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『キネマ旬報』にこのシナリオ全文が掲載されていた。翻訳字幕をつくるために配給会社から提供されるのだ。閣下は学生時代に、この映画に感激して、神田神保町のなじみの映画専門古書店の矢口書店に行って入手したことがある。その時、店主(先代)は、こともなげに「ああ『キネ旬』に載っているよ」とサッと入り口近くの書棚から出してくれた。当時はいつものことだったけれど、こんな書店主はいないねえ。昔はこういう神様が街のあちこちにたくさんいた。I'm sorry, but I don't want to be a, an emperor. That's not my business. I don't want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible; Jew, Gentile, black man, white. We all want to help one another, human beings are like that. We want to live by each other's happiness, not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another.In this world, there's room for everyone and the good earth is rich and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful, but we have lost the way. Greed has poisoned men's souls, has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.We have developed speed, but we have shut ourselves in.Machinery that gives abundance has left us in want. Our knowledge has made us cynical; our cleverness, hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities, life would be violent and all will be lost. The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood, for the unity of us all.Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women, and little children; victims of system that makes men torture and imprison innocent people. To those who can hear me I say do not despair. The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress.The hate of men will pass and dictators die and the power they took from the people will return to the people. And so long as men die, liberty will never perish. Soldiers, don't give yourselves to brutes, men who despise you and slave you, who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel! Who drill you, diet you, treat you like cattle, use you as cannon fodder! Don't give yourselves to these unnatural men! Machine men with machine minds and machine hearts! You are not machines!You are not cattle! You are men! You have the love of humanity in your hearts! You don't hate! Only the unloved hate, the unloved and the unnatural! Soldiers, don't fight for slavery! Fight for liberty! In the 17th chapter of Saint Luke it is written, "The kingdom of God is within man." Not one man nor a group of men, but in all men!In you!You, the people, have the power! The power to create machines! The power to create happiness! You, the people, have the power to make this life free and beautiful! To make this life a wonderful adventure!Then, in the name of democracy, let us use that power! Let us all unite!Let us fight for a new world!A decent world that will give men a chance to work, that will give youth a future and old age a security.By the promise of these things brutes have risen to power! But they lie! They do not fulfill their promise! They never will! Dictators free themselves, but they enslave the people!Now let us fight to fulfill that promise! Let us fight to free the world! To do away with national barriers! To do away with greed! With hate and intolerance! Let us fight for a world of reason! A world where science and progress will lead to all men's happiness. Soldiers, in the name of democracy, let us all unite!
Oct 31, 2005
----- Original Message ----- From : "逢沢一郎" To : "曹操閣下"Sent: Sunday, October 30, 2005 4:15 PMSubject: カダフィ大佐との会談を思い出しました曹操閣下 27日 木曜日。今日は早朝ジュネーブを出発してロンドン経由ケニアの首都ナイロビに向かっています。今リビア上空。快晴です。眼下はただただ砂漠。風で出来る紋様でしょうか、美しくデザインされていて飽きない素晴らしい光景です。 リビアと言えば昨年6月カダフィ大佐(革命指導者)と首都トリポリから遠く離れた砂漠の中のテントで長時間会談したことが思い出されます。 核開発を放棄し、テロも行わないと宣言したリビアは西側先進国にも国を開いて新しい国づくりに一生懸命です。豊富な埋蔵量を誇る石油・天然ガスはリビアの経済を大きく変えつつあります。 先般、新日本石油や帝国石油などの日本企業がリビアの第2次鉱区開放にともなう入札で開発権を獲得しました。第1回目ではアメリカ系の会社が大半の開発権を押さえたので、ちょっとがっかりしていましたが、今回のよい知らせに嬉しく思っています。この砂漠の地下に石油や天然ガスが眠っていると思うと何か不思議な気持ちになります。 昨年のカダフィ大佐との会談。また今年4月来日したカダフィ大佐の次男セイフ・アルイスラム・カダフィ氏とも東京で会談し会食を共にしました。そうした機会に日本としてもリビアのエネルギー資源開発に積極的に取り組む用意があることを強く伝えていましたが、そうしたやり取りが間接的に日本企業の支援につながっていたとすれば幸いなことです。 現地時間の27日午後9時前にナイロビに到着です。ケニアでは難民キャンプの視察等、そして29日はルワンダを訪問してポール・カガメ大統領をはじめ政府要人と会談します。さらにエイズとの闘いの現場も訪問の予定です。 今まで訪問したことのあるアフリカの国はエジプト、リビア、モロッコ、スーダン。どの国も基本的にはアラビア語のイスラムの国々です。いわゆるサハラ以南のアフリカは初めてなのでわくわくした気持ちになります。 私はUNHCR国連難民高等弁務官事務所議員連盟事務局であり、エイズ・結核・マラリアの撲滅を目的とするグローバルファンドの国会議員タスクフォースの代表幹事です。 かねてから政治家として、また外交に関与する者としてアフリカを理解することの重要性を感じていました。アフリカの貧困、苦悩、絶望と共に潜在力、可能性、希望を直接体験する必要があります。生のケニアとルワンダに触れたいと思います。 外務副大臣 逢沢一郎
Oct 30, 2005
----- Original Message ----- From : "逢沢一郎" To : "曹操閣下"Sent: Sunday, October 30, 2005 4:11 PMSubject: ルワンダのエイズ患者を見舞いました曹操閣下 現在ルワンダ時間29日15時。ルワンダの首都キリガイからケニアのナイロビに向かうルワンダ航空に乗っています。赤道直下のビクトリア湖の上空です。 今朝ナイロビを出発しての日帰り出張。僅か五時間の初めてのルワンダでしたが実に充実した出張となりました。 大統領官邸でカガメ大統領と会談。「日本はルワンダとの2国間関係を強化したいと考えている。またアフリカ支援を本格化する用意がある。対アフリカODAを向こう3年間で倍増させる方針を小泉総理が今春のアジア・アフリカ会議で表明した」こと等を伝えました。 さらに外務省にて、ルワンダの貧困撲滅プログラムに4億円の無償資金供与の交換公文に署名しました。 話しが前後しますが、ルワンダをご存知でしょうか。アフリカの中央部ビクトリア湖の西側に位置する小さな内陸国で人口は約840万人。一人当たりの所得は年間220ドルで最貧国のひとつです。 94年にはツチ族とフツ族がぶつかり合い僅か3ヶ月の間に80~100万人が殺害されました。人類史上に残る虐殺、ジュノサイドです。今日カガメ政権のもと、そうした不幸な歴史を乗り越える新しい国づくりが行われています。 キガリ中央大学病院、エイズ治療研究センターを訪問しました。ルワンダにおいても数多くの人々がエイズに苦しんでいます。 同病院では主にエイズ重症患者を収容している内科病棟を視察しました。ベッドが不足しているので一つのベッドを二人の患者が使用しているケースも少なくありません。 私が微笑みかけ軽く手を挙げると、力なく手を動かして応えてくれます。中には少し笑顔になる患者さんもいますが、大半の方は虚ろな目で無表情です。 何とか良くなってほしいと祈る反面、ほとんどの患者さんが快復を望むべくもないと思うと本当に胸が詰まります。エイズに罹って免疫力が低下すると結核にもなりやすいと説明を聞きました。 アフリカでは多くの国がエイズ、結核、マラリアの三大感染症対策に莫大なお金を必要としています。勿論、アフリカだけではなく特にエイズは中国やインドの未来をも脅かす存在です。2003年にはこの三大感染症で600万人もの人が命を落としました。 エイズ、結核、マラリアを撃退する為の世界基金グローバルファンドが2002年に設立されました。私はこのグローバルファンドを支援する議員タスクフォースの代表幹事です。世界中の官民から資金を集めWHO等と協力しながら有効に資金を使ってエイズや結核、マラリアとの戦いに勝利しなくてはなりません。 テロとの戦いは世界最大のテーマです。しかし三大感染症はもう一つの人類共通の敵という認識を持たなくてはなりません。 外務副大臣 逢沢一郎
Oct 29, 2005
----- Original Message ----- From : "逢沢一郎" To : "曹操閣下"Sent: Friday, October 28, 2005 10:19 AMSubject: パキスタン地震支援会合に出席しました曹操閣下26日ジュネーブで開催された「南アジア地震被害支援大臣級会合」に出席して日本政府を代表してスピーチを行いました。 アナン国連事務総長も出席した会合にはパキスタンで発生した地震災害に緊急支援の手を差し伸べている数多くのドナー国、国際機関が参加して冬を間近にした被災地の現状を確認し、緊急支援の追加拠出の必要性、復旧復興に向けた体制づくりの重要性について活発な議論がなされました。 私はスピーチの中で10年前の阪神・淡路大震災のときに国際社会から寄せられた温かい支援に感謝しつつ、日本政府として(1)人的貢献(2)物資の提供(3)資本供与、をスピード感を持って展開中であることを報告しました。 自衛隊のヘリコプターは既に首都イスラマバードと被災地の間を物資の輸送に大活躍中です。当初の3機体制を現在では6機に増加しています。 国際緊急援助隊の医療チームは既に1900人以上の患者さんに手当てを行いました。インドネシアの大地震、津波への対応をはじめ世界の様々な地域での医療提供活動の経験が立派に生かされています。 自然災害における緊急支援やテロとの戦い、PKOや平和構築分野における日本の人的貢献は最近目ざましいものがあります。しかしそうした活動はまだここ10数年の浅い歴史しかありません。 1991年1月湾岸戦争が始まりました。当時私は当選2回の衆議院議員。自民党の被災民調査団の一員としてエジプト、ヨルダン、シリアに派遣されました。 当時は自衛隊が海外に出ることは考えられない時代でした。もちろんPKO法も緊急援助隊法も何もない時代です。「NGO」「NPO」もまだ日本語になってなかったと記憶しています。イラクからヨルダンに命からがら逃げ出した湾岸のオイルビジネス労働者を自衛隊のC130を使ってカイロ空港まで運ぶことを検討しましたが、自衛隊を出す根拠法がないということで見送りになりました。 経済が好調だった当時の日本は増税までして130億ドルを拠出しましたが、戦争終了後のクウェートの感謝広告の中に「日本」はなし。国際社会からもほとんど評価は得られなかったことを今でもよく記憶しています。 国連安保理常任理事国入りは引き続きの大きな課題ですが、今回のチャレンジで100ヶ国近くが「日本は安保理常任理事国としての資格を有している」と発言しました。 お金だけ出す日本ではなく、汗もかく日本が評価されています。戦争を放棄した日本が人道支援や平和構築に積極的に貢献することを国際社会は歓迎しています。 こうした日本が築きつつある資産の上に立って次なる外交を如何に展開するか、また別の機会に自論を述べることにします。 外務副大臣 逢沢一郎☆このタイミングでの外交得点は、外務省当局の「留任希望」とも受け取れるな。 とにかく逢沢一郎副大臣は国際的に知名度のある政治家になった。 これは国家的な財産だ。★もう新宿で「パキスタン復興募金」などといって金集めするフリーター失業者たちが現われている。 外務省と警視庁と連携して、募金詐欺師たちを逮捕すべきである。
Oct 28, 2005
楽天株下げ止まらず TBS問題、資金調達に誤算も 楽天が経営統合を迫っているTBSの株式追加取得を発表してから一夜明けた二十七日の東京株式市場では、楽天株の売りが止まらず、年初来安値に接近してきた。楽天は、積極的な企業の合併・買収(M&A)を行って株価を上げ、膨らんだ時価総額を生かして新たなM&Aにつなげるという「時価総額経営」で急拡大してきており、高株価は最大の武器だ。株価低迷が続けば、TBS株のさらなる買い増しを支える楽天の資金調達計画に影響を与えかねない。 二十七日の楽天株の終値は前日よりも3・48%下落し、二六〇〇円安の七万二〇〇〇円。一方のTBS株も1・84%下落し、六〇円安の三二〇〇円とともに値を下げた。 しかし、同じ株価下落でも、その影響には大きな違いがある。 楽天は金融機関からの融資で企業を買収し、成長させてエクイティファイナンス(株式発行を伴う資金調達)を実施して金融機関に借入金を返済している。金融機関から買収資金を引き出すためには、株高による時価総額の増大に支えられた信用が必要だ。だが二十七日の終値は、楽天がTBSに経営統合を申し入れた翌日十四日の終値(八万七八〇〇円)と比べると約18%も下落。十四日に一兆三百九十一億円あった時価総額は八千五百二十一億円に縮小し、TBSとの攻防の間に千八百七十億円分もの企業価値が消失した計算だ。 楽天とTBSの時価総額の差が縮小することは、楽天が提案する共同持ち株会社の統合比率にも影響を与えるとみられ、経営統合を有利に進めようとする三木谷浩史・楽天会長兼社長の戦略に誤算が生じる可能性もある。 ◇≪20%ライン「意識せず」 楽天副社長≫ TBSが買収防衛策の発動ラインに設定している20%ぎりぎりの19・09%まで、楽天がTBS株を買い進んだことについて、楽天の国重惇史副社長は二十七日の記者会見で、「買っていったら19%を超えていたというだけで、皆さんが意識するほど20%という数字を意識していない。19%で止まったということに格別の意味はない」と述べ、株の追加取得にあたってTBSの防衛ラインを意識しないとの考えを明らかにした。楽天はTBSの買収防衛策発動がないとみて、今後も株式を買い進める公算が大きい。 一方、TBS幹部は同日、楽天の株買い増しについて、遺憾の意を盛り込んだ抗議文を楽天に送付したことを明らかにした。文書では、これ以上の買い増しをしないよう改めて要請している。(産経新聞) - 10月28日3時7分更新☆ホリエモンができなかった取締役派遣というオプションがある。 もう一つ、TBS内部の不正や不祥事などがあれば、株主代表訴訟で経営陣を訴訟にひきずりこむこともできる。 つまり、長期戦のオプションを示せばTBSの防護壁は崩れるだろう。 短期的な作戦ではダメだ。 長期戦になれば、必ず勝てる。 アセって反発をつくることはおよしなさい。 抵抗勢力を分断し、安定株主からも味方をつくり、生え抜きの寝返り取締役・中立取締役をつくることだな。
