助は、六之進以上の下戸(げこ)だった。幼馴染みの熊五郎が困っているから力になって上げてと、妹から言われたので、渋々暖簾(のれん)を潜(くぐ)った次第である。>熊:おお、もやしじゃねえか? 懐(なつ)かしいなあ。どうしたんだよ、お役人様がこんな下品な店に良く来たもんだな。>鹿:熊ちゃんか。相変わらずそうだな。良く日に焼けてる。>熊:なに言ってやがる。大工が日焼けしてなかったら可笑(おか)しいじゃねえか。まま、ここに座んなよ。さ、駆け付けだ。>鹿:いや、拙者(せっしゃ)は酒は・・・>熊:飲めねえんだっけ? そうか。・・・でもよ、好い大人(おとな)が飲み屋に来て酒も飲まねえなんてのは、ちと変だ。飲む格好くらいしろよ。舐(な)めるくれえでも構わねえからよ。>鹿:そうかい? じゃあ。>熊:ときに、どういう風の吹き回しでこんなとこへ来たんだ?>鹿:夏が、熊さんが困ってるって言うから。>熊:おいらがか? 別に困っちゃいねえが。>夏:熊お兄ちゃん、お咲ちゃんから何も聞いてないの? 太助さんの瓦版(かわらばん)のことよ。>熊:鴨太郎からお許しが出たってことまでは聞いたが、長屋に寄らずに真っ直ぐに来ちまったからなあ。>夏:誰が文章を書くのかってことよ。安孫子(あびこ)なんとかじゃ駄目でしょ?>熊:そうか。こいつはうっかりしてた。こりゃ、懐かしがってばかりもいられねえな。・・・困り事というのはだな、お奉行様のお裁(さば)きの様子を瓦版にしてえんだが、巧く書ける文士を知っちゃいねえかと思ってよ。>鹿:文士? 文士ねえ。・・・近頃の物書きときたら、ご政道に触れるすれすれのことを捏(で)っち上げる輩(やから)ばかりだからね。どいつもこいつも、お勧(すす)めはできないな。>熊:そうか。お前ぇでも知らねえか。>鹿:・・・ん? 待てよ。>熊:居たか?>鹿:いや、ちょっと。・・・でもなあ。>熊:なんだよ。しゃっきりしろよ。>鹿:変わらないね、熊ちゃんは。子供のときから親分肌(はば)だった。>鹿:内房正道(うちぼうせいどう)っていうご老人なんだが、中々骨のあるお人でね。>熊:お役人かい?>鹿:いや。旅籠(はたご)の隠居(いんきょ)だ。>熊:旅籠の爺(じじ)いだと? 大丈夫なのか?>鹿:弁は立つ。庶民の味方。その上、曲がったことが一番嫌いと来てる。>熊:まるで名前の通りだな。でも、旅籠の爺いなんだろ?>鹿:ああ、そうだよ。だけど、勘定方の役人辺りは、猛犬かなんかみたいにびくびくしながら遠巻きにしてる。>熊:どこかの大名の筋の人か?>鹿:さあね。・・・でもよ、今の南町のお奉行さんとは、月に何回か碁(ご)を打ってるって話だよ。>熊:そりゃあ凄い。今度のことにはどんぴしゃりのお人じゃねえか。その人だったら言うことなしだな。>鹿:後は、引き受けてくださるかどうかだね。>熊:そこが一番肝心なとこじゃねえかよ。>鹿:拙者のごとき、平役人がお願いに上がれるような方じゃないねえ。>八:さっきから我慢して黙って聞いてりゃ、なんでえ、熊、ご紹介もして呉れねえんじゃ話にも混ざれねえじゃねえかよ。>熊:ああそうか、居たんだったな。・・・鹿之助、こいつはおいらの仲間で八兵衛っていうつまらねえ奴だ。>八:何がつまらねえだ。良いか、耳の穴かっぽじって良く聞けよ。何を隠そう、この八兵衛さんはな、その内房爺さんとお知り合いなのさ。>熊:なんだって?>鹿:おい、熊さん、あんた凄い同僚を持ってるんだね。そういうことなら話は早い。その瓦版屋は間違いなく繁盛(はんじょう)するよ。親分肌の熊さんに、顔の広い八兵衛さんが付いてりゃもう安心。間違いなし。もう、万万歳だ。>熊:鹿之助よ、本気でそう思うのか? 高(たか)が大工だぞ。少しは疑えってんだ。>鹿:でもさ、だってそうだろ? 役人も近寄れないご意見番と昵懇(じっこん)ならなんだってできるよ。怖いもんなんか何一つありゃしないね。序(つい)でに、拙者の上役(うわやく)を左遷(させん)しちゃうよう、ご老人に頼んでみて貰えないかな?>熊:お、お前酔っ払ってるのか? 危なっかしいこと言うもんじゃねえぞ。・・・それによ、「知り合い」とは言ったが、「昵懇」とは言わなかったぞ。なあ、八、どういう知り合いなんだって?>八:半月ほど前だったかな、おいら1人で二助んとこに使いに行ったことがあるだろ?>熊:ああ。梅雨の前に漆喰(しっくい)をやっつけちまおうってときだったな。>八:前の晩になんか悪いもんでも食ったのか、急に厠(かわや)に行きたくなってな。>熊:そらきたな。どうせそんなことだろうと思ったぜ。>八:まあ聞けって。目に付いた旅籠の番頭に頼み込んで使わせて貰うことになったんだがよ。ほれ、旅籠ならよ、何人分も厠があるだろ? そんでよ、おいらが入ろうとしたとこに、たまたま居やがったのよ。心張(しんば)り棒くらい掛けろってんだよな、まったくよ。>熊:聞いたか? こんなもんだよ。>鹿:はは・・・、拙者の願いも水の泡か。とほほ。>八:お前ぇら、何を言いやがる、臭い仲ってのはだな、切っても切れねえ仲ってことだぞ。>熊:悪事絡(がら)みとか裏事情があるとか怪しげだとか、悪い意味で使うの。
2007.08.27
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『鬼(おに)が笑(わら)う』 『鬼が笑う』実現性がないことや見通しがはっきりしないことを言ったときに、揶揄(からか)う言葉。 例:「来年のことを言うと鬼が笑うぞ」類:●Don't count your chickens before they're hatched.★「笑う」は、あざ笑う意味。但し、現在では、いかめしい顔をしてとても笑いそうもない鬼でさえ笑う、という解釈も許容される。*********太助が下手(へた)をすると解雇の憂(う)き目に会うかも知れないと聞かされて、お夏も協力できるものなら協力したいと思った。しかし、おいそれと良い思い付きが出てくるものではない。>夏:瓦版の次のネタねえ・・・>八:具合い良く大火事でも起こりゃしねえかな。>熊:人様の不幸なんか願うもんじゃねえ。>八:まあ、堅いこと言うなって。火事と喧嘩は江戸の花って言うじゃねえか。>四:・・・あのですね、役者の裏事情とか、役人の悪事みたいなのがあれば、結構評判になるんじゃないでしょうか?>八:なるほど。誰もが知ってる名前が出てくりゃ読んでみようかって気になるわな。>熊:下世話ものか? おいらはあんまり感心しねえな。>八:売れなきゃしょうがねえんだろ? だったらそういうのが一番良いんじゃねえのか? なあお夏ちゃん?>夏:そうねえ。・・・でも、役者さんを論(あげつら)ったりしたら、絵草紙売りっていう商売柄、差し障(さわ)りがあるんじゃないの?>八:流石(さすが)お夏ちゃん、細かいとこまで気が回るな。太助、どう思う?>太:はあ。やっぱり役者さんについては、あんまり悪く書かない方が・・・>八:そうだよな。じゃあ、お役人だな。五六蔵、お前ぇら、近頃そういった話、聞いちゃいねえか?>五六:八兄い、あっしらはもう疾(と)っくに足を洗ってるんですぜ。そういうことだったら、お咲ちゃんとか与太郎さんとかに聞いた方が良いんじゃねえですか?>八:そうか。すっかり忘れてた。与太郎、なんかねえか?>与:そんなこと言われても、あたいたちは下っ端(ぱ)の下っ端ですから、そんな立ち入ったことまでは・・・>八:そうか。それもそうだよな。あーあ、駄目だなこりゃ。>四:いやにあっさり諦(あきら)めちゃうんですね。>八:人間諦めが肝心って言うじゃねえか。>熊:何が「任しときな」だ。この役立たずが。>夏:そう言えば、この間、養生所で耳にしたんだけど、南町の根岸様って、凄(すご)い評判らしいわよ。>八:誰だい? その根岸(※)さんってのは。>夏:八兵衛さん知らないの? 3年前に南のお奉行様になった人じゃない。大岡様にも負けないくらいの名奉行よ。>八:そうなのか?>与:お奉行様の噂話なら、あたいも聞いたことあります。元々は町人だったって話です。>八:どういう冗談だ? 町人がお奉行様になんかなれる訳ねえじゃねえか。>夏:あら、そうとも限らないわよ。養子縁組とかかも知れないし、ご落胤(らくいん)だったかも知れないし。>八:なんだか、野崎屋が聞いたら直ぐにでも飛び付きそうな話だな。>与:まだありますよ。若気(わかげ)の至りとかで、刺青(いれずみ)をしてるって噂です。>八:なんだと? そんなのにお裁(さば)きを任(まか)しといて大丈夫なのか?>夏:庶民の人情に通じてるから、立派なお裁きができるんですって。>八:ふうん。益々以って、野崎屋の喜びそうな話だな。>咲:野崎屋さんだけじゃなくって、安孫子(あびこ)なんとかっていう文士も飛び付きそう。>太:書物になっちゃうんじゃ、また手代さんたちの扱いになって、おいらにはなんにも足(た)しにならないじゃないですか?>熊:そうでもねえぞ。>太:どうしてですか?>八:どういう訳だ?>熊:作り話じゃなくて、実話を書けば良いんだよ。面白可笑(おもしろおか)しく書く必要なんかねえのさ。今日起こった騒動を、お奉行さんがどう裁いたか書いて、明日配れば良いんだ。本来の瓦版の役目のその儘(まんま)じゃねえか? 話が新しいから意味があるんで、古くなった話じゃ読みたいとも思わねえ。そんな訳で、どうやら目処(めど)が立ってきた。伝六を通じて鴨太郎に掛け合ってみれば、取り敢(あ)って貰える公算(こうさん)も高い。なんといっても、大岡奉行のとき、瓦版が飛ぶように売れたという実績があるのだ。>八:なあ太助、2・3年後に手代になるって話も満更(まんざら)じゃなくなるかも知れねえな。>太:そんなこと・・・>熊:あんまり喜ばせるようなことばっかり言うもんじゃねえよ。まだ、なんにも決まっちゃいねえんだからな。>八:何を言ってやがる。もう決まったじゃねえか。後はおいらがちょちょいと文面を書けば良いだけだろ?>熊:お前ぇは書くな。>八:なんでだ? 安孫子なんとかより巧く書くぞ。>熊:駄目だ。事実だけを有りの儘書かなきゃならねえんだぞ。お前にそんなことできる訳ねえじゃねえか。>八:そんなことねえさ。試(ため)しに1回だけやらせてみねえか?>咲:駄目よ、八つぁん。あたしは認めない。とんでもない滅茶苦茶なものになりそう。>夏:あたしもそう思う。>八:お夏ちゃんまでそんなこと言うのか?>熊:だってよ、お前ぇ、例えばだよ、「市中引き回しの上張り付け獄門」ってどういう意味だか分かるのか?>八:なんだそれ? お経の文句か?>熊:ほれ見ろ。なんにも分かってねえじゃねえか。>太:瓦版にして売れるような見事なお裁きって、そうそうあるもんじゃないんじゃないでしょうか?>熊:どうだろうな?>咲:でも、ちょっとした騒動なんか、1日に何件も持ち込まれる訳でしょ? 半月とか1月の間なんにもないなんて考えられないわ。>太:そうでしょうか?>咲:そうよ。大丈夫。それにね、1回凄いのを読ませれば、みんな興味を持つから、2回目からは随分と楽になるわよ。>八:夫婦喧嘩の仲裁とかで、お茶を濁しても大丈夫だな。>咲:幾らなんでもそれは極端(きょくたん)過ぎ。>八:そうか。>熊:でもよ、今さっき初めて聞いたおいらたちだって、もうこんなに興味深々(しんしん)なんだぜ。捨てたもんじゃねえぞ、きっと。>咲:あら珍しい。渋ちんの熊さんにしては随分と甘い評価を出したものね。>熊:誰が渋ちんだと?>八:渋ちんって、しみったれだってことだよな?>咲:そう。しみったれの渋ちん。そんなんだからいつまで経っても、一本立ちできないのよ。>熊:大きなお世話だ。>八:お前ぇがそうやって捻(ひね)くれてる間によ、おいらが嫁を貰って、一本立ちして、弟子を取って、「親方ぁ」なんて姉さんが親方のこと呼ぶみてえに呼ばれてよ、「なんだい?」なんて答えたりなんかして・・・>熊:勝手に逆上(のぼ)せてろ。>八:あ、お前ぇ、妬(や)いてやがるな?>熊:呆(あき)れてものも言えねえってやつだ。>八:おいらが棟梁になったとき、お前ぇがまだ下働きしてるようだったら、特別に仕事を回してやるからよ。>熊:何が「棟梁になったら」だ。先がどうなるかなんて分かる筈ねえじゃねえか。馬鹿らしくって臍が茶を沸かすぜ。>八:なんだ熊、お前ぇにそんな芸当ができるのか? 大工なんかやってねえで、見世物小屋にでも行った方が良いんじゃねえのか?>熊:そういう意味じゃねえだろ。>八:お前ぇの沸かす茶はよ、渋ちんだけに、よっぽど渋かろうよ。(つづく)---≪HOME≫参考・人物:根岸鎮衛(ねぎしやすもり) 江戸後期の江戸の南町奉行。1737~1815。肥前守。少年時に絹商をしながら塙保己一(はなわほきのいち)とともに江戸に出て、出世後の再会を約したという俗説がある。著、随筆「耳袋(みみぶくろ)」。
2007.08.26
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『鬼(おに)が出(で)るか蛇(じゃ)が出るか』 『鬼が出るか蛇が出るか』[=仏が~]次に起こる事態がどのようなものか予想が付かない。前途は予測不能し難いものであるということ。参考:機関(からくり)箱を胸にかけた傀儡師(人形師)の言葉から出た言葉。類:●暗がりに鬼を繋(つな)ぐ●God only knows what may happen.*********お咲が予見した通り、野崎屋の『コロ助』も、春日井屋の『服部』も、売れに売れた。春日井屋以吉は、この調子で連載を続けてゆけばお店(たな)も随分持ち直すと、ご満悦(まんえつ)である。仙六が切り出した、書物問屋に戻ってはどうかという提案も、強(あなが)ち見通しの暗いものではない。>仙:浮世草紙は駄目(だめ)だぜ。今時そんなもんを買おうって奴なんかいやしねえ。>春:そうかねえ? あたしは根強い人気があると思うんだがねえ。>仙:流行(はやり)は過ぎたんだ。傍目(はため)を気にする庶民の殆(ほとん)どは、恥ずかしがって近寄りもしねえ。>春:だがねえ、なくすには惜(お)しいものもあるでしょう。>仙:どうしてもってんなら、別の屋号(やごう)で、闇で売りなよ。春日井屋の名前を使うってんなら、俺は辞(や)めるぜ。>春:まあお待ちなさいって。なにもそう、話を先走らせなくっても良いじゃないか。>仙:良くねえ。あんたがそういう了見(りょうけん)なら、俺だって製本職かなんかに鞍替えした方がなんぼか増しってもんだ。>春:分かった。分かったよ。浮世草紙なんかは金輪際売らないよ。>仙:そうかい。それじゃあ、早速(さっそく)『服部』を本にしちまうよう手配りしてくるぜ。>春:瓦版はいま暫(しばら)く続けても構わないんだろうね?>仙:庶民が待っているんだったら、構わねえんじゃねえか? でもよ、本になっちまったら、もう瓦版じゃあ売れねえぜ。どうしても瓦版を続けていきてえってんなら、ちゃんとしたネタを探す係(かかり)を作るんだな。>春:御用聞きってことかね?>仙:そうだな。そんなのも良いかもな。奉行所付(づ)きとか、芝居小屋回りとかがいると面白(おもしろ)いもんが出来るかもな。一方、野崎屋杉太郎は、外伝は止(や)めるということで、我孫子先生への支払いを値切り、どうにかトントンまで待ってきた。太助は、出来高払いなので、経緯(いきさつ)には関わりなく、相当の割合の給金を貰ったので、ほくほくである。>野:太助どん、お前さんには出来高払いだとかいって暫く辛(つら)い思いをさせていたが、どうだね、本式にお店の雇(やと)い人っていうことで、ずっと働き続けて貰えないかね。>太:はあ。使って頂けるんでしたら、こちらの方からお願いしたいくらいです。>野:そうかい。そいつは良かった。>太:ですが、茂長さんに貞吉さんという手代さんがお2人もいるのでしたら、頭数(あたまかず)では・・・>野:それがだね、茂長と貞吉は、今回の一件で、瓦版より書物(しょもつ)を売りたいって言い出してね。>太:お店を辞めちゃう訳じゃないんですよね?>野:あの2人に辞められちゃったらあたしが困ってしまうよ。戦略としてのお店(たな)編(あ)み直しさ。ま、有体(ありてい)に言えば、事業の拡大ってとこかな。>太:そうですか。でも、大丈夫なんですか?>野:何が?>太:だって、絵草紙の方が芳(かんば)しくないんでしょう?>野:それがね、茂長が巧(うま)いことを考えてね。絵師の先生も押さえ付けを受けて困っているだろうから、本の挿し絵とかで使ってあげれば、ちょっとは恩を売れるでしょう? お上の取締まりが緩(ゆる)んできたら、真っ先に良い絵を回して貰えるようになる。>太:成る程。流石(さすが)茂長さん、頭が良い。なんだか見通しが明るいですね。>野:そうだろうそうだろう。順調に行けば、太助どん、あんた、2・3年後には手代だな。>太:手代だなんて・・・瓦版順調の振舞い酒ということで、太助は長屋の皆を「だるま」にご招待した。熊五郎と八兵衛は、声を掛けるまでもなく、いつものようにしみったれて飲んでいた。>八:おお太助、今度のもまた中々の評判だな。>太:はい。有難うございます。明日また第2刷を売ることになっています。>八:それで何かい? 今日はお相伴(しょうばん)に与(あずか)れるって訳かい?>太:はい。なんだか、こんなに貰っちゃって良いのかってくらい頂いちゃいましたんで。>八:おい、ほんとに良いのか? 幾ら安っぽい店だからって、こんな数だと大変なもんになるぞ。>太:今日は他にも良いお報(しら)せもあるんです。ちゃんと野崎屋の者として雇ってくださるということなんです。>八:そうか。何をやっても長続きした例(ためし)のねえお前ぇが、やっと認められたか?>太:はい。>熊:ちょっと待てよ、八。おいら、なんだかちょいと引っ掛かるんだよな。>八:何がだ? 目出度(めでて)えこと尽くしじゃねえか。どこに厄介(やっかい)ごとがあるってんだよ?>熊:・・・なあ太助。野崎屋には立派な手代が2人もいるって話して呉れたのは、お前ぇだよな?>太:はい。お2人は新しい仕事を手掛けなさるってことで、書物を扱うんだそうです。2・3年後にはおいらも手代に成れるかも知れないそうです。>八:そりゃあ凄(すげ)えや。>熊:瓦版がこのまま順風満帆(じゅんぷうまんぱん)でいったらってことだろ? そうじゃなかったらどうする?>八:どうなるんだ?>熊:馘(くび)だな。>八:でもよ、この調子なら大丈夫だろう?>熊:次の後日譚(たん)ってのまでは売れるだろうよ。でも、その後はどうだ?>八:そんじゃあよ、またおいらが、新しい話を持ち込んでやりゃあ良いじゃねえか。>熊:そいつは無駄だな。罷(まか)り間違って良いもんが書けたとしても、そいつは瓦版にはならずに、書物になっちまうだろうよ。>八:ってことは、太助の見通しは暗いってことなのか?>熊:大方、明日以降の瓦版の売上げを太助に配らねえで良いようにっていうのが、小狡(ずる)い野崎屋の考えだろうよ。>太:そうなんですか?>八:そうなのか?そこで思い当たる節があったのか、お咲が話に割り込んできた。>咲:あたし、富郎さんから聞いたんだけど、綺麗な町娘が登場する物語を出すんなら、一緒に生駒屋本店の引き札を配らせても良いって口約束してあるんだって。>熊:それじゃあ、そのなんとかいう文士先生はもうそっちに取り掛かってるな。下手をすると、後日譚なんか碌(ろく)なものになってこねえかも知れねえぞ。>咲:そんなことになったら、もう誰も買おうなんて気を起こさなくなっちゃうじゃない。>熊:そういうことだ。>太:そうなんですか?>八:野崎屋に捻じ込みに行こう。今すぐにだ。>熊:まあ待て。そんな先のことまで分かる訳ないって突っ撥ねられたら、こっちは引き下がるしかねえんだから。>八:何を言ってやがる。こっちはお見通しだって言ってやりゃあ良いじゃねえか。>咲:八つぁん、無茶言わないの。・・・ね、だったら、その筋書きが途中から狂っちゃうように、こっちから何かを仕掛けちゃう方が良いんじゃないの?>熊:そんなこと言って、お前ぇ、なんか良い考えでもあるのか?>咲:今はないけど、皆で考えれば何か思い付きそうじゃない? 今までみたいに。>八:そんなんで良いのか? おいらの得意の仕事じゃねえか。まあ、任しときな。>熊:何が任しときなだ。こっちはお前ぇが次に何をやらかすか、一々冷や冷やもんだってのに。そこにお夏が現れた。>夏:また何かやらかそうっていう相談? あたしも混ぜてよね。>熊:お前ぇはまた、なんでこう具合いの悪いときにばっかり現れるんだ?>夏:どうしたの? ほんとに何かあったの? きゃあ嬉しい。楽しみ。ね、教えて教えて。
2007.08.25
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■ 「相手を思いやる心の大切さを知った」───────────────────────────────────相手を思いやる心の大切さを知った「村上!!ようするに、何が言いたいんだよ」「課長・・・私の話、聞いていなかったんですか・・・もういいです。この 仕事、自分ひとりでやりますから」どうしてこんな風になってしまうのだろう。どうして課長とうまく会話ができないんだろう。こんな上司のいる会社は辞めてしまおうかな・・・と、悩みに悩み、教室に通いはじめました。教室で「話をする態度に気をつけよう」「話をする時には相手の立場にたって考えよう」ということを教えていただきました。そうなのです。私は今まで課長に話をするときは、自分勝手で一方的でした。さっそく、課長に話をする時の態度を改めました。「課長。いまよろしいでしょうか。この前の件で、アドバイスを頂きたいの ですが・・・」「その件は、君ひとりですると言ったんじゃないか・・・」「申し訳ありません。思いあがっていました。自分ひとりでできるなんて考え が甘すぎました。本当にすいません」「わかったよ。聞こうじゃないか」「ありがとうございます」課長にわかってもらいたと、「サンドイッチ法」で話を組み立て、必死で説明をしました。「よしわかった。その仕事は君に任せよう」その瞬間“ガッツポーズ”です。話す態度を改めることや、相手を思いやる気持ちを持つことで、課長との会話もスムーズに運ぶようになり、信頼関係も深くなっていきました。今では課長のほうから「村上君、最近仕事で困っていることはないか・・・」と声をかけていただけるようになりました。これからも話をする時は、話す態度や、話をする前に相手の気持ちを考える、思いやりの心を大切にしていきます。 (平成19年話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「ゴールデンキー(黄金の鍵)」───────────────────────────────────創業者江川ひろしはよくこんなことを申しておりました。『世の中で幸福や成功を掴むためのゴールデンキー(黄金の鍵)があるとしたら それは、「相手の立場に自分を置き換えて物事を考えるそういう能力を身に つけること」ですよ』それは「思いやりの心」であり「人を愛する心」なのです。“なんだそんなことか・・・”と、簡単に思えるかもしれませんが、これを身につけるとなると容易なことではありません。例えば、職場ではいかがでしょうか。上司は部下を叱るとき、自分がこれから言おうとしていることを、もし自分が言われたらどんな気持ちになるかと考えて叱っていますでしょうか。相手の立場に自分を置き換えて物事を考える能力が身についていなかったために、大変いたましい事件が起きてしまいました。ある会社の営業部長は、営業成績のあがらない社員に「今月もノルマ達成できないのか」と叱っていたそうです。その日も、営業成績が思わしくない社員に「少しは数字をあげられるように頑張ったらどうだ・・・いつも言っているだろう!給料分位しっかり働いたらどうだ!これでは給料泥棒じゃないか!」と怒りを爆発させてしまいました。しかし、怒りを爆発させたのは部長だけではありませんでした。この言葉にカッとなった部下は、会社に置いていた金属バットで、部長の頭を殴ってしまいました。殴られた部長は即死だったそうです。もしこの部長が、自分が“給料泥棒”と言われたら、どんないやな気持ちになるか、少しでも相手の立場に自分を置き換えて考えていたら、こんな言葉を使うこともなかったでしょうし、命を落とすこともなかったことでしょう。これは何も極端な例だとばかりは言えません。相手の立場に自分を置き換えてみないで言った言葉から、人を傷つけてしまうことはいくらでもあるのではないでしょうか。心したいものです。
