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中国潜水艦、南シナ海で火災か…海南島へ曳航 中国海軍の潜水艦が南シナ海で潜航中に事故を起こして航行不能となっていることが30日、明らかになった。 日米両国の防衛筋が確認したもので、艦内で火災が起きた可能性が高く、同日午後現在は浮上して中国・海南島に向けて曳航(えいこう)されている。死傷者の有無などは不明という。 同筋によると、事故を起こしたのは、中国海軍所属の「明」級のディーゼル式攻撃型潜水艦で、300番台の艦番号がつけられている。 日米両政府は「原子力潜水艦ではなく、通常艦であり、周囲への影響は少ない」と見ており、在日米軍と自衛隊は通常の態勢で監視を続けている。 事故が起きたのは26日ごろで、台湾と中国・海南島の中間あたりの公海で潜航している時に発生した模様だ。浮上した後、中国海軍の曳船などに曳航されており、目的地は海南島の楡林(ゆりん)海軍基地と見られている。潜水艦が自力で浮上したかどうかは分かっていない。現場周辺には中国海軍の軍艦3~4隻が確認されているほか、別の潜水艦もいたとされ、共同訓練を行っていた可能性があるという。 2003年には、今回と同じ中国海軍の「明」級潜水艦「361号」が、黄海で訓練中に「機械故障による事故」を起こし、70人の乗組員ら全員が死亡している。正式な事故原因は公表されていないが、艦内の酸素が急激に減ったことが理由だったとされている。 今回事故があった海域は、南沙諸島などの南シナ海領有権問題や台湾防衛の観点から、中国にとって重要な戦略的拠点とされている。 ◆「明」級潜水艦=1970年代に建造されたディーゼル型潜水艦で、1987年からは改良型が建造・配備されている。全長は76メートル、幅7・6メートル、排水量は2113トン。速力は水上で15ノット、水中では16ノット。乗組員は通常57人とされている。(読売新聞) - 5月31日10時32分更新
May 31, 2005
駐日本 中華人民共和国全権大使 王毅閣下 ならびに 中華人民共和国の皆さんに告げる書6月1日の日記に書き直しました。
May 31, 2005
「日中間の緊張が世界のIT産業に影響」ガートナー予測 http://www.gartner.com/米ガートナー社はこのほど、日中間の政治的緊張の高まりが世界のIT産業に与える影響についての予測をまとめて発表した。今後想定される3つのシナリオを示し、それぞれのシナリオでの他の国々への影響を解説している。 (1)「緊張の高まり」のシナリオでは、香港や、日本との間で独自の問題を抱える韓国、中国と歴史的に強いつながりを持つ他の国々にも影響が拡大すると予想。世界的な景気後退のきっかけとなり、第4世代モバイルネットワーク、RFID、オープンソースソフト、次世代インターネットなどの標準化の協力が中断される可能性もあるとしている。 (2)「不安定な状態の継続」では、互いに相手国の製品に対する偏見が強まり、ビジネスに広範な影響をもたらすという。日本の技術企業は中国での評価が下がり、雇用や人員確保が難しくなるため、日本から中国への投資は減少する。中国のITサービスおよびソフトウェア企業は、日本企業との取り引きを減らし、北米やヨーロッパへ重点を移すことになる。 (3)「平常状態の回復」では、影響は主に日本と中国の企業に限られる。中国の消費者は代替品として、国産の製品、韓国や台湾の製品を好むようになる。また、日本に対する中国人の反感から、日本企業は、ITのアウトソーシングをフィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、オーストラリアなどに移すことを本格的に検討するようになるとしている。 ガートナー社は、世界の大企業2000社のうち95%以上が、中国と日本に広範な利害関係を持ち、投資と雇用を行っていると指摘。日中関係の不安定な状態が続いた場合、こうした多くの大企業は、事業戦略と計画の修正を余儀なくされるだろうと述べている。(WIRED) - 5月30日18時10分更新
May 31, 2005
老政治家が動いてくれることになった。彼は日本で四人しかいない「中日友好使者」の称号を持ち、中国政府の国務院顧問でもある。彼以外に日本と中国の関係混乱を治めることができる人物はいないと思う。そして、靖国神社の大宮司が北京に行って、「靖国の心」を自分で宣伝し、中国人民の誤解をしずめる。これ以外の良策はありえない。日本と中国の関係がこのままだったら、どうなるか。秋口に中国は確実にバブル崩壊する。エネルギー需給予測がそれを裏づけている。政治イデオロギー専門家に経済実態など説明してもわからんよ。日本と中国がエネルギー共同開発に秋までに合意すれば、バブル崩壊のシナリオは一つ突破できる。それには靖国問題を劇的に解決させるしかない。心ならずも乾坤一擲の大勝負をすることになった。日本と中国のために、すべてを失っても、私は本望に思う。これこそ男子の本懐だ。
May 30, 2005
北の収容所体験記「胸痛んだ」 側近にも勧める/ブッシュ米大統領【ワシントン=菱沼隆雄】ブッシュ米大統領=似顔=が、脱北者の体験記を読み、北朝鮮の人権問題の惨状に心を痛め、側近にも同書に目を通すよう促していることが分かった。この体験記は、脱北者で現在は朝鮮日報記者の姜哲煥氏とフランスの人権運動家のピエール・リグロ氏の共著。祖父が政治犯として逮捕されたのを機に9歳で強制収容所に連行され、同収容所で10年間を過ごした姜氏の悲惨な体験が描かれている。2000年にまず、フランスで出版されて大きな反響を呼んだ本で、ホワイトハウスに近い筋によると、北朝鮮の人権問題に取り組むキリスト教団体の幹部が大統領に紹介した。6か国協議の再開問題を巡り、中国がブッシュ政権にも北朝鮮へ歩みよるよう求めているが、「脱北者の本に胸を痛めるブッシュ大統領が独裁者の金正日(総書記)に大きく譲ることなどない」(外交筋)との見方が強まっている。[読売新聞 2005年5月28日(土)]_________☆ブッシュ大統領を新たな戦争に向かうのを抑制するのは、ファースト・レディしかいないかも知れないね。
May 29, 2005
Dear CIA Officers親愛なるアメリカ中央情報局幹部諸兄This is 《Dr. KAKKA : the specialist of Sun-Zi strategy》 writing. 孫子兵法の専門家、曹操閣下です。You got the news about the honorable death of a Japanese soldier in Iraq.He was the true Samurai, indeed.皆さんはイラクにいた一人の日本の兵士の尊厳ある死のニュースを見たことでしょう。彼は確かに真のサムライでした。However, I do not sorry this matter, I want to make notice the big one point.しかしながら、私はこの問題を残念に思うことなく、一つの重要なポイントを示しておきたい。The terrorists have lied.テロリストたちはウソをついた。They said "This Japanese had died by injury in the first attack".But the dead body has bloodshed from his head in the video.You see, too.彼らは「この日本人は最初の戦闘の傷で死んだ」と言っている。しかし、ビデオに映った死体の頭からは流血があった。皆さんも見たでしょう。That is the just evidence of the cruel sanction and execution by gunfire from behind. これは残酷な報復と背後からの銃撃による処刑の、まさに明白なる証明である。What a mean dirty trick !You already know your mission.なんという卑劣な汚いトリックだろうか!すでに皆さんは皆さんの使命をご存知だろう。Please make sure the construction of their tricky murder acts and the dirty hands of the world terrorism.どうか、テロリストたちの虚偽に満ちた殺人行為と、国際テロリズムの汚いやり方について、その構造をハッキリと明らかにしてもらいたい。This is the big chance for you and your own mission.I just promise you, sirs.これはCIAにとって、そして情報機関の目的にとって、大きなチャンスである。私は皆さんに確約する。And this would be the biggest present for you from that dead Japanese soldier.そして、これは死んだ日本兵士からの、皆さんへの最大のプレゼントでもある。This is a conclusion of my profession of Sun-Zi Strategy. このことが、私が専門とする孫子兵法の戦略論の一つの結論である。 Very respectfully, 敬具 the Doctor of the Martial Strategy Freiherr von KAKKA 軍事戦略学博士 曹操閣下より
May 29, 2005
予言は当ったな。閣下は9日の日記にはっきりと書いていたのだ。「もう終わっている」と。http://plaza.rakuten.co.jp/freiherr/diary/200505090002/しかし、「戦闘の負傷が原因で死亡した」というのは、明らかなウソだ。頭から血を流している死体が、「負傷で死ぬ」なんてことはありえない。全世界の軍事関係者が、「これは処刑されたのだ」と判断するだろう。つまり、テロ集団は、全世界に向かって虚偽を公言した。このことは大きく宣伝しなければならない。テロ集団にとっては、「ウソツキ」呼ばわりされることが大きな恥辱となるはずだ。斉藤さん。あなたの死をムダにはしないよ。◆「斎藤さん」映像なぜ今公開、米掃討作戦関連か 【カイロ=岡本道郎】イラクのイスラム過激派組織「アンサール・スンナ軍」が斎藤昭彦さんとする男性の映像を公開したが、今月9日の「拘束声明」で「近く公開する」としていた拘束日本人の映像をなぜ約20日を経た今、流したのかが憶測を呼んでいる。 ウェブサイト上に流れた映像では、撮影時期はもちろん、なぜ現段階で、しかも「死亡した」と通告して映像を公開したのかをうかがい知る手がかりは見あたらない。ただ、考えられるのは、最初の声明が流れる直前の今月8日から、同組織が活動範囲とするイラク西部アンバル県で米軍が「マタドール(闘牛の剣士)作戦」と名付けた大規模掃討作戦を開始したことで、アンサール・スンナ軍が「情報部門」も含め、米軍の追っ手を逃れるために相当の激しい移動を強いられ、映像を公開するタイミングを失った可能性だ。武装勢力が斎藤さんを拘束したとするヒート周辺地域も作戦範囲に含まれていたとみられる。(読売新聞) - 5月28日15時54分更新
May 28, 2005
郵政が民営化されたら、旧郵政省は完全に外局化するわけだ。 ここで小泉内閣にきちんと恩を売っておれば、有能な官僚組織として生き残れたのに残念だな。 松井審議官の「裏切り」は旧郵政省系の後輩たちの「悔し涙」でつぐなってもらう。 それが役所の仁義というもんだろう。______◆総務次官に林消防長官内定「たすきがけ人事」崩れる 麻生総務相は28日、香山充弘総務次官(60)の勇退を認め、後任に林省吾総務省消防庁長官(58)を充てる人事を内定した。 発令は今国会の会期末になる見通し。 総務省の官僚トップである次官職は、2001年の中央省庁再編以来、旧自治省、旧郵政省、旧総務庁の出身者が順番に務めてきた。香山次官は旧自治省出身で、同省出身の林氏の就任により「たすきがけ人事」の慣行が崩れることになる。 次期総務次官候補には、旧郵政省出身の松井浩・総務審議官の名も挙がっていた。しかし、小泉首相が政府の郵政民営化案に反対したとして松井氏の処分を要求し、今月17日に郵政担当職を外されて事実上更迭されたことから、林氏の次官への起用が固まった。 ◇ 林 省吾氏(はやし・しょうご)70年東大法卒。総務省自治財政局長、消防庁長官。岡山県出身。58歳。(読売新聞) - 5月28日14時38分更新
May 27, 2005
北有事の共同作戦 韓国、米に廃棄要求 盧政権「核施設攻撃」を懸念 【ソウル=久保田るり子】北朝鮮でのクーデター発生など有事に備える米韓共同軍事作戦である「作戦計画5029」をめぐり、両国の不協和音が高まっている。北朝鮮の核施設攻撃も含まれる可能性の高い作戦の統制権が米軍にあることを韓国側が懸念し、韓国の「主権侵害」を主張して作戦の廃棄を求めているからだ。米韓両軍の作戦計画に政府が介入するのは異例のことだが、北朝鮮の核問題が緊張の度を強める重要な時期に作戦が宙に浮いた形になっている。 「作戦計画5029」は、一九九六-九七年の状況から北朝鮮崩壊への対応が緊急と判断した米政府が韓国の金大中政権に提起した「概念計画(CON-PLAN)5029」を完成させたもので、朝鮮半島有事の五つのシナリオからなる。 韓国メディアなどによると、五つのシナリオとは▽北朝鮮でのクーデター発生や、住民武装蜂起などの内戦状態▽北朝鮮政権が核・生物化学兵器、ミサイルなどへの統制力を失った状態▽北朝鮮住民の大量脱北▽政治的理由などで北朝鮮内で韓国人が人質になった場合▽洪水、地震などの大規模自然災害への人道的支援-で、これらの緊急事態における米韓両軍の具体的対応を示しているとされる。 内戦状態については不介入が原則だが、核・化学兵器など大量破壊兵器への統制力喪失のケースは「有事」とみなし、両軍の特殊部隊の投入を想定している。米韓は相互防衛条約上、有事の作戦統制権が米軍にあるが、盧武鉉政権は「北の緊急事態」を「非戦時状態」と主張し、この場合の米軍による作戦統制権に異論を唱えている。 また、在韓米軍は一九九四年の第一次核危機で米クリントン政権が作成した対北核施設攻撃計画「5026」を持っているため、韓国としては両作戦が連動すれば核施設への攻撃が可能とみている。北朝鮮の核開発や核保有宣言、さらに核実験の可能性など情勢が緊迫しているだけに、こうした攻撃計画との連動に韓国は警戒感を強めているもようだ。 「5029」は二〇〇三年の米韓安保協議会(SCM)で両軍事首脳部が合意した。だが、二〇〇五年一月、韓国政府の外交安保最高意思決定機関である国家安全保障会議(NSC)が「韓国の主権侵害にかかわる政治的な内容を含むため、軍事作戦としては適切でない」として、韓国国防省に作戦中断だけでなく事実上の破棄を目指す方針を命じた。 国防省は米韓連合司令部側に韓国政府の立場を伝えたが、米軍側は「韓国側の意図が不明」と不快感を表明しているとされる。米韓両軍の合意に基づいているだけに、正式な中断や破棄の決定には米側の同意が必要であり、今秋のSCMで再協議される見通しとなっている。(産経新聞) - 5月8日2時48分更新______★韓国は「仲間はずれ」なんかじゃないじゃない。 自分から「ゲームはしないよ」と拒否したのだから。 ギリギリまでいかないと、北朝鮮は決断しない。 中国首脳から、衛星写真を手渡されるまで、何が自国の周囲で起きているか、北朝鮮中央司令部は決して想像も理解もできないだろう。 中国の首脳訪朝までに、完全包囲は完成する。 莫大な軍事予算を使って、朝鮮半島を完全に包囲した後に、アメリカは何を妥協するだろうか。 夏が来たら、六カ国協議は終わりだ。二国間戦争だ。
May 26, 2005
アメリカ第2師団の先端再編、来月終了へ 駐韓米2師団が来月中旬、予定より2~3か月早く先端デジタル未来型師団「UEx(Unit of Employment X)」に生まれ変わる。 また、2007~2008年にイラク戦などで活躍した「プレデター」、「ハンター」といった最新の無人偵察機(UAV)が駐韓米軍に配備されると伝えられた。 ジョージ・ヒギンス米2師団長(陸軍少将)は国防日報とのインタビューで、「UEx体制に再編している2師団の編制作業は来月15日までに完了する予定」と語った。 ヒキンス師団長は「こうした骨格に沿って、今後数年中に装備などが配備されるだろう」とし「部隊再編の時間表は既に大部分出来上がっている」と語った。 特に、「韓米軍の指揮及び統制力を高める指揮統制(C4I)体制構築のため1000万ドル(約100億ウォン)を投入し、これを通じて戦闘(起動)旅団や多目的航空旅団、歩兵旅団のモジュール化にも変化が生じるだろう」と語った。 米2師団は新しい編成により、早ければ2007年まで先端情報・偵察システムや強力な火力を補強、遠距離作戦能力を備える先端師団再編作業を完了する計画だ。 これには、各種センサーから収集した情報を迅速かつ有機的に結合し、戦闘力を大幅向上させる「ネットワーク戦」概念が適用される。 米軍は全世界の米軍を軍団と軍司令部の中間形態であるUEy(運用部隊Y)と、師団・軍団の中間級部隊形態のUExに再編中だ。 UEx体制に再編される師団は米2師団を含め計10部隊。UExはその隷下に旅団・師団の中間級規模の「行動部隊」3~5隊以上を率いることになる。 既に、米2師団隷下の1旅団は今年初めに「行動部隊」としての再編作業を完了し、韓国軍との合同訓練も実施した。 新しく再編された「行動部隊」は無人偵察機や最新型M-1 戦車、口径227ミリの多連装ロケットシステムなどで武装している。ユ・ヨンウォン軍事専門記者bemil@chosun.com チャン・イルヒョン記者 ihjang@chosun.com [韓国・朝鮮日報](2005/05/23 18:42) __________ グアムにステルス爆撃機15機。これは核弾頭を搭載できる。日本の非核三原則の外の問題だ。朝鮮半島東西に12隻の原子力潜水艦。アメリカ陸軍第二師団は6月末までに最終戦闘配備。日本には改良された防衛イージス3隻。アメリカの攻撃型イージス3隻。原子力空母は横須賀・佐世保の2隻。北朝鮮は核兵器3発。ロケットは2発は撃てる。しかし、核弾頭の搭載はできない。ロケット発射3発目に熱核戦争になる。これが北朝鮮の「熱い夏」のシナリオだ。すごく残念なのは、毎日労苦と訓練を重ねている北朝鮮陸海軍は何も役割がないことだ。「人民武力」は数分で仕事がなくなってしまうのだ。わかっているのかね。彼らは。空軍は。飛べれば、中国に逃げるだけ。自爆用に使うんですかね。北朝鮮の核爆弾は。
May 26, 2005
ステルス15機を韓国に配備へ=米軍 【ソウル26日時事】韓国紙・朝鮮日報は26日付で、米空軍が近く、レーダーによる捕捉が困難なF117ステルス戦闘機15機を韓国に配備すると報じた。在韓米軍関係者は、配備理由を「朝鮮半島の地形や作戦に習熟するための通常の訓練」と説明しているものの、北朝鮮が6月にも核実験に踏み切るとの観測も浮上している時期だけに、注目されそうだ。 (時事通信) - 5月26日17時0分更新________★やるかね。
May 25, 2005
■「強烈な反応」と北朝鮮に警告 王部長、仙谷氏に 【北京12日共同】中国共産党の王家瑞対外連絡部長は12日、民主党の仙谷由人政調会長らとの会談で、北朝鮮が核実験を強行した場合「中国は強烈な反応を示すだろう」と、北朝鮮側を警告した。同時に「そこまではいかないだろう」と述べ、実験には踏み切らないとの認識も示した。 中国党幹部が北朝鮮の核実験をめぐる対応について明言したのは初めて。 王部長は「北朝鮮の核実験に反対しない国はない」とも述べ、実施すれば北朝鮮は国際社会に一切受け入れられなくなるとの認識も示した。(共同通信) - 5月13日0時55分更新__________■北朝鮮の核実験に強く警告 「非核化に反す」と中国 【ワシントン24日共同】北朝鮮が核実験を実施するとの観測が高まったことに関し、中国政府が北朝鮮に外交ルートを通じて「朝鮮半島の非核化政策と相いれない」として、強行しないよう強く警告したことが24日分かった。複数の6カ国協議筋が明らかにした。 重油や食料の提供などによる金正日体制の最大の後ろ盾である中国が、核実験を事実上のレッドライン(越えてはならない一線)に設定し、容認しない強い姿勢を示したことで、実験阻止への大きな圧力になるのは確実だ。米政府はこれまで核開発阻止や6カ国協議復帰に向けて北朝鮮に圧力をかけるよう中国に要請していたが、やっと中国が本腰を入れたことを意味している。(共同通信) - 5月25日9時37分更新________☆王家瑞閣下は偉大だ。 神戸に林同春老、北京に王閣下。 まだまだ中国は大丈夫。
May 24, 2005
----- Original Message ----- From : "逢沢一郎" To : "曹操閣下"Sent: Monday, May 23, 2005 10:22 AMSubject: 北朝鮮に圧力をかけよう――― 「北朝鮮に圧力をかけよう」―――22日朝フジTV「報道2001」でも発言しましたが13日ニューヨークで米朝が会談しました。アメリカのデトラニ6者会合担当大使、フォスター国務省朝鮮部長が北朝鮮国連大使と会いました。この米朝会談が6者会合の早期再開につながることを期待します。ブッシュ大統領が金正日主席のことを「暴君」と呼び、金正日が「ブッシュは人間のくずだ」とお互いに言い合っていても事態は深刻になるばかりです。今回の会合でアメリカは 1. 北朝鮮を主権国家として認める 2. 一方的に北朝鮮を攻撃したりしない 3. 6者会合で米朝協議に応ずる、という趣旨のメッセージを伝えました。アメリカの柔軟性を直接北朝鮮に伝えることは大変意味のあることです。最終目標は朝鮮半島の非核化です。北朝鮮は6者協議に戻り核開発を放棄して国際社会の一員として生きていくしか選択の道はありません。金正日主席は改革開放で繁栄する中国を何度も自分の目で見ています。民主主義、市場経済を取り入れようとしているロシアの変化も知っているのです。彼の決断を促す高度な強力な説得と圧力が今必要です。最悪のシナリオは北朝鮮が核実験に踏み切り、名実ともに核保有国になること。そしてその拡散をコントロールしきれない状況が発生することです。北の核兵器がアルカイダや東南アジアで暗躍するジュマ・イスラミアといったテロ集団に渡れば大変なことになってしまいます。これ以上北朝鮮に時間を与えることは問題です。6者協議を無視することを続ければどんな事が起こるか、もし核実験を実行すれば国際社会からどのような制裁を受けるか、日米韓、そして中露の5カ国が5者協議を開催して北朝鮮に明確なメッセージを届けることが必要です。 外務副大臣 逢沢一郎_______☆さて。 閣下は外務副大臣と別な考えを持っている。 世論は確かに北朝鮮に対して不信がある。 政党政治家として、北朝鮮に制裁をやろうというのは当然のこと。 しかし、アメリカは言葉で金総書記を非難しながら、対話継続の方針を堅持している。 双方の非難はお互いの国内向けのアナウンスなのだ。 このように「武器を持ったアメリカ」の強硬姿勢をただ味方につけて、大声を上げるというのは、外交戦術としては高度ではない。 稚拙だ。 粗忽でもある。 アメリカの真意をもっと深く読むべし。 現に、閣下は、さる筋から要請を受けて、アメリカ政府に「北朝鮮が飲まざるを得ない大妥協案」の一策を提言した。 何か。 曹操閣下の孫子兵法だぞ。 今にわかる。
May 23, 2005