Oct 27, 2005
小泉、谷垣叱責の衝撃…「改革に抵抗」と一喝 首相後継候補から脱落か 大激怒から一夜明け、厳しい表情で閣議に臨んだ小泉首相(中)。谷垣財務相(右)は笑顔を浮かべるが…=28日午前9時、国会内 「ポスト小泉」候補の1人である谷垣禎一財務相が窮地に陥った。27日の経済財政諮問会議で、政府系金融機関再編に異論を述べたところ、小泉純一郎首相から「改革に抵抗している」と一喝されたのだ。敵対する者は絶対許さない首相だけに、来週2日の内閣改造での財務相更迭は濃厚。場合によっては総理総裁レースからも脱落する可能性が出てきた。 関係者によると、同日夜、首相官邸大会議室で開かれた諮問会議は、民間議員から政府系金融機関の再編案についての提言を受けていた。 これに対し、谷垣氏が中川昭一経済産業相とともに「都市再開発融資は必要だ」「中小企業向け金融の一部も…」などと現行の各金融機関と事業の重要性を指摘、異論を挟んでいると“事件”は起こった。 首相は「いかに財務省と経産省が改革に抵抗しているかが分かった」と激しく一喝。 さらに、「最初は政策金融改革は一指も触れさせないと言っていた。郵政民営化も同じだった」と言い放ち、「発想を変えてもらいたい。財務省も経産省も案を出せ。閣僚は官僚に引きずられないよう、しっかりやってほしい!」と、机をたたきながら指示したのだ。 首相はこの後、記者団に「改めて抵抗の強さを感じた。選挙で(示された)国民のこれだけの期待がありますから」と改革断行の決意を述べ、谷垣氏らを念頭に「改革の意欲が問われるところだ」と語った。 谷垣氏は「ポスト小泉」候補の1人で、自身もそれを意識してか「首相は郵政民営化だけに賭けて総選挙に勝ったが、今後はもう少し幅広い論点が必要だ」などと語り、独自色を強めていた。 先の総選挙で歴史的圧勝をおさめ、事実上、後継首相の指名権を握る首相も民放番組で谷垣氏について、「財政改革を進め、しっかりとできる人だ」と手腕を評価していたが、今回の「叱責」は2日の内閣改造・党役員人事に大いに影響を与えそう。 自民党関係者は「首相は国民に改革続行姿勢を示し、閣僚や自民党、役所に忠誠を誓わせるためにも、谷垣氏の財務相留任は認めないだろう。総選挙後の初閣議で誰よりも長く首相に拍手を送るなど、露骨なゴマすりも続けてきた谷垣氏だが、良くて、『ポスト小泉』候補である麻生太郎総務相の後任大臣への横滑り。場合によっては閑職もあるのではないか」と語っている。 ZAKZAK 2005/10/28☆総理は増税路線で財務官僚の本読みに終始している「役人に飼いならされた大臣」を国民の前で更迭して、決意を示す作戦だ。 谷垣さんはもう覚悟を決めてください。 ハッハッハッ。
Oct 26, 2005
◆選択:’05知事選 村井嘉浩氏、新人対決制す--変化望んだ有権者 /宮城 ◇前葉氏、出浦氏届かず 任期満了に伴う知事選は23日投開票が行われ、無所属新人の前県議、村井嘉浩氏(45)=自民推薦=が、いずれも無所属の2新人を破り初当選した。現職の浅野史郎知事の勇退による12年ぶりの新人対決。村井氏は手厚い組織を固め、出馬表明から間がない“超短期決戦”を制した。前県総務部長、前葉泰幸氏(43)は浅野知事から「後継指名」を受けたが、県政変革を望む声が強く、及ばなかった。前県高教組委員長、出浦秀隆氏(62)=共産推薦=は県政批判票を集めようとしたが、届かなかった。投票率は40・35%(前回35・58%)。当日有権者数は187万8449人(男90万4166人、女97万4283人)だった。【石川貴教、山寺香、青木純】 午後10時すぎ、仙台市青葉区の選挙事務所に姿を見せた村井氏は、「応援してくれた皆さんのたまもの。宮城を元気にし、活力を取り戻す県政をしっかりやって行きたい」と興奮した口調で述べ、深々と頭を下げた。 事務所内は300人以上の支持者が詰めかけ、「村井コール」と手拍子で熱気があふれた。村井氏は「知事室にこもらず外に出て、宮城のトップセールスマンとして働き、県民の懐に飛び込んで学ぶ謙虚な姿勢を保ちたい」と語った。 勝因について村井氏は、「日々感じたのは、『県政に活力を取り戻したい』という県民の欲求不満が高まっていたこと。そういう気持ちに応え、元気のある県政を作りたい」と語った。 課題の財政再建については「歳出削減よりも、県民の懐を豊かにして、歳入を増やす積極策を打ちたい。県外と海外から人、モノ、情報を入れるやり方で対外戦略を練りたい」と意欲を示した。 ◇知事選開票結果=選管最終発表当 363,519 村井嘉浩 45 無新 311,406 前葉泰幸 43 無新 71,270 出浦秀隆 62 無新(無効11873)村井嘉浩(むらい・よしひろ) 45 無新(1) 宮城清掃に学ぶ会顧問▽リトルリーグ・宮城野ブッシャーズ会長▽日本舞踊山根流後援会顧問[歴]陸上自衛隊東北方面航空隊勤務▽松下政経塾塾生▽県議3期▽自民党県幹事長▽防衛大 =[自]………………………………………………………… ◇明るい性格、多い女性ファン--当選した村井嘉浩氏 村井氏は、大阪府豊中市で鍋を作る町工場の長男として生まれた。80年、「両親に負担をかけたくない」と、給料が支給される防衛大に進学、陸上自衛官に任官した。 最初の赴任地となった霞目駐屯地(仙台市若林区)には、ヘリコプターパイロットとして着任。主に水害や山火事など、災害救助の任務に当たった。パイロットとしての腕前は「下手だった」。 県内で約7年半勤務した後、退官して松下政経塾に入塾。3年間、政治・経済を学んだ。卒業後は「大好きな宮城で政治家になろう」と決意。当時、自民党県連会長だった故三塚博氏に県議選への出馬を直訴し、公認候補として認められた。 県連幹事長として約2年半、持ち前の行動力で党務に尽くした経験から、同僚県議らの信頼も厚い。明るい性格で女性ファンも多く、個人演説会は笑いが絶えない。 今でも、携帯電話で実家の母に連絡を入れるのが日課。好きな言葉は自作の「天命に従い人事を尽くす」。家族は妻一美さん(40)と2女、雄のポメラニアン「ラッキー」。【石川貴教】 ◇浅野氏の支援及ばず--前葉氏「風が足りなかった」 仙台市青葉区の選挙事務所に現れた前葉氏は、集まった約50人の支持者を前に「ひとえに私の力不足。(県民から幅広く支援を受ける)宮城の選挙文化を引き継げなかったのは悔やみ切れない」と述べ、深々と頭を下げた。敗因については「政策の準備不足で、論点を明確にできなかった」と沈痛な表情で語った。 前葉氏を全面支援した浅野知事は、前葉氏の労をねぎらい「投票率が低かったのは極めて残念。理由は分からないが、風が足りなかった」と終始硬い表情。選挙戦については「一点の曇りもなく正々堂々と戦い、胸を張りたい」と繰り返した。直後に、知事の携帯電話には、村井氏から当選の連絡が入った。知事は村井氏について「県民が選んだ知事なので、しっかりやっていただきたい」と感想を述べた。 ◇無党派への浸透進まず伸び悩む--出浦氏 出浦氏は、推薦を受けた共産支持層に加え、教員時代の教え子の後押しを受けて選挙戦に臨んだが、無党派層への浸透が進まず伸び悩んだ。 派手なパフォーマンスはせず、教員としての経歴を前面に、地道に政策を訴える手法で幅広い層の取り込みを狙った。しかし、知名度不足は最後まで響き、他の2候補の対決の構図に埋もれた。………………………………………… ■解説 ◇「浅野後」、具体像を早急に 自民の全面支援を受けた村井氏、浅野知事に後継指名された前葉氏、共産推薦の出浦氏の3新人対決となった知事選は、「浅野県政」への評価が最大の争点だった。県民の圧倒的な支持を受けてきた浅野知事に対し、経済対策などで独自色を強めた村井氏が、最終的には変化を望む有権者の心理をつかんだ。 村井氏は浅野県政について、具体的な経済指標を用いて批判。積極的な産業振興策を示して、路線の違いを明確化した。前葉氏も財政問題などで持論を展開したが、路線の「継承」のみに耳目が集まり、その違いは十分に理解されなかった。 さらに、村井氏は、自民が「異例の支援態勢」(県連幹部)で組織戦を進め、知名度不足を補った。前葉陣営は自民の動きを「政党主導」と批判。政党との関係は民主や社民の支援レベルにとどめたため、県内全域には浸透しきれなかった。 情報公開の推進など「改革派知事」の草分けとして評価された浅野知事。一方で、景気低迷や危機的な財政状況など、県民の閉塞(へいそく)感はぬぐえない。浅野路線からの決別を訴えた村井氏は、公約に掲げた「浅野後」の具体像を早急に実行に移す義務がある。【石川貴教】…………………………………………… ◇投票率は40・35%--低下傾向に一定の歯止め 知事選の投票率は40・35%で、過去最低を記録した前回(35・58%)より4・77ポイントアップした。候補者の知名度が低く、短期決戦で明確な争点が提示されなかったが、12年ぶりの新人対決だったことなどから、投票率の低下傾向に一定の歯止めがかかった。 高低を繰り返していた知事選の投票率は、73・12%だった73年以降年々低下。ゼネコン汚職事件後の出直し選挙で、浅野史郎知事が初当選した93年は39・20%まで下がった。 再選を目指す浅野知事が「脱政党」を掲げた97年は、「無党派」対「政党」の明確な対立軸から有権者の関心が高まり、投票率は55・86%と大幅アップ。前回01年は、浅野知事と共産党推薦候補の一騎打ち。事実上の「信任投票」となったため、有権者の関心が薄れた。 今回は浅野知事が前葉泰幸氏の支援を表明、自民党推薦の村井嘉浩氏との対決の構図は、97年と同様の「無党派」対「政党」を再現した。特に終盤に入ってからは、各陣営が県議補選と連動するなど接戦を演じたことで、有権者の関心を集めた。【山寺香】10月24日朝刊(毎日新聞) - 10月24日16時5分更新____________また松下政経塾の仲間が宮城県知事に当選を果した。私より年上だが、ともに辻堂・藤沢駅の前で街頭演説訓練をし、汗を流した同志だ。今後の手腕に期待しているぞ。浅野なんか、改革だの市民だの、まったく口先だけの男だったからな。帝国ホテル大阪 1801号室にて
Oct 24, 2005
ライス米国務長官:シリア攻撃、否定せず 【ワシントン笠原敏彦】ライス米国務長官は19日の上院外交委の公聴会で、イラク治安情勢に悪影響を及ぼす国としてシリアとイランを挙げ、両国は「戦争と平和」のどちらの側につくのか決めるときだと主張した。また、米国がシリアへの攻撃を検討したとの報道を受け、議員からその真相を問われたライス長官は「すべての選択肢は排除されない」と原則論を語り、否定しなかった。 ライス長官は、国境から武装勢力がイラクに流れ込むシリアとイラク南部のイスラム教シーア派地域に影響力を拡大するイランについて、「イラク国内に戦闘員や軍事支援が流れるのを許している」と批判した。 米国は同問題で特にシリアとの対決姿勢を強めている。ニューズウィーク誌(10月17日号)は、ブッシュ政権内で最近イラクの国境を越えたシリア側への軍事攻撃が論議されたが、ライス長官が国家安全保障会議(NSC)の幹部会で反対した、と報道している。 議員から「攻撃する場合は議会の承認を求めるか」と問いただされたライス長官は、「大統領の戦争権限を制限したくない。大統領にはその権限がある」と述べ、必ずしも議会の承認は必要ないとの見解を示した。[毎日新聞 2005年10月21日(金)]☆賛成しないが、立場はよくわかる。 シリア侵攻に反対されたのは非常に結構。 撤退の可能性を表明したのは、アメリカ政府としてはプログレスだ。 ただ、シリア・イラン国境で大きなテロ事件が起きると、統合参謀本部としては侵攻作戦を議会に持ち出すだろうし、大統領も決断を迫られる事態となる。 アメリカ軍兵士をさらに犠牲にして、シリア侵攻をしても、ニクソンのカンボジア侵攻と同じ結果になるだけだ。 シリアはこれまでも決定的な場面でアメリカとの対立を避けてきた。シリア政府のガバナンスと秘密警察を強化する「援助」こそが必要ではないか。 リビア政府のように、改革開放させることがアメリカ外交の真価を問うものであろう。
Oct 24, 2005
カトリーナ救援のFEMA内情、職員が議会証言で暴露 米南部を先月襲ったハリケーン、カトリーナの発生当初からニューオーリンズの現場で救援活動に当たった連邦緊急事態管理局(FEMA)の職員が20日、政府の対応を調査する上院公聴会で証言、当時同僚に送った電子メールなどを基に、準備不足だったFEMAの内情を暴露し、当時の状況を生々しく語った。ロイター通信などが報じた。 同職員はカトリーナ上陸前から唯一現地入りしたFEMAの広報担当者。職員は、初動の不手際で引責辞任に追い込まれたブラウン前局長がレストランに食事に出掛けて、すぐに連絡が取れなかったと指摘。「私は非常食を食べ、3万人の避難者と同様、フットボール場の廊下で大便をした」と上司を痛烈に皮肉るメールを読み上げた。 さらに「今夜は(就寝のために)駐車場に移動する時間があるだろう。そうすれば寝込みを襲われ、背中を刺されることもない」とメールを続け、避難者の怒りが頂点に達していたことを指摘した。 避難者の収容先となったアメリカンフットボール場で2泊した同職員は「横たわっていた無力な子どもや赤ちゃんたちの姿が脳裏に焼きついて離れない」などと当時の感慨を語った。(共同)ZAKZAK 2005/10/21★戦略不在がこの結果を招いた。 戦略をキチッと学んだ人間が組織改革プランを執行すべきだったな。 まあ、NASAのようにスペースシャトルが落ちて、アメリカは賢明さを取り戻すんだ。 FEMAは今後、リタ対策で活躍した統合参謀本部のスタッフが仕切ることになるだろうよ。 ウィルマ対策も、それで万全というものだ。
Oct 23, 2005
自民・川口順子氏が当選確実…参院神奈川補選 衆院選後、初の国政選挙となった参院神奈川選挙区補欠選挙は23日、投開票され、新人の前外相・川口順子氏(64)(自=公明推薦)が、新人の米国弁護士・牧山弘恵氏(41)(民)、元議員の畑野君枝氏(48)(共)を破っての初当選を確実にした。川口氏の任期は2007年7月まで。 同補選は、9月の衆院選に斎藤勁(つよし)氏(民)がくら替え立候補したことに伴って行われた。 衆院選で大勝した自民党が勢いを維持するか、前原代表のもと、民主党が退潮に歯止めをかけるかが注目されたが、知名度に勝る川口氏を擁した自民党が勝利した。(読売新聞) - 10月23日21時15分更新☆もうちょっと善戦できると思ったけれど、小泉政権としてはますます政治指導に自信を深めるだろう。 総理の議員年金廃止の決断はよかった。 あれで民主党は対立軸を喪失したんだよ。 国対委員長に任せておけばよかった。 前原さん自身がうれしそうに「総理はものわかりがいい」なんて発言しちゃったから戦線は崩れてしまったのだ。「今は神奈川で戦っているところだ。自民党の見解については、国対委員長に聞いてください」 こうやって記者たちを突き放すクールさが必要だよね。 小沢さんは「何をバカなことをやっているんだ」と激怒するだろうな。 それならば自分で指南役として前原さんを叱ってやってくださいよ。 まあトップに成り立てだから、これはやむをえない。 組織の集中力にかけたところは反省すべき点だろうが、指導者は失敗を重ねて大きくなるものだ。 失敗を知らない指導者は、本当の指導者ではなく、お飾りの若殿様にすぎない。 小沢一郎さんは目の前に田中角栄という教科書があった。 これからは、みずからが若手幹部のために教科書となる覚悟が必要ですよ。 まあNHKの義経じゃないが、「情を求める心」は与野党対立では禁物だ。しかも選挙戦の渦中なのだから、発言は慎重にすべきだった。 管子いわく「これを与えるは、これを取ることとなるを知るは、政の宝なり」政治の世界では、相手の好条件にのっかってしまったら、相手の術策にとりこまれることもあるのだ。これまで権力闘争に苦労した総理のほうが数枚上手だということを肝に銘じなくてはね。
Oct 23, 2005
計画どおり。スムーズにすべてうまく運んだ。本山駅の乗換えで、学会理事2人とハチ合わせ。八事日赤に到着。「一緒にタクシーに乗りましょう」と誘う。「えっ。駅から徒歩五分と書いてあったけれども」「いえいえ。私は現地調査してありますから、お乗りになればわかりますよ」タクシーの運転手さんは南山大学東門と聞くと「ああ、ロゴス・センターのところですね」と応じてくれた。坂の起伏は三回。「あっ。これは」さすがの二人も驚いた。五分前に会場到着。さっそく発表が始まったが、さっそく閣下はキレまくりました。「あなたの研究発表の内容は非常によろしいが、使っている資料はほとんど一昨年以前の著作や資料ばかり」「あなたの発表をジョンソン・エンド・ジョンソンやスリーエムの最高幹部たちに聞かせて評価を受ける自信がありますか」発表者はかなり衝撃を受けていた。学士論文じゃないわけよ。アメリカ経営倫理学会や経営アカデミーに、こんな発表を持ち込んだら、「これは研究者の論文ではない。学界ジャーナリズムでも一昨年では通じない。学生の学説レジュメじゃないか」と言われるでしょ。まあ、これは本当のことだから、これを起点にしてがんばってください。もう一人の発表者。「熊沢藩山」とパワーポイントに大書きし、「くまざわはんざん」などと言い出した。「それは蕃山(ばんざん)の間違い」つまり、研究発表といいながら自分で熊沢蕃山の著作を読みもしないで、他の論文から「孫引き」しているわけ。この人の「研究発表」そのものが、みんな「他人の論文の孫引き」の編集で成り立っていた。これは絶対に許されないことだ。閣下は激怒を抑えて言った。「これは研究のレベルではない。きちんと一次資料に目を通しもせず、他人の論文から孫引きをくりかえして、感想の編集をしても、それは読書感想文にすぎない」「経営倫理というより、研究者としての基本的な倫理に問題がある」発表者には今ひとつ伝わっていなかったようだ。「いえ、これはおっしゃるとおりです」あのね。全然わかっておられませんねえ。閣下の発表は完全にうまくいった。これは訓練の結果だ。つい、この前は海外で英語で客員講義した内容だからね。「経営戦略と経営倫理の知行合一をめざすべきだ」「経営トップの考え方を変革し、幹部の事業理念を変えなくてはならない」「一橋大学院の野中郁次郎教授のグループは《戦略の本質》という著作を発表した。しかし、その結論は経営倫理学だった。つまり、経営戦略学は経営倫理学に敗北したのだ」立教大学大学院の田中宏司教授がコメントしてくれた。「先生の発表は結構ですが、肝心の中国に経営倫理がなかなか普及しない。これについてはどう思われるか」閣下は答えた。「日本の経営倫理学の普及も同じことなんです。まず日本でやらねばならない。アメリカの経営倫理学会の人々も相次ぐ経営スキャンダルに闘っている。日本とアメリカ、ヨーロッパで実際の経営倫理を経営実業の世界で確立しなければ、中国も、これからの新興開発諸国もついてきません。短期戦ではなく、長期包囲戦という普及戦略を考えているところです」発表は終わった。16時になり、閣下は計画通り、南山大学キャンパスを抜け出した。「これから別用で重要な日程がありますから」名古屋駅広小路口改札前でロッカーから荷物をとって新幹線に飛び乗る。17時45分に新大阪に到着。18時40分に甲子園ノボテルに着いた。万事順調。戦略家も自分で戦略・戦術を大きく実際に使いこなして、訓練を重ねていかなければ、他の人々の闘争を指導することはできない。閣下も今回の名古屋遠征でかなり自信をつけた。
