森田理論学習のすすめ

森田理論学習のすすめ

2018.03.05
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森田先生は「煩悩即菩提」 「煩悩即涅槃」 「煩悩即離脱」 「雑念即無想」 「苦即楽」 「努力即幸福」 「幸即不幸」 「諸行無常即安心立命」などという言葉を使われました。
ここで「即」という意味について考えてみたいと思います。
「すぐに」とか「ただちに」とかいう言葉が思い浮かびます。
それから発展して、 「とりもなおさず」という意味も持つようになりました。
「とりもなおさず」は、 「それがそのまま」という意味です。
数学で使う=の等号記号ともみなせます。

これらの言葉は、まるっきり反対の言葉を並べて対比させています。
反対語ですが、「即」という言葉によって、それらは反対ではなく同じことを意味していると言っているのです。ちょうどコインの表と裏のように、同一事象のことを見る角度を違えて表現しているのだといっているのです。
でもそうは言われましても、どうも納得できないと思われる人が多いのではないでしょうか。


努力して勉強するということは、しんどいことです。
また新しい事に取り組んで、困難なことに挑戦することはエネルギーと勇気がいります。
現状に特段不平不満がなければ、そんなことに手をつけないで、現状維持がよいように思います。
また嫌なことが予想される場合も、何もしないことが幸福につながると考えがちです。
しかし、この言葉は、努力すれば幸福になれる。努力を放棄すれば幸福になれないと言っているのです。
気分本位にならず、目の前の課題に対してイヤイヤ仕方なしに手を付けていくことが、すなわち幸福なのだと言われているのです。努力するプロセスや過程が幸福な人生を送っているということなのです。
森田理論でいう「生の欲望の発揮」に向かって努力している状態はとりもなおさず幸福な状態です。
目標としているものが完成したとか、達成できたというのは二の次のことです。結果論です。
結果が良かったから、今が幸せであるという考え方は短絡的です。
努力している過程そのものが、すなわち幸福という状態です。

次に「雑念即無想」という言葉について考えてみましょう。

雑念を素直に受け入れて、多方面に神経が働き、流動・変化しているのである。
これを森田では「無所住心」という。雑念にとらわれることなく、雑念が発生することを自然に受け入れるという態度になると、神経症的な悩みで苦しむということはなくなる。
一つのことに注意が集中してしまうと、周囲のことがおろそかになる。
一つのことに神経を集中させる方が、うまくいくように思うかもしれないが、実態は逆になってしまうのである。様々なことにとらわれながら、緊張状態や弛緩状態を繰り返しながら生きているというのが実態である。





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Last updated  2024.06.04 09:45:28
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kurokawa@ Re:感情と行動を分離して行動する(11/11) 申し訳ございません。生涯森田様でした。
kurokawa@ Re:感情と行動を分離して行動する(11/11) 障害森田様 この記事の中で「心とは裏腹…
楽天星no1 @ 早速のご返事感謝 森田生涯さんへ 早速のご返事ありがとう…

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