<中国副首相帰国>官邸や外務省、反発と戸惑い交錯 中国の呉儀副首相が23日、小泉純一郎首相との会談を突然中止して帰国したことに対し、首相官邸や外務省内では「非礼だ」と反発が噴き出す一方、中国側の真意をはかりかねて「関係改善に努力している時になぜ」と戸惑う声も交錯した。中国側は「緊急の公務」としか説明していないが、首相が16日の衆院予算委員会で靖国神社参拝の継続に強い意欲を示した後だけに、「理由は靖国以外に考えられない」(外務省幹部)との見方が広がり、日中間に横たわる靖国問題の大きさを印象づけた。 小泉首相は23日夜、呉副首相の「ドタキャン」について記者団から感想を聞かれ、「分からないですね。野党の審議拒否が伝染したのかな」と不快感を示した。靖国問題をめぐる駆け引きとの指摘に対しては「そういう意図があっても通じませんね」と述べ、靖国参拝の判断に影響しないことを強調した。 外務省の谷内正太郎事務次官は23日午前、中国の王毅駐日大使から電話で「担当の公務で急に本国に帰る必要が生じた。他意はない」との連絡を受けた。谷内次官は記者会見で「急用ということであれば致し方ない」と抗議や真意の確認はしない考えを示した。 呉副首相は4人いる副首相の1人(対外経済貿易、衛生問題担当)とはいえ、中国共産党の政治局常務委員(9人)に入っておらず、「飛んで帰る理由があるほど党内序列は高くない」(政府筋)との見方も出ている。在日中国大使館から外務省への会談中止の連絡は次官級や局長級など複数のルートで行われ、外務省側が靖国問題との関連を質したのに対しては「そういうことはない」と答えたという。外務省幹部は「本国政府の真意を大使館も把握していない可能性がある」と分析している。 4月23日にインドネシアで会談した日中首脳は「対話強化」で合意した。それ以来の関係修復ムードに今回の会談中止は水を差す格好となり、日中関係は再び不透明感を増すことになった。 呉副首相は23日午前、東京都内で講演などの日程を予定通りこなし、日本経団連幹部との昼食会では「両国政府と経済界の努力を通じ中日友好協力は新たな段階に入った」と良好な経済関係を強調。記者団の質問に「(来日の目的は)達成した」とだけ答えて帰国の途についた。【平田崇浩】(毎日新聞) - 5月23日21時40分更新_________★呉さんは日本との和解を独断できる大物ではないということだ。 まあ、このままでいいよ。 特効薬はない。 中国経済がもう少し動揺するまで様子を見ていいよ。 何といっても、中国政府の決定なんだから仕方がない。
May 23, 2005
閣下は郵政問題に完璧な包囲殲滅戦略をとっている。六月中に反対派が折れないと、解散総選挙になる。でも、郵政関係の票田は決して動かない。動けないはずさ。まだ公社なんだからさ、郵便局長が政治運動したら逮捕になるよ。全国の警察官が郵便局長たちの行動をチェックする。局員もまだ公務員だ。特に「ウラ選対」なんかで電話作戦やっていないか。自民党で選挙を仕切るのは武部幹事長だ。そのバックには山崎拓元幹事長。二人とも自民党地方組織が郵便局の組織票とどんな関係を結んできたか、よく知っている。知りつくしている。選挙法にふれるケースはすべて検討が終わっている。つまり、ワナを仕かけて待ち構える体制なのだ。すると。どんどん逮捕。選挙区は大混乱。つまり、解散総選挙をやったら、郵便局頼みの郵政造反派の老人たちはみんな落選する。当選しても、選対に郵便局長が出入りしたら、連座で失職する。NTT労組に電話作戦をまかせた民主党の新人議員二人は連座で失職した。これが警告だ。元議長も私服警察官にニラまれ、取り囲まれて選挙になる。失職を覚悟しておけよ。もちろん、総選挙が具体的になれば、郵政公社の社長(総理の任命)から全国の特定郵便局長に厳しく通達する。「動くな。逮捕されるぞ。逮捕されたら、失職すると思え」当たり前じゃん。公務員が組織的な選挙活動するなんて、どう考えてもおかしいよ。特定郵便局長は、ほとんど世襲の役職だ。それを懲戒免職され、郵便局を取り上げられたら、大変なんだよ。特に田舎に行けばいくほど再就職のアテはゼロだ。かわいそうに。局長を懲戒免職されたのに、郵便関係の外郭団体で飯が食えると思うなよ。今までとは違うぞ。小泉内閣なのだ。小渕内閣じゃない。それでもやるか。つまり、郵便バンザイ議員は全滅だ。全員が落馬、討ち死に。警官隊がいっせいに拳銃をかまえているところに、トンマなロバにまたがって突撃すんなよなあ。解散総選挙になったら、それは「郵政民営化選挙」になる。しかし、特定郵便局長会は絶対に動けない。動いたら、その地域の郵便局の組織全体が選挙違反で崩壊するだろう。世襲局長たちは逮捕され、免職され、かわりに本局からサラリーマン局長を派遣する。それでいいんだな。閣下は予言する。郵政造反派はすでに完全に包囲されているのだ。まあ、わっかんねえだろうなあ。 「自民党をぶっ壊す」小泉総理の公約は達成される。
May 22, 2005
FRB議長 元切り上げ効果疑問視 対中赤字減らず「米物価上昇の恐れも」 【ワシントン=気仙英郎】グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)議長は二十日、ニューヨークで講演し、「人民元が切り上げられても米国の対中貿易赤字削減効果は薄い」との認識を示し、米製造業や議会で高まっている中国の為替制度改革に対する過度の期待を戒めた。エネルギー問題に関する講演後の質疑応答で語った。 議長は、中国の為替政策について、人民元をドルに対して一定の水準に維持しようと人民元売りドル買いの為替介入を続けているため、「中国国内のお金の供給量が増加し、インフレ圧力が高まる結果になっている」と指摘。「中国が国内政策上の圧力からドルに対して人民元を切り上げる時期が来ることは疑いの余地はない」と強調。だが、米議会や製造業が抱いている米国の貿易赤字削減効果については、「期待できない」と否定的な見解を示した。その理由として、議長は、「中国の製品価格が上がってもマレーシアやタイなど中国以外から同じ製品を輸入することになるだけで、米国製品が売れるわけではない。輸入物価の上昇が、米国内物価を押し上げる副作用もある」などと指摘した。(産経新聞) - 5月21日15時47分更新____☆グリーンスパン議長は、閣下がアメリカ留学していたとき、恩師だった人だ。 この提言は確かにそのとおりだ。 景気が減速している時に、中国が通貨を切り上げると、景気の低下とインフレ・マインドに拍車がかかり、アメリカは「スタグフレーションの悪夢」を再び見ることになるだろう。 しかし、日本は中国の成長とともに景気は安定化しつつあるから、中国の通貨政策はプラスが大きい。 さて、犠牲が大きいのはどちらかな。考え中。
May 21, 2005
----- Original Message ----- From: "kazuhiro haraguchi" To: "曹操閣下"Sent: Friday, May 20, 2005 10:06 AMSubject: Re: 神風と内部告発で救われましたね。曹操閣下 メールありがとうございます。 一言の反論もありません。 急速に拡大した民主党において、55年体制の「悪しき尻尾」すなわち無責任体制が復活しつつあることに大きな危機感を覚えています。 民由合併が、さらに風土を閉鎖的にしている部分もあり、正直言って焦りを感じています。 私、個人としても、松下幸之助氏の理想をさらに協力に推し進めるための体制の整備、そのための全国での支援組織の拡大、東京での友人ブレーン会議の開催、テレビ以外でのメディア対策(本や雑誌も含めて)など課題を抱えています。 引き続きお知恵をいただければ幸いです。 益々のご活躍をお祈りいたします。 たくさんの祝福がありますように。 民主党衆議院議員 原口一博_____________原口さんたびたび失礼しました。私もサラリーマンを辞めて、幸之助さんの勉強を始めて、今は地域主権も、民営化改革も軌道にのってきたわけですから、皆さんが襟を正していただけたら、必ずチャンスはめぐってくると思います。事件後にもゴルフをやっていた平野さんは松下電産労組でしょう。まったくブッ弛んでいましたね。とにかく、マスコミは直前まで民主党包囲の材料を準備していましたが、国家公安委員長がヤリ玉になると、もう何もなくなってしまいました。私も「やめた、やめた」といって抜けましたので。民主党批判になる(テレビ報道の)時間は、イラク人質問題で埋められました。でも「逃げ・隠れ」に終始したのは、民主党指導部も筋なし、骨なしですなあ。こういうときに「攻め」に出てもよかったのに、チャンスを逸しました。小沢さんが率先して決断すればいいことだったんです。反論ということではありません。ぜひ議員一人の首を切って、果敢に攻勢に出れば、国家公安委員長の首も落とせたのに。切歯扼腕して志を磨くことが、イザという時の心の宝剣なのです。今後のチャンスを待ちましょう。 曹操閣下
May 20, 2005
閣下、質問させてください… こば爺さん 閣下申し訳ありません。質問させてください。パールハーバー後、閣下の計があれば「戦い自体」はどうなったかわからないと思います。恐れ多いんですが質問は、ワシントン条約(ロンドン条約もありましたから)は日本がもっと前に放棄していたと思うんですがということと、大和型の戦艦が揃うのはミッドウェイの頃だという記憶があるんです。閣下指摘の石油不足とあわせ考えて、パールハーバー抜きに勝算を考えることは無理じゃないかと…。申し訳ないです。閣下にお聞きしたかったのは、閣下ならどういうふうに避戦なされたか、是非お聞きしたかったんです。___________Re:質問曹操閣下さん ☆パールハーバーをやらなければ。 簡単ですよ。 アメリカとは戦争にはならなかったんです。 これは戦略理論の結論が明確に出ています。 私の3月23日の日記(現在は書き込み不可)と、戦略学講義をよく読んでください。 私は単なる思いつきで、こんなことをしゃべっているんじゃありません。 これは2002年の実際の講義内容がベースなんです。 http://plaza.rakuten.co.jp/kakkanogourmet/diary/200503230002/ http://plaza.rakuten.co.jp/kakkanogourmet/5012/ アメリカはフィリピンを保護する目的で、日本と争っていたわけですから。 パールハーバーがなければ、それこそアメリカが対ドイツにも参戦していたかどうか。 パールハーバーをやるにしても、第二次攻撃、第三次攻撃までいけば、アメリカの空母もみんな防衛のために帰還してくるわけだから、やるだけはやれた。 第一次攻撃で帰ったのも失敗。 イギリスと開戦して、オーストラリアを攻めて、アメリカが手出しができないうちに、インド独立を画策してイギリスを降伏させていたら。 でも満州国はのこってしまうし、中国侵略をそのままにしてしまうわけだから、歴史はうまくできていますよ。 戦略は演習だから、歴史をひっくり返して解釈できるけれども、それはあくまで理論上のことなんだ。 日本陸軍は中国大陸の侵略をやりすぎた。これは非難に値する。 蒋介石は日本の陸軍士官学校出身だし、周恩来・葉剣英は蒋介石とともに軍官学校をやっていた。 国民党と徹底的に戦い過ぎて、日本陸軍はダメになっていったわけですよ。 戦艦に比べると、日本の戦車なんて、オモチャですわな。 アメリカの戦車も、タイガー戦車軍団と実際に戦闘して鍛えられたのですよ。 アメリカの戦闘機も、ゼロ戦と戦って、初めて改良の必要性を感じたわけ。 それに毛澤東という天才が中国革命をやる運命、天命はあったのですよ。 周恩来さんも、登小平さんも、その偉大さを完全に認めています。 それに対して、蒋介石は指導体制が分裂していました。 奥さんも相当に「問題」あったしね。(笑 江青夫人と、宋美齢夫人を比較したら、どっちが大物だったか。 縁のあった周恩来総理も、葉剣英元帥も、蒋介石の実際の欠点・欠陥はよくわかっていたからこそ、どんどん離れていったわけですよ。 戦略は演習だから、歴史をひっくり返して解釈できるけれども、それはあくまで理論上のことです。 天才と偉人の業績で、天下は動くのです。 これは私の確信です。___________ もし、パールハーバーをやらずに講和路線で行けば、大和・武蔵の進水と初航海を対米交渉でいけばよかったわけ。 もう一ついえば、アメリカは「中国の侵略はよせ」と圧力をかけてきたから、当時の日本は反発したんだ。 でもね、よく考えてみてよ。 アメリカの提案要求を素直に受け入れて、蒋介石政権との講和をアメリカに仲介してもらうという手もあったんだよ。 「日本軍を外交交渉で撤退させた」となったら、ルーズベルトの対日観は非常によくなって、オーストラリア攻略には手出しできないと思う。 これはすぐ落ちる。丸裸だからね。 オーストラリア侵攻作戦は侵略・占領が目的じゃないから、イギリスが交渉を求めてきたら、サッサと停戦し、引き上げたらいい。 その時にも、アメリカにイギリスとの和平交渉を仲介させる。 その間に、インド人の独立派を結集して、インド国内でイギリス兵舎を襲撃し、独立戦争に火をつける。 日本はスリランカを経由して、戦利品のイギリス製の武器と弾薬を送る。 半年間で、インドは全土独立を宣言できる。 アメリカも最初は「中国から撤退したと思ったら、今度はオーストラリアを攻めた。日本は信頼できない」というだろう。 しかし、その最終目的が、インド独立戦争であれば、アメリカも植民地独立戦争をして建国された国家なんだから、アメリカの世論は納得すると思う。 また、アメリカは日本と和平協定したばかりで、西ヨーロッパ戦線に艦船や兵力をまわしているところだから、アメリカの議会で「オーストラリアを救援しろ」という議決が可決されても、アメリカ海軍は制空権なし・補給線なしでは南インド洋まで戦争しに来れない。 「まずドイツをやろう」とアメリカの軍人もいうはず。 イギリスも時期的に大陸反攻作戦をひかえていたから、もし日本軍がポート・モレスビーを陥落させたら、植民地の切り捨て、あるいはアジアからの撤退はやむをえない決断だったと思うよ。 イギリスもそれはちゃんと考えていたはずだ。 それに中国大陸からほとんど駐留軍を撤退すれば、20個師団は確保できる。 これならオーストラリア攻撃ばかりでなく、インド独立戦争を支援してスリランカの攻略作戦も可能だった。 戦略思想が間違っていたから、今でも「大日本帝国主義」と非難されるんだよ。 どことどんな戦争をしても、勝利したら領土を拡張せずに、サッサと引き上げたら、アメリカとの全面戦争はいずれにしても回避できた。 しかも植民地からの独立戦争に貢献するんだ。 これは上杉謙信の大戦略だね。 領地拡張主義の武田は完全に滅亡した。血筋以外の人間が家名だけ相続したが、明治になっても爵位もなかった。 でも上杉伯爵家は今でも米沢に健在だ。 20個師団あれば、スターリン体制から、モンゴルばかりでなく、シベリアも西トルキスタンも切りとれたね。 そうしたら、ジューコフがクーデターを起こしていただろう。 われながら「悪い夢」だな。 関東軍参謀部は毛澤東主席の講話録はちゃんと入手して持っていたはずだ。 もし、それを参考にしていたら、戦略の大転換はできた。 それもまあ、無理なことだろうけれどもね。 中国の軍人さんはみんな知っているよ。 私が「オーストラリア攻略作戦・インド独立戦争」の基本戦略にした 「魏を討って、趙を援ける」という孫子兵法を、現代戦略論で復興したのは、誰あろう 延安の毛澤東主席その人だったのだ。 私が喜んで毛澤東主席のバッジをつける理由がわかるだろう。 戦略研究者として、毛澤東主席は、まさに神様なのだ。 まあ、関係諸国の皆さんには申し訳ない。 あくまで理論的な話なんで、笑っておいてください。
May 20, 2005
ニューギニア攻略戦争をやる。そこで、開戦一年目にニューギニアを完全に制圧し、海軍の一戦隊を要請し、武蔵を旗艦に海軍司令部をブルネイからポート・モレスビーに進出させる。何をするか。ニューギニアの目の前はオーストラリア大陸だ。海軍の一戦隊の全力を上げて、オーストラリアの各都市を周回し、政治施設・軍事施設周辺を艦砲射撃し、空母艦載の急降下爆撃機で鉄道・通信・幹線道路を徹底的破壊する。インドとオーストラリアをつないでいる艦船や飛行機を狙い撃ちする。そこでオーストラリアの北部に上陸作戦をかけ、五個師団でポート・ダーウィンを落とす。予備二個師団をつづいて上陸させる。ミッドウェイの前にオーストラリアを軍事的な「人質」にし、大英帝国からきりとってしまうのだ。軍事専門家なら、ポート・ダーウィンが落ちれば、メルボルンが空爆できることは、すぐわかる。つまり、ミッドウェイの前にイギリスは白旗、アメリカも停戦せざるを得ない。停戦交渉がはじまったら、インドで独立運動を支援し、イギリス軍のインド兵たちに反乱を起こさせる。これでイギリスはインドも喪失する。つまり、戦略理論の上では日本は勝つわけだ。完全に。_______________戦艦武蔵☆ 曹操閣下さん なぜ閣下が戦艦「大和」でなく、同型艦の「武蔵」にしたか。「大和」は目立ちすぎる。アメリカは日本の暗号をすべて解析していた。「大和の名称暗号は解読されている」と判断しなければならない。だから「大和」は意外なところに置けば活躍できた。たとえば、開戦前にアメリカに「大和」と「武蔵」を並べて、カリフォルニアのサンフランシスコ港で祝砲を鳴らしてデモンストレーションしたら。アメリカ全土はパニックになっただろう。「武蔵」は「大和」よりも砲門数が多いのだ。だから、武蔵と空母三隻を主力として、オーストラリア東岸を巡航させたら、一ヶ月でオーストラリアは降伏しただろう。「武蔵」の戦闘能力なら、一時間の連続射撃でシドニー全域を機能停止できた。でも、当時の海軍は陸地を艦砲射撃するという発想はなかったね。艦砲射撃してから、艦載機でとどめを射す。こうすれば、何もかもうまくいったのだ。しかし、当時の海軍首脳は「海戦、海戦」といって、日本海海戦のような勝利ばかり考えていた。バカはバカ。____________戦艦武蔵☆ 丞相府秘書侍郎さん 質問があります。大和や武蔵は「秘密兵器」として開発され、建造は極秘だったと聞いています。どうしてなのでしょうか。二隻に長門をつけて、カリフォルニアでデモンストレーションしたら、効果はありますね。ハリウッドもあるし。映画会社が総力取材して、アメリカ全土でニュース映画で流したでしょう。アメリカはマスコミの国ですから、「対日戦争はやめろ。ドイツに集中しろ」となるわけです。____________Re:戦艦武蔵☆ 曹操閣下さん ☆あのな。 閣下の弟子なら、開戦前の大日本帝国海軍がワシントン海軍条約で戦艦の総トン数を規制されていたことは知っているだろう。 海軍はそれがトラウマになっていて、艦船のコンパクト化を進めたが、大和と武蔵は「条約破り」の建造計画だったわけさ。 でもイギリスがドイツに宣戦布告してから、ワシントン条約は事実上、失効していた。 だから、「大和・武蔵・長門をアメリカ本土に親善訪問させる」といって、まずアメリカを驚愕させる。 「本当にそんな巨艦があるのか。しかも、二隻も」 アメリカは話だけで、パニックになっただろう。 それで軍令部総長の伏見宮殿下と前総理の近衛文麿公爵をアメリカに出す。 パールハーバーも訪問する。 ここでアメリカの世論は決まる。 で、サンフランシスコで、近衛公とルーズベルト大統領と会談し、大統領の目の前で、金門橋の向こうから、大和・武蔵・長門を並べて、祝砲を20発ぶっ飛ばす。 こうすれば、パールハーバーは不要だったのだ。 でも、これは「旧体制の日本に勝たせたかった」というつもりではない。 日米戦争の原因は、15年戦争の中国侵略が原因だった。 敗戦になったことには、やはり歴史の必然性があったのだ。 これはあくまでケーススタディだよ。___________潜水艦対策は 日本防衛軍さん 私もローレライを見ましたが、オーストラリアに海軍の一戦隊を出すとして、潜水艦攻撃の対策はどうしますか。__________Re:潜水艦対策は(05/15) 曹操閣下さん うむ。いいところに気がついたな。潜水艦は制空権がないと行動できない。アメリカはパールハーバー周辺の警戒に潜水艦を使い切っていた。それでミッドウェイは失敗したんだ。オーストラリアは潜水艦がない。海軍力もほとんどなかった。インドとカイロを結ぶシー・レーンに回っていた。だから、オーストラリア東海岸は、日本海軍が出現しただけで降伏しただろうね。しかも、オートラリア空軍もほとんど実戦経験がない。いわば軍事的に「丸裸」だったのだ。惜しいことをしたよ。ただ、これはあくまでインド独立戦争を成功させるための一手だ。オーストラリアの皆さんにはすまないがね。
May 19, 2005
軍神は普通の若者☆しかし真の愛国者だった 五月五日の日記にも書いた、わが母校、成城学園の有名なエピソード(学生時代に閣下が発掘した☆)をここで再び紹介しよう。 日中戦時下のこと、社会の風潮になびくものがあって、ついに生徒たちを休日の天長節(天皇誕生日)に集め、昭和天皇の御真影(写真)を崇拝するという、何のことはない儀式が挙行されようとした。 もともと「天長節」は成城学園では休日だった。 成城小学校から学習院女子に進学した社会学者の鶴見和子さん(上智大学名誉教授)は、うっかり天長節に休んで、家族と遊びに出てしまった。 それを素直に告白したら、体面や形式にこだわる教師たちは「あなたは不忠の臣であります」とヒステリックに叱責したものだ。 鶴見さんは老境七十のご老人になっても、学園史を研究していた私の問いに「あんなひどいことはない」と滅法憤激されていた。懐かしいなあ。 この最初で最後の「伝説」の天長節儀式も、成城学園のことは何も知らない退役軍人の軍事教練教官の某氏が企画して実施したものだった。 さて、いよいよ天皇陛下の写真が壇上にあがり、「拝礼」というカケ声がかかろうとしたところである。 生徒の中から突然、軍事教練式に 「回れーッ右いいいッ」という素っ頓狂な叫び声をあげた少年がいた。 生徒みんなは、日ごろの訓練よろしく、スパッと壇上から背を向けた。 ここからが「ホントの伝説」なのだが、別の生徒が続いて、 「皇居を遥拝するううッ。礼いいいッ」とまた大きな叫び声をあげた。 もちろん、皇居は別方向だ。 つまり、壇上の軍事教官の目の前には成城学園の生徒たち、数百人が突き出した「お尻」が向けられたということだ。 同窓会事務局に電話して、「天ちゃん尻向け事件」と聞けば、みんな知っている歴史的大事件だ。 閣下はこのエピソードはおもしろいと思った。 ユーモアもあるし、「やったなあ」という感じもする。 しかし、彼らは知っていた。 本当の愛国心は、細かな形式にとらわれるものではない。 いざというときに国家のために人生をかけ、生命を捧げることができるかということだ。 国家のために、生命がけの仕事がやりぬけるかということなのだ。 最初に叫び声をあげた生徒は、後に志願して特攻兵としてアメリカの艦艇に突っ込んだ軍神である。 ベルリン・オリンピックのサッカー・チームに参加した「成城ボーイ」も、敗戦間際に志願して特攻機で空母に突っ込んだ。 さて、彼ら悪童たちを「不敬だ」と自分勝手に激怒していた人は。 空襲を無難に逃げ回り、戦後数十年も全く健康に生きのび、相当な天寿を全うしてお亡くなりになったとさ。 ずいぶんとまあ、「ご立派な愛国者」じゃないか。 ハッハッハッ。 これらのエピソードを先輩たちから聞き出て発掘したのは、成城学園六十年史の編集メンバーだった学生時代の閣下の仕事だった。 中国の人々が靖国神社について話す時に、私はこういうエピソードも紹介することにしている。 そして、靖国の前を通り過ぎるたびに、私は巡洋艦に突っ込んで撃沈させた先祖の姿と、この成城学園の先輩たちのことをいつも思う。
May 18, 2005