2007.08.24
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■ 「あいさつは幸福を掴むカギ」───────────────────────────────────私は「あがり症」で長い間苦しんできました。自分から進んで声をかけられません。ですから人間関係もギクシャクして思うようにはいきませんでした。ある時「おはようございます」と勇気をだして思い切って声をかけてみました。返事がありませんでした。無性に腹がたち“あいつとはもう話なんかするものか・・・”とますます自分の殻にとじこもっていきました。なんとか自分のほうから声をかけられるようになりたい。人に好かれるようになりたいと、この教室に入りました。「あいさつは相手がするからこちらもするというものではありません。人間の 務めとして行うべき一方通行的行為です。そして、話し方の基本の一つは、 あいさつがきちんとできるかどうかにあるんですよ」それを聞いたとき、強く心を動かされました。さっそく会社で先手を打ってあいさつを実行しようと声をかけてみました。まず、あいさつを無視されていたAさんです。「Aさん、お早うございます。今日は少し寒くなりそうですね・・・」「あ・・・坂本さん、お早うございます。びっくりした・・・」これでわかったのですが、私のあいさつは声が小さくて聞き取れていなかったのです。こうして積極的にあいさつを実行していきました。少しずつ私の人間関係はよくなっていきました。ただ、私にはもう一人苦手なBさんがいました。いつもあいさつをしても無視をされ続け一方通行でした。それでもひるまずあいさつを実行いたしました。ある日のことです。なんとそのBさんが声をかけてきました。「坂本さん、よかったら一杯行きませんか・・・」「エ・・・Bさんが誘ってくれるなんてうれしいですね。ぜひ行きましょう」ちょっとクセのある苦手な人と思っていたのですが、なんとも気さくな人でとても楽しいひと時でした。あいさつをすることで、自分の人生が変わりました。私にとってあいさつは幸福を掴むカギだったのです。 (平成19年話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「人を変えたかったら、自分が変わろう」───────────────────────────────────先日の講義のとき、水の入ったグラスを置いて「今、あなたはとてもノドが渇いていてお水を飲みたいと思っています。 どうしたら飲めますか」と質問をいたしました。皆様はどうなさいますか。水が飲みたいと思ったら自分のほうからグラスに近づいていき、グラスに手をのばし口に運ぶのではないでしょうか。水が飲みたいと思ったら、自分のほうから動かなければ水は飲めません。自分は動かないでいて「グラスよ、私は万物の霊長である人間様だ。お前は私より身分が低い。だからお前からこっちに来い」と言ってもグラスは動いてくれません。何かほしいと思ったら、自分がまず動かなければ手にはいりません。あいさつも同じです。ケンカしている相手や、そりが合わない相手がいたとしても向こうがあいさつしたら自分も返そうなどと思わずに先に自分から声をかけることです。一度あいさつをして返事がなければ、二度、三度と続けることです。声が小さくて聞こえないかもしれません。名前をつけてあいさつをするなどの工夫も必要です。あいさつを交わせるようになれば、今まで抱えていたモヤモヤや、わだかまりが霧が晴れるようにスッと消えていくはずです。あいさつでギクシャクしていた関係が解けたという受講者の話を紹介します。《これまで私は、ご近所さんに道で会っても気付かないフリをされたり、会釈をしても横を向かれることがありました。どう考えても原因がわからないので、あの人はそういう人なんだと思ってそのままやり過ごすしかありませんでした。ところが先日のことです。二年に一度回ってくる地区会館の掃除当番で、いつも私のことを無視するご近所さんと一緒になりました。私が階段をほうきで掃きながら降りてくると、ちょうどそこに彼女がいたので、思いきって「小林さん、おはよう!」と声をかけてみました。すると彼女も「おはよう」と言ってくれました。すかさず「いつもスマートでうらやましいわ」と言うと「そんなことないわよ。お腹がね・・・」と彼女。これがきっかけに話がはずみ、掃除が終わる頃にはすっかり心のわだかまりが解けて、とても気持ちのいいお掃除となりました。考えてみると“そうだ。あいさつをしなかったのは私のほうだ。自分から先に声をかけるということをこれまでの私はしていなかったんだ”と気がついたのです。私は無視されてもしょうがなかったんだ、と反省しました。そして相手を動かすためには、まず自分が動かなければダメだと思い知らされました。》人を変えるためにはまず自分が変わることです。人間関係は「まるで鏡のよう」と言いますが、そのきっかけをつくるもっとも有効な方法があいさつなのです。
2007.08.23
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『同(おな)じ釜(かま)の飯(めし)を食(く)う』 『同じ釜の飯を食う』一つの釜で炊(た)いた御飯を共に食べる間柄という意味で、一緒に暮らしたり、同じ職場で働いたりした親しい仲であること。類:●同期の桜*********「捏(で)っち上げで銭儲(もう)けをするのは良くない」と指摘する積もりが、逆に、ここにいることを咎(とが)められ、太助はしゅんとなってしまった。茂長からすれば、野崎屋の駆け出しであるこの独活の大木が、商売敵(がたき)である春日井屋の手代と一緒にいるのは、その事実だけでも見過ごしにできないことである。仙六にとっても、生駒屋の名を騙(かた)って近付いてきたのは、商売敵の内情を探ろうという目論見(もくろみ)があってのこととしか考えられない。今さっきまでぶつかり合っていた闘志が、2つ一度に矛先(ほこさき)を変えてきたのだ。八方塞(ふさがり)である。>咲:あら、あなたが茂長さん? 太助さん、いつもこう言ってるわ。手代にしとくには惜しいくらいの人だって。なるほど、どっしりとしてるっていうのかしら、そんなようなものがあるわね。>茂:誰ですか? お前さん。>咲:お咲っていいます。ちょっと訳がありまして、生駒屋の富朗さんから親しくお付き合いさせていただいてます。>茂:お前さんが、ですか? お見受けしたところ、なんと申しましょうか、まだ、うら若いと申しましょうか、充分には老(ふ)けてないと申しましょうか・・・>仙:早い話、まだ餓鬼(がき)だってんだろ?>咲:失礼しちゃうわね。富朗さんは一人前として扱(あつか)って呉れてるわよ。>仙:生駒屋の旦那、良くねえ魂胆でもあるんじゃねえのか?>咲:人の器(うつわ)が違うのよ。>仙:どうせ俺は器が小せえよ。怒りっぽいし、口の悪さで失敗するしよ。>茂:ちっとも変わらないよね、仙ちゃんは。>仙:その呼び方は止(や)めろってんだ。>太:長いんですか? お2人は。>仙:お前ぇに話す謂れはねえ。>茂:まあまあ、良いじゃないか。太助どん、お前さんたちもこっちに来てお座んなさいな。>太:はあ。>茂:仙ちゃん、あんたもこっちへおいでよ。>仙:呼ぶなってんだ。>茂:あたしと仙ちゃんとはね、同じ年に同じ町で生まれましてね、真逆(まさか)、同じような職に就(つ)くとは思いもしなかったですけどね。>仙:真似(まね)したのはお前の方だろう。>茂:確かに、あたしの職は絵草紙売りでしたからね。そう言うお前さんが働いている春日井屋さんだって、ついこの間まで浮世草紙みたいな好色本を好んで売ってたじゃないですか。>仙:俺が好んでた訳じゃねえ。買う方が好んだんだ。>茂:そうも言いますかね。まあ、ものは言い様ですよ。ねえ、お咲さん、口だけは立つでしょう? なにしろ、学問所は首席でしたからねえ。>仙:お前ぇだって次席じゃねえか。>太:あの、お2人は幼馴染みだったんですか?>仙:それを言うんなら、腐れ縁だ。仙六の喧嘩腰も漸(ようや)く鎮(しず)まってきていた。丁度文士先生たちの方も仕上がったようだ。>浩:茂長さん、長い間お待たせして済みませんでしたねえ。できましたよ。>茂:本当ですか? 早速(さっそく)読ませて貰っても良いですか?>浩:ええ。春日井屋さんに中身を知られても構わないんでしたらどうぞ。>茂:大丈夫です。どうせ明日には配ってしまうものですから。>仙:ほう。随分と気前の宜しいことで。>茂:仙ちゃんが曲がったことをしない人だってのは分かってますからね。>藤:ほい、こっちも上がったよ。仙六さんお待たせ。>仙:有り難うよ。助かるぜ。どれどれ・・・>藤:お前さんも気にしねえんだね?>仙:茂長は一時(いちどき)に1つのことしかできねえ奴だから、大声で読んだって聞いちゃいねえよ。>藤:ほう。流石(さすが)に気心が知れちまってるな。>仙:そんなんじゃねえ。>藤:そうかい。まあ良いや。・・・それにしても、お前さんたちの口喧嘩も中々面白(おもしろ)かったぜ。>仙:喧嘩だなんて、そんなんじゃねえよ。>浩:その掛け合いの具合いがね、なんとも良い調子なんでね。今度使わせて貰いますよ。>藤:何を言ってるんだ。こっちの次回作に使うんだ。そっちは後にしろ。>浩:この仕事を頼まれたのは、野崎屋さんの方が先ですからね。悪しからず。>藤:そんなこと言ったって、『コロ助』は後日談だろ? ここから幼馴染みを持ち出したって仕方ねえじゃねえか。>浩:そう言われちまうとそうなんですけど・・・。じゃあ、次作まで待っと呉れ。>藤:駄目だ。こっちはもう煙巻って名前まで思い付いちまってるんだからな。>浩:なんだって? あんたって人は。昔っからそういう抜け目ないところがあったよね。>太:あの、お2人も幼馴染みなんですか?>藤:寺子屋の頃からのな。お咲と太助もそれぞれの続編を読ませて貰った。『コロ助』の方は、狙(ねら)い通りのお涙頂戴ものに仕上がっていた。コロ助は見事仇討(あだう)ちを果たしたものの、左腕に傷を負い、刀を捨てた。毎年の命日には十個の大福を供えるのを欠かさない、心優しい大工になっているという。一方、『服部』は、健一が起こす些細な事件を解決する傍(かたわ)ら、鼻岡という剣士に師事し、仇討ちの準備に余念がない。益々次作に期待を持たせる作りになっていた。>咲:読み物としては、良い出来ね。どっちも売れるわ。茂長さんも仙六さんも良かったわね。>仙:なんだよ、奥歯に物の挟まったような良い様だな。>咲:だって、嘘なんですもの。瓦版に書いて売るようなものじゃぁないでしょ?>仙:要は売れりゃあ良いんだよ。そうじゃねえのか?>咲:違うに決まってんじゃないの。>仙:なんだと?>茂:まあ待ちなよ、仙ちゃん。お咲さんの言い分を尤(もっと)もだと思わない仙ちゃんじゃないでしょう。>仙:分かってるんなら、態々(わざわざ)指摘なんかするな。だけど、どうしようもねえじゃねえか。>咲:そうかしら?>仙:何が言いてえんだ?>咲:瓦版なんか止めちゃって、昔みたいに本を売れば良いじゃない。>仙:売れねえから瓦版をやってるんじゃねえか。>咲:好色本なんか売るから売れないのよ。今時そんなのを好むのは、碌(ろく)に稼(かせ)ぎもない若造か、体面ばかり気にするお役人くらいよ。>茂:お咲さん、あんた一体何者なんですか?>咲:『コロ助』の主人公になる筈だった五六(ごろ)ちゃんのちょっとした知り合い。それだけよ。>仙:五六ちゃんだぁ? おい、茂長、なんだあの話は実話なのか?>茂:ええ。うちの旦那が勝手に色付けしちゃったんですけどね。
2007.08.22
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『同(おな)じ穴(あな)の狢(むじな)』『同じ穴の狢』[=狐・=狸]同じ穴にすんでいる狐(狸、狢)という意味。二人の人が、外見や肩書きからは別のもののようであるが、実は同類であるということ。多くは、悪人のこととして使う。また、共謀して悪事を企(たくら)む者。類:●一つ穴の狢 出典:「漢書-楊*伝」「令親任大臣、即至今耳、古与今、如一丘之貉」*********生駒屋が頼んだという瓦版の売れ行きは物凄(ものすご)かった。二匹目の泥鰌どころではない。野崎屋杉太郎が言ったように、庶民はお涙頂戴物に飢(う)えていたのである。自(おの)ずと、瓦版に入れた宣伝の効果も絶大(ぜつだい)であった。生駒屋の店先には長蛇の列ができて、品薄(しなうす)になったものを本店まで引き取りに行かなければならない程だった。お咲は、後学(こうがく)のためにと、太助を伴(ともな)って様子を見に来ていた。>咲:これ程とは思わなかったわね。>太:凄いですね。そんなに良く書けた物語だったんでしょうか?>咲:あら、太助さん、読んでないの?>太:はあ。>咲:服部肝臓っていう忍びの話なんだけど、中々良くできてるのよ、これが。斉斉(さいさい)先生とか下駄代さんとか、とても実在したとは思えないような人が登場するんだけど、それはそれで気楽に読めるのよね。>太:美談なんですか?>咲:どうかしら? 確かに二親(ふたおや)が亡くなったところは泣けるように書いてたけど、第1話を読み終わった感じでは美談だっていう気はしなかったな。>太:第1話ってことは、続きも出るんですか?>咲:あの調子だと、暫(しばら)く続くわね。>太:それじゃあ、うちの瓦版なんて、見向きもされなくなっちゃうじゃないですか。>咲:毛色が全然違うから、大丈夫なんじゃないの? でも、外伝(がいでん)なんか売らせちゃ駄目よ。誰も買って呉れなくなっちゃうから。>太:やっぱりそう思いますか?>咲:決まってるじゃない。買い物を終えた娘に頼んで、瓦版を少しだけ見せて貰った。生駒屋の広告には「この読売を持参された方に限り2割払い戻す」旨が、書かれてあった。道理で、並んでいる町娘が瓦版を手にしている訳である。>咲:富郎さんも面白いことを思い付いたわね。値下げはしないけど払い戻せば、買う方は同じだものね。もしかすると、浮いた代金で、別のものも買ってって呉れるかもしれないし。>太:瓦版の方だって有難いですよ。直ぐに捨てられちゃわないで済むんですから。巧くすると、物語が終わるまで全部を集めようって思う人だって出てこないとも限らないんですから。>咲:成る程。お店にとっても読売り屋にとっても良いことって訳ね。>太:何よりも良いのは、4文(=約80円)の瓦版で1朱(=約5000円)の2割が戻ってくるっていうところですね。1朱の2割ってえと、・・・。えーと・・・>咲:50文(=約1000円)。凄いことよね。>太:はあ。>咲:それにしても、太助さんってほんとに、勘定(かんじょう)が駄目なのね。>太:こればかりはどうも。>咲:そういう額を扱(あつか)うようになったら、いずれ覚えちゃうものだから大丈夫よ。>太:そうでしょうか?>咲:太助さんだって、このまま偉(えら)くなって弟子を持つようになったら、大きい額を扱わなきゃならないのよ。その頃にはもう平ちゃらになってるわよ。>太:けど、うちには立派な手代さんがお2人もいらっしょいますから・・・>咲:それにしても、この文章、どことなく『コロ助物語』に似てない? 健一って人に食べさせて貰った秋刀魚(さんま)に感銘(かんめい)を受けて終生の忠誠を誓う件(くだり)なんか。>太:そう言われるとそうですね。>咲:これはちょっと確かめとく値打ちはあるかもしれないわね。>太:確かめるんですか?>咲:このあたしを誰だと思ってるの? 下っ引きのお咲さんなのよ。気になり始めたらもう誰にも止められないわ。>太:でも、調べてどうしようっていうんです?>咲:さあ。どうしましょ? ・・・でも、知りたいの。太助さんも付き合ってよ。>太:うちの旦那に聞きに行くんですか?>咲:それよりも確かな遣り方があるわよ。富郎さんに一筆(いっぴつ)書いて貰うの。なんてったって宣伝の代金を払ってるお店なんだから、その読売屋だって無下には断(ことわ)れないわ。そんな訳で、お咲と太助は読売屋・春日井屋を訪ねた。春日井屋以吉は、初めのうちこそ2人を胡散(うさん)臭そうに見ていたが、富郎の紹介状を読んだ途端、掌を返したように愛想を振り撒(ま)き始めた。座布団を裏返し、お茶と茶菓子まで用意させ、「肩でもお揉みしましょうか」まで言った。相当な日和見(ひよりみ)である。早速(さっそく)案内させるからと、手代を呼んだ。>春:手代の仙六という者です。少々無愛想(ぶあいそう)ですが、どうぞお連れください。>仙:用意は良いか? じゃあ、直(す)ぐ出掛けるぞ。>咲:は、はい。>春:生駒屋の旦那にはくれぐれも宜しくお伝えくださいましねえ。>咲:え、ええ。>仙:ぐずぐずしてると置いてくぞ。>咲:はい。・・・あの、ほんとに手代さんですか?>仙:そうだ。なんか変か?>咲:旦那さんより偉そうなんですもの。>仙:そうか? 俺はそんなこと気にしたこともねえがな。文士の先生の名は、安孫子藤吉郎といい、路地裏の日の当たらない長屋の1室に住んでいるという。丁度、第2話を取りに来るところだったと、苦虫を噛み潰したような顔のまま教えて呉れた。>仙:先生方、いらっしゃいますかい?>藤:仙六さんかい? お入んなさいな。>仙:ご免なすって。中には、2人の先生方が文机に向かっており、その傍(かたわ)らに先客が控(ひか)えていた。>仙:おや、茂長じゃねえか。こんなとこで何してやがる?>茂:お前さんに話す謂れはありませんですよ、仙六さん。>仙:ははあ、お前ぇんとこの『コロ助』とかいうやつは、安孫子先生の作なんだな?>茂:それは勘違いなんではないのですか? うちがお願いしてるのは、藤吉郎先生じゃなく浩丸(ひろしまる)先生の方ですよ。>仙:何を言ってやがる。どっちも一緒じゃねえか。お2人で書いていなさるんだからよ。>茂:そんなことよりですよ、あんたんところの『服部』とかいうのもこちらの先生方の作ということなんですか? 確か、順番としては、うちの方が先でしたよねえ。>仙:どっちが先かなんて、この際大したことじゃねえだろう。>茂:真似(まね)したのは、そちらさんですよねえ。うちの旦那から捻じ込んで貰った方が良いでしょうかねえ。>仙:黙れ。粗筋(あらすじ)を考えたのはこの俺だ。それなら文句はねえだろう。>茂:所謂(いわゆる)ひとつの捏(で)っち上げなんですね?>太:あの。・・・ということはですよ、どちらも出任せってことなんでしょうか? >茂:おや、太助どん。お前さんがなんでここに?>仙:なんだよあんた。茂長の知り合いなのか?>太:あ、いや、その・・・
2007.08.21
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『小田原評定(おだわらひょうじょう)』 『小田原評定』いつになっても結論が出ない会談や相談。類:●小田原談合●小田原相談故事:天正18年(1590)。豊臣秀吉が小田原城の北条氏を攻めた際、城中で和戦の意見が対立し、徒(いたずら)に日時を送った。 *********八兵衛が脚色して喋(しゃべ)った『五六蔵・一太郎物語』を聞いて、野崎屋杉太郎は、おいおい大きな声を上げて泣いた。「世知辛い世の中で、こんな美談(びだん)久しく聞いたことがない」と、大層な入れ込みようである。>野:こいつは売れますよ。絵草紙や芝居が弾圧を受けるようになってからこっち、江戸の庶民は感動に飢えているんです。お侍(さむらい)のちゃんちゃんばらばらも良いんですが、あたしはこういう泣ける話が一等好きですね。>八:なんだったら、おいらが喋るのをそのまま書きやすか?>野:いえいえ、それには及びません。瓦版には瓦版独特の書き方ってもんがありますから。>八:七五調かなんかで喋れば良いんでしょ? そんなの訳ねえけど。>野:そりゃあ確かに、読み歩くのには調子の良い方が良いんでしょうが、そんなことより、お決まりの言い回しとかがあるんですよ。どちらかというと芝居の台詞回しに近いでしょうかねえ。>八:へえ、そうなんで。おいら芝居なんか見たこともねえから、そうなっちゃ無理だな。>野:大丈夫ですよ。うちで抱(かか)えてるお方が、絶妙(ぜつみょう)に書き上げてくださいますから。>八:それじゃあ、その人の前でもう1遍喋って聞かせやしょうか?>野:それも大丈夫ですよ。あたしから巧く伝えられますから。>三:本当に大丈夫なんですかい? 又聞きの又聞きになるんですぜ。>野:なあに、壺(つぼ)さえ押さえておけば良いんですよ。読む方は泣ければ良いんですから。>三:そんなんで良いのかな?>八:まあ良いじゃねえか。任せようぜ。・・・あ、そうだ。五六蔵の話も聞きに行かせるんでしょう?>野:いえいえ、それも必要ありません。生(お)い立ちやらなんやかやは、文士の先生がぴったりなのを決めますんで。>八:そんなもんなの?>野:そういうもんなんです。細工は流々。皆さんは出来上がったものをお読みになるだけです。野崎屋と八兵衛の遣り取りをちょっと離れて聞いていた熊五郎は、なんだか不安になってきた。野崎屋は過去に3回瓦版を出していたが、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても出来が良いとは言えない代物(しろもの)ばかりだった。大店(おおだな)の番頭の密通(みっつう)だとか、三毛(みけ)に白い仔猫が生まれたとか、下駄(げた)占いで天候を10日間当て続けた子供だとか。そんな箸(はし)にも棒にも引っ掛からないものを題材に使っているようでは、文士の先生も碌(ろく)なものじゃない。>熊:だから止(よ)せって言ったんだ。>八:何がだ? やっと売れそうなものが出るじゃねえか。おいらは物凄(ものすご)く期待しちゃってるぞ。>熊:おいらはとんでもない滅茶苦茶なものができるような気がするんだがな。>八:良いじゃねえか、売れりゃあよ。>熊:捏(で)っち上げでも良いってのか?>八:捏っち上げにゃあならねえだろ? おいらがあんだけ喋ってやったんだから。>熊:お前ぇの話だって7割方が出任せだろ?>八:おいらの話のどこが出任せだってんだ? 大筋は在りの侭(まま)じゃねえか。数日後、太助が読み売りした瓦版の内容は、元の話とはかなり懸け離れたものになっていた。五六蔵の名前がコロ助になっていて、一太郎が英一、熊田という敵(かたき)役まで登場する有様(ありさま)だった。