Oct 22, 2005
曹操閣下の戦略理論では、《ジャッカルのようにムダ・ムリ・ムラなく行動する》ということを鉄則・理想としている。ジャッカルというのは、ドゴール大統領暗殺計画を仕立てた暗殺者のドラマ《ジャッカルの日》の主人公のこと。ジャングルの中の《ランボー》だと思ってくれ。22日は日本経営倫理学会年次総会で統一論題の発表予定がある。講演は慣れているけれど、今回は自分の最新の研究成果をまとめて出すわけだし、場所は名古屋の南山大学。初めて行く場所だ。久々に血が騒ぐね。朝4時起床。朝風呂に入り、気分を整えてから、4時45分の始発電車に乗る。5時17分、東京駅到着。荷物を新幹線当日券窓口前において周囲を散歩。5時25分、改札が開き、さっそく指定席回数券(5000円)で名古屋までの6時始発の指定席を頼む。6時。新幹線のぞみ出発。7時35分、名古屋駅到着。7時55分、名古屋駅前のホテルに荷物をあずけ、さっそく出発。☆主に名古屋駅の地下鉄の行き方を確認。帰りも新幹線の改札近くのロッカーに、朝から荷物を預けておくとか、駅の中を行ったり来たりして綿密な事前計画を練る。8時30分、南山大学に通学時間前に到着。 守衛さんにどこの入り口から来たほうがいいか相談し、現地調査。 結論は正門より東門を使ったほうがいいということになった。こうして現場の状況をシッカリ調査して、どう行動するか作戦を現地で確認してこそ、イザというときに、サッと行動できるわけだ。迷う必要がないからね。午前10時までに南山大学周辺の現地確認作業を終了。同僚の教授に電話。「南山大学名古屋キャンパスというのは起伏の激しい丘陵地帯にあり、地下鉄からタクシーに乗らないと、荷物を持って急坂はのぼれない」と忠告。10時30分、地下鉄名城線で名古屋城に到着、ここは小学生時代に家族旅行で来て以来なんだよ。12時前に、徳川美術館に到着。予想通り、この時間帯は観光客もなく、閣下は独占状態でゆっくりと鑑賞できた。14時15分、名物煮込みうどんの山本屋に到着。並ばないで、すぐ席につけた。これも戦略だ。15時、名古屋駅到着。駅前の地下街で明日の新大阪行きのチケットを買う。名古屋・新大阪間は、普通の価格だと6200円、チケットセンターの回数券だと5550円、ところが22日指定の「早得割引チケット」だと4700円だった。これはうれしかった。15時20分、再び名古屋駅前のホテルにチェックイン。さすがに疲れが出た。風呂に入り、仮眠。17時30分に目覚め。それから資料作りにとりかかる。資料づくりというのは、なかなか大変なんだよ。旅先だとコンビニのコピーに一人で何度も行かなくちゃならないし。でもまあ、『曹操注解・孫子の兵法』を執筆してた時(1998)もこんな感じだった。まだ大学に就職していなかったからね。久々に「まだ一人だけで闘えるな」と実感した1日であった。懇親会にちょっと顔を出して、それから新幹線に飛び乗る計画だ。
Oct 21, 2005
民主、議員年金廃止法案提出へ…自民幹部も廃止は了承 民主党は20日午後、特権的だとの批判がある国会議員互助年金(議員年金)制度を来年4月に廃止するための法案を国会に提出する。 すでに議員年金を受給している元議員らへの給付額を3割減らし、現職議員(在職3年未満を除く)が支払った納付金の返還は、納付総額の5割に抑える。廃止に伴って納付金がなくなるため、国庫負担は増えることになる。 これについて民主党の野田佳彦国会対策委員長は同日午前、記者会見し、「来年4月に即時廃止という点では与党と一致している。若干の修正に応じる構えはある」と述べ、今国会中の成立のため、与党に修正協議を呼びかけた。 一方、自民党は同日午前、党3役と参院議員会長、参院幹事長らが国会内で協議し、来年4月の制度廃止を目指すことを了承した。来年の通常国会で廃止法案の成立を図る考えだ。 ただ、現職議員らへの納付金の返還については、「全額を返還しないと国が不当利益を得たことになる」などの意見が出て、条件をつけずに全額返還すべきだとの考えが大勢を占めた。議員年金を受給している元議員らへの支払いを減額することについても、「訴訟に耐え得るよう、法的側面からも慎重に検討すべきだ」との意見が出された。(読売新聞) - 10月20日11時55分更新
Oct 20, 2005
民主、議員年金廃止法案提出へ…自民幹部も廃止は了承 民主党は20日午後、特権的だとの批判がある国会議員互助年金(議員年金)制度を来年4月に廃止するための法案を国会に提出する。 すでに議員年金を受給している元議員らへの給付額を3割減らし、現職議員(在職3年未満を除く)が支払った納付金の返還は、納付総額の5割に抑える。廃止に伴って納付金がなくなるため、国庫負担は増えることになる。 これについて、民主党の野田佳彦国会対策委員長は同日午前、記者会見し、「来年4月に即時廃止という点では与党と一致している。若干の修正に応じる構えはある」と述べ、今国会中の成立のため、与党に修正協議を呼びかけた。 一方、自民党は同日午前、党3役と参院議員会長、参院幹事長らが国会内で協議し、来年4月の制度廃止を目指すことを了承した。来年の通常国会で廃止法案の成立を図る考えだ。 ただ、現職議員らへの納付金の返還については、「全額を返還しないと国が不当利益を得たことになる」などの意見が出て、条件をつけずに全額返還すべきだとの考えが大勢を占めた。議員年金を受給している元議員らへの支払いを減額することについても、「訴訟に耐え得るよう、法的側面からも慎重に検討すべきだ」との意見が出された。(読売新聞) - 10月20日11時55分更新
Oct 20, 2005
---- Original Message ----- From : "小泉純一郎" To : "曹操閣下"Sent: Thursday, october 19, 2005 9:30 AMSubject: 郵政民営化法案の成立 小泉純一郎です。 10月14日、郵政民営化法案が参議院本会議で可決され、成立しました。 政界の奇跡ですね。 国会の各政党は、私が総理大臣になる前は、郵政民営化は「暴論」だと言っていました。私は、いつかこの郵政民営化は「暴論」ではなく「正論」になる、そういう時が必ず来ると思ってやってきました。 山を越え、谷を越え、一度は谷底に突き落とされましたが、国民の皆さんがうまく引き上げてくれました。一度死んだ法案を生き返らせてくれたのも、法案成立という奇跡を起こしてくれたのも、小泉内閣の構造改革を支持してくれた国民の皆さんのおかげだと思います。心から厚く御礼申し上げます。 これから、いよいよ民営化の実現に向けて動き始めます。民間人の優秀な経営者の力をかりて、三事業に限らず、国民の必要とするいろいろなサービスを提供していただき、汗を流して利益を上げていただきたいと思います。 収益が上がれば税金も納めてくれる、そういう立派な会社にして、国民の利便を向上させていただきたい。 先週、公邸前の植え込みの中で見つけたキノコのお話をしたところ、たく さんのメールをいただきました。専門家の調査によると、公邸の庭には、写真で紹介した2種類のキノコのほかにも6種類、全部で8種類のキノコが見つかりました。写真にある大きいキノコはテングタケという毒キノコでしたが、ほかのキノコは無毒のようです。公邸から官邸まで、50メートルぐらいですが、毎朝歩いていくのが楽しみになりました。 改革に終わりはありません。議員年金も廃止します。郵政民営化法案という「改革の本丸」の法案が成立したことで、改革に弾みをつけることができると思います。改革を止めることなく、これからも「民間にできることは民間に」「地方にできることは地方に」の基本方針の下、改革に突き進んでまいります。 ※ 公邸のキノコ http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2005/1013b.html
Oct 20, 2005
ドングリ豊作で熊出没・被害が激減 昨秋、人里を騒がしたツキノワグマ。今秋は出没件数や人身被害も十分の一以下に激減、すっかり鳴りを潜めている。クマの餌となるドングリが、昨年は台風などで不作だったが、今年は豊作で山を下りてこないためらしい。しかし、冬眠に備えて今後、人里への出没が増える恐れがあり、北陸三県ではクマ出没予測を発表し、警戒している。また、クマの餌となるクリの木などを植樹したり、人間とクマの生息圏の緩衝帯となる里山を手入れしてクマとの共生の取り組みも行われている。■出没予測 昨年度、富山、石川、福井の北陸三県で捕獲・駆除(射殺)されたツキノワグマは五百四十六頭と全国の四分の一を占め、人身被害は四十四人(うち死者一人)と同四割にのぼった。今年度は九月末現在、北陸三県で目撃情報は約四百件、捕獲数も三十六頭と十分の一以下に激減している。 人身被害は石川、福井で現在ゼロだが、すでに四人が被害にあっている富山県では最も出没が予想される冬眠前に備え、「県ツキノワグマ保護管理暫定指針」を策定し「出没予測」も発表、警戒態勢を敷いている。 予測の根拠は、クマの餌のミズナラやコナラ、ブナの実の豊凶調査。 昨年は台風などの影響でブナ科の実のドングリが不作だったが、今秋は「並」や「豊作」で「昨年のような異常出没の恐れは少ない」(県自然保護課)とみて「注意報」発令は見送られている。■マニュアル 一方、昨年度、百五十七件のクマの目撃情報があり、捕獲数三十四頭、四人の人身被害のあった滋賀県。今年度は九月末現在で目撃情報は十二件、人身被害もないが、県自然環境保全課は「ツキノワグマから身を守るために」と題したチラシを山間部の住民に配布。ゴミの管理を徹底する▽人家周辺のカキやクリの実、ハチの巣は取り去る-など、クマを人里に呼び寄せないためのマニュアルを明記し、注意を呼びかけている。 また、県内のクマの生息数を調査するため、有刺鉄線の囲いの中に餌などを置き、近寄ったクマの体毛を鉄線で採取する「ヘアトラップ」という仕掛けを設置。体毛の数などでクマの生息数を把握し、保護管理計画策定の基礎資料にする。■里山再生 警戒ばかりだけでなく、人とクマの共生のため、石川県小松市では地元の森林組合が五月に国有林を借りてブナの芽つみをして成長を促進させたり、クリの木など約千五百本を植樹した。 また、人間の生活圏とクマの生息圏を分ける緩衝帯となる里山の再生のため、富山県魚津市では八月に長引野地区と小川寺地区で住民四十人が里山に、木を伐採した空間を設けたほか、市が電気柵(さく)を設置。富山県森林政策課の酒井肇・林業普及指導員は「“奥山化”した里山に手を入れたり、境界線を設けることで人とクマは共生できるはず」と期待を寄せている。(産経新聞) - 10月19日15時21分更新☆《もののけ姫》の精神を想い起こそうや。
Oct 19, 2005
大阪市の大平光代元助役 元極妻・大平光代さんが閣僚候補!? 大阪市の関淳一市長(70)が辞任を正式表明したことで、出直し市長選という新たなラウンドに突入した。「改革を進める段階で、改めて民意を問うことが必要」と再出馬に意欲を燃やす市長に対し、注目されるのが同時に辞職した大平光代元助役(40)の今後だ。実は、来月早々に行われる内閣改造で、小泉純一郎首相(63)が「公務員改革関連の新ポストで入閣させる」という仰天情報が18日までに浮上、中央から改革を支えるプランが着々と進行しているというのだ。 「改革がうまくいかなければ、大阪市が地方分権の中で大きな後れをとる可能性がある」「大阪市には30年、40年にわたる慣習など(改革へ向けた)非常に大きな壁がある」 17日夕、会見で約1時間にわたり市政改革への必要性を熱く語った関市長。これとは対照的に、大平氏は「本日、辞職願を提出いたしました。(略)あっという間の1年10カ月でした。(略)職員自身の手による改革が今後も進んでいくことを願ってやみません」と、A4判に数行のコメントを配布しただけで、姿を見せることはなかった。 関市長も大平氏の再任については、会見で「(要請を)受けないと思う。大平さんが永遠にいるわけではない」と明言している。 「というのも、実は来月2日にも行われる小泉内閣改造人事で“公務員改革担当相”といったポストを新設し、大平氏を抜擢(ばつてき)。市政改革の延長で、中央から旗を振るよう官邸サイドから要請されていたのです」 こんな仰天情報を明らかにするのは市議会与党関係者だ。 大平氏といえば、任期中に飯島勲首相秘書官を通じ、官邸と太いパイプを構築。先の衆院選でも“女刺客”の目玉として出馬の打診を受けていた。この時は「打診は事実だが、市政改革の途上であり、固辞した」と語っている。 「その際、出馬を固辞された官邸サイドが、重ねて打診していたのが総選挙後の入閣だった。関市長がこの時期に突然、辞任と出直し選挙への出馬を発表したのも、大平氏が(入閣で)いなくなることを考えてのことなのです。市長としては、大平氏が抜けても市政改革を断行する後ろ盾としての民意を、選挙で勝ち取る必要があった」(先の与党関係者) これについて、大平氏の意向は不明だが、市政関係者の間では「大平さんが表舞台に出てこないのは、そうした水面下の動きを明らかにしたくなかったためではないか」と、勘ぐる見方も出ている。■体験綴った著書も話題 大平氏は弁護士出身。暴力団組長の妻から更生し、司法試験をパスした異色の経歴と、非行少年らの更生に尽力した功績で知られ、自身の体験をつづった著書「だからあなたも生きぬいて」はベストセラーとなった。 「助役に民間出身者を招聘(しょうへい)する」と公約した関市長の要請で15年12月に助役に就任。昨年秋から表面化した一連の職員厚遇問題などで改革の旗振り役となり、今春の市政改革本部立ち上げの際にも労組に近く、人事に容喙した本間正明・大阪大学大学院教授らを、官邸と調整して外すなど、豪腕ぶりを発揮したことで知られ、「陰の市長」ともささやかれた。ZAKZAK 2005/10/18
Oct 18, 2005
中国や韓国の批判は当然予測されること。日本の首相ならば、靖國神社の参拝はするべきだ。今回のような「完全な私的参拝」まで踏み込んで批判するのはいきすぎている。それは神道そのものを否定し、国旗国歌も反対し、戦死者を祭祀する慣習そのものを否認する「墨塗り教科書」の考え方から来ているのだから、明らかな政治闘争であり、「日本嫌い・天皇嫌い」の自虐的発想であり、一般の世論ではない。反対があるから参拝しないという考え方が道理に合わない。土井たか子衆議院議長も在任中にキリスト教会にいったのは「公式参拝」なのか。私的な信仰なのか。まあ、何が悪いか、どっちがいきすぎか、冷静に考えたほうがいい。この問題は持久戦だ。後退してはならない。今後、十年間は同じ方式で複数回参拝できるようにすればいいだろう。いいたいことは出つくしている。お互いが本音で主張しあえば、戦争の記憶も新たになり、不戦の誓いもキチッと確認されるわけだ。ただ、過去にひきずられて日常の生活に害を及ぼすとしたら、韓国・中国よりもベトナム・インドのほうが日本との経済関係は大きくなるだろう。■小泉首相、靖国神社を参拝…昇殿・記帳せず 小泉首相は17日午前、東京・九段北の靖国神社を参拝した。首相は就任以来、年1回の参拝を事実上の公約としており、今回が5回目。内閣の最重要課題である郵政民営化関連法が14日に成立したことを踏まえ、17日からの靖国神社の秋季例大祭に合わせて参拝に踏み切った。 首相は、本殿には昇らずに拝殿前の参拝にとどめ、記帳もしなかった。国内外の批判などに配慮し、「私的参拝」の色彩を強めたと見られる。 しかし、靖国参拝中止を求めてきた中国、韓国は強く反発しており、今後の外交日程にも影響が出そうだ。 グレーの背広姿の小泉首相は午前10時過ぎ、公用車で靖国神社に到着した。同12分ごろ、拝殿の前で一礼した後、さい銭箱にお金を入れ、30秒間ほど手を合わせた後、再び一礼した。献花料や玉ぐし料は出さなかった。 過去4回の参拝は、モーニングか羽織はかま姿で、本殿に昇って祭壇に一礼していた。「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、私費で献花料も納めていた。 従来の参拝形式を変更したのは、「公式参拝」との批判をかわす狙いなどがあると見られる。 首相の靖国参拝について、大阪高裁は9月30日、「職務行為で、憲法で禁止された宗教的活動にあたる」として違憲と判断した。一方、東京高裁は同月29日に「私的行為」として憲法判断をしないなど、司法の判断は分かれている。 首相が秋に参拝したのは初めて。靖国神社側は「歴代首相は例大祭中に参拝している」として、17~20日の秋季例大祭中に参拝するよう求めていた。 小泉首相は17日昼の政府・与党連絡会議で、「内閣総理大臣・小泉純一郎としてではなく、一国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。今日の日本があるのは、心ならずも戦場で散られた皆さんのお陰だという気持ちだ」と語った。