◇靖国神社は視聴覚耗弱・吃音障害団体か 日本人の多くは自分の慣習について、整理して説明することができないシャイな人々である。 しゃべりすぎて中味がないのは関西の芸人である。 うまい説明も少ない。 詳しい原理も理解していない。 だから同じ日本人、自分の子どもたちにも日本人の文化的アイデンティティを伝えることができない。 「日本的経営」という考え方も、もとはアメリカの経営学者の議論である。 ルース・ベネディクトの書いた『菊と刀』は、未だに日本では古典的な名著と評価されているが、これは太平洋戦争で、アメリカ国防省が敵国調査のために作成した報告書であった。 日本では柳田國男が大正時代に『遠野物語』を自費出版し、民俗学を興すまで、「民話」の価値に注目する人は少なかったが、ラフガディオ・ハーンは「神話の一種」という観点で高く評価、採録・英訳して、すでに明治時代に海外に紹介した。 靖国神社にもインターネットのホームページがあるが、私が読んでも具体的に説明不足だと思う。 わかりやすそうだが、中味は幼稚だ。 神道の精神哲学をキチッと勉強したら、こんな書き方はしないだろうと思う。 招魂社設立の経緯についても、その基本的な信仰形態や発展過程に配慮した記述が見えない。 アルバイトの学生か、巫女さんが最近の資料を見て、「ちょっと試しにつくってみただけ」の簡単、お粗末な内容といってもいいだろう。 きちんとものを考える訓練をした人々、特に西洋哲学や東洋哲学をきちんと学習した博士号クラスの優秀な研究者が靖国神社には協力していないからではないか。 「日本語の説明」さえ、整理された説明になっていないのだ。 しかも、中国政府や韓国政府においても、これだけ偏見や批判が靖国神社に集中しているのに、なぜ中国語や韓国語の翻訳説明を掲載しないのか。 「何か説明を始めると、それも批判対象になる」と危惧しているとしたら、それこそ軍神の前に恥じねばならない臆病な態度だ。 「中国語や韓国語のBBS書き込みを受け入れたら、それこそ大変だ」と神社側が考えるとしたら、それも卑怯な考え方だ。 靖国神社は軍神の名誉を傷つけ、偏見を野放しにする「説明不足」に全責任がある。 つまり、靖国神社の必要以上の「寡黙」は日本人の平均的な「説明不足癖」として、お互いに許す範囲を超えているのだ。 そのために、多くの日本人が批判され、非難されていることに無感動、無反応なのは、基本からいっておかしなことなのだ。 それは旧体制の官僚的な悪習といわねばならない。 あえて「雄弁であれ」とはいわない。 靖国神社こそ、各界からの誤解と批判に対して、臆病・卑怯から対話を拒否し、遺族会の信奉のみに依存して、怠惰に過ごしていることについて、大きな恥を知らねばならないのだ。 ただし、これはわれわれ日本人の恥ではあるが、外国人の前では「罪」である。 靖国神社は、目も見えず、耳も聞こえず、話もすることができず、外国政府に批判され、排撃され、それを座視傍観している。 だから、説明しない、説明能力のない靖国神社は、海外で誣告され、有罪を宣告されても、証言や抗弁もしない「罪人」というわけだ。 これは靖国神社の主人公が、無知・無能であり、無学で無教養であり、不徳で頑迷な特権的な時代錯誤の老人たちだからである。 この経営問題は日本人として経営責任を追及し、内部改革を求めなければならないことだ。 中国人民に非難してもらう前に、時代の変化にあわせてやらねばならない経営改革を靖国神社は全く怠っているのである。 「鼓を鳴らして攻めるべし」
May 18, 2005
◇靖国神社の祭神は毎日変わる 靖国神社では毎日、「永代神楽祭」を挙行している。 これはいわば、アフター・サービスなのだ。 国家のために生命を捧げた人々の氏名と命日を明記し、その霊魂を靖国神社が本殿に招き、神道儀式で永久に慰霊しているのである。 その日に戦死したり、遺骨が発見されたり、戦災に殉難した人々の霊柱が本殿にすえられ、神楽舞が奉納される。 この毎日毎日の永代祭礼が靖国神社の主要行事であり、設立意義なのだ。 つまり、靖国神社の祭神は、毎日毎日、入れ替わっているのである。 毎日、出しものが変わる映画館や芝居小屋のようなものなのだ。 同じ映画館でも、昨日はポルノ映画、今日は恋愛映画、明日はドキュメンタリー映画をやるとしよう。 そこで私が「明日、映画館に行こう」と誘ったら、「この人はポルノ映画に連れていくつもりだ」と言えるのか。 それは誤解だ。 中国と韓国の人々は「合祀」というと、孔子廟のように靖国神社の本殿に戦争犯罪者たちの位牌がいつも鎮座していると考えているのだろう。 それも誤解だ。 日本人も、こうした靖国神社の特殊な祭礼方式について、全く知らない人々が多い。 これも誤解される原因である。 靖国神社を批判している人々は、こうした靖国神社の基本的なシステムを知らないし、知っていても都合が悪いので隠している。 だから中国が問題視している「戦争犯罪者」が祭神として本殿に遷座され、祭礼を受ける期日に参拝しているのは、「戦犯の遺族・関係者」だけなのである。 小泉総理が参拝する場合には、もちろんそのような誤解を受ける祭礼日(ゆかりの日)は確実に避けているのだ。 この事実も、中国政府は中国人民に明確に説明してはいない。
May 18, 2005
◇それでも靖国神社は必要な施設 私の一族の一人は、靖国神社に合祀されている。 だからといって、「靖国神社が必要だ」というわけではない。 なぜなら、私の軍神もそうだが、多くの戦死者は若く、妻子もなく、青年のまま戦陣に散った。 父母がいる間は、もちろん肉親として慰霊されたわけだが、その父母も亡くなってしまうと名前も存在も忘れられてしまうであろう。 靖国神社は、国家の起こした戦争ために殉難・戦死した人々を永代供養し、慰霊する施設として建設されたのだ。 靖国神社が永遠であれば、そこに祭られる人々も永遠に命日の神楽奉仕の慰霊を受け続ける。 戦前には、「靖国神社に祭られる」ということは、特に殊勲の功績をあげた戦死者、つまり名誉あるエリートのみだった。 これに対して、現在の靖国神社では戦争に関係した軍属や、沖縄の「ひめゆり部隊」のような少女義勇兵までも合祀され、慰霊行事がおこなわれている。 私が靖国神社で実際に見たものを語ろう。 「輸送船団」の戦死者・殉難者たちも合祀された記念に特別展が開催されたが、その展示内容は、なまなましく悲惨な被害の実態を解説し、護衛の不備を嘆き、無謀な給油作戦の欠陥を暴露し、戦争の悲劇を簡潔に表現していた。 もし、それが靖国神社で展示されていなかったら、内容は戦争そのものを批判し、軍部の戦争指導あるいは、その船団壊滅の現場にいるはずもなかった輸送作戦の立案責任者の過誤をも糾弾するものだった。 靖国神社は、大本営発表のウソをガナリ続ける場所ではないのだ。 私は「北京裁判をやろう」といった提唱者である。 しかし、北京裁判で「真犯人」と決まった人物であっても、戦争さえなければ、そして旧体制の権力の欠陥がなければ、そのような問題を起こすことはなかったであろう。 つまり、慰霊行事は良かろうと悪かろうと、必要なものなのである。 靖国神社で祭礼を受けるということは、神道の原理では霊魂が「祟り神」になり、現代社会に災厄を起こす可能性があると信じるからである。 だから、日本には靖国神社は必要なのである。 これを御霊信仰という。 京都には市街を囲むように、たくさんの「御霊神社」がある。 「御霊」というのは、ほとんどが中世以前、生前に天皇に反逆し、刑罰を受けたり、討伐で死んだ体制反逆者たちの霊魂のことである。 彼らが菅原道真のように天神や鬼神になり、現世に災厄を起こさないように霊魂を鎮めなければならないのである。 大戦の大空襲の被害も逃れた京都は、もともと応仁の乱の兵火で巨大な大極殿や平安京の門楼を全て灰燼に帰した歴史がある。 その乱が勃発した最初の事件は、御霊神社の神域で発生した。 この神社は、平安京を建設した桓武天皇の皇太弟・他戸親王を「御霊」として勅祭したもので、桓武天皇がみずから慰霊の儀式をした遺跡である。 他戸親王は謀反の疑いをかけられ、淡路島に配流される移送中に自殺した。 このエピソードが映画『陰陽師』のテーマになっている。 戦前に首相となった近衛文麿公爵は、就任後に大阪に立ち寄った時、かつて先祖の藤原一族が「応天門の変」で失脚させた大伴氏族の氏神の小さな神社に参拝して、多額の寄付をして去った。 この伝統的な「御霊」の信仰が、靖国神社の招魂儀式の中にも受け継がれている。決して、明治時代に軍国主義や天皇制の維持のために都合よく創設した施設ではないのである。 いい霊も、罪のある霊も、差別せずに一緒に祭り、できるかぎりの記録をのこし、後世に伝えるという、単純な機能施設が、現在の靖国神社なのだ。 靖国神社は歴史裁判所ではなく、慰霊の儀式場にすぎない。 その意味では、罪のあるものは永遠に汚名をさらし、恥辱を受け、裁きを受け、批判されるという意味でもある。 古代中国の春秋時代にも、同じような考え方があった。 安徽省にあった「宋」は、殷(商)王朝の王家の子孫だった。 それで建国に際して祖廟を建て、毎日のように君主が先祖の殷王・帝乙を祭祀した。 しかし、帝乙は『易経』で示唆されているように、淫乱・暴虐で、楽しみで異民族を征伐した。捕虜の首斬りの数を占いで決め、数百人の首をいっぺんに斬りおとして、犠牲の首を山のように積み上げた。 それでも、「宋」を建国した宋公・微子啓は賢人であり、異腹弟の帝辛と対立し、殷の滅亡後、周公旦に抜擢されて、父の帝乙の祭祀をしたのである。 古代戦国時代、河南省にあった「韓」は、王家の先祖が西周の萬王であり、これは暴虐であるために大臣たちに首都を追放された暴君だった。 しかし、韓王家では国家の独立に際して、立派な祖廟を建設し、萬王を首座にすえた。 当時の君子の評価はこうだ。 「これが礼なのだ」
May 17, 2005
◇「A級戦犯」とは別に「真犯人」がいる。 「A級戦犯の靖国合祀」ということを、中国外交部は明確に外交交渉でも使っている。 これについて、私は本当に不愉快に思う。 いわゆる「A級戦犯」というのは、アメリカが主導した「東京裁判の指定した戦争犯罪」なのである。 それにこだわっているのは、東京裁判史観を、日本国憲法のように必死に擁護しようとする旧社会党の人々であり、日本共産党の人々なのである。 私は、これは全く不合理なことだと思う。 中国政府がこのような主張をしているのは、全く社共勢力の「口車」に口裏を合わせるような行為なのである。 あえていえば、中国政府・中国共産党中央が、「A級戦犯」を公式に認めているということ自体が不可解である。 それは実際に戦争被害を受けた中国人民に対する「裏切り行為」である。 私が「北京裁判をやって、東京裁判史観を打破しよう」と提案するのも、東京裁判が全く不完全な代物であり、戦争国アメリカの都合によって仕立てられた大がかりな裁判ショーであり、大日本帝国・軍国主義において、最も中国大陸に被害を及ぼした「真犯人」が誰一人として訴追されていないからである。 南京攻略・虐殺の責任者である松田岩根大将は。 あれは確かに問題があった。 しかし、松田にしても、最初から意図的、計画的に大虐殺をしたわけではない。 イラクのファルージャが壊滅したように、市街戦の実態と、その悲惨な現実を指揮官として想像する能力さえあれば、南京虐殺は回避できた。 だから、これはいわば「職責怠慢罪」であり、業務上過失にあたる。 松田は最終的には、その責任を感じ、部隊から資金を出して、中国の一般市民の犠牲者の遺体に葬儀費用を支払い、埋葬も行なった形跡がある。 その後は軍人を退役し、戦犯として逮捕されるまで、南京事件の犠牲者の冥福を祈る記念碑を郷里に建て、毎日贖罪の参拝をくりかえした。 この事実も、中国人民には知らされていないだろう。 「真犯人」は別にいる。 それが誰かは、私にも具体的にわからない。 しかし、満州事変の石原莞爾中将、 日華事変の牟田口廉也中将、 「人体実験731部隊」の石井四郎軍医中将は「A級戦犯」ではないのだ。 どうして中国政府は、この現実を直視しないのか。 どうして中国人民は、このような中国政府の不合理かつ無定見な外交姿勢に疑問を持たないのか。 「A級戦犯」に中国が厳しくこだわり過ぎるのは、まったく的外れな議論なのだ。 だからこそ「東京裁判史観を打破する北京裁判が必要だ」と、私は訴えるのである。
May 17, 2005
◇軍国主義は時代錯誤まず断っておくが、私は戦略理論研究者であり、軍国主義者ではない。なぜなら現代戦争はテロ・民族紛争・国境問題の戦いであり、テクノロジーの戦争である。徴兵制を社会の統制装置として利用する独裁体制は確かに存在したし、大日本帝国もそうだった。しかし、現に徴兵制を完全に実施している韓国では政権交代が起きた。韓国は軍国主義国家なのか。愚問は切り上げよう。軍国主義とは何か。テロの指導者はプチ・ミリタリズムで理論武装し、民衆を扇動する。そして女や子どもにも武器や地雷を持たせ、生命を捨て、戦車や検問所で自爆させる。日本でも、こうしたことを敗戦直前まで訓練していた。そして、勢いがあまって外国人を差別し、迫害した。 ◇靖国神社は「反省と慰霊の場」その意味では、現在の靖国神社は「軍国主義の反省と慰霊の場」である。軍国主義の狂気の時代を賛美したり、追懐する場所ではないのだ。むしろ、敗戦に血迷った事実をそのまま保存し、戦争の犠牲者たちの手記などを展示する。靖国神社に政治的な主張はない。「このように読め」という解釈もつけない。事実を展示し、その意味は見学者に問いかける。大日本帝国軍が勝ち続けた無敗の神話に包まれた戦前の時代は、確かに軍神・英霊の存在は、兵力の増強や軍備拡大を思想的に支える間接的な機能を持っていたことは否定できない。そして、一部の靖国神社支持者には、そのような過激な右翼思想を信奉する者がいる。これも事実である。しかし、それはごく少数である。小泉総理が靖国神社に参拝する最も大きな理由は、特攻作戦で殉難・戦死した青年たちの慰霊である。中国政府の関係者は、その理由はよく知っている。日本政府は何度も何度も詳細に解説を繰り返しているからだ。それを中国人民には伝えようとしないだけなのだ。 ◇小泉純一郎総理の主張小泉総理の父、小泉純也・元防衛庁長官は、自分も青年時代、つまり昭和10年代に郷里の鹿児島県加世田市の近郊で、「お国の防衛ために、わが村に飛行場をつくろう」というアイデアを思いつき、熱心に海軍省に陳情した。飛行場は実現した。しかし、その一番機は特攻機だった。数百人の青年たちがアメリカの艦船の攻撃のために大型爆弾を抱いて飛び立ち、帰還しなかった。父・純也の悔恨はひどく大きかった。彼も特攻機の兵士たちと同世代であった。小泉純也は衆議院議員となり、国務大臣・防衛庁長官となった。その時、たまたま自衛隊法を改正して、もっと時代に合わせたものにしようという構想が防衛庁内にあった。その事実が漏洩し、反自衛隊を激烈に運動していた社会党・共産党の手にわたった。小泉防衛庁長官は、この事実を把握していなかったが、責任者として国会で厳しく糾弾された。その直後のことである。小泉長官は過労で倒れ、急死した。父の秘書をしていた小泉純一郎は、この一連の経緯をすべて見ていた。「何が父を殺したか」そのことはすべてわかっていた。そして父の死後、小泉純一郎は選挙に出馬し、初当選した。政治家となり、小泉議員は父の郷里に完成した「特攻兵士記念館」の完成記念式に出席した。最初は笑顔をつくっていた小泉さんだったが、しだいに堪えられなくなり、涙を流し、多くの人前で嗚咽し、特攻兵士の遺品の前に泣き崩れた。総理になった小泉さんは、さっそく同じ記念館をおとずれ、再び特攻兵士たちの写真の前で対話し、誓った。それは彼ら戦争の犠牲者たちが、戦後の過激な反戦主義的主張の犠牲になり、二重の犠牲として、不当に非難され、偏見にゆがめられてきたことに対する懺悔であった。それは自分の父親を「糾弾死」させた異常な「反戦狂」に対する対抗心でもあり、彼自身が政治家として立った初志でもあるのである。だから、靖国神社に参拝する小泉総理の祈りに、何の解釈も必要はない。彼は戦争を否定し、戦争の犠牲者となった人々の魂を追悼しているのであり、軍国主義の復活を祈念しているのではない。それは彼個人の特殊な事情に由来するものであり、決して中国政府や中国人民の非難の嵐があっても、彼は屈服しないであろう。彼が日本遺族会と総理選挙前に「靖国参拝」の公約をしたことは確かで、彼にとっては遺族会を裏切ることは、父母を裏切ることに等しい。このことを中国政府と中国人民は正確に理解してもらいたい。こうした個人の事情、肉親の経緯、そして政治家としての初志について攻撃し、干渉することは、誤解と偏見にもとづくものであると言わねばならない。 ◇日本の「軍国主義」幻想中国の人々は「皇民党事件」を記憶しているだろうか。「皇民党」と名のる団体が、竹下登総理(当時)の郷里で「誉め殺し」といわれる無用の顕彰宣伝活動をやった。これは明白な嫌がらせ目的だが、名誉毀損にはならない。しかし、竹下総理の家族や近隣の人々は非常に迷惑した。彼らは竹下総理のスキャンダルの事実(実は虚偽)をつかんだと錯覚し、総理を脅迫しようとしていたのである。そこで中国大使館の友人から、私に問い合わせがあった。「皇民党とは何か。新聞にたくさん掲載されているが」「ああ。あれはね、構成員はたった三人。一人は党首、一人は在日韓国人、もう一人はその愛人。宣伝車一台。ただのヤクザですよ」友人は驚愕していた。中国で「党」といえば、相当巨大な組織を普通に想像してしまうのだ。日本では三人集まれば「党」という。中国語では「小組」だ。それも誤解の原因だ。日本国憲法は結社の自由があり、政治結社「党」は非課税団体だ。だから日本には無数の政党・政治団体がある。議会政党所属の国会議員も政党の選挙区支部と、自分の政治団体を複数設立して政治資金を管理している。昔、「福祉民主正義党」という政治団体があったが、代表以外は全て本人不承知の書類で偽装した偽装団体であった。彼らは「福祉」と「正義」を看板にして、実は高齢者の年金を搾取して、非課税会計で浪費していたのである。右翼団体の多くは暴力団組織の資金管理をする「脱税機関」でもある。暴力団は左翼はやらない。実際に、日本の右翼運動には在日外国人がすごく多い。それは暴力団の下層構成員に在日外国人が多いからである。右翼団体が暴力事件などで逮捕されると、彼らの本名、呉◇や李□などの本姓が新聞に掲載される。私は公安関係者に依頼し、中国大使館に右翼団体の調査資料(もちろん公開された白書類の抜粋)を提供した。だから、「日本に有力な軍国主義は存在しない」ということは、中国政府にも正確な情報と資料があるのだ。それをどのように使うか。それは中国政府の方針であり、党中央の決定で処理されていることだ。私は知らない。
May 17, 2005
林同春老先生への書信謹啓 老先生が、わが外務大臣に宛て、中華人民共和国の青年たちの行動について、自ら一人、善意の行動を起こされたことに、衷心より最敬礼を捧げます。 私も一介の友好人士として微力をつくしたいと念じていましたが、老先生の勇気と義挙を知り、日本人として大いに励まされた気持ちがします。 老先生の見解と、いろいろな事情を聞き知っている私の立場は、もちろん見解の相違があります。 しかし、老先生が何ものにも依存せず、何ものにも依頼せず、ただ一人、自分の信念で行動されたことを、誰が疑い、誰が咎めることができましょうか。 私は老先生の経歴も拝見し、まさに人生哲学の発露として行動されたことに賞賛と尊敬を表明します。 私が残念に思うことは、老先生が指摘された「歴史教科書問題」。 これは先生の立場であれば、本当のことはおわかりのはず。 李登輝さんの意図で、中国と日本の関係に波風を立てようと、台湾の立場の向上のために、台湾系の企業や関連団体から資金が提供されたのです。 私はこのような事実を認識しても、「中国人の争いだから」と傍観していたのですが、彼らの論調が過激になり、ついに孫文先生の業績まで批判し、国民党の存在否定の上に台湾独立論が語られるようになり、危機感を感じました。 これは台湾と中国を対立・分裂させるだけではなく、アジア全体を分裂させ、アジアの潜在的な可能性を発揮させないようにする歴史的な国際謀略であると信じるからです。 しかも、問題の歴史教科書は、採用率が極めて低く、全国の学校で採用された実績はあまりありません。 ところが、これに対して、中国では連日のように「教科書問題」で宣伝活動があり、各地に抗日記念館が建設され、多くの教師たちが「日本軍国主義、大日本帝国主義が、諸君の目の前で復活しつつある」と生徒たちの前で叫びました。 これは何でも行き過ぎというものです。 さて、問題の「歴史教科書」ですが、ようやく中国訳が発行社によって、インターネット公開されることになりました。 一応、対価のある書籍の内容を無償公開することは、簡単ではない決断です。 そのことは林先生もよく御理解いただけるでしょう。 むしろ最初の企画段階から、中国語訳と韓国語訳を製作すべきでした。 しかし、そうはならなかった。 公開されず、翻訳もされない「教科書」の内容の問題が、勝手に解釈され、論評され、疑惑と偏見を増大させ、日本と中国の関係をここまで破壊してしまいました。 「アジアを分裂させよう。そして永遠にアジア人たちの対立と不和を扇動し、彼らを内輪もめの中に閉じ込めよう」という明白な意図をもった歴史的な国際謀略が、現時点では大勝利をおさめたのです。 私も敗北者です。 林老先生も敗北したのです。 もう一つは靖国神社の問題です。 日本人でも、靖国神社のことを知らない人が多く、特に批判的な立場の説明では、靖国神社の実態を大きく歪曲したものがあります。 国際理解に尽瘁されてきた老先生は、「一方的な意見、偏向のある考えは危険だ」という感覚をお持ちのはずです。 林老先生も、ご自分で靖国神社の関係者と、「対話の橋」をもう一つかけていただけませんか。 たとえ、相手が敵であっても、主張ある者の意見を一方的な運動や非難、罵声で押さえ込み、ただ相手を沈黙させる方法は、何の解決にならないのです。解決を遅らせ、問題を複雑化してしまいます。 私は以前、靖国神社の実態を詳細に、ある人物に説明し、小泉総理の参拝問題の理由も整頓して説明しましたが、彼は孤立し、失脚してしまいました。 明日の日記で、靖国神社問題の私なりの賛否の視点をお伝えしましょう。 そして、忘れてはならないことがあります。 それは孫文先生が主唱された、アジア団結の初志貫徹であります。 あえていえば、三民主義は孫文先生の思想の核心ではない。 それは単に百年前の政策理念にすぎません。 孫文先生の本当の素志は、アジアの団結であり、アジア人が全世界の主人公として活躍し、全人類に貢献することであります。 胡錦涛国家主席も昨年、類似のことを発言しました。 が、それはアジアの団結を省略し、「中華人民共和国一国だけが主人公になり、全世界に貢献する」という内容に変わっていました。 私は中国の政府関係者に、「この発言は不祥だ。科学的社会主義の発展段階理論を参照していない。現実に中国は国内問題が山積しているではないか」と忠告しました。 これは毛澤東思想にも逸脱します。 アジアが分裂して、戦争がおき、アジアは世界大戦の戦場になったのです。 アジアが団結しなければ、アジアはいつまでたっても内輪もめばかりで、明確な団結力を発揮できない。 これが毛澤東戦略思想です。 そして毛澤東主席は、孫文先生を国父とし、アジア、そして世界人民の団結を国是として、天安門に標語を掲示したのです。 孫文先生は、神戸で急に倒れられる直前まで、くりかえしアジアの団結を訴えられました。 この理想を放棄する者こそ、そしてこの大理想を理解しない者こそ、全アジアの仇敵というべきであります。 「アジア分裂」の謀略に心奪われた人々は、これからアジアの歴史に汚名をのこすでしょう。 林老先生も、私も、アジアの団結の実現を、生きている間に見られないでしょう。 それでも私は、真の孫文主義が、全アジアの全民族の悲願をかなえると信じて戦っています。 孫文先生の遺言。 わが革命、未だ成らず、です。 われわれも孫文先生のように、素晴らしきアジアの未来のため、大理想のために戦い続けていこうではありませんか。