コロ助は、身体(からだ)こそ丈夫だが、謂(い)われなく両親を殺され、7人の弟妹(きょうだい)を養(やしな)う、貧しく心優しい武士として書かれていた。>八:なんだこりゃ?>熊:だから言っただろ?>八:こんなので良いんだったら、おいらだって文士の先生になれるぞ。>熊:そういう話じゃねえだろ。・・・そもそもだな、ものごとを正しく早く伝えるってのが、瓦版の役割りとは違うのか? 出任せばかり書いてて、世間様が信じ込んじまったらどうするんだよ。>八:一太郎って奴の供養をして呉れるんなら有難(ありがて)えことじゃねえか。>熊:一太郎じゃねえんだぞ。英一なんだぞ。それになんだこの熊田ってえ親の敵は? 志(こころざし)半ばにして死んだ英一の仇(あだ)討ちまでするんだぞ。次号じゃあ、五六蔵が白装束(しょうぞく)で刀を持つんだぞ。>八:次のも売れそうだな。>熊:だから、そんな話じゃねえだろうっての。経緯(いきさつ)は兎(と)も角(かく)、瓦版は売れに売れた。野崎屋では第三刷まで出して、相当な売上げ金を稼(かせ)いだ。売り手である太助は、内容に疑問を抱きつつも、やっと職務らしい職務を全(まっと)うできた喜びの方が大きく、大いに満足げであった。『コロ助物語』の続編が出るときに生駒屋本郷店の案内を書かせてはどうかという、お咲の提案も、富郎は難なく了承した。>太:それがですね、番頭の鍋恒さんが急に色気を出しまして、後日譚(たん)も出すからその両方組で載(の)せさせたらどうかって言い出したんです。それで、文士先生に急いで書かせるから、筋書きが仕上がるまで待つよう伝えたらって・・・>咲:何よそれ。こっちは試しに1回切りで良いのよ。やってみて効験(こうけん)が出たらまたやるってことで良いじゃない。>太:はあ。>熊:まあまあ、太助が悪いんじゃねえんだから、そう噛み付くなよ。>咲:それはそうだけど・・・。でも、そんな決まりごとだったら、考え直せって行ってこなきゃ。>熊:野崎屋さんは、考えを変える気はねえのか?>太:はあ。手代の茂長さんと貞吉さんが欲を掻かないでこつこつやった方が良いって言って呉れたんですが、旦那の方は結構強気でして。外伝っていうことでもう1つ書かせようと画策(かくさく)してるみたいです。それで、生駒屋さんが駄目なら、呉服商の「一黒屋」さんに持ち掛けるって言ってました。>八:一黒屋って、安いものをたくさん売るってことで繁盛(はんじょう)し始めたとこか?>太:はあ。>八:なるほど、景気が良さそうだから話に乗ってくるかも知れねえな。>熊:安売りで客を集めてるところが、人寄せに銭を掛けたら、安く売れなくなっちまうじゃねえか。無理だな。>太:無理なんですか?>八:無理なのか?>熊:ああ。無理だ。>太:それじゃあ、うちの旦那は、頼み込んででも生駒屋さんに載せて貰わなきゃいけないじゃないですか。>熊:間に合えばな。案の定、野崎屋は生駒屋の富郎に3回抱き合わせの条件で申し入れを済ませていた。富郎には、売れると限らない後日譚や外伝に大枚(たいまい)を叩(はた)く気など更々(さらさら)ない。それに、競合商品がいつ出回り始めるかも分かったものじゃないから、のんびり構えてなどいられないのだ。>野:なんだって、太助どん。一黒屋はこの話には乗ってこない?>太:はあ。どこか余所(よそ)を当たっておいた方が良いんじゃないかってことです。>野:別のところってったって、今更思い付くもんじゃないよ。>太:それなら、続編だけでも良いから生駒屋さんにお願いしちゃった方が良いんじゃないでしょうか?>野:それじゃあ、それを当て込んで支払ってしまった文士先生の給金(きゅうきん)はどうしたら良いんだ?>太:そんなことあたしに言われても・・・>野:それはそうだが。>太:やっぱり、生駒屋さんにお願いに行った方が良いのでは・・・>野:それしかないか。生駒屋さんにまで外方(そっぽ)を向かれたら大赤字になってしまうからな。野崎屋本人が手土産を携(たずさ)えて出向いたが、富郎は別の瓦版に載せると決めてしまった後だった。>富:柳の下の泥鰌かもしれませんが、美談を載せるという瓦版がありまして、問い合わせましたところ是非にと言われましたので、即決してしまいました。>野:そんなぁ。>富:商(あきな)い敵(がたき)のお店(たな)の動向もありますし、早いに越したことはないものですから。実は、野崎屋さんにという然(さ)るお方の薦(すす)めもあったのですが、今回は話が巧く折り合いませんでしたので。・・・もう少し早くお話が出来ていたらお願いできていたのですけれど。>野:そうなんですか・・・>富:でも、余所(よそ)様の瓦版で思うような効験が認められましたら、本家の方にも薦めるつもりでいますので、そのときにはお願いしたいと思っています。外伝とかという出涸(でが)らしみたいなのじゃなく、綺麗な町娘かなんかが登場する読み物ができましたら、ご一報くださいまし。
2007.08.20
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『驕(おご)る者(もの)久(ひさ)しからず』 『驕る者久しからず』栄華を窮(きわ)め、勝手な振舞いをする者は、いつまでもその地位にいることはできない。類:●奢る平家久しからず●Pride goes before a fall.★「平家物語」の冒頭の「驕れる人も久しからず」から出来た言葉。出典:平家物語(へいけものがたり) 鎌倉前期の軍記物語。「徒然草」には作者として信濃前司行長の名があるが、成立年とともに未詳。12世紀末の治承・寿永期の動乱を、平清盛を中心とする平家一門の興亡を軸としてとらえ、仏教的無常観を基調に、叙事詩的に描く。古くは「治承物語」と呼ばれ、3巻または6巻の時代があったようだが、次第に加筆・増筆され、多くの異本を生じた。世に行われている一方流の語り本は12巻で、巻末に「灌頂巻」がある。語りものとして琵琶法師によって語られ、広く愛好され後世の文学に大きな影響を与えた。「平語」。*********大女将のお雅を出汁(だし)に使おうなどという、実現もしない話は、飲みの席の与太話(よたばなし)と共に流れてしまった。天候は曇り勝ちになり、空気は湿気を帯びてきていた。また、暇な梅雨(つゆ)の季節が訪れようとしているのだ。>八:なんか面白(おもしろ)そうなことねえかな?>熊:確か、去年もそんなこと言い出したばっかりに、とんだ騒動に巻き込まれたんじゃなかったか?>八:去年? なんだっけ?>熊:ほれ、二助とお咲坊が勾引(かどわ)かされた・・・>八:おうおう、そうか、淡路屋か。近頃とんと名前を聞かねえが、元気でやってるのかねえ。様子でも見に行ってやろうか?>熊:止(よ)せよ。変に突付くと、本当に何か持ち上がりそうだ。平穏無事が一番良いのよ。>八:お前ぇはそれで良いかも知れねえけど、おいらは嫌なの。ごろごろしてたら体が蕩(とろ)けちまって、雨水と一緒に流れてなくなっちまいそうだ。>熊:そこまで大袈裟(おおげさ)なことじゃねえだろう。>八:おいらにとっちゃあ、一大事なの。なあ、五六蔵んところに青い梅でも持ってってやらねえか?>熊:止せったら。本人が懲(こ)りてるんだから放っておいてやれ。源五郎の家に集まり、さあ現場へ出掛けようかとした2人は、五六蔵がまだ来ていないことに気が付いた。>八:三吉、五六蔵はどうした?>三:へい。昨夜兄いたちと別れた後、長屋に戻ってから独りで飲み直したらしいんで。>八:なんだよ、飲み過ぎか? ぶっ弛(たる)んでるんじゃねえのか?>三:いえ、飲み過ぎとはちょいと違うみたいでして・・・>八:なんだ? 食中(あた)りか?>三:去年も似たようなことがあったの覚えてますか?>八:真逆(まさか)、梅を食ったのか?>三:ちっとも懲(こ)りてねえようでして。>熊:そんなことより、大丈夫なのか?>三:四郎が寄ってきやしたが、どうにか大丈夫みたいです。>八:まったく、頑丈(がんじょう)だから良いようなもんで、普通だったら3~4人死んでるぞ。・・・それで? 今年は何個食ったって?>四:見せて貰ってきました。三角に4段でしたから、10個。去年と同じ数ですね。>八:何か三角に曰(いわ)くでもあるのかな?>四:さあ、どうでしょうか? それについては何も。>八:よし。今夜は見舞いがてらその辺のところを聞いてくるとするか。熊、お前ぇも行くだろ?>熊:そんな酔狂(すいきょう)なことはどうでも構わねえが、心配には心配だからな。梅雨時で仕事が少ないということもあり、一行は早目に切り上げて五六蔵の長屋へ向かった。妹の菜々が出迎え、今は眠っているところだが構わないということで、4人を部屋に上げた。>八:菜々ちゃんもこんな兄貴を持って大変だなあ。>菜:これはこれで、慣れちゃえば可愛いもんです。>八:へえ、てぇした妹だ。松つぁんに取られちまって惜(お)しいことしたな。>菜:まあ。>熊:端(はな)っから相手になんかされてなかったじゃねえか。>八:そうだっけ?>八:ときに、変なこと聞くようだがよ、五六蔵の奴、梅の種を三角に並べる癖があるそうなんだけど、なんか訳でもあるのかい?>菜:ええ。あたしはまだ小さかったから良くは分からないんだけど、あったみたいです。>八:何があったんだ?>菜:五六兄ちゃんの2歳年上の一太郎って人がいて、どうした訳か、何かに付けて五六兄ちゃんと張り合いたがったらしいの。>八:ガキ大将の島争いか?>菜:そうでもなかったみたい。五六兄ちゃん、別に子分を連れ歩くとかしてた訳じゃないし。どっちかっていうと、好かれちゃってたみたいなの。>八:好かれてた? 男にか?>菜:ええ。それでね、どうしたものの弾(はず)みか、梅の実の食べ比べをしようってことになったみたいなの。>八:毒だって知らなかったのか?>菜:桃の実と間違っちゃったみたい。>八:なんだと? とんだ勘違いだな。それで? その一太郎ってのは? 死んじまったのか?>菜:そういうこと。五六兄ちゃんも危なかったんですって。>八:でも五六蔵は平気だった。・・・それで、その一太郎って人と三角とどういう関わりがあるんだ?>三:家紋とかですかい?>四:そんなの聞いたことありませんが。>菜:一太郎さんていうのが意外と実(まめ)な人で、食べ終えた後に残った種をそういう風に並べてたんですって。それを真似(まね)してるみたい。>熊:供養(くよう)しようっていう意味もあるのかな?>菜:多分。>熊:真逆(まさか)毎年そんなことしてたんじゃねえだろうな?>八:梅雨の時期になると思い出して、青梅の種で供養する。美談(びだん)じゃねえか。>五六:・・・そんなんじゃねえんです。>八:なんだお前ぇ、起きてたのか?>五六:ご心配掛けて申し訳ありやせん。ちょいと調子に乗り過ぎやした。何も10個食うことなんかなかったんです。>八:供養するには10個食わなきゃならねえんだろう?>五六:供養だなんて、そんな気はさらさらありやせん。>八:なんだと?>五六:青い梅を3個食っても死なない不死身の男とかなんとかで、瓦版のねたになりゃあしねえかと思いやして。>八:なんだと? そんな訳なのか? じゃあ、一太郎って人のことは・・・>五六:山育ちのあっしらはちょっとやそっとじゃくたばりませんや。平気な顔で歩いて帰りましたよ。>八:だって死んじまったんだろ?>五六:帰りにもう2・3個取って、齧(かじ)りながら帰る途中、種(たね)を喉に詰まらせて、息詰(いきづ)まりしちまったんです。>八:息詰まりなのか?>五六:へい。あっしとの食べ比べとは、全く関わりありやせんでした。>四:頑丈を鼻に掛けてる人の最期(さいご)なんてものは、そんなもんなんですかねぇ。>八:なんだよ。随分と分かったようなこと言うじゃねえか。>熊:だがよ、四郎の言う通りだぞ。五六蔵だって現に去年と今年死に掛けてる。まだ若いからどうにか助かってるようなもんで、いつ本当に死んじまうか分かったもんじゃねえんだからな。>五六:以後気を付けやす。>八:まあ、良いじゃねえか。それよかよ、太助んとこの旦那に持ち掛けて、瓦版に仕立て上げられるかどうか聞いてみようぜ。>熊:止(や)めた方が良いんじゃねえのか?>八:何言ってやがる。五六蔵が命を張って作ったねただぞ。使わなくてどうする。・・・いっそのこと、お涙頂戴の美談に仕立て上げちまうってのはどうだ?>熊:お前ねえ、そんな調子の良いことばっかりしてると、いつか必ず罰(ばち)が当たるぞ。>八:へへーんだ。八方丸く納まるんだ、文句なんか出る道理がねえ。考えてもみろ、おいらが考えた筋書きで、江戸中の庶民が、感極(かんきわ)まって涙を流すんだぞ。なんだかわくわくするじゃねえか。(つづく)---≪HOME≫
2007.08.19
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『奥歯(おくば)に物(もの)が挟(はさ)まる』 『奥歯に物が挟まる』1.自分の思うことをはっきりと言い出さない。言いたいことがありそうなのに、なんとなく暈(ぼ)かす。2.相手に対して、何か心に引っ掛かるものが残っている。類:●奥歯に衣着せる●奥歯に剣*********6つ半(7時ごろ)、お夏が、お咲を伴って現れた。2人とも、化粧を施している。嫌味ではなく、妙に大人(おとな)びて見えて、客たちは揃いも揃って大口をあんぐりと開けた。>夏:ありゃ? どうしちゃったのみんな。急に黙っちゃって。>咲:お夏ちゃん、だから止(よ)そうって言ったのよ。あたし、なんだかとっても恥ずかしい。>夏:そんなことないって。・・・はーい、皆さん。あたしたち、ちょっと化粧(けそう)してみました。如何(いかが)ぁ?>八:・・・こりゃ魂消(たまげ)た。なんだか菩薩(ぼさつ)様が天から降りてきたみてえだ。>夏:そう?>八:お咲坊、おいら、見違えちまったぜ。こりゃあほんとに牛込小町だぜ。>咲:やだ、八つぁん。それは褒(ほ)め過ぎよ。>八:褒め過ぎなんかじゃあるもんか。ほれ熊、ようく見てみろ。おいら、こんな綺麗な二人連れ、生まれてこの方見たことねえ。なあ、お前ぇもそう思うだろ?>熊:ちょいと化粧したくれえで小町になれるんなら、そこら中小町だらけになっちまうじゃねえか。>八:御託ばかり並べてねえで、ようく見てやったらどうなんだ? まったく、素直じゃねえよな。こいつ、態(わざ)と目を逸(そ)らしてやがる。>熊:放(ほ)っとけ。>八:仕様のねえ奴だな。お前ぇみてえな根性曲がりにはよ、金輪際(こんりんざい)菩薩様は拝(おが)めねえだろうよ。お咲は、皆の計らいで熊五郎の正面の席に着いたが、熊五郎は頑(かたく)なに、斜(はす)に構えて、五六蔵たちと話すようにしていた。>八:ときに、お咲坊。姐(あね)さんの話だと、お前ぇたちが生駒屋に何かご指南(しなん)をしたそうじゃねえか。なんて言ったんだい?>咲:別に大したことじゃないわよ。引き札でも配ればって言っただけ。>八:引き札ねえ。>咲:あやさんが言うにはね、近い将来余所(よそ)でも同じような白粉(おしろい)を作り始めるに違いないから、安心ばかりもしていられないだろうって。>八:化粧の品って、そう簡単に真似(まね)できちまうもんなのか?>咲:手本があるんだから、そう難しいことじゃないんじゃない?>八:そうか。・・・だがよ、勝手に真似しちまって良いのか? 初めに作った人が聞いたら怒るだろう。>四:あの・・・、もう亡(な)くなってますが。>八:言葉の文(あや)よぉ。生駒屋の旦那だって文句を言うだろ?>咲:あやさんとも話したんだけど、ちょっとでも違うたねを使ってれば、新しい白粉なんですってよ。例えば、鶯(うぐいす)の糞(ふん)とか、米糠とか、泥とか。>八:そんなものほんとに入れるのか? 化粧の道具とは思えねえな。>咲:当たり前のものはもう使い古されてて、受けないみたい。>八:はあ、魂消たな。綺麗になるためにゃぁ、鳥の糞でも塗(ぬ)るのかねえ。>咲:只(ただ)の鳥じゃ駄目よ。鶯だから良いんじゃない。>八:おいらにゃあ、鶯も雀も目白もおんなじように見えるがな。>咲:そんな訳で、そっくりの白粉が間もなく出回るだろうって言うのよ。>八:まったく、考え出した人の手柄(てがら)も何もあったもんじゃねえな。>熊:こんな言い方しちゃあなんだがよ、喜六さん、姐さんの元の旦那さんだって、昔からあった奴に手を加えて作ったんだから、そういう意味じゃぁ真似したってことになるんじゃねえのか?>八:お、やっと喋りやがったな、この唐変木が。>熊:なにをー? 唐変木から唐変木なんて言われたかねえや。>四:熊兄いが言うことも尤(もっと)もなことですよ。ちょっと寂しい話ですがね。>八:確かにな。そういうことまで考えると情(なさけ)なくなってくるな。一体(いったい)この国はどうなってるんだ? おいらたちゃぁ、生駒屋の白粉を守ってやることもできねえのか?>咲:だから、余所に負けないように、あたしとお夏ちゃんが指南してあげようって言うんじゃないの。>八:お咲坊はさて置き、お夏ちゃんに任(まか)せとけば安心だな。>咲:言い難(にく)いことを、洒洒(しゃあしゃあ)と、良く言うわよ。>八:思ったことをはっきり言うのは、おいらの長所だ。言わなきゃなんねえことを言えもしねえ熊の野郎とは大違いよ。>熊:言わなくても良いことを言っちまうお前ぇよりは良いと思うがね。>八:そうだ。引き札のことだがよ、太助が配る瓦版にちょろっと描(か)いてやりゃあ安くできるんじゃねえのか? 太助の方だって、幾らかでも銭が付けば、稼(かせ)ぎになろうってもんだし、一石二鳥だ。どうだい? おいらって天才かな。>咲:そうね。お試(ため)しには良いかもね。>三:そのためには、瓦版のネタがないと駄目(だめ)なんじゃねえですか?>八:そうだよなあ。この間の親方の活躍も書いちゃいけねえって言われちまったし、ここんとこ、これといって気になる出来事もねえしな。>五六:作っちまいやすか?>八:どうやって。>五六:その白粉って、顔の皮がぼろぼろになって剥(む)けるってことですよね。菜々にでも付けさせて、ぼろぼろになったところで、生駒屋さんへ因縁(いんねん)を付けに行くんですよ。>八:松つぁんに行かせるのか?>五六:松公じゃあ箔が付かねえでしょう? あっしが行きますよ。>八:こりゃあ良いや。どうだ、熊?>熊:あん? なんだって?>八:お前ぇ、聞いてなかったのか?>熊:ああ、済まねえ。他のこと考えてた。>八:なんだお前ぇ、どうせ、お咲坊にでも見蕩(みと)れてたんだろう。>熊:そんなんじゃねえや。>八:じゃあなんだよ。言いてえことがあるならさっさと言っちまえ。>熊:いや、こっちのことだ。良いから勝手に話を進めてて呉れ。気になるから話せと迫(せま)られたが、「大したことじゃねえ」の一点張りで、埒(らち)が明きそうになかった。>夏:分かった。熊お兄ちゃん、あれでしょ? お咲ちゃんの顔の皮がぼろぼろになって、戻らなくなっちゃったらどうしようって心配してるのよね。>熊:な、何を言い出しやがる。そんなこと、おいらの知ったこっちゃねえ。>夏:大当たりーぃ。図星だって顔に書いてあるわよ。>四:おいらもその辺のところはちょっと心配ですけど、どうなんでしょうね?>夏:大丈夫なのよ。あたしたちみたいなぴちぴちのお肌の人は、そんな風にはならないんですって。富郎さんっていう生駒屋のご主人が言ってたから間違いないわ。・・・どう? 安心した?>四:はい。それは良かった。>夏:熊お兄ちゃんも安心した?>熊:別においらは・・・>八:なんだ。お前ぇそんな詰まんねえこと考えてて、話に混ざらなかったのか? 端(はな)っから言い出しゃ良かったのに。>熊:だから、そんなことじゃあねえって・・・>八:・・・待てよ。するってえと、菜々ちゃんだって若いから、五六蔵の思い付きも駄目になっちまったんじゃねえのか?>五六:そうみたいでやすね。>八:そういう年回りの人ってったら、・・・大女将さんにでもやって貰うか?>五六:そいつはあんまり・・・>八:大女将さんならよ、棟梁が出るまでもなく、自分独りで怒鳴り込むぞ。手間も掛からねえで良いじゃねえか。>五六:あっしの口からは、とてもとても、言い出せやせん。
2007.08.18