中韓両国との関係に関しては「アジア諸国との関係は未来志向で進めたい」と述べた。 細田官房長官は17日の記者会見で、周辺国への事前連絡については「ないと理解してほしい」と述べた。 首相は2001年4月の自民党総裁選で、終戦記念日の8月15日の靖国参拝を公約した。しかし、同年は、外交関係に配慮し、参拝日を8月13日に繰り上げた。その後、02年は4月21日、03年は1月14日、04年は1月1日にそれぞれ参拝した。 首相は、今年の靖国参拝について「適切に判断する」と語っていた。これに対し、中国の胡錦濤国家主席や韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は再三、首相に参拝中止を求めていた。(読売新聞) - 10月17日14時58分更新---------------------------------------------■安倍氏「当然の責務」 「極めて遺憾」野党反発 小泉首相 靖国参拝 小泉純一郎首相の靖国神社参拝について、自民党の安倍晋三幹事長代理は十七日、「国のために殉じた方々に尊崇の念を表するのはリーダーとして当然の責務だ。誰が首相になったとしても、その責務は果たすべきだと思っている」とのコメントを発表した。武部勤幹事長も「私的参拝だから、尊重して差し上げたい」と述べた。 日本遺族会会長の古賀誠元幹事長は「首相の参拝定着は遺族の悲願。素直に喜ぶべきだ」と歓迎。逆に加藤紘一元幹事長は「行くべきではなかった。日本外交に蹉跌(さてつ)をきたす」などと批判した。 野党三党は十七日、小泉首相の靖国神社参拝を一斉に批判した。民主党の前原誠司代表は記者団に「極めて遺憾だ。大阪高裁で違憲判決が出た中で、政教分離の観点から慎重に対応してほしかった」と述べた。また、無宗教の追悼施設について「首相自身が対外的に公約しているので、早急に検討してもらいたい」と強調した。 共産党の志位和夫委員長は、「首相としての資格と責任が厳しく問われる。日本外交の行き詰まりを一層袋小路に追いやるもので、許しがたい」と非難。社民党の又市征治幹事長は「極めて遺憾で、厳重に抗議したい。首相自ら憲法を踏みにじったことは大変重大な問題だ」などと述べた。≪経済界、容認姿勢も≫ 小泉純一郎首相の靖国神社参拝について、経済同友会の北城恪太郎代表幹事は十七日、「平和を祈念する個人的信条に基づくものと理解する」と容認する姿勢を示した。一方、日本商工会議所の山口信夫会頭は「かねてからの信条に基づいて参拝したもの。われわれとしては静観するしかない」とのコメントを発表した。 靖国参拝が中国や韓国など近隣諸国から反感を招く恐れがあることについて、北城代表幹事は「わが国の国益を損なう恐れがあることを十分認識し、近隣諸国に対しては丁寧な説明を行い、理解を得るための外交努力・配慮が行われることを望みたい」と注文。山口会頭も「日中、日韓関係は極めて大事。外交ルートなどを通じて改善に全力をあげてほしい」と対応を求めた。(産経新聞) - 10月17日15時19分更新
Oct 17, 2005
関・大阪市長が辞職へ…出直し選で民意問う構え 大阪市の関淳一市長(70)が、任期を2年余り残して辞職したうえ、出直し市長選に自ら出馬する意向を固め、すでに一部の市幹部に考えを伝えていることが16日、わかった。 市政改革について市民の信を問うためとみられ、18日の定例市議会最終日に本会議で同意を求める見通し。出直し選は11月中にも行われる。ただ、市長が当面、不在となることに対しては「市政に空白が生まれる」などとする異論も強いことから、なお曲折も予想される。 関市長は16日午後、読売新聞の取材に対して「コメントできない」と述べた。 同市では昨年秋以降、職員厚遇やカラ残業、労働組合幹部によるヤミ専従などが相次いで発覚し、市長は先月、その改善策などを盛り込んだ「改革マニフェスト」案を公表。しかし、市長自身の市職員、助役時代の責任論や、2003年の市長選で労組が主導的な役割を担ったことへの批判も根強いため、マニフェスト案を公約に掲げて再選を果たし、強いリーダーシップで今後の改革に臨みたい狙いがあるとみられる。 関市長は03年11月の市長選に無所属で出馬、初当選した。再選された場合の任期は公職選挙法の規定で現任期の07年12月まで。(読売新聞) - 10月17日0時20分更新
Oct 17, 2005
Dear Mr.General *************親愛なる将軍I am quite nervous about that the many troubles on present the border between Iraq & Syria may grow like the Cambodia Invasion on the Vietnam War.私は非常に心配している。現在のイラクとシリアの国境のトラブルが、ベトナム戦争におけるカンボジア侵攻のように成長するかもしれないと。It might be alright of you if being the strategy of the hegemony establishment to make oil price diminish gradually.However, the strange plan will not work now.もし原油価格を逓減させるための覇権確立の戦略ならばよろしい。しかし、それはうまくいかないだろう。The people in the United States were not the status to support the expansion of the war.Moreover, the Republican will split before your national election if the Cent-Com may request your congress to planning reinforce security forces in Iraq and starting the disputes.アメリカの国民は戦争の拡大を支持する状況ではない。さらに紛争を起こして、軍が議会に駐留軍の増強を要請したら、共和党は分裂するだろう。Syria is one of complicated states and must not be a frontier like as ex-Yugoslavia.Jerusalem is very close in these area.I can not understand the reason why Israel take the risky way of the Holly Zion turn to a Hamburger-Hill.シリアは複雑な国家であり、ユーゴスラビアのような辺境ではない。エルサレムも近い。イスラエルがシオンの聖地を丸坊主にするような危険な方針をとるのはなぜか、私にはその理由を理解できない。So, I also afraid that of the intention from Israelian wing may be too much reflected among the highly head part of the Pentagon.If you would make that the hotbed of the terrorists expands like as Lebanon is false.したがって、アメリカ軍の統帥部にイスラエルの意思が反映しすぎるのは不安だ。レバノンのようにテロリストの温床が拡大することは失敗だ。If such the case occurs with the crash in the front leaders or the other minds against your national strategy, you must reshuffle the left commandant with the left staff.The JSC leadership must grasp these situations at all.現場の暴走でこのような事件が起きたならば、それは現場指揮官の更迭をしなければならない。統合参謀本部は事態を完全に把握しなければならない。If the situation changes just as it is, the Middle East policy of the United States will fail immediately on this late fall.このまま事態が推移すれば、アメリカの中東政策は今秋にも破綻するであろう。 Startegist of Sunzi 曹操閣下より
Oct 16, 2005
CIAに提言する。もし原油価格を逓減させるための覇権確立の戦略ならばよろしい。しかし、それはうまくいかないだろう。現場の暴走でこのような事件が起きたならば、それは現場指揮官の更迭をしなければならない。統合参謀本部は事態を完全に把握しなければならない。ベトナム戦争のカンボジア侵攻のようになったら、アメリカの中東政策はアウトだ。いまならば、まだ引き返せるが。_________
Oct 15, 2005
October 15, 2005G.I.'s and Syrians in Tense Clashes on Iraqi Border By JAMES RISEN and DAVID E. SANGERWASHINGTON, Oct. 14 - A series of clashes in the last year between American and Syrian troops, including a prolonged firefight this summer that killed several Syrians, has raised the prospect that cross-border military operations may become a dangerous new front in the Iraq war, according to current and former military and government officials.The firefight, between Army Rangers and Syrian troops along the border with Iraq, was the most serious of the conflicts with President Bashar al-Assad's forces, according to American and Syrian officials. It illustrated the dangers facing American troops as Washington tries to apply more political and military pressure on a country that President Bush last week labeled one of the "allies of convenience" with Islamic extremists. He also named Iran. One of Mr. Bush's most senior aides, who declined to be identified because of the sensitivity of the subject, said that so far American military forces in Iraq had moved right up to the border to cut off the entry of insurgents, but he insisted that they had refrained from going over it. But other officials, who say they got their information in the field or by talking to Special Operations commanders, say that as American efforts to cut off the flow of fighters have intensified, the operations have spilled over the border - sometimes by accident, sometimes by design. Some current and former officials add that the United States military is considering plans to conduct special operations inside Syria, using small covert teams for cross-border intelligence gathering. The broadening military effort along the border has intensified as the Iraqi constitutional referendum scheduled for Saturday approaches, and as frustration mounts in the Bush administration and among senior American commanders over their inability to prevent foreign radical Islamists from engaging in suicide bombings and other deadly terrorist acts inside Iraq. Increasingly, officials say, Syria is to the Iraq war what Cambodia was in the Vietnam War: a sanctuary for fighters, money and supplies to flow over the border and, ultimately, a place for a shadow struggle.Covert military operations are among the most closely held of secrets, and planning for them is extremely delicate politically as well, so none of those who discussed the subject would allow themselves to be identified. They included military officers, civilian officials and people who are otherwise actively involved in military operations or have close ties to Special Operations forces.In the summer firefight, several Syrian soldiers were killed, leading to a protest from the Syrian government to the United States Embassy in Damascus, according to American and Syrian officials. A military official who spoke with some of the Rangers who took part in the incident said they had described it as an intense firefight, although it could not be learned whether there had been any American casualties. Nor could the exact location of the clash, along the porous and poorly marked border, be learned.In a meeting at the White House on Oct. 1, senior aides to Mr. Bush considered a variety of options for further actions against Syria, apparently including special operations along with other methods for putting pressure on Mr. Assad in coming weeks. American officials say Mr. Bush has not yet signed off on a specific strategy and has no current plan to try to oust Mr. Assad, partly for fear of who might take over. The United States is not planning large-scale military operations inside Syria and the president has not authorized any covert action programs to topple the Assad government, several officials said. "There is no finding on Syria," said one senior official, using the term for presidential approval of a covert action program. "We've got our hands full in the neighborhood," added a senior official involved in the discussion.