May 16, 2005
◆中国:反日デモ 「中日交流促進会」が外相に300万円--被害の補修費で /兵庫 ◇「反日デモで被害の大使公邸窓ガラスの補修などに」 ◇林会長「同胞の青年に代わっておわびしたい」 中国内で起きた反日デモの参加者が騒ぎ、北京にある日本大使公邸の窓ガラスなどが割られた問題で、神戸にある任意団体「旅日華僑中日交流促進会」(林同春代表)が先月13日、補修費の名目で額面300万円の小切手を外相あてに郵送していたことが12日、分かった。外務省は「原状回復については中国政府と交渉している最中。ご好意は誠にありがたいが、お気持ちだけいただく」とし、同会に近く返還する方針。 林代表は、神戸華僑総会の名誉会長。交流促進会は小切手とともに、「中日友好を心から願う在日中国人として、同胞の青年に代わっておわびしたい」と話している。しかし、今回の抗議活動については、「日本で言われているような、中国の現体制に対する不満や、愛国主義教育が原因ではなく、日本の首相の靖国神社参拝や教科書問題について、中国人民は心から怒っている。半世紀以上にわたって日本に住み、戦争の悲惨さ、平和の尊さを身にしみて経験してきた者として、両国の人々の気持ちを理解している者として、両国の民衆の誤解を解くためにも、真実を正しく日本の友人に伝える義務がある」という趣旨のメッセージも添えた。 中国内での反日運動は、小切手が外務省に届いた翌日の先月16日には上海、杭州などに飛び火。しかし、22日にはジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議で、小泉首相が「かつての植民地支配」などについて、痛切な反省とおわびを表明。その後の胡錦濤国家主席との会談では、関係修復に向けた対話を促進させることで一致。中国内でも公安当局が破壊活動を行った容疑者の摘発に乗り出すなどし、反日デモや日本製品のボイコットは鎮静化している。【三谷佳弘】〔神戸版〕[毎日新聞 2005年5月13日(金)]◆林同春さん-中央実業株式会社取締役社長 波乱に満ちた在日69年◇学校は華僑の精神的支柱 1925年、中国・福建省生まれ。9歳のとき、出稼ぎのため日本に渡った父を訪ねて来たが、蘆溝橋事件を機に日本の中国侵略が本格化すると、華僑は「敵国人」とされた。 学校の軍事教練のとき、教官が「本物のシナ人がおるぞ」と言って、ルーズベルトと蒋介石の面をつけた藁人形の前に立たせた。 「竹槍を抱えて、三人が一斉にその尖端を私に向けて前進してきた。恐怖で叫びだしそうになったが、必死でその声を飲み込んだ」と、著書の『橋渡る人』(エピック刊)に書かれた忘れがたき体験。戦中、スパイ容疑で特高警察の拷問を受けたこともある。 終戦後、三宮高架下の自由市で食べ物や古着を売った。それが契機でビジネスが急成長し、53年に大阪・船場で繊維卸売りの林商店を設立。海外との取引も拡大した。 「あのころ海外に住む華僑のネットワークにどれほど助けられたことか。華僑は地縁血縁を大切にするので、絶対的に信頼できますから」 10年後には、ボーリング場を経営する中央実業(株)も設立し事業を伸ばしていった。その半面、中国大陸と台湾当局の対立や、中・日間に国交がないため在外中国人の悲哀を噛みしめたことも少なくない。故郷に帰ったのは、中・日国交が樹立された72年、実に37年ぶりのことだった。 神戸華僑総会会長(現・名誉会長)、在日華僑連合会副会長などの重職を歴任してきた林さんの業績のなかでも、私が特筆したいのは教育事業である。 神戸中華同文学校は1899年に創設されたが、神戸大空襲で全焼して以後、日本の小学校を借りて授業が続けられていた。莫大な費用、台湾当局からの干渉など問題は山積していたが、李萬之校長らと共に「自前の学校を建てよう」という念願を果たすため奔走した。そして59年についに校舎と講堂の竣工式を迎えた。林さんは副理事長を経て、理事長に就任した。 「学校は華僑の精神的支柱です。わたし自身、厳しい差別のため学校に通えなくなり、涙を流した日々を体験したので、子どもらには決して同じ悲しみをさせたくなかったんです」 現在、同校には小・中学部に600人以上の児童生徒が通っている。華僑の青年たちは結婚式の日に、必ず祝儀の一部や全額を同校に寄贈するという。 教育に対する熱意は同校だけに留まらない。95年の阪神大震災は県内にある19の外国人学校・国際学校にも甚大な被害をもたらした。同年7月、全国初となる「兵庫県外国人学校協議会」が結成され、林さんが会長に推された。 2カ月後、協議会代表たちが貝原知事を表敬訪問した光景を私は鮮明に記憶している。懇談会の場で知事は「兵庫県と神戸市にとって外国人学校は財産です」と明言した。その後、全国で最高レベルの教育助成金が拠出され、また外国人学校と日本人学校と活発な交流が広がるなど、画期的な変化が生じたのだった。 「教育は、この地で生まれた子どもたちを、その地に感謝する子に育てるか、嫌う子に育てるかという問題です。行政の人々はもっと真剣に考えるべきです」と強調する林さんは、国連人権委員会や文部科学省にも足を運び、外国人学校差別の是正を求める運動を続けている。 外国人として初めて「兵庫県民最高栄誉賞」の賛賞を受賞するなど、功成り名を遂げることができた。が、いまも心残りなのは祖国の分断である。 「三通ーー郵便、貿易、往来の自由が早く実現してほしい」という悲願は、在日だからこそより切実なのかもしれない。中国、台湾、日本の間に心の橋を架ける人として、林さんにはまだまだ奮闘していただかなくてはなるまい。http://sangbong-net.hp.infoseek.co.jp/hitomihonbun2.htm#第6回:2004年6月20日___________☆中国の人は立派な人物が多い。 閣下もね、中国で嫌なことはたくさんあったし、ひどい目にあったことは山ほどある。 でも、いつも「この人がいれば大丈夫だな」という優秀な人物との出会いもある。だから友好の信念は捨てない。 林同春先生が一人で奮起されたことに、衷心より最敬礼したい。 ただ、林先生はおそらく靖国神社が何で、どんな組織なのか、実は知らないと思う。 林先生のために、手紙を書こう。 そして、彼と靖国神社とが対話することが一つの解決策になるかも知れない。
May 15, 2005
ここ数日の主張は丞相府秘書省の諸君に衝撃を与えたようだ。「インパール作戦が失敗だったとして、閣下が牟田口の立場だったらどうしますか」うむ。戦略専門家はそれぐらいの答えはもう決まっているよ。そもそも日本軍の南方作戦は戦略方針が間違っていた。「南方の資源を確保する」そのために日本軍は兵力を分散し、タイやビルマ、シンガポール、フィリピンにも複数の師団を分散駐留させ、イギリス軍の反攻作戦が始まるまでノンビリしていた。で、資源確保はどうなったか。インドネシアの大油田地域で石油堀りをやっていたのが、成城学園の大先輩だった。その話を聞いた。「掘ってこい」と本社命令で現地に行った。確かに石油は出た。しかし掘削機材がない。ブルトーザーは山を越えてやってきた。しかしパイプラインもなく、周囲には港もない。先輩たちは「これでは原油供給できない。必要な機材を手配してくれ」と電報を送った。すると本社は「これは軍の命令だから、現地軍司令官に要請せよ」という。一言でいえば、現地軍は原油確保には全く不熱心であった。機材を要請したが、軍人たちがその機材が何かを理解するまで何週間もかかった。それはもちろん陸軍だった。「必要性はわかった。しかし、それをここに輸送するには海軍の協力が必要だから、海軍と相談してくれ」それで陸軍将校は帰ってしまった。海軍は首都ジャカルタになかった。それでブルネイの海軍司令部まで行くことになった。半年かかった。でもさあ、このブルネイの海軍司令部の真下に、実は大油田があったんだよ。当時はわからなかったんだろうけどさ。そんなわけで海軍参謀に「資源開発には機材の輸送が必要なんだ」と懸命に説得した。海軍は「わかった」と承知し、すぐに手配をした。そりゃそうだ。海軍は燃料不足になったら船も飛行機も動かせないからな。しかし、機材を満載した商船はアメリカの潜水艦に苦もなく撃沈された。そんなわけで燃えつきた状態で、しばらくしたら敗戦になってしまった。「バカな話だよ」そういって先輩は笑っていた。その先輩はもう亡くなった。つまり、「南方の資源を確保する」といいながら、陸軍も海軍も、「東南アジア諸国を軍事占領すれば、資源はみんな日本のものになる」と信じ込んでいたのだ。それ以上のことは考えなかった。資源はあった。しかし、それを資源開発して、日本に輸送する手段まで手配しなかったのだ。考えもしなかったと言っていい。アメリカのイラク戦争の混迷も、当初の戦略をメチャメチャにしたからだ。戦略がきちんとせず、テロリストたちが周辺から集まる構図ができてしまった。「素人が100ドルをもらってテロを手伝う」というバイト・テロも出現した。まあ、それは余談。「南方資源を確保する」それだったら、海軍が港湾建設の準備をやり、陸軍は石油企業の技術者を大尉に任官させ、機材とともに現地に行かせるべきだった。つまり、陸海軍共同で「南方資源確保作戦」をやるべきだった。しかし、そんな発想は全くなかった。陸海軍は石油会社に「もっと石油は来ないのか」と怒鳴り込むだけ。何が資源確保だ。話を聞いてあきれたよ。でも同じ日本人がやったことだ。過去の日本の失敗を、今の日本が忘れたら、日本人がますます愚かになってしまうのだ。牟田口中将の立場は三個師団を率いるビルマ現地軍司令官だった。まあ、左遷だな。それで一発逆転をめざしてインパール作戦に出たわけだ。私だったら、もちろん、そんなことはしない。自分の三個師団のうち、二個師団を返上する。他の各国の現地軍司令官にも「返上しろ。そして二個師団は現地人を訓練して構成しよう」と呼びかける。そしたら、返上分の兵力は十個師団。これだけあれば大戦争ができる。そこでニューギニア攻略戦争をやる。そこで、開戦一年目にニューギニアを完全に制圧し、海軍の一戦隊を要請し、武蔵を旗艦に海軍司令部をブルネイからポート・モレスビーに進出させる。何をするか。ニューギニアの目の前はオーストラリア大陸だ。海軍の一戦隊の全力を上げて、オーストラリアの各都市を周回し、政治施設・軍事施設周辺を艦砲射撃し、空母艦載の急降下爆撃機で鉄道・通信・幹線道路を徹底的破壊する。インドとオーストラリアをつないでいる艦船や飛行機を狙い撃ちする。そこでオーストラリアの北部に上陸作戦をかけ、五個師団でポート・ダーウィンを落とす。予備二個師団をつづいて上陸させる。ミッドウェイの前にオーストラリアを軍事的な「人質」にし、大英帝国からきりとってしまうのだ。軍事専門家なら、ポート・ダーウィンが落ちれば、メルボルンが空爆できることは、すぐわかる。つまり、ミッドウェイの前にイギリスは白旗、アメリカも停戦せざるを得ない。停戦交渉がはじまったら、インドで独立運動を支援し、イギリス軍のインド兵たちに反乱を起こさせる。これでイギリスはインドも喪失する。つまり、戦略理論の上では日本は勝つわけだ。完全に。閣下は、この戦略をイギリスの軍事大学院で解説した。「あとは想像してください」質問はなかった。翌朝の朝食で学長はゆっくりと言った。「ドクター・ナカジマ。キミが日本軍の参謀総長だったら、われわれイギリス軍はアジアで降伏していた」そりゃあ、うれしかったが、私は言った。「そう思います。だからこそ、私には日本軍の失敗と司令官の罪がよくわかるのです」
May 15, 2005
「陸軍中将・牟田口廉也も東京裁判では死罪にならなかった。これは(表向きはインド解放を目標とする)インパール作戦の実行者として、インド代表が高く牟田口を評価していたから」と私は推測で書いた。実は、これを書きながら、私はたまらなく怒りに燃え、切歯扼腕していたのである。だから、中国の人民たちが15年戦争の悲惨な被害を訴えるのを見ると、決して他人事とはいえないのだ。 このインパール作戦こそ、牟田口中将が日本国民、そして彼の部下の日本軍将校と一般兵士、そして昭和天皇までをも欺く大罪であった。かりそめにも昭和天皇の赤子である日本軍兵士たちが、十分な糧食も持たず、水牛に荷物を運ばせ、その水牛を食用としながら、インパール山地を越えたのだ。イギリス軍守備隊はインパールの雨季にマラリア蚊が繁殖することを知っていたので、自分たちから撤退した。日本軍は比較的やすやすとジャングル平原まで進出したが、マラリア蚊にさされ、伝染し、バタバタと兵士たちは悶え死んでいった。この状況を牟田口は電文報告で知っていたが、「敢闘精神で乗り切れ」といって撤退させなかった。やがて乾期になり、イギリス軍は戦車や爆撃機を動員した徹底的な包囲殲滅作戦を取った。日本軍はすでに水牛を食いつくし、周辺の村落を略奪するしかなかった。それでも水も食料も尽き果てた。この惨状を共にして、撤退やむなきを進言した将校は、牟田口の命令で電信文で解任された。「敢闘精神ナシト認ム」というのだ。この状態でも日本軍は六ヶ月も最悪の陣地を死守しつづけた。攻撃するイギリス軍があきれた。彼らは一度、引き上げるふりをして、日本軍にも撤退を促した。そこで日本軍は撤退を始めたが、そこは今でも「飢餓街道」という異名がある。兵士たちの死骸累々たる修羅場と化した場所なのだ。飢え、病死、過労、そして毒虫、弱った兵士たちを地獄の苦しみが襲いかかった。帰り道は山道であり、一つしかない。そこに戦闘機スピットファイアの残酷な機銃掃射が待ち受けていた。イギリス軍を怨むわけにいかない。私がイギリス軍の作戦参謀だったら、容赦なく同じ命令を出し、間違いなく「日本軍を殲滅しろ」と命令したはずである。それが軍人なのだ。女性下着のワコールの創業者・故・塚本幸一さんは、この最悪の戦場から帰還した人物だった。「ボクは勇者なんかじゃない。生きたくて、帰りたくて、逃げ回って、それで生きのびたんだよ」と言っていた。私は学生時代にフィリピン革命を経験し、次にミャンマーの国境をアッサムから歩いて越えた。戦争ではないし、日本国籍のパスポートもある。それでも「飢餓街道」をこの足で歩きたかった。この密入国旅行は失敗で、首都ヤンゴンに着いて、武装蜂起の相談を始めたら、資金源が麻薬の密輸だと知らされた。それで私は「この計画はダメだ。オレは帰る」といって、本当に小船で川からタイ国境に出てしまった。この時の仲間は、その後にジャングルでミャンマー政府軍に虐殺された。今でも彼らのことを思い出し、後悔することがある。実に憎むべきは、このような自滅作戦を立案し、参謀たちが「不可能だ」というのも聞かず、大本営統帥部にインド解放・アッサム侵攻を強請した牟田口中将である。東京の東条英機さえ実現を心配して、「できるのか。やれるのか」と確認した。東条のもとには、ナチス・ドイツに亡命し、Uボートで南アフリカ沖まで来て、そこで伊号潜水艦に乗り換えて、はるばる日本に来ていたインド独立運動の指導者・チャンドラ・ボースがいた。ボースの弟は、新宿・中村屋の娘と結婚し、「中村屋カリー」を売って、生活も安定していた。でもアッサム侵攻がやれるのかどうか、熱帯ジャングルの丘陵や山地が迫る現地も見ないで、憲兵隊長あがりの東条なんぞに戦略判断つくわけがないじゃないか。東条もアッサム侵攻・インド解放の誘惑にのってしまっていたのだ。そこで、「やれます。やります」と傲然と言い放ったのが中将・牟田口なのだ。それで作戦実行が決まってしまった。中国人民の皆さんは、北京市郊外で日華事変の尖兵となった牟田口部隊が、日本軍の精鋭だと勘違いしているかもしれない。陸軍の序列は、ほとんど採用時の試験成績で決まり、前線指揮官として国民党軍と戦っていたのは、試験成績最下等の劣等生たちだったのだ。ジュネーブ条約など、聴いたことのない将校が大多数だった。試験成績優秀な将校は、銃も撃たず、人も殺さず、特別な軍服を着て、将軍や元帥の身の回りの世話をしているのだった。私は断言する。この自滅作戦は、牟田口が自分勝手に「インド解放」の栄光を妄想して立案された。同時に、試験成績不良の彼が、この作戦成功で野戦将軍として大将に昇進する最後のチャンスだと踏んでいたからだ。だから撤退を進言する部下をことごとく切り捨て、解任し、追放した。それで牟田口自身は何をやっていたか。軍営地の真ん中に土山をつくり、毎日毎日、はるか皇居に向かって遥拝し、戦局転換の吉報を待ち続けていたというのだ。諸葛亮孔明のマネゴトで、神風が吹くことを祈っていたのだ。中国人民解放軍の将兵諸君。これが大日本帝国陸軍の末路だったのだ。このことを忘れず、全軍の教訓としてほしい。このインパール反攻作戦を指揮したイギリスの将軍はこう言った。「日本軍の兵士たちは真の戦士だ。しかし、彼らの将軍たちはただの豚野郎だ(The Japanese soldiers are the true warriors, but their Generals must be sure bloody pigs.)」かくして大日本帝国陸軍は落日を迎えたのだ。戦争に敗北したのではない。自滅したのである。牟田口廉也こそは日本を裏切り、中国に戦争をもたらした歴史的な犯罪人だ。どうして中華人民共和国は彼を無視し、軽視し、その犯罪事実を徹底的に暴こうとしないのか。「疑惑の銃弾」を、国民党軍と日本軍の双方に射撃しかけたのが、実は若き日のソ連帰りの劉少奇たちが率いるゲリラ混成部隊だったからか。そんなことは百も承知だよ。私が劉少奇の立場だったら、日本軍将校の狙撃もやっていたはずだ。愛国者のふるまいとして当然のことだ。誇るべきことだ。しかし、牟田口廉也こそ、日本国民、中国人民の共通の敵である。東京裁判史観を打破し、ともに協力して北京裁判をやろうじゃないか。
May 15, 2005
東京裁判を否定し、「北京裁判」を提案する。さて、中央宣伝部がつくりあげた「軍国主義・日本」は全くの過去の姿であり、現在の日本人大多数は平和憲法の下で平和的に暮らすことを望んでいることは、最近の中央宣伝部の路線変更でも明らかなことだろう。中央宣伝部が、「反日の虚像」を自己批判しているのだ。それで事態がおさまるのか、これは外国人の私はあずかり知らぬことだ。さて、私の血縁の一人がアメリカ軍と戦って戦死し、靖国神社に合祀されていることは前に述べた。彼は若くして独身で死んだので、私は彼の子孫ではない。しかし、流れている血は同じだ。だから、アメリカ軍と朝鮮半島で戦った中国人民解放軍の老軍人に、私は畏敬以上の親しみを感じるのだ。幸いに、私の血縁は、中国大陸では戦わなかった。偶然だが、中国人の血は流さなかった。ビルマ(現・ミャンマー)で、インパール作戦に失敗した牟田口廉也司令官と対立し、大喧嘩になり、たちまち他の中将とともに解任されたことはある。この牟田口こそ、日華事変を引き起こした現地司令官であり、大罪人なのだ。それなのに、私の知人、友人の中国人民たちは、一人として「牟田口」の名前も、存在も知らない。これは絶対におかしい。どうして中国の人々は冷静に「東京裁判の真実」を直視しようとしないのか。中国の諸君は、東条英機が北京に軍隊を入れて砲撃したとでも考えているのだろうか。とんてもないことだ。東条英機は憲兵隊長として出世した軍警察官僚だ。憲兵は参謀にならず、部隊司令官にもならない。中国人民解放軍も同じであるはずだ。東条の先祖は仙台の能役者であり、武士階級ではなかった。父親は中将まで出世したが、大将になり損ねた。だから東条は自分が大将に昇進した日が人生最高の日だったであろう。酒もほとんど飲まず、公私にわたって優等生だった小心な男だった。彼を弁護するつもりはない。彼の部下たちは「東条憲兵」といって恐れられた。元首相で東条を陸軍大臣に指名し、後に東条に地位をゆずった近衛文麿公爵は、辞職の後に平服姿で吉田茂の自宅を訪問したが、開口一番、こう言った。「オイッ。東条の憲兵はこのあたりをうろついていないだろうな」吉田茂は後にこう書いている。「さすが摂政関白だ」日本語で「セッショウ」というのは、天皇の地位を代行する「摂政」と、冷淡至極な「殺生」と同音だ。近衛公爵が東条憲兵の一群をゴキブリのようにゾロゾロと引き連れてきた事実を吉田は皮肉ったのである。だから、東条大将は実戦部隊の現地指揮官として、中国大陸を荒らしまわった人間ではない。国民党軍ばかりでなく、一般市民も虐殺した牟田口廉也中将のような大罪人とは違うのだ。昭和天皇が東条英機を陸軍大臣に起用したのは、大きな理由がある。それは彼が関東軍の憲兵隊司令官に就任し、数ヶ月で満州軍と関東軍の混乱と、日本軍の中国人民に対する暴行・蛮行を抑えた。これを「東条粛軍」という。当時の新聞にも大きく報道された。彼はまた、国民党の軍人を裁判なしで処刑した。これはジュネーブ条約違反だが、国民党軍がジュネーブ条約を意識したのは戦争末期のことだ。昭和天皇は、木戸幸一内大臣から、この「粛軍」の徹底ぶりを聞き、「東条ならば、あるいは陸軍の暴走を抑えられる」と考えられたという。もちろん、これは木戸侯爵の後の推測である。東条についての昭和天皇の感想や記録は一切破棄された。それもおかしい。つまり、戦後の雰囲気の中に「アメリカの天皇免責のシナリオに従わないと、天皇陛下の地位が危ない」と迎合する人々がいたのだ。このことが国際的に普及した「東京裁判史観」の固定につながった。それは「東条英機をヒトラーのような戦争指導者とし、天皇を免責する」というアメリカの戦略的な政策があったからだ。当時の民主党トルーマン大統領は、共和党のデューイとの辛勝を目の前にしており、アメリカの選挙民にもわかりやすい「戦犯たち」をつくりたかった。それで石原莞爾は訴追を免責された。ここで中国の人々は、彼が満州事変の総設計師であり、満州帝国の軍事的支配者だったことを知ったであろう。なぜ、石原中将は免責されたのか。その理由も中国の人々は知らないだろう。石原は終戦直前に、サイパン島陥落の責任で、東条英機の首相更迭を政治運動し、ついに実現したのだ。軍需大臣の岸伸介も、東条の内閣改造に抵抗し、東条に辞職を迫った功績が認められ、戦争責任を免除された。それで岸はアメリカとも良好な関係を維持し、総理になって安保条約を改定し、反安保の学生闘争の中で総辞職した。この安保反対・反美闘争で、国会議事堂に乱入して逮捕された東大生の一人が、民主党の参議院議員の江田五月さんである。岸伸介の外孫(実娘の三男)にあたるのが、今の自民党幹事長代理・若手の領袖・安倍晋三さんである。しかし、牟田口は東京裁判では戦犯にはならなかった。私の想像だが、これは(表向きはインド解放を目標とする)インパール作戦の実行者として、東京裁判に参加したインド代表が高く牟田口を評価していたからだと思う。 満州事変の首謀者であり、大本営命令を無視して、在韓日本軍を満州全域に投入した石原莞爾中将も戦犯にはならなかった。それで牟田口は戦後に無職者として街々をさまよい、昔の部下に金品をねだって回る有害無益な老人として長生きした。石原莞爾は、訪問したアメリカの将校たちに「なぜ、私を逮捕しないのか。私こそ、戦争の大罪人なのだ」と主張したが、聴きいれられなかった。正確に言えば、全く無視された。彼らアメリカ軍はただ調査と称して、面白半分に石原を見物に来たらしい。石原について、アメリカ軍の報告書はない。破棄されたかも知れない。私はあえて中華人民共和国の皆さんに呼びかけたい。今こそ、東京裁判史観を打破し、新たな北京裁判を日本と中国の歴史研究家たちの間でやってみようではないか。私は喜んで証言し、牟田口廉也や石原莞爾が中国大陸でいかなる戦争犯罪をしたかを中国人民の前で明らかにしよう。
May 14, 2005