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『傍目八目(おかめはちもく)』 『傍目八目』囲碁で、第三者が局外から見ると、打っている人より八目も先を見越すという意味。局外から観察する者の方が、当事者よりものごとの真相や利害得失をはっきり見分けられるということ。類:●他人の正目(まさめ)●Lookers-on see most of the game.傍観者にはゲームが一番よく見える<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>出典:梅園叢書(ばいえんそうしょ) 随筆。3巻。三浦梅園。寛延3年(1750)成立。安政2年(1855)刊。儒学者の立場から古今の話題を取り上げ、著者の論説・感想を加えたもの。49の短章からなる。*********八兵衛にどうしてもと頼まれて、あやは生駒屋の分家に顔を出した。お咲に怖い思いをさせたお詫(わ)びの品を買うためである。あや自身、元の亭主・喜六が心血を注いで作り上げた白粉(おしろい)がどういう評価を受けているのか、少し、興味もあってのことである。どうせ選ぶのなら本人が選んだ方が良いだろうということで、お咲と、序(つい)でにお夏を、同行させていた。>夏:ねえ、あやさん。こんなこと聞いて良いのかどうか分からないけど、亡くなったご亭主ってどんな人だったの?>あや:そうねえ、端折(はしょ)って言っちゃえば、真面目(まじめ)な人、かな?>夏:そんだけ? 格好良かった? 優(やさ)しかった?>あや:やっぱり、女の子ってそういうところに一番惹(ひ)かれちゃうのね。見て呉れは良かったけど、着るものにはずぼらだった。優しかったけど、一緒に居て呉れなかった。>咲:親方とは全然違うわね。>あや:そうね。>夏:親方は、格好は今ひとつだけど、いつも一緒だもんね。>咲:何言ってるの。物凄(ものすご)く格好良かったんだから。あんたもあそこに居たら一発で惚れちゃうわよ。>夏:そうね。見たかったわ。八兵衛さんの話は半分としても、思い浮かべるだけで、鳥肌が立つわ。・・・あーあ、親方みたいな人、その辺に落ちてないかしらね。>咲:馬鹿ね。そういう人はね、もう疾(と)っくに、誰かのものになってるの。>あや:そうでもないかもよ。今頃どこかで、鉋(かんな)を掛けてるかもしれないし、十手(じって)を持って見回ってるかも知れない。>夏:あやさんったら、変なこと言わないでよ。鴨太郎さんなんて、親方の足下にも及ばないわよ。>あや:そうかしら? いつも傍(そば)に居て見てると、肝心なところを見過ごしちゃったりするものよ。生駒屋は若い娘たちで賑(にぎ)わっていた。>あや:凄いお客さんね。>咲:あたしたちがごろつきどもを追っ払ってあげたからよ。>夏:追っ払ったのは親方でしょ?>咲:あたしがって言った訳じゃないわよ。あたしたちがって言ったの。間違いじゃないでしょ?>あや:そうね。お咲ちゃんがいなかったら、英二って人も堺屋の若旦那も改心してないわね。さ、ご褒美(ほうび)は自分で選んで頂戴(ちょうだい)。>夏:あたしも良いの?>あや:知ってるわよ。この騒ぎの言い出しっぺはお夏ちゃんなんでしょ? それに、厠(かわや)の話。今回の決着の一番手柄はあれよね。ちょっと笑っちゃったけど。三人が店に並ぶ商品を一通り見ているところへ、店主が近寄ってきた。>店主:あの。もし。手代さんのお内儀(かみ)さんじゃぁございませんか?>あや:あら、ええと、富郎(とみろう)さんでしたっけ?>富:はい。手代さんには可愛がって貰って、お陰で、小さいながら店(たな)を任(まか)されるまでになりました。>あや:そう。あなたならお店も安心ですね。>富:そう言って頂けると、一安心できます。・・・あんなことがなかったら、ここを取り仕切ってるのが手代さんだったと思うと、申し訳ないようで・・・>あや:あら、そんなこと考えちゃ駄目ですよ。そんな昔のことばかり考えてると、お客を余所(よそ)に取られちゃいますよ。>富:その点は大丈夫ですよ。手代さんが作った白粉は余所じゃ作れませんからね。>あや:それは違いますよ、富郎さん。喜六は5年掛かりで作り上げましたが、今度は見本があるんですから、余所は3年も掛からずに同じものを作るでしょう。来年辺りは、次々に似たようなものが出てきます。>富:そうでしょうか?>咲:あたしもあやさんの考えに賛成。あたしなら、急がせて、2年で出すようにするわ。それからね、こんなに良い白粉ですよって報(しら)せるのに、引き札(※)かなんかを配(くば)らせるわ。>夏:あたしだったら、同じものをもっと安く売るわね。材料(たね)の買い付けを巧く持ってきちゃえば良いんでしょ? その根回しだけすれば良いんだもの。>富:この方たちは、お知り合いで?>あや:ええ。中々頭の回りが速いでしょ? 味方に付けといて損はないかも知れないですよ。>富:そうですね。それじゃあ、こういうことにしましょう。お二人にはうちの品物をお使い願って、それをどういう風にしたら、余所に負けないようなものにできるか、知恵を出して貰う。如何(いかが)です?>咲:それって、只(ただ)で使わせて呉れるってこと? >夏:ほんと? やったあ。>咲:でもね、あれよ。あんた、そんなに安請け合いして良いの?>あや:大丈夫よ。あなたたちなら富郎さんを助けてあげられる。>夏:ようし、あたしが生駒屋さんの招き猫になってあげる。>咲:あんた、他にもやらなきゃならないことがあるんでしょ? 大丈夫なの?>夏:何言ってるのよ。化粧(けわい)の品の調合なんて、薬術と一緒よ。たねの配分で決まるの。>あや:あなたが調合することはないのよ。生駒屋さんにはそれに掛かり切りの方がいるんだから。それよりも、使う側として気が付いたことを教えてあげれば良いの。お店の人では見落としちゃうようなところをね。・・・それで良いでしょ、富郎さん?>富:はい。願ってもないことです。富郎は、頃合いを見て代わりのものを届けたいがどこへ持っていけば良いのかと、暗に、あやの居所を尋ねた。そして、翌日、源五郎の元に、化粧品共々、出産前祝いとして、麻の産着と木綿の布が届けられた。届けられた品を見た八兵衛は、自分が言い出したことであるのにも関わらず、目を丸くした。>八:姐(あね)さんのご利益(りやく)って、てえしたもんでやすねぇ。それにしても、生駒屋って、相当繁盛(はんじょう)してるんだなぁ。>あや:これはね、お咲ちゃんとお夏ちゃんのご指南(しなん)に対する真っ当な見返りなの。>八:お咲坊たちがなんか為になるようなこと言ったんですかい?>あや:ええ、とっても。分家の主(あるじ)は、今頃、大旦那からお褒(ほ)めの言葉を貰ってるわよ。>八:きっと、お夏ちゃんだな。お咲坊に気の利いたことなんか言える道理がねえもんな。>あや:どうかしら。もしかすると、来月辺り、この倍くらいのものが届くかも知れないわよ。>八:真逆(まさか)。>熊:するってえと、なんですか、姐さん? お咲坊たちは、まだ子供だってのに、化粧(けそう)なんかするんですかい?>あや:気になる?>熊:べたべた塗りたくった面(つら)なんか、見場(みば)の良いもんじゃねえですからね。>あや:あら、今どきの流行(はやり)は、薄目の化粧ですよ。熊五郎さん、お咲ちゃんを見たら惚(ほ)れ直しちゃうかも知れませんよ。>熊:姐さん。姐さんまで八みてえなこと言わねえでお呉んなさいよ。>あや:偶(たま)に違った目で見てあげるのも良いものよ。お咲ちゃんにはね、内側から滲(にじ)み出てくる清廉(せいれん)さみたいなものがあるの。お武家の血かしらね。ね、綺麗だと思ったら素直にそう言っておあげなさいね。>八:・・・そうか、今晩辺り、化粧したお夏ちゃんが見られるのかな? 楽しみだな。>熊:まったく、お前ぇってやつは・・・>八:なんだ? お前ぇ、お咲坊が綺麗になっちまうと、人に取られちまいそうで嫌なんだろ?>熊:そんなんじゃねえや。>八:いつぞや四郎が言ってたみてえによ、「牛込小町」とかって呼ばれてたらどうする?>熊:そんなことあるかよ。>八:なんだったらよ、おいらが、東州斎(とうしゅうさい)って奴に絵草紙を描かせて、太助の店で売るように頼んでやるが、どうする?(つづく)---≪HOME≫参考1:引き札(ひきふだ) 商品の宣伝や開店の披露などの主旨を書いて諸方へ配る広告の札。ちらし。また、それを配る人。参考2:引き札(ひきふだ) 1683年、呉服商越後屋(=現在の三越)八郎右衛門が「呉服物現金安売り、掛値なし」として市中に配ったものが、日本の引札(散らし)の第1号だと云われている。以後呉服屋間の引札合戦はエスカレートし、当時の川柳に「家のあるだけに呉服屋配って来」、「江戸中の家数を知る呉服屋」などとある。また、この時代既に江戸市中45万人(10万戸?)の戸別配達が行なわれ、当時のマスコミであったと考えられる。(上に戻る)
2007.08.17
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『縁(えん)の下(した)の力持(ちからも)ち』 『縁の下の力持ち』人に知られないで、陰で苦労すること。陰で怒力すること。または、その人。類:●内助の功*********熊五郎は、お咲のことが心配で、仕事を休もうかまで考えていた。松吉が、何かあったら現場まで報(しら)せに行くよと言ったので、渋々ながら出掛けてきた。八兵衛は、案の定二日酔いで、休ませて貰いたいと思ったが、自業自得と窘(たしな)められ、渋々長屋を後にした。>熊:だから言ったじゃねえか、幾らなんでも飲み過ぎだって。>八:可笑(おか)しいな。あの位の酒なら、別腹に納まってる筈なのにな。>熊:そもそも、別腹なんかありゃあしないの。>八:そうなのか? 誰かの腹を裂(さ)いて見てみたことでもあるのか?>熊:そんなことある筈ねえだろってんだ。・・・それにしてもよ、英二の野郎、今日やらかす積もりなのかな?>八:明日にして呉れって頼んできちゃあどうだ?>熊:何を寝惚けたこと言ってやがる。事が起こっちまったら駆け付けなきゃならねえんだからな、少しでも余計に仕事をこなしとかなきゃならねえぞ。>八:どうでも良いから、もう少し小さい声で喋(しゃべ)って呉れねえか? 頭ん中でがんがん響きやがる。>熊:いっそのこと、迎え酒でも呷(あお)って、景気を付けちゃあどうだ?>八:そうか。それじゃあ姐(あね)さんにでも頼んでみるかな?>熊:お前ぇ、本気で言ってる訳じゃねえだろうな。熊五郎は、使い物にならない八兵衛をさて置き、五六蔵たちの尻を叩いて、仕事を急がせた。傍(そば)で様子を見ていた源五郎が、どうかしたのか? と、八兵衛に尋ねたほどである。>八:ああ親方。もしかすると、今日お咲坊が勾引(かどわか)されるかも知れねえもんで。>源:尋常な話じゃあねえな。ちょいと詳(くわ)しく話してみろ。>八:はあ。あの絵草紙が元なんですよ。>源:そうと聞いちゃ聞き捨てに出来ねえな。それで? 誰が勾引すってんだ?八兵衛は源五郎に経緯(いきさつ)を掻い摘んで話した。話が所々抜けるので、正確には伝わらなかったが、英二という上方(かみがた)から来たやくざ者が張本人らしく、堺屋と園部屋の身代(しんだい)も絡(から)んでいるらしいということは、理解したようだった。>源:こいつは仕事どころじゃねえな。松吉が報せに来たら俺にも教えろ。良いな。>八:へい。・・・でも、親方も来て頂けるんで?>源:あの絵が関わってるんじゃ、見過ごしには出来ねえだろう。それに、堺屋の倅(せがれ)とも話してみてえと思ってたことだしな。>八:そりゃあ良いや。蛸の野郎を、塩で絞めるみてえに、きゅうっと言わせてやっておくんなさい。>源:なんだその蛸の野郎ってのは?八つ(14時)のころ、慌てふためいて松吉が報せに来た。英二の手下2人が六之進のところに来たという。源五郎は、「片付けは後で良い」と言い、熊五郎と五六蔵を先に走らせた。熊五郎たちが堺屋の店先に着いたとき、英二たちは、のんびり構えているのか、まだ来ていなかった。鴨太郎も、何を考えているのか、その場にいなかった。>熊:鴨太郎はどうした?>伝:与太郎さんが呼びに行ってます。偶々(たまたま)長屋に居たから良いようなもんで、居なかったらどうしてたんでしょうね?>熊:その辺の段取りはなんにもしてなかったのか? まったく、鴨太郎の奴、抜けてやがるな。>伝:まあそう仰(おっしゃ)らずに。直(じき)に来ますから。そう話しているところに、お咲を連れた英二一行が現れた。熊五郎たちは、辻に隠れて事の成り行きを見守った。>英:若旦那は居てはりますやろか。ご注文の品をお届けに上がらせて貰(もろ)たんやけど。>徹:お前さんたちは何者だい? お前さんたちに物を注文なんかした覚えはありませんが。>英:まあ、そない仰(おっしゃ)らんと。見てみたら分かりますさかい。>徹:なんだね、こっちは忙し・・・>英:どないだす? あの絵にそっくり、瓜二つでっしゃろ?>徹:こ、こいつは・・・。もし、お前さん、あたしと会ったことはないかい?>咲:あるわよ。>徹:え? 本当かい? で、どこで?>咲:後楽園の九八屋っていう店のお座敷。>徹:何? ほんとかい? じゃあ、本当に本物の天女様なのかい?>咲:天女かどうかは別にして、あたしが本物のあたしよ。>英:はあ、こいつは驚いた。こりゃ、棚ぼただ。・・・若旦那。褒美(ほうび)、頂けるんですやろな?>徹:ああ、良いとも良いとも。幾ら欲しいんだい?>英:10両(=約80万円)。びた一文負(ま)かりまへん。>徹:良いですとも。事と次第によっては、50両出そうかと思ってた位ですから。>英:な、なんやて?>咲:話は付いたのね。それじゃあ、あたしは帰る。>徹:ま、待ってお呉れよ。それじゃあ何のために褒美を出すのか分からないじゃないか。>咲:そもそもあたしはここに来たかった訳じゃないんだからね。脅かされて無理矢理連れてこられたんだから。>徹:あなたたち、天女様を、手荒なやり方で連れてきたんですか?>咲:勾引されたのよ、こいつらに。>徹:なんて酷(ひど)い。おーい、誰かいるかい? お役人さんを呼びに行ってお呉れでないか?>英:ちょいと待ってんか。俺らは、連れてきたったんやないか。それを・・・>徹:それはそれです。お礼はちゃんとお渡しします。お礼はお礼、これはこれです。>英:なんやて? ほなら、こっちにも考えがあるで。おい、手前ぇら。>常:娘さんが傷ものになっても知らへんでぇ。>徹:お、お待ちなさいよ。お役人を呼ぶのは止(や)めにしますから、天女様をお放しなさい。>英:分かりゃあええのや。ほな、頂くものを頂いたら帰りますよって。そこへ、源五郎を伴って、八兵衛たちがやってきた。>八:やい、上方の厠男。お咲坊を放しやがれ。>英:誰が厠男やて?>八:手前ぇだよ。用を足しながら独り言でも言ってろってんだ。>英:なんやとぉ? こいつ、只は置かれへん。いてこましたれ。英二の手下が八兵衛に飛び掛かろうとした次の瞬間、3人は3方に投げ飛ばされ、匕首(あいくち)を持っていた英二の手首は捻(ひね)り上げられていた。>咲:親方ぁ。来て呉れたんですか?>源:怪我(けが)はないかい?>咲:はい。>源:英二さんとやら。好い年を扱(こ)いて、大それたことを企(たくら)んでなさるそうじゃねえか?>英:手を、手を放さんかい。>源:お前さんが厠で喋ったことは俺の耳にも入ってるんだ。お前さんの考えたことは人の道を外れてる。それに、お前さんたちにはちょいと過ぎた企みだったな。そもそも、堺屋さんと園部屋さんになんで恨みを持つのか、俺にはさっぱり分からねえ。誰がどう見たって、逆恨み以外の何物でもねえ。そうは思わないかね。>英:な、何を?>源:それに、そんな下らないことに、年端(としは)も行かねえ娘を使うなんて、どうかしてるんじゃねえか?>英:五月蝿(うるせ)ぇや。>源:お前さんに子供がいるとしたら、丁度この娘くらいなのと違うのかい?>英:娘・・・、しほ・・・>源:親御(おやご)さんだって、もう好い年なんだろ? お前さんが面倒を見なくてどうするね?>英:おっかぁ・・・>源:ここは、俺が預るから。役人が来る前に、田舎(いなか)へ帰っちゃあどうだ? ・・・それから、若旦那。>徹:は、はい。>源:あんたもあんただ。天女でもなんでも良いが、銭を使えば自分のものになるなんて思ったら大間違いだぞ。そんなことに現(うつつ)を抜かすようじゃ、商(あきな)いの方だって生半可だろう。>徹:はあ。確かに。>源:「商いは牛の涎(よだれ)」って言うんじゃねえのか? こつこつやって、少しずつお客の信を得て、少しずつ大きくしていくもんだろう? >轍:そのようです。>源:親父さんが暖簾(のれん)を預けても大丈夫だって思える程の商人(あきんど)になってからでも、そっちの方は遅くねえんじゃねえのかい?>徹:はあ。>英:・・・あの、お見受けしたとこ、淡路屋はんよりご立派そうやけど、あんたはんは、どこぞの親分はんで?>源:俺がか? 冗談だろ。人様の前へ出るような、大層なもんじゃねえよ。・・・さて。熊五郎、いつまで隠れてやがるんだ、さっさと帰って道具の片付けするぞ。そう言われて、やっと、伝六や熊五郎たちが辻から出てきた。半(なか)ば見蕩(みと)れていて、足が出なかったのである。
2007.08.16
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『偃鼠(えんそ)河(かわ)に飲めども腹(はら)を満たすに過ぎず』『偃鼠河に飲めども腹を満たすに過ぎず』土竜(もぐら)が川で水を飲んでも腹一杯より多くは飲めない。人はそれぞれその分に応じて満足するのがよい。出典:「荘子-逍遥遊」「偃鼠飲河、不過満腹」出典:荘子(そうじ・そうし) 中国の道家書。荘子の著。「老子」と並んで道教の根本経典。現行本33編は西晋の郭象が整理編集したもの。多く寓言により大自然の理法である道と、この道に従って人間のさかしらである仁義を捨てて安心自由な生活を得ようとする方法とを説いた。「南華真経」。人物:荘子(そうじ・そうし) 紀元前4世紀後半の中国戦国時代の思想家。生没年不詳。道家思想の中心人物。名は周。南華真人と称される。儒教の人為的礼教を否定し、自然に帰ることを主張。老子と合わせて老荘という。著「荘子」。*********9人も雁首(がんくび)を揃(そろ)えて、芳(かんば)しい方策は浮かんでこなかった。鴨太郎が言ったように、成り行き任(まか)せで行くしかないのかと、諦(あきら)めそうになったとき、お夏が現れた。>夏:あ、来てる来てる。今日辺り鴨太郎さんも来るんじゃないかと思ってたわ。>鴨:なんでだよ。こんなところ滅多(めった)に来やしねえってのによ。>亭主:こんなとこで悪うござんしたね。>鴨:あ、いや・・・>夏:あのね、あの英二って奴、意外に抜けてるわよ。>熊:お前ぇ、勝手に嗅(か)ぎ回ったりした訳じゃねえだろうな?>夏:真逆(まさか)。園部屋の手代の正次って人が養生所(ようじょうしょ)に来て話して呉れたの。英二って、厠(かわや)で独り言を言うんですって。>八:するってえと何かい? その正次って人は厠で盗み聞きをするのが好きなのかい? 鼻が曲がってんじゃねえのか?>夏:違うわよ。昼ご飯の後に小用を足しに行ったら中から笑い声が聞こえてきたんですって。>熊:それで? 独り言の中身まで聞いたのか?>夏:ええ。残らず全部。>鴨:それで、どうだって?>夏:絵に似てる娘の目星は付いた。後は堺屋に渡して暫(しばら)く様子を見る。やがて堺屋父子が娘のことを家族みたいに思い始めた頃合いを見計らって娘を勾引(かどわ)かす。身代金をふんだくった後に、毒を飲まされた娘の遺体が園部屋の蔵から見つかれば、一石二鳥って寸法だ、ですって。>鴨:英二の野郎、とんでもねえことを考えやがる。>熊:許せねえな。>伝:桃山の旦那、直ぐにでもふん縛りに行きやしょう。>鴨:まあ待てよ。盗み聞きじゃあ証(あかし)にならねえんだよ。>伝:じゃあなんですかい? ただ手を拱(こまね)いて見てるしかねえんですか?>鴨:そうは言ってねえ。>熊:「未然に防ぐべく牽制しておくのが正しい遣りようだ」なんてほざくんじゃねえだろうな。>鴨:な、何がいけねえんだよ。長年培(つちか)われただな・・・>熊:駄目だ。>八:・・・なあ。おいら、良いこと思い付いたぜ。>熊:なんだ?>八:明日園部屋で張り込んでよ、英二が厠で独り言を始めたところで御用にする。どうだ? 名案だろ。>熊:お前ねえ・・・>八:あんまり突飛(とっぴ)な考えで恐れ入っちまったか? 名付けて「臭(くさ)いものには蓋」作戦。さもなきゃ、「臭(にお)いは元から絶たなきゃ駄目」作戦。>伝:八兵衛さんって、こんなお人だったんですね。考えが安直過ぎるのと、飲食中に相応(ふさわ)しくないという理由で、八兵衛の案は却下された。>八:なあお夏ちゃん。まだ知らねえだろうから教えといてやるがよ、英二が目を付けた娘って、お咲坊なんだぜ。>夏:嘘(うそ)。だってまだ・・・>熊:遠巻きに見てるだけならって、生駒屋まで行っちまったんだ。>夏:ありゃま。・・・そんで? もう連れてかれちゃったの?>熊:お前ねえ、なんでそんなにお気楽でいられるんだ?>夏:だって。お咲ちゃんなら堺屋に連れてかれたって、さっさと帰ってきちゃうでしょ? 英二が何を言ったって、徹右衛門が頼んだって、お咲ちゃんは止められないわ。>熊:そりゃあそうかも知れねえがな。・・・けどよ、そんなことしたら英二が黙っちゃいねえだろ? 刃物を突き付けたりしねえとも限らねえ。>夏:そんなことしたら、鴨太郎さんが許さないでしょ?>鴨:その場でふん縛る。>夏:そういうこと。それに、変な話だけど、徹右衛門がお咲ちゃんを守って呉れるわ。>八:蛸がか? こりゃ良いや。>熊:そんな筋書き通りに行くかよ。>与:行くかも知れませんよ。厠で独り言を言うような抜けた奴の企(くわだ)てなんて、だいたい穴だらけなもんですよ。>鴨:よし、決まりだ。>熊:何がだ?>鴨:英二は堺屋の前で捕まえる。>熊:だけどよ、刃物も何も出さないで大人しく引っ込んじまったらどうする?>鴨:うーむ。・・・手出しできねえ。>熊:そら見ろ。お前こそ穴だらけじゃねえか。鴨太郎の意見は、もうこうなったら軽い刑でも構わないから勾引しの咎(とが)で、寄せ場送りにしてしまおうという方向に向き始めていた。熊五郎は、その場凌(しの)ぎの手段では何の解決にもならないのだからと言い張り、2人の意向はどこまで行っても折り合いそうになかった。>太:あのう、おいらこう思うんですが・・・。何も捕まえるばかりが一番良いとは言えないんじゃないですか?>鴨:何が言いてえんだい、太助? 真逆捕り方がいけねえってんじゃねえだろうな?>太:そんなことじゃありませんよ。>鴨:じゃあなんでぇ。>太:はい。例えば、英二ってお人のような、駄々っ子みたいに逆恨(さかうら)みしたり、ガキ大将みたいに子分を連れ回したりする人は、言い分も聞かずに罰するよりも、諭(さと)して、分からせてあげた方が良いんじゃないかと思うんです。>鴨:英二は子供と同じってことか?>太:ええ。子供がそのまんま大人になっちゃった人みたいに思えて仕方がないんです。>熊:成る程な。そんなのがお店(たな)を潰すだとか毒を飲ますだとか考えるのは、分(ぶん)に合ってねえって分からせりゃあ、すごすごと母ちゃんの元へ帰るだろうってことか。>夏:あたしも、なんだかそんな気がする。>鴨:そうか。分かった。その辺も頭に入れとこう。今回の一件は、基本的には役人の仕事だから、飲み代(しろ)は自分が出すと、鴨太郎が言った。>八:お、そうか? こりゃあ儲(もう)けたな。>熊:おい待てよ。鴨太郎は落ち零れ役人だぞ。碌(ろく)な扶持(ふち)なんか貰っちゃあいねえんだ。無理させるなよ。>鴨:なあに、どうせ今後も世話になるんだ。そのくれえ構やしねえさ。>熊:なんだと? 勝手に決めるな。おいらたちがいつ助太刀(すけだち)するって言った?>鴨:まあ良いじゃねえか。嫌いじゃねえんだろ?>八:なあ熊よ。友達だろ? 助け合わなきゃあな。相身互(あいみたが)いって言うじゃねえか。そんなことよりよ、折角(せっかく)の只酒なんだ、鱈腹(たらふく)いただくとしようじゃねえか。>熊:お前ぇまだ飲み食いしようってのか? もう5合(ごんごう)以上は飲んでるじゃねえか。大概にしとけよ。下手(へた)をすると明日がその日になるかも知れねえんだからな。>八:なあに、おいらの場合、酒は別腹(べつばら)、閃(ひらめ)きは別頭がしてるのよ。こりゃあ一つの才能だな。>熊:どうだか。明日になって吠え面掻いても知らねえからな。
2007.08.15