Oct 15, 2005
Some other current and former officials suggest that there already have been initial intelligence gathering operations by small clandestine Special Operations units inside Syria. Several senior administration officials said such special operations had not yet been conducted, although they did not dispute the notion that they were under consideration. Whether they have already occurred or are still being planned, the goal of such operations is limited to singling out insurgents passing through Syria and do not appear to amount to an organized effort to punish or topple the Syrian government. According to people who have spoken with Special Operations commanders, teams like the Army's Delta Force are well suited for reconnaissance and intelligence gathering inside Syria. They could identify and disrupt the lines of communications, sanctuaries and gathering points used by foreign Arab fighters and Islamist extremists seeking to wage war against American troops in Iraq. What the administration calls Syria's acquiescence in insurgent operations organized and carried out from its territory is a major factor driving the White House as it conducts what seems to be a major reassessment of its Syria policy. The withdrawal of Syrian troops from Lebanon earlier this year in the wake of the assassination in February of Rafik Hariri, the former Lebanese prime minister, in Beirut led to a renewed debate in the White House about whether - and how - to push for change in Damascus. With no clear or acceptable alternative to Mr. Assad's government on the horizon, the administration now seems to be awaiting the outcome of an international investigation of the Hariri assassination, which may lead to charges against senior Syrian officials. Detlev Mehlis, the German prosecutor in charge of the United Nations investigation of the killing, is expected to complete a report on his findings this month.If Mr. Mehlis reports that senior Syrian officials are implicated in the Hariri assassination, some Bush administration officials say that could weaken the Assad government. "I think the administration is looking at the Mehlis investigation as possibly providing a kind of slow-motion regime change," said one former United States official familiar with Syria policy. The death - Syrian officials called it a suicide - on Wednesday of Interior Minister Ghazi Kanaan of Syria, who was questioned in connection with the United Nations investigation, may have been an indication of the intense pressure building on the Assad government from that inquiry. Zalmay Khalilzad, the United States ambassador to Iraq, issued one of the administration's most explicit public challenges to Damascus recently when he said that "our patience is running out with Syria.""Syria has to decide what price it's willing to pay in making Iraq success difficult," he said on Sept. 12. "And time is running out for Damascus to decide on this issue."Some hawks in the administration make little secret of their hope that mounting political and military pressure will lead to Mr. Assad's fall, despite their worries about who might succeed him. Other American officials seem to believe that by taking modest military steps against his country, they will so intimidate Mr. Assad that he will alter his behavior and prevent Syrian territory from being used as a sanctuary for the Iraqi insurgency and its leadership. "Our policy is to get Syria to change its behavior," said a senior administration official. "It has failed to change its behavior with regard to the border with Iraq, with regard to its relationships with rejectionist Palestinian groups, and it has only reluctantly gotten the message on Lebanon." The official added: "We have had people for years sending them messages telling them to change their behavior. And they don't seem to recognize the seriousness of those messages. The hope is that Syria gets the message." There are some indications that this strategy, described as "rattling the cage," may be working. Some current and former administration officials say that the flow of foreign fighters has already diminished because Mr. Assad has started to restrict their movement through Syria. But while he appears to be curbing the number of foreign Arab fighters moving through Syria, the American officials say he has not yet restricted former senior members of Saddam Hussein's government from using Syria as a haven from which to provide money and coordination to the Sunni-based insurgency in Iraq."You see small tactical changes, which they don't announce, so they are not on the hook for permanent changes," a senior official said about Syria's response. "They are doing just enough to reduce the pressure in hopes we won't pay attention, and then they slide back again." In an interview with CNN this week, Mr. Assad denied that there were any insurgent sanctuaries inside Syria. "There is no such safe haven or camp," he insisted. In this tense period of give and take between Washington and Damascus, the firefight this summer was clearly a critical event. It came at a time when the American military in Iraq was mounting a series of major offensives in the Euphrates Valley near the Syrian border to choke off the routes that foreign fighters have used to get into Iraq. The Americans and Iraqis have been fortifying that side of the border and increasing patrols, raising the possibility of firing across the unmarked border and of crossing it in "hot pursuit."From time to time there have been reports of clashes, usually characterized as incidental friction between American and Syrian forces. There have been some quiet attempts to work out ways to avoid that, but formal agreements have been elusive in an atmosphere of mutual mistrust.Some current and former United States military and intelligence officials who said they believed that Americans were already secretly penetrating Syrian territory question what they see as the Bush administration's excessive focus on the threat posed by foreign Arab fighters going through Syria. They say the vast majority of insurgents battling American forces are Iraqis, not foreign jihadis. According to a new study by the Center for Strategic and International Studies, intelligence analysis and the pattern of detentions in Iraq show that the number of foreign fighters represents "well below 10 percent, and may well be closer to 4 percent to 6 percent" of the total makeup of the insurgency. One former United States official with access to recent intelligence on the insurgency added that American intelligence reports had concluded that 95 percent of the insurgents were Iraqi. This former intelligence official said that in conversations with several midcareer American military officers who had recently served in Iraq, they had privately complained to him that senior commanders in Iraq seemed fixated on the issue of foreign fighters, despite the evidence that they represented a small portion of the insurgency."They think that the senior commanders are obsessed with the foreign fighters because that's an easier issue to deal with," the former intelligence official said. "It's easier to blame foreign fighters instead of developing new counterinsurgency strategies."Top Pentagon officials and senior commanders have said that while the number of foreign fighters is small, they are still responsible for most of the suicide bombings in Iraq. Gen. John P. Abizaid, commander of United States Central Command, said on Oct. 2 on the NBC News program "Meet the Press" that he recognized the need to avoid "hyping the foreign fighter problem." But he cautioned that "the foreign fighters generally tend to be people that believe in the ideology of Al Qaeda and their associated movements, and they tend to be suicide bombers.""So while the foreign fighters certainly aren't large in number," he said, "they are deadly in their application."
Oct 15, 2005