わかっていると思うが、閣下は非常に中国を愛している。 中国の文化、文明、素朴な人々、勉強熱心な学生、そして優秀な幹部たち、すべて中国の発展と希望を輝かしく彩っているのだ。 友人も知人も、肉親同様の人々も多いのだ。 しかし、言わねばならない時には言わねばならない。 中央宣伝部が本当に隔離されたり、規律審査を受けることになるのかどうかはわからない。 しかし、東京にいる私にさえ、中央宣伝部が都市部の新興企業家たちから活動資金をドロボウのように、強盗恐喝のように巻き上げていく「噂」は耳にしていたのだ。 日系企業もやられた。 特に中小企業は反日デモに襲われたり、従業員がそそのかされて反日ストライキでもやったら、ひとたまりもない。 実際に、広東省ではそのような呼びかけでストライキも実行された。 そんなわけで、日本人の工場長は自分の給与から泣く泣く中宣部の「代理人」なる人物や、地方の宣伝部の言うがままに献金してしまう。 だから、中央宣伝部が突然、手のひらを返して、「友好、友好」などと言っているのは何故なのか。 日系企業が逃げてしまったら、自分たちの横暴な資金集めの金ヅルに困るからではないかと私は自然に疑ってしまう。 これは歴史的な先例がある。 文化大革命で、農業の生産量が激減し、多くの工場が休眠していたのに、紅衛兵数百万人は全国でどのように金を集め、どのように飯を喰っていたのか。 彼らはゴロツキのように、金のありそうな家や品物、食べ物がありそうな商店に押かけては、 「革命のためだ。われわれに寄付しろ」と強奪してまわったのだ。 中央宣伝部や地方宣伝部のやり方は、紅衛兵のように暴力的ではないが、陰湿であり、壊滅的である。 宣伝関係の幹部に、 「あの商店は非協力的だ」というレッテルを貼られると、そこにはピタリと客が来なくなるのだ。 一つの町で、こんなことをやられたら、宣伝部の小役人が見物に来ただけで、「どうぞ、どうぞ、何でも持っていってください」ということになるではないか。 それが映画『芙蓉鎮』の人間ドラマであり、悲劇なのだ。 今は、それを工場やオフィスにやってきて、協力金と称して、「資金集め」をやっているのだ。 上海市人民政府や蘇州市人民政府が、わざわざ宴会を開いて、 「あなたの企業進出を熱烈歓迎します。税金も規制も優遇します」と拍手して帰ったら、すぐに宣伝部の人々がやってきて、金品を奪っていくというらしい。 本当に上海や蘇州のような近代都市(もちろん広い行政区だから辺境も多い)で、そんなことがあるのか。これは、さすがの私も半信半疑だ。 しかし、権力の味を知り、それをふりまわす快感を知った人間は、もう抑制がきかない。 中央宣伝部の仲間になるということは、このような権力の美酒を回し飲みする選抜組になり、人民や企業を恐怖と脅威で搾取しながら、搾取したとも悪いことをしたとも感じない「正義漢の小英雄」になるということだ。 宣伝部の方針に歯向かったり、宣伝部の指示に不活発な態度を示す人間は、レッテルを貼られるのだ。 レッテルを貼る立場の人間は神々のごとくのし歩き、 レッテルの標的になりかねない立場の人間は政府高官であっても、宣伝部のメモをブルブル震えながら読み上げざるをえない。 これが彼らの考えている革命運動であり、反日帝宣伝活動の実態なのだ。 中央宣伝部はあちこちに「抗日記念館」なる施設をつくった。 そのために地方政府からも、周辺の企業からも、資金をふんだくって回った。 それはそれでいいだろう。 党中央の決定であり、中国政府の方針だ。 その資金の使い方ははたして清廉潔白であったか。 展示物を提供した企業は、会計をごまかしたり、幹部たちに賄賂を配ったりしていないか。 教科書関係で、多額の資金があちこちに動き、学者といえない学者、作家といえない作家が大活躍して、資金を使いまくったことはなかったか。 日本もそんなに大きなことは言えない。 今は、郵政省や社会保険庁、道路公団のムチャクチャな経理問題で、日本国民全体が官僚社会の特権に激怒しているところだ。 では、私は「さすがに中央宣伝部だ。日本式に腐敗している」と手放しで賞賛したらいいのか。 そのような施設は、南京市や長椿街のように、確かに日本軍の攻撃を受け、大きな戦闘がおこなわれたところならば有意義であろう。 日本軍とは全く関係のない場所にまで、抗日記念館を建設して、反日教育拠点にする。 それもいいだろう。 党中央の決定であり、中国政府の方針だ。 しかし、その街から空港に向かう道端には、昼間なのに学校にも行かないで、父母の農作業の手伝いをしている人民の子弟たちの貧しい姿が窓越しに見えるのだ。 中央宣伝部の幹部にとっては、あまりにも当たり前過ぎて、何も目に入らないのか。 それもいいだろう。 彼らには何も権限がない。 特権はあるが、党中央の決定であり、中国政府の方針なのだから。 彼ら、学校にも行けない、学校も知らない子どもたちの姿を無視して、中央宣伝部の幹部たちは郊外の空港と市街の間を公用車で悠々と往来しているのか。 それもいいだろう。 党中央の決定であり、中国政府の方針だ。 彼らには特権があるが、権限がないのだ。 抗日記念館の意義はいい。 希望小学校の建設を何校も犠牲にして、民族の恥辱の記憶を永遠にし、反日主義を罪もない子どもたちに植えつける。 それもいいだろう。 中国政府の方針だ。 党中央の決定だ。 その結果、その子どもたちが成長して、日本人を見るなり、日本人と聞くなり、いきなり襲いかかり中国民族の屈辱と復讐を果たすべく、徹底的に精神練磨された「人間兵器」になっていたら、これは誰の責任なのか。 外交部の人々が表情をゆがめながら、メモを読み上げる。 「中国の責任ではない。すべて日本の戦争犯罪の責任である」 それもいいだろう。 中国政府の方針なのだから。 党中央が決めることなのだから。 今、日本人は、上海でも北京でも、日本人であることを隠し、 下手に日本語を使って日本人だと見つけられることさえ 恐怖を感じながら暮らしている。 どこへ出かけるにも日本人だけでは出かけられず、 いつ中国人たちに 「小日本を皆殺しにしろ、鬼子を打倒せよ」という怒声が飛んでくるか、 ビクビクとして毎日を送っている。 中国政府は、在留邦人をすべて「人質」にし、脅迫し、安全な生活を危険にさらして、日本政府に何を要求しようというのか。 それが偉大な中華文明の後継として、偉大な栄光の道なのか。 でも、それもいいだろう。 何といっても中国政府の方針なのだから。 党中央が決めたのだから、何も言うことはないのだ。 しかし、ここは日本である。 私には言論の自由がある。 私は日本人として、 ではなく、 友好人士として、 でもなく、 一人の人間として、 中国共産党中央宣伝部は 実際に非人間的な組織であり、 人間の感情を喪失した権力集団であり、 存在するだけで恥辱に耐えない破廉恥な反文明単位であり、 万死に値すると断固主張する。 中央宣伝部の言いなりに、経済も、政治も、外交も動かしていって、 毛澤東思想を放棄し、 マルクス主義を否定し、 香港のブルジョワ自由化を受け入れ、 上海・広東のプチ・ブルジョワの経済基盤から資金を搾取し、 宣伝と扇動で大衆を動員し、 物を破壊し、 公共の場を占拠し、 外国人に暴力をふるい、罵声を浴びせかけて、 それで中華人民共和国が今よりも偉大になれると信じているのか。 それが中央宣伝部の罪だ。 これらのすべての問題を中国共産党中央宣伝部が引き起こしたのだ。 今こそ、中国人民とともに中国共産党中央規律委員会は、中央宣伝部の討伐し、組織解体すべきだ。
May 14, 2005
中央宣伝部は公安関係の経験者が幹部に登用された部署だ。 昔の日本の「特高」、つまり秘密警察も公安だった。検閲官も公安出身だった。 同じようなことで、今の日本でポルノ・ビデオを検閲しているのは警察出身者の団体だ。 これがまあ、検閲機関の最終段階ということだ。 だから中央宣伝部が公安関係を意のままに動かしたり、公安部員を使って、扇動工作隊をあちこちに差し向けたり、田舎のスト破りや農民争議を鎮圧するというのは、まあよくある光景なのだと思う。そのような憎悪の声も、東京では北京より大きく響くのだ。 中央宣伝部と公安の密接な関係は理解できた。 しかし、それでも彼らは最終的な権力に近づけなかった。 彼らは官僚であり、基本的に文官だから、軍部と接触することが少なかったのである。 そこで中央宣伝部の悪知恵の働く幹部たちは考えた。 中央宣伝部の基本政策の中に、軍部が活躍できるような緊張状態を作り出せば、軍の幹部と折衝することができ、交流する機会が増えて、軍部を中央宣伝部のクーデターに巻き込むことができると。 しかし、その見方は甘かった。 軍部の目も節穴ではない。 そして軍部は歴史的に外交部と密接な関係がある。 これは周恩来総理の偉業の一つだと思うが、公安と軍部には幹部学校の垣根があり、公安幹部が軍の指揮系統に関わることはできない。 それができるのは政治委員であり、これは地道な党務や政治局員の弁公室などを勤め上げ、「政治的に合格」した人材たちの職場だ。 つまり、軍の中に野心を持つものがあらわれないように監視するのが軍政治委員の役割であり、政治委員が野心家であったら、たちまち軍組織は崩壊してしまう。 この政治委員制度を創設したのは、周恩来総理と葉剣英元帥だったと聞いている。 そのおかげで、あの文化大革命の大混乱の中でも、軍部は微動だにしなかった。 登小平さんが第一次天安門事件で失脚した直後は、葉剣英元帥が軍事基地にかくまい、四人組の手先から家族を保護したことはよく知られている。 これまた中央宣伝部の支配下にある『解放軍報』は、昔から反日論評で有名で、日本の防衛関係者も人民解放軍に対しては身構える人たちが多いのは残念だ。 それは軍人たちの世論ではない。第一、軍人に世論などあるはずがない。防衛庁に「世論」はあるのか。 中央宣伝部の管理人が、たまたま熱狂的な反日主義者で、今は反日運動の最先端でふんぞりかえっていたというだけのことじゃないか。 私が中国人民解放軍の幹部と知り合いになれたのは、ごく一握りにすぎないが、みな地方や辺境の勤務を経験し、兵士たちとともに農民の農作業を手伝い、鉄道工事のために土を運び、兵士とともに部材を運んだことがある将校たちだ。 ドロ水の中を訓練し、ソ連軍の兵士と撃ち合い寸前になり、不幸な事故で部下を死傷させ、遺族とともに涙を流した勇士たちだ。真の武士たちだ。 ある知人の武官は、給料が悪いわけではないのに、故郷の兵士たちと同じ食事を毎晩、夫婦で食べているという。 これこそ鉄壁の軍隊であり、中国人民解放軍の強さである。 平時の軍隊がどのように士気と戦闘力を維持するか、これは世界の軍隊が苦悩する大問題なのだ。 私の観察する限り、中国の軍部は国際的に見ても高い水準と、優秀な人材が多いと断言してよいだろう。 地方に行けば、まだあちこちの商店に「軍人優先」という古い札がかけられている。 町中で安く売っている軍服を羽織った私にまで、商店の人々が心優しく接してくれた思い出がある。 「いえいえ、私は日本人なのです」と言えなかった自分が恥ずかしい。 商店の人たちは、中国語が下手な私を「内モンゴル人なのだろう」と思っていたようだった。 このような中国社会から、どうして精強な人材、洗練された人材が軍部に志願しないといえるだろうか。 もちろん、今は経済の自由化が進んだから、優秀な人材は経営学院に来て企業家を目指すし、有能な人間は体操や競技に進んで致富の道を求めるだろう。 しかし、私の知る同世代の軍幹部、彼らはみな文革後の混乱から立ち上がった世代であり、みな紳士であり、歩く姿も常人ではない端正な人々である。 将軍たちもすばらしい。 老幹部たちは朝鮮戦争で、戦場の将校として活躍した人たちばかりだ。 戦友の血を浴びながら、アメリカ軍と戦った英雄だ。 北朝鮮の軍部との密接な関係も、この老幹部たちの戦友関係が非常に密接だからだ。 ある将軍の風格に接したが、私は「これが真の軍人なのだ」と感激した。 私の先祖も、アメリカ軍と戦って死んだ。特攻機で巡洋艦にぶつかり、自爆したのだ。 彼はもちろん軍神として靖国神社に祭られている。 話が大きく遠回りしてしまったが、要するに軍部の人々は中央宣伝部の要請や要求には応じたものの、彼らの政治的な野心に同調するような「馴れ合い」はしなかったということだ。これは私は確信している。 軍部指導者たちは、中央宣伝部の横暴と専制の野心を見抜いていたと思う。 いつも中央宣伝部に脅迫されている外交部はなおさらだ。(ホントかね) 日本との海洋問題での緊張関係は、多分に総参部(統合参謀本部)の中で立案されたものではなく、中央宣伝部が仕掛けをつくって持ち込んだものであろう。 「西欧の石油メジャーと提携して石油調査をやり、それを中国の潜水艦やミサイル巡洋艦で守らせる」などという戦略を、はたしてまともな軍事専門家が立案するのかどうか。 資源を確保しようと、中国政府が腐心するのは当然のことだ。 それは批判しない。 中央宣伝部が企画を立てたとしても、資源関係の部署がやったことだから、それはそれでいい。 なぜ中国人民の軍隊で、石油メジャーの利権を保護するのか。それが問題の核心だ。 ここからは石油メジャーの国際陰謀がからんでくる。 もちろん、石油メジャーは中央宣伝部の策謀に手を貸し、香港や台湾の愛国団体に多額の資金を提供し、反日宣伝の資金源にもなった。 そのことを軍部は知らないし、私も軍の人々に示唆はしても、はっきりとは告げていない。 唯物主義の基本思想から、現実を分析してみたまえ。 何の運動が、どうやって資金を集め、何を目的に活動しているのか。 その政治的効果を反作用で利益に転化したり、あちこちの株式市場や船舶保険市場で大儲けをする国際資本集団がいるのではないか。 今の領海問題と資源問題が接触している海域の状況を冷静にながめるといい。 日本と中国が対立し、お互いに接近して海底油田を開発競争したら、どちらの国民が喜ぶことになるのか。 都市や農村・漁村・山村・荒野に住んでいる中国人民はそんなことは知ったことではない。 一番大きな儲けをあげるのは、石油メジャーなのだ。 中国人民海軍は、海兵たちの生命を酷使し、犠牲にしてまで、どうして国際巨大資本の利権を守り、日本と対立するのか。 その対立図式を海軍司令部がつくったのか。ちがう。 中央宣伝部か。ちがう。 どこなのか。石油メジャーだ。 彼らが国境紛争地域で石油資源を独占する悪質な方法を中央宣伝部は何も知らなかったのだ。 外交部はわかっていると思う。国連代表部もわかっているはずだ。 アフリカ大陸で、資源確保のために、国際石油資本が民族対立を引き起こし、宗教対立を扇動し、大量虐殺まで引き起こしている事実を。 しかし、外交部の国務院報告書など、中央宣伝部が国益のために参照するとは思えない。 私は戦略専門家として、誠実に発言する。 中華人民共和国よ、これ以上、国際政治、国際資本にだまされるな。 資源確保のためといいながら、人民の軍隊が国際資本の護衛部隊をやることに、疑問を感じないのは「中央宣伝部」だけだと信じたい。 真の愛国者、真の軍人は、そのようなことで中国人民の子弟が生命の危険を賭する不幸を座視するはずがないのだ。 私が中国人民解放軍の将軍だったら、そのような命令企画書が回ってきた段階で、一人で戦車を運転し、北京の市街を突っ走り、中央宣伝部の建物を砲撃するだろう。
May 14, 2005
----- Original Message ----- From:"曹操閣下"
May 13, 2005
閣下は「中国共産党中央宣伝部」の人々と一度も接触したことがない。友人もいない。知人もいない。しかし、あちこちで「宣伝部」と名のる人物が出没しているのを聞きつけることが多い。彼らの組織図は、国務院や人民解放軍のように公開されていない。しかし、想像で何かを語ろうとしているわけではない。彼らの活動は、あまりにも目立ちすぎる。大した学歴も教養もないくせに、東京都内で 「中央宣伝部に所属している」と声高らかに自慢して歩く中国人たち。それが、私が知る「中国共産党中央宣伝部」の実態だ。私に言わせれば、まあ「中央宣伝」じゃなくって、「自己宣伝部隊」といったほうが正確じゃないかね。まあ、それは悪い冗談だが。はっはっはっ。池袋の鍼灸院を経営する人間も、 「俺は中央宣伝部だ」と傲然と自慢する人物だ。彼は池袋で公然と上海マフィアと広州マフィアを仲裁し、池袋の黒幕として君臨している。中国マフィアと共存しつつ、共産党の秘密機関とパイプをつないでいるわけだ。おっかないねえ。この奇妙な人物の発言がまた非常に笑えるんだ。閣下は駐日・中華人民共和国大使館武官室と関係が深い。国防武官の李鋭少将は、王毅全権大使よりも上席に立つ人だ。つまり、共産党の党内序列でいえば、日本では最高なのだ。閣下も著書を献呈して、非常に喜ばれた。まさに正真正銘の将軍閣下だ。それが自称「中央宣伝部」に言わせると、「あんなやつ、あれ以上は出世しない。窓際だ。何の意味もない」などという侮蔑と嘲笑で激しくこきおろすのだ。空軍少将閣下を。当時は、現在は外務次官の武大偉閣下が全権大使であったが、「あんな小役人は何もできない」とも言った。いったい、この自称「宣伝部」なる鍼灸師は何者何様なのか。中国共産党はいったいどうなってしまったのか。私は、ある人からこれらの言葉を聞いたが、本当に驚いてしまった。しかも、この鍼灸師は只者ではない。羽田孜・元総理と江沢民主席が会見したときに通訳もつとめたとあちこちに吹聴しているのだ。それだけではない。羽田さんと会見が終わったら、江沢民主席が何と発言したか。 「日本の政治家との会話は何も成果がない。まったく無意味だ。特に、あの羽田は頭の中味が空っぽだ。パーのパーのパーだあ」そういって、国家主席は大いに嘲り笑いしたというのだ。私は勉強不足なので、「パーのパー」などという中国語があるのかどうかも知らない。そんな幼児じみた表現を、中華人民共和国の国家主席が常用するということも信じられない。私は羽田さん(成城学園の先輩)と、江沢民主席の会見に重大な意味があったとは思わないが、それにしても中国の国民たるものが、江沢民主席のイメージを傷つけるような「噂」を自慢げに話して歩いていることに心底から仰天したのである。そのような人物が、東京都内を歩き回り、 「私は東京の中国人社会の皇帝さまだ。中央宣伝部の幹部だぞ。中国全権大使や空軍の将軍なんか知ったことか」などと傲然と言いふらしているのである。こういうのを「逆宣伝」というのだ。(笑本当に中国共産党中央宣伝部という機関が、まともに毎日仕事をしているならば、まず、このような人物を厳重に審査し、その言動をチェックして、このまま野放しに活動させていいものか、早急に判断すべきではないのか。__________さて、閣下が戦略理論の専門家として考えるに。彼らはウソは言っていない。やはり中央宣伝部の外郭団体か何かに所属しているのだろう。そして、宣伝部の主要人物たちと、定期的にコンタクトをとっているのだろう。彼らがあのような傲慢下劣な幹部月旦(人物評)をやっているのは、彼らが「領袖」として尊敬している相当の地位の造反幹部たちが、彼らの目の前で老幹部たちを軽蔑し、侮蔑し、痛罵してやまないからである。なぜ、宣伝部の幹部たちが、政治局クラスの最高幹部たちを密室で非難したり、攻撃しているのか。それは彼らが秘密警察のように、最高幹部たちの私生活のプライバシーや個人情報をすべて握っているからである。李肇星外交部長さえ、日本の外務大臣、外務副大臣の前で、あらかじめ用意したメモを震えながら読み上げる始末だ。私は李閣下を尊敬していたのだ。何を怯えているのか。何に脅かされているのか。中央宣伝部は、いつのまにか規律委員会の訴追弾劾権限を代行する「思想検閲警察」に成長していった。つまり、反党・反革命を取り締まるという名目で、党中央の権威をうまく利用し、反日路線に熱意のなさそうな幹部の言動をチェックしていた。中国共産党に、いつのまにか「ゲシュタポ(秘密警察)」が誕生したのだ。誰も彼らを抑えることができなかった。それが今回は、政治局の役割まで代行しようとした。まさしく組織の暴走だ。北京市の公安警察幹部まで、さる筋から「愛国者たちのデモを阻止するな」と何らかの示唆を受けていた。「無許可のデモは禁止だ」といえないほどの立場の人物から。デモ隊のバス輸送も阻止しなかった。バスのナンバーも見落とした。宣伝部の高官が独断で北京市公安に「デモは認めた。阻止するな」といえば、電話一本だけでああなるじゃないか。デモ隊に卵を配り、みんなでペット・ボトルを投げるように指令し、「打倒小日本」とハンドマイクで叫びつづけた「肉の厚い女」は逮捕されたのか。どこへ逃げ出したのか。知っているぞ。この女は、サッカー場のまわりでも、赤く塗った大きな刀をふりまわして、「抗日愛国」と叫んでいた腹の出た小さい女だ。「小日本は皆殺しにしてやる」とも絶叫していたぞ。日本のマスコミは何時間もこの絶叫女の行動をビデオに撮りまくったのだ。この扇動組の氏名・住所・職業、誰に命令され、誰に金を渡されたか。北京市公安局に問い合わせなくても、みんなわかっている。知らん顔をするな。東京・池袋の「子分たち」の天を衝くような傲慢さは、天地無用の北京の「親分」の尊大さをそのまま反映しているわけだ。知っている人は知っている。これは「乱」の兆候だ。そこで、この造反組織がいったい何をめざし、何に向かって突き進んでいるのか、おのずと理解できるだろう。中国政治史の用語でいえば、王洪文路線だ。宣伝部の領袖が政治局員入りを狙い、政治局を奪権しようとしていたのか。これは経営学者として、経営の現場でも、よく目にすることである。これが中国共産党中央宣伝部の正体だとしたら、本当に恐ろしいことだ。彼らは国家転覆・指導部粛清を企てているのか。いたのか。もちろん、その陰謀計画はつぶされ、彼らは今、軍事基地の中で厳重な審査を受けているところだろう。頼むからさあーっ。彼らの手先だかゴミ野郎なんぞ、東京に放置しないでくれ。ネッネッネッ。(笑__________ (つづく)
May 13, 2005