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■ 「充分な準備をして話そう」───────────────────────────────────私には苦手な先輩がいます。「おはよう」と声をかけていただき、「おはようございます」と返事をするのですが、“何を話せばいいのだろう・・・”と次の言葉が見つからずパニックです。こんな調子ではこの先輩とこの先うまく仕事が出来ないのではないかと思い、ちょっと、怪しいけれど“もうこれしかない”と日本話し方センターに飛び込んだのです。授業で「充分な準備の大切さ」を教わりました。さっそく先輩のことを密かにリサーチし材料集めです。先輩は競馬好きで週末は競馬をするらしい。準備、準備・・・翌日、「先輩おはようございます。昨日の競馬いかがでしたか」「おはよう。今日はなんか元気がいいね。競馬したんだっけ・・・」「先輩が好きだと聞いていましたので、昨日私もしてみました。 簡単に勝っちゃいましたよ」材料を集めて、充分な準備をして会話を交わすと心に余裕ができ、自然と笑顔もでるようです。「先輩、この案がいいと思ます。今回はこれでいきましょう」「なんでそうなんだ。この前それを採用してダメだったんじゃないか・・・ また同じことしてどうするんだ」「でも今回はこれでいいのです。前回とは条件がちがいます」今まで、準備も何もしないまま話をしていましたので、自分に自信がなく先輩に反論もできませんでした。自分の考えを整理して、言いたいことをきちんと準備をして話をすれば、こんなにも落ちついて話せるのだと、自分でも本当にビックリいたしました。これからも充分な準備をして、心に余裕を持って伝えたいことをきちんと伝えられるようにします。 (平成19年話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「充分な準備の大切さ」───────────────────────────────────どんな仕事をする場合でも、その仕事を始める前に、充分な手順や段取りが考えられているなら、とても効率的に仕事ははかどります。反対に段取りがうまくいってなかったり手順が狂っていると効率的に事が運ばないものです。たとえば些細なことですが、食事の支度をするにしても、掃除をする場合でも必ずそれなりの手順と段取りがあるのではないでしょうか。話をするのも同じです。あらかじめ、「何をどのように話すのか」という手順と段取りをきちんと決めておくことです。「スピーチなんて、ぶっつけ本番で十分。壇上にあがったら、その場の雰囲気 に応じて臨機応変に考えるさ」と考えて上手にできるのは、一万人に一人いるかいないかのスピーチの天才です。そうでない人はあがってしまい、メロメロになり散々な出来が関の山でしょう。「前もって覚えても当日までに忘れてしまうから、前の晩に原稿を作ればいい よね」と考える人は、前日に徹夜で原稿を考えて、当日は寝不足でボーッとしたままスピーチをやり終えるだけではないでしょうか。スピーチの内容もあたりさわりのない話で、誰にも真剣に聞いていただけません。きちんとしたスピーチをするためのもっとも大切なことは、事前の充分な準備です。しかし実際には、「何をどう話してよいのかわからなくって」という方も多いのではないでしょうか。私どものところにも、そういう質問が多く寄せられます。その質問には、「必要なのはまず、話の材料をそろえることです」と答えています。材料がなくてはどんな人も話はできません。スピーチを料理にたとえてみると、このことがよくわかります。たとえば、ここに一流のシェフがいるとします。ところが、肉も油も鉄板もスパイスもなければ、シェフは料理ができるでしょうか。一方、上等な霜降り肉があり、いい油があり、厚い鉄板やスパイスがあれば、私たち素人でも、かなりおいしいステーキを作ることができるのです。話もこれと同じです。肉や油のような材料が必要なのです。材料はその場になって見つけようとしてもなかなか見つかりません。ふだんから意識して集めておかなければなりません。事前の充分な準備が大切なのです。
2007.08.14
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『燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知らん』 『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん』燕(つばめ)や雀のような小鳥に、菱食(ひしくい)や鵠(くぐい)のような大きな鳥のことが分かろうか。つまり、小人物には、大人物の大志を悟ることなどできはしないということ。故事:「史記-陳渉世家」「燕雀安知鴻鵠志」 秦を滅ぼすきっかけを作った陳勝(ちんしょう)がまだ日雇いの若いころ、仲間に「自分が出世したらお前たちのことを忘れず思い起こそう」と言ったとき、人々が嘲笑ったので言った言葉。*********鴨太郎が立てた計画はこうだった。お咲には申し訳ないが、やはり餌(えさ)になって貰って、英二たちを堺屋徹右衛門のところまで連れて来させる。これで、徹右衛門の依頼の件は一先ず格好が付く。英二たちが堺屋にどういう申し出をするのかを確かめて、もしそれが政道に背くような内容だったら、その場で縄を打つ。少々の褒美(ほうび)で大人しく引き下がるようだったら、その真意を探(さぐ)り直す。・・・以上。>熊:何が最良の段取りだよ。ただの成り行き任(まか)せじゃねえか。>鴨:まあそう目くじらを立てるな。こいつは役人の正攻法だ。長年培(つちか)われてきた正しい段取りが一番良いのよ。>熊:何を抜かしてやがる。大体な、そんなんじゃおいらの気が納(おさ)まらねえじゃねえか。>鴨:なんだ? 頭の一つでも殴(なぐ)りたいってんなら、お目溢(めこぼ)ししてやるぞ。なんなら土下座でもさせるか?>熊:そうじゃねえ。うーん、どう言ったら良いのかな、悔い改めさせてえっていうか、目を覚まさせてえっていうか・・・>鴨:改心させるだと? 無理無理。ああいう輩(やから)の曲がった根性はどうやったって直りゃしねえ。>熊:強請(ゆす)りくらいじゃ大して重い罪にはならねえんだろ? すぐに出てきてまた同じことを繰り返すんじゃあ、なんにも片付きゃしねえじゃねえか。>鴨:そうか? そんときゃぁまた俺が捕まえてやるさ。>熊:どうせまた何かをやらかさない限り捕まえられねえんだろ? 捕まえるまでの間に仕返しさせるとしたら、おいらたちやお咲坊なんだぞ。>鴨:なるほど。そいつも困りもんだな。>熊:なに暢気(のんき)なことを言ってやがる。もう少し気の利いたことを思い付けってんだ。>鴨:ふむ。・・・。結局気の利いたことなど思い付きもせず、頭を寄せ合って考えれば良い方策も浮かぶだろうということで、「だるま」に集まることにした。折角(せっかく)だから伝六も混ぜようということになり、鴨太郎は早速(さっそく)伝六の元へと出掛けていった。熊五郎は、与太郎に声掛けがてらお咲の様子を見てみようと、長屋へと帰った。与太郎の話だと、生駒屋の前には如何わしそうな人は見当たらなかったという。与太郎に、お咲が英二に目を付けられた経緯(いきさつ)を話し、今夜そのことについて話をするからと、言い付けた。お咲の部屋を覗(のぞ)くと、六之進が沈痛な顔をして出迎えた。>六:おお、熊さん。困ったことになったよ。>熊:お咲坊がどうかしたんですか?>六:うん、まあ、それなんだがね。まあ、お上がんなさい。>熊:へい。>六:さっき、貼り上がった傘を届けに行ってきた帰りに、妙な言葉遣いの男に呼び止められたのだよ。>熊:上方(かみがた)言葉の、ですか?>六:そうなんだよ。明日か明後日に娘御(むすめご)を借り受けに来るとだけ言って立ち去ったんだがね、なんか気持ち悪くてね。>熊:ほんとですか? こいつは落ち落ちとしちゃぁいられねえな。>六:熊さん、お咲に万一のことが起きたりはしないだろうねえ。>熊:そんなことさせやしませんって。>六:もしものことがあったら熊さん、あんたのせいだからね。>咲:・・・父上。熊さんのせいじゃないでしょ。あたしのせいなの。それに、この期(ご)に及んで、責任の所在とかいう無意味なことを話してても仕方ないでしょう。>六:まあ、それもそうだが。・・・熊さん。お咲のことを守って呉れるね?>熊:へい。体を張ってでも。>六:頼むよ。こうなったら、熊さんだけが頼りだからね。そんな状態では、お咲は父親の元に居た方が良さそうだ。熊五郎は声掛けせずに、一旦、自分の部屋へ帰った。それにしても、英二の奴はどういう遣り方で堺屋潰(つぶ)しを実行するのだろうか?それが事前に分かりさえすれば、態々(わざわざ)お咲を危険な目に遭わせずに済むものをと、考えていた。自分の想像力のなさが、これほど恨(うら)めしかったことはない。夜。熊五郎は幾らか早目に「だるま」へと向かった。八兵衛と五六蔵たち3人に、鴨太郎と伝六が混ざり、遅れて、与太郎が太助を連れて仲間に加わった。>八:おや? 太助、お前ぇも来たのかい?>太:はあ。おいらが売った絵のことが事の始まりだと思うと、他人事ではないような気がしまして・・・>八:ほう。なかなか見上げたもんだな。・・・図体(ずうたい)も見上げるくらいでっかいがよ。>与:八兵衛さん、詰まらないこと言ってないで、本題に入ってはどうですか?>八:はは。こりゃ一本取られたな。それにしても与太郎よ、お前ぇ、この頃、なんだかしゃんとしてるみてえに見えるぜ。>与:そんなこと・・・>伝:あのう、八兵衛さんって、あの八兵衛さんですよね。>八:そうだが。あ、あんた与太郎の親分さんだったね。伝七さんだったっけ?>伝:伝六です。青物売りの下っ引きを作れば巧くいくって考え出したお人ですよね。>八:そうよ。大当たりだったろ?>伝:はあ、確かに、与太郎さんは良く働いて呉れています。・・・でも、なんですね、こっちで思ってたお人と余りにも懸け離れているんで、少々面食らっちまいましたよ。>八:どういう風に違うっていうんだい? おいらはおいら。このまんまの大人物さね。>伝:そうそ、それそれ。どう見ても大人物には見えないってことです。>八:なあ、良く言うじゃねえかよ、能ある鹿は角を隠すって。>与:八兵衛さん、鹿じゃなくて鷹ですよ。>八:なんだと? だってよ、鷹には角はねえじゃねえか。>与:だから、角じゃなくて爪なんですってば。>八:そうなのか? おい、熊、そうか?>熊:なにが大人物だ。お前ぇみてえのをな、愚の骨頂って言うんだ。>八:骨頂だか九官鳥だかなんだか知らねえが、大物の気持ちは小物には分かりゃしねえのよ。そんな頃、園部屋の客間では、英二が手下3人を集めて、これからの段取りを話していた。>常:兄い、堺屋の身代(しんだい)を潰すて、どういう風にやらかしますのや?>英:娘を連れてった謝礼の銭を使い尽くすまでは、何もせえへんよ。>常:何もせえへんって、兄やん、そんな悠長に構えててよろしいのか?>英:良いのや。お前らには分からんかも知れんな。梅の実は青い内に取ってしまうと食われへんやろ? 熟すまでじっくり待たなあかん。>常:待ち過ぎてる内に烏(からす)に食われてまうってこともありまっせ。>英:まったく、しょうもないやっちゃな。そんなやからいつまで経(た)っても小物て言われるのや。このわてがそんな間の抜けたことをするかいな。
2007.08.13
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『猿猴(えんこう)月(つき)を取(と)る』 『猿猴月を取る』[=月に愛をなす]できないことをしようとして、失敗すること。身の程知らずの望みを持ったばかりに、却(かえ)って失敗すること。類:●猿猴が月●猿猴捉月(そくげつ)●痴猿月を捉う●水の月取る猿故事:「僧祇律-七」 猿たちが井戸の中の水に映った月影を取ろうとして、手と尾を結んで井戸に降りていったところ、枝が折れて皆溺れ死んだ。出典:摩訶僧祇律(まかそうぎりつ) 戒律書。四部律の一つ。佛陀跋陀羅(ブッダバドラ)。東晋。408年頃か。生活規範を書いたもの。*********淡路(あわじ)屋太郎兵衛は、源五郎との一件以来、少しばかりしょぼくれていた。とはいえ、田原屋の元締めが病床に臥(ふ)せっているのには違いがなく、牛込界隈(かいわい)では楯突く者はいなかった。桜も見頃となり、そろそろ腰を上げないといけないかなと考えていた。>太:権太(ごんた)はいるかい?>権:・・・へい。お呼びでしょうか?>太:そろそろ花見だと思ってさ。出張(でば)らない訳にもいかないねえ。>権:八幡宮あたりを流しておきましょうか?>太:それなんだがねぇ、あっちの方角はどうも験(げん)が悪い。今年は牛込見附辺りにしとこうかと思うんだがどうだ?>権:英二とかいう奴に勝手させることにはなりませんか?>太:確かに、その件は引っ掛かるがねえ・・・>権:予(あらかじ)め、釘を刺しときましょうか? 若いところを数人連れていけば、少しは薬が効くでしょう。>太:まあお待ちなさい。大事になったりして役人が絡(から)んできたら目も当てられないよ。>権:そうですか?>太:少しくらい泳がせといても大丈夫でしょう。奴らはどう頑張ったところで余所者(よそもの)が4人だ。そんな奴らが島を広げようとしても、他の者が許しゃしないよ。蟻が鏡餅を欲しがるようなもの。ぺしゃんこに潰(つぶ)されるのが落ちさ。>権:そうまで仰(おっしゃ)るなら、放っておくことにしますが・・・そこへ、配下の若い者が飛び込んできた。>小物:て、てえへんだ、てえへんだーっ。>権:何を泡食ってやがるんだ。>小物:あの、上方(かみがた)もんが、押し掛けて、来やがった。>権:なんだと? ・・・旦那、どうします?>太:そう殺気立つのはお止(よ)しなさい。あちらさんだって、昼日中に物騒(ぶっそう)なことをするほど馬鹿じゃないでしょう。まあ、話を聞いてみようじゃないか。英二と常吉は土間で大人しく控えていた。手には何やら小さな包みを携(たずさ)えていた。>太:それで? 用向きというのは?>英:ご挨拶(あいさつ)が遅れてましたことを詫(わ)びに寄せさせてもろたんです。これは園部屋さんの咳の薬だす。わてらの田舎の万米(まめ)で作りますのや。よう効きまっせ。>太:どういう魂胆だい?>英:魂胆なんかあらしません。この辺りで与太ろう思うたら、淡路屋さんにご挨拶しとかな、話にならへんでしょう。>太:うちは真っ当な店ですよ。あなたがたから挨拶(あいさつ)される筋合いではないでしょう。>英:そうでっか? ま、よろし。これからもちょくちょく寄せさせて貰いますさかい。ほな。英二と常吉が淡路屋と会っていた頃、お咲は熊五郎たちが働いている現場を訪れていた。伝六は鴨太郎のところへ報告に行ってしまった。お咲の後を男が2人付いてきていることなど、まったく気付いていなかった。>八:よう、お咲坊。昼飯は済んだのかい?>咲:それどころじゃないわよ。英二たちに捕(つか)まりそうになったんだから。>熊:なんだと? お前ぇ真逆(まさか)、独りで生駒屋へ行ったんじゃねえだろうな。>咲:独りじゃないわよ。伝六さんと一緒。>八:で? どんな野郎だった?>咲::見た目はどうってことないけど、狡賢(ずるがしこ)いって感じ。それよりも、常吉っていう人の方がずっと危なっかしい。>八:そんなのに見付かっちまってよく無事に帰ってこられたな。>咲:あたしもそう思う。伝六さんのお陰かな?>熊:いくらお前ぇが下っ引きをしてるったって、ひ弱な小娘だってのは変わらねえんだからな。>咲:分かってるわよ。>熊:あわよくば悶着(もんちゃく)を起こしたところで引っ括(くく)ろうなんてこと、考えてたんじゃねえだろうな。>咲:そんなことない。>熊:与太郎と一緒に御用聞きをしてれば良いんだよ。>八:何もそこまで言うこともねえだろう。お咲坊だってなんか役に立つことしようとしてるんだから。>咲:・・・>熊:そりゃあそうだが、出過ぎると痛い目に遭うってことだけは教えといてやらねえとな。余計な手柄(てがら)なんか望むんじゃねえってことだ。痛い目を見てからじゃあ遅いんだからな。>八:そんなこと言われるまでもねえよな。なあ、お咲坊?>咲:・・・怖かったんだから。>八:見ろよ熊、痛い目じゃあねえが、お咲坊はもう怖い目に遭ってきたんだ。今は労(いたわ)りの言葉でも掛けてやるべきなんじゃねえのか?>熊:まあな。お咲は目に涙を滲(にじ)ませていたが、それを零(こぼ)すまいと、健気(けなげ)にも耐えているようだった。熊五郎は、そんな気丈さを、「可愛い」と感じていた。>八:なあ熊よ、今日の仕事も後はたいしたことねえから、お咲坊を長屋まで送ってってやんなよ。>熊:なんでおいらが・・・>八:御託なんか並べてねえでさっさと行っちまえ。お咲が自分の腕にしがみ付いてきたとき、熊五郎は、お咲が微(かす)かに震えているのを感じ取った。幼(いた)い気(け)なお咲をこれほどまでに脅した英二と常吉のことを許せないと思い、必ず自分の手で懲らしめてやると誓(ちか)っていた。しかし、件(くだん)の2人が尾行してきていることには、気付く由(よし)もなかった。お咲を六之進の元まで送り届け、熊五郎は現場ではなく、鴨太郎のところへ向かった。鴨太郎は、珍しく役所に詰めていて、たった今まで伝六と打ち合わせていたという。>鴨:おお、熊ちゃんか。お前ぇがこんなとこへ来るなんてどういう風の吹き回しだ?>熊:英二一味を懲らしめてやりてえんだが、手を貸しちゃあ呉れねえか?>鴨:おいおい、そいつは俺たちの役目で、大工風情(ふぜい)のすることじゃねえだろう。もうちぃと頭の回りの良い奴かと思ってたぜ。>熊:大工ごときじゃあ持て余すくらい大変なことだってのは分かってる。大工やら野菜売りやらが何人集まったって巧く行きっこねえってのも分かってる。でも、どうあってもおいらの手で懲らしめてえんだ。>鴨:そんなこと役人に頼んでどうする。止(や)めろって言われるに決まってんじゃねえか。>熊:同心に頼みに来たんじゃねえ。半端役人で昔馴染みの鴨太郎に頼みに来たんだ。>鴨:訳ありかい?>熊:まあな。>鴨:良いだろう。だがな、話を筋道立てて申し立てろよ。それからじゃねえと、なんにも教えねえし、一歩も動かねえからな。>熊:お調べ書きを取ろうってんじゃねえだろうな。>鴨:紙になんか書きゃあしねえさ。俺のお頭の中にしっかり書き込んで、最良の段取りを纏(まと)め上げようっていう寸法よ。
2007.08.12
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『遠交近攻(えんこうきんこう)』 『遠交近攻』遠方の国と親しくして、近い国を攻め取る外交政策で、中国の戦国時代に范雎(はんしょ)が唱えた。秦(しん)がこれを取り入れた。故事:「史記-范雎」 もと魏の臣であった范雎が秦王に、秦から遠い齊(せい)や楚とは同盟し、近い韓(かん)・魏・趙などを攻めよとすすめ、秦はこれにより6国を滅ぼしたということから出た言葉。人物:范雎(はんしょ) 中国、戦国時代秦の宰相。生没年不詳。字は叔。諸国を遊説し、はじめ魏の大夫に仕えたが、異心があると疑われて、秦に逃れ、昭襄王に仕えて遠交近攻の策を献じた。*********結局、物に攣(つ)られる形で引き受けてしまったお咲は、英二の顔だけでも見ておこうと、本郷の生駒(いこま)屋へ向かった。与太郎は、昼前にお得意さん回りをこなしておきたいということで、野菜を売りに出掛けていた。遠巻きに見るだけだから大丈夫よねとは言ったものの、ちょっと心細くもあった。小石川辺りをふらふらと歩いていると、思い懸けず、岡引(おかっぴき)の伝六と遭遇(そうぐう)した。>咲:伝六さん、丁度良いところにいて呉れて助かったわ。一緒に来て貰えないかしら?>伝:どこへ行くんだい?>咲:生駒屋さん。>伝:そうかい、お咲さんも年頃だもんな。そうかそうか。それじゃあ、おいらが見立ててやろう。>咲:そうじゃないのよ。英二の奴らが生駒屋さんの店先に屯(たむろ)して、商(あきな)いの邪魔をしているから見に行こうっていうの。>伝:なにぃ? そいつは聞き捨てならねえな。ようし、この伝六様が取っ締(ち)めてやる。>咲:まあそう熱くならないで、伝六さん。経緯(いきさつ)は、道々話すから。>伝:桃山の旦那には報(しら)せなくても良いかな?>咲:今日のところは様子見ってことにしましょう。どうせ明日も明後日(あさって)もいるらしいから。>伝:なんと。お咲さんそこまで調べが付いてるのかい? 凄(すご)いねえ、どうにもこうにも。伝六に、お咲が養生所で聞き付けてきたことと、与太郎が調べてきたこととを、掻(か)い摘(つま)んで話して聞かせた。>伝:堺屋の若旦那を紹介しちまったことが、こんな大騒ぎの元になるなんてなあ。>咲:あら、そんなことないわよ。太助さんは太助さんで大助かりなんだから。伝六さんは良いことをしたのよ。>伝:そう言って貰えると、気休めでも有り難ぇや。>咲:気休めじゃないわよ。善行は善行。今回の騒ぎの元はね、もっと昔に遡(さかのぼ)るの。>伝:昔っていうと?>咲:去年の夏、徹右衛門とごろつき3人が本郷の辻で晒(さら)し者になったことあったでしょう?>伝:おお、あれか。どこのどいつがやったことなのかは今でも分かっちゃいねえが、町の衆は、ありゃあ義賊(ぎぞく)がやったことに違いねえって言ってるらしいな。。遠州の日本左衛門の再来じゃねえかって言い出すのまでいたほどだ。>咲:誰、それ?>伝:まあ良いやな。・・・それで? 若旦那をそんな目に遭(あ)わせた賊の中に、絵にそっくりな娘が混じっていたってことか?>咲:どうやらそうみたい。>伝:こいつはかなり大事(だいじ)なところだな。・・・ことによると、その娘を手掛かりに一網打尽にできるかも知れねえな。>咲:はは。それは無理みたい。>伝:どうしてだい?>咲:当の徹右衛門が「天女だ」って言ってるんだもの、言質(げんち)になりはしないわ。>伝:そうか。天女だもんな。天女の仲間じゃあ、犯人は仏様ってことだもんな。なるほど。捕まえられる訳ねえわな。>咲:伝六さんって、八兵衛さんみたいな考え方をするのね。>伝:八兵衛さんって、あの、与太郎のことを考え出したっていう、学者のことかい? そいつは光栄(こうえい)だな。>咲:だから、只(ただ)の大工だってば。生駒屋の前には、確かに凶悪そうな男たちがうろついていた。見るからに悪人面(づら)の2人が、行き交(か)う娘たちをじろじろと粘(ねば)っこく見遣っており、もう1人の小柄な男は、困り顔の番頭を捉(つか)まえて横柄(おうへい)に話をしていた。>咲:お店(たな)の人と話してるのが英二?>伝:そうだよ。な、言った通りだろ? ちょっと見、普通の親爺(おやじ)だ。>咲:そうね。・・・でも、底意地悪そうね。>伝:流石(さすが)お咲さん、一目でそいつが分かるなんて目が肥えてらっしゃる。>咲:そんなこと・・・と、そのとき、伝六とお咲は、後ろから、肩を叩かれた。ぎくりとして振り返ると、そこに、目の釣り上がった長身の男が立っていた。>伝:て、手前ぇ、常吉。>常:これはこれは、岡引の伝六さんじゃおまへんか? 昼日中(ひるひなか)に若い娘と小間物屋かいな。お盛んなことやなぁ。>伝:そっちこそこんなとこで何してやがる。商売の邪魔をしてるってんならふん縛(じば)るぞ。>常:何を言ってますのやら。わてらは、ここで生駒屋はんの客引きをしてやってますのや。邪魔なんてしますかいな。>伝:好い加減なことを言うな。番頭さんが困ってるみたいじゃねえか。>常:真逆(まさか)。あれは英二兄貴と手間賃の話をしてるのやて。銭なんぞいらん言うてるのになあ。・・・ときに、娘さん。なんやらいう女形(おやま)に似てるて言われたことあるのとちゃうか? 随分似てるやないか。>咲:冗談でしょう。そんなこと言われたことないわ。>常:まあええやないか。ちょいと兄貴んとこまで付いてきて貰いまひょか。お咲は、常吉に腕を引っ張られて、店先まで連れて行かれてしまった。伝六は、一応十手(じって)を取り出しはしたものの、常吉を止めることは出来ず、唯(ただ)付いてゆくしかなかった。>英:おう常吉、見付かったのかい? あれ? そこにいるのは岡引の旦那やないか。こりゃこりゃご苦労なこって。>常:わては似てると思うのやけど、兄やんにも見てもろてからと思うて。>英:ほう。これは似とるな、確かに。・・・唯なぁ、まだ餓鬼(がき)やな。>咲:何が餓鬼よ、頭きちゃう。あたしはもう立派な大人(おとな)よ。>英:そうかそうか。それで? なんでまた伝六さんと一緒なんや?>咲:そんなことあんたに説明する謂(いわ)れはないわ。>英:ほほう、こいつはとんだじゃじゃ馬やな。結構結構。どうや? ここの白粉(おしろい)、欲しぃないか?>咲:要らないわよ。それに、あんたみたいな悪そうな奴から物を貰ったとあっちゃ、このお咲の名が廃(すた)るってもんよ。>英:そうか、お咲さんっていうのんか。また会えたら良(え)えな。>咲:会いたくないわよ。さ、帰りましょ、伝六さん。お咲と伝六が去っていくのを確かめてから、英二は男2人に目配せをした。手下2人は訳知りに頷いて、二手に分かれて尾行を始めた。>常:このまま勾引(かどわか)しちまった方が良かったんとちゃいますか?>英:良いのや。将を射んと欲すれば先ず馬から、じゃじゃ馬を勾引さんと欲すれば親からて、言うやないか。>常:そないなこと初めて聞きましたがな。>英:中国の兵法や。そのものずばりを狙(ねら)わんと、その周りのもんから攻めろいうことや。>常:へえ、物知りなんやね、兄やんは。>英:こんなのもあるで。縄張りを増やそとするのやったら、遠い敵に貢(みつ)ぎもんをしとけば、傍(そば)の敵と戦っとるとき、遠い敵は手出しせえへん。・・・だから、わては、その辺の力関係を見て回っとったのさ。>常:ほなら、もう筋書きが書けてますのか?>英:ああ。堺屋と園部屋を食い潰(つぶ)すためには、淡路屋と懇(ねんご)ろになっておかなならん。>常:淡路屋いうたら、権太いう怪しげな奴がおるところやないですか。>英:おうよ、その淡路屋よ。・・・さてと、堺屋潰しのねたも見付かったことやし、淡路屋とお近付きんなりに行くとしよか