TBS上場廃止も 究極の防衛策 自社買収を検討 TBSは十四日、旧通産省OBの村上世彰氏率いる投資ファンド(村上ファンド)から提案されている経営陣による自社買収(MBO)を通じた株式非公開化の検討を本格化させていることを明らかにした。また、村上ファンドが、九月三十日時点でTBSの発行済み株式の7・45%を保有していたことが、関東財務局に同日提出された大量保有報告書で判明した。楽天と村上ファンドに株式を大量取得されたことで、TBSは経営の独立性を守るために「究極の企業防衛策」といわれる自発的な上場廃止を選択肢として浮上させたもようだ。 ◆◇◆ 株式の非公開化を前提とするMBOは、市場でTBS株式を買い集めていた村上ファンドが八月初旬、TBSの経営陣に提案した。村上氏は保有するTBS株の高値買い取りと必要資金の提供による利益などを狙ったが、MBOに消極的だったTBSは明確な回答を行わなかった。 しかし、楽天に発行済み株式の15・46%を一気に取得され、十三日には共同持ち株会社の設立を迫られたことから、TBSの経営環境は一変した。 楽天の構想は、TBSグループと楽天グループを共同持ち株会社の傘下に置くもので、一見すると、TBSが経営の独立性を維持できそうだ。ただ、時価総額から計算すると、持ち株会社の出資比率は楽天六に対してTBSは四。このため、楽天が共同持ち株会社の主導権を握り、傘下のTBSグループに影響力を発揮する公算が大きい。 十四日には村上ファンドが九月末時点でTBS株の7・45%を保有していたことも判明。現時点での保有の有無はみえないものの、村上氏が「(株価が)安ければ買い増すし、高ければ売る」と述べ、楽天への譲渡に含みを残す揺さぶりをかけたことで、TBSの危機意識は一気に高まった。 TBSは企業防衛策をいくつか用意しているが、注目は日興プリンシパル・インベストメンツに対して発行した新株予約権の行使だ。ライブドアの買収攻勢にあったニッポン放送に対して裁判所が発行差し止めを命じた前例もある。村上氏が十四日、新株予約権を行使した場合は株主代表訴訟が有効との考えを明らかにするなど、確実な防衛策とは言い切れない状況だ。 このため、TBSは、企業防衛の確実性が高いMBOによる自発的な上場廃止も視野に入れ始めた。上場廃止に持ち込めば、敵対的買収の脅威にさらされることはなくなる。最近ではアパレル大手のワールドなど上場企業がMBOを通じて自ら上場廃止を選択するケースも出ている。 しかし、TBS内には上場廃止に慎重論も根強い。現在の株価水準ではMBOには六千億円近い資金が必要とみられ、都心の不動産をはじめ優良な資産を多く保有するTBSにとってもMBO資金の負担は大きい。 ◇ 【MBO】M&A(企業の合併・買収)手法の一つで、英語の「マネジメント・バイ・アウト」の略。その企業の経営陣が中心となって自社株を買い取って経営権を取得するもので「経営陣による自社買収」と訳される。一般的に自社株の市場価格に上乗せ分(プレミアム)を加えた価格で買い取る。株式の非公開化や事業再編、リストラの手法として採用する企業が増えており、最近では、アパレル大手のワールドなどが実施して株式を非公開とした。(産経新聞) - 10月15日2時40分更新☆バカな。 友好的な買収に敵対策でMBOをやったら商法違反だし、背任だ。 だいたい株主代表訴訟で負ける。 TBSの役員に三木谷社長に勝てる人材は一人もいない。 TBSを支持する政治家もいない。 しかもTBSの社外取締役はほとんど旧興銀OBだ。 諸井虔さんは興銀OBの大物。 三木谷社長はその後輩。 敵対策を検討したとたんに、楽天はもうTBS役員の入れ替え人事リストを他の同盟株主に回覧するだろう。 「包囲されている」と知らないのはTBSだけなんだね。
Oct 14, 2005
民主・五島議員秘書を逮捕 公選法違反 衆院選高知1区で落選、比例代表四国ブロックで復活当選した民主党の五島正規議員(66)陣営の選挙違反事件で、高知県警は14日、投票依頼などの選挙運動の報酬として現金数十万円を支払ったとして公選法違反(買収)容疑で、政策秘書の矢吹雅敏容疑者(50)=神奈川県相模原市上溝=を逮捕。10数万円を受け取ったとして同容疑で、団体職員谷口靖彦容疑者(31)=高知市神田=を再逮捕した。 1994年に改正された公選法では、政策秘書など「組織的選挙運動管理者」が悪質な選挙違反で有罪が確定、候補者の連帯責任を問う連座制が適用されれば、当選が無効となったり5年間立候補が禁止される可能性がある。(共同通信) - 10月14日21時43分更新☆比例区の民主党次点が繰り上げ当選しますから、安心して辞職してください。 失職するまで在職すると、それだけ立候補禁止期間が延長されますからね。
Oct 13, 2005

北関大捷碑、韓国へ 靖国神社、数日中に移送 豊臣秀吉が朝鮮半島に送った兵を現地の義兵が破ったことを記念して現在の北朝鮮の咸鏡北道吉州付近に立てられ、日露戦争中の1905年に日本に持ち込まれたとされる石碑「北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ)」について、保管する靖国神社(東京)は11日、韓国側に引き渡すと発表した。12日に同神社と在日韓国大使館、日本外務省が合意文書に署名するという。 韓国大使館によると、石碑は数日中に航空機で韓国へ移送、一定期間公開された後、北朝鮮側に引き渡されるという。石碑は100年ぶりに里帰りを果たすことになる。(共同通信) - 10月11日17時52分更新☆関係者の皆さまに最敬礼。
Oct 12, 2005
攻呉王寿夢之子の銅剣について1997年に中国浙江省紹興市魯迅路の工事中に、孫子兵法をさかのぼる百年以上前、つまり2700年前の銅剣が出土した。その考古学記事と銅剣の銘文解釈が中国の考古学雑誌『文物』2005年2月号に掲載された。その銘文には「攻呉王姑發難寿夢之子・・・・荊伐徐、余親逆、攻之、敗三軍、獲車馬、鹵七邦君」という二十文字が書かれていた。これは江蘇省北部の「徐子」と、安徽省東部の「荊伯」が戦争になり、この「寿夢之子」が将軍となって迎撃軍を編成し、この戦争に会戦した七つの諸侯軍を打ち破って、車馬(兵器類)すべてを戦利品とし、七人の諸侯を捕虜にした、と記してあるのだ。面白いのは、わざわざ父の「寿夢」を立て、その子(王族)であると自称していること、戦争の仕方も「徐君に援軍を出した」というのではなく、他人同士の国境紛争などに、突然呉が大軍で横ヤリの奇襲をかけ、側面に油断していた両軍とも撃ち破り、荊君と徐君も一緒に捕虜にしてしまったという。それで江蘇省一帯に覇権が確立したと、この銘文は主張しているわけだ。第一の点について。「寿夢之子」という表現は非常に面白い。これはもちろん寿夢が生前に製造された銅剣だから、王子として銘文を刻んだのであろう。しかし、この「子」は将軍だったわけだから、『史記・呉太伯世家』で寿夢の四人の実子と一致するとは限らない。王位継承が回ってくる前に死んだから、自分の王号の器物もないわけである。第二の点、戦争の仕方について。まあ、これは明らかな騙まし討ちということだな。フジテレビとライブドアが株式買収で「戦争」をしていたときに、突如として元野村證券のTOBのプロがソフトバンクの巨大な資金力で「留め」にはいった。これは国内の「留め役」だったからいいものの、アメリカの場合はライブドアを突然買収し、次にニッポン放送・フジテレビも吸収合併するという「パックマン・オペレーション」あるいは「ブラックホール・キャピタル」ということが現実にありうるのだ。典型的な「漁夫之利」というわけだ。孫子兵法とは直接関係はないわけだが、中国考古学の発見は時として、このような「文献だけの逸話」だったものが金文や竹簡などの歴史記録として遺跡から出土する場合があるのだ。そして、孫子兵法以前の呉王国の戦争の仕方が、まさに「ハゲタカ・ファンド」と同じものだったことも、非常に深い示唆を与えていると思う。だから、『曹操注解・孫子の兵法』の序文でも紹介したように、呉の国境線はかなり変動が激しかったのだ。それは「ハゲタカ・ファンド」の一方的な資本の論理からの経営方針が、決して経営者や労働者たちを従順に納得させるものではないのと同じである。ざっと計算して2700年前の出来事だ。関係者や投資家の皆さん、自分たちが何か新しいことをしていると考えてはいけませんよ。戦略理論や学問以前の「成功しないことが歴史的に証明されている戦い方」に目先の利益で拘泥しているのではありませんか。日本の研究者、特にアカデミズムの弊風として、学校教育の成績優秀者がそろいもそろって同じ過ちをくりかえすのは、他人から与えられた問題で成績優秀だと認められたいというパラダイムから抜け出せないことである。試験教育の呪縛といっていいだろう。野中研究グループが自分たちでパラダイムの壁にぶち当たった時に、みんなで研究をお休みしてしまったというのは、お坊ちゃん学校の生徒たちが昼休みにみんなでトイレに行くという奇習とよく似ている。その理由は「恥ずかしいから、怖いから」ということだ。その弊害は。師匠の過誤を弟子が無批判に拡大することだ。防衛大学のように指揮系統が伴った士官学校は特に注意を要するであろう。儒教の歴史を見ていくと、訓点の過ちはもとより、校訂の誤謬も、師匠の意見を尊重するあまりに弟子たちが誤読を拡大していく傾向があった。『論語』は、前漢趙王墓竹簡という前漢時代の決定的なテキストが発見されたので、これまでの訓点論争はほとんど無意味になった。『曹操注解・孫子の兵法』を出したひとつの提言は、孫子兵法はもう間違いなく先秦時代(始皇帝の文字統一以前)の文献だと判断されるのに、どうして唐詩・唐文のように盛唐時代の発音・音韻・文法で読解しようとするのかということである。2500年前の江蘇省の文献を、たかだか1300年前の西安市の語法で解釈しようとする。現在でも上海方言と北京官話、西安方言は発音や言い回しは全然ちがうのである。それは根本的に学術の方法論として間違っている。岩波文庫『孫子』は、まさに唐詩の要領で《宋本・孫子》の原文を添削している。実用書なのに、詩の韻文のように文字を入れ替えたり、並べ替えようとする。しかも、「桜田本」なる江戸時代の筆写本を持ち出して、「隋書二巻本と符合する」などと「噴飯もの」の自分勝手な理由をつけて重要な校訂資料とした。NHKの共通語で、奈良時代の万葉仮名文献を添削するようなものだ。その可笑しさと不合理性がわかるだろう。ゆえに多くは述べない。『孫子兵法』はこのような次第で、銀雀山竹簡が発見されるまでまったく改竄に改竄をくりかえされてきた古典だった。もちろん自分の著書の解釈が完全だとは言わない。しかし、古典研究は常に考古学の発見に注目しなければならないし、文献と考古学遺物との整合性は、決して無縁であってはならない。アリストテレスの『アテナイ人の国制』は、中世の写本だけでは欠落や断簡が多かったが、エジプトからパピルス文書が出土して復元された。旧約聖書も「死海文書」が発見され、紀元前後の完全なテキストが保存伝承されたことが証明されて、イスラエルの人々は非常に誇りとしたところだ。『曹操注解・孫子の兵法』の執筆趣旨は、こうした論争点も冒頭で強調してあるのである。
Oct 11, 2005
先軍政治を強調、金総書記も出席=労働党創建60周年報告大会-北朝鮮 【ソウル10日時事】北朝鮮の朝鮮中央通信は10日、労働党創建60周年を慶祝する報告大会が9日、平壌で開催され、金正日総書記も出席したと報じた。大会では最高人民会議(国会に相当)の金永南常任委員長が「先軍思想は党建設と活動の生命線」とした上で、「軍隊を強化し、革命の軍事的基盤を鉄壁のごとく固めるべきだ」と発言。朝鮮人民軍を最優先する先軍政治体制を推進することを強調した。朝鮮通信(東京)が伝えた。 金委員長は、これまでの党の業績について「強盛大国建設と民族繁栄の展望を切り開き、社会主義強国の地位に引き上げた」と総括。一方、北朝鮮の核問題や6カ国協議、対米、対日関係には言及しなかった。金総書記の発言もなかった。 (時事通信) - 10月10日11時0分更新☆マルクス・レーニン主義を堅持し、人民を虐待する官僚体制を打破し、人民専制を貫徹しよう。
Oct 10, 2005
『戦略の本質』(野中郁次郎・戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀 共著 日本経済新聞社 2005年)は、学生時代に読んだ『失敗の本質』の続編ということだ。しかし、その内容には本当にがっかりさせられた。スターリングラードの戦いは、ナチスドイツ軍のバルバロッサ作戦に対抗した局地戦であった。この都市攻防戦の逆転劇そのものは未だに不可解な点も多い。それでソ連軍の天才的な狙撃兵がドイツ軍の将校をやっつけたという伝説(ロシア映画)も生まれるのである。もちろん敗戦だったから、ドイツ側の詳細な記録は抹消されている。これがどうして「逆転の戦略」を語りうるケースになるのだろうか。まったく論理の瞞着と術語の混濁としか考えられない。さて、最も閣下の神経を逆撫でしたのは、この『戦略の本質』の339ページである。「・・・『孫子』は「戦い勝ち、攻め取りて、その功を修めざるは凶なり。命づけて費留という(戦闘に勝ち、敵国要域を占領したとしても、その軍事的な成果を、戦争目的の達成に結びつけることができないようでは駄目である。つまり骨折り損のくたびれもうけというべきだ)」と断じている。・・・」この「費留」は、『戦略の本質』が解したように、戦略レベルの話なのか、あるいは戦術レベル、作戦レベルの話なのか。曹操は戦術レベルと解したが、同時に「功を修める」という意味を作戦レベルでも理解し、前線指揮官以下の賞与について「ケチケチするのも費留だ」と断言している。これは曹操の解釈が正しい。「修功」の意味は後漢時代(『漢書』・『三国志』)までには兵士の果敢な英雄行為、あるいはリスクをとった作戦行動にも用いられている。軍事戦略だの、戦争目的だのというのは、古代の戦争の事情を理解していない現代の学者のマスターベーション問答にしか考えられない。古代戦争の前線司令部や戦闘指揮の現場に外交問題やら戦略問題を議論する場があるわけがない。遠征軍に伝令を派遣するたびに軍事秘密は漏洩の危機にさらされるからだ。パールハーバー奇襲も第二次攻撃・第三次攻撃の待機部隊をのこしながら、南雲司令官の強引な撤収命令を誰も止めることはできなかった。アメリカもイラク戦争では戦前の外交に失敗した。湾岸戦争でも戦後の外交で失敗している。しかも成果だと考えられたサウジアラビアのアメリカ軍の駐留問題がアルカイダの反米化を招いたのである。失敗したと気づいていても、アメリカ軍はまだサウジから撤兵していない。軍の派遣と駐留が石油価格など、サウジの政権に対する影響力やコントロールになるという見方も甘かった。駐留米軍幹部も、アメリカ外交官の家族も、サウジ当局の保護で外出するような状況では、おいそれと高圧的な外交姿勢はとれないだろう。つまり、アルカイダが主張する「アラブの大義」、異教徒の軍隊による聖地の冒涜という一方的な価値観に何ら対抗策を持ちえていないのだ。現代アメリカもなしえないことを、どうして野中研究室は、「『孫子』は述べた」と簡単にいえるのか。それは間違いだ。古代文字と、先秦時代の山東方言の古文法の議論をしよう。「功」というのは、「工+力」である。それは最前線で展開する作戦上の「功」、それを指揮する戦術の「功」、つまり現場の功績を指示した表現だと断言しなければならない。また、「功を修める」というのは、作戦・戦術といった現場の尽力を調査して勘案するという意味であって、戦闘の勝利を外交的な国益増進にするという意味ではない。「修」というのは、同じ山東方言をふくむ皇覧本『論語』でも「修学」と使われており、これも文書典籍を精査し、勘案するという意味である。もともと「修」は、お祭りの犠牲の羊のバラ肉、つまり上質のカルビロース肉をアバラ骨から匙(ナイフ)でこそぎ取り出すことを意味しているのだから、当時の竹簡の巻物を紐解く作業を、この解体作業の意味に慣用的に使うようになったのだ。大きな竹簡の束はまさしく子羊のアバラと同じ形状をしているからな。つまり功績を聞き取り調査して竹簡の束に記録することが「功を修める」という具体的な内容だ。これは戦術レベル以下の議論である。それがどうしていきなり戦略レベルの話になるのか。戦術的な成果が外交的な成果にもなるという理想形は、普仏戦争のビスマルクとモルトケの連携が挙げられるが、彼らも「たまたまそうなった」と後で証言しているのであって、そんなに大風呂敷に包んでうまくいく話ではありえない。孫子兵法の時代、軍事戦略と外交戦略が一つに集まるのは君主の廟堂だけであった。これを「廟算」という。電話があるわけではない。ビスマルクはモルトケに電報を打った。「外交とスパイでナポレオン三世をパリから国境の前線を視察させる。その時こそ開戦の好機だ」しかし古代中国では外交使節が数ヶ月をかけて同盟諸国を訪問して、何を報告してくるか、そんなことは将軍にも知らされない。アヘン戦争の林則徐の失策も、イギリス本国の情報がロシア駐在大使からもたらされていたのに、情報が皇帝側近の袖の下に隠れていたからである。もちろん、その側近はアヘン戦争の勝利などということは眼中になく、大清帝国の敗北の結末なども夢寐だに信ずることなく、香港が奪われることも不利とは思わず、ただ漢族の林則徐が清軍の全軍事権を握り続けるのが嫌だったのである。特に詳細な外交と軍事の分離は、漢の高祖・劉邦にあっては、韓信と張良という別々のパーソナリティで動かされていた。孫子兵法の孫武も主に陸戦の戦略・戦術を論じたのであり、呉軍のロジスティックスは水軍戦略によるものが大きい。しかし、実際の水軍の議論は孫子兵法はない。陸路のロジスティックスの困難を作戦篇で述べているだけである。『左氏春秋』を精読すると、呉軍の侵攻ルートは長江水軍の補給を受けながら、五年以上をかけ、アミダ状に淮水流域を西進し、決定的な時期に楚軍主力が迎撃体勢にあった淮水最上流の直袁関を迂回し、大別山脈の隘路を越え、いきなり長江沿岸の柏挙に南進したのである。そこには水軍による援軍と補給が待ち合わせていたからだ。直袁関に布陣していた楚の別軍(精鋭部隊)は、呉と同盟した付近の領主、唐伯と蔡侯にまんまとだまされた。呉軍は直袁関の手前まで兵員のいない「空船」の偽装艦隊まで進出させ、楚の精鋭の動きを釘付けにした。そこに「呉の主力軍が長江沿岸を西進している」という急報がもたらされる。これも計略である。漢水西岸にいた楚の宰相は愕然とした。宰相の緊急出動命令で、楚軍はあわてて漢水流域から柏挙の決戦場まで強行軍で到達したので、ほとんどの楚軍の兵力は疲弊し、正規の重装備もなく、戦う前に瓦解している有様であったという。さて、この「費留」についての誤釈は、実に大戦略・戦略・戦術・作戦・戦法といった各レベルの相違点や見境を、野中研究グループが混同し、「戦略と戦術」をあるときには同義に使ってみたり、あるときには作戦を「戦略」と称してみたり、まったく論理の瞞着と術語の混濁としか考えられない。あえていえば、日本の戦略研究のレベルの低さに、閣下は驚き嘆いているのである。一橋大学大学院教授というのは、まあ象牙の塔の御雛様のようなものだから、そのまま座っていても特に害毒はないだろう。恩人だし、勝手にやってください。しかし、防衛大学という専門教育機関の教授がこんな低劣な見解だったら、学術的に自衛隊の無力化を促進しているといわねばならぬ。恥を知った人間なら辞職せよ。これは忠告である。戦略の基礎も理解していない防衛大学教授を恩師とあおぐ防衛庁幹部はペンタゴン・ギャングやネオコン・マリーンと同じ失策に陥るであろうよ。