「ブリュメール」というのは、フランス大革命で制定された「月」の名前である。西欧で「月」の名は、神様やローマ皇帝の名前だから、革命政府は嫌ったわけだ。それで「ブリュメール」というのは二月・「霜の月」ということだ。 しかし、「BM18」と聴いて、ピンと反応できれば大したもの。今は五月だ。 かのカール・マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』という名著があるわけだ。ちゃんと読んでいないとわからんわけよ。 閣下がこの問題で推薦するのは、筑摩版『マルクス・コレクション』の訳版である。 学生向けに難解な概念も、割りに噛み砕いている。 岩波文庫版は、古本屋で50円ぐらいで投売りされているが、これは表現が難しすぎるし、訳者がドイツで哲学をやっていないので、解釈がきちんとしていない。 難解な翻訳で悩んでしまう必要はない。 学生なら、大学図書館で借りられるよ。 さて、内容だが。 ルイ・ボナパルトは英雄ナポレオンの甥だった。彼はナポレオンの後継者として適当な存在だと「みなされていた」。 ナポレオンの失脚後、フランスは王と貴族の政権が復活したが、ブルジョワジーの新興産業家たち議会派首脳は、ブルボン王家の人々の性格の悪さに飽き、ついに王権をひっくり返し、彼らの言いなりになる共和制政権を立てた。 ここにプチ・ブルジョワジー(いわゆる「プチ・ブル」)という新興勢力が議会派に台頭し、社会民主主義という折衷イデオロギーを発明する。 こうして彼らは、実は産業階級のカイライでありながら、労働者や市民に媚をふりまくポピュリズム政治をやりはじめる。長続きはしない。 そこにルイ・ボナパルトが登場し、軍部の支持を得てクーデターを起こした。 この時のマルクスは、いわばジャーナリストで、経済理論を説いているのではない。不完全な情報に基づいた政治評論ともいえるが、社会現象の分析力は、やはり哲学博士である。論理展開も見事なものだ。 前置きが長くなったが、「中央宣伝部のブリュメール18日」というのは、サッカー反日サポーター騒ぎから、反日暴動まで、このマルクスが批判した「プチ・ブル社民主義」とボナパルティズム(中国では王洪文路線)のあらすじを、まさにクーデター直前までなぞり書きしているからである。 こらっ。中国共産党員。 こんな本は読みもしないだろうが。 全く不勉強なやつらだ。 共産主義の基本文献も読まないで、何が「共産党員」だ。 中国語で「口先だけデカイ野郎」というのは、お前らのことだ。 中国共産党は、趙紫陽首相の「初級段階論」以降は、きちんとした政治学分析を中国社会に対しておこなわず、階級対立やトラブルを政策宣伝で抑制する方針をとってきた。 ここに中央宣伝部が、あらゆる分野に口を出し、あらゆる幹部に命令し、自分たちは一つも誤りを犯さないという強大な自己錯覚集団に変貌成長する「余地」ができてしまったのである。 中国共産党の結党精神は、労働者階級と無産農民の階級利益に貢献し、革命を実行することであった。 しかし、中国共産党中央宣伝部は、都市部の産業家たち、つまり新興プチ・ブルから活動資金を巻き上げて、巨大な組織をつくりあげ、教育・文化・マスコミを支配下におき、大学内の党組織にも命令し、海外にも情報部員を派遣して、独自のボナパルティズムに向かって政権を奪取しようとしたのだ。 彼らが目指していたのは、労働者のための共産党ではなく、言いなりになる都市プチブルを味方につけた独裁政権なのだ。 具体的に言えば、イタリアのファシスト党、ドイツのドイツ国家社会主義労働者党(ナチス)と同じ階級基盤政党と同じ性質、同じ扇動宣伝政権をやろうとしていたわけだ。 だから中国できちんとマルクス政治学をやっている人間がいたら、「中央宣伝部の陰謀を阻止しろ」と発言するはずだよ。 実際にそれらしき動きはあった。________◆党批判の北京大助教授解雇 中国でイデオロギーや報道部門を統括する共産党中央宣伝部(中宣部)を批判する論文を発表した北京大学新聞伝播学院の焦国標助教授(41)が三十日までに大学を事実上解雇された。同学院関係者は時事通信に対し、「焦氏は辞表を出し、米国へ出国した。理由は分からない」と語った。焦氏は「中宣部を討伐せよ」と題する論文を発表し、報道の自由を求めて徹底的な制度改革を訴えた。(北京 時事)[産経新聞 2005年3月31日(木)]__________私はこの元北京大学助教授の意見には100%賛成しない。彼が本当に自己の利害を求めない義士なのか、保証する手立ては何もないからだ。方法論としても間違っている。つまり、「自殺自傷行為」だ。過激な主張をすべき時期も見誤っている。言論の中味も政治学的な分析はなく、ただ単に「学問的な悲鳴」みたいなものだ。盛唐の筆さばきで「自滅」と書くようなものじゃないか。説得力もない。しかも、主張すべき相手も考えないで、ただわめき散らしても弾圧されるしかないじゃないか。それこそ、カール・マルクスの教訓を見習うべきだ。中国の社会科学研究者は恵まれすぎているよ。付け加えると。中国の中央宣伝部が何を意図し、何をやろうとしていたか、アメリカも、日本も、ちゃんと情報は持っているのだ。知らぬは中国政府だけか。いや、違うな。みんな中央宣伝部を敵に回すのが怖かったのだ。わかるよ。_____________■中国の動向-何清漣氏見解 反日デモは国家ゲーム ■政治・安保の強大化嫌う 【ワシントン=古森義久】中国の経済や政治の鋭い分析で知られる在米中国人女性学者の何清漣氏は産経新聞と会見し、中国での最近の反日の動きについて「中国指導者に歴史問題で日本を非難する資格はない」と述べ、中国の真の不満は日本が政治面や安保面でより強くなることだとの見解を表明した。何氏は日本政府の中国への対応をも批判した。一問一答は次の通り。 ◇ --反日デモはなぜ起きたのか 「基本的には中国政府による国家ゲームだといえる。政府が特定の政治意図の下に主導したのだ。中国では一九八九年の天安門事件以降、憲法改正を経て、いかなるデモ、集会、ストも詳細を事前に当局に届け出て許可を得ることになっているが、実際には届け出も許可もない。九九年の米軍機のユーゴの中国大使館爆撃と二〇〇一年の米軍偵察機と中国軍機の接触事件の際には大規模な反米デモが起きたが、いずれも完全な政府主導だった。私は当時、深センで新聞記者をしており、共産党中央宣伝部が反米デモの命令を出し、学生らを動員し、マスコミにまで報道方法を細かく指示する様子を目撃した。今回も深センでは反日デモの先頭を切ったのは私服の公安要員だったと聞いている。中国全土の二十都市で同様のデモが同時に起きることも政府の指令なしには考えられない」 --中国政府の政治意図とは何か 「アジアでは中国がリーダーであり、日本が政治的に強くなって、同様のリーダーになってはならないということだ。また日本が日米安保条約に基づき台湾防衛に関与することには中国は激しく反発する。こういうメッセージをデモ行動で日本に伝えたいのだろう」 --温家宝首相ら首脳はみな日本側のいわゆる歴史認識にも言及するが 「中国の指導者に日本の歴史認識を非難する資格はない。私は日本政府の戦争の歴史への対応にも批判的だが、中国当局は大躍進の飢餓や文化大革命で何千万人という自国民が命を奪われた歴史を隠している。中国の教科書は教えない。中国指導者は歴史の隠蔽(いんぺい)を自国民に謝罪して初めて他国に謝罪を求める資格が生まれる。中国当局は特に日本に関する歴史を隠している。戦後、中国が日本への戦争賠償権を放棄したことも日本が中国に巨額の経済援助を与えていることも中国国民はきちんと知らされない。九五年の村山談話での日本の謝罪も中国一般には知らされなかったのだ」 --日本側の中国への謝罪は報道されないということか 「そうだ。謝罪に関していえば、六四年に毛沢東主席が当時の日本の社会党の佐々木更三、黒田寿男両氏が戦争について謝罪しようとしたのに対し、『謝る必要はない。なぜなら中国人民(共産党)は日本軍なしには権力を奪取できなかったからだ』と述べた記録がある。その歴史は今や隠されている。中国では共産党がすべてのマスコミや教育を支配しているのだ。日本政府は歴史認識という道義的領域で中国の主張に押されないで、逆に中国の国民の自由や人権、民主化などの拡大を強く求めるべきだ」 ◇ 【何清漣氏】1956年、中国湖南省生まれ、上海復旦大学の経済修士号を取得後、複数の大学で教鞭をとり、中国共産党深セン市委員会宣伝部に勤務、深セン法制報で記者をも務める。中国社会科学院の研究員を経て、98年に中国の政治と経済の特異性をあばく書、「中国現代化の落とし穴」を書き、全中国で話題となる。だが、当局から迫害され、2001年に中国を脱出して米国に渡る。現在はプリンストン大やニューヨーク市立大で研究員を務める。[産経新聞 2005年5月9日(月)]___________ こういう政治分析ができる政治学者がいないことが、中国共産党の目下の最大の問題点だと断言する。 中国政府にとって、耳の痛い話でも、誠実に聴かなければならない話もある。 中央宣伝部が「友好、友好」なんて旗振りを切り替えて、何になるのか。 それは中国人民を二重に欺瞞し、現政権が大戦略を持たない日和見主義を採っているという「現実」をマダラ色の赤旗を立てて宣伝しているにすぎない。 それは「逆宣伝」だといっているのだ。 そもそも中国共産党員が、市場経済の暴走で、「プチ・ブル階級とは何か」を理解しているのか、まったく不可解である。 また、共産党幹部が「ファシズム」の政治学的定義と実態を熟知しているのか、非常に疑問である。 中央宣伝部の仕事は、共産党員に対する社会主義教育の水準向上がそもそもの任務ではなかったのか。 それがこの有様では、論評すべき言葉も見つからない。 日本政府の対応や、日本の軍国主義信奉者について、中国で批判的な言論があるのは全く自由なことだ。 日本の軍備拡張についても、このままでいいのか、戦略理論の立場でも私は問題を感じている。 それを「日本人を追い出したら、バブル経済が崩壊して中国社会は大混乱する」という現実が迫ってきたら、なりふりかまわず「友好、友好」なんて、ふざけたことを言うな。 そういう態度を「戦略不在だ」というのだ。 お前たち中国共産党・中央宣伝部・全職員は、すでに「アジア史」という厳しい批判の嵐の中に立たされるべく、 「自分たちの権力の野心のために、アジア大分裂を画策し、中国社会を大混乱に陥れたファシスト造反分子」として審判され、断罪される運命にあるのだ。 私は一友好人士として、誠実に中国共産党中央規律委員会に以下のように要請する。 中央宣伝部の幹部をすべて政治審査し、現在の状況を招いた責任者がどこにいるのかを追及し、その人物の問題行動を発見し、事実に基づいて詳細な調査を実行し、政権陰謀の全貌を中国人民に公開すべきである。 そして、二度とこのような造反分子を生まないように、共産党員の思想的なプチ・ブル化、ファシズム化を根本から阻止しなければならない。 それが中国社会主義を正しい政治路線に推進することになるだろう。__________________________________
May 12, 2005
----- Original Message ----- 送信者 : "逢沢一郎" 宛先 : "曹操閣下"Sent: Monday, May 12, 2005 19:57 AMSubject: アブダビ日本人学校を訪問しました ―アブダビ日本人学校を訪問しました― 先般、UAEアラブ首長国連邦を訪問した際に首都アブダビの日本人学校を訪ねました。 全校生徒は小1から中3まで45名。村田校長先生以下、教職員9名のコンパクトな日本人学校です。 湾岸は5月になると日中の気温は40度を越えます。暑すぎるので夏場は運動場では遊べません。 「じゃあ体育はもっぱらプールですね」と聞くと 「いやいや、プールも水温が高くなりすぎて駄目なんです。もうそろそろ限界で す。」と校長がおっしゃるのには驚かされました。 私が学校を訪れたのは放課後の時間でした。子供たちはエアコンの効いた体育館で元気にドッヂボールをしていました。 厳しい自然環境の中いろいろな制約はありますが子供達には逞しく育ってもらいたいと思います。 海外の日本人学校の最大の課題は安全の確保です。アラブ首長国連邦は中東では治安の良い国のひとつですが、それでも日本に比べればいろいろ神経を使わなくてはなりません。 中東の日本人学校ではテロをはじめ様々な危険から子供や学校を護るため緊張感を持って努力を続けています。 昨年、パキスタンのカラチ日本人学校を訪問しましたが、カラチをはじめ多くの日本人学校では武装したガードマンが学校を昼夜見回ってます。また、保護者も学校も通学時の安全確保に大変な努力を払っているところが少なくありません。 世界にはいろいろな状況や環境があります。世界中のあらゆる場所で邦人の方々が活躍されています。子供達も元気に勉強しています。 海外における邦人の安全確保は政府の重要な責務です。今後も邦人保護に万全を期してまいります。 外務副大臣 逢沢一郎
May 12, 2005
閣下は学者活動の始めから、日中人文社会科学交流協会(今は解散)で、1990年代から内陸地方の各都市を回って講演活動をしていた。 当時は内陸の人々は非常に素朴で、「わざわざ遠くから」と感激して歓迎してくれたものである。 決して豪華な料理とか、贅沢な接待があったわけではない。 私はむしろホテルの食堂の食事をキャンセルして、庶民の街の話題の民間商店を教えてもらった。 地方の中堅幹部が家族でヒイキにしている店は、まずいものを出すはずがない。 ゴビ砂漠地域の真ん中にある甘粛省なんかで、「カニ肉」なんて食べる気もしないよなあ。近くで取れたトマトでいいんだよ。 日本の最近の流行の言葉。 《トマトはトマトでいいじゃないか。トマトが「自分はメロンだ」とムリにいいはるからウソになる》 それが内陸の人々も、最近は「紅眼病」という奇病に伝染したのか、中央政府の厳しすぎる「成果主義」に恐れをなしたのか、本当に品性のない対応が多くなった。 成果のあがらないものは切り捨てるという方針だが、見込みがありそうならば、数字をごまかしても、何がなんでもやるというモーレツ(支離滅裂)精神主義が台頭してきて、幹部の出世主義が目につくようになった。 非常に危険に感じたのは、このような中堅幹部の「ゴマカシ出世主義」が、時にはおかしな「お芝居」になってしまうことだ。 私の経験を話すと問題があるので、ここでは「聞いた話」としておこう。 ある街に留学から帰国した学生たちの嘆き。 彼の故郷では、「帰国学士」として留学生たちを故郷の街に帰郷を促進し、そこで起業をすすめる政策を打ち出していた。 さて、省政府の省長主催のセレモニーを終えて、各地方都市に散っていった学生たちの運命やいかに。 まず、彼らを待ち受けたのは美人の女性たちの接待攻勢である。 これでもか、これでもかと迫ってきたそうだ。 いわゆる「女性軍団」だな。 それがまた組織的にやっているのだ。 食事中にウィンクしたりね。(吐 それから「帰国学士」の仲間の中にも変なのが混じっている。 アメリカから帰国したというのに英語がまったく通じない女性もいた。 アメリカの大学院生だというのに、専門的な議論が何もできない女性。 これがまた色気ムンムン(笑)なのだ。 「学生」というのはウソ。商売女にキマットル。 工場を視察した。 自動車工場だという。 十台ぐらいの自動車が並べてあって、少しずつ分解されている。 「修理しているんですか」と聞くと、 「いえいえ。自動車を大量生産しているのです」と幹部は胸を張った。 もちろん、彼の顔は非常に動揺していた。 彼らは大量生産が何ものかも知らないで、海外から帰国した留学生たちをだまそうとしていたのだ。 また、「だませる」と信じていたのだ。愚かな。 ある企業はニセ札判別機を開発し、国内シェアも非常に好調だという。 そこで、よせばいいのに、工場長は 「アメリカから優秀品だといってトロフィーをもらった」と金ピカのメッキ製品を見せて、帰国留学生たちに自慢した。 そして、 「うちの機械は、ドル札も判別できる」と豪語した。 本当によせばいいのに。 さっそく留学生がドル札を取り出し、クシャクシャに丸めてから、その判別機に通した。 機械は勢いよくドル札をはじき返した。 工場長は言葉を失った。 参観の人々から思わず失笑がもれた。 ある留学生が言った。 「アメリカ輸出用の英語パンフレットを見せてくれ」 「そんなものはない」 工場長は激しく怒り出した。 「参観は終わりだ」 付き添いの地方政府の幹部も真っ赤な顔をして宣言した。 だんだん留学生たちは絶望していった。 「私は帰る故郷がなくなりました。近いうちに北京に一族を移住させます」 これが彼の帰国後の言葉である。 何だか、魯迅の小説の世界だね。 在日経験の長い留学生諸君は、久々に帰国した故郷が、最近はすっかり変わってしまった光景に唖然とせざるをえないだろう。 つい最近まで、 「断固としてブルジョワ的な自由化に反対する」という共産党の基本政策綱領があったのに、現実には上海には 「香港式俗悪金満文化」があふれかえってしまった。 90年代に上海に一緒に通訳として帰国した私の留学生は、上海の南京路・人民広場に女性の半裸の看板が出ているのを見て仰天していたものだ。 「ここは昔、紅衛兵が大字報を貼り出して、特権幹部たちを攻撃予告していた場所なのですよ」 「上海の自由化は何が何でも行き過ぎだ。私は反動主義と呼ばれても、社会の風紀の混乱には反対したい」 閣下は拍手して大賛成した。 「うん。それこそ真の愛国主義だ。自分の母親が金のために身売りするのを喜ぶ息子が本当に母親を愛しているといえるのか。上海が間違っていたら、間違っていることを言わなくちゃいけない。真実に恥じることが本当の恥辱なのだ。真理にしたがうことが科学精神なのだ」 しかし、彼はしばらくして日本国籍を取得し、日本人になった。 彼が真の中国の愛国者であることは、教師の私が保証する。 上海を本当に愛する彼は、上海の無秩序かつ急激な変化に精神的に耐えられなかったのだ。 愛するがゆえに。________ 「徹頭徹尾、ブルジョワ自由化に反対する」 これは実にいい標語だ。 香港の金持ち文化は実に俗悪だ。 日本の道路のどこに黄金のキャディラックが走っているか。 すぐ盗難にあってしまうよ。 不法入国の中国ヤクザにね。 しかし、香港やマカオの邸宅街は黄金の車がないと外出するのが恥ずかしいらしい。 それが最近では、上海でも金色の車が走りはじめたというではないか。 外は黒塗りなのに、中に入ると金色だらけというリムジンもどんどん売れているという。 一般の日本人には信じられない俗悪趣味だ。 ある金持ちが死んだ後に、元温泉旅館を改造した別荘が売りに出されたが、その家の風呂は18金のメッキがある黄金風呂だった。 実名を言おう。 横井英樹という人物だ。 これを日本のマスコミは 「この金持ちは趣味が俗悪だった」という明白な証明だとして徹底的な非難宣伝を連日のようにやった。 それで、その金持ちの子孫たちは、普通のビジネスの世界からは全く追放されてしまった。 中国共産党に問いたい。 「経済発展には害虫が発生する」などとスットボケている場合ではない。 社会矛盾や貧富の格差が拡大し、資産階級が政治権力を買収し、人民たちが奴隷状態にならないように、俗悪ブルジョワ文化には反対すべきだ。 そして貯蓄と投資を奨励し、勤労所得を減税し、不労所得には税率を高くすべきである。 不動産や高額商品には売上税をかけ、脱税商店は摘発すればいい。 このように都市経済の暴走を増税で抑制すれば、大いに税収が上がるから、それを国土全体の交通基盤整備にまわし、内陸部の資源開発を推進すればいい。 何か証券会社が倒産したらしいがね。 閣下の予言通り、香港人たちが逃げ始めたのかな。 手遅れなら、まあ今さらジタバタしても始まらないから、失敗の教訓は忘れないようにしたらいい。_________私は天安門事件は基本的に中国の内政問題であると思っている。日本人がどうこう言うつもりはない。しかし、研究者としては遺憾なことが一つある。それは中国社会科学院政治研究所の有能な研究者たちがほとんど亡命してしまったので、中国の政治学研究は事実上、崩壊してしまったことだ。マルクス政治学の専門家の文献の生産活動も活発とはいえない状況だ。政治研究ではなく、「政治文書の研究」はたくさん出ている。これはハッキリというが、政治学の学術文献ではない。複雑華美な「命令文書」の山に過ぎない。この政治学の退廃は、専門家として実に目をおおうばかりの惨状だ。中国の老練な政治家たちも、軍幹部も、そのことはよくわかっているはずだ。若手の造反幹部たちは「命令文書」の解釈や実践には優等生であっても、「ファシズム」の意味さえも知らないのだ。________さて、前置きが長くなったが、本日の本題に迫ろう。私は決して内政干渉のために、こんなことを書いているのではない。日本とともに愛する中国を不当に非難するつもりもない。中華人民共和国が科学的社会主義の基本原則を喪失し、中国共産党そのものの基本綱領がいつのまにか動揺し、内部から震該していることを嘆いてやまないのだ。中国の革命精神が危機にあるのだ。中国の革命は、日本の労働者をも解放した。中国という「鏡」があったからこそ、日本の労働運動はこれだけの権威と地位を築くことができたのだ。そのことは中国工人会の幹部の人々は、日本の労働界との交流でよく知っているであろう。そして、労働者の権利の確立は、一般市民の発言権の確立にもつながった。現在、引き続き発展しつつある市民活動の権利や情報公開の運動もまた、原点は中国革命に触発された市民たちの団結が原点になっているのだ。私はいつもそのことを言っている。中国革命は、アジアの歴史において明治維新と同じ役割を果たした。辛亥革命は未完に終わり、その後の混乱が15年戦争になったことは、実に不幸な歴史だった。しかし、中国社会主義革命は、まさに明治維新と並ぶアジア史の金字塔である。もちろん、日本国内には、このような見方には反対する人々も多いだろう。しかし、明治維新もまた、完全な革命ではなかった。その不完全さが藩閥政治になり、軍閥政治になり、軍国主義になったのだ。中国革命も、副産物として文化大革命を引き起こした。そのことについては、もうあれこれ語る必要はあるまい。_________私が国家戦略の専門家として語るべきことは、「宣伝政治の暴走」である。政府権力が一般大衆に「偏見」や「感情」を一方的に押し付け、学習させ、賛同するものを優等とし、疑問をもつものを排除する。そのようなことを十年間くりかえして十五歳の子どもが二十五歳になったら、どのような社会現象が起きるか。外交部発言人が端的に述べたように、「見たくないものを見てしまった」という状況になったのだ。彼らも包囲されているのだ。「宣伝政治の恐怖」に。(つづく)
May 12, 2005
----- Original Message ----- 送信者 : "逢沢一郎" 宛先 : "曹操閣下"Sent: Wednesday, May 11, 2005 2:51 PMSubject: 重慶の人々と話をしてみました 重慶の人々と話をしてみました―― 日本政府は中国中西部の拠点都市重慶に総領事館を開設しました。中国では上海、新陽、広州に次いで4番目の総領事館です。いわゆる内陸部では初の公館です。 9日、私は重慶を訪問し「重慶総領事館開設・総領着任記念レセプション」を主催しました。王重慶市長をはじめ重慶総領事館が所管する重慶市、四川省、貴州省、雲南省から省政府、共産党関係者、英国総領事をはじめ外交国、日本企業関係者ら、多数の出席を得て盛大なレセプションとなったこと感謝しています。 発展著しい中国沿海部と日本の関係は大変深いものがありますが、今後は中国内陸部との交流を強化していかなくてはなりません。今後の重慶総領事館開設を契機にして政府対話、貿易や投資、文化やスポーツの交流などあらゆる分野で関係を発展させていきたいと思います。 4月に北京や上海で反日デモや暴力破壊活動がありました。重慶では昨年夏サッカーアジアカップの時、ジーコジャパンにたいへんな罵声が投げかけられました。 こうしたて経緯があっただけに今回のレセプションを成功させることができてよかったと思います。 重慶で滞在したホテルの近くの公園を散歩して市民の皆さんと会話を交わしてみました。30人くらいの方と話をしました。日本や日本人に対して悪い感情持っているとは感じませんでした。 カメラを向けると子供達は喜びます。数名の方からは住所のメモをもらいました。手紙といっしょに写真を届けてあげる約束をしました。 日中関係は大切な関係です。もっともっと交流を盛んにしてお互いを知る必要があります。中国の人達には戦争の記憶だけではなく今日の日本、日本人についての正しい知識情報を持ってもらえるよう努力したいと思います。 外務副大臣 逢沢一郎_________________☆閣下も祈っていました。よかった。
May 11, 2005