2007.08.11
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『蝦(えび)で鯛(たい)を釣(つ)る』 『蝦で鯛を釣る』僅かな元手で多くの利益を得ること。また、僅かな贈り物をして多大の返礼を受けること。略して「えびで鯛」とも。類:●麦飯で鯉を釣る●Throw a sprat to catch a whale. 鯨を捕るのに小魚を投げる<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>*********一先(ひとま)ず、英二がどう動くのかを探(さぐ)ろうということになった。>熊:こんなとき一番頼りになりそうなのが与太郎だっていうのも変なもんだな。>八:だから言っただろ? 野菜売りの下っ引きは使えるって。>熊:使えるってったって、与太郎だぞ。あの与太郎。>八:まあ、それに付いちゃあ、言い出したおいらも吃驚(びっくり)してるんだかよ。>熊:嬉しい誤算だな。って言うよりも、瓢箪から駒か?>八:なんだそりゃ? 瓢箪の蔓(つる)で独楽(こま)でも回そうってのか?>熊:そうじゃねえ、瓢箪の口から馬が出てくるってことだ。>八:そりゃあとんでもなくでかい瓢箪だな。どこで採れるんだ? いや、別に、買いたいっていう訳じゃねえがよ。>熊:あのな、実際には有り得ないことが起こったみたいに、凄(すご)いことだっていうときに、そう言うの。>八:そうか、成る程ね。それじゃあ、与太郎の奴はよ、随分小振りな馬ってことだな?>熊:まったく、なんにも分かっちゃいねえな。朝方話したとき、与太郎には、何か分かったら報(しら)せに来て呉れと言ってあった。その与太郎が七つ(4時)の頃に、現場にやって来た。>与:八兵衛さんって、本当にちゃんと働いてるんですね。>八:どういう意味だよ。こう見えてもな、親方の一番弟子なんだからな。頼りにされてんのよ。>熊:どうだか。>八:で? 何か分かったのかい?>与:はい。小間物屋の生駒(いこま)屋さんって知ってますか?>熊:どっかで聞いたことがあるな。>八:それって、姐(あね)さんの前のご亭主が手代をやってたっていうお店(たな)じゃねえのか?>熊:お前、そういうどうでも良いことは覚えてるんだな。>八:良いじゃねえかよ。・・・で、その、生駒屋がどうかしたのか?>与:店先で屯(たむ)ろしてるんだそうです。>八:ちょいと待て。確か、生駒屋は明神下(みょうじんした)とか本所(ほんじょ)とかの方じゃなかったか? 随分遠くまで足を伸ばしてやがるな。>与:八兵衛さん知らないんですか? 先ごろ売り出した白粉(おしろい)が物凄く良く売れたというんで、去年、暖簾(のれん)を分けて、本郷の辺りに店を開いたんですよ。>八:白粉って、あの、何とかいう口入れ屋の女将(おかみ)の、あれか?>熊:そうらしいな。>八:あれまあ。生きていなすったら、店主になったのは姐さんのご亭主だったろうにな。>与:そうなんですか?>八:そうよ。その白粉を作ったお人だからな。へえ、そいつは凄(すげ)えな。お店の女将さんか・・・>熊:そんなこと話してたってしょうがねえだろう。今は英二のことをなんとかしなきゃならねえんだからな。>八:分かってるって。それで? その、姐さんのご亭主の店だった筈の生駒屋分家がどうしたって?>与:小間物屋に来るお客さんといえば若い娘たちでしょう?>八:そうなのか? おいらはまた、口入れ屋の婆(ばば)ぁみたいな皺くちゃなのばかりかと思ってたぜ。>熊:そういう人たちのところには、背負子(しょいこ)を担(かつ)いだ手代みたいのが回って行くの。>八:そうか。年寄りは歩くのが厄介(やっかい)だもんな。>熊:そういう意味じゃねえったら。お大尽(だいじん)様たちはな、態々(わざわざ)店まで行って物欲しそうに品物を見てたりしないの。>八:なあるほど。粋(いき)じゃねえわな。>熊:そういうこと。>与:店に品物を見に来る娘たちを呼び止めちゃあ、まじまじと顔を見てるって話ですよ。気持ち悪がって、もう行きたくないって言ってる娘も1人や2人じゃないみたいです。>熊:商(あきな)いの邪魔だな。>八:許せねえ。>熊:何か懲らしめる手立てを考えなきゃならねえな。>八:若い娘を呼び止めて、顔を近付けて、あわよくば名前とか住んでる所とかを聞き出すなんて、許せねえ。>熊:お前ぇ、なんか筋が違ってねえか?>八:良いだろ? お前ぇはお前ぇの理由で、懲らしめてえと思って、おいらはおいらの理由で、懲らしめたいと思う。行き着く先は一緒だ。>熊:変な考え方だな。・・・まあ良い。それじゃあ、早速(さっそく)今晩話し合おうぜ。>八:与太郎も混ぜてやっちゃあどうだい?>熊:そうだな。英二が絡(から)んでる以上、関係ないことじゃねえもんな。・・・どうだい?>与:はい。>熊:今回のことはおいらたちが蒔(ま)いた種だからな。与太郎の飲み代(しろ)はみんなで出し合うことにするからな。>八:なにもそこまでしてやることはねえだろう。与太郎の方だって心苦しいだろ? な?>与:・・・はあ。>八:旬(しゅん)の、野蒜(のびる)のお浸(ひた)しでも、丼(どんぶり)一杯土産(みやげ)に持たせりゃ十分だ。>熊:お前ねえ、そりゃああんまりだとは思わねえか?>八:何を言ってやがる。おいらはな、今回のねたを太助の奴に話してやって、瓦版(かわらばん)の売り上げで、お相伴(しょうばん)に与(あずか)ろうとしてるくらいなんだぞ。どうだ? しっかりしてるだろ?>熊:しっかりって言うよりも、ちゃっかりしてやがるよ、お前ぇは。その晩、「だるま」では第1回目の作戦会議が開かれた。>熊:先ずは、生駒屋の商売の邪魔をしている英二をどうするかってことを決めようぜ。>三:その英二って奴、ほんとに、絵を見てるんですかい?>五六:見てなきゃ探せねえだろう。探してるんだから、見たってことだ。>熊:堺屋って聞いて恨みを思い出したくらいだ。どうせずかずかと割り込んできて、じっくりと見たんだろうよ。>三:そうですね。・・・じゃあ、その絵に似た人を英二に会わせりゃ、生駒屋からは追っ払えやすね。>八:そうそう見付からねえからみんなで探し回ってるんだろ? いたら、おいらが蛸のところへ連れてって、礼物(れいもつ)をたんまり貰ってるよ。>三:そうでやした。>夏:あら、いるじゃない、ここに。>咲:お夏ちゃん、あんた、真逆(まさか)あたしに?>夏:決まってるじゃない。事情の分かったお咲ちゃんなら、英二が妙な考えを起こしそうになっても臨機応変に対応できるし、あいつらがどういう風に動こうとしてるかだって逐一(ちくいち)分かっちゃうのよ。それに、なんてったって、本人なんだもの。>咲:嫌よ。だって、徹右衛門のところへ連れていかれちゃうんでしょう?>夏:良いじゃない、減るもんじゃなし。なんなら、また痺(しび)れ薬かなんか飲ませて、どろんしちゃえば?(※)>咲:あんたねえ、人のことだと思って勝手を言うわね。>八:うーん。お夏ちゃんの言い分にも一理あるな。な、そうだろ、熊?>熊:おいらはあんまりお奨(すす)めできねえが、なんにも知らねえ娘さんが悪巧みの出汁(だし)に使われるくらいなら、その方が良いのかも知れねえな。>咲:熊さんまでそんなこと言うの?>夏:決まりぃ。>咲:こらこら、勝手に決めるな。>八:まあ良いじゃねえか。全部が丸く納まったらよ。生駒屋の白粉でも買ってやるからよ。>咲:ほんと?>八:ああ。姐さんに頼めば1つくらい只(ただ)で譲って貰えるだろ?>咲:只なの? それじゃあねぇ。・・・じゃあさ、それとは別に、小間物を1つ付けて呉れるって言うんなら引き受けるわ。 >熊:まったく、ちゃっかりもここまで来ると呆(あき)れ果てるね。怒る気も出ねえ。(つづく)---≪HOME≫※お詫び 時代考証を誤っています。 「どろんする・どろんを決め込む」は、『東海道四谷怪談(文政8年1825)』に端を発した流行語ですので、この場面の時代1801年には、まだ使われていません。
2007.08.10
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『江戸(えど)の仇(かたき)を長崎(ながさき)で討(う)つ』 『江戸の仇を長崎で討つ』1.江戸と長崎とはとても離れているところから、意外な場所で、昔の恨みの仕返しをすること。2.筋違いな事で、仕返しをすること。語源:江戸時代の興行から出た言葉。大坂の籠職人が竹細工で巨大な涅槃像を作り、庶民の人気を攫(さら)った。江戸の職人の面目は丸潰れである。そこに、長崎のギヤマン細工灯篭と、ビイドロ細工阿蘭陀船が現れ、大坂の竹細工を凌ぐ人気となった。大坂職人の鼻を明かすこととなって、江戸の職人たちも溜飲が下がる思いであった。*********堺屋徹右衛門が真面目(まじめ)に仕事に打ち込んでいるというのは、どうやら本当のようだった。与太郎がどこからか聞いてきた話によると、率先(そっせん)して納品に同行しているという。ただ、手当たり次第に絵を見せて回って、こういう娘を見たことはないかと聞いているという。>八:奴(やっこ)さん、相当いかれてるな。天女(てんにょ)だってんなら、そこいらに居る訳ねえじゃねえか、なあ?>熊:いやあ、却(かえ)って真っ当でよ、本物のお咲坊のことを探しているのかも知れねえぜ。>八:ってえことはだよ、恨(うら)みを晴らそうってことかい?>熊:そうとも言い切れねえけどよ、有り得ねえ話じゃねえぞ。>八:真逆(まさか)。蛸(たこ)にそんな芸当できる筈はねえさ。だってそうだろ? そうでなきゃよ、放蕩三昧(ほうとうざんまい)してた奴が真面目になったりするもんか。>熊:そうか。それもそうだな。>八:お前ぇ、お咲坊のことだからって、余計気になってるだけじゃねえのか?>熊:そんなんじゃねえ。>八:へへーんだ。この八兵衛さんは何でもお見通しなのよ。>熊:だから違うっての。・・・口ばっかりじゃなくて手足も働かせろ。今夜は策を練(ね)らなきゃならねえんだからな。>八:それについてだがよ、鴨の字を混ぜたのが良いんじゃねえのか?>熊:止(や)めとこうぜ。この一件は棟梁が請け合ったことだ、変に役人なんか入れねえ方が良いのさ。>八:渡世の義理ってやつか?>熊:ちょっと違うが、まあそんなようなもんだ。仕事を終えてから、熊五郎たちは、五六蔵たち共々「だるま」に集まった。客はいなかったが、お咲が先に来て店の掃除をしていた。>熊:なんでぇお咲坊、昨夜(ゆんべ)は「連夜はちょっとね」なんて言っておきながら、また来てるのか?>咲:殊(こと)親方絡(がら)みのこととなると、父上も寛大なの。>熊:今回はお前ぇは絡まねえ方が良いんじゃねえのか?>咲:良いの。蛸と会うのは気が進まないけど、まったく蚊帳(かや)の外っていう方がもっと嫌なの。>熊:あんまり調子に乗らねえようにしとけよ。>咲:大工風情(ふぜい)に言われるまでもないわよ。こっちは下っ引きなのよ。あたしの後ろには鴨太郎さんが付いてるの。>熊:大工風情とは言って呉れるじゃねえか。>咲:あたしはね、熊さん八つぁんが心配だから混ざってあげてるのよ。>熊:何を偉そうに。>八:お互いで心配し合ってりゃ世話ねえな。・・・ああ、お熱いことで。こういうときはなんて言うんだっけ? ご馳走様だっけ?>熊:手前ぇは黙ってろ。話がややこしくなる。>亭主:なんだよ八公、来た早々ご馳走様か? もう帰るのか?>熊:見ろ、またややこしいのが来ちまったじゃねえか。>四:あの、ちょっと考えたんですが、宜しいですか?>八:おお四郎、お前ぇから口を利くなんて珍しいじゃねえか。>四:おいらだって偶(たま)には口を利きますよ。>八:で、なんだ?>四:第一に、徹右衛門は本物を探しているのか、身代わりを探しているのか? 第二に、見付かった娘に何をしたいのか? この二つが分からないうちは、軽々しく動かない方が良いと思うんです。>熊:そいつはそうだな。>八:熊なんか、お咲坊のこと心配しちまってよ、本物を見付け出して仕返しするために違いねえって言うのよ。>四:有り得ますよ。>五六:そんなにねちっこい奴かい?>三:ねちこいには違いねえでしょうが、真面目になった振りまでしますかねえ?>五六:そうだよな。噂じゃあ結構ちゃんと働いてるようだしな。>四:まあ、仕返し云々(うんぬん)ていうのは、外(はず)しても良さそうですね。>八:そうするとだ、単に、お咲坊に惚(ほ)れちまって、身代わりでも良いから傍(そば)に置きてえってことか? まったく、お気楽な野郎だな。>四:そんなところなんでしょうね。>八:ってことは、蛸の野郎、熊の恋敵(こいがたき)ってことか? こりゃあ落ち落ちしちゃあいられねえぞ。>五六:お咲ちゃん、持て持てだな。>咲:世の中には見る目のある人も居るってことよ。>八:こりゃあなんだな、いつか四郎が言ったみたいに、ほんとに小町になっちまうかも知れねえな。そこへお夏が現れた。定時よりも大分(だいぶ)早いお出ましだ。>夏:ねえねえ、聞いた?>八:ようお夏ちゃん。早いね。>夏:養生所で面白(おもしろ)いこと聞いちゃった。上方(かみがた)から来たってお咲ちゃんが言ってた英二って人がね・・・>咲:え? 何かやらかしたの?>夏:そうじゃないのよ。あの絵のことよ。>咲:絵? どこでどう繋(つな)がるの?>夏:相馬屋さんが園部屋さんのところに絵を見せに行ったとき、盗み聞きしてたらしいの。>八:ははあ、褒美(ほうび)の銭が目当てってことか。>夏:それもそうなんだけど、ちょっと違うのよね。堺屋さんに対して恨みがあるらしいの。>八:恨み? おいおい、穏(おだ)やかじゃねえな。>夏:なんでもね、生まれ育った土地が丹波って言ってたかな。丹波と明石ってすぐ近くでしょ? 明石は干し蛸で大当たりした、それに引き換え丹波は豆くらいしか取れない貧しい藩。隣なだけに、明石の衆には積年(せきねん)の恨みがあるんだって。身代(しんだい)まで狙ってやるって言ってるそうよ。>八:なんだそりゃ? 逆恨みじゃねえか。>熊:ちょっと待てよ。堺屋ってよ、明石の蛸は扱(あつか)ってはいるが、堺屋っていうくらいだから堺の出なんだろ? 関係ねえじゃねえんじゃねえのか?>夏:筋が通らないところに筋を通しちゃうのよね、ああいう人たちって。>四:・・・ということはですよ、おいらたち、その英二っていう人のことも纏(まと)めて面倒見なきゃいけないんですか?>熊:徹右衛門のことに絡んできちまった以上、放(ほ)っとく訳には行かねえ、のかな?>八:親方からのお達しだもんな。>熊:でもよ、相当な悪(わる)なんだろ? その英二って奴は。>咲:極悪人。>熊:おいらたちだけじゃちょっと危ねえんじゃねえか?>八:だからよ。鴨の字も混ぜちまえば良いじゃねえかって言ってるだろ?>熊:鴨太郎か・・・>夏:ねえねえ、なんだか面白くなってきそうじゃない?>熊:お夏坊、お前ぇなあ・・・>咲:やる。・・・あたし俄然(がぜん)頑張っちゃう。だって、このまま英二の奴をのさばらせとくのは良くないもの。お上(かみ)が許してもこのお咲が許さない。>八:よっ、良いぞお咲坊。>熊:その正義感は立派なもんだが、危ねえことなんだからな。>咲:大丈夫よ。鴨太郎さんが守って呉れるもん。>八:あ、ひょっとして、お咲坊、蛸の野郎を守ってやっても良いかなって思ってるんじゃねえだろうな?>咲:真逆(まさか)。詰まんないことで逆恨みしてる英二の奴が許せないだけよ。・・・どう? 安心した、熊さん?>熊:そ、そんなこと聞くな。
2007.08.09
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『得手(えて)に帆(ほ)を揚(あ)げる』 『得手に帆を揚げる』[=掛ける]得意とすることを発揮する好機が到来し、勇んでことに当たる。また、待ってましたとばかり調子に乗る。略して「得手に帆(帆柱)」とも。類:●順風に帆を揚げる●追風に帆を揚げる●流れに棹●得手に棒*********棟梁の源蔵は、田原屋から渡された美人画を、どうしたらいいのか困っていた。恩義のある元締めからの頼みを断(ことわ)る訳にもゆかず、受け取るには受け取ったが、この絵に似た娘を探すなどという、雲を掴むような、と言うよりも、馬鹿馬鹿しい依頼を、実行するのが正しいとは、どうしても思えないのだ。>棟:源五郎。源五郎はいねえか?>源:なんだよ、親父。田原屋からの遣(つか)いのことか?>棟:ああ。この件はお前ぇに任(まか)す。>源:任すったって、いったいどういう中身なんだよ?>棟:うーん、なんだ、まあこの絵を見てみなよ。>源:歌麿かい? 高そうだな。>棟:とある大店(おおだな)の若旦那がな、この絵に似てる娘を探して欲しいんだとよ。>源:役者本人じゃなくてかい?>棟:そうだ。町娘の格好をしてたそうだ。>源:そんなの自分で探しゃあ良いじゃねえか。大店なんだろ? すぐに見付かるだろう。>棟:それがよ、なんだか妙なことを言ってるらしいんだ。天女(てんにょ)なんだとよ、その娘は。>源:天女だぁ? ・・・馬鹿馬鹿しい。>棟:その通り。まったくもって馬鹿馬鹿しい。・・・ということで、任せたからな。>源:おいおい、親父。>棟:問答無用。お鉢が回ってきた源五郎も、ほとほと困ってしまった。とりあえず、あやに相談してみることにした。>源:なあ、どう思う?>あや:さっきも見せて貰ったんだけど、ちょっとお咲ちゃんに似てませんか?>源:お咲ちゃんにか? ・・・うーん、そう言われればそうかな。>あや:その若旦那だって、真逆(まさか)天女を探すっていう訳じゃないんだから、幾らか似てれば良いんでしょう? お咲ちゃんに頼んで、引き合わせてあげたらどうですか?>源:そうだな、一目会うくらいなら、お咲ちゃんも引き受けて呉れるかな?>あや:その位のことなら、請(う)けて呉れますよ、よっぽどの事情でもない限り。>源:そうだな。ま、こんな下らねえ面倒は、さっさと片付けちまうに限るか。という訳で、翌日、源五郎は熊五郎と八兵衛を呼び付けて、事の子細(しさい)を二人に説明した。>八:親方、そいつはちょいと旨(うま)くねえんで。>源:何が旨くねえんだ?>八:ちょいと訳ありでして。>熊:親方、実はですね、その依頼主の堺屋の若旦那のことは、おいらたちも知っておりやして。>源:お前ぇたち、また良からぬことに首を突っ込んでやがるのか?>八:良からぬことだなんて、滅相(めっそう)もない。良いことですよ良いこと。>源:ほんとか? じゃあ、どうして引き合わせる訳にいかねえんだ?>熊:はあ。信じて貰えるかどうか分かりませんが、その、お咲坊こそが徹右衛門が探しているご当人なんです。>源:お咲ちゃんがか?>熊:へい。>源:どういう曰(いわく)くが付いてるんだ?>熊:それはちょいと・・・>源:俺にも話せねえことなのか?>八:話せねえ訳じゃねえんですが、ちょいと話が込み入ってやして。>源:・・・ほう。そうか、じゃあこうしよう。今晩酒を飲ませてやるから、一部始終をとっくりと聞かせて貰う。俺も頼まれちまった以上、何らかの答えは出さなきゃならないからな。>熊:まあ、親方の事情もお有りでしょうから、お話はしますが、怒んないでくださいね。>源:そいつは話を聞いてからだ。>八:やったあ。久し振りのご馳(ち)だぁ。>熊:お前ねえ。お前には心配するって頭がねえのか?>八:ないない。どうせ講釈するのはお前ぇなんだからよ。・・・あ、そうだ。お咲坊とお夏ちゃんにも混ざって貰わねえとな。それから、五六蔵たちも。・・・親方、今夜は大人数になりますぜ。>源:そんなに大人数が絡(から)んでるのか? なんだか頭痛がしてきたぜ。>八:大丈夫ですよ。そんなに高いものを出す店じゃぁありませんから。>源:俺が言ってるのは、そういうことじゃねえ。この際、同心の鴨太郎は絡んでいなかったことにしておいた方が良さそうだなと、熊五郎は敢えて声は掛けていなかった。お咲も連夜になるのでと、初めのうちこそ渋っていたが、親方が来るというので、喜んで付いて来ていた。>咲:ねえ、あやさんは来ないの?>熊:身重(みおも)で出てくる訳にはいかねえさ。揉(も)め事になりそうだったら向こうからお呼びが掛かるだろ。>咲:揉めそう?>熊:こういうことには拘(こだわ)るお人だからなあ・・・>咲:大丈夫よ。丸く納まったんだもの。>熊:お前ぇも、八に劣らず能天気だな。良いよな、まったく。>咲:あら、あたしって、八兵衛さん並みなの?>八:どういう意味だ?>咲:へへ。そういう意味。源五郎は、ちょっとした寄り合いに出たということで、お夏が現れる頃合いにやって来た。>源:参(まい)ったぜ。寄り合いでも絵のことが話に上(のぼ)ってよ。みんなからは災難だなって、労(ねぎら)われたがよ。>熊:心中(しんちゅう)、お察しいたしやす。>源:さあて、聞かして貰おうか。>八:まあまあ、久し振りに来たんですから、先ずは乾杯と行きましょうや。おーい、お夏ちゃん、お酒。>夏:はーい。八兵衛さんとこお酒2ほーん。・・・あら、親方。ようこそいらっしゃいました。後で、混ぜて貰っても良いですか?>源:あ、ああ。良いとも。>夏:嬉しいな。親方にお酌(しゃく)できるなんて。>源:あの娘(こ)が混じると、どうも調子が狂っちまうな。熊五郎は、昨年の夏の一件を順序立てて話した。ずっと黙って聞いていた源五郎も、酒も手伝(てつだ)ってか、最後の頃は苦笑いして聞くほど皆を許していた。>源:成る程な。良かろう。良い方に解釈しておいてやろう。・・・ただし、仕出かしたことが全部決着するまでは責(せき)を持て。つまりだ、若旦那の依頼の件だが、某(なにがし)かの解決策を考えろよ。>八:待ってました。おいら、そういうのって大得意ですよ。>熊:こら、八。また安請け合いして。>夏:良いじゃない。その件、あたしも混ざる。>熊:お夏坊、お前ぇもか。(つづく)---≪HOME≫人物:喜多川歌麿(きたがわうたまろ) 江戸中期の浮世絵師。姓は北川。名は信美。初号、豊章。狂歌名、筆の綾丸。1753~1806。鳥山石燕の門に学び、細判の役者絵や絵本を制作する。のち大首絵を創案し、優麗繊細な描線でさまざまな姿態、表情の女性美を追求。版元蔦屋重三郎の援助を得て抜群の才を発揮し、美人画の第一人者とされる。代表作に「画本虫撰(えほんむしえらみ)」「当時全盛美人揃」「婦女人相十品」「歌枕」など。 (
2007.08.08
