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お昼ご飯の時、年越し蕎麦を食事介助で食べた。介助してもらっておいてこんなことを言ってはいけないが、やはり蕎麦は自分で啜った方が遙かに美味しいと思った。この10月ぐらいから、急激に運動機能が衰え始めたのだ。現在も進行中であり、不安で仕方ない。消化器系や呼吸器系は至って元気だが、体だけが動かないのだ。寒くなり始めてこうなったのだから、来春暖かくなればV字回復するのではないかと微かな望みを持ってリハビリに励もうと思う。今年は愚痴ばかり書いたような気がするが、来年も同様になりそうだ。今年も拙いブログを読んで頂き、有難うございました。良いお年をお迎えください。
2024.12.31
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豚肉のピカタを喉に詰まらせてからというもの、出てくる肉という肉は粉のように粉砕してある。そこまですると、何を食べているのか分からない。細かく切って、それを出してくれれば良いものを。この病院では、車椅子に乗る時は、安全ベルトを締めなければならない。それも自分では、外せない位置にある。これも何処かの老人が、車椅子から落ちたからだという。患者のためというより、病院側の責任逃れのように思える。
2024.12.28
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「べらぼう」、だそうだ。蔦屋重三郎を描いたもので、演じるのは横浜流星さん。大河でも、平安の雅の世界から、一気に江戸っ子の世界に飛ぶ。
2024.12.27
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映画公開が近いためか、「孤独のグルメ」の再放送を盛んに行っている。今日の昼間の放送は、シーズン1の「静岡おでん」だった。静岡おでんは、全体的に黒くて串に刺してあり、出汁粉と青海苔を掛けて食べるという、他の地域とは少し異なる。シーズン1とあって、松重豊さんも顔がシャープで身のこなしも軽やかだった。奇しくも、お昼ご飯は「おでん」だった。今日は、介助無しで食べたが、1時間以上も掛かってしまった。症状も、そろそろ底を打ってもいい筈だが、どんどん悪化している。
2024.12.26
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食事とトイレが、一人では難しくなってきた。トイレは、立ち上がる時に、時々手を借りる程度だが、食事がどうにもこうにも、両手の不随意運動が激しくなって、スプーンやフォークが上手く使えない。食事介助が必要なのだが、それもなかなかしてはもらえない。両手が震えるということが、どうも理解出来ないらしい。食事の時間が、毎回憂鬱になった。
2024.12.24
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平成の時代、現在の上皇陛下の誕生日、12月23日をこう呼んだものだ。学校も、一足早く冬休みに入った筈だ。また、昭和23年のこの日、A級戦犯の東條英機らの処刑が行われた日でもある。連合軍は、将来の天皇誕生日を見据えて処刑を実施したのだ。
2024.12.23
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昨日の昼食の時、おかずの豚肉のピカタが2枚くっついていたので、一度に口に入れ飲み込もうとしたら、ノドに詰まってしまい、看護師が吸引器を使って取り出したりの大騒動になった。現金なもので、それからは積極的に食事介助をしてくれるようになった。と思ったら、今日は、また一人で悪戦苦闘しながら食べた。
2024.12.22
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昼間が、一年で最も短い日だ。昼食にカボチャが、副菜の一つとしてついていた。夕暮れは、十日前ぐらいから、だんだん遅くなっている。夜明けが早くなるのは、1月の中頃だ。
2024.12.21
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朝の10時頃、従兄の車で総合病院の眼科に行く。従兄は、私のために、座席が乗りやすいように乗降口の方に回転するものに、買い換えてくれたので助かる。体が日に日に動かなくなってきて、周りの人たちに随分迷惑をかけていると思う。何故、障害が急激に進み出したのかわからない。お昼ご飯は、肉饅を買って、入院している病院に帰って食べた。
2024.12.20
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気が付けば、12月も残すところ2週間余りとなった。家にいれば、年賀状を書いたりと年の瀬を感じられるのだが、入院生活では、そんなことはない。大晦日になって、昼食に年越し蕎麦が出て来るだけだ。年が明ければ、雑煮風の汁が出て来る。お餅が入っていないから、あくまでも雑煮風である。細かく切ってでも、お餅を入れてくれれば良いのだが、ユバや蒲鉾で代用している。
2024.12.16
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今朝も、寒かった!太陽が出ているのに、雪がチラついていた。太陽が出ているのに雨が降るのは、キツネの嫁入りと言われている。だったら、太陽が出ているのに雪が降るのは、何と呼ぶのだろうか?そんな言葉は、無いのだろう。
2024.12.14