Oct 10, 2005
冬の花火というのは、確かにキレイなものかもしれない。 しかし、冬の盆踊りというのはどことなく可笑しい。 何をやっているのかといぶかしく考えてしまう。 『戦略の本質』(野中郁次郎・戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀 共著 日本経済新聞社 2005年)は、学生時代に読んだ『失敗の本質』の続編として、今年夏八月に出版された。なぜ、こんなにブランクができたのか。「まえがき」にはこうある。「・・・ケースの選定、執筆まではほぼ順調にすすんだが、結局のところ、戦略の本質とは何かという、根本的なところでわれわれは行き詰ってしまった。(そりゃ、野中先生たち皆さんがまったくの戦略不在で、目的が不明だったからですよ。ハッハッハッ。) 前著『失敗の本質』は、日露戦争という過去の成功体験に過剰適応した結果、日本軍は失敗を回避できなかった、というきわめて明確な命題を提示することができたが、戦略あるいは逆転の本質は何か、については確たる命題が見出せなかった。かといって、われわれは戦略のハウツーもの、これを実行すれば戦略的に成功するといったチェックリストをつくるつもりもなかった。こうしてプロジェクトはいったん休眠状態になった。(青い。若い。まさしく青春ドラマですな。ハッハッハッ。)」「・・・流行している戦略論は分析的な戦略策定に終始していた。分析的な戦略論が行き過ぎた結果、戦略を実践する人間の顔が見えなくなっていた。戦略とは、何かを分析することではない、本質を洞察しそれを実践すること、認識と実践を組織的に綜合することであるはずだ、という確信をわれわれは持つに至った。そこから導き出されたのは、戦略を左右し、逆転を生み出す鍵はリーダーの信念や資質にあるのではないか、という仮説であった。そこからプロジェクトは再開された。」そこで野中教授たちは、次の10条の命題で『戦略の本質』をしめくくっている。命題(1) 戦略は「弁証法」である。命題(2) 戦略は真の「目的」の明確化である。命題(3) 戦略は時間・空間・パワーの「場」の創造である。命題(4) 戦略は「人」である。命題(5) 戦略は「信頼」である。命題(6) 戦略は「言葉」である。命題(7) 戦略は「本質洞察」である。命題(8) 戦略は「社会的に」創造される。命題(9) 戦略は「義」である。命題(10) 戦略は「賢慮」である。ここで閣下の反論を出そう。命題(1)について。「逆転」というものは、確かに弁証法的なものである。特に毛沢東主席に代表される遊撃戦術論では弁証法的な発想が非常に効果的だった。それは孫子兵法が主張したことであり、毛沢東主席本人は「これは孫子兵法を現代的に言っただけだ」というだろう。そして遊撃戦術はあくまでタクティクスである。中国人民解放軍に戦術と戦略を混同する将校・将星はいない。そもそも、大規模な組織は弁証法では動かない。各部隊が弁証法で動いていたら、市街戦や都市攻撃のケースでは混乱が増加する結果になるだろう。この場合には、あらかじめ被害状況を予測分析し、最小限の被害を想定できるような戦略オプションをとることだ。孫子兵法でいえば、城砦は完全包囲せずに逃げ道をつくっておくことだ。これは弁証法ではなく、演繹法だ。そして、孫子兵法の大戦略、マキァヴェリの戦史研究などは、あくまで帰納法で戦略・戦術のタブーを検討し、批判している。瞬時の判断は弁証法的に、しかし組織的な戦略は演繹されなければならない。そうしないと軍事費が計算できないではないか。ハッハッハッ。弁証的作戦はある。弁証法的な戦術発想も必要だろう。しかし、弁証法的な戦略というものは成立しない。そこに毛沢東主席も過ちがあった。文化大革命の破綻は、国家戦略問題を弁証法的に止揚できると考えて、新たな階級闘争を創造してしまったときに約束されていたのである。このような命題は、戦略・戦術・作戦のレベルの峻別と適切な方法論の分類を知らないから、かくもムチャクチャなものになったのであろう。こんな混濁した議論は、仲間内だけで便所の中でコソコソと卑屈に話し合ってもらいたい。命題(2)について。これも実に青臭い議論で、実際の戦略家の仕事とはかけはなれた学者の意見に過ぎない。戦略の真の目的が単一であるのは小さな事務所企業ぐらいであり、それでも労働者と経営者の目的はちがう。労働者個々だけでもちがう。「目的」は明確であらねばならない。しかし、それは戦略全体に責任をもっている人間、つまり戦略目的を達成したら撤退を命令できる立場の人間が「明確に」していればいいことなのである。当初の「目的」が明確であっても、戦略参謀部が「撤退しろ」といえない状況になったとする。それはすでに目的が曖昧になり、状況が不安定になり、当初の戦略計画にはない想定外の事件が多発してしまった後の場合である。つまり、戦略というものは実際に展開すると、想定外の出来事に直面するものなのである。だから孫子兵法は「兵は巧久をきかず」と断言しているのだ。長期にわたって撤退できない戦争は、それ自体がまったくの失敗というべきである。したがって、戦略というものは「目的」を明確化しただけでは、「戦略学者」の研究室内の隠微なマスターベーションに終わってしまうだろう。戦略は目的を限定されてはならない。ただし、あらゆる結果を予測して、その効果を分析することによって、その時その時の状況に最大の成果をもたらす行動が選択されるべきなのである。また、指導者が戦略を考えたり、戦略スタッフと相談するときに、指導者の戦略目的がぼやけたものであったとするならば、これも失敗の原因となる。つまり、戦略の専門家が指導者に裏切られる場合である。湾岸戦争を考えてみればいい。目的はクウェートの旧領をイラク軍から解放することだった。だとしたら、イラク南部まで侵攻し、シーア派の住民が多い地域をイラク政府から独立させ、南部の油田地域を彼らに確保させればよかった。しかし、アメリカはイランと敵対していたので、イラク南部のシーア派を独立させると、イランの領土を増やすことになると心配した。なぜこんなことになったかといえば、それまでアメリカはイラン・イラク戦争を長期化させ、イラクに戦争をけしかけさせる外交戦略をとっていたので、サダム・フセインのクウェート侵攻の予兆を深刻に考えていなかったからだ。パウエル大将が政界入りで国務長官を望んだのも、外交に軍事戦略の何たるかを講義しに行くつもりだったかもしれない。シュワルツコフ大将は回顧録でイラク南部侵攻を制止されたことを非難している。それで多くのシーア派の指導者たちがフセイン政権で虐殺されたのだ。シーア派がアメリカと協調できないのは、サダム・フセインと手を握った過去ばかりでなく、一方的な戦争終結で弾圧を促進したからである。イラク戦争を考えてみるといい。イラク戦争が終わった直後に、ブッシュ政権とかかわりがあると報じられた原油調査資本が飛びついて、アメリカ国民のほとんどが戦争そのものに疑惑を持ってしまった。こんな命題を真剣に議論しているとしたら、閣下は野中教授の机を蹴飛ばすしか方法はなさそうである。「あなたの研究のために、多くの企業が失敗したり、また新たな失業者を生むことになるぞ。それでいいのか。そればかりじゃない。国家や社会も混乱させ、破綻させる結果を招くだろう。それでいいのか」ってなあ。誰か野中先生の講義に出る一橋の学生がいたら、閣下の激怒を一言ぐらい伝言してくれよ。これじゃあね。命題(3)について。 戦略は時間・空間・パワーの「場」の創造であるって、何か今風に表現しているけれど、何もわかっていないようですなあ。 孫子兵法だったら、もっとシャレた表現になるが。「天候・地理の条件、タイミングと組織力の集中」 これが孫子兵法なのさ。 何か再定義する必要があるんでスカイ。屁っ。命題(4)ついて。 戦略は「人」だということは、孫子兵法で最初に明確化された。 ところが岩波文庫が変な解釈をしやがるものだから、誤解が広まっているのだ。 もちろん、過去の孫子兵法の解釈論ほとんどが「人」の問題を排除してきた。 戦略がわからない人間は指導者に立てるべきじゃない。 そんな人間が相当な地位にのこっていたら、ただちに更迭しなければならない。 だから孫子兵法は、「戦略は人だ」とはいわず、戦略は「道・天・地・将(リーダー)・法」だと明確に述べているじゃないか。 この問題については、大前研一教授のサジェスチョンがあったので、先月の日記にも書いている。http://plaza.rakuten.co.jp/freiherr/diary/200509220001/命題(7)について。 戦略は「本質洞察」だというが、この『戦略の本質』には情報部局の戦略的な重要性を何も記述していない。適切なプロの情報活動がないと、戦略は成立しない。それも孫子兵法の命題だ。用間篇とともに戦略論は生まれたのだ。 しかし本書にとっては、完結した本論の内容の限界を踏み越えた学者らしからぬ冒険主義的な命題設定だな。 馬糞漬けにでもしておけ。命題(5) 「信頼」命題(6) 「言葉」命題(9) 「義」について。これは閣下がやっている日本経営倫理学会の仕事だ。もし戦略研究をやっている人々が必要だと考えるならば、閣下の猛烈パンチと爆裂キックを覚悟して、わが学会にいらっしゃい。ハッハッハッ。
Oct 9, 2005
命題(1) 戦略は「弁証法」である。命題(2) 戦略は真の「目的」の明確化である。命題(3) 戦略は時間・空間・パワーの「場」の創造である。命題(4) 戦略は「人」である。命題(5) 戦略は「信頼」である。命題(6) 戦略は「言葉」である。命題(7) 戦略は「本質洞察」である。命題(8) 戦略は「社会的に」創造される。命題(9) 戦略は「義」である。命題(10) 戦略は「賢慮」である。命題(10)について。 戦略は「賢慮」である。ここで野中教授たちは次のように「賢慮型(Phronetic)リーダーシップ」を提案している。これは孫子兵法の用間篇に断片的に紹介された理想的なリーダー像と、よく重なっている。1. 他者とコンテクストを共有して共通感覚を醸成する能力2. コンテクスト(特殊)の特質を察知する能力 3. コンテクスト(特殊)を言語・概念(普遍)で再構成する能力4. 概念を公共善(判断基準)に向かってあらゆる手段を巧みに使って実現する能力5. 賢慮を育成する能力さて、このような理想主義的な条件の列挙はまあよい。いちいち批判しない。何だか、みんながみんな親鸞聖人や日蓮上人になるような議論だな(笑。ただ、1と2について、松下幸之助さんは「成功する人間は運と愛嬌がある」といっていた。そのほうがわかりやすい。明治天皇が成績抜群の海軍大将・海軍大臣の山本権兵衛に「何で東郷平八郎を司令長官に選んだか」と御下問があった。東郷はアメリカ占領前のハワイ王国を視察したり、海軍でも無骨さゆえにあまり昇進は早くなかったからだ。しかし山本はいった。「東郷はこつのほか運のよか男でごわっします」明治天皇は楽しそうに笑った。「それでよい」山県や伊藤、桂が長州閥として「乃木を第三軍司令官から更迭したい」と上奏したら、明治天皇は激怒した。「それは前線兵士の士気にかかわる。それに今ここで更迭したら、乃木は生きてかえれまい。新たな軍団派遣は裁可する。新たな作戦で敵に当たるよう」これが乃木を立てつつ、児玉が作戦指示するという二百三高地作戦の契機になった。奉勅命令だったのだ。まさに明治大帝なのである。このように真の賢慮(Phronetic)は人材の本質を見抜き、選抜し、適材適所に配置する能力が欠かせないはずだ。八方美人である必要はない。特色や異能をもった人材を使いこなし、彼らの上に立てる圧倒的な魅力をもった人間が偉大なのだ。具体的には漢の高祖劉邦であり、曹操であり、毛沢東主席なのである。現在の大学院教育で起業経営たちを教科書で教育する場合、つまり現代帝王学の目標も、ほぼこれでいいといえるだろう。しかし、このような賢慮型のリーダーシップは「生き残り」ができる最終形態なのか、実に疑問である。しかも、野中教授らが具体的なケースとしてあげた戦史上の指導者たちがそろいもそろって、フロネティックなリーダー像を具体的に持っていたとはいえない。その意味で、結論と本論が矛盾している『戦略の本質』は大きなパラドックスを抱えている。戦略家に政治的な判断能力が付き過ぎると、次の段階で、戦略家が「陰謀家」に転職し、多くの人的な災害を国家社会にもたらしかねないことを知らねばならない。一つの例が、戦史ともかかわりの深い松岡外交の批判的な検討である。彼の外交方針はいつのまにか「陰謀」になり、外務省内の権力闘争にまで発展してしまった。それというのも、松岡にとっては「陰謀」と戦略の区別の判断がまったくなかったからである。毛沢東はもっと情熱的であり、果敢であった。それは彼独自の歴史研究と哲学によるものである。しかも、彼は周恩来総理と朱徳元帥に何度も助けられた。つまり、八路軍の遊撃戦術・戦略を単に毛沢東のパーソナリティから帰納しようとするのは、研究方法として個人崇拝が過ぎると言わねばならない。こんなことは中国国防大学でも、中国人民大学でもやらない。それは間違いだ。サダトは指導者としても政治家としても賢人だったが、彼自身の政策がエジプトに最初のイスラム原理主義運動を生んでしまった。それにソ連軍の戦略問題については、まだ詳細な研究はないと思う。ケースとして議論するには早すぎる。ヒトラーの死骸すら、最近ようやく行方が確証されたのだ。ソ連軍の機構の中にジューコフ将軍が出たり、アメリカ軍にパットン将軍が出たのは一種の奇跡であった。しかし、第二次世界大戦の欧州戦線で「賢慮型」といえる将軍はブラッドレーしかいない。しかし、ブラッドレーはパットンの欧州侵攻軍の第三軍司令官に復帰させることに最後まで反対し、三ヶ月も作戦侵攻を停滞させた。「そんなことも知らないのか」とは言わないよ。 したがって、野中教授の最終命題は、なかなか評価に値するが、最善のものでもなく、特効薬でもない。結論として、野中教授らのグループの『戦略の本質』は、ピンボケどころか、温泉町の射的のオバサンみたいに。「大はずれぇっ」と曹操閣下は絶叫せざるをえない。しかしまあ『戦略の本質』で見えてきたことは経営組織は経営戦略に従い、経営戦略学は経営倫理学に従うこの事実だ。ちょっとスッキリしたな。『失敗の本質』、あのころはよかったけれどなあ。今では通じませんな。冬に盆踊りをやるのは可笑しいですよ。ハッハッハッ。
Oct 8, 2005
一橋大学大学院国際企業戦略研究科の野中郁次郎教授は、端倪すべき恩師ともいえるかもしれない。 もちろん、今になると、もはや教えてもらう必要はない。 個人として指導を受けたことはないが、学生時代に読んだ名著『失敗の本質』(野中郁次郎・戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀 共著 ダイヤモンド社 1984年)に触発され、私はダイヤモンド社の学生論文大賞に応募し、通産大臣賞をいただいた。 これがまあ、現在の戦略研究の専門家としての人生を最初に決定したわけだが、要するに企業も、国家も、社会も戦略不在だとやがて行き詰まり、大失敗に陥るのではないかと警告したのである。 ただし、『失敗の本質』からの援用はその数行だけであった。 別に戦史研究の感想文を書いて通産大臣賞をもらったわけではない。 この『失敗の本質』に書かれているようなことは、司馬遼太郎さんがすでに『坂の上の雲』で日露戦争の成功と失敗を詳細かつ冷徹に分析したものがあったから、「あっ、専門的にもこう読めるんだ」という感想だった。論文にドキュメンタリーとはいえ小説を引用するわけにもいくまい。 円高不況で日本の大企業が巨大な「組み立て産業」になりつつあった時に、下請け中小企業が切られ、大企業だけが勝手に都合をつけて海外進出するという異常事態に対して、自分としては非常に腹を立てていた。 そこで『資本革命・その可能性と合理性』という題で、中堅以下の中小企業群が「協業化」をすすめて、取引顧客を紹介しあったり、部品をセットにして、新規の他社に売り込むような自立した自由契約社会をつくりあげるべきだと主張したのである。 「もう大企業を頼るな。中小企業主よ、自立し、団結せよ」といったわけだ。 これが第二回ダイヤモンド学生論文大賞・通産大臣賞の内容だったわけだ。 通産省はその年から私の論文をベースにして中小企業対策に「自立化と知識融合化」という産業戦略を発表し、これによって多くの下請け中小企業が生き残った。 大田区や東大阪市の中小製造工場のおやじさんたちは、「そんなことぐらい昔からやっていたよ」と笑われるかもしれないが、現在でも多数おこなわれている中小企業の異業種交流会や製品展示フェアは通産省の政策がはじまって、国家予算がついてから正式に動いたのである。 幕張メッセや国際展示場など、それらを展示したり、交流会をしたりする場所も、私の提言した戦略にしたがって、ほとんど旧通産省がつくったのである。政府の補助金も各市町村にばらまかれ、親会社の不利な要求に泣き崩れていた下請け中小企業の自立が促進されたのであった。 今では、大企業のほうが新製品をつくるたびに担当者を中小企業の町に派遣して、あちこちの工場に「こういう部品はつくれませんか」と頭を下げて回っているではないか。 私が学生時代だった1980年代まで、製造業でベンチャー企業は生まれないといわれ続けてきた。 それはすべての中小製造業が「下請け系列」に吸収され、親会社以外の外注を一切受け付けなかったからだ。 まさに「系列の裏庭に咲く中小の花」だったのだ。 達成感といえば、売り上げや儲けより、親会社の社長印のついた感謝状だけだったじゃないか。ほとんどの中小下請工場は。 しかし、今では製造工場を持たないで、すべて契約工場の部品供給と組み立てラインのリースだけで製品を市場に出しているベンチャー企業は多数ある。 パソコンもすぐ自作できるようになった。 これはマザー・ボード、つまり部品セットが製品として売られ、しっかりと売り上げをのばしているからだ。 そして部品セットをつくりつづけている企業が、もっとも早くペンティアム・シリーズの最新バージョンを使った最強最速パソコンを低価格で市場に出してくる。 『資本革命』は成功したのだ。 その仕掛け人は、私に通産大臣賞を手渡した通産省官房企画室長、現在の福岡県の麻生渡知事であった。 野中教授は「戦略の重要性」を論証した。それに基づいて、私は『資本革命』という具体的な産業構造変革の戦略プランを書いた。麻生知事はそれを国策として実行にのせた。 だから、野中教授と麻生知事は、私の人生にとって恩人であるわけだ。 野中教授からもらったサジェスチョンは数行だったが、確かに私には決定的だった。そして現在の私の立場の認識からすれば、全国のほとんどの経済産業省所管の特殊法人・コンベンション施設運営事業は旧通産省の天下り官僚たちの巣になっているから、戦略目的をオーバーしていることは間違いない。しかし、それは麻生知事の後輩たちの悪乗りというものだろう。 ただし、戦略がなければ、野中教授と麻生知事の存在だけで、『資本革命』のような決定的な国策が生まれたであろうか。 戦略家の仕事は見えにくい。 しかし、戦略家は実に常に重要なのである。 たっぷり自画自賛だけれどね(笑。