■陳水扁総統、李登輝氏を名指し批判 「一枚岩」にひび憲法、党内批判でいらだつ 【台北=河崎真澄】台湾の陳水扁総統が、九日のテレビ・インタビューで、就任以来緊密な関係を保ってきた前総統、李登輝氏を名指しで批判し、波紋を広げている。理念の異なる第二野党、親民党の宋楚瑜主席との政策協調が、実は李氏の提案だったと明かした上で、最近の陳総統に対する李氏の批判は「理解できない」とはねつけた。事態は本省人(台湾籍)層を基盤とする与党陣営の亀裂を招きかねない状態だ。 陳総統は台湾のケーブル局「三立テレビ」との単独インタビューで、李氏が与党、民主進歩党(民進党)と親民党の党首会談(今年二月)を提案したと暴露。「(反発が予想される)台湾独立派の長老や台連は(李氏が)説得する」と保証したにもかかわらず、李氏がその後の反発と対立を防げなかったと語った。 また、李登輝政権下で、当時与党の国民党が立法院(国会)や国民大会(憲法修正機関)を掌握している状況で踏み切れなかった新憲法制定を、立法院の議席が過半数に達しない現在の与党連合にできるのか、と不満を訴えた。これは、昨年十二月の立法委員(国会議員)選で、李氏の影響下にある独立派政党、台湾団結連盟(台連)の得票が伸び悩み、与党連合の勢力減につながったことへの批判とも受け止められた。 陳総統による公開の場での李氏批判は今回が初めて。 李氏は陳政権が誕生した五年前から、自らが後ろ盾となって創設した台連とともに、選挙戦も含め一貫して陳総統の民進党を支援してきたが、「台湾新憲法」制定をめぐる見解など、このところ食い違いが目立っていた。 こうした“恨み節”の背景には、国民大会の代表選挙を十四日に控え、同大会に提出予定の憲法関連議案をめぐる与党陣営内の不協和音がある。さらに、李氏の意向に沿ったはずの陳総統の言動が、このところ民進党内や支持層から猛烈な批判を招いたことも大きく影響している。 台連の議員団は十日の記者会見で、「陳総統のこうした李氏批判は、(相次ぎ訪中した)野党党首に続き、陳総統も胡錦濤氏との会談を狙う中国へのご機嫌取りだ」と反論。当の李氏も同日、台連を通じたコメントで「陳総統は発言するほど傷を深める」と慎重な言動を求めた。(産経新聞) - 5月11日2時35分更新______________陳ちゃんも「お子さま」だね。連戦訪中に先を越されたのに、李登輝氏が仲介に動けるわけがないじゃん。「台独」の人々は、「新しい教科書」の火種をつくったり、いろいろ日本と中国の関係を破壊しようと、公然と工作活動をつづけているがね、閣下はおかしいと思うのだ。彼らが言っていることは、すべて過去の怨恨に由来している。要するに中国共産党の支配は困る、国民党のやってきたことも許せない、だから台湾は独立しようというわけだ。しかし香港の状況を見ると、中国共産党はかなり自制していると思う。特に香港の治安は大きく改善された。教育も文化も、特にレベルが下がったということはない。香港を拠点としていた金融犯罪や麻薬マフィアの活動は、南方に移動した。香港経済がゆっくりと衰退しつつあることは現実だが、動ける資本は上海に向かったから、香港籍の各企業の成長力が縮小しているというわけではない。香港方式でなくても、台湾政府が共産党と契約提携し、北京の協商会議に代表を派遣したり、国連代表部で部分協力するなどの協調行動は可能だろう。もちろん、台湾の人々の多くが親日家であることは非常にありがたい。それは深刻な戦災を受けなかったことが一つの理由だろう。同じ日本国内でありながら沖縄の人々も戦争被害で大日本帝国の旧体制を非難するのに。したがって、台湾の人々が親日家だということは、他でもない。アメリカ軍の対日攻略方針が沖縄を標的にして、台湾を除外したからである。けっして大日本帝国の植民地行政が、他国より進んでいたわけではない。アパルトヘイトのような激しい人種差別がなかったのは一つの救いだが。日本人は台湾でいいこともしたが、もちろん植民地行政の範囲のことだ。韓国だって、大韓王制が続いていたら、金泳三大統領、金大中大統領も、生家のまわりに学校らしきものもなく、少年時代を過ごしたであろう。植民地がいいか、悪いかの議論ではない。日本が敗戦し、植民地を巻き込んだのだ。植民地支配よりも、韓国は朝鮮戦争の被害が大きいが、それも沖縄と同じように日本本土の犠牲として戦場になったことは、戦略家はみんな理解している。親会社が倒産して、子会社を連鎖倒産させたのだ。もし本土決戦まで戦争をやりつづけていたら、ヤルタ会談・ポツダム宣言から一歩踏み出して、東京に原爆が落ち、九州は北朝鮮政府が支配し、北海道はロシアに併合されていただろう。こういえば、わかりやすいだろうな。もし、台湾に佐世保のような海軍拠点があったら、アメリカはそこも原爆を落としたかもしれない。 東京のように絨毯爆撃されたかも知れない。 わかるだろうが、過去の「危うさ」にふりまわされて、人生の信念や生き方まで決めてしまうのは、決して物事に成功し、目標を達成し、人生に勝利する方法ではない。 「恨みや呪いにとりつかれて生きつづける」ということは、何かの幸福や幸運を約束するものなのだろうか。 台湾の秘密工作にはめられて、国家予算と権力を使って、過剰な対日批判をやりだした中国共産党中央宣伝部も愚劣だよなあ。 そもそも日本は戦争被害には国家賠償はしない。 毛主席が明白に決定したのだ。 中国共産党幹部が党の歴史も学習しておらんのか。 閣下は「台湾独立」に旗幟鮮明、断固として反対する。 それはアジアの団結を阻害し、この地域の危機を高めるだけだ。 それは他でもない、 「アジア人たちを対立させ、団結を阻害し、アジアの潜在力を永遠に埋没させよう」という歴史的な国際陰謀の大戦略に操られるにすぎない。 本当の「アジアの敵」はどこにいるか。 台湾独立派の人々を操縦し、アメリカの過激な反日運動を支援し、韓国の中で反日宣伝活動に資金を出す。 アジアの対立は、「日本政府叩き」だけではすまされない。 その背景の歴史的、一貫的した国際謀略の存在と意図を知らねばならないのだ。 孫文先生が予言していたように、 「アジアが団結できなかったこと」が、あの15年戦争の悲劇を生んだ。 アジアが分裂すれば、アジア人はいつまでたっても世界の主人公にはなれない。 アジアが団結すれば、地球人類の歴史を変える。 これが毛澤東戦略思想であり、戦争の総括だ。 添削することは何もない。 団結し、前進しようではないか。 アジア人たちよ。
May 11, 2005
May 11, 2005Chain of Suicide Bombings Kills More Than 60 in IraqBy THE ASSOCIATED PRESS Filed at 3:58 a.m. ETKIRKUK, Iraq (AP) -- Five suicide attacks in three cities in Iraq killed more than 60 people Wednesday. In the deadliest, a man with hidden explosives set them off in a line of people outside a police and army recruitment center in northern Iraq, killing 30 and wounding 35, police said.In Tikrit, meanwhile, a suicide car bomb exploded in a small market near a police station, killing at least 27 people and wounding 75, police said.Three car bombs also exploded in Baghdad, killing at least four, police said.Police first thought the powerful blast in Hawija, a small town 150 miles north of Baghdad, was caused by a car bomb, but police Maj. Sarhad Qadir later said they later found it was an attacker waiting in a line of about 150 recruits.''I was standing near the center and all of a sudden it turned into a scene of dead bodies and pools of blood,'' said police Sgt. Khalaf Abbas. ''Windows were blown out in nearby houses, leaving the street covered by glass.'' He spoke in an interview from the chaotic scene over his cell phone.Qadir said 30 people were killed and 35 were wounded, including about 15 who were in critical condition.Like many other such recruitment centers in Iraq, Hawija's is located in a building surrounded by cement walls topped with barbed wire in an effort to prevent attacks by car bombs. Men often line up outside such centers early in the morning to apply for jobs at a time of high unemployment in Iraq.Insurgents target the centers, and Iraqi security forces on patrol, in an effort to block a key goal of U.S. forces: to one day be replaced by newly trained Iraqi soldiers and police.In Saddam Hussein's hometown of Tikrit, meanwhile, Police Lt. Col. Saad Daham said that security prevented the car bomb attacker from exploding his vehicle in front of the police station, but that the bomber swerved into a crowd of people at the nearby market.The bomb exploded at 7:15 a.m., and many day laborers who had traveled to Tikrit from poor areas of Iraq were waiting at the market to be picked up for work at construction sites, Daham said.He said at least 27 people -- mostly civilians -- were killed and that 75 were wounded. At Tikrit General Hospital, Dr. Faisal Mahmoud said the facility was too small to handle so many casualties.In Baghdad, three car bombs killed four people and wounded 14, police said.The worst blast occurred in the southern neighborhood of Dora near a police station, killing three civilians and wounding nine, a police officer said on condition of anonymity.In Yarmouk, an area of west Baghdad, a suicide car bomb targeting a police patrol exploded in Jordan Square, killing a civilian and wounding three policeman, said police Lt. Col. Kadhim Abbas.In New Baghdad, an eastern area of the capital, a car bomb exploded near al-Darweesh bakery about 100 yards from a police patrol, wounding two civilians and damaging civilian cars parked nearby, said police Lt. Col. Ahmed Aboud.
May 10, 2005
宋天さん 徳島大学のものです。辛平さんからの推薦でこの文章を拝読させて頂きました。なにより中国人の一人の私は、先生の熱意に尊敬しております。この騒動の前後、私も冷静に考えましょうと知人を説得したり微力を尽くしたつもりですが、日本人の先生に比べれば恥ずかしいかぎりです。-----☆コメントありがとう。 私は逆に不思議に思うのですよ。 唐国務委員は周恩来総理の秘書だったし、今の軍人の老幹部は毛澤東戦略思想を懸命に学習したはずです。 孫文先生が予言していたように、「アジアが団結できなかったこと」が、あの15年戦争の悲劇を生んだのです。 アジアが分裂すれば、アジア人はいつまでたっても世界の主人公にはなれない。 アジアが団結すれば、地球人類の歴史を変える。 この言葉を、本国の友人の皆さんに伝えてください。 これが毛澤東戦略思想です。 そして、これが戦争の教訓であり、友好の基礎です。 「世界人民団結万才」は、天安門のスローガンです。 両国友好は、私の信念です。 だから、今回の暴動は歴史的な大失敗です。 (1) アジアを分裂させる外国の策略 (2) 六カ国協議の枠組みを破壊したい近隣の陰謀 (3) 中国共産党中央指導部体制内の造反分子 三つの勢力が「反日」で瞬間同盟を結んだのです。 手先になった憤激しやすい若者たちの罪ばかりではない。 要するに国際陰謀、アジア分裂の策略の野合(野獣の性交)ですよ。 「アジアを分裂させよう。アジア人を互いに反目対立させれば、アジアの潜在力は発揮できない」 これは「分裂戦略」です。 古代ローマ時代からつづく西欧の大戦略です。 パキスタンとインドは同じ民族、同じ言語、でも対立しています。 セルビアとクロアティアも同じ民族、同じ言語、なのに殺し合いをしました。 古代ローマはエジプトで、王子兄弟が王位を争うと、両方とも王位を与えて対立させ、ローマは1人の高官を置いて仲裁しました。 つまり、たった1人のローマ人がエジプトを従属国にしたのです。 最終的にはクレオパトラと弟を対立させ、クレオパトラを自殺させて、エジプトはローマに支配されたのです。 フランスとドイツが戦争の歴史的遺恨で対立をつづけていたら、ヨーロッパはもっと地盤沈下していたでしょう。 私は日本に罪があること、中国の人々の気持ちも理解しています。 中国の歴史にも叡智がある。 東漢の班超は「軍司馬」という低い地位だったのに、高昌を制圧し、立派な統治を行い、新疆人から敬愛を受けました。 今、中華人民共和国が新疆自治区を有しているのは、周の穆王の遠旅ではなく、漢の武帝の遠征のおかげでもなく、班超の知略の功績です。 世界人民の団結、萬歳。 あの天安門の看板の意味と、中国民族の歴史の叡智を、中南海の人々がまったく理解していないならば、これからも基本政策に失敗するでしょう。 中華人民共和国・中国共産党が、何ゆえに今日になって毛澤東戦略思想を放棄したり、忘却してしまうのか、その理由を突き止めたい気持ちです。 ニクソンが北京に来た時、歓迎晩宴で「われわれが手を握れば、世界は変わる」と言いました。 その瞬間、周恩来総理は「クソッ」と顔をそむけて酒盃を呑みましたね。 田中総理に堅く握手した毛澤東主席、周恩来総理が、「戦略不在で軽率だった」などと、どうしていえるのでしょうか。
May 10, 2005
三洋電機社外取締役 井手JR西相談役が辞退 JR西日本と三洋電機は十日、JR西前会長の井手正敬取締役相談役が三洋の社外取締役への就任を辞退したことを明らかにした。 井手相談役は九日、兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故に関連して、「大変なご迷惑をおかけしている状態で就任することはできない。三洋にも迷惑がかかる」として三洋の井植敏会長に電話で辞退を伝えた。井手相談役への社外取締役就任の要請は三洋が「国鉄改革のリーダーとしての経験を生かしてほしい」として決定し、先月二十七日に発表していた。(産経新聞) - 5月10日15時34分更新_____★閣下は人質事件で多忙である。 しかし、JR西日本には直接指導してやろうと思っていたのに、残念だな。 ハッハッハ。
May 10, 2005
閣下は昨晩は仕事だった。久々のイラク人質事件だ。朝方になって情報データがあがってきた。「あっ、なるほどね。彼は反戦主義者じゃない。お助けビデオなんかにも出ない。その前に自分で始末をつけるだろ。あんまり税金を使うなよ」今日の昼には弁当飯を喰って帰ってしまった。みんなビックリしていたがね、閣下がいたりすると、意見を集約したり、書類をまとめたり、いらぬ作業が必要だからね。閣下も若いころは戦士だった。何を求めていたのかな。彼も戦士なら、「虜囚の恥辱」を選ぶだろうか。むしろ徹底的に抵抗して、銃弾を浴びまくって死ぬだろう。閣下はわかっている。予言しよう。彼は蜂の巣のような遺体になり、しかし戦士の礼を受けた姿で発見されるだろう。ボンヤリ出かけて、「死にたくない。死にたくない。小泉さん」とビデオカメラの前で叫んで、苦もなく殺されて、街中にゴミみたいに捨てられたフリーター兄ちゃんとは違うよ。戦士が戦場に行くときの覚悟はできているはずさ。むしろ同世代の閣下は少し期待している。日本にも、戦士が生きていたことを、一死をもって証明してくれると。
May 9, 2005
----- Original Message ----- 送信者 : "逢沢一郎" 宛先 : "曹操閣下"Sent: Monday, May 09, 2005 10:57 AMSubject: 中国というひとつの国のかたち― 中国というひとつの国のかたち ― 中国内陸部の拠点都市重慶への出張の途中上海に立ち寄りました。上海でも先月反日デモが起こり日本の上海総領事館が大きな被害を受けましたし日本企業や商店、レストラン、また法人にも直接危害が加えられたことは記憶に新しいところです。 日本の新聞報道によると中国公安当局は中国市民に対して「許可を得ていない違法なデモには参加しないように」という趣旨のメールを大量に無差別に発信したとあるので、空港に出迎えに来た総領事館員に様子を確認してみました。 そうしたところ「実は私のケータイにも市公安局治安総隊からメールがありました」と言ってケータイの記録を見せてくれました。 「デモは許可を得る必要がある。愛国の熱情の表現には秩序、理性、そして合法でなくてはならない。自覚をもって法律と秩序を維持する必要がある」およそこういう内容のメールが4月14日木曜日に公安局から発信されていました。 4月の反日デモに際して中国がウィーン条約を遵守しなかったことは残念ながら明白に事実です。歴史認識や様々な国民感情があるにせよ、あれだけの被害を日本の公館に与えてしまったことに対し中国政府は謝罪し賠償を申し出ることは当然のことです。 また上海市当局のみならず中国では国家が各個人のメールアドレスを把握している、あるいは把握しようとすればそのことが可能である国であることが明らかになりました。 中国はそのような国家であるという現実を冷静に受け止めておかなくてはなりません。 それぞれの各にはその発展段階や、いわゆる「国のかたち」があります。中国に発言すべきは発言しつつ、中国の現状を大きく受け止めながら日中関係を発展させていきたいと思います。 逢沢一郎
May 9, 2005
<尼崎脱線事故>明らかとなるJR西日本の体質 脱線した電車に乗りながら現場を離れた運転士、事故当日にボウリング大会を開いた社員……。JR福知山線の脱線事故では、事故原因の究明だけでなく、JR西日本の体質とも取れる問題点が次々と明らかになっている。「企業の風土」と会見で繰り返す幹部たち。同社社員の安全意識の低さや同社の構造的欠陥が浮かんでくる。【本多健、花岡洋二、井出晋平】 ◇トップに集中する権力 「目上の人に言いづらかった」。事故当日、ボウリング大会を開催していた天王寺車掌区の社員43人のうち、事故を知りながら上司に中止を進言しなかった13人の弁解だ。 ほとんどは、年代の若い人たちで上司や先輩への遠慮があったという。 同社では、分割・民営化に伴う合理化などで社員の年齢構成がかなりいびつになっている。昨年4月1日現在で、45~49歳の社員が最も多く約8600人。55歳以上も約3440人おり、20~29歳の5220人と比べ、高齢者にシフト。 若年層とベテランをつなぐ30~39歳の中堅層が1450人と極端に少ないのが特徴。こうした社員構成が、若手たちが上司らに言い出しにくい環境を作り出しているのではとの指摘だ。 また、分割・民営化時に、厳しい合理化を図り、経営を安定させた過程で権力をトップに集中させたため、社内の風通しが悪くなったとの声も内部からされる。 社員からの意見は、スピードアップや人員・コストの削減などに関するものは採用されても、経営方針に抵触する意見はまず取り上げられないという。 ◇社員に判断力なく 会社の体質は、事故の電車に乗り合わせたのに、救助せずに勤務に向かった運転士の場合にも出ている。 事故車両の6両目に乗りながら救助活動をしなかった運転士(27)は「気が動転していた」と釈明したが、この日の勤務は午後2時9分から。遅刻の心配はなかったが、実際には、午前10時開会の橋本光人・同社大阪支社長の講演会に出る予定だったことも分かった。 ある中堅運転士は「大阪支社は職員5000人を抱える。支社長は王様みたいなもの。講演に遅れるわけにはいかないと考えても不思議ではない」と推測する。 また、西日本旅客鉄道労働組合(JR西労組)の幹部は「ぜがひでも出勤しなければいけないのか、判断できない組織の体質に問題がある。そうした風土に気づかなかった組合の責任もある」と話す。 ◇「事故調にも問題」と、信楽高原鉄道事故の遺族ら 一方、こうしたJR西日本の体質だけでなく、事故原因の究明に当たる国土交通省航空・鉄道事故調査委員会にもあると指摘するのは、信楽高原鉄道事故(91年)の遺族らでつくるNPO「鉄道安全推進会議」だ。同会議は、米国の「国家運輸安全委員会」などの視察を通じて、米国での安全システムを研究してきた。 同会議によると、国家運輸安全委員会は、事故発生時に行動心理学などの観点から鉄道事故などの人的要因を多角的に解明する調査グループを設置。乗員らの勤務状況や体調などの調査にとどまらず、労働環境や技術訓練の水準など、事業者の「安全文化」に踏み込んで検証する。 同会議関係者は「日本の事故調は技術論に偏っている。米国に比べて安全工学や人間工学の視点が劣り、こうした面での安全対策も考慮しなければならない」と指摘する。 鉄道事業に詳しい安部誠治・関西大教授(公企業論)は「ミスをした職員に、見せしめのような“日勤教育”をすれば事故が減るという考え方は非科学的。技術と安全と人間のかかわりについて、幹部も含めて再教育すべきだ」と西日本の体質そのものを批判する。 ◇JR全体の問題 国鉄の分割・民営化を追ったルポ「国鉄処分」の著者、鎌田慧(さとし)さんの話 国鉄時代は、公共交通の模範というのが事業者と労働者の誇りだった。JR西日本は、私鉄の激しい競争の中でそれが崩壊した。 JRは、分割・民営化に同意しない者を「人材活用センター」へ送るなど労働者を管理・支配してきた。「抵抗しない」姿勢は今も組合員に残っている。 運転士は自己判断を求められるのに会社が「使いやすい人間」を作った。どういう状況でも出勤しなければと、ロボット化、マニュアル化した責任はどこにあるのか。人命救助優先でなく遅刻や罰を恐れる体質があったのではないか。JR全体の問題だ。(毎日新聞) - 5月6日23時56分更新