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■ 「妻との会話がふえた」───────────────────────────────────あなたは、奥様の話を最後まできちんと聞いていますか。「ねえ・・・今度の日曜日会議なのででかけるね。夕方には戻ってこれると思 うけど・・・それまで、子どもとお留守番お願いね。大丈夫なの・・・」「うん」しかし、日曜日になると「あれ・・・華子。お前支度しているけど今日どこかに出かけるんだったっけ」「会議に行くと言ったじゃないの」「そうだっかな・・・」「この間から何回も何回も言ったじゃない・・・あなたもウン、ウン言ってた じゃないの・・・」そうなんです。私は妻の話を全然聴いていなかったのです。「良い人間関係は・・・相手の話を十四の心を傾けてしっかり聴いてあげるこ とが大事なのですよ」教室でお聞きしたことを思い出しました。このままじゃいけない、これからは妻の話を真剣に聴こう・・・と決意いたしました。「今日はね・・・子どもが大変だったのよ」「どうしたの」「あのね・・・玄関の前で『入りたくない・・・』って。子どもがいきなりワ ンワン泣き出して・・・」「そうか・・・そうなると子どもって、言うことをきかないよな」「あのね、おやつにホットケーキ作るとか・・・10分くらいたって、やっと家 に入ったんだよ・・・」「10分もか・・・お前、カゼ引かなかったか・・・」妻の話を真剣に聴くようになると、妻との会話がドンドンふえていきました。会話がふえるともう一つ良いことがあります。それは、妻の機嫌が前よりちょっとだけ良くなったことです。女性はおしゃべりをすると、ストレスがなくなると言いますが、妻も例外ではなかったようです。「これから帰るよ」と電話をしても、今までですと「うん・・・わかった」と そっけないものでした。最近は「うん、わかった。あなたも気をつけて帰っ てきてね」と、ひと言ふえています。これからも、妻の話をきちんと聴くようにして、会話をふやし、間違っても熟年離婚されないよう頑張っていきたいと思います。 (平成19年話し方教室終了スピーチから一部抜粋)■ 今日のポイント 「聴き上手は話し上手」───────────────────────────────────私達は、いろいろな場面で人と話をしたり聞いたりしています。それらの会話を通して、人間関係を保っています。話す、聞くことを通じて、自然によい人間関係へと進んでいくようでなくては、コミュニケーションの本来の姿とはいえないのではないでしょうか。良い人間関係は、人工的なテクニックだけで作られていくものではありません。そうかといって消極的であってよいものでもありません。むしろ積極的に努力して作るものです。人に愛され好かれ、良い人間関係に進んでいくためには、まず相手の話をよく聴く訓練も大切です。いかにじょうずに話すかということではなく、いかに人の話をじょうずに聞いてあげるか?話し上手より聴き上手になる、ということの方が大切です。その時に私どもでは「聞く」ことより「聴く」ことをしてくださいと申しております。十四の心を傾けて聴く。心を傾けて、相手の心に寄り添いながら聴く「傾聴」をおすすめしています。
2007.08.07
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『易簀(えきさく)』 『易簀』学徳の高い人や賢人が死ぬことを敬って言う言葉。類:●簀(さく)を易(か)う故事:「礼記-檀弓・上」「我未之能易也、元起易簀」 孔子の弟子の曾子は、死ぬ前に病床の大夫用の簀(すのこ)を、身分不相応だとして、童子の元(げん)に言って易(か)えさせた。出典:礼記(らいき) 古代中国の経書。49篇。五経の一つ。周末から秦、漢に懸けての諸儒の、古礼に関する諸説を整理編集したもの。通常、漢の戴徳(大戴)が纏(まと)めたものを、従兄の子戴聖(小戴)が更に改修して成立したとされるが、異説もある。書名中の「記」とは「注記」の意で、「儀礼(ぎらい)」に記される周代の礼の理論と実際を、更に敷衍(ふえん)、解説した部分が多い。四書のうちの「大学」・「中庸」は元々本書の一篇である。周礼(しゅらい)・儀礼(ぎらい)とともに三礼(さんらい)と呼ばれる。*********薬種問屋・園部屋松次郎の評判は、決して悪くない。医学を学んだという訳ではないが、『大和本草』や『薬徴(やくちょう)』などの書物を良く読む、熱心な人である。この園部屋松次郎がどうして上方(かみがた)のやくざ者の面倒を見ていたかというと、ただ単に、頼られたから、であった。しかし、英二たちの態度が改まりそうにないので、そろそろ体良(ていよ)く追い払いたいと思っているところだった。>園:なあ英二さん、お前さんたち、何か職を探そうという気はないのかい?>英:職でっか? 四十を越えたあっしらを使おうなんて、ご親切なところなんかありますやろか。>園:力仕事の口ならいくらでもあるでしょう。>英:あっしらに、泥に塗(まみ)れろ言いますんか?>園:そうは言ってないさ。お前さんたちはまだまだ働き盛りだ、割の良い仕事だってできるでしょう。>英:ここで人足をさせて貰うって訳にはいきまへんか? なんなら、用心棒ってことでもかましまへんが。>園:太平の世の中で用心棒もないでしょう。それからね、人足の件も無理ですね。うちは精々月に1遍くらいしか荷を運ばないからね、そういう雇(やと)い人は置いてないんだよ。>英:そうでっか。なら仕方ありまへんな。どこぞその辺で野垂れ死んでたら、線香の一本も供(そな)えと呉れやす。>園:まあまあ、そんな縁起でもないことを言うもんじゃない。もう暫(しばら)くはここにいても良いから、ちょっと本気になって職探しを始めてみちゃあ呉れないかね。>英:分かりました。そうしまひょ。堅気(かたぎ)になる気が有りそうには、到底(とうてい)、見えなかった。後はもう、預っている間に悶着(もんちゃく)を起こさないよう願うだけである。一方、与太郎とお咲の調べの方も結構進展していた。英二は、二助のほかにも3件喧嘩騒ぎを起こしていた。どれも刃物(はもの)沙汰になるほどのものではなかったが、その気になればいつでも縄を掛けられるような状態だった。>咲:ねえ伝六さん、人を殺(あや)めたりする前に捕(つか)まえちゃった方が良いんじゃない?>伝:桃山の旦那がもう少し待てって仰(おっしゃ)ってるんだ。おいらたちは旦那の言う通りにやってれば良いのよ。>咲:でもね、相当危険よ。必ず、なんか大きいこと仕出かすわよ。そうなってからじゃ遅いんじゃないの?>伝:まあなあ。だけどおいらの一存で動く訳にもいかねえしな。>咲:なんなら、あたしと与太郎さんだけで行っちゃおうかしら。>伝:おいおい。>咲:冗談よ、冗談。>伝:脅(おど)かすなよ。>伝:ときに与太郎さん。その後、野崎屋の友達の方はどうだい?>与:はい。今日の昼前、堺屋の若旦那が高価なものを3つも買ってくださったということです。同じものを3つですよ。>伝:3つもか? そりゃあ豪儀(ごうぎ)だな。>与:なんでも、枕元に立った天女様に面影(おもかげ)が似てるとかで、顔の広そうなお客さんに渡して、似ている人を探して貰うそうです。>伝:大将、ほんとにおかしくなっちまってるんじゃねえのか?>与:さあ、どうでしょう。あたしはお会いしたことありませんから。>伝:まあ良いや。・・・それで? 誰に渡すんだって?>与:相馬屋さんと田原屋さんだそうです。>伝:成る程。確かに顔は広いや。>咲:でも、田原の父つぁんは寝込んでるってことらしいじゃない。>伝:おや、お咲さんよく知ってなさるね。その通りだ。なんだかあまり良くないみたいだな。>咲:そうらしいわね。・・・そうすると、相馬屋さんの近くはあまりうろつかない方が良さそうね。>伝:どうしてだい?>咲:い、いえ、こっちの話。太助の初の給金(きゅうきん)ということで、長屋のみんなが「だるま」に招待された。どんな絵なのか興味があったので、お咲も付いていくことにした。>八:おい太助よ。そりゃあよ、目出度えことに付き合うのは結構だがよ、今度いつ売れるか分かったもんじゃねえんだ。あんまり椀飯(おうばん)振る舞いしねえで、後のために取っとけよ。>熊:お前ぇにしちゃあ、上出来な忠告だな。>八:なんだ? おいらはいつだって上出来じゃねえかよ。>熊:はいはい。>八:それで? 買ってったのは堺屋の蛸(たこ)だって?>太:蛸、ですか?>熊:ああ、徹右衛門さんだろう?>太:はい。でも、蛸には似てませんが。>八:家業が蛸問屋なんだよ。>熊:海産物問屋だろ。・・・それで、幾らくらいのを買ってったんだい?>太:はい。良くは分からないんですが、随分良い給金を貰いましたから、高価なものには違いないです。有る所には有るもんなんですね。>八:飲んで流れちまうよりはなんぼか増しってもんだな。>太:それにしても、同じ絵を3枚ですよ。大変なもんですよ。>八:3枚? 何をとち狂ってやがるんだ?>太:詳しい経緯(いきさつ)は知らないんですが、天女様に似てて、それでまた、その絵に似てる女の人を探すんだってことだそうです。相馬屋さんと田原屋さんなら顔も広いからって言ってました。>八:天女って、お前ぇ、お咲坊に似てるのか、その絵って?>太:はあ? お咲さんにですか? ・・・そう言われれば似てるような似てないような・・・>八:それで? もしもだよ。もしも天女に似てる娘を連れてったら、何か褒美(ほうび)でも出るのかい?>熊:八。お前ぇ真逆(まさか)・・・>八:いややや、滅相もない。誰が蛸野郎にお咲坊を渡すかよ。>咲:当り前よ。そんなことしたら一生恨(うら)むわよ、八つぁん。>八:おお怖い。>熊:でもよ、田原の父つぁんって、臥(ふ)せっていなさるだろ? 人探しも何も無理じゃねえのかよ。>八:なんでえ、お前ぇ気が付かなかったのか? その絵、棟梁んとこに来てたじゃねえか。>熊:なんだと?>八:姐(あね)さんなんか、「お咲ちゃんに似てない? この絵」なんて言ってたぞ。>熊:おいおい、ほんとかよ。>八:おうよ。おいらの早耳には恐れ入るだろう。・・・ありゃあなんだな、田原の父つぁんももう終(しめ)えだな。そんでもって、後釜はうちの棟梁ってことだな。・・・あ、そうだ。いっそのこと、その絵をよ、棺桶に入れてやったら良いんじゃねえか?>熊:こら、縁起でもねえこと言うもんじゃねえってんだ。
2007.08.06
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■ 声を明るくして人の役に立てた───────────────────────────────────「あなたは、声が暗い、ため息のような声ですね」と言われ落ち込んでしまいました。合同講義で「声を明るくすると積極的になれますよ・・・!!」と習ったな、「よし!!やってみよう・・・」とさっそく、毎朝、鏡の前で「あえいうえおあお」「かけきくけこかこ」と教えていただいた「口の体操」と「ニコッ!」と笑顔の練習をいたしました。一週間後、友だちに電話をしてみました。「もしもし、益田だけど・・・」「なんだよ、酔っ払ってんのか?」「酔っ払ってなんかいないよ。ただ、お前の声が聞きたかっただけだよ・・・」「気持ち悪いな・・・やけに明るいな・・・」「おう!!それが聞きたかったんだよ、じゃあ・・・」一週間の成果が確認できました。それと同時に声を明るくしたことで積極的な考え方ができるようになっていることにも気がつきました。「何か、ボランティアをやろう・・・」さっそく、視覚障害者のマラソンの伴走にチャレンジすることにしました。中学生の男の子と、「手」と「手」をヒモで結んで走りました。不安を与えないように声のトーンを上げ、明るい声で「10メートル先を右に曲がります」「自転車が来るので、一歩右によけます」と声をかけながら無事に3.5kmを走ることができました。「お疲れ様、怖くなかった?」「はい、益田さんが、明るくリードしてくれたお陰で、安心して走れました。ありがとうございました」彼のキラキラした笑顔をみて、伴走して「よかった!!・・・」と思いました。声を明るくしたことで、ボランティアで人の役に立つことができました。私は医学療法士をめざしています。リハビリを頑張っている方に、明るい声でサポートしていきます。 (平成19年1月話し方教室終了スピーチより一部抜粋)■ 今日のポイント 「プラスの声とマイナスの声」───────────────────────────────────声にもプラスの声とマイナスの声があるプラス積極思考には明るい声と笑いが必要不可欠です。声や話し方には明るい、暗いがあります。例えば、挨拶ひとつするのでも笑顔とともに明るく大きな声で「おはようございます」とすれば効果はありますが、暗い顔でニコリともせず、沈んだ小さな声でしても「今日はどうしたの、何かあったの・・・」と怪訝に思われてしまいます。では、どういう声、どういう話し方が明るいのでしょうか。私どもでは「大きな声を出しましょう」ということを申しあげております。これも明るい声の一つの条件です。ではなぜ明るい声や話し方が大事かといいますと、人間の心理が表れてくるからです。(もちろん表情にも表れます)人間は他人に利益を与えよう、プラスを与えようというときは声も明るくなります。反対に、相手に不利益を与えたり、マイナスを与える時の声、話し方は暗くなります。例えば、お客様を怒らせてしまった。そのことを上司に報告する時に明るく言えるでしょうか。たいてい下を向いて、しょんぼりした顔で、しかも暗く小さな声で「部長、申し訳ございません。お客さまを怒らせてしまいました」と謝るのではないでしょうか。これを明るく大きな声でいかにもうれしそうに「部長、お客様を・・・」などという人はいないのではないでしょうか。逆に、上司が部下においしいケーキをご馳走してあげようというときはどうでしょうか。「山田さん。申し訳ないんだけど、おいしいケーキがあるんだけど食べてもらえないだろうか?」とオドオドした低い暗い声で言われたら「大丈夫かしら・・・」と不安になりませんか。そんな時は明るい笑顔と明るい大きな声で「山田さん、おいしいケーキがあるんだけど、どう!!]と呼ぶのではないでしょうか。これを逆の視点からいうと、人間は明るく言われると、と感じますし、暗く言われるとと、あなたの声や話し方からあなたの心理や心の内を判断するのです。自分に不利益を与える人間を歓迎する人はいません。だから暗い表情や話し方、ボソボソと話す人の回りには人は集まってこないのではないでしょうか。何か話をすときにはできるだけ大きな声、明るい声で話すこと。声も表情も明るくなるとその人の印象はガラリと違ってきます。
2007.08.05
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『雲泥(うんでい)の差(さ)』 『雲泥の差』[=相違・違い・懸隔(けんかく)]二つのものが、天と地ほども隔(へだ)たっているということ。非常に大きな違い。類:●雲泥万里●月と鼈(すっぽん)●天地霄壤(てんちしょうじょう)出典:「晋書」・白居易の詩「傷友」*********与太郎の聞き込みによると、上方者の英二たちは、園部屋という薬種問屋を頼って江戸に下(くだ)って来たらしい。園部屋の主(あるじ)松次郎は、風邪薬の材料として久呂万米(くろまめ)を丹波から買い付けていた。その荷に、英二たちが「くっ付いてきた」ということらしい。>咲:与太郎さんって意外と凄(すご)ーい。よく半日でそこまで調べたわね。>与:勝手場の人たちって話し好きですからね。尤(もっと)も、聞きたくないことにまで付き合わされますがね。>伝:鈍(にぶ)そうな青物売り程度にしか考えてなかったが、お前ぇ、使えるぜ。こりゃあ拾いもんだな。>与:はあ。八兵衛さんていう人が考え出したんです。魚売りの下っ引きがいたら良いなって。>伝:ほう。その八兵衛さんっていうお人はよっぽど切れもんなんだな。学者さんかい?>咲:学者? とんでもない。只(ただ)の大工よ。>伝:本当かい? でもよ、只もんじゃねえよな、きっと。>咲:只もんよ。時々、ちょっと突飛(とっぴ)なことを言い出すだけ。>伝:お前ぇさんたちの前じゃあ、態(わざ)と惚(とぼ)けて見せてるってだけじゃねえのか? 能ある鷹はなんとかって言うじゃねえか。>咲:真逆(まさか)。八つぁんは鷹じゃなくて、そうね、お酒に浸した米を食べた雀(すずめ)ってとこね。>伝:まあ良いや。そういうことにしておこう。お咲が聞いてきたのは、2日前に町人相手に一騒動起こしたらしいという事だった。肩がぶつかったとかどうとかで口論となり、碌に相手の言い分も聞かないで、殴り付けたという。>咲:殴られた人の名前までは分からなかったけど、逃げ足だけは速かったって。>伝:そうか、もう仕出かしやがったか。その、殴られたっていう町人からも話を聞いてみてえな。>咲:別の人から、人相風体(にんそうふうてい)を聞いたんだけど、ちょっと思い当たる節があるのよね。>伝:なんでえ、もう見当(けんとう)が付いちまってるのか?>咲:ええ。ちょっと喧嘩っ早い左官職の人を1人知ってるのよ。>与:二助さんのことですか?>咲:そう。>与:そう言えば、昨日見掛けたとき、左の目の辺りが腫(は)れていたような気がします。>伝:そうかい。そりゃあ間違いなさそうだな。・・・じゃあそっちの方は明日に回しとこう。今日はこれ位でお開きとしようや。>咲:英二とかいう人が来るのを待ってなくても良いんですか?>伝:ああ。今日はもう十分成果が上がったからこんなもんで良いだろう。全く成果なしってのが当たり前の仕事だからな。それに、与太郎さんだってお咲さんだって他に仕事があるだろう。十手持ちっていう訳じゃねえんだからな、朝から晩まで拘束するってぇ訳にもいくまいよ。>咲:そんなもんなの? もっと、張り込みとか、尋問とかするのかと思ってた。>伝:まあ、そういうのは、桃山の旦那からそうして呉れって言われたときだけで良いのさ。>咲:ほんとに片手間仕事なのね。>伝:まあまあ。そう不貞腐(ふてくさ)れたもんでもないさ。桃山の旦那は結構良い給金を払ってくださる。>咲:そういうことじゃなくて・・・>伝:どういうことだい?>咲:なんだかあたし、その英二って人のことに興味が湧いてきちゃったのよね。気になることはとことん気になっちゃう質(たち)なの。もうちょっと待ってみても良いでしょ?>伝:おやおや、そんなに熱心だとこっちも煽(あお)られちまうな。なあ、与太郎さんはどうする?>与:あたいは残った青物を売りに回ろうかと思います。それと、頃合いを見て、野崎屋さんで働き始めた知り合いの方を覗いてこようかと・・・>伝:野崎屋? ああ、あの絵草紙屋かい?>与:はい。>伝:人を雇(やと)うほど余裕があるとは思えねえがな。>与:なんでも、瓦版売りを始めるそうなんです。その売り手にということで雇われたんです。それ以外のときは絵草紙の店番をしてます。>伝:瓦版ねえ。こんな平穏な世の中じゃそっちの方も見通し暗いなあ。>与:出来高払いってことらしいんで、売れないと1文も貰えないそうなんです。>伝:成る程、そういうことかい。そりゃあ辛いなあ。・・・そうだ、なんなら、芝居好きの若旦那を紹介しようか?>与:そんな方を知ってらっしゃるんですか?>伝:嘗(な)めて貰っちゃあ困るね。伊達に十手を預ってる訳じゃねえんだからよ。>与:助かります。藁(わら)にも縋(すが)りたいところでしたから。>伝:唯(ただ)、1つ厄介なとこがあるんだがな。>与:厄介ごとと言いますと?>伝:その若旦那、少々いかれちまってるかも知れねえんだ。・・・天女(てんにょ)を見たって信じ込んじまっててよ、その天女がよ、暖簾(のれん)分けして財を築いたら会いに来て呉れるって言ったとかで、人が変わったみたいに真面目(まじめ)に働いてるんだよな。>咲:それって・・・>伝:だからよ、遊び回ってた頃は確かに芝居好きだったんだが、今はどうなんだか分からねえぞ。>咲:もしかして、堺屋の蛸(たこ)、い、いえ、若旦那?>伝:なんでえ、徹右衛門さんのことも知ってるのかい。いやはや、よくよく顔が広いお人だねえ。>咲:はは。・・・うーん、この件は伝六さんと与太郎さんに任せるわ。あたしは関わりたくない。>伝:ははあ、さては、お前さんも言い寄られたことがあるんだな? あの人は綺麗な娘さんと見ると、決まって、俺の娘を産んで呉れって頼み回ってたもんな。>咲:そういうのともちょっと違うのよね。>伝:まあ、良いって良いって。その辺のところはこの伝六さんが巧くやっとくからよ。なあ与太郎さん。>与:是非、お願いします。その日は結局、英二たちは現れなかった。夕刻、お咲は、お夏と、どうせ飲んでいるであろう熊五郎たちとに報告するため、「だるま」へ向かった。>咲:伝六さんって、ちょっと独(ひと)り合点するところがあるけど、良い人みたい。>八:与太郎の奴もやっていけそうかい?>咲:やっていけそうかですって? それどころじゃないわよ。1時(とき)ちょっとで随分情報を集めてきたのよ。天職かもね。>八:流石(さすが)はおいらの思い付きだな。>咲:それとこれとは話が違うと思うわ。・・・でもね、それを思い付いた八つぁんのこと、学者かなんかか、ですって。>熊:こいつが学者だあ? 何をとち狂ってるんだか。>咲:会ったことがないって恐ろしいものよね。>八:どういう意味だよ。>咲:学者と、唯(ただ)飲んだくれてる大工とでは、天と地くらい離れてるって意味よ。>八:唯飲んだくれてる訳じゃねえぞ。>咲:じゃあ何?>八:これまでの人生を振り返って、おいらは正しい生き方をしているんだって再確認してるんじゃねえか。>咲:また口から出任せ言って。>八:出任せじゃねえって。今が楽しければ全てが正しかったんだってことになるだろ? そういうことよ。>熊:簡単で良いよな、お前ぇは。>咲:・・・そうそう、伝六さんが、芝居好きの若旦那を紹介して呉れるんだって。>熊:へえ、そいつは良かったじゃねえか。>咲:どうかしら? その若旦那ってのがね、堺屋の蛸なんだって。>八:こいつは魂消(たまげ)た。蛸の野郎、女じゃ飽き足らずに女形(おやま)にも手を出してたのか?>咲:さあ。でもね、人が変わったみたいに商売に励(はげ)んでるんだって。天女に会いたいっていう下心はあるらしいんだけどね。>八:はあ、女も女形も天女もか? 守備範囲が広いねえ。・・・ははあ、さては、蛸だけに、八つ股掛けねえと納まらねえんだな。>熊:あーあ、これが、曲がりなりにも学者と間違えられた男の言うことかねえ。
2007.08.04