Oct 8, 2005
<チーズ談義>首相が森前首相と都内レストランで会食 小泉純一郎首相は6日夜、都内のレストランで、森喜朗前首相、青木幹雄自民党参院議員会長と会食した。首相は、森氏が8月の衆院解散直前に首相公邸で解散回避を直談判した際、「干からびたチーズ」と酷評したフランス産高級チーズ・ミモレットでもてなした。「ミモレットの分のお返しは終わりだ」と声をかけると、森氏も「結構だ」と応え、チーズ談議に花を咲かせたという。 ただ、郵政民営化反対派の処分をめぐっては平行線のまま。森氏は「あなたは(衆院選で)勝ったんだから寛大にいくべきだ」と話し、青木氏も「参院できちっとやる」と、参院独自で処分を行う考えを伝えた。しかし、首相は「うーん」とうなったまま明言を避け、こちらは「一件落着」とはいかなかったようだ。【中西拓司】(毎日新聞) - 10月7日0時38分更新☆丸くおさめてはいけない。 国家をひっくり返しかけた反逆者、大逆無道の罪人は懲罰すべし。 そうしないと、「コンセンサス」を盾にする利権政治家たちがまた復活するだろう。 「業界のコンセンサス」 それが談合体質を生んできたのだ。 あとに続く政治指導者に、こんな「負の遺産」をのこしてはいけない。
Oct 7, 2005
『曹操注解・孫子の兵法』の読者は気づいていると思うが、孫子兵法は実は帛書『黄帝四経』と思想的に深いつながりがあるという古典研究が一つのベースになっている。そこで《幻の孫子兵法》という章を立て、銀雀山竹簡で発見された「黄帝伐赤帝」を翻訳した。ここで孫子兵法の地理的な表現と、汲冢竹簡(曹操の死後、西晋時代に発掘された竹簡文書)の「穆王史記」の記述で、黄帝の支配地域を黄河上流域、つまり青海・寧夏・陝西の地域と判定した。河南省や山西省まではいかない。むしろ内モンゴルまで進出したという考え方だ。実は、この研究は非常に評判が悪かった。つまり、漢族が支配している地域ではなく、チベットやウイグル族の居住地域こそ、黄帝の国家だと言ったからだ。しかし、閣下は正しかったようだ。その実証が発見されたのだ。■中国最古の絵文字発見、甲骨文字の数千年前か 【北京=藤野彰】新華社通信は5日、中国西北部の寧夏回族自治区で、国内最古と見られる絵文字が発見されたと伝えた。 専門家は、漢字の原型にあたる、殷代(紀元前17~同11世紀)の甲骨文字より数千年さかのぼる時代のものと推測している。 絵文字が見つかったのは、寧夏西部の中衛市大麦地地区。同地区の岩壁では、旧石器時代後期(約2万年前)以降に描かれたと見られる岩絵8453点が発見されており、地元の西北第2民族学院岩絵研究センターが調査したところ、原始的な文字の形態をしている絵文字約1500点が確認された。 調査結果は上海古籍出版社の古文字専門家、劉景雲氏が鑑定、最終的に「文字史書き換えの可能性もある」との結論に至ったという。 岩絵は太陽、月、星の形や狩猟、放牧、舞踊などの様子を図案化しており、絵文字と認定されたものは陶文(土器の表面に記された文字)や甲骨文字と似通った形をしている。中には二つ以上の象形を組み合わせたものや、会意、指事文字などの要素を含むものもあるという。ただ、解読できた絵文字はごく一部に過ぎず、ほとんどはまだ意味が判明していない。 文字の発明をめぐっては、紀元前3500年ごろメソポタミアのシュメール人が発明したくさび形文字を最古とするなど、諸説がある。(読売新聞) - 10月6日22時20分更新________☆今夜は一人で一杯やりたい。 ハッハッハッ。
Oct 6, 2005
・・・・・さて、城塞の目的は外敵に備えるばあいと、その隷属下にある連中を監視するばあいとが考えられなければならない。ところが前者には城塞など役にたたないし、後者にはむしろ害をおよぼすほどのものなのである。・・・・・いったい、君主や共和国が自分の領民を恐れ、彼らが反乱を起こしはしないかと心配することが、かえって支配者に対する憎しみを領民に植えつけるものだ、と言っておきたい。すなわち、このような憎悪感は、領民が自分たちは不当なとりあつかいを受けたと感じることから起こってくるのである。 しかも、この不当なあつかいを受けたという気持が領民にでてくるのも、支配者側が腕ずくで領民を抑えられると考えていることに基づくものであり、あるいは、支配者が彼らをとりあつかうときに、いくらか慎重さを欠いたことに端を発するものである。 さて、領民は力ずくで支配できると支配者に思いこませる原因の一つに、彼らがその背後に城塞をそなえていることがある。・・・・・・・・なぜなら、まえにも述べたように、これを持てば第一に支配者はその領民に対し、ますますとりあつかいが無神経になる一方で、それに乱暴さも加わっていくからである。 次に城塞の中にいることが支配者が信じるほど安全を確保するものではありえない。・・・・・ミラノ公となったフランチェスコ・スフォルッツァ伯が賢君の誉れが高かったとしても、ミラノに城塞を構築した事実をみれば、この点では、彼もあまり賢明ではなかったのではないかと申し上げる。しかもその結果、彼の後継者たちにとっては、城塞は害にこそなれ、なんの支えにもならなかった。 つまりフランチェスコの後継者たちは、この城塞さえあれば、自分たちが安泰に暮らせるし、その市民や領内の人びとを抑えることもできると思ったからである。そして、ありとあらゆる悪行に身をゆだねるようになってしまった。ところが、その悪行がはげしい憎悪の的となり、外国軍が攻撃をしかけると、たちどころにその国家は瓦解してしまった。 すなわちその城塞は、いざ戦争になったら、なんの役にもたたなかったし、平時には支配者に多くの災いを与えるもととなった。というのも、仮に彼らが城塞を備えていなかったら、あるいはまた、その市民たちをあれほどまで苛酷にとりあつかうへまをやっていなかったら、もっと早くに彼らは自分たちの置かれた危険な立場を読み取ったであろうし、また手びかえていたことであろう。 そしてフランス軍の攻撃に対して、城塞などあてにせずに好意的な領民と力をあわせて、もっと果敢に抵抗できたはずだ。こういうやり方のほうが、実際に彼らが体験したように、城塞をそなえながらも、自国民の敵意を浴びて戦わねばならなかったばあいにくらべて、はるかに底力のあるものだったに違いない。・・・・・・・・・・当時ならぶものもなかった名将フェデリーゴの子、ウルビーノ公グィドウバルド(グィドバルド)は、教皇アレクサンデル六世の子チェーザレ・ボルジアにその国を追われた。そののち、幸運に恵まれて故国に帰還したが、そのさい国内にあるあらゆる城塞は、百害あって一利なし、と判断して一つ残らず破壊させた。というのは、彼は自国民に愛されていたので、民衆を治めるのに城塞など必要としなかったからだ。また外敵に対しては、野戦に軍隊をくりだして敵を防ぐ必要があるのだ、と考えていたからである。このようなわけで、彼は領内の城塞をうちこわす決心をしたのであった。 一方、教皇ユリウス二世は、ペンティヴォリオ家をボローニャから追放し、そこに城塞を構築し、自分が任命したひとりの行政官に多くの人民を殺させた。このために反乱が勃発して、たちまちその城塞は陥落してしまったのである。こうして城塞はユリウスにとっては、役だつどころか災いをもたらすものとなってしまった。・・・・・・・・・・さて、精鋭な軍隊を擁し、そのうえ海岸か国境近くに城塞をそなえている君主は、この城塞のおかげで、数日間は敵の侵入をくいとめて、自軍を集結する時間をかせぐことができる。したがって、こんなばあい城塞はときとしては有効であるかもしれないが、かといって、必要条件だとは言いきれない。 ところが、精鋭な軍隊に恵まれない君主のばあい、城塞をその領内や国境に構築することは百害あって一利ないことになる。というのは、この城塞はいとも簡単に敵の手にわたってしまい、敵の手にはいった城塞は、逆に(もとの主人に)仇をなすようになるからである。 さもなくて、仮にその城塞の守りが堅く、敵軍も容易にこれを抜くことのできないようなばあいは、敵軍はこの城塞を素通りして軍を進めていくために、せっかくの堅固な城塞もなんの役にもたたないことになる。つまり、精鋭な軍隊は、熾烈きわまる抵抗に遭遇しないばあいは、(いまだ陥落しない)都市や城塞があろうとおかまいなしに、これを背後に残したままで敵地深く進攻していくものだからである。 このような実例は、古代の歴史においてみられるところであるが、最近ではフランチェスコ・マリーアがその好例を示している。ごく最近のこと、彼はウルビーノ攻撃にあたって、十指にのぼる敵の都市などに見向きもせずに進撃をつづけていった。 したがって精鋭な軍隊を動員しうる君主ならば、なにも城塞を構築するまでもなく、事にあたることができるはずだ。一方、強力な軍隊に恵まれない君主は、決して城塞を築いてはならない。つまり、これらの君主のなすべきことは、自分が住む都市の強化に心がけ、物資の集積と民生の向上に励まなくてはならない。このような配慮を怠らなければ、少なくとも和平を結ぶまでか、あるいは同盟国の援軍が救援に駆けつけてくれるまでは、敵軍の攻撃に対してこれをもちこたえることができるはずである。・・・・・『マキァヴェリ全集 2 ディスコルシ』 永井三明訳 筑摩書房 1999年 pp.251-9☆ここで使われている論理は弁証法ではない。 帰納法である。
Oct 5, 2005
総書記長男が最有力か 北朝鮮後継者でタス通信 【モスクワ5日共同】平壌発のタス通信は5日、北朝鮮の金正日総書記の後継者になる可能性が最も高いのは長男の正男氏だとの現地外交筋の見方を伝えた。 同日付のロシア紙ブレーミャ・ノボスチェイは正男氏の可能性は「まずない」とするロシア専門家の見方を引用しており、平壌外交筋の見方の信ぴょう性は不明。 同外交筋は、正男氏が総書記の3人の息子のうち最年長であることや、軍内部での権威が高いことを指摘。2001年に偽造旅券で日本に入国しようとして身柄を拘束され、総書記の不興を買ったとされることを考慮しても「最も現実的な候補者だ」と述べたという。(共同通信) - 10月5日23時25分更新______☆よくもまあ。 ロシア情報当局としてはモスクワにいつも立ち寄る金正男氏が後継者だと「安心できる」という見方なのだ。 つまり、希望的観測が一人歩きした結果だな。 逆に言えば、金正哲氏に対して、ロシア当局はノータッチだということだ。 正哲氏は高校生までスイスに留学し、フランス語がうまいと聞いている。 彼は外国人とほとんど接触しなかったが、東欧・フランス・ジュネーブ駐在の外交官たちが彼を養育した。 東欧政府の情報機関は拉致事件解明の過程で明らかにされたように、北朝鮮の外交官と秘密工作要員について、すべてマーキングして動向を追尾し、記録していた。 これはCIAとの機密情報取引のために準備されたものだ。 しかし、東欧政府は崩壊し、当時の情報部員たちが個別に日本領事館に情報を売りつけにきた。まあ、その話はよそう。 のこったのはフランスの対外情報機関だった。 フランスはきっと正哲氏の軍事委員長・総書記継承を望んでいるだろう。 日本が拉致問題の暗礁などで、北朝鮮に対する実質制裁にいきかけたときも、フランスだけは北朝鮮に援助を続けた。 これが情報機関の戦略というものだ。 表面上は敵対していたら、実は何も情報は取れない。 表面上は友好を強調し、そして内部に侵攻してくるわけだ。 北朝鮮当局はようやく今になって、その極秘戦略に気がついた。 つまり後継者をフランスとつなげてはまずいという判断なのだろう。 主体思想を維持するためだ。
Oct 4, 2005
何を学んできたんだ?ほとんどの国立大で資産評価誤り 昨年4月に発足した国立大学法人89校の2004年度決算で、ほとんどの大学が資産の評価を誤り、各校のミスの総額は約700億円に上ることが、会計検査院の指摘を受けた文部科学省の調査で1日、分かった。校舎などの資産価値を過大、過小に算定していたケースが目立った。 独立法人化された国立大の資本金は、国から引き継いだ資産の評価額から借入金を差し引いた額を計上。各校が資産を算定し直した結果、89校の資本金は総額で約176億円増加した。04年度が法人化後初の決算で、経理に不慣れだったのがミスの原因とみられる。 検査院が調査した東大や京大など比較的規模の大きな42校のうちでも、資産評価の誤りは計約400億円に上ったという。 評価ミスで多かったのは、法人化直前に新築や増改築した建物などの資産価値の計上漏れ。新築などにかかわった担当者が経理担当者に連絡しないなどの単純ミスが原因だった。 宮崎大では増築に伴い設置したエレベーターを資産に計上していなかったほか、金沢大は校舎の改修工事に見合う資産価値の増加を算定していなかったという。 年月の経過に伴い建物などの価値が目減りする分を、資産の評価額から差し引く減価償却の算定ミスも多く、過大評価分と、過小評価分の総額が約700億円だった。 国立大は法人化後、民間企業同様に貸借対照表や損益計算書の作成が義務付けられた。ZAKZAK 2005/10/03★スタンフォード大学やハーバード大学に笑われるよ。
Oct 3, 2005
曹操閣下に取材依頼が来た。「ホリエモン騒動や今回の民主党の敗因についてインタビューしたい」とのこと。で、次のようなことを考えている。__________堀江モンのこと 戦う前に引き際を考えずに攻めた。若手が引き際を調整したから助かった。 今回の総選挙でも自民党と公認調整しつつ、民主党と接触した。政治を商売の取引と混同している。 公明党とも取引し、そのために自民党の一部を離反させ、組織票を固めることに失敗した。 しかし、小泉政権に恩を売ったことになるから、今後は政権としても人材活用(内閣直轄の諮問機関・政府委員への就任など)があるだろう。 失敗しても堕ちない幸運には、理由がある。 彼が世間知らず、苦労知らずでいながら、それなりに自分で苦闘した経験を大切にし、「二度と失敗しない」という意地があるからだろう。 決定的なスキャンダルがなければ、中年以降は狭い日本でなく、海外で大成功できるだろう。岡田克也氏のこと 彼自身の責任は少ない。 彼は健闘した。 しかし、戦略がなかった。その上に間違った戦術を使った。 これは日本の選挙事情にリサーチ機能を持たない外資系の宣伝マンに踊らされた結果だ。 民主党が何を言いたいのか、何をやりたいのか、投票まで有権者にはまったくわからなかった。 年金問題が大切ならば、社会保険庁の解体と保険年金一元化のプランを出すべきだった。つまり具体策が何もなかった。 郵政民営化のプランもアイマイにしていた。 つまり「必ず負ける」という方向で、一人だけ健闘した。これが彼の姿だ。 もう一つ、彼には人事権がなかった。 小泉内閣が有能な人材を抜擢する人事方針であるのに対して、民主党は「バランス人事」。 これは旧社会党・旧自由党の「常識」を、彼自身がひっくり返せなかった結果だろう。 敗因は組織にあった。 それは陸軍・海軍の失敗で経験したことなのだ。
Oct 2, 2005
岡山市長選あす告示 衆院選の確執根深くくら替え批判、激戦模様 衆院選岡山2区に立候補、比例で復活当選した萩原誠司氏(49)の辞職に伴う岡山市長選が二日、告示される。「造反組」への圧力から衆院選を回避して市長選へのくら替え出馬を表明した元衆院議員の熊代昭彦氏(65)、自民と地元財界が推す会社社長の高谷茂男氏(68)、民主が支援する元岡山県情報政策課長の高井崇志氏(36)の三つどもえの戦いが予想されるが、衆院選での確執、地元の思惑が交錯した激しい選挙戦になりそうだ。(藤崎真生) ■「プラザ合意」 「アンタが出ても推薦はせんよ。こっちには『ウルトラC』があるんだ」。市長選への出馬を決めた熊代氏に自民党県連の幹部がクギを刺した。 混乱の発端は、熊代氏が衆院本会議で郵政民営化関連法案に反対票を投じたことだった。党執行部は、対抗馬として萩原氏に立候補を要請。結局、萩原氏が衆院選に、熊代氏が市長選に、というダブルくら替えが実現した。 両氏の後援会組織のほとんどが重なることから、この動きには「ポストのバーターだ」と批判も強く、熊代、萩原両氏が直接会談したホテル名から「プラザ合意」と揶揄(やゆ)する言葉まで、岡山政界では飛び交う。 ■盟友擁立 もともと岡山の財界には、萩原市政に対する不信感が渦巻いていた。地元有力企業の社長は「萩原氏は、市街地の活性化や将来のまちづくりで、何もしなかった。その萩原氏とつながっている熊代氏を応援できるはずがない」。 百貨店「天満屋」の会長、伊原木一衛氏を中心に、経済界は候補擁立を模索。岡山商工会議所の副会頭も務めた“盟友”の高谷氏を指名した。 財界の動きに乗じる形で自民、公明は、内部の不満を押し切り高谷氏推薦を決める。高谷氏の事務所には、伊原木氏が後援会長を務める平沼赳夫、片山虎之助両議員の選対幹部も入る。静観の構えを見せていた萩原氏も自民の強い要請でやむなく高谷氏の出陣式に出席する意向を固めた。 一方、県連の支援を失った熊代氏だが、一部の県議、市議の応援を得た。「財界と自民の癒着だ」(県議)との怒りの声も強く、自民は分裂状態に陥った。陣営は「市民が主役の岡山市」をキャッチフレーズに、財界主導の高谷氏を意識して「市民派」を強調する戦術だ。 ■奪還の好機 高井氏は、商店街の店主や主婦らで作る勝手連的な市民グループに推される形で、市長選への出馬を決意した。 もともと高井氏は、次の参院選での民主の公認候補予定だった。民主県連のなかにも「さあこれからという時期に市長選に出るのはどうか」と出馬を渋る声もあったが、高井氏は「どんな結果になっても参院選には出ない」と不退転の覚悟をみせる。 民主県連は推薦はしないものの、全面的支援を約束。県連代表の江田五月参院議員も高井氏とともに遊説し、知名度アップに懸命だ。「六年半前の選挙では、党が推薦した現職市長が、萩原氏に敗れた。自民分裂の今回は、市長奪還のチャンスだ」(民主系市議)との読みもある。 市長選告示まであと一日。ある市議が渋い顔で話す。 「岡山のまちは大混乱に陥っている。何のための選挙だ」(産経新聞) - 10月1日15時22分更新☆市議だかサギだか知らないが☆☆何のための選挙かって☆ 政治家のクセに、そんなこともわからないのか。 教えてやろうか。 「岡山市民のための選挙だ」 あんたのためじゃない。 少なくとも。
Oct 1, 2005
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