May 9, 2005
----- Original Message ----- From: "kazuhiro haraguchi" 宛先 : "曹操閣下"Sent: Sunday, May 08, 2005 6:24 PMSubject: Re: 梶原康弘問題★おふざけしている場合じゃありません> 曹操閣下> メールありがとうございます。> 私も同じように感じます。恐らく宴会というよりは、地盤培養活動の一旦として出席したのだと思います。緊張感をもって活動していれば、起こらない失態です。> 民主党は世帯が急速に拡大して、候補者選定の部分に瑕疵を抱えているように思います。中島さんのおっしゃるように原点に帰って出直しが必要だと思います。> 益々のご活躍をお祈りいたします。たくさんの祝福がありますように。> > 民主党衆議院議員 原口一博 _____________原口代議士さっそくのお返事感謝。 単刀直入に申します。 1. まず辞職が党のため、自分のためだと納得させる。 2. すぐ辞任することで、マスコミを呼び、民主党の誠意を示す。 3. しかし離党させず、党代表・幹部・若手が選挙区で謝罪につきあう。 4. 午後までに辞職方針を明確にしないと、テレビはいっせいに民主党批判に。 5. 火曜日までに決着しないと、政府・与党から権力による民主党叩きに。 とにかく明日が勝負。 時を失わず、行動を願います。 猶予は半日です。 辞任が早ければ、民主党に失うものはなく、むしろ評価を高めます。 午前中に辞意表明すればいいのですが。 4と5にはまったら、民主党は確実に包囲殲滅されます。 曹操閣下より
May 8, 2005
梶原康弘を辞職させろ★民主党全議員へのアピール梶原康弘が辞職しないと、民主党は壊れます。週明けの国会を戦えません。「えひめ丸」の事故で、森総理の「危機管理能力」とともに、人格的な欠陥まで踏み込んで攻撃した民主党らしからぬ対応として、考え直さなければなりません。特に梶原は小選挙区選出議員ではありません。辞職すれば、次点候補が民主党議員になるわけですから、すべての議員に緊張感を持たせる効果があります。大義、親を滅す。民主党、全代議士の賢明なる判断を要請します。 曹操閣下 http://plaza.rakuten.co.jp/freiherr/_________________http://plaza.rakuten.co.jp/freiherr/bbs/脱線当夜、親ぼく宴会=車掌ら約40人、衆院議員も-予定通り実施・JR西 兵庫県尼崎市のJR福知山線の脱線事故当日の4月25日夜、JR西日本の車掌らでつくる親睦(しんぼく)団体の宴会が同線沿線の同県篠山市の民間保養施設で開かれ、40人近くが出席していたことが8日、分かった。同市出身の梶原康弘衆院議員(48)=民主、比例代表近畿ブロック=も招かれ、参加していた。 宴会は、丹波地域出身・在住のJR西の車掌らでつくる親睦団体「丹波群団会」が主催。梶原議員は、父親の梶原清・元参院議員が国鉄職員だった縁で交流があり、招かれていた。社員の私的会合だとされ、同社が職場の催しに関して発表した「不適切な行動」事例には含まれていなかった。(時事通信) - 5月8日13時0分更新_______★こういう時に率先して辞職するのが男の花道というものだ。 社民党のチンピラ姉ちゃんも、「ウソ」をつく前にスッパリ辞職していたら、今ごろ政界に復帰していたし、テレビの政治評論家でもやっていただろう。 今はテレビに出てきたら、大人も子どももブーイングだからな。 その点、政経塾の小野寺五典はすぐ辞職して、山の中に魚を売り歩いて、次の選挙にカムバックして、今は外務政務官で国連会議場で演説もやっている。あれはできすぎ。 梶原よ、週明けに辞職表明できるかどうかで、民主党の支持率は決まる。
May 7, 2005

今度、中国関係のパーティーにつけていこう。はっはっはっは。
May 6, 2005
閣下は憲法記念日に、教育セクハラ問題の最終手段として武力闘争を決意し、丸一日かかって、「公立学校制度の原則廃止」の趣意と戦略出師表を書きあげた。 ちなみに公立学校・普通教育制度を実質的に計画し、明治時代につくりあげたのが、わが母校・成城学園創立者の澤柳政太郎博士だった。 澤柳博士は文部省官僚時代に、文部大臣の大木喬任・海軍大将に進言し、日清戦争の賠償金の半分を全国の小学校建設のために勝ち取った。 大木提督は、明治大帝が臨御された御前会議で、伊藤博文・山県有朋ら長州閥の重臣たちに薩摩弁マルダシで大声で発言した。 「おいっに半分くいやいっ(私に償金の半分をくれ)」 せっかくの戦争賠償金を何に使うか。 軍艦を買うか。工業機械を買うか。 みんなが悩んでいた。 そこに海軍大礼服姿の薩摩隼人の大木提督が「半分よこせっ」というのだから、みんなが緊張した。 しばらくして、陸軍元帥の山県が口を開いた。 「大木君、そんな大金を何に使うんじゃい」 大木は言った。 「おいは小学ッコのセンセたちにあげる」 山県と伊藤はアッケにとられた。 松下村塾で、吉田松陰や高杉晋作から教育の大切さを叩き込まれた彼らは、大木提督の提案に心打たれた。 この大木の一言を、最もお喜びになったのが明治大帝であった。 「大木の考えはよろしい」 普通、御前会議では発言されない明治大帝の、異例の勅語だった。 それで日本の普通教育制度は巨大な財政的な基盤をもって始まった。 「日本は戦争賠償金の半分を国民の普通教育に使う」 このニュースに驚嘆したのは、イギリスとドイツであった。 両国は欧州列強というべき当時の最先進国家だったが、王国の封建的階級社会を抱えていたので、農奴制度の残滓ものこっていたし、普通教育の定着に複雑な悩みを抱えていたのだ。 このことが澤柳博士を国際的な著名人とした。 新渡戸稲造が晩年に取り組んだ日米対話の有識者・賢人会議、「太平洋問題調査会」は澤柳政太郎がホノルル設立総会に初代代表として参加し、第三回会議を新渡戸に引き継いだのである。 また、この調査会では韓国も正式代表で参加していた。 第三回の日本主催の会議では、新渡戸議長は韓国代表の発言を拒否したが。___________ しかし、澤柳博士は、自分でつくりあげた公立学校制度の問題点に早くから気がついていた。 彼はペスタロッチ教育思想を最も早く日本に紹介した人物でもある。 広島大学学長で、ペスタロッチの墓の隣りに埋葬された被爆者の長田新博士は、澤柳の書生であり、秘書だった。 澤柳博士は画一的教育システムを勝ち残って、文部官僚になったわけだが、彼自身は相部屋仲間の清澤満之(東本願寺改革派の祖)にエピクテトスの読書をすすめ、ジョン・スチュワート・ミルの『自由論』を愛読し、その「官僚の専制・独善」の被害にも目を向けていた。 そこで文部省の高官に出世した澤柳博士は、「教育現場の生の声を把握したい」ということで、明治時代に各学校にアンケート調査まで実施していた。 これにも閣下はびっくりした。 まだ制限選挙の時代である。 教師の大半には選挙権もなかった。 しかし、あえて当時最新の世論調査の方法を応用した。 国語教科書の基礎研究のために実施された全国の方言調査と分布地図も明治時代に作成された。 これもよくできていて、今では全く完全な歴史資料といえる。 もちろん調査員は、各学校の教師たちであった。 しかし、多くの教師は「画一的な普通教育」の仕組みに、ようやく慣れたばかりであったから、文部省の澤柳次官から「生徒の個性を重視せよ」といわれても困惑してしまった。 「個性の重視はどうしたらいいのか、文部省が具体的に(つまり画一的に)決めるべきだ」 そんなトンチンカンな意見も少なくなかった。 いろいろなことで反発も多く、公立学校の改革問題をあきらめざるをえなかった澤柳博士だったが、それでは終わらなかった。 彼は晩年になって、画一的な公立学校と全く正反対の建学理念を持った成城小学校を創立。 旧制成城高等学校を創立し、第一回の入学式に出席してから、その直後の昭和二年に亡くなった。 その入学式辞演説は、すべての成城生の学生手帳に刷り込まれている。 この「澤柳パラドックス」ともいうべき複雑な部分は、先月のNHK特集で紹介されたので、思い出す人もいるだろう。 そのため、成城学園では大正時代から「日本でただ一つ国定教科書を使わない小学校」として有名だった。 これは岩波文庫の「平塚らいてう(雷鳥)評論集」の『息子を成城小学校に入れた理由』という一文に明らかだ。 彼女は成城小学校の「ブルジョワ学校」というイメージを否定し、「ここは国定教科書のいらない自由な教育をやっているからです」と抗弁している。 もちろん、「教科書なし」でやっていたわけではない。 戦後にみんな学園創立者や大学教授になったような知性のある教師たち、澤柳の新学校設立の呼びかけに集まった人々が海外の教育文献や教科書を研究し、それをもとに「手づくり教科書」をつくって、当時の文部省から独自に検定認可を受けていたのだ。 これも大したものだ。 今、こんな学校がどこにあるか。 そこには玉川学園を創立する小原国芳、明星学園を創立した赤井米吉もいた。目白学園、雲雀ヶ丘学園、自由の森学園なども成城小学校の教師たちが独立して建てた自由教育精神の城なのだ。 和光学園の歴史も、「1933年に成城小学校から分かれた」と書かれている。http://www.wako.ed.jp/e/02/history.html ちょっと書き忘れたが、よく梅若能に連れていってくれた恩師も、旧制成城学園高等学校の卒業生、大先輩だった。 フローベール研究の先生、パスカル研究の先生、ルター研究の先生など、成城学園の大先輩たちは多士済々、本当にいい時代だなあ。 私の文士風の文章も、大岡昇平先生から受け継いだものだ。 大岡さんは小林秀雄から冗漫な表現を削り落とした文体を受け継いだ。 ちと自慢が過ぎたかな。___________ 私は経営学者であり、法律の知識もあるわけだから、公立学校教師たちが騒ぎを起こしている「国旗・国歌」の問題は全く筋違いだと思うが、別に国粋主義的に国旗・国歌に愛着があるわけでもない。 「君が代」以外の歌や曲を国歌にしてもいいと思うぐらいだ。 「国歌を否定する公立教育」という大きな矛盾を直視しない役人教師たちのほうが頭がおかしい。 要するに彼らはただの「君が代嫌い」なんだよ。 その実態といえば、ただ嫌いになる理由を、変な考えを持ったカルト老人たちから、時代錯誤の憎しみをぶつけ、あることないこと教え込まれただけのこと。 ヤクザまがいの若いエセ国粋主義者たちと、その発生理由と原因は大差がないじゃないか。 反日カルトと野犬の遠吠え。同じ穴のムジナだよ。 決して上等なもんじゃない。何か深い教養や学識の基礎があるわけもない。 現実さえ直視する勇気もない。 「だったら、公務員試験や教員試験なんか受けて、税金でムダ飯を一生喰っていこうなんて考えるなよ」と言いたい。 私は、その意味で、澤柳精神の大きな後継者でもあるのだ。 そして日本全国の公立学校施設を使って、晩年の澤柳博士がめざした自由理念教育の理想を実現しようとしているわけだ。___________ 成城学園の有名なエピソード(学生時代に閣下が発掘した☆)を紹介しよう。 日中戦時下のこと、社会の風潮になびくものがあって、ついに生徒たちを休日の天長節(天皇誕生日)に集め、昭和天皇の御真影(写真)を崇拝するという、何のことはない儀式が挙行されようとした。 もともと「天長節」は成城学園では休日だった。 成城小学校から学習院女子に進学した社会学者の鶴見和子さん(上智大学名誉教授)は、うっかり天長節に休んで、家族と遊びに出てしまった。 それを素直に告白したら、体面や形式にこだわる教師たちは「あなたは不忠の臣であります」とヒステリックに叱責したものだ。 鶴見さんは老境七十のご老人になっても、学園史を研究していた私の問いに「あんなひどいことはない」と滅法憤激されていた。懐かしいなあ。 この最初で最後の「伝説」の天長節儀式も、成城学園のことは何も知らない退役軍人の軍事教練教官の某氏が企画して実施したものだった。 さて、いよいよ天皇陛下の写真が壇上にあがり、「拝礼」というカケ声がかかろうとしたところである。 生徒の中から突然、軍事教練式に 「回れーッ右いいいッ」という素っ頓狂な叫び声をあげた少年がいた。 生徒みんなは、日ごろの訓練よろしく、スパッと壇上から背を向けた。 ここからが「ホントの伝説」なのだが、別の生徒が続いて、 「皇居を遥拝するううッ。礼いいいッ」とまた大きな叫び声をあげた。 もちろん、皇居は別方向だ。 つまり、壇上の軍事教官の目の前には成城学園の生徒たち、数百人が突き出した「お尻」が向けられたということだ。 同窓会事務局に電話して、「天ちゃん尻向け事件」と聞けば、みんな知っている歴史的大事件だ。 閣下はこのエピソードはおもしろいと思った。 ユーモアもあるし、「やったなあ」という感じもする。 しかし、彼らは知っていた。 本当の愛国心は、細かな形式にとらわれるものではない。 いざというときに国家のために人生をかけ、生命を捧げることができるかということだ。 国家のために、生命がけの仕事がやりぬけるかということなのだ。 これが澤柳精神なのだ。 最初に叫び声をあげた生徒は、後に志願して特攻兵としてアメリカの艦艇に突っ込んだ軍神である。 ベルリン・オリンピックのサッカー・チームに参加した「成城ボーイ」も、敗戦間際に志願して特攻機で空母に突っ込んだ。 さて、彼ら悪童たちを「不敬だ」と自分勝手に激怒していた人は。 空襲を無難に逃げ回り、戦後数十年も全く健康に生きのび、相当な天寿を全うしてお亡くなりになったとさ。 ずいぶんとまあ、「ご立派な愛国者」じゃないか。 ハッハッハッ。 これらのエピソードを先輩たちから聞き出て発掘したのは、成城学園六十年史の編集メンバーだった学生時代の閣下の仕事だった。 中国の人々が靖国神社について話す時に、私はこういうエピソードも紹介することにしている。 そして、靖国の前を通り過ぎるたびに、私は巡洋艦に突っ込んで撃沈させた先祖の姿と、この成城学園の先輩たちのことをいつも思う。 立ち上がろう。 そして日本を変えよう。
May 5, 2005
この閣下の2号支店ページは、 平成16年11月1日、もともと【ワイセツ教師を追い出せ運動】というテーマで始まった。 「追い出せ」というのは、「変態教師は必ず懲戒免職し、教員免許を剥奪して、教職の再就職を阻止しなさい」ということだ。 これは閣下が個人的に推進している「公立学校数半減政策」のために開設したものだった。 公立学校数を半分に減らして、どうするのか。 公立教育施設を、名門の私立学校やノウハウのある学習塾の学校法人設立に賃貸する。 そして入学金や授業料を安くする。 こうした公設民営学校に行けば、学習塾に行く必要もなくなる。 国民生活全体の教育経費は合理化され、子どもたちの遊び時間も多くなる。 パートで働く主婦の半数以上は、学習塾の授業料のために働いている。 公立学校がまともな教育ができないから、そのツケを家庭が支払っているのだ。 こんなおかしな矛盾は一日も早く解消しなければならん。 いいか。公立学校は、日本の邪魔物だ。 存在するだけで、税金をムダにして、われわれはみんな迷惑しているのだ。 「いい学校、いい教師は半分は残しておけ。 学区・校区を廃止して、遠方からも入学希望者を集めたらいい。 腐った学校は直ちにつぶしてしまえ」と言ったわけだ。 このように、「いい公立学校と公立教師は半分残す」というのが、一つの提案だが、これは閣下の「苦肉の妥協策」なのである。 少子化社会への対策であると同時に、「ダメ教師に支配されて、ダメになる子どもたちの深刻な被害を減らそう」というものだった。 本当は、こんな敗北主義では、国家や社会を動かすのは難しいかもしれないということは、もちろん最初からわかっていた。 ここが戦略専門家としての苦心だった。 でも、ここから第一歩は踏み出したのだ。_________________________________ このようにネット・ページで運動を開始してから、マスコミも、文部科学省もかなりセクハラ問題を厳しくとらえるようになった。 しかし、ほとんど各地の教育委員会は、「被害者の児童・生徒のプライバシーを守る」という建前を盾にして、教師の性犯罪を刑事告発することもせず、実名も勤務先も公表しない。 そこで第二段階として開設から約二ヵ月後、12月27日の10.000Hits達成を期にテーマを変えた。 【ワイセツ変態教師は警察に告発しよう】 警察に告発すれば、教育委員会は後手後手にまわり、実名公表も阻止することはできない。 つまり、教育界の「隠ぺい工作破り」を狙ったわけだ。 こうすれば、教師のセクハラが「強制わいせつ罪」という解釈・斟酌の余地のない犯罪行為なのだということが、否応なく学校にも教育委員会にも再認識されるからな。 そして、保護者の父母の意識も変えることができる。 だから「教師からセクハラ被害を受けたら、教育委員会や学校なんかに相談するな。ただちに警察署に相談し、教師を逮捕させよう」と訴えたのだ。 これは非常に反響があった。 これまでは毎日平均二人が逮捕されたり、処分されていたのに、今は平均四、五人がセクハラで毎日問題が発覚しているのだ。 みんなが立ち上がり始めた成果だな。_____________________________________ さて、この春になって、たまたま成人女性のセクハラ裁判の判例が多数出てきたので、これが学校の児童・生徒の人権救済に適用できる可能性が出てきた。 セクハラ行為はもちろん、非接触の女性教師の「暴言」についても、同性の精神的損害(PTSDは認定しなくても)100万円以上の慰謝料が判決として認められた。 つまり、現在、たてつづけに日本各地で発生している学校内のセクハラ問題はすべて慰謝料請求する民事訴訟が可能なのだということがわかった。 そして、その賠償責任は教師本人ではなく、公立学校の設立団体である各市町村の教育委員会、人事採用・任免をする各県の教育庁・教育局であり、教育予算を出している文部科学省にある。 警察に告発すれば、教師本人は刑事裁判になり、判決は実刑でも、執行猶予でも、人生すべてを破壊することができる。 報復は成り立つわけだ。 だいたい教え子に対して変態行為をするような教師はね、別に資産家でもないし、離婚の慰謝料も支払えない世の中のクズ野郎なんだ。 まっとうな勤労をして、セクハラ被害者に慰謝料を払うぐらいマジメな人間なんかいるわけがないじゃないか。(いるなら、名のり出てくださいよ。) そこで平成17年5月3日の憲法記念日を機に、閣下は断然、公立学校制度に対して全面戦争を宣戦布告したのだ。 【わいせつ教師はすぐ警察に告発し、公立学校制度を原則廃止しよう】とテーマも一歩進めた。 血も涙も斬り捨て、公立学校を原則廃止して、校長も教頭も、公立学校教諭はすべてクビにする殲滅戦の武力闘争に立ち上がったのだ。 まず深刻なセクハラ被害を受けた児童・生徒のために、過去12年間にさかのぼって、慰謝料請求2000万円を基本に損害賠償訴訟を提起する。 学校内のセクハラ被害者は、毎年1.500人以上いる。 単純計算すれば、10年間で15.000人のセクハラ被害者がいるのだ。 彼らが一斉に民事賠償訴訟に踏み切れば、その慰謝料請求の総額は三兆円になる。 これは文部科学省の教育行政の財政的な破産を意味する。 これだけでも公立学校制度は、直ちに即死状態になるのだ。 次に、このようなセクハラ被害を直接に受けなくても、それによって精神的な被害を受けた保護者や周囲の人々に対しても、人権救済がなされねばならない。 例えば、これまで損害賠償の対象になりにくかった男性教職員による「女子更衣室のぞき」などは、35万円程度の少額裁判(費用5.000円の簡易裁判)を多数提起することで、費用もかからず、社会的アピールも大きい。 1人の公立学校の変態教師のわいせつ行為に対して、直接のセクハラ被害者が2.000~4.000万円、クラスメート全員が35万円の民事訴訟をさみだれ式に提起していく。 これだけでも、都道府県の教育予算を吹き飛ばし、地方自治体を破産させることもカンタンなことなのだ。 そうして被告の各市町村教育委員会の人員を、「山猫式裁判の無間地獄」に突き落とす。 もし一度裁判に負けたら、同じ訴因の訴訟が次から次に無限に起こされることになり、すべてがなくなるからな。_________________________________ 毎日のように、あちこちで裁判が起こされたら、一件一件の出廷調整や裁判対策で、各教育委員会は完全にパニックになるわけだ。 通常業務をほったらかして、毎日のように新たに起こされる裁判の対応にかかりっきりになる。 これが「無間地獄の苦しみ」になるのだ。 この事態をそのまま放置して悪化させていったら、教育庁・教育局の担当職員たちにも過労死・自殺が続出するだろう。 それでいいのか。 早く「負け」を認めたほうがいいぞ。 また、その管理責任が断罪することになるだろうから、あらかじめ警告しておく。 弁護士に丸投げしたら、弁護費用もかさむだろう。 それに弁護士は少なくとも法曹だ。 「負け」とわかっている裁判をするよりも、示談金交渉で訴訟の長期化を避けて、事をおさめようとするだろう。 マルクスの『資本論』から引用すれば、「ここで外皮は爆破される」。 何しろ慰謝料の請求額も多く、訴訟の数も無限に何度も起こされる。 「絶対に勝つ」という核心部分はここだ。 敗北はありえない。 閣下は戦略理論の専門家として、ここで完全勝利を予告する。 最終的には議会が立法政策によって、自動車事故のように教師の自賠責額を法定化し、慰謝料を定額に抑える仕組みをつくらざるをえないだろう。 それもちゃんと用意してある。__________________________ これは徹底的な武力闘争だ。 ここまで勝負が決まっているのに、「負け」を認めない文部科学省ならば、それは反社会的な存在であり、反人権団体になりさがった政府機関なのだから、徹底的に打倒してもいい。 ぶち壊すべきだ。 日本の教育機関がすべて私立学校・私設学校になったとしても、授業料を補助する制度だけで、義務教育の機会の平等は保証できるのだ。 わざわざ税金で施設を建て、教師たちを雇って、あれこれ費用をかけて、教育現場を指導したり、逆に教師たちから筋違いの抵抗されたりする必要はないじゃないか。 金持ちのお遊びみたいなもんだ。 甘ったれんなよ。 公立学校の存在すべてが税金のムダなのだ。 教師も役人、教育委員会も小役人、文部科学省は「大役人さまの集まり」にすぎないじゃないか。 その同じ役人たちの間で、指導要領がとうとか、国旗・国歌がどうとか、お互いに「税金を経費」にして、民間の労使対立のマネゴトなんかやりあっている場合なのか。 お前たち役人たちはみんな、国民の血税をムダにしているんだぞ。 主権者の納税者をなめるな。 公立学校を全廃したら、すべての就学希望者に授業料を公費から支給しても、教育予算は200分の1になるのだ。 つまり、公立学校制度などというものは、200倍の税金のムダを覚悟して、しぶしぶ、あるいは惰性でやっているだけのものにすぎないのだ。 公立学校制度を全廃し、教育費の公費支給制度に転換すれば、日本の教育もちっとはマシになるんじゃないか。 あらゆる意味で価格と品質の優勝劣敗をめぐって、すべてが激突する学校間の競争が市場原理で起きるわけだから。 この日本をおかしくしているのは誰か。 腐敗しきった政治家ではない。堕落した官僚でもない。 「教師」と自称する変態、痴漢、犯罪者なのだ。 何度もくりかえし告発するぞ。 変態、痴漢、犯罪者に血税をさわらせるな。 ふれさせるな。 関わらせるな。 ありとあらゆる公職・公務から永久追放せよ。
May 5, 2005
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