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毎朝、パンにバターが挟んであるのを楽しみにしているのに、今朝は食べられなかった。何故なら、ロールパンの表面にバターが滅茶苦茶につけてあったのだ。持つ所がないので、食べるのを諦めるしかなかった。手にバターが付いても洗い流せばよいが、ベッドから離れられないのでのそれも適わない。空腹のまま昼食を待つが、カレーライスだったので食べにくい。食事介助を申し出るが、忙しいと断られる。激しく震える手で、少しずつ食べる。食事に、こんなに苦労するとは思わなかった。
2024.12.13
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毎年、京都の清水寺で行われる今年の漢字の発表は、「金」だった。正直言って、また「金」かと思った。理由を聞いてみると肯ける。「金」と言えば、今日の午後、和歌山地裁は、紀州のドン・ファンと言われた男性を遺産目当てに殺害した、として起訴された元妻に、「合理的疑いが残る」として無罪を言い渡した。無罪と言っても、証拠不十分というものだ。この裁判、検察側が当然のことながら控訴するだろう。いずこも、「金」が絡んだ事件だらけだ。
2024.12.12
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先程届いた某乳業からのCMメールによると、ビフィズス菌が記憶力維持や空間認識能力の維持に良いそうだ!私の年齢が、携帯電話を通して各企業などに漏洩している様だ。
2024.12.09
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朝起きると、一面の銀世界だった。ベランダの手摺りには、2、3センチ積もっていたので、眼下の家々の屋根も、それぐらいだったのだろう。朝から眩しいほど太陽が照りつけていて、午前中に雪は溶けてなくなった。
2024.12.08
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孤独のグルメもシーズン11を迎え、これまで主人公だった井之頭五郎は脇役に回り、様々な人たちが毎回登場する。タクシー運転手、インストラクター、大相撲の行司、トラック運転手、キャビンアテンダントと各界に及ぶ。昨夜の主人公は、新米の神主で、初めての地鎮祭を終えて、一安心してインドカレーを食べるというものだった。ところで、土日に、孤独のグルメの再放送をしているのだが、今はシーズン10だ。あの頃、食べる時以外はマスクが必須だった。大変な時代だった、と思いながら見ている。
2024.12.07
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病院の一日は、実に単調だ。これが若い人も入院している総合病院なら、もっと活気があるのだろうか。コロナやインフルエンザの感染を恐れて、たまに来る見舞客も、病室には入れない。この病院は、医師も滅多にしか病室に入って来ない。午前と午後に、看護師が体温等を計りに来るだけだ。後は介護士が、食事や寝たきりの老人のオムツ交換に、頻繁に出入りする。したがって、介護士に一番世話になっていると言える。その介護士も、半数近くがミャンマーの人たちだ。今後の日本の老人福祉が、大変気に掛かるところだ。
2024.12.06
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話のタネに、記憶力ガムを買ってみた。中の一枚一枚に、ちょっとした記憶力を試す設問があり面白い。味は、ミントだ。
2024.12.05
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昨夜、ニュース速報で、いきなり韓国政府が「緊急事態宣言」を出したというので驚いた。そうしたら、今朝の5時には解除したというしで、また驚いた。国家が非常事態宣言を出すなんて、余程のことだ。普段は、我が国と同じような自由主義国家と考えがちだが、38度線を挟んで北朝鮮と対峙している国なのだと思い知るのだった。
2024.12.04
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私は、グルメ番組というかグルメ情報をテレビで見るのが、好きなことに気付き内心驚いている。現在、気になっているのは、夕方のローカル局で見たフレンチトーストだ。フレンチトーストは、自宅で作るのは中々難しい。ネットで調べてみると、食パンの上に載せてオーブントースターで焼けば、フレンチトースト風の物が出来るというのが、ブルボンから発売されていた。退院したら、是非食べてみたい。
2024.12.03
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毎日提供される給食のメインのおかずとして、「治部煮」という物が出ることがある。初めての名前なので調べてみると、金沢地方の郷土料理だった。牛肉と季節の野菜が煮てあるのだが、すき焼きとも筑前煮とも違った初めての美味しさだ。江戸時代からあるそうなので、その頃は鳥肉だったのだろう。「治部」という名前から、石田三成と関係あるのかと思ったが違った。「治部煮」の由来には諸説あり、高山右近が宣教師に教わり加賀藩に伝えたという説、豊臣秀吉の家臣で兵糧奉行だった岡部治部右衛門が朝鮮から伝えたという説。はたまた、漂流したロシア人が加賀藩に伝えたという説まであるし、じぶじぶ煮るという擬声語から来ているという説まである。
2024.12.02
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