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『噂(うわさ)をすれば影(かげ)が射(さ)す』 『噂をすれば影が射す』誰かの噂をすると、えてして当人がそこへ偶然やってくるものだ。主に、気安く誰かの悪口を言うものではないという戒めの意味を込めて使う。類:●Talk of the devil and he is sure to appear. 悪魔の話をすれば悪魔は必ず現れる<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>*********翌日、太助は早速(さっそく)野崎屋へと出掛けていった。正月3ケ日が明けてしまったせいか、客足はさっぱりだった。そう簡単に絵草紙など売れる道理もない。正月早々小さな喧嘩程度はあったが、態々(わざわざ)瓦版にする程のものでもなく、こちらの方も見通しの明るいものではなかった。一方、伝六に引き合わされた与太郎とお咲は、早速、鴨太郎から、英二という上方者(かみがたもの)についての聞き込みを指示されていた。半月ほど前に仲間数人を引き連れてこの界隈(かいわい)に巣くったということらしい。特に騒ぎを起こしたという訳ではないが、太郎兵衛の配下の者たちが頻(しき)りに牽制(けんせい)しているという。>咲:それで伝六さん、その英二とかいう人の顔は分かっているの?>伝:ああ、昨日は見掛けなかったが、元旦と2日は4人で来てやがったよ。>咲:どんな人?>伝:風体(ふうてい)はどこにでもいそうな町人風。年回りは四十の半ばってところかな。英二は見た目も普通で目立たねえが、引き連れてるのが揃いも揃って悪人面(づら)してやがる。中でも2番目の常吉(つねきち)ってのは、相当な与太り者だと見たね。>咲:権太っていう蛇みたいな目付きした人より悪人面なの?>伝:なんでえ、権太のこと知っていなさるんかね。権太も並外れて悪い面をしてやがるな。・・・そうさな、奴の目付きは湿った冷たさだが、常吉のは凍ってるみたいな、乾いた感じの目付きだな。狼か狐みてえに吊り上ってるんだ。>咲:狐目の男ね。どっちにしろ嫌ね。あんまり関わり合いたくないわね。>鴨:大丈夫さ。直接面と向かうようなことにはならないようにするから。お前ぇたちは、遠巻きにして噂話だけ掻き集めて呉れりゃあ良いんだ。>咲:それなら安心ね。ね、与太郎さん。>与:は、はい。>伝:なんだよ。もうびびってやがるのか? しっかりしろよ。お咲ちゃんの方がよっぽどしゃんとしてるじゃねえか。>与:はあ。どうも慣れないもんで。>咲:あら、あたしだって慣れてないわよ。しっかりしましょ、ね。それじゃあ頼んだよと言って、鴨太郎は役所へ帰っていった。お咲と与太郎は、伝六から、聞き込みの骨(こつ)のようなもののご教示を受けていた。すると、伝六がおやっと顔を上げた。伝:見てみなよ。来やがったぜ。与:英二って人ですか?伝:いや、権太だよ。会いたくねえ奴の話なんかするもんじゃねえな。>権:よう、伝六さんよ、ご精の出ることだねえ。上方のはぐれ者が来てるとあっちゃあ、おちおち雑煮(ぞうに)も食ってられねえな?>伝:何を抜かしやがる。おちおちできねえのは、お前ぇたちが彷徨(うろつ)いてるせいじゃねえか。>権:はは、こいつは一本取られたな。・・・おや、確か、お咲とやら。こんなとこで何してるんだい?>咲:あら、淡路屋さんはこの辺から手を引いたんじゃなかったの?>権:いやなにね、ちょいと出店を冷やかしてるだけさね。別に悪さをしようって訳じゃねえよ。>咲:ほんとかしら?>権:旦那の言うことは律儀(りちぎ)に守ってるさ。>咲:その上方者たちと悶着(もんちゃく)でも起こして御覧なさい、直(す)ぐに親方を呼びにやる・・・>権:まあ待ちなよ。源五郎とかいう大工のことは良く知らねえがよ、あのあやっていう女だけはどうも苦手でな。旦那も言ってたが、よくよく相性(あいしょう)が悪いらしい。>咲:あやさんと相性が悪いってことは、あんたたちが良からぬことをしてるって証(あかし)じゃない。悪くなければ、あんな付き合い易い人はいないわよ。>権:一々尤(もっと)もだ。・・・だがよ、合わねえもんは合わねえんだから仕方ねえ。ま、なるべく関わらねえようにしとくから、精々宜しく伝えといてくれ。じゃあな、あばよ。権太と、その取り巻きとは、境内(けいだい)の隅の方へ引っ込んでしまった。伝六は、権太に対するお咲の受け答えに、感心頻(しき)りという様子だった。>伝:権太とはどういう間柄なんだい?>咲:どんなもこんなも、関係ないわ。あんな冷血漢とは関わりたくないもの。>伝:なんにもないってことはねえだろう。奴(やっこ)さんが娘っ子の言い成りになってるんだぞ。普通だったら、耳の片方がなくなってたって文句は言えねえんだぞ。>咲:そうなの? おお怖い。>伝:全然怖そうに聞こえないんだがね。その時、背後から、「お咲ちゃん」と呼ばれた。振り返ってみると、あやと、お雅、それから、ちょっと離れたところに源蔵が立っていた。>咲:あら、お揃(そろ)いでどうしたの?>あや:そっちこそ与太郎さんととは珍しいわね。こんにちは、与太郎さん。>与:どうも。お参りですか?>あや:唯(ただ)の散歩。>咲:棟梁まで連れて唯のお散歩? 安産祈願じゃないの?>あや:違うのよ。本当にお散歩。祈願の方はお義母(かあ)さんたちが鬼子母神様で済ませて呉れてるのよ。昨日ね、この辺まで歩いてみたら、身体(からだ)の具合いが頗(すこぶ)る良いのよ。出不精(でぶしょう)は良くないわねって話したら、付き添って呉れたの。>咲:そうなの。順調そうね。>あや:ええ、順調順調。それはそうと、お正月、どうして来なかったの?>咲:もう同じ長屋って訳じゃないし、熊さん八つぁんが誘って呉れた訳でもないし、ちょっと遠慮しちゃった。>あや:お夏ちゃんとお咲ちゃんは特別よ。誰が同行しなくたって好きなときに来れば良いのよ。>咲:ありがと。今度前触れなく押し掛けるわ。>あや:はいはい。>咲:実はね、つい今さっき、あやさんのこと話してたところなのよ。あやさん、密偵(みってい)かなんか雇(やと)ってあたしに張り付かせてるなんてことないわよね?>あや:真逆(まさか)。でも、悪い噂は離れてても聞こえるのよ、わたし。>咲:悪い噂なんかする訳ないじゃない。>あや:ね? ・・・だから、まったくの偶然。>咲:あ、でもさっきまで、あやさんとは関わりたくないっていう人と一緒だったっけ。>あや:あら、人気(にんき)ないのね。>咲:違うのよ。権太よ、権太。>あや:あら、何か面倒ごと?>咲:なんでもないのよ。ちょっとした立ち話。あとちょっと早かったら、権太の奴、きっと飛び上がって驚いたでしょうね。>あや:わたしそんなに酷(ひど)いことした覚えないわよ。>咲:向こうには覚えがあるみたい。>あや:そう。まあ良いわ。ああいう人たちとは関わり合いにならないのが一番だものね。お咲ちゃんもあんまり喋(しゃべ)ったりしない方が良いわよ。・・・じゃあね、本当に遊びにいらっしゃいよね。>伝:・・・お咲ちゃん。今の、大工の源蔵親方とお内儀(かみ)さんだよな?>咲:そうよ。あのお嫁さんが、あやさんていうんだけどね、この間まであたしたちの長屋に住んでたの。>伝:へえ、近くで見ると迫力あるねえ。倅(せがれ)の源五郎ってお人も相当な人格者だって言うじゃねえか。>咲:なによ、こっちはあやさんの話をしてるのに。それを言うならね、若女将(わかおかみ)さんだって相当な人よ。>伝:不思議な感じの人だねえ。声こそ掛けちゃ呉れなかったけど、にっこり、目で挨拶(あいさつ)されたときは、ぽーっとしちまったぜ。しかしなんだな、あんた、随分顔が広いな。>咲:どう? 使えそう?>伝:ああ。下っ引きじゃ勿体(もったい)ねえくらいだ。
2007.08.03
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『瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なすび)は生(な)らぬ』 『瓜の蔓に茄子は生らぬ』ある原因からは、それ相当の結果しか生じない。子は親に似るもので、平凡な親から非凡な子が生まれる道理はない。類:●蛙の子は蛙●血筋は争えない●親が親なら子も子●Like father, like son. 反:●鳶が鷹を生む*********鴨太郎の話はこうだった。十手持ちの伝六のところで次郎吉という男を使っているのだが、その次郎吉が火消しの大八車に撥ねられて足を折ってしまった。歩けるようになるまで少なくとも半年は掛かる。ここのところ酔っ払いの喧嘩やら、上方からの荒くれ者やらで、世間が騒がしくなって。伝六1人では手が回り切らないので、当面の手伝いが必要だ。急場凌(しの)ぎでも構わない。>鴨:一生涯続けて呉れとは言えねえけどよ、忙しいときゃ猫の手も借りてえってのが正直なところだ。>与:あのう・・・>熊:止せ、与太郎。お前ぇはちょっとの間黙ってろ。>与:ですが・・・>鴨:なんだよ。・・・ははあ、さっきの驚きようから察するに、なんか似たような話があったな?>熊:まあな。だがよ鴨太郎。ちょいと話の成り行きがあるんで、太助のことから順番に話させて貰っても良いか?>鴨:ああ、構わねえよ。こっちの話はそう期待してきた訳じゃねえからな。>熊:そんじゃあ先ず、自棄(やけ)のやんぱちで乾杯させて貰おうか。太助の仲間入りにってことで良いな。熊五郎が、鴨太郎を含む初お目見えの人間たちに、太助の職探しの一件を順序立てて説明した。八兵衛が発案した、魚売りしながらの下っ引きということも話題に上った。>八:どうだ? おいらの考えも捨てたもんじゃねえだろう。>鴨:与太郎って、この与太郎のことかい?>八:うーん。おいらの個人的な考えでは、もう少し、ほんの幾らか、はしっこい方が良いとは思うんだがよ。>熊:だから、ほんの少しどころじゃねえだろう。>与:あたしじゃ役不足でしょうか? ※誤用のご指摘をいただきました。こちら >鴨:そ、そんなことねえさ。そんなの、やってみなけりゃ分からねえ。>熊:気休めは言うなよ。>鴨:気休めじゃねえさ。下手(へた)に目付きの鋭い役人然とした奴だと、却(かえ)って警戒されて、直ぐに顔を覚えられちまう。下っ引きなんてのはあんまり表立たない方が良いんだ。>熊:そうは言ってもなあ。>八:それで? 幾らか給金は出るのかい?>鴨:当り前じゃねえか。只働きだったら誰も引き受けちゃあ呉れねえよ。>熊:だがよ、剣術も柔術も何にもできねえんだぜ。>鴨:お前ぇたちなんか勘違いしてねえか? 下っ引きってのはだな、主に聞き込みが仕事で、ちゃんちゃんばらばらはしねえの。そりゃあ偶(たま)に岡引きが十手を振り翳(かざ)すこともあるが、大概は一緒にいる同心がこなすの。>八:そうなのか? なんだかつまらねえな。>熊:何がつまらねえだ。実際そうなるかも知れねえのはお前じゃなくて与太郎なんだ。お前ぇには意見を言う権利はねえの。>八:そうか与太郎か。あ、与太郎、もう喋っても良いぞ。お前ぇの考えを言ってみろ。>与:巧く出来るかどうか分かりませんが、やってみたいと思います。>鴨:ほんとか?>与:はい。いろいろ教えてください。>熊:おいらは、やっぱり、止しといた方が良いんじゃねえかと思うけどな。>咲:良いじゃない。やらせて上げなさいよ。聞き込みくらいならあたしも手伝って上げる。>熊:こら、またそんなことを。>咲:平気平気。危ない真似はしないって。それともあたしのことがそんなに心配?>熊:誰がそんな。>咲:決まり。ねえ、鴨太郎さん、良いでしょ。>鴨:俺としては協力して呉れる人が1人でも多い方が助かるがな。父上の承諾付きじゃねえと頼めねえぞ。>咲:はーい。・・・ねえねえ、あたしが手柄を立てたら父上の仕官に幾らかでも有利になるかしら。>鴨:はは。俺が半端役人じゃなきゃあなるだろうが、いかんせん、落ち零れ者だからな。あんまり頼りにされちゃあ困るぞ。>咲:可能性が少しでもあるんならそれで良いの。あたし、俄然頑張っちゃう。>熊:おいおい。鴨太郎も鴨太郎だ。未成年の娘っ子を頼るようじゃ半端者も極まったな。>鴨:今日日の女子供の社会進出には目を見張るものがある。あんまりお堅いことを言ってると時代に乗り遅れるぞ。>熊:乗り遅れで結構。>八:こんな堅物放っといて手打ちと行こうや。なんてったっておいらが考え出した事だからな。な、言ったろ、おいらに任せときゃ間違いはないって。熊五郎1人が釈然としないままだったが、これで一応、太助の瓦版ねたの件も、鴨太郎の頼みの件も片付いた事になる。いつもなら、安易な結論に一言ありそうなお夏も、今回は特に何も言わず、にこにこ笑っていた。ほんとにおいらの考え方が遅れてるのかなと、熊五郎は考え始めていた。>鴨:なあ、与太郎さんよ。明日、毘沙門さんの辺りに出張ることあるかい?>与:はい。毘沙門様ならいつもだいたい昼時分に行きます。>鴨:伝六に会わせるから境内を覗いちゃあ呉れねえか? 俺も一緒にいるから。>与:分かりました。>咲:あたしも行って良い?>鴨:ああ良いとも。お咲ちゃんには特に期待してるよ。>八:何といってもお武家の出だもんな。もしかして小太刀かなんか嗜(たしな)んでるとか?>咲:真逆(まさか)。お武家の娘じゃなくて傘貼り浪人の娘だもん。>熊:傘貼りの娘と青物売りか。・・・期待薄だな。>咲:何を言うのよ。そんなの関係ないじゃない。>熊:素人(しろうと)は所詮素人だ。生兵法は怪我の基(もと)って言うだろ。>鴨:こと同心とか十手持ちだったらそうも言えるだろうが、実のところ、そういう者たちこそ下っ引きにはぴったりなのよ。2人は下っ引きになるべくして生まれてきたようなもんだ。>与:そんな。言い過ぎですよ。>鴨:はは。そうか。ちょいと言い過ぎたかもな。>八:生まれと言やあよ、与太郎の親って何をしていた人なんだい?>与:あまり人に話せたようなことじゃないんですが、吉原の会所の下で足抜けを捕まえるようなことをしてたみたいです。>八:へえ、魂消(たまげ)たねえ。岡場所で引っ張る役じゃあ、まるで本当の岡引じゃねえか。>熊:岡引の名前ってのはな、元々、そこから来てるんだよ。まったく、なんにも知らねえんだな。>八:そんな頃生きてた訳じゃねえんだから、良いだろ。それにしてもよ、もしかすると、与太公のやつ、本当に化けるかも知れねえな。>熊:どうかな。>八:少なくとも、代々、大工をやってるおいらんとこより、良いだろ。鳶(とんび)の子は鳶って言うだろ。あれ? 油揚げだっけ?>熊:お夏坊、なんか言ってやって呉れよ。>夏:根っからの大工である八兵衛さんが、絵草紙を斡旋(あっせん)したり、青物売りを捕り方に仕立てたり、況(ま)してや、博識(はくしき)をひけらかしたりするもんじゃないわね。八兵衛さんは立派な家を建てるから偉いんじゃない。他のことで認められようとしたって滑稽(こっけい)に見えるだけ。>鴨:おいおい、何もそこまで言わなくたって・・・>夏:大丈夫。八兵衛さんは、小さい事に拘(こだわ)らない大らかな質(たち)だもの。ね。(つづく)---※「役不足」は間違っています。この場面では、「力不足」が正しい言葉です。 ・・・でも、前後に合うように以下のように(筆者の臍曲がりもあり)変えてみました。読み替えてください。 >与:あたしには荷が重過ぎるってことですか? ・・
2007.08.02
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『売(う)り言葉(ことば)に買(か)い言葉』 『売り言葉に買い言葉』相手の暴言を受けて、それに相当する言葉を返すこと。悪口に悪口で言い返すこと。類:●売る言葉に買う言葉*********暮れ六つ。「だるま」には、熊五郎・八兵衛・五六蔵・三吉・四郎・太助・与太郎の他に、半蔵・松吉、それと、お咲が集(つど)った。>熊:なんでお咲坊が来てるんだよ。>咲:父上の名代(みょうだい)。松吉さんだって出るってのに、うちから誰も出ない訳にいかないでしょ?>熊:飲むんじゃねえぞ。>咲:大丈夫よ。自分が飲める分量くらい弁(わきま)えてるもん。>熊:そういうことじゃねえだろ。一丁前になるまでは、飲んじゃいけねえってことになってんだろ。>咲:何よ、お堅いこと言わないでよ。 小姑(こじゅうと)みたい。>熊:何をーっ? やっちゃいけねえことをいけねえって言って何が悪い。>咲:些細(ささい)なことに目くじら立てたりすると大人物になれないぞ。>熊:放(ほ)っとけ。>八:まあまあ、それくらいにしとけよ。何とかは犬も食わねえて言うじゃねえか。>熊:八っ!>太:・・・あのう、お二人ってそういう間柄なんですか?>熊:見ろ、太助が勘違いしちまったじゃねえか。>八:まあ良いじゃねえか、まったく違うって訳じゃねえんだから。細かいこと兎(と)や角(かく)言ってると偉くなれねえぞ。>熊:そんなんだったら、偉くなくたって良いや。 >八:ときに、松つぁん、今夜は菜々ちゃんを呼ばなかったのか?>松:ああ。太助さんの歓迎の会だかおいらたちの祝言(しゅうげん)の前祝いだか分からなくなっちまうからな。これでも気を使ってんだぞ。>半:お前ぇ、祝言が決まってからこっち、ちょっと性分(しょうぶん)が変わってないか?>松:そうか?>半:どう思う、五六蔵?>五:どうって言われても、昔っから知ってるって訳じゃねえからな。でもな、幾らか図々しいくらいの方が、嫁の兄としちゃあ安心できるかな。>半:へーえ、お前ぇの口から嫁の兄とかいう言葉が出るとはねえ。世も末だな。>五:なんてえ言い種(ぐさ)だよ、半公。>半:悪(わり)い悪い、言葉の文(あや)だ。>松:まあまあ、お前ぇらそれ位にしときなよ。今日の主役はこの太助さんなんだからよ。>半:松つぁんよ、兄君(あにぎみ)に向かってお前ぇはねえだろう。「お義兄(にい)さま」とか「五六兄(にい)ちゃん」とか呼んでやりなよ。>松:そう安々と呼べるか。ついこの間まで、「ごろつき」とか「見習い」って呼んでたんだからな。>五:こっちだって妙な呼び方されたら鳥肌が立つってもんだ。妹の亭主だからって、これまでの付き合いが変わる訳じゃあるめえしよ。>太:・・・あのう、お二人って、そういう間柄なんですね?>八:こっちは熊たちのと違って、紛(まぎ)れもなくそういう間柄だ。>熊:済んだ話を蒸し返すんじゃねえっての。会が和(なご)んできたところで、野崎屋へ行ってきた結果を聞こうということになった。>与:一目見た途端(とたん)に雇(やと)って貰えることになりました。>八:良かったじゃねえか、なあ、太助。>太:はい。どうにか干上がらないで済みそうです。>与:唯(ただ)・・・>八:なんでえ。やっぱり、注文付きか? 騒(さわ)ぎが起こったときだけで、他のときは来るなってことじゃねえだろうな?>与:いえ、何もないときは絵草紙(えぞうし)の売り場の方に立ってて呉れって言ってました。>八:それじゃあ、何も障(さわ)りはねえじゃねえか。>与:それが、瓦版(かわらばん)も、絵草紙も、その売れ行きで給金を払うって言うんです。>熊:出来高払(ばら)いってことか?>与:そんな風に言うんですか?>八:そりゃあ、どういうことなんだ?>熊:物が売れるまでは1文も手に入らねえってことだ。>八:それじゃあ、食っていけるかどうか分かったもんじゃねえじゃねえか。>与:やっぱり、あれでしょうか? あたいが下っ引きをしないといけないんでしょうか?>熊:その話はもう済んでるだろう? 言っちゃあ悪いが、お前ぇにはそんな真似(まね)は無理だ。>与:そうでしょうか・・・>八:じゃあよ、こうしようじゃねえか。みんなできるだけ瓦版とか絵草紙を買ってやるようにする。>熊:瓦版なら精々(せいぜい)波銭1枚(=4文)だから良いけどよ、絵草紙なんか幾らするんだよ。おいらたちには手が届かねえだろう?>八:そうか。・・・じゃあよ、芝居好きそうな人を手当たり次第に呼んできて買わせるか。>熊:まあ、そういう優雅な知り合いがいるんだったら心掛けてやるのも良いだろうよ。居るんだったらな。>八:あ、お前ぇ、おいらの付き合いの広さを知らねえな? おいらに任(まか)せときゃ、ちょちょいのちょいよ。おい太助、これでもう万万歳だ。大舟に乗ったつもりでいろ。>太:へ、へい。>熊:大丈夫かねえ?>八:決まってんだろ。やがて、鴨太郎が現れた。珍しいことにお夏と連れ立って、である。>咲:あらお夏ちゃん、いよいよ年貢(ねんぐ)を納めるって訳?>夏:何が年貢よ。冗談は八兵衛さんの顔だけにしといてよ。>八:なんでおいらの顔が冗談なんだ?>夏:あら、変な意味じゃないのよ。気にしないで。>八:そうか? そんじゃ気にしないことにする。>熊:ほんと、お前ぇは能天気だな。>八:能天気で何が悪い。細かい事に拘(こだわ)らねえ大らかな性分ってことじゃねえか。なあお夏ちゃん?>夏:知らない。・・・それでね、鴨太郎さんがみんなに相談したいことがあるっていうもんだから、あたしも混ぜて貰おうと思って。>八:そりゃあ良い。お夏ちゃんが混ざればもう決着したようなもんだ。>熊:まったく浅はかな奴だねぇお前は。お夏坊1人で決着してるんだったら、何もみんなに相談に来るこたぁねえじゃねえか。>八:そうか? そういうことなら、この八兵衛さんがなんとかしてやろうじゃないの。>熊:お前ぇには端(はな)っから期待してねえよ。>八:何を? 随分見下げて呉れたじゃねか。見てろよ、太助のだって鴨の字のだって、おいらが全部引き受けてやろうじゃないの。おぅ、鴨の字、どういう相談だ。この八兵衛さんにとっとと教えやがれ。>鴨:なんかあったのか? 随分気負い込んでるじゃねえか。>熊:ちょいと太助の件で安請け合いしちまったもんだからな。引っ込みが付かなくなっちまってるんだ。>八:別に引っ込みが付かなくなってる訳じゃねえ。なんとかしてやりゃあ良いんだろ?>熊:お前ぇには無理だっての。>八:そんなこと終わってみなけりゃ分からねえじゃねえか。なあ太助?>太:は、はあ・・・>八:お咲坊1人なんともできねえ愚図六(ぐずろく)よりもおいらの方がなんぼか役に立つ。>熊:誰が愚図六だと?>八:お前ぇだよ。このあんぽんたん。あんぽんたんから能天気だの浅はかだのって言われたくねえな。>鴨:それ位にしとけよ。殴(なぐ)り合いなんか始めてみろ、2人とも踏(ふ)ん縛(じば)るぞ。黙って俺の頼み事を聞けっての。>八:おう、言ってみやがれ。>鴨:実はな、誰か下っ引きをやって呉れそうなのを知らねえかと思ってよ。>熊・八:下っ引きぃ?(つづく)---蛇足:あんぽんたん 語源は諸説ある。関西の俗語「阿呆太郎」から成立した「あほ(ん)だら」からの転とするのが、有力。ほかに5説↓ 1.魚の名前説:江戸時代・寛政年間(1789~1901年)江戸市中に「アンポンタン」と言われる魚が出回った。この魚は今で言うところの「カサゴ」の事なのだが、アンポンタンは身が大きいワリに全然おいしくない。その為に、最初は大きな旨そうな魚だと飛びついた人々も「こんな魚喰えるか!」と見向きもしなくなったと言う。それ以来、体ばかり大きくて中身の乏しい愚かな人間の事をこの魚になぞらえて「あんぽんたん」と呼ぶようになった。2.薬名説:富山のクスリで名高い「反魂丹・はんごんたん」が元になっているという。確かに囃(はや)し言葉で「越中富山のアンポンタン」という物もあった。(萬金丹・まんきんたんからという説もあり)3.人名説:江戸時代に船で難破し流れ着いた外国人の名前から来ていると言う説もある。4.フランス語説:フランス語の性交不能(アポンタン)からきていると言う説がある。 <雑学庫[知泉]>5.中国語説:漢字で書くと「王八旦」。日本語読みにすると"わんぱたん"である。「王八旦」は、王は亀の甲羅の模様が王という字に似た模様となっており、八つに仕切られた形になっていることから、亀を形容した言葉が「王八」。亀は子供を産みっぱなしにするところから、「王八」は人らしくないといった意味を持つ。次に「旦」は、日本語に直すと「野郎」という意味。要するに「王八」と「旦」を組み合わせて「王八旦」は亀の子野郎という意味になる。日本語として使われだしたのは実は日清戦争の頃である。清に出征した日本兵が、「王八旦」(わんぱたん)を"あんぽんたん"と聞き間違え、その間違った発音で日本国内に広まった。
2007